<<登場人物>>
清河融(28)(17)デザイナー
清河雫(28)(17)清河の妻
寺巻晋太郎(24)イベンター
ユミコ(21)寺巻のとりまき
大倉準(26)清河の会社後輩
藤島弘道(45)清河の会社上司
三谷香織(28)雫の友人
山本祥子(27)雫の友人
立花雅子(55)雫の母親
後藤忠則(47)弁護士
西村冬実(23)雫の会社のスタッフ
女医(43)
神父(43)
<<本文>>
〇教会・内
タキシードの清河融(28)とウェディングドレスの清河雫(28)の後姿。
神父(43)が聖書を広げている。
『聖ヨセフ』の宗教画(レプリカ)が飾られている。
大勢の参列者。
神父「健康な時も病める時も、良い時も悪い時も、変わることなく愛することを誓いますか」
清河・雫「(同時に)誓います」
清河と雫が参列者の方へ振り返る。
〇(回想)川沿いの道
清河(17)と雫(17)が微妙な距離で並んで歩いている。
大きめの川、枯れ木が並んでいる。
枯葉が舞う。
清河が親指の爪を噛んでいる。
雫「いいよ、付き合おう」
清河は驚いて雫を見る。
雫は清河の方を見ないで、清河の手を握る。
手を繋いで歩く二人。
〇教会・外
参列者が取り囲んでいる階段を下りていくタキシードの清河とウェディングドレスの雫。
参列者はフラワーシャワーを投げている。
参列者の中に大倉準(26)、藤島弘道(45)。
藤島「清河君、おめでとう」
清河「部長、ありがとうございます。あとでスピーチもよろしくお願いします」
大倉「先輩、おめでとっす」
清河「おう、って遅刻しないで来てくれたんだ、ありがとう」
大倉「そりゃ来ますって。もう信じてくださいよ」
藤島「ははは」
ドレス姿の三谷香織(28)、山本祥子(27)もフラワーシャワーを投げている。
香織「(涙声で)雫ちゃん~、雫ちゃん~」
雫「香織、泣くの早すぎ。でも、ありがとう」
祥子「(笑いながら)もう香織ったら~! 雫、おめでとう!」
雫「祥子もありがとう、本当にありがとう」
手をつないで階段を降りていく清河と雫。
笑顔の二人。
〇清河家・リビング(朝)
結婚式での清河と雫の写真。
スーツ姿の清河が朝ごはんを丁寧に食べている。(皿の汚れがほとんどないように食べている)
雫が空いている皿を片付けている。
整理されたキッチン。
流しの前のナイフホルダーに包丁が2本。
雫「あいかわらず綺麗に食べるよね」
清河「汚れるのがなんか苦手でさ。今日さ、朝一で会議があるから、少し早めにでるね、何があるかわからないし」
雫「そして、あいかわらず心配性、そういうところ安心するけどさ。あ、今日、私、遅くなる」
清河「仕事?」
清河が親指の爪を噛む。
雫「ううん、香織と祥子と飲もうって話しがでていてさ。行っていい?」
清河「ああ、香織ちゃんと祥子ちゃんか、いいよ、でも、あんまり遅くならないようにね」
雫「ありがとう。わかってる。連絡もいれるから」
清河「うん」
清河は立ち上がり、カバンを持ち出て行こうとする。
清河「じゃ、行ってくる」
雫「うん、いってらっしゃい」
雫は左手を振る。
清河は出て行く。
雫は振っている左手の指輪に気がつく、嬉しそうに微笑む。
雫「あ、私も行かなきゃ」
〇イベントホール
広めのホール。
雫が指示を出すと、数人が会場に花を飾りつけていく。
西村冬実(23)が雫に近づいてくる。
冬実「雫さん、主催者の寺巻さんがおいでになられましたので、挨拶をお願いしてもいいですか」
雫「了解」
冬実「あちらです」
冬実が手を入り口の方にかざす。
寺巻晋太郎(24)とユミコ(21)が立っている。
寺巻は、チャラそうな外見だが、着ているものは高級感がある。
ユミコはキャバクラ嬢のような派手な外見、大きめのサングラスをかけている。
寺巻はまわりの人に軽く挨拶をしている。
雫が寺巻に近づいていく。
寺巻が雫に気がつく。
雫は名刺を取り出し、寺巻に挨拶をする。
雫「寺巻様、この度はフラワーアレンジの発注、ありがとうございます。私、本日の現場担当の清河雫と申します」
