セルフミュート解除 コメディ

本音を言えず、周囲に合わせて生活してる男。ストレスがMAXに達していた。しかし! ある日突然、思っている事が全部口から出るようになってしまう。 恋人や友人、上司にまで言いたい放題。 絶縁されまくった矢先、町でニュース番組のインタビューを受け、全国放 送で爆弾発言を連発! そして、思いも寄らない状況に発展していく……。
畑雅文 19 0 0 09/17
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第一稿

(登場人物)

笠原俊介(32)会社員
蓮見まどか(40)精神科医
三上祐樹(32)舞台役者
赤堀美香(27)笠原の彼女
諸岡芳雄(58)笠原の上司
智子(32)
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(登場人物)

笠原俊介(32)会社員
蓮見まどか(40)精神科医
三上祐樹(32)舞台役者
赤堀美香(27)笠原の彼女
諸岡芳雄(58)笠原の上司
智子(32)



(本文)


〇小劇場・客席   

舞台上で行われてる演劇を見ている笠原俊(32)。舞台上の照明が切り替わり、感動系の音楽が流れる。
舞台上から「愛してる!」というセリフが聞こえる。
笠原の斜め前の席に座る女性がハンカチで涙を拭いている。
それを見て鼻で笑う笠原、ふと腕時計を見ると17時35分を示している。
笠原、嫌気が差した顔をしながら天を仰ぐ。


〇同・舞台上

衣装を着た役者達が横一列に並び、客席に向かってお辞儀。
客席から拍手の音。
役者達が舞台袖に退場。
照明がやや暗くなる。拍手の音は続いている。


〇同・客席

拍手し続ける客達。荷物を持って席を立とうとする笠原。
より一層拍手の音が大きくなる。


〇同・舞台上

再び照明がついて明るくなる。
客席からの拍手が響く中、役者達が再び登場。


〇同・客席

うんざりした表情の笠原が再び着席して形だけの拍手。


〇同・入り口前

稽古着姿の役者が数人、それぞれ知人の客と話してる様子。
笠原がスマホをいじってるところへ三上祐樹(32)が来る。

三上「おう」

笠原「あーお疲れ」

三上「どうだった?」

笠原「ああ。面白かったよ」

三上「ありがとお。来月もまた違う舞台あるから来てよ」

笠原「え、来月も出んの?」

三上「この本番終わったらすぐ稽古よ。もう大変」   

嫌々そうにしながらどこか自慢げな三上。

笠原「そっか。頑張って。行けたら行くよ」

三上「おーサンキュ。じゃあまた連絡するねー」

笠原「ああ……」

三上が去る。
笠原がため息。


〇アパート・美香の部屋(夜)

赤堀美香(27)がスマホで通話。

美香「でさー、その後言った店長の一言が最悪なの!」


〇笠原宅(夜)

笠原がスマホで通話。

笠原「えー嘘お。へえー。それ最悪だね。うん……」

笠原が壁時計を見て嫌そうな顔。

美香の声「ねえちょっと聞いてる?」

笠原「え? ああ聞いてるよ」

美香の声「そうだ今度たまにはちゃんとデート行こうよ」

笠原「え、ああ……」

笠原がスマホのスピーカーをONにしてそのままクリーナーで部屋のマットを掃除し出す。

美香の声「中華街もいいよねー。あっそうそうこの前ネットですごく良さそ 
うなお店があってさー」

笠原が無表情で返事。

笠原「へー」

笠原がゴミをまとめて退室。

テーブルに置かれながら、なおも美香の音声を発し続けるスマホ。

美香の声「何か蛇口からビールが出て、それ飲み放題なの! それにさ!」


〇同・外観(夜)

スマホのアラーム音。


〇笠原宅(夜)

笠原がスマホ画面を見ると「20時リモート会議」というリマインダーの文面が表示されている。

笠原「あっそうだった」


〇パソコン画面(夜)

リモート画面。

笠原を含め数名の参加者を映した分割画面の中に諸岡芳雄(58)がいる。

諸岡「どうもどうも。みんな元気かな? そう言えば笠原君のSNS、お芝居見に行ったって書いてあったね」

笠原「あ、はい」

諸岡「彼女と行ったの?」

笠原「いや、一人で」

諸岡「へー。まだ結婚しないの?」

笠原「はい。そういう予定は……」

諸岡「向こうは待ってるんじゃないのー?」

笠原「はあ……」

他の参加者は愛想笑いをしてたりほぼ無表情だったりする。



〇道中(深夜)

