スターチルドレン ドラマ

自閉症の兄の世話ばかりさせられ両親からの愛を感じられず育った青年。 ある日彼は鬱病を患ってしまう。 兄と同じデイケアに不本意ながらも通う事になるがそこで出会った少女により彼の心は溶かされて行く。
甲斐てつろう 51 0 0 12/22
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第一稿

スターチルドレン
甲斐てつろう作品

【登場人物】
神谷実(27):主人公のフリーター
神谷誠(32):自閉症の兄
神谷洋二(55):神谷家の父
神谷玲子(57):神 ...続きを読む
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スターチルドレン
甲斐てつろう作品

【登場人物】
神谷実(27):主人公のフリーター
神谷誠(32):自閉症の兄
神谷洋二(55):神谷家の父
神谷玲子(57):神谷家の母
松井夢乃(24):デイケア利用者のギャル
松井新(50):夢乃の父
立川雅紀(52):精神科の院長
坂口(35):デイケアの心理士
岩井(40):デイケアの心理士
山本(32):デイケアの利用者
林田(29):デイケアの利用者
澤田(30):ミニシアターの従業員

その他



○団地 外観
  神谷実(27)、真夏の日照りに汗をながしな
  がら歩く。
  耳にはイヤホンを刺し斉藤和義の"歩いて
  帰ろう"を聞いていた。
  側の公園で子供たちが楽しそうに遊んでい
  るが素通り。

○団地 神谷家 居間
  神谷誠(32)、薬を飲むのを嫌がる。
誠「うぅっ、やめてっ」
  神谷玲子(57)、誠に薬を飲ませようと彼を
  椅子に無理やり座らせる。
玲子「ちゃんと飲まなきゃ! 座って待ってな
 さい薬持って来るから」
  実、そこで帰宅。
  兄である誠の横を素通りし鞄をソファに置
  く。
  誠、実の帰宅に喜ぶ。
誠「赤ちゃん! おかえりー!」
  誠、立ち上がり実の頭を撫でる。
実「やめろって、疲れてんだから……」
  実、イヤホンを外し誠の手を振り払う。
  玲子、薬と水を持って来る。
玲子「ちょっと誠、ちゃんと座って待っててっ
 て言ったでしょ!」
  玲子、誠に近付くが誠は逃げる。
  玲子と誠、狭い部屋の中で追いかけっこを
  始める。
  実、ソファに座りながら溜息を吐く。
実「はぁ……」
  実、惰性でテレビのニュースを点けた。
  玲子、誠を捕まえ無理やり薬を飲ませよう
  とする。
玲子「ホラ、飲みなさい!」
  誠、薬と水を口にするが吐き出してしま
  う。
誠「うぐっ、ぺっ」
  玲子、呆れる。
玲子「もう、そんなんじゃ良くならないよ?」
誠「赤ちゃんとテレビ見る!」
  誠、玲子の言葉は聞かず実の隣に座りテレ
  ビのチャンネルを切り替えた。
実「あっ」
  実、突然始まったアニメに戸惑う。
  誠、嬉しそうに画面を見る。
誠「見て、今日の神回」
  楽しむ誠、対象に実と玲子は疲れ果ててい
  た。

○団地 神谷家 実の部屋(夜)
  実、真っ暗な自室のベッドで寝転がる。
  死んだような目でスマホを開き掲示板を見
  ていた。
  以下、画面上
  × × ×
見出し「生産性のない障害者に金が使われ俺た
 ちの所得は下がる一方な件」
匿名1「俺たちの金で遊んでんの何なん?」
匿名2「俺も一応年金貰える立場だけど拒否し
 てるわ」
  × × ×
  誠、扉を勢いよく開ける。
誠「赤ちゃん、ご飯!」
  実、無視する。
  誠、電気を点けて実に近付き体を揺する。
誠「起きて、寝る時間じゃないよ」
  実、苛立ち誠を振り払う。
実「疲れてんだよっ……」
  誠、振り払われ傷付く。
誠「えぇっ、うぅっ……」
  残念そうに頭を掻きむしり唸る。
誠「うぅっ……! ご飯だって!」
  誠、実の静止を振り切って再度揺する。
  実、再度拒絶した。
実「だからいいって……!」
誠「うぅっ!」
  玲子と父である神谷洋二(55)、音を聞き付
  けてやって来る。
玲子「ちょっと、静かにしてっ」
洋二「ホラ誠、落ち着くんだ」
  両親、誠に背後からしがみつく。
  誠、足をジタバタさせる。
誠「うぅあっ……」
玲子「コラっ、静かにしないとまた下の階から
 文句言われるでしょ?」
洋二「実、言うこと聞いてやってくれないか?」
  実、父の言葉で嫌々立ち上がる。
実「分かったよ……」
  誠、少し落ち着くが機嫌は悪そうだった。

○団地 神谷家 居間(夜)
  家族で食卓を囲む。
  実、無言で食べる。
  洋二、誠に尋ねた。
洋二「誠、今日のデイケアはどうだった?」
  しかし誠、機嫌は直らず無視してコーンを
  皿の端に避ける。
玲子「コラ、ちゃんと食べなさい」
誠「嫌だよ」
玲子「お弁当もサラダ残してたし薬も飲まない
 し、いつまでも元気出ないよ?」
誠「いいもん」
  好き嫌いをする誠。
  洋二は話を戻した。
洋二「まぁまぁ、デイケアは楽しそうだし段々
 元気にはなってるだろ?」
玲子「でもいつかは卒業するでしょ? B型で
 仕事は出来るようにしないと、このままじゃ
 上手く行かないよ」
  玲子、誠に向き直り言う。
玲子「ご飯食べたら薬飲んでお風呂だからね」
  誠、立ち上がり逃げる。
誠「嫌だ!」
  そのまま家の中で走る。
玲子「ちょっ、待ちなさい!」
  誠と両親、家の中で追いかけっこ。
  実、その中で無言で食べ続けた。

○団地 神谷家 風呂場(夜)
  実、誠の風呂を手伝っていた。
  誠の体を洗うが嫌がられる。
誠「うぅわぁっ……」
実「おい落ち着けって……」
  実、誠の手に付いた泡が口に入る。
実「ぺっ、何で俺がこんな事……」
  そのまま泡を洗い流し湯船に浸からそうと
  した。
  誠、嫌がり湯船から飛び出す。
  実、その勢いで滑って転んでしまった。
実「うわっ、いてて……」
  誠、裸のまま部屋に飛び出した。

○団地 神谷家 玄関(夜)
  両親、下の階の住民に謝っていた。
洋二「すみません、頑張ってるんですが……」
住民「何度目ですか、ウチは娘が受験生で勉強
 しなきゃいけないんです」
  誠、風呂場から飛び出し裸のまま現れる。
誠「うわぁぁぁ」
  両親と住民、驚く。
玲子「何やってんの、恥ずかしいでしょ!」
  ドタドタと足音をたてる誠を玲子は必死に
  追いかける。
  洋二、ひたすら謝った。
洋二「すみませんすみませんっ」

○団地 神谷家 風呂場(夜)
  実、倒れたまま玄関から聞こえる声だけを
  聞いていた。

○団地 神谷家 ベランダ(夜)
  実、ベランダで煙草を吸う。
  イヤホンで斉藤和義の"ギター"を聞いてい
  る。
  背後の居間では両親が癇癪を起こした誠を
  必死に押さえ込んでいた。
  実、煙を大きく吸い強く吐き出した。

○団地 神谷家 居間(日替わり朝)
  実、起床し朝食を済ませる。
  玲子、キッチンで弁当を1つだけ準備して
  いた。
  実、立ち上がり鞄を手に取る。
実「行ってきます……」
  玲子、実を呼び止め小銭を渡す。
  実、それを受け取る。
玲子「待って、はいこれ。従業員割りでお弁当
 安くなるんでしょ?」
実「ありがと」
  実、誠のために用意された栄養バランスの
  良い弁当を見つめてから家を出た。

○スーパーマーケット 売り場
  実、品出しをしている最中、客に尋ねられ
  る。
客「すみません、糠漬けってどこにあります
 か?」
実「あ、えっと……」
  実、辺りを見回すが見つけられない。
  近くに通りかかった店長に声をかけた。
実「すみません、糠漬けってどこでしたっけ?」
  店長、少し面倒そうな表情をしてから笑顔
  に変わり客を案内した。
店長「糠漬けですね、こちらになります」
  実、店長が代わりに案内してくれるので品
  出しに戻ろうとする。
  店長、振り返り実に手招きした。
店長「ホラ、神谷くんも」
実「あ、はい」
  × × ×
  店長、客に糠漬けの場所まで案内した。
  その後、実に注意をする。
店長「神谷くん、最近調子悪くない? ボーッ
 としてると言うか色々忘れちゃうし……」
実「すみません……」
店長「もう勤めて何年になる? そろそろ色々
 覚えてもらわないと困るよ」
実「はい……」
  実、仕事に戻った。
  × × ×
  実、パンに値引きシールを貼っている。
  客、まだ値引きされていないパンを手に取
  り実の所へ持って行った。
客「これは値引きされないんですか?」
実「えっと……こちらはまだですね」
  実、消費期限を確認して答えた。
客「まだってどういう事?」
実「あの、消費期限がまだなので……こちらは
 対象外となっております……」
客「何だよ……」
  実、仕事に戻るがその客はずっと後を着い
  て来る。
客「チッ、とろっくせぇな……」
  客、その一言だけ残し去って行った。
  実、下唇を噛み締める。

○スーパーマーケット 事務所
  実、廃棄する商品の打ち込みをしていた。
  店長、そこにやって来る。
店長「え、まだやってたの? ちょっと遅すぎ
 じゃない?」
実「あっ、すみません……」
店長「他の仕事もあるからさ、さっさと終わら
 せて」
実「はい……」
  実、表情が険しくなった。
  × × ×
  その後、実の打ち込みにミスが発生した。
  店長、ミスデータを指しながら実に怒る。
店長「何やってんだよ、無駄になっちゃったじ
 ゃん」
実「すみませんっ」
店長「本当にどうした、仕事も遅いしミス多い
 し。このままじゃ続けられないぞ?」
実「はいっ、頑張りますから……」
  実、頭を下げながらも店長が左手の薬指に
  はめている指輪を見つめていた。

