登場人物
君島神太(きみしまじんた)(24)・・・無職
安間うずら(あんまうずら)(17)・・・女子高生
雲井慶一(くもいけいいち)(17)・・・高校生
一川早一(いちかわそういち)(24)・・・神太の同級生
立川門吾(たちかわもんご)(42)・・・ホーボージャングルのボス
雨水周(あまみずあまね)(30)・・・前ランニング・インターフェアランス
○路上(夜)
建物の陰に身を潜めて立つ君島神太(24)。
ジャージ姿で、靴はランニングシューズ。
視線の先には大型スーパーが建ってお
り、ネオンサインが輝いている。
神太の右足が震えている。
神太がジャージのズボンをめくると、
右足には10センチほどの切り傷が残っ
ている。
靴ひもが緩んでいる。結びなおす神太。
と、スーパーから7人、わらわらと人
が飛び出してくる。
皆、身なりはあまり綺麗ではない。ホー
ムレスだ。
手や上着のポケットなどに食料品をど
っさり持っている。
7人を追うように、スーパーの店員・
警備員が走り出てくる。
神太の出番だ。
ホームレスの何人かから食料品を受け
取る。
が、走り出さない神太。
クラウチングスタートの姿勢をとる神
太。警備員たちが迫ってきて、ようや
く走り出す。
右足が痛むが神太は凄い速さで走って
いく。
ホームレスたちが走っていったのとは
別の道に入る神太。
警備員たちがそれに続く。
走る神太。追う警備員たち。
神太が勝った。追うのを諦める警備員
たち。
神太、立ち止まり、振り返る。少し笑
う。
右足をひきずるように歩き去る神太。
○ 公園(深夜)
ジョギングする神太。過去がフラッシ
ュバックする。
○ 回想
道を走る高校のジャージ姿の神太(17)
と親友の一川早一(17)。
早一「あそこまで勝負な」
そう言い、ペースを速める早一。
神太も食らいつくが、早一の方が速い。
どんどん離されていく。
先にゴールした早一。
早一「遅いな、神太。そんなんじゃ大会に出
るのは俺の方だな」
苦笑いする神太。手は固く握り拳を作
っている。あまりに強く握り過ぎたの
か、血が滴る。
× × ×
深夜。校庭に深い穴が掘られている。
淵に腰掛ける神太。
カッターで木の枝を尖らせている。
深夜の静寂の中、神太が木の枝を削る
音が響く。神太、黙々と手を動かし続
ける。
穴の底に先の尖った木の棒を何本も突
き立てる神太。ブービートラップだ。
穴が分からないようビニールシートを
かけ、上に土を撒く。
出来上がりを見て、神太は死んだよう
な顔で満足そうだ。
× × ×
朝。早一と登校する神太。校庭を進ん
でいく。
早一「なあ・・・、お前がいてくれて良かっ
たよ。俺のハードな自主練に付き合ってく
れるのなんて、お前くらいだからな」
神太、近づきつつあるブービートラッ
プに緊張する。
早一「ほんと、ありがとうな。じん・・・」
言い終える前に、トラップにかかる早
一。落ち、右足を木の棒が貫く。
それを見下ろしている神太。
× × ×
病院。右足を包帯で巻いた早一。松葉
杖をついている。見守る神太。
早一「一生、こいつの世話になるらしい」
神太「そっか・・・」
早一「俺の代わりに大会頑張ってな」
明るい笑顔の早一。
神太「お、落とし穴の、犯人だけど・・・」
早一、割りこむように、
早一「あんなんどっかの悪ガキだよ!ったく」
神太、うつむいている。
× × ×
陸上大会。
スタート位置につく神太。
応援席から右足を包帯で巻いた早一が
見ている。笑って手を振る早一。神太
もぎこちなく手を振る。
選手たち、クラウチングスタートの姿
勢をとる。神太も遅れてとる。
スターターピストルが鳴る。走り出す
選手たち。
しかし神太は走り出せない。呆然と座
り込んでしまう。
× × ×
神太の部屋。ふさぎ込む神太。
自分の右足を、深く、長く、カッター
で切る。
○ 回想終わり。公園(深夜)
公園でジョギングを続ける神太。走る
のを止め、地面に座り、休む。
一人のランナーが通り過ぎていく。走
って近づく神太。
神太「あそこまで勝負しませんか」
立ち止まるランナー。
神太「あなたが勝ったら10万払います。俺
が勝ったらあなたの右足を切ります」
ランナー「右足!?」
神太「右足の悪い人間を一人でも増やして、
早一が・・・、アイツが生きやすい世の中
にするんです」
ランナー「何だよそれ。いやだよ・・・」
神太、財布を出し、十万円を出す。
神太「ホントに持ってますよ」
ランナーが神太の体を、特に足を観察
する。右足の傷に気づくランナー。
ランナー「よし・・・、やろう」
神太とランナー、スタート位置につく。
神太「鳥が鳴いたらスタートです」
静寂があたりを包む。
鳥が鳴いた。
走りだす二人。互角に思えたが、徐々
に神太がリードし始める。
そのまま神太が先にゴールする。
ゴールしたのを見た瞬間、ランナーは
方向を変えて逃げ出す。
すぐ追いかけ、馬乗りになる神太。
ポケットからカッターを取り出す。右
足を切り始める神太。
神太「大丈夫。少し引きずるようになるだけ・・・」
ランナーの叫び声が響き渡る。
○ 街(午前)
右足を引きずりながら街を歩く神太。
街行く人々の足が気になる。勝負相手
になりそうな人を物色している。
ある家の前を通った時、中から女子高
生・安間うずら(17)が飛び出してくる。
口にはパンを咥え、慌てている。
うずら「遅刻だっ~!!」
うずら、道端でクラウチングスタート
の姿勢をとる。
驚く神太。神太もうずらの隣でクラウ
チングスタートの姿勢をとる。
神太「勝負しよう」
うずら「へっ!?急いでるんですけど!」
神太「君が勝ったら10万払おう。俺が勝ったら君の右足を切らせてもらう」
うずら「・・・私、これでも陸上部です。勝
てませんよ?」
神太、リュックからロケット花火を取
り出し、そばに落ちてた空き缶に挿し、
火をつける。
神太「これが発射されたらスタートだ」
○路上(午前)
一人の男・雨水周(30)が走っている。
それを追うヤクザA、B、C。
雨水は手にバッグを持っている。
雨水、速い。ヤクザ達は遅れている。
その時パンッ、とロケット花火が空に
打ち上がる音がする。
銃声だと思ったヤクザたちは地面に伏
せる。
振り返り、その様子を見ていた雨水、
笑って、ここぞとばかりに全力で走り
だす。
○路上を走る神太とうずら。
T字路に近づく。雨水とうずらが角で
ぶつかる。倒れる二人。うずらのかば
んが雨水の足元に滑っていく。
雨水、かばんを拾い上げ、神太に持っ
ていたバッグを渡す。
雨水「浮浪者街、ホーボー・ジャングルで交換だ!」
