登場人物
・篠崎ハル(18)(10)…高校三年生
・森山健一(46)(38)(20)…サラリーマン
・高橋彩香(18)…ハルの親友
・森山理恵(44)(18)…健一の妻 春恵の妹
・森山結奈(14)…健一の娘
・白井勇人(18)…学年一のイケメン
・川上春恵(18)…嘗て健一が想いを寄せた人
・高橋祥子(45)…彩香の母
・篠崎千明(40)…ハルの母
・松橋義光(43)…神戸シーバス係員
・男A(20代)…ハルに絡む男
・男B(20代)…ハルに絡む男
・神谷(33)…健一の働く会社の部下
・柿本(50)…健一の働く会社の部長
・女子生徒①(18)…ハルの高校の生徒
・女子生徒②(18)…ハルの高校の生徒
・女子生徒③(18)…ハルの高校の生徒
・コスモワールド女性係員(30代)
・男性医師(40代)
・ケーキ屋の女性店員(50代)
・男性教師(30代)
・彩香の祖母(68)
・靴屋『Forever』女性店員(20代)
○(回想)シーバス(夕方)
静かに波打つ横浜港。
シーバスに乗って横浜をめぐる父と娘の二つの陰。
ハルN「その日の街は、美しかった」
○道(朝)
四月。神奈川県横浜市。
高校の制服姿の篠崎ハル(18)が通学路を歩いている。
○靴屋『Forever』前(朝)
足を止めるハル。
店頭のショーウインドウを覗く。
いくつか靴が飾られている。
赤いヒール靴を見つめ微笑む。
○タイトル
『そのバスが港に着いたなら、赤い靴が歩き出す』
歩いて行くハルの後ろ姿に重ねて。
○高校・教室(夕方)
公立高校、『3年1組』。
帰り支度をするクラスメイト。
ハルのもとに高橋彩香(あやか)(18)が来る。
彩香「ハル! これ!」
一冊の漫画をハルに見せる彩香。
タイトルに『君色の声がした』とある。
彩香「この前言ってたやつ! ちょーいいんだよ。すごいキュンキュンするの!」
ハル「(呆れ顔)少女漫画? こういうのハマりすぎ」
彩香「そんなこと言わないでよ! 今話題になってるやつ! いいから、とにかく一度読んでみて! 絶対ハマるから!」
ハルの手に無理やり漫画を持たせる彩香。
ハル「もー」
彩香「じゃ、部活行ってくるね!」
ハルに手を振ると荷物を持って教室を出る彩香。
ため息をつくハル。
○土手(夕方)
腰を下ろし、『君色の声がした』を広げ読み始めるハル。
× × ×
空が暗くなり始めている。
ハル「(一人呟く)イケメンが付き合ってくれって。それで好きになるなんて意味が分からない。こんなの……本当の恋じゃない……」
ため息をつき、漫画を閉じるハル。
鞄に漫画を仕舞うと立ち上がる。
男A「お姉ちゃん、暇?」
ハルが振り向くと、髪を茶に染めた男A(20代)、男B(20代)が二人立っている。
驚くハル。不審なものを見る目つきに。
男B「なにぃ、そんな顔しないでよぉ」
男A「僕らとちょっと遊んでかない?」
ハル「結構です!」
その場を立ち去ろうとするハル。
男Aが腕を掴む。
ハル「ちょっと、何するんですか! 離してください!」
腕を無理やり離そうとするハル。
男Bも反対の腕を掴む。
男B「(笑顔で)大人しくしてたら、何もしないから」
○土手付近の道(夕方)
スーツ姿の素朴なサラリーマン、森山健一(46)が土手近くを通りかかる。
男に絡まれているハルを見つける。
慌ててハルのもとに駆け寄る。
○土手(夕方)
健一「やっ……やめなさい! そっ……そういうことは良くない……」
男A「あっ? おっさんなんなんだよ。おめぇー関係ねぇだろ」
健一「かっ……関係なくない。いっ……嫌がってるじゃないか!」
男B「うっせーな(健一を突き飛ばす)」
健一「(起き上がって)わっわたしは、この生徒の学校の教師だ。君達こんなことをしていいと思ってるのか!」
おどおどしながら、自分のネクタイを掴み、しっかりしめる健一。
男A「めんどくせぇーな。おい、行こうぜ」
男二人はハルから離れ、立ち去る。
健一「だっ……大丈夫でしたか」
額の汗を拭う健一。
ハル「……はい。ありがとうございました」
健一「なら、よかった」
ホッとした顔の健一。
ハル「あの……教師って……」
健一「えっ? あぁ。あれは違いますよ。あぁでも言わないと……」
微笑むハル。
健一「もう遅いですし、今日は帰った方がいいですよ」
ハル「そうですね」
健一「それじゃ」
健一は右手をあげ、その場を去る。
ハッと驚いた顔色に変わるハル。
去っていく後ろ姿を見つめる。
○靴屋『Forever』前(同日・夜)
足を止めるハル。
店頭のショーウインドウを覗く。
ハル「(赤いヒール靴を見つめ、微笑み)……」
ルンルン楽しそうにその場を後にする。
○高校・教室
授業中、ぼうっと外を見ているハル。
それをチラリと見ている彩香。
○『みなと未来建設 株式会社』オフィス
デスクワークをしている健一。
神谷(33)が、
神谷「みなとみらいの案件、まとめ終わりました」
健一「ありがとう。よし、じゃあ神谷君、こっちの資料も同じようにまとめといて」
神谷「はい」
○道(夕方)
高校帰りのハルが歩いている。
突然足をとめると、道を変え、駆けて行く。
○池のある広い公園(夕方)
池の近くのベンチにやって来るハル。
池を覗き込む。
ハル「名前……聞けばよかった」
○健一の家(一軒家)・玄関(夜)
玄関で健一を迎える森山理恵(44)。
理恵「おかえりなさい。お疲れ様」
健一「ただいま」
○同・リビング(夜)
健一「ただいまー」
森山結奈(ゆいな)(14)が、
結奈「おかえり」
健一「いやー今やってるプロジェクトもそろそろひと段落だよ」
理恵「それはお疲れ様」
○ハルの家(一軒家)・食卓(夜)
篠崎千明(40)とハルが食事している。
千明「新学期始まったけど、どう?」
ハル「うん、彩香と同じクラスだった」
千明「そうだったの。よかったわね」
ハル「あとね、ちょっと嬉しいことがあった」
千明「……?」
○健一の家・ダイニング(朝)
仕事に行く支度をする健一。
弁当を持ってくる理恵。
理恵「はい、お弁当」
健一「ありがとう」
○同・玄関(朝)
結奈「お父さん、先行くよ!」
慌てて出てくる健一。
理恵「行ってらっしゃい」
健一・結奈「行ってきます!」
健一と結奈の後ろ姿を見届ける理恵。
○『みなと未来建設 株式会社』オフィス
柿本(50)がやって来る。
健一「あっ、柿本部長(頭を下げる)」
柿本「森山、ちょっと」
健一「あっ、はい……」
○同・個室
健一「えっ! 資材のサイズミス? そっ……そんなはずは……」
柿本「桁が変更されてなかった。あとからサイズ変更で数字が変わったことを、神谷に伝えていなかったのかね?」
健一「えっ……それは、もちろん伝えました」
柿本「君は、神谷の書類に目を通したのかね」
健一「それは……確認したはずで」
柿本「はずじゃ困るんだよ! はずじゃ!」
健一「はっ、はい」
柿本「しっかりしてくれよ!」
健一「すみません」
柿本「今回のみなとみらいの案件は、我が社にとって社運を賭けた大事業だったことは分かってるだろ!」
健一「はい」
柿本「これではとても間に合わない。応援を頼まないといけなくなった。大損害だ!」
健一「申し訳ございません」
柿本「うちも楽じゃないんでね。こんなこと君に言いたくないんだけども……まぁ、この機会にねぇ……」
健一「……!」
○池のある広い公園(夕方)
ハルがやって来る。
ベンチに健一の後ろ姿を見つける。
ハル「……!」
ビールを飲んでいる健一。
ハルは健一の座るベンチまで行く。
ハル「あの……」
声をかけられた拍子に、ビールを吹きだす健一。
健一「あっ! あなたはこの前の!」
ハル「すみません、突然。偶然見かけたから……」
健一「いえいえ。あっどうぞ」
ベンチの横をあける健一。
健一の隣に座るハル。
ハル「あの、この前は本当にありがとうございました」
健一「いや、とんでもないです」
ハル「……仕事帰りですか?」
健一「あぁ、まぁ……」
沈黙。
ハル「あの……この前、凄いなって思いました。助けてくれた時。普通見てみないふりとかしちゃいそうなのに」
健一「いや、何というか、自分が同じ立場だったらって考えると放っておけなくて……」
ハル「(微笑んで)素敵です」
健一「はぁ、全然。僕なんか、全然ダメダメですよ」
健一は一口ビールを飲む。
沈黙。
ハル「ここには……よく来るんですか?」
健一「うーん、すごく久々に来た気がします。辛いことがあったり、悩んだりすると、いつの間にかここに来てたりするんですよね」
ハル「わたしもです! ここに来ると、勇気が貰えるんです」
嬉しそうなハル。
健一「同じですね」
微笑む健一。
ハル「何か……あったんですか?」
健一「あーいやー……お恥ずかしい話、リストラされちゃったんですよ」
ハル「え!」
健一「いやぁ……参りましたよ。この歳でこんなこと……。でも、どうすることもできないし」
ハル「……」
健一「すみません。こんな話で……」
ハル「いや……。わたしこそ、すみません」
沈黙。
健一「ハクション!」
びっくりするハル。
健一「あぁ、すみません。寒くなってきましたし、そろそろ帰りましょうか」
ハル「……はい」
健一「それじゃぁ」
健一は右手をあげ、歩き出す。
ハル「あっ、あの!」
足をとめる健一。
ハル「お名前なんて言うんですか?」
健一「えっ、僕ですか? 僕は、森山健一といいます」
ハル「森山健一さん……。あの、わたしは篠崎ハルっていいます」
健一「はぁ」
ハル「あのっ、……また会えますか?」
健一「はい?」
ハル「また、森山さんに会えますか?」
健一「(驚いて)えっ、僕にですか?」
ハル「また、ここに来たら会えますか?」
