牧野 美津衣 (41) ……ゲストハウス「糸」を経営
大川原 浩平 (26) ……美津衣と同棲
牧野 悠輔 (8) ……美津衣の息子
角南 隆 (38) ……民生委員。牧野家担当
角南 一佳 (36) ……隆の妻。民生委員
芦田 誠 (38) ……隆の友人。「糸」の常連
寺内 茜 (26) ……浩平と肉体関係を持つ
◯ゲストハウス「糸」・居間
昼食後。食べ終わった皿と安っぽい缶ビール、おつまみが並んだ大きめのちゃぶ台がある。
チーズを乗せた豆腐にごま油をかけたおつまみを食べている大川原浩平(26)。
胡坐をかいて浩平のおつまみをつつく芦田誠(38)。
芦田 「絶対美味いですわ、それ」
浩平 「食べてください(角南にも)どうぞ」
膝に手を置いて座っている角南隆(38)、箸を手に取り、
角南 「すいません、いただきます(食べて)美味しいです」
色褪せて破れたもんぺを縫っている牧野美津衣(41)も箸を持って、
美津衣 「私も頂こ」
芦田 「(悠輔に)短うしても男前やね」
牧野悠輔(8)、照れて美津衣を見る。
美津衣 「右側ちょっと切り過ぎたんですけど(と悠輔の髪を触る)」
浩平 「襟足もう少し切った方がいいんじゃない?」
と、襟足を触るふりをして、悠輔の首元をくすぐる。
悠輔 「キャハハ(と声を上げて笑う)」
はずみで、箸が床に落ちる。浩平、箸を拾って、ふっと息を吹きかけて机に戻す。
芦田 「(美津衣に)今日やっぱり泊まりますわ」
と、バタッとその場に寝転ぶ。
浩平、空いた皿を持って立ち上がる。
美津衣 「(浩平に)あ、ありがと」
奥のスタッフ用の台所に入って行く浩平。
それを目で追う角南。
角南 「……」
美津衣 「角南さんはどうされますか?」
浩平の声 「悠、手伝って」
悠輔、台所へ走って行く。
角南 「僕はもうすぐ」
芦田、起き上がって、
芦田 「タバコ(角南に)吸う?」
角南 「俺は大丈夫」
芦田、出て行く。
美津衣 「(角南に)またよかったら来てください」
角南 「あ、はい」
裁縫している美津衣と、ビールを飲んでいる角南。二人きり。
角南 「あの」
美津衣 「はい」
角南 「一緒に住まれてるんですか?」
美津衣 「浩平ですか?」
角南 「はい」
美津衣 「そうですね」
角南 「そうですか」
間。
角南 「ダメですよね。彼氏さんがいて、母子手当受け取るの」
美津衣 「はい?」
角南 「母子手当、受け取ってると思うんですけど」
美津衣 「あの、ごめんなさい、えっと」
角南 「あ、すみません、いきなり。私、民生委員をしてまして、この家の担当になりました」
美津衣 「……彼氏ではないです」
角南 「一緒に住まれてるって、今」
美津衣 「住んでますよ。でも、それだけです」
角南 「居候ではないですよね。彼氏さんにしか見えないんですけど」
悠輔、台所からやってくる。
美津衣 「悠、買い物行こっか」
悠輔 「ママ、パパが呼んでる」
美津衣 「……すぐ行くって言ってきて」
と、お尻をポンと叩く。悠輔、出て行く。
美津衣 「……育ててるからパパです」
角南 「だったら尚更、受け取れません。このままだと支給停止になります」
美津衣 「いきなりそれは、困ります」
角南 「浩平さんがここに住んでいる以上、難しいです。住んでなければ、まだ分かりませんが」
美津衣 「出て行けば、彼氏じゃなくなるんですか」
角南 「支給は継続されると思います」
美津衣 「……」
角南 「どうされますか?」
美津衣 「……」
浩平、やってきて、
浩平 「茜ちゃんのとこ行ってくるわ」
美津衣 「あ、じゃあ(立ち上がって)これ持って行って」
と、ハチミツを渡す。
美津衣 「このハチミツ好きだから、茜ちゃん」
浩平 「うん。あと、ごめん、ドミトリーのシーツまだ替えれてない」
美津衣 「いいよ、やっとく。今日、帰ってくる?」
浩平 「悠が寝る前には」
角南に会釈して、出て行く浩平。
見送った美津衣、机の缶ビールを片付けながら、
美津衣 「浩平と身体の関係を持つ人です、茜ちゃんは」
角南 「はい?」
美津衣 「(黙々と片付ける)」
角南 「どういう関係ですか、それ。というより、美津衣さんがそれに気付いてること、浩平さんは知ってるんですか?」
美津衣 「知ってるも何も、浩平が教えてくれましたから」
角南 「え、待ってください……ちょっと分からないんですけど、いいんですか、そんなこと許して」
