登場人物表
黄田拓海(22)大学生/塾講師
碧山葵(18) 高校生
福場淳介(18)葵の元恋人
瀬古水希(18)葵の親友
碧山聡美(44)葵の母
伊東朱菜(30)黄田の上司
冬島美桜(22)黄田の恋人
橙木(42) 葵の担任教師
紫野(56) 株式会社みらい人事部長
〇センター北駅・駅前広場
雨が降っている。
観覧車は停止している。
観覧車を見上げるスーツの黄田拓海(22)。黒の傘をさしている。
その少し離れたところに制服の碧山葵(18)。カラフルな傘を持っている。ふと視線を向けると、黄田と目が合う。
葵「先生!」
黄田「……!」
葵、黄田に近づいていく。
葵N「確かに想いがあった」
向こうから冬島美桜(22)がやって来る。
黄田は踵を返す。美桜に気づいて立ち止まる。
葵N「だけど、近づいてはいけない。成就することもない」
葵、立ち止まる。
黄田、美桜と共に歩き去る。
葵N「それでも近づきたい。そう思ってしまうのは、罪ですか」
美桜、ちらっと背後を振り向く。
立ち尽くす葵。
黄田と葵の距離は開いていく。
〇タイトル『ディスタンス』
〇みらい塾・外観(夕)
壁には「あなたの未来に寄り添う、地域密着型個別指導」とある。
〇同・教室(夕)
扉にてるてる坊主が吊るされている。
ワンフロアの室内はパーティションによって、授業ブース・自習室・面談室・講師ブースなどに区切られている。自習している生徒もいれば、授業を受ける生徒もいる。生徒2人に対し、講師1人。美桜も授業をしている。にぎやかな様子。
伊東朱菜(30)、教室を見渡せる位置にデスクを構え、PC作業をしながら授業を見ている。三角札には「教室長 伊東朱菜」とある。
黄田、小型のホワイトボードに曲線を描いている。
それを見ている葵。
葵「先生、無視しましたよね?」
黄田「(手を動かしたまま)ん?」
葵「昼、雨、観覧車」
黄田「ああ……」
葵「冬島先生とデートですか?」
黄田「ま、塾外接触禁止だからね」
葵「偶然会っただけです」
黄田「周りから見たら、偶然かなんてわからない」
葵「そうですけど……」
黄田「だから何も言わなかっただけ。それだけ」
葵「じゃあデートじゃないの?」
黄田、ホワイトボードを葵の机に立てかける。
黄田「はい、雑談終わり」
葵、不満げな顔で黄田を睨むが、すぐに姿勢を正す。
黄田「エビングハウスの忘却曲線」
葵「エッグベネディクトの暴飲暴食?」
黄田「……ちっちゃい“つ”、入ってなかったでしょ」
葵「何ですかそれ?」
黄田「人って忘れっぽい生き物でさ、今日学んだこと、明日には7割忘れてる」
葵「えー、嘘」
黄田「ほんと。だから――」
と、曲線をなぞりながら、
黄田「忘れる前に似たような問題を解く。それでもまた忘れるから、忘れる前に解く。それを繰り返していると、ほら」
と、曲線の終着点で手を止めて、
黄田「知識は定着する」
葵「復習しろ、ってことですね」
黄田「その通り」
葵「私、復習とか好きじゃないんですよね。新しいこと学びたいタイプ」
黄田「受験生がそんなこと言ってんな。それに、期末2週間前でしょ」
葵「辛い現実ですね」
黄田「ということで、宿題増やすから」
葵「嘘でしょ。テスト勉強あるし」
黄田「大丈夫、テスト勉強にもなる宿題だから」
葵「ほんと嫌い、先生」
黄田、いたずらっぽく笑って見せる。
〇道(夜)
横並びで歩く黄田と美桜。手を繋いでいる。
美桜「今年で最後だね」
黄田「続けてると思ってた?」
美桜「大学生のうちに色んなバイト経験すると思ってた」
黄田「お互い塾だけ」
美桜「なんだかんだ続けちゃった」
黄田「毎年受験生いるし、なんか辞められなかったよ」
