こどものありかた ~僕とくーちゃんの家出旅行~ ドラマ

都内の小学校に通う岬智也(10)は『無表情』『無感動』『無関心』で周囲の男子達からからかわれる存在。ある日、母親である岬千香子(38)が入院するが、そこへ「千香子が昔飼っていた猫」を名乗る空太郎(17)が人間の姿で現れて……。
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第一稿

===人 物===============
岬智也(10)小学生
空太郎(7)(17)猫
臼井/岬千香子(28)(38)智也の母
大西鈴花(10)智也の元クラスメイト
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===人 物===============
岬智也(10)小学生
空太郎(7)(17)猫
臼井/岬千香子(28)(38)智也の母
大西鈴花(10)智也の元クラスメイト
臼井壮太(29)(39)智也の実の父
岬誠司(39)智也の義理の父
小塚聡子(41)市の相談員

男子A、B/教師/巡査/女子高生A、B/店主/住職/ママ/男性客/鈴花の母/強面の男/ホームレスA、B/運転手/案内係/看護師
=====================

〇サンフラット・臼井宅・ダイニング(夕方)
   三階にある2LDKのダイニング。
扇風機からなびくテープでじゃれている空太郎(7)。人間の姿。
そこへトイレから臼井千香子(28)の泣き声が聞こえる。振り返る空太郎。

〇同・同・トイレ内(夕方)
   便器の上で顔を覆い泣いている千香子。
   床に落ちている陰性の妊娠検査薬。
千香子「……どうして出来ないのよ……」

〇同・同・ダイニング(夕方)
   トイレと反対側のリビングを振り返る空太郎。本棚に「自然派妊活」「赤ちゃんを授かる100の方法」等並んだ本。
空太郎「……」

〇同・同・リビング(夜)
   隣の寝室で言い争っている千香子と臼井壮太(29)。「その日は排卵日なのよ! 前から言ってたでしょ!」「仕事なんだよ」等。それを見つめる空太郎。
空太郎M「……お母ちゃん」
   空太郎、猫の姿になっている。
   寝室の床に突っ伏しわあっと泣き出す千香子。参った風の臼井。
空太郎M「……くーじゃ駄目く?」
   空太郎、千香子に飛びかかり嚙み付く。
   ぎゃー! と沸き上がる千香子の悲鳴。
臼井「! こら! くー!!」
   臼井、空太郎を千香子から引き離し、リビングの床に乱暴に投げつける。
空太郎「……ッ」
   閉められる寝室の襖。
空太郎「――」
   襖の向こうから涙まじりの声。
千香子の声「……お隣さんが言ってたわ」

〇同・同・寝室(夜)
   泣いている千香子とため息をつく臼井。
千香子「……猫は悪魔の使いだから、飼って
ると妊娠出来ないって……」
  千香子の傍らに宗教のパンフレット。

〇同・同・リビング(夜)
   閉じられた襖を見つめている空太郎。
   背後でベランダへの窓が開いている。
空太郎「……」
   空太郎、ゆっくりと窓へと向かう。

〇同・同・ベランダ(夜)
   空に浮かんでいる満月。猫の姿でベランダの柵にひょいと飛び乗る空太郎。
   さらに外へと高くジャンプする。
   段々と空が白んでゆき、重なる声。
赤ちゃんの声「おぎゃあ、おぎゃあ……」

〇青い空(朝)
   タイトル「十年後」
〇早出小学校・昇降口(朝)
   無表情で佇んでいるランドセル姿の岬智也(10)。服はブラウスにサスペンダー付きの半ズボン、蝶ネクタイ等。智也を囲む男子A~C。
男子A「お前またそんな変な服着てんのかよ」
男子B「いい歳して母ちゃんの言いなりだなんてだっせえのー」
智也「……」
   智也、無表情で下駄箱の上履きを取る。
   上履きにセミの抜け殻が入っている。
智也「――」
   「出ましたノーリアクション」「宇宙人みてえ」と逃げ出す男子A~C。

〇同・教室
   給食の並んだ机。「いただきまーす」と挨拶もそこそこに給食を食べ始める生徒達。丁寧に手を合わせ、食べ始める智也。動きは丁寧でゆっくり。男子A~C、智也の動きの真似をして笑う。

〇通学路(夕方)
   ランドセル姿で歩いている男子達。

〇早出小学校・教室(夕方)
   窓に止まって鳴くセミの声。机に向かっている教師、名簿に線を引きながら。
教師「さて……『岬智也』」
   と、顔を上げる。教師の前に立っている智也。他には誰も居ない。
教師「……もうすぐ夏休みだ。何か予定はあるのか? 友達と探検! 家族で旅行!」
智也「……塾が」
教師「塾は楽しいか」
智也「……別に」
   教師、ため息をつき。
教師「お前はどうも子供らしくない。家でもそんな感じか?」
智也「……」
教師「『無表情』『無感動』『無関心』……確か父親が違うんだったな。思い切りぶつかれる相手が居ないんだろう」
智也「……」
教師「なんなら同じ男として、先生が力になってやるぞ」
   智也、俯く。

〇岬家・リビング
   冷蔵庫からミントティーのポットを出す岬千香子(38)。テーブルでアイスを食べている智也。
千香子「学校もあと少しね。勉強はどう? 塾の勉強は進んでる?」
   智也、食べながら無言でうなずく。
千香子「私立受かったらお引っ越ししようか。
 毎日電車で通うの大変でしょ?」
智也「……父さんが良いなら」
   千香子、智也の顔を覗き込む。
千香子「あらーお父さんに気―使ってるの?」
智也「別に」
千香子「気―遣う必要なんて無いのよ。誠司さん、暖かくてとてもいい人だし」
   と、千香子、智也の口元を丁寧に拭う。
千香子「前のパパとは違って、家のことに無関心でも無いしね」
   智也、アイスを平らげ椅子から降りる。
智也「ごちそうさま」

〇同・智也の部屋(夜)
   ヘッドフォンをしている智也。リビングから「俺の金を何だと思ってるんだ!」「男の人が家族を養うのは当然でしょ!?」「引っ越しなんて簡単に言うけどな……」と争う声が聞こえてくる。
智也「……」
   智也、薄くドアを開けると岬誠司(39)が千香子に手を振り上げる瞬間。
智也「!」
   岬がこちらを振り返りそうになり、慌ててドアを閉める智也。ヘッドフォンを耳に強く押し当てステレオの音量を上げる。
智也「――」
   窓の外にぼうっと浮かぶ猫の影。

〇早出小学校・教室
   ぼんやりと授業を聞いている智也。

〇通学路(夕方)
   ランドセル姿でぼんやりと歩いている智也。

〇早出小学校・教室(朝)
   黒板に貼られた「いかのおすし」とあるポスター。黒板の前に立つ教師。
教師「『いかない』『のらない』『おおきな声を
出す』……『すぐ逃げる』」
   と、ポスターを指しながら説明している。それをぼんやりと聞いている智也。
〇通学路(夕方)
   ランドセル姿で歩いている智也。ランドセルには警報ブザー。
後ろから男子A~Cが駆けてくる。
智也に給食袋を投げながら「くらえ! 大西伝説」「えんがちょ」等と言い通り過ぎて行く。給食袋には「おおにしすずか」と名前。
智也「……」
   智也、給食袋に手を伸ばす。そこへ目の前に現れる足元=小塚聡子(41)。
聡子の声「……岬……智也君?」
   見るとスーツ姿でこちらを見下ろしている聡子。後ろに車が停まっている。
聡子「あのね、実はお母さんが入院して……
今から一緒に来て欲しいんだけど……」
智也「!」
   脇の電柱に「いかのおすし」のポスターがある。じり……と後ずさりランドセルの警報ブザーに手を伸ばす智也。
聡子「! 智也君! 違うの!」
   智也、警報ブザーを引っ張り駆け出す。
智也「わあああああああああああああああ!」

〇踏み切り(夕方)
   鳴っている警報。遮断機が下りるすれすれで全力で走ってくる智也。

〇曲がり角(夕方)
   全力で走ってきて道を曲がる智也。

〇坂道(夕方)
   転がるリンゴに逆行して坂道を駆け上がる智也。リンゴを追う老婆。道の陰に佇む人影(=空太郎)がふっと笑う。

〇岬家・玄関外(夕方)
   インターフォンを連打する智也。
智也「……母さん! ……母さん!?」
   智也、ドアノブを回すと開いている。
智也「!?」
   玄関の中へと入る智也。