寺巻は名刺を受け取り、名刺と雫の全身を交互に見る。
雫は少し不振そうにする。
寺巻「ああ、すみません、お美しい方だなと思って」
雫が驚く。
寺巻「ああ、すみません、気にせず。今日から3日間続くこのイベントは、我社にとっても重要なものとなりますので、どうぞ宜しくお願いします」
寺巻は雫のもとを離れていく。
ユミコはサングラスを外し、雫に微笑み会釈し、去っていく。
寺巻は数人のスタッフに指示を出している。
冬実が雫の側に寄ってくる。
冬実「若いのになんかすごいですね、彼女、派手ですけど」
雫が冬実をたたく。
雫「そういうこと言わない。さあ、やるわよ」
冬実「はーい」
冬実は去っていく。
雫がポケットに振動を感じて、スマートフォンを取り出し、操作する。
スマートフォンの画面には清河からのメッセージが表示されている、鯖の味噌煮定食の写真と『今日のお昼。午後も頑張ろうねー』。
雫が返信しようとスマートフォンを操作する。
寺巻が少し離れたところから雫を見つめている。
〇定食屋・店内
清河、大蔵、藤島の前に鯖の味噌煮定食が置かれている。
清河が写真を撮り、スマートフォンを操作する。
大蔵「あ、また奥さんに送ったんすか?」
清河「ああ、まあ、何を食べたかってね、意味はないんだけど。雫、忙しいから返信できないときもあるけど、既読マークが付くだけでも安心するし」
藤島「結婚したばかりとはいえ、熱いなあ、うちなんて、俺が何を食べているかなんて全然知らないだろうな」
大蔵「それはそれでいいじゃないですか、まあ、奥さんも不倫しているかもしれないですけど」
藤島「大蔵、てめー、それに不倫『も』の『も』ってなんだ、俺が不倫しているみたいじゃねーか」
大蔵「はは、清河さんのところは、そういう心配なさそうでいいっすね」
清河「まあ、心配は心配なんですけどね」
藤島「はは、男ならもっとどんと構えろ」
大蔵「藤島さんはドンっと構えすぎですけどね」
笑う大蔵と藤島。
清河は困った顔。
〇居酒屋『養老の川』・外観(夜)
『居酒屋 養老の川』の看板。
〇同・店内(夜)
雫、香織、祥子がお酒のグラスを持っている
雫・香織・祥子「かんぱ~い!」
3人は乾杯し、お酒を飲む。
香織「あー、美味しい、最の高」
祥子「何、その言い方、普通に最高でいいんじゃん、はは」
雫「あ、そうだ、ちょっと写真とっていい?」
雫はスマートフォンを取出し、インカメラで3人が写るように撮る。
雫はスマートフォンを操作する。
祥子「あ、彼氏……、じゃなくて、旦那さんに?」
雫「うん、女の子と飲んでいるって送ってあげようかなって」
香織「え、なにそれ、どういうこと?」
雫「融は、ちょっとヤキモチで心配性なところあるからさ」
香織「えー、結婚したのに、束縛系?」
雫「そんなじゃないよ、お互いの安心のため、私は気にしてもらえていて、嬉しいけどな」
祥子「いいんじゃない。お互いが何しているか知らない夫婦だって多い中でさ、こういうのも。まあ、雫が不倫とかは絶対にないと思うけど」
香織「はは、それはそう、絶対にしなそう」
雫「はは、まあ、それはそうかな、融君以外興味ないし」
祥子「ひゅー、あついあつい」
香織「私は不倫してみたいけどなあ」
祥子「不倫って、その前に結婚しないとじゃん」
雫「その前に、彼氏作んないとじゃん」
香織「もー!! 明日からダイエットして見返してやるんだから」
香織はから揚げをほおばる。
雫・祥子「今日からしなよ!」
3人は笑う。
〇清河家・リビング(夜)
テレビがついている。
清河がスマートフォンを見ている。
画面には雫と香織と祥子。
清河は写真をズームして雫を見る。
清河は微笑む。
清河「やっぱり可愛いよなぁ」
清河はスマートフォンを操作して、『飲みすぎないようにねー』と返信する、すぐに『既読』マークが着き、『はーい』と返事が来る。
清河は安心した表情。
〇大通り(夜)
交差点に雫、香織、祥子。
香織「じゃあ、私たち、こっちだから」
祥子「雫、ありがとね、また飲もうね」
