「結婚式でちょっと歌うだけだから」(200字詰116枚)
<登場人物一覧>
半崎究太(30)元バンドマンのイラストレーター
船山みく(23)手芸店店員
椎名(30)究太の友人、エディトリアルデザイナー
明日香(28)ネイリストでモデル
杉浦(38)ベンチャー企業社長
緒方(42)楽器店店長
影山(30)究太の元バンド仲間
伊野塚(23)みくの同僚
須崎(24)究太の同僚
○スケッチブック
ロックンロールの荒々しいビートに乗っ
てペン先が走る。
描いているのは半崎究太(30)、音楽
は彼がつけているイヤホンから流れてい
るものである。
(以下、回想シーンは音楽に乗って展開す
る。セリフはなし)
○ライブハウス(回想)
ステージの究太、ギターをかき鳴らしな
がら歌う。
息の合った演奏をするシュミルソンのメ
ンバーたち。キーボードの新庄、ベース
の砂原、ドラムの影山。
盛り上がるオールスタンディングの客席。
その中央辺りにいる明日香、じっとステ
ージの究太を見つめている。
汗だくの究太、ステージから明日香に笑
いかける。
○落ちていく携帯、スローモーション(回想)
掴もうとして手を伸ばす究太と明日香。
場所はどこか地方の橋の上。写真を撮ろ
うとして落としたのである。
川に落ちる携帯。
× × ×
究太と明日香、川に入って携帯を探す。
携帯は見つからず、顔を見合わせる二人。
ふいに明日香が水を蹴り上げる。
究太、やり返す。
水遊びをしてはしゃぐ二人。
○ネイルサロン(回想)
ギターケースを担いだ究太、来る。
究太、明日香に鍵を見せる。二人で住む
新しい部屋の合い鍵である。
明日香、笑顔になって受け取るが、その
表情はどこかぎこちない。
○マンション・一室(回想)
がらんとした室内。
ギターケースを担いだまま電話をかけて
いる究太。通じずにもう一度かけ直す。
究太「……(やはり通じない)」
○ライブハウス(回想)
究太、スポットライトの中で熱唱する。
その悲壮なエモーション。
(以上、回想おわり)
○究太の耳から
イヤホンが引っこ抜かれる。
究太が顔をあげると、同僚の須崎(24)
が立っている。
須崎「半崎さん、休憩終わってるんで」
そこはデパートの社員食堂、究太はデパ
ートの館内配送員なのである。
究太「悪い、今行く」
須崎、イラストをちらりと見て、行く。
究太、笑われたような気がして自分のイ
ラストを改めて見る。
毒っ気とコミカルさが入り混じったポッ
プな画調だが、決してうまくはない。
○同・バックヤード
究太、台車を押してスイングドアからフ
ロアに出る。
○同・三階フロア
買い物客でにぎわう休日。
究太、台車を押して手芸店のテナントに
来る。
みく「きゅーちゃん」
親しげに声をかけてくるのは船山みく
(23)である。
究太、荷物をおろす。二メートルほどの
布ロールが二本。
究太「きゅーちゃんはやめろ」
みく「いいでしょ。究太だからきゅーちゃん。
きゅうりの漬物みたいだね(と自分で笑う)」
みく、荷物を渡されてよろける。体勢を
立て直すと、伝票にサインを求められる。
みく「(サインしながら)ね、今度ご飯行か
ない?」
究太「そのうちな」
究太、台車を押して行く。
みくの同僚の井野塚(23)、みくにす
すっと寄ってくる。
井野塚「どうだった」
みく、「んふー」と笑う。
井野塚「マジ? オッケー?」
みく「んー、断らなかった」
井野塚「? なに、ダメってこと?」
みく、一人でにやにやしてる。
井野塚「(疑わし気)ホントにあいつとキス
したの?」
みく「まあね」
みく、思い出して照れ笑いする。
井野塚「この間の飲みのときでしょ。酔って
ただけじゃないの」
みく「それでもキスはキス」
井野塚「あんた処女?」
みく「(ムッとして)違うわ」
井野塚「あんなののどこがいいわけ? なん
かうだつが上がらないっていうか、おっさ
ん臭出てるし」
みく「分からんか」
井野塚「全然」
みく「才能あるしね」
井野塚「何の?」
みく「絵の」
井野塚、「へー」と究太を遠目に見やる。
究太、コーナーで荷物を引っかけて四苦
八苦している。
○カラオケボックス
究太、狭いステージに立って歌う。曲は
『ポリスストーリー/香港国際警察』の
主題歌「英雄故事」。
究太、完璧に近い広東語である。バンド
マン時代からの持ちネタ。
杉浦(38)と椎名(30)、歓声をあ
げて盛り上がる。
× × ×
究太、杉浦、椎名の三人、カラオケを一
休みして飲んでいる。
杉浦「三人で飲むのも半年ぶりだな」
杉浦、グラスを持って乾杯を誘う。
究太と椎名、応じる。
椎名「杉浦さんの会社、景気いいみたいです
ね」
杉浦「なんか知らないけど急に忙しくなっち
ゃってさ。おかげで二人にもいい仕事を振
れるってことだな」
椎名「助かります」
