欲望の塔
登場人物
シン(男・ヘッドホンを常に持つ・騒音に強い不快感)
エリカ(女・マニキュア好き・男勝り)
ユウ(不問・表情が読みづらい・無口)
アキラ(男・欲がない・自分が欲しいものを探している)
アキラの声 人の欲は尽きないって言うけれど、多分、本当のことだろう。
実際、俺の周りは、いつもあれが欲しい、これが欲しい、
あれがしたい、これがしたいって。きっとこれが人間の本質なのだろう。
俺には、それが無い。皆からよくおかしな奴だって言われる。
不気味な奴だとさえ言われた。
逆に、すごく偉いことだとも言われる。
俺は望むことができない死人でも、
望みがいらない神様なんかでもない。
強いて言うなら、「欲や望みを持つ人間になりたい」というのが、
俺の一番の望み、なのかもしれない。
モノが雑多に捨てられているゴミ捨て場
様々なゴミが積み重なり、さながら塔のようになっている
シン、ガラクタに座り、ケータイをいじっている
エリカ、マニキュアを塗っている
ユウ、玩具で遊んでいる
エリカ シンー。
シン、エリカの声に気付かない
エリカ シン!
シン ……。
エリカ シンってば!
シン 何だい、騒々しいね。
エリカ 聴いてもないのにヘッドホン付けるなって、何度言わせんの?
シン もう30回くらいは聞いたかな。
エリカ あんたねぇ。
シン 何か用?
エリカ、マニキュアのビンを見せる
エリカ これと同じやつ、知らない? 見つからないの。
シン 知らないね。しかし、君も好きだな。僕には全然わからないよ。
エリカ 可愛いでしょ! 私も流行りとか全然知らなかったけど、これはお気に入り。
シン それは何より。あまりビンを近付けないでね、匂うから。
エリカ 上品な香りでしょ。けど、本当にどこいったのかなぁ。
シン 別に簡単なことじゃないか。望んだらいい。すぐに見つかるだろ。
シン、ヘッドホンを付ける
エリカ あ、そっか。えっと……。
エリカ、ゴミの山を漁る
なかから、マニキュアのボトルが出てくる
エリカ あったあった! やっぱこれよね。
ユウ、人形で遊んでいる
その手には、エリカの探していたマニキュアのボトルもある
アキラの声 望むものが無くたって、普通に生活できた。
お金がかからない分、少し余裕もあった。
でも、毎日が満たされない。
体から何かが欠け落ちてしまったみたいだ。
何かが足りない。
お腹が減ったから食べ物を食べる。眠くなったから睡眠を摂る。
そんな当たり前のことじゃない。
大金持ちになりたい? そんな大それたことでもない。
俺は何をしたいんだろう。俺が欲しいものは何だろう。
もう疲れた。望みを探すことをやめてしまおうか。
でも、怖かった。
それをやめてしまうと、自分が人間ではない、
他のものになってしまいそうで。
だから、俺は探した。見つけようとした。ただ、がむしゃらに。
シン、ガラクタに座り、耳を塞いでいる
ユウ、人形で一人遊んでいる
エリカがやって来る
エリカ ちょっと、どうしたの?
シン ……。
エリカ シン、聞こえてる?
シン うるさいんだ。
エリカ え?
シン あっちの方……。多分、工事か何かかな。気になって気になって仕方がないんだ。
エリカ、耳をすます
エリカ かすかに聞こえるわね。別に気にするほどじゃ……。
シン うるさいんだよ! やっと静かになったのに。邪魔だなぁ、消えろ!
ああ、くそ、事故で死ねばいいんだ。
エリカ ど、どうしたのよ、柄にもないわね。
シン あ、ああ、ごめん。何でもないんだ。ただ、気になっただけで。
エリカ 別にいいけど……。
ガラクタの崩れる音
シン、エリカ、音の方を向く
アキラ、バランスを崩しながらやって来る
シン 誰、君?
アキラ あ、いや、俺は……。
エリカ 珍しいわね、お客さん。
エリカ、ガラクタに座り、アキラを見る
アキラ ここは?
