ハーデンベルギアの咲く春に ドラマ

20年前に起きた「乳児衰弱死事件」で生き残った双子の弟・琥珀は、大人になり、何のために生きているか解らず非生産的な生活をしていた。ある日、同じく機械的に生かされ、退屈な日々を脱したいと思っている令嬢の瑠璃と出会い、2人の運命は大きく変わる。そんな2人がこの現代社会で生きる意味を見出し、生き別れた母と再開しようとするハーデンベルギアに纏わる春めく物語。
Joe 16 0 0 07/15
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第一稿

【登場人物】
須藤 琥珀(20)………20年前に起きた乳児衰弱死事件で生き残った双子の弟の方。事件後、遠縁の血族さえいなかった琥珀は須藤志雄の手で育てられる。のちに児童養護施設に ...続きを読む
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【登場人物】
須藤 琥珀(20)………20年前に起きた乳児衰弱死事件で生き残った双子の弟の方。事件後、遠縁の血族さえいなかった琥珀は須藤志雄の手で育てられる。のちに児童養護施設に預けられるが、そこで虐待される日々。大人になって現在は土木の仕事をして、何のために生きているのか解らず、非生産的な生活をしている。

五百蔵 瑠璃(20)………令嬢。育ちがよく、親が敷いたレールの上で生きてきた。抑圧されることに不信感がある。

須藤 志雄(46)………警察官。乳児衰弱死事件の時は境遇の似た琥珀を放っておけず、自分が面倒を見ると決意。ノンキャリアからキャリアへ大出世し、海外勤務することに。日本に戻ってきたのち、琥珀に連絡を取ろうとすると児童養護施設は無くなっていて、琥珀は行方知らず。仕事をする傍ら、琥珀の行方を追う。

市原 (21)………琥珀の同僚。数年前に弟が鬱病で自殺した過去を持つ。お節介。

花村 碧(40)………琥珀の実の母。夫は早くに癌で亡くし、シングルマザーで琥珀と琥珀の双子の兄を育てていたが金が無くなり、琥珀たちを衰弱させてしまう。両親は亡くなり、夫の親はシングルマザーで既に認知症。遠縁もおらず、一人だった。出所したのちに琥珀に会おうとするが、琥珀の行方知らず。いつか琥珀と会えるのを夢見る。

橘 (56)………琥珀が働く現場のオーナー。

山崎 (38)………琥珀の働く現場監督。

幸田 (46)………志雄の同期の警察官。

鈴原 美桜(17)………琥珀と瑠璃の営む花屋の従業員になる女子高生。


M→モノローグ

────────────────────────────────────
【本編】

1.○工事現場・昼
  忙しく工事現場を行き交う土方たち。
  須藤琥珀(20)が台車を押している。
  琥珀、汗を拭う。
琥珀M「この世界には」

2.○電車・夕・同日
  スマホを眺める人々。
  窓から見える夕日を眺める琥珀。
琥珀M「幸せになってはいけない人間がいる、と何かの本で読んだ気がする」

3.○琥珀の部屋・夜・同日
  散らかっている電気の点いていない部屋に紫苑の花は綺麗に飾られている。
  琥珀、布団を被り、スマホでドラマを観ながら、安酒を呷る。
琥珀M「でも、それが本当だとしたら」
  電子レンジで冷凍パスタをチンする琥珀。
  電子レンジ、途中で止まり故障する。直
  そうとするが直らず、舌打ちする琥珀。
琥珀M「どうやら俺はその類の人間らしい」
ドラマの女優「人が恋をした時、それは“人”として生まれた瞬間なんだよ」
琥珀「(怒り口調で)…何だそれ」
  琥珀、溜息を吐き、クッションを蹴る。

4.○工事現場・昼・翌日
  琥珀、ガードレールに腰を掛けて缶珈琲を飲み、花壇の花を見入る。
琥珀M「確かに、俺は生まれた時から死んでいるのかもしれない」
橘(声)「サボっちゃダメだよー」
  琥珀、驚いて、立ち上がる。
  オーナーの橘(56)、琥珀に近付く。
琥珀「いや、すんません。サボってはないっ」
橘「須藤くん、花が好きなのかい」
琥珀「えっ、あ、……まぁ」
橘「ならこれ。僕行けなくなったから是非」
  橘は何かのチケットを琥珀に渡し、去る。
  琥珀、唖然して控えめに頭を搔く。
山崎「いつまでも休憩してないで働けよー」
  琥珀、上司の山崎(38)を一瞥し、溜息を吐き、無言で立ち上がって仕事に戻る。

5.○コンビニ・夜・同日
  琥珀、弁当を買う。
琥珀M「誰に求められる訳でもなく」

6.○琥珀の部屋・夜・同日
  琥珀、弁当をレンジで温めようとする。
琥珀「あ……」
  溜息を吐く琥珀、冷めた弁当を食べる。
琥珀M「非生産的な日々を繰り返している」
  琥珀、貰ったチケットを眺める。【レパナス「美花選」展】と書かれている。

7.○パチンコ屋・朝・翌日
  淡々とスロットを打つ琥珀。
琥珀M「何のために生まれ」

8.○繁華街・大通り沿い・昼・同日
琥珀M「何のために生きてるのか分からない」
  家電量販店から出てくる琥珀。
琥珀「…電子レンジ、高すぎだろ」
  顰めっ面をする琥珀、頭を控えめに掻く。
  キャリーバッグを引いて走っている神崎瑠璃(20)が琥珀にぶつかる。
  琥珀の持っていた荷物が散る。
瑠璃「痛ぁ。ごめんなさい。急いでて。あっ」
  瑠璃、ファイルに入ったチケットを拾う。
瑠璃「レパナスだ! 好きなんですか?」
琥珀「あ、いや…。これは」
瑠璃「私も好きなんだ! レパナス」
  瑠璃は琥珀に顔を近寄せる。
瑠璃「一緒に行ってくれる友達が風邪引いちゃって…。でも一人で行くのはなんか気が引けて…」
  瑠璃、琥珀の手を握る。
瑠璃「そうだあなた! 一緒に行かない?」
  琥珀、唖然としている。
琥珀M「でも、あのドラマの女優が言った言葉で例えるならば」
瑠璃「私、瑠璃って言います。五百蔵瑠璃。あなたの名前は?」
琥珀「…琥珀。須藤琥珀…、だ」
瑠璃「琥珀くん…。ん〜、言いにくいから(微笑んで)“コハくん”だね」
  琥珀はその笑顔に一瞬、見惚れる。
琥珀M「俺は今、たった今、生まれたような気がした」

9.○題『ハーデンベルギアの咲く春に』

10.○繁華街・大通り沿い・昼・同日
  琥珀、散った荷物を拾い始める。
琥珀「…急すぎるし、どこの誰かも分からない奴と行くなんて」
瑠璃「きっと楽しいよ。ね? 一緒に行こ?」
  瑠璃、琥珀の散った荷物を一緒に拾う。
琥珀「しかも俺、これ全然興味ないし」
瑠璃「(微笑んで)でも他の物は皺くちゃなのにこのチケットだけ綺麗だよ?」
琥珀「それは……」
瑠璃「どうせこの後予定無いんでしょ?」
  瑠璃、散った荷物を拾い集め立ち上がる。
琥珀「勝手に決めつけんな」
瑠璃「あ、私あのクレープ食べたい。行こ?」
  瑠璃は琥珀の手を引き、歩き出す。
琥珀「あっ、…ったく」
  控えめに頭を掻く琥珀。