美桜「辞めたいときあったの?」
黄田「……まあね。だけど、受からせたいって思うと、そんな気持ちはすぐに消えた」
美桜「今年は葵ちゃん?」
黄田「だけだね」
美桜「大学受験か」
黄田「やる気は十分なんだけど、まだまだ実力が伴ってないって感じ」
美桜「……仲いいよね」
黄田「先生扱いされてない」
美桜「信頼の証拠だ」
黄田「そうなの?」
黄田と美桜はT字路で立ち止まる。
美桜「そうだよ。信頼と好意は紙一重」
黄田「え?」
美桜「なんでもない。……じゃあ」
黄田「うん、じゃあ……」
黄田、繋いだ手を離す。
美桜「うん。次は、金曜日?」
黄田「金曜」
美桜「またね」
黄田「おやすみ」
と、歩いていく。
美桜、黄田の後ろ姿を見送る。その表情には切なさが宿る。大きく息を吐いて、黄田と反対方向に歩いていく。
〇高校・外観(朝)
〇同・正門・外(朝)
門をくぐる生徒がちらほら。
「県立都筑中央高校」の校名板。
〇同・教室(朝)
後ろの黒板には、「クラス劇演目投票」の結果が記されている。『チャーリーとチョコレート工場』に大きく印がつけられている。
窓際列真ん中の自席で、葵は勉強をしている。
瀬古水希(18)、やって来る。肩からギターバッグをさげている。
水希「ね、聞いて!」
葵「おはよ」
水希、荷物を置いて、葵の隣に座る。
水希「彼氏できた」
葵、思わずペンを置いて、
葵「また!? 前の子もう別れたの?」
水希「うん、合わなかったから」
葵「……」
水希「ひいてるじゃん」
葵「せっかく好きになってくれたのに」
水希「今の子も、同じバンドの子なんだけど、高1のときから想ってくれてて。私も最近になっていいなって思って」
葵「別れたら気まずいやつ」
水希「大丈夫。文化祭までは別れないよう頑張る。ちゃんと引退したいじゃん?」
葵「好きって頑張ってするようなものじゃないよ」
水希「私、恋してないと何も頑張れない」
葵「好きなの?」
水希「うん。ただ、自分からじゃなくて、好きになってくれた人を好きになっただけ」
葵「じゃあ、まあ、いいか」
水希「葵は自分から好きになるタイプだもんね」
葵「……」
福場淳介(18)、入る。「よ、ウォンカ!」「主役頑張れ!」「イケメン」など囃し立てられながら進む。葵と水希の前で立ち止る。
福場「おはよ」
水希「おはよう、ウォンカ」
福場「まだ正式にやるって言ってないんだけど」
水希「みんな待望なの。ね、葵」
葵「あ、うん……」
水希「今日も練習?」
福場「そう」
水希「引退したのによくやるね」
福場「それで大学行こうとしてるわけだから、やんないわけにはいかないよ」
水希「2人とも真面目だ」
福場、ちらっと葵を見る。
葵「……おはよ」
福場「うん」
と、窓際列最後尾の席に着く。葵を気にしている。
水希、福場を気にしながら声を潜めて、
水希「ごめん、今の他意ないから」
葵「わかってる……」
福場、葵から目を逸らし、参考書を開く。
葵、ペンを持ち、問題を解き始める。
〇回想/サッカー場(夕)
グラウンドの外に桜の木が聳え立っている。風に吹かれて舞う花弁。
ベンチで佇む福場。拳を握りしめて俯いている。
福場の頬に缶ジュース。
福場、顔を上げると、葵が立っている。
葵「間違えて2個買っちゃった」
と、ぶどうジュースとりんごジュースを見せる。
葵「どっちがいい?」
福場「負けた」
葵「じゃあこっちね」
と、りんごジュースを渡す。
福場「え?」
葵「何その顔」
福場「負けたらぶどう、勝ったらりんご。俺たちの決まり」
葵「謎の決まり」
と、福場の隣に座る。
葵「最後くらい破ってもいいでしょ。はい」
福場「……ありがとう」
とりんごジュースを受け取る。