シン 先にこっちの質問に答えてもらっていい?
アキラ あ、すみません。俺は、アキラっていいます。
シン そう。君、どうやってここまで来たの?
アキラ はあ……その、何というか。
エリカ はっきりしないわね! シャキッと喋りなさいよ。
アキラ は、はい!
エリカ それで?
アキラ わ、わからないんです。
エリカ はあ?
アキラ 散歩してたら偶然に、っていうか、その、何ですかね。
エリカ ハッキリする!
アキラ 偶然です!
シン どうやらアキラにはガラクタの山を散歩する趣味があるんだね。
アキラ はあ……。
シン まあ、いいや。歓迎するよ。人が来るのは珍しいんだ。ここは特別な場所だからね。
アキラ え?
シン 自己紹介が遅れたね。僕はシン。こっちがエリカ。
あっちで人形と遊んでいるのがユウ。
アキラ ど、どうも。
シン これも何かの縁だし、よろしく頼むよ。
エリカ 相変わらずすごいわね、アンタ。初対面でよくそんなぬけぬけと……。
アキラ よろしくお願いします。
エリカ アンタも順応早いわね。
アキラ あの、シンさん。
シン 何?
アキラ さっき、特別な場所って言ってましたよね。どういう意味なんですか?
シン 聞きたい? きっと驚くよ。
アキラ はい。
エリカ ちょっと、いいの?
シン 別にいいでしょ。驚く顔見るの、楽しいじゃん。
エリカ ヤな奴。
シン いい、アキラ。ここは一見、普通のゴミ捨て場だけど……。
シン、ゴミの山まで移動
シン 望んだものが何でも手に入るんだ。
アキラ、あっけにとられる
シン まあ、そうなるよね。じゃあ、試して見せよう。
アキラが欲しいものを教えてよ。
物理的にオーケーなものにしてね。彼女が欲しい、は無理かなぁ。
女の子がここから出てくるわけでもないし。
大体、ここから人が出てくるとしたら死体か。
シン、高らかに笑う
エリカ 笑えないわ。
シン さあ、言ってみてよ。アキラ、どうした?
アキラ、目を伏せ、黙っている
シン 何もないなんてことはないだろ?
前にも何度かお客さんは来たけど、みんな欲張りさんだったよ。
エリカ 前に来たオッサンは酷かったわね。金、金、ってさ。
あそこまで欲深だと見るに堪えないわ。
アキラ わからない。
シン ん?
アキラ 何が欲しいかわからない。
シン マジで、何もないの?
アキラ ありません。俺って、カラッポなんです。何も欲しいものが無くて、
ただ生きてるだけの人間なんです。気持ち悪くないですか?
人間って、普通欲深なんじゃないですか。
俺は人間じゃないんじゃないですかね?
実は、ここに来たのだって、ただ散歩してたわけじゃないんです。
少しでも欲しいものの手がかりが欲しくて、
むしゃらにきっかけを探していてたどり着いたんです。
笑えるでしょ。誰もが当たり前のように持ってるものを、
こんな必死になって探しているんですから。
シン 君みたいなタイプは初めてだな。
アキラ 多分、俺が漁ったところでゴミしか出てきませんよ。
シン まいったな、こっちが驚かされた。
シン、ガラクタの山からジュースを取り出す
シン 君が言う通りなら、ゴミしか出てこないだろうね。
でも、ここがきっかけになる可能性はあるよ。
さっきも言ったけど、ここは特別だ。
気が済むまで探してみたら?
もしかしたら、手がかりがあるかもよ。
アキラ わかりました。じゃあ明日、また来てもいいですか?
シン いいよ。僕でよかったら協力するよ。
アキラ ありがとうございます。じゃあ。
アキラ、会釈して去って行く。
シン、空になったジュースの缶を捨てる
アキラの声 それは、一見、ただのガラクタの山だった。
だけど、その山からは望んだものが出てくるという。
この特別な場所では、叶えられる望みなら、何でも叶う。
まるで夢の世界だ。ゴミやガラクタまみれの楽園。
醜い大人は、欲望を満たす為に恥ずかし気もなく本性をさらけ出す。
俺は、自分が望むものを見つけたい。
でも、そんな汚い姿をさらしてまで見つけたいものなんだろうか?