コンビニ袋を持った笠原が歩いてると、横にある駐車場で猫が寝ている。

笠原「お」

笠原が猫にそっと近づいてしゃがむ。
猫が笠原を見つめる。

笠原「お前は良いよなあ。本能のままに生きて。俺もそうなりたいよ」

猫が大きな声で「ニャー」と鳴き、どこかへ走り去る。

笠原「ほんと、正直だなあ……」



〇笠原宅(朝)

笠原が三月のカレンダーをめくって四月の日付に変える。

笠原「早……」



〇小劇場・外観



〇小劇場・客席

舞台上で行われてる演劇をつまらなそうに見ている笠原。



〇同・入り口前

稽古着姿の役者が知人の客と話してる様子。
笠原のところへ三上が来る。

三上「おう」

笠原「あ、お疲れ」

三上「どうだった?」

笠原「クッソつまんなかった」

三上「え?」

笠原「えっ」

笠原、自分の口を押えて驚きの表情。
三上、焦りながらしゃべり出す。

三上「あ、あの、まあ、ちょっといつも出てるのとはまた違う作風の舞台だったけど、それで印象違ったのかもな!」

笠原「まあいつもつまんないけど今日のは拍車かけてつまんなかっ」

笠原が自分の口を片手でふさぐ。

三上「え? あの、いや、ごめん……」

笠原「いや、違う違う! 今のは冗談……ではなくて本気。感動系の音楽流して役者が叫んでれば雰囲気に飲まれて泣くバカな客だけ相手にしてれば? って感じ。毎回そうだけどさ。付き合いで見に来たけど次は無いな」

笠原、ハッとして口を両手で強くふさぐ。

三上「笠原、お前いつもそんな風に思ってたのかよ……」

笠原が口を手でふさぎながら首を横に振る。
横を若い女性が通り過ぎるのを見る笠原。

笠原「おー抱きてえ」

女性が振り返って笠原をにらむ。

笠原「あっ、すいません服装と体型だけで判断しましたけど、顔見たらそんなに抱きたくないって思いました」

女性「はあっ?」

三上「おい笠原!」

笠原「すいません! 三上、俺帰るわ!」

笠原が走って去る。


〇道中

笠原が口を押さえながら走ってる。

笠原M「どうしたんだ俺! 何でこんな思ってない事、いや思ってる事全部隠さず言ってるんだ?」



〇アパート・美香の部屋(夜)

美香がスマホで通話。

美香「ライアーライアーじゃん」



〇笠原宅(夜)

笠原がスマホで通話。

笠原「ライアーライアーって、映画?」

   以下カットバック

美香「そうそう。ジム・キャリーの。嘘がつけなくなって、本当の事しか言えなくなるの。まんまそれじゃん。今の俊ちゃん」

笠原「マジかよ……それ最後どうなんの?」

美香「忘れた。でも戻ったよ。何かしら問題を抱えてて、それを解決してハッピーエンドっていう、安心お約束の展開」

笠原「じゃあ、俺も何かしら問題を抱えてるって事……?」

美香「そうなんじゃん?」

笠原「いやでもみんなあるじゃん問題なんてさあ」

美香「何か思いつかないの?」

笠原「お前と別れたいけど切り出せないって事かな」

美香「えっ」

笠原「あっ」

美香「ねえそれ本気?」

笠原「いやいや、全然本気。うわ! 待って!」

美香「……知ってたよ。別れたがってたの」

笠原「えっそうなの? 良かったー。ちょうどマッチングアプリでいい感じの人見つかって」

笠原、慌ててスマホの通話を終了させる。

カットバック終了。

笠原「やべえ言っちゃった……」

スマホの画面を見つめる笠原。
画面に美香からのメッセージ「消えろカス」という文字が表示される。
画面を見つめて呆然とする笠原。

スマホのアラームと共に「20時リモート会議」というリマインダーの文面が表示される。

笠原「うわ! そうだった」

笠原がパソコンの前に座ってリモート会議の準備。



〇パソコン画面(夜)

リモート会議の画面。
笠原を含め数名の参加者を映した分割画面の中に、諸岡がいる。

諸岡「どうもどうも。木村さん久しぶりだねえ。この前の旅行どうだった?」

笠原「ちょっと待って下さい」

諸岡「ん? どうした?」

笠原「リモート会議になってまで世間話する必要あります?」

諸岡「え?」

笠原「……いや、何でもありません!」

諸岡「いやいや取り消せないよそんな気になる事言われてさあ」

笠原「すいませんホント気にしないで下さい」      

直後に切り替わり本音を言い出す笠原。

笠原「僕は迷惑です! 個人の時間を奪われる会議というだけでも嫌なのに、興味のない人同士の雑談を聞かされるなんてまっぴら御免ですよ!」

諸岡「何だよ急に」

笠原「とっとと本題に入れって事ですよ! 時間の無駄なんだよ!」

諸岡「おい! 仕事ってのは人と人の繋がりで出来てるんだよ! 一見無駄に見える会話でもなあ、一緒に楽しく気持ちよく仕事していく為の大事なコミュニケーションなんだよ!」