11.○空港・ロータリー・昼・同日
  須藤志雄(46)がボストンバックを片手に持ち、歩いている。
志雄「…こんなに寒かったか」
  志雄、古びた手紙を出し、立ち止まる。
  手紙を仕舞い、再び歩き出す。

12.○繁華街・カフェ・昼・同日
瑠璃「ここも来てみたかったんだ」
  瑠璃、いそいそとクレープを食べる。
  琥珀、溜息を吐き、珈琲を飲む。
  瑠璃、珈琲を飲む。渋い顔をする。
琥珀「苦いんだったら砂糖入れたらどうだ」
瑠璃「コハくん知らないの? 大人になるにはこういう我慢も必要なの」
琥珀「初耳だ」
  琥珀も珈琲を飲む。
瑠璃「コハくんは普段何をしてる人なの?」
瑠璃「土方だ」
瑠璃「どかた?」
琥珀「工事現場とかで働いてる人のこと」
瑠璃「へぇ。もう働いてるんだ。偉いね」
琥珀「別に偉かないよ」
  クレープを食べ終わる瑠璃。
瑠璃「私はね。華の女子大生だよ」
琥珀「そうか」
瑠璃「興味なさそうだね」
  瑠璃、拗ねるように顔を背ける。
  琥珀、控えめに頭を掻く。
琥珀「ったく。じゃあ…、どこの学生なんだ」
  瑠璃、顔を琥珀に向ける。
瑠璃「んー。(微笑んで)秘密」
  琥珀、困り顔で瑠璃を見る。

13.○警察署前・昼・同日
  志雄、タクシーから降りる。
  入り口にいた現場帰りの幸田(46)が志雄に気付く。
幸田「須藤じゃないか! 帰って来てたのか」
志雄「幸田か。お前太ったな」
幸田「お前は相変わらずだな。んなことよりも、海外勤務はどうだった?」
志雄「んー。まぁまぁだったな」
幸田「そういや、お前が預かってたガキは?」
志雄「さあな。音沙汰無しだ」
  志雄、控えめに頭を掻く。
志雄「だから、探しに行く」

14.○美術館・夕。同日
  瑠璃色のハーデンベルギアの絵を見つめている瑠璃。
  瑠璃を横目で見る琥珀。
瑠璃「私ね。この花、好きなんだ」
  琥珀、慌てて瑠璃から視線を逸らす。
琥珀「へ、へぇ」
瑠璃「…コハくん。この花、知ってる?」
琥珀「…いや」
  瑠璃、琥珀を見て寂しげに微笑む。
瑠璃「これは、ハーデンベルギアって言う花なんだ。普通はね、ピンクとか紫色なんだけど、偶に瑠璃色のものが咲くの。凄く珍しいんだけど、ママが一回だけ買ってきてくれたの。…凄く綺麗だった。ママはもう死んじゃったんだけどね。…もう一度だけ瑠璃色のハーデンベルギアを見たくて、だからここに」
  瑠璃、涙を流し、慌てて手で拭い、俯く。
  琥珀、一瞬息を飲み込み、
瑠璃「あれ、ごめんね。変だよね私。会ったばかりの人誘ってこんなとこまで来て」
琥珀「…変じゃないさ。全然」
瑠璃「……。(微笑んで)ありがと」
琥珀「(照れるように)あっちも見に行くか」
瑠璃「うん……!」
  琥珀の後についていく瑠璃。

15.○繁華街・美術館通り・夜・同日
  美術館から出てくる琥珀と瑠璃。
瑠璃「は〜っ。すごく良かった!」
琥珀「あー。せっかくの休日が…」
  琥珀、立ち止まり、控えめに頭を掻く。
  瑠璃、立ち止まり、振り返る。
瑠璃「コハくん、今日は本当にありがとね」
琥珀「まぁ、喜んでくれたのなら何より」
  琥珀は先に歩き出す。
  瑠璃、後を追うように小走りになる。
瑠璃「コハくん」
琥珀「……なんだ?」
瑠璃「また、会おうよ」
  瑠璃、LINEのQRコードを出す。
琥珀「あぁ。(微笑んで)いいよ」
  琥珀、瑠璃のLINEを追加する。
志雄(声)「琥珀か?」
  琥珀、声のする方に振り返る。
琥珀「え……。志雄……さん?」
  志雄、琥珀の元へ歩く。
志雄「やっぱりお前か。……全く、どんだけ探したことか。連絡くらい返せ」
琥珀「(食い気味に)今更何しに来たんだよ」
志雄「…何だと?」
琥珀「こっちはな…、あんたのせいでどれだけ酷い目に遭ったことか!」
  琥珀は瑠璃の手を引き、歩き出す。
琥珀「瑠璃、行こう」
瑠璃「えっ。ちょっとコハくん」
  志雄から遠ざかっていく琥珀と瑠璃。
  志雄、立ち止まり、控えめに頭を掻く。

16.○駅前・大通り・夜・同日
  琥珀、人混みを物ともせず進む。
瑠璃「ちょっと、コハくん。痛い」
  琥珀、反応せず。
瑠璃「コハくん痛いよ。手離して!」
  瑠璃、無理やり琥珀の手を振り払う。
瑠璃「急にどうしたの?」
琥珀「何でもない。…急にごめん」
  琥珀、控えめに頭を掻く。
瑠璃「何かあるんでしょ。あの人と。ねぇ」
琥珀「何でもないって言ってんだろ!」
  瑠璃、琥珀の大声に驚く。
  琥珀、我に返るように顔を上げる。
琥珀「ごめん。…何でもないから」
瑠璃「ううん。私もごめん」
琥珀「…今日はもう帰ろうか。送るよ」
瑠璃「……。いや、大丈夫だよ。じゃあね」
  瑠璃、そそくさと去る。
  琥珀、控えめに頭を掻き、歩き始める。

17.○駅・改札・夜・同日
  琥珀、改札機にICカードを翳すと残高不足表示になる。
  琥珀、軽く溜め息を吐き、振り返る。
  琥珀の後ろに瑠璃がいる。
琥珀「なっ。お前何でここに」
瑠璃「あ、あれ〜。コハくんもここの駅だったんだ。偶然だね」
琥珀「偶然…、か」
瑠璃「そ、そうだよ」
  琥珀、ポケットに手を入れて歩く。
  瑠璃、少し距離を置いて歩く。

18.○住宅街・夜・同日
  歩いている琥珀の後ろを瑠璃が歩く。
  琥珀、振り返る。
琥珀「…偶然なんだな?」
瑠璃「えへへ〜。(苦笑い)…偶然だよ」
  琥珀、前を向き再び歩き始める。

19.○桜田ハイツ前・夜・同日
  歩いている琥珀、立ち止まる。
琥珀「完全について来てんだろ。出てこい」
  瑠璃、電信柱の陰から現れる。
瑠璃「えへへ〜。やっぱりバレたか」
琥珀「バレバレだ」
  琥珀、控えめに頭を掻く。
琥珀「何でついて来た」
瑠璃「コハくん家行きたいな、って…ダメ?」
琥珀「ダメに決まってんだろ。訳解んないこと言ってないで帰れ」
瑠璃「そこを何とか。(手を合わせ)お願い」
  瑠璃、お腹が鳴る。
琥珀「(頭を掻いて)…飯なら食わせてやる」
瑠璃「ほんと?!」
琥珀「ついて来い」
  琥珀、先を歩く。
瑠璃「あっ、コハくん待って」
  瑠璃、琥珀の後を小走りで付いていく。