俺が探しているものに、そこまでの価値はあるのか。
それでもやっぱり、見つけたい。
俺は、人間になりたい。
ゴミ捨て場
シンとエリカが話している
ユウ、一人で遊んでいる
エリカ 変わった人だったわね。アキラだっけ。
シン ああ、驚いたよ。彼は興味深いね。
エリカ ホントに欲しいもの、ないのかしら。
シン、何か考え込んでいる
エリカ シン?
シン エリカ、君、昨日のアキラの目、見た?
エリカ 目? ぼーっとしてたわね。だるそうで。
シン うん、まあね。
でもさ、自分の欲しいものがわからないって言ってた時の彼の目、
よく思い出してみてよ。
エリカ ?
シン 死人の目だよ。寒気がした。
エリカ どういうこと?
シン さあ。ただ、彼の執着は相当なもんだね。普通じゃない。
エリカ ふーん。欲がないって、悪いことじゃないと思うけど。
シン それが彼にとっては異常なんだよ、多分。
エリカ 変人ね。シン、あいつの相手は基本的に全部任せるわ。
シン 別にいいよ。彼には興味あるし。
エリカ あんたも十分変人よね。
ガラクタの崩れる音がする
エリカ 来た? じゃ、私はマニキュアタイム入りますので。
シン そこまで他人の振りしなくていいじゃん。
アキラがやって来る
シンたちに対して挨拶する
アキラ こんにちは。
シン 別にそんなかしこまらなくっていいよ? 楽にしてよ。
アキラ はい、すみません。
シン さて、さっそく昨日の続きなんだけど、
要するに欲しいものが欲しいんだったよね。
アキラ そうですね。
シン それで僕から提案なんだけど、とりあえず、この山漁ってみない?
アキラ 何でですか?
シン 君自身が無いって言っててもさ、心の底じゃ、何か望んでるかもしれないよ。
もしそうなら、それが出てくるはずだよ。試してみる価値はあるだろ?
エリカ、マニキュアを塗りながらも、2人の会話をうかがう
アキラ 無駄だと思いますけどね。
シン まあまあ、やってみなって。
アキラ、しぶしぶガラクタの山を漁る
出てきたのは、野球ボール
シン 欲しかった?
アキラ 野球嫌いです。デッドボール頭にもらってから、憎しみしかありません。
シン そっか……。もう1回、もう1回やってみよう。
アキラ、ガラクタの山を漁る
出てきたのは、トイレットペーパーの芯
シン 欲しかった?
アキラ これ、欲しがる人いるんですか。
シン オーケー、すまない。失敗だ。
アキラ ですね。
シン 上手くいかないもんだね。何かいい方法ないかな。
シン、思案する
しばらくして、何か思いついたように
シン ねえ、君、小さい頃の夢は? 今でもいいよ、何かない?
アキラ 特にありません。
シン 誕生日プレゼントとか、どんなの頼んだ?
アキラ 頼んだことないんで、親に勝手に決められてました。
エリカ あんた、普段何にお金使ってんの!?
シン あれ、他人の振りは……?
アキラ 服とか、食べ物とか、ですかね。
エリカ ほら、やっぱり欲しいものあるじゃん! ねえ、シン!
シン 楽しそうだね。
アキラ だって、買わないと仕方ないじゃないですか。
大体、欲しがってるなら、さっきゴミを漁った時に出てきたんじゃないですか?
エリカ もう、何なのコイツ!?
シン まあ、落ち着きなって。うるさくてかなわないよ。
アキラ すみません……。協力してもらってるのに、偉そうな口利いて。
シン 参ったねえ、打つ手なしだよ。君、本当に変わってるね。
エリカ うんうん、普通じゃないわ。
シン まあ、諦めてないけどね。さ、次の手を考えよう。
アキラ はい、ありがとうございます。
エリカ 何かアテでもあんの?