杉浦「ほんと言うと、もう少し遊ぶ時間がほ
しいんだけどな」
椎名「ですよね。よし究太、もう一発行け!」
究太、不満顔で椎名を横目に見る。
× × ×
究太、再び「英雄故事」を歌う。
○歓楽街近くの大通り(深夜)
究太、杉浦に肩を貸している。
椎名、タクシーを止める。
椎名「来たぞ」
究太、杉浦をタクシーに乗せる。
杉浦「究太、頼んだからな」
究太「え?」
杉浦「(椎名に)また飲むぞ」
椎名「はい。おつかれさまでした」
タクシーのドア、閉まる。
椎名と究太、見送る。
椎名「また明日話すわ。うち、来るだろ。電
車終わってるし」
○椎名のマンション(住居兼事務所)
究太、床で目覚める。
近くの丸椅子に掴まると、座面に積んで
あった資料がくずれる。
究太「うおっ」
椎名、すでに起きてパソコンで仕事をし
ている。
椎名「あぁあぁ。そのままでいいから」
究太「わりぃ」
椎名「朝飯、適当にやって」
× × ×
究太、ジャムを塗ったトーストをかじり
ながら、室内の植物に水をやる。
椎名、資料のつまった厚手のファイルを
テーブルに置く。
椎名「杉浦さん、今度結婚するんだと」
究太「昨日直接言ってくれればいいのに」
椎名「で、帰り際に言ってたことだけど。披
露宴の余興で歌ってくれって」
究太「は?」
椎名「お前に」
究太「……。おれは音楽はやめたんだ」
椎名「一応言ったんだけどな」
究太「やらないぞ」
椎名、ファイルを指す。
椎名「今回の案件、大学や専門学校なんかの
入学案内の制作だ。来年の春以降に使うや
つだけど三件ある。イラストも4、50点
描いてもらうことになる」
究太「そんなに?」
椎名「はっきり言うが、お前の実力以上の仕
事だ」
究太「はっきり言うな」
椎名「言うぞ。はっきり言うって言ったから
な。ギャラもいい」
究太「どれくらい」
椎名「バイトしなくても済むくらい」
究太「……」
椎名「やるなら両方だ」
究太「言っとくけど、昔の持ちネタやらされ
るとたまらない気持ちになるんだぞ」
椎名「分かってる。だが、利用させてくれ」
究太「この野郎」
椎名「お互い様だ。究太、今のお前は何だ?」
究太「?」
椎名「いきなりバンドやめたと思ったら、イ
ラストの仕事をはじめた。もともとCDの
ジャケットやチラシは描いてたが、イラス
トをきちんと勉強したことがあるわけでも
ない。おれからの仕事がなかったら家賃も
払えないだろ」
究太、反論できない。
椎名「イラストレーターとして自立できるよ
うにならないとダメなんじゃないか?」
究太「音楽はやめたんだ」
椎名「だからだろ。いつまでも昔のことを引
きずるな」
究太「……」
○声優養成学校・表
究太、デジタル一眼レフでキャンパスの
風景を写真に撮っている。
みくの声「きゅーちゃん、こっちこっち」
究太、カメラを構えたまま振り向くと、
みくがポーズを取っている。
究太、カメラを外して無視して行く。
みく「(追いかけながら)ちょっとー。私の
写真も撮りたいでしょ?」
○同・中庭
写真を撮る究太の真剣な表情。
みく、後ろに控えて見惚れている。
究太「(視線を気にして)なんだよ」
みく「ちゃんと取材とかするんだと思って」
究太「別に」
みく「なんかプロっぽいよね」
究太「おれなんか三流にもなれないやつだぞ」
みく「えーなんで。そんなことないし」
究太「やっぱ一人で来ればよかった。気が散
るわ」
みく「見ない。見ないから(とそっぽを向く)」
究太、再び写真を撮る。
みく「(見ないまま)わたしがいる方がこう
いうとこ来やすかったんでしょ」
究太「(図星で)うるせえ」
みく、数人の女子学生が浮足立った様子
でどこかへ向かうのに気がつく。
みくと究太「?」
○同・噴水のある一角
ちょっとした人だかりができている。
究太とみく、人だかりの後ろから背伸び
をして覗こうとする。
みく「(よく見えず)なんか撮影?」
究太が見ると、三人の女性モデルを使っ
て、写真撮影が行われている。
究太、何かに気づいてはっとする。
その中の一人、エキゾチックな顔立ちの
モデルは明日香(28)である。
究太「!」
みく、無理やり隙間から覗き込む。
カメラに向かって次々ポーズを決める明
日香とモデルたち。その華やかな世界。
究太、明日香から目が離せない。
明日香、ふいに究太に気づいて一瞬動き
が止まる。
カメラマン「(撮りながら)明日香ー」
明日香、気を取り直してポージング。
みく、「?」と明日香と究太を見比べる。
カメラマン「はい、おつかれ!」
モデルたち、緊張を解く。
傍らで待機していたスタッフたち、モデ
ルのメイクを直したり、次の衣装を準備
したりしはじめる。
明日香、スタッフに撮影道具のカバンな
どを預け、究太の方に歩いてくる。
究太「……(動けない)」
みく「知り合い?」
明日香、究太の前に立つ。