20.○スーパー・夜・同日
  琥珀、買い物カゴを持ち買い物をする。
瑠璃「何作ってくれるの?」
琥珀「琥珀オリジナル特製パスタだ。めちゃくちゃ美味いと俺の中で評判」
瑠璃「ふ〜ん」
  瑠璃、買い物カゴにお菓子を入れる。
琥珀「お前な」
  瑠璃、手を止める。
瑠璃「えへへ。バレたか」
琥珀「バレバレだ。返してこい」
瑠璃「…はーい」
  トボトボ返しに歩く瑠璃。
  それを見ている琥珀、控えめに頭を掻く。
琥珀「…ったく。一個だけだぞ」
  瑠璃、振り返り喜ぶ。琥珀、微笑む。
  瑠璃のスマホ、着信音が鳴り、画面を確認する瑠璃。電話は父親から。
  顰めっ面でスマホをポケットに戻す瑠璃。
琥珀「どうした?」
瑠璃「(作り笑い)何でもないよ」
  瑠璃、お菓子を持ち琥珀の元に駆け寄る。

21.○五百蔵宅・書斎・夜
  電話をかける五百蔵諒(43)。
  瑠璃に繋がらず、溜息を吐く。

22.○桜田ハイツ・琥珀の部屋・夜
  琥珀、台所に立ち、料理をしている。
瑠璃「コハくん、電子レンジ借りていい?」
琥珀「あぁ、そこにある。って何に使うんだ」
瑠璃「このお菓子を温めて食べるのが最近女子の間で流行ってるの。知らない?」
琥珀「知らん」
瑠璃「コハくん流行遅れだね」
  瑠璃、電子レンジのスイッチを押す。
瑠璃「あれ? 動かないよこれ」
琥珀「あっ。…そうだった。まぁ、ほら」
  琥珀、テーブルにパスタを置く。
瑠璃「うわ〜っ! めっちゃ美味しそう! 戴きます!」
  瑠璃、テーブルに戻り、食べ始める。
瑠璃「やばっ! 美味しすぎ! コハくんこんなに料理出来たんだね」
琥珀「まぁな。誰かと飯食うのが久し振りで少し張り切った。飯食ったら帰れよ」
瑠璃「…泊まっちゃダメ、…だよね?」
琥珀「家帰りたくないのか」
  瑠璃、黙り込み、口を開く。
瑠璃「やっぱダメだよね。ごめん。帰るね」
  瑠璃、涙目になる。琥珀、溜め息を吐く。
琥珀「…今日だけだぞ。だから泣くな」
  瑠璃、手で涙を拭う。
瑠璃「寝てる間に変なことしないでね」
琥珀「…(呆れた感じで)帰るか?」
瑠璃「ごめんごめん。(微笑んで)コハくんはそんな人じゃないって信じてるよ」
琥珀「…ったく」
 ×    ×    ×(時間経過)
  ベッドで寝ている瑠璃。
  床に寝袋で横になり瑠璃の寝顔を見る琥珀、溜め息を吐き、体を背け寝る。

23.○桜田ハイツ・琥珀の部屋・朝・翌日
  起きる琥珀、欠伸をする。
  琥珀、周りを見渡すが瑠璃はいない。
  机の上にはメモ書きとラップされた朝食。
  琥珀、メモを手に取る。
メモ【コハくん、昨日はありがとね。今日学校早いから先行くね。台所勝手に借りたよ。朝ごはん作ったから食べてね】
  琥珀、ラップを外し、朝食を食べ始める。
琥珀「(顰めっ面で)……不味い」

26.○A女子大・朝・同日
ほのか「瑠璃、昨日はごめん!」
  瑠璃、振り返る。
  小野田ほのか(20)が手を合わせて謝る。
瑠璃「そんな。謝らなくていいよ。それよりほのか、体調大丈夫?」
ほのか「すっかり良くなったよ」
瑠璃「そっか。なら良かった」
ほのか「結局昨日行ったの?」
瑠璃「あー。行ったよ」
  瑠璃、照れるように目線を逸らす。
ほのか「行ったんだ。あんなに一人は嫌だって言ってたのに。(煽るように)…誰かと一緒に行ったとか?」
瑠璃「んー。(微笑んで)秘密」

27.○喫茶店・昼・同日
  テーブルの上に食べ終わったパスタの皿。
  珈琲を飲み、新聞を読む志雄。
諒(声)「志雄さん……、ですか?」
  志雄、後ろを振り返る。
  諒が珈琲とサンドイッチを持っている。
諒「やっぱり志雄さんだ。こっちに帰って来ていたんですね!」
志雄「諒…、か。久しいな」
  諒、志雄のテーブルに座る。
諒「志雄さんまだここ通ってたんですね」
志雄「そういうお前こそ」
  志雄、新聞を畳む。
諒「志雄さんがあっち行ってもう十三年になりますか。早いですね」
  サンドイッチを食べ始める諒。
志雄「そうだな。…お前の活躍も聞いてたぞ」
諒「本当ですか? 嬉しいなぁ」
志雄「お前がまさか一流企業の社長にまでなるとは。頑張ったんだな」
諒「いやそんな。…照れるなぁ」
  珈琲を飲む諒、少し渋い顔をする。
志雄「ブラック飲むようになったんだな」
諒「娘がブラックを飲み始めて……。パパはまだ飲めないんだ、ってバカにされて」
志雄「(鼻で笑い)単純だな。娘は元気か?」
諒「(俯きながら)まぁ…」
志雄「なんだ。なんかあったのか?」
諒「実は瑠璃と喧嘩して……、昨日家に帰って来なかったんです」
志雄「どんな喧嘩繰り広げたんだ」
諒「瑠璃の大切なものを壊してしまって…。でも僕は悪くないですよね。瑠璃が言うことを聞かなくて仕方なく…。けど流石に連絡も無しで居なくなるのは心配で…」
  志雄、溜め息を吐く。
志雄「…娘の捜索に協力してやろうか」
諒「本当ですか? 有難うございます!」
  諒、スマホを出し、瑠璃の写真を見せる。
諒「これ、最近の娘の写真です」
志雄「この子は確か……」
諒「心当たりありますか?」
志雄「…思ったより早く見つかりそうだぞ」

28.○公演・昼・同日
  ベンチに座り、煙草を吸う市原(21)と缶珈琲を飲む琥珀。
市原「あー、彼女欲しいなー」
琥珀「急に何言ってんだか」
市原「男なら女の一人や二人は欲しいだろ。もしや琥珀、お前彼女いんのか?」
琥珀「いる訳ねぇだろ。第一、俺は幸せになっちゃいけない人間なんだ」
  市原、琥珀を見る。
市原「んな奴いる訳ねぇだろ。まぁでも、どの道お前に彼女はいる訳ねぇよな」
琥珀「うっせぇ。お前も同じようなもんだろ」
市原「テメェよりはモテるわ」
琥珀「どの口が言ってんだか」
市原「んだとー?!」
  睦まじく戯れ合う琥珀と市原。
瑠璃(声)「コハくん」
  琥珀、声のする方を振り返る。
瑠璃「やほ。やっぱりコハくんだ」
琥珀「瑠璃?! なんでこんなとこに」
瑠璃「学校帰りにコハくんっぽい人いるな〜って思って声かけたらコハくんだった」
  瑠璃、含羞む。
琥珀「だからって来んなよ…」
  琥珀、控えめに頭を掻く。
瑠璃「まだ仕事だよね。終わったら連絡して。喫茶店で勉強しながら待ってるから」
  瑠璃、小走りで去る。
琥珀「あっ待て。…ったく」
市原「琥珀お前ぇ…。彼女いたんか」
  市原が後ろから声をかける。
琥珀「(溜め息を吐き)…彼女じゃねえよ」
市原「なーんだ。あんな可愛い子が彼女だったら羨ましさで殴ってるところだった」
琥珀「(愛想笑い)市原…お前無茶苦茶だな」
市原「…なんかお前、今日生き生きしてんな」
琥珀「(口角を上げ)…そうか? ここがお気に入りの場所だからかな」
市原「下手な嘘つくもんじゃねぇぞ」
  琥珀、笑う。二人で煙草を吸う。