雫「うん。香織は次までに彼氏つくっておいてね」
香織「もうー! 明日から頑張るから!」
笑う香織。
外車が3人の脇に止まる。
車の窓が開き、運転席には寺巻。
寺巻「清河さん!」
雫、香織、祥子が声に気がつく。
雫「あ、えっと、寺巻さん」
香織、祥子が不思議そうにする。
雫「あ、仕事のお客様で」
寺巻は会釈をする。
車の後部座席にはユミコ。
寺巻「お帰りですか? ちょうど良かった、近くまで送りますよ」
雫「え、いや、悪いですし、大丈夫です」
寺巻「いや、ちょっと、仕事の相談もしたかったので」
雫は困った様子、後部座席のユミコを見る。
ユミコは手で『どうぞ』とする。
雫「わかりました、お願いします」
雫が香織と祥子の方を向く。
雫「じゃ、ありがとね、また飲もうね」
香織「うん、仕事も頑張ってね」
祥子「またねー」
雫は車の後部座席に乗り込もうとするも、車の中のユミコが助手席を指差す。
運転席の窓が閉まる。
雫は回り込み車の助手席に乗り込む。
発進する車。
香織「なんかチャラそうな人だったね」
祥子「うしろの女とかやばかったね」
車を見送る香織と祥子。
〇清河家・リビング(夜)
ソファに清河。
清河はスマートフォンを操作して雫に『そろそろ解散?』とメッセージを送る。
すぐにメッセージは『既読』になり、『解散したよ。仕事の人にたまたま会って、車で送ってもらっている。あ、心配しないで、二人きりじゃないし女の人もいるからー笑』と返信。
清河は親指の爪を噛み、スマートフォンを見つめる。
清河は窓の外を見る。
星が輝いている。
〇寺巻の車・内
寺巻が運転をしている、助手席でスマートフォンを操作する雫、後部座席で退屈そうにしているユミコ。
寺巻「いやあ、会えてよかった」
雫はスマートフォンをカバンに片付ける。
雫「送っていただき、ありがとうございます。それで仕事の相談って」
寺巻「あ、いや、ちょっとだけお時間ありますか、寄り道させていただきたくて」
雫「え」
寺巻「いや、次、考えているイベントがあるんですが、『星空の下でのパーティー』がテーマなんです。できれば清河さんのところでまたフラワーアレンジメントをお願いしたくて」
雫「星空ですか? ということは夜の野外」
寺巻「はい、そうですね、ちょっと、そんなに遠くないんで、会場を少し見てもらいたいんですが、時間大丈夫ですか?」
雫は少し悩み、後部座席のユミコを見る。
ユミコ「今日は星がよく見えるし、下見のチャンスなのよ」
雫は窓から空を見る。
星空。
雫「わかりました。少しだけなら大丈夫です」
寺巻「いや、そんな遠くないんで安心してください、名取のゆりが丘にあるんです、すぐです」
雫「ああ、そうなんですね」
雫は窓から流れる景色を見る。
〇清河家・ベランダ(夜)
手にスマートフォンを持った清河が通りを眺めている。
通りには車は通っておらず、歩行者もいない。
〇走る車(夜)
大きな国道を途中で曲がり、登り道を進む。
まわりの景色から建物は減り、暗くなっていく。
〇スーパーの駐車場(夜)
寺巻の車が入ってきて、止まる。
他の車はほとんど止まっていない。
〇寺巻の車・内(夜)
助手席の雫は、車が止まったことに気がつき、車外を見る。
寺巻はハンドブレーキを入れる。
ユミコは後部座席で足を組んでいる。
雫「ここは」
手巻「スーパーの駐車場です。ここの駐車場は閉店後もはいることできるんですよ」
雫「そうなんですね……」
寺巻はシートベルトを外す。
寺巻「ユミコ」
ユミコはため息をつく。
ユミコ「外、寒いんだから早くしてね」
ユミコは車から降りる。
雫「あ、降りますか」
寺巻が雫の方を向き、微笑む。
〇清河家・リビング(夜)
清河がスマートフォンで雫に『遅いけど、大丈夫?』とメッセージを送る。
『送信済み』のマーク。(『既読』にならない)
清河はスマートフォンを見つめている。
〇寺巻の車・内(夜)
寺巻が微笑んでいる。
雫はシートベルトを外そうとする。
寺巻はすばやく助手席の方に移動し、雫の両手を押さえつける。