健一「いやぁ……そうだなぁ。分かりませんが……ここに来ることは、あるかもしれません」
ハルはにっこり微笑む。
動揺した様子の健一。
健一「あぁ、では……」
健一はその場を去る。
ハル「(一人呟く)森山健一……」
○高校・教室
窓の外をぼんやり見ているハル。
彩香「ハルー(肩に手を置く)」
ハッとなるハル。
彩香「最近ぼーっとしてる」
ハル「え? そう?」
彩香「ねぇ、この前貸した漫画どうだった?」
ハル「ん? あぁ」
彩香「何それ。まだ読んでないとか言うんじゃないでしょうねぇ?」
ハル「読んだよ」
彩香「ホント! ねえ、どうだった? どうだった? よかったでしょ!」
ハル「うーん……」
彩香「えー何それ」
ふてくされる彩香。
『君色の声がした』を取り出し彩香に渡す。
彩香「本当スグル、めっちゃイケメンじゃない? あんな人に壁ドンされたらクラクラしちゃう!」
ハル「(苦笑して)そう?」
彩香「あーミチルが羨ましい。現実にもこんなことがあったらいいのに」
ハル「またまた」
彩香「ミチルの幼馴染みのケン君は、中身はイケメンタイプだよね」
ハル「きっと、出会い方なんじゃないかな。人が運命を感じるのって」
彩香「えっ? 何々? なんだかんだ言って、気に入ってる感じ?」
はしゃぐ彩香。
ノーリアクションのハル。
ハル「少なくとも、その出会い方は、わたしは違うかな」
彩香「えー(ふてくされる)」
○池のある広い公園(夕方)
学校帰り公園にやって来るハル。
池の近くのベンチに健一の姿を見つける。
ハル「来てたんですね!」
健一「あぁ、ハルさん」
健一の横に腰掛けるハル。
健一の手元に弁当があることに気付く。
ハル「お弁当……?」
健一「あぁ、これは妻が作ってくれたものなんです。馬鹿ですよね、リストラされたってまだ言い出せなくて……」
ハル「……」
健一「すみません、こんな話」
ハル「いや……。奥さん、優しいんですね」
健一「迷惑ばかりかけてしまってます」
ハル「(健一の様子を見て)……」
○健一の家・ダイニング(夜)
健一、理恵、結奈、三人の静かな食卓。
結奈が静かな健一を横目で見ている。
○ハルの家・食卓(夜)
ハル「お母さんの職場にさぁ、人手が足りないとことかない?」
千明「どうしたの、急に?」
ハル「いや……」
千明「……?」
ハル「ある日突然、仕事を失ったらどうするんだろう」
千明「えっ?」
ハル「リストラされちゃった人がいてね」
千明「…!?」
○健一の家・書斎(夜)
机の前で一人悩む健一。
○同・ダイニング(夜)
片付けをしている理恵。
結奈「ねぇ、お母さん。お父さん元気ないよね」
理恵「まぁ、そんな日もあるわよ」
結奈「……」
○同・玄関(朝)
結奈「お父さん先行くよ!」
理恵「お弁当、忘れてる!」
健一「あっ……ありがとう」
理恵「行ってらっしゃい」
結奈「行ってきます」
健一「行ってきます……」
○道(朝)
一人になり、脱力した様子。
○本屋
店先で『君色の声がした』が売り出されている。
資格本を手に取る健一。ため息。
○高校・教室
ハル「彩香、相談があるんだけど」
彩香「ん?」
ハル「彩香の店、今人手が足りないとかそういうのない?」
彩香「えっ? 何? ハル、バイトでもしたいの?」
ハル「いや、わたしじゃないんだけどさ……」
○池のある広い公園
ベンチで弁当を食べる健一。
○高校・教室
彩香「え! そんなことがあったの!?」
ハル「うん。何か恩返しできたらなって。でも、今の自分には何もできないのが現実で……。お母さんの職場も人手足りてるみたいだし」
彩香「そっか。ちょっと聞いてみるよ」
ハル「ありがとう」
彩香「でも、すごいね。その人。普通とめに入れないよ」
ハル「(少し嬉しそうに)うん」
彩香「大柄な人? 怖い感じの?」
ハル「いや、全然。真面目で素直で……素朴なサラリーマンって感じ」
彩香「へー意外」
○健一の家・書斎
掃除をしている理恵。
机に転職雑誌が置かれていることに気が付く。
開くとチェックがしてある。
理恵「……」
○池のある広い公園
手帳を広げ険しい顔の健一。
会社名や×印が並んでいる。
○横浜港(夜)
横浜の夜景が広がっている。
○池のある広い公園(夕方)
学校帰りのハルがやって来る。
ベンチに居る健一を見つける。
ハル「森山さん!」
健一「あぁ、ハルさん」
ハル「(嬉しそうに)やっぱり居た」
健一「(苦笑)……」
ハル「ねぇ、ちょっと来て!」
ハルはいきなり健一の手を掴んで走り出す。
健一「ちょっ、ちょっとハルさん! どこ行くんですか!」
ハル「いいから!」
○『クリーニング高橋』店先(夕方)
店前にやって来るハルと健一。
店から彩香が出てくる。
彩香「(店の奥に向かって)お母さん! 来たよ!」
奥から高橋祥子(45)が出てくる。
祥子「あら、いらっしゃい。あなたが?」
戸惑う健一。
ハル「そう、この方が森山健一さん」
祥子「そりゃどうも、よろしくお願いしますねぇ」
健一「えっ……へっ……?」
ハル「もうすぐ子供産むから一人辞めちゃうんだって。働く人……探してるんだって」
驚く健一。
祥子「まぁ、慣れるまでは大変かもしれないけど、あなた真面目そうだから大丈夫かしら?」
健一「……!」
○道(夜)
健一「今日はありがとうございました」
ハル「(首を横に振りながら嬉しそうに)ううん」
健一「まさか、働くところ紹介してくれるなんて……」
ハル「クリーニング屋だったけどよかった?」
健一「そりゃもう全然。働くところがあるだけで十分過ぎます。頑張りますよ!」
ハル「よかった。じゃあ、これで奥さんにも……話できますね」
健一「……そうですね」
○健一の家・ダイニング(夜)
健一「ちょっと、話があるんだ」
理恵・結奈「……」
健一「実は、プロジェクトの終わりを区切りに、リストラされることになったんだ」
理恵・結奈「……」
健一「本当に申し訳ない(頭を下げる)」
結奈「何それ……」
健一「それで、新しい仕事を……そのぉ……会社の人に紹介してもらって……」
理恵「紹介してもらえたの?」
健一「まぁ……。今までと全然変わってしまうんだが、クリーニング屋で働くことになった」
結奈「クリーニング?」
健一「この歳で再就職は難しいし、使ってくれるってところが見つかっただけでも……」
理恵「いいんじゃない。無事見つかってよかった」
結奈「……!」
○『クリーニング高橋』店内
祥子が健一に仕事を教えている。
真剣に取り組む健一。
○高校・教室
彩香「なんかね、結構上達早いんだって。めっちゃ真面目に仕事してる」
ハル「そりゃ真面目に決まってるでしょ」
彩香「雰囲気、ホント真面目なおじさんって感じするもんね」
笑う彩香。
ハル「真面目なおじさんねぇ……」
○道(夕方)
学校帰りのハルが嬉しそうに歩いている。
○『クリーニング高橋』店先(夕方)
店を覗き込むハル。
健一「あっ、ハルさん!」
ハル「お久し振りです。来ちゃった。ちゃんとやってますか?」
健一「やってますよ」
笑顔になるハルと健一。
健一「あっ、今日この後、お時間ありますか?」
ハル「えっ……?」
健一「まだ、ちゃんとお礼もできてなかったので」
驚くハル。
祥子「あら、ハルちゃん。来てたのね。彩香まだ戻ってないのよ」
ハル「まだ、部活やってると思います」
祥子「あがってって」
○同・部屋(夕方)
ハルにお茶を出す祥子。
ハル「ありがとうございます」
祥子「森山さん紹介してくれてありがとね」
ハル「いえ、そんな」
祥子「森山さん、真面目にしっかりやってくれるから助かってるわ」
ハル「それはよかったです」
祥子「ちょうど募集かけようと思ってたから、手間も省けたの。彩香が言ってたわ、正義感の強い方だって」
ハル「(嬉しそうに)そうなんですね」
○定食屋(夜)
食事をしているハルと健一。
健一「今日はお待たせしてしまってすみませんでした」
ハル「いえ、そんな」
健一「こんな店でよかったですかね」
ハル「はい」
健一「本当にありがとうございました。紹介して頂いて、ホント助かりました」
ハル「いや、わたしは何も。それに、わたしだって森山さんに助けてもらったし」
健一「そういえば、そんな出会いでしたね」
ハル「はい」
健一「人生一期一会とは、よく言ったもんです」
ハル「……」
○道(夜)
ハルと健一が歩いている。
ハル「今日はご馳走様でした」
健一「いえいえ。少し遅いので近くまで送って行きましょうか?」
ハル「大丈夫ですよ」
健一「また、絡まれたら助けられないじゃないですか」
ハル「(笑いながら)もう、また絡まれるなんて」
健一「ご両親に心配かけちゃいけませんから」
ハル「そうですね」
健一「あのぉ、門限とか大丈夫でした? お父さん怒ってるとか……」
ハル「大丈夫です。それに……お父さんいないから」
健一「えっ……あっ、すみません」
ハル「いえ、別に」
沈黙。
ハル「お父さんは死んじゃいました。わたしが小さい頃に」
健一「そうでしたか……」
健一を見つめるハル。
ハル「森山さん! これから健さんって呼んでもいいですか?」
健一「えっ? 別にいいですけど……」
ハル「よし! じゃあ決まり!」
驚く健一。
ハル「じゃあ、この辺で。こっからは近いから」
健一「あっ、はい」
ハル「じゃ、またね。健さん!」
にっこり手を振るハル。
驚いた表情の健一。
ハルの後ろ姿を見つめる健一。
○高校・教室
ご機嫌なハル。
彩香「随分ご機嫌だね。いいことあったの?」
ハル「さぁね」
○同・廊下
白井勇人(はやと)(18)教室に居るハルを見ている。
白井「あいつか……」
○『クリーニング高橋』店先
健一「五月、誕生日なんですね」
ハル「え? どうして知ってるの?」
健一「あっ、いやこの店の会員リストに……」