〇同・玄関内(夕方)
   玄関の中へと入る智也。誰も居ない。
智也「……母さん!?」
   智也、リビングへと駆けて行く。

〇同・リビング(夕方)
   誰も居ない。テーブルの上に「陽光台病院」と住所が書かれたメモがある。
智也「――」
   そこへ玄関から扉の閉まる音。
智也「! 母さん!?」
   振り返るとスーツ姿の岬が玄関に立っている。岬、ネクタイを緩めて。
岬「……智也」
智也「――」

〇同・リビング(夜)
   テーブルのカップ麺に向かう岬と智也。
   岬、智也にマヨネーズを差し出して。
岬「これ、マヨネーズかけると美味いぞ」
智也「……」
   受け取る智也。テーブルの上のメモをちらりと見る。「陽光台病院」とある。
智也「……ねえ、おと……、父さん……」
岬「んー? なんだ」
智也「……母さんて、入院……、してるの」
岬「なんでだ?」
智也「……そう言ってる、人が居て……」
   智也、ちらりとメモを見る。
岬、智也の視線を辿りぐしゃりとメモを握りつぶす。
岬「それはない。……実は昨日、父さんと母さん、ちょっと喧嘩しちゃってなあ」
智也「! う、うん……」
岬「少しばかり、母さん実家に帰ってるかも知れん。けどまあ心配するな。お前もこれを機に少しは母さんから自立しなさい」
智也「……はい」

〇同・脱衣所(夜)
   洗濯機の使い方を智也に教えている岬。

〇同・物置
   立っている智也に何種類もの掃除道具と洗剤を出して見せる岬。

〇同・リビング(夜)
   鼻歌混じりに台所に立っている岬と、植木鉢の下を雑巾で拭いている智也。智也、汗を拭って岬を振り返る。
智也「……」
   テーブルには「家事チェックリスト」
   と細かく項目が分かれた表がある。
智也「……」

〇早出小学校・教室
   黒板に「夏休み」という大きな文字。
〇通学路
   朝顔の鉢植えを手に暗い顔で歩いている智也。背中には防犯ブザーの付いたランドセル。そこへ後ろから駆けて来る男子A~C。
男子A「お前の母ちゃん居なくなったって」
男子B「他人の父ちゃんと二人っきりー」
   と、智也にぶつかり走り去る。落ちて割れる智也の朝顔の鉢植え。
智也「――」
   空を黒い雲が流れる。パラパラと降り出す雨。智也、虚ろな瞳で来た道を引き返す。そこへ空太郎の声。
空太郎の声「……帰らないの?」
智也「!」
   智也が振り返ると塀の上に座っている空太郎(17)。
飛び降りるとチリ……と鈴の音が鳴る。はっとして逃げ出そうとする智也。智也の襟首をつかむ空太郎。
空太郎「大丈夫、俺は誘拐犯じゃない」
智也「……ッ」
   ランドセルの防犯ブザーに手を伸ばす智也。その手を取り技をかける空太郎。
空太郎「弱っちいなあー。そんなんだからマ
 マのこと守れないんだよ」
   叫ぼうとする智也の口を塞ぐ空太郎。
空太郎「こう見えて俺はお前とは立派な縁があるんだ。何しろお前の先輩だからな」
智也「!?」
空太郎「あの家に帰りたくないんだろう?」
   空太郎の口を塞ぐ手から逃れる智也。
智也「……ッ! 僕はただ!」
空太郎「俺の名前は『空太郎』……お前のママがお前を産む前に飼ってたトラ猫だ。遠出するなら付き添ってやるよ、お坊ちゃん」
智也「――」

T「こどものありかた ~僕とくーちゃんの家出旅行~」
〇絵本
   表紙に「僕とくーちゃんの家出旅行」とタイトル。めくられる絵本の表紙。
   「7月20日 金曜日 雨」。

〇降っている雨

〇早出小学校・昇降口外
   降っている雨。軒下に並んで空を見上げている智也と空太郎。
智也「僕はただ……雨が降ったから」
   智也、傘立てから傘を取り歩き出す。
智也「……学校に戻ってきただけなんだ」
   智也、傘を開くが、ささずにぼんやりと雨に打たれている。
空太郎「……」
腕や体を舐め始める空太郎。智也、傘をパサリと落として。
智也「……僕は母さんの本当の子じゃないのかも知れない」
空太郎「は?」
智也「だって入院してないって! 母さん僕を捨てて家出したんだ! 僕、母さんと全然似てないし……母さんは美人なのに!」
空太郎「ちょい、落ち着けよ」
   俯き泣いている智也。
空太郎「ヒステリックなヤツだなあ。通信簿には『感情が無い』とか書かれてたくせに」
智也「なんで知ってるの!?」
空太郎「そりゃまあ、色々と猫だからさ」
   智也、空太郎に掴みかかる。
智也「僕が母さんのこと守れなかったのも知ってたよね!? 僕見ちゃったんだ! 父さんが母さんを殴ろうとしてたとこ」
空太郎「……」
智也「空ちゃんはどこまで知ってるの!?」
空太郎「……色々だよ」
   空太郎、智也の手を振りほどく。
空太郎「とりあえず、お前は人の言うことをあんまり信じないことだ。親父が『入院してない』って言ってても本当とは限らない」
智也「――」

〇岬家・リビング
   床に投げ出されるランドセルと数冊のノート。表紙に「電話帳」とある。
   ×   ×   ×
   テーブルに投げ出される便箋とペン。
   ×   ×   ×
ゴミ箱の前にあぐらをかきゴミを漁っている空太郎。庭へ通じる窓が開いており雨は止んでいる。電話台から固定電話の受話器を持った智也が振り返る。
智也「ねえ空ちゃん……やっぱ空ちゃんが電
話かけてよ」
空太郎「なんでだよ。自分のばあさんに『ママが本当に帰ってるか』聞くだけだろ」
智也「……僕、おばあちゃんとあんまり話したことないんだよね……訛ってて何言ってるかよく分からないしさ……」
空太郎「残念。俺の声は他のヤツには猫の鳴き声にしか聞こえないし、見た目もただの猫にしか見えないの」
智也「えー、なにそれどういう仕組み」
   智也、電話を切りテーブルへと向かう。
空太郎「こっちも見つからないな」
智也「病院の名前書いたメモ? だってあれ
見たの結構前だもん」
空太郎「名前くらい思い出せないの」
   テーブルの前で便箋に向かう智也。
智也「なんか難しい名前だった。漢字何文字かで……空ちゃん本当に知らない?」
空太郎「何から何まで見てるわけじゃない」
   そこへ玄関から鍵の回る音。
智也「! 父さんだ! 逃げて!」
   智也、便箋を投げ出し落ちたランドセルを拾い上げる。窓の外へと駆け出す。
智也「(小声で)空ちゃん!」
   空太郎に手招きする智也。空太郎、立
ち上がり窓の外へ出る。
〇同・玄関内
   玄関の上に上がる聡子。リビングの窓が開いてカーテンが風で揺れている。
聡子「……」

〇岬家前の道
   逃げるように走ってくる智也と空太郎。

〇岬家・リビング
   テーブルの上の便箋を手に取る聡子。「しばらく家出します 智也」とある。
聡子「――」

〇空き地前の道
   息を切らせて徐々に歩調を緩める智也と空太郎。智也、ふと空を見上げる。
智也「……あ」
   空には虹がかかっている。
智也「旅立ちのゲートだ」
   二人並んで空を見上げる智也と空太郎。
〇地図看板のある道
   くしゃみをする智也。後ろに空太郎。
智也、地図看板の前で立ち止まる。
智也「……ええと……『病院』『病院』……」
空太郎「お、おい!」
   焦ったように智也の肩を叩く空太郎。見ると道の先から自転車でパトロールしている巡査。空太郎、駆け出す。
智也「! 空ちゃん!?」
   巡査、自転車を止め。
巡査「おや……」
   見ると猫の姿で駆け去る空太郎。
巡査「やれやれ、この辺りは野良が多いんだよ……君、あのコはよく見るの?」
智也「……いえ……」

〇裏路地
   プレハブ小屋の陰で震えている空太郎。
   そこへひょこっと顔を出す智也。
智也「空ちゃん!」
空太郎「わあああ!」
智也「どうしたのさ、急に逃げ出したりして」
空太郎「……お前……、交番にだけは行くなよな……このまえ通報されて、保健所に連れてかれそうになったんだ……」

