あなたが殺し屋でよかった ドラマ

人を殺す事を生業とする男、殺し屋(40)。今回の彼の仕事は、雇い主の元愛人・弁当屋(30)の殺害だった。情報屋(30)から情報を得て、弁当屋に会いに行った殺し屋は、彼女に「48時間の猶予を与える」と告げる。これは、彼が人を殺す際のこだわりだった。
マヤマ 山本 23 0 0 02/23
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第一稿

<登場人物>
殺し屋(10)(40)殺し屋
弁当屋(23)(30)気分屋の元愛人

情報屋(30)殺し屋の協力者
居酒屋(50)同、バーのマスター
運び屋(40)同
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<登場人物>
殺し屋(10)(40)殺し屋
弁当屋(23)(30)気分屋の元愛人

情報屋(30)殺し屋の協力者
居酒屋(50)同、バーのマスター
運び屋(40)同
気分屋(60)殺し屋の雇い主

タクヤ(7)弁当屋の息子
定食屋(33)(40)タクヤの養母
寺子屋(53)(60)児童養護施設職員
一発屋(20)(30)入院患者
葬儀屋(50)殺し屋の同業者
駄菓子屋(80)入院患者
地上げ屋(50)
芦屋 (30)(50)医者
土屋 (30)同
殺し屋の母(40)
通行人A
通行人B



<本編>
○地上げ屋の家・アトリエ
   未完成の絵や、大きく×印の書かれた絵が多数置いてある。
   大きなキャンパスに絵を描いている強面の男、地上げ屋(50)。
   室内後方の椅子に座り、その様子を見ている男、殺し屋(40)。
   地上げ屋の筆が止まる。
殺し屋「……終わったようだな、地上げ屋」
地上げ屋「あぁ。見るか?」
   完成した絵(どんな絵かはまだわからない)を見る殺し屋と地上げ屋。
殺し屋「いい絵だ」
地上げ屋「貴様に絵の何がわかる?」
殺し屋「それなら聞くが、いい絵ではないのか? この絵は」
地上げ屋「いい絵だ。間違いない」
   タバコに火をつける地上げ屋。
地上げ屋「……貴様には感謝している」
殺し屋「お前に感謝される覚えはないが?」
地上げ屋「謙遜するな。最後の最後でいい絵が描けた。これ以上ないくらいの絵がな。これも全て、貴様のおかげだ」
殺し屋「そうか」
地上げ屋「同時に後悔もしたよ。今までの人生、この二日間と同じくらい本気で生きておけば、ってな」
殺し屋「お前だけじゃないさ、地上げ屋。人間が本気で『生きる』事を意識するのは、本気で『死ぬ』事を意識した時だけだ」
地上げ屋「詳しいな。さすがは専門家だ」
殺し屋「まぁな」
   灰皿にタバコを押し付けて火を消す地上げ屋。
殺し屋「そろそろ、終わらせるぞ?」
地上げ屋「……あぁ。一思いにやってくれ」
殺し屋「安心しろ、地上げ屋。人間の苦しむ顔を見るのは趣味じゃない。痛むのは一瞬だけだ。……何か、言い残す事は?」
地上げ屋「この絵に聞いてくれ」
殺し屋「(絵を見て)そうしよう」
   メスを手に持つ殺し屋。
殺し屋「地上げ屋。お前に恨みは無いが、消えてもらう」
   メスを振りかざす殺し屋。
   未完成の絵や、大きく×印の書かれた絵にかかる血しぶき。

○メインタイトル『あなたが殺し屋でよかった』

○雑居ビル・外観

○同・気分屋の事務所
   部屋の隅のソファーに座り、折り紙で鶴を折っている殺し屋。
   部屋の中央でパターゴルフをする男、気分屋(60)。傍らに立つ白服の男。
   カップから外れるボール。
気分屋「ふん」
   新しいボールをセットする白服の男。
気分屋「地上げ屋の件、ご苦労だったな。殺し屋」
殺し屋「別に、大した事は無い。話がそれだけなら(テーブルに置かれた小切手を手に取り)コイツを頂いて、俺は帰るぞ?」
気分屋「まぁ、待て」
   顎で合図する気分屋。小切手の束を気分屋に渡す白服の男。小切手に金額を記入し、舌で指をなめ、小切手を一枚切り取る気分屋。
   白服の男経由でその小切手を受け取る殺し屋。
殺し屋「……ココはいつからボーナスを支給するような優良企業になったんだ?」
気分屋「(再びパターゴルフをしながら)社員には前から出しているさ。外部委託先に過ぎないお前が知らないだけでな」
   カップから外れるボール。
気分屋「ふん」
   新しいボールをセットする白服の男。
殺し屋「(小切手を上着の内ポケットにしまいながら)よくもまぁ、これだけ殺す人間がいるものだな」
気分屋「いいだろ? 俺はな、気分屋なんだよ」
殺し屋「そうだったな。……で、俺は誰を殺せばいい?」
   顎で合図する気分屋。テーブルの上に写真を置く白服の男。

○バー・外観(夜)

○同・中(夜)
   カウンター席のみの店内。
   一番奥の席に座る男、情報屋(30)とその隣に座る殺し屋、カウンター内に立つバーテンダー服姿の男、居酒屋(50)以外に人はいない。
   情報屋の前に置かれる一枚の写真。写真に写る女、弁当屋(30)。
殺し屋「この女について教えてもらえるか? 情報屋」
   写真の脇に現金の入った封筒を置く殺し屋。中身を確認する情報屋。
情報屋「(確認を終え)ちょっと待ってな」
   手元のタブレット端末を操作する情報屋。
情報屋「今のうちに、地上げ屋の最期の言葉聞かせてくれよ」
殺し屋「言い残す事は、と聞いたら『この絵に聞いてくれ』と」
情報屋「けっ、芸術家気取りやがって」
居酒屋「それで、また次の殺しか。殺し屋も忙しいな。(写真を見て)って、おいおい、女かよ。殺し屋には『女、子供は殺さぬ』みたいなポリシーは無いのか?」
殺し屋「子供はともかく、女を殺す事に躊躇はないさ。そもそも、俺が最初に殺したのは女だった事を忘れたか? 居酒屋」
居酒屋「だから、何度も言わせるな。ここは居酒屋じゃなくて、バーだ。俺の事はマスターと呼べ」
情報屋「待たせたな、殺し屋の旦那。マスターはちょっと黙っててくれよ?」
   タブレット端末に表示された弁当屋の情報を見せる情報屋。「職業」の欄には「弁当屋」と書いてある。
殺し屋「弁当屋、か……。気分屋との関係は……『元愛人』」
居酒屋「『元愛人』?」
殺し屋「今は弁当屋だが、元は気分屋の組織が運営するクラブの女で、その時に知り合った、と(タブレット端末を指して)このページには書いてある」
情報屋「ちなみに、次のページには細か~い情報載せといてやったからよ。旦那の好きそうなヤツな」
殺し屋「(次のページを見て)確かに。よくわかっているな。さすが、情報屋だ」
情報屋「当たり前だろ? 明日の天気から国家機密まで、あらゆる情報がこのタブレットと俺の頭の中に入ってんだからな」
居酒屋「でもやっぱソレって、この間の『アレ』が絡んでるのか?」
殺し屋「そう考えるのが自然だろうな。『アレ』の結果は、もう気分屋には伝えたんだろう? 情報屋」
情報屋「あぁ。でも殺す理由になる程の情報は、少なくとも女側には無かったけどよ」
殺し屋「それは『気分屋側にはあった』という事か?」
情報屋「おっと、ココから先はいくら殺し屋の旦那でも教えられねぇな」
   無言で札束の入った封筒(先ほどとは別の)を情報屋の前に放り投げる殺し屋。
   封筒を受け取る情報屋。
情報屋「(中身も確認せずに)あの親父、この間新しい愛人とヤろうとしたら……勃たなかったんだってよ」
殺し屋「……それがどうかしたか?」
情報屋「プライド傷ついたんじゃねぇの? それで、その腹いせに過去の愛人を殺そうって訳だ」
居酒屋「そんな理由……まぁ、あの気分屋ならあり得るか」
殺し屋「かもしれないが、だとしたら何故、今の愛人ではなくて弁当屋なんだ? (タブレットを指し)コレによれば、気分屋と弁当屋は七年前に切れているハズだが?」
情報屋「さっきも言った通り、女側にめぼしい情報は無かったぜ? 強いて言うなら、気分屋の親父と別れて以降の消息の掴めてねぇ期間が一番長かったのが、この女だ。と言っても、ほんの半年だけどな」
殺し屋「なるほど。情報屋にもわからない事があるものなんだな」
   手元のコップを殺し屋の座る方向に投げる情報屋。壁に当たり、割れるコップ。
居酒屋「おいおいおい、何してんだよ~」
   カウンターを出る居酒屋。
情報屋「ナメてんのか? 殺し屋。七年のうちの半年なんて誤差みてぇなもんだ。少なくとも、殺し屋にバカにされる筋合いはねぇぞ?」
殺し屋「バカにしたつもりはないが、気に障ったのなら謝ろう」
情報屋「情報は力だ。殺し屋の『殺し』の力よりよっぽどデッケェ、な。つまり、より情報を持っている俺と、その情報を買っているだけの殺し屋、どっちの立場が上か、わかるだろ?」
居酒屋「(間に入るように)あ~、もうその辺にしとけって。なぁ、殺し屋。悪いけど今日はもう帰ってくれ」
殺し屋「いいだろう。必要な情報は手に入ったからな」
   立ち上がり、数歩歩いてから立ち止まる殺し屋。
殺し屋「そうだ、情報屋。あと一つ、聞きたい事がある」
情報屋「何だよ」
殺し屋「明日の天気は?」

○弁当屋・前
   メモを片手に歩く殺し屋。もう片方の手に閉じられた傘を持っている。
殺し屋「ここか」
   立ち止まる殺し屋。
   殺し屋の目の前にある小さな弁当屋。ガラスケースの中に数種類の弁当の見本が入っている。客に弁当を渡す弁当屋。
弁当屋「ありがとうございました」
   弁当屋の前に立つ殺し屋。
弁当屋「いらっしゃいませ」
殺し屋「おすすめは何だ?」
弁当屋「こちらのからあげ弁当はいかがでしょうか?」
殺し屋「頂こう」
弁当屋「ありがとうございます」
殺し屋「それから、もう一つ」
弁当屋「どちらのお弁当になさいますか?」
殺し屋「いや、話がある」
弁当屋「お話、ですか?」