笠原「じゃあ早速間違ってんじゃねえか! この時点で俺は楽しくも気持ち良くもないんだから! あんたが求める余計なコミュニケーションのせいでさあ!」

諸岡「なっ! お前この野郎!」

笠原「てめえの寂しさ埋める為にみんなの貴重な時間使ってんじゃねえよこの時間泥棒がっ!」

笠原がリモート画面から消える。



〇笠原宅(夜)

パソコン画面の前で顔面蒼白になってる笠原。



〇病院・診察室

脳のレントゲン写真を見てる医者。
笠原が対面で座ってる。

医者「脳に異常は見られませんねえ」

笠原「ちゃんと調べたのかよ。あっすいません」

医者「調べましたよ」

笠原「どうせ流れ作業で適当に患者見て金になる高い薬出して依存させてずっと通わせる事しか考えてないんだろ違います! 今のは嘘です! いえホントです!」

医者「……心療内科を受診されてはいかがでしょう」

笠原「こいつ使えねえ」

医者「私が出来る事はありません。受付にファイルを持って行って下さい」

医者が背中を向けてパソコン作業。

笠原「いや先生、悪気はないんです! ただ本当に、思った事を言ってしまうだけで……」

医者「次の患者さん待ってますんで」

笠原「……はい。ありがとうございました。と形だけのお礼は言っとくよ仕方ないから」

などしゃべりながら退室。
医者、舌打ち。



〇同・心療内科の入り口前

心療内科の表札。

まどかの声「なるほどお」



〇同・心療内科の診察室

笠原の向かいに白衣を着た蓮見まどか(40)。

笠原「分かってもらえますか? あと整形してるんですか? あっいや! すいません! 抱きたい! 好き!」

笠原が両手で口を押さえる。

まどか「まあ、色んな患者さんを診てきたんで、覚悟と耐性は出来てるつもりです」

笠原「いやいやそれはそれでどうなんだよ。慣れてこなすだけじゃなくて日々勉強だろ。医療だって常に進化してるんだからってごめんなさい! マジ抱きたい! キス!」

笠原が腕で口締め付けるように覆う。

まどか「……それに、私は以前にもあなたと同じケースの患者さんに会った事があります」

笠原「ホントですか!」

まどか「ええ。女性でした」

笠原「その人は治ったんですか?」

まどか「はい。一通りの本音を吐き出していたら、だんだんとガマン出来るようになって」

笠原「え、じゃあ僕も本音を吐き出し終わるまで待たなきゃいけないんですか? そんなのいつになるか分かんないし、結局医者は何も出来ねえんじゃねえか! その、すいません度々」