○帰り道(夕)
  実、俯きながら歩く。
  周囲の人々が気になって仕方なかった。
  ドーナツの袋を持って歩くサラリーマン、
  そして高校生カップルなど幸せそうな人々
  を見て頭にモヤがかかる。
実「うっ……」
  実、突然その場で倒れてしまった。

○救急車(夕)
  実、朦朧としたまま運ばれる。

○総合病院 病室(夜)
  実、ベッドの上で一点を見つめている。
  両親と誠、病室に入って来た。
誠「赤ちゃん!」
  誠、実に駆け寄り隣の椅子に座るが実は無
  反応だった。
洋二「大丈夫か……?」
実「うん……」
  実の様子を見た両親、複雑な表情を浮かべ
  る。
玲子「今ね、先生と話したんだけど誠と同じ病
 院に行ってみたらって……」
実「え……」
玲子「そこの院長さん良い先生だからきっと実
 にも良くしてくれる……」
  洋二、実に問う。
洋二「何か欲しいものあるか? 食べ物でも飲
 み物でも」
  実、少し考えて答える。
実「……俺の欲しいものって何だっけ」

○精神科 診察室 (日替わり)
  実と玲子、院長の立川雅紀(52)と向き合い
  話を聞く。
立川「これは鬱病ですね」
玲子「そんな……」
立川「頭にモヤがかかった感じがあるんでし
 ょ?」
実「はい……」
立川「しばらくお仕事は休んだ方が良いよ、心
 身の健康のためにもね」
  実、歯を食い縛る。
立川「何か原因は分かる?」
実「……いえ」
立川「もし親御さんに話しづらい事あるならち
 ょっと席外してもらう事も出来るけど」
  実、玲子を見る。
  玲子、席を立った。
玲子「分かりました、失礼します」
  玲子、診察室を出る。
  立川、再度実と向き合った。
立川「親御さんに話しづらい事あったんでし
 ょ?」
実「まぁそうですね……」
立川「話してごらん、誰にも言わないから」
  実、決心を固める。
実「小さい頃から親は兄の事ばっかりで……俺
 の事なんて見てくれなかった」
立川「うんうん」
実「でも倒れた途端思い出したように優しくな
 って……腫れ物扱いされて気持ち悪いです」
立川「そっかぁ……」
  立川、机からある冊子を取り出す。
  そこには"就労移行デイケア"と書かれてい
  た。
立川「提案なんだけどさ、早く仕事に復帰でき
 るようにデイケアに参加してみたら?」
実「デイケアですか……」
立川「お兄さんもいるけど頑張ってみたらど
 う?」
  実、冊子を手に取り考えた。

○スーパーマーケット 事務所(日替わり)
  実、店長に休職を報告をした。
  店長、休職届を受け取り実の顔を見た。
店長「事情はよく分かったよ、でもバイトの状
 態で休職って言うのは難しいなぁ。どうす
 る? 続けられないなら退職って形の方が助
 かるけど……」
実「そう、ですか……」
店長「元気になったらまた仕事探させちゃうけ
 どこっちにもリスクがあるからごめんね」
実「はい……」

○団地 神谷家 居間(夜)
  実、家族で囲む食卓の中で報告をした。
  洋二、実を憐れむような表情で見る。
洋二「そうか、まぁまた頑張れば良いさ」
  チラチラと実を気にする両親。
  実と目が合うと目を逸らした。
実「でもせっかく頑張って来たのにこんなのっ
 て……」
洋二「まぁ……気にすんなよ」
  実、洋二の言葉で彼の顔を見る。
  しかし既に目は逸らされていた。
玲子「確かに気にしても仕方ないからね、今出
 来る事を頑張りなさい。明日からデイケア通
 うんだから」
  玲子、思い出したように告げる。
玲子「それに手帳や年金も申請中でしょ? 貰
 えたら色んな娯楽が安くなるしその分のお金
 も入るから楽しんどきなさい」
実「うん……」
  実、複雑な表情を浮かべた。

○団地 神谷家 居間(日替わり朝)
  実、身支度を済ませる。
  玲子、2人分の弁当を用意しており実と誠
  にそれぞれ渡す。
玲子「ホラ、お弁当持って行きなさい。薬も入
 れといたから食べたらちゃんと飲むのよ」
  実、弁当を受け取り鞄に入れた。
実「うん、ありがとう……」
  誠、弁当を受け取りすぐに玄関に向かっ
  た。
誠「早く、早くっ」
  誠、笑顔で実に手招きする。
  実、複雑な表情を浮かべ靴を履いた。

○団地 外観(朝)
  外に出た実と誠。
  登校する小学生たちがいた。
小学生1「おい、アイツ来たぞ」
小学生2「うわ逃げろ」
  小学生たち、誠を見て走り去る。
  誠、気にせず歩くが実は小学生たちが走り
  去る方向を見つめていた。

○駅 改札口(朝)
  通勤ラッシュで混んでいる駅。
  実、切符を買っている。
  誠、隣で見ている。
実「お前は買わなくていいの?」
誠「これ、タダのやつある」
実「そっか……」
  実、切符を購入し改札を通る。
  誠、人にぶつかり福祉乗車証を落としてし
  まった。
誠「あっ……」
  誠、拾おうと改札前で屈む。
  後ろに列が出来てしまった。
  誠、焦る。
誠「あっ、えっと……」
  誠、福祉乗車証を拾い改札を通る。
  その後に通ったサラリーマン、舌打ちをし
  た。
  実、サラリーマンを目で追っている。

○電車(朝)
  実、満員電車でイヤホンをし斉藤和義の
  "攻めていこーぜ!"を聞く。

○精神科 診察室(朝)
  実と誠、一度診察室に入り立川に挨拶。
  誠、実の隣でソワソワしていた。
立川「じゃあ今日からよろしくね、そんな大変
 な事はないし皆んな理解してくれるから」
実「はい」
立川「お弁当は持って来た?」
実「母が2人分作ってくれたので」
立川「ならよかった、食後に薬飲むのも忘れず 
 にね」
実「はい」
  実、鞄の中にある2人分の弁当箱を見た。

○精神科 療法室(朝)
  デイケアが始まり他の利用者たちが席に座
  っている中、実は心理士の坂口(35)という
  女性に紹介された。
坂口「今日から新しい利用者さんが来てくれた
 ので皆さん仲良くしてあげて下さい」
実「よろしくお願いします……」
  実、席から立ち上がり軽く会釈をする中で
  拍手が起こる。
  誠、一際大きい拍手をした。
誠「やったー!」
  坂口、誠に注意する。
坂口「誠さん、静かにしようね」
誠「ごめんなさいっ」
  誠、すぐに反省した。
坂口「じゃあこれからラジオ体操だから皆んな
 立ってー」
  一同、立ち上がり間隔を空ける。
  実、見よう見まねで間隔を空けた。
  坂口、ラジカセのスイッチを入れラジオ体
  操第一が流れる。
  一同、踊る。
  実、小さい手振りで踊った。
  × × ×
  実、席に座っている。
  誠、実の隣に座る。
誠「へへっ、赤ちゃんがいる!」
  誠、笑っているが実は目を合わせない。
  利用者たち、集まって来る。
  山本(32)、誠に話しかける。
山本「神谷さんの弟なの?」
誠「うん」
  林田(29)、ボードゲームを手に持ってい
  る。
林田「午前はボードゲームのプログラムです、
 よければ一緒にやりませんか?」
  実、無視する。
誠「うん! 赤ちゃんも一緒に!」
実「えぇ?」
  実、無理やり参加させられる。
  × × ×
  実たち、ボードゲームで遊ぶ。
  実、ボーッとしていた。
林田「次、実さんの番です」
実「あっ」
  実、慌ててカードを出すが負けてしまう。
誠「やったー、俺の勝ち!」
山本「うぇーい」
  誠、山本とハイタッチする。
  嬉しそうに体を震わせている。
  実、その様子を見ていた。
林田「では次、負けた実さんからお願いします」
実「は、はい……」
  実、山札をシャッフルするが床にカードを
  散らばせてしまう。
実「あーあぁ……」
誠「何してるの赤ちゃん」
  誠、笑いながらカードを拾う。
  実や他の利用者もカードを拾った。

○精神科 面談室
  実、坂口と面談していた。
坂口「あまり楽しくないですか?」
実「まぁ、まだ慣れなくて……」
坂口「これまでずっと働いてたんですもんね、
 いきなり遊びみたいな事させられて戸惑うの
 も分かります。でも立派な療法ですから」
実「そうなんですね……」
坂口「午後からはサイコドラマがあります、過
 去を再現して嫌な記憶に打ち勝つための良い
 プログラムですよ」
実「まぁ、やってみます……」

