「プロのレスラー」
人物
金子清春 (30)プロレスラー
本田保明 (25)同右 清春の同期
山本虎雄 (55)真日本プロレス副社長
キャロライン無我 (48)プロレスラー
金子哲治 (60)清春の父、真日本社長
エビル斉藤(55)プロレスラー
実況AB(男性)
医師
看護師
若手レスラーたち
男性客AB
レフェリー
〇先楽園ホール 中 (夜)
中央にリング。まばらな観客席。
リング上、アマレスの衣装を身に着けた金子清春(30)と髭面でタップリお腹のエビル斉藤(55)がプロレスの試合をしている。互いの隙を見つけようと見合う。
リングサイド実況席、実況A(男性)が声を荒げる。
実況A「父の遺志を継いでアマレス界から転
身し、この5試合、いずれも6分以内の勝
利を手にしている金子清春!今宵も短期決
着を見せるのかぁ!どうですか?解説の山
本さん、金子の今日の調子は?」
実況Aの横に座る山本虎雄(55)。
山本「顔がねぇ、いい顔してますよ」
実況A「あの・・・調子のほうは?」
山本「父親譲りというか、負けん気が強そう
っていうか、彼のお父さんはね人気者のレ
スラーでしたから、ほんとに顔がね、いい
・・・」
清春、斉藤に向かってタックル。
実況A、山本のしゃべりを遮り、
実況Aの声「おーっとここで金子!アマレス
仕込みのタックルで斉藤をテイクダウーン
!そのまま腕を捻り上げて行くのかぁ!」
清春、リングに倒れる斉藤の上にかぶさり腕ひしぎ逆十字の体勢に入る。
悲鳴を上げる斉藤、耐えきれずタップ
する。
実況Aの声「エビル斉藤たまらずタップぅ!
今宵も6分以内の勝利だぁ」
レフェリーが清春の手を持ち掲げる。
誇らしげに微笑む清春。
山本の声「ダメだぁ、こんな試合ダメだぁ」
静かな会場の雰囲気に気付く清春。
会場の声「エビルーよくやったぁ」
ヨロヨロと立ち上がる斉藤。
清春の口元。
清春「勝ったのは俺だよ」
会場の声「エービール、エービール」
清春、コーナーポストに登り叫ぶ。
清春「勝ったのは俺だーーー!」
会場内、ブーイングに変わる。
○同 入場口 (夜)
十数階のビル。一階入口上部に『先楽園ホール』の光る文字看板。
入口ガラスドアに内側から貼られた『
真日本プロレス』のポスター。
奥から警備員が歩いてきてポスターを雑に剥がし歩いて行く。
〇タイトル
ポスターを剥がした後、入口ドアのガラス戸に浮かぶ。
T・『プロのレスラー』
○東京都立総合医療センター 外観 (夜)
20階ほどのビル。入口上部に『東京
都立総合医療センター』の文字。
○同 廊下 中 (夜)
『809号室』と『金子哲治』のプレ
ート。
○同 哲治の病室 中 (夜)
電気が消された個室。
ベッドに上半身を起こして座っている
金子哲治(60)。
ベッドサイドテーブルに立つタブレッ
ト。タブレットの明かりが哲治の顔を
照らす。苦虫を噛み、左腕を挙げよう
とするが上がらない。右手でタブレッ
トを掴み壁に投げつけたあと、ドサッ
とベッドに仰向けになる。
床に落ちたタブレット、画面が割れて
いる。タブレットから聞こえる声、
山本の声「ダメだぁ、こんな試合ダメだぁ」
〇先楽園ホール 選手控室前 廊下 (夜)
ドアに『選手控室』の張り紙。
中からパイプ椅子が投げつけられるけたたましい音がする。
〇同 中 (夜)
腕を押さえながらパイプ椅子に座り息 を荒げる斉藤。
若手レスラーたちと頭一つ低い本田保
明(25)が立ち尽くす。
床に転がる倒されたパイプ椅子。
斉藤「清春を呼んでこい!清春を!本田!」
本田「は、はい!」
本田、慌てて入口に走る。ドアノブに 手をかけた瞬間、ドアが開く。
試合中の姿のままタオルで体を拭きながら入ってくる清春。
清春を睨みつける斉藤。
清春「おっつかれぇ」
清春、辺りを見回し転がっていたパイプ椅子を拾って置き直し座る。
水を打ったように静まりかえる控室。
斉藤「(清春に向かって)おい!」
清春、斉藤を一瞥。
斉藤「どういうつもりだ」
清春「何が?」
斉藤「チッ、決め技をあんなに早く出すって
のはどういうことかって聞いてんだよ!ア
マじゃねぇんだ!俺たちゃプロだぞ!分か
ってんのか!」
清春「知らねぇよ」
斉藤「なんだと!」
斉藤、立ち上がり清春に飛びかかろうとする。制しようと慌てて斉藤に飛びつく本田と若手レスラーたち。
斉藤「もう一度言ってみろ!アマレスのチャ
ンプだかなんだか知らねぇがぶっ殺してや
る!」
清春「強いもんが勝って、弱いもんが負ける
それの何が悪いの?考えが古いんだよ、だ
から客も入らねぇ。あーあぁ、勝利気分が
台無し、シャワー浴びて帰ろーっと」
立って入口ドアに歩く清春。ビッコを引いている左足。
清春の左足を見つめる本田。
斉藤の声「あの歓声聞いてねぇのか?」
清春、ドアノブにかけた手が止まる。
斉藤の声「お前にはあったか?あの歓声が」
清春、鼻で笑いドアを開け出て行く。
〇同 控室前 廊下 中 (夜)
ドアが開き清春が出てくる。
清春「強けりゃいいんだよ強けりゃ」
〇東京都立総合医療センター 哲治の病室
中
ベッドで横になっている哲治。
ドアが開き入ってくる山本。
山本「哲さん、どう?調子は?」
哲治「ああ、なんでもねぇ、いつでも復帰し
てやるよ」
山本、ベッド脇の椅子に座る。
山本「ははっその意気、その意気。鬼魂(お
にだましい)復活も近いか!出たービクト
リーのVサイン、鬼魂ここにありーってな」
山本、左手でVサインを作り掲げる。
哲治「・・・」
山本「ま、まぁ少しの間養生しようや」
戸棚に立てかけられた画面が割れたタブレット。
山本「あいつ、清春、一回くらい見舞いに来
たの?」
哲治「・・・」
山本「来てない、かぁ」
山本、ふとタブレットが目に入り、
山本「昨日の試合観た?清春の。俺が送って
やったやつ。昔の哲さんにそっくりだよ」
哲治「観てない。俺はあんなクソみたいな試
合したことはねぇ」
山本「(意地悪そうに)あんな・・・ねぇ、
このタブレットなんで割れてんの?」
哲治「・・・」