まどか「お気持ちは分かります。ただそれはあくまで一つの方法です。笠原さんには笠原さんの治療法があるかもしれません」

笠原「そうなんですかねえ……胸触りたい」

まどか「セクハラで訴えられる前に何とかしたいですね」

笠原「え? 僕今何か言いました? 自覚してないんだけど」

まどか「気づかなかったですか? 私の胸の事を仰ってまして……」

笠原「胸? やば! たぶん無意識です」

まどか「どうやら、頭の中で言語化してる本音に加えて、深層心理まで声に出るみたいですね。ボーッとしてたら気づかないかもしれません」

笠原「嘘だろ……この人目ヤニついてんなあ」

まどか、何気なくを装って横を向き、パソコンなどを操作するフリをして目元をいじる。

笠原「で、僕はどうすれば……?」

まどか「原因が何か分かりますか? 例えば先ほど話した映画だったら」

笠原「ライアーライアー?」

まどか「はい。主人公の息子が神様にお願いした事で嘘が付けなくなったみたいですけど」

笠原「パパが嘘をつかなくなりますようにってやつですよね。さすがに僕の場合はそんなファンタジーな出来事が原因じゃないと思うけど」

まどか「ファンタジーでも何でも、本人が信じたら現実となるんです。それが心と脳に影響するんですから」

笠原「確かにそうか。原因……」

まどか「何かあります?」

笠原「いやあ、そんなもん分かんねえよ」

まどか「突飛な話ですけど、誰かが呪いをかけたとか」

笠原「え? 先生、そんな非科学的な事言うなんて本当に医者ですか? 何か魅力無くなって来たな」

まどか「それで結構です」

笠原「いいのは見た目だけか。いや別にそこまでじゃねえか」

まどか「あのですねえ! 私は確かに医者ですが、治療の為なら非科学的な方法でも、プラシーボ効果を期待して試してみてもいいと考えてるんです」

笠原「よく分かんねえ。てかあんた昼にカレー食ったろ。スパイスの香りするぜ?」

まどか、さりげなく口元を押さえる。

まどか「とにかく、自律神経の乱れが発言内容のコントロールに影響してる可能性もあるので、出来るだけ心穏やかに過ごすのも大事です。食生活についてもなるべく偏りがないように。後でパンフレットをお渡しするんでよく読んでみて下さい」

笠原「面倒くせえなー。結局は心療内科って愚痴を聞いてストレス発散させてるだけじゃねえか。それで金もらってりゃ世話ねえな」

まどか「私はそんな医者じゃありません」

笠原「やっぱ全部聞こえてたか。もう謝んの疲れた。じゃあ失礼します」

まどか「また来て下さいね!」

笠原「俺の事好きなのかな」

と言いながら退室する笠原。
まどか、ため息をつく。


〇街中(夕)

笠原が通行中、テレビ局の腕章をつけた女性レポーター、カメラマン、音声担当などが寄って来る。

レポーター「すいません今お時間いいですか?」

笠原「え? 何すか?」

レポーター「ザットという番組のインタビューなんですけども」

笠原「あーはいはい! 夕方のニュースね。たまに見ますけど。いやチャンネル合わせてるだけか。女子アナのホワイトニングし過ぎた歯が異様に目立つよな」

レポーター「はあ」

笠原「えっじゃあテレビ映るんですか?」

レポーター「かもしれません」

笠原「あーそっかまだ分からないか。使える素材じゃないといけないんですもんね」

レポーター「はい。あの、ご当地キャラクターについてお話を聞いてるんですけどよろしいですか?」

笠原「はい」

レポーター「現在、全国の名産品を擬人化した美少女キャラクターがいるんですが、それが性搾取だと批判されてる件をご存じでしょうか?」

笠原「え? あーはいはい。萌えキャラとかセクシーな絵にしてるやつですよね。卑猥だとか言われてますけど、どうせ日常生活に満足してないウザい連中がストレスぶつけてるだけでしょ」

レポーター「あ、という事は、美少女キャラクターの表現には賛成という事ですか?」

笠原「もちろん! だって可愛いし。だいたい性的なアピールがあって何が悪いんだよ。お菓子のCMでイケメン使ってんのだって同じだろ。女が性の対象としてイケメンを見る事を利用して商品の事を頭に刷り込もうとしてんだからさあ」

レポーター「なるほど。ありがとうございました」

笠原「男目線だとセクハラとか言い出すうぜえ奴なんなの? 女目線のセクハラだってあるのにそれは指摘しないの? それが本当の性差別だっつーの!」

レポーター「ありがとうございました。失礼します」

レポーター陣が去って行く後ろ姿を見つめる笠原。

笠原「使えねえだろうな……」



〇テレビ画面

ニュース番組で笠原のインタビュー映像が字幕付きで流れている。

笠原「どうせ日常生活に満足してないウザい連中がストレスぶつけてるだけでしょ」


〇アパート・三上の部屋(夕)

三上がテレビを見ながらコンビニ弁当を食べている。
笠原がインタビューされている番組を見て驚く。

三上「笠原じゃん!」


〇パソコン画面

笠原のインタビュー映像。

笠原「お菓子のCMでイケメン使ってんのだって同じだろ」


〇アパート・美香の部屋(夜)   

美香がパソコンで動画サイトを見てる。
笠原がインタビューされている切り取り映像を見る。

美香「うわ。炎上してるし」


〇スマホの画面

笠原のインタビュー映像。

笠原「女目線のセクハラだってあるのにそれは指摘しないの? それが本当の性差別だっつーの!」


〇電車の中(夜)

諸岡がスマホでニュース番組を見てる。   
笠原がインタビューされている映像を見る。

諸岡「あいつ……」



〇テレビ画面

笠原が室内でディレクターから単独インタビューされてる映像。

ディレクター「先日の街頭インタビューが話題となっておりますが、いかがですか?」

笠原「まさかこんな炎上するとは思わなかったですけど、同時に指示してくれる人も多くて、批判してる奴ざまーみろって思いましたね」

記者「そういう事を言うとまた炎上してしまうんじゃないですか?」

笠原「ご自由にどうぞ。結局は僕が泣いて土下座するか自殺すれば気が済んで新しいオモチャ探すだけのバカな連中ですから。その時点で最初のご当地キャラクターの問題は忘れられてるんですよ。だから文句言ってる奴は世の中を変えたいんじゃない。むかつく奴に文句言いたいだけ。そんでもって一日中その事ばかり考えてるわけじゃない。そんな思い付きのストレス発散に付き合うのなんて時間の無駄じゃないですか。だからご自由にどうぞ。でも地獄に落ちろバーカ!」