と告げ、走り去っていく。
路上のヤクザたちが起き上がる。ヤク
ザAが上着をめくると、ベルトに何丁
も銃が挟まれている。
その銃を抜くヤクザBとC。神太とう
ずらに狙いを定める。
同じ方向に走って逃げる神太とうずら。
背後で銃声が聞こえる。
○道(午前)
神太、息を切らせながら、
神太「もう追ってこないな」
うずら、息を切らせながら腕時計を見る。
うずら「ど、どうすんの!学校遅刻だよ!ていうかカバンが無いよー!」
うるさそうにしながら、袋の中身を見
てみる神太。大量の紙幣が詰まっている。
神太「それじゃ」
袋を持って去ろうとする神太。
うずら「待て!カバン!交換って言ってたでしょ!」
うずらに腕を掴まれる神太。
○浮浪者街(昼)
寂れた通りを歩く神太とうずら。
うずらはこわごわと歩いている。
うずら「お父さんが浮浪者街には近づくなっ
て・・・。危険な人がたくさんいるから」
神太、飄々と、
神太「怖いなら帰ってもいいよ」
うずら「あんた、お金持って逃げるでしょ!」
神太「まあね」
ホーボー・ジャングルに到着する神太
とうずら。
そこは開けた野原に、何棟もガタガタ
の小屋が建っている。
そこら中にゴミが落ち、その上で寝て
いる人も多数いる。
神太とうずら、周りをきょろきょろす
る。どこに行けばいいか分からない。
男の声「おーい、こっちだ」
声のする方を見ると、野原の一番窪ん
だ場所に建つ小屋から、雨水が顔を出
している。
近づいていく神太とうずら。
小屋は、多少豪勢に出来ている。
顔を出したままの雨水、
雨水「さ、入って」
中に入る神太とうずら。うずらは怯え
ている。
中に入ると男たちが多数いる。女も何
人か。皆、身なりは貧しく、汚れや破
れが目立つ服を着ている。
小屋の奥には中々作りの良い、木製の
椅子に座った男がいる。立川門吾(42)だ。
立川が自分のカバンを持っている事に気づくうずら。
立川「バッグと交換だ」
バッグを差し出す神太。カバンがうず
らの元に戻る。
立川が神太に話しかける。
立川「いい走りっぷりだった。君、・・・ラ
ンニング・インターフェアランスにならな
いか?」
神太「ランニング・・・、何です?」
立川「俺たちが物を盗みだして逃げる時、追
手を撹乱させる為、走るんだ」
神太「おとり?」
立川「そういう事」
うずら「やめなよ。犯罪だよ」
神太「俺は」
小屋内を歩き始める神太。右足を引き
ずっている。
神太「見ての通り足に障害がある。歩いてる
時だけ足が痛むんだ。不思議と走ってると
きは痛まないが・・・。そんな俺でも良け
れば、俺は走る」
立川「決まりだ」
雨水がやり取りを不満げに眺めている。
神太「俺、君島神太、って言います」
立川に手を差し出す神太。
立川「俺は立川門吾」
うずら「安間うずらです」
うずら、うっかり自己紹介した事にハ
ッとして食ってかかる。
うずら「ちょっと待った!犯罪を見過ごすわ
けにはいかないよ!」
立川「俺たちはみんなホームレスで、今日食
う飯にも苦労してる。見過ごせないか?」
うずら「お金も奪ってたじゃない」
立川「悪い奴らから奪って、貧しい奴らに配
ってる」
うずら「・・・分かった。ただ私も参加する。
見過ごせない」
神太「何言ってんだ、帰れ」
うずら「私、あなたより速い」
睨みあう二人を仲裁するように、
立川「二人も助っ人が増えたな!10日に島
内組ってヤクザの事務所を襲う。それに参
加してもらうぞ」
○浮浪者街(夕)
道を歩いている神太とうずら。
神太、ハッと何かに気づいて。
神太「そうだ」
と、ポケットからカッターを取り出す。
神太「まだ切ってなかった」
うずら、飛びのいて、
うずら「えええ!あれは勝負がうやむやって
いうか・・・むしろ私が勝ってた、ってい
うか・・・」
神太「いや、俺が勝ってた」
うずら「でもっ。・・・そうだ、10日があ
るし。いま切るのは・・・、ねえ?」
神太「・・・そうだな。じゃあまた今度勝負しよう」
うずら「そ、そうだね」
神太「勝負より練習をした方がいいな。日曜は空いてる?」
うずら「多分、空いてる」
神太「じゃあ市の運動場で走ろう。朝から。じゃあな」
と走り去っていく神太。
うずら「じゃ、じゃあね」
と、ぎこちなく手を振る。
○翌日。市の運動場(朝)
神太が走っている。汗だくだ。
現れるうずら。走る神太をジッと見て
いる。
神太、うずらに気づき歩いて向かって
くる。右足を引きずっている。
うずら「おはよう」
神太「おはよう」
うずら、神太が大量の汗をかいている
事に気づく。
うずら「いつから走ってたの?」
神太、運動場の時計を見る。時計は午
前8時を指している。
神太「3時」
うずら「さんっ、深夜の!?」
神太「そう。ねえ、走らない?足が痛いんだ」
うずら「ダメだよ!休まないと!」
神太「走ってる方が休まるんだけど」
うずら、無理やり神太を近くのベンチ
に腰掛けさせる。
うずら「ほら、飲んで」
と、バッグからスポーツ飲料を出し、
手渡す。
神太「悪いね」
うずら「汗も拭きなよ」
と、タオルを手渡す。うずら、神太が
タオルもバッグも持ってきていない事に気づく。
うずら「神太、手ぶらで来たの?」
神太「・・・ランニング・インターフェアラ
ンスしてる時に汗拭く暇なんてない。水も
飲めないだろう。それを想定して走らないと」
うずら「ちょっと、やり過ぎだよ」
神太「・・・俺、嬉しいんだ。ずっとブラブ
ラしてたから、肩書き貰えて。だから命かけてる」
うずら「・・・そうだ!神太のタオルと飲み
物、私が持つよ。で、拭いてあげんの。手
術中の医者みたいに」
神太「(笑う)そりゃいいや。遅かったら置いてくけど」
うずら「私の方が速い」
神太「勝負するか」
立ち上がる二人。
○運動場(朝)
レーンに神太とうずらが立っている。
クラウチングスタートの体勢をとる。
神太「あの木の葉が落ちたらスタートにしよう」
見ると、運動場に一本の木が立ってい
る。風で今にも落ちそうな葉が一枚揺
れている。
うずら「おっけ」
二人、黙り、木の葉に集中する。
風が吹いている。
葉が落ちた。
同時に走り出す二人。
最初は互角だったが、徐々に神太とう
ずらの差が開いていく。
最終的に神太がうずらを引き離して勝つ。
遅れてゴールし、荒く息をするうずら。
地面に倒れ込む。
神太、多少肩で息をしながら、ポケッ
トからカッターを出す。
神太がカッターの刃をカチカチと出し
ながらうずらに近づいていく。
神太「それじゃあ」
と、うずらの右足に刃を近づける。
うずら、驚いて起き上がる。
