NHKは民放になりました。 ドラマ

令和元年5月1日に生まれた南波佐間元。彼の30年の人生で起きた青春、バイト、NHKの民放化、結婚、出産、就職、大震災等、様々な出来事を振り返る。
マヤマ 山本 5 0 0 01/15
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第一稿

<登場人物>
南波佐間 元(0)~(30)学生~会社員
日根野谷 和歌(6)~(29)元の幼馴染、妻
小比類巻 英弘(7)~(30)元の同級生

南波佐間 豪(0)~(6 ...続きを読む
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<登場人物>
南波佐間 元(0)~(30)学生~会社員
日根野谷 和歌(6)~(29)元の幼馴染、妻
小比類巻 英弘(7)~(30)元の同級生

南波佐間 豪(0)~(6)元と和歌の息子
南波佐間 令奈(26)~(56)元の母
南波佐間 新(26)~(56)元の父
小比類巻の母
女子アナ
小学校教諭
高校教諭
女子生徒A
女子生徒B
従業員
上司
スタッフ



<本編>
○各地(夜)
   場所は渋谷のスクランブル交差点等、元号が「平成」から「令和」に変わり、盛り上がる人々。
   尚、ここからメインタイトルまでは全てテレビ番組内の映像という体で。

○病院・中(夜)
   南波佐間令奈(26)に抱き抱えられる南波佐間元(0)にカメラを向ける女子アナら取材陣。傍らには南波佐間新(26)もいる。
女子アナ「コチラには、生まれたばかりの令和ベイビーがいます。もうお名前は決まっているんですか?」
令奈「令和元年生まれなので『元』と付けました」
女子アナ「元君ですか。いいお名前ですね」
N「あの令和ベイビーが……」

○南波佐間家・居間
   カメラの前に立つ元(30)。
元「南波佐間元。令和元年五月一日生まれ、三〇歳です。(カンペを見ながら)『NHK特番 令和30年を振り返る』。CMの後もまだまだ続きます」
   重なるテレビ番組のロゴ。
   企業CMが流れ出す。

○メインタイトル『NHKは民放になりました。』

○小学校・外観
   T「令和8年」
小学校教諭の声「みんなは『三匹のこぶた』のお話、知ってるよね?」

○同・教室・前
   「1―1」と書かれた表札。
小学校教諭の声「子豚の長男はわらで、次男は木で、三男はレンガで家を作ったけど」

○同・同・中
   小学校教諭の授業を聞く元(7)、日根野谷和歌(6)、小比類巻英弘(7)ら小学一年生の生徒達。
小学校教諭「もしこの子豚達にもう一匹、弟がいたとしたら、その子豚はどんな家を建てたでしょうか?」
   一斉に手を上げる生徒達。
小学校教諭「じゃあ、日根野谷さん」
和歌「コンクリート」
元「普っ通~」
和歌「うっさい。なら、元は何だと思うの?」
元「(ウケ狙いで)おかしの家」
和歌「それ『ヘンゼルとグレーテル』じゃん」
   笑う生徒達。そんな中、黙ってすっと手を上げる小比類巻。
小学校教諭「はい、小比類巻君」
小比類巻「はい」
   立ち上がる小比類巻。
小比類巻「(真面目に)やっぱり、わらとか木の家を建てたんじゃないかな、と思います」
   笑う生徒達。
元の声「変な事言うよなー」
    ×     ×     ×
   休み時間。
   小比類巻の席を囲む元、和歌ら生徒達。
元「さっすが平成生まれ。言う事が訳わかんねぇっていうか、時代遅れだよな」
小比類巻「……」
   小比類巻の頭を叩く元。
小比類巻「痛っ。叩かないでよ、南波佐間君」
元「お前が無視するからじゃねぇかよ、平成生まれ」
小比類巻「僕の名前は小比類巻英弘。ちゃんと名前で呼ばれないと返事しないよ。南波佐間君だって『令和生まれ』って呼ばれても返事しないでしょ?」
元「当たり前だろ。『令和生まれ』なんて、みんなそうなんだから」
和歌「逆に『平成生まれ』なんてアンタだけじゃん」
元「古っ。ダサっ。かっこ悪っ。や~い、時代遅れの平成生まれ~」
   泣き出す小比類巻。
和歌「え、何? アンタ泣いてんの?」
元「(笑いながら)うっわ~、弱っ。これだから平成生まれは」
   和歌ら周囲の生徒達も笑っている。