○精神科 療法室
  実、誠の隣で母の弁当を食べる。
  イヤホンで斉藤和義の"歌うたいのバラッ
  ド"を聞く。
誠「赤ちゃん、赤ちゃん!」
  誠、実のイヤホンを外す。
実「何……?」
  誠、自身の弁当から唐揚げを一個箸で摘
  む。
誠「唐揚げ、一個あげる」
実「……いらない」
  実、再度イヤホンを耳に入れる。
  誠、寂しそうに唐揚げを食べた。
  × × ×
  誠、利用者たちと楽しそうに談笑する。
  実、1人でイヤホンを身に付けて机に座
  る。
  松井夢乃(24)、突然現れ実のイヤホンを片
  方外し自身の耳に入れる。
  実、驚く。
実「えっ」
夢乃「斉藤和義じゃん! ウチも好き!」
  実、夢乃を見つめる。
夢乃「どうした?」
実「いや何も……っ」
  坂口、夢乃を見て言う。
坂口「松井さん! また遅刻ですか?」
夢乃「いやーすいません、起きれなくてー」
  夢乃、笑いながら謝罪のジェスチャーをす
  る。
  夢乃、実に問う。
夢乃「新しい人だよね、名前は?」
実「神谷実です……」
夢乃「へぇ、誠ちゃんと同じ苗字だ」
  誠、振り返り夢乃に説明した。
誠「ウチの赤ちゃん!」
夢乃「あぁ! いつも言ってたあの!」
  夢乃、実に自己紹介する。
夢乃「松井夢乃です、斉藤和義好きなもん同士
 よろしくね」
実「はい……」
  実、夢乃と握手した。
夢乃「もぉー元気ないなぁ、じゃあ一緒に話そ
 うよ! 誠ちゃん、入れて!」
誠「いいよー!」
  夢乃、実の手を引く。
夢乃「ホラ、行こう」
  実、無理やり着いて行かされる。
  × × ×
  実、利用者たちの輪に入る。
  夢乃がトークを回している。
林田「松井さん、今日も寝坊ですか?」
夢乃「林田さん相変わらず固いなぁ、もっとフ
 ランクに行こーよ!」
  夢乃、林田の肩を叩く。
山本「そいえば今日のサイコドラマ出るの?」
夢乃「どうしよう、実くんは出るの?」
実「え、あぁ出ようかな?」
夢乃「じゃあウチも出る、新入りさんの話も聞
 きたいしね」
  実、夢乃を見つめる。
夢乃「どした?」
実「いや、何でもっ」
  実、慌てて目を逸らす。
夢乃「緊張しなくていいよ? ここの皆んな優
 しいから!」
実「うんっ……」
誠「赤ちゃんの話聞きたい!」
夢乃「はは、誠ちゃんにとってはずっと可愛い
 弟なんだねー」
  × × ×
  サイコドラマの時間になる。
  利用者たちは療法室の後ろで椅子で円を描
  き中央に空間を開けて座る。
  担当の岩井(40)、サンドバッグと新聞を丸
  めた棒を持ち中央に立つ。
岩井「初めての方もいるので改めて説明します
 ね」
  実、話を聞く。
岩井「サイコドラマとは過去の嫌な事や嬉しか
 った事などを再現して演じる事で当時への理
 解を深め嫌な事を乗り越えたり嬉しかった事
 の尊さを再認識する療法となってます」
  岩井、サンドバッグと新聞の棒を指す。
岩井「嫌な事を思い出す場合はサンドバッグを
 それに見立ててこの棒でやっつけましょう、
 そうして乗り越えるんです。では誰かやりた
 い人いますか?」
  夢乃、隣の実に小声で話す。
夢乃「やってみたら?」
実「えっと、じゃあ……」
  実、手を挙げる。
岩井「お、いきなりやってみますか? ではど
 うぞ」
  実、立ち上がり中央へ。
岩井「どんなテーマが良いですか? 教えて下
 さい」
  実、黙ってしまう。
岩井「共有するのは恥ずかしいかも知れないけ
 どきっと役に立つから、ここの皆んなも理解
 してくれる人達ですよ」
  実、誠を見る。
  そして歯軋りした。
実「えっと、じゃあ職場での経験を……」
岩井「分かりました、ではこのサンドバッグに
 想いをぶつけて下さい」
  実、新聞の棒を受け取りサンドバッグを叩
  いてみる。
  何度も連続して叩く度に力は弱くなる。
  夢乃、そんな実を見ていた。
  
○精神科 療法室(夕)
  坂口、終業の挨拶をする。
坂口「ではさようなら、気を付けて帰って下さ
 いね」
  利用者たち、荷物を持ち帰る。
  坂口、出ていく利用者たちに念を押す。
坂口「院外交流は禁止ですからね、お互いの治
 療の妨げになるかも知れないのでくれぐれも
 外で会わないように」
  実、誠に伝えた。
実「ちょっとタバコ吸って来るから、外で待っ
 てて」
  実、喫煙所を探しに行く。

○ビル 喫煙所(夕)
  実、タバコの煙を思い切り吸い込んで吐き
  出す。
  表情は曇っていた。
  夢乃、そこに現れる。
夢乃「あれ、実くんもタバコ吸うんだ」
実「あ、夢乃さん……」
夢乃「何か浮かない顔だね、初日キツかった?」
  夢乃、タバコを取り出し火を着ける。
実「これって院外交流にならないの?」
夢乃「これくらい良いんだよ、バッタリ会って
 話さない方が不自然でしょ?」
実「それもそっか」
夢乃「てか大丈夫? やっぱ働いてたのに突然
 ここに来るのはしんどいか」
実「まぁそうだね……」
  実、黙ってしまう。
夢乃「あのさ、サイコドラマの時もっと話した
 いテーマあったでしょ?」
実「え!」
夢乃「あはは、図星か」
実「いや、あの……」
  夢乃、周囲を見渡す。
夢乃「ウチに話してみて? ほら、誰もいない
 し」
  実、タバコの火を消し灰皿に捨てる。
実「……本当は兄さんや家族との関係に悩んで
 る」
  実、夢乃の反応を確認する。
  夢乃、微笑んでいる。
実「両親はずっと兄さんばっか構って俺にも世
 話させてさ、それなのに鬱になった途端腫れ
 物みたいに扱って来て……ここの人達もそう
 だ」
夢乃「うんうん」
実「正直兄さんにはうんざりしてた、でもここ
 に来ると自分が間違ってる気がして……」
  夢乃、ゆっくりと実に近付く。
夢乃「君は何も間違ってないよ、大変な思いも
 しただろうしそんな人の意見はちゃんと聞い
 てあげるべきだと思う」
  実、夢乃の顔を見た。
夢乃「でもそれと同じくらい誠ちゃんやご両親
 も大変なの、どっちが正しいとか無いんだ
 よ」
実「そうだね……」
夢乃「君にはここでウチらの大変さも知って欲
 しいな」
実「うん」
  夢乃、もう一本のタバコに火を着ける。
夢乃「じゃあさ、景気付けに明日遊びに行こう
 よ! 手帳取るんでしょ? 安くなるよ」
実「それこそ院外交流じゃ……それにそういう
 事すると真面目に働いてる人に申し訳な
 い……」
夢乃「そんなこと言ってちゃいつまでも元気に
 ならないよ? 働く人達も大変だけどウチら
 にも大変さはあるんだから、辛い事に耐えた
 報酬だと思えば良いんだよ」
実「そうかな?」
夢乃「そうすれば働いて稼ぐのと同じくらい実
 感できるでしょ?」
  夢乃、明るい笑顔を見せた。
夢乃「とりあえず今はこのビクシガを楽しもう
 よ!」
  夢乃、タバコを見せる。
実「ビクシガ?」
夢乃「ビクトリーシガーだよ、今日も一日に勝
 利したお祝い!」
  実、少し微笑みながらタバコを吸う。

○団地 神谷家 洗面所(日替わり朝)
  実、髪型を整えている。
  玲子、その姿を見つけた。
玲子「あら珍しい、どっか行くの?」
実「別にいいだろ……」

○団地 神谷家 実の部屋(朝)
  実、クローゼットから綺麗な服を選び着 
  る。

○団地 神谷家 玄関(朝)
  実、姿見をチェックする。
実「よし」
  実、無言で家を出た。
  玲子、追いかけるが遅い。
玲子「ちょっと、薬飲んでなくない⁈」
  玲子、その場に取り残される。

○中心街 駅 オブジェ(朝)
  実、有名な駅のオブジェの前で待つ。
  イヤホンで斉藤和義の"ずっと好きだった"
  を聞く。
  スマホで以前見た掲示板を開くがすぐに閉
  じる。
  夢乃、そこへやって来た。
  実のイヤホンを片方外し自身の耳へ。
夢乃「お待たせー! お、斉藤和義聞いてんじ
 ゃん!」
実「うん、いい曲ばっかだし」
夢乃「だよね、強くて優しい感じがする」
実「確かにねー」
  実、夢乃の全身を見る。
  夢乃、露出の高い服を着ていたが上だけは
  長袖だ。
実「長袖暑くない?」
夢乃「ウチ長袖しか持ってなくて」
実「何だそれ」
  実、自然と笑顔になる。
実「んで今日はどこ行くの?」
夢乃「へっへー、今日は手帳で安くなる所に行
 きまくります!」
実「でも俺まだ取れてないけど……」
夢乃「同伴は1人まで安くなる所が多いから大
 丈夫! じゃあ行こ!」
  2人、歩き出す。

○中心街 ボウリング場(朝)
  2人、開店と同時に入る。
  夢乃、受付で手帳を見せた。
実「すげぇ、本当に安くなった」
夢乃「でしょ?」
  × × ×
  2人、ボウリングを楽しむ。
  実、外した。
実「うわー、難しいな」
夢乃「最初はそんなもんだよ」
  次は夢乃の番。
  夢乃も外す。
夢乃「全然ダメだー」
実「あんま来た事ないの?」
夢乃「いい機会だから初めて来た」
実「お互い初心者じゃん」
夢乃「お手柔らかにお願いします」
実「手加減とか無理だよ」

○動物園
  2人、次は動物園に来た。
  象を発見し駆け寄る。
実「でっか……」
夢乃「あ、ウンコした!」
  夢乃、象の脱糞に爆笑。
実「下品だよ」
夢乃「だってこのタイミングで!」
  夢乃、ツボに入ってしまった。
実「ホラ、次行こ?」
  実、歩き出す。
  夢乃、笑いながら着いていく。
夢乃「待って、あははっ……」
  × × ×
  2人、次々と動物を見ていく。
  実、歩いている中で体に異変を感じ立ち止
  まる。
実「あ……」
夢乃「ん、どうした?」
  夢乃、立ち止まり振り返る。
実「なんか苦しい……」
  実、胸を押さえ座り込む。
夢乃「え、大丈夫⁈」
  夢乃、駆け寄り実の背中を摩る。
実「はぁ、はぁ……」
夢乃「今日薬は?」
実「飲んでない……」
夢乃「多分そのせいだよ!」
  夢乃、実に手を差し伸べる。
夢乃「ホラ、立てる?」
実「ごめん……」
  実、その手を取り立ち上がった。

○動物園 カフェテラス
  2人、席に座る。
  夢乃、お冷を差し出した。
夢乃「ホラ飲んで」
実「ありがと……」
  実、お冷を一気飲みする。
夢乃「落ち着いた?」
実「うーん、まだ……」
  夢乃、財布から頓服薬を取り出す。
夢乃「これ、ウチのだけど飲んで」
実「いいの……?」
夢乃「本当は他人の処方薬はダメだけど緊急だ
 から」
  実、頓服薬を受け取る。
  夢乃、自身のお冷を渡す。
実「ごめん」
  実、頓服薬を飲む。
夢乃「んもぉー謝らなくて良いんだよ?」
実「でもせっかく楽しかったのに台無しにしち
 ゃって……」
夢乃「じゃあ少しは皆んなの気持ち分かった?」
実「あ……」
夢乃「謝りたい気持ち分かったでしょ?」
  実、その言葉で落ち着きを取り戻す。
実「そうだね……」
夢乃「あぁごめん説教っぽくなっちゃって、ウ
 チはただ分かってくれたのが嬉しいだけだ
 よ」
  夢乃、立ち上がる。
夢乃「じゃあさ、最後に映画観てこうよ。それ
 なら大丈夫?」
実「うん、行けそう」
  実も立ち上がり歩き出す。