うずら「ちょ、待った!その約束はしてないぞ!」
神太、軽く笑って、
神太「冗談だよ」
うずら「あんた、カッターは持ってんのね!引くわ!」
神太「冗談だって」
うずら、地面に座り、
うずら「はー・・・、負けちゃったか。誰に
も勝てないのかな」
神太も地面に座り、
神太「陸上部でも?」
うずら「私、ビリなんだ。一年生にも負けてる」
神太「練習してる?」
うずら「してるよ、毎日してる。きっと、才
能が無いんだな・・・」
神太「そんな事ない。努力してれば道は開け
る。気付いたんだけど、うずらは走ってる
時、下向いてる。それじゃ体が前にいかな
い。前を見るといいよ」
うずら「・・・そうかな。今度、試してみる」
○浮浪者街、ホーボー・ジャングル(昼)
何人ものホームレスたちが、着替えた
り、バッグを持ったり、せわしなく動
いている。
その中を通っていく神太。奥に立川が
いる。
立川「よく来たな、神太」
神太「何か起きるの?」
立川「これから盗みに行く。お前のランニン
グ・インターフェアランスの練習も兼ねて」
神太「俺、走るの?」
立川「走ってもらうぞ」
神太「楽しみだ」
その時、雨水が二人に近づいていく。
右足にはギプスをつけ、松葉杖をつい
ている。
立川「前、会ってるが、紹介しとこう。前ラ
ンニング・インターフェアランスの雨水だ」
雨水「雨水周だ」
神太「どうも。足・・・」
雨水「逃げる時、捕まっちまってね。折られた」
立川「今じゃこんなだが、雨水はかなり速いぜ」
神太、少し表情が暗くなって、
神太「捕まったら無傷じゃ帰れないんですね」
雨水「怖気づいたかい?」
神太「いや。捕まんなきゃいいだけの話だから」
立川「そうだ。今夜のランニング・インター
フェアランスに雨水を連れてけよ。いい勉
強になる」
神太と雨水、顔を見合わせる。
神太「別に教わらなくても・・・」
雨水「教えるって柄じゃないんだが・・・」
立川「いいから、いいから!」
○草原(夕)
風で草がなびいている。
神太と雨水が、積み重なった木箱を前
にして立っている。雨水が木箱の上に
地図を広げる。
雨水「今日、走る場所の地図。街並みを頭に
叩きこめ」
神太「走るだけじゃないんですか」
雨水「その走るのに必要なんだよ」
神太「覚えたりするの苦手なんだけどな・・・」
× × ×
雨水「走ってて、曲がったら行き止まりだっ
たらどうする?」
神太「壁を飛び越える」
雨水「もっと賢くなれ。近くの家のチャイム
を押すんだ。家の中を通れ」
× × ×
神太「なんで捕まったんですか」
雨水「・・・追ってくる奴にやたら速いのが
いた。あれはプロだ。俺たちを捕まえる為
に雇われてるんだろう」
神太「今日、そいついるかな」
雨水「いない事を祈るよ」
× × ×
二人、草原に寝転がっている。
雨水「お前、前は何してたの?」
神太「なにも。ブラブラしてました」
雨水「俺もだよ。放浪してるとき、立川に誘
われたんだ。歩き旅で足が鍛えられてたか
らな」
神太「また旅に出ます?」
雨水「そのうちな」
神太「俺、雨水さんと走ってみたかった」
雨水「・・・ご丁寧に粉砕骨折にされたから
な。当分無理だ」
雨水が腕時計を見る。
雨水「さあ、時間だ。行こう」
二人、立ち上がり、草原を去っていく。
○ 大型スーパー、駐車場(夜)
駐車場にいる神太と雨水。
ホームレスたちが続々とスーパーへ向
かっていく。
皆、少し小奇麗な格好をしている。大
型のバッグを持った者が多い。
○大型スーパー内(夜)
うずらが家族(父、母、姉、妹)と買い
物をしている。
うずらだけ、家族から離れて歩いてい
る。浮かない顔。
母がうずらの卵を買い物カゴに入れる。
それに気付いたうずら、作り笑顔で、
うずら「ああっ、それはいらないよー」
と声をかけるも、家族全員に無視され
る。買い物を続ける家族。
うずら、立ち止まってしまう。と、お
ばさんがぶつかる。
うずら「あっ、すみません・・・」
おばさん、うずらを気にせず、持った
大型バッグに次々と商品を入れていく。
唖然とするうずら。店内を見回してみ
ると、そんな人が何人もいる。
ハッとしたうずら、駐車場を見ると、
神太がいる事に気づく。慌てて、先を
行く家族に走り寄る。
うずら「私!ちょっと、行くとこあるから!」
と興奮気味に走り去る。きょとんとし
た表情で見届ける家族。
○大型スーパー、駐車場(夜)
雨水、神太の様子を見る。少し緊張し
ているようだが、何かを期待している
ようにも見える。
雨水、神太が腕時計をし、ポケットに
財布を入れてる事に気づく。
雨水「腕時計は外せ。財布も置いてけ。少し
でも身軽になるんだ」
神太、腕時計を外し、財布を抜き、雨
水に渡す。
神太「いっそ裸になります?」
雨水「目立って良いかもしれんな」
雨水、神太の靴ヒモを結び直す。
雨水「俺らにとって靴は命にも代えがたい。
しっかり結ぶんだ」
神太「はい」
神太が顔を上げると、スーパーから走
り出てくるうずらが見える。
神太「あっ」
うずらが息切れ切れに神太の元に駆け
寄る。
うずら「今日、やるの!?」
神太「ああ。・・・何してんの?」
うずら「買い物してて・・・。私も走るわ」
神太「邪魔だよ」
雨水「安間も一応ランニング・インターフェ
アランスなんだ。走ってみろ」
うずら「はい!」
雨水、うずらの靴ヒモを結び直す。
雨水「頑張れよ」
うずら、嬉しくなって、
うずら「はいっ!」
神太は、やれやれといった顔。
スーパーの前が騒々しい。
ホームレスたちが次々と店から走り出
てくる。バッグは盗んだ物でパンパンだ。
ホームレスたちを追って、店員、警備
員たちも走り出てくる。
雨水「出番だ」
と、ポンと神太とうずらの背中を叩く
雨水。
走り出す神太とうずら。
○ 街(夜)
ホームレスが数人走っている。それを
追う店員・警備員。
神太とうずらがその後ろから迫ってい
く。店員たちを抜き、ホームレスたち
と合流する。
神太、ホームレスAに、
神太「次の角曲がって!T字路出るから、それを左!」
角を曲がっていくホームレスA。店員
が一人それを追う。
走り続ける神太たち。しつこく追って
くる店員たち。
店員の一人が脱落する。疲れ切り、座
って荒く息をしている。
うずら、神太が少し汗をかいている事
に気づく。
ハンカチをポケットから取り出し、そ
れで汗を拭いてやる。
神太、うずらを見てニコッと笑う。笑
い返すうずら。
コンビニの前を通り過ぎる神太たち。
神太、雨水と見た地図を思い出す。
ホームレスBに、
神太「次の分かれ道、左に行ってください!