○弁当屋・中
   六畳程度の居間。小さな仏壇に飾られた弁当屋の両親の遺影。
   テーブルを挟んで向かい合って座る殺し屋と弁当屋。からあげ弁当を食べている殺し屋。
弁当屋「そうですか。私を殺しに」
殺し屋「あぁ」
弁当屋「私、死ぬんですね……」
殺し屋「随分と落ち着いているが、何か心当たりがあるのか?」
   首を横に振る弁当屋。
弁当屋「でもあの人、気分屋だから」
殺し屋「まぁ、そうだな」
   しばしの沈黙。黙々とからあげ弁当を食べる殺し屋。
弁当屋「……あの、殺し屋さん?」
殺し屋「何だ?」
弁当屋「私の事、殺しに来たんですよね?」
殺し屋「あぁ」
弁当屋「なのに、のんびりとお弁当なんか食べてて、大丈夫なんですか?」
殺し屋「何故そんな事を聞く? 弁当屋は、今すぐにでも死にたいのか?」
弁当屋「そういう訳じゃないですけど。でも今なら、逃げられそうだなって」
   言いながら立ち上がる弁当屋。
殺し屋「止めておいた方がいいぞ?」
弁当屋「?」
   直後に窓ガラスと室内の花瓶が一つ割れる(サイレンサー付きの銃による発砲)。驚く弁当屋。
弁当屋「え……」
殺し屋「今のは警告だ。俺の背後には『どんな相手でも一発で仕留められる』という優秀なスナイパーがいてな。逃げようとすれば、即座に撃ち抜かれる。わかったか? 弁当屋」
弁当屋「わかりました……。でも私、どちらにしろ殺されるんですよね?」
殺し屋「何か、やり残した事はないのか?」
弁当屋「え?」
殺し屋「『死ぬまでにこれだけは』という事をさせてやる。ただし、時間は四八時間以内だ」
弁当屋「四八時間……二日間ですか」
殺し屋「金や人員など、揃えられるものはこっちで揃えてやる。何でも言ってみろ」
弁当屋「やりたい事……」
殺し屋「もちろんその間、弁当屋は常に俺の監視下になる。怪しい行動をとれば、撃ち抜かれる。その上での話だがな」
   笑い出す弁当屋。
殺し屋「何がおかしい?」
弁当屋「ごめんなさい。何か、変わった殺し屋さんだな、って思って。いつもこんな事聞いてるんですか?」
殺し屋「あぁ」
弁当屋「それで皆さん、何てお答えになるんですか?」
殺し屋「色々だ。『最期にアレが食べたい』だとか『全財産を使い切りたい』だとか。一番最近だと、『絵を描き残したい』という奴がいたな」
弁当屋「絵、ですか……。色んな方がいらっしゃるんですね」
殺し屋「まぁな。ただ、一番多いのは『家族に会いたい』だろう」
弁当屋「家族、ですか……」
殺し屋「『親に会いたい』『妻に会いたい』『子供に会いたい』。そんな所だ。まぁ、弁当屋には関係なさそうだがな」
弁当屋「ご存知なんですね、私が肉親のいない天涯孤独な身だって事」
殺し屋「調べさせてもらったからな。他にも出身地や本籍地……」
弁当屋「身長とか体重なんかも?」
殺し屋「血液型がAB型のRHマイナスだとも聞いている」
弁当屋「そうなんです。珍しいでしょ?」
殺し屋「で、お前はどうする? 弁当屋。四八時間で、何がしたい?」
弁当屋「……何も、思いつきません」
殺し屋「……そうか。なら、もう終わらせるぞ?」
弁当屋「……はい」
   メスを手に持ち立ち上がる殺し屋。
   それに合わせて立ち上がる弁当屋。
弁当屋「それで心臓を一突き、ですか?」
殺し屋「いや、動脈を切る」
弁当屋「そうですか……」
殺し屋「安心しろ、痛むのは一瞬だ」
弁当屋「……はい」
   覚悟を決め、姿勢を正す弁当屋。
殺し屋「弁当屋。お前に恨みはないが、消えてもらう」
   メスを振りかざす殺し屋。弁当屋の首の手前で手を止める。
   涙を流している弁当屋。
弁当屋「……何で?」
殺し屋「そんな顔をしている人間を殺すのは趣味じゃない」
   メスをしまう殺し屋。
殺し屋「本当はあるんじゃないのか? 何かやり残した事が」
   堰を切ったように泣き崩れる弁当屋。
弁当屋「……タ……ヤ」
殺し屋「何だ?」
   ポケットから健康祈願のおまもりを取り出す弁当屋。
弁当屋「……タクヤ……」
殺し屋「タクヤ?」
弁当屋「(おまもりを握り)タクヤ~!」

○同・外(夜)
   雨が降っている。

○同・中(夜)
   テーブルを挟んで向かい合って座る殺し屋と弁当屋。
殺し屋「落ち着いたか?」
弁当屋「はい。……すみませんでした、いきなり取り乱して」
殺し屋「気にするな。それより、これまでの話を確認しよう。その『タクヤ』という男が何者かは言えない、という事だったな」
弁当屋「はい」
殺し屋「そして、今どこにいるのかはわからない」
弁当屋「はい」
殺し屋「そんな人物を捜し出し、会いたい、という事だな?」
弁当屋「はい。会って……謝りたいんです。……できますか?」
殺し屋「俺の知り合いに、優秀な情報屋がいる。奴の協力を仰げば、出来ない事もないと思うが……?」
弁当屋「すみません。他の誰にも、この事は内緒にしていただけませんか?」
殺し屋「見つかる確率が幾分か下がるが、いいのか?」
弁当屋「はい、構いません」
殺し屋「わかった。一度は墓場まで持っていこうとしていた程だ。相当な秘密なのだろう」
弁当屋「……」
殺し屋「で、どうするんだ? 何か見つける手がかりはあるのか?」
弁当屋「……最後に会った場所に行ってみようと思います」
殺し屋「それはどこだ?」
弁当屋「……長野、です」
殺し屋「長野……? (思い出すように)弁当屋とは、縁もゆかりもない土地だったと思うが?」
弁当屋「えぇ、まぁ、そうですね」
殺し屋「まぁ、いいだろう。早速出発する。準備をしておけ」
弁当屋「え? 今からですか?」
殺し屋「当前だろう。お前には一秒たりとも 無駄にできる時間はないんじゃないのか? 弁当屋」
弁当屋「そうですけど……。どうやって行くつもりですか?」
殺し屋「手配はしておく」

○駅前(夜)
   雨はやんでいる。
   シャッターの閉まった駅。人通りは無い。
   ロータリーに並んで立つ殺し屋と弁当屋。
弁当屋「あの……殺し屋さん?」
殺し屋「何だ?」
弁当屋「交通手段の手配をしていただいたのは嬉しいんですけど、他の方には内緒にしていただくようにお願いしましたよね?」
殺し屋「安心しろ。今から来る奴は、何も知らない。依頼されたものを依頼された場所に届けるだけの……」
   ロータリーにやってくるトラック。殺し屋達の前で停車する。
殺し屋「ただの、運び屋だ」
   運転席に座る作業着姿の男、運び屋(40)。窓を開けて顔を出す。
運び屋「待たせたな、殺し屋」

○道路(夜)
   走っている運び屋のトラック。

○トラック・中(夜)
   運転している運び屋。その隣に弁当屋が、さらに隣に殺し屋が座っている。
運び屋「何か音楽でも聞くか? CDなら十枚くらいあるから、好きなの選べや」
殺し屋「遠慮しておく。どうせブルーハーツしか無いんだろう?」
運び屋「何言ってんだ。ハイロウズとクロマニヨンズもあるぜ?」
殺し屋「歌ってる奴は同じだろうが」
運び屋「ギターもな」
弁当屋「えっと、運び屋さんでしたっけ?」
運び屋「ん? 何?」
弁当屋「何かすみません。急なお願いで、わざわざ長野まで送っていただいて……」
運び屋「な~に、どうせ配達のついでだ」
弁当屋「何を配達なさっているんですか?」
運び屋「知らねぇよ」
弁当屋「知らないんですか?」
運び屋「俺は、ただ運ぶだけだ。余計な詮索はしねぇの」
殺し屋「こういう奴だ」
運び屋「それに、ちゃんと運賃は請求するんだ。気にする必要ねぇさ。なぁ、殺し屋」
殺し屋「断る」
運び屋「はぁ? タダ働きさせる気かよ?」
殺し屋「逆に聞くが、俺がお前にいくら貸しているか忘れたか? 運び屋」
運び屋「うわ~、それ言う?」
殺し屋「当前だろう」
運び屋「なぁ、殺し屋。ブルーハーツの曲にこんな歌詞がある。『誰かに金を貸してた気がする。でもそんなことはもうどうでもいいのだ』ってな」
殺し屋「それがどうした」
運び屋「つれないねぇ。じゃあ仕方ねぇ、借金のカタにコイツをやろう」
   新品の作業着を殺し屋に渡す運び屋。
殺し屋「……何だこれは?」
運び屋「俺とお揃いの作業着だよ。この服と車と運転免許があれば、お前も運び屋の仲間入りってな」
殺し屋「悪いが、俺は持っていないぞ? 運転免許」
運び屋「え、マジかよ? 医師免許持ってて運転免許持ってねぇの? 普通、逆だろ」
弁当屋「え? 殺し屋さん、医師免許持っているんですか?」
運び屋「何だ、言ってなかったのかよ。コイツ、元医者なんだぜ?」
弁当屋「お医者さん、だったんですか?」
殺し屋「昔の話だ」