○映画館 スクリーン(夕)
  2人、ガラ空きのスクリーンの中央付近の
  席に座る。
  生き疲れた男女が現実逃避の旅に出る映画
  を観ていた。
  以下、画面上
  × × ×
登場人物「俺たちの人生、ようやく始まるぞ」
  × × ×
  実、静かに涙を流す。
  実、隣で夢乃が号泣しているのを見た。

○喫茶店(夕)
  2人、近くの喫茶店で感想を語り合う。
夢乃「いやー泣いた、思い出しただけでまた泣
 けて来るっ」
実「良かったよね、でも何で人少なかったんだ
 ろ?」
夢乃「ウチらに特別刺さった映画だからね、今
 の人達に刺さるかは別だよ」
実「でももっと知って欲しいよなぁ、レビュー
 も少ないけど高評価だし」
夢乃「まるでウチらみたいだね」
実「え?」
夢乃「ちゃんと見たらいいヤツでも表面だけ見
 て嫌われるじゃん? 逆に永遠にウチらだけ
 のものであって欲しいなぁ」
実「確かに、それも分かるかも」

○団地 神谷家 居間(夜)
  実、帰宅。
  誠、出迎える。
実「ただいま」
誠「赤ちゃんおかえりー!」
  玲子、夕食の支度をしている。
玲子「どこ行ってたの? 誠寂しそうにしてた
 よ?」
誠「いいだろ別に、あー疲れた」
  実、ソファに座る。
玲子「あ、そいえば手帳と年金の申請通ったっ
 て。役所に取りに行きなさい」
実「うん、分かった」
玲子「あと薬忘れないで飲んでね」
実「うん……」
  玲子、薬と水を差し出す。 
  実、嫌々飲んだ。

○精神科 療法室(日替わり)
  利用者たち、席に座る。
  坂口、前に立ち説明をした。
坂口「今日のプログラムはお散歩です、近くの
 公園まで歩いて行きましょう」
  利用者たち、立ち上がり整列する。
  誠、実の隣に立った。

○中心街 公園
  利用者たち、広い公園にやって来る。
  多くの親子連れや老夫婦など人で溢れてい  
  た。
坂口「ではご自由に散歩して下さい、30分後に
 は戻って来て下さいねー」
  利用者たち、バラバラに散る。
  誠、実と夢乃に近付いた。
誠「赤ちゃん、一緒に行こう!」
  誠、実の手を引く。
  夢乃、彼らに着いて行った。
  × × ×
  実、はしゃぐ誠を後ろから見ている。
誠「あー、あれ乗る!」
  誠、大きな滑り台を見つけ子供たちの列に
  並ぶ。
  前後の子供、不思議そうに誠を見ている。
実「何であんな元気なのかね?」
夢乃「前はここまでテンション高いのは珍しか
 ったよ、やっぱ弟が来てくれたからじゃな
 い?」
実「まぁ、前も帰って来たら嬉しそうにしてた
 し……」
  誠、滑り台が狭くつっかえてしまう。
子供「早く行けよー」
  誠、焦ってしまう。
誠「うっ、うぅ〜」
夢乃「あ」
  夢乃、駆け出す。
  誠を助けて滑り台から下ろした。
夢乃「ごめんね、どうぞー」
  誠、一回自分の頭を叩く。
  実、その様子を見ていた。
  × × ×
  誠、子供たちと砂場で遊ぶ。
  実と夢乃、ブランコに座り見ていた。
実「凄いね、咄嗟に動けるなんて」
夢乃「誠ちゃん、心が子供なだけ。子供が小さ
 い内は守ってあげるもんでしょ?」
実「うん……」
  実、複雑な表情を浮かべる。
  すると誠、嬉しそうに子供に砂をかけ始め
  る。
子供「ちょ、ぺっ……やめろよ」
誠「あははっ」
  誠、子供が嫌がっている事に気付かない。
  子供の親、駆け寄る。
親「ちょっと何してるんですか⁈」
  子供を抱き寄せ誠を叱る。
誠「あっ、う……」
  誠、委縮してしまう。
実「あ、ヤバいな……」
  実と夢乃、動き出す。
親「目に入ったらどうするんです? 大の大人
 がこんな事……っ」
  実と夢乃、間に入る。
実「すみません、兄が……」
  子供と親、離れる。
  去り際にぶつくさ文句を言う。
親「どんな教育されて来たの……?」
  実たち、溜息を吐く。
  誠、自身の頭を叩いている。
夢乃「誠ちゃん、それやめな」
誠「うぅ〜……」
  実、周囲の人々からの冷ややかな視線を感
  じていた。
  × × ×
  実たち、公園内を歩く。
実「ごめんね、巻き込んで」
夢乃「何で謝るの? いつもの事なんでしょ?」
実「いつもだからさ、家でもよく近所の人に迷
 惑かけちゃってる。その度に謝るの辛いか
 ら……」
夢乃「ウチは良いんだよ、好きでやってる事だ
 から」
実「そうなの?」
夢乃「大変な気持ち分かるから、そんな人達の
 手助けしたいと思ってるよ」
実「そう、なんだね……」

○団地 神谷家 居間(夕)
  実と誠、帰宅。
  玲子、夕食の支度をする。
  洋二、テレビを見ている。
洋二「おかえり、今日はどうだった?」
実「えっと……」
誠「楽しかった! 赤ちゃんと公園で遊んだ
 よ!」
洋二「そうか、それは良かったな」
  洋二、誠の頭を撫でる。
  実、何も言えずベランダに向かった。

○アパート 松井家 居間(夕)
  夢乃、帰宅。
夢乃「ただいま……」
  松井新(50)、酒瓶を片手に座っている。
新「夢乃、酒は?」
夢乃「ごめん、忘れた……」
新「チッ、ガイジ共の相手して毒されてんじゃ
 ねーのか?」
  新、立ち上がり夢乃の頭を叩く。
夢乃「やめてよ、てか皆んなそんなんじゃない
 し」
新「何だ親に向かって、誰が食わせてやってる
 と思ってる?」
  夢乃、自室の襖を開ける。
  そのまま中に入り着替え始めた。
新「無視すんじゃねーよ、まず忘れた酒買って
 こい」
  夢乃、長袖の服を脱ぐと両腕に大量のリス
  トカットの跡と全身にアザがあった。
夢乃「自分で行けばいいでしょ?」
新「コンビニ出禁になってんだよ、だからお前
 が行けって」
夢乃「自業自得じゃん、店員に難癖つけて暴れ
 るからでしょ?」
新「元はと言えばお前のせいなんだぞ? 母さ
 んが出てったのも全部お前がガイジなんかに
 生まれやがるからだ」
夢乃「その言い方やめてよ、ウチらだって頑張
 ってんのに」
新「俺らの税金で遊んで何が頑張ってるだ、本
 当に頑張ってるってんなら酒買ってこい。あ
 とタバコもな」
夢乃「はぁ、分かったよ」
  夢乃、自分の財布を持ち着替え終わり部屋  
  から出た後、家を出た。

○団地 神谷家 実の部屋(深夜)
  実、ベッドの上でゴロゴロする。
  腹の音が鳴り歯を食いしばる。

○団地 神谷家 居間(深夜)
  実、灯を点けないまま冷蔵庫を漁る。
  夕食の残りのパスタを見つけた。
  電子レンジで温める。
  玲子、物音を聞き付け起きて来る。
  眠気まなこを擦る。
玲子「何ぃ、こんな夜中に……」
実「あ、ちょっとお腹空いて……」
玲子「夜に食べるのあんま良くないよ?」
  玲子、寝室に戻る。
  実、溜息を吐いて電子レンジからパスタを
  取り出した。

○精神科 療法室(日替わり朝)
  実、夢乃と隣の席でチョコレートの箱詰め
  の作業をしている。
夢乃「よし出来た!」
  夢乃、一箱終わらせ坂口に見せに行く。
夢乃「坂口さーん、出来たよー」
坂口「どれどれ」
  坂口、確認をする。
坂口「ちょっとここ折れ曲がっちゃってるな
 ぁ、次はここ気を付けて」
夢乃「はーい」
  夢乃、実の隣に戻り作業を再開。
  近くで誠も完成させた。
誠「出来た! 見てこれ!」
  誠、実に見せて来るが箱は歪だった。
実「ちょっとこれはマズいんじゃないか……?」
誠「ええ良いじゃん頑張ったもん!」
  誠、そのまま坂口に見せに行く。
坂口「流石にこれは売りに出せないなぁ、私が
 教えるから見てて下さい」
  坂口と誠、席に戻り坂口がお手本を見せ
  る。
  誠、集中できず余所見をし頭を掻く。
坂口「ホラちゃんと見て」
誠「はーい」
  実、その様子を見て手が止まる。
夢乃「実くん、手ぇ止まってるよ」
実「あぁごめん」
  実、作業を再開する。
夢乃「昨日のこと気にしてるの?」
実「まぁ、兄さんの事とかね……」
夢乃「怖がられちゃうのも無理はないけど……
 でも誠ちゃんだって悪意がある訳じゃないか
 らね、難しい所だよ」
実「世の中には無関係の人が殆どだから……」
夢乃「だからウチらが助けてあげないとでし
 ょ?」
  夢乃、立ち上がり坂口に声を掛ける。
夢乃「坂口さーん、誠ちゃんにはウチから教え
 るから」
坂口「いいんですか? 助かるー」
  夢乃、誠に教え始める。
夢乃「ホラ、ここはもっと丁寧に……」
  坂口、実の所に来る。
坂口「松井さんちゃんと朝から来るようになっ
 て変わりましたよね、実さんが来てからです
 よ」
実「確かいつも遅刻してるって……」
坂口「そう、でもいくら仲良くなっても院外交
 流はダメですからね。そういうのは卒業して
 から」
実「は、はい……」
  実、誤魔化すように笑う。
  × × ×
  実、昼休みに弁当を食べ終わる。
  空の弁当箱を見て立ち上がった。
誠「赤ちゃんどこ行くのー?」
実「自販機」
  実、療法室を出る。