ハル「あぁ」
健一「おめでとうございます」
ハル「そりゃ、どうも……」
健一「是非クリーニングを」
ハル「(笑って)しっかり、商売ですね」
健一「いやいや、まだまだ新人なもので」
ハル「わたし……誕生日あまりいい思い出ないんだよね……」
健一「そうなんですか?」
静かに頷くハル。
○コスモワールド・園内
ハルが健一の腕を掴み走り出す。
健一「ちょ、ちょっとハルさん!」
ハル「次あれ乗ろっ!」
健一「えっ、ジェットコースター!?」
ハル「怖いんだ!」
健一「いや、違いますよ。あれ濡れるかもしれないじゃないですか!」
ハル「よし、じゃあ乗ろっ!」
健一「え? ちょ、ちょっと!」
○同・ジェットコースター
はしゃぐハルと怖がる健一。
○同・お化け屋敷
悲鳴を上げるハル。
腰が抜けている健一。
○同・園内ベンチ
ハル「やっぱり怖がってたじゃん!」
健一「そんなことありませんよ」
ハル「(笑顔で)うそっ」
健一「そっ、そっちだって」
ハル「女の子はいいの。怖がるの特権だから」
健一「何ですか、それ」
顔を見合わせ笑うハルと健一。
楽しそうな子連れ家族が目の前を通る。
寂しそうに見つめるハル。
健一「久々に来ましたけど、この歳になっても楽しいものですね」
微笑むハル。
健一「こんなおじさんとで、よかったんですか? ほら、もっと学校のお友達とか……」
ハル「いいの。健さんとがよかったの」
健一「……」
ハル「お父さんがいなくなってから、こういうとこ来なくなったんだよね……」
健一「そうだったんですか……」
ハル「ありがとね」
○同・観覧車前(夕方)
ハル「これ乗ろっ!」
列に並ぶハルと健一。女性係員(30代)が、
係員「記念にお写真一枚いかがでしょうか?」
健一「あっ、えっ……」
ハル「お願いします!」
健一「え、ちょっと」
係員「はい、お父さんもっと笑って下さい」
カシャっとシャッター音。
○同・観覧車ゴンドラ内(夕方)
健一「(景色を眺め)綺麗ですね」
ハル「ねぇ、運命って信じる?」
健一「運命ですかぁ……」
ハル「みんなにとっての運命の出会いって、少女漫画みたいなものなんだよね」
健一「少女漫画?」
ハル「誰もが憧れる何でもできるイケメンがいて、女子みんなが釘付けなの。でもそのイケメンは、何故かクラスで一番さえない女の子を好きになる。そして、その二人は付き合う」
健一「現実には、なかなかないことかもしれませんね」
ハル「みんなはいい話だって言う。イケメンがカッコイイって言う。二人は赤い糸で結ばれてるって言う。でも何だろう、わたしは……」
健一「本当の赤い糸は、誰にも見えませんからねぇ」
ハル「わたしのお父さんとお母さんは、赤い糸で結ばれてなかった……」
健一「亡くなったお父さんですか? それはどうでしょう。違うんではなでしょうか?」
ハル「……」
健一「きっと今でも、あなたのお母さんと繋がってると思いますよ」
ハル「……」
健一「まぁ、結ばれる前に亡くなってしまったら……その糸は結べないのかもしれませんけど……」
ハル「(健一を見て)……!?」
○新港パーク(夜)
クルクル回りはしゃぐハル。
それを見て、微笑む健一。
夜景を眺め、
ハル「あの天使の像をカップルで見ると願いが叶うらしいよ」
健一「えっ……」
笑っているハル。
ハルの手には、観覧車前で撮った写真。
ハル「(写真の健一を見て)ぎこちない笑顔」
健一「いやそれは……」
嬉しそうなハル。
○道(夜)
ハル「今日はありがとう。楽しかった」
健一「こちらこそ。とても楽しかったです」
ハル「素敵な誕生日プレゼントになった」
健一「なら、よかった」
ハル「じゃあね、健さん」
手を振り去るハル。
ハルの後ろ姿を見つめ微笑む健一。
○ハルの家・ハルの部屋(夜)
古い箱を取り出し開くハル。
箱の中には履き古した子供用の赤い靴。
ハルの声「お父さんとお母さんに、赤い糸が繋がっていたのなら、きっと絡まってしまったんだ。そして、それをほどかずに、誰かが切ってしまったんだ……」
○高校・教室
ハルや彩香が居るクラスに白井が入って来る。
驚く生徒達。
ハルの前で足をとめる白井。
白井「話があるんだけど、今日の放課後に屋上に来てくれる?」
ハル「えっ?」
ざわざわする教室。
彩香「マジか! これマジのやつ!?」
○同・屋上(夕方)
放課後、屋上に行くハル。
白井が立っている。
ハル「あの……話って何? わたしあなたになんかした?」
いきなりハルにキスしようと迫る白井。
ハル「ちょっと!」
白井を突き飛ばすハル。
白井「あれ? 女の子って、こういうシーンにときめくんじゃなかったっけ?」
ハル「! 何なの? 信じられない!」
白井「なんだよ。俺にこうされて嫌がる奴なんていないと思ったけど?」
ハル「何その過剰な自信。そういうの一番嫌いなの!」
白井「黙ってればかわいいのに。付き合ってみてもいいかなって思ったのになー」
ハル「(ムッとして)お断りします!」
白井「あーあ。大学生と遊んだって噂聞いたんだけどなぁー」
ハル「何それ!」
白井「これ、先生の耳に入ったらまずいんじゃない?」
ハル「わたしを脅すってこと? 最低ね! 言っとくけどそんなんじゃないから! 大学生と遊んでませんし!」
屋上を立ち去るハル。
○同・階段(夕方)
ハル「もう! 何なのよ!(階段を下りる)」
ハルに集まる女子生徒達(18)。
女子生徒①「ねぇ、告白されたんじゃないの? 白井君に!」
女子生徒②「告白されたんでしょ?」
ハル「……まさか。てか、告白ってそんなじゃないから!」
女子生徒③「え? 告白じゃないの?」
女子生徒①「白井君カッコイイもんなー。わたしも一度は付き合いたい!」
女子生徒②「(笑いながら女子生徒①に向かって)一日だけの彼女でも?」
女子生徒③「白井君なら、それもありでしょ?」
足をとめるハル。
ハル「わたしはお断りかな」
女子生徒①②③「えーーっ!」
女子生徒①「何それ! 白井君だよ?」
女子生徒②「みんなが付き合いたいのに! 一日じゃもの足りないって?」
女子生徒③「断るって何? 白井君に恥かかせるつもり?」
その場を無言で突っ切るハル。
○同・教室(夕方)
教室にハルが来ると、彩香が居る。
彩香「ねぇ、屋上行ってきたんでしょ?」
ハル「(うんざりして)彩香まで何?」
彩香「え? 告白されたんじゃないの?」
ハル「(ため息)そんなんじゃないし」
彩香「えっ? 告白じゃないの?」
ハル「あれが告白って……」
彩香「やっぱりそうなんだ! 何ムッとしてるの? よかったじゃん!」
ハル「よかった? いいことなの?」
彩香「え? だって白井君って学年一のイケメンでしょ!」
ハル「……」
彩香「えっ? 何? 振ったの?」
ハル「悪い?」
彩香「え? 何で!」
ハル「別に興味ないから?」
彩香「うっそー! 信じられない! 断る人いないでしょ……」
ハル「本人もそんなようなこと言ってたかな」
彩香「マジか……」
沈黙。
彩香「他に好きな人でも……いるの?」
ハル「(無視して)わたし帰るね」
教室を足早に飛び出すハル。
彩香「……」
○ハルの家・ハルの部屋(夕方)
ベッドに倒れ込むハル。
ハル「もう! 何なのよ、もう!」
もがくハル。
○池のある広い公園(別の日・夕方)
ベンチに座っているハル。
健一「あっ、ハルさん!」
健一がやって来る。
ハル「健さん! どうしてここに?」
健一「今日は仕事が早く終わりまして、来てみようと思ったんです」
ハル「そうなんだ」
健一「ハルさんこそどうしてここに? 何かありましたか?」
ハル「えっ……」
ハルの隣に腰掛ける健一。
ハル「……この前ね、告白されたの。学年一のイケメンに?」
健一「すごいじゃないですか!」
ハル「これってすごいことなの? 名誉なことなの?」
健一「そりゃ、すごいですよ。だって誰かに愛されるなんて素敵なことじゃないですか」
ハル「でも、わたし断ったんだよね」
健一「そうなんですか?」
ハル「周りはね、何で断ったんだっていうの。みんな付き合いたいのにって、その人に恥かかせるなって」
健一「そうでしたか」
ハル「ねぇ、どう思う? わたしその人と付き合わなきゃいけなかったと思う?」
健一「無理して付き合うことはないと思います。好きじゃないのに付き合っても結局お互い気を使うだけですし、悪い気がしますし」
ハル「そっか……」
健一「時には、無理しても付き合いたいと思うこともあるのかもしれませんけど」
ハル「そんな経験あるの?」
健一「(笑いながら)いや、そんなこと……。僕の場合は無理してでも付き合おうだなんて誰も思ってくれませんよ」
ハル「(笑いながら)何それ、ならいつも振られてるんだ」
健一「やっ……やめてくださいよ。昔のことなんですから」
ハル「でも……結婚……してるんだもんね」
健一「まぁ……今の奥さんくらいなもんです。こんな僕を……受け入れてくれたのは」
ハル「(笑いながら)無理してたりして」
健一「いや、それは……」
ハル「無理してないよ、きっと。無理してたら結婚なんてしないだろうしね……」
少し寂しそうなハル。
健一「大切なのは、告白が全てではないということです。告白が付き合うか振られるかのどちらかになってしまってますけど……」
ハル「えっ?」
健一「告白っていうのは相手に自分の気持ちを伝えるということであって……その……ありがとうってことなんだと思うんです」
ハル「ありがとう……?」
健一「自分のことを好きでいてくれたってことに、ありがとうって伝えるべきなんだと」
ハル「そっか……。ありがとうか……」
○靴屋『Forever』前(朝)
店頭のショーウインドウを覗く。
赤いヒール靴を見つめる。
○高校・廊下