隠れられる場所、多いです!」
ホームレスB「わ、わかった!ありがとう」
左に曲がっていくホームレスB。
神太たちは、店員たちと大分距離が空
いた。
残っているホームレスはCとDのみ。二
人ともだいぶ疲れているようだ。
神太「少しペース落としましょう。もう大丈夫です」
ホームレスC「はあはあ。あ、ああ・・・」
その時、神太の右足の靴ヒモが切れて
しまう。スポンと抜ける靴。
立ち止まる神太。うずら、ホームレス
たちも立ち止まる。
神太「・・・嘘だろ!こんな時に・・・」
神太、急いで靴を拾う。ヒモは切れて
いる。神太、ヒモをよく見てみる。ヒ
モは切れている所意外にも、鋭利な刃
物で切れ込みが入れてある。
うずらもその事に気づく。
うずら「切り傷・・・」
神太「・・・雨水さんだ。うずらの靴ヒモに
も切れ込み入ってる筈だ」
うずら、靴を見てみる。たしかに切れ
込みが入っている。
店員たちが少しずつ近づいている。
うずら「ど、どうしよう・・・」
神太、考える。
神太、ホームレスCに、
神太「まだ走れます?」
ホームレスC「もう、無理だ・・・」
神太、ホームレスDに、
神太「あなたは?」
ホームレスD「なんとか走れると思う」
神太「じゃあ、この路地を行ってください。
俺たちには構わないで」
ホームレスD「・・・分かった。これ」
と、バッグから盗んだペットボトル水
を取り出し神太に渡す。
神太「ありがとう」
水を少し飲む神太。ホームレスD、路
地に走り去る。
神太「俺たちは隠れよう」
神太たち、少し離れた建物の陰に隠れる。
店員たちが、さっきまで神太たちが居
た所で、神太たちを探している。
ホームレスCが体力の限界だ。神太、
さっき貰ったペットボトル水をCに手
渡す。
神太「飲んで」
ホームレスC「ありがとう・・・(ガブガブ飲む)」
神太、靴ヒモを見る。
神太「・・・雨水さん、なんで・・・」
うずら、気落ちしている神太に、
うずら「神太、カッター持ってる?」
神太「え?・・・持ってるけど」
うずら「貸して」
神太、Tシャツを捲ると、腹にテープ
でカッターを貼り付けている。
テープを剥がし、カッターをうずらに
渡す。
うずら、いきなり自分の髪を一束、カ
ッターで切り落とす。
神太、驚く。
うずら「これ、靴ヒモにしよう」
うずら、神太の前にしゃがみ込み、両
靴のヒモを取る。代わりに髪をヒモ穴
に通す。
神太「・・・そんな髪じゃ学校で笑われるな」
うずら「いいよ。もう笑われてるし。・・・できた!」
髪をヒモ穴に通し終えるうずら。
神太「よし・・・!うずら、この人を連れて逃げろ」
うずら「神太は・・・?」
神太「囮になる。それが仕事だ」
神太、素早く建物の陰から出ていき、
店員たちがいる方へと走っていく。
見届けるうずらたち。うずら、ホーム
レスCの手を取り、
うずら「行きましょう!」
うずらたち、神太とは逆の方向へ走り去る。
○浮浪者街、ホーボージャングル(夜)
ズンズンと歩いていくうずら。視線に
は談笑している立川と雨水の姿が映っ
ている。
うずら、右手に持った、神太のカッター
の刃を少しずつ出す。
雨水がうずらに気づき、口をつぐむ。
うずら、雨水にカッターを向ける。
うずら「神太が帰ってこなかったら、あんた
の無事な方の足を切り裂いてやる」
雨水「ま、待てよ。落ちつけ・・・」
ただ事じゃないことに気付いた立川、
立川「雨水。お前、何かしたのか・・・?」
雨水「俺は・・・、ただ・・・」
うずら、静かに怒りながら、刃先を雨
水に向け続ける。
× × ×
数十分が経つ。
うずらは、腕を上げ、カッターを雨水
に向け続けていた。腕が疲れて震えている。
その時、ホームレスたちがざわめく。
神太が一人、歩いてくる。顔を殴られ
たのか、鼻・口から血を流している。
着ている物も血で染まっている。
ホームレスの何人かが神太に声をかける。
ホームレス1「よくやった!」
女ホームレス「ケガ、大丈夫・・・?」
うずら、神太の元に駆け寄りそうにな
るが、雨水を思い出し、留まる。
神太、うずらたちの元まで歩いてくる。
神太「ういっす」
うずら、雨水に向けてたカッターを下ろす。
うずら「神太・・・!」
立川、立ち上がり、
立川「医者がいるから診てもらえ」
神太「雨水さん」
雨水、ビクッとする。
神太「俺は負けませんでしたよ。走り続けました」
雨水、何も言えない。
神太、うずらの方に手を伸ばす。
神太「カッター」
うずら、チラッと雨水を見る。
うずら「でも・・・」
神太「いいよ」
神太、うずらからカッターを取る。
○ホーボージャングル、雨水の小屋
雨水が自分の寝床で荷物をまとめてい
る。それを見ている神太。顔には手当
てがしてある。
雨水、手を止め、
雨水「・・・ああでもしなきゃ、自分の居場
所が無くなると思ったんだ」
神太「分かってます」
雨水、荷物からシューズを一足出す。
雨水「これ、やるよ」
神太、動かない。
雨水「(苦笑し)大丈夫。ヒモは切ってない」
神太、笑って受け取る。
神太「どこに向かうんですか」
雨水「さあ。気ままに歩くよ」
神太「また会えますか」
雨水「・・・じゃあな」
雨水、荷物を背負い、松葉杖をつきな
がら歩き去る。
神太、見届ける。
立川が現れる。
立川「行ったか・・・。悪い男じゃなかった」
神太「はい」
立川「神太、怪我は大丈夫なのか。10日の
島内組は・・・」
神太「大丈夫、やれます」
立川「そうか・・・」
神太「練習しときます」
○路上(昼)
神太とうずらが立っている。建物を見
ている。看板が出ている。島内組の事
務所だ。
神太「こっからどう逃げるか」
うずら「前走って思ったんだ。走るだけじゃ
厳しいな、って」
神太「うん。俺も思った。横に逃げてるだけ
じゃダメなんだ。縦も斜めも使わないと」
神太、家のブロック塀に触り、
神太「これを乗り越えられたら、楽になる。