○コンビニ
  実、カゴ一杯のパンやおにぎりをレジに持
  って行く。
店員「3250円になります」
実「はい……」
  実、支払う。

○コンビニ 外観
  実、壁に寄りかかりパンの封を開ける。
  そのまま貪るように食べた。

○精神科 療法室
  実、戻る。
  夢乃、心配そうに声を掛けた。
夢乃「大丈夫? 長かったけど……」
実「大丈夫、欲しいのなかったからコンビニま
 で行ってただけ」
  実、苦しくなる。
実「うっ……」
夢乃「ちょ、本当に大丈夫⁈」
  実、慌てて療法室を出た。

○精神科 トイレ
  実、便器に嘔吐する。
実「げぇぇっ、かはっ……」
  実、水を汲み口を濯いだ。

○精神科 診察室
  実、立川と対面で診察。
  事情を説明した。
立川「一応処方してる薬に食欲が増える副作用
 はあるけどそこまでなるのは無いねぇ」
実「そうですか……」
立川「摂食障害の疑いもあるね、とりあえず薬
 は変えてみるけどまだ食べたくなるならまた  
 言ってね」
実「はい……」

○団地 神谷家 居間(夕)
  実と誠、帰宅。
  玲子、出迎える。
玲子「おかえり、今日診察あったんでしょ? 
 どうだった?」
実「うん、何ともないよ」
玲子「薬貰ったでしょ、見せて」
  実、玲子に薬を差し出す。
玲子「あれ、前のと違うけど……」
実「あぁ、なんか合わなかったみたいで」
玲子「ふーん、まぁ忘れないで飲んでね」
実「あぁ……」

○団地 神谷家 実の部屋(深夜)
  実、また腹が鳴り眠れない。

○団地 神谷家 居間(深夜)
  実、冷蔵庫を漁り夕食の残りを食べる。

○団地 神谷家 トイレ(深夜)
  実、全て便器に吐き出してしまう。
実「げぇぇっ……」
  実、顔を上げ鏡に写る自身の顔を見る。
  少しやつれているように見えた。

○団地 神谷家 ベランダ(深夜)
  実、タバコを吸う。
  耳にイヤホンを入れ斉藤和義の"アイラブ
  ミー"を聞く。
実「クソッ……」
  実、頭を抱えた。

○団地 神谷家 居間(日替わり朝)
  実、身支度を済ませる。
玲子「ちゃんと薬飲むのよー」
  実、棚にある薬を手に取る。
  そのまま飲むフリをしてゴミ箱に捨てた。
実「ん、飲んだよ」
玲子「じゃあ行ってらっしゃい」

○精神科 療法室
  昼休み、実は弁当を平らげる。
  実、立ち上がり療法室を出た。

○コンビニ 外観
  実、袋一杯の食品を貪る。

○精神科 トイレ
  実、全て便器に吐き出した。
  ※何度も繰り返す

○精神科 療法室(数日後)
  実、やつれている。
  夢乃、心配そうに声を掛けた。
夢乃「大丈夫? やつれてるように見えるけ
 ど……」
実「あぁ大丈夫だよ……」
夢乃「ちゃんと薬飲んでるの?」
実「う、うん……」
夢乃「嘘だ、絶対飲んでないでしょ」
実「それは……」
夢乃「ねぇ話聞かせて?」
実「うん……」
  2人、移動する。

○精神科 喫煙所
  2人、誰もいない喫煙所でタバコを吸う。
  実、事情を説明した。
夢乃「へぇ、摂食障害の疑いねぇ……」
実「うん、先生も薬変えてくれたけど変わって
 る気がしなくて……いっそのこと薬やめてみ
 たんだけど治らない……」
夢乃「それってさ、薬じゃなくて精神的なもの
 じゃない?」
実「そうなのかな……」
夢乃「どのみち食べて吐いちゃうならさ、薬は
 飲んどいた方がいいよ」
実「そうだね、今日の夜から飲んでみる」
夢乃「うん、また元気に話そうね」

○団地 神谷家 居間(夕)
  実と誠、帰宅。
  玲子、実に詰め寄る。
  洋二、ソファに座り見ている。
玲子「今日ゴミ変えてたら見つけたんだけど、
 何これ?」
  玲子、袋の底に溜まった薬を見せつける。
実「それは……」
玲子「元気になる気あるの? ちゃんと飲まな
 きゃダメでしょ」
実「でもそれ飲んでたら副作用とか苦しく
 て……」
玲子「だからって……薬に副作用はあるもので
 しょ、心配掛けさせないでよ。やつれてる
 し」
  実、言い返す。
実「母さんこそ何だよ、病気になるまでは心配
 なんてしてくれなかった癖に……っ」
玲子「ちょっと、何その言い方……!」
実「父さんだってそうだ。ずっと兄さんの事ば
 っかでさ、俺が兄さんに苦しめられた事は気
 にしてないだろ⁈」
洋二「そんな事はっ……!」
実「小さい頃から全部兄さん基準で決められ
 て、俺の話なんか聞いてくれなかったに!」
  実、玲子にわざと肩をぶつけて自室に逃げ
  込む。
  ドアノブに手を掛けた時、実は立ち止ま
  る。
  玲子と洋二、そして誠も悲しい表情を浮か
  べていた。
実「ごめん……」
  実、静かに自室に入る。

○団地 神谷家 実の部屋(夜)
  実、真っ暗な部屋で夢乃とメッセージでや
  り取りする。
  以下、画面上
実「母さんに薬絶った事バレた」
夢乃「何て言ってる?」
実「元気になる気あるの? だってさ」
  実、夢乃の返信を待つ。
夢乃「そう言われても仕方ないよ、お母さんだ
 って心配だろうし」
  実、表情に怒りが現れる。
  しばらく待ち落ち着いてから返信した。
実「そうだね、俺も大人げなかった」
  実、スマホを切る。
  そのまま眠りについた。

○アパート 松井家 ベランダ(深夜)
  夢乃、ベランダでタバコを吸いながらスマ
  ホで実とのトーク画面を見る。
  夢乃、タバコの火を消した。

○アパート 松井家 居間(深夜)
  夢乃、床で眠る新を起こさぬよう歩く。
  しかし床に散らばった空き缶を踏み音が鳴
  る。
夢乃「あ……」
新「うーん……」
  新、目を覚ます。
新「うるせぇなぁっ、あ……頭痛ぇ」
  新、夢乃を叩こうとするが頭痛。
夢乃「こんなに飲んだからでしょ……」
新「薬……無ぇ、買ってこい」
夢乃「ウチもう寝るんだけど」
新「俺ぁ動けねぇ、お前しかいねぇんだよ」
  夢乃、溜息を吐く。
夢乃「……分かったよ」
  夢乃、財布を取り中身を確認し再度溜息。
  そのまま玄関から出た。

○団地 神谷家 実の部屋(深夜)
  実、目を覚ます。
  腹の音が鳴り立ち上がる。

○団地 神谷家 居間(深夜)
  実、冷蔵庫を漁り夕食の残りのパスタを取
  り出す。
  レンジに入れるが音が煩いため温めず食べ
  た。

○団地 神谷家 居間(日替わり朝)
  実、無言で起きてくる。
  玲子、冷蔵庫を見て実に問う。
玲子「昨日の残り食べたでしょ、昼に食べよう
 と思ってたのに」
実「ごめん……」
  玲子、実の気の抜けた表情を見て引き下が
  る。
  実、誰とも会話せず黙々と準備をする。
  玲子、誠を起こしに行く。
  誠の部屋から声が聞こえる。
玲子「起きて、朝だよ」
誠「うーん……」
  誠、中々起きて来ない。
  玲子、居間に戻り実に頼む。
玲子「実お願い、誠起こして」
実「……はぁ、分かったよ」
  実、誠の部屋に向かう途中急ぐ洋二を見つ
  ける。
洋二「あぁ実、俺もう行かなきゃ」
実「……早いね」
洋二「ちょっと用がな、そっち済ませてから仕
 事行くよ」
  洋二、玄関に向かう。
  実、玄関から洋二の声を聞く。
洋二「お前の事もちゃんと見てるからな」
  洋二、そう言って家を出る。
  実、誠の部屋に入った。

○駅 改札口(朝)
  実、誠と共に駅に行くが無言で改札を通   
  る。

○電車(朝)
  実、満員電車で立ちながらイヤホンを付け
  ている。
  誠が人の足を踏んでしまい怒られているが
  無視した。

○精神科 療法室(朝)
坂口「ラジオ体操しますよー」
  利用者たち、立ち上がり間隔を開ける。
  実、夢乃がいない事を確認し立ち上がらな
  い。
坂口「実さん? どうしました?」
実「……俺は良いです」
  誠、実に触れようとするが手を引っ込め
  る。
  × × ×
  誠、利用者たちとカードゲームをするが実
  が気になる。
山本「実くん大丈夫? 元気ないけど……」
誠「うん、心配なんだ」
山本「松井さんも来てないしね……」
  夢乃、そこにやって来る。
  頬にはアザがあった。
夢乃「ごめん遅れたー」
  夢乃、実の隣に座る。
夢乃「おはよ実くん」
実「あぁ、どうも……」
夢乃「元気ないね、やっぱまた薬飲んでない
 の?」
実「うん……」
  実、夢乃の頬のアザをチラチラと見る。
夢乃「ちゃんと飲まなきゃダメだよ、親にも怒
 られたんでしょ?」
実「そうだけどさ、何なんだよ……今まで何も
 気にしてなかった癖に」
夢乃「両親も悔い改めてるんじゃない? 今ま
 で何もしてあげられなかったこと後悔してる
 のかもよ?」
実「でも……夢乃さんには分からないよ」
夢乃「何で? 後からでも心配してくれる親が
 いるのはいい事だよ」
実「今更だよ、鬱になってからじゃ遅い
 よ……! もう手遅れだ……」
夢乃「その言い方は無いよ、ウチらももう終わ
 りみたいじゃん」
実「くっ……」
  実、少し考えて言い返す。
実「実際俺はもう終わりだよ、こんなになって
 こんな所に来てもうマトモな職にも就けない
 っ」
夢乃「ちょっと……!」
  夢乃、大声で言った実を周囲を気にして静
  止する。
  実、自らの発言に気付く。
実「あ……」
  実、周囲からの視線に気付き顔を下げる。
  そのまま立ち上がった。
実「とにかく俺はもうダメだから、人生終わっ
 たんだよ……」
  実、療法室を出ていく。
  誠、追いかけようと立ち上がる。
誠「赤ちゃん!」
  夢乃、誠を静止した。
夢乃「もういいよ、あんなヤツ……」
  誠、夢乃の頬のアザが気になり手を伸ば
  す。
誠「……痛そう」
  夢乃、拒絶する。
夢乃「やめてよ……」