○道路(夜)
   渋滞している。

○トラック・中(夜)
   並んで座る運び屋、弁当屋、殺し屋。
   スマホで通話をしている運び屋。
弁当屋「渋滞、長いですね」
殺し屋「あぁ。検問でなければいいんだが」
   通話を切る運び屋。
運び屋「今、情報屋に確認したぜ。ただの交通事故だとさ」
殺し屋「そうか」
運び屋「いやぁ、明日は我が身だな。となると時間かかるぞ、コレ。なぁ、殺し屋。何とかしてくれや」
殺し屋「こればかりは、どうにもならん」
運び屋「ブルーハーツの曲にこんな歌詞がある。『どうにもならない事なんて、どうにでもなっていい事』ってな」
殺し屋「それがどうした」
運び屋「つれないねぇ。じゃあ、お嬢。何とかこの場を盛り上げてくれや」
弁当屋「……え、私、ですか?」
運び屋「だって、俺らが今この車に乗ってるのは、半分はお嬢のためなんだぜ? それくらいしてくれたっていいじゃんかよ」
弁当屋「そんな事言われても……私、何も出来ませんよ?」
運び屋「何でもいいからよ。ほら、殺し屋に質問とか」
弁当屋「……じゃあ、一つだけ聞いてもいいですか?」
運び屋「いいねぇ、何でも聞けや」
殺し屋「お前が許可するな、運び屋」
弁当屋「あの……殺し屋さんは、何で人を殺すんですか?」
運び屋「いいねぇ、その直球な質問」
弁当屋「すみません……。でも、元々お医者さんだった人が、何でそんな真逆の世界にいかれたのか、気になって……」
運び屋「ほらほら、こう言ってんだ。答えてやれや、殺し屋」
殺し屋「……俺は、人の苦しむ顔を見るのが好きじゃない」
運び屋「何の話してんだ?」
殺し屋「お前は黙ってろ、運び屋。……だから、人を苦しみから解放させるために、俺は医者になり、殺し屋になった」
弁当屋「苦しみから解放させるために、人を殺すんですか?」
殺し屋「そうだ」
弁当屋「それで、人は苦しみから解放されるんでしょうか?」
殺し屋「ただ殺すだけなら、救われないだろうな」
弁当屋「それじゃあ……」
殺し屋「だから俺は『生きる』チャンスを与えている。最大で四八時間だ」
弁当屋「『生きる』チャンス……」
殺し屋「人間が本気で『生きる』事を意識するのは、本気で『死ぬ』事を意識した時だけだ」
弁当屋「そういうものですか?」
殺し屋「現に、弁当屋だってそうだろう? 『タクヤ』という男にどうしても会って謝りたいのなら、何故もっと早く行動を起こさなかった? 今どこにいるのか、調べようとしなかった?」
弁当屋「それは……」
殺し屋「それは、弁当屋が今まで本気で『生き』ていなかったからじゃないのか?」
弁当屋「……そこまでこだわる、殺し屋さんにとっての『生きる』って、どういう事なんですか?」
殺し屋「……難問だな。言葉にしようとすると、どうしても安っぽくなる」
運び屋「ブルーハーツの曲にこんな歌詞がある。『生きるという事に命をかけてみたい』ってな」
殺し屋「まぁ、そんな所だ」
運び屋「おっ、たまにはつれるねぇ」
弁当屋「だとしても、結局殺すなら、何も変わらないんじゃないんですか?」
殺し屋「それが、変わるんだ。顔がな」
弁当屋「顔、ですか?」
殺し屋「全力で『生きた』後の人間の方が、いい顔で死ぬ。まるで、苦しみから解放されたような顔でな」
弁当屋「そういうものなんですか?」
殺し屋「そういうものだ」

○駐車場
   運び屋のトラックがやってきて停車する。

○トラック・中
   並んで座る運び屋、弁当屋、殺し屋。
運び屋「じゃあ、悪いけどここまでな」
弁当屋「ありがとうございました」
殺し屋「この先、せいぜい気をつけて行くんだな」
   大きなため息をつく運び屋。
殺し屋「どうかしたか? 運び屋」
運び屋「ブルーハーツの曲にこんな歌詞がある。『心のないやさしさは敗北に似てる』ってな」
殺し屋「それがどうした」
運び屋「つれないねぇ」

○駐車場
   トラックから降りてくる殺し屋と弁当屋。
   運転席の窓を開けて顔を出す運び屋。
運び屋「じゃあな」
殺し屋「そうだ、運び屋。あと一つ言いたい事がある」
運び屋「何だ?」
殺し屋「先程の『心のない優しさは……』」
運び屋「『敗北に似てる』」
殺し屋「それはブルーハーツの歌ではない。ハイロウズだ」
運び屋「歌ってる奴は同じだろうが」
殺し屋「ギターもだ」
   軽く手を上げて、トラックを発進させる運び屋。
殺し屋「行くか」
弁当屋「はい」

○神社・前
   周囲を見ながら歩く弁当屋と、その後ろを歩く殺し屋。
弁当屋「この辺りだと思うんですけど……」
殺し屋「そうか」
   神社の前に着く弁当屋と殺し屋。
弁当屋「(神社を見て)あ、ここ」
殺し屋「どうかしたか?」
弁当屋「ここで間違いないです。(おまもりを取り出し)このおまもり、この神社で買ったんです。私の分と、タクヤの分」
殺し屋「ここが、その『タクヤ』という男と最後に会った場所なのか?」
弁当屋「いえ、最後に会ったのは、この神社の隣にあった……」
   更地になっている神社の隣。
弁当屋「……病院です」
殺し屋「影も形も無いようだが」
弁当屋「……ですね」
   歩いてくる女、通行人A。
弁当屋「あの、すみません。ここにあった病院って、無くなってしまったんですか?」
通行人A「あ~、土屋先生の病院ね。五、六年前になるかしら。先生が亡くなっちゃってね」
弁当屋「そう、ですか……」
通行人A「いい先生だったのに、本当に残念だったわよね。うちの子供達も、先生に取り上げてもらってたから……」
殺し屋「産婦人科だったのか? ここは」
通行人A「そうよ。でも息子さんは外科医になるとか言って、この病院継がなかったんですって。ひどい話よね。それに……」
   話し続ける通行人Aを無視し、無言で弁当屋を見る殺し屋。
   目をそらす弁当屋。

○乳児院・外
   通りを並んで歩く殺し屋と弁当屋。
殺し屋「『タクヤ』というのは、お前の息子だったんだな、弁当屋」
弁当屋「……はい」
殺し屋「記録には残っていないようだが?」
弁当屋「誰にも言わずに産んで……あの病院に捨てましたから」
殺し屋「何故だ?」
弁当屋「それが、あの子のためだったから」
殺し屋「……なるほど、そういう事か」
弁当屋「どうかしましたか?」
殺し屋「いや、こっちの事だ。……で、何故『タクヤ』だったんだ?」
弁当屋「え?」
殺し屋「誰にも言わず、縁もゆかりもない土地を選んだ。弁当屋は、元から産んで捨てるつもりだったんだろう? にもかかわらず『タクヤ』という名前を付けた。それは何故だ?」
弁当屋「……自分で人生を切り拓く人になって欲しくて……」
   おまもりを握りしめる弁当屋。
弁当屋「私にできたのは、そう願う事だけでしたから」
殺し屋「そうか。……いい名前だ」
弁当屋「……ありがとうございます。(前方に何かを見つけて)あ、アレですかね?」
   「乳児院 寺子屋」と書かれた看板。
   丘の上にある建物。絵になる風景。
殺し屋「(建物を見上げ)乳児院……」

○同・応接室
   殺し屋、弁当屋と向かい合って立つ女、寺子屋(60)。
寺子屋「土屋さんの所に捨てられた男の子、ねぇ……。確かに、一時うちで預かってたわね。うちが一番近くにある乳児院だったから」
弁当屋「その子が今、どこにいるかわかりませんか? 会いたいんです。遅くとも、明日までに」
寺子屋「……色々と無茶を言う方ね」
弁当屋「無茶なのは承知してます。でも、そこを何とかお願いします」
寺子屋「承知してるなら、そんなお願いしないでもらえるかしら? 個人情報を勝手に教える訳にはいかないし、会うにしたって先方の家庭の事情もあるし、明日までなんて無理に決まってるわよ」
殺し屋「ほう。つまりタクヤは施設に行ったのではなく、どこかの家庭に引き取られたという訳か」
寺子屋「あ……」
殺し屋「安心しろ、寺子屋。お前が口を滑らせた事は黙っておいてやる」
寺子屋「別に、私の名前が『寺子屋』って訳じゃないわよ?」
弁当屋「どなたに引き取られたのか、名前は無理でも、せめて住んでる地域とか、小学校とかだけでもダメですか?」
寺子屋「無理に決まってるでしょ?」
弁当屋「でも、私はあの子の本当の母親で……」
寺子屋「だから何だって言うの? 貴女が捨てたんでしょ?」
弁当屋「それは……」
寺子屋「私はね、そんな風に親に捨てられた赤ちゃんを何人も見てきたの。その度に思った。こんなヒドい事をする母親にもし会ったら、八つ裂きにしてやりたい、って」
殺し屋「それは勘弁してやってくれ。あいにくだが、先約がある」
寺子屋「先約?」
殺し屋「こっちの話だ、気にするな。(弁当屋に)どうする? 弁当屋。これ以上ここにいても時間の無駄になりそうだぞ? 別の手を考えた方がいい」
弁当屋「……あの、もう少し待ってもらえませんか?」
殺し屋「それは構わんが、一体何をするつもりだ? 弁当屋」
弁当屋「寺子屋さん、一つ、お願いしてもいいですか?」
寺子屋「だから、私の名前が寺子屋って訳じゃ……まぁ、いいわ。何?」
弁当屋「この建物の中、少し見学させて頂く事はできますか?」
寺子屋「え? ……あぁ、それは別に構わないわよ」
   不思議そうな目で弁当屋を見る殺し屋。

○同・乳児室
   寺子屋を先頭に、建物内を見学する弁当屋と殺し屋。
寺子屋「そして、ここが乳児室よ」
   十人近い乳児が並んでベッドに寝ている部屋。
弁当屋「こんなに……」
寺子屋「何かしらの理由で親が育てられなくなったり、DVを受けたり、貴女みたいな身勝手な親に捨てられたりした赤ちゃん達が、ここに集まってくるのよ」
弁当屋「タクヤも、ここに……」
寺子屋「確か(一番奥のベッドを指して)あの辺だったかしらね。タクヤ君がいたベッドは」
   そのベッドをじっと見る弁当屋。その後、目を閉じる。
   その弁当屋の様子を見ている殺し屋。
寺子屋「建物の中はざっとこんなもんだけどこれで満足かしら?」
弁当屋「(目を開けて)……はい、もう大丈夫です。ありがとうございました」

○同・外
   来た道を戻る殺し屋と弁当屋。立ち止まり、建物を見上げる殺し屋。
殺し屋「……」
   殺し屋の姿に気付き、同じように立ち止まり、建物を見上げる弁当屋。
弁当屋「タクヤ、あそこに居たんですよね」
殺し屋「先程は想像していたのか? あの中にいたタクヤを」
弁当屋「はい」
殺し屋「中を見て、意味があったのか?」
弁当屋「……多少は」
殺し屋「そうか。なら十分だな」
弁当屋「でも手がかり、無くなってしまいましたね」
殺し屋「……いや、無い事もない」
弁当屋「え?」
   歩き出す殺し屋。慌てて追いかける弁当屋。
弁当屋の声「それはダメです」