明日香「きゅーちゃん、久しぶり」
究太「あぁ」
みく「きゅー、って」
明日香「元気だった?」
究太「お前、それ」
明日香「成り行きでこんなことやってる。な
んか、おかしいよね」
究太「ネイルの仕事は?」
明日香「そっちもやってる。掛け持ち。きゅ
ーちゃんは? バンド、どう?」
みく、バンドと聞いて究太を見る。
究太「……解散した」
明日香「え?」
究太「(慌てて付け加える)今はソロでやっ
てる」
明日香「そうなんだ」
明日香、ちらりとみくを見る。
明日香「カノジョ?」
究太「? こいつは……」
みく「はい!」
究太「おい……」
明日香「かわいいカノジョだね」
究太「いや……」
みく「ありがとうございます!」
明日香、スタッフに呼ばれる。
明日香「会えてよかった。ずっと心配してた
から」
明日香、やや去りがたそうな様子。
明日香「がんばってね」
究太「あ、あぁ」
究太、明日香の後ろ姿をしばし見送る。
みく、脇に来る。
みく「ちょっと、あの人誰? 元カノ? バ
ンドやってたってホント?」
究太、答えずにくるりと背を向ける。
みく「ねぇ!」
○カフェ・オープンテラス
みく、テーブルにファッション誌を数冊
積んで調べている。
向かいの究太、素知らぬふりでいる。
みく「いた!」
究太、ぴくりと反応する。
みく「(読んで)アスカ、モデルでネイリス
ト。インドネシアの血が入ったクォーター
だって。そんな感じだったよね、美人だし。
ね?」
みく、雑誌を見せつけるようにする。
究太「(顔を背けて)知らねえよ」
みく「こんな美人が元カノだったんだ?」
究太「別に」
みく「あー、否定しない。やっぱりそうなん
だ、絶対そうだ絶対そうだ」
究太、無視。
みく「(雑誌を読んで)ネイリストとして活
動していたところを事務所にスカウトされ
る。エキゾチックな顔立ちと飾らない性格
はアラサー女子から強く支持されている、
だって。本人のコメント。できることをマ
イペースでやっていきたいです。謙虚ぉ」
究太「貸せ」
究太、みくから雑誌を奪い取る。
見開きでみくの写真が何枚も掲載されて
いて、たまらず突っ返す。
みく「(嬉しそうに)なんか次元が違うよね。
やり直すとか、絶対無理だね」
究太、面白くなさそうな顔。
みく、にこにこして究太を見る。
究太「なんだよ」
みく「きゅーちゃん、バンドやってたの?」
究太「……。やってねーよ」
みく「聴かせて。音源とか」
究太「ねぇよ、そんなもん」
みく「聴かせて?」
究太「ないから。ない」
○駅
各駅しか停まらない、都心から離れた駅。
首からカメラをぶら下げた究太、改札か
ら出てくる。
○コンビニ・店内
究太、買い物をしている。
マガジンラックに明日香が載っているフ
ァッション誌があるのを見つける。
究太「……」
× × ×
レジで会計する究太。
店員、淡々と例の雑誌を打ち込む。
○同・表
究太、ビニール袋を下げて出てくる。
そのまま画面左にアウト。
間。
究太、まもなくダッシュで戻ってきて、
買ったばかりの雑誌をゴミ箱に捨てる。
○究太のアパート・究太の部屋
帰宅する究太、荷物をおいてベッドに倒
れ込む。
究太「……(しばし天井を見つめて)」
ふと部屋の隅に目をやると、服や荷物に
埋もれるようにしてギターが見える。
究太、起き上がってギターを取り出す。
ほこりをかぶり、弦も錆びついている。
コードを鳴らすと、べろべろした不協和
音が鳴るのみである。
○シモザワ楽器店・店内
究太、入ってくる。
店長の緒方(42)、ギターを磨いてい
る。
緒方「来たな。完全復活してるぞ」
緒方、奥からギターを取ってくる。
メンテナンスの済んだ究太のギター、ボ
ディのサンバーストのグラデーションが
輝きを取り戻している。
緒方「オベーション・カスタム・レジェンド
1869。お前がこれを買ったときのこと、
よく覚えてるよ」
究太「おれも、緒方さんに売りつけられたと
きのこと覚えます」
緒方「(笑って)四十万だからな。学生には
大金だ。でも一生使えるって言っただろ」
究太、「じゃ」と財布を出す。
緒方「おい、ちょっと弾いてけって。プロの
リペアマンの仕事ぶりを味わえ」
緒方、勝手にギターを準備する。
究太、渋々ギターを受け取る。
椅子に座って適当なフレーズを弾くと、
抜けのいい粒だった音が出る。
究太「!」
緒方「な? 生まれ変わっただろ」
究太、うなずく。
緒方「あとはお前自身のリハビリだな」
究太「別に、結婚式でちょっと歌うだけだし」
緒方「どっちにしろ、これで音楽を捨てたな
んて言えなくなるさ」
究太「……」
緒方「この仕事をやってて一番悲しいことっ
て何だと思う」
究太「ギターが売れないこと?」
緒方「……(否定できず)二番は?」
究太、分からないと首を振る。
緒方「それまで熱心に音楽やってたやつがや