廊下を歩いている白井の後ろ姿を見つけるハル。
ハル「(躊躇しながら)白井君!」
振り返りハルを見る白井。
白井のもとに行くハル。
ハル「あの……」
白井「何? 振っといて気でも変わったの?」
ハル「……」
白井「付き合わないともったいないって?」
ハル「あの……ありがとう……」
白井「へっ……?」
ハル「わたしと、付き合おうと少しでも思ってくれたなら、ありがとう……(頭を下げる)」
白井「……!」
立ち去るハル。
ドキッとする白井。
○『クリーニング高橋』店先(夜)
ハル「ジャーン! クリーニングしてください!」
洋服を渡すハル。
健一「(嬉しそうに)ご利用ありがとうございます!」
ハル「今日ね、ありがとうって言ってきた」
健一「えっ?」
ハル「告白はありがとうってことだから」
健一「あぁ、あの」
ハル「(嬉しそうに)うん」
○本屋・店頭
『君色の声がした』最新刊が発売されている。
足をとめるハル。
帯に『忘れられない人がいる』とある。
ハル「(手に取って)……」
○高校・屋上
『君色の声がした』を読んでいるハル。
白井の声「へぇーそういうの読むんだ」
ハルが振り返ると白井が居る。
ハル「何? 文句でもある?」
白井「まったく、俺を振っときながら……」
ハル「わたしが好きなのはナルシストイケメンじゃないから!」
白井「はぁっ?」
ハル「ただのいいヤツ」
白井「……?」
ハル「他人の恋を応援している、ただのいいヤツ」
白井「なんだそれ」
ハル「切ないと思わない? ヒロインの為に奮闘して、何度も何度も。なのに、振り向いてもらえないんだよ」
白井「……」
ハル「簡単に振り向いてもらえるイケメンには分からないだろうけど」
白井「……!」
ハル「で、何か用?」
白井「え……あぁ……」
ハル「……?」
白井「なぁ、友達からってのは、ダメかな?」
ハル「……!?」
白井「俺もお前には簡単に振り向いてもらえないみたいだから」
ハル「……!」
白井「(漫画を差し)この題名の君って、もう会えない人のことだよな」
ハル「……」
○健一の家・書斎(夜)
ビジネス本や建築関連の本を整理している健一。
抱えた本が崩れる。
健一「あっ!」
一枚の写真が床に落ちる。
ハルに少し似た川上春恵(18)が横浜港を背に写っている。
健一「(写真を手に取り)……」
○高校・教室(夕方)
帰る準備をしているハル。
彩香「ねぇ、ハル知ってる?」
『君色の声がした』最新刊をハルに見せる彩香。
ハル「あぁ。今売り出されてるやつね」
彩香「ちょっとは興味持ってよ! てか今回もちょーよかった! まさかねぇ、スグルに切ない過去があるなんてねー」
ハル「……」
彩香「もう会えない人かぁ。切ない。それを知ってもミチルはスグルを愛せるか」
ハル「……」
彩香「(酔いしれて)わたしはどうかなー」
ハル「……」
彩香「『スグルのことを好きってことは、その過去も全部好きになるってことなんだよ』って、ケン君もカッコイイこと言うよね。中身はイケメンなんだよ」
ハル「そうだね。『好きってことは、一緒に傷付くってことさ』」
彩香「え?」
ハル「じゃあね」
教室を出て行くハル。
彩香「え、待って、ハルも読んだってこと!? ちょっとぉ!」
ハルを追いかけ教室を出て行く彩香。
○靴屋『Forever』前(夕方)
学校帰りのハルが通りかかる。
ショーウインドウを覗く。
ハルの携帯電話が鳴る。
ハル「はい、篠崎です」
警察官の声「こちら横浜中央警察ですが……」
ハル「(動揺して)えっ……」
○病院・廊下(夕方)
走って病室に向かうハル。
○同・病室(夕方)
扉を開け、入って来るハル。
ベッドに千明が眠っている。
男性医師(40代)がハルに、
医師「打ちどころが悪くなかっただけよかったですが、まだ、予断を許さない状態です」
ハル「そんな……」
○『クリーニング高橋』店内(夕方)
ハルから預かった服をクリーニングしている健一。
○健一の家・リビング(夕方)
結奈と理恵がリビングに居る。
結奈「お母さん、今日お父さん早く帰って来るかなぁ。最近遅いよね」
理恵「慣れない仕事で大変なのよ」
結奈「休みなのに出てったこともあったじゃん」
理恵「昔からお父さんは仕事人間だから」
結奈「でも最近、前よりもなんか楽しそう」
理恵「会社から離れて、少しホッとしてるのかもしれないわね」
結奈「……だからって、クリーニングって」
理恵「でも、クリーニングも大切な仕事よ」
結奈「そうだけどさ……」
○病院・病室(夜)
ベッドに眠る千明を見つめるハル。
○ケーキ屋(夜)
ケーキ屋の女性店員(50代)に、
健一「シュークリームを六つ」
店員「はいよ」
シュークリームがちょうど六つ入る箱に詰める店員。
○『クリーニング高橋』店内(夜)
机に置かれた健一の携帯電話にメールが届く。
○道(夜)
シュークリームの入った箱を手に健一が歩いている。
携帯電話がないことに気が付き探す。
健一「(一人呟く)参ったなぁ」
○『クリーニング高橋』店内(夜)
慌てた様子の健一が入って来る。
携帯電話を手にすると、店の固定電話が鳴る。
電話に出る健一。
健一「はい、こちら『クリーニング高橋』です」
ハルの声「どうしよう……どうしよう……」
健一「ハ……ハルさん?」
ハルの声「(泣きながら)……健さん?」
健一「どうしました? 何かありましたか?」
× × ×
病院から電話しているハル。
ハル「(泣きながら)お母さんが……事故に遭ったの。もう、もう目を覚まさなかったらどうしよう……」
健一の声「えっ!」
ハル「わたし、一人になっちゃう……」
看護師が慌ただしく動いている。
× × ×
健一「落ち着いて。落ち着きましょう。今、今そっちに行きますから!」
携帯電話を見ずに仕舞う。
シュークリームの入った箱を手に、慌てて飛び出していく健一。
○道(夜)
慌てて走る健一。
目の前を通過するタクシー。
健一「まっ、待って! (手をあげ)たっ……タクシー!」
○病院・廊下(夜)
椅子に座っているハル。
健一が走って来る。
ハル「(立ち上がって)健さん……」
健一「(息を切らしながら)大丈夫ですか?」
ハル「何とか、今は容体が落ち着いたんだけど……。でもまだ意識は戻ってない」
健一「……」
椅子に座る二人。
ハル「自転車に乗ってて、飛び出してきた車にぶつかったんだって」
健一「そうだったんですか」
ハル「さっきは、取り乱した電話でごめんなさい。事態が変わるわけでもないのに……」
健一「いえ、大丈夫ですよ。一人だと心細いですよね」
ハル「……」
健一はシュークリームの入った箱を開ける。
健一「何か食べましたか? 甘いものを食べると元気が出ますよ」
シュークリームを取り出し、ハルに差し出す。
とても驚いた表情になるハル。
健一「どうしました? 甘いもの苦手でしたか?」
ハル「いや、シュークリーム……」
健一「ここのシュークリーム美味しいんですよ」
シュークリームを一口食べるハル。
次第に涙が溢れだす。
健一「ハルさん……?」
突然声をあげて泣くハル。
驚きあたふたする健一。
○健一の家・ダイニング(夜)
ラップのかけられた健一の夕食。
奥で皿を洗っている理恵。
結奈が携帯電話を開くが新着メールは無い。
送信画面には『お父さん 今日は早く帰ってきてね お母さん誕生日なんだから!』とある。
結奈「……」
○病院・病室(夜)
眠っている千明のそばに居るハルと健一。
ハル「今日はありがとう」
健一「いえ、僕は何も」
健一はシュークリームを一つ取り出し、
健一「目が覚めたら、これお母さんにあげてください」
ハル「ありがとう」
受け取るハル。
ハル「(寂しそうに)もう帰った方がいいよ……」
健一「でも……」
ハル「大丈夫、大丈夫だから……」
健一「……」
○同・外(夜)
携帯電話を取り出す健一。
メールを見て我に返る。
○健一の家・ダイニング(夜)
時計の針は十二時前を指している。
健一が入って来る。
健一「ただいま……」
理恵「おかえりなさい」
結奈「遅い!」
理恵「こら、お父さん仕事で忙しいんだから、そういうこと言わないの」
健一「……」
結奈「あっ、その箱!」
健一からシュークリームの入った箱を取り上げる結奈。
箱を開ける。
結奈「えっ……?」
目が泳ぐ健一。
健一「今日は遅かったから、四つしかなかったんだよ」
結奈「そうなんだ」
○病院・病室(深夜)
眠っている千明のそばに居るハル。
ハル「お母さん……あのシュークリームね、わたしの大好きなシュークリームなんだ……」
何も言わない千明。
ハル「わたしお母さんの為に何もできないんだなって、いつも思うの」
何も言わない千明。
ハル「お父さんが居なくなった時も……。どうしてお父さんは……」
静かに泣くハル。
○高校・教室
ハルのいない座席。
元気のない彩香。
○『クリーニング高橋』店内
仕事をこなす健一。
ハルから預かった、クリーニングし終えた洋服に目をやる。
○高校・教室(朝)
教室に入って来るハル。
彩香「ハル! (駆け寄って)大丈夫だった? 事故のこと森山さんから聞いた」
ハル「うん……。とりあえず、意識は戻ったから」
彩香「よかった……」
ハル「心配かけて、ごめんね」
教室に男性教師(30代)が入って来る。
教師「はい、席着いて。今日は進路希望調査用紙を配ります」
○土手(夕方)
学校帰りのハルが土手に腰を下ろし、進路希望調査用紙を見つめている。
○『クリーニング高橋』店先(夜)
片付けをしている健一。
ハルが現れる。
ハル「こんばんは」
健一「あっ、ハルさん!」
頭を軽く下げるハル。
健一「ちょ、ちょっと待ってくださいね」
ハルから預かっていた洋服を持ってくる健一。
ハル「(受け取って)ありがとう」
