【南のシナリオ大賞・大賞】オルガニストを探しに ドラマ

【第15回南のシナリオ大賞・大賞受賞作】 長崎から都内の大学に進学したばかりの今井(19)には、片思いしている女性がいる。 それはサークルの先輩である凉子。しかし彼女にはひどい虚言癖があって……。 悲しい過去と温かな未来を、波の音が繋いでいく。
荻 安理紗 6 0 0 02/19
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第一稿

【第15回南のシナリオ大賞・大賞受賞作】
『オルガニストを探しに』 荻 安理紗

登場人物
 今井(19)
 凉子(20)
 原田(21)

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【第15回南のシナリオ大賞・大賞受賞作】
『オルガニストを探しに』 荻 安理紗

登場人物
 今井(19)
 凉子(20)
 原田(21)

「オルガニストを探しに」あらすじ
 浮かれた大学生たちが、湘南の海で遊ん
でいる。そのなかの一人が今井だ。長崎県五島市から、都内の大学に進学して初めての夏休み。今井はサークルの部員と海に遊びに来ていた。彼には気になる女性がいる。サークルの先輩である凉子だ。
 凉子は奇妙な虚言癖があった。自分の父親と出身地について、妙な嘘を繰り返すのだ。今井は凉子の虚言癖の下らなさを指摘してしまう。傷ついて走り去る凉子。困惑する今井。サークルの先輩である原田は、凉子の虚言癖の原因を今井に教える。
 凉子は、津波で行方不明になった父親を、空想の世界でなんとか生かそうとして嘘を重ねていたのだ。夜の浜辺で並んで座る、今井と凉子。今井は凉子のために一つの空想を語る。凉子の父は五島の教会で、パイプオルガンの演奏をしているという物語だ。夜の海が、二人の幻想を見守る。(終)

【本文】
   波の音。
   蝉の声。
   はしゃぐ人々の声。

今井「(大声で)原田さん! ビールです」
原田「(遠くから)サークルの人数分、買(こ)う
 てきたかー?」
今井「(大声で)6缶パック、3つも買いま
 したー。ぬるくなるんで、一回海から上
 がってくださーい」
凉子「今井くーん。そのビールはダメ」
今井「(驚いて)りょ、凉子さん。沖の方に
 いると思ってました」
凉子「泳ぐの疲れちゃった」

   缶ビールを開ける音。

凉子「あたしのパパ、ビール会社の社長な
 の。だから他社のビール飲んじゃダメ」

   ゴクゴクと飲む、喉越しの音。

今井「とか言いながら飲んでるし!」
凉子「ライバル会社のだけど美味しいー」
今井「ってか、先週の飲み会だと父親はピ
 アニストって言ってましたよね?」
凉子「言ってなーい。ダメだよー。新入部
 員が先輩に口答えするの」
今井「先輩なら先輩らしく、嘘ばっかつく
 のやめてください!」
凉子「これだから一年生は。大学生の上下
 関係の厳しさを分かってなーい!」
今井「夏は海行って、冬はスノボするだけ
 のサークルに厳しさ必要ですか?」
凉子「……今井くんってマジレスばっか」
今井「えっ」

   砂浜を歩いてくる音。

原田「泳ぎすぎて、ホンマ喉渇いたわー」
   缶ビールを開ける音。

原田「東京の海ってええもんやなぁ」
凉子「原田―。ココ湘南だから神奈川だよ」
原田「埼玉、千葉、神奈川は東京や!」
今井「括りが雑すぎます」
凉子「関西人って大阪南港で泳ぐのー?」
原田「凉子のアホ! あんな汚いトコで泳
 げるわけないやろ!」
凉子「大阪の人って、スグにアホって言う」
原田「東京の大学の奴はスカしとんなぁ」
今井「俺たち全員、東京の大学生ですよ」
原田「ええツッコミ。今井も飲みぃや」

   缶ビールを開ける音。

原田「ほれ」
今井「未成年飲酒なのでダメです」
原田「買(こ)うてくるのはええんかい」
凉子「今井くん、ちょっと真面目すぎー」
今井「九州男児は硬派なんです!」
原田「確かアレよな。自分、長崎出身やっ
 け?」
凉子「いいなー。毎日ちゃんぽんと皿うど
 んかー」
今井「毎日は食べません!」
原田「おやつはいつもカステラなんやろ?」
今井「そんなに食べません。じゃあ大阪人
 のおやつは毎日たこ焼きなんですか?」
原田「アホか。たこ焼きはご飯や」
凉子「えー。おやつだよー。あたしの地元
 の福岡だとねぇ。明太子とチーズたっぷ
 り入れるんだー」
今井「……凉子さん」
凉子「なに?」
今井「この間、東京生まれ東京育ちのシテ
 ィーガールって言ってましたよね?」
凉子「うそーん」
今井「山手線内側育ちって言ってました」
凉子「そうだっけ?」
今井「その前はロサンゼルス出身の帰国子
 女って自慢してました」
凉子「記憶にないない」
今井「何でそんな下らないことばかりで嘘
 つくんですか? みっともない」

   大きな波の音。

凉子「(不機嫌に)……下らないことなら、
 嘘ついたっていいでしょ」
今井「(驚いて)……え?」
原田「(慌てて)おい、凉子」
凉子「疲れたから、ホテル帰って休むね」
今井「あの、え、その」
凉子「ビールありがと。今井くん」

   砂浜を走り去っていく音。

今井「(大声で)凉子さん!」
原田「ええ、ええ。ほっといてやれ」
今井「でも」
原田「凉子のホラ吹きも大概やしな。ゴメ
 ンな。嫌な思いさして」
今井「その、凉子さん、なんで」
原田「……またあとで話すわ。(大声で)お
 ーい! 泳いでる奴ら! ビールぬる
 なるぞ! はよ取りに来い!」