めちまうことだ。仕事柄ごまんと見てるけ
ど、特に若いやつがやめてくのは惜しいも
んだよ」
究太「……」
緒方「だけど、おれも長く勤めて分かったけ
ど、戻ってくるやつもそれなりの割合でい
るんだ。しばらくすると気持ちが変わるん
だな。五年や十年なんて珍しくない」
緒方、究太を見て微笑む。
緒方「三年なんて短いもんだ。またライブや
るときは呼べよ。聴きに行ってやるから」
究太「いや、だから……」
緒方「今日はツケは効かないからな。また来
るかどうか分からないんだし」
○練習スタジオ・一室
究太、アンプの電源を入れてつまみをい
じると、指ならしにコードやスケールを
弾く。ストラップの長さを調整し、腕ま
くりをして息を吐く。
究太、スタジオ内の鏡をちらりと見る。
究太「……(ギターを構えた自分を見て)」
と、ドラムスローンに置いていた携帯の
通知が鳴る。見覚えのないアドレスから
のメール。開いてみると、差出人は明日
香である。
究太「!」
○宙返りするローラーコースター
一番前に乗っている究太と明日香。
究太、歓声をあげる明日香を横目に見る。
○遊園地・売店近くのベンチ
究太と明日香、ソフトクリームを食べて
いる。究太、先ほど乗ったローラーコー
スターを指す。
究太「昔、あれで泣いたよな」
明日香「(笑って)克服した。今日はありが
とう。忙しくなかった?」
究太「今度ライブあるんだけど、その練習く
らい。そっちは?」
明日香「久しぶりにお休み取れたの。なんか
ずっと忙しくて」
究太「そうか」
明日香「わたし、ずっと謝りたくて」
究太「? それで今日?」
明日香「昔のことかもしれないけど、いきな
りいなくなるなんてひどかったよね。今更
だけどごめん」
究太「……あのとき、どうして」
明日香「うん……。あの頃、いつかきゅーち
ゃんに置いていかれるんじゃないかって、
いつもどこかで不安だった」
究太「でも、一緒に暮らそうって」
明日香「うん。でも、きゅーちゃんは音楽が
一番だったから」
究太「……」
明日香「あの頃のわたしは、自分のことを一
番に思ってくれないとダメだった。情けな
いよね」
究太「おれは、明日香の方が大事だった」
明日香「わたしのために音楽やめられた?」
究太「それは……」
明日香「いやなこと言ってごめん。でも昔の
わたしはそういうことを望んでたの」
究太「……」
明日香「今はそんな風に考えたりしないけど、
若かったし、どうしたらいいか分からなく
て。それで結局逃げた」
究太「でも、おれは……」
明日香「きゅーちゃんが音楽がんばってるっ
て聞けてよかった」
究太「いや……」
明日香「なんか、わたしも元気もらえたし」
究太、言い出しかねる。
○デパート・社員食堂
制服姿の究太、空になった食器の前にぼ
んやり座っている。
と、目の前にCDアルバムが一枚差し出
される。『シュミルソン・ザ・サード』
というタイトル、ジャケットは究太自身
のイラストである。
究太「!」
みく「ネットで見つけちゃった。めちゃくち
ゃよかった!」
究太「(知らぬふりで)何だよ、これ」
みく「ジャケットも自分で描いたんだね。ね
ぇ、こんなカッコいいのになんでやめちゃ
ったの? もったいないじゃん」
究太、黙っている。
みく「絵もいいけど、音楽もめちゃくちゃい
いと思う。わたし、こっちのが好きかも。
あー、やっぱり絵もいいかな。両方やれば
いいのに」
究太「関係ないだろ」
究太、トレイを持って返却口に向かう。
みく、ついてきながら一節歌う。究太の
曲である。
究太、みくの頭をひっぱたく。
みく「いたっ!」
究太「歌うなバカ」
みく「この曲が一番好き」
究太「……」
みく「バンドやめたの、こないだの彼女と何
か関係あるんだ?」
究太、ぴくりとなる。
みく「まさかフラれたからとか? でも、も
うあきらめたでしょ。だってモデルとか絶
対無理だし……」
究太「曲が書けなくなった」
みく「え?」
究太「だからやめたんだ」
みく「……」
○究太の部屋
究太、何となくギターを弄んでいる。
携帯の通知が鳴る。見ると、差出人は杉
浦である。
メール文「式場の下見に行ってきたので写真
送ります」
添付データを開くと、豪華そうな披露宴
会場の写真が何枚か表示される。
と、杉浦からもう一通受信。件名は「リ
クエスト曲」。
メール文「この中から三曲選んでやってもら
いたいです。よろしく!」
その下に「チェリー」(スピッツ)や
「恋」(星野源)といった定番曲がいく
つか並んでいる。
と、電話が鳴る。
究太「はい」
○椎名のデザイン事務所
椎名、パソコンに向かいながら電話。
椎名「イラスト、進んでるか? 最初の十ペ
ージくらいまで早めにもらえると助かるん
だけど」
○究太の部屋
究太「おぉ……」
究太、机に広げたままのスケッチブック