山本「まぁいっか、あっ、これ事務所から持
ってきたよ。悦子さんの写真。一人じゃ寂
しいだろうと思ってさ」
山本、カバンの中から金子悦子(享年54)の写真が入った写真たてを取り出す。
哲治「余計なことしやがって、死んだ女房の
写真なんかあってもなんの役にもたたねぇ」
山本「あっそう、じゃあ持って帰るな」
山本、写真たてを取ってカバンにしまおうとする。
哲治「いいよ、置いとけ」
山本「へっ?いらないんでしょ?」
哲治「いいから置いとけって!」
山本「へいへい」
山本、写真たてをサイドテーブルに置く。写真たてには微笑む悦子の写真。
哲治「それより、資金繰りの方はどうなんだ」
山本「心配すんなって、そんなこといいから
病気に専念して」
哲治「そうか、わかった」
山本「哲さん戻るまでは持ちこたえるから」
〇真日本プロレス道場 外観
4階建てビルの1階。入口の外にスナックにあるような看板が置いてある。
看板には『真日本プロレス』の文字。
〇同 中
中央にリングがあり、周りには筋トレの機材やマットなどが置いてある。
リング脇でスクワットをする本田。
リング上、エビル斉藤が若手レスラー
を投げ受け身の練習をさせている。
斉藤「いいか、受け身をしっかりやっとけよ」
若手レスラーたち「はい!」
斉藤、チラッとリング脇に目をやる。
リング脇、古めかしいローテーブルとソファが置かれている。足を投げだしプロレス雑誌片手にソファに座る清春。
舌打ちをする斉藤。
若手レスラー「お願いします!」
雑誌をみる清春。
プロレス雑誌、小さな記事に『おしい
!エビル斉藤ここにあり!』の文字。
清春、リング上の斉藤を見やる。
斉藤との試合の歓声が蘇る。
試合の歓声「エビルーよくやったぁ、エービ
ールー、エービールー」
清春「チッ」
清春に気付いて近寄ってくる本田。
本田「清春さん!お疲れさまです。来てたん
ですか?」
清春「ああ、つーかお前、さっきからスクワ
ットばっか何回やってんの?」
本田、指を折りながら、
本田「えっと、んっと、3千!、いや、4千
かな?えっと・・・」
本田、再度指折り数え出す。
清春「もういい、いい、よくそんなにできん
な、飽きねぇの?」
本田「いえ、僕、背ちっちゃいし、力ないし、
人一倍練習しないと皆さんに追いつけない
ので」
清春「練習なんかしても無駄だよ、レスリン
グはセンスだ。センスのないヤツはいくら
練習してもムダ。試合で勝つのは奇跡だな」
本田「はい、そうですよね、分かってます。
でも、昨日の僕より少しでも皆さんに近づ
ければそれでいいんです。奇跡は起こすた
めにあるんですもん」
一瞬気圧される清春。
本田「清春さんも練習一緒にやりましょ」
清春「けっ、練習なんかしねぇよ、しなくて
も強いから」
本田「そうですよね!なりたいなぁ、清春さ
んみたいに。僕ね、清春さんのお父さん、
哲治さんに憧れて・・・『倒れても立ち上
がる、何度でも』・・・くぅ〜痺れますぅ」
入り口ドアが開き入ってくる山本。
一同「お疲れ様です!!」
山本「お疲れさん!外にバス来てるぞ」
一同「はい!」
斉藤と一同、ジャージを着て入り口から出て行く。
本田、お辞儀していた頭を上げ、
本田「じゃ、清春さん今度スパーしましょ」
本田とすれ違いに清春のところへ歩いてくる山本。
山本「キヨ!お前は行かないのか?」
清春「行かねぇよ、めんどくせぇ」
山本の背後でガチャガチャ音がする。
振り向く山本。
バッグにダンベルを引っ掛け、気づか ず引っ張っている本田、ダンベルを引きづりながらドアから出て行く。
清春「(山本と目を合わせ)あいつ大丈夫?」
山本「はははっ、さあな、でももし俺が勝利
の女神なら、一番にああゆうヤツに惚れる
だろうな」
鼻で笑う清春。
山本「キヨ、練習嫌いのお前が練習か?」
清春「バカ言わないでよ、前を通っただけ」
山本「お前そのタメ口直せよ、ガキのころか
ら知ってる俺だからいいけど」
清春「じゃあ、いいじゃん」
山本「・・・ったく、練習しないなら、哲さ
んの見舞いにでも行ってやったらどうだ、
行ってないんだろ?割れてたぞタブレット」
清春「タブレット?」
山本「お前の試合見て頭きたんだろう。んで、
壁にドーンってな」
清春「・・・」
山本「あんな風になった親父の姿は見たくな
い・・・か?」
清春「そんなんじゃねぇよ・・・(リングを
見つめながら)・・・山さん、強けりゃい
いんだよな?」
山本「さぁ、どうだろうな?・・・本田に聞
いてみろ、お前ら入ったの同期だろ」
清春「けっ、意味わかんね」
入り口ドアが開き、ドラッグクィーンの出で立ちのキャロライン無我(48)が入ってくる。
無我「(大きく鼻で息を吸い)う〜〜ん、相
変わらず辛気臭い空気ねぇ、私がいた頃と
ちっとも変わんない。でも、嫌いじゃない
わね男たちの汗、このスメ〜ル」
山本「今じゃオカマでヒールの人気レスラー、
キャロライン無我様じゃねぇか、何しに来
た?」
無我「あらぁ山さん、お久しぶり!元気?じ
ゃなさそうね。今度ウチとの対抗戦の相手
を選びに来たの、ガンガンにおっ勃ってる
若手をね、でもぉ誰もいないのね」
山本「ああ、ファンの集いに行ってるよ」
無我「あらぁ、時代遅れの真日本プロレスに
ファンなんていたの?」
山本「ああ、いるさ、お前がいた頃からずっ
ーっとウチのファンがな」
無我「あら、そう、そんな昔のことなんか忘
れちゃったわ」
清春「山さん、対抗戦ってなんだよ?」
山本「ああ、お前には言ってなかったけどな、
次の興行は人気団体『ストロンゲスト』の
胸を借りる」
清春「マジか!親父には聞いたのか?」
山本「いや、聞いてない。聞いても『うん』
とは言わんだろ、他団体のリングに上がる
んだからな」
清春「だからって、そんなみっともないこと
すんのかよ!」
山本「悪いがな、今までのペースじゃ単独で
興行が打てないんだ。年内に単独で打てる
のはあと2、3回ってとこだ。それでも興
行だけは続けないとな、ファンが待ってる」
