短編ドラマ脚本
『干し芋』
著:[夕凪]
短編ドラマ『干し芋』
【登場人物】
テル(70代)
寡黙で、強く、優しい。誇りを背中で語る人。
節子(幼少期/大人)
祖母の背中を見て育ち、大人になってその意味を知る。
千代(幼少期/大人)
節子の親友。こういちの妹。日常を共にした友達。
こういち(幼少期/大人)
ガキ大将。群れの先頭に立つが、内側には小さな良心が揺れている。
悪ガキたち
生きるために必死だった子どもたち。
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0 ナレーション(冒頭)
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● ナレーション(大人の節子)
「昭和三十年ごろ。
町はまだ昨日の続きを生きていた」
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1 外・テルの家・冬の朝
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白い息。湯気の立つ蒸し器。
テルが芋を洗い、蒸し、薄く切って軒先に並べる。
幼い節子が縁側で見ている。
そこへ千代(幼少)が駆けてくる。
千代(幼少)
「せっちゃん、遊ぼ!」
節子(幼少)
「うん。でも、ばあちゃんの手伝い終わってからね」
千代はテルに向かって元気よく頭を下げる。
千代(幼少)
「おはようございます!」
テルは小さく頷き、節子の肩にショールをそっとかける。
節子(幼少)
「ばあちゃん、あったかい」
テル
「……そうかい」
千代はその様子を見て、少し羨ましそうに微笑む。
● ナレーション(大人の節子)
「一緒にいるだけで安心できて、
その背中がそこにあるだけで、
世界がちゃんと回っている気がした」
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2 外・軒先・夕方
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干し芋が減っている。テルは静かに見つめるだけ。
節子と千代(幼少)が帰ってくる。
節子は減った芋に気づき、ふと立ち止まる。
千代も視線を追うが、何も言わず隣に立つ。
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3 内・居間・夜
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節子が祖母の背中を見つめている。
テルは黙々と芋を切っている。包丁の音だけが響く。
節子(幼少)
「ばあちゃん、手……痛いの?」
節子はそっとテルの手を包み、小さくさする。
テルは一瞬驚き、ふっと表情を緩める。
テル
「……おや。節子がさすってくれたから、痛くなーい」
節子は嬉しそうに笑う。
テルは節子の頭を軽く撫でる。
● ナレーション(大人の節子)
「ばあちゃんは、強かった。
でも、その強さの奥には、いつも優しさがあった」
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4 外・町の路地(夕方)
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こういちや悪ガキたち。空腹で寒さに震えている。
こういち(幼少)
「……腹、へったな」
悪ガキA
「今日も……ある」
こういちは一歩前に出る。
こういち
「行くぞ」
子どもたちは軒先へ。干し芋を一枚ずつ取る。
その瞬間──家の奥に、人影が“あった”。
動いたのか、ただ立っていたのか、見ていたのか分からない。
子どもたちは走り去る。
こういちは一瞬だけ振り返るが、もう何も見えない。
こういちの表情に、ほんのわずかな違和感が残る。
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4−2 外・路地裏(直後)
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悪ガキたちが息を整えながら芋を分け合う。
悪ガキB
「バレてないよな?」
悪ガキA
「誰もいなかったって」
こういちは少し離れた場所で立ち尽くす。
手がわずかに震えるが、誰にも見られたくない。
わざと大げさに大口で芋にかぶりつく。
こういち
「……ほらよ。うまいじゃねえか」
声は平静で余裕すら漂うが、
胸の奥に小さなざわめきが生まれている。
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5 外・テルの家・翌朝
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節子と千代が並んで座っている。
テルは残った一枚を節子の皿に置く。
節子(幼少)
「ばあちゃんの?」
テル
「節子のだよ」
千代は少し羨ましそうに笑う。
テル
「千代にも、あとで蒸したのをあげるよ」
千代(幼少)
「ほんと?」
節子と千代は顔を見合わせて笑う。
● ナレーション(大人の節子)
「ばあちゃんは、誰にでも優しかった。
でも、私には少しだけ特別だった気がする」
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6 外・町の風景(季節の移ろい)
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・雪の日、節子がテルの袖を握る
・晴れの日、干し芋を並べるのを手伝う
・風の日、節子がテルの背中に隠れる
● ナレーション(大人の節子)
「ばあちゃんの背中は、私の居場所だった」
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7 内・居酒屋・夜(現代)
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こういち(大人)
「なあ、覚えてるか。
お前のばあちゃん、毎日芋を干してたろ」
節子
「覚えてるよ。毎日だった。
なくなっても、また次の日には干してあった」
こういち
「……あれな。
俺たちが食ってたんだ」
節子は言葉の意味がすぐには分からない。
こういち
「あの頃、腹が減ってどうしようもなくてさ。
軒先の芋は、いつでもあった」
こういちは少し目を伏せる。
こういち
「影があったんだよ。
見てたのかどうかは分からないけど……
あれは“気づいてる人の影”だった」
悪ガキB
「俺たち、ずっと“バレてない”と思ってたのに……
違ったんだな」
千代(大人)は静かに節子の手を握る。
こういち
「お前のばあちゃんのおかげで、
俺たちは飢えをしのいで、生き延びたんだ。
今こうして生きてるのは、あの干し芋のおかげだ」
節子の中で、あの日常の風景が違う意味を持って立ち上がる。
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8 外・帰り道・夜
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節子と千代が並んで歩く。
千代(大人)
「……せっちゃんのばあちゃん、すごい人だったね」
節子
「うん……。
あんなふうに誰かを助けてたなんて、知らなかった」
千代は節子の手を握る。
千代
「でも、優しい人だったってことは……
ずっと知ってたよね」
節子は静かに頷く。
節子
「うん。
ばあちゃんは……そういう人だった」
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9 外・軒先(回想)
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夕陽の中、干し芋が揺れる。
テルの背中は、まっすぐ。
● ナレーション(大人の節子)
「——あの干し芋は、
テルばあちゃんだったのだと、
私は、ずいぶん時を経て、ようやく知った」
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ラストショット
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干し芋が風に揺れる。
静かな余韻。
フェードアウト。
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