に目をやる。落書きがしてあるだけ。
究太「分かってる。やるよ。やる。週明けま
でに送るから」
究太、電話を切ると、ギターを置いてス
ケッチブックに向かう。構図を取り、下
絵を描いていく。
が、すぐにペンが止まる。
究太「……」
究太、何か思いつき、慌てたようにペン
をギターに持ちかえる。
究太「んー、んんんー」
鼻歌らしきものを歌いながら、ギターで
コードを探す。コードを当てはめ、もう
一度メロディを歌う。
究太「んんんん~、ん~ん♪」
今度はギター抜きで同じメロディを歌う。
先を思いつき、歌いながらコードを探す。
究太、ペンを取り、スケッチブックに素
早くコードを書きつける。
究太、ふと手を止めて、自分がしている
ことに気づく。
究太「……」
○ファミレス・店内(夜)
究太、イヤホンをしながらスケッチブッ
クに何か書いている。先ほどの曲の歌詞
である。
○川沿いの道(夜)
究太、歌をつぶやきながら歩く。
向かいから来たカップルが、不審そうに
見て遠巻きにする。
究太、彼らの後姿を見送り、明日香と付
き合っていた頃のことを思い出す。
○別の川沿いの道(回想・夜)
究太と明日香、仲睦まじげに歩く。
○もとの川沿いの道に戻って(夜)
究太、携帯を出し、メールを打つ。宛先
は明日香である。
メール文「少しでいいから会えないか?」
究太、少しためらうが送信する。
○新宿駅西口・地下広場
究太、壁を背にして人待ち顔で立ち、手
に持ったCDRをいじる。
究太がその場から動かないまま、大勢の
人々が早回しで行き交う。
× × ×
夜になり、人通りがいくらか減る。
究太、携帯を開いてメールを打つ。
メール文「新曲の音源送ります」
究太、データを添付しようとして、手を
止める。
究太「……」
究太、書きかけのメールを削除して携帯
を閉じる。
○デパート・三階フロア
究太、荷物を乗せた台車を押す。
みく、店先で商品整理をしている。
究太が通りかかる。
みく「きゅーちゃん」
究太、耳に届いていない様子。
みく「(見送りながら)おーい」
井野塚、すすっと来る。
井野塚「聴いた、シュミルソン・ザ・サード」
みく「いいべ?」
井野塚「ファンになった」
みく「? ダメだよ」
井野塚「? じゃなんで貸す?」
みく「? だよね? だよねぇ?」
○同・配送部門ロッカー
究太、私服に着替えている。脇に、ギタ
ーが立てかけてある。
近くで着替えていた須崎、ギターを見て
何か言いたげな目つき。
究太「趣味です。趣味」
○同・職員通用口
究太、ギターを持って出てくる。
ふと顔をあげると、みくが待っている。
みく「ギターなんか持ってどこ行くんですか?」
○練習スタジオ・一室
究太、身の入ってない感じで弾き語りを
する。
みく、歌が終わると拍手。
みく「絵も音楽も、何でもできちゃうね」
究太「何もモノになってないだけだろ」
みく「でも、何やってもきゅーちゃんはきゅー
ちゃんなんだし。やりたいことやるのが一
番だよ」
みく、ギターのストラップに目をとめる。
合皮の部分がぼろぼろになり、端もほつ
れて糸が飛び出している。
究太「なぁ」
みく「え?」
究太「今度、飯でも行く?」
みく、ぱあっと顔を輝かせる。
みく「だからそう言ってんじゃん」
○下北沢・駅前(夜)
大勢の若者たちが行き交う。
○ファミレス・店内
影山(30)、ドリンクバーでフルーツ
ジュースを入れる。
究太「ここ来たらワインじゃないの?」
影山「健康診断でD判定出ちゃって」
究太、ジンジャエールを入れる。
究太「何の項目?」
影山「よく分かんねぇけど」
究太「分かんねぇって……」
究太と影山、席に戻る。
影山「それでなんだけど、またバンドやらね?」
究太「は?」
影山「どうよ?」
究太「どうよって、いきなりお前……。前置
きくらいしろよ」
影山「そろそろ失恋の痛手も癒えただろ」
究太「別にそれは関係ねぇし」
影山「まぁ色々あるわな。砂原と新庄にも声
かけてさ」
究太「あいつらだって忙しいだろ?」
影山「新庄、二人目が生まれてマンション買
ったって」
究太「へぇ」
影山「砂原はまだ保育士しながら、たまにネ
ットで音源あげてる」
○マンション・一室(インサート)
新庄(31)、上の子にまとわりつかれ
ながら赤ん坊をあやす。
上の子「ねぇ、お菓子食べていーい?」
新庄、赤ん坊の相手に忙しい。
上の子「ねーぇ、お菓子。おかし、おかし、
おかし、おかし!」
新庄「一つだけな」
○幼稚園・園庭(インサート)
砂原(28)、園児たちの面倒を見てる。
ある園児、砂原のポケットに石を入れる。
砂原「先生のポケットに石入れない」
別の園児が口いっぱいに石を食べる。
砂原「石食べちゃダメ!」
○もとのファミレス
影山「前みたいに、みんなでスタジオ入らな
くてもいいと思うんだ」
究太「?」