葵「2年とちょっと、本当にお疲れ様」
福場「葵こそ、マネージャーお疲れ様」
葵と福場、缶ジュースで乾杯する。
葵「飲む?」
福場「ぶどう嫌い」
葵「負けたくせに」
福場「りんご渡したじゃん。飲む?」
葵「りんご嫌い」
福場「なんだそれ」
葵と福場、顔を見合わせて笑い合う。しかし葵はすぐに笑みを消す。
葵「……ねえ、話したいことあって」
福場「今? 引退したばっか、負けたばっかなんだけど」
葵「うん、今じゃなくてもいいんだけど、今じゃないとタイミングわからなくて」
福場「……いいよ」
葵「うん……」
葵、缶ジュースをベンチに置く。
葵「……別れたい」
福場「……」
福場、缶ジュースを握りしめる。大きく息を吐き出す。
福場「好きな人できた?」
葵「……」
福場「そっか」
葵「……ごめん、私から好きになって、私が告白したのに」
福場「順番なんて関係ない」
葵「……」
福場「俺も好きなった。今も好き」
葵「ごめん……」
福場「わかった。……1年半も一緒にいてくれてありがとう」
葵「……ごめんね」
風が吹き、桜の花びらがひとひら、地面に落ちる。
〇みらい塾・教室・講師ブース(夕)
授業の準備をする黄田。そのデスクにはぶどうジュース。
葵、やって来る。
葵「あ……」
ぶどうジュースを飲む黄田。
黄田「ん?」
葵「あ、いえ……」
黄田「自習?」
葵「はい、一応受験生なんで」
黄田「いいじゃん」
葵「テストも順調です、今んとこ」
黄田「おお、やるね」
葵「先生のおかげ。エッグベネディクトいっぱいやってます」
黄田「エビングハウス。返ってきたら持ってきてよ」
葵「はい。……あ、渡したいものあったんです!」
黄田「?」
と、缶を置く。
〇碧山家・リビング(夜)
仏壇には男性の遺影が飾られている。目を瞑り、手を合わせる葵。
碧山聡美(44)、キッチンで料理をしている。
聡美「お父さんになんて?」
葵「(目を開けて)文化祭のこと」
聡美「もう来週だよね」
葵「うん、そう」
× × ×
食卓を囲む葵と聡美。
葵「先生も誘った」
聡美「黄田先生?」
葵「うん、来てくれるかわからないけど」
聡美「好きね」
葵「え?」
聡美「最近先生のことばっか。大学生だっけ?」
葵「4年、来年就職って言ってた」
聡美「そっか、じゃあお別れね」
葵「うん……」
聡美「後悔しない選択をしなよ」
葵「え?」
聡美「好きなら好きって言えるときに言っておかないと。ほら、いなくなったらもう言えないから」
と、遺影を見やる。
葵「……許されない想いだとしても?」
聡美「先生と生徒だからって意味?」
葵「それもそうだし、先生には恋人がいる」
聡美「好きになっちゃダメかもしれないけど、想いに蓋をして閉じ込めると、余計に辛くなるだけ」
葵「……」
聡美「だったらちゃんと伝えて、それでもし振られたら私が慰めてあげる」
葵「お母さん……」
聡美「道義的に正しくないママでごめんね」
聡美、微笑んで、ご飯をかきこむ。
葵、その目に決意を宿している。
〇高校・正門・外
「都筑中央祭」の文字がかたどられたアーチが立っている。
大勢の人が入っていく。
〇同・廊下
たくさんの人が入り乱れる。コスプレをした人やクラスTシャツを着た人もいる。
葵、人の流れに逆行して歩いていく。
〇同・屋上
校庭を見下ろしている福場。ぶつぶつとセリフの練習をしている。
葵、入る。
葵「やっぱりここだ」
福場「葵」
葵「何してるの?」
福場「最終確認」
葵、欄干にもたれかかる。
葵と福場の間には微妙な距離がある。
葵「みんな探してる」
福場「葵は大丈夫そう?」
葵「何が?」
福場「セリフ」
葵「うん、ちょっとだけだし」
福場「俺はいっぱい」