○帰り道
  実、俯きながら歩く。
  周囲を見渡すと幸せそうに生きる人々が目
  に入った。
実「っ……」
  実、腹の音が鳴る。
  視線を上げると以前働いていたスーパー
  が。
  実、俯きながら入店する。

○スーパー
  実、惣菜などをカゴ一杯に入れる。
  すると視線の先に障害者施設の人々が作っ
  た商品のコーナーがあるのを見つける。
  実、そのコーナーの前で立ち止まる。
  売られていたのは以前デイケアでやったよ
  うな箱詰めされたチョコだった。
  見た限り殆ど売れていない。
  そこで店長が現れ実に声をかける。
店長「あれ、神谷?」
実「あ、お久しぶりです……」
店長「元気なさそうだな」
実「まぁ、調子は良くないです……」
  店長、実が見ていたコーナーを見る。
店長「これ買うの?」
実「いえ、別に……」
店長「だよなぁ」
実「え……?」
店長「正直全然売れてないんだよ、それなのに
 置くためにこっちの金が掛かるしぶっちゃけ
 無駄なんだよなぁ……」
実「そう、なんですね……」
  実、より強いモヤが掛かった状態になる。
  店長が何か言っているが聞こえない。
店長「あれ、大丈夫?」
実「あ、はい……じゃあ帰ります……」
  実、カゴにある惣菜だけを買って帰った。

○団地 神谷家 実の部屋
  実、ベッドの上で惣菜を食べながらスマホ
  で障害者に関するスレを見る。
  以下、画面上
匿名1「生かすだけで金かかりすぎなんだよ」
匿名2「何の生産性もないような奴ら生かして
 何になるの?」
  実、惣菜を食べる勢いが増す。
  そのまま眠ってしまった。

○団地 神谷家 居間(日替わり朝)
  実、目を覚まし居間に出る。
  時計は朝5時を指している。
  実、吐き気を感じ口を押さえる。
  トイレに向かうが鍵がかけられていた。
  実、扉をノックする。
  中から洋二の声が聞こえた。
洋二「ごめん入ってる」
  実、吐き気を我慢できなくなり慌てて洗面
  所に駆け込む。
  滑って転んでしまい倒れながら嘔吐した。
  洋二、慌ててトイレから出る。
洋二「大丈夫か⁈」
  洋二、実を抱え吐瀉物から離す。
  玲子、音を聞きつけて起きて来る。
玲子「どうしたのそれ、大丈夫⁈」
  洋二と玲子、吐瀉物を片付ける。
  実、隅っこで蹲る。

○団地 神谷家 ベランダ(朝)
  実、タバコを吸う。
  洋二、ベランダに入り実に水と頓服薬を
  手渡そうとする。
洋二「これ飲みなよ」
実「……いらない」
洋二「いらないって訳にいかないだろ、飲んだ
 方がいい」
  実、嫌々受け取り頓服薬を飲む。
  洋二、実の隣に立つ。
洋二「……落ち着いたか?」
実「効果出るまで時間あるから」
洋二「そうか」
  しばらく沈黙。
  洋二、口を開く。
洋二「なぁ、俺たちのこと信用できないか?」
実「……だってずっと兄さんの事ばっかだった
 から」
洋二「そうだよな、ごめん」
実「何で兄さんの世話で大変なのに俺なんか生
 んだのさ? 手伝わせるため?」
洋二「そんな訳ないだろ。やっぱさ、子供は可
 愛いものだから……」
実「えぇ……?」
洋二「誠もお前も俺たちの可愛い息子だ、だか
 らあんまし構ってやれなかったの後悔して
 る」
  洋二、実の顔をしっかり見る。
洋二「だから俺たちのせいだ、ごめん」
実「謝らないでよ、もう俺はこんなになっちま
 ったから遅い……」
洋二「俺はもう遅いだなんて思いたくないぞ、
 だからちゃんと薬も飲んで良い方向に行って
 欲しい」
実「でも実際そうじゃん、こんなになって良い
 方向なんて無理だ……」
洋二「何でそう思うんだ……?」
実「だって世間は許してくれない。生産性もな
 いのに税金無駄遣いして、皆んな煙たがって
 る……!」
洋二「例えば誰がそう言ってる?」
実「ネットではしょっちゅう書き込まれてる 
 よ、正直もう沢山だ……」
洋二「……それって誰だ?」
実「匿名だから分からないけど……」
洋二「じゃあお前の事も知らない相手だろ? 
 何でそんな人の言葉気にする?」
実「でも……」
洋二「少なくとも俺はお前や誠が生まれた時は
 凄い嬉しかった。障害があるって分かった時
 は焦ったけどさ、大切だから何とかしてやり
 たいって思ったよ。少なくとも税金の無駄だ
 なんて思った事はない」
実「それは……」
洋二「知らん奴より知ってる人の言葉に耳を傾
 けて欲しいもんだな、それともお前には知っ
 てる人で誰も信用できる相手はいないか?」
実「あ……」
洋二「俺たちじゃなくても良い、直接話し合え
 る相手で誰か信用できる奴の言葉を聞いてみ
 ろ。俺たちも出来る事は頑張ってみるから」
  実、洋二の顔をジッと見つめた。
  洋二、優しく微笑む。
洋二「そこで一つ提案なんだけどデイケアの所
 に前々から相談してた話が上手く進みそうな
 んだ」
実「え、そんな事してたの?」
洋二「俺の職場で仕事体験してみないか? 病
 院側もOKしてくれたんだ」
実「うーん……」
  実、俯いてしまう。
  洋二、実の肩を優しく叩く。
洋二「ちょっとずつで良いから一歩進んでみよ
 う」
  実、タバコの火を消す。

○街中 ミニシアター ホール(数日後)
  実、小さな映画館の裏方でドリンクを用意
  する。
  夢乃や誠、坂口の姿もあった。
実「コーラMサイズです」
  従業員の澤田(30)に渡す。
澤田「はいどうも、ではこちらセットになりま
 す」
  澤田、実が淹れたコーラを受け取り客に渡
  す。
  澤田、客足が落ち着いたタイミングで実に
  問う。
澤田「どう? 大変かな?」
実「これくらいなら大丈夫です」
澤田「良かった、無理に接客はしなくて良いか
 らね」
実「はい、ありがとうございます」
澤田「オーナーも君の事ずっと心配してたから
 これで元気になってくれれば嬉しいよ」
実「はい……」
  実、夢乃が通るのを見つける。
実「あ、夢乃さん……」
  しかし夢乃、無視して通り過ぎる。
澤田「なんかあったの?」
実「前にちょっと酷いこと言っちゃって……」
澤田「じゃあもうすぐ休憩だしそこで話してく
 れば? ちゃんと謝る事も仕事に繋がるから
 ね」
実「はいっ」
  実、休憩に向かう。

○街中 ミニシアター 休憩室
  実、スマホを弄る夢乃を気にする。
  夢乃、流石に気付いた。
夢乃「何、チラチラ見て」
実「いやあの、謝りたくて……」
夢乃「別に良いよ、ただウチ悲しかっただけだ
 から」
実「うん、そうさせちゃった事を……ごめん」
夢乃「……」
  しばらく沈黙。
  夢乃、口を開く。
夢乃「いいよ、ここに誘ってくれた時点でもう
 良いかなって思ってたし。実クンも前と変わ
 って見える」
実「そ、そう? よかった……」
  夢乃、鞄に手を突っ込み紙切れを取り出
  す。
  それを実に渡した。
  実、受け取る。
  それは斉藤和義のライブのチケットだっ
  た。
夢乃「はいこれ」
実「え、これ……! いいの?」
夢乃「渡すタイミング探ってたんだけど……ど
 うかな? 一緒に行きたい」
  実、チケットを握りしめる。
実「うん、行こう絶対」
夢乃「よかった」
  夢乃、一息つく。
夢乃「ライブのためにも一緒にこの体験頑張
 ろ? ビクシガも美味しくなりそうだし」
実「うん……!」

○街中 ミニシアター ホール
  実たち、仕事を熟していく。
  洋二や澤田、坂口も関心した表情を浮かべ
  る。

○街中 ミニシアター ホール(数日後)
  実、仕事をしているとある客に目が止ま
  る。
  重度の自閉症を抱えている女性とその母親
  だ。
女性「うっ……」
母親「ほら行くよ、怖くないから!」
  女性、スクリーンに入るのを拒む。
  母親、無理やり手を引く。
  女性、床に座り込み拒絶した。
  他の客は迷惑そうにしている。
母親「もう、大丈夫だって! せっかく休み取
 れたのに勿体無いでしょ?」
  女性、そのまま母親に無理やりスクリーン
  に連れて行かれる。
  他の客もそちらをジッと見ていた。
  実、心臓の鼓動が速まり震える。
  そこへ洋二がやって来る。
洋二「実、どうした?」
  実、洋二を見た。
実「いや、何でもない……」
  × × ×
  実、仕事が上手くいかない。
  注文を間違えたり飲み物を溢したり。
澤田「急にどうした、大丈夫?」
実「大丈夫です……」
澤田「……そろそろ休憩だから先行ってきな」
実「はい……」
  実、その場を離れる。

○街中 ミニシアター 休憩室
  実、ソファに座りながら震える。
  洋二、心配そうにやって来た。
洋二「どうした、何かあったか?」
実「いや、何でも……」
洋二「話してみろ?」
実「……うん」
  実、口を開く。
実「障害者っぽい人がスクリーンを怖がって
 て、多分親に無理やり連れて来られたんだと
 思う。それで逃げてたら他の人が迷惑そうに
 してて……」
洋二「それで何でお前が震えてるんだ?」
実「迷惑だって思われるのが怖くて……やっぱ
 り俺たちもそんな風に見えてるのかなって思
 うと……悲しくなった。だって自分は嫌なの
 に無理やり連れて来られて怖がってたら迷惑
 だなんて……」
洋二「お前はその人が可哀想に思えたんだな」
実「そ、そうなのかな……怖いだけかも」
洋二「でも前進だろ、前はそんな事言わなかっ
 ただろうに」
実「……うん」
洋二「優しくなったな」
  その言葉を受け実の表情は柔らかくなる。
  実、自分から薬を摂取した。
洋二「よし、この調子だぞ」