〇道
   立ち上がり歩き出す智也と空太郎。
智也「……保健所に行ったら殺されちゃうんでしょ」
空太郎「ああ……安楽死なんて嘘だぜ。寒い檻の中に入れられてさ」
智也「……空ちゃんはなんで野良猫になったの? 僕みたいに家出したの?」
空太郎「さあ……なんでだろうな」
智也「……僕、絶対に交番には行かない……」
   涙ぐむ智也の背を叩く空太郎。
智也、ふと顔を上げる。下町の風景。
智也「……どこここ」
   智也のお腹、ぐうーと鳴る。
〇下町の街全景

〇銭湯・入り口外
   古い昭和風の建物。身体を低くして建物の中へと走って行く智也と空太郎。

〇同・ロビー
   呆けた受付の老婆の顔に蝿が止まっている。身体を低くし、受付のカウンターの下を抜けていく智也と空太郎。

〇同・脱衣所
   ロビーからのれんをくぐり抜け、頭を上げる智也。後ろの空太郎に。
智也「犯罪じゃん!」
空太郎「いいんだよ、いつも俺のお陰で賑わ
ってんだから」

〇同・大浴場
   洗い場。桶で頭から湯をかぶる智也。
〇同・入り口外
   猫の姿でペロペロ顔を舐め、女子高生AとBに囲まれている空太郎。
女子高生A「可愛いー」
女子高生B「人なつっこいねー」
   女子高生A、空太郎に携帯を構える。

〇携帯画面内(夕方)
   SNSにアップされている猫の空太郎の写真とコメント「銭湯の看板猫!」。

〇魚屋・裏口(夕方)
   みゃお……と可愛く鳴いている空太郎。裏口の扉を開けて店主が出てくる。
店主「おう、みゃー助。ご飯の時間だな」
   と、空太郎の前にアラ丼を持ってくる。のぼりを手に立ち去る店主。

〇同・正面(夕方)
   「大特価!」と立てられているのぼり。
   通行人に向かい呼び込みしている店主。
店主「魚、魚、魚の切り身が詰め放題~!」
   裏口からちらりと店主を覗く智也。空太郎が頭を叩き智也を引っ込める。

〇同・裏口(夕方)
   アラ丼をかき込み、智也に差し出す空太郎。ためらうように受け取る智也。
空太郎「ほらさっさと食う」

〇商店街の道(夕方)
   爪楊枝で歯をシーシーしながら歩いている空太郎。その後ろで憂鬱そうにお腹をさすりながら歩いている智也。
空太郎「よし、後は寝床だな」
智也「……どっか泊まるの?」
空太郎「ああ、ここら辺だと……」
智也「出来れば悪いことはせずに泊まりたい」
   智也をじろりと振り返る空太郎。
空太郎「……悪いこと?」
   智也、気まずそうに俯く。
空太郎「……必死に生きるのが悪いことだって言うなら、そうかもな」
   爪楊枝を投げ捨て早足で歩く空太郎。爪楊枝を拾いそれを追いかける智也。
智也「! 待って、空ちゃん!」
   「ごめんよ」と空太郎に並び歩く智也。

〇たちばな公園(夕方)
   地面に木の枝で方位記号を描く空太郎。
   沈む夕日を指差して。
空太郎「あっちが西……あっちが東」
   ほら穴のある遊具の中、スケッチブッ
クの端に「病院の名前」「太陽」「白金」
「〇〇〇 三文字?」と書いていく智
也。手は震え、視界がかすんでいる。
空太郎「病院ていうのはな、陰陽師的に東に
 建てるものなんだよ。だから明日は……」
智也「……なに……、陰陽師って……」
   智也、ペンを手放しその場に倒れる。
空太郎「!」
   智也の元へ駆け寄る空太郎。
   空太郎、智也の体を担ぎ上げる。

〇サンフラット・臼井宅・ダイニング(夜)
   コンビニ弁当の前で嬉しそうに手を合わせている臼井壮太(39)。
   そこへ激しく鳴るインターフォン。
臼井「……?」
   玄関へ移動しドアスコープを覗く臼井。
臼井「……」
   首を傾げ部屋へ引き返そうとする。そこへダン! と蹴られる玄関の扉。
臼井「! おい……」

〇同・同・玄関外(夜)
   怒った表情で玄関の扉を開ける臼井。
   正面には誰も居ない。
   ふと下を見ると智也が倒れている。
臼井「! 智也……!」
〇同・同・ダイニング(夜)
   流し台から滴り落ちている水。

〇同・同・リビング(夜)
   ソファで寝かされている智也。頭に濡れたタオル。赤い顔に荒い息。
   横で臼井が桶でタオルを絞っている。
臼井「驚いたよ、ここまで一人で来たのか?」
智也「――」
   智也の額のタオルを替える臼井。
臼井「父さんが早番の日で良かったなあ。普
通勤務だったら気付けなかった」
   立ち去ろうとすると智也の声。
智也「……空……、ちゃんは……」
臼井「……くー?」
   臼井、顔色を変えて食い入るように。
臼井「……くーがどうしたんだ!?」
   はっとする臼井。
臼井「……ああ、すまない。くー……昔『クッキー』っていう猫を飼ってたんだ。お前には話したことが無かったな」
智也「……空ちゃんを、探して……」
臼井「え?」

〇同・ビル入り口外(夜)
   佇む空太郎。明かりのついた三階左端の窓を見つめ、悲しそうに立ち去る。
空太郎「……」

〇同・臼井宅・リビング(夜)
   智也の頭にそっと手をやる臼井。
臼井「……悪い夢でも見てるのかな……」
   と、テーブルから携帯を取り操作する。
   耳に当てるがツーツー音。
臼井「……千香子は繋がらない、か……」

〇同・同・同(朝)
   窓の外から射す朝日、ソファに寝ている智也の顔を照らす。目を覚ます智也。
智也「……」
   智也、飛び起きる。
智也「!」
   ダイニングで朝食を食べている臼井。
臼井「おお智也、お前のぶんもあるぞ」
智也「……空ちゃんは!?」
臼井「え?」
   智也、玄関の外へと飛び出す。

〇同・ビル入り口外(朝)
   周囲を見回しながら出てくる智也。
智也「……ッ」
   道の先へ駆け出そうとすると、背後で一斉に羽ばたくハトの群れ。自転車に乗った空太郎がすいー、と現れる。
空太郎「……お前のパパ、自転車の鍵つけっぱなし」
智也「! 空ちゃん!」
空太郎「朝メシくらい食って来いよ。調達する手間はぶけるし」
智也「――」
〇絵本
めくられる絵本。
   「7月21日 土曜日 晴れ」。

〇サンフラット・ビル入り口外(朝)
ビルから出て来る智也。手には財布。
   自転車を停めている空太郎。
智也「パパからお小遣いもらっちゃった」
   と、智也、財布をポケットにしまう。
空太郎「手切れ金ってやつですか」
智也「! 違うよ! 僕が一人で大丈夫って言ったから!」
空太郎「いいパパなんだけどなあー、あいつ、
 パンチが弱いんだよな」
   自転車をゆっくりと漕ぎ出す空太郎。
   智也、空太郎と並んで歩き出す。
智也「……パパ、空ちゃんのこと覚えてたよ。すごく心配してるみたいだった」
空太郎「へえーそう」
智也「あと名前は本当は『クッキー』だって」
空太郎「言うなよ、だせえだろ」
   空太郎、笑って自転車で走り去る。
智也「待ってよ、空ちゃん! クッキー!」
空太郎「言うなって」

〇ハーモニーロード(朝)
   自転車で走る空太郎と追う智也。二人とも輝くような笑顔。

〇サンフラット・臼井宅・リビング(朝)
   作業着に着替えている臼井。
   窓の外に自転車を追う智也が見える。
   自転車のカゴの中に猫。
臼井「――」
   臼井、見え辛そうに目を細め、棚から眼鏡を取り、かけては再び窓を向く。
智也の姿はもうない。
臼井「……」

〇川沿いの道
   空太郎の漕ぐ自転車の後ろに乗っている智也。二人とも輝くような笑顔。途中すれ違う犬が振り返り吠えて行く。

〇坂道
空太郎の漕ぐ自転車の後ろに乗っている智也。「わわわ!」と声を上げながら道を勢いよく下って行く。
   ×   ×   ×
   空太郎の乗る自転車を押して坂道を上る智也。「空ちゃん下りてよ!」「嫌だよお前もたまには運べ」等言い合う。