29.○喫茶店前・昼・同日
  喫茶店から出てくる志雄と諒。
諒「娘のこと何か解ったら連絡お願いします」
  諒、頭を下げる。
志雄「畏まらなくて良い。きっと無事だ」
諒「だと良いんですが…」
  志雄と諒、歩き出す。
  志雄たちの反対の方から瑠璃が来る。
  瑠璃、喫茶店の中に入る。

30.○工事現場・夕・同日
琥珀「お先っす」
  琥珀、そそくさと帰る。
山崎「須藤の奴…、ご機嫌だったな」
市原「恋、ってやつっすよ」
  市原、煙草を吸い、煙を吐く。

31.○喫茶店・夕・同日
  席に座って寝ている瑠璃。
  琥珀、瑠璃に軽くデコピンをする。
瑠璃「いたっ。あ、コハくん。仕事お疲れ様」
琥珀「勉強してねぇじゃん」
瑠璃「もう充分したから良いの。さぁ帰ろ?」
琥珀「今日もウチ来んのか」
瑠璃「…ダメ?」
琥珀「今日は帰れ。年頃の娘が知らん男の家に通ってるようじゃダメだろ」
瑠璃「コハくんはもう知らん男じゃないよ」
琥珀「そういう屁理屈いいから。…何で家帰りたくねぇんだ」
瑠璃「…パパと喧嘩したから」
琥珀「そんだけか?」
瑠璃「そんだけ…、って私にとっては」
琥珀「(食い気味に)仲直りすりゃいいだけだろ。そんなんで家出してたのか」
瑠璃「(食い気味に)うるさい!」
  琥珀、唖然する。
琥珀「何も……、何も知らないくせに!」
  瑠璃、涙目で勢いよく立ち去る。
琥珀「あ、ちょっと待て」
  急いで会計をし、瑠璃を追いかける琥珀。

32.○駅前通り・夜・同日
  瑠璃に追いつき、瑠璃の肩を掴む琥珀。
琥珀「瑠璃! 待てって!」
瑠璃「離して。もういいよ!」
  瑠璃、無理やり離そうとする。
琥珀「悪かった。ごめん。お前の気も知らないで勝手なこと言って」
瑠璃「……。(呟くように)パスタ」
琥珀「え?」
瑠璃「コハくんのパスタで許してあげる」
  琥珀、微笑み、控えめに頭を掻く。
琥珀「お安い御用だ」
  琥珀と瑠璃、微笑み合う。

33.○桜田ハイツ・琥珀の部屋・夜
  テーブルの上には食べ終わった皿。
  ベッドで横になっている瑠璃。
  琥珀、タブレットでドラマを観ている。
瑠璃「私ね。ママが死んでからずっと死んだような生活してたんだ」
琥珀「…死んだような生活、って?」
瑠璃「今までパパは仕事人間でね、ママが死んだ時も仕事してた人なんだけど。死んでからは人が変わったように私を大事にして、大事にする余りに束縛しちゃって。パパの人形みたいになってた。だから、死んだような生活だった」
琥珀「なるほどな…。俺も似たようなもんだ」
瑠璃「コハくんも?」
琥珀「俺もさ、生まれた時から親が居なくて。学校で虐められたり、施設で虐待されたり。ずっと死んだように生きてた」
瑠璃「本当だ。似たもん同士だね」
  笑い合う琥珀と瑠璃。
琥珀「何で親父さんと喧嘩したんだ」
瑠璃「パパと言い合いになって、ママから貰った花瓶を壊されたの。でもね…、もうパパのことを許してるんだ。凄く謝ってきたし。花瓶ももう直したしね。でも仲直りする機会が解んなくて家帰り辛くて。コハくんといると楽しいし」
  沈黙する琥珀と瑠璃。
琥珀「いていいぞ。こんなとこで良ければ」
瑠璃「ほんと? コハくんありがとっ」
  瑠璃、琥珀に飛び込むように抱きつく。
琥珀「(照れるように)ばかっ。離れろ」
瑠璃「えへへ〜。照れてる。あっ、今度私の花瓶持って来るね」
琥珀「ったく。…でも何で俺にこんなこと話すんだ。まだ会って二日だぞ」
  部屋に咲く紫苑を見る瑠璃。
瑠璃「知らないの? コハくん。花を大事にする人に悪い人はいないんだよ」
琥珀「(溜め息を吐き)初耳だ」
ドラマの女優「花を大事にする人に悪い人はいないのよ」
  驚く琥珀、タブレットを見て瑠璃を見る。
瑠璃「(微笑んで)ほらね」

34.○工事現場・昼・数日後
  働いている琥珀。
琥珀M「それから瑠璃は」

35.○繁華街・昼・数日後
  琥珀と瑠璃、楽しそうに歩いている。
琥珀M「俺と一緒にいるようになり」

36.○桜田ハイツ・琥珀の部屋・夜
琥珀M「俺の家に居座るようになった」
  瑠璃の花瓶に紫苑の花が挿してある
  タブレットでバラエティ番組を見る瑠璃。
  琥珀、トイレに行く。
  タブレットにメールが来て、開く瑠璃。
画面【From:須藤志雄 お前に話したいことがある。連絡を返すように。住所が分かり次第、お前の家に行く】
  瑠璃、不思議がるように読むが、途中で琥珀がトイレから戻って来る。
琥珀「ん。どうしたんだ?」
瑠璃「(隠すように)何でもないよ」
 × × ×(時間経過)
琥珀M「互いに依存し合い」
  下着姿の瑠璃、琥珀の上半身を脱がす。
  傷だらけの琥珀の体に驚く瑠璃。
  瑠璃、琥珀の頭を撫で、二人抱き合う。
琥珀M「時が過ぎていった」
 × × ×(時間経過)
  ベッドで横になる琥珀と瑠璃。
瑠璃「コハくんの将来の夢って何?」
琥珀「特に無いな。瑠璃はあんのか」
瑠璃「あるっちゃあるけど」
琥珀「お、いいね。教えてくれよ」
瑠璃「笑わないでよ。私ね…。お花屋さんになりたいんだ」
  沈黙する琥珀。
瑠璃「やっぱり、変な夢でしょどうせ」
琥珀「いや。変じゃない。素敵だ」
瑠璃「そう? じゃあコハくん。春になったらさ。お花見行こうよ。辺り一面の桜と、沢山のお花畑とかさ」
琥珀「いいな。それ」
瑠璃「ね。いいでしょ。絶対行こ。約束だよ」
琥珀「あぁ約束だ」
  指切りをする琥珀と瑠璃。
琥珀「(微笑んで)…俺も夢ひとつ出来たわ」
瑠璃「え、なになに?」
琥珀「(微笑んで)秘密だ」