シン 今のところは何も。でもほら、三人寄れば文殊の知恵って言うでしょ。
アキラ そうですね。頼りにしてます、エリカさん。
エリカ わ、わかったわよ……。暇な時にでも考えるから。
シン とにかく、一人で抱え込むことないよ。
シン、ガラクタの山まで移動する
その中から、ジュースを取り出す
シン 僕たち、もう友だちだろ? 協力するって言ったからね。
(ジュースを渡して)はい、これ、おごり。
大丈夫、普通に飲めるから心配しないで。
エリカ よく言うわ。タダじゃない。
シン 違うよ、僕の醜い心をチップに手に入れたんだ。
エリカ 全然上手くないわよ。
シン 手厳しい。
アキラ、二人のやり取りを見ながら微笑む
アキラ 友だち……。
アキラの声 俺に協力してくれる友だちは初めてだった。
思い出してみれば、欲がなくていいとか、羨ましいとか、
気持ち悪いとか、そんなことばかり言われてきた。
親も、自分で何とかしなさい、の一点張り。
要するに他人事だ。気にするまでもない、些細な事だと思われてる。
だから、純粋に嬉しかった。
彼からの厚意に応えたいと思った。
こんな気持ちは初めてだ。
これは、何だろう?
ゴミ捨て場
ユウ、しゃがみ込んで人形遊びをしている
アキラ、やって来る
ユウに近づく
アキラ ユウ、だよね。何やってるの?
ユウ、アキラの言葉を無視する
アキラ それ、いつも持ってるけど、お気に入り?
ユウ、首を横に振る
アキラ 違うんだ。拾い物かな。
ユウ、ガラクタの山の方を指さす
アキラ ああ、あそこから。人形が欲しかったんだ。
ユウ、首を横に振る
アキラ 違うの? 欲しかったから、出てきたんでしょ。
ユウ ……友だち。
アキラ え?
ユウ 友だちが、欲しかった。
アキラ ……。
シン、エリカがやって来る
シン やあ、アキラ。来てたんだ。
アキラ こんにちは、シンさん、エリカさん。
エリカ 相変わらずカタいわね。敬語いらないって言ってるじゃない。
アキラ はあ、すみません。
シン ユウと話してたの?
アキラ はい、二人きりだったので。
シン すごいね、僕たちですらあんまり喋ってくれないのに。
エリカ そうね。お姉さんがやさーしく話しかけてあげてんのに。
シン 付き合いは長いけど、まだまだ努力が足りないな。
シン、ガラクタに座る
シン さて、今日も張り切っていこうか。
エリカ 何を?
シン 何って、そりゃアキラの望みもの探しだよ。
エリカ 望みもの?
シン 命名、僕。ぴったりでしょ。
アキラ はい。
シン それで、また提案なんだけど。今度はアキラの望みもの、作ってみようよ。
アキラ 作る?
シン うん。普通、欲しいものって、日常的に生まれてくるものだからね。
だから、探すより作っちゃった方が手っ取り早いかなって思って。
アキラ でも、そんな簡単にいきますかね。
シン 今まではね。でも、もう君は一人じゃないわけだ。
みんなで考えれば、何か生まれるかもしれない。
アキラ そうかもしれませんけど……。
エリカ ああもう、でもでもうるさい!
せっかく協力してやるんだから、素直になりなさいよ!
アキラ エリカさんも協力してくれるんですか。
エリカ え。私は別に……。
シン もちろん。エリカはこう見えて優しいからね。
エリカ 勝手に決めないでよ。暇な時にやるくらいだからね。
シン いつも暇そうじゃん。
エリカ うるさい!
アキラ わかりました。俺も努力します。
シン よし、決まり。何かあったら、僕たちに相談してね。
何か、見えてくるかもしれないし。
アキラ 心強いです。
エリカ はーい。相談っていうか、あんたに質問なんだけど。
アキラ 何ですか?
エリカ 現時点で何か欲しいものとか、したいこと、ないの?