○街中 ミニシアター ホール
  実、澤田に話しかける。
実「すみません、今日俺ちょっと役立たずかも
 知れません」
  澤田、笑顔で答える。
澤田「その上そこそこ忙しいもんね、それに俺
 もまだ長くないしお互い様だよ」
  実、少し口角が上がる。
  × × ×
  実たち、少しずつ仕事をこなして行く。
  実、退勤後に"中華まんセール"の旗が掛け
  られたコンビニを見つける。
  しかし実、唾を飲みその場を後にした。

○街中 ミニシアター 休憩室(数日後)
  実、誠、夢乃、坂口がソファに座ってい
  る。
坂口「今日で最後だったけどどうでした?」
実「いい経験になったと思います」
坂口「それなら良かった」
  洋二、入室しそれぞれに小袋を渡す。
洋二「はいこれ」
  実、中を見ると金が入っていた。
実「え、これ……」
坂口「ちょ、困りますこんな……」
洋二「俺からのちょっとした気持ちですよ、せ
 っかく働いてくれたし何より前よりちょっと
 元気になったように見えるからその感謝で」
  坂口、渋々金を受け取り微笑む。
坂口「そういう事でしたら有り難く受け取りま
 す、でも私まで……」
洋二「いつも息子たちをありがとうございます」
坂口「あはは……」
洋二「その金で何か美味いもんでも食べて下さ
 い、打ち上げがてらね」

○街中 ファミレス(夜)
  実、夢乃、誠、坂口、席について食事す
  る。
  誠、無言で食べ続ける。
坂口「ここで良かったんですか?」
  実、夢乃を指し言う。
実「一緒にライブ行く事になって、グッズとか
 買うのにお金取っときたくて」
坂口「え、それって院外交流……」
  一瞬、沈黙。
坂口「まぁいっか、今回だけですよ。後は卒業
 してから」
実「はい、ありがとうございます」
  実と夢乃、優しく微笑む。
誠「あ、あー……」
  誠、スパゲッティのミートボールを落とし
  てしまう。
  口もソースだらけだった。
実「あーあ、気を付けろよー」
  実、誠の口をナプキンで拭く。
  坂口、その姿を見ていた。
  実、その視線に気付く。
実「え、何すか?」
坂口「ふふ、何でもないです」
夢乃「多分褒めてんだよ」
実「えぇ、何処が……」
  実、頬を赤くする。
夢乃「あ、赤くなってる! 恥ずかしいんだ!」
実「いいだろ別にっ……」
  坂口、そのやり取りを微笑んで見ていた。

○街中 ファミレス 喫煙所(夜)
  実と夢乃、タバコを吸う。
夢乃「はぁぁ美味い、最高のビクシガだね」
実「うん、飯の効果もあってか倍増されてる」
夢乃「ここ喫煙所あって良かった、最近減って
 ばっかだから」
実「マジでどこにも無いよね」
夢乃「だからこそ有り難みってのがあるよねー」
  夢乃、吐く煙で輪を作る。
実「おぉ凄い、俺それ出来ないんだ」
  実、そう言いながら二本目に火をつけてジ
  ッポライターの蓋をスタイリッシュに閉め
  る。
夢乃「いや今のも凄いよ、ウチ逆にそれ出来な
 い」
実「確かにちょっと練習したな、でもコツ掴め
 ば簡単だよ」
  実、夢乃にジッポライターを手渡す。
夢乃「こう? あれ……」
  夢乃、実のように出来ない。
実「はは、もっと慣性を効かせる感じで」
  実、夢乃に分かりやすいようにやってみせ
  た。
夢乃「あ……」
  夢乃のスマホが揺れる。
  新から着信が来ていた。
  夢乃、無視した。

○アパート 松井家 居間(夜)
  夢乃、帰宅。
  新、いきなり夢乃を殴る。
  夢乃、倒れ込む。
夢乃「痛っ、何……?」
新「お前どこ行ってやがった、俺の飯どうすん
 だ?」
  夢乃、立ち上がる。
夢乃「それはごめん、でもせっかくだから……」
新「何がせっかくなんだ?」
夢乃「皆んなにご飯誘われたから行って来た
 の!」
  新、夢乃の髪を掴む。
新「ガイジ共とか? 何勝手な事してやがる、
 俺の金で生きてる分際で!」
  新、夢乃を突き飛ばす。
  夢乃、顔を上げる。
夢乃「ウチが稼いだお金だから! 自分でやっ
 たんだから良いでしょ⁈」
  新、顔色が変わる。
新「は? お前が稼いだってか?」
夢乃「そうだよだから良いじゃん!」
新「証拠は? 見せてみろ?」
  新、夢乃の鞄を漁る。
夢乃「ちょっと!」 
  夢乃、止めようとするが新に突き飛ばされ
  る。
  新、小袋を見つける。
新「マジでありやがった、結構入ってんじゃね
 ーか」
  新、札を数える。
  夢乃、札に手を伸ばす。
夢乃「返して!」
  新、返さない。
新「チッ、働いて稼いだならお前もしっかり納
 税しなきゃな」
  新、財布に夢乃の札を仕舞う。
  夢乃、唇を噛む。
  そのまま駆け出し家を飛び出した。
新「おい待ちやがれ!」
  新、追いかけようと外に出る支度をした。

○団地 神谷家 居間(夜)
  実、窓から外を見ている。
  大粒の雨が降り注いでいた。
実「ん?」
  スマホが震える。
  実、画面を見ると夢乃から電話が来てい
  た。
実「もしもし?」
  実、応答する。
  夢乃、震えた声で話した。
夢乃「今どこ……?」
実「え、家だけど大丈夫……?」
夢乃「お願い迎えにきて……」
  実、少し間を空けて動き出す。
  急いで支度した。

○駅 改札口(夜)
  実、待っていると夢乃が改札を通る。
  夢乃、雨に濡れていた。
実「っ……」
  実、夢乃の姿を見て驚く。
  頬は赤く腫れていた。
実「とりあえず家行こうか……」
  実、夢乃に傘を差し出した。

○団地 神谷家 居間(夜)
  夢乃、シャワーを浴びている。
  神谷家、その間無言で待っていた。
  夢乃、シャワーから上がる。
  玲子、声を掛けた。
玲子「サッパリした? それサイズ合ってたか
 な?」
  夢乃、玲子から借りた服を来ていた。
  半袖のその服によりこれまで隠れていた腕
  のリストカット跡が露わになる。
夢乃「はい、ありがとうございます……」
  夢乃、玲子に案内されソファに座る。
  洋二、心配そうに声を掛けた。
洋二「酷い親父さんだな……こんな事のために
 お金渡したんじゃないのに」
  実、話しかけられない。
  誠、実の横を通り夢乃に水を差し出す。
誠「これ、悲しい時は薬飲むんだよ」
  夢乃、水を受け取り頓服を飲む。
誠「元気でた?」
夢乃「うん、ありがと」
  実、その様子を見つめている。
  × × ×
  玲子、電話をしている。
玲子「はい、はい。お願いします……」
  玲子、電話を切る。
  夢乃に寄り添い告げる。
玲子「今警察に事情話したから、窓口通してく
 れるって」
夢乃「ありがとうございます……」
  夢乃、不安を語る。
夢乃「でも今後の生活が心配です、今までずっ
 と父さんに頼って来たから……もしこれで逮
 捕されたとしても生きて行けるか……」
玲子「大丈夫よ、今はそういった人達の福祉も
 しっかりしてるから。怖いかもだけど心配し
 ないで」
夢乃「はい……」
  すると夢乃のスマホに通知が。
  新からのものだった。
  以下、画面上
  × × ×
新「何でこんな団地にいる?」
新「出てこい、外で待ってる」
  × × ×
  一同、驚愕。
玲子「何でここが……」
洋二「スマホにGPSでもつけられてんのか?」
  夢乃、震える。
  玲子、夢乃の肩を触る。
玲子「行っちゃダメよ、警察に来てもらうから」
  しかし通知は鳴り止まない。
  夢乃、その度に震えが増す。
  実、見ていられず上着を羽織る。
洋二「おい実⁈」
実「警察来るまでこの状態はキツイよ……」
  実、傘を持ち玄関から外に出る。
  一同、慌てて着いて行く。

○団地 外観(夜)
  新、傘をさし外で立つ。
  神谷家と夢乃、傘を持ち建物から出て来 
  る。
新「あんたら誰だ? 娘を返せ」
  一同、黙る。
新「何とか言えよ、喋れねぇのか?」
  洋二、前に出る。
洋二「もうやめてやってくれないかな? 俺だ
 ってあんたのために金を渡したんじゃない」
新「何だ雇い主か。とにかく娘を返せ、誘拐罪
 で訴えるぞ」
玲子「この子凄い怖がってます、警察にももう
 相談しました……!」
新「勝手な事しやがって……これは俺たち親子
 の問題だ、あんたらに関係ねぇ」
  新、前に出て夢乃の手を無理やり引く。
新「おらぁ、帰るぞ」
夢乃「嫌だ、やめて……!」
  夢乃、拒絶する。
  洋二、割って入る。
洋二「おいやめろ!」
  新、洋二を突き飛ばす。
  洋二、雨で濡れた地面に倒れる。
  団地の住人、物音を聞きつけ窓から顔を出
  す。
玲子「大丈夫⁈」
  玲子、洋二を心配する。
  新、その隙に夢乃を無理やり連れて行く。
誠「あ、あ……」
  誠、自身の頭を叩き震える。
誠「うわぁぁぁっ!」
  誠、新に向けて走り出す。
  そのまま押し倒し上から覆い被さる。
新「てめっ、やめろっ……」
  誠、雨に濡れながら新を何度も殴る。
  団地の住人、急いでスマホのカメラを構え
  る。
誠「ううっ!」
  実、慌てて駆け出し誠を止める。
  誠、止まらない。
実「おいやめろ、もう良いからっ……」
  夢乃、涙を流しその様子を見ていた。
  警察、そこに到着し誠を取り押さえた。