健一「お母さん、具合どうですか?」
ハル「うん、とりあえず意識は戻った」
健一「(ホッとして)そうでしたか。それはよかった……」
ハル「健さん、本当にありがとう。心配かけました(頭を下げるハル)」
健一「そんなやめてくださいよ。僕は何もしてませんよ」
ハル「でも、そばに居てくれた」
微笑む健一。
健一「……そうだ、ご飯行きますか? もうすぐで終わりなので」
ハル「(微笑み)はい」
○定食屋(夜)
食事をしているハルと健一。
ハル「健さんって、この街で生まれたの?」
健一「いや、子供の頃に引っ越してきました。父の仕事の関係で。それからはずっとこっちに居ますね」
ハル「そうなんだ。子供の頃居た街に行きたいとか思ったことってある?」
健一「どうでしょう。小さかったからあまり覚えてないというのが正直なところで、むしろこの街が故郷ってところでしょうか」
ハル「じゃあ、違う街に行ってみたいと思ったことは?」
健一「そうですねぇ、東京に出て行きたいと思っていたこともありましたけど、今は、この街に居るべきだと思ってるんです」
ハル「居るべき?」
健一「大切な思い出がこの街にあるからです」
ハル「……」
健一「忘れないために」
ハル「忘れないため……」
健一「ハルさんはこの街で生まれ育ったんですか」
ハル「うん」
健一「出会いってのは不思議なものですね。同じ街に居ても、出会わない人にはきっと出会わず時が過ぎていく。でも、出会う人には必ず出会う。たとえそれが、僅かな時間だったとしても」
ハル「わたしも出会いは長さじゃないと思う」
健一「どんなことも偶然というより、きっとどこか必然なんでしょうね」
○道(夜)
自転車を漕いでいる白井。
ブレーキをかける。
反対の道をハルと健一が楽しそうに歩いている。
白井「……?」
○赤レンガ倉庫
横浜港を背にクルクル回っているハル。
× × ×(O.L)
赤い靴を履いた春恵がクルクル回っている。
× × ×
ハル「健さん?」
ハッとする健一。
ハル「どうしたの?」
健一「あっ、えっ、いや……」
ハル「ほら、行くよ!」
健一を引っ張っていくハル。
× × ×
ショップを見て回る健一とハル。
× × ×
アイスクリームを食べる健一とハル。
○同・幸せの鐘
鐘に向かって走って行くハル。
鐘の紐に手をかけ、健一を手招きする。
鐘の紐に手をかける健一。
ハル「わたしも幸せになれるかな」
『二人の愛が永遠に続きますように』という文字に目が行く健一。
健一「(動揺して)……」
そっと紐から手を放す。
ハル「……?」
健一「この鐘は僕と鳴らしてはいけません」
ハル「えっ? どうして……」
健一「この鐘は、ハルさんが本当に幸せになりたい相手と鳴らすべきです」
ハル「……」
健一「……」
ハル「そっか。そうだよね……」
○スカイガーデン・展望エリア
ハル「わぁー綺麗!」
健一が建設中の建物に気を取られている。
ハル「どうしたの?」
健一「えっ、あぁ、あの建設中の建物、僕が本当は関わっていたものなんです」
ハル「えっ?」
健一「もうリストラされちゃいましたけど」
ハル「……!」
健一「(焦りながら)あっ、でも今はクリーニングの仕事、楽しく一生懸命やらせてもらってますよ」
微笑むハル。
健一「若い頃は横浜の風景にどこかで関わりたかったんだと思います」
ハル「そうなんだ」
健一「でも今はこういう日常や、僕達自身もこの街の風景なんだと思います」
ハル「好きなんだね、この街が」
○汽車道(夜)
健一「そろそろ帰りましょうか」
ハル「そうだね」
お揃いのストラップを取り出すハル。
ハル「はい、これ」
健一に一つストラップを渡すハル。
健一「えっ……」
ハル「お礼。いっぱいお世話になってるから」
健一「そんなお世話になんて……」
ハル「じゃあね、健さん」
笑顔で手を振るハル。
× × ×(O.L)
笑顔で手を振る春恵。
× × ×
笑顔で右手をあげる健一
○健一の家・リビング(夜)
健一「(ご機嫌な様子で)ただいまー」
理恵「おかえりなさい」
健一「結奈は宿題もう終わってるか?」
結奈「どうしたの? 急に」
健一「えっ?」
結奈「なんか、テンション高いから」
健一「(動揺して)……」
理恵「お風呂もう入れるわよ」
健一「ありがとう。今入る」
○同・書斎(夜)
誰も来ないことを確認しつつ入って来る結奈。
健一の机に荷物と見慣れないストラップ。手に取り、
結奈「(不審に思い)……?」
○『クリーニング高橋』店内(夕方)
仕事をしている健一。
雲行きの怪しい空。
祥子「森山さん、この後ちょっと娘と出ちゃうから、今日店閉めるところまでお願いね」
健一「はい、分かりました」
○ハルの家・ハルの部屋(夕方)
進路希望調査の用紙を手に、雨が降りそうな空を見ているハル。
○健一の家・リビング(夕方)
窓の外を見ている結奈。理恵に、
結奈「お母さん、わたしちょっと行って来る!」
○同・玄関(夕方)
玄関にある傘を二本手に、外へ飛び出す結奈。
○『クリーニング高橋』店先(夕方)
暗くなり、雨がしとしと降ってくる。
健一「(一人呟く)あーあー。参ったなぁ、今日晴れだって言ってたのに」
ため息をつく健一。仕事を続ける。
○道(夜)
傘を差した結奈が、地図を見ながら歩いている。
○『クリーニング高橋』店先(夜)
雨が強くなる。
帰ろうとしている健一。
健一「(外を覗き、険しい顔で)……」
覚悟を決め店から出る。
体が濡れない。
驚き後ろを振り返る健一。
ハルが傘に健一を入れている。
健一「(思わず笑みがこぼれ)ハっ……ハルさん!」
ハル「傘、持ってないと思って」
ハルはもう一本持っている傘を健一に差し出す。
健一「ありがとうございます!」
嬉しそうにハルから傘を受け取る。
視線を感じ、振り返る。
その先に、傘を差し、健一の傘を手に持つ結奈が立っている。
結奈「……」
健一「結奈……!」
健一を見るハル。
結奈「その人、誰?」
健一「えっ……」
ハルを見る健一。
健一「あぁ……それは……あのぉ……」
健一のおろおろする様子を見たハルが、
ハル「はじめまして、わたし篠崎ハルって言います。あのぉ……(『クリーニング高橋』を指しながら)ここ、紹介した」
結奈「はっ……?」
健一「(あたふたしながら)あぁ、結奈。この方がそう。そのー紹介してくれて……」
結奈「……」
沈黙。
健一は動揺しながらハルに、
健一「あのぉ……その……わたしの娘で……」
ハル「そうなんだ……」
結奈「会社の人の紹介じゃなかったの?」
健一「……!」
ハル「(察して)うちの家族が前の会社でお世話になってたんです。森山さんに」
健一「(森山さんと聞いて)……!」
ハル「だから紹介できてよかったです。あと、ここわたしの親友の家でもあるので」
結奈「……」
結奈は健一に傘を差しだす。
ハルは健一に、
ハル「よかったですね! 娘さん傘持ってきてくれて。……それじゃあ」
立ち去るハル。
健一「あっ、ちょっと! この傘……」
濡れかける健一を傘に入れる結奈。
○道(夜)
並んで進む二つの傘。
結奈が持ってきた傘を差す健一。
もう一方の手には、ハルが持ってきた傘がある。
立ち止まる結奈。
結奈「お父さん……。もう……あの人と会わないで……」
健一「えっ……」
足をとめ、結奈を見る健一。
健一を睨み付けている結奈。
健一「(焦って)何言ってるんだよ。何か誤解してるんじゃないか? 別にそんな、何もないし……」
結奈「(被せて)うそ!」
健一「……!」
結奈「お父さんおかしいよ! 前はそんなんじゃなかった。もっと真面目で、仕事ばっかりで、でもわたし達を見てた!」
健一「……!」
結奈「今は何? 休みの日どこに行ってるの? 何をしてるの?」
健一「……!」
結奈「お父さん嬉しそうだった。あの人が来た時……」
動揺する健一。
結奈「言える? 何もやましい気持ちがなかったって言える?」
健一「……」
結奈「お父さんは……お父さんはわたしのお父さんなんだよ?」
健一「……!」
結奈「最低だよ……」
一人走りだす結奈。
健一「ちょっ、結奈! おい!」
立ち尽くす健一。
○靴屋『Forever』前(夜)
雨に濡れたショーウインドウ。
中に飾られた赤いヒール靴。
傘を差したハルが駆け抜けていく。
○健一の家・書斎(深夜)
外は雨。
ハルから貰ったストラップを見ている健一。
鍵の付いた引き出しを開け、仕舞うと、『健君へ』と書かれた手紙を取り出し開く。
春恵の声「春恵です。突然いなくなってごめんね。この手紙を読んでくれているということは、きっとわたしのお墓に来てくれたんだね。シュークリーム持ってきてくれたのかな。本当は元気になって戻ってこようと思ってたから、何も言わずに行ってしまいました」
× × ×(回想)
横浜港を見ている春恵。
春恵の声「わたしの頭の中には腫瘍があります。東京の病院に行くことになって、この街を出ることになりました。寂しくはないよ。海は繋がっています」
× × ×(回想)
病室で手紙を書いている春恵。
春恵の声「健君と過ごした時間は決して長くはなかったけど、楽しかった。健君は優しいからきっとどこか自分を責めてしまうのかもしれないけど。いつまでも変わらない健君でいてね。前を向いて生きていってね」
× × ×
書斎で泣いている健一。
春恵の写真に涙が落ちる。
春恵の声「必ず明日が来るって思ったら、人は後悔するのかもしれない。だからもっと早く伝えるべきだった。好きって」
○墓地
墓の前で手を合わせている健一と理恵。
墓石に『川上家』とある。
健一の声「もう君には会えないと思っていた。いや、会えないんだ。なのに、僕はもう一度君に会えたような気がしていた」
× × ×(回想)
春恵「健君、次移動教室だよ。早く(手招き)」