〇堤防
川に出っ張った所にある堤防。
向かいにスカイツリーが見える。
並んで草笛を吹いている空太郎と智也。
空太郎「……パパと再会してどうだった?」
智也「特に何も」
   智也、草笛を川に投げる。
智也「ていうより、ずっと一緒だと思ってきたんだ」
   空太郎、智也を見る。
智也「僕は確実にパパの子だ。弱虫だし、ママが言うには事なかれ主義だし、空ちゃんが言うみたいに今一つパンチが無い」
   空太郎、ふっと笑う。
智也「だから、僕にはパパの血が流れてる……いつでも一緒……そう、思ってきた」
空太郎「随分悟った考え方だな」
智也「よく言われるけど……別に悟ってるわけじゃないんだ」
   足元に転がる小石を軽く蹴る智也。
智也「ただ……感情を押し殺してるだけ」
   空太郎、遠い目で草笛を川に投げる。
空太郎「猫は感情が表に出ないんだ」
   智也、空太郎を見る。
空太郎「……普通はな。けど、俺はどちらかというと感情を出し過ぎる猫で、いつもお前のママを困らせてた」
智也「……」
空太郎「『みゃおう』って泣いてみ」
智也「『みゃおう』」
空太郎「そうじゃなくて、もっとこう『どうして思い通りにならないんだ!』って怒りをだな……こう、腹の底から」
   全身の毛を逆立てて見せる空太郎。
   みゃおうおう……と声を上げる。
智也「うわあ、空ちゃん猫みたい!」
空太郎「猫なんだよ」
智也「空ちゃんてなんの種類の猫なの?」
空太郎「雑種なのに店で『スコティッシュフォールド』だって売り出されてさ」
智也「うわあ、詐欺だね」
空太郎「でも5万だぜ。格安で」

〇サンフラット・ビル入り口外(夕方)
   駐輪所に自転車が置かれている。

〇道(夕方)
   歩いている智也と空太郎。
空太郎「なあ、猫の集会って知ってるか?」
智也「空き地とかで猫が集まるっていう?」
空太郎「ああ、今日集会日だからママのこと聞いてやるよ。うまくすりゃエサも貰える」
   足を止めじとっと空太郎を見る智也。
空太郎「大丈夫、悪い真似はしないって」

〇貞願寺・正門前(夕方)
   寺の本堂を見上げる智也。
智也「……ここって……」
   智也に手招きする空太郎。奥に墓場が広がっており数匹の猫が群れている。
智也「……やだよおー」
   参ったように頭を抱える智也。
   奥で猫と楽し気に歓談している空太郎。
   そこへ智也の背後にふと住職が現れる。
住職「……悪いモノに、憑かれてますな」
智也「!?」
   智也が振り返ると立ち去る住職。
住職「気をつけなさい、黄昏時は危険ですぞ」
智也「……」
   智也の元へ笑顔で駆けてくる空太郎。手には干菓子を持っている。
空太郎「ほれ、今日の収穫」
智也「! ちょ……これお供え物でしょ?」
空太郎「だって食べなかったら湿気るじゃん」
   と干菓子をかじる空太郎。
智也、身震いし。
智也「空ちゃん、僕……なんかに憑かれてる
 みたい……それ食べたらバチが当たる!」
   と、わああああっと寺の外へ駆け出す。
空太郎「……」

〇道(夕方)
   頭や肩を払うように歩いている智也。
   道の向かいに小さなスーパー。
   店の外に菓子や食材等が並んでいる。
智也「……」
   ポケットから財布を出す智也。
   財布を開けると自転車が通りがかってぶつかり、小銭が周囲に散らばる。
智也「!」
   散らばった小銭に手を伸ばす智也。
そこへ重なる手=大西鈴花(10)。髪はボサボサで服は薄汚い。
智也「! ……大西……、さん!?」
鈴花「お金欲しいの?」
智也「! いや……これ僕のお金だよ」
鈴花「鈴花が先に拾った」
智也「……」
   がっくりと肩を落とす智也。
   そこへ貞願寺から空太郎が出て来る。
鈴花「! 猫ちゃん」
空太郎「――」
   空太郎の全身をベタベタと触る鈴花。
空太郎「……おい」
   参ったように智也を見る空太郎。
   離れようとする空太郎に抱きつく鈴花。
鈴花「猫ちゃん」
〇道(夜)
   地面に置かれたスーパーの袋。菓子パンや携帯食が入っている。
   柵にもたれ菓子パンを夢中で食べている鈴花。横に並んでいる智也と空太郎。
智也「……ごめん、ちょっと変わったコでさ。
少し前に引っ越したはずなんだけど」
空太郎「匂いがきつい」
   空太郎、自分の服の匂いを嗅ぐ。
智也「お風呂……入ってないのかな」
空太郎「ネグレクトかね」
智也「なに?」
空太郎「育児放棄」
   空太郎、伸びをしてさっさと立ち去る。
空太郎「お前は恵まれてるよ。だからちょっ
とくらい恵んでやったっていい」
智也「それって……上からじゃない?」
   智也、空太郎に並び歩く。
智也「それに僕だって……別に満足してるわ
けじゃないよ」
空太郎「あ、そうそう、お前のママ、この辺
りの縄張りでは見かけなかったって」
   空太郎、鈴花を振り返る。
空太郎「どうせだしついてくか? 多分隣町だぞ……大西鈴花の家」
智也「ええー!? 行ってどうするの」
   智也が鈴花を振り返ると、目の前で音楽の演奏が始まる。見るとアコーディオンやトランペットを手に路上パフォーマンスをしている4~5人の集団。
空太郎「あーこいつら今日はここで演るんだ」
智也「――」
   音楽に合わせたジャグリングや輪くぐり。智也、ぼうっと見惚れる。
   ×   ×   ×
   パチパチと数人の観客の拍手。演奏を終え帽子を掲げるパフォーマー。
   開いたトランクの中に入れられたお札。
智也「今のは恵んだんじゃないからね」
   と、立ち去る智也と空太郎。
〇スラム街の道(夜)
   暗い道。パンを千切って落としながら歩いている鈴花。それを物陰に隠れながら追っている智也と空太郎。
智也「……ねえやめようよ。こういうのって
すごく悪趣味だと思う……それに」
   周囲を見ると路上賭博らしき光景や、酒を手に転がっている酔っ払い。
智也「……ここ、なんか怪しくない?」
空太郎「当然だよ。ここスラムだもん」
智也「スラム!?」
   空太郎、智也の蝶ネクタイをはじいて。
空太郎「まあ、こんな妙なカッコして歩いてると狙われるかもな」
智也「ちょっとー!」
   「こんな所に寝る場所なんて無いよ!」「ママの居場所だって知らないと思う」と言いながらついて行く智也。

〇シャッター通り(夜)
   道を曲がってくる智也と空太郎。
   そこへビルの階段から道に倒れ出る鈴花。階段の上から鈴花の母らしき声。
鈴花の母の声「今夜は帰って来るなって言っただろ」
   と、鈴花の顔に小銭が投げられる。
鈴花「――」
   黙々と小銭を拾い集める鈴花。
   二階の窓のカーテンがシャッと閉まる。
   やがて聞こえてくる鈴香の母の喘ぎ声。
智也「――」
空太郎「……」
   小銭を拾い終え立ち上がる鈴花。
智也「……大西さ……」
   空太郎、智也の口を塞いで歩き出す。
空太郎「まだバレるな、ついてくぞ」
智也「……」

〇水谷ビル・入り口外(夜)
   「カラオケBAR トパーズ 2F」と看板が出ている。ビルの階段を上がって行く鈴花。智也、看板を読んで。
智也「……『カラオケ』……『ビー』……」
空太郎「ちょっと下見してくる」
   と、猫の姿になり鈴花を追う空太郎。
智也「! ちょっと空ちゃん!?」
   智也、周囲を見回し空太郎の後に続く。
智也「……置いてかないでよ……」

〇BARトパーズ・入り口外(夜)
   階段を上がった先にあるガラス扉。扉を爪で引っ掻いている空太郎。
   ガラス扉の中では、ドレスに着替えた鈴花が笑顔でマイクを手にしている。
   そこへやってくる智也。
   カラオケが流れ、鈴花が振り付きで歌い出す。周囲に5~6人の中年の客。
智也「……」
   と、そこへ智也に気付く店のママ。
ママ「! あら……」
   鈴花が智也の方を見る。下の方にいる空太郎に気付いて。
鈴花「! 猫ちゃん!」
   鈴花、駆け寄ってきて扉を開け、空太郎を抱き上げる。
嫌そうな空太郎に頬ずりする鈴花。
ママ、智也を見て。
ママ「……坊や……、この辺のコ?」
智也「……」