ディレクター「いやあ、今日も本音が炸裂ですね」

笠原「それを引っ張り出したいんでしょ? ちょっとバズッた素人イジる方が楽だもんね。芸能事務所の顔色も伺わなくていいし。そういう低予算かつ下世話なとこがこの番組の良い所だと思うよ」

ディレクター「ありがとうございます……」


〇テレビ局・外観

   T・数年後


〇番組スタジオ

中央にスーツ姿の笠原が立ち、脇にコメンテーターが数名座っている。
ADがカンペを持ってしゃがむ。

AD「本番5秒前! 4! 3!」

ADが手だけで2と1を表し、最後にキューを出す。

笠原「さあ始まりました金曜グッジョブ! 最初のテーマはこちら! 人気女優の不倫。これもう月曜からずっと扱ってるよねえ。いい加減飽きたよ。俺だって不倫したいよ。てかみんなしてんだろ!」

コメンテーター達が笑う。
ADが爆笑しながらカンペを出す。   
カンペには「もっと本音ガンガンで!」と書いてある。
カンペを見て苦笑いする笠原。

笠原「だって芸人の二階堂だって自分の番組に出てたアイドルと不倫してたからね」

コメンテーター達が驚きの声。

笠原「でも朝の帯番組やってたから大騒ぎになるっていうんで事務所がもみ消して、代わりにどうでもいい弱小タレントのゴシップ提供してお茶濁したんだよ」

コメンテーター達が笑ったり突っ込んだりしてトークが展開。
笠原にはその会話の音が聞こえず、無表情で聞いている。

笠原「……」


〇テレビ局・楽屋

笠原とディレクター、ADが入室。

ディレクター「今日も良かったですよお!」

AD「番組名がトレンド1位になりました! 五日連続です!」

笠原「そう」

笠原がソファに座る。

ディレクター「来週もよろしくお願いしますね! 三年目に突入ですから」

笠原「早いね。半年で終わると思ったのに」

ディレクター「いやいや何を言いますかあ。僕はね、初めて笠原さんのインタビューをした時にピンときたんですよ。この人は芸能界に向いてる! しかものし上がるって!」

笠原「ふーん」

ディレクター「そしたら案の定、あれよあれよと色んな番組に引っ張られて。今じゃお昼の顔になったじゃないですか!」

笠原「もうそろそろ世間の熱も冷めるよ」

ディレクター「そんな事言わずに! これからもずっとお願いしますよお」

笠原「はいはい」

ディレクター「ではまた。失礼します」

ディレクターとADが退室。
笠原が虚しい顔。

笠原「……」


〇病院の外観

〇病院・心療内科の診察室

笠原とまどかが対面。

まどか「番組、拝見してますよ」

笠原「そうですか」

まどか「相変わらず本音炸裂……のように見えますね」

笠原「はい?」

まどか「本当は嘘なんでしょ? 毒舌は本音なんかじゃなく、無理して考えて言ってる」

笠原「どうして分かるんですか?」

まどか「これでも一応、医者ですから」

笠原「さすがですね。その通りです。前に聞いた患者さん? 一通り本音を吐き出してたら、だんだんとガマン出来るようになったんですよね」

まどか「はい。笠原さんも、ある程度の本音は出し切ってしまったみたいですね」

笠原「そうか」

まどか「なので、最初にいらした時に抱えてた症状は治ったと言えます」

笠原「治療が終わったという事でしょうか?」

まどか「治したのは笠原さん自身です。医者は何もしてません」

笠原「……」

まどか「そう、以前の笠原さんなら言ってたような気がしますけど、どうです?」

笠原「ああ。かもしれません」

まどか「大変なお仕事でしょうけど、応援してます。あまり無理しないように。何かあったらまたいらして下さい」

笠原「分かりました。ありがとうございます」

笠原が退室。
寂しそうなまどか。


〇番組スタジオ

生放送中。
笠原とコメンテーター達。

笠原「こんな馬鹿な奴は芸能界とっととやめちまえよ!」

コメンテーター達が笑ったり慌ててフォローする様子。
笠原の虚しい表情。



〇走る車内(夕)

