〇 登場人物
葛西恵(14) 反抗期の娘。
葛西武則(49) 恵の父親。
葛西治美(45) 恵の母親。
三好さくら(30)武則の同僚。
藤水愛衣(14) 恵の友達。
麻倉七海(14) 恵の友達。
ジェホ(25) 恵と武則の推しアイドル。韓国人。
リィ(18) アイドル。中国人。
ユヅル(19) アイドル。日本人
○ 公園(デート動画)
動画の視聴者=彼女の、疑似デート動画の映像。ベンチに腰かけて待ちぼうけを喰らっているジェホ(25)。ふと彼女が来たことに気付いて、相手に近づきながら、
ジェホ「おはよう! …ううん、ボクもちょうどさっき来たところ。…その服、すっごく似合ってるよ。ボクのためにオシャレしてくれたの? …可愛い」
○ 千人規模ライブハウス・フロア
前シーンのデート動画をスマホで見ていた、葛西恵(14)、激しく身悶えし始める。恵の恰好はいかにもK-POPアイドルのファンという感じの量産型スタイルで、アイドルグループ『Plasma Boys』のグッズの青いTシャツを着ている。
恵「(声を押し殺しながら)ジェホ、かっこいぃぃぃぃ…!」
恵の周囲にはたくさんのアイドルファンの女の子たち。いずれもPlasma Boysのグッズを身に着け、それぞれ日本語・韓国語・中国語のうちわを手にしている。
恵、グッズまみれの痛バッグの中にスマホをしまって、『ジェホLOVE』『하트만들어』と書かれたうちわとサイリウムを両手に持つ。
○ 葛西家・居間
戸棚に葛西家の家族写真が飾られている。写真の中で恵は、母・葛西治美(45)と、父・葛西武則(49)に挟まれている。
居間では治美が電話している。
治美「ああ、お母さん? …恵? 恵ならアイドルのコンサートに行ってていないわよ」
写真の中の武則が笑顔を浮かべている。
治美「ええ、お父さんも仕事。どっちもしばらく帰ってこないんじゃない?」
○ 千人規模ライブハウス・フロア
女の子たちの黄色い悲鳴が轟く。
恵「きゃあーっ!」
音楽と共にステージに照明がつき、ステージ上にPlasma Boysのメンバー7人が現れる。それぞれ色の違うTシャツを着ているメンバーたちの中に、青いTシャツを着たジェホの姿が。
恵「ジェホーっ!」
武則「ジェホーーーっ‼‼」
熱狂していた恵、ふと我に返って声の聞こえた方へ。
そこにいたのは、恵と全く同じTシャツを着て、全く同じサイリウムを持った恵の父、武則であった。
恵「…はぁ⁉」
武則、恵の視線に気づいて、恵の方に振り返る。
恵と武則の視線が合う。
恵「…お父さん…⁉」
『父親と同担は生理的に受け付けません!』
○ 葛西家・外観
3か月前のテロップ。
恵の声「ちょっとぉ! 何してんの⁉」
○ 同・居間
武則、女の子らしい柄のマグカップでコーヒーを飲んでおり、きょとんとした表情で怒り迫る恵を見上げる。
恵、武則の使うマグカップを指さして、
恵「それ、あたしの専用マグカップだって言ったじゃん! なんで勝手に使うの⁉」
武則「いや、たまたまそこにあったから…」
恵、テレビを見ている治美に向かって、
恵「お母さん、あたしもうアレ使わないから! 新しいマグカップ買って!」
治美「なに言ってんの、あんたは。いいじゃないの、お父さんが使ったって」
武則、しゅんとしてマグカップを置く。
○ 同・キッチン
恵のマグカップを洗っている武則、しょんぼりと切ない表情。
治美「仕方ないじゃない。恵ももう14歳で、立派な反抗期なんだから。あなただって昔は、お義父さんと殴り合いの喧嘩したって言ってたじゃない」
武則「…まあそうなんだけど…」
治美「恵もあと5~6年もすれば、あの時は悪いことしたなって反省する日が来るわよ」
依然として武則の表情は切なげなまま。
○ 中学校・外観
○ 同・教室
休み時間中の教室の片隅で固まって、それぞれスマホを見ている恵と、藤水愛衣(14)と、麻倉七海(14)。
恵がスマホで見ているのはジェホのアーティスト写真である。
恵「新しいアー写のジェホ、マジでヤバイ…! カッコよすぎて語彙力死ぬ…!」
偶然3人の席の真横を通りがかった女子生徒A、恵のスマホに映るジェホを見て、
女子A「うわ、かっこいい! 誰それ?」
恵、すぐさま目の色を変えて、女子Aに凄まじい勢いで迫る。
恵「よくぞ聞いてくれました‼」
恵の勢いに引き気味の女子Aに対し、恵は得意げにスマホ画面(Plasma Boys全体のアーティスト写真の画像)を見せる。
恵「(早口)いま大注目のK-POPアイドル『Plasma Boys』、通称プラボ! 韓国のオーディション番組発の7人組グループで、日本人2人、中国人2人、韓国人3人がメンバーの多国籍アイドル!」
○ 映像スタジオ(MV映像)
真っ白な背景の前でダンスパフォーマンスを披露するPlasma Boys。
恵の声「(早口)キャッチーで耳に残る曲と、キレッキレのダンスで着実にファンを増やしているニュースター! それがプラボ!」
○ 学校・教室