美津衣 「私たちは分かってますから、ちゃんと。浩平も茜ちゃんも私も」
◯温泉旅館・一室(夜)
和室に置かれたベッドの上で、ティッシュを処理している角南と、下着をつけている妻の角南一佳(36)。
角南 「どう考えてもセフレだよな」
一佳 「でも知り合いなんでしょ? 三人とも。そんなセフレ聞いたことないよ」
角南 「いや、するってことは、どれかだろ? 夫婦か彼女かセフレか。それでいくと」
一佳 「まあセフレになるのかな、わかんないけど。どっちにしても報告書書いちゃってね、私の担当してるとこも大変だから、なるだけ早く」
下着をつけた一佳、シーツに潜る。
角南 「よく分かんないのがさ、なんか楽しそうなんだよ。お互いに安心してるっていうか」
一佳 「なんでそれで安心するの」
角南 「おかしいよな」
一佳 「まあそもそも相手が二人いる時点でおかしいけどね。普通、一人とちゃんとするもんだし」
下着を履く角南。一佳、シーツをまくって、角南が入ってくるスペースを空ける。
だが、角南、立ち上がって浴衣を羽織り、
角南 「もうひとっ風呂行ってくるわ。せっかくなんだから行ってきたら? こんな温泉、記念日くらいしか来れないんだし」
と、出て行く。
一佳、まくったシーツを元に戻して、寝返りを打つ。
一佳 「……」
◯糸・スタッフルーム(夜)
物に囲まれた狭い部屋に敷かれた布団で寝ている浩平と悠輔。
美津衣、やってきて、二人を見てクスッと笑う。
悠輔、足を布団から投げ出して大の字で寝ている。浩平も全く同じ格好で寝ている。
美津衣、二人の足に布団をかける。二人を見つめて、
美津衣 「(小さい声で)おやすみ」
と言って、ふすまを閉めて出て行く。
ふすまの閉まった音で目を覚ます浩平。
◯同・居間(夜)
電話している美津衣。机の上には、電卓と通帳が置かれている。
美津衣 「うん、ワンルーム。そうだね、うちから近い方がいいかな。そう、浩平。いや違う違う、ケンカしてない。敷金礼金は、できればないと嬉しいんだけど……まあそうだよね、高くなっちゃうよね……」
外から足音が聞こえる。
美津衣 「うん、ありがと。じゃあ、ごめんね遅くに。おやすみなさい」
と、切る。
浩平、豆乳を持ってやってくる。通帳を見て、
浩平 「どう、今月は?」
美津衣 「え?」
浩平 「養育費」
美津衣 「振り込まれてなかった」
浩平 「また?」
美津衣 「うん。まあしょうがないね」
浩平 「ギリギリじゃない? お金」
浩平、豆乳パックを直接口づけして飲む。
美津衣 「まあ、でも大丈夫、って、ちょっと」
浩平 「コップ面倒くさいから」
美津衣 「悠も飲むんだから、それ」
浩平 「悠もこうやって飲んでるよ」
美津衣 「ちょっとやめてよ」
浩平 「昼、何話してたの? 角南さん、だっけ」
美津衣 「なんで?」
浩平 「え、なんでって、気になるじゃん」
美津衣 「そう? 私たちのこととか」
浩平 「それだけ?」
美津衣 「……うん」
浩平 「え、何?」
美津衣 「え?」
浩平 「その微妙な感じ、何? 気になるわ」
美津衣 「気になんないでしょ。悠、寝てる?」
浩平 「寝てるよ。ママの場所空けて寝てる」
美津衣 「ははは」
浩平 「悠、待ってるよ」
と、出て行く。
出て行く浩平を見つめる美津衣。
美津衣 「……」
◯同・居間(朝)数日後
浩平が悠輔にひらがなを教えている。
浩平、ひらがなプリントを指して、
浩平 「これは、つ」
悠輔 「つ」
浩平 「これは、く」
悠輔 「く」
浩平 「これは、え」
悠輔 「え」
浩平 「(机を指して)これは?」
悠輔 「くつえ」
浩平 「なんでやねーん」
と、倒れる。
悠輔 「あ、じゃあ、テーブル!」
浩平 「それは、正解」
◯同・ベランダ(朝)
洗濯物を干している美津衣。
ウルトラマンのTシャツを手に取る。元の色は白だが、少し青みがかっている。
美津衣、居間に向かって、
美津衣 「ごめん、悠、色移っちゃった」
浩平、やってきて、
浩平 「あー」
と、Tシャツを手に取る。
続いて、悠輔、やってくる。
浩平 「悠、問題です。ジャジャン。ウルトラマンのTシャツは何色でしょう」
悠輔 「サーガ? メビウス? セブン?」
浩平 「えっと……」
美津衣 「(浩平に)サーガ」
浩平 「サーガ!」
悠輔 「えっと、白!」
浩平 「白……ですが、なんと魔法をかけて、青になりました!」