雫「痛っ、え、いや、なんですか」
寺巻は雫の左手の指輪に気がつく。
寺巻「なんだ、結婚していたんだ、まあ、いいか、楽しもうぜ」
雫「え、なんですか、いや、やめ」
雫は抵抗する。
寺巻は力強く押さえる。
雫は動けない。
雫は怯えた目で寺巻を見る。
寺巻「いいね、いい目」
寺巻は雫の唇を強引に奪う。
雫は首を動かし唇を離し、抵抗する。
寺巻は雫の顔を平手打ちする。
雫が恐怖で体が固まる。
寺巻は雫の上の服を破る、下着が見える。
助手席の足元に落ちた雫のカバンから振動音。
スマートフォンが光り、画面には『融 着信』。
雫の声「いや、やめ」
ベルトを外す音。
〇清河家・リビング(夜)
清河が暗い表情でスマートフォンを耳に当てている。
親指の爪を噛んでいる。
〇スーパーの駐車場(夜)
ユミコは、明かりがついている柱の下に立っている。
ユミコはタバコを取出し、火をつけ、吸う。
寺巻の車が上下にギシギシと揺れる。
ユミコはゆっくりと煙を吐く。
夜空には満点の星。
ギシギシという車が揺れる音。
〇清河家・リビング(早朝)
清河がスーツ姿のままソファで眠っている、手にはスマートフォン。
清河が目を覚まし、まわりを見渡し、手元のスマートフォンを見る。
雫への『どうした?』『大丈夫?』などのメッセージは『送信済』のマークのままで、既読にはなっていない。
親指の爪を噛む清河。
『ガチャ』と玄関のドアが開く音。
清河「雫?」
清河が玄関へ走り出す。
〇同・玄関・内(早朝)
清河が慌ててやってくる。
清河「こんな時間までなにをや……」
服も髪も乱れ、顔も焦燥している雫が立っている。
清河は目を見開く。
清河「ど、どうしたんだ?」
雫がうつろな目で清河を見る。
雫「融……」
清河「おい、何かあったのか? どうしたんだ?」
雫は靴を脱ぎ、玄関にあがる。
雫「シャワー浴びたい」
清河「シャワー? ああ、浴びていいよ、でも、ほんとにどうしたんだ」
雫「ごめん、あとで言うから、シャワーを浴びたいの」
雫はよろよろ歩く。
清河「雫……」
清河は生唾を飲む。
〇同・脱衣所(早朝)
浴室へのドア、シャワーを浴びている雫のシルエット。
シャワーの音。
ドアに背をあずけて座り込む清河。
シャワーの音。
雫のシルエットは動かず、シャワーを浴び続けている。
シャワーの音。
清河は爪を噛む。
〇同・リビング(早朝)
清河と雫が向かい合って座っている。
雫はうつむいている。
清河「なにがあったんだ?」
雫はうつむいている。
清河「けっこう心配もしたんだよ」
雫はうつむいている。
清河「やっと帰ってきたら、こんなんだし……」
雫はうつむいている。
清河は雫を見つめる。
清河「もしかして、襲われたのか?」
雫は清河を見る、下唇を噛み、小さくうなずく。
清河は眉をひそめ、雫を見る。
雫は清河の表情の変化に気がつく。
清河は慌てて立ち、移動しようとする。
清河「警察に連絡しよう」
雫が清河の腕の裾をつかみ、首を横に振る。
雫は震える。
清河「警察に行こう」
雫は必死に首を横に振る。
清河は雫を見つめ、親指の爪を噛む。
〇マンション・外観
明るくなっていく。
立花雅子(55)が玄関に入っていく。
〇清河家・リビング
雅子が荷物をテーブルに置く。
清河は側に立っている。
雅子「雫は?」
清河「寝室です」
雅子「そう、ちょっと見てくるわね」
清河「はい。お願いします」
雅子が行こうとする。
清河「お義母さん、僕がいながら、すみません」
雅子は顔をゆっくりと横に振り、寝室へ向かう。
清河は椅子にくずれるように座る。
〇同・寝室
ベッドで横になる雫。
側で雫の手を握る雅子。
〇川沿いの道
親指の爪をかみながら清河が歩いている。
〇公園
ベンチに清河が座っている。
清河が空を見上げる。
〇(フラッシュ)うつろな雫
清河の声「襲われたのか?」
下唇を噛み、小さくうなずく雫。
〇元の公園
両手で顔を覆う清河。
清河「俺は……」
ポケットから振動音。
清河はスマートフォンを取出す。