恵、鼻息荒くジェホの画像が映るスマホ画面を女子Aに突き付ける。
恵「(早口)ちなみにあたしの最推しが、プラボのリーダーで最年長の25歳、韓国人メンバーのジェホ! しっかり者の頼れるオッパで、ダンスも歌もめちゃくちゃ上手くて、ファンサも神で顔が良い!」
女子A、困り顔で恵から離れていく。
恵「とりま一回ライブ動画見てみて! 公式が上げてるから! ってかリンク送るわ!」
女子A「あはは…今度ね~…」
○ 新大久保の街並み
○ スーパー店内
Plasma Boysのメンバーの写真がデザインされた缶コーヒーが売り場に並んでいる。
それぞれジェホ、リィ(18)、ユヅル(19)のデザインの缶を手に取ってレジに向かう、恵・愛衣・七海。
恵「ジェホのコラボ缶やば~!」
愛衣「これどうやって保管すんの?」
七海「うちリメイクしてペン立てにするー」
○ 新大久保のスイーツ店
それぞれ別の韓国スイーツを食べている、恵、愛衣、七海。
恵「そういえば、アクスタの交換相手見つかったの?」
愛衣「いやもう全然!」
愛衣がスマホを取り出して、渋い表情を浮かべる。
スマホに映るのは、グッズ交換を持ちかけるSNS上のメッセージ。
愛衣「やっぱリィ担はガチ恋勢多いせいか、グッズも争奪戦だわー」
七海「わかるー。リィとユヅルのファンは同担拒否めっちゃ多いしね」
同担拒否=同じ対象を推すファンと関わり合うことを拒むファンのこと、の説明テロップ。
恵「同担拒否って意味わからんよね。推しが人気あるの普通に嬉しくね?」
愛衣「いや、うちはちょっと気持ちわかる」
○ ファンミーティング会場(イメージ映像)
同じ「リィLOVE」と書かれたうちわを持った愛衣と女性ファンが並んでいる。
愛衣の声「たとえばうちじゃない別のリィ担の子が、ハート作ってもらったとして」
ステージ上のリィが愛衣の隣の女性ファンへ、指ハートを作ってウインクをする。
歓喜する女性ファンに対し、愛衣は納得いかなさそうな表情。
愛衣の声「なのにうちにはハート作ってもらえなかったとしたらさ…」
○ 新大久保のスイーツ店
愛衣、少し怒った風に、
愛衣「なんっっっであの子だけ⁉ …ってなっちゃうよね~。そういうの気にするのも嫌だし、じゃあ同担とは距離置いとこってなるじゃん?」
七海「まあ推し方は人それぞれってことでいいんじゃない?」
恵「はえー。ま、あたしは同士が多ければ多いほど嬉しいけどなー」
○ 葛西家・キッチン(夜)
恵、スマホで空き缶リメイクの紹介をしている動画を見ながら、コラボ缶の中身をコップに移す。
恵「で~…中身洗って、乾かして~…」
缶の中を洗い、水切りラックの中に置く。
治美の声「恵~。お風呂入れるわよ~」
恵「はーい!」
缶を置いてキッチンから出て行く恵。
○ 同・居間(夜)
治美がテレビを見て笑っている中、武則が買い物袋片手に帰宅してくる。
治美「おかえりなさーい。牛乳、買ってきて
くれた?」
武則「うん、ついでにアイスが安かったから買ってきた」
治美「あら! ありがと、お父さん~」
○ 同・キッチン(夜)
キッチンにやってきた武則、出しっぱなしになっているコーヒーと、水切りラックにある空き缶に気付く。
空き缶を手に取って、
武則「空か。ゴミはちゃんと捨てろよなー」
○ 同・居間
風呂上がりの恵、髪を拭きながら居間へやってきて、
治美「恵、お父さんがアイス買ってきてくれたわよー」
恵「あ、食べる食べるー」
○ 同・キッチン
恵、キッチンへ来るなり表情が凍り付く。
恵の目の前で、武則がコップのコーヒーを飲みながら、ジェホがプリントされた空き缶を踏みつぶそうとしている。
ジェホの顔写真が武則の足で踏み潰される瞬間が、スローモーションで映る。
恵「いぎゃあああーーーっ‼‼」
慌てて武則を突き飛ばす恵。急に突き飛ばされた武則、飲んでいたコーヒーを顔面にもろに被る。
武則「うわっ⁉」
恵、ぺしゃんこになった空き缶を震える手で拾い上げ、半泣きの表情。
恵「ジェホぉぉぉぉ…‼」
武則を思いっきり睨みつける。
恵「ジェホに何すんの、バカ!」
武則「え?」
恵「ほんと最低! 一生口きかないから!」
騒ぎを聞きつけてやってきた治美と入れ違いに、恵が泣きながらキッチンを出ていく。
治美「どうしたの、大きな声出して!」
取り残された武則、何が何だかわからないという表情。
○ 同・恵の部屋(夜)
必死に引き延ばした空き缶を前に、本気で泣いている恵。
治美の声「それはお互い不運だったわね~」
○ 同・居間(夜)
愉快そうに笑っている治美に対し、納得のいかなさそうな武則。
武則「いや、空き缶がそこにあったらゴミだと思うだろ…」
治美、テレビをつけて、録画していた音楽番組を映し出す。
治美「お父さんにとってはそうでも、あの子にとっては好きなアイドルの現身みたいなものなのよ」
武則「そういうものかぁ…?」
治美「ほら、これこれ。恵が好きなアイドル」
武則、テレビ画面を覗き込む。