○ラブホテル・外観(夜)
   ピンクのネオンが光っている。
殺し屋の声「何故、ダメなんだ?」
弁当屋の声「だってそれは……」

○同・客室・外(夜)
   「405」と書かれている。
弁当屋の声「約束が違うというか……」
殺し屋の声「約束?」

○同・同・中(夜)
   ベッドに離れて座る殺し屋と弁当屋。
弁当屋「ですから『他の方には内緒にして欲しい』って……」
殺し屋「確かに、そうだったな。だが、このままタクヤが見つからずにお前を殺すのは俺が不本意だ。もう一度聞くが、情報屋に頼るつもりはないか?」
弁当屋「お断りします。一度は、墓場まで持っていこうとした秘密ですから」
殺し屋「そうか。……もしそれが、もう秘密にする意味もない事だとしても、か?」
弁当屋「え?」
殺し屋「実は気分屋は、俺に弁当屋殺しを依頼する前に、こんな事を調べていた……」

○(回想)バー・中(夜)
   並んで座る殺し屋と情報屋。カウンター内に立つ居酒屋。他に客はいない。
   ノートパソコンを操作する情報屋。殺し屋の手元にあるタブレット端末には地上げ屋の情報が載っている。
殺し屋「ほう。地上げ屋の趣味は絵だったのか。意外だな」
居酒屋「へぇ、あんな強面な奴が」
情報屋「(二人に目もくれず)だな」
殺し屋「ところで、随分と忙しそうだな、情報屋」
情報屋「あぁ。気分屋の親父から直々に仕事依頼されちまってよ」
居酒屋「へぇ、珍しいな。一体、何を頼まれたんだ?」
情報屋「そんなの、言える訳ねぇだろ? 守秘義務だよ、守秘義務」
   目を合わせる殺し屋と居酒屋。居酒屋に目で合図する殺し屋。
居酒屋「……仕方ないな」
   情報屋の前に酒の入ったグラスを置く居酒屋。
情報屋「(一口飲んで)それがよ、あの親父の過去の愛人、全員調べろって。別れてからの行動とか、今の状況とか、な」
居酒屋「全員って……結構いるだろ?」
情報屋「だから大変なんだよ。あの親父、いくら子供が欲しいからって、誰彼構わずそこら中に種巻きやがって」
居酒屋「そのくせ、子供できないんだろ? 何か病気なんじゃないのか?」
情報屋「おっと、それ以上はいくらマスターでも教えられねぇな」
   目を合わせる殺し屋と居酒屋。
居酒屋「殺し屋、次はお前が出せよ」
殺し屋「断る。少なくとも、今の俺に必要な情報ではないからな」
居酒屋「この野郎……」

○ラブホテル・客室・中(夜)
   ベッドに離れて座る殺し屋と弁当屋。
弁当屋「あの人が、昔の愛人を全員……? 何で……?」
殺し屋「実は気分屋は最近、ヤろうとして勃たなかったらしい。そしておそらく、こう考えただろう。『もう自分の子供を作る事ができないかもしれない』と」
弁当屋「それって……」
殺し屋「だから、気分屋は過去の愛人を全員調べさせた。もしかしたらその中に、自分との子供を身籠ったまま別れた女がいるかもしれないからな」
弁当屋「それが、私……」
殺し屋「違うのか? タクヤの父親は」
弁当屋「……」
殺し屋「そして弁当屋は、誰にも気付かれぬように、縁もゆかりも無い土地でタクヤを産み、捨てた。その秘密を墓場まで持っていこうとした」
弁当屋「……もしあの人の子供になったら、この子は将来、その道を継がなきゃいけなくなりますから」
殺し屋「自分で人生を切り拓けなくなる」
弁当屋「だから、あの人から隠すためには、そうするしかなかったんです」
殺し屋「しかし、もう俺に存在を知られてしまった」
弁当屋「あの人に伝えるんですか?」
殺し屋「わざわざ俺から伝える事ではないが聞かれれば答えるだろうな」
弁当屋「そんな……」
殺し屋「そもそも、気分屋が俺に弁当屋殺しを依頼したのは、そのためだったのかもしれない。俺が弁当屋に与える四八時間の猶予で、弁当屋がタクヤに会いに行く可能性に賭けて、な」
弁当屋「……私、タクヤの事は守りきれなかったんですね」
殺し屋「あぁ。後は弁当屋が『タクヤに会ってから死ぬ』か『タクヤに会わずに死ぬ』か、どちらを選ぶかだ」
弁当屋「……」
殺し屋「どうする? 弁当屋」
弁当屋「……健康祈願のおまもり」
   おまもりを取り出す弁当屋。
弁当屋「あの神社でおまもり買う時、何にしようか迷って、健康祈願を選んだんです」
殺し屋「それは、何故だ?」
弁当屋「元気でいてくれれば、何でもいい。そう思ったから……」
殺し屋「例え、その道に進む事になっても、か?」
弁当屋「今思えば、その頃から、少しは覚悟していたのかもしれませんね」
   スマホを取り出す殺し屋。
弁当屋「殺し屋さん。私はタクヤに会ってから……いや、タクヤに会わないと死ねません」
殺し屋「……いい目だ」

○バー・外観(夜)

○同・中(夜)
   客席に座る情報屋と、カウンター内に立つ居酒屋。スマホで通話中の情報屋。
情報屋「……わかった。『タクヤ』だな。任せとけ」
   通話を切る情報屋。
居酒屋「殺し屋か?」
情報屋「まぁな」
居酒屋「よかった、よかった。仲直りしたんだな」
情報屋「別に、最初からお友達じゃねぇよ」
居酒屋「わかってるって。でも、客同士のトラブルって、コッチも何かと面倒でな。解決して何よりだ」
   コップを洗い始める居酒屋。
情報屋「(居酒屋に聞こえないように)俺の知らねぇ情報にたどり着きやがって……」
   スマホから電話をかける情報屋。

○ラブホテル・外観(夜)
   電話のコール音。

○同・客室・中(夜)
   スマホから電話をかけている殺し屋とテレビを観ている弁当屋。テレビにはキャスターの姿が映っている。
キャスター「続いて、県内で頻発している小学生を狙った連続通り魔事件の続報です。長野県警は……」
   スマホをしまう殺し屋。
弁当屋「出ないんですか? 運び屋さん」
殺し屋「あぁ。いざという時のために、足を確保しておきたかったんだが……」
弁当屋「運転中は電源切ってる、とか?」
殺し屋「あいつがそんなマジメそうな男に見えたか? 弁当屋」
弁当屋「いいえ、全然」
   しばしの沈黙。
弁当屋「これからどうしましょうか?」
殺し屋「自分で決めろ、弁当屋。お前にとって、最後の夜になるんだからな」
弁当屋「……まだ実感が湧きませんけどね」
殺し屋「まぁ、そういうものだろう」
弁当屋「……あの、私が決めていいなら、待っている間に一つ聞いてもいいですか?」
殺し屋「何だ?」
弁当屋「お医者さんだったんですよね?」
殺し屋「昔の話だ」
弁当屋「そんな人が、どんなきっかけで殺し屋になってしまったんですか?」
殺し屋「聞きたいのか?」
弁当屋「冥土の土産に、是非」
殺し屋「そうだな……。その説明のためにはまず俺が医者になった理由から説明する必要がありそうだな」

○(回想始まり)大学病院・病室
   ベッドに横になっている殺し屋の母(40)。その脇に立つ殺し屋(10)と殺し屋の父(40)と医師姿の男、芦屋(30)。
殺し屋M「俺の母親は、重い病気を患っていた」
   経過を見ている芦屋。
芦屋「少し強いお薬に変わりましたが、お加減はいかがですか?」
殺し屋の母「(苦しそうに)大丈夫です」
殺し屋「本当に?」
殺し屋の母「本当よ」
芦屋「(殺し屋の父に)ご主人、ちょっと、よろしいですか?」
   部屋を出る殺し屋の父と芦屋。
   激しくむせ返る殺し屋の母。
殺し屋「お母さん、大丈夫?」
殺し屋の母「大丈夫よ」
   むせながら涙を流す殺し屋の母。
殺し屋の母「(小声で)もう、楽になりたい……」
殺し屋M「俺の母親は延命治療で苦しみながら死んでいった」
   心配そうに殺し屋の母を見る殺し屋。
殺し屋M「そして、これ以上人の苦しむ姿を見たくなくて、俺は医者になった」
    ×     ×     ×
   ベッドに横になる女性患者(殺し屋の母と同じくらいの年頃)。その脇に立つ医師姿の殺し屋(30)。
殺し屋M「だが……」
   苦しそうな患者と、その経過を見ている殺し屋。
殺し屋M「医者になってやっていた事は、先の見えない延命治療で患者を苦しめる事だった」

○同・廊下
   歩いている殺し屋。後ろからやってくる芦屋(50)。
芦屋「どうだ? 四〇五号室の患者さんは」
殺し屋「また一段、強い薬に変えましたが、副作用がきついようでして」
芦屋「まぁ、仕方ない事だ。何とか患者さんに頑張ってもらうしかないな」
殺し屋「……本当に、これでいいんでしょうか?」
芦屋「どういう意味だ?」
殺し屋「苦しみが続くだけの治療に、果たして意味が……」
一発屋の声「先生、聞いて~な。ちょっと聞いて~な~」
   殺し屋と芦屋の間に割って入るようにやってくる入院着姿の男、一発屋(20)。
一発屋「俺、職場の皆に『一発屋』や言われとるんやて。『一発屋』。ヒドない? なぁ、ヒドない?」
殺し屋「え、あぁ、はい、そうですね……」
   その間に去って行く芦屋。
殺し屋「あ、ちょっと芦屋先生……」
一発屋「そら、俺はまだ一人で仕事こなしたん一回だけやし。二回目やる前に入院してもうたし。せやけど『一発屋』て。まだ二発目撃ってへんねんで?。二発目撃ってからの話やろ? そう思わへん? なぁ、先生もそう思わへん?」
殺し屋「わかりましたから、とりあえず落ち着いて……」
殺し屋M「そんな時に出会ったのが……」