無我「説明はその辺でいいかしら?山さん、
考えてくれた?例の件」
清春「例の?」
山本「こいつらストロンゲストの親会社はラ
イズアップって言ってな、どこかのフィッ
トネスクラブみたいな名前だが、スマホの
ゲームでクソほど金を持ってやがる。で、
キャラで哲さんを使いたいんだとよ」
無我「超人気キャラだもんね」
山本「無我、興行とキャラの件は別だ、それ
こそゲームなんか哲さんが許さねぇ、承諾
はしねぇよ」
無我「あらっそう、なんなら真日本ごと買え
ちゃうんですけど、まっいいわすぐでなく
っても。で、山さん、誰を出すの?」
山本、親指で清春を指差し、
山本「こいつだ」
清春「えっ!俺?」
無我「あーら、哲さんの一人息子、清春ちゃ
んじゃな〜い。小さい頃覚えてる?私のお
っぱいにしゃぶり付いてたの」
いきり立ちソファから立ち上がる清春。
無我「うわぁ、しかもすんごいおっ勃ってそ
う、イケメンだし、ギッタギタにしがいが
あるわね」
山本、飛びかかろうとする清春を制するように肩を持ち、
山本「無我、まぁそう言うことでよろしく頼
むな」
無我「そうね、私たちも楽しみにしてるわ、
じゃね」
無我、出入り口から出て行く。
○焼き鳥屋 龍 外観 (夜)
小さな間口。通気口からもうもうと出る煙。店先にぶら下がった提灯に『龍』の文字。
〇同 中 (夜)
L字のカウンターだけの店内。
入り口付近に座る商店街の店主風の男性客AB。
奥で酒を飲む清春と山本。男性客ABからは清春たちは見えない。
清春「山さん、俺はやらねぇよ。なんであん
なカマ野郎の口車に乗るんだよ、金で真日
本を捨てたヤツだろ?真日本のマットは親
父と山さんが守ってきたんだろ?」
清春、ジョッキのハイボールを煽る。
山本「俺はお前が一番に乗っかると思ったけ
どな、古いんだろ?真日本は」
清春「・・・それとこれとは話が別だろ。(
独り言で)俺がなんのために真日本に入っ
たと思ってんだよ」
山本「それよりお前、珍しく落ち込んでたみ
たいじゃねぇか、俺には親父が浴びてたよ
うな歓声がないってか」
ハイボールを飲もうとした手が止まる
清春。
山本「ははっ!勝ちまくってる俺になんでみ
んな振りむかねぇんだ!ってな」
清春、ジョッキを煽る。
山本「キヨ、なんでお前の親父が毎試合大歓
声を浴びるレスラーだったか分かるか?」
清春「さぁね」
山本「だから、アマレスのチャンプ、甘チャ
ンなんだよ」
不服そうな清春。
山本、清春の肩を叩き、
山本「まっ、ゆっくり考えることだな」
男性客Aの声が聞こえる。
男性客Aの声「4丁目の道場あるだろ?プロ
レスの」
男性客Bの声「ああ、哲治さんのだろ?」
清春、焼き鳥を一本取り上げる。
男性客Aの声「経営がヤバいらしいよ」
男性客Bの声「だろうな、今どきプロレスな
んか見ないもんな、昔は真日本もゴールデ
ンタイムとかでやってたんだけどな」
清春、焼き鳥を口に入れようとした手 が止まる。
男性客A「今度よ、ストロンゲストのキャロ
ライン無我と対抗戦やるらしい」
男性客B「ストロンゲストとは無理だろ。あ
っちの方が実力がありそうだもんな、カマ
掘られて終わるんじゃないか?」
笑い合う男性客AB。
男性客ABの横に立つ山本。
山本に気づいて怯える男性客AB。
男性客AB「や、山さん!い、た、の?」
山本「肉屋、魚屋いつも新鮮なのありがとな。
あとは・・・(ニヤリとして)知らねぇよ」
山本、入り口から出て行く。
後に続いて来る清春、思いっきりテーブルを殴りつけ男性客ABに詰め寄る。
清春「やってやるよ!あんなカマ野郎に負け
るわけねぇ!」
男性客AB「ひゃーごめんなさい」
清春、入り口から出て行く。
男性客AB、胸を撫で下ろす。
◯日本ドーム 外観 (夜)
普通のドーム型球場
◯同 選手控室 中(夜)
『真日本プロレス』と書かれたTシャツを着たレスラーが数人。アマレスの衣装を着て座る清春。
清春の横に立つ山本と本田。
鼻で息を吸いいきり立つ清春。
◯東京都立総合医療センター 哲治の病室
(夜)
ベッドで横になる哲治、悦子の写真たてを右手に取り見つめながら、
哲治「悦子・・・倒れても立ち上がる、何度
でも・・・。自分で散々言っておきながら、
今回ばっかりは無理・・・かもな」
哲治の右手に持たれた写真たて、サイドテーブルに置かれようとしたとき、哲治の手から滑り落ちる。
床に落ちる写真たて。
哲治の右手、動かない。
表情を引きつらせる哲治。
◯日本ドーム 選手控室 中 (夜)
清春の横に立つ山本と本田。
山本「今ドームを満員にできるのはストロン
ゲストくらいなもんだ、ビビんじゃねぇぞ」
清春「ああ、わかってるよ」
スマホのバイブ音。
山本、ポケットからスマホを取り出し電話に出る。
山本「はい、えっ?ちょっと待ってください」
山本、部屋の隅へ行って電話する。
本田、バスタオルで清春を仰ぐ。
山本、電話を切って清春の横に戻ってくる。
山本「キヨ、哲さんが・・・」
清春「えっ?」
〇東京都立総合医療センター 廊下 (夜)
廊下の先にある『集中治療室』と書かれた扉。駆ける足音。
◯日本ドーム 中 (夜)
中央にリング。満員の観客。
リング上、両手を広げ観客を煽る無我。
無我「(大声で)真日本はこんなもんなのぉ
ぉぉぉ?」
〇東京都立総合医療センター 廊下 (夜)
駆ける足音が近づいてきて止まる。
本田の声「哲治さん・・・」
集中治療室の前に立ち尽くす本田。
◯日本ドーム 中 (夜)
リング上、息を切らせ膝をつく清春。
実況B(男性)の声「おーーっと、どうした
ことでしょう、今までの金子とは違い全く
精彩を欠いています。キャロライン無我に
得意のタックルでのテイクダウンが取れま
せん!」
無我、腕時計を指差す仕草をして、
無我「あぁら、いつもの6分はとっくの前に
すぎちゃったわねぇ」
無我、執拗に清春の左足に蹴りを見舞
う。続け様にパワーボムなどの技を繰
り出し清春をボコる。
ヨロヨロと立ち上がる清春、左足を引
きづりながら歩く。