38.○同・夜・翌日
  琥珀、料理を作っている。
  瑠璃、タブレットでドラマを観ている。
瑠璃「コハくん、そろそろテレビ買おうよ。小さいのでも良いからさ」
琥珀「タブレットで充分だろ」
瑠璃「タブレットじゃ二人で一緒に見れないじゃん。コハくんと一緒に見たいの」
琥珀「(照れて)解った。今度買いに行くか」
瑠璃「本当?! やった!」
琥珀「(微笑んで)小さいのだからな」
瑠璃「(微笑んで)約束だよ」
  インターホンが鳴る。
  琥珀、料理を中断し、玄関に行く。
琥珀「はいはい。どなたですか、っと」
  琥珀、扉を開くと志雄が立っている。
琥珀「なっ。志雄さん」
志雄「入るぞ」
  志雄、ずかずかと琥珀の部屋に入る。
琥珀「何でここが。ってか何しに来たんだ」
志雄「そちらのお嬢さんに用がある」
瑠璃「何の用ですか?」
志雄「家に帰れ。親父さんが心配してる」
瑠璃「いきなり何ですか? 今はまだ別に」
志雄「なら力付くで連れて帰るまでだ」
  志雄、瑠璃の腕を掴む。
瑠璃「ちょっと。やめて、離してください!」
琥珀「志雄さん何してんだ!」
志雄「琥珀。ちょっと黙れ」
  瑠璃の腕を離す。
志雄「君の親父さん、物凄く心配してた。これからは瑠璃の意見を尊重する、だとさ。夢ってのも聞く、と言っていた」
瑠璃「(ハッとし)…それ、本当?」
志雄「嘘言ってどうする」
  瑠璃、荷物をまとめ始める。
琥珀「瑠璃、……帰んのか?」
瑠璃「(強がるように微笑んで)ちょっとだけ」
志雄「お前も付いて来い。琥珀」
琥珀「俺も?」

39.○五百蔵宅玄関前・夜・同日
  タクシーに乗っている琥珀たち。
  支払いをする志雄。
琥珀「何で俺まで。料理途中だったのに」
瑠璃「まぁまぁ。料理は今度食べさせて」
  タクシーから降りる琥珀たち。
琥珀「これが……お前ん家か?」
  豪邸のような家が建っている。
瑠璃「そうだよ」
  玄関の扉が開く。
諒「瑠璃、帰ってくれたんだな。本当に申し訳なかった。パパを許してくれ」
  諒、頭を下げる。
瑠璃「私もごめんね。全然帰らなくて。だから頭上げて」
瑠璃、諒の元に行く。
瑠璃「コハくん、またね」
  瑠璃、手を振る。
琥珀「あぁ。じゃあな」
諒「志雄さん、ありがとうございました」
  諒、深々と志雄にお辞儀をし、琥珀を一瞥し、瑠璃と共に家に入る。
志雄「帰るぞ」
琥珀「…あぁ」

40.○タクシー内・夜・同日
  琥珀、肘をついて景色を眺める。
志雄「どうした。寂しいのか?」
琥珀「別に。…ただ、志雄さんはいつも俺から幸せを奪っていくなー、って」
志雄「…あの子は辞めとけ」
琥珀「は?」
志雄「あの子とお前じゃ、身分が違いすぎる」
琥珀「今のご時世に身分って」
志雄「あるんだよ。特にお前は。忘れたか?お前の母親は20年前に起きた乳児衰弱死事件で捕まり、その他、薬物使用と殺人までやった大罪人だ。そしてお前も児童養護施設をめちゃくちゃにして過去に補導歴がある。だから、あの子といるとあの子まで被害を被っちまう。…あの子はもう諦めるんだ」
  琥珀、窓の向こうを見て、
琥珀「(呟くように)んだよそれ」

41.○五百蔵宅・同日
諒「だからあの男はもう諦めるんだ」
瑠璃「でもコハくんは悪い人じゃ」
諒「(食い気味に)ダメだ。何が何でも」
瑠璃「…帰ってくるんじゃなかった」
  瑠璃、家を飛び出す。

42.○桜田ハイツ前・夜・同日
  俯いて歩く琥珀。
志雄「覚悟はあんのか? あの子の幸せを踏み滲ってまで一緒にいる覚悟は」
  黙り込む琥珀。
琥珀「やっぱ俺は幸せになっちゃダメなのか」
志雄「そうは言ってない。ただお前は、幸せになるには他の奴よりも覚悟が必要だ」
  琥珀、控えめに頭を掻き、天を望む。

43.○五百蔵宅前・夜・同日
  涙を流す瑠璃、琥珀に電話を掛ける。
瑠璃「コハくんと会えないなんて嫌だよ」

44.○桜田ハイツ前・夜・同日
  琥珀の着信音が鳴り響く。
志雄「出ないのか?」
  琥珀、顔を下ろし、電話を取る。

45.○五百蔵宅前・夜・同日
瑠璃「あっ今からコハくん家行くね。だから」
琥珀(声)「(食い気味に)ダメだ」
  立ち止まる瑠璃。
瑠璃「…え? 何で?」
琥珀(声)「お前とはもう会えない」
瑠璃「何でコハくんまでそんなこと言うの」
  瑠璃、涙が頬を伝う。
瑠璃「料理途中でしょ? あれ食べなきゃ」
琥珀(声)「ごめん」
瑠璃「小さいテレビ買って二人で観ようねって話してたんじゃん」
琥珀(声)「ごめん」
瑠璃「まだまだコハくんとしたいこと沢山あったのに。…これで終わりなの?」
琥珀(声)「…ごめん」
瑠璃「春になったらって約束も、もうダメ?」
琥珀(声)「……、(声を震わせ)ごめん」
瑠璃「コハくんのバカァ! あぁぁぁ」
  瑠璃、喚き泣く。

46.○桜田ハイツ前・夜・同日
琥珀「(声を震わせ)幸せに……、なれよ」
  琥珀、電話を切る。
  静かに見守る志雄の横顔。
  琥珀、大粒の涙が溢れる。

47.○パチンコ店・昼・数日後
  煙草を吸い、スロットを打つ琥珀。

48.○桜田ハイツ・琥珀の部屋・夜・同日
  電気の点いていない部屋。
  毛布に包まり、安酒を呷る琥珀。
  スマホ、瑠璃からの連絡が溜まっている。
  琥珀、スマホを投げる。

49.○A女子大・昼・数日後
  瑠璃、琥珀のLINEを開き、俯き、暫くして顔を上げ、留学のパンフレットを見る。
ほのか「瑠璃、どしたの最近。元気ないけど」
瑠璃「…ううん。何でもない」
  瑠璃、パンフレットを仕舞う。
ほのか「(煽り口調)もしかして失恋とか?」
  瑠璃、悲しい表情をして立ち去る。
ほのか「…マジ?」

50.○工事現場・昼・同日
  忙しく働く土方たち。
山崎「おい。今日も須藤は来ていないのか」
土方A「来てないみたいっすね」
山崎「何をしているんだあいつは! 全く」
  市原、手を止め、汗を拭く。
市原「(呟くように)琥珀、何してんだよ」

51.○A女子大・昼・同日
  歩く瑠璃、それを追い駆けるほのか。
ほのか「瑠璃、ごめん変なこと聞いて」
  瑠璃、立ち止まる。
瑠璃「(呟くように)……パスタ」
ほのか「え?」
瑠璃「パスタ食べたい。行こ?」
ほのか「(微笑んで)…うん!」