× × ×(回想)
春恵「ここのケーキ屋さん、シュークリームすっごく美味しいんだよ!」
× × ×(回想)
雨が降っている。
そっと後ろから傘を差しだす春恵。
春恵「風邪引いちゃう」
× × ×(回想)
赤い靴を履いた春恵が横浜港を背にクルクル回って見せる。
春恵「わたし、この街の風景が好きなんだよね」
健一を見つめた春恵が、カシャというシャッター音と共に静止画になる。
× × ×
線香の灰が落ちる。
理恵「時が経つのは早いものね……」
健一「そうだな……」
理恵「(柄杓等を手に持ち)これ片付けてくるね」
健一「あぁ」
墓の前に一人残される健一。
健一「(墓石に)馬鹿だよな。娘に言われてハッとしたんだ。大切なものは、失ってからじゃ遅いと君に教えてもらったはずなのに」
○(回想)墓地
健一(20)が墓で手を合わせている。
そこにやって来る理恵(18)。
健一の横には、シュークリームの箱がある。
理恵「もしかして……森山さんですか?」
健一「はい……」
健一に頭を下げる理恵。
× × ×
理恵「もし、この先お墓に行って会うことがあったら、渡してほしいって……」
『健君へ』と書かれた手紙を健一に差し出す理恵。
理恵「お姉ちゃん、会うといつも森山さんの話ばかりしていました」
健一「えっ……」
理恵「約束したのにって、言ってました。約束したのに守れなかったって……」
○(回想)山下公園
自転車で駆けて行く男女の高校生の後ろ姿。
春恵の声「今度来た時は、あれ一緒に乗ろうよ」
横浜港を通過していくシーバス。
○墓地
涙がこぼれないように、空を見上げる健一。
○赤レンガ倉庫
健一と理恵が歩いてくる。
理恵「こうやって二人で歩くの、久し振りね」
健一「そうだな……」
理恵「急に、どうしたの?」
健一「うん。ちょっとついて来てくれるか?」
○同・幸せの鐘
健一「一緒に鳴らさないか?」
理恵「(驚いて)……!」
健一「いろいろと、すまなかった」
理恵「えっ?」
健一「リストラはされるし、母さんにも、結奈にも沢山迷惑をかけてしまった」
理恵「そんな……」
健一「僕はもっと、家族と向き合わなければいけなかった」
理恵「……」
健一「まだ今でも、どこかあの頃で止まっている僕がいたんだ……。それにも気付かずにいた……」
鐘の紐に手をかける健一。
健一「もう一度、家族をやり直したい」
鐘の紐に手をかける理恵。
二人の鳴らす幸せの鐘が鳴り響く。
× × ×
横浜港を眺めている健一と理恵。
理恵「お姉ちゃんは幸せだろうな」
健一「えっ……」
理恵「こうやって、ずっと、忘れないでいてくれる人がいるから」
健一「……」
理恵「でも、そんなあなただから一緒になろうと思ったのよ」
健一「……」
○高校・屋上
一人で、たそがれているハル。
白井の声「お前ってケンが好きなんだな」
ハル「(怒ったような様子で)はっ?」
振り返ると白井が立っている。
白井「え? なんだよ」
白井の手には『君色の声がした』がある。
ハル「(白井の手を見て動揺し)……」
白井「(漫画を広げながら)ただのいいヤツかぁ」
ハル「うるさいなぁ、関係ないでしょ」
白井「何怒ってんだよ」
ハル「……」
白井「なぁ、この前お前が男の人と居たとこ見たんだけどさ」
ハル「……!」
白井「……?」
ハル「わたしが誰と居ようと白井君には関係ないでしょ!」
白井「何だよ、おっさんだぜ?」
ハル「(動揺して)えっ?」
白井「あれ、父親?」
ハル「(動揺して)誰だっていいでしょ!」
足早に屋上を後にするハル。
白井「(一人屋上に残され)何だよ……」
○靴屋『Forever』前(夜)
寂しそうに赤いヒール靴を見つめているハル。
○池のある広い公園(夕方)
晴れた夕空。
池を見つめるハル。
健一の声「やっぱり、ここに居ましたか」
振り返るハル。
健一「ここに居ると思いました」
ハル「何で……」
健一「辛いことがあったり、悩んだりすると、ここに勇気をもらいに来るんですよね」
ハル「……」
健一「この前は、傘ありがとうございました」
ハルに傘を差しだす健一。
無言で受け取るハル。
健一「僕は、あなたを傷付けてしまったみたいです」
ハル「何、言ってるの……」
健一「でも、僕にも守るものがあるんです」
ハル「……」
健一「もう……やめましょう。会うのは」
ハル「……」
健一「僕には家庭があります。大切な家族がいます」
ハル「……」
健一「ハルさんにはとてもお世話になりました。リストラされた僕を救ってくれました。それは今でも感謝しています」
ハル「……」
健一「でも、このままでは、僕はハルさんだけでなく、妻も娘も皆傷付けてしまう」
沈黙。
健一「僕はもう、ここには来ません」
ハル「健さんは、いつも優しいもんね。ずっと変わらず、優しいもんね」
健一「……」
ハル「もういいよ。分かってるから。分かってたから……」
健一「すみません」
ハル「何で謝るの? 謝ることなんて、ないのに」
健一「でも……」
ハル「娘さん、大切にしてあげなよ」
健一「はい」
ハル「お店にももう行かないから、安心して」
健一「……」
ハル「健さんは、間違ってないよ」
作り笑顔で健一を見るハル。
ハル「じゃあ……さようなら。今までありがとう」
立ち去るハル。
○靴屋『Forever』前(夕方)
立ち止まることなく通り過ぎるハル。
○池のある広い公園(夕方)
池を見つめ、呆然と立ち尽くす健一。
○ハルの家・ハルの部屋(夕方)
子供用の赤い靴を取り出すハル。
涙が溢れ出す。
○横浜港
太陽が眩しく照らしている。
○ハルの家・リビング
千明「梅雨も明けたわね」
窓を開ける千明。
千明「ハルの自由にしていいのよ」
ハル「えっ……」
千明「ハルにはずっと辛い思いさせちゃってるから」
ハル「そんなこと……」
千明「お金の心配はいいから、大学行きたいなら行きなさい」
ハル「行きたいかどうかなんて分かんないよ。みんなもそう、周りが行くから行くだけで……」
千明「この街を出たいんじゃないの?」
ハル「え……」
千明「お金のこともあって、高校は公立高校になっちゃったけど」
ハル「何でそんなこと」
千明「お父さんが出てってから、ずっとこの街を嫌っていたでしょ?」
ハル「……」
○池のある広い公園(夕方)
セミの鳴き声が響く。
池を見つめているハル。
○高校・教室
彩香「夏休み、おばあちゃんの家に行こうと思ってるんだけど、ハルも一緒に来ない?」
ハル「えっ?」
彩香「神戸なんだけどね」
ハル「神戸!?」
○ハルの家・ハルの部屋(夜)
神戸のオープンキャンパスの予定を調べているハル。
ハル「(物思いにふけて)……」
○彩香の祖母の家・玄関前
彩香とハルがやって来る。
彩香の祖母(68)が出迎える。
彩香「おばあちゃーん!」
祖母「おぉ、よく来たねぇ」
○神戸港(夜)
夜景が広がる神戸港。
○彩香の祖母の家・部屋(深夜)
隣同士に布団を引き、寝る体勢のハルと彩香。
彩香「オープンキャンパス行くって、神戸の大学受けるの?」
ハル「まだ分かんない。でも、横浜は出て行くかも」
彩香「え? 何で? わざわざ他府県に?」
ハル「うん。しがらみから解放されたいからかな」
彩香「しがらみ? ひょっとして……森山さん?」
ハル「(笑って)まさか。どうしてそうなるわけ?」
彩香「だって、ハル森山さんのこと……」
ハル「(被せて)そんなんじゃないから。もっと昔から出て行こうと思ってたの」
彩香「えっ?」
ハル「お父さんとの思い出を忘れたくて」
彩香「……」
ハル「わたしのお父さん、女つくって出てったの。わたしが十歳の時にね。行くとこ、行くとこ、お父さんとの思い出がまとわりついてて、何度も消したいと思った。もう見たくないと思った」
彩香「そうだったんだ……」
ハル「だから、これはいい機会なんだよね……」
寂しい表情のハル。
○同・玄関前(朝)
帽子をかぶったハルが外に出る。
彩香「(ハルを追いかけ)わたしも行く!」
○大学
オープンキャンパスが開催されている。
大学内をいろいろ見て回るハルと彩香。
○神戸港・かもめりあ付近(夕方)
ハルと彩香が歩いている。
彩香「あっついねー。わたしちょっと飲み物買ってきていい?」
ハル「うん」
彩香「ハルのもなんか買ってくるよ」
ハル「ありがとう」
神戸港を一人見つめるハル。
ハル「似てる……」
港の景色にカメラを向ける。
突風が吹き、ハルの帽子が空に舞い上がる。
ハル「あっ!」
松橋義光(43)が帽子をキャッチする。
松橋「(帽子をハルに差し出し)はい」
ハル「あっ……ありがとうございます」
帽子を受け取るハル。
松橋の顔を見て衝撃が走る。
松橋「観光で来られたんですか」
ハル「あっ、はい……」
港を見渡す松橋。
ハル「素敵な港ですね」
松橋「はい、わたしもとても好きな港です」
ハル「わたし……横浜から来たんです……」
松橋「横浜ですか! あそこは素敵な街ですよね(嬉しそうな様子の松橋)」
ハル「……」
松橋「昔、わたしも横浜に居たんです。ほら、あそこのシーバスに乗ったことがあるんです。娘と二人で……」
ハル「……!」
松橋「今でもそれが忘れられなくて、忘れたくなくて、わたしはここに居るのかもしれません」
ハルの帽子を握る手に力が入る。
松橋「海は横浜と繋がっています」
ハル「……」
係員の声「松橋さん! こっちお願いします!」
松橋「あっ、はい」
ハル「……!」
松橋「(ハルに向かって微笑み)では、ごゆっくり」
立ち去る松橋。
涙がこぼれそうになり、空を見上げるハル。
彩香の声「ハルー!」
飲み物を持った彩香が駆けて来る。
彩香「どうかしたの?」
ハル「(首を横に振り)何でもない」
彩香「……?」
○高校・教室