無我「そうそう、イクのはまだ早いわよ」
無我、弱々しくタックルにきた清春をヒョイと避けて掌底の連打を浴びせる。
清春、耐えきれず倒れる。
すかさず無我、清春の足を持ち、
無我「ギッタギタよぉおお」
無我、清春に4の字固めをかける。
悶絶する清春。
無我、4の字固めを解いてトップロープに登る。
実況Bの声「さぁここで出るのかぁ」
起き上がる清春。無我がいるトップロープに歩を進めるが左足からカクンと崩れ落ち横に倒れる。
実況Bの声「名前は甘いがぁ、パンケイクー
ヒィーップアターック」
空中で大股を開き清春の顔面めがけヒ
ップアタックをする無我。
無我のヒップが清春の顔面にヒット。
気を失う清春。
無我、人差指を清春の乳首にあてる。
実況の声「なんとデビューから無敗の金子の
乳首を指1本でフォールぅ」
レフェリーの声「ワーン・・・ツー・・・ス
リー!」
ゴング。失神している清春。
○同 選手控室 中 (夜)
台の上で横になっている清春。目を開 きガバッと起き上がる。
清春「カウントは!」
無我の声「スリーよ」
台の横に座っている無我。
清春「負けた・・・のか?」
無我「そう、負けたのよ、イケメンだからも
う少しかわいがってやろうと思ったのに、
すぐイッちゃうんだもん」
清春「・・・」
無我「あんたのパパは凄かったわよ、もうゼ
・ツ・リ・ン。私なんか何回もイカされち
ゃった」
清春「うるせー出てけよ」
無我「おー怖っ」
立ち上がり出口に向かう無我。
清春「この足さえバカになってなきゃやれた
んだ」
手術の跡が残る清春の左足。
無我「やっぱり、アマレス時代の古傷ね、短
い試合時間はそのせい、アマレスの試合時
間、6分以上は立ってられない、それで6
分以内に試合を終わらせる必要があった。
でも・・・あんな技でバカになるようじゃ
センスゼロね」
苦虫を噛む清春。
無我「はぁなんも言い返せない。勝てなかっ
たのは傷のせい、パパみたいなレスラーに
なれないのは俺のスタイルが分からない観
客のせい、自分は悪くない、悪いのはぜ〜
んぶ自分以外の全てのもの・・・」
清春「何が言いたいんだよ」
無我、おもむろに履いていたタイツを下ろす。
清春「バ、バカッ、何し出すんだ」
無我「何勘違いしてんの?見せたいのはこれ」
無我の両膝に残る複数の手術跡。
無我「自分一人だけが故障してると思った?
みんな満身創痍でやってんの、プロレスが
好きだから、観客を楽しませたいから」
おし黙る清春。
無我「これだからゆとり世代とかって言われ
ちゃうのよ、ほんっと何も言い返せない」
清春「・・・次は・・・次はやってやる」
無我、おろしたタイツを履きながら、
無我「はぁぁぁぁ、図々しい、次?次がある
と思ってんの?」
おし黙る清春。
無我「でも、いいわ、その図々しさは嫌いじ
ゃないわ、私たちの年末に向けたトーナメ
ントに招待したげる」
清春「・・・覚えてろ」
無我「えー覚えといてあげる、じゃあ、私か
らはこれ、覚えといて」
無我、不敵な笑みを浮かべ、
無我「次もギッタギタにして、今度はあんた
のケツに私のナニ、突っ込んであげるから、
それと、私が勝ったらパパさんの使用権を
頂くわね」
ウィンクをして控室を出て行く無我。
清春、頭を掻きむしり拳で台を何度も
殴りつける。
〇同 選手控室前 廊下 中 (夜)
控室のドアが開き出てくる無我。
ドアの横に立つ山本。
無我「あらっ、聞いてたの?趣味悪いわね」
山本「ゆとり世代にやりすぎじゃねぇのか?」
無我「ゆとりっていってもね、火をつけちゃ
えば燃えるもんよ。だって男の子だもん、
燃えた男の子をギッタギタにしてあげるの、
あ~~~んもう、ゾックゾクしちゃうぅ~」
山本、鼻で笑って、
山本「一生やってろ」
無我「ええ、生まれ変わってもやってやる」
山本「・・・哲さんが今、集中治療室に入っ
てる」
無我、一瞬口元をピクッとひきつらせ、
無我「ほうらバチがあたったのね、私がいく
ら慕っても見向きもされなかった、可愛が
られたのはあんたばっかり、私を相手にし
ないからよ」
山本「女みてぇなこと言ってんじゃねぇ」
無我「(鼻で笑い)心は女よ、それもかなり
執念深いね。真日本を葬ってやるわ」
立ち去る無我。
スマホのバイブ音。
山本、慌ててポケットからスマホを取り出し電話に出る。
山本「本田、どうだ?哲さんの様子は?」
本田の声「それがぁ、教えてくれないんです。
個人情報だからとかなんとかで、家族にし
か言えないそうなんです。中にも入れてく
れなくって。清春さんいますか?」
山本「そうか分かった、一回戻ってこい」
山本、電話を切りながら控室のドアを開ける。
◯同 選手控室 中 (夜)
ドアが開き入ってくる山本。
山本「おい、キヨ」
台の上に清春の姿はない。
奥の開け放しのドアが揺れている。
〇東京都立総合医療センター 集中治療室
中(夜)
8台ほどのベッドが並び、その1つのベッドで意識なく寝ている哲治。
ベッド脇に立つ試合着にロングジャン
パーを羽織った清春。
清春「親父何だそのカッコ、全然面影ねぇな」
部屋の隅、医師(男性)と看護師(女性)が話しをしている。
清春「俺はあんたのことが大っ嫌いだった、
親父としてな。お袋を悲しませた報いだな
・・・」
看護師、清春に気づき近寄ってくる。
清春「けどよ、プロレスをやってるあんたは
最高だったよ、今でも。(涙混じりに)な
ぁ、今度も立ち上がるんだろ?こんなとこ
ろで何寝てんだよ。まだ何も教えてもらっ
てねぇよ。なぁプロレスって何なんだよ。
どうやったら親父みたいになれんだ?どう
やったら真日本を立て直せる?俺には・・
・無理なのか?俺は・・・親父が作った真
日本が好きなんだ」
看護師「あのぉ、面会時間は終わってますよ」
清春「ああ、もう出るよ」
清春、立ち去る看護師に向かって、
清春「あっ、ちょっと、先生は?」
部屋の隅に立つ医師。
◯同 廊下 面会室 (夜)
ドアに『面会室』の文字。
◯同 面会室 中 (夜)
カップ自販機と4人がけのテーブルが数台置いてある。