○同・駄菓子屋の病室・外
   ノックする殺し屋。

○同・同・中
   入ってくる殺し屋。
殺し屋「お加減はいかがですか?」
   ベッドに腰掛け、折り紙で鶴を折る入院着姿の女、駄菓子屋(80)。
殺し屋M「駄菓子屋だった」
駄菓子屋「どう見える?」
殺し屋「お元気そうです」
駄菓子屋「まぁね。とても、余命一ヶ月のばあさんには見えないだろう?」
    ×     ×     ×
   三百羽程度できている千羽鶴。
   ベッドに腰掛ける駄菓子屋と脇の椅子に座る殺し屋。紙を手に持つ殺し屋。
殺し屋「へぇ、駄菓子屋さんですか」
駄菓子屋「なに、昔の話だよ」
   殺し屋が手に持つ紙に「閉店します。残った駄菓子はご自由にお持ち帰り下さい」と書いてある。
駄菓子屋「本当はご近所さんじゃなくて、自分たちでやらなきゃならないんだろうけどね。こういう時、身寄りがないってのは不便だよ」
殺し屋「かもしれませんね」
駄菓子屋「(スケジュール表を取り出し)さて、今日はあと何だったかね」
殺し屋「何ですか、それ?」
駄菓子屋「見るかい?」
   駄菓子屋からスケジュール表を受け取る殺し屋。「閉店の手続き」「遺言書を書く」「千羽鶴を折る」などと一ヶ月分の予定が書いてある。
殺し屋「これは?」
駄菓子屋「死ぬまでのスケジュール表だよ」
殺し屋「死ぬまでの?」
   三一日目の欄に「死ぬ」と書いてあるスケジュール表。
駄菓子屋「一ヶ月なんて、あっと言う間だからね。ちゃんとこうして、やる事決めておくんだよ」
殺し屋「そんな弱気な。頑張って、もっともっと長生きしましょうよ」
駄菓子屋「おかしな事をいう先生だね。『余命一ヶ月だ』って言ったのは、あんた達お医者さんだろ?」
殺し屋「それは、そうですけど……」
駄菓子屋「それに(スケジュール表を指して)これ以上やりたい事なんて残っちゃいないよ。もし一ヶ月経っても私が死んでなかったら、その時は安楽死させておくれ」
殺し屋「冗談はやめてくださいよ」
駄菓子屋「冗談だと思うかどうかは、先生次第だよ」
   ニヤリと笑う駄菓子屋。

○同・病室・外

○同・同・中
   女性患者の死亡確認をする殺し屋。
   心停止を示す心電図。
殺し屋「一六時四一分、ご臨終です」
   泣き崩れる患者の家族。
   頭を下げ、退室する殺し屋。

○同・同・外
   出てくる殺し屋。壁を思い切り叩く。
殺し屋「(悔しそうに)……」

○同・駄菓子屋の病室・外

○同・同・中
   五百羽程度できている千羽鶴。
   ベッドに腰掛ける駄菓子屋と、その脇の椅子に座る殺し屋。殺し屋の目にはクマ。
駄菓子屋「先生、お疲れみたいだね」
殺し屋「えぇ、まぁ。ちょっと当直が続いてまして……」
駄菓子屋「そんなに仕事仕事で、先生は人生損してないかい?」
殺し屋「損しているように見えますか?」
駄菓子屋「見えるね。先生、あんた『死ぬ』の反対語って何だか知ってるかい?」
殺し屋「『生きる』ではないんですか?」
駄菓子屋「違うよ。『生きる』じゃない。『死んでない』だ」
殺し屋「『死んでない』?」
駄菓子屋「私は今『生きている』けど、先生はただ『死んでない』だけって気がするね」
殺し屋「どう違うんですか?」
駄菓子屋「『死んでない』人間のうち、生き生きとしている人間、活力のある人間の事を『生きている』人間って呼ぶんだよ」
殺し屋「う~ん……」
駄菓子屋「腑に落ちないかい?」
殺し屋「いや、言いたい事はわかるんですけどね。どうも、言葉にすると……」
駄菓子屋「安っぽいかい?」
殺し屋「えぇ、まぁ」
   笑う駄菓子屋。
駄菓子屋「まぁ、いいさ。何となく違うって事さえわかってもらえればね」
殺し屋「『生きる』と『死んでない』……」
駄菓子屋「世の中には、死んでないだけの人が多すぎる。病気になった人の方が必死で生きているような気がするよ。全く、皮肉なもんだね」
殺し屋「……確かに」
駄菓子屋「人間が本気で『生きる』事を意識するのは、本気で『死ぬ』事を意識した時だけだよ」
殺し屋「そういうものですか」
駄菓子屋「先生も、本気で『死ぬ』事を意識したらわかるよ。私だって、今はわかる。それから四〇五号室に入院していた人も」
殺し屋「……ご存知なんですか」
駄菓子屋「今朝、亡くなったんだろ? 噂ってのは、広まるのが早いからね。で、どうだった?」
殺し屋「どう、とは?」
駄菓子屋「そのまんまの意味だよ」
殺し屋「……母に似ていました」
駄菓子屋「先生のお母さんかい?」
殺し屋「……苦しそうな、闘病生活に疲れたような、そんな表情でした」
駄菓子屋「そりゃそうだろう。延命治療、一体どれだけの間やっていたんだい?」
殺し屋「一ヶ月くらいでしょうか」
駄菓子屋「さぞかし辛かったろうね。望みも無いのに楽にもしてやらないなんて、先生あんたは鬼だよ」
殺し屋「でも、その治療の間に特効薬が出来るかもしれないじゃないですか」
駄菓子屋「でも、その薬を使う許可を国が出すまで、また時間がかかるんだろう?」
殺し屋「それは……」
駄菓子屋「別に、延命治療が悪いとは言わないよ。でも私だったら、一ヶ月死なないでいるより、一日でも長く生きたいよ」
殺し屋「一日でも長く『生きる』……」
駄菓子屋「それが、お医者さんの仕事なんじゃないのかい?」
殺し屋「……」

○同・廊下
   向かい合って立つ殺し屋と一発屋。一発屋は普段着姿。
一発屋「先生のおかげやて。おおきに。ホンマにおおきに」
殺し屋「私も嬉しいですよ。退院、おめでとうございます」
一発屋「ホンマ、先生は俺の命の恩人や。大恩人や。何か困った事あったらいつでも頼ってや? 力になるさかい、頼ってや?」
殺し屋「わかりました。その時は、是非」
   殺し屋が首から下げているPHSが鳴る。殺し屋の顔色が変わる。
殺し屋M「そんな駄菓子屋の様態が急変したのは」

○同・駄菓子屋の病室・外
   血相を変えてやってくる殺し屋。
殺し屋M「駄菓子屋が余命を宣告されてから」

○同・同・中
   駆け込んでくる殺し屋。
殺し屋M「二九日後の事だった」
   ベッドに横になる駄菓子屋。呼吸器等が付けられ、やつれている。
駄菓子屋「やぁ、先生」
殺し屋「お加減は?」
駄菓子屋「どう見える?」
殺し屋「まだまだ、お元気そうです」
駄菓子屋「それにしても、お医者さんってのは凄いね。ピッタリ一ヶ月だよ」
殺し屋「何を言っているんですか。まだまだこれからですよ」
駄菓子屋「前にも言っただろう? 長くて苦しいだけの延命治療なんてごめんだって」
殺し屋「一日でも長く『生き』たい、でしたよね?」
駄菓子屋「わかるようになってきたじゃないか、先生も」
殺し屋「でも……」
駄菓子屋「でも、何だい? 私をこのまま、苦しませて死なせるのかい?」
殺し屋「それは……」
駄菓子屋「今だったら、いい顔で死ねるよ」
殺し屋「……」
駄菓子屋「もう、楽にしておくれ」

○(フラッシュ)同・病室
   ベッドの上でむせる殺し屋の母。
殺し屋の母「もう、楽になりたい……」

○同・駄菓子屋の病室
   ベッドに横になる駄菓子屋と、その脇に立つ殺し屋。
駄菓子屋「先生……」
殺し屋「わかりました」
駄菓子屋「……ありがとう」
殺し屋「ただし、今はまだ、安楽死させる訳にはいきません」
駄菓子屋「どうしてだい?」
殺し屋「あと二日、残っています」
   スケジュール表を見せる殺し屋。
殺し屋「貴女にはまだ、やり残した事があります」
駄菓子屋「そうだったね」
殺し屋「あと二日、四八時間、最後の力を振り絞って『生き』て下さい。私にその生き様を見せて下さい」
駄菓子屋「……わかった、見せてやるよ。しっかりその目に焼き付けておくんだよ」
殺し屋「……はい」
   九百羽程度できている千羽鶴。
殺し屋M「それから駄菓子屋は……」
    ×     ×     ×
   手紙を書いている駄菓子屋。
   それを見ている殺し屋。
殺し屋M「残された時間を精一杯『生き』ていた」
   手紙を殺し屋に見せる駄菓子屋。
駄菓子屋「どうだい?」
殺し屋「『貴方がこの手紙を読んでいるという事は、私はもうこの世にはいないという事ですね』ですか」
駄菓子屋「一度、こういうの書いてみたかったんだよ。何か、ドラマとか映画みたいだろ?」
   笑う駄菓子屋。
殺し屋「そうですね」
    ×     ×     ×
   九百五十羽程度できている千羽鶴。
   折り紙で鶴を折っている駄菓子屋。
   それを見ている殺し屋。
殺し屋M「駄菓子屋は、少しだけ元気を取り戻していたような気さえした」
殺し屋「この千羽鶴、誰に送るんですか?」
駄菓子屋「そうだねぇ。強いて言うなら、来世の私、かね?」
殺し屋「来世の?」
駄菓子屋「こいつは、私と一緒に棺桶に入れておくれ。あの世でも元気に暮らせるように、生まれ変わったらもっと長生きできるように、願いを込めて折ってるんだ」
殺し屋「そういう事だったんですか」
駄菓子屋「命をかけて折ってるんだから、それなりにご利益はあるだろうよ。そう思わないかい? 先生」
殺し屋「そうですね」
    ×     ×     ×
   ベッドに横になる駄菓子屋。
   その脇に立つ殺し屋。
殺し屋M「そして、約束の四八時間後」
   心停止を示す心電図。
殺し屋M「俺は、駄菓子屋を殺した」
   窓際に飾られた千羽鶴を見る殺し屋。
   数を数える。
殺し屋「……あれ?」
   振り返る殺し屋。
殺し屋「一羽足りてないですよ」
   安らかな表情の駄菓子屋。
   小さくため息をつく殺し屋。
殺し屋M「駄菓子屋は、いい顔をしていた。苦しみから解放されたような、いい顔をな」
    ×     ×     ×
   折り紙で鶴を折る殺し屋。
殺し屋M「それから俺は、安楽死を請け負うようになった」
   千羽鶴に最後の一羽が足される。

○同・別の病室
   別の患者に注射を打つ殺し屋。
殺し屋M「そして何人か殺した後」

○大学病院・入口
   出てくる殺し屋。報道陣に囲まれる。
殺し屋M「それが明るみに出て、医療界を追放された」
   報道陣を無視し、歩いて行く殺し屋。
殺し屋M「そうして、俺が行き着いた先が……」
   (回想終わり)