○同・会議室
   コの字に並べられたテーブル。向かい合う元、令奈(33)と小比類巻、小比類巻の母(42)。その間には小学校教諭と校長。テーブルの上にはボイスレコーダー。
元の声「(ボイスレコーダーから)時代遅れの平成生まれなんて、こうしてやるよ」
小比類巻の声「(ボイスレコーダーから)やめてよ、南波佐間君」
   ボイスレコーダーを停止する小比類巻の母。
小比類巻の母「まったく。念のため英弘にコレ(=ボイスレコーダー)を持たせてみたら、この有様ですよ」
令奈「申し訳ありません……」
小比類巻の母「お宅は一体、お子さんにどういう教育をなさっているんですかね?」
令奈「申し訳ありません……」
小比類巻の母「確かお宅のご主人は私と同郷の方でしたよね? 恥ずかしいので、二度と出身地を名乗らないでいただけます?」
令奈「(イライラし始める)」
小比類巻の母「何か?」
令奈「いえ。ほら、元も謝りなさい」
元「……ごめんなさい」
   頭を下げながら、小比類巻を睨みつける元。目をそらす小比類巻。
令奈の声「って事があったの」

○南波佐間家・居間(夜)
   食卓を囲む元、新(33)、令奈。新の視線はニュース番組が流れるテレビ。
令奈「子供にボイスレコーダーなんて、普通ソコまでやる? 本当、昭和生まれの考える事って怖いわ~」
新「そうか~」
令奈「元も、もう変な事するんじゃないよ」
元「けど、俺だけじゃなくて和歌とかだって同じ事……」
令奈「言い訳しないの」
新「そうだぞ~」
令奈「ソッチも、ちゃんと聞いてるの?」
新「いや、聞いてるけど。ほら、観ろよ」
   テレビ画面に映る「NHK民放化法案 賛成多数で可決」の文字。
令奈「へぇ。NHK、民放になるんだ~」
新「これでもう、受信料払わなくていい、って事だろ?」
令奈「いや、元々払ってないし」
新「それもそうだな」
   笑う新と令奈。その様子を観ている元。

○同・同(朝)
   食事をしながら、朝の連続テレビ小説を観ている元(17)。番組終了後、流れる企業CM。
令奈の声「元。早く出ないと、遅刻するよ」
元「はいはい、わかってるよ」
   テレビの電源を消す元。
   T「令和18年」

○高校・外観
高校教諭の声「『この東日本大震災から我々が学んだ事』」

○同・教室・中
   高校教諭の授業を聞く元ら高校三年生の生徒達(ただし、元は机に突っ伏して寝ている)。全員の手元にはタブレット端末。
高校教諭「『それは、想定外を想定する、という事なのである』。はい、次のページ開いて」
   一斉にタブレット端末を操作する元以外の生徒達。
高校教諭「……おい、南波佐間」
   寝続ける元。元の席までやってくる高校教諭。机を叩く等、元の体に触れずに元を起こそうとする。
高校教諭「南波佐間、授業中だぞ」
   それでも起き上がらない元。
高校教諭「南波佐間、起きろ……」
   元の肩を軽く小突こうとして、直前で思いとどまる高校教諭。周囲の生徒の視線が集まっている。
高校教師「(気を取り直し)『それまで、マグニチュード9以上の地震は……』」
   軽く顔を上げる元。舌打ち。
元の声「惜しかったな」
    ×     ×     ×
   放課後。
   元と女子生徒Aだけがいる室内。
元「少しでも触ってりゃ『パワハラ教師』って拡散させられたんだけどな」
女子生徒A「次こそはやってやろうよ」
元「おう」
   と言いながら、一緒に教室を出る元と女子生徒A。

○同・廊下
   反対方向に歩いていく元と女子生徒A。
元「じゃ、部活頑張れよ~」
女子生徒A「また明日ね」
   女子生徒Aの姿を見送り、廊下の角を曲がる元。そこに居る女子生徒B。
元「お待たせ」
女子生徒B「まだあの子と仲良くしてる訳?」
元「いいだろ? 俺らまだ付き合ってねぇんだから。浮気にはなんねぇし」
女子生徒B「じゃあ、いつになったら付き合ってくれる訳?」
元「時が来たら、かな」
女子生徒B「もう」
   と言いながら、並んで歩きだす元と女子生徒B。

○駅・前
   改札を通っていく女子生徒Bの姿を見送る元。周囲を見回すと、そこに和歌(16)と小比類巻(17)の姿。
元「お~い、和歌……」
和歌「あ、元」
   元の姿を見つけ、逃げるように立ち去る小比類巻。
元「おい、ちょっと待……」
   人ごみの中に姿を消す小比類巻。
元の声「さっきの男、誰?」

