喫茶店の店内。午後2時。テーブルや小物などがレトロ調に統一され、昔ながらの喫茶店の雰囲気。
(女、1人で席につき、コーヒーを飲んでいる。スマホの通知のバイブが鳴るとすぐに確認し、鞄から分厚い手帳とボールペンを取り出して、手帳に何かを書き込む。スマホで何かを確認しながら、ペンを進める。)
(カランカラン、とベルが鳴り、店の扉が開く。男が店に入ってくる。)
ウェイトレス
「いらっしゃいませ、一名様ですか?」
男 「はい。あ、禁煙で。」
ウェイトレス
「かしこまりました。こちらご案内いたします。」
(男、ウェイトレスに女の隣の席へ案内される。女、手帳に書き込むことに集中し、男に気が付かない。男も顔が見えず、女に気が付かないまま席につく。)
ウェイトレス
「こちらどうぞ。」
男 「はい。」
(ウェイトレス、男の前にお冷やを置く。)
ウェイトレス
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください。」
男 「あぁ、アイスコーヒーで。」
ウェイトレス
「かしこまりました。(注文票に書き込みながら)アイスコーヒーお一つですね。ミルクと砂糖はお付け致しますか?」
男 「あーじゃ、ミルクだけ…」
ウェイトレス
「かしこまりました。以上でよろしいでしょうか?」
男 「はい。…あ。あのー、氷って抜いてもらえますか?」
(女、男の言葉に反応してふっと顔を上げ、男の方をそっと盗み見て気が付き、驚く。)
ウェイトレス
「はい、氷抜きですね、かしこまりました。ではお作りいたしますので少々お待ちくださいませ。」
(男、ウェイトレスに会釈。ウェイトレス、一礼して去る。)
(間。男、自分と反対の椅子に鞄を置き、一息つく。女、ペンを進めていた手は止まり、しばらく視線をおどおどと彷徨わせるが、意を決して男に話しかける。)
女 「…あ…あの、久しぶり。」
(男、声をかけられたことに驚いて女の方を向く。女の顔を見ても一瞬わからず、少し間が空いて気が付く。)
男 「(大声で)え、うそ!…(ハッとして声をひそめて)何してんの…いや、久しぶり…」
女 「何してんのって、この後仕事の打ち合わせだから、それまでここで…あなたこそ、会社、ここら辺だったっけ?」
男 「あぁ…あれから本社が移転になって、この近くになったんだよ。もう7、8年くらい前かな…」
女 「そうなんだ…いや、びっくりしたぁ…」
男 「いや俺もびっくりした…ははっ、いやー…」
(間。2人、しばらく「いやー」「ねぇ?」「ははは…」などと場を繋ぐ。)
男 「…いやー、全然気が付かなかったな…」
女 「や、私も最初は…でも…アイスコーヒーで、氷抜いてもらえますか?って…なんか、懐かしくなって隣見たら、いたからさ…」
男 「えーそれで?まじかぁ…」
女 「(笑いながら)しかも言い方、癖だよね?あれ。(先程の男のモノマネで)あ、あのー氷って抜いてもらえますか?って。」
男 「え、どこが?」
女 「なんか、いつもトーンが一緒だし。あと、最初から決めてるくせに、さも今思い出しましたみたいな言い方するとこ。」
男 「いや、注文する時なんてみんなそんなもんでしょ。…なんか、言い方棘あるなぁ。」
女 「(笑って)ないない。懐かしいなって思っただけ。」
男 「…そっちこそ、変わらないな。」
女 「えぇ?」
男 「なんていうか、自分はなんでもわかってるーみたいな感じ?」
女 「…いや、わかってるーなんてしてないけど。」
男 「いやないけど!」
女 「ないんじゃん。」
男 「ほら!そういうところとかさ、そういう風に感じるなーって話。」
女 「わかったわかった、ごめん。」
男 「…なんかその言い方も引っかかる…」
女 「まぁ、せっかくたまたま会えたのにこれはやめようよ…ま、だから別れたんだけど。」
(間。2人、フリーズ。)
男 「…ま、そう…ね…」
(ウェイトレス、アイスコーヒーを持ってくる。)
ウェイトレス