○ラブホテル・客室・中(朝)
   ベッドに並んで座る殺し屋と弁当屋。
殺し屋「ここ、という訳だ」
弁当屋「……」
殺し屋「以上だが、何か言いたい事はあるか? 弁当屋」
弁当屋「……間違ってます」
殺し屋「ほう」
弁当屋「やっぱり、どんな理由があっても、人が人を殺していいはずはないです」
殺し屋「言いたい事はそれだけか?」
弁当屋「それだけか、って……」
殺し屋「勘違いするな、弁当屋。俺は別に人を殺す事を肯定するつもりはない。間違っている、という認識はある。俺自身、誰かに殺されたくはないからな」
弁当屋「それじゃあ……」
殺し屋「だが、仕方が無いだろう? 俺は今、あの頃よりも人を生かしているし、俺自身も、生きているんだ」
弁当屋「『生き』ている……」
   殺し屋のスマホが鳴る。
殺し屋「む……?」

○バー・外(朝)
   スマホで通話中の情報屋。
情報屋「……俺だ」

○ラブホテル・客室・外(朝)
   スマホで通話中の殺し屋。
   以下、適宜カットバックで。
殺し屋「何か掴めたか? タクヤの事」
情報屋「あぁ。……一つだけ、わかった事がある」
殺し屋「何だ?」
情報屋「この件はヤベェ。悪ぃけど、俺は手を引かせてもらうぜ」
殺し屋「どういう事だ?」
情報屋「旦那さ、途中まで運び屋と一緒だっただろ?」
殺し屋「よく知っているな」
情報屋「消されたぜ。運び屋」
殺し屋「何?」
情報屋「旦那なら知ってるだろ? 葬儀屋の事」
殺し屋「気分屋の組織が抱えている奴らだろう? 殺しから遺体の処理まで、全てを一手に引き受けるという」
情報屋「あの親父、葬儀屋も動かしてるみてぇだ」
殺し屋「気分屋が葬儀屋に消させたと言うのか? 運び屋を」
情報屋「旦那もヤベェぞ? さっさと女を殺すか、手を引くかした方がいい」
殺し屋「悪いが、そのつもりはない。情報屋が手を引きたいなら、勝手にしろ」
情報屋「まぁ、そう言うと思ってたけどよ。じゃあ、遠慮なくそうさせても貰うぜ? あ、あと忠告ついでにもう一つ。あの乳児院と同じ町内にある『大村屋』って定食屋には近づくなよ? 特にその家の養子になったってガキにはな」
殺し屋「……あぁ、気をつけよう」
   通話を切る両者。

○バー・中(朝)
   元の席に戻ってくる情報屋。カウンター内で片付けをする居酒屋。
居酒屋「珍しいな。お前が店の外で電話するなんて。相当ヤバい話だったのか?」
情報屋「あぁ、こればっかりは、口が裂けても言えねぇな」
   情報屋の前に酒のボトルを置く居酒屋。そのボトルを無言で押し返す情報屋。
居酒屋「……相当ヤバそうだな」

○大村屋・外
   住居と店が一体となった建物。
   「大村屋」と書かれたのれんと「営業中」と書かれた札がかかっている。
   やってくる殺し屋と弁当屋。

○同・店内
   中に客はいない。
   入ってくる殺し屋と弁当屋。
弁当屋「ごめんください」
   店員姿の女、定食屋(40)。
定食屋「いらっしゃいませ。こちらのお席へどうぞ」
弁当屋「あの、実は……」
殺し屋「座るぞ」
弁当屋「え?」
   定食屋に言われるがまま、席に座る殺し屋と弁当屋。
弁当屋「あの……」
殺し屋「おすすめは何だ?」
定食屋「からあげ定食なんかいかがでしょうか?」
殺し屋「頂こう」
定食屋「はい、からあげ定食がお一つ」
殺し屋「それから、もう一つ」
定食屋「はい、何でしょう?」
殺し屋「話がある」
定食屋「お話、ですか?」

○同・外
   「準備中」と書かれた札がかかっている。

○同・店内
   向かい合って座る殺し屋、弁当屋と定食屋。からあげ定食を食べている殺し屋。
定食屋「お引き取り下さい」
弁当屋「でも……」
定食屋「『でも』じゃありません。貴女方が居られたら、気になって仕事にならないんです」
弁当屋「でも私は、タクヤに会わないと死ねな……」
    咳払いをする殺し屋。
弁当屋「……とにかく、タクヤに会わせてもらえませんか?」
定食屋「ダメです。『会いたい』『はいどうぞ』なんて、簡単な話じゃない事くらい、貴女にもわかるでしょう?」
殺し屋「まぁ、そうだろうな」
   うつむく弁当屋。
定食屋「それに、貴女はあの子を捨てた人でしょ? そんな人が今更会いたいだなんてただのワガママですよね?」
殺し屋「もっともな意見だ」
   唇を噛み締める弁当屋。
定食屋「そもそも貴女、本当にあの子の母親なんですか? 何か、証明できるものは持っているんですか?」
弁当屋「それは……」
   テーブルの上に弁当屋のおまもりを置く殺し屋。
定食屋「(驚いて)あ……」
   驚いてポケットの中を探す弁当屋。
弁当屋「あれ、いつの間に……?」
殺し屋「その子供は、これと同じものを持っていたんじゃないのか? 定食屋」
定食屋「……いいえ」
殺し屋「そうか。『持っていた』ではなく今も『持っている』という事だな?」
定食屋「……」
弁当屋「そう、なんですね」
   微かに笑みを浮かべる弁当屋。
定食屋「確かに、貴方はタクヤを産んだ母親なのかもしれません。それはよくわかりました」
弁当屋「じゃあ……」
定食屋「でも、だからと言って会わせる訳にはいきません。いや、だからこそ、会わせる訳にはいきません」
弁当屋「何で……」
定食屋「決まっているでしょう? 貴女が、本当の母親だからです」
弁当屋「え?」
定食屋「私と主人の間には子供が出来ませんでした。ようやく出来た子供も、七年前に死産しました。だからタクヤの事は、本当の子供のように、いや、それ以上に愛情を注いできたんです」
弁当屋「……」
定食屋「だから、私達はタクヤと血のつながりが無い事を恥じたりはしていません。タクヤにも既に伝えてあります。もちろん、まだ七歳のタクヤがどこまで理解しているかはわかりませんが、少なくともお互い、血がつながっていない事をわかった上で、家族になっているんです。その関係はもうちょっとやそっとの事で、崩れるようなものではありません」
殺し屋「ただ一人を除いて、か」
定食屋「貴女だけが、タクヤと血のつながりのある貴女だけが、それを壊せるだけの力を持っています。そんな人を、タクヤと会わせられる訳ないじゃないですか」
殺し屋「それはタクヤのためではなく、自分のためか? 定食屋」
定食屋「そうです。私のワガママです。でもそれは貴女も同じですよね?」
弁当屋「……ですね」
定食屋「……そもそも、本当の母親って何なんですか?」
弁当屋「え?」
定食屋「私は、タクヤが生後半年の頃から育ててきたんです。ずっと一緒に過ごしてきたんです。貴女はご存知ですか? タクヤと一番仲のいいお友達の名前を。タクヤの好きな食べ物と嫌いな食べ物を。タクヤの運動会の徒競走の順位を。タクヤがコンクールで金賞を獲った時の絵のタイトルを」
   カウンターに置いてある定食屋の夫(40)の写真を見る定食屋。
定食屋「昨年、主人が亡くなりました。私には、親も兄弟もいません。もうあの子しかいないんです」
   弁当屋の方に向き直る定食屋。
定食屋「それを奪う気ですか? 私とタクヤ二人だけの生活を壊す気ですか? 血がつながっているという、ただそれだけの貴女に、そんな権利があるんですか?」
弁当屋「それは……」
定食屋「お願いします。もう帰っていただけませんか?」
殺し屋「どうする? 弁当屋」
弁当屋「……一つ、お願いしてもいいですか?」
定食屋「何ですか?」

○同・タクヤの部屋・外
   「たくや」と書かれた札がかかっている。

○同・同・中
   六畳程度の部屋。勉強机やベッドがある。
   部屋の中を見回す弁当屋と殺し屋。部屋の入口に立つ定食屋。
定食屋「部屋を見せたら、帰ってくれるんですよね?」
殺し屋「あぁ」
弁当屋「ここがタクヤの部屋……。ここに、タクヤが……」
   勉強机の上に置いてある写真立て。タクヤ(7)と定食屋が笑顔で写っている写真。
   その写真立てを手に取る弁当屋。
弁当屋「これが、今のタクヤ……」
   目を閉じる弁当屋。
   その弁当屋の様子を見ている殺し屋と定食屋。
定食屋「何をして……」
殺し屋「(定食屋を制するように)安心しろ、定食屋。じきに終わる」
   目を開く弁当屋。
弁当屋「……ありがとうございました。(殺し屋に)行きましょうか」
殺し屋「あぁ」
   歩き出す弁当屋と殺し屋。立ち止まる弁当屋。
弁当屋「最後に一つ、いいですか?」
定食屋「部屋を見せたら帰るって……」
弁当屋「(定食屋に頭を下げて)タクヤの事をよろしくお願いします」
定食屋「(戸惑いながら)……貴女に言われるまでもありません。私は、タクヤの母親ですから」

○同・外
   並んで歩く殺し屋と弁当屋。
殺し屋「これからどうするつもりだ? 弁当屋」
弁当屋「タクヤの通っている小学校って、この近くですよね」
殺し屋「会いに行くつもりか?」
弁当屋「さぁ? でも、そっちの方向を歩いていて、たまたま下校中の小学生に遭遇する事って、あると思いません?」
   微笑む弁当屋。
殺し屋「……いい顔をするようになったな、弁当屋」
弁当屋「おかげさまで」

○通学路
   並んで歩く殺し屋と弁当屋。
   遠目に小学校が見える。
弁当屋「あそこが、タクヤの通う小学校なんですね」
   時計を見る殺し屋。三時を示す時計。
殺し屋「そろそろ、下校時間だろう」
   パトカーや救急車のサイレンの音。
殺し屋「騒がしいな」
弁当屋「何かあったんですかね?」