でも俺の専門じゃない」
その時、背後が騒がしい。
少し離れた所にあるコンビニから、1
7歳くらいの制服姿の高校生が走り出
てくる。カバンに盗んだ物を入れなが
ら、神太たちの方に走ってくる。
店員たちが追いかけてくる。
男子高生が神太の前を通る時、盗んだ
パンを神太に投げ渡す。
うずら「え?」
男子高生は先ほどまで神太が触ってい
たブロック塀に、軽々と飛び乗り、屋
根をつたって逃げていく。
店員がやってくる。神太が持っている
パンに気づく。
店員「ちょっと!(神太の腕を掴む)」
神太「誤解です」
うずら「私、私、見てました!男の子がパン渡して・・・」
店員、神太の腕を放し、パンをもぎ取
ってコンビニの方へ歩いていく。
うずら「あいつ!時間稼ぎの為にパン渡したんだよ!汚ねー!」
神太、男子高生が去って行った方を見る。
神太「・・・見たか。この塀、飛び乗ったよ、あいつ」
うずら、察して、
うずら「あんな奴に教わろうとしてるでしょ?
やめときなって!ロクな奴じゃないよ」
神太「あいつの制服、うずらと一緒だった。
見おぼえない?」
うずら「知らないなあ。・・・いや、知って
る。入学して、すぐ不登校になった、雲井
くんだ・・・」
神太「家、分かる?」
うずら「連絡先なら分かる。雲井くん、誰と
も話さないで机で寝てるから、なんか・・・、
可哀想になって聞いたんだ」
うずら、携帯を取り出す。雲井の番号
を探し、電話をかける。
うずら「出るとは思えないなぁ・・・」
携帯のコール音が鳴る。出ない。なか
なか出ない。
出た。
雲井(声)「はい・・・」
うずら「雲井くん・・・?」
雲井(声)「なんだよ・・・」
うずら「いや、えー・・・」
神太、うずらから携帯を取り上げる。
神太「雲井くん、ちょっと会えないかな」
雲井(声)「だれ?」
神太「君がパン投げ渡した男だよ」
雲井(声)「会うかよ!」
神太「君がパン投げた時、ポケットから財布
抜いといたよ」
雲井(声)「ええっ!?(間)・・・無い。返せ」
神太、雲井の財布を出し、中を調べる。
住所が分かった。
神太「返しに行くよ。君ん家まで」
雲井(声)「金抜くなよ・・・」
通話、切れる。
○雲井家前(昼)
神太とうずらが玄関で待っている。
玄関が開き、慶一が出てくる。
慶一「財布」
神太「はい」
と、財布を慶一に返す神太。
すぐに財布の中身を確認する慶一。
神太「抜いてないよ、慶一くん」
慶一「誰だ、お前は」
神太「君島神太」
慶一、うずらの方をチラッと見る。
慶一「安間、お前が呼んだのか」
うずら「いや、そういうんじゃないよ、この
人は」
神太「慶一くん、君が不登校でいる環境には
興味が無い。君の身のこなし、あれは何だ?」
慶一「あれは、・・・パルクールとかフリー
ランニングって呼ばれてる」
神太「俺はランニング・インターフェアラン
スなんだ」
慶一「何だそれ」
神太「君がコンビニから盗んで逃げる時、囮
になって走ってくれる奴がいたら助からな
いか?それがランニング・インターフェア
ランスだ」
慶一「そんなもんいらん。俺は自分で逃げる」
神太「いいね。で、だ。パルクール教えてく
れないか」
慶一「やだね」
神太「君の力がいる」
慶一「俺の?不登校児の俺の?」
神太「ああ」
うずら、うんうんと頷く。
慶一「(考えている)・・・上がって」
神太たちを家に上げる慶一。
○慶一の部屋(昼)
昼なのに雨戸・カーテンが閉められて
おり、薄暗い。ゴミ、本、衣類、食器
などが散らかって汚い慶一の部屋。
うずらが何か見つける。ペッタンコに
薄く潰されたピザ。
うずら「雲井くん、これ、何!」
慶一「メシ。・・・部屋から出たくないから、
薄く潰したピザを、ドア下の隙間から貰っ
てんだ。母さんが食えってうるさくて」
神太「これ以外食べないのか?」
慶一「(ニヤッと笑って)盗んで食ってる」
慶一、ベッドに腰掛ける。
慶一「俺の力が借りたい、ってどういうこと?」
神太、畳んだ地図を取り出し机に広げ
る。この時、机の上のゴミが床へ散ら
ばる。
うずら「耐えられん!私、掃除するよ!」
うずら、勝手に部屋から出ていく。
慶一「い、いいって!ゴミじゃないし、これ!」
神太「人の事聞かないよ、うずらは」
慶一「はあ・・・。安間と初めて会った時も
そうだった。無理やり連絡先聞かれて、い
やだって言ってんのに・・・」
うずら、ほうき、雑巾、ゴミ袋を手に
戻ってくる。
うずら「ダスキンでーす。掃除します。神太
たちは話し合ってていいよ」
神太「うん」
神太、地図の一点を指す。
神太「慶一くん、君がここからここ(離れた
一点を指す)まで逃げる時、どういうルー
トで逃げる?」
慶一、地図を見、
慶一「こう」
と、地図上の建物を無視し、一点から
一点まで、直線の距離を示す。
神太「素晴らしいね、君は。俺たちはこうし
てた」
神太は、建物に沿って、一点から一点
まで、曲がったりしながら指で示す。
慶一「バカだ」
神太「バカだった。君に会って考えが変わった」
慶一「それでパルクールを?あれはそう簡単
にできるもんじゃない」
神太「分かってる。だから教えて欲しいんだ」
慶一「俺も教えて欲しい。覚えて、何に使うのか」
神太「巻き込むことになる」
慶一「失う物なんて何もない」
うずらの素早い掃除で、部屋は徐々に
綺麗になっている。うずら、掃除の締
めに、カーテン、雨戸を開け、陽の光
を入れる。
パッと明るくなる室内。照らされる神
太たち。
神太「ヤクザ事務所から金を奪う。やるかい?」
慶一「やる」
二人、握手する。
○森の中(昼)
鬱蒼とした森の中。木々に遮られ、光
が僅かに射し込んでいる。
そこに神太、うずら、慶一がいる。
うずら「こんな所で練習するの?」
神太「建物が無いから練習にならないんじゃないか」
慶一「自然の中が一番なんだ」
慶一、走り出し、ジャンプし木の枝を