後部座席に座る笠原。



〇道路(夕)

赤信号。
笠原が乗った車が信号前で停止。



〇車内(夕)

窓の外を見る笠原。

笠原「ん?」



〇歩道(夕)

三上が歩いてる。
マスクと帽子をした笠原が来て話しかける。

笠原「三上!」

三上「え……」

笠原「俺」

笠原がマスクを下にずらして顔を見せる。

三上「ええっ! 笠原? マジかよ」

笠原「久しぶりだな。何やってんの?」

三上「まあ……稽古帰りだよ」

笠原「おー舞台やってんのか。今度教えてくれよ」

三上「わざわざお前を呼ぶほどのもんじゃねえよ」

笠原「おいそんな事言うなって。よく見てたんだから」

三上「嫌々だろ? 本当はつまんなかったのに。俺忘れてねえからな。お前に言われた事」

笠原「……いや、あの時は」

三上「まあ本当の事なんだろうけどさ」

笠原「でも、俺の視野も狭かったっていうか、今は好みも変わったり、理解力が備わったかもしんないし」

三上「無理すんなよ。ほら、芸能人がこんなとこにいたら騒ぎになるぞ。じゃあな」

三上が去る。

笠原「……」


〇高級マンション・笠原の部屋(夜)

笠原がスマホをいじってる。

笠原「あ、これ……」

スマホの画面に女性のSNS。
アイコンには加工された美香の横顔。

笠原「このピアス……あ、ホクロも!」



〇アパート・美香の部屋(夜)

美香がスマホを操作。

美香M「笠原はマジで最悪。私の友達があいつの元カノだったんだけど、付き合ってるのにアプリで女作って急に捨てられたんだって!」



〇高級マンション・笠原の部屋(夜)

笠原がスマホ画面を見てる。

笠原「あいつ……」



〇電車の中(夜)

スマホで動画を見てる諸岡。
笠原の悪口を書いたSNSの投稿全てに高評価を付けていく。


〇高級マンション・笠原の部屋(夜)

笠原が冷蔵庫を開ける。

笠原「酒ねえじゃん……」



〇公園(深夜)