〇同・店内(夜)
   キラキラの衣装を着せられテーブルの前に座って居る智也。
   テーブルの上にマイクを置くママ。
ママ「鈴花ちゃんはね、一曲お客さんの相手
したら一泊泊めてあげるようにしてるの」
   ママ、歌っている鈴花と智也を見て。
ママ「……坊やは家出?」
智也「……」
ママ「まあいいわ。子供には子供の事情があ
るものね」
   空太郎はカウンターの下でミルクを飲んでいる。そこへ智也を向く男性客。
男性客「よお坊主! 一緒にタキツバ歌おう
ぜ! タキツバ知ってるか!?」
智也「……」
   智也、そっとマイクを取る。

〇水谷ビル・入り口外(夜)
   揺れるビル。地面を這うネズミがはっとして起き上がりだっと逃げ出す。

〇BARトパーズ・店内(夜)
   酔っ払ってソファで寝ている5~6人の客。その中に紛れ寝ている智也。空太郎は鈴花と床に丸まって寝ている。ママ、智也と空太郎にそれぞれ毛布を
   かけ、笑顔で息をつく。
ママ「……」
   カウンターに去り仕事に戻るママ。
〇絵本
めくられる絵本。
   「7月22日 日曜日 晴れ」。

〇シャッター通り(朝)
   まだ薄暗い早朝。歩きながら頭を振る空太郎。隣に並んで歩いている智也。
空太郎「やー……酷かったなお前の歌声」
智也「……僕『アンパンマン体操』しか歌え
ないんだよね」
空太郎「おまけに少し飲まされてただろ」
智也「え、コーヒー牛乳しか飲んでないよ」
空太郎「それ『カルーアミルク』って酒だよ」
智也「えー……」
   智也、恥ずかしそうに俯き。
智也「だからか……なんかイケる気がして」
空太郎「普段からあれくらいの気概があると
いいんだけどな」
智也「気概ってなあに?」
空太郎「『心意気』とか『強い意志』」
智也「……心意気かあー……」
   智也、昇る朝陽を見る。
智也「僕……ママに会ったらさ」
   空太郎、智也を見る。
智也「もっと本当のこと言えたらいいのに…
 ……塾とか父さんのこととか」
   智也、自分の着ている服を見て。
智也「……この服だって本当は……」
空太郎「あ」
   空太郎、周囲を見ながら走り回る。
空太郎「そうだそうだ、確かこの辺にあったんだよ」
   と走り回りながら消える空太郎。
智也「え……空ちゃん?」
   と、そこへ智也の足を掴む手。道に転がっているホームレスA。
智也「!」
ホームレスA「坊主……金貸してくれ」
   ふるふると手を伸ばすホームレスA。
智也「え、ちょっ……」
   智也、ホームレスAと周囲を見比べて。
智也「ちょっと! ねえ! 空ちゃん!」
   と、ポケットから財布を出す。

〇道(朝)
   周囲を見回しながら走っている智也。

〇平和記念公園・入り口外(朝)
   青いシートや段ボールの小屋が並んだ公園。公園の前を一旦通り過ぎ、二度見して戻ってくる智也。中に猫と談笑している空太郎が居る。
智也「! ちょっと空ちゃん!」
   息を切らせて膝に手をつく智也。
智也「……勝手に消えないでよ」
   空太郎、猫に手を振りながら。
空太郎「分かった分かった」
智也「分かった?」
   空太郎、公園の時計を見る。5時半。
空太郎「けどちょっとまだ早いなあ」
   と、さっさと歩き出す。
智也「え、何の話!?」
空太郎「何の話だっけ」
   木の枝に向かいジャンプする空太郎。
智也「だから、勝手にどっか行かないでって話!」
空太郎「その前!」
智也「空ちゃんが居ない間、ホームレスみたいなおじさんに声かけられたんだよ!」
空太郎「その前!」
   智也も木の枝に向かいジャンプする。
   「その前って何―!?」「色々言いたいとかなんとか!」とジャンプを競い合う智也と空太郎。

〇リサイクルショップ・カウンター
   カウンターに置かれる時計。9時過ぎ。
   時計を手に接客している店員。
   広げられる「かつみリサイクルショップ」と印刷された袋。
〇同・試着室前
   カーテンを開け出て来る空太郎。派手   
   な毛皮のベストとサングラス姿。
   ×  ×   ×
   カーテンを開けて出て来る智也。シンプルなTシャツに半ズボン姿。
   智也と空太郎、出てきた互いを見て。
智也「……暑そ……」
空太郎「……みすぼらし……」
智也「! なんだよ! 空ちゃんが着替えろって言ったんだろ!」
   空太郎、自分のベストをつまんで。
空太郎「ちなみにこれフェイクファー。動物愛護の精神には引っかかってないヤツね」
智也「……ママが買ってくれた服だったのに……」
   智也、店内を見るとハンガーにかかっているブラウス等の服一式。
空太郎「大丈夫、そっちの方が俺らの街には合ってるよ」
と智也と肩を組む空太郎。「俺はタキツ
バに影響されちゃってさあ」……と店
を出て行く。

〇シャッター通り
   ヨーヨーを突きながら歩いている空太郎。隣に並び歩く智也。
空太郎「……お前がママに言いたいこと……
塾と、親父と、服装と……」
   そこへビルの階段から道に倒れ出る鈴花の母。階段の上から男の声。
男の声「酒くらい買って来いよ! クソばばあ!」
   と、鈴花の母の顔に小銭が投げられる。
鈴花の母「――」
   小銭を拾い集める鈴花の母。
智也「! ……大西さん、の……」
   鈴花の母、はっと智也を振り返る。
   二階の窓のカーテンがシャッと開く。
   強面の男がこちらを見下ろしている。
智也「!」
   怯む智也。
   小銭を拾い終え立ち上がる鈴花の母。
   そそくさと駆けて行く。
智也「――」
   震える唇をぎゅっと噛む智也。その横顔を見る空太郎。にやりと。
空太郎「……戦いたいか?」
智也「……」
   智也、ごくりと息を呑む。

〇平和記念公園・広場
   鉄棒で必死に懸垂している智也。その横で手を叩く空太郎。
空太郎「はい腕力! 腕力!」
   ×   ×   ×
   地面で必死にスクワットしている智也。その横で手を叩く空太郎。
空太郎「はい脚力! 脚力!」
   ×   ×   ×
   滑り台に逆さになり腹筋している智也。
   ばたりと弱々しく両手を下に下ろして。
智也「……駄目。僕、インドア派なんだ……」
空太郎「――」

〇ゲームセンター・野球ゾーン
   スクリーンの前で高らかにバットを振り抜く客。軽快に響くボールの音。

〇同・モグラ叩き前
   必死にモグラ叩きをしている智也。横でリズミカルに手を叩く空太郎。
空太郎「違う! もっと獲物を食うために獲
る! 食わなきゃお前は死ぬ!」
   ×   ×   ×
   超高速でモグラ叩きをしている空太郎。
   目が血走っている。周囲には集まっている客。空太郎の腕を引く智也。
智也「空ちゃんやめてよ、これゲームなんだってば!」
空太郎「ゲームなもんか! 生きるか死ぬかのサバイバルなんだよ!」

〇同・パンチングマシン前
   ミットを思い切り殴る智也。表示される「50点」。悲しい効果音が鳴る。
   智也の横に立っている空太郎。
空太郎「違う! もっと相手を倒す気持ちに
なって。『ムカつく』『親父を』『倒したい』!」
  空太郎、ミットの前に立ち、『ムカつく』で構え『親父を』で拳を引き『倒したい』で拳を振りぬいて見せる。
   表示される「150点」。盛大に鳴るファンファーレ。周囲の客がわっと沸く。
智也「――」