テレビ画面には、インタビュー中のPlasma Boysの姿が映っている。
ジェホ「ミュージック・ロワイヤルをご覧の皆様、こんばんは! ボクたち!」
メンバー全員が共通のポーズをする。
メンバー全員「Plasma Boysです!」
武則、真面目に画面を見つめながら、
武則「全員同じ顔に見える」
治美「今のアイドルの男の子ってみんな綺麗だものねー」
武則「恵は誰が好きなんだ?」
治美「確か韓国人の子だって言ってたけど、どの子かはわたしもわからないな~」
武則、真剣に画面を見る。
○ レンタルCDショップ
K-POPの特集コーナーでPlasma BoysのCDを探す武則。
武則「ぷ…ぷ…。あった!」
目当てのCDを見つけ、手に取ってジャケットを眺める。
○ 自家用車内
車内の音楽デッキにCDを入れ、曲を再生する武則。
車を運転しながら、身体を小刻みに揺らしてリズムを取る。
○ 建設系企業オフィス・総務部デスク
こじんまりとした部屋の中に4つのデスクが並んでおり、そのうち1つに武則、武則の向かいのデスクに三好さくら(30)が座り、2人以外には誰もいない。
前シーンで聞いていた曲を鼻歌で歌いながら、事務仕事をしている武則。
さくら、武則をじっと見て、
さくら「…あのー、葛西さん…」
武則、はっとして、
武則「何?」
さくら「今の鼻歌、ひょっとしてPlasma Boysの『Labyrinth』ですか?」
武則「え? 俺、鼻歌なんて歌ってた? …っていうか、三好さんもPlasma Boys、知ってるの?」
さくら「知ってるもなにも! 『Plasma Project』の初回から追っかけてますから、わたし!」
武則「へ?」
さくら「葛西さんがプラボ聞いてるなんて意外~! 娘さんの影響とかですか?」
武則「いやー…それが…」
○ 同・休憩スペース
自動販売機のある休憩スペースで、武則とさくらが飲み物片手に長椅子に並んで座っている。
さくら「へえ、娘さんと仲直りするために!」
武則「うん…。俺が娘の好きなものをよく知らなかったせいで、娘を怒らせちゃったから…。もっと娘に歩み寄ろうと思って…」
さくら「葛西さん、立派です! わたしの親なんて、顔を合わせるたびに『いい歳してアイドルの追っかけなんてみっともない』って言ってきますもん。葛西さんみたいなお父さんを持てて、娘さん幸せですよ」
武則、照れくさそうに頭をかく。
武則「いや、でも思ってたよりも曲がカッコよくて、普通にハマっちゃったみたいだわ。頭の中でずっと曲がリピートしててさ」
さくら、ニヤリと笑って、
さくら「葛西さん、プラボは耳ではもちろんのこと、目でも楽しめるんですよ」
○ 葛西家・寝室(夜)
寝間着姿の武則、自身のスマホでPlasma Boysのライブ動画を見ている。
顔に美容パックをつけた治美、武則の様子を見ながら、
治美「珍しい、普段電話でぐらいしかスマホ使わないのに」
武則「うん、職場の子に色々教えてもらって」
× × ×
治美が眠りにつく中、武則はまだスマホでPlasma Boysの動画を見ている。
画面をスクロールしていくと、関連動画に「Plasma Boysわちゃわちゃシーン集」という動画が出てくる。
武則「Plasma Boysわちゃわちゃシーン集…?」
武則、動画を再生してみる。
動画の内容はテレビ番組の切り抜きで、ジェホ・リィ・ユヅルの3人が街ブラロケをしている様子である。
○ 商店街(スマホ動画)
クレープ店でクレープを購入したジェホ・リィ・ユヅル。
ユヅル「ジェホのやつ、一口ちょーだい」
ジェホ「えー⁉ 自分のあるじゃんよ!」
ジェホ、渋々ユヅルにクレープを差し出すと、ユヅルが一口でクレープの大部分を食べてしまう。
ジェホ「あー!」
してやったりなユヅル、手を叩いて笑うリィに対し、笑いながらも怒るジェホ。
ジェホ「何すんだよ、もー!」
○ 葛西家・寝室(夜)
武則、食い入るようにスマホ画面を見つめている。
○ 商店街(スマホ動画)
リィ、ジェホの肩を叩いて、自分を指差しして「俺も食べたい」アピール。
ジェホ、肩を落としながらも渋々クレープを差し出すと、やはりリィもクレープの大部分を食べてしまう。
ジェホ「(怒って)おーい!」
リィ・ユヅル「(大爆笑)」
むくれ顔になるジェホに、リィとユヅルが半笑いで謝る。
リィ「ごめん、オッパ!」
ユヅル「オッパ、機嫌直してー!」
ジェホ、渋々といった調子でありながらも、美しい微笑みを浮かべる。
ジェホ「も~…いいよ」
○ 葛西家・寝室(夜)
武則、ときめいて胸を抑える。
武則「うっ…!」
○ 建設系企業オフィス・総務部デスク
武則とさくら2人だけのデスク。
武則「それで色々と動画を見てたら、いつの間にか朝になっちゃって…。最後の方はライブの動画じゃなくて、ただただメンバーが仲良くしてる動画ばっかり見てた…」
さくら、興奮気味に武則と握手する。