清河「はい」
〇カフェ・個室
4人がけのテーブルの小さい部屋。
清河と寺巻と後藤忠則(47)が座っている。
後藤はスーツ、襟に弁護士バッチ。
清河の前のテーブルに名刺が置かれている、『後藤弁護士事務所 弁護士 後藤忠則』と記載されている。
清河「示談?」
後藤「ええ、こちらとしましても、清河雫さんが既婚者ということは、まあ、知らなかったとはいえ、不貞行為をした事実は認めるところであり、まあ、ですが、お互いのためにも事は大きくしないほうが良いのではと考えています。よって、示談とさせていただければと……」
清河「不貞行為? 帰ってきた雫はボロボロだった。お前が襲ったんだろ!」
清河は立ち上がり、寺巻を指差す。
寺巻は下を向いている。
後藤は清河を制止し座らせる。
後藤「人の記憶はあいまいだ、お互いの意見に違いが出る可能性も十分あります、真実を明らかにするにはそれこそ裁判で争わなくていけません。その場合、雫さんと寺巻さんとの行為の詳細について、証言を集め、明らかにしなくてはいけなくなります。そのことで傷つくのは雫さんではないでしょうか?」
〇(フラッシュ)清河家・リビング(早朝)
清河は慌てて立ち上り、移動しようとする。
清河「警察に連絡しよう」
雫が清河の腕の裾をつかみ、首を横に振る。
雫は震える。
清河「警察に言うべきだ」
雫は必死に首を横に振る。
〇元のカフェ・個室
清河と寺巻と後藤が座っている。
清河は親指の爪を噛む。
清河「わかりました」
後藤が微笑み、カバンから書類を取り出す。
後藤「では、こちらの書類にサインを……」
清河は寺巻を見る。
寺巻は顔をあげ、清河を見つめる。
寺巻「悪いことをしました。すみませんでした」
寺巻は頭を下げる。
清河は親指の爪をさらに強く噛む。
X X X
後藤「では、これで示談成立です。示談金については、すぐに振り込むように手配いたしますので」
後藤は書類をカバンに片付ける。
寺巻が長いため息を吐く。
寺巻「やっと終わった」
清河が寺巻を睨む。
寺巻が立ち上がる。
寺巻「流れ上、謝ったけどさ、感謝もして欲しいもんだ」
清河「感謝?」
寺巻「あの女、気持ち良さそうだったなぁ。あんた、ちゃんと満足させてんの? セックス下手なんじゃない?」
清河が勢いよく立ち上がる。
テーブルのコップが倒れ、水がこぼれる。
後藤が清河を抑える。
後藤「寺巻さん!! もう帰っていいですから」
寺巻は片手を上げ、去っていく。
清河「待て! お前!」
後藤が必死に清河を押さえる。
こぼれたコップの水がテーブルの下に雫となって落ちる。
清河の親指の爪は出血している。
〇星空(夜)
〇清河家・リビング(夜)
清河と雅子が向かい合って座っている。
雅子「それで良かったわ。雫も忘れたがっている」
清河は下を向いている、親指の爪は血がかたまり赤黒くなっている。
清河は立ち上がり寝室に向かう。
清河「少し様子を見てきます」
雅子は清河の背中を見つめる。
〇同・寝室(夜)
雫がベッドに横になっている、目は開いているが、うつろ。
側の椅子に清河が座っている。
清河「もう、しばらく、お義母さんにはいてもらうよ」
雫「うん」
清河「明日から、俺も会社には行こうと思う」
雫「うん」
清河「あ、でも、なんかあったら、連絡もらえれば、すぐ戻ってくるから」
雫「うん」
清河は窓の外の星空を見る。
清河「今日は星がよく見えるね」
雫「うん」
清河は雫の顔を見る。
〇(フラッシュ)カフェ・個室
寺巻が話している。
寺巻「あの女、気持ち良さそうだったなぁ。あんた、ちゃんと満足させてんの? セックス下手なんじゃない?」
〇(フラッシュ)カフェ・個室
寺巻が話している。
寺巻「あの女、気持ち良さそうだったなぁ」
〇元の清河家・寝室(夜)
ベッドに雫、側に清河が座っている。
清河は雫の顔を見ている。
清河「あのさ……」
雫は表情を変えない。
清河は雫の顔を見つめる。
清河「いや、なんでもない、とにかく今はゆっくり休んで」