ベンチで笠原が座って缶ビールを飲んでいる。
智子(32)が来る。

智子「あれ? 笠原さんですか?」

笠原「えっと、どこかでお会いしましたっけ?」

智子「いや、ないです」

笠原「あ、一般の方ですか」

智子「まあ、一般っていう言葉も芸能人を中心に考えた言い方みたいに聞こえてどうなのかなと思いますけどね」

笠原「……いやでも、火災現場とか、やじ馬に向かって消防士が『一般の方お下がり下さい』みたいに言いません?」

智子「ああ」

笠原「それは別に、芸能人とか関係ないじゃないですか」

智子「いや、合点がいきました」

笠原「何のよ」

智子「消防士はそこが火事の現場だから必要とされてる存在。いわば主役なわけです」

笠原「ほお」

智子「だから火事とは直接関係ないやじ馬の事は、脇役として区分けする為に『一般人』と呼んでるわけです」

笠原「まあ何となく言いたい事は分かるけど」

智子「ここがテレビ収録のスタジオだったり、カメラが回ってるロケ現場であれば、その時の主役は芸能人で、そうじゃない通公人は一般人と呼んで差し支えないでしょう」

笠原「今は撮影してないのに、勝手にあなたを脇役として認定するなと」

智子「その通り。まるで生きてるだけで芸能人が主役だと言わんばかりの線引きに疑問を抱いた次第です」

笠原「これは失礼しました」

智子「……晩酌ですか?」

笠原「えっこの流れで世間話するの!?」

智子「すいません私、空気読めないというか、読むのやめてしまったんで」

笠原「やめない方がいいと思いますよ」

智子「あと、おそらくですが、昔あなたと同じ病気になった事がありまして」

笠原「えっ?」

智子「本音がダダ漏れしてしまう病気、ですよね」

笠原「え! まどか先生の患者さん?」

智子「あーまどか先生。はい。お世話になりました。でもあなたにここで会ったのは偶然です」

笠原「そうなんですか……あの、今は症状出ないんですか?」

智子「はい。あなたと同じで治りました」

笠原「え、分かります?」

智子「はい。見てたら」

笠原「……でも、本音を求められてて」

智子「無理してますよね。私は、良い後遺症と言いますか、ちゃんと制御はしつつ、言いたい事はちゃんと言えるようになりました。笠原さんもそうしたらどうですか?」

笠原「でも、俺の言いたい事は周りが求める内容じゃないし」

智子「最初だって、周りは求めてなかったと思いますよ」

笠原「ああ……確かに」

智子「本音は周りが求めてるんじゃなくて、自分が求めてるんですよ」 

笠原「……うん」

智子「一歩踏み出せればいいですね。お休みなさい」

智子が立ち去る。
笠原、ビールを飲み干して立ち上がる。
猫の鳴き声がして振り向く。
かつて見た猫がいる。

笠原「お」

笠原が猫にそっと近づいてしゃがむ。
猫が笠原を見つめる。

笠原「前にも見たよなあ。生きてたのか」

猫がそっぽを向く。

笠原「お前は良いよなあ。気が赴くままに生きてさ。俺も……そっか、なりたいじゃなくて、なってみよう」

猫がどこかへ走り去る。



〇番組スタジオ

生放送中。
笠原とコメンテーター達。

笠原「まあというトラブルが起きたそうなんですけど、どうなんでしょう。うーん……」

黙りこくる笠原。
様子を伺うコメンテーター達。



〇テレビ局・楽屋

笠原とディレクター。

ディレクター「今日どうしたんですか?」

笠原「え?」

ディレクター「何かいつもより歯切れが悪いというか、もしかしてちょっとお疲れですか?」

笠原「ああ、うーん。かもしれない」

ディレクター「じゃあリフレッシュ企画なんかも用意しますんで、来週からはまたいつもの調子でお願いしますよ」

笠原「ああ、はい」



〇病院の入り口前

笠原が立って中を見つめる。
後ろからまどかが来る。

まどか「笠原さん?」

笠原「あ、どうも」

まどか「どうしました?」

笠原「いやあ、どうしたもんかと」

まどか「何がです? もしかしてまた何か症状が?」

笠原「いえ、症状が出ないから、この中にも入らないわけで」

まどか「そっか。じゃあ何で?」

笠原「何か不思議なんです。前みたいなキツい本音は頭に浮かばなくてなって、そもそも本音って何だっけって。今しゃべってる事が本音だし……」

まどか「……笠原さん、私の事どう思いますか?」

笠原「え? 先生の事? まあやっぱりお世話になったし、感謝してます。あと好きです」

まどか「本音、出ちゃってますよ」

笠原「出したんですよ。別に、隠そうと思ってないし、言ってもいいかなって」

まどか「じゃあそれでいいんじゃないですか?」

笠原「はい?」

まどか「構える事なく、自分に正直に、素直な本音が言えるようになった。十分じゃないですか」

笠原「そっか。そうですよね。何で前はあんなに攻撃的な本音ばかりだったんだろ」

まどか「抑圧されてたからでしょうね。今は、ちょうど良くなったんじゃないですか?」

笠原「なるほど。じゃあ、普通の人達と同じか」

まどか「いや、普通の人より、スッキリしてる印象です」

笠原「スッキリ?」

まどか「はい。あ、休憩もう終わっちゃうんで、また何かあったらここに」

まどかが名刺を渡す。

名刺には手書きで電話番号とメッセージアプリのID。

笠原「これ、もしかして僕に渡す為に用意してたんですか?」

まどか「……さあ?」

まどかが立ち去る。
笠原が名刺を見て微笑む。



〇番組スタジオ

生放送中。
笠原とコメンテーター達。

笠原「うーん。何でしょうね。この過去の不適切発言なんですが、ちょっともう思った事ハッキリ言っていいですかね?」   

カメラの横にいるディレクターがほくそ笑む。

ディレクター「お、いいぞぉ……」

笠原「正直どうでもいいっすわ」

ディレクター「えっ……?」

唖然とするコメンテーター達。

笠原「興味ないし。何か可哀想じゃん。みんなでワーワー言って。いじめだよね。そりゃ学校からいじめが無くならないわけだよ。毎日テレビで誰かをいたぶるニュース流してんだから。犯罪とか不正だったらまだしも、こういうスキャンダルとか問題発言とかをネチネチ突っついてさ、社会的制裁とかもっともらしい事言って人の心に暴力振るって良いのかね」