さくら「(早口)わっっっっかる、それ‼ プラボってほんとメンバーがみんな仲良しで、箱推しのしがいしかないというか、とにかく癒されるんですよね‼ リィとユヅルなんて付き合ってんのかってくらい仲良しで、この間なんか2人でお揃いのピアスして韓国の音楽番組出てましたからね‼ 匂わせか⁉ 匂わせなのかコノヤロウ‼ お互いのガチ恋ファンにメンバー自らマウントしてくるとかよぉ‼ いいぞもっとやれ‼」
さくらの勢いに引き気味の武則。さくら、落ち着きを取り戻し武則から手を放す。
さくら「ちなみに葛西さんは、プラボのメンバーだと誰が一番好きな感じですか?」
武則「俺? 俺は…ジェホかなぁ」
さくら「ほう! ジェホですか!」
武則「なんかこう、他のメンバーに振り回されつつ、リーダーの役割を頑張ってこなしてるのを見てると『この子はなんていい子なんだ…!』って思うんだよなぁ」
さくら「わかる~‼ あのいじられキャラっぷりと、なんだかんだ年下に甘いお兄ちゃん感が、ぎゃんきゃわですよね~~~‼」
武則「ぎゃんきゃわ…?」
○ 中学校・教室
休み時間中の教室で、ニヤニヤしながらスマホで動画を見ている恵。
動画の内容はジェホが出演している疑似デート動画であり、ジェホがカメラ目線で微笑みかけている。
ジェホ「今日はすごく楽しかったね。…ボク、まだ帰りたくないな。ねぇ、もう少し一緒にいてもいい…?」
恵、激しく身悶えしながら、
恵「ひぎゃああああ‼ ジェホーーッ‼」
その場の床に倒れ伏せ、ゴロゴロと転がる恵を、愛衣と七海が見守っている。
恵「うあーっ、マジでヤバイ‼ ジェホの顔が良すぎて泣けてきた‼ あーあ、来世はジェホの彼女に転生できねーかなー‼」
○ スーパー(夜)
スーパーで買い物をしている武則。
ふと飲料品売り場を通りがかった時、Plasma Boysのコラボ商品の缶コーヒーがあることに気付く。
武則、ジェホのコラボ缶を手に取り、ハッとする。
武則「…あ!」
《フラッシュバック》
武則がジェホのコラボ缶を踏みつぶすシーン。
《フラッシュバック終了》
武則、申し訳なさそうな表情。
○ 葛西家・2階廊下(夜)
スーパーの袋を腕に下げた武則、恵の部屋に向かってノックする。
武則「恵? 起きてるか?」
返事はない。
武則「この間はごめんな。その…ちょっと入ってもいいか?」
やはり返事はなく、武則、恐る恐る扉を開ける。
○ 同・恵の部屋(夜)
部屋の中を覗いた武則、感嘆の表情。
部屋の中にはいたるところにPlasma Boysとジェホのグッズが飾られている。
ポスター、タオル、アクリルスタンド等々グッズのジェホに目を奪われる武則。
○ 同・2階廊下(夜)
2階のトイレから出てきた恵、自分の部屋を覗き込んでいる武則に気付き、
恵「何してんの⁉」
驚く武則。
武則「あ、いや…」
恵「勝手に人の部屋に入んないでくんない⁉」
恵、武則を押しのけて部屋に入り、乱暴に扉を閉める。
恵の声「マジでキモイ! あんなのに見られるとか、ジェホが汚れる!」
武則、しょんぼりとした様子でスーパーの袋からジェホのコラボ缶を取り出すも、すごすごとその場を立ち去る。
○ 建設系企業オフィス・休憩スペース
長椅子に並んで座る武則とさくら。武則は落ち込んだ様子。
さくら「…まあ、自分が反抗期の時に父親と同担だったらって思うと、複雑ですけど…。だからといって、変に気にすることないですよ! 葛西さんだってプラボが好きなんですもの!」
武則、少しだけ表情が明るくなる。
武則「…そうだよな。好きなものは仕方ないもんな」
さくら「はい! これからはじゃんじゃん推し活してきましょう! 財力はこっちの方が上ですし!」
武則「…でも、娘にはやっぱり、俺がプラボを…。中でもジェホが好きなのは、黙っておこうと思う」
○ 千人規模ライブハウス・フロア
本編冒頭のライブハウスでの、恵と武則がお互いに気付くシーンに戻る。
熱狂する観客の中、お互いを見合っている恵と武則。
さくらの声「え? どうしてですか?」
武則の声「いや…。今までアイドルとか全然興味なかったのに、今さらこんなにハマってるの知られるの、恥ずかしいし…」
さくらの声「あー…。父親の威厳とかありますもんねー…」
○ 葛西家・居間(夜)
治美はおらず、恵と武則だけがいる居間。
恵が武則をビシッと指さして、
恵「なんで来てんの⁉ 意味わかんない‼」
武則、気まずそうながらも負けじと、
武則「なんだよ、俺が行ったらダメなのか⁉」
恵「っつーか、いつから⁉ アイドルとか全然興味なかったじゃん!」
武則「それは…お前がもう口きかないっていうから、仲直りするきっかけが欲しくて…」
恵「だからって、なんでよりによってジェホなの⁉ 父親と推しが被るとかマジ無理!」
武則、気まずそうにソファに腰かける。
武則「たまたま同じだったんだよ! 恵もジェホを好きだって後から知ったし…」
恵「あんたが『ジェホ』って言うなよ、気持ちが悪いなぁ!」
武則の眼の色が真剣なものに変わる。
恵「今すぐプラボのファンやめて! あたしのジェホに関わんないで!」
武則「…断る」