アキラ ないです。
エリカ 直球でいってみたけどダメか。
シン ド直球だねぇ。まあ、ちょっと、僕も期待したんだけど。
エリカ パっと出るかと思ったんだけど、甘くないわね。
シン アキラも、僕たちに質問とかない? お互いのこと知るのも、大事だろ。
アキラ じゃあ、いいですか?
シン 何?
アキラ シンさんたちは、どんな望みを叶えたんですか?
シン 僕かい。うーん、あんまり良い思い出じゃないんだけどね。
この際だから話しておこうか。
そういえば、エリカたちにも話したことなかったっけ。
エリカ そうね。あんまり気にしてなかったけど。
アキラ やっぱり、シンさんにも欲しいもの、あったんですか。
シン もちろん。あったよ、ずっと欲しかったもの。
シン、ヘッドホンを触る
シン 「静寂」さ。
エリカ せいじゃく? 何それ、どういうこと。
シン 僕の家、最悪でさ。もう、騒音がひどいのなんのって。
それが夜通しで、全然眠れないし、うるさい音に関しちゃノイローゼなんだ。
エリカ ああ、この間もキレてたわね、工事に。
シン それだけならまだいいんだけどね。親同士も仲悪くてさぁ。
特に親父がクソだったんだ。アル中のギャンブル狂い。
典型的なクソ野郎だよ。借金作って逃げて、僕は母さんと二人きり。
それで、母さんも病気して、借金取りに追われて……。
ガンガンガンガン、叩かれるんだ。玄関の戸が。
怖かったねえ……。毎日、震えてたよ。
エリカ ふうん、意外ね。てっきり温室育ちかと思ってたわ。
シン 逃げた先で、ここを見つけたんだよね。
借金取りも、ここまでは追ってこない。
やっと手に入れたんだ、静かな場所。
エリカ お母さんは?
シン 死んだよ。
エリカ ……そう。
シン わざわざクソ親父の尻ぬぐいをする義理もないしね。
本当、どこで何やってんだか。くたばってくれてることを願うばかりだよ。
アキラ ……。
シン (ガラクタの山を見て)万病に効く薬は、出てこなかったね。
もしかしたら、って思ったんだけど。
でも、もういい。僕は欲しいものを手に入れたんだ。十分幸せだよ。
エリカ まあ、あんたがそう思えるなら、いいのかもしれないわね。
シン そんなところかな。
アキラ、目を伏せている
シン アキラ?
エリカ どうしたのよ。
アキラ ……本当に。
シン ん?
アキラ 本当に、シンさんは静寂を手に入れたんですか。
シン 何だって?
アキラ 手に入れたんなら、どうしてヘッドホンで隠すんですか。
シン !
アキラ まだ、聴こえてるんじゃないですか。ドアの音。
エリカ ちょっと、あんた、何を……。
シン、エリカの言葉を制する
シン どういう意味?
アキラ いえ。少し気になったんです。シンさんの目が。
シン 目?
アキラ 死んでましたよ、目が。
エリカ 何が言いたいのよ、あんた。
アキラ いえ、別に。少し違和感を覚えただけです。
エリカ 違和感?
アキラ この、ガラクタの山に。
エリカ えっ……。
アキラ 今日は帰ります。不快にさせてしまったのなら、すみません。
アキラ、去って行く
エリカ ま、待ちなさいよ!
シン エリカ。
エリカ だって、あいつ……。
シン、ヘッドホンを見つめる
シン 死んでる、か。
アキラの声 あの時から、確かに違和感を覚え始めた。
はっきりとはしないが、何かがおかしい。
楽園が、急に歪み、姿を変えていく。
欲というエサで人を食らう、蟻地獄。
こんな場所で、本当に俺の欲しいものは見つかるのか。
黒く染まっていく景色のなかで、俺ができることは。
ゴミ捨て場
日が落ち、とても暗い
シン、ガラクタに座り、うなだれている
アキラがやって来る
アキラ やっぱり聞こえるんでしょ。ドアの音。
シン ……うん。おかしいな、手に入れたはずだったんだけど。
アキラ あれから考えたんです、違和感について。
今日、わかりました。
シン 何だったの。
アキラ 偽物なんです。
シン 偽物……?