掴み飛ぶ。
今度は木を駆け上がる。枝から枝へ飛ぶ。
慶一「こんな感じでやってたら、街でも通用する」
走りだす神太。それを見てうずらも走りだす。
○ モンタージュ
森の中を走り、飛び、登り、練習する三人。
○ モンタージュ終わり。森の中(夕)
疲れて座り込むうずら。神太も疲労困
憊で座る。肩で息をしている慶一、
慶一「基本はこんなもんだね」
うずら「想像以上に疲れるわ・・・」
神太「腕の力もつけなきゃ駄目だな」
慶一「毎日腕立て200回」
うずら「やってんの!?」
慶一「不登校になった日から、欠かした事は
ない」
うずら「・・・ねえ、なんで不登校になったの」
慶一「学校なんて、あんなガキの遊びには付
き合ってられない」
うずら「雲井くんだってガキじゃん」
慶一「俺は違うよ!親は母さんしか居ないし・・・、
万引きだって食ってく為にやってる、いわば社会人だよ」
うずら「社会人じゃあないんじゃないかな」
慶一「うるさい。安間、お前なら分かってくれると思った・・・」
うずら「なんでそう思うの」
慶一「お前、陸上部でハブられてるだろ。だから・・・」
うずら「私は家でも学校でも邪魔者扱いされ
てる。だからって不登校になったりはしない。逃げたりはしない」
慶一「・・・お前、その内いじめられるぞ」
うずら「でも逃げない。雲井くんはいじめられてたの?」
慶一「いじめられそうな、そんな雰囲気は感じた・・・」
慶一、言いにくそうに、
慶一「俺の母さん、スーパーで清掃のパート
やってんだ。クラスの奴らがそれ知って笑
ってんの聞いたんだ。貧乏だって・・・」
うずら、黙る。
神太、黙って聞いていたが喋り出す。
神太「俺は、二人の、両方の気持ちが分かるよ」
うずらと慶一、神太を見る。
神太「俺は仲良かった友達を一人、不登校に追い込んでるんだ」
うずら「えっ・・・」
神太「同じ陸上部で、俺より速かった。嫉妬したんだ。だから・・・」
慶一「だから・・・?」
神太「過去のトラウマを話すのはきついな。
二人は今、トラウマになりそうなものと闘
ってるから凄い。うずらも慶一も闘ってる」
慶一「俺は逃げてるってよ」
神太「慶一、コンビニで万引きした時、制服
着ていたろう。あれは毎日、学校に行こう
として着てるんじゃないか?」
うずら「そうなの!?」
慶一「・・・毎朝、着るんだ。でも学校には
行けない。門の前で帰ってきちまう。・・・ああ。俺、逃げてんのか・・・」
うずら、首を横に振って、
うずら「ううん。立派に闘ってるよ」
慶一、俯く。
うずら「神太は、・・・友達に何したの」
神太「・・・落とし穴を掘って、そこに先を
尖らした木の枝を何本も立てたんだ。落ち
れば足が潰れる。・・・潰れたよ。足の潰
れた友達の代わりに、俺は大会に出れた。
でも走れなかったんだ。友達が足引きずっ
て見に来てくれた大会でだ。それから、あ
いつは学校にも来なくなってしまった」
神太、右足が痛む。手でさすりながら、
神太「そいつの代わりに走り続けようって決めたんだ」
うずら、深く理解したように、
うずら「うん、闘ってる・・・」
慶一「うん・・・」
陽が暮れてきている。森の中がより薄暗い。
神太「さあ・・・、今日はもう帰ろう」
三人、立ち上がり、森から去っていく。
○ うずらの通う学校(午前)
うずらが校門を通って行く。
○教室(午前)
授業を受けるうずら。
隣の席、慶一の席は今日も空いている。
と、教室の戸が開き、慶一が入ってくる。
唖然とする教師、クラスメートたち。
慶一「お、遅れました・・・」
慶一、スタスタと歩き自分の席につく。
うずらがそんな慶一をじっと見ている。
ニコッと笑いかけ、
うずら「おはよう」
慶一「おはよう」
授業を受ける二人。
○ 学校、グラウンド(夕)
陸上部が100m走のタイム計測を行って
いる。部活の先輩が最速タイムを出し、
盛り上がっている。
そんな中、端っこに座り、順番を待っ
ているうずら。
顧問「次、安間」
呼ばれたうずら、スタート位置に並ぶ。
うずら「下は向かない・・・前を見て走る・・・下は向かない・・・」
うずら、クラウチングスタートの姿勢を取る。
パン、と顧問がスターターピストルを撃つ。
走りだすうずら。
うずら(心の声)「下は見ない!前を見る!」
走り続けるうずら。
タイマーで時間を計っている顧問。
ゴールするうずら。
タイマーが最速タイムを示している。
肩で息をしているうずら。タイムに驚いている。
顧問「凄いな、安間。最速タイムだ」
と、肩をぽんと叩く。うずら、嬉しそう。
離れた所で先輩たちがうずらをジッと見ている。
○校舎裏(夕)
地面に並べられたガラス瓶の数々。
陸上部の先輩たち、地面にハンカチを
敷き、そこに膝をついて、石でガラス
瓶を砕き始める。誰も喋らず、黙々と。
○陸上部部室(夕)
帰り仕度を終えたうずら。ロッカーか
ら自分の白いスニーカーを出す。
スニーカーを見て驚くうずら。
スニーカーの中に、砕かれたガラス片
が敷き詰められている。
部室の戸の裏でせせら笑う先輩たちの
声が聞こえる。
うずら、グッと耐えている。スニーカー
を床に下ろす。
そっと、右足をスニーカーの中に入れ
るうずら。
ガラスが足に突き刺さる。顔を歪めて
痛みに耐えるうずら。
右足をスニーカーの中にすべて入れる。
痛みで全身が震えている。
白いスニーカーが、じわっと血で赤く
染まっていく。
今度は左足だ。左足も全て入れ、震え
る手でヒモを結ぶ。
ゆっくりと立ち上がるうずら。
右足を、ゆっくり前に出す。スニーカー
の中でガラス同士がぶつかる、カチャ
カチャという音がする。耳障りだった。
今度は左足を前に出し、一歩一歩進ん
でいく。
部室を出るうずら。
ドア裏に隠れていた先輩たちが、最初
は笑っていたが、真っ赤なスニーカー
を見て黙る。
そのまま何も言わず進んでいくうずら。