影山「今時、ネット使えば全員違うとこにい
てもせーのでやれるしな。地球のどこにい
たってできるんだぞ。すげーよな」
究太、聞いている。
影山「バンドっていうか、単に音楽作る仲間
だな。必要なときに連絡したり、音源送り
あったりすればオッケーみたいな」
究太、うーんと考え込む。
影山「どうせやるならシュミルソンがいいだ
ろ?」
究太、イヤホンを取り出して影山に渡す。
影山「?」
影山がイヤホンをつけると、究太が先日
作った新曲のデモが流れる。
影山「……(しばし耳に意識を集中)」
影山、やがて究太を見て、にやり。
影山「いいネタ持ってんじゃん」
○以下、音楽にのせて展開
・バイトをする究太。
・電話で椎名とやり合う究太。
・究太、電話をしながら絵に手を入れる。
気に入らず、結局ぐちゃぐちゃにする。
・弾き語りを練習する究太。
・杉浦からのメール、「挙式から出られる
よな?」とある。究太、一瞬妙に思いつ
つ、すぐに「もちろん大丈夫です!」と
返信。
・社食でスケッチブックに下絵を描く究太。
・アパート外観。次第に夜が明けていく。
○究太の部屋
前のシーンから続いていた音楽が途切れ、
究太、がばっと起きる。
しばし寝ぼけた顔でいるが、やがて「!」
と気がつく。
究太、勢いよく起き上がり、ハンガーに
かけてあったスーツを取る。食べながら
着替える、髭を剃る、ギターケースを掴
む。
○同・表
アパートを飛び出して走り出す究太、は
たと立ち止まる。
究太、携帯を出し、電話をかける。
○ホテル・ニューオータニ・付近の路上
スーツの椎名、電話に出る。
椎名「はい」
以下カットバック。
× × ×
究太「今日どこ行けばいいんだっけ?」
× × ×
椎名「は? お前、何言って……。今どこ?
マジかよ。ホテル・ニューオータニ。招待
状に書いてあるだろ」
× × ×
究太「そんなの来てないぞ」
究太、はっと振り返る。郵便受けがチラ
シ類で溢れ返っている。
× × ×
椎名「もしもし? とにかく、詳しい場所は
おれがメールするから、そのままこっちに
向かえ」
椎名、電話を切り、ぶつくさ言いながら
招待状を取り出してメールを打つ。
○究太のアパートの最寄り駅・付近
究太、ギターを担いで走ってくる。
携帯が鳴り、走りながら出る。
究太「はい。なんだお前か」
○みくの部屋
電話するみく。
みく「お前かはないでしょ。ね、今日、結婚
式ってどこでやるの?」
○駅付近
究太「どこって。ホテル・ニューオータニ。
有名だろうが。知るか。自分で調べろ」
究太、電車が入ってくるのを見て、電話
を切る。
○電車・内
究太、ぎりぎりで駆け込み乗車すると、
荒い息で座り込む。
究太「? なんであいつが……」
○ホテル・ニューオータニ・外観
○同・入口
究太、携帯のメールを確認しながら急ぎ
足で来る。
究太「(つぶやく)ザ・メイン。アーケード
階、チャペル・プリンチパーレ……」
○同・館内
究太、会場を探して走る。アーケード階
のフロア案内を見つけて飛びつく。
究太「プリンチパーレ、プリンチパーレ、プ
リンチパーレ……」
究太、チャペル・プリンチパーレを見つ
け、ダッシュ。
○同・チャペル・プリンチパーレ
モダンな礼拝堂。
究太が滑り込んできて、静粛にしていた
参列者たちが一瞬ざわつく。
椎名、一番後ろの列から手を振る。
究太、椎名の隣に来てギターをおろす。
椎名「(小声でやりとり)ぎりぎりだったな」
究太「あぁ」
式場前方には、すでに杉浦が外国人牧師
といる。杉浦、究太にうなずきかける。
究太、うなずき返す。
椎名「お相手、なんか芸能関係らしいぞ」
究太「へぇ」
見回すと、参列者もそれなりに華やかな
ようである。
牧師「それでは新婦の入場です」
パイプオルガンの生演奏がはじまる。
参列者たち、バージンロードに注目する。
花嫁が現れ、一同ため息をもらす。
椎名「超美人だな」
究太「?」
よく見ると、バージンロードを歩いてい
るのは明日香である。
究太「!」
父親にエスコートされている明日香、ふ
と顔をあげ、究太と目が合う。
明日香「ひあっ!」
究太、釣られてびくっとする。
会場がざわつく。
杉浦も「?」となる。
明日香、参列者に笑顔を取り繕い、究太
には「なんであなたがここに」と表情で
訴えかける。
椎名、究太と明日香を見て「?」となる。
明日香、牧師の前まで進む。
杉浦、笑顔で迎える。
杉浦「大丈夫か?」
明日香、ぎこちなくうなずく。
究太、じっと明日香を見ている。
× × ×
杉浦と明日香、向き合って手を取り合う。
牧師、指輪を杉浦に渡す。
牧師「変わらぬ愛の印として」
杉浦「変わらぬ愛の印として」
牧師「この指輪をあなたに贈ります」
杉浦「この指輪をあなたに贈ります」
杉浦、明日香の指に指輪をはめる。
究太「……」
究太、たまらず席を立つ。