○駅ビル
   商業施設がひしめく中、並んで歩く元と和歌。
和歌「小比類巻」
元「……誰だっけ?」
和歌「ほら、小中一緒だったじゃん。元がさんざんイジメてた」
元「あ~、平成生まれか。……で、何話してたの?」
和歌「告られた」
元「ふ~ん……って、は?」
和歌「『あんなヤツ止めて、僕にしない?』だとさ」
元「平成生まれに『あんなヤツ』呼ばわりされたくねぇけどな」
和歌「『南波佐間君は、日根野谷さん以外にも何人もの女の子をキープしてる』って」
元「で、何て答えたの?」
和歌「『うん、知ってる』って」
元「だよな」
   笑う元と和歌。
   その時、地震。
元「……地震?」
   寄り添う元と和歌。揺れが収まる。
和歌「……止んだ?」
元「と、思う」
和歌「結構揺れたよね。震源地どこだろ?」
   スマホを取り出し、調べ始める元と和歌。二人がいる場所の近くの店にはテレビが置いてあり、地震に関するニュース速報も流れているが、他の通行人も含め、皆スマホやタブレットを観ている。

○倉庫・休憩室
   休憩する元(20)ら従業員達。室内には備え付けのテレビはあるが電源すら入っていない。
   T「令和22年」
先輩社員「(スマホでニュースを観ながら)へぇ、NHKはまた赤字で、ついに給与体制見直しか。やってらんないよね。南波佐間君も、そう思わない?」
元「まぁ、そうっスね」
先輩社員「労働者なんて金のために働いてるんだっつーの。ちなみに、南波佐間君はここのバイト代、何に使うの?」
元「まぁ……(小指を立てて)コレっスかね」
先輩社員「ほっほ~、いいね。じゃあ、小比類巻君は?」
   元の向かい側に座る小比類巻(20)。
小比類巻「僕は車を買いたいんです」
先輩社員「いいね。志高くて。南波佐間君は、車とか興味ないの?」
元「別に。電車もあるんで、今どき車持ってなくても不便じゃないと思うんスけどね」
先輩社員「確かにね。(チャイムが鳴り)さてと、やりますか」
   一斉に立ち上がる元、小比類巻ら従業員達。小比類巻に冷たい視線を送る元。

○同・作業場
   食品の仕分けをしている元、小比類巻ら先輩社員たち。雑ながら手早く仕分けをする元と、ゆっくり丁寧に積み方を整えながら仕分けをする小比類巻。
元「おい、平成生まれ。(空になった段ボール箱を潰しながら)この忙しいのに、そんな神経質にやってんじゃねぇよ」
小比類巻「僕に言わせれば、南波佐間君が無神経なだけだよ」
元「は? 何だよ、平成生まれ。喧嘩売ってんの?」
   と言いながら、潰した段ボールを、同じような段ボールが積まれた台車に乱雑に投げ入れる元。雪崩のように崩れ落ちる段ボールの山。
元「げっ」
小比類巻「あーあ……」
   崩れ落ちた段ボールを再び台車に積む元と小比類巻。ここでも丁寧に積む小比類巻。
元「だから、そんな……」
小比類巻「それで崩れて、また積み直す方が、よっぽど無駄な作業だと思うよ?」
元「やっぱ、喧嘩売ってんだろ?」
小比類巻「別に。ただ僕は『急いでる』とか『時間がない』っていうのを、『手を抜いていい』理由だと思ってないだけ」
   小比類巻を睨む元。
元の声「……って言われてよ」

○南波佐間家・居間
   向かい合って座る元と和歌(20)。
元「本当、何なんだよアイツ。そもそも何で同じ所にバイトしに来んだよ」
和歌「そりゃ『春休み中』に『地元』で出来る『短期のバイト』を選んでるんだから、カブっても仕方ないじゃん」
元「そりゃそうだけど」
和歌「ところで今日、おばさん達は?」
元「それがさ……」
元の声「寅府?」

○(回想)同・同(夜)
   向かい合って座る元、新(47)。
元「……ってどこ?」
新「南海地方。普通、父親の実家の場所くらい覚えてると思うけどな」
元「はいはい。で、何でまた実家に戻ることにしたの?」
新「ひいじいちゃんの介護してたじいちゃんが倒れちゃってな。父さんが行くしかないだろ? それとも、元が行くか?」
元「冗談やめろよ。大学もあるし、今どき院くらい出とかねぇと就職出来ねぇだろ?で、おふくろは?」
新「一緒に来るってさ」
元「じゃあ俺、ココに一人暮らしって事?」
新「そう。けど、だからって、女連れ込んだりするんじゃねぇぞ?」
元「わかってるって」