青ざめて見ている先輩たち。
○ 路上(夜)
足を引きずるようにして歩くうずら。
道に、点々と足から流れた血が残る。
何か音がする。ふと顔を上げるうずら。
暗くてよく見えないが、人が家の塀や
屋根を飛び、軽快に走っている。
満月に照らされて顔が見える。神太だった。
うずらの前に綺麗に着地する神太。
うずらが何も言わないのでおかしい事を察する。
神太「・・・どうした?」
うずら、荒く息をしている。
神太「おい・・・!」
神太、うずらのスニーカーに気づく。道の血痕にも。
神太「うずら・・・」
うずら、神太の目をしっかり見てから
前に倒れる。抱きとめる神太。
神太「病院に行こう」
うずら、かろうじて意識を保っている。
うずら「嫌だ・・・家族にばれる・・・」
神太「分かった・・・」
神太、うずらの体を抱き上げ、夜の道
を走っていく。
○ ホーボージャングル、医者の小屋前(夜)
小屋には赤い十字マークのネオンが灯っている。
○ 医者の小屋内
神太、うずらを抱いたまま小屋に入る。
神太「先生!」
医者は床でイビキをかいて寝ている。
そばに転がっている空の酒瓶の数々。
神太、うずらを、部屋隅にあるベッド
にそっと寝かす。
神太、医者の傍まで行き、体を揺すっ
てみる。起きる気配はない。
神太「まいったな・・・」
神太、急いで部屋中を見て回り、包帯、
消毒液、ピンセットなどを集める。
うずらの元に急ぐ神太。
神太「うずら?」
うずら、かすかに意識を戻す。
神太「医者が酒飲んで寝てる・・・。俺が手当てする事になる」
うずら「(少し笑って)いいよ・・・」
神太、うずらの足からそっとスニーカー
を脱がす。
うずら、苦痛に耐える。
脱がし終えたスニーカー、中のガラス
片が血に染まっている。
ベッドテーブルの照明を動かし、うず
らの足を照らす神太。
足には、足裏にも甲にもガラスが無数
に突き刺さっている。
痛々しそうにそれを見る神太。ピンセ
ットを手に取る。
少し震える手で、うずらの足からガラ
スをピンセットで抜き取る神太。
うずら、消え入りそうな声で、
うずら「私・・・、陸上部で一番速かったよ・・・」
神太、黙々と手を動かし、
神太「良かったな・・・」
うずら「神太のアドバイス、思い出して・・・」
神太「うん・・・」
うずら「明日、私、走れないね・・・」
神太「それで良いんだよ、きっと・・・」
時計の秒針が進む音。時間が過ぎていく。
× × ×
時刻は早朝。
うずらの足に刺さった、最後のガラス
片を抜く神太。うずらの足に包帯を巻く。
うずらは眠っている。
疲れ果てた神太、倒れるようにベッド
に突っ伏し、眠り始める。
その時、寝ていた医者が起き上がる。
○ 雲井家(夜)
時刻は午後9時半を指している。
母親が寝静まった雲井家。
慶一が、自分の部屋からそっと出てくる。ジャージ姿だ。
台所に行き、机にメモ用紙を置く慶一。
玄関で靴をはき、家から出ていく。
メモ用紙には「必ず帰ってきます」の文字。
○ホーボージャングル、医者の小屋内
ベッドに突っ伏したまま寝ている神太。
その体には毛布がかけられている。
うずらが立って、医者の台所で料理を
作っている。足を引きずりながらも、
料理に没頭している。
それを見ている医者。テーブルの上の
酒瓶に手を伸ばすが、うずらにピシャ
リと手を叩かれる。
神太が目覚める。うずらがベッドにい
ない事に気づき、
神太「うずら・・・!」
と、慌てて身を起こす。
うずらが台所から返事をする。
うずら「はーいー」
神太、急いで台所に行く。うずらの姿
を見て、
神太「駄目だよ、寝てなきゃ!」
と大きな声。
うずら、意に介さず、料理を続ける。
うずら「もうちょいで出来るよ」
医者の手がまた酒にのびる。手をピシ
ャリと叩く神太。
うずらが台所から出てくる。
うずら「神太、これ食べて」
と、机に料理皿を並べる。目玉焼き、
ウィンナー、サラダ。
うずら「こんなのしか作れないけど・・・」
と少し恥ずかしそう。
神太「足は!?」
うずら「大丈夫!神太のおかげだね」
神太、うずらの傍まで行き、
神太「嘘つけ!まだ痛むはずだ」
うずら「大丈夫だって。さ、食べて食べて!」
うずらの軽妙な様子に押され、神太は椅子に座る。
うずら「10時まであと15分。急いだ方がいいよ」
神太、時計を見る。料理を素早く食べ始める。
うずら「はあ(ため息)、私がいなくて大丈夫かな?」
神太「(食べながら)大丈夫。慶一もいるし」
食べ終える神太。
神太「うずら、行ってくる」
うずら「うん。行ってらっしゃい」
神太、小屋から出て走り去っていく。
手を振ってそれを見届けるうずらと医者。
○島内組事務所近く(夜)
路地に身を潜めるジャージ姿の神太と慶一。
神太、靴ヒモを結び直す。雨水から貰
ったシューズを履いている。
それを見た慶一も靴ヒモを結び直す。
路地前を通り過ぎていく、ホーボー・
ジャングルの男たち。手にバールや角
材、ハンマーなど凶器になりそうな物
を持っている。
島内組の事務所の中へと入っていく男たち。
何かが割れる音。
怒声。
銃声。
窓が割れた。
その時、ブツを盗んだホームレスたち
が、事務所からわらわらと出てくる。
遅れてホームレスたちを追うヤクザ7~8人。
神太「行くぞ!」
慶一「おう!」
突如ヤクザたちの前に現れた神太と慶
一に、戸惑うヤクザたち。
ホームレスたちは別のルートに走って
いく。
誰を追っていいのか分からないヤクザ
たち。
一人、ゆっくりと島内組の事務所から
出てくる男。右足が金属製のアームで
保護されている。
ブツが入った袋が、アメフトのボール
さばきの如く、ホームレスから神太へ
と渡ってくる。
それを見た金属製の足を持つ男、走り
出す。
その時、転んだホームレスが一人捕ま
った。その場でヤクザに射殺される。
銃声に驚く神太と慶一。足が止まって
しまう。