自販機の前に立つ医師。
医師「コーヒー、飲まれます?」
テーブルに座る清春。
清春「・・・」
医師、自販機でコーヒーを買い持ってきて、清春の前に座る。
医師、コーヒーを一口飲む。
清春「先生、親父はいつ退院できる?」
医師「今のところはまだ・・・」
清春「病院ってのは病気を治すとこだろ?」
少し身構える医師。
清春「俺、バカだから分かんねぇけど、病院
にいて何で二回目の脳梗塞になるんだ?」
医師「私たちにもどこに血栓があるかは分か
らないんです」
清春、テーブルを両手で殴りつけ、
清春「そこをなんとかするのが医者だろ!」
悔しげな表情の清春。
医師「・・・お気持ちは分かります」
清春、テーブルの上に身を乗り出し医師の胸ぐらを掴む。溢れるコーヒー。
清春「気持ちなんか分かんなくていいよ!分
かんなくていいから早く親父を治せよ!」
医師「・・・。我々は、お父様には病状は逐
一お伝えしていました。長年のプロレスで
のハードな運動で心臓がかなり弱っている
ことと、それによって血栓ができやすくな
ってしまうことも。聞かれていなかったん
ですか?ご家族なのに」
何も言えない清春、手を離す。
医師「私たちも最善を尽くしています。プロ
ですから。これから悪くなる可能性もあり
ます。ですが、それと同様に良くなる可能
性も十分残されています。これからはお父
様の手や足を握ったりさすったり、話しか
けたりして刺激を与えてやってください。
その方が回復が早まるかもしれません」
歯を食いしばる清春。
〇真日本プロレス道場 中
レスラーたちがトレーニングをしている。リングでスパーリングをする本田。
奥の事務所から出てくる山本。
山本「おい清春は?今日も顔出してないのか」
首を振るレスラーたち。
山本「ったく、あいつが来ないと哲さんの様
子も分からないってのに」
山本、スクワットをする本田に、
山本「本田!ちょっと来い」
本田「はい!」
本田、小走りで事務所に向かい入る。
◯同 事務所 中
大きなデスクに座る山本。
デスクの前に立つ本田。
本田「えーーーー!マジっすか!」
山本「あーマジだ、清春がいない以上興行に
穴が開いちまう。今回はその代役だ」
本田「いえ、いいんです。僕はなんでも、リ
ングに立てるだけで、頑張ります!」
本田に優しい表情を向ける山本。
〇真日本プロレス道場 外観 (夜)
缶チューハイを片手にフラフラして立つ清春。
チカチカする『真日本プロレス』と書 かれた看板。
清春、缶チューハイを一口あおり、看 板めがけ缶を投げつける。
入口のドアが開き、本田が出てくる。
本田「あっ、清春さん」
清春、そそくさと去ろうとする。
本田、入口の鍵を閉め清春に走り寄り手を取って、
本田「待って待って、どこに行ってたんです
か?みんな心配してますよ」
バツが悪そうな清春。
本田「あっそうそう、僕ね、今度試合に出る
ことになりました。それでね、これ」
本田、カバンからチケットを一枚取り出し、
本田「試合、見に来てください!」
清春「俺、関係者、チケットいらな・・・」
本田「絶対に来てくださいね!アアーー!」
シュンと落ち込む本田。
本田「清春さん戻って来たら僕、用済みです。
清春さんの代役なんで・・・」
清春、落ち込む本田を見て、
清春「大丈夫だよ、俺はまだ戻らない・・・
考えごとがあんだ」
本田「何ですか?考え事って?」
清春「まぁ、いいよ。頑張れよ、試合」
本田「はい!ありがとうございます!今から
ね、田舎の母ちゃんに電話するんです。来
てくれるといいなぁ、じゃあ、絶対来てく
ださいね」
本田、走って去って行く。
渡されたチケットを見つめる清春。
清春「まだ戻らねぇ・・・一生戻らねぇ・・」
○先楽園ホール 観客席 中 (夜)
まばらな観客。
リングサイドには車椅子に乗った本田
恵子(55)、虚ろな視線で空を見つ
めている。
隣に座る本田樹里(32)が恵子の膝掛けを掛け直す。
パーカーをかぶり、身を隠すようにキョロキョロして最後列に座る清春。
中央のリング、エビル斉藤と本田が試 合をしている。斉藤が優勢の展開。
本田、逆水平チョップを受けコーナーポストに追いつめられる。
膝をつく本田。
清春「あーあぁ、見てらんねぇ、終わったろ」
清春、目を伏せる。
湧き始める歓声。
清春「えっ?」
清春、リングを見る。
〇同 リング上 中 (夜)
コーナーで膝をついた本田、ヨロヨロ と立ち上がる。
しだいに大きくなる歓声。
リング中央で腕を振り回す斉藤。
コーナーでロープにつかまり、立つことがやっとの本田。
斉藤、本田めがけ突進してラリアット をくらわす。
また膝をつく本田。
〇同 観客席 中 (夜)
リングを見つめる清春。
清春「おい、もういいよ、フォールしろよ、
それで終わりだろ」
〇同 リング上 中 (夜)
リング中央で片腕を掲げ勝利を観客へアピールする斉藤。
観客の声「本田―――」
斉藤、本田のコーナーに目をやる。
ロープにつかまり立ち上がる本田、ファイティングポーズをとる。斉藤の位
置が掴めずキョロキョロする。
あざ笑う斉藤。
〇同 観客席 中 (夜)
リングを見つめる清春。
清春「おい、もう止めろって、止めろーー」
リングの方へかけ出す清春。
〇同 リング上 中 (夜)
本田、再び斉藤のラリアットをくらいマットに沈みうつ伏せに横たわる。
リングサイドには山本とレスラーたち。山本にかけ寄ってくる清春。
清春に気付く若手レスラーたち。
若手レスラー「清春さん!どこにいたんすか」
清春「山さん、もういいだろ止めろよ」
無言でリングを見つめる山本。
虚ろな目で口をパクパクする本田。
レフェリー「ワン・・・ツー・・・」
清春「ギブアップだろ、ギブアップって言っ
てんだろ、おい、だれか止めろよ」
レフェリー「・・・ファイブ・・・シックス
・・・」
清春、若手レスラーが首にかけているタオルを取りリングに投げようとする。
清春の腕を掴む山本。
山本「待て・・・女神が・・・微笑むぞ」
パクパクする本田の口。