〇道(夕方)
   ずんずんと歩いている智也と後に続いている空太郎。手には大きなヌイグルミや景品の入った大きな紙袋。
空太郎「なあーに、拗ねてんだよー」
智也「惨めになっただけだった」
空太郎「馬鹿だなあ、弱かったら強くなればいいんだよ」
智也「! 空ちゃんとは違うんだよ! 僕は猫じゃないし!」
空太郎「別に猫だから強いわけじゃねえよ」
智也「……野生じゃないし……、僕は……」
   智也、俯く。空太郎、ため息をついて。
空太郎「俺だって元々は野生じゃなかったよ」
   と、その場に胡坐をかき座り込む。
智也「……」
   空太郎を振り向く智也。空太郎、紙袋からチョコを出して智也に渡す。
空太郎「……やる。俺チョコ食べると死んじゃうから」
智也「えっ……」
空太郎「猫全般の話だけどね」
智也「じゃあ……バレンタインの時とかつまんないね」
空太郎「猫にバレンタインはねえよ」
   空太郎、スナック棒を食べ始める。
空太郎「……俺だって死ぬかと思ったよ、最初外に出た時は。デカい車によその猫や犬。……ずっと家で飼われてたから」
智也「……」
空太郎「お前のママは気がおかしいくらいに過保護でさ、俺が椅子から落ちそうになるだけで悲鳴を上げた。窓もいつもびっちりしまってた……俺が間違って外に出て落ちたりしないように」
   智也、恥ずかしそうに。
智也「……変わってないね……、母さん」
空太郎「なのにあの夜はベランダの窓が開いてた……月明りに照らされて、道はもうそこにしかないと思った」
智也「……」
空太郎「……嫉妬の毎日から抜け出す道……」
智也「……『嫉妬』?」
   空太郎、笑って立ち上がる。
空太郎「猫は嫉妬深いんだ……気を付けた方がいいぞ」
   と手を払い歩き出す。後に続く智也。
   そこへ空太郎と智也の間に割って入るように現れる強面の男。
強面の男「……よお」
智也「――」
   空太郎、振り返る。

〇シャッター通り・ゴミ集積所(夕方)
   積まれたゴミの山の中に投げられる智也。向かいで手を払う強面の男。
強面の男「(舌打ちし)ガキのくせにガンくれ
やがって……」
  と、智也のポケットから財布を抜き立ち去ろうとする。
   ビルの陰から智也と強面の男を見てい
る空太郎。手を振りながら小声で。
空太郎「行け! 『ムカつく』『親父を』『倒したい』!」
そこへ智也、ゴミの山の中から。
智也「……どうして、暴力を、ふるうんですか……」
   と起き上がる。強面の男、振り返る。
智也「暴力ふるうやつは弱いやつだ! 自分の中に感情を抑え込めないんだ!」
空太郎「……」
智也「心が弱いから暴力を振るうんだ!」
   強面の男、智也に向かい片足を振り上げる。空太郎、飛び出そうとする。
   そこへ強面の男の横をかすめる、飛んでくる空き瓶。強面の男、振り返る。
   空き瓶が強面の男の横で割れ、息を切らせた鈴花の母が立っている。
鈴花の母「――」
強面の男「! てめえ……」
   鈴花の母を引きずり倒す強面の男。
   揉み合う二人。空太郎、陰から出て来てゴミの山から智也を引き上げる。
智也「! 空ちゃん……」
空太郎「逃げろ逃げろ逃げろ」
智也「空ちゃん! まだ終わってないよ!」
空太郎「お前の出る幕じゃない」
   智也を担ぐ空太郎。
   そこへ背後に現れるホームレスB。
ホームレスB 「あ! 居た居た!」
   智也と空太郎、振り返る。
   二人の元へ駆けてくるホームレスB。
ホームレスB「坊やだろ、岩城の爺さんに金貸したの! 爺さんその金で万馬券当てやがった!」
智也「……へ?」
ホームレスB「おいで、今夜はパーティーだ!」
智也・空太郎「――」

〇平和記念公園・広場(夜)
   色とりどりのテントが複数張られ、中央で火が焚かれている。アコーディオンやトランペットを手に路上パフォーマンスをしている4~5人の集団。
智也「……あ」
パフォーマー、智也に微笑み帽子を掲げる。智也に手招きするホームレスA。
ホームレスA「おお……来た来た。見ろ、坊
やのお陰だ」
  手を広げて見せるホームレスA。
  中央の火にはバーベキューが焼かれ、
   周囲には10匹程の猫と5~6人のホームレス、トパーズのママと中年客等。
中年客「よお坊主! また歌うか?」
   笑うママ。そこへ鈴花もやってくる。
鈴花「猫ちゃん」
   鈴花、智也を見てにっこりと微笑む。
鈴花「『智也君』」
智也「――」
   智也も鈴花を見てにっこりと笑う。
   ×   ×   ×
   音楽の中、鈴花と手持ち花火をしている智也。歌い踊り明かす一同。
空太郎「……」
〇絵本
めくられる絵本。
   「7月23日 月曜日 曇り」。

〇平和記念公園・広場・テント内(朝)
   青いテントの中で目を覚ます智也。横
   には寝ているホームレスA。
   外で空太郎が空を見つめ立っている。
智也「……空……、ちゃん?」
   空太郎の体、少し透けている。
智也「! 空ちゃん!」
   飛び起きる智也。振り返る空太郎。
智也、テントの入り口にあるタッパーからおむすびやバナナを出しながら。
智也「お腹空いた!? 昨日よく眠れなかった!?」
空太郎「……」
智也「……なんか……、変だよ……」
   空太郎、うっすらと微笑んで。
空太郎「ママのところに行こっか」
〇駅構内・花屋
   店員と一緒に花を見ている智也。「母が」「お見舞いでしたら……」等店員と会話。遠くからそれを見ている空太郎。

〇走る電車内
   人気のない電車内。座席に座っている智也と空太郎。智也の手には一輪の白い花。
智也「……本当に合ってるの? ママの入院先……その、『茜が丘病院』てとこで……」
空太郎「ああ。昨日カラオケバーの客の一人に聞いたんだ」
智也「……なんか違った気がするんだけどなあ……もっとなんか」
空太郎「行けば分かるよ」
智也「……」

〇茜が丘駅・ホーム
 寂れた駅のホーム。「茜が丘」と駅看板。
電車から降りる智也と空太郎。
智也「……なんか、全然人が居ないね……」
   空太郎、すっと早足で歩いて行く。
智也「! 空ちゃん!」
   智也、追いついて。
智也「……ねえ僕、電車って初めてなんだ……」

〇茜が丘駅・改札外
   地図看板の前で足を止める智也。
   空太郎、駅看板を通り過ぎさっさと早足で歩いて行く。
智也「! ……空ちゃん!」
   空太郎の元へ駆けて行く智也。

〇歩道橋・上
   さっさと歩く空太郎に続き、息を切らせて階段を上がって来る智也。
智也「……」
ふと足を止め街全体の景色を見渡す。空き地が目立ち人気が無く、ゴーストタウンのように殺風景。
智也「……」
   智也、心配そうに空太郎を追いかけて。
智也「……ねえ……、ねえ空ちゃん……」

〇歩道橋・階段下
   空太郎に続き階段を駆け下りる智也。

〇トンネル前の歩道
   空太郎の後に続く智也。スロープを下った先にトンネルの入り口が見える。
   智也、トンネルと空太郎を見比べて。
智也「……ねえ空ちゃん……、本当にこの街に病院……、あるんだよね……?」
空太郎「……」
智也「……ママはここに、居るんだよね……?」
   空太郎、無言でトンネルの中へと入って行く。
智也「……空ちゃん!!」
〇トンネル内~トンネル外
   暗く湿気に満ちたトンネル内。
智也「――」
   さっさと歩いていく空太郎。立ち止まる智也。周囲ではぴちゃ……と水の滴る音。ざわざわと「来てはいけない」と人間の声のような音が反響している。
   大きくなる智也の胸の鼓動の音。智也、自分に言い聞かせるように。
智也「……大丈夫」
   拳を握り、ぎゅっと目を閉じる智也。
   智也の先をさっさと歩いている空太郎。
   智也、目を閉じたまま歩き出す。
智也「大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫……」
   空太郎の髪の毛がわあっと逆立つ。
空太郎「……」
智也「大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫……」
   智也の顔に光が射し、目を開ける智也。
智也「――」
   見ると、空太郎がトンネルを出た道路脇に屈みこんでいる。
   掌を智也の方へ差し出している空太郎。
智也「……え」
空太郎「花」
智也「……」
   智也、空太郎に白い花を渡す。
   花をそっと地面に置く空太郎。
空太郎「ここで死んだんだ。居場所を探して散々歩いて……交通事故だった」
智也「――」
空太郎「お前は良い……求めなくても与えられる。奪われる側に回ったことないだろ」
智也「――」
空太郎「ママと自分が違う生き物だなんて思いもしなかった、まさか愛されないとも」
智也「――」
空太郎「人間に生まれたかったよ……お前より強い息子になれる自信があったのに」
   振り向きうっすらと微笑む空太郎。
   青ざめる智也。
空太郎「……お前の身体、もらうぞ」
   空太郎、透明になり智也に重なる。
   地面に投げ出される猫の体。
智也「――」
   一瞬意識を失いよろめく智也。すぐに目に光が宿り起き上がる。
   足が勝手に動き先へと進んで行く。
智也「――!」
   智也の背後に伸びる空太郎の影。
空太郎の声「歩き回ってのたれ死ね!」
智也「――ッ」
   踏み止まろうと抵抗する智也。
   足が勝手に動き先へと進んで行く。