彩香「えっ? 神戸の大学受けるの?」
ハル「うん」
彩香「オープンキャンパスでやりたいこと見つかったってこと?」
ハル「やりたいことはこれからかな」
彩香「え?」
ハル「進学してから、考えようと思ってる」
彩香「何で……神戸?」
ハル「似てるから。横浜と似てるから」
少し微笑むハル。
彩香「……!」
○ハルの家・ハルの部屋(夜)
入試に向け勉強をしているハル。
○『クリーニング高橋』店内
黙々と働く健一。
陰からそっと覗く彩香。
○高校・教室
教室の外の木々が紅葉している。
席で勉強しているハル。彩香が来る。
彩香「ハル、真面目だね」
ハル「何それ」
彩香「森山さんみたい」
ハル「……」
彩香「ハル、ずっとお店顔ださないね」
ハル「……」
彩香「森山さんと……何かあった?」
手をとめるハル。
ハル「何もない。……何も。だいたいあそこは、健さんにとって職場だから。わたしは紹介しただけ。それで終わり」
彩香「真面目に働いてるよ、森山さん」
ハル「そっか」
彩香「黙々と。まるで他の事を考えないように」
ハル「……」
彩香「ハルがここを出ていきたい理由って、やっぱり森山さんなんじゃないの?」
ハル「何でそうなるの?」
彩香「好きなんでしょ?」
ハル「だから違うって」
彩香「好きなんじゃないの?」
ハル「……。今勉強してるから。向こう行ってくれる?」
沈黙。
彩香「森山さんと出会った頃のハルは楽しそうだった」
ハル「……健さんとは、ガラス越しだから」
彩香「ガラス……越し?」
ハル「そう、ガラス越し……」
○同・外観
文化祭で盛り上がる高校。
○同・屋上
文化祭の様子を上から眺めているハル。
健一とお揃いのストラップをいじっている。
白井の声「いいのか、文化祭参加しなくて」
白井が現れる。
白井「見てるだけじゃん」
ハル「見てるだけが一番いいの」
白井「何だよそれ」
ハル「見てるだけが一番綺麗なの。何でも手に入ったら、きっと人は間違っていく」
白井「でも、手に入らない方が燃えるだろ?」
ハル「……」
白井「俺は必ず手に入れるけどね」
ハル「こんなとこでわたしに話しかけてる場合じゃないんじゃない? さっさとキャーキャーファンのところ行けば?」
白井「相変わらず冷たいな」
沈黙。
ハル「わたし、この街出て行くから」
白井「えっ……?」
ハル「卒業したら出て行くから」
白井「……!」
ハル「わたしと会えなくなるって残念? まぁ、卒業式に第二ボタンくらい貰ってあげてもいいけどね?」
白井「いいのか?」
ハル「いいって、何本気になってるの」
白井「あの人のこと……」
ハル「へっ……?」
白井「お前がずっと見ている人」
ハル「何それ」
白井「彩香に聞いた。父親じゃないんだってな」
ため息をつくハル。
ハル「もともとそんなんじゃないから。勘違いしないで。それに、あの人には家族がいるんだよ? みんな何言ってるのかな」
白井「何も言わずに行くのか?」
ハル「……」
その場を立ち去ろうとするハル。
足をとめ、
ハル「あのさぁ、前言ってた『君色の声がした』の君だけど、わたしは一人一人にとって違う人を指してるんだと思うよ」
白井「……」
屋上を後にするハル。
○健一の家・ダイニング(12月24日・夜)
健一、結奈、理恵の三人の食卓。
健一「メリークリスマス!」
プレゼントの箱を結奈に手渡す健一。
結奈「わっ! ありがとう」
健一「お父サンタからです」
結奈「(笑って)何それ」
理恵「よかったねぇ、結奈」
○靴屋『Forever』前(同日・夜)
イルミネーションで輝くショーウインドウ。
赤いヒール靴が飾られている。
ハルが通りかかる。
ハル「(一人呟く)しがらみ……」
ショーウインドウにそっと手を置く。
雪が降って来る。
雪を手にのせると溶けていく。
ハルの声「そのあたたかさは、きっと心を溶かしてゆく」
○ハルの家・リビング(朝)
千明「試験、頑張ってね」
ハル「うん」
微笑む千明。
○試験会場(朝)
試験監督の声「はじめ!」
試験を始めるハル。
○『クリーニング高橋』店内
手際よく仕事をこなす健一。
祥子「それ終わったら、これもお願いね」
健一「分かりました」
祥子「そういえば、ハルちゃんずっと来ないわね」
手がとまる健一。
祥子「やっぱり受験は大変ね。うちの子もそうだけど。ハルちゃん、他府県の学校も受けるとか言ってたみたいだし」
健一「そうなんですか?」
祥子「あら、聞いてなかったの? 勉強熱心で感心しちゃうわー」
健一「……」
○ハルの家・ハルの部屋
大学の合否通知の封書を手に、バタバタ入って来るハル。
封を開ける。
次第に笑顔になるハル。
『合格』の文字。
○同・リビング
ハルの声「やったぁー!」
声を聞き、千明が微笑んでいる。
○高校・教室
ハルと彩香が話している。
彩香「もうすぐ卒業かぁ」
ハル「そうだね」
彩香「早いね」
ハル「あっという間だった」
彩香「ハル……このまま黙って行くの?」
ハル「何が?」
彩香「もう会えなくなるんだよ? 森山さんに」
ハル「いいの。その方がいいの」
○池のある広い公園(夕方)
池を見つめるハル。
× × ×(回想・夕方)
ハル(10)が池の前で泣いている。
履いていた靴を脱ぐと裸足になる。
靴を池に投げ捨てる。
× × ×
池を見つめるハルの目から、涙がこぼれる。
○ハルの家・ハルの部屋
引越しの準備をするハル。
必要なものを段ボールに詰め、いらないものを袋に入れている。
子供用の赤い靴が入った箱を開け、靴を眺める。
箱を閉じ、袋に入れる。
○『クリーニング高橋』店内(夜)
帰り支度をしている健一。
そこに、彩香がやって来る。
彩香「あっ、あの……森山さん」
健一「はい」
彩香「あの……お願いがあるんです」
健一「……?」
彩香「もう一度、もう一度だけハルに会ってあげてくれませんか?」
健一「えっ?」
彩香「何があったか知らないけど、ハルはきっと何も言わずにこのまま行っちゃうと思うから」
健一「……」
彩香「ハル、この街を出て行くんです」
健一「……」
彩香「明日卒業式なんです。もう一度だけ会ってあげてください。お願いします」
頭を深く下げる彩香。
健一「ちょっ、ちょっと、そんな頭あげてくださいよ」
彩香「ハル、明るく振舞ってるけど、本当は寂しいんだと思います。無理して、出て行こうとしてるんだと思います」
健一「……!」
○健一の家・書斎(夜)
鍵のかかった引き出しを開ける健一。
ハルから貰ったストラップを手にする。
○高校・体育館
アナウンス「卒業生入場」
卒業式が始まる。
入場する卒業生。
○『クリーニング高橋』店内
仕事を始める健一。
何度も時計を見る。
しばらくし、手がとまる。
○池のある広い公園
卒業証書の入った筒を手に、池を見つめているハル。
○『クリーニング高橋』店内
店内にいる祥子に、
健一「祥子さん」
祥子「ん?」
健一「あの……どうしても行かないといけないところがあって……」
祥子「あら?」
健一「すみません! 午後抜けさせてください!」
頭を深く下げる健一。
祥子「……?」
荷物を持つと、店を飛び出す健一。
○道
走る健一。
○池のある広い公園
池の近くのベンチにハルが座っている。
背後から息を切らした健一がやって来る。
視線を感じ振り返るハル。
ハル「……! どうして……」
健一「(息を切らしながら)久々に、来てみたくなったんです」
ハル「うそっ……来ないって言ったくせに……(泣きそうになる)」
ハルの横に腰掛ける健一。
健一「卒業おめでとうございます」
ハル「ありがとう……」
沈黙。
ハル「わざわざ祝いに来てくれたの?」
健一「はい」
ハル「彩香に何か言われたんでしょ」
健一「僕が来たかったから来ただけです」
ハル「(涙を堪え)……」
健一「やっぱりここはいい場所ですね」
ハル「この場所はね、わたしが初めて好きになった人と出会った場所なんだ」
健一「そうだったんですか」
ハル「でも、もう今日が最後。わたしがここに来ることはもうないから。こうやって会うことも……もうないから、安心して」
健一「……」
ハル「わたしね、この街から出て行くの」
ハルを見る健一。
ハル「勘違いしないでね。健さんとは関係ないから。大学に進学するからだし、もともとそのつもりだったから」
健一「いつ、いつ行くんですか」
ハル「明日……」
健一「……」
ハル「わたし、もう行くね」
去ろうとするハル。
ハルの腕を掴む健一。
動揺するハル。
健一「まっ、待ってください」
ハル「へっ……」
健一「(ハルに頭を下げ)すみませんでした」
ハル「謝らないでよ」
健一「僕は、結局自分を守ることしか考えていませんでした」
ハル「当然だよ……」
健一「僕は、僕はあなたに会えて嬉しかった……」
ハル「(動揺して)……」
健一「最後に……どこかへ行きませんか?」
ハル「えっ……?」
健一「最後の一日を僕にくれませんか?」
ハル「……!」
健一「このままお別れなんて寂しいじゃないですか」
健一を見つめるハル。
健一「今日は特別です。僕はあなたを見ていると、昔の自分を思い出すんです」
沈黙。
ハル「分かった。(嬉しそうに)行ってあげる」
顔がほころぶ健一。
ハル「行こっ!」
健一の腕を掴み走り出すハル。
健一「あっ、ちょっと、ハルさん!」
○横浜中華街
食べ歩きをしているハルと健一。
笑顔が溢れる。
○山下公園
『赤い靴はいてた女の子』像の前を、はしゃぎながら通り過ぎるハルと健一。
周りも気にせず、クルクル回っているハル。
ハル「(横浜港に向かって)磯の香りがするぅ!」
健一「そうですね」
目の前に広がる横浜港。
健一「海はどこまでも繋がっています」
ハル「そうだね……」
空を見上げるハル。
ハル「空も海と繋がってる」