葵「ウォンカだもん」
福場「押された形だけど、やるからには妥協できない」
葵「……緊張してるの?」
福場「そりゃ人並みには」
葵「嘘ばっかり」
福場「だってセリフ飛んだら終わりじゃん」
葵「大丈夫だよ、淳介なら」
福場「ありがとう」
しばしの沈黙。
葵「……ごめん」
福場「ん?」
葵「たくさん傷つけた……」
福場「今言う?」
葵「タイミングが……」
福場「(微笑んで)勝手だな」
葵「ごめん」
福場「……好きな人、どんな人?」
葵「え?」
福場「ずっと気になってた」
葵「……塾の先生」
福場「大人?」
葵「大学生」
福場「そっか」
葵「うん」
福場「来てくれるの?」
葵「うん」
福場「よかったじゃん」
葵「……気持ち、伝えようと思ってる」
福場「そっか」
葵「責めないの?」
福場「責める?」
葵「だって、勝手に好きな人できて、別れたいって言って……。それも一方的に」
福場「そういうこと。……まあ、完全に吹っ切れたわけじゃない。てかむしろまだ好きだし。だけど、どうしようもない。誰も悪くない」
葵「淳介……」
福場「好きって気持ち大切にした方がいい。俺も大切にするから、葵も」
福場、葵を真っ直ぐに見つめて、微笑む。
福場「反論、ありますか?」
葵「反論って……」
福場「ないなら行くわ。みんな探してんでしょ」
葵「……ありがとう」
福場「じゃあ、あとで」
福場、屋上を出る。
葵、その後ろ姿を見つめる。
〇同・階段
踊り場で、壁に背を預ける水希。
福場、屋上から中に入る。
水希「よっ!」
福場「聞いてた?」
と、階段を下りる。踊り場で手すりにもたれかかる。
水希「ううん。でもわかる、敗北宣言でしょ」
福場「言い方……」
水希「相手、塾の先生」
福場「聞いたの?」
水希「まあ、一応」
水希「どこに惚れてるか訊いた?」
福場「野暮だよ」
水希「気にならないの。つかムカつかないの。それで振られて。禁断の恋だよ。叶わないよ」
福場「好きな人の好きな人を嫌いになるほど、俺はできた人間じゃない」
水希「なにそれ」
福場「ただの強がり。それに、叶わないかどうかはわからない」
水希「……そうね」
と、福場の背中を思い切り叩く。
水希「まあ、頑張れ!」
福場「いてっ」
水希と福場、顔を見合わせ笑い合う。
〇同・校庭
黄田と美桜、歩いている。
美桜「体育館、あっちみたい」
その手にはパンフレット、校内図。
黄田「ちょっと急いだ方がいいかも」
黄田と美桜、早歩きになる。
〇同・体育館
緞帳が閉まっている。
パイプ椅子が多数並べられ、大勢の人で埋め尽くされている。
黄田と美桜、空席に座る。
美桜「塾外接触にならないの?」
黄田「教室長には許可もらった。学校だし、いいんだって」
美桜「珍しい」
黄田「?」
美桜「伊東さん、生徒と講師の距離感には厳しい人だから」
〇同・同・舞台袖
円陣を組む生徒たち。衣装着ている人やクラスTシャツ姿の人が混ざっている。その中に葵、水希、福場の姿。
美桜の声「適切な距離を超えてそれを縮めようとしたら、絶対に許さない」
〇同・体育館
黄田、パンフレットを見る。「3年1組、チャーリーとチョコレート工場」とある。
黄田「何かあったの?」
美桜、黄田を一瞥して、
美桜「知らない? 左遷された話」
黄田「左遷?」
美桜「前いた教室で、生徒と講師が恋愛して、それがバレて、伊東さんは監督責任を問われた」
黄田「そうだったんだ。まあ、美桜も一緒だし、安全だと思ったのかな」
ブザーが鳴る。
静まり返る客席。
黄田、舞台を見やる。
美桜、不安げに黄田を見る。
美桜N「そこが安全地帯でないことを私は知っている」
緞帳が開く。
× × ×
舞台上を駆け回る福場。