悠輔 「おー!」
と、喜ぶ悠輔。浩平も一緒になってはしゃぐ。
美津衣、ふと外に目を向けると、玄関先に女性が立っている。一佳だ。
◯同・玄関(朝)
の扉を開ける美津衣。
一佳 「牧野さんのお宅ですか?」
美津衣 「はい、そうです」
一佳 「角南と申します。以前、主人がお邪魔しました」
美津衣 「あ、はい……じゃあ、ここで話すのも何なので、散らかってますけど」
と、中へ招こうとする。
一佳 「あ、ここで大丈夫です。ちょっとお伺いしたいことがあるだけなので」
美津衣 「じゃあ(上がり框を指して)ここ座ってください」
と言って、自分はビールケースに段ボールを敷いて座ろうとする。
一佳 「すみません(と座って)あ、詰めるので、こちらに座ってください」
美津衣 「いえ、座れば何でも椅子ですから」
× × ×
お茶を飲んでいる美津衣。一佳はほとんどお茶に手をつけていない。
一佳 「え、ちょっとどういうことなのか、よく……」
美津衣 「もう、ここには住んでないんです、浩平は」
一佳 「今、お茶を持ってきてくださったのって」
美津衣 「浩平です。あ、いえ、住民票を少し前に移したんです。だから、もう住んではないんです。まあ、たまに寝泊まりしてますけど、うちはゲストハウスなので」
一佳 「え、ちょっと待ってください。住民票を移しただけで、ここには前と同じように来て過ごしてるということですか?」
美津衣 「まあ、そういうことになりますね」
一佳 「いや、さすがに、それは」
美津衣 「やっぱり支給は止まりますか?」
美津衣、居間から出てきた悠輔が見えて、
美津衣 「悠、ごめん、お茶のポット持ってきてもらえる? 冷蔵庫にある」
悠輔 「はーい(と取りに行く)」
美津衣 「(一佳に)ごめんなさい」
一佳 「いえ。まあ、住んでなければ、生計は別ということなので、停止にはならないかもしれませんが、ただ、こう、なんでしょう」
美津衣 「はい」
一佳 「いや、あの、例えばですよ。小学校でも、眉毛に前髪がかかったらダメってありますよね。あれで髪が長くて注意されたから、次の日にオールバックにしてきましたみたいな。眉毛にはかかってませんよみたいな。それって」
美津衣 「その発想は中々ですね、素敵です」
一佳 「それは短く切れということですよね、つまり」
美津衣 「まあそもそもは、不快にならないようにということなので、誰も不快にならないなら、いいのかなって。オールバックが悪いわけじゃないですし」
一佳 「先生は不快かもしれません」
美津衣 「そうしたら、前髪だけちょっと結んでみたりして、お茶目に」
一佳 「どんな髪型ですか、それ」
美津衣 「何て呼ぶんですかね。ちょっと分からないですけど。まあそれは何でも」
一佳 「浩平さんと美津衣さんも、お二人が不快に思ってないから、いいということですか?」
美津衣 「はい?」
一佳 「あの、主人から聞いたんですけど」
美津衣 「あ、茜ちゃんのことですか?」
一佳 「はい」
美津衣 「まあ私たちは、今のところ、この形がいいと思ってるので。嫌になったらまた変えていきますし」
一佳 「変えていくというのは」
美津衣 「二人がいいと思う形にです。嫌なままは嫌ですから」
一佳 「……」
浩平、ポットを持ってやってくる。
美津衣 「(浩平に)あ、ありがと」
と、立ち上がるが、玄関のチャイムが鳴る。
美津衣、扉を開けると、郵便配達員が立っている。
配達員 「牧野さんですか?」
美津衣 「はい」
配達員 「こちらにサインお願いします」
と、ペンと配達証を渡す。
美津衣、サインして、郵便を受け取る。
配達員 「どうも、失礼します」
美津衣、扉を閉めて、
美津衣 「(浩平に)ごめん、ちょっと机に置いてきてもらえる?」
浩平 「(受け取って)市役所から?」
一佳 「え?(郵便を見て)ちょっと開けてもらってもいいですか?」
浩平 「今ですか?」
一佳 「はい」
手で破いて開ける浩平。書類を取り出して開く。
書類には、「児童扶養手当 支給停止通知書」の文字。
固まる三人。
浩平 「え、なんで?」
一佳 「ごめんなさい、もしかしたら、主人が報告書を」
美津衣 「そうですか。そしたら、何かいい方法、一緒に考えてもらえますか?」
一佳 「……」
お茶を飲む美津衣。
(了)
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