思わずハルを見つめる健一。
シーバスがこちらへ近づいてくる。
健一「あれ、乗りませんか……」
ハル「……」
○シーバス(夕方)
横浜をめぐるハルと健一。
ハル「昔ね、一度だけお父さんと乗ったことがあるの」
健一「そうなんですか。じゃあ、思い出の」
ハル「うん……。でも、ずっと忘れたくて、ずっとお父さんのこと忘れたくて、何も見ないようにしてた」
景色を見渡すハル。
ハル「(一人呟く)わたし、こんな街に住んでたんだ……。不思議だよね。今日は素敵な街に感じるの」
景色を見渡す健一。
健一「僕は、ハルさんに謝らないといけない事があります」
ハル「えっ?」
健一「僕は、重ね合わせていたんです。あなたと昔失ってしまった大切な人を……」
ハル「……!?」
健一「あれは突然の別れでした。何も伝えられないまま……」
ハル「……!」
健一「まだ若かったのに……」
ハル「恋人?」
健一「いえ……恋人ではないんですけど。いや、ひょっとしたらそうなれたかもしれない人です」
ハル「そうなんだ」
健一「『今度来た時は、あれ一緒に乗ろうよ』って僕に。でも、今度はもう来なかった」
ハル「……」
健一「僕はもう一度会えた気がしていたんです。ハルさんに会って、もう一度会えた気がしていたんです(涙を堪える)」
ハル「きっとその人、今一緒に乗って笑ってるよ……」
健一「僕にも、今日はこの街がとても輝いて見えます」
× × ×
『君色の声がした』を取り出し、健一に渡すハル。
健一「なんですか?」
ハル「わたしが嫌いな少女漫画」
健一「えっ?」
ハル「(笑って)イケメンとね、クラスで一番さえない女の子が付き合う話」
健一「あぁ」
ハル「その女の子の恋を応援する男の子がそばにいて、本当はその女の子のことが好きだったりする」
健一「……」
ハル「いつも助けてあげて、無茶までして、無理して、なのに……ずっとただのいいヤツ」
健一「(苦笑)……」
ハル「何で気づいてあげないんだろ。気づかないふりをするんだろう。何でその子を好きにならなんだろう」
神妙な表情の健一。
ハル「わたしはね、その男の子を応援したくなるの。一番切ない恋……」
健一「ただのいいヤツですかぁ……」
ハル「……健さんみたい」
健一「(笑いながら)なんですかもー。やめてくださいよ」
微笑むハル。
ハル「どんな出会いにも、きっと必ず意味があるんだなって思うの。たとえ赤い糸で結ばれていなくても、出会いって全て運命なんだろうなって……」
静かに波打つ横浜港。
○レストラン(夜)
食事をするハルと健一。
ハル「こういうの、すごい久し振りだね」
健一「ホントですね」
ハル「いろいろあったなぁ」
健一「とても楽しかったですよ」
ハル「わたしも」
○横浜駅周辺(夜)
歩いているハルと健一。
ハル「わたし、健さんに会えて、もう一度この街を好きになれた気がする」
健一「そうなんですか?」
ハル「うん。これで心置きなく出て行ける」
健一「……」
足をとめるハル。
ハル「あのね、最後に行きたいところがあるの」
健一「ん? いいですよ。どこでも」
ハル「じゃあ、ついて来て」
○靴屋『Forever』前(夜)
歩いてくるハルと健一。
ショーウインドウには、いくつか靴が飾られている。
ハル「いつもね、この店の前を通る時、ここから靴を見てるの」
健一「何か思い出があるんですか?」
ハル「うん。昔ここで靴を買ってもらったことがあるの。赤い靴を。スーツを着た、優しいサラリーマンの人だった」
健一「赤い靴……」
健一は靴屋の看板を見上げる。
健一「『Forever』……」
ハル「物事に永遠なんてないのにね。変だよね。でも、きっとその靴への思い出は永遠なんでしょ?」
健一はハッとした表情になり、ハルを見る。
ハルが微笑んでいる。
ハルはショーウインドウに飾られている赤いヒール靴を見つめる。(O.L)
× × ×(回想・夕方)
ショーウインドウに飾られている子供用の赤い靴。
それを見つめているハル(10)。
その横にかがむスーツ姿の健一(38)。
健一「この靴が欲しいですか?」
ハル「……」
ハルは裸足で、靴を見ている。
健一「物事に永遠なんてないのかもしれません。でも、きっとその靴への思い出は永遠なんです」
× × ×
健一「あの時の……!」
驚く健一。
ハル「ずっと会いたいって思ってた。もう一度会いたいって思ってた。そしたら……(健一を見て)もう一度会えた」
健一「……!」
ハルはショーウインドウに飾られている赤いヒール靴を見つめながら、
ハル「お父さんは死んでるって前に言ったけど、本当は生きてる。わたしが十歳の時に、女の人をつくって出て行ったの」
健一「……」
ハル「人でなしだと思った」
健一「ハルさん……」
ハル「でも、最近……そうでもないのかなって思った。人が人を好きになる気持ちを他の誰かがとめることはできないから」
動揺する健一。
ハル「自分で自分をとめられるかどうか。きっと誰もが同じ可能性って持ってるんだよ。わたしだって……健さんの家庭を壊しかけたのかもしれない……」
健一を見つめるハル。
健一「そんなこと……」
ハル「自分が嫌になった。お父さんと同じだと思った」
健一「ハルさんは、違いますよ」
ハル「きっと手の届かないもんがあるんだよ。見つめることしかできないものが……」
ハルはショーウインドウに手を置く。
ハル「でも、見てるだけで幸せだった」
沈黙。
ハル「実はね、八年ぶりにお父さんに会ったの」
健一「そうなんですか?」
ハル「うん。ホント偶然にね。別の街で出会ったの」
健一「……」
ハル「お父さんは、わたしだってきっと分からなかった。でも、でも、わたしの事覚えてた。忘れてなかった」
健一「自分の娘を忘れる人なんてきっといません。ずっと、ずっと心の中にハルさんは居たと思いますよ」
ハル「(涙を堪えて)なんか、やっと歩き出せるような気がした」
健一「靴を買いましょう!」
ハル「えっ?」
健一「ずっとウインドウショッピングでは寂しいじゃないですか。歩き出すには新しい靴が必要です。卒業入学祝い、プレゼントしますよ」
笑顔の健一。
ハル「健さん……」
○同・店内(夜)
辺りを見渡す健一。
女性店員(20代)が、
店員「いらっしゃいませ。娘さんにプレゼントですか?」
健一「あぁ……まぁ」
店内にある靴を見ているハル。
その姿を見つめる健一。
○(回想)池のある広い公園(夕方)
ハル(10)が履いていた靴を脱ぐと裸足になる。
靴を池に投げ捨てる。
その様子を偶然見た健一(38)が慌ててハルのもとに駆け寄る。
健一「ちょっと、君! 早まってはいけません!」
大泣きするハル。
健一「どうしたんですか。お父さんは? お母さんは?」
ハル「(泣きながら)いない! もういない!」
健一「えっ!」
ハル「もう……わたしにお父さんはいない……」
パニックになる健一。
健一「とっ……とにかく、池から離れましょう。危ないですからね」
泣き続けるハル。
× × ×
池の近くのベンチに腰掛けているハルと健一。
黙っているハル。
健一が手に持っていたシュークリームの入った箱を取り出す。
健一「甘いものを食べると元気がでますよ」
シュークリームをハルに手渡す健一。
シュークリームを食べるハル。
ハル「美味しい……」
微笑む健一。
ハル「わたしね……お父さんに捨てられたの」
健一「えっ……」
空を見上げるハル。
ハル「お父さんには、お母さんや、わたしより大切な人がいるんだよ」
健一「……」
ハル「もう今頃、違う女の人と一緒にいる……」
健一「そうだったんですか……」
ハル「だから、もうあの靴はいらないの。お父さんが誕生日にくれたものだから」
健一「でも、その靴には思い出が詰まってるんじゃないですか? だから……」
ハル「(被せて)もう全部忘れたいから。履く度にお父さんのこと思い出すの嫌だから。お父さんに捨てられたから、わたしは靴を捨てた」
健一「……」
ハル「(小さく呟く)お父さんは……わたしのお父さんなのに……」
ハルの目から涙がこぼれる。
健一「靴を買いましょう!」
ハル「えっ……?」
健一「裸足のままではいられないじゃないですか。プレゼントしますよ」
ハル「……」
○靴屋『Forever』店内(夜)
靴を見ているハル。健一が、
健一「あの店頭に飾られてる靴じゃなくていいんですか?」
ハル「えっ、でもあれ高いでしょ?」
健一「大丈夫ですよ! あの赤い靴が一番似合うと思います」
健一が店員に、
健一「すみません、あの店頭に飾られてる赤い靴持ってきてもらえませんか?」
店員「はい、かしこまりました」
× × ×
赤いヒール靴に足を入れるハル。
靴を履き、クルクル回って見せるハル。
笑顔で見つめ合う二人。
○同・前(夜)
靴の入った袋を持って出てくるハルと健一。
ハル「今日はありがとう」
健一「こちらこそ。楽しい一日でした」
ハル「じゃあ、ここで……」
健一「はい」
ハル「元気でね」
健一「ハルさんもお元気で」
ハル「さようなら、健さん」
健一「さようなら」
ハルは手を振ると、歩き出す。
少し進み、足をとめ振り返る。
右手をあげる健一。
手を振り笑顔で再び歩き出すハル。
靴の入った箱を両手で抱きしめる。
ハルの後ろ姿をずっと見つめる健一。
○健一の家・書斎(深夜)
『君色の声がした』を読んでいる健一。
ミチルがケンに抱きしめられているシーン。
『好きってことは、一緒に傷付くってことさ』『ケン君……』とある。
微笑む健一。
漫画を閉じ、鍵のついた引き出しに仕舞い鍵をかける。
書斎を離れる。
ハルN「それは、ガラス越しの恋でした」
END
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