セリフを放つ葵。
客席で笑いが起きる。
聡美も微笑ましげに舞台を見ている。
美桜N「不意に駆られる不安は、一過性のものなのか」
× × ×
黄田、舞台上の葵を、目を輝かせて見つめている。
美桜、拳をぎゅっと握りしめる。
美桜N「そうであってほしいと、願っていた」
× × ×
客席から巻き起こる拍手。
葵、黄田を見つめている。
生徒たちは礼をする。
葵、一瞬遅れて頭を下げる。
黄田も拍手している。美桜も手を叩く。
〇同・校庭(夕)
校舎に夕日が照り付ける。
横並びで歩く黄田と美桜。黄田の手にはパンフレット。
黄田「生徒の普段見られない一面を見るっていいね」
美桜「……そうだね」
黄田「ん、どうかした?」
美桜「え?」
黄田「元気ない」
美桜「あ、ごめん。全然大丈夫」
黄田「そう」
葵の声「黄田先生!」
黄田と美桜、振り返る。
駆け足で近づく葵。
黄田「葵ちゃん」
葵「冬島先生も、来てくれてありがとうございます」
美桜「うん」
葵「ちょっとだけ先生借りてもいいですか?」
美桜「黄田先生?」
葵「はい」
黄田、美桜と顔を見合わせる。
黄田「ああ、うん……」
美桜「じゃあ、私先出てる」
葵「ありがとうございます」
美桜、歩いていく。途中、立ち止まる。振り返ろうとするが、やめて、歩いていく。
葵「あ、これ、塾外接触になります?」
黄田「大丈夫。終わって、もし会ったら少し話すかもとは伝えてる」
葵「よかった」
黄田「楽しかった。輝いてた」
葵「私、先生のことすぐに見つけました」
黄田「ほんとに?」
葵「わかるんです。先生がどこにいても、すぐに見つけられる」
黄田「すごいな」
葵「好きです」
黄田「え?」
葵「好きだから、いつも先生のこと見てて。たくさんの人に紛れてても、先生だけ輝いてる」
黄田「……」
葵「先生の隣に冬島先生がいること知ってます。だから、振ってください」
黄田「葵ちゃん……」
葵、空を見上げる。目元を手で拭う。
黄田「……」
〇高校近くの道(夕)
美桜、正門を見やる。
正門から、黄田が出てくる。
美桜、手を挙げる。
黄田も手を挙げて応じる。微笑む。
〇同・教室(夕)
衣装やクラスTシャツの生徒が入り混じる。写真を撮ったり、談笑したりしている。
葵、とぼとぼと入る。
水希、葵に駆け寄る。
水希「葵……?」
葵「水希……」
葵、水希に抱きつく。涙を流す。
葵N「わかっていても辛い。言葉にすれば空虚になるくらい、好きになっていたんだと気づいた」
福場、不安げに葵を見る。
〇学校近くの道(夕)
横並びで歩く黄田と美桜。
美桜、黄田の手を取る。
美桜N「ホッとした。その手の温もりは、私への想いが確かにあることを示すようだった」
美桜、黄田の手をぎゅっと握る。
〇センター北・実景
ショッピングタウンあいたいや牛久保西公園など。
〇センター北駅・駅前広場
観覧車に、太陽が燦々と照り付ける。
蝉が鳴いている。
はしゃぎ回る子供たち。
行き交う人々。
〇みらい塾・外観
〇同・教室
扉には風鈴が吊るされている。
パーティションが取っ払われ、机と椅子が並べられている。スーツ姿の男女数十人がメモを取りながら、朱菜の話を聞いている。
朱菜「多くの学校が今日、終業式を迎えます」
朱菜の話を真剣に聞く美桜。
黄田、ふと窓外を見る。
〇高校・教室
窓の外、グラウンドを見下ろす葵。
朱菜の声「受験生にとっては勝負の夏」
窓の外、福場がサッカーの練習をしている。
〇同・グラウンド
シュートを決める福場。汗を拭う。
朱菜の声「この夏の努力が合否をわける」
〇同・教室
葵、参考書を開く。
水希、入る。ニコっと笑みを浮かべて、葵の隣に座る。問題集を開く。
〇みらい塾・教室