アキラ はい。ここは、ただのゴミの山です。
欲しいものなんて、手に入るわけがありません。
シン 何、を。
アキラ 手に入れた気になってるだけですよ。
シン、アキラに掴みかかる
シン 適当なことを言うな。じゃあ、今までのことは何だったんだ。
夢だったのか? なあ。
アキラ はい、そうです。嘘なんですよ。弱い人間の、勝手な妄想です。
シン やめろよ。信じられるかよ、そんなこと……。
アキラ 静寂も、お母さんを救う薬も、手に入ってないじゃないですか。
タチが悪すぎます、ここは。
シン、力なくアキラを離す
シン ……本当は。
アキラ ……。
シン わかっていたよ。何一つ叶えられてないこと。
でもさあ、信じてたかったんだよ。縋り続けるしかなかった。
そうでもしなきゃ、狂いそうだった。
アキラ こんな場所に縋って、どうするんですか。
シン 弱いんだよ、僕は。頼むよ、ここを、どうか壊さないでくれ。
アキラ このままだと、壊れるのはシンさんの方ですよ。
シン、苦しみだす
シン く、来るな! 誰もいない……。うるさい、帰ってくれ。
ああ、頭が痛い……。うるさい、うるさい。もう、眠らせてよ……。
アキラ ……。
シン どうしたらいいんだよ。全部うるさいんだ。
君も、僕の声も、物音も、虫の声も、
心臓の音も。ガンガン響くんだ。嫌、もう嫌だ……助けてよ……。
アキラ 大丈夫ですよ、俺が助けますから。
シン アキラ。
アキラ 友だちでしょう。
ゴミ捨て場
アキラ、静かにガラクタの山を見つめている
エリカ、やって来る
エリカ あら、あんた一人? 珍しいわね。
アキラ こんにちは。
エリカ シンのやつは? まあ、いいか。
エリカ、ガラクタに座る
エリカ そうそう、あんた、昨日はやけにシンにつっかかってたじゃない。
アキラ そうですか?
エリカ シンも、柄にもなくヘコんでたみたいだし。
アキラ それは、申し訳ないです。
エリカ 結局、違和感って何のことだったの。
アキラ 多分、すぐにわかりますよ。
エリカ ?
アキラ エリカさんは、何が欲しかったんですか?
昨日は聞きそびれました。
エリカ 私? 別に、流行りものの可愛いグッズが貰えれば満足よ。
アキラ そうですか。
エリカ 何、疑ってる?
アキラ 疑うというか、わかるんです。
エリカ わかる?
アキラ シンさんもでしたけど、目が、ひどいんです。
欲しいものを話す時は、特に。
エリカ どういうことよ。
アキラ 本当に満たされてるなら、そんな目はしません。
エリカ うるさいわね……。あんたには関係ないでしょ。
アキラ ありますよ。
エリカ え?
アキラ 友だちの助けになりたいんです。
目の前で友だちが苦しんでたら、放っておけないでしょ。
エリカ 苦しんでる? 私が?
アキラ はい。
エリカ 何によ。
アキラ 幻想です。ガラクタが見せる幻想。
エリカ 何、キザったらしいこと言ってんのよ……。シンじゃあるまいし。
アキラ エリカさん、もう一度聞きます。本当に欲しかったものって……。
エリカ あんたには関係ないって言ってんでしょ!
エリカ、近くにあったマニキュアのボトルをアキラに投げつける
アキラ それ、欲しかったんですか。
エリカ そうよ。悪い?