○同・同
   向かい合って座る元と和歌。
元「……という訳」
和歌「全然わかってないじゃん」
元「何? 嫌なの?」
和歌「さぁね?」
元「この野郎」
   和歌に抱き着く元。

○ワタヌキ設計・外観
   自社ビル。
   T「令和26年」
元の声「新入社員の南波佐間元です」

○同・オフィス
   社員たちの前に立つ元(24)。元の脇には上司の姿。
元「よろしくお願いします」
上司「もっと他に言う事ないのか~?」
元「あ~……あ、子持ちです」
上司「そういう事じゃなくて、もっと意気込みとかだよ」
元「あ、そういう事か。頑張ります」
   笑う社員たち。
上司「……って、子持ち!?」
   さらに笑う社員たち。
上司「まぁ、いいや。今は、テレビ局も合併するくらい不景気なんだからな。頼むぞ」
   画面にネットニュースが表示されたパソコン。記事のタイトルは「首都テレビと吸収合併した“新生”テレビ関東、今日から始動」。

○南波佐間家・居間(夜)
   入ってくる元。
元「ただいま~」
   南波佐間豪(0)を抱っこして元を出迎える和歌(24)。尚、以前まであったテレビはもう無くなっている。
和歌「おかえり。豪、パパ帰ってきたよ~」
元「豪~、ただいま~」
和歌「で、どうだった? 新入社員」
元「ん? 余裕でしょ」

○駅・ホーム
   満員電車に乗り込む元。戸惑っている様子。

○電車内
   苦悶の表情の元。
   「加速する広告業界のテレビ離れ」という見出しの付いた、週刊誌の中吊り広告。

○オフィス街
   先輩社員に連れられ外回りをする元。

○ワタヌキ設計・オフィス
   上司に怒られている元。

○居酒屋
   先輩社員らと飲む元。
    ×     ×     ×
   奢ってもらい先輩社員に頭を下げる元。

○南波佐間家・寝室(夜)
   静かにドアを開ける元。寝ている豪の姿(傍らには『三匹のこぶた』の絵本)を確認し、静かにドアを閉める。

○駅・ホーム
   満員電車に乗り込む元。慣れた様子。

○電車内
   苦悶の表情の元。
   「NHKにも忍び寄るテレビ局統廃合の波」という見出しの付いた、週刊誌の中吊り広告。

○オフィス街
   後輩社員を連れ外回りをする元。

○ワタヌキ設計・オフィス
   上司に怒られている後輩社員を見ている元。

○居酒屋
   後輩社員らと飲む元。
    ×     ×     ×
   奢り、後輩社員に頭を下げられる元。

○ワタヌキ設計・オフィス
   上司の前に立つ元。元の手には一枚の紙。
元「コンペっスか?」
上司「お前にピッタリな案件だと思うんだがな。どうだ? やってみないか?」
元「確かに、知らない街じゃないっスけど……」
   元の持つ紙に記された「寅府市立美術館」「改装」「新デザイン」といった文言。

○同・同(夜)
   他に誰もいない中、残業をこなす元。

○取引先・会議室
   プレゼンテーションを行う元。

○ワタヌキ設計・オフィス
   社員達の前で上司と笑顔で握手を交わす元。社員達からも拍手。

○寅府市・市立美術館・前
   完成した美術館の前で、リニューアルオープン記念式典が行われている。そこに出席している元。複数のメディアの取材陣もいる。
和歌の声「良かったじゃん、無事に終わって」