52.○公園・昼・同日
  ベンチで呆ける琥珀、髭が伸びている。
  市原、琥珀の肩を叩く。
市原「やっぱここか。何やってんだお前」
琥珀「…なんか全部どうでも良くなってきた」
市原「何言ってんだか」
琥珀「…俺は幸せになっちゃいけないんだ」
市原「だからそんな奴いる訳ねぇだろ」
琥珀「(立ち上がり大きな声で)いんだよ!」
  市原、驚く。市原も立ち上がる。
市原「…そこまで言うなら、決着つけようぜ」
琥珀「は?」
市原「俺が負けたら、幸せになっちゃいけねぇ奴がいるって意見を尊重しよう。お前にも一生関わんない。でも俺が勝ったら、幸せになっちゃいけない奴がいるなんて二度と言うな。そんな奴いねぇんだからよ。あと、お前を幸せにするために一生纏わりついてやる」
琥珀「何だよそれ。大体何で勝負すんだ」
  市原、指を指す。
市原「あの木のとこまで競争だ。よーい」
琥珀「え」
  市原、駆け始める。
市原「どんっ!」
琥珀「おいっ、ちょ待てっ」
  琥珀、追いかける。
  二人、駆ける。市原、笑む。

53.○喫茶店・昼・同日
  パスタをがっつく瑠璃。
ほのか「もっとゆっくり食べなよ」
  瑠璃、涙を流す。
ほのか「ちょっ、瑠璃大丈夫?」
瑠璃「……美味しい」
  ほのか、困った顔で瑠璃を見つめる。
瑠璃「(顔を上げる)私決めた」
ほのか「何を?」
瑠璃「海外留学に行く」
ほのか「えっ? どういうこと?」
瑠璃「パパが勝手に申し込んでたらしくて、行く気なかったから辞めようと思ってたけど、やっぱ行くことにした」
ほのか「なんでそんな急に」
瑠璃「だって出発、今日の夜なんだもん」
ほのか「…まじ?」
  瑠璃、悲しげに笑む。

54.○公園・昼・同日
  木の下で大の字になっている琥珀と市原。
琥珀「(息を切らし)お前早すぎだよ」
市原「(笑って)元陸上部エースだ」
琥珀「(笑って)それ早く言えよ」
  琥珀、息を吸う。
琥珀「良いんかな。俺が幸せになっても」
市原「何回言わせんだ。良いっつってんだろ」
  琥珀、笑む。市原、体を起こす。
市原「早く行ってやれよ。瑠璃ちゃんのとこ」
  琥珀も体を起こす。
琥珀「…だな」
橘(声)「良いね〜。熱いもの見せて貰った」
  車を停め、フェンス越しで二人を見る橘。
市原「橘さん?! やべ仕事戻らんと」
橘「話は聞かせて貰ったから良いよ。琥珀くん、行く場所があるんだね。連れてくよ」
琥珀「…! 有難うございます!」
橘「市原くんは仕事に戻ってね」
市原「へへ〜。…ですよね」
  市原、拳を琥珀へ差し向ける。
市原「琥珀、頑張ってこいよ」
  琥珀、微笑んで拳をぶつけ合う。

55.○五百蔵宅前・夜・同日
  車から降りてインターホンを鳴らす琥珀。
諒「瑠璃はもうここにはいないよ」
  諒、琥珀の後ろに立つ。
琥珀「どういうことですか?」
諒「あの子は海外に留学する」
琥珀「え?」
諒「今頃空港に着く頃だろう」
琥珀「どこの空港ですか」
諒「今更行っても遅い。娘は海外に留学して私の会社に就職し、何一つ不自由ない生活を送らせる。亡き妻も喜ぶだろう」
琥珀「ふざけんな!」
  諒、驚く。
琥珀「父親のあんたが瑠璃を分かってあげないでどうする! 瑠璃はただ、家族で仲良く過ごしたかっただけなんだ!」
諒「犯罪者の息子が何言ってる」
琥珀「んなの関係ねぇだろ! あんた、あいつの本当にやりたいこと知ってるか? 花屋さんだよ。ガキみたいな夢だろ。でも俺は笑わなかった」
諒「だから何なんだ」
琥珀「(食い気味に)いい加減にしろよ」
  琥珀、瑠璃の花瓶を渡す。
諒「なっ。…これは。私が壊した花瓶?」
琥珀「瑠璃はもう、あんたを許してんだ! 少しはあいつの話も聞いてやれよ!」
  諒、涙が溢れる。
諒「あの子は、私を許してくれたのか…! 私は、私はなんて勝手なことを…。君が、瑠璃の心を開けてくれたのか。…有難う」
琥珀「…後どれくらいで飛ぶんだ」
諒「…だいたい2時間後だ」
琥珀「全然時間無ぇじゃん」
  橘、車のエンジンを蒸し、窓を開ける。
橘「話は聞いたよ。乗るかい?」
琥珀「橘さん…! マッハで頼みます!」

56.○道路・夜・同日
  渋滞している道。立ち往生してる車たち。
橘「あちゃー、なんか渋滞してるね」
琥珀「どんくらいで抜けられますか」
橘「んー。あと30分って言ったところかな。ここからなら走った方が早いかも」
琥珀「…マジすか。…んなら走ります! ここまであざっす!」
橘「頑張ってね。汝に幸あれ」
  琥珀、車から飛び出し、駆け始める。
  
57.○花屋の前・夜・同日
  駆ける琥珀、信号で止まっている。
  琥珀、足に違和感を感じ、足下を見ると靴が壊れている。
琥珀「マジかよ」
  琥珀、靴を脱ぎ、靴下になる。
碧「あなた、靴どうしたの?」
  花屋の花村碧(40)が声を掛ける。
琥珀「あ、お構いなく。先を急いでるんで」
碧「ちょっとお待ち」
  碧、店の奥から靴を取ってくる。
碧「これあげる。今日は息子の誕生日で買ったんだけど、今年も渡せそうにないから」
琥珀「そんな。息子さんに渡して下さい」
碧「いいの。使ってちょうだい」
琥珀「えっ…、じゃあ、……お言葉に甘えて」
  琥珀、靴を履く。奥にある花を見つける。
琥珀「すみません。あれって」
碧「あれは…、ハーデンベルギアね。瑠璃色は珍しいのよ。花言葉は、運命的な出逢い・過去の愛・奇跡的な再会」
  琥珀、目を見開く。
琥珀「それ、買ってもいいですか」
碧「もちろん」
  碧、ハーデンベルギアを包み、渡す。
碧「(微笑んで)良い再会を」

58.○空港・夜・同日
  チェックインの列から外れて待つ瑠璃。。

59.○道路・夜・同日
  貰った靴で走る琥珀。
琥珀「これ走る用の靴じゃねぇな」
  後ろからバイクのエンジン音が鳴り、振り返る琥珀。
市原「琥珀、後ろ乗れ」
琥珀「市原、どうしてここに」
市原「お前が困ってんじゃないかって思って飛んできたんよ。全力で幸せにするって言ったろ」
琥珀「…ったく」
  琥珀、ヘルメットを被りバイクに乗る。
市原「後どんくらいで飛ぶんだ」
琥珀「1時間半切った」
市原「間に合うか微妙だな」
琥珀「…何でここまでしてくれんだ」
市原「…お前みてぇな奴見てっとよ。お節介になっちまうんだよ。弟がそうだったんだ。鬱になって自殺しちまったんだけどな。だから助けたくなっちまう」
琥珀「なるほどな。…あんがとな」
市原「…おうよ! しっかり捕まってろよ。ちょっと飛ばすかんよ」
琥珀「(微笑んで)任せた」
  市原、バイクを飛ばして往く。

60.○空港・ロータリー・夜・同日
  市原、ギリギリまでバイクで突っ込む。
琥珀「市原! あんがとな!」
市原「頑張れよ」
  拳をぶつけ合う二人。琥珀、駆ける。