本田「僕は・・・僕は・・・」
本田を見つめる清春。
山本「キヨ、よく見とけこれが・・・」
本田「プロの・・・レスラー・・・」
レフェリー「・・エイト・・・ナイン・・・」
本田「・・・プロレスラーだーーー」
本田、渾身の力で立ち上がる。
呆然と本田を見つめる清春。
ヨロヨロだがファイティングポーズの本田。
大歓声の観客を見回す清春。
本田に突進する斉藤。
本田、クルリと回転して避けラリアットを繰り出す。
斉藤の顔面にクリーンヒットする本田の腕。
たまらずよろめく斉藤、倒れる寸前で一歩踏み出し耐える。
ファイティングポーズの本田。
斉藤、持ち直し再度本田にラリアットを食らわせる。
息を飲みリングを見つめる清春。
〇同 選手控室 中 (夜)
控室のドアが開き清春が走って入ってくる。
清春「おい!本田!」
台に座る本田、アイスパックで腫れ上がった目を抑えながら、
本田「あー清春さぁん、痛ててて、斉藤さん
めっちゃ強いじゃないっすかぁ」
清春「大丈夫か?」
本田「見ての通り大丈夫じゃないですよぉ」
本田、清春の背後に向かって、
本田「母ちゃん、ごめんね。せっかく来てく
れたのに」
清春、後ろを振り返る。
車椅子に乗った本田恵子。車椅子の後ろに本田樹里。
樹里、清春に向かって一礼する。
本田「僕のお姉ちゃんと母ちゃんです」
空を見つめる恵子。
清春「お前の?」
本田「僕の母ちゃんも哲治さんと同じ脳梗塞
なんです。だから、哲治さんのことも他人
ごとじゃなくって」
清春「・・・」
本田「絶対に治るはずなんですけど、なかな
か気付かなくって、僕が頑張ってる姿見せ
られたら何か気づくかなぁって、でも負け
ちゃダメですねぇ。やっぱり勝つのは奇跡
でも起こらないと無理ですかね」
清春「(独り言で)お前、なんかすげぇな」
本田「ん?」
清春「いや、無理だな、ム・・・リ」
本田「ですよねぇ・・・」
◯新日本プロレス道場 中 (朝)
ゆっくりとドアが開く。
顔を腫らした本田、入ってきて大きくため息をつく。
清春の声「おせーよ」
ソファにジャージ姿で座る清春。
本田、清春に走り寄りながら、
本田「清春さん!どうしたんですか!こんな
朝早く!」
清春「付き合ってやるよ、練習」
本田「えっ!マジっすか?どうしたんすか?」
清春、立ち上がりながら、
清春「・・・奇跡は起こすためにあるんだろ、
早く着替えろ」
本田「(嬉しそうに)はい!」
本田、ズボンを下ろし着替えだす。
清春「本田!あっち」
清春、親指で更衣室を指差す。
本田「あっ、ああ、すいません。なんだか嬉
しくなっちゃって」
本田、ズボンを足首まで下げたまま、よちよち歩きで更衣室に行く。
◯同 中(朝)
清春と本田だけでひたすらスクワット
している。
疲れてヘタリこむ清春。
本田、清春の腕を持ち立ち上がらせ再
びスクワットを始める。
清春、本田を見て負けじとスクワット
を始める。
◯歩道 (日替わり) (朝)
ジョギングをする清春と本田。
清春、息を切らせ立ち止まる。
先を行く本田、清春に近寄り背中を押
す。
清春、無理くり走り出す。
◯真日本プロレス道場 (日替わり) 中
ベンチプレスに横たわりダンベルを持ち上げる清春。『50kg』のダンベルが2枚、計100kgを軽々と持ち上げる。
× × ×
ベンチプレスに横たわる本田。サポートでダンベルを持つ清春。
清春、意地悪して持っていたダンベルを離す。重さに耐えきれずもがく本田。清春、本田を見て大笑い。
× × ×
マットに座り、一息つく清春と本田。
リング上、斉藤が若手レスラーに受け身の練習をさせている。
清春「本田・・・プロレスってなんだ?」
本田「へ?それ僕に聞きます?」
清春「いいから答えろよ」
本田「ん〜〜僕が言える立場でもないんすけ
ど、僕が思うに・・・全て・・・ですね」
清春「なんだ?それ?」
本田「ん〜〜っと、他のスポーツって強さだ
け競うじゃないっすか?」
清春「当たり前じゃん」
本田「そう!当たり前なんです。だけど、プ
ロレスって違うんだと思うんです」
本田の目を見る清春。
本田「プロレスって、弱い部分も全て見せる
んです」
清春「技を受け流すってやつか」
本田「そう!それ!あれって八百長だとか言
う人もいるんですけど僕が思うに違うんで
す」
リング上、斉藤が若手レスラーを投げ飛ばす。
本田「強い部分も弱い部分も両方競い合うん
です。すごくないっすか?そんなスポーツ
他にあります?」
清春「・・・」
本田「弱い部分をさらけ出した上でまた立ち
上がる、そんなところを観客も見にきてる
んだと思うんです。自分と重ね合わせたり
もして。そして、観客が望むものを見せる
・・・それがプロレスなんだと思うんです。
哲治さんがそうだったように」
清春「弱い部分、親父が・・・」
本田「そう、僕は哲治さんを見て立ち上がっ
た一人なんです。僕、これでも地元でヤン
チャやってて、心配かけすぎちゃったんで
す、母ちゃんに。ああなった後すんごく悔
やみました。なんてバカやっちゃったんだ
ろって、そんなとき深夜のテレビで哲治さ
んを見たんです。『倒れても立ち上がる、
何度でも』・・・そこから悔やむことを止
めました。これからどうするかだけを考え
ていこうって」
清春「・・・なぁ教えてくれ・・・俺は・・
・俺は何をすればいい?何をすればプロレ
スラーになれる?」
本田「ん〜〜肉体改造・・ですね。一年20
0試合に耐えられる体に、そのためにはま
ず受け身です。受け身がキチンと出来てな
いとダメージが蓄積されてすぐ故障しちゃ
うんです。清春さん下手っぴですもんね」
清春、本田を睨む。
本田「あっあっすみません。言い間違い!で
も、ほんとなんです。故障している左足に
もよくないですよ」
清春「!!知ってたのか?」
本田「はい!僕みんなのことぜーんぶ見てま
すから、あははっ。マッサージしてあげま
す。筋肉をつければある程度はカバーでき
るんですけど柔らかい筋肉にしないと結局
一緒なんです、ほらっ横になって」