清河は雫の頭をなでようとする。
清河「うっ」
清河は口を押さえ、慌てて去っていく。
雫が清河の方を少し見て、ゆっくりと目をつぶる。
〇同・洗面所(夜)
水が流れている。
清河はぬれた口をタオルで拭く。
清河は鏡の中の自分を見る。
鏡の中の清河は無表情。
〇オフィスフロア
清河がうつろな目でパソコン作業をしている。
〇定食屋・店内
清河、大蔵、藤島の前に、から揚げ定食が置かれている。
清河がから揚げを食べ始める。
大蔵「あれ、今日は写真いいんすか?」
清河「え、写真?」
大蔵「いや、奥さんに送るって言って、毎回、撮っていたじゃないですか」
清河「ああ、そうだな。今日は別にいいんだ」
から揚げを食べる清河。
大蔵「そうなんすね……」
藤島は清河の様子を心配そうに見つめる。
清河はゆっくりとから揚げを口へ運ぶ。
〇清河家・寝室(夕)
ベッドで雫が横になっている。
窓から見えるオレンジ色に染まる空を見つめる雫。
〇同・寝室(夜)
ベッドで雫が眠っている、となりのベッドに清河が寝ている。
清河は苦悶の表情。
〇(夢)スーパーの駐車場(夜)
清河がギシギシと揺れている車を見ている。
清河は車に近づく。
清河が車内を窓からのぞく。
雫らしき女性(顔が見えない)の上で腰を動かしている寺巻。
清河は恐る恐る違う角度から車内をのぞく。
女性の顔は暗くて見えない。
雲から月が見えてくる。
明るくなる車内。
女性の顔が見えてくる。
喜んでいる雫の顔。
寺巻が振返り、微笑む。
清河はよろめき座り込む。
〇元の清河家・寝室(夜)
ベッドに雫と清河が眠っている。
清河が飛び起きる。
汗だく。
清河は隣の雫の顔を見る。
清河は口を咄嗟に押さえる。
清河「うっ」
清河はベッドから降り部屋を飛び出す。
〇同・リビング(朝)
スーツ姿の清河が出かけようとしている。
清河は目の下にクマ、疲れている顔。
雅子が清河を見ている。
雅子「融さんも大丈夫?」
清河「いえ、大丈夫です。今日も雫のこと宜しくお願いします」
清河は頭を下げ、出て行く。
雅子は心配そうに閉まった玄関へのドアを見ている。
〇通り(朝)
電話しながら歩いている清河。
清河「申し訳ありませんが、本日、体調不良のため、お休みさせてください」
〇清河家・寝室(朝)
ベッドに横になる雫。
食べ物をのせたお盆をもった雅子がはいってくる。
〇美術館・前
清河が入り口の前に立っている。
『特別展覧会 ジョルジョ・ド・ラ・トゥール 光と闇の世界』と書かれた看板。
〇清河家・寝室
ベッドで起き上がりご飯を食べている雫。
横で雫を見ている雅子。
雫「そろそろ、復活しなきゃね」
雅子「いいのよ、頑張ってきたんだし、ゆっくりすればいいのよ」
雫「ううん、お母さんにも、融にも悪いし」
雅子「融さんならわかってくれるわ」
雫「それに……」
雅子「うん?」
雫「ずっと横になっていると、色々と考えちゃって、辛くなってきてさ」
雅子は黙って雫を見ている。
雫「私さ……」
雫はシーツを強く掴む。
雫「私は……、汚い人間だ」
〇美術館・内
絵を見て歩いている清河。
清河は足を止める。
絵は『悔い改めるマグダラのマリア』。
清河は絵を見つめる。
〇清河家・寝室
雅子は驚き、シーツを掴んでいる雫の手を握る。
雅子「汚い人間なんかじゃない、そんなことはない。雫は何も悪くない。だから、ゆっくり休んで、いったん全部、忘れたらいいの」
雫は首を振る。
雫「違うの違うの。あのとき、あのとき」
雅子「もういいから!」
雫「あのとき、怖くて、悔しくて、すごく嫌で」
雅子は辛そうな表情。
雫「なのに……、体は……」
雅子が雫を抱きしめる。
雫は雅子の肩に顔を埋める。
〇美術館・内
絵を見ている清河。
絵は『聖トマス(槍を持った聖人)』(槍を構える聖トマスが描かれた作品)
清河は絵を見る。
尖った槍。
清河は親指の爪を噛む。
〇大通り(夕)
スマートフォンを耳に当てる清河。
清河「寺巻さんはおられますか?」
女性の声「失礼ですが、どちら様でしょうか」