61.○空港・夜・同日
  空港内を駆ける。
  チェックインをしようとしてる瑠璃。
琥珀(声)「瑠璃」
  瑠璃、立ち止まり、振り返る。
瑠璃「コハくん? 何でここに」
琥珀「お前に言えてなかったことが二つある」
瑠璃「え…?」
琥珀「まず一つ目は、連絡返してやれなくてごめん。二つ目は、約束破ろうとしてごめん」
瑠璃「…いいよもう。そんなこと言うためにここまで来たの?」
琥珀「…いや。もう一個あった」
  琥珀、瑠璃色のハーデンベルギアを出す。
琥珀「俺と花屋をやろう。これが俺の夢だ」
  瑠璃、一瞬息を呑み、俯き、口角を上げる。
瑠璃「(泣き笑み)…バカ」
  瑠璃、花を受け取り、琥珀に抱きつく。
瑠璃「でもごめん。留学には行くね」
琥珀「結局行くのか」
  瑠璃、チェックインする。
瑠璃「言うて一ヶ月だけだから待っててよ」
  瑠璃、微笑む。
  琥珀、控えめに頭を掻く。
琥珀「(微笑んで)何だよ。行ってこい」
  瑠璃、手を振り、行く。瑠璃、振り返る。
瑠璃「あ、お土産は何がいい?」
琥珀「あー、そうだな。じゃあ……」
  手で顎を触り悩む琥珀、ハッとする。
琥珀「(微笑んで)電子レンジで」
  琥珀と瑠璃、見つめ合い、微笑み合う。

 × × ×(年数経過)

62.○須藤宅(花屋)・昼・6年後
  花屋を営む瑠璃と琥珀。
  橘が花を買いに来る。
琥珀「橘さん。お久し振りです」
橘「まぁ繁盛してるみたいだね。良かった」
琥珀「橘さんが目をかけてくれたおかげです」
瑠璃「本当に有難うございます」
橘「畏まらないでくれ。照れるじゃないか」
琥珀「これからも何卒宜しくお願いします」
橘「あぁ。赤ん坊はいつ生まれるんだい」
  橘、瑠璃のお腹を気にかける。
瑠璃「そろそろです。桜が咲く頃になったら」
橘「無事産まれると良いね。あ、そう。これ」
  橘、青い和蘭撫子を買い、瑠璃に渡す。
橘「汝に幸あれ、だよ」
 × × ×(時間経過)
  志雄が店に来る。
琥珀「あ、志雄さん。久し振り」
志雄「瑠璃さん、ちょっと琥珀借りるぞ」
瑠璃「(微笑んで)ちゃんと返して下さいね」
  志雄と琥珀、歩く。手紙を取り出す志雄。
志雄「実はお前の母親と手紙をかれこれ20年以上続けていてな。母親は8年前に出所している。会う気はないか?」
琥珀「今更会って何になるんだよ」
志雄「いいじゃないか。親に会うのに理由なんて要らないんだよ」
琥珀「俺は今幸せなんだ。それが壊れるようなことはしたくない」
志雄「そうか。…会わないんだな」
琥珀「あぁ。すまんな」
志雄「いや、こっちこそ邪魔してすまん」
  志雄、去っていく。

63.○喫茶店・昼・同日
  志雄と碧が座っている。
志雄「やはり会うのは厳しそうです。本人に固い意志があり……」
碧「…そうですよね。何度も有難うございます。会おうとするのこれっきりにします」
志雄「…力になれず本当に申し訳ない」
碧「いえ、いいんです。(立ち上がり)もう一人の息子が眠っている所に行きます」

64.○須藤宅(花屋)・昼・同日
瑠璃「お母さんに会ってあげないの?」
琥珀「何でお前までそんな心配すんだ」
瑠璃「だって…、子供に会いたくない親なんていないよ。私もこの子に早く会いた
いし。それに会おうと思っても私はもう会えないし。会える時に会った方が」
琥珀「俺は今満足してる。この生活を壊したくないんだ。解ってくれるか?」
瑠璃「…うん」
  碧が客として来る。
瑠璃「何かお探しですか?」
碧「仏花はありますか?」
琥珀「あ、仏花ならあちらに」
  見つめ合う琥珀と碧、琥珀の靴を見る。
碧「あら。お久し振りね」
琥珀「あっ…! あなたは!」
 
65.○近所の公園・昼・同日
  ベンチに座っている碧と琥珀。
碧「じゃあ、さっきの奥さんがあの時の…」
琥珀「はい」
碧「本当に良かったわね。それで悩みって?」
琥珀「今度赤ん坊が生まれるんですけど、俺親いなくて、親ってのが解んなくて…」
碧「…私も息子はいるけれど、全然会ってくれなくて、親ってのが未だに解らないの」
琥珀「…そうなんですか。なんかすみません」
  琥珀、咳払いする。
琥珀「実は俺、親いるっちゃいるんですけど、今更会ってもって感じがして」
碧「…会ってあげたら良いわよ。私みたいに会いたくても会えない人も居るんだから」
琥珀「やっぱそういうもんなんですかね」
碧「それに親になったら自然と解るものよ。子への愛が。私ね、まだ赤ん坊だった息子に約束したの、覚えてないと思うけど」
琥珀「どんな約束なんですか?」
碧「大きくなったら、私の好きな花で髪飾りを作って付けてくれって約束」
琥珀「良いですね、それ。…何かと有難うございます。またうちの店来て下さい」
碧「(微笑んで)えぇ」

66.○須藤宅(花屋)・昼・同日
  鈴原美桜(17)が花を買いに来る。
  美桜と瑠璃が談笑している。
  琥珀が帰って来る。
瑠璃「あ、コハくんおかえり」
琥珀「あぁ。ただいま」
美桜「先輩に告白する勇気出た! お姉さんありがとね!」
  美桜、ピンクのマーガレットを買い去る。
瑠璃「卒業する先輩に渡すんだって。可愛いよね」
琥珀「昔のお前にそっくりだな。あの子」
瑠璃「そう? どこにでも居るような子だよ。それよりもどうしたの? それ」
  琥珀の手にはハーデンベルギアの髪飾り。
琥珀「買ったんだ。…母さんに渡そうかなって」

67.○喫茶店・昼・同日
  志雄、新聞を読み、珈琲を飲んでいる。
  琥珀から電話が掛かって来る。
志雄「どうした?」
琥珀(声)「志雄さん。気が変わった。母親に会ってもいい」
志雄「急にどうしたんだ」
琥珀(声)「俺も親になる前に親に会っとこうと思ってな」
志雄「(鼻で笑う)そうか」
琥珀(声)「なんだよ」
志雄「いや、お前も変わったな」

68.○須藤宅・昼・数日後
  碧が花を買いに来る。
瑠璃「あ、こんにちは。仏花ですか?」
碧「今日は違うの。小町藤はあるかしら?」
瑠璃「ハーデンベルギアですね。こちらです」
  ハーデンベルギアが綺麗に咲く。
碧「ここのはとても綺麗。大事にしてるのね」
瑠璃「はい。思い入れのある花ですから」
碧「今日、何年も会っていない息子に会うの」
瑠璃「それは良いですね。良い再会を」
 × × ×(時間経過)
  琥珀、志雄と共に店を出る。
琥珀「俺今日ちょっと用事あるから店頼む」
瑠璃「(煽るように)不倫か?」
琥珀「するかよ。てか志雄さんもいんだろ」
瑠璃「志雄さん何か怪しい行動してたら私に教えてくださいねー」
志雄「あぁ、解ったよ。(琥珀に)……カミさんには言ってないのか」
琥珀「…全部終わったら話します」