○警察署(夜)
  神谷家と松井家、取り調べを受ける。
  その際、実は方針状態だった。
  × × ×
  実、自身の取り調べが終わった後、誠の様
  子を見ていた。
  警官から話を聞いている。
誠「うぅー……」
  誠、自身の頭を叩く。
玲子「それやめなさい、落ち着いて」
  警官、家族に話す。
警官「今日はご帰宅頂いて結構です。今後は定
 期的にこちらに来て頂く事になりますのでよ
 ろしくお願いします」
玲子「はい、すみませんでした……」
  神谷家、警察署を後にする。
  実、まだ話が続き残されている夢乃が心配
  だった。

○団地 神谷家 居間(数日後)
  実、スマホで夢乃とやり取りをしている。
  以下、画面上
  × × ×
実「証拠不十分って……」
夢乃「一応被害届は出したしこれから捜査とか
 あるみたいだけどそれまでキツいよ……色々
 時間かかるみたい」
  × × ×
  実、文字を打つ手が止まる。
  しばらくして夢乃から再度メッセージが届
  く。
  以下、画面上
  × × ×
夢乃「ごめんね心配かけて、でもありがとう」
  × × ×
  実、慌てて夢乃に電話を掛ける。
  しかし応答は無かった。

○アパート 松井家 居間
  新、荒れている。
新「あークソッ!」
  夢乃、スマホの録音アプリを起動する。
  しかし音で新にバレてしまう。
新「お前、今録音しようとしたな? 俺をムシ
 ョ送りにする気かやっぱ!」
  新、夢乃のスマホを取り上げ叩き割る。
夢乃「あぁっ……」
新「チッ……」
  新、夢乃を何度も殴る。
  夢乃、キッチンに叩きつけられ溜まった洗
  い物が飛び散る。
夢乃「くっ……」
  夢乃、新の頬を引っ掻き反撃。
新「いてっ……」
夢乃「うわぁぁっ」
  夢乃、怯んだ隙に何度も新を叩くがすぐに
  新は殴り返して来る。
新「ふざけやがって!」
  夢乃、何度も殴られ蹴られる。
  その時、無意識に飛び散った洗い物の中か
  ら包丁を拾い上げていた。
  そして新の腹部を刺す。
新「ぐふっ……」
  新、腹部から流れる血を見て震える。
  夢乃、包丁を持ち立ち上がる。
夢乃「うわぁぁぁっ!」
  そのまま勢い任せに新に馬乗りとなり何度
  も包丁で刺した。

○団地 神谷家 ベランダ(夜)
  実、タバコを吸いながら夢乃とのメッセー
  ジを見返す。
  あれから何件も送っていたが未読のまま。

○団地 神谷家 居間(夜)
  実、ベランダから戻る。
  洋二と玲子、テレビを見て愕然としてい
  た。
  実、テレビを覗き込み持っていたスマホを
  落とす。
  以下、画面上
  × × ×
キャスター「殺害の容疑で逮捕されたのは松井
 夢乃容疑者。市内のアパートで口論になった
 際、犯行に及んだ模様です」
  × × ×
  実、膝から崩れ落ちる。
  落ちたスマホには夢乃とのやり取りが映さ
  れていた。

○団地 神谷家 居間(数日後)
  玲子、ソファに座る実に話しかける。
玲子「買い物行って来るから、誠と待ってて」
実「うん……」
  玲子、家を出る。
  実、死んだような目でスマホを見ている。
  障害者に関するスレを見ていた。
  以下、画面上
  × × ×
タイトル「ガイジの凶暴性、明らかになるww」
  一番上に誠が新に馬乗りになり殴る動画が
  載せられている。
匿名1「ガチでやばい」
匿名2「この知能のやつが大人になったら誰も
 手ぇ付けられんよ、施設はよ」
匿名3「これは植松案件」
匿名4「近所なんだけどこの人マジで何してく
 るか分からなくて怖かった」
匿名5「家族も大変だろ、さっさと施設ぶち込
 んどけ」
匿名6「この後殺された人でしょ? 障害者に
 振り回されて可哀想に」
  × × ×
  実、スクロールする指が止まらない。
  その度に貧乏ゆすりが速くなり冷や汗が流
  れる。
  すると誠の部屋からドタッと大きな音が鳴
  る。
  実、急いで駆け出す。

○団地 神谷家 誠の部屋
  実、駆けつける。
  床に寝る誠、倒れた椅子、更にその近くに
  は輪の作られた縄跳びが落ちていた。
  実、それを見て状況を察し誠を起こす。
実「あぁぁ何やってんだ……っ」
  誠、起き上がり縄跳びを手に取ると輪を首
  に掛けようとした。
誠「うぅぅっ」
実「やめろって!」
  実、力づくで止め縄跳びを放り投げる。
  そのまま誠を強く抱きしめ涙を流した。
誠「迷惑だから……迷惑かけてる……っ」
  誠、自身の頭を何度も叩く。
実「そんなの良いんだよっ、もう良いからっ」
  誠、少しずつ頭を叩く力が弱くなり最後に
  は叩くのをやめた。
  そのままぎこちなく実を抱きしめ返す。

○精神科 療法室(翌日)
  デイケア利用者たち、無理やりテンション
  を上げようとカードゲームをしている。
  実と誠、その中にいるがテンションは低
  い。
林田「では次は実さんの番です」ら
実「うん……」
  実、カードを持つが行動できない。
山本「何とかテンション上げてこうよ、ここで
 は楽しくやりたいな」
  実、仕方なくカードを出すが負ける。
  山本、カードを集めシャッフルをする。
山本「じゃあ2回戦やります?」
  実、立ち上がる。
実「……俺はいいや」
  実、そのまま席に座った。
  × × ×
  サイコドラマの時間が始まる。
  利用者たち、円を描くように座る。
  岩井、仕切る。
岩井「では今日もサイコドラマやっていきま
 す、どなたかやりたい方いますか?」
  沈黙。
  山本、誤魔化すように手を挙げる。
山本「じゃあはい」
岩井「では山本さん」
  山本、過去の仕事での鬱憤をサンドバッグ
  にぶつける。
  続いて他の利用者たちもまるで夢乃の話題
  を避けるように自身の話をしていく。
実「っ……」
  実、拳を握り震える。
  岩井、時計を確認する。
岩井「では今回はこの辺で……」
  実、割り込み手を挙げる。
実「すみませんっ、やっぱ俺も良いですか?」
岩井「でも時間だから次回……」
実「お願いします」
  岩井、実の真剣な目を見る。
岩井「ではどうぞ」
  実、岩井から新聞の棒を受け取りサンドバ
  ッグの前に立つ。
岩井「では何かテーマありますか?」
  実、岩井が言い切る前にサンドバッグを新
  聞の棒で殴った。
岩井「おおっと……⁈」
  岩井、慌ててサンドバッグを押さえる。
  実、何度も殴る。
実「ふざけんなよっ、俺たちのこと何も知らな
 い癖にっ!」
  利用者たち、驚く。
実「ようやく前に進める所だったんだよ、なの
 に自分らが進めてないからって引き摺り込も
 うとしやがって!」
  実、表情が険しくなって行く。
実「そりゃ迷惑だよ俺たちみたいな奴はさぁ! 
 でもちゃんとそれを理解して変わろうとして
 んだよ! やっと、やっと変われたってのに
 邪魔しやがって!」   
  実、想いが溢れる。
実「お前らが足引っ張るせいで変わる機会が奪
 われてその結果またお前らから反感食らうん
 だよ、お前らも原因なんだよっ!」
  実、デイケア利用者たちの方も向く。
実「皆んなもそうだ、夢乃さんとあんなに仲良
 かったのに話題避けるようにしてさ。もっと
 向き合わなきゃいけない問題だろ!」
  実、涙を流し続けた。
実「課題が違うだけで精一杯生きてんだよ、必
 死に喰らい付いてんだよ! それを理解して
 寄り添ってくれる人もいんのに、否定すん
 な!」
  利用者たちの中には目に涙を浮かべる者も
  いる。
実「俺たちは俺たちで幸せになろうとしてんだ
 から邪魔すんじゃねぇ!」
  実、その言葉と共に力一杯新聞の棒を振り
  下ろす。
  サンドバッグにぶつかった後、新聞の棒は
  ボロボロになり解けた。
実「はぁ、はぁ……」
  実、息を切らして立ち尽くす。
  利用者たち、実に小さな拍手を送った。

○道内 留置所 面会室(数日後)
  実、夢乃と面会する。
夢乃「弁護士とか看守さんも同情してね、よく
 してくれてるの。何とか刑が軽くなるように
 だって」
実「そっか、まぁ良かったよ」
夢乃「でも大丈夫かな? もしこれで早く出れ
 たとしても世間は許してくれない……」
  夢乃、ポタポタと涙を溢す。
  実、優しく微笑んだ。
実「多分大丈夫だよ」
夢乃「何で……?」
実「俺たちがいるよ。敵がいるのは生きるのっ
 てそーゆーもんだし、その分味方もいるか
 ら」
  夢乃、実の優しさを噛み締める。
夢乃「実クンがそう言ってくれるなんてね」
実「意外?」
夢乃「ううん、本当に優しくなったよ」
実「愛なき時代に生まれた訳じゃないからね」
夢乃「ふふ、斉藤和義だ」
  看守、時間を告げる。
看守「そろそろ時間です」
  夢乃、最後に実に告げる。
夢乃「渡したいものあるんだ、後で看守さんか
 ら受け取って」
実「うん、分かった」
夢乃「そしたら誘ってあげてね」

○道内 留置所 外観
  実、渡された斉藤和義の2枚目のチケット
  を見ながら決意を固めた。

○道内 ライブ会場
  実、人で溢れたライブ会場で慌てる誠の手
  を引く。
実「大丈夫、楽しいから」
  誠、笑顔で頷く。
  会場、暗くなる。
  客の歓声が上がる。
  幕が上がり斉藤和義が現れ演奏を始めた。
  × × ×
  ライブは中盤に差し掛かる。
  斉藤和義はウクレレを持つ。
  実と誠、しっかり見ている。
斉藤和義「こちらウクレレなんですけどギター
 という曲を」
  そして演奏が始まる。
  × × ×
淋しい時にはギターを弾こうよ
下手でもいいから願いを込めて
悔しい涙も虚しい怒りも
冷たい嘘も忘れてしまうから

大人にだって晴れた夜を
子供にもっとまぶしい扉を

指先がちょっと痛いけど
その気になってもっと掻き鳴らそう
Yeah Yeah Yeah
迷路の終わり
  × × ×
  実、目に涙を浮かべながら隣で聴く誠の肩
  にそっと手を乗せた。

  (了)

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