○南波佐間家・居間
   向かい合って座る元(29)と和歌(29)。
   T「令和31年」
和歌「初めてのコンペでいきなり仕事取れるって、やっぱ凄いんでしょ? 元のセンスとかが評価された感じ?」
元「いや、金っしょ。限界までコスト下げたし、限界まで工期短くしたし。おかげで今回はほとんど利益出なかったけどな」
和歌「謙遜しちゃって。私も観に行きたいな~。あ、そうだ。今年のゴールデンウィーク、一緒に行こうよ」
元「え~」
和歌「いいじゃん。お義母さん達も豪に会いたがってるし。豪も行きたいよね~」
   そこにやってくる豪(6)。
豪「うん、行きたい」
元「どこに行くか聞いてたか?」
豪「ううん。どこ行くの?」
和歌「寅府のおばあちゃん家」
豪「行く行く~」
和歌「パパがデザインした美術館もあるんだよ~」
豪「行く行く~」
元「豪は美術館って知ってんのか? (豪に)美術館で何見るんだ?」
豪「パンダ~」
元「ダメだこりゃ」
   笑う元と和歌。元のスマホに着信。
元「ん? 誰だ? (電話に出て)はい、もしもし。はい、そうですけど……え? NHK?」
   顔を見合わせる元と和歌。
    ×     ×     ×
   撮影のセッティングをするNHKの番組スタッフ達。カメラの前で堅くなる元と、カメラの後ろでその様子を見守る和歌と豪。
スタッフ「ジャア、かめら回ス、自己紹介スル、コノかんぺ読ム。OK?」
元「あ~、まぁ、うん。OK」
スタッフ「トコロデ、コノ家、てれびドコニ有ル?」
元「うち、テレビ、無い」
スタッフ「何デ?」
元「テレビ、観ない」
スタッフ「凄イネ」
元「(愛想笑いを浮かべながら小声で)凄ぇのか?」
スタッフ「ジャア、本番、行クヨ」
和歌「(豪に小声で)『パパ、頑張れ~』って」
豪「パパ、頑張れ~」
元「おう」
   キューを出すスタッフ。
元「南波佐間元。令和元年五月一日生まれ、三〇歳です」

○ワタヌキ設計・オフィス
   脚立に乗り、棚の上から段ボール箱を下ろす元。スマホを手にやってくる上司。その画面に映る『NHK特番 令和30年を振り返る』。
上司「おい、南波佐間。お前のシーン、いつ頃だ?」
元「さぁ? ソコまでは聞いてないっスけど。っていうか、今観るんスか? 見逃し配信で確認すりゃいいじゃないっスか」
上司「ドライなヤツだな。せっかくの全国デビューだってのに」
元「まぁ、それで言ったら、この間の美術館のイベント、ネット配信とか、どっかの国の国営放送まで取材来てたんスけどね」
上司「何だ、既に世界デビュー済みか」
元「あざっす」
上司「で、探し物は見つかったか?」
元「全然っスよ。っていうか、今どきデータベースに残してないのもおかしいっスけど、こんなん、もっと後輩がやるべき仕事だと思うんスよ」
上司「仕方ないだろ? みんなゴールデンウィークで有給取ってんだから」
元「俺も申請したんスけど」
上司「ちょっと遅かったな」
元「あーあ。今頃、嫁と子供だけで寅府行ってるんスよ?」
   と言いながら段ボール箱を抱え、再び脚立に上る元。
N「(上司のスマホから)あの令和ベイビーが……」
上司「お、南波佐間。コレじゃないか?」
元「来ました?」
   上司のスマホの画面を見る元。そこに映る元。
元「(上司のスマホから)南波佐間元。令和元年五月一日生まれ、三〇歳です」
   その時、地震。
元「うわっ!?」
   揺れで脚立ごと倒れる元。
   上司のスマホの動画もスローモーションになる。
元「(上司のスマホから)『NHK特番 令和30年を振り返る』。CMの後もまだまだ続きます」
上司の声「……おい、南波佐間」
    ×     ×     ×
   床に倒れている元。
上司「南波佐間、しっかりしろ」
   目を覚ます。
元「ん、んん……」
上司「は~、良かった良かった。大丈夫か?」
元「何か……小学校の時からの思い出が頭よぎってたんスけど」
上司「走馬灯ってヤツだな」
   室内を見回す元。色々なものが倒れている。
元「結構揺れましたよね。震源地、近かったんスかね?」
上司「……それなんだがな」
元「?」
   スマホの画面を元に見せる上司。そこには「南海地方でマグニチュード10」の文字。
元「南海地方……!?」
   電話の発信音。

○南波佐間家・居間(夜)
   電話をかけている元。
元「くそっ、繋がんねぇ」
    ×     ×     ×
   インターネットで情報を集める元。真偽不明の情報ばかり。

○同・同(朝)
   キャリーバッグに荷物を詰めながら電話をかけている元。
元「寅府まで、車出していただくとか……無理っスか。わかりました。(電話を切り)くそっ、足もねぇ。ったく、どうすりゃ……」
   インターホンが鳴る。
元「?」

○同・玄関(朝)
   扉を開ける元。そこに立っている小比類巻(30)。
元「……何だよ、平成生まれ。今、お前の相手してる程暇じゃねぇんだけど」
小比類巻「僕、今から寅府行くからさ。乗ってく?」
元「え?」