○小学校・前
   野次馬が出来ている。
   パトカーや救急車が停まっている。
   子供達の泣き声が聞こえる。
   やってくる殺し屋と弁当屋。
弁当屋「これは……?」
殺し屋「ただ事ではなさそうだな」
   二人の近くに立つ女、通行人B。
弁当屋「あの、すみません。一体、何があったんですか?」
通行人B「ほら、例の小学生を狙った連続通り魔事件よ」
弁当屋「(驚いて)ここで、事件があったんですか?」
通行人B「そうなのよ。一年生の男の子が一人刺されたんですって。他の子達は軽いケガで済んでるみたいだけど」
弁当屋「男の子……」
   野次馬の中に入っていく弁当屋。
殺し屋「おい、弁当屋」
   弁当屋を追う殺し屋。
   野次馬の先頭に出る弁当屋と殺し屋。救急車に乗せられるタクヤ。血まみれ。
弁当屋「……タクヤ?」
   救急車の扉が閉まり、発車する。
弁当屋「今の、タクヤ……。タクヤが、刺された……。タクヤが……」
   救急車を追いかけ走り出す弁当屋。
弁当屋「タクヤ! タクヤ!」
   道路に落ちているランドセル。弁当屋のものと同じ健康祈願のおまもりが付いているが、血で汚れている。

○通学路
   走り去って行く救急車と、それを追いかけて走る弁当屋。その弁当屋に追いつき、肩を抑える殺し屋。
弁当屋「タクヤ~!」
殺し屋「落ち着け、弁当屋。走って追いつける訳がないだろう?」
   やってくるタクシー。
   手を上げ、止めたタクシーに乗り込む殺し屋と弁当屋。
殺し屋「(運転手に)前の救急車を追ってくれ」

○タクシー・車内
   並んで座る殺し屋と弁当屋。
   運転席に座るのは喪服姿の運転手。
弁当屋「何で? 何でタクヤが……」
殺し屋「考えるだけムダだ。通り魔に理由なんてないだろう」
弁当屋「でも、せっかく会えるところだったのに……。助かりますよね?」
殺し屋「どうだろうな? 僅かにしか見えなかったが、相当な出血量だった」
弁当屋「そんな……。タクヤにもしもの事があったら、私は、私は……」
殺し屋「落ち着け、弁当屋。おそらく、そろそろ病院が……(何かに気付いて)?」
弁当屋「? どうしたんですか?」
殺し屋「……いや、どうやら落ち着いていなかったのは俺も同じだったらしいな」
弁当屋「え?」
殺し屋「よく見ろ。救急車の姿など見えていない」
弁当屋「あ……」
殺し屋「(運転手に)俺達をどこへ連れて行く気だ?」
   殺し屋に向けて銃を発砲する運転手。
殺し屋「ちっ」
弁当屋「きゃっ」
   銃弾を避け、持っていたメスで運転手の動脈を切る殺し屋。蛇行し始めるクシー。
弁当屋「こ、殺し屋さん。一体、何が?」
殺し屋「シートベルトを外せ、弁当屋」
弁当屋「え? そんな事したら、ケガ……」
殺し屋「このまま車から飛び降りる。さもなければ、ケガでは済まん」
   と言いながら、両者のシートベルトを外す殺し屋。弁当屋を抱え、タクシーから飛び降りる。

○倉庫街
   暴走するタクシーから飛び降りてくる殺し屋と弁当屋。
殺し屋「……大丈夫か? 弁当屋」
弁当屋「は、はい……。あ、ありがとうございました……」
殺し屋「残念だが、お礼はもう少し先まで取っておいた方がいい」
弁当屋「え?」
   二人の周囲に続々と現れる喪服姿の男達。手には凶器を持っている。
殺し屋「貴様等、葬儀屋だな?」
   男達の中心に立つ、喪服姿の男、葬儀屋(50)。
葬儀屋「さすがは同業者。よくご存知で」
殺し屋「気分屋の差し金か?」
葬儀屋「またもご名答。正解者には拍手を差し上げましょう」
殺し屋「拍手の代わりに教えてもらおうか。何故、俺達を消そうとする?」
葬儀屋「決まっているでしょう? 貴方が、タクヤ少年を殺害しようとした容疑者だからですよ」
弁当屋「え?」
殺し屋「何の話だ?」
葬儀屋「とぼけたってムダですよ。通報者がいるんです。そちらの女性が『息子と心中したい』と願った、とね」
弁当屋「待って下さい。私はそんな事望んでませんし、そもそも私達が現場にかけつけた時は、もう事件の後で……」
葬儀屋「言い訳は結構。今から、反逆者であるあなた方を、消します」
   殺し屋達に次々と向かってくる喪服姿の男達。
殺し屋「……離れるなよ、弁当屋」
弁当屋「え? あ、はい」
   飛びかかってきた喪服姿の男を持っていたメスで次々と動脈を切り、返り討ちにする殺し屋。
   その間に、僅かに殺し屋から離れてしまう弁当屋。そこに襲いかかる、別の喪服姿の男。
弁当屋「きゃっ!」
   間一髪で、その男を退ける殺し屋。
殺し屋「離れるなと言っただろう。死にたいのか? 弁当屋」
弁当屋「……すみません、私まだ状況が飲み込めてないんですけど」
殺し屋「奇遇だな、俺もだ。だが、考えているヒマもなさそうだな」
葬儀屋「さすが。的確に動脈だけ切って行くとは、なかなか芸達者ですね。でも、そちらの女性は、どのみち殺めるお相手でしょう? 何故、命懸けで守ろうとされるんですか?」
殺し屋「決まっているだろう? 弁当屋は今、生きているからだ。あと僅かな時間だけだが、見届ける価値はある」
弁当屋「殺し屋さん……」
葬儀屋「なるほど、噂に違わぬ偽善者なんですね。では、コレならどうでしょう?」
   拳銃を構える喪服姿の男達。
弁当屋「……どうするんですか?」
殺し屋「決まっているだろう? 隠れる」
   弁当屋の手を引き、物陰に隠れる殺し屋。直後に多数の発砲音。
葬儀屋「ご安心下さい。我々が責任を持って葬儀から火葬までも行いますから。あぁ、もちろん『友引』の日は避けるように配慮しますよ。貴方も一応、功労者ですから」
   鳴り止まない発砲音。
殺し屋「……どうやら、諦めた方が良さそうだな」
弁当屋「……もうタクヤには会えない、って事ですね」
殺し屋「違う」
弁当屋「え?」
殺し屋「『ヤツ』に頼ると後が面倒なんだがそれを諦めるだけだ」
   どこかに手で合図する殺し屋。
葬儀屋「さぁ、落武者狩りもここまでにしましょうか……」
   喪服姿の男が狙撃される。
葬儀屋「? 乱入者ですか?」
   喪服姿の男達が次々と狙撃される。
弁当屋「これは……?」
殺し屋「言っただろう? 『俺の背後には優秀なスナイパーがいる』と」
   葬儀屋を残して、全ての男達が倒れている。
殺し屋「どうやら、終わったみたいだな」
葬儀屋「まさか、共犯者がいるとは思いませんでした。不覚でしたね」
殺し屋「どうする? これ以上俺達に関わらないなら、この場は見逃してもやっても構わないぞ?」
葬儀屋「私も彼らの責任者です。その責務は全うしなければなりません」
殺し屋「そうか」
   葬儀屋の首筋にメスをかざす殺し屋。
殺し屋「何か言い残す事は?」
葬儀屋「犠牲者達の魂が皆、救われますように」
   葬儀屋の動脈を切る殺し屋。
殺し屋「……終わったか。(弁当屋に)もう出てきて大丈夫そうだぞ」
   物陰から恐る恐る出てくる弁当屋。
弁当屋「あの……結局コレ、何だったんですか?」
殺し屋「さぁな。わかったら、墓前に報告してやろう」
弁当屋「え?」
殺し屋「急げ。間もなく、四八時間だ」
弁当屋「あ……。はい」

○総合病院・外観

○同・手術室・前
   ドアの前に立つ定食屋と医師姿の男、土屋(30)。
定食屋「手術ができないって、どういう事ですか?」
土屋「お母さん、落ち着いて下さい。タクヤ君の血液型はAB型のRHマイナスという非常に珍しいタイプです。残念ながら、当院にはストックが残っていません。今、血液センター等にも問い合わせていますが、間に合うかどうか……」
定食屋「そんな……」
土屋「もしお母様がタクヤ君と同じ血液型なら、血液の提供をお願いしたいのですが……?」
定食屋「私は……違います」
土屋「そうですか……」
弁当屋の声「待って下さい」
   振り返る定食屋と土屋。
   やってくる弁当屋と殺し屋。
定食屋「貴女、なんで……。帰って下さい。貴女とタクヤは何の関係もないでしょ? なのに、こんな場所までのこのこと……」
殺し屋「まぁ、落ち着け定食屋。案外役に立つかもしれないぞ?」
定食屋「は? どういう……」
弁当屋「(土屋に)私の血を使って下さい」
土屋「え~っと……失礼ですが、貴女は?」
弁当屋「(定食屋を気にしながら)……通りすがりの者です」
殺し屋「血液型はAB型のRHマイナスだ」
定食屋「あ……」
土屋「本当ですか? では、早速お願いします。こちらです」
弁当屋「はい」
   土屋とともに歩き出す弁当屋。
定食屋「……よろしくお願いします」
弁当屋「……もちろんです。私も、タクヤの母親ですから」
   その場を去る土屋、弁当屋、その後を追う殺し屋。

○同・処置室・中
   部屋の隅に立つ殺し屋。
   ベッドに横になる弁当屋。腕には血を抜いた跡が、傍らには抜き取られた血液がある。
   その脇に座る土屋と部屋の片隅に立つ殺し屋。
土屋「ご協力、ありがとうございました。私はこの血液を手術室に届けてきますので、こちらでお休みになっていて下さい」
   血液を持って部屋を出て行く土屋。
   弁当屋が横になるベッドの脇に移動する殺し屋。近くの台に置いてある注射器などを見る。
殺し屋「管理がずさんな病院だ」
弁当屋「(起き上がろうとして)……あの、殺し屋さん」
殺し屋「無理に動くな、弁当屋。少し多めに血を抜かれている」
弁当屋「わかりました……。でもこれで、タクヤは助かるんですよね?」
殺し屋「どうだろうな? おそらく、まだ血は足りていないだろう」
弁当屋「え?」
殺し屋「元々、この病院にどの程度のストックがあったのかは知らないが、救急車に乗せられた時の出血量から想像すると、今の弁当屋の献血程度では足りないだろう」
弁当屋「そんな……。じゃあ、何で私からもっと血を採らなかったんですか?」
殺し屋「お前の命にも関わる問題だからだ、弁当屋。一人の人間から、そんなに大量の血を抜き取る訳にはいかないものだ」
弁当屋「そんな……」
   しばしの沈黙。
弁当屋「……殺し屋さん」
殺し屋「何だ?」
弁当屋「私の血を、もっと採って下さい。元お医者さんなら、出来ますよね?」
殺し屋「まぁ、可能だが」
弁当屋「私の血、全部抜き取っても構いません。何としても、タクヤを助けて下さい」
殺し屋「いいのか?」
弁当屋「はい。どうせ、もうすぐ貴方に殺される身ですから」
殺し屋「だが、そうすると二度と会えなくなるぞ? タクヤには」
弁当屋「構いません。死ぬ前に一度くらい、母親らしい事してあげたいんです。それに……」
殺し屋「それに、何だ?」
弁当屋「私の血が、タクヤの中に流れる事になるんです。タクヤの中で、私の血が生き続けるんです。私とタクヤに、確かなつながりが出来る。それで十分です」
殺し屋「わかった。なら、早速始めるぞ?」
   近くの注射器を手に取る殺し屋。
殺し屋「最期になるかもしれない。何か、言い残す事は?」
弁当屋「そうですね……」
   殺し屋に何か告げる弁当屋(この時点では何と言っているかわからない)。
   注射器を取り出す殺し屋。
殺し屋「弁当屋。お前に恨みは無いが、消えてもらう」
   注射器を弁当屋の腕に刺す殺し屋。