   コオロギとスズムシの声。
   静かに打ち寄せる波。
   砂浜を歩いてくる音。

今井「……凉子さん」
凉子「あ、今井くん……」
今井「ずっと浜辺に座って、夜の海眺めて
 たんですか?」
凉子「いい景色でしょ。隣座る? どうぞ」
今井「……失礼します」

   砂浜に座る音。
凉子「あたし達、カップルみたいー(笑う)」
今井「あの、すみませんでした」
凉子「何が?」
今井「その、昼間のこと」
凉子「ああ……」
今井「俺、色々知らなくて」
凉子「(遮って)原田に聞いたの?」
今井「……はい」
凉子「あのお喋り野郎めー。聞かされても
 困るよね」
今井「そんなこと」
凉子「あたしが宮城出身でさ。パパが震災
 の津波で行方不明のままだなんて」
今井「……ホントにすみません」
凉子「なんでそっちが謝るの? 悪いのは
 嘘つきのあたしだもん。……ゴメンね」
今井「凉子さん……」
凉子「みんな、そんな顔になっちゃうんだ。
 本当のことを知ると」
今井「今の俺の顔?」
凉子「うん。その傷ついた顔。真実は人を
 傷つけるよね。嘘の方がマシ」
今井「……優しいんですね」
凉子「ぜーんぜん。逆。あたしが周りの優
 しさに甘えてんの。原田やサークルのみ
 んなを、下らない嘘に付き合わせてる」
今井「下らなくないです」
凉子「……下らないよ」

   風が吹く音。

凉子「他人を騙し通す気もない、コロコロ
 変わる嘘はダメなんだよ」
今井「ダメだとしても、俺は凉子さんの嘘、
 嫌いじゃないです」
凉子「なんで?」
今井「うーん。なんかキラキラしてて」
凉子「多分、それ、あたしの希望がつまっ
 てるから。自分の出身地やパパの職業に」
今井「希望かぁ」
凉子「頭の片隅のどっかで思ってんの。パ
 パはまだ生きてるって。だって遺体、見
 つかってないんだよ?」

   遅いかかる津波の音。

凉子「大きな大きな津波に飲まれて」

   嵐でうねる海の音。

凉子「嵐の海に投げ出されても」

   男性が息継ぎを繰り返し、泳ぐ音。

凉子「パパは必死に泳いで」

   男性が激しく呼吸をする。
   海から浜辺に上がる水音。

凉子「どこかの陸にたどり着くの」
今井「それって東京や福岡やロサンゼル
 ス?」
凉子「そう! そして」

   ピアノのメロディ。

凉子「得意だったピアノか」

   ビールをグラスに注ぐ音。

凉子「好きだったビールを極めて」
今井・凉子「ピアニストかビール会社の社
 長になってる!」
凉子「(笑う)」
今井「(笑う)」
凉子「もう一度この世界でママと巡り合っ
 て、また私が生まれてるの」
今井「地球上のどこかで、3人が幸せに暮
 らしてるんですね」
凉子「SFっぽい馬鹿な妄想かな?」
今井「妄想なんかじゃないと思います」
凉子「……どうして?」
今井「だって『ありえない』だなんて、誰
 にも言えないじゃないですか」
凉子「今井くん……」
今井「凉子さんは自分のことを嘘つきだっ
 て言ってるけど、俺は違うと思います」
凉子「そうかな」
今井「考えつくだけの可能性を、話してい
 るだけです。きっと」
凉子「(ゆっくりと)かのうせい」

   静かな波の音。

今井「俺にも一つの可能性が見えました」

   男性が息継ぎを繰り返し、泳ぐ音。

今井「必死に海を泳ぎ続けた凉子さんのパ
 パは、ある島に辿り着いたんです」
凉子「どこ?」
今井「長崎県の五島列島。小さな島が沢山
 並んでいて、そのうちの一つが俺のふる
 さとです」
凉子「(笑って)毎日カステラは食べない
 島?」
今井「(笑って)たまには食べます」
凉子「それでパパは? どうなったの?」
今井「ある楽器に出会い、魅了されました」

   パイプオルガンの重音。

今井「パイプオルガンです。五島の各島に
 は教会があって、弾き手が不足している
 パイプオルガンがいくつか存在してい
 ます」

   パイプオルガンがド、ミ、ソと鳴る。

今井「凉子さんのパパは、ピアノの技術を
 活かして、あっという間にオルガンの演
 奏をマスターしました」

   パイプオルガンの短いメロディ。

今井「今では立派なオルガン奏者です」

   パイプオルガンのミサ曲。

今井「色々な島の教会に呼ばれ、ミサや結
 婚式のために音を奏でています」

   教会の鐘の音。

今井「結婚式の鐘の音を聞くたび、凉子さ
 んのパパは思います」

   パイプオルガンが奏でる、ワーグナ
   ー『結婚行進曲』の冒頭。

今井「『凉子の結婚式では俺が演奏するん
 だ』と」

凉子「……パパ」
今井「これが俺に見えた一つの可能性です」
凉子「……聞いてみたいな。パパの演奏」
今井「……俺も」
凉子「パパは五島列島のどこかにいるかも
 しれないんだね」
今井「はい」
凉子「……連れてってくれる? いつかそ
 こに。パパを探しに」
今井「もちろん」
凉子「もし、見つけられなかったら?」
今井「何年でも一緒に探します」
凉子「……言ったね?」
今井「(笑う)」

   静かに打ち寄せる波の音。
                 (終)

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