○走る自家用車

○車内
   運転席に座る小比類巻と助手席に座る元。
元「……何でだ?」
小比類巻「あれ、聞いてない? 僕の母親も寅府の出身なんだよ。今も、母方の親族が住んでるから、様子を……」
元「そうじゃねぇよ。お前、俺の事嫌いなんじゃねぇの?」
小比類巻「うん。嫌いだよ」
元「はっきり言いやがって」
小比類巻「『そんな事ないよ』とか言ってほしかった?」
元「そういうんじゃねぇけど。だったら、何で嫌いなヤツをわざわざ?」
小比類巻「今はそんな事言ってる場合じゃないから。それに……」
元「それに?」
小比類巻「この先の状況は、まだよくわかってないから。一人より二人の方が、何かあった時に対処できるかな、って」
元「俺は保険かよ」
小比類巻「うん。保険だよ」

○寅府市・町並み
   多くの建物が倒壊し、地震の規模を物語っている。

○同・南波佐間家・外観
   半壊している家。「南波佐間」と書かれた表札。
元の声「豪! 和歌!」

○同・同・居間
   家具などが倒れ、物が散乱している中を歩く元。
元「親父! おふくろ!」
   誰もいない。スマホを取り出す元。
元「この辺の避難所……(検索するもインターネットがつながらない)くそっ」

○同・小学校・外観
   避難所となっている。

○同・同・体育館
   多くの住民が避難生活をしている。その中を歩く元。目の前を六歳ほどの少年が通る。
元「豪!」
   振り返る少年、豪と別人と分かり落胆する元。
令奈の声「元!?」
   振り返る元。そこにいる令奈(56)。
元「おふくろ!」
   駆け寄る元と令奈。
令奈「来てくれたんだ、ありがとう」
元「大分探したけどな。まぁ、無事でよかったよ。豪達もここに避難してんだろ?」
令奈「……和歌ちゃんは、今外に出てる」
元「は? まだ余震続いてんだろ? そんな危ねぇ時に何してんだよ。おふくろも止めろって」
令奈「豪達を探しに行ったんだよ」
   固まる元。
元「探しに、って……。一緒に避難してんじゃねぇの?」
   首を横に振る令奈。
元「じゃあ地震があった時、豪はどこに居たんだよ?」
   首を横に振る令奈。涙を流す。
元「何で知らねぇんだよ」
令奈「ごめん、ちゃんと聞かなかった。お父さんも一緒だったし」
元「じゃあ、和歌はどこを探してんだよ」
令奈「私の話聞いたら、見当がついたみたいだったよ?」
元「どんな話?」
令奈「あの日、出かける前……」
豪の声「おばあちゃん」

○(回想)同・南波佐間家・居間
   令奈の元にやってくる豪。帽子をかぶっている。
令奈「あれ、豪。どうしたの、帽子かぶって。お出かけ?」
豪「うん。おじいちゃんと一緒に、パンダ観に行ってくる」

○同・小学校・体育館
   向かい合って立つ元と令奈。
元「パンダ……」
令奈「私には何のことだかさっぱり……」
元「……おふくろ、俺も豪探してくるから、ここで待ってて」
令奈「え?」
   駆け出す元。

○同・市立美術館跡地
   倒れている看板。その前で呆然と立ち尽くす元。
元「そんな……」

○(フラッシュ)同・市立美術館
   リニューアルオープン記念式典の様子。

○同・市立美術館跡地
   呆然と立ち尽くす元。その視線の先、全壊した建物。
元「美術館が……」
   視線を移すと活動する救助隊。しかし生存者を引き上げている様子はない。
   自身の顔を叩く元。
元「まだだ。ここに到着する前に地震にあって、どっか別の場所に避難してる可能性もある。うん、きっとそうだ」
   踵を返す元。その視線の先、目が虚ろな和歌。
元「和歌!」
   気付かない和歌に駆け寄る元。
元「おい、和歌!」
   元に体をゆすられ、ようやく元に気付く和歌。
和歌「元……」
元「良かった……ケガとか無いか?」
和歌「元……」
   手に持った、血の付いた豪の帽子を元に見せる和歌。言葉を失う元。
和歌「豪が……豪が……」
   元の胸で涙する和歌。呆然としつつも和歌を抱きしめる元。
元の声「……で、そっちはどうだった?」

○同・浜辺(夜)
   並んで座る元と小比類巻。
小比類巻「うん。全員無事だった」
元「……そっか」
   しばしの沈黙。
小比類巻「それで、その……」
元「何だよ」
小比類巻「日根野谷さんは……」
元「アイツも南波佐間なんだけど」
小比類巻「わかってるよ。でも、何て呼んだらいいか……」
元「『奥さん』とかでいいんじゃねぇの?」
小比類巻「そっか。……で、奥さんは? 大丈夫そうなの?」
元「相当参ってた」
小比類巻「なら、そばにいてあげた方が……」
元「いや、今は俺を怨んでるみてぇだから」
和歌の声「だって、おかしいじゃん」