リング上から斉藤が話しかける。
斉藤「なんだ清春、練習なんかしなくても強
いんじゃなかったのか?」
清春、スックと立ち上がり怒りの表情でリングに向かって歩く。
本田、清春を制しながら、
本田「ちょちょっと、清春さん、ダメですよ」
清春「どけ」
清春、振り払いリングに上がる。
対峙する清春と斉藤。
清春・斉藤「・・・」
生唾を飲む本田。
清春、いきなり頭をさげる。
清春「斉藤さん!俺に!俺に受け身を教えて
ください!」
目を丸くする斉藤。
清春「お願いします!」
斉藤、清春の頭を掴みリングに投げ飛ばす。
リングに転がる清春。
斉藤「はぁあ、全然ダメだなこりゃ、全くな
ってねぇ、ほらもういっちょ、来いよ」
斉藤、両手を広げる。
清春、立ち上がり、
清春「お願いします!」
清春、斉藤に向かっていき投げ飛ばされる。
ホッとした表情の本田。
◯体育館 中 (夜)
まばらな観客。
レスラーAにボコられる清春。
実況Aの声「あぁ、今宵も一方的にやられる
金子清春ぅ」
マットに沈む清春。
× × ×
大柄なレスラーBにボコられる本田。
実況Aの声「本田には荷が重すぎるのかぁ」
マットに沈む本田。
◯真日本プロレス道場 (日替わり) 中
マット上、本田に寝技を教える清春。
〇東京都立総合医療センター 哲治の病室
(日替わり)
入ってくる医師、驚いた表情。
ベッドに寝ている哲治にプロレスの技
をかけている清春。
清春を止めようとする本田。
◯大型スーパー 中 (日替わり)
イベントスペースに並んでファンと握手している真日本プロレス一同。その中にいる清春と本田。
◯真日本プロレス道場 (日替わり) 中
レスラーたちが練習する中、山本と本田が立って話をしている。
本田、自分を指差し『僕も?』の表情
◯トーナメント表
2ブロック、4人x4人の表。
片方のブロック、清春と無我がいて清春の1回戦はレスラーCとの試合。
もう片方のブロックに本田がいる。
◯居酒屋 龍 中 (夜)
混み合う店内。
奥の席で酒を飲む清春と本田。
本田、かなり酔った口調で、
本田「きよはるさん、言いたいことあるんす」
清春「お前酔いすぎ、それ1杯目だろ」
本田「作りましょうねぇ・・・僕らの時代」
清春「俺たちの・・・時代」
本田「むふふ、あとね、あとね、じゃあ言い
まぁっす。コスチューム・・・ダサいっす、
プロレスには合いません。変えましょ。あ
はっ、言っちゃった、どうしよう、あはは」
本田、提灯の『龍』の文字を指差す。
本田「あー!『龍』いいじゃないっすか!」
清春「・・・うるせぇ、お前みたいな童貞男
に言われたくねぇ」
本田「あっ・・・」
首を垂れる本田、鼻をすすり、
本田「ひどいよ・・・僕だって・・・僕だっ
て好きでそうなってんじゃないのに、ただ
捨てるチャンスがなかっただけで・・・そ
れだけなのに・・・」
清春「泣くんじゃねぇよ・・・(口ごもりな
がら)俺も一緒だよ」
本田「へ?」
清春「うるせぇな、俺も一緒だっつったんだ
よ」
本田「へ?清春さん・・・まさか・・・」
清春「俺も・・・それだよ!」
本田、大きな声で、
本田「えーーー!!清春さん童貞なんすかぁ」
他の客たちが本田の方を向く。
本田、立ち上がり、
本田「みなさーん、プロレスラーの金子清春
はぁ、な、な、なんと童・・・」
清春「バカ!やめろって」
清春、立った本田の口を抑えこむ。
◯繁華街 (夜)
ネオンきらめく店が並ぶ。
歩く本田。
本田「いやぁ、清春さんが童の貞だったなん
て・・・それも僕より5歳もお兄ちゃんな
のに、そうじゃない雰囲気出しちゃったり
もしちゃってさ、いやぁ」
前を歩く清春、振り返り、
清春「まだ言ってんのかよ!俺も好きで・・」
本田の背後に煌びやかな看板がある。
看板に『性感マッサージ ハナハナ』の文字。並んで看板を見る清春と本田。
清春「お前のマッサージももう飽きたしな」
本田「は、はい」
清春「お前、今いくらある」
本田「ええっと、2千円くらいっすかね」
清春「・・・さすってもくれねぇな」
本田「はい、そう・・・思います」
清春「優勝した方が奢るってことにするか」
本田「・・・そうしましょう」
会話せず歩いていく清春と本田。
◯先楽園ホール 中 (夜)
トーナメント表、1回戦、清春とレスラーCの試合。
リング上、息を荒げ膝をつく清春。
実況B「あーっと、いつものように金子、何
もできずに一方的にやられている〜試合時
間は10分を過ぎたところだぁ」
清春「本田――!」
リングサイドの本田。
本田「は、はい!」
清春「行くぞー」
本田「はい!イケます!まだ膝は保ちます」
清春「違う!!」
本田「へ?」
清春「ハナハナだぁーーー」
清春、立ち上がりレスラーCにタック
ルし腕ひしぎ逆十字に入る。
本田「行きましょう!優勝して!」
清春「ウォオおお」
レスラーCたまらずタップ。
息を切らせリングに仰向けの清春。
清春「はぁはぁ・・・勝った」
× × ×
トーナメント表、1回戦、本田とレス
ラーDの試合。
リング上、ウォーミングアップをして
いきり立つ本田。
本田「清春さん、僕も続きます!」
観客の陰でリングを見る無我、微笑む。
〇東京都立総合医療センター 哲治の病室
(日替わり)
ベッドで意識なく寝ている哲治。
哲治の左手、ピクリと動く。
○日本ドーム 中 (夜)
中央にリング、満員の観客。
トーナメント表、2回戦、清春と無我の試合。
リングで試合をする清春と無我。
無我が一方的に攻勢な試合。ロープ際
に追い詰められ膝をつく清春。
実況Bの声「全く攻撃の手を緩めない無我、
このまま大みそかの決勝戦行きの切符を手
にするのかぁ、解説の山本さん、ここ最近
の金子の状況はどうでしょう?全く以前の
ような俊敏さを欠いていますが」
山本の声「これでいいんです。これで」
沸き上がる歓声、『金子コール』が巻き起こる。
無我「(観客に向かって)うるさい!お黙り
!お黙りって言ってんのよー」
ロープにつかまり立ち上がる清春。
清春「(ニヤリとして)こういうことだろ?