清河「御社のイベントで、フラワーアレンジを担当させていただいた清河と申します」
女性の声「失礼しました。寺巻は現在、海外出張中でして申し訳ありませんが帰国は2ヶ月後の予定となっております、何か伝言な……」
電話を切る清河。
歩いてく。
〇清河家・寝室(夜)
ベッドに雫と清河が横になっている。
雫「融?」
清河「うん?」
雫「私、明日から、少しずつ仕事復帰を目指そうと思う」
清河「うん。雫が大丈夫なら」
雫「いろいろとごめん」
清河「ううん、俺こそ、ごめん。でも、無理はしないで」
雫「うん」
清河は天井を見つめている。
清河「2ヶ月か……」
清河は目を閉じる。
〇T「2ヵ月後」
〇清河家・リビング(朝)
ご飯を食べている雫と清河。
清河「もう慣れた?」
雫「うん。在宅ワークって不安だったけど、ちょっとずつできるようになってきた」
清河「そうか、よかった」
清河は立ち上がる。
清河「雫……、いろいろと、ごめんな」
雫「え、それは私だよ」
雫は清河に触れようとゆっくりと手を伸ばす、清河は慌ててカバンを持って歩きだす。
清河「そろそろ行くね」
雫「うん」
清河は玄関の方へ。
雫も追いかける。
キッチンにあるナイフホルダーの包丁が1本だけになっている。
〇大通り
清河が道の端に立っている。
清河の視線の先には大きめのビル。
ビルの前には寺巻の車。
清河はカバンを両手でかかえる。
〇清河家・リビング
パソコンで作業をしている雫。
伸びをした際に飾ってある清河と雫の結婚式の写真が目にはいる。
雫は立ち上がり、写真を見る。
写真にうつる笑顔の雫と清河。
雫は悲しそうな表情をし、窓の外を見る。
外は曇り。
〇大通り
清河が目立たないように隠れて立っている。
ビルから寺巻とユミコがでてくる。
清河は歩きだす。
寺巻はユミコと談笑している。
清河は歩きながらカバンの中に手をいれる。
寺巻は車に向かおうとする。
清河はカバンから包丁をとりだし、カバンを投げ捨てる。
寺巻はポケットから車のキーを取り出す。
走る清河。
寺巻は向かってくる清河に気がつく。
寺巻「あいつ」
突然、寺巻に車(居眠り運転していた)が突っ込む。
悲鳴が響く。
清河も立ち止まる。
清河のまわりの人が包丁を見て、驚く。
清河の視線の先。
叫んでいるユミコ。
吹き飛ばされて血まみれで、不自然な方向に首や腕や足が曲がった寺巻。
清河は包丁を落とし、走り去っていく。
雨が降り出す。
親指を噛みながら走る清河。
〇雨
激しく降り注ぐ。
〇清河家・リビング
雫がパソコンで作業をしている。
窓の外は大雨。
ずぶぬれの清河がはいってくる。
雫が驚き立ち上がる
雫「え、融? どうしたの?」
清河「寺巻は死んだ」
雫がかたまる。
清河「たぶん、死んだ」
雫「なにが? 何を言っているの? たぶん、とか、死んだとか? え、まさか……」
清河は首を振る。
清河「車にはねられた、たぶん、助からない」
雫はよろめき椅子に座る。
雫「そう……」
雫は少し安堵の表情。
雷の音。
清河「シャワー浴びてくる」
清河は親指の爪を噛んでいる。
X X X
ダイニングテーブルで向かい合って座る清河と雫。
雫「そう……そんなことが……でも良かった、融が犯罪者にならなくて……」
清河は首を振る。
清河「俺は……、血まみれのあいつを見たとき、自分の感情に驚いた」
雫は拳を握る。
清河「俺の中に、うずまいていたどす黒い気持ちは何一つとして消えなかった。あいつが死ねば消えると思っていたのに……。俺は、俺は」
清河は雫を見る。
雫が立ち上がる。
雫「融の言いたいことわかってる。汚れた私を受け入れられないんだよね?」
清河「違う、雫は何も悪くない。何も悪いことをしていない。でも、でも、胸が苦しくなるんだ。雫が、俺の雫じゃないような、いや、もともと、俺のものでもなんでもないし、雫は雫なのに……」
雫「もし私が浮気をしたんであれば、怒りを私に向ければ終わりだった。でも、そうじゃない、融は自分の感情をどうしたらいいのか、どう処理したらいいのか、わからないんだよね」