○(回想)同・市立美術館跡地
   向かい合う元と和歌。
和歌「南波佐間の家が半壊しかしてないのに、何で最近完成したばっかの美術館は全壊なの? 何で壊れたの? 手、抜いたの?」
元「手なんか、抜いて……ねぇよ」
和歌「何、その間? どんな地震が来てもへっちゃらな建物建てたんじゃないの?」
元「……」
和歌「元!」
元「……仕方ねぇだろ」
和歌「仕方ない? 何が?」
元「そりゃ、金も時間もいくらでもかけられる、ってんなら、最新の資材使って、最高級の職人雇って、最先端の耐震技術を導入した美術館が出来たかもしんねぇよ? けど、そんなん誰も求めてねぇんだよ。予算も工期も、削れるだけ削らなきゃ、コンペ通らねぇんだよ」
和歌「そんな、元とか会社が利益優先したせいで、こんな事が起きたんじゃん」
元「地震は俺らのせいじゃねぇだろ? そもそも、ある程度の地震になら、耐えられたハズなんだよ。マグニチュード10なんて、普通起きねぇだろ」
和歌「でも、起きたじゃん」
   泣き崩れる和歌。
和歌「美術館が崩れなければ、豪だって……」
元の声「何か、俺のせいにされちまってな」

○同・浜辺(夜)
   並んで座る元と小比類巻。
元「けどまぁ、今は誰でもいいから怨む相手が必要なんだろ?」
小比類巻「……随分と他人事だよね」
元「んだと? 豪は俺の息子だぞ? 他人事な訳……」
小比類巻「そうじゃなくて。崩れた美術館の下敷きになったのは、南波佐間君の息子さんだけじゃないでしょ?」
元「それは……」
小比類巻「安全面に対して、細心の注意を払わなかったんだとしたら、それは南波佐間君達の怠慢だったんじゃないか、と僕は思うよ」
   小比類巻の胸倉をつかむ元。
元「好き勝手言ってんじゃねぇよ、平成生まれ。お前の言ってる事は極論だ」
小比類巻「極論は、極端なだけで立派な正論だよ」
元「黙れ!」
   小比類巻に殴りかかろうとする元。
   その時、地震。
元「(手を止め)また余震か」
   水を差され、手を離す元。そのままスマホで調べ物を始める。
元「くそっ、まだネット繋がんねぇ」
小比類巻「コッチ着てから、ずっとつながらないよね。サーバー自体がダウンしてるのかも」
元「おい、車に戻るぞ」
小比類巻「どこ行くの?」
元「お前の車、テレビ観れんだろ?」

○車内(夜)
   停まっている車内の内蔵されたテレビでNHKのニュースを観る元と小比類巻。映っているのは救助活動の様子。
   その後、別のニュースに変わる。
元「んだよ。最新情報全然入ってねぇじゃねぇか。他の局はどうだ?」
小比類巻「似たようなものだと思うよ。今のテレビ業界、特に地方局はどんどん統廃合されて、予算も人員も減ってるから、なかなか被災地の情報を得られないんだと思う」
元「ったく、だったら、それこそ他の国みたく国営放送みたいなもん作っとけよ。何のために税金払ってんだか」
小比類巻「……昔はあったけどね」
元「は? そうなの?」
小比類巻「正確には公共放送だけど」
元「へぇ、そうなんだ。何でなくなっちまったんだ?」
小比類巻「……え、知らないの?」
元「は?」
小比類巻「NHKだよ。僕達が、確か小学一年生の時までは、スポンサー企業に頼らないで、国民が支払う受信料で運営されてて。……覚えてないんだ?」
元「そんなガキの頃の話、そんな詳しく覚えてねぇよ。けど、何でそれがなくなっちまったんだ? 便利なのに」
小比類巻「『NHKなんて観ないから受信料を払いたくない』っていう人が、いっぱいいたんじゃない? 南波佐間君とか、まさにそういう性格な気がするけど」
元「それは……」
小比類巻「きっとその頃は誰も、テレビ局が合併したり倒産したりするなんて考えもしなかったんだよ」

○(回想)南波佐間家・居間
   テレビ画面に映る「NHK民放化法案 賛成多数で可決」の文字。
小比類巻の声「民放なんて、所詮は民間企業。利益が出なければ規模は縮小する」
   そのニュースを観て笑顔を浮かべる新と令奈。
小比類巻の声「皆『今の自分』の事しか考えない。今自分が料金を払わずに済むようなやり方しか求めない」
   その様子を見ている元。
小比類巻の声「それが自分の子供世代、孫世代にどんなマイナスがあるかも考えない」