「お待たせいたしました。こちらアイスコーヒーになります。」
(ウェイトレス、男の前にコースターとアイスコーヒー、小さいミルクのピッチャーを置く。男と女の間には沈黙が続く。)
ウェイトレス
「ごゆっくりどうぞ。」
(ウェイトレス、会計票を置いて去る。男、目の前に置かれたアイスコーヒーに手を付けず、フリーズ。)
女 「…飲んだら?」
男 「あ、うん…」
(間。男、ちまちまと袋を破ってストローを差し、アイスコーヒーをちびりちびりと飲み始める。)
女 「…元気だった?」
男 「…(口の中のアイスコーヒーをごくんと飲み込んで)ん、うん、元気元気。」
女 「そっか、よかった。」
男 「そっちは?元気だった?」
女 「うん、元気だよ。仕事も、楽しい。」
男 「…そうか。うん、よかった。」
(再び間。男、ふと女の手元の手帳とスマホが目に入る。)
男 「…変わってないな。」
女 「え?…ああ、これね。」
男 「なんかお前って、普段めちゃくちゃ海外!最先端!みたいなこと言うのに、変なとこアナログなんだよな。仕事のスケジュール、手帳にわざわざみっちり書き込んだりさ。」
女 「あはは、そうね…ぶっちゃけ手間じゃない?って結構言われる。けど、なんか最後は手書きじゃないと頭に入らなくて…でも海外だと手帳とか日記とか、結構アナログ派も根強いし、日本より共感してもらえる気がする。」
男 「それ、付き合ってた時も言ってた。」
女 「あー…まぁ、手帳つけ始めたの高校生の頃からだしね。」
男 「それも言ってた。」
女 「あはは…なんか私たち、10年前と同じ会話繰り返してんね。」
男 「たしかに…」
(間。2人、お互いの飲み物に口を付ける。)
女 「…で、最近どうなの?」
男 「どうって?」
女 「いや、彼女とかいるの?それか結婚した?」
男 「あーいやまぁ一応…今付き合ってる彼女と結婚したいなと。」
女 「おおー!おめでとう。」
男 「いやいや、まだおめでとうじゃないから。」
女 「あ、そっか。まだ全然フラれる可能性あるもんね。」
男 「そういう言い方すんなよ…」
女 「(笑う)…まぁ、がんばって。」
男 「がんばってって、お前さぁ…いや、がんばってんのよ。この前も彼女の実家に初めて挨拶に行ってさ…」
女 「ほぉー。じゃ、彼女とも具体的に結婚の話して進めてるんだ。」
男 「いや具体的っていうか…まぁ、でもそうだな、うん。彼女が実家の近くに住みたいって言ってて、子ども欲しいからさ…2人とも30過ぎだしなるべく早くとは思ってるけど、俺も来年昇格試験受ける予定だし、彼女も部署異動になったばっかりでさ。ま、ぼちぼちかな。自分たちのペースでいきましょって感じ。」
女 「へぇー、いいじゃん。よかったね。」
男 「…ありがとうございます。」
女 「なにそれ(笑)」
(少し間。)
男 「お前は?今どうなの?」
女 「あー…私は結婚とかはまだ話出てないけど…遠距離でね。」
男 「え。遠距離?まじか。どこ住んでるの?」
女 「んー、ニューヨーク。」
男 「ニューヨーク?」
女 「うん。」
男 「え、何アメリカ人ってこと?」
女 「ううん、出身は南アフリカ。」
男 「…え?いや、え?…待って、ちょっと頭が追いつかないわ…」
女 「…普通に出張先で知り合っただけだよ。」
男 「普通にニューヨークに出張になんか行かない俺からしたら、普通じゃねえよ。」
女 「まぁ…でも私は行くから。」
男 「そ、そうだよな。まぁ、そう…そうなんだけど…え、ど、どういう人なの?」
女 「どういうって…うーん、優しいよ。毎日連絡は取り合ってるし、できるだけビデオ通話するし。時差があるからしょうがないこともあるけど、それ以外はなるべく私が不安にならないようにしてくれる人かな。」
男 「へぇー…あぁ、時差…」
女 「あぁ、あと…これだけは許せないみたいなポイント?ていうか価値観?は割りと一致してるから、なんていうか…楽かな。一緒にいて。」
男 「…なるほど。それは、うん、大事だな。」