恵「はあ⁉」
武則、恵をきっと睨みつける。
武則「俺はな、見ての通りいい歳した中年のオヤジだ。今までアイドルのライブはおろか、音楽ライブにすら一度も行ったことがない。そんなヤツが、若くてカッコいいアイドルの男の子のライブに行くにはなぁ、それなりに勇気が必要なんだ!」
すくっと立ち上がり、真剣な表情で恵に迫る武則。恵、困惑気味に後ずさる。
武則「俺の『好き』は俺だけのもので、家族だろうが何だろうが口出しする権利はない! 反抗期だからって何もかもが許されると思うな!」
武則、恵のすぐ横を通り過ぎ、寝室へと立ち去る。武則が去った後、恵は八つ当たりするようにソファの背を叩く。
恵「あーっ、もう‼」
○ 中学校・教室
教室内の黒板に大きく「自習」と書かれており、真面目に自習する生徒や、談笑に耽る生徒などの中、恵は苛立った様子でシャーペンをカチカチと鳴らしている。
その後ろの席でスマホを弄っていた愛衣、ふと表情が一変し、恵の背中を軽く叩く。
愛衣「恵、恵!」
恵「(苛立ち交じりに)なに?」
愛衣「プラボのメルマガ! 見て!」
恵、スマホを取り出してメールをチェックする。
すると、ジェホが兵役のため活動を休止する旨が書かれたメールマガジンが送られてきていた。
女子アナの声「続いての芸能トピックです」
○ ニュース番組(モンタージュ)
コメントを発表するジェホの映像。
女子アナの声「人気アイドルグループ、『Plasma Boys』のメンバー、ジェホさんが兵役義務のため、2年間の芸能活動休止を発表しました」
○ 新大久保駅前(モンタージュ)
涙ぐむファンの女の子の映像。
ファンA「めっちゃショックです~…。プラボではジェホが一番好きだったので…」
別のファンの女の子の映像に切り替わる。
ファンB「はやく帰ってきてほしいです! ジェホがいないプラボなんて考えられない!」
○ 建設系企業オフィス・休憩スペース
スマホでニュースを見た武則、愕然としている。
女子アナの声「ジェホさんは9月20日のファンミーティングを最後に、活動休止期間に入るとのことです」
○ 中学校・教室
恵が机に突っ伏している。
愛衣「元気出しなよ、恵。2年間の辛抱だよ」
七海「そうだよ、なにも引退じゃないんだし」
恵、勢いよく顔を上げる。
恵「意っっっ味わかんない‼ 兵役ってなんなん⁉ それってこの先、大きな戦争とかがあったら、ジェホが戦争行かなくちゃならないってことでしょ⁉ そんなことでジェホが死んじゃったりしたら…!」
椅子を倒しながら立ち上がると、勢いよくベランダに出て行く。
○ 同・ベランダ
恵、空に向かって思いっきり叫ぶ。
恵「ふざけんなーーーっ‼ 戦争なんか無くなれ‼ 軍隊なんて必要なくなれ‼ 世界、平和になれーーーっ‼」
叫んだあと、呼吸を整えて教室の中へ。
○ 同・教室
恵、教室から出て行こうとする。
愛衣「え、どこ行くの?」
恵「トイレ掃除してくる」
七海「へー…って、トイレ掃除? なんで?」
恵「ジェホの兵役前最後のファンミ…。もしチケット獲れなかったら、この先一生ジェホをこの目で見れなくなるかもしれない…! そんなの絶対に嫌だから、チケット当たるように今のうちに徳積んでくる…!」
教室を出てトイレへと一直線に向かう恵。
愛衣と七海、恵を見送りながら、
七海「全人類がああなら世界も平和だわな」
愛衣「(無言で頷く)」
○ 建設系企業オフィス・総務部デスク
デスク周りをコロコロで掃除する武則。
そこへ退室していたさくらが慌ただしく戻ってきて、
さくら「葛西さんっ!」
言いながら掃除中の武則に気付く。
さくらと武則、お互いを見合って、無言で頷く。
○ 中学校・女子トイレ
恵、トイレの便座を雑巾で拭いている。
○ スーパー・駐輪場(夜)
武則、倒れている自転車を起こしている。
○ 葛西家・キッチン(夜)
恵、真剣な表情で皿洗いをしている。
○ 同・風呂(夜)
武則、真剣な表情で風呂桶を洗っている。
治美、風呂場の前を素通りしながら、
治美「ふたりとも、いつもこれだったら大助
かりだわー」
○ 夜明けの空
○ 新大久保のスイーツ店
愛衣、七海と共に、スマホ画面を睨みつけてチケットの当落発表を待つ恵。
画面の時計が18時ちょうどになると同時に、メールの通知音が鳴る。
恵「きた!」
3人、それぞれ自身のスマホを見て、
愛衣「あぁ~っ! チケット落ちた~!」
七海「うちも落選~!」
愛衣と七海、落ち込みながらも、心配そうに恵に視線を向ける。
愛衣「恵、どうだった?」
○ 建設系企業オフィス・総務部デスク
揃ってスマホを凝視している武則とさくら。そこへメールの通知音が鳴る。
さくら「きたきたきた!」
武則「頼む!」
さくら、結果を確認するなり、肩を落として項垂れる。
さくら「落ちた~~~っ! まあ倍率えぐいとは思ってたけど~っ!」
嘆くさくらに対し、武則は驚愕しながらスマホを凝視している。
武則のスマホには、チケットの当選を告げるメッセージ!