〇橋の上
   下に河原の土手が広がっている。
   橋を勝手に渡ろうとする智也の身体。抵抗して踏み止まる智也。欄干を掴む。
智也「――ッ」
   智也の背後で喋る空太郎の影。
空太郎の声「なんだ……行きたくないのか?」智也「……死にたく、ない……」
   空太郎の影、下の河原をみやる。
空太郎の声「……ちょうどいい……あっちにも成仏してない仲間がいたんだ」
   智也の身体、橋を戻り転げるように河原に出る。
智也「――」
空太郎の声「供養してくれよ!」

〇河原の土手
   目の前を流れる大きな川。地面に喰らいついている智也。川に追いやられそうになり必死で抵抗している。そこへ周囲でざあっと吹く風。草が揺れると同時に枯れて行く。智也の身体を離れ目の前に現れる空太郎。髪はざわめき目は濁り、肌は土色に枯れている。
   智也、ごくりと息を呑み立ち上がる。
智也「……空ちゃんは悪い猫だ……」
空太郎「……」
智也「ママのことがそんなに好きだったのに、素直に好きって言えないなんて……」
空太郎「……」
智也「それで僕を騙して意地悪するなんて!僕の身体が欲しいなら言えばいい!」
空太郎「……猫は狩猟動物なんだ……」
智也「……」
空太郎「そこに欲しいものがあったら奪うために戦うんだよ! 例えモンスターだと言われてもな!」
   空太郎、獣のように体を丸め、智也に飛びかかって行く。
   智也も獣のように背中を丸め構える。
智也「……ッ! なら……僕は僕を守る!」

〇(回想)平和記念公園・広場
   鉄棒で必死に懸垂している智也。その横で手を叩く空太郎。
空太郎「はい腕力! 腕力!」
〇河原の土手
   空太郎に地面にねじ伏せられる智也。
   必死で抵抗し、何とか起き上がる。

〇(回想)ゲームセンター・モグラ叩き前
   必死にモグラ叩きをしている智也。横でリズミカルに手を打つ空太郎。
空太郎「違う! もっと獲物を食うために獲
る! 食わなきゃお前は死ぬ!」

〇河原の土手
   助走をつけ空太郎に向かっていく智也。

〇(回想)平和記念公園・広場
   地面で必死にスクワットしている智也。その横で手を叩く空太郎。
空太郎「はい脚力! 脚力!」
   ×   ×   ×
   滑り台に逆さになり腹筋している智也。
   ばたりと弱々しく両手を下に下ろして。
智也「……駄目。僕、インドア派なんだ……」

〇河原の土手
   空太郎に飛びつき、足に嚙み付く智也。頭を叩かれながら必死で噛み続ける。

〇(回想)ゲームセンター・モグラ叩き前
   超高速でモグラ叩きをしている空太郎。
空太郎「生きるか死ぬかのサバイバルなんだよ!」

〇河原の土手
   足から引き離されぶん投げられる智也。
   激しく地面に倒れ込む。
智也「――」

〇(回想)ゲームセンター・パンチングマシン前
   ミットの前に向かっている智也。横に立っている空太郎。
空太郎「違う! もっと相手を倒す気持ちに
なって。『ムカつく』『親父を』『倒したい』!」
  ×   ×   ×
  ミットに構える智也。

〇河原の土手
   地面から起き上がり、空太郎を見上げる智也。拳を震わせわなわなと。
智也「……『ムカつく』『相手を』『倒したい』……」
   智也、立ち上がってうあああああ……と空太郎に向かっていく。
空太郎「!」
   智也、泣きながら空太郎にパンチして。
智也「空ちゃんなんて……、空ちゃんなんて! ひょろひょろでモヤシみたいなくせに!」
   智也のパンチを受け止める空太郎。
空太郎「……」
智也「僕の方が栄養が足りてるよ! 無人島に二人きりになったって僕の方が生き残れる! ちょっと生きる知識があるからって偉そうにするなよ!」
空太郎「! ちょ……」
   智也のパンチを受け止める空太郎。押
し切られ川に片足を踏み入れる。
空太郎「!」
   かまわず空太郎にパンチしている智也。
   空太郎、川と智也を見比べて。
空太郎「! ちょ……ちょ、タンマ!」
智也「――ッ」
   空太郎を突き飛ばす智也。川の水に浸かる空太郎。頭をぶるぶると振り。
空太郎「……そうかもな」
   空太郎、呆れたように。
空太郎「スタミナ切れだよ」
   と、服だけ残し光の中に散っていく。
智也「――」
空にキラキラと光の粒が漂って行く。

〇ハーモニータワー・展望台(夕方)
   街を見渡せる展望台。下からオーケストラの演奏が響いている。景色に向かい立っている智也。
うああ……と泣きながらライオンのように勝利の雄叫びを上げる。
   入り混じるオーケストラの演奏。

〇貞願寺・正門前(夕方)
   とぼとぼと暗い顔で現れる智也。
本殿を見上げる。
智也「……」
   そこへ脇からすっと住職が現れる。
住職「やあ……来ましたな」

〇同・プラネタリウム(夕方)
   ドーム状の天井と中央の投影機。住職に中へと通される智也。周囲を見回す。
智也「……ここは?」
住職「仏教と宇宙とは通じておりますゆえ」
   住職が投影機をいじり、天井には満天の星空が映し出される。
智也「――」
住職「貴方の戦いは必要なものでした」
智也「……」
住職「宇宙の塵達は衝突を繰り返して一つの新たな星になる。そうして輝ける星もある」
智也「……戦うことは相手を傷つけることじ
ゃ……、ない?」
住職「あなたが戦った相手は、救われたはず
ですよ……悪戯な低級霊でしたが」
智也「……」
住職「あなたが立派に成長していく姿を見て
自分も前に進もうと思った」
智也「――」
住職「きっと、来世では報われるでしょう」
智也「……」
   ×   ×  ×
   シートの上で眠っている智也。
住職「……」
微笑みそっと智也に毛布をかける住職。
〇絵本
めくられる絵本。
   「7月24日 火曜日 曇り」。

〇貞願寺・宿坊・和室(朝)
   座卓に並んでいる精進料理。正座し夢中で料理をかき込んでいる智也。
   
〇同・同・仏間(朝)
   智也の居る和室の隣の仏間。住職が木魚を鳴らしながら読経している。
住職「(読経)」
   そこへ和室から顔を出す智也。
智也「……ごちそうさま!」
   住職、振り返る。

〇同・同・和室(朝)
   空の膳を下げようと立ち上がる智也。
   仏間で住職がこちらを向き手で制す。
住職「そのままで。置いておきなさい」
智也「……けど……」
住職「出発は早い方がいい」
   住職、陽が昇ろうとしている空を見る。

〇同・正門内(朝)
   宿坊の外に飛び出す智也。入り口で智也を見送っている住職。智也、振り返り住職に手を振る。
智也「和尚さん!」
   住職も手を振っている。
智也「『陽光台病院』だったよね! ママが入
院してるところ!」
住職「輝く光を思わせる病院……この辺りで
漢字三文字なら、おそらくそこでしょう」
   智也、笑顔でだっと駆け出す。

〇道(朝)
   通行人に道を聞いている様子の智也。

〇地図看板のある道(朝)
   地図看板の前で頭をひねる智也。

〇交番・入り口前(朝)
   巡査に道を聞いている様子の智也。

〇碧戸駅・駅前(朝)
   「碧戸駅」と看板。駅に上がる階段を上がって行く智也。

〇同・改札(朝)
   駅員の居る窓口で行き方を聞いている様子の智也。財布を出しお金を払う。

〇走る電車内(朝)
   人の居ない先頭車両。スケッチブックに描かれた病院への地図を見つめている智也。
   ふと前方の窓の外を見つめると、ぐんぐんと変わっていく景色。
智也「――」
   手すりを掴んで立ち上がり、変わって行く景色を見つめる智也。
   段々と雲が抜け、光が射して行く。
智也「――」