椎名「究太」
○同・ロビー
ギターを手に来る椎名、究太を見つける。
椎名「これ(ギターを渡そうとする)」
究太は受け取りもしない。
椎名「お前、新婦と知り合いなのか?」
究太「……」
椎名「どういう?」
究太「……」
椎名「(察して)マジか……。なんでそんな
ことが当日になって分かるんだよ」
究太「無理だ。できない」
椎名「いやいやいやいや」
究太「お前のリサーチ不足のせいだぞ。知っ
てたら絶対引き受けなかった」
椎名「知りようがないだろ」
そこへ式を終えた杉浦が来る。杉浦は、
ホテルのスタッフと会社の部下らを従え
ている。
杉浦、究太たちの前で立ち止まり、他の
者は行かせる。
杉浦「(究太に)大丈夫か? 遅かったから
何かあったのかと心配したぞ」
椎名「大丈夫です。な?」
究太「あ、あぁ」
椎名「人前で歌うの久しぶりだから緊張して
るんですよ」
杉浦「ジャッキーやってくれてもいいぞ」
椎名「しっかり練習したんで。いけるよな?」
杉浦「まぁ任せるよ。披露宴まで時間あるか
ら、ゆっくりして。おれはちょっと写真撮
ったりしなきゃなんないから」
椎名「はい。いい式でした」
杉浦、「おう」と行く。
間をおかず、今度は明日香が来る。
明日香、ドレスの裾を持ち上げて前のめ
りになるようである。ホテルのスタッフ
と、自分の側の親族を従えている。
明日香、究太たちの前で立ち止まり、他
の者は行かせる。
明日香、見送ってから究太に向き直る。
明日香「聞いた。分かってたら何とかしたん
だけど」
究太、椎名を見る。
椎名「え? あぁ」
椎名、すすっと下がる。
明日香「ごめん、何も知らなくて」
究太「こっちも何も知らなかったから」
明日香「それからこないだも……」
究太「もういいよ。おれ……」
明日香「?」
究太「本当はやめてたんだ、音楽」
明日香「え?」
究太「バンド解散して、この話があるまでギ
ターもずっと触ってなかった」
明日香「もしかして、ライブって?」
究太、うなずく。
明日香「どうして?」
究太、言葉を探す。
究太「お前がいなきゃダメだったんだ。おれ
は、お前のために音楽やってた」
明日香「きゅーちゃん」
究太「結婚なんかするな」
明日香「(困り顔で)もうしちゃったよ」
究太「……。だよな。言ってみただけ」
明日香「きゅーちゃん、お祝い言ってよ」
究太「(思わず笑って)そこまで言わせるか」
明日香、究太を見る。
究太「……あとで歌に代えさせてもらう」
明日香、微笑んでうなずく。
明日香「じゃ、あとでね」
明日香、行く。
脇から椎名がすすっと戻ってくる。
椎名「大丈夫か?」
究太「……」
椎名「どうする? プロならやるぞ」
究太、椎名をじろりと見る。
椎名「いや、ごめん。やらないかも」
究太、ため息をつく。
究太「貸せよ」
と、椎名からギターケースを受け取る。
みくの声「きゅーちゃん!」
みく、走って来る。
究太「? お前、なんで?」
みく「ここ、結婚式場いくつもあって、探し
ちゃった。まだやってない?」
究太「何が?」
みく「ライブ!」
究太「まだだけど……」
みく「よかった。あ、これ」
みく、紙袋を差し出す。
究太「何?」
みく「もう。ほら」
みく、「じゃーん」と言って自分で取り
出す。出てきたのはストラップである。
究太「……なんだそれ?」
みく「何って。ほら、ギター出して。早く」
みく、ギターケースを奪い取り、ギター
を取り出す。
みく「こんなぼろぼろじゃ恥ずかしいでしょ」
究太のギターについているストラップ、
相変わらずぼろぼろである。
椎名「確かに」
みく「あ、きゅーちゃんのカノジョです」
みく、丁寧にお辞儀する。
椎名「え?」
究太「違うわ」
みく「(にっこりして)カノジョです」
椎名「あ、こいつの友人です」
究太「やめろばか」
みく、ストラップを付け替える。
みく「一応、わたしのオリジナルなんで」
椎名「作ったの?」
究太と椎名、ストラップをよく見る。
黒を基調に、アボリジニアートのような
刺繍柄が入った渋いデザイン。縫い合わ
せや調節部など、手作りとは思えないし
っかりした造り。
椎名「すげぇ。才能あるね」
みく「(照れて)そんなことないです。きゅー
ちゃんのためにと思って」
椎名「へー、へー、そうなんだ」
みく「かけてみて」
究太、ストラップを引っかけられる。
みく「長さも調節できるから」
究太、付け心地を確かめる。
みく「どう?」
究太「まぁ……(ぴったりである)」
みく、にっこり笑い、究太の背中をどん
と叩く。
みく「よっしゃ、かましてこい!」
○披露宴会場
天井の高い広い部屋に五、六十人ほどの
出席者がいる。シャンパンも振る舞われ、
和やかな雰囲気である。
司会者「ご紹介させていただきます。新郎、
誠さんのご友人で、お仕事も一緒にされて
いる方です。半崎究太さんです」