〇ラーメン屋

テーブルでラーメンを食べてる三上。
店内のテレビで笠原の番組が放送。

笠原「もうやめようよ。疲れちゃった」

三上「え……?」



〇アパートの部屋

半裸の男とテレビを見てる下着姿の美香。
テレビに笠原が映ってる。

笠原「今まで番組で色々言っちゃった皆さん。ごめんなさい。同じ頃に僕と関わってた人もごめんなさい」

美香「は……?」



〇会社のオフィス

諸岡がデスクで弁当を食べながらスマホで笠原が出演する番組を視聴。

笠原「本音をため込んで、トゲのある意見として熟成させてしまった僕にも責任はあります」

諸岡「おぉ……」



〇番組スタジオ

生放送中。
笠原とコメンテーター達。

笠原「俺は本音をバンバン言うキャラで売れたけど、本音というより、過激発言で売れたんだよ。だから影響されないでね。本音イコール攻撃じゃないからさ。皆さんは自分の本音を攻撃的なものに作り変えないように。無理に刃を向けて戦おうとしないで下さい。たまに本音をさらけ出して発散するんじゃなく、無理なく素直な気持ちを表に出せる、そんな日々を送りましょう。じゃあ次のコーナー行きますか」

ディレクターが複雑な表情。



〇街中

行き交う人々。
笠原が立ち止まり、ビルの大型ビジョンを見上げる。
画面内でタレントが話す。

タレント「さあ先週まで放送された笠原俊介さんが司会のグッジョブが幕を閉じ、今週から生まれ変わりました!」

笠原が鼻で笑って歩き出す。
三上が役者仲間と楽しそうに歩いてくる。
笠原と三上がすれ違い、笠原が振り返る。
三上が楽しそうに話しながら歩く背中。



〇稽古場・喫煙所(回想)

三上が仲間とタバコを吸いながら会話。

三上「確かに舞台ってつまんない時けっこうあるよなー。それをどう面白く見せるかも、俺達役者の力だと思うんだ。それでもつまんなかったらそれはもうしょうがない。自分でも分かってた事だし、力不足でもあったって事。やり続けて、それまでの『つまんない』を帳消しに近づけていくのが、友達を客として呼び続ける使命だと思うんだよな」

仲間「けど、途中で来なくなったら帳消しに出来ないじゃん」

三上「まあな。でもそれが素直な反応だから、受け入れる。芝居を観てもらいたいっていうさ、自分の正直な欲求を満たそうとしてるんだったら、相手の正直な反応も受け入れないといけないんだよ。だからつまんなかった時も、来てくれた事に精一杯感謝するしかない。もうそれだけだ」



〇街中(回想明け)

仲間と歩いてる三上を遠くから見つめる笠原。
笠原が向き直って歩き出す。
三上が後ろを向いて笠原を見る。

三上「……ありがとな」

三上が再び仲間と歩き出す。



〇オープンカフェ

笠原がコーヒーを飲んでいる。
少し離れた席に美香が彼氏と座り、朗らかに会話しながらドリンクを飲む。

彼氏「元カレともここ来た事あんの?」

美香「来たいねーって言って来なかった」

彼氏「そうなんだ。マッチングアプリで会った女とはどうなったのかね」

美香「知らないな」

彼氏「まあどうせそんな奴の事だから、上手くいってないだろうね」

美香「そんな奴にさせたのは私でもあるから、仕方ないかも」

彼氏「え?」

美香「だって、他人は自分を映す鏡だっていうでしょ? 私は彼の話をずっと聞こうとしなかった。だから、それまでの分がまとめて返ってきたの。彼はその先、もうずっと私の話を聞くのをやめたんだよ」

彼氏「ふーん。それで話聞いてくれる別の女探したわけか」

美香「まあね。だから、私はちゃんと君の話も聞かないと」

彼氏「え、義務?」

美香「ううん。聞いてみたい」

美香が笠原を見る。

美香「知りたいの。君が何を考えてるか」

笠原「ありがとう」

笠原が席を立って去る。



〇公園

ベンチに座った諸岡がスマホで通話。

諸岡「俺はさ、仕事仲間も、一種の家族みたいなもんだと思ってたんだよ。だから前に俺のやり方を否定された時はものすごく腹が立ってな。でも分かってた。寂しさを埋めてただけだったって。本当の事を言われて許せなかったんだ。俺は、寂しいって事をずっと抱えて隠してたから、余計にムカついたんだと思う」

少し離れた所に笠原が来て、諸岡を見る。
諸岡は空を見ながら話し続ける。

諸岡「今ではな、正直に寂しいから話したいって気持ちもさらしてる。それが鬱陶しいと思われても、心配する母親をウザがる息子みたいなもんだと思って、笑って受け入れてるよ。じゃあ、また後でな」

諸岡がスマホをしまって歩き出す。
諸岡の背中を見つめる笠原。
諸岡が背中を向けたまま片腕を上げて手を振る。
笠原が微笑む。

まどかの声「お待たせ!」

笠原が振り返ると、私服のまどかがいる。

笠原「可愛いね」

まどか「本当?」

笠原が優しくうなづく。

(終)

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