『倒れても立ち上がる、何度でも』」
無我「(ニヤリとして)そう、そうよ、あー
もうゾックゾクしちゃう。だったら、私を
早くイカせてみなさいよぉ!」
清春にラリアットする無我。
膝をつく清春。
無我「そろそろ、イっちゃいそうね」
無我、観客に勝利をアピールしながらリング中央に歩く。
清春の声「まだだ」
無我の腹部に巻きつく清春の腕。
無我「なっ!」
清春、無我にバックドロップを見舞う。
清春「望みどおりイカせてやるよ」
清春、無我を立ち上がらせボコる。
実況B「あーっとここで金子猛烈なラッシュ
で無我を血祭りだぁ」
山本「(声を荒げ)いいんです、これでいい
んですよぉ」
大歓声の会場。
清春、無我の腕を取りロープにふってヒラリと宙を舞い、ロープからはね返ってきた無我の腕を取り腕ひしぎ逆十字の態勢に入る。
悲鳴をあげ腕を外そうともがく無我。
さらに絞り上げる清春。
清春「さぁ、イってもいいぜ」
無我「うぐぐぐ、イ、イ、イっくぅーーー」
たまらずタップする無我。
試合終了のゴング。
レフェリーが清春の腕を取って高々と掲げる。
清春、レフェリーの手を振り払いコーナーポストに駆け上る。
観客を眺める清春。
静まり返る会場。
清春、雄叫びとともに左手でVサインを作り天に突き上げる。
地響きのような大歓声が沸き起こる。
実況Bの声「鬼魂ここに完全継承だぁ」
『金子コール』が沸き起こる会場。
○同 控室前廊下 中(夜)
レスラーに両脇を抱えられ歩いてくる無我。
控室前に立つ山本。
山本「ざまぁねぇな」
無我、鼻で笑い、
無我「そうね、ざまぁないわね」
山本「ウチの若いのもやるもんだろ」
無我「スターが必要だったんでしょ?真日本
を立て直すのに」
山本「ん?」
無我「はぁあ、私の半分以上年下の社長にゴ
マ擦ってやっと真日本をフィーチャーでき
るところまで来たのよ、感謝しなさい」
山本「お前・・・いつまでもひねくれてやが
んな」
無我「このカッコでまともな方がおかしいで
しょ?チャンスはあげたわ、後はなんとか
しなさい」
控室に入っていく無我。
〇東京都立総合医療センター 哲治の病室
哲治の横に座る山本と横に立つ本田。
山本「本田、お茶買ってきてくれ」
本田「はい」
病室を出る本田。
山本「哲さん、キヨのヤツやりやがったよ、
大晦日は決勝だ。必死に練習してよくここ
まできたもんだ。あっそうそう、これ持っ
てきたよ、一人じゃ戦えないだろ?」
山本、バッグから写真たてを取り出し
眺める。
山本「ほんと、顔つきがそっくりだよ・・・
本田のやつ、昔の俺に」
山本、サイドテーブルに写真立てを置く。写真立てには肩を組んだ若き日の哲治と山本の姿。
山本「あいつら、昔の俺たちみたいだな」
寝ている哲治、クワッと目を開く。
○日本ドーム 中 (夜)
中央にリング、超満員の観客。
実況Bの声「さぁ、この大みそかの大一番!
決勝戦が今始まろうとしています」
リングに当たる眩いスポットライト。
実況Bの声「先にリングインしているのはぁ
・・・」
リング上でいきり立つ本田。
実況B「本田保明――、なんとこのストロン
ゲストの決勝戦に残ったのはなぁんと真日
本の二人だぁ」
リング上の本田。
本田「清春さん、ハナハナ奢るのは・・・僕
ですからね」
○同 選手登場ステージ 中(夜)
スモークが上がる。
実況Bの声「さぁそして花道から登場するの
はもちろんこの男、金子清春ぅ」
スモークが消え清春の姿が現れる。
両足に一匹ずつ龍をあしらったコスチュームを着ている清春。
実況Bの声「新コスチュームで登場の金子ぉ、
これはアマレスとの決別を意味するのかぁ
!ん?なんでしょう、車椅子がありますね」
車椅子に乗った哲治の姿がある。
大歓声の会場。
実況Bの声「なぁんと、元祖鬼魂ここに復活
――、なぁんとなんと金子哲治がいます」
清春、車椅子の前にひざまづき、
清春「親父、この歓声はまだ親父のもんだ、
いずれ全て俺への歓声に変えてみせる」
哲治、震える左手でVサインを作る。
清春「・・・そうだ、まだ戦えるよな?」
清春、立ち上がりリングの方を向き、
清春「さぁて本田、俺たちの時代、作っちゃ
うかぁ!」
花道に駆け出す清春。
花道の脇を花火が打ち上がる。
了
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