究太、ギターを持って袖から入場。
出席者ら、拍手で迎える。
司会者の声「半崎さんはイラストレーターを
されていますが、もともとはミュージシャ
ンでCDを出されたこともあるそうです。
多才な方です」
究太、勘弁しろと言うような顔で聞き流
し、マイクの高さを調節しながら会場に
ちらりと目をやる。
ステージを見つめる出席者や、食べたり
話したりしている出席者たち。後方の席
では、椎名が心配そうな表情でいる。
究太、雛壇を見る。
笑顔でうなずきかけてくる杉浦。その隣
で明日香がぎこちなく笑いかけてくる。
究太「……」
× × ×
みく、会場後ろのドアから顔をのぞかせ
る。雛壇の明日香を見て「?」となる。
× × ×
司会者「それではよろしくお願いいたします」
BGMがフェードアウトし、究太はマイ
クに進み出る。
究太「えー、ご紹介いただきました半崎です。
新郎の杉浦誠さんには、いつも仕事でお世
話になってまして、ときどき飲みに連れて
行ってもらったりもしてます。会社がもう
少し暇になれば、こちらもただ酒を飲む機
会ができて嬉しいんですけど」
会場から笑い声。
究太「それから、新婦の明日香さんとは……」
究太、ふいに黙り込む。
明日香「……(見守って)」
究太を見守る椎名。同じくみく。
究太、ふいにギターを弾きはじめる。サ
イモン&ガーファンクルの「ミセス・ロ
ビンソン」である。
究太、スキャットに入るところでストッ
プする。
会場内、反応に困った空気。
究太「……今のは、縁起の悪い曲でした」
会場からちらほら笑い声が起こる。
究太「『卒業』っていう映画に使われた曲な
んですが、映画のラストシーンで、えー、
まぁいいや。本日は……、歌います」
再び笑い声がちらほら起こる。
杉浦「(明日香に)面白いやつだろ」
明日香、合わせて笑顔を作る。
究太、スピッツの「チェリー」のイント
ロを弾きはじめる。
杉浦、率先して手拍子。他の出席者たち
も手拍子する。
× × ×
司会者「半崎究太さんでした。ありがとうご
ざいました」
会場から拍手。
究太「あの、最後にもう一曲、いいですか?」
司会者、戸惑って杉浦を見る。
杉浦、司会者にうなずき、究太にやって
くれと合図。
究太「ありがとうございます。えー、ある人
の幸せを願って書いた曲です」
究太、ちらりと明日香を見る。
明日香「……」
究太「今日この場所にふさわしいと思うので、
歌わせてください。タイトルは……。でき
たての曲です」
究太、スローバラードを歌う。
聴き入る会場。
杉浦、明日香に手を重ね微笑み合う。
面白くなさそうなみく。
究太、真剣に歌うその表情。
○同・出入り口付近
披露宴が終わり、杉浦と明日香が出席者
たちを送り出している。
ギターケースを持った究太と椎名、二人
の前に進む。
杉浦「おう!(と究太の肩を強く叩く)お前、
普通の歌もうまいな」
究太「いや、まぁ」
杉浦「頼んでよかった。今日はありがとう」
究太、うなずく。
杉浦「(椎名に)仕事の方は進んでるか?」
椎名「はい。究太もがんばってくれてるんで」
杉浦「今度またジャッキーも聞かせろ」
究太「いつでも」
杉浦、別の出席者に挨拶しに行く。
明日香、究太と向き合う。
究太、椎名を見る。
椎名、すすっと下がる。
明日香「最後の曲、すごくよかった」
究太、うなずく。改めてドレス姿の明日
香を見る。
究太「これで見納めか。あとはオシャレ雑誌
で見るよ」
明日香、笑う。
明日香「きゅーちゃん」
究太「?」
明日香「わたしが言えることじゃないけど、
音楽、続けてほしい」
究太「……。あぁ。そうだな」
明日香「今日はありがとう。じゃあね」
究太「じゃ」
究太、明日香が杉浦のもとに戻るのを名
残惜しそうに見送る。
椎名、究太の横にすすっと来る。
椎名「行くか」
究太、いつまでも見ている。
○同・廊下
究太と椎名、歩く。
椎名「究太……」
そこへ、前方からみくが現れる。
みく「ちょっと!」
究太「?」
みく「何なの? 元カノの結婚式?」
究太「覗くなって言っただろ」
みく「元カノの結婚式で歌うとか、ありえな
くない?」
究太「ほっとけ」
究太、みくを避けて行く。
みく「あ、ちょっと」
椎名「おれ、先帰るわ」
究太「え、おい」
椎名「じゃあな」
椎名、小走りに行く。
みく、前に回り込んで究太の顔を覗き込
む。
究太「何だよ」
みく「いいけど。結婚しちゃったわけだし」
究太「……」
みく「で?」
究太「で?」
みく「使い心地、どうだった?」
究太「あぁ」
究太、考える。
究太「まぁ、悪くなかった」
みく「でしょ!」
みく、にっこり笑う。
究太「帰るか」
みく「うん」
究太とみく、二人で帰っていく。
了
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