ホームレスの声「何してる!こっち!」
ホームレスの一人が叫ぶ。そのホーム
レスに紙幣が入った袋を投げ渡す神太。
神太「行って!」
呆然としている慶一の手を掴み、走り
だす神太。神太、速い。
あっという間に袋を持ったホームレス
に追いつく。
袋が神太に投げ渡される、先頭を走る
神太と慶一。
別々の方向に散ったホームレスたちを
追って、バラバラになるヤクザ。
そのうちの一人がしつこく追ってくる。
金属製の足を持つ男だ。
神太だけを狙っている。
神太たち、塀に飛び乗り、そのまま走
っていく。
金属製の足を持つ男も塀に飛び乗る。
追ってくる
振り返ってそれを見た神太、
神太「あいつ・・・」
路上に着地する神太たち。
走りながら神太、慶一に、
神太「お前は右!」
と告げ、袋を投げ渡す。神太、左に向
かう。カーブを曲がるとき、標識のポー
ルを掴み、遠心力でグルッと曲がる。
慶一は右へ走っていく。
金属製の足を持つ男が神太を追って左
へ曲がる。
走る神太。追う金属製の足。
塀に飛び乗ろうと、飛び越そうと、ど
こまでも追ってくる。
神太「俺を狙ってる・・・!」
神太、路上に下りる。角を曲がると、
行き止まりだった。高い塀が立ち塞が
っている。
追い詰められた神太。塀を背に、待つ。
金属製の足を持つ男が、ゆっくりと現
れる。
アームが地面に当たる、カチャカチャ
という音が響く。
暗がりから姿を現した男は、早一だった。
神太「そう、いち・・・?」
早一「そうだ、神太。早一だよ」
神太、早一の右足を見る。
神太「足・・・」
早一「これか。島内組の組長が金出してくれ
てね、こうしたんだ」
神太「走れるのか・・・?」
早一「ああ」
神太「俺、早一の足を・・・、落とし穴に・・・」
早一「知ってた。ずっと前からな」
神太、固まる。
早一「憎んだよ、心底」
神太「お、おれ、謝りたくて・・・」
早一「はっ。あれから何年も経つ。もう遅い。
それにもういい、今はこうして走れる」
神太「す、すまない・・・」
早一「謝るな!過去はどうでもいい!今、お
前はランニング・インターフェアランスで、
俺はそれを捕まえる役だ」
神太「・・・」
早一「捕まったら、何されるか、・・・分かるか?」
神太、息をのむ。素早く周りを観察す
る。すぐそばの家に狙いを定める。
神太、素早く駆け寄り、ノックする。
神太「火事です!早く家から出て下さい!」
少しして、家人がドアを慌てて開ける。
神太、素早く家の中に入り込む。
○ 家の中
家の中を駆け抜ける神太。
早一も走ってついていく。
家人「何が起きたんだ!?」
と腕を掴まれる早一。家人をぶん殴り、
気絶させ神太を追う。
裏口から家を出る神太。
○ 路上(夜)
走る神太。
早一もあとに続く。
路上を走る二人。差は大して開かず、
同じ間隔で走り続ける。
カーブを曲がり、直線を走り、土手を
上る。ずっと二人で。
神太、息が切れ始める。水が飲みたい。
唇を舌で濡らす。
早一は顔色一つ変えず、追いかけてくる。
女の声「神太―!!」
道の向こうから声がする。うずらだ。
足を引きずりながら、駆け足で向かっ
てくる。手にはペットボトル水。
神太がうずらとすれ違う時、うずらは
ペットボトル水をうまく神太に手渡す。
遠ざかっていくうずらが声を出す。
うずら「神太―!負けないで!!」
水を飲む神太。沁み渡る。
走り続ける神太と早一。
○ 神太と早一の母校(深夜)
ふと気付くと神太は母校(高校)の校
庭にやってきていた。はぁはぁ、と肩
で息をしながら立ち止まる神太。少し
遅れてやってきた早一。少し、肩で息
をしている。
神太と早一、睨みあう。
神太「俺の方が速い」
早一「いや、俺だ」
神太「やるか?」
早一「やる」
○グラウンド(深夜)
レーンに着く二人。二人を満月が照ら
している。
○ 神太の母校(深夜)
学校の門を潜るうずらと慶一。足を引
きずるうずらに肩を貸している慶一。
○ グラウンド(深夜)
満月が雲に隠れる。
神太、隣レーンの早一に、
神太「月が雲から出たらスタートだ」
早一、黙って頷く。集中している。
静寂。
うずらと慶一が見守っている。
月が、出た。
走りだす神太と早一。
両者、抜きつ抜かれつ、ほぼ互角の勝
負をする。
ゴールが近づいてくる。
神太が抜かれた。早一が先頭を走る。
神太、残った力を出すが及ばない。
その時、
うずら・慶一「神太ー!」
と声が聞こえる。
それを聞き、最後の力を振り絞る神太。
早一を抜く。
そしてゴールに突入する。
グラウンドにのび、はあはあと荒く息
をする神太。
早一もグラウンドにのび、息を整えて
いる。
早一「・・・立て、神太」
神太、朦朧とする意識の中、早一の声
を聞いている。
早一「そして走り続けろ。止まったら、俺が
行く。今度は容赦しない」
神太、ヨロヨロと立ち上がり、おぼつ
かない足取りで走りだす。
うずらたちが居る所とは逆の方へ走り
続ける神太。
早一は満月を見ている。
走り去る神太を見つめるうずらと慶一。
うずらN「それが神太を見た最後の姿だった・・・」
○ 大学(昼)
授業を受けているうずら。
○ 大学内、グラウンド(夕)
陸上部の練習。そこにうずらはいる。
周りと仲良く談笑するうずら。
顧問「次、安間」
うずら「はい!」
と、元気よく返事する。
スタート位置につくうずら。スターター
ピストルの発射を待つ。
その時、学校の外が騒がしくなる。
うずら、騒がしい一画を見る。
人が5人ほど、何かを追って走っている。
追われているのは、神太だった。
神太は圧倒的な速さ。追っ手との距離
が開いていく。
それを見たうずら。表情に笑みがこぼれる。
顧問「さ、行くぞ!」
と、顧問がスターターピストルを撃つ。
走りだすうずら。
速かった。
終わり
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