女 「…ってまぁ、びっくりするよね、うん。わかってる。」
男 「お、おう…」
女 「なんかさ…外国人と付き合ってるっていうと、珍しがられて。嫌なんだよね。別に私たち、普通なんだけどなぁって。うん…だから…
ごめん。なんか、変に突っかかっちゃったね。」
男 「…いや、こっちこそごめん。普通じゃないとか言って…ただ俺、びっくりしちゃって…悪かった。」
女 「ううん。10年ぶりに会った元カノが南アフリカ人と付き合ってたら、そりゃ驚くでしょ。」
男 「それはまぁ…でも、恋愛は恋愛だろ?日本人だろうが、アフリカ人だろうが、みんな一緒だよ。」
女 「…うん。ありがとう。…あの、南アフリカ人ね。」
男 「あ、ごめん。南アフリカな、ごめん。」
(間。2人、各々飲み物を飲む。)
女 「…ねぇ、私の嫌いな食べ物って、覚えてる?」
男 「え?…あぁーっと…カリフラワー?」
女 「そう。あはは、覚えてたかー。」
男 「覚えてたねぇ。やーあの頃は俺が食べたいって入った店でカリフラワーが出ないかハラハラしてたから。」
女 「私が不機嫌になるから?」
男 「うん。だからもしカリフラワーが出たらすかさず、俺が食べるよっつって。」
女 「(笑いながら)そんな気使わせてたんだ。」
男 「いや、俺は別にカリフラワー嫌いじゃないし。食べたくない奴が食べてもねぇ?まぁ、飯食う時ぐらい笑ってよって思うじゃん。」
女 「なんか私がずっと笑ってなかったみたいじゃん。」
男 「や、そういう意味じゃ…あーもう…」
(2人、笑い合う。)
女 「あ、(腕時計を見て)…私そろそろ行かなきゃ。」
男 「そっか…じゃあ、まぁ…お互い元気でやろう。」
女 「うん、ありがとう。じゃ。」
(女、荷物をまとめて席を立つ。)
女 「…あー。あのさ、」
男 「うん?」
(女、立ったまま、座っている男の方を向く。)
女 「なんか、実はちょっと後悔してたんだけど。私、あんたに何でもかんでも甘えすぎてたなって。」
男 「…え、えぇ?」
女 「だって、私が嫌なこととか苦手なこととか全部、自然に引き受けてくれちゃうからさ。それにすぐ折れてくれるし。だから、ごめん。」
(女、頭を下げる。)
男 「ええ〜、いやぁ…そんなんもう、いいよ。俺も、悪かった。就職して、お前がどんどんいろんな仕事任せられてて…なんかたぶん、置いてかれるような感じと…嫉妬だったんだと思う、情けないけど…ごめん。」
女 「…それこそ、もういいって。ま、お互い若かったね〜…ってことで、今度こそもう行くわ。」
男 「お、おう、気を付けろよ。」
女 「うん。あ、あんたプロポーズだけはしっかりリサーチして、失敗しないでよ!じゃあね!」
(女、去る。残された男、女が去っていった方向を見る。女の会計が済み、お互いに目を合わせて少し気まずそうにしながら笑って頷き合うと、カランカランとドアについたベルを鳴らしながら女が店から出て行く。)
男 「ふー…」
(男、一息ついて再びアイスコーヒーを飲んでいると、男のスマホが鳴り、電話に出る。)
男 「もしもし。…うん、ちょっと遅めだけど、そう、昼休み。午前は工場に呼ばれて…あぁ、なんだ知ってんのか。あーそっちも?…やーお疲れ。え?…いや?いつもの喫茶店だよ、近くの。…(笑って)なんでわかんの…そう、アイスコーヒーね。氷抜きの…いやだって、結局いつもと同じが一番落ち着くじゃん。…ははっ、そういうこと。…え、今?…あ、何、今見てんの?…手土産ねぇ…え〜なんでも喜ぶと思うよ、うちの親は…俺と結婚してもらえるだけでありがたいって言ってるし。…いやほんとほんと…じゃあ今からどうする?…俺…あぁわかった、じゃあこのまま待ってるわ。うん、オッケー。気を付けてな。」
(男、電話を切る。アイスコーヒーを飲みながら、スマホの画面をスクロールして何かを見ている。時折入口の方を気にしながら、誰かを待つ。)
〜終〜
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