○車内(夜)
   並んで座る元と小比類巻。
小比類巻「世の中に『三匹のこぶた』の三男なんて、ほとんど居ないんだよ」
元「何だよ、いきなり」
小比類巻「あの物語も、本来、わらとか木で家を作る事は間違ってない。目的はあくまでも『家を作る』事なんだから、早く完成する事が悪い事じゃない。いや、むしろ正しいのかもしれない」
元「何が言いてぇんだよ?」
小比類巻「でもそれは全部『狼が来なければ』の話」
元「狼が来なければ……?」
小比類巻「狼が来る事自体は、子豚達のせいじゃない。でも、狼が来ても大丈夫な状況にする努力を怠ったんだとしたら、それは子豚達にも非がある」

○(フラッシュ)高校・教室
   授業中。元は寝ているが、タブレット端末には「想定外を想定する」の文字。
小比類巻の声「家を壊すほどの狼が来る事を想定しなきゃいけなかった」

○(フラッシュ)倉庫・作業場
   潰した段ボール箱が雪崩のように崩れ落ちる。
小比類巻の声「『急いでる』『時間がない』という理由で手を抜くべきじゃなかった」

○(フラッシュ)寅府市・市立美術館
   リニューアルオープン記念式典の様子。
小比類巻の声「自分だけならまだしも、将来自分の子供も住むような家にするのなら」

○(フラッシュ)同・市立美術館跡地
   瓦礫の山。
小比類巻の声「子供たち、孫たちの為にも、安全なレンガの家を作るべきだった」

○車内(夜)
   並んで座る元と小比類巻。
小比類巻「もちろん、全部結果論ではあるけどね」
元「要するに『保険をかけとけ』って話だろ? けど、俺はそういうタイプじゃ……」
小比類巻「でも、日根野谷さんと結婚する前は女の子をキープしてたよね? 今の仕事、大卒でも出来そうだけど、大学院まで出たよね?」
元「……」
小比類巻「都合のいい部分は、保険かけるでしょ?」
元「……」
小比類巻「でも、今回は保険をかけなかった」
元「……止めろ」
小比類巻「その結果、南波佐間君は……」
元「止めろ!」
   外に出る元。

○寅府市・浜辺(夜)
   走ってくる元。息を切らす。
元「俺が……?」

○(フラッシュ)同・小学校・体育館
   涙を流す令奈。

○(フラッシュ)同・市立美術館跡地
   救助活動をする救助隊。
    ×     ×     ×
   目が虚ろな和歌。血の付いた帽子。

○同・浜辺(夜)
   肩で息をする元。
元「俺のせいで……?」
   海に向け、言葉にならない叫び声をあげる元。

○同・南波佐間家・外観(朝)

○同・同・居間(朝)
   散乱した室内を片付けながら歩く元。そんな中、床に落ちていた『三匹のこぶた』の絵本を見つける。
小学校教諭の声「もしこの子豚達にもう一匹、弟がいたとしたら、その子豚はどんな家を建てたでしょうか?」

○(回想)小学校・教室
   令和八年。
   小学校教諭の授業を受ける小学一年生の元、和歌、小比類巻ら。立ち上がる小比類巻。
小比類巻「(真面目に)やっぱり、わらとか木の家を建てたんじゃないかな、と思います」
   笑う生徒達。
小学校教諭「はいはい、みんな静かに。小比類巻君は、何でそう思ったの?」
小比類巻「まず、この四男には怠け者の兄二匹としっかり者の兄が一匹いますが、この場合はやはり、人数が多い怠け者の兄二人に性格が引っ張られると思います」
和歌「でも、二匹とも最後はレンガの家を作る、って話じゃん」
小比類巻「確かに、きっとその話は四男にもされると思います。でも、実際に襲われた事はない。その経験がない以上、きっと変わらないと思います」
元「何言ってんのか良くわかんねぇんだけど。説明下手だぞ、平成生まれ」
小比類巻「じゃあ、みんなは考えた事ある? 自分が狼に襲われるかもしれない、って」
元「ある訳ねぇだろ」
小比類巻「多分、次に狼に襲われるのは、そういう人だと思います。だって、狼は……」

○寅府市・南波佐間家・居間(朝)
   『三匹のこぶた』の絵本を持つ元。視線の先には被災した街並み。
小比類巻の声「どこにでも現れるんだから」

                 (完)

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