○ 新大久保のスイーツ店
地面に突っ伏して倒れている恵。
七海「おーい、恵ー。気持ちはわかるけど、
店の迷惑になるから地べたはやめとけー」
愛衣「生配信もあるんだし、元気だしなって」
テーブルの上に投げ出された恵のスマホ画面には、チケットの落選を告げるメッセージが…。
○ 葛西家・恵の部屋(夜)
ジェホのぬいぐるみを抱きしめながら、落ち込んでいる恵。
そこへノックの音が聞こえてきて、
武則の声「恵? 起きてるか?」
恵、無視を決め込む。
武則の声「…ファンミーティングのチケット、どうだった?」
恵「……」
武則の声「実はお父さんな…チケット当たったんだ」
恵「はあっ⁉」
○ 同・2階廊下(夜)
恵の部屋の前に立っていた武則。そこへ扉が勢いよく開いて恵が出てきて、その拍子に扉が武則の顔面に当たる。
武則「痛っ!」
恵「ウソでしょ⁉ ホントに当たったの⁉」
武則「本当だよ、ちゃんとご用意された」
恵、武則に掴みかかって、激しく揺さぶりながら、
恵「なんっっっで⁉ あたしも友達もみんな外れたのに、なんでよりによってこんなんに当たるわけ⁉」
武則、恵の腕を振り払って、
武則「こんなんとはなんだ! お前のそういうところを神様が見てたんじゃないのか?」
恵、反論できずに黙り込むも、悔しそうに歯を食いしばる。
武則「…ただその、もしお前がどうしてもファンミに行きたいって言うんならな…」
恵「…え?」
武則「チケット、2枚取ってあるから…。俺と一緒でもいいって言うんなら…」
恵の表情が硬直する。しばらく無言で葛藤していたが、やがて堰を切ったように、
恵「…ムリ‼」
凄まじい速さで自室へと戻り、乱暴に扉を閉める。
○ 同・恵の部屋(夜)
恵、扉の鍵を閉める。
武則の声「おいおい! いいのか、本当に⁉」
恵「なにが楽しくて、父親と一緒に推しのファンミに行かなきゃならねーんだよっ!」
自分のスマホを手に取ると、SNSの画面を開く。
恵「こんなことで諦めてたまるか~…!」
自分のSNSに「【拡散希望】9月20日のPlasma Boysファンミーティングのチケット譲ってくれる方を探してます‼」というメッセージを打ち込む。
○ 中学校・教室
授業中の教室で、机の影に隠れてスマホでSNSを見ている恵。
すると、チケット譲渡を申し出ているメッセージを発見する。
恵、声を上げそうになるも咄嗟に口を抑え、何とか堪える。
× × ×
休み時間になり、愛衣・七海と笑顔で談笑している恵。
愛衣「めっちゃラッキーだったね、それ」
恵「うん! なんか同行予定の人が急きょ行
けなくなったんだってさ」
七海「マジうらやまー」
恵、上機嫌でスマホを見るが、ふと笑顔が曇る。
取引相手のアカウントから、「譲渡希望者が多いので、明日までに3万円を指定の口座に振り込んでいただければお譲りします」というメッセージが届いている。
恵「…え…」
○ 建設系企業オフィス・休憩スペース
発券したチケットを天に掲げ、歓喜しているさくら。
さくら「本当にいいんですか~~~! マジ
でありがとうございます、葛西さん!」
武則、どこか寂しそうな笑顔で、
武則「うん…娘に嫌がられちゃったから。それに三好さんには、色々と教えてもらった恩があるし」
さくら「いえ、布教は信者の務めですから! でも…いくら反抗期とはいえ、相当な意地っ張りですね、娘さん」
武則「はは…。いったい誰に似たんだか…」
○ 葛西家・恵の部屋
机の上にお札と硬貨を並べ、所持金を数えている恵。
恵「貯金引っ張り出しても1万5千ちょい…。
あと半分足りない…!」
○ 同・キッチン
夕飯の準備をしている治美のもとへ、恵がやってくる。
恵「お母さん、一生のお願い! なにも言わ
ずに、お小遣い3ヵ月分前借させて!」
○ コンビニ
ATMで送金をする恵。送金が終わるなり、すぐさま取引相手へ連絡のDM。
すぐに「チケットのお渡しなんですが、ファンミ当日の手渡しでよろしいですか?」と返信が来る。
恵、迷わず「大丈夫です!」と返信する。
○ 葛西家・居間
テレビを見ながら体操をしている治美。
そこへ上機嫌の恵がやってきて、
恵「あたし、来月またファンミ行くから!」
治美「あら、いいわね~。お母さんも昔好きだったアイドルのコンサートとか、行きたくなってきたわぁ」
恵「行けばいいじゃん! 会えるうちに会いに行かないと、絶対後で後悔するよ!」
そこへ帰宅してきた武則がやってきて、
武則「ただいまー」
治美「お帰りなさーい」
恵、武則の顔を見るなり渋面になって、自分の部屋へと駆け込む。
治美「こら、恵! …長引くわねぇ、反抗期」
武則、恵の態度にしょんぼりと落ち込んだ様子。
治美、武則の肩を優しく叩いて励ます。