〇ときわ坂駅・ホーム
   電車から降りる智也。出口の階段へと駆け出す。

〇同・バス停
   停まるバス。続々と降りる人々の足元。

〇同・駅前ロータリー
   バスやタクシー等が停まるロータリー。
   駅の中から駆け出してくる智也。
   横断歩道の向かいに「陽光台病院行」とバス停の看板。バスが発車しそうになっている。
智也「!」
   信号が点滅する横断歩道を走って渡る智也。そこへ脇から急発進する車。
智也「!」
   車の前に猫のような影が飛び出す。
猫「(泣き声)」
猫(=空太郎)、車にぶつかって落ちる。
   急停止する車。ざわつく周囲。
智也「――」
運転手「おい坊主! 大丈夫か?」
車の中から運転手が飛び出す。
   車の前に血を流した猫の亡骸。
運転手「ああ……こりゃいけねえ、即死だな」
   智也、ガクガクと震える手で猫の亡骸に手を伸ばす。
智也「……空、ちゃん……」
   智也、猫の亡骸に触れ。
智也「……だって……、トンネルで死んだっ
 て…」
   思い出される空太郎の声。
空太郎の声「とりあえず、お前は人の言うこ
とをあんまり信じないことだ」
   智也、涙をポロポロとこぼす。
智也「……どっちだよ……空ちゃん……敵なのか、味方なのかさあ……」

〇陽光台病院・エントランス内
   じろじろと振り返る人々の中、暗い顔で進んで行く智也。血まみれの顔。手には猫の亡骸。血が滴り落ちている。
智也「――」
   総合案内所の前に控えている案内係、青い顔で智也の前に駆けて来る。
案内係「……ねえボク……ここ動物病院じゃ
ないの。その猫ちゃん……」
智也「母を探して来ました」
案内係「……」
   そこへ病棟の方から智也に気付く聡子。
聡子「! 智也君!」
   聡子、智也の前に駆けて来て。
聡子「……すみません……E病棟の入院患者
さんの、ご家族なんです」
   と、案内係に頭を下げる。
案内係「では面会の受付はあちらで」
   と受付カウンターを指す案内係。猫の亡骸を見て。
案内係「……ボク……その猫ちゃんは……」
智也「空ちゃんは家族です」
   案内係、困ったように「ちょっと相談してきます」と奥へと引っ込む。

〇同・E病棟・廊下
   タオルにくるんだ猫の亡骸を抱え佇んでいる智也。後ろに聡子がついている。目の前にぶ厚い金属のドア。ドアの鍵を開ける看護師。
看護師「どうぞ」
   ドアが開き、中には涎を垂らした患者やふるふると歩く患者、目が虚ろな患者等が居る。中へと進み出る智也。

〇同・同・談話スペース
   呂律の回らない患者達がTVを見て盛り上がる中、看護師に連れられ病室のある廊下へと進んで行く智也と聡子。
聡子「……お母さんね、お父さんに暴力をふ
るわれてるって、市の窓口に相談に来ていたの。私はそれに対応する市の職員」
智也「……」
聡子「けど、『暴力は虚言』……つまり嘘や妄
想だっていう診断がお医者様から下されてね。お母さん、ここに入れられたの」
   聡子、目を伏せて。
聡子「……昔、智也君のお祖父ちゃんにあたる、お父さんから受けてた暴力が、少しの喧嘩でフラッシュバックされたみたい」
智也「……」
聡子「……私は智也君の身の回りのことを任
されてたんだけど……」
   歩いて行くと、個室の中にベッドの上に起きている千香子の姿が見えて来る。眼鏡にパジャマ姿で本を読んでいる。
看護師「ごゆっくり」
   と、部屋の前で立ち去る看護師。
智也「……」
   顔を上げる千香子。智也、歩み寄る。

〇同・個室
   ベッドの上で千香子が身を起こしている。入り口に佇んでいる智也。後ろに聡子。千香子、表情を緩めて。
千香子「……智也……!」
と、眼鏡を外して手を広げる。
智也「……」
   智也、不審そうに眉をひそめて。
智也「……母さんじゃない……」
   智也、聡子を振り返る。
智也「僕の母さん、もっと美人だよ。こんな
 に目は腫れぼったくないし、ソバカスだっ
 てない。僕と全然似てなくて……」
千香子「智也」
   聡子、気まずそうに咳払いをする。
   改めて千香子の顔を見る智也。
智也「……僕と全然……、似てなくて……」
   そこへ入り口の陰に現れる空太郎の影。
空太郎の声「ばーか、すっぴんだとこんなモンなんだよ」
   チリ……と鳴る鈴の音。
智也「!」
   智也、入り口を振り返る。千香子、はっと目を見張って。
千香子「……くー?」
   入り口の辺りを見つめている千香子。
   千香子の目には何も映って居ない。
千香子「……くーなの?」
智也「! そうだ母さん! 空ちゃんだよ!」
   智也、タオルにくるまれた猫の亡骸を千香子の前に差し出す。
千香子「!」
智也「僕、空ちゃんと一緒に色んな所行ったんだ! 空ちゃん死んじゃったけど……」
   ボロボロと泣いている智也。
   千香子、亡骸のタオルをそっとめくる。
   はっと口元を覆う千香子。
千香子「! ……くー……!」
   ガクガクと震え泣き出す千香子。
千香子「……ごめんね、ごめんね、くー……」
   そろりとやってくる空太郎。千香子の腰のあたりに頬ずりする。
空太郎「……にゃお」
千香子「ごめんね……ごめんね……」
   空太郎の姿、七歳の姿にふっと戻る。

〇陽光台病院・外観
   太陽の日が射している。
空太郎M「愛してるにゃ……お母ちゃん」

〇岬家・玄関外(朝)
   「岬 誠司 千香子 智也」と表札。

〇同・玄関内(朝)
   ランドセルを背負い身支度している智
也。Tシャツに半ズボンとシンプルな恰好。奥から顔を出す千香子。
千香子の声「智也、忘れ物なあいー?」
智也「うん、全部持った」
   千香子、下駄箱の上の弁当箱を見て。
千香子の声「あらやだ……、誠司さんお弁当忘れてる。ねえ智也、これパパに届けて」
智也「嫌だよ、僕父さんのこと好きじゃないもん」
   千香子、「まあっ」という表情。
   笑顔で振り返る智也。
智也「父さんも少しは自立すればいいんだ」
   と、外へと駆け出す。ふと足を止めて玄関脇のプランターを振り返って。
智也「……行ってくるね、空ちゃん」
   と駆け去る。プランターには「クッキーの墓」と墓標がある。

〇早出小学校・昇降口(朝)
   靴を履き替える智也。そこへ男子A~Cがやってくる。智也の全身を見て。
男子A「あれ……お前……、イメチェン?」
男子B「なんか普通だな……せっかくセミ入れといたのに」
   と、智也の履いている上履きを指差す。
智也「――」
   智也が足を上げると上履きの中で粉々になっているセミの死骸。
智也「! このお!」
智也、上履きを脱いでセミの粉ごと男子に振り上げる。「なんだこいつ」「進化した」と逃げ出す男子A~C。

〇同・教室(朝)
   「新学期の目標」と書かれた黒板。
   黒板の前で何やら説明している教師。

〇同・同
   給食の並んだ机。夢中になって給食をかきこんでいる智也。向かいの男子が変顔をし、智也が給食を噴き出す。「きったねえ」と笑う別の男子。それを机から微笑んで見守っている教師。

〇通学路(夕方)
   ランドセル姿で歩いている男子達。

〇同・教室(夕方)
   机に向かっている教師。「新学期の目標」と書かれたプリントを手にしながら。
教師「さて……『岬智也』」
   と、顔を上げる。
教師「……私立、行くのやめたのか」
智也「はい」
   智也、恥ずかしそうに。
教師「僕……勉強そんなに好きじゃなくて」
智也「そうか」
   教師、笑う。
教師「いいと思うぞ、この目標も悪くない」
   と、智也にプリントを見せる。
〇通学路(夕方)
   機嫌よくランドセル姿で歩いている智也。そこへパラパラと降り出す雨。
智也「!」
智也、来た道を引き返す。
空太郎の声「……帰らないの?」
智也「!」
   智也が振り返ると傘をさして佇んでいる鈴花。足元に白い猫が居る。
智也「鈴花ちゃん」
   鈴花、にっこりと智也に傘を差し出す。
智也「傘忘れちゃった。一緒に帰ろう」
鈴花「うん」
   白い猫、智也にすり寄って鳴く。

〇早出小学校・教室(夕方)
   教師の机の上に置かれた「新学期の目標」。下の欄に「戦うこと」と線をはみだす大きな字で書かれている。
                (END)

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