アキラ、マニキュアのボトルをまじまじと見る
アキラ 前は買えなかったんですか。
エリカ べ、別に。
エリカ、目を伏せる
エリカ 余裕がなかっただけよ。
アキラ 何か、理由があったんですか。
エリカ どうでもいいでしょ。ただ、憧れではあったわよ。
自分の為に使えるもの。
アキラ ……そうですか。
アキラ、エリカをじっと見る
エリカ な、何……。
アキラ エリカさん、自由が欲しかったんじゃないですか。
エリカ ……。
アキラ 自分の為のもの、自分の為の時間。違いますか。
エリカ 自由、ねえ。ふん、安い言葉。
アキラ 話してくれませんか。
エリカ ……姉がいるの。私なんかと違って、出来の良い姉が、ひとり。
羨ましかったし、尊敬もしてた。でも、それ以上に姉さんと比べられるのが
何よりも嫌だったわ。両親は、私と姉を比べてばっかり。
私なりに、頑張ってはいたんでけどね。
言いたくないけど、死に物狂いで。
でも、もううんざり。私はどんなに頑張っても、姉さんにはなれない。
毎日、逃げたかった。でも、許されるわけがない。
アキラ ……。
エリカ 毎日、同じことの繰り返し。生きてる心地、しなかったわ……。
自分の為の時間なんて、少しもない。
アキラ それで、ここを見つけたんですか。
エリカ そうよ。最後には逃げ出して、ここに辿り着いたの。
私は、自由を手に入れた。ここじゃ、誰も私を縛れないの。
何でも欲しいもの貰えて、時間も自由に使える。
最高じゃない! 姉さんの後も、もう追わなくていい!
最高よ。最高に、満たされてるわ。
アキラ ……。
エリカ あんた、これでも私が苦しんでるって言うの。
もう、いいじゃない。私は、今が幸せなの。それでいいでしょ。
アキラ じゃあ、何でそんな顔、してるんですか。
エリカ ……。
アキラ エリカさんは、縛られたままですよ。
エリカ 適当なこと言わないで。苦しめてるのはあんたでしょ!
自由になったのよ。自由に!
アキラ 今度は、ガラクタの山に縛られてます。
こんな嘘だらけの場所で自由になれるわけがない。
エリカ 私、私は……。
アキラ 本当に自由になりたいんなら、ここにいるべきじゃない。
エリカ 嫌よ。あんなとこ、戻りたくない!
アキラ 戻れとは言いませんよ。ただ、これからはエリカさん自身で、
自由を掴んでください。与えられた自由に縋ったって、無意味です。
エリカ、静かに泣く
エリカ 知った口……利かないで。
アキラ エリカさんの為です。
アキラ、マニキュアのボトルを戻す
アキラ これからのことは、俺には決められません。
エリカさんが決めてください。
エリカさんは、強いはずです。自分で、欲しいものを掴める人だと思います。
エリカ ……。
アキラ さようなら。
アキラ、去る
アキラの声 わかった気がした。
ずっと探していた、俺の欲しかったもの。
初めて出会った友だちを通して、やっと見つけられた。
それは、ガラクタの山なんかじゃ、到底見つけられないものだった。
ゴミ捨て場
エリカがやって来る
途中、マニキュアのボトルに気付き、拾う
しばらく見つめたあと、ガラクタの山に捨てる
凛とした表情で、去っていく
シンがやって来る
腹部に、鉄骨が刺さっている
シン ああ、何も、聴こえない。
シン、倒れる
とても満たされた表情
シン 静かだな……。
シン、目を閉じる
アキラの声 俺の望みは、友だちを救うこと。
ゴミ捨て場
ユウ、うつむき、人形遊びをしている
アキラがやって来る
アキラ それ、友だちだってね。
ユウ、頷く
アキラ でも、その友だちは、君のことを友だちを思ってるかな。
ユウ ……。
アキラ そんな冷たい友だち、俺はごめんだよ。
ユウ ……。
アキラ 本当の友だち、欲しいよね。
ユウ、頷く。
アキラ じゃあ、今日から俺がユウの友だちだ。
もう、心を閉ざすことはないよ。
ユウ、ゆっくりとアキラの顔を見上げる
アキラ、微笑み、ユウの頭を撫でる
その後、去る
ユウ、アキラの背を見送った後、立ち上がる
人形をその場に捨てる
やがて、アキラの背を追い、去る
了
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