治美「元気出してよ。あの子が安心して反抗できるくらい、お父さんが良い父親だってことなんだと思うわよ、多分」
武則「…そうかぁ?」
治美「そうよ。お父さんならどんなに反抗しても自分を見捨てない、って甘えの表れなのよ、多分。それにテレビでも『反抗期はアイデンティティの確立のためには必須』って言ってたし。わたしたちの子育てはちゃんと上手くいってるのよ、多分」
武則「…多分って3回も言ったけど…」
○ 電車内
Plasma Boysのグッズに身を包んだ完全武装の恵、電車に揺られている。
○ 一万人規模のコンサートホール・外観
○ 同・入り口前
入場を待つファンが集うホール入り口。
恵、所在なさげに立ち尽くし、取引相手が来るのを待っている。
SNSで「いま会場着きました」とメッセージを送るが、返答はない。
× × ×
男性スタッフが客を誘導しにかかる。
男性スタッフ「大変お待たせいたしました、間もなく開場いたします!」
次々と客がホールの中へと入場する。
しかし未だ取引相手が来ず、ひとり取り残されている恵、不安そうな面持ち。
SNSで「大丈夫ですか?」「どこにいますか?」と催促のメッセージを次々に送るが、やはり反応はない。
× × ×
それぞれ別のグッズTシャツに身を包んだ武則とさくら、会場へやってくる。入場口に向かおうとする武則だったが、ふと開場前で立ち尽くしている恵に気付く。
武則「恵?」
さくら「どうかしました?」
武則「いや、うちの娘が…」
武則の視線を追うさくら。
恵、2人には気づかず、不安そうにスマホでメッセージを送り続けている。
武則、咄嗟に恵に駆け寄って、
武則「恵!」
顔を上げる恵、武則に気付いて驚く。
武則「どうかしたのか?」
恵、武則から目を逸らすも、堪えきれずに泣き出してしまう。
恵「(涙声)うぅぅ~っ…!」
恵の様子に驚く武則とさくら。
× × ×
その場にしゃがみこんで、顔を伏せて泣いている恵。
さくら「それ、完全に詐欺ですよ!」
武則「詐欺ぃ⁉」
さくら「一番高い席でも1万円ですよ⁉ 3万円なんてぼりすぎです!」
武則、恐る恐る恵の様子を伺う。
恵、泣きながらも、意地を張ってそっぽを向いている。
恵「わかんないじゃん! たまたま遅れてるだけかもしれないじゃん!」
武則、厳しい目で恵を見る。
武則「恵! この期に及んで意地を張るんじゃない!」
恵「……」
悔しそうな表情で俯き、再び泣き出してしまう恵。
武則、恵の様子を見て深く葛藤した後、鞄の中からチケットを取り出し、恵に差し出す。
武則「恵、これ」
顔を上げた恵、武則の行動に驚く。
恵「…え…」
武則「騙されたお金は、高い勉強代だったと思って諦めろ。その代わりに…これでジェホの休止前最後の姿、見てきなさい」
さくら、武則の行動に驚いて、自分の分のチケットを取り出そうとする。
さくら「葛西さん、それならわたしが頂いたチケット、お返ししますよ!」
武則「いや、それは三好さんにあげたものだから。それに…」
武則、笑顔を浮かべつつも、その眼はどこか切なげである。
武則「…こんなオジサンが若い子たちに交じって、アイドルにキャーキャー言うのは場違いだろうから、いいんだ」
恵「……」
首を横に振り、武則の手を押し返す恵。
恵「あたし、いい。お父さんが行って!」
武則、負けじと恵にチケットを渡そうとして、攻防戦が繰り広げられる。
武則「お前、どこまで意地っ張りなんだ! いいから行けって!」
恵「だって、お父さんだってジェホ好きなんでしょ! お父さんが行きなよ!」
武則、隙をついて恵の痛バッグの中にチケットを突っ込み、その場から走り去る。
恵「あ!」
バッグに突っ込まれたチケットを取り出し、武則を追おうとするも、既に武則は遠く離れたところへと走り去っている。
武則の背中を見つめ、罪悪感に打ちのめされた表情を浮かべている恵。
○ 同・ステージ上(夜)
ステージ上に立つPlasma Boysのメンバーたちに、惜しみない声援が注がれる。
ユヅル「それじゃあ最後に、僕たちの頼れるリーダー、ジェホからみんなに一言…」
ジェホが感極まった表情で前へ出ると、悲鳴と泣き声交じりの歓声が響く。
ジェホ「みんなもう知ってると思うけど、今日のファンミーティングが終わったら、ボクはしばらくPlasma Boysをお休みします」
○ 同・客席(夜)
総立ちの客席の中に、恵とさくらの姿もある。
ジェホの声「ボクは必ずPlasma Boysに戻ってきます。みんなを待たせてしまうのは本当にゴメンだけど…どうか待っていてください」
○ 同・入り口前(夜)
開場前に集うファンたちの中に紛れて、スマホで生配信中のファンミを見ている武則。
ジェホの声「たとえ離れていても、ボクの心はいつだって、みんなと一緒にいます」