清河「雫……」
雫「融は汚れた私を受け入れることができない、信じることができない、そういうことだよね、でも、まあ、私自身も私を信じられなくなっている今、融を責める資格なんて、私にはない」
清河は何も言えない。
雫が去ろうとする。
雫「私が出て行く」
清河は親指の爪を噛み、下を向く。
雫「うっ」
雫が口を押さえ、座り込む。
清河は驚き立ち上がり、雫に近づく。
清河「雫!」
口をおさえる雫。
口をおさえる雫を後ろから見る清河。
眉をしかめる清河。
〇病院・外観
総合病院。
〇同・診察室
無表情の清河。
女医(43)が微笑む。
女医「おめでとうございます。2ヶ月です」
無表情の清河。
〇清河家・リビング
座っている雫。
時計の針が進む音。
〇公園
ベンチに清河が座っている。
子供たちが遊んでいる。
清河は子供たちの様子を眺める。
〇通り
清河が歩いている。
(結婚式を挙げた)教会の前で立ち止まる清河。
教会を見上げた後、入っていく清河。
〇教会・内
誰もいない。
清河が歩く。
靴の音が響く。
壁に飾られた『聖ヨセフ』の宗教画(レプリカ)の前で歩みを止める清河。
見つめる清河。
ヨセフの顔。
清河は椅子に座る。
手を合わせて祈るような体勢。
〇清河家・リビング
雫が座っている。
清河が入ってくる。
雫は無言で清河を見る。
清河「ただいま」
雫は何かを言おうとするが、清河が先に話し始める。
清河「ちょっと、散歩しないか」
〇川沿いの道
清河と雫が並んで歩いている。(手はつないでいない)
桜が咲いている木々。
静かな川の流れ。
清河と雫は歩く。
雫が自分のお腹をさする。
雫は歩きながら数秒だけ目をつぶる。
雫は目を開ける。
雫「おろすから」
清河は立ち止まり、雫の方を見る。
雫も立ち止まる。
〇(回想)川沿いの道
清河(17)と雫(17)が立ち止まって、向かいあっている。
清河「俺、雫と……」
清河を見る雫。
清河「雫とずっと一緒にいたい。だから、付き合って欲しい」
清河を見る雫。
清河が親指の爪を噛む。
雫が歩き始める。
清河も追いかけ並んで歩く。
〇元の川沿いの道
清河と雫が向かい合っている。
日が沈んでいく。
清河が自分の親指を見る。
〇教会・内
壁に飾られた『聖ヨセフ』の宗教画(レプリカ)。
『聖ヨセフ』の表情。
〇元の川沿いの道
清河と雫が向かい合っている。
清河「俺は……、何も理解できていなかった」
雫「え?」
清河「わかっていなかった」
雫が不思議そうな顔。
清河「ずっと一緒にいるって意味をわかっていなかった……。自分の理想を気にして、ずれた部分に勝手に嫌悪を覚えていた」
雫は自分の下唇を噛む。
清河が雫を見つめる。
〇(回想)教会・内
神父の前にタキシードの清河とウェディングドレスの雫が並んでいる。
神父「健康な時も病める時も、良い時も悪い時も、変わることなく愛することを誓いますか」
清河・雫「(同時に)誓います」
〇元の川沿いの道
清河と雫が向かい合っている。
清河「愛するっていうことは……、受け入れるってことだってわかった。俺は雫を受けいれていなかった」
雫が寂しそうな表情。
清河「でも……、妊娠を聞いたとき、俺は、雫と産まれてくる子供を守らないといけない、ちがう、守りたいって思った。理屈とかそんなんじゃなくて、心の奥からの叫びとして、そう思ったんだ」
清河は手を握り締めている(親指が4本指の中にしまわれている)
清河「俺は雫の全てを受けいれたい。その上で、ずっと一緒にいたい」
雫の目がうるんでいる。
雫「子供は……」
清河「雫が嫌でなければ産んで欲しい」
雫「でも……」
清河「関係ない。俺たちの子供だ」
雫の目から涙がこぼれる。
雫は清河の手をそっとつかむ。
雫は軽くうなずく。
清河は雫の手を握り、歩き始める。
風が吹き、桜が舞う。
夕日に染まる歩く二人のシルエット。
【了】
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