○同・手術室・前
   椅子に座って待つ定食屋。
   手術室から慌てて出てくる土屋。
定食屋「先生、何かあったんですか?」
土屋「ご安心下さい、お母様。今、血液が届けられたと連絡がありました」
定食屋「本当ですか?」
土屋「我々も全力を尽くします。こちらでお待ちになっていて下さい」
   血液を持ってきたスタッフとともに手術室に戻って行く土屋。
定食屋「よろしくお願いします」

○同・入口
   建物から出てくる、運び屋と同じ作業着姿の殺し屋(帽子を目深にかぶっており、この時点ではまだ顔はわからない)。
   角を曲がり、物陰に隠れる殺し屋。そこには一発屋(30)もいる。帽子を脱ぎ、顔が露になる殺し屋。
殺し屋「(作業着を見ながら)まったく、何が役に立つかわからないものだな」
一発屋「先生、そういう服装も意外と似合うやん。似合うてもうてるやん」
殺し屋「お世辞はいい。それより、今日はご苦労だったな、一発屋」
一発屋「全然一発ちゃうわ。二〇発や、二〇発」
殺し屋「悪かったな」
一発屋「何言うてんねん。先生は俺の恩人やで? 構へんて。全然、構へんて」
殺し屋「(煩わしそうに)……さて、そろそろ手術も終わる頃かな」

○同・手術室・前
   「手術中」のランプが付いている。
   椅子に座って祈る定食屋。タクヤの血で汚れたおまもりを握りしめている。

○同・処置室・中
   ベッドに横になる弁当屋。
   手に握られていた健康祈願のお守りが床に落ちる。

○(夢の中)神社・前
   健康祈願のおまもりを二つ握りしめている、妊婦姿の弁当屋(23)。
   その横に立っている、現在の弁当屋。

○(夢の中)土屋産婦人科・外観

○(夢の中)同・病室
   タクヤ(0)を抱く若き日の弁当屋。笑顔だが、どこか悲しげ。
   その二人を見ている現在の弁当屋。
    ×     ×     ×
   名前のボードに「タクヤ」と書く若き日の弁当屋。
   それを見ている現在の弁当屋。

○(夢の中)同・外(夜)
   人目を忍ぶように出て行く若き日の弁当屋。泣いている。おまもりを一つ、握りしめている。
   それを見ている現在の弁当屋。

○(夢の中)同・乳児室(夜)
   ベッドで寝ているタクヤ。
   ベッドの上に「タクヤ」と書かれた名前のボードが置いてある。
   タクヤの手におまもりが一つ握られている。
   それを見ている弁当屋。

○(夢の中)乳児院・外観

○(夢の中)同・乳児室
   一番奥のベッドで、タクヤのおむつを代える寺子屋(53)。
   それを見ている弁当屋。

○(夢の中)同・応接室
   向かい合って座る定食屋(33)、定食屋の夫(34)と寺子屋。嬉しそうに、何度も頭を下げる定食屋夫妻。
   それを見ている弁当屋。

○(夢の中)大村屋・外

○(夢の中)同・店内
   タクヤを抱く定食屋と定食屋の夫。幸せそうな表情。
   それを見ている弁当屋。

○(夢の中)同・タクヤの部屋・中
   ベッドで寝ているタクヤ。
   それを見ている弁当屋。
    ×     ×     ×
   おもちゃで遊ぶ小学生のタクヤ。
   入ってくる定食屋。「うるさい」などと怒っている様子。
   あっかんべえをするタクヤ。
   怒る定食屋から逃げるタクヤ。
   それを見ている弁当屋。

○(夢の中)同・店内
   唐揚げを美味しそうに食べるタクヤ。
   それを見ている弁当屋。

○(夢の中)小学校・校庭
   運動会が行われている。
   徒競走をしているタクヤ。先頭でゴールする。
   喜ぶタクヤ。保護者席にいる定食屋に向けてピースサイン。
   喜ぶ定食屋。その後ろでそれを見ている弁当屋。

○(夢の中)同・外
   ランドセルを背負って、出てくるタクヤ。同級生と楽しそうにしゃべっている。
   それを見ている弁当屋。
   タクヤのランドセルに付いている健康祈願のおまもり。

○総合病院・処置室
   ベッドに横になる弁当屋と、その脇に立つ殺し屋(元の服装)。脈を確かめる。
   安らかな表情の弁当屋。
   落ちているお守りを拾う殺し屋。

○集中治療室・中
   ベッドに横になるタクヤ。呼吸器などの機械が付けられている。

○同・外
   ガラス越しにタクヤの様子を見ている定食屋。
   そこにやってくる殺し屋。
定食屋「(殺し屋に気付いて)あ、あの人の……」
殺し屋「どうだ? 様子は」
定食屋「おかげさまで、手術は無事に成功です。早ければ明日にはここも出られるだろう、って先生もおっしゃっていました」
殺し屋「そうか。それは良かったな」
定食屋「全部、あの人のおかげです」
殺し屋「弁当屋か」
定食屋「血のつながっていない私には、何も出来ませんでした。もしあの人がいなかったら、今頃タクヤは……」
殺し屋「そうかもしれないな」
定食屋「そういえば、あの人は? まだちゃんとお礼を言っていないんですけど」
殺し屋「眠っている。いい顔でな」
定食屋「そうですか……」
   弁当屋のおまもりを定食屋に渡す殺し屋。
定食屋「これは?」
殺し屋「(血の付いたおまもりを指して)それではご利益もないだろう。代わりにこっちを持っているといい」
定食屋「でも、これはあの人の……」
殺し屋「いいから、持たせておけ」
定食屋「……ありがとうございます」
   集中治療室の中を見る殺し屋。
   タクヤの脇に立ち、様子を見ている弁当屋(の霊?)。殺し屋と目が合い、微笑む。

○雑居ビル・外観

○同・気分屋の事務所
   部屋の隅のソファーに座り、折り紙で鶴を折っている殺し屋。
   部屋の中央でパターゴルフをしている気分屋。傍らに立つ白服の男。
   カップから外れるボール。
気分屋「ふん」
   新しいボールをセットする白服の男。
気分屋「今回は、色々と迷惑をかけたようだな、殺し屋。どうやら、情報の行き違いがあったらしい」
殺し屋「二度は御免だぞ?」
   カップから外れるボール。
気分屋「ふん」
   新しいボールをセットする白服の男。
殺し屋「ところで、タクヤの事はどうするつもりだ?」
気分屋「決まっているだろう? 無事に退院したら、引き取るさ」
殺し屋「タクヤが、お前と血がつながっていないとしても、か?」
   カップに入るボール。
気分屋「よし」
   新しいボールをセットする白服の男。
気分屋「お前らしくもないハッタリだな、殺し屋」
殺し屋「ハッタリじゃないさ。DNAを検査した。お前と、タクヤのな」
   上着の胸ポケットから小切手と血のついたおまもりを取り出す殺し屋。
殺し屋「で、どうするんだ? それでもタクヤを引き取るのか?」
   カップから外れるボール。
気分屋「ふん」
   新しいボールをセットする白服の男。
気分屋「じゃあ、あのタクヤってガキの父親は、誰だってんだ?」
殺し屋「さぁな……」

○(フラッシュ)乳児院・外
   建物を見上げる殺し屋。

○(フラッシュ)地上げ屋の家・アトリエ
   絵の前に立つ殺し屋と地上げ屋。
殺し屋「……何か、言い残す事は?」
地上げ屋「この絵に聞いてくれ」
   絵を見る殺し屋。丘の上にある建物の絵。それは乳児院と瓜二つ。

○雑居ビル・気分屋の事務所
   部屋の隅のソファーに座る殺し屋。
殺し屋「見当もつかん」

○バー・外観(夜)

○同・中(夜)
   並んで座る殺し屋と情報屋、カウンター内に立つ居酒屋。
殺し屋「ここに来る前に会ってきた。元気そうだったぞ? 運び屋は」
情報屋「知ってるよ」
殺し屋「運び屋には『俺からの電話には出るな』とでも伝えていたのか?」
情報屋「まぁな。あの日、運び屋からの電話の向こうで、旦那の声が聞こえたからな」
殺し屋「そして、気分屋には『俺がタクヤを殺そうとしている』というデマを流した」
情報屋「俺の情報操作一つで、旦那は死ぬかもしれなかった。コレでわかっただろ? 『情報は力』だ」
殺し屋「通り魔の件は偶然か?」
情報屋「さぁな。……けどよ、デマを流したのは旦那も同じだろ?」
殺し屋「タクヤの件は、俺も弁当屋に一杯食わされたからな」
居酒屋「結局、あの弁当屋の女は何で息子の存在を隠そうとしてたんだ?」
殺し屋「時期的に気分屋とカブっていた訳だから、その辺を恐れていたのかもしれないが……今となっては、真相は闇の中だな」
情報屋「じゃあ一個、闇の外にあるものを教えてもらおうか」
居酒屋「何だ、それ?」
情報屋「弁当屋の最期の言葉だよ」
殺し屋「あぁ……」
   笑い出す殺し屋。
情報屋「何がおかしいんだよ?」
殺し屋「いや、すまない。あんな事を言われたのは始めてだったからな」

○(回想)総合病院・処置室
   ベッドに横になる弁当屋と、その脇に立つ殺し屋。
殺し屋「何か、言い残す事は?」
弁当屋「そうですね……」
   しばしの沈黙。
弁当屋「あなたが殺し屋でよかった」
殺し屋「……そうか」

○バー・中(夜)
   並んで座る殺し屋と情報屋。
情報屋「何だよ、もったいぶってねぇで早く言えって」
殺し屋「わかってる」
                   (完)

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