武則、ライブが行われているホールを見上げる。
○ 同・ステージ上(夜)
ジェホ、朗らかな笑顔を浮かべて、客席に手を振る。
ジェホ「THANK YOU! また会おうね!」
Plasma Boysのメンバーが、客席に手を振りながらステージを去っていく。
地鳴りのような声援が会場内に響き渡る。
○ 同・客席(夜)
客席のあちこちでファンが泣いている。
恵、武則から譲られたチケットを見つめていたが、次第に涙ぐんでくる。
恵「…うぅぅぅ~~~っ…」
同じく泣いていたさくら、恵の肩をさすって慰めるが、恵はチケットを握り締めながら泣きじゃくる。
○ 同・入り口前(夜)
さくらに連れられ、会場から出てくる恵。
涙ぐみながら鼻をかんでいた武則、恵が出てきたことに気付く。
武則「…どうだった?」
恵「…最高だった」
武則「…そうかぁ…」
嬉しそうに笑う武則に対し、恵は所在なさげに俯いている。
武則「三好さん、今日は娘がありがとう。今度またお礼させて」
さくら「いえ、そんな! …わたし、これで失礼しますね」
武則「うん、また会社で」
さくら、武則に一礼して、恵を励ますように肩をポンと叩いてから立ち去る。
武則と恵、さくらを目で見送った後、顔を見合わせる。
武則「…帰る前に、どっかで飯食べてくか?」
恵「…いい」
武則「…そっか。じゃあ、帰るか」
恵、無言で頷く。
○ 会場付近の歩道(夜)
ライブ帰りの人たちがちらほらいる道を、恵と武則が並んで歩いている。
恵「…ねえ、ジェホのどんなところが好きなの?」
武則、少し考え込んでから、
武則「やっぱり、頑張り屋なところかな」
恵「…頑張り屋?」
武則「最年長でリーダーだからって、生まれた国も性格も違うメンバーを何とかまとめようと頑張ってる。ジェホが頑張ってるのを見るとこう…胸がほっこりするんだよな」
恵「へぇ…」
武則「そういう恵はどうなんだ?」
恵、少し考え込んで、
恵「ジェホの、ファンのことをすごく大切に想ってくれて、誰にでも優しくて、本物の王子様みたいなところが好き。…あと顔」
武則「(笑いながら)顔かぁ! まあ、女の子にとっては大事だよな!」
恵「…お父さん」
武則「ん?」
恵「…ごめんなさい」
武則、驚いて立ち止まる。
恵「ジェホがお休みしてる間も、プラボのこと好きでいてね」
武則「…うん! 恵こそ、他のアイドルに浮気するなよ?」
恵「はあ? するわけないでしょーが! あたし、基本は箱推しだから!」
少し怒った様子でさっさと先を行く恵を、武則が慌てて追いかける。
武則「ごめんごめん! 冗談だって!」
2人並んで去っていく恵と武則の背中。
○ 葛西家・外観
2年後のテロップ。
恵の声「ちょっと、お父さんっ!」
○ 同・居間
恵、怒った様子で、ソファに腰かけている武則にバスタオルを突き付ける。
恵「これ、あたしの専用バスタオルって言ったじゃん! 昨日勝手に使ったでしょ!」
武則「いや、お母さんが置いといてくれたから…」
恵、洗濯物を畳んでいる治美に詰め寄り、
恵「お母さん! なんでそんなことすんの⁉」
治美「いいじゃないのよ、家族なんだから全員共用で」
恵「イヤ! あたしもうこれ使わないから!」
バスタオルを治美に突っ返し、自分の部屋へと去っていく。
治美「ちょっともー、せめて畳んでいきなさいよ!」
渋々バスタオルを畳みながら、武則に向かって苦笑いする治美。
治美「ほんとに長引くわねー、恵の反抗期」
武則「まあ、一時期よりはマシになったよ…」
○ 同・恵の部屋
恵、スマホ片手にベッドに寝転がる。
するとそこへメールの通知音が鳴り、恵の表情がパッと明るくなる。
○ 同・居間
スマホから通知音が鳴り、武則が自分のスマホを確認すると、心から嬉しそうな笑顔になる。
すると勢いよく階段を駆け下りる音が聞こえてきて、恵が居間へとやってくる。
恵「お母さーんっ! どこか掃除してほしいところある⁉」
治美「なに、急に?」
恵「いいから! 今のうちに徳積まないと!」
武則、急いでソファから立ち上がり、
武則「トイレは俺がやる!」
トイレへと駆け出す武則を、恵が慌てて引き留める。
恵「あっ! 抜け駆けズルい!」
武則「はっはっは! こういうのはスピード勝負なんだよっ!」
恵「いーやー! 今回こそはあたしが当ててやるんだからーっ‼」
わちゃわちゃと争い合う恵と武則を見ながら、治美が不思議そうに首をかしげる。
治美「なによ、もー。わっかんないな~」
ソファの上に投げ出されたスマホの画面には、復帰を発表したジェホの笑顔の顔写真の画像が映る。(終)
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