69.○喫茶店・昼・同日
  琥珀と志雄、席に座って待つ。
  腕時計をチラチラ見る琥珀。
志雄「…来ないな。流石に遅すぎる」
琥珀「…俺と会うのが嫌だったんだ。帰るよ」
  立ち去る琥珀。志雄、頭を控えめに掻く。

70.○須藤宅・昼・同日
  琥珀、帰って来る。
瑠璃「おかえりー。丁度良かった」
琥珀「何が?」
市原「琥珀、久し振り〜」
琥珀「市原?! なんでお前がいんだよ」
市原「普通に客として来てんだよ。ったく」
瑠璃「今晩、彼女にプロポーズするんだって」
琥珀「へぇ」
市原「もっと応援しろよ。…そういえば、ここに来る時、すぐそこで大きい事故があったらしいけど大丈夫なんかな」
  美桜が現れる。
美桜「ここって、バイト募集してますか?」
琥珀「絶賛募集中だよ! 丁度嫁が妊娠してて人手足りないとこだったんだ」
  琥珀に志雄から電話が来る。
  琥珀、電話に出る。
志雄(声)「お前の母親、事故にあって病院に搬送されたんだ」
琥珀「えっ。…嘘だろ?」
志雄(声)「とりあえず今すぐ病院に来い」
  琥珀、急いで支度をする。
琥珀「瑠璃、用事が出来た。あと任せたぞ」
瑠璃「え。そんな、どこに行くの?」
琥珀「母親が事故って、近くの病院に運ばれたらしいんだ」
瑠璃「お母さんと会ってたの?」
琥珀「…ちょっと話すと長くなるから後で!」
  琥珀、急いで駆けつける。
市原「何なんだあいつ。すぐ行っちゃって」
瑠璃「もう…。(美桜に向かって)あなた、名前なんて言ったっけ」
美桜「美桜です。鈴原美桜」
瑠璃「私は瑠璃。宜しくね。じゃあ美桜ちゃんにお仕事の説明しようかな」
  瑠璃、立ち上がる。
瑠璃「っ痛。あ、ちょっとヤバいかも」
美桜「どうしたんですか?」
市原「瑠璃ちゃん、大丈夫か?」
瑠璃「う、産まれそう」
市原・美桜「……、え〜っ!」

71.○大通り・昼・同日
  大通りまで駆ける琥珀、手を上げる。
  止まらず、走り抜けるタクシー。
琥珀「何でこういう時に止まらねぇんだよ」
  手を下ろす琥珀。すると車が一台、琥珀の目の前で止まる。
橘「琥珀くん、どうしたの?」
琥珀「橘さん……!」

72.○病院・ロータリー・昼・同日
  華麗に停止する橘の車。
琥珀「ありがと橘さん!」
橘「汝に幸あれ、だよ。琥珀くん」
  琥珀、急いで出て行き、病室に向かう。

73.○病院・手術室前・昼・同日
  駆けつける琥珀。
  病室の前には志雄が座っている。
琥珀「志雄さん。どんな状況だ」
志雄「見て解るだろ。手術中だ」
琥珀「それほど重症なのか」
志雄「覚悟しておいたほうがいいと言われた」
琥珀「こっちは色々覚悟してんだ。今更覚悟の一つや二つくらいどうってことない」
 × × ×(時間経過)
  手術中のランプが消え、医者が出て来る。
琥珀「先生。無事なのか?」
医者「何とか命の別状はないです。もう少しで目覚めるでしょう」
琥珀、ほっと溜息をついた瞬間、市原から電話がかかる。
琥珀「市原か。何だ? 今忙しいから切るぞ」
市原(声)「ばかっ。瑠璃ちゃんが産まれそうなんだよ」
琥珀「は? 何言ってんだお前は。瑠璃が生まれるんじゃなくて赤ちゃんが生まれ
るんだ……ろ。って、え? マジ?」
市原「マジだよ大マジ。今、美桜ちゃんって子が必死に色々やってっけど、救急車
で病院向かうから、お前も今すぐ来い」
  琥珀、電話を切る。
志雄「おめでたいな」
琥珀「うおっ。って志雄さん聞いてたんすか」
志雄「こっちは何とかしとくから、とりあえずお前はカミさんとこ行ってやれ」
琥珀「志雄さん、ありがとう」
  琥珀、駆けて行く。

74.○分娩室前・昼・同日
  琥珀、駆けつける。
  市原と美桜が見守る。
市原「来たか。瑠璃ちゃんとこ行ってやれ」
琥珀「…おう」
  琥珀と市原、拳でコツンと叩き合う。

75.○病室・夕・同日
  窓から夕陽が差し込む
  碧、目を覚まし、起き上がる。
志雄「…お久し振りです」
  お辞儀をする志雄。碧も志雄を見て会釈をする。
志雄「…あなたには色々言いたいことが溜ってるんですが、生きていて何より。体は大丈夫ですか?」
碧「…えぇ。何とか」
志雄「…息子さん、来てますよ」
碧「…そう、ですか」
志雄「あなたの息子さん、親になりましたよ」
碧「え…?」

76.○病院・分娩室・昼・同日(琥珀回想)
  琥珀、瑠璃を励ます。市原と美桜も祈る。
  瑠璃、奮闘し、無事赤ん坊を産む。
  喜ぶ市原と美桜。
  瑠璃、赤ん坊を抱く。
  琥珀、赤ん坊を手に取る。
  琥珀と瑠璃、微笑み合う。

77.○病室・夕・同日
  琥珀、駆けて病室の前に着く。
  ノックをして入ろうとするが、止まる。
志雄「…息子さん、いや琥珀はね、色々あったんですよ。赤ん坊の頃から親がいなくて、見知らぬ俺に引き取られて、愛情を知らずに育って、児童施設では虐待され、学校では虐められ、大人になってからは非生産的な日常を送って。けど嫁さんと出会ってから人が変わったように笑顔とか増えて、それが今、親になる。俺のせいで、あいつは苦しんだ人生を送りましたが、これからは沢山幸せになってほしい。俺が言うのもなんですが、琥珀は自慢の息子です」
  志雄、涙を隠すように顔を俯かせる。
  扉越しに聞く琥珀、堪えるが溢れ出る涙。
  碧、涙を流し、頷く。
碧「えぇ」
  扉越しに音がする。志雄、覗きに行く。
  立ち止まっている琥珀、涙を隠す。
志雄「どうしたんだ」
琥珀「…今までさ、色んな事があった。まぁ、悪い事が大半だけど、良いこともあった。その全ての原因が、今から会う人なのか、って思うとちょっとね」
  志雄、背中をバンと強く叩く。
志雄「親になった事、本当の親に告げてこい」
  琥珀、含羞む。
琥珀「ありがとな。…あんた、最高の親父だ」
  琥珀、部屋に入る。
志雄「(涙を隠し)…馬鹿野郎」
  琥珀、ベッドに近付き、碧の顔を見る。
琥珀「えっ…、あ、あなたは…」
碧「…琥珀、(微笑んで)…おめでとう」
  琥珀、唖然する。
碧「…どうしたの?」
琥珀「…最初に何を言おうかずっと悩んでたんだ。あなたを恨んだこともあった。けど、想うときもあった。…だからどんな感情になるのか、何て言うか解らなかったけど、今解ったよ」
  琥珀、碧に近付き、髪飾りを碧に付ける。
琥珀「おかえり。母さん」
  琥珀と碧、微笑み見つめ合って涙を流す。
  鉢には、瑠璃色のハーデンベルギアが優美に咲き誇り、夕陽に照らされている。
琥珀(声)「俺、父親になったよ」 

〈了〉

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