1枚の紙が配布される。
美桜、後ろに回す。
「夏期講習注意事項」と題された紙。
黄田、受け取る。
朱菜、紙を見ながら、
朱菜「講師の皆さんにもご協力をお願いするとともに、いくつか注意事項がありますので、この場で共有させていただきます。……まず、生徒との連絡先の交換は禁止です。連絡事項等がある場合は、教室長に報告の上、教室を通じて連絡をお願いします」
美桜、黄田を見やる。
朱菜「生徒から教えてと言われても、決して教えることのないようにしてください。……(語気を強めて)また、塾外での接触も禁止です」
黄田、「塾外接触」の文字をペンでなぞる。
朱菜「講習期間中は塾にいる時間が増えるかと思います。昼食を買いに出た際、偶然会うこともあるかもしれません。その際は教室長に報告をお願いします」
講師たちは朱菜の話に耳を傾けている。
× × ×
朱菜「……では、ルールを守って最高の夏にしていきましょう」
〇居酒屋・外観(夜)
〇同・店内(夜)
賑わう店内。
中央付近の席で酒を呑みながら飯をつまむ黄田と朱菜。
朱菜、ジョッキを置いて、
朱菜「最後の夏か」
黄田「そうですね……」
朱菜「来年からは教室長ね」
黄田「はい。後輩になります」
朱菜「実家の方はいいの? 名古屋だっけ」
黄田「はい、工場は継がないと告げました」
朱菜「そっか、じゃあ改めて、内定おめでとう。黄田先生なら大丈夫だって思ってた」
黄田「僕、何かしました?」
朱菜「エビングハウス」
黄田「ああ……」
朱菜「ただ復習しろ、って言うんじゃなくて、科学的なデータを提示して納得させる。大学生のやり方とは思えない」
黄田「受け売りですから……」
朱菜「恩師だっけ?」
黄田「この業界を志したきっかけです」
朱菜「誰に教わるかって大事だよね」
黄田「はい」
朱菜「信頼関係が成績に大きく寄与するって、ほんと思う」
黄田「そうですね」
朱菜「だけど、その信頼を好意と勘違いする馬鹿が少なからずいる」
黄田「はい」
朱菜「葵ちゃんの文化祭、楽しかった?」
黄田「ええ、輝いてましたよ」
朱菜「そう、何か話したの?」
黄田「少しだけ、声掛けられて」
朱菜「そう」
黄田「報告した方がよかったですか?」
朱菜「ううん、私もそこまで厳しいわけじゃない。だけど、適切な距離を取ることを忘れないで」
店員が巨峰サワーを運んでくる。
黄田、ジョッキを手に取る。
黄田「……もちろんです」
〇アパート・黄田の部屋(夜)
PCを操作している黄田。
画面、「中国王朝変遷表」なるスライド。
黄田、スライドを閉じる。
画面、真っ暗。黄田の顔が画面に映る。
〇横浜中央大学・外観
〇同・道
黄田、歩いている。
黄田N「決して成績優秀とは言えなかった僕は、恩師に出会って、大学に合格できた」
〇同・図書館
黄田、PCルームで黙々と作業をしている。
黄田N「今度は僕が、悩んでいる子供たちの力になることで恩を返す。だから塾講師になった」
画面、「関係詞まとめ表」と題されたスライド。
黄田N「恋をするためでも、恋されるためでもなかった」
黄田、エンターキーを押す。
〇同・正門・中
葵と水希、入る。後ろから福場が続く。
水希「うわー、結構広いんだ」
葵「ありがとう、一緒に来てくれて」
水希「全然!」
葵「……ごめんね、わざわざ」
福場「ううん、俺も気になってたし」
水希「よし! じゃあまず食堂行こう」
と、歩き出す。福場も続く。
葵、ひとつ頷いて、歩き出す。
〇同・道
ベンチで数人と楽しそうに話す美桜。
図書館から黄田が出てくる。
黄田N「美桜とは塾で出逢った」
美桜、黄田を認めると、
美桜「ちょっとごめん」
と輪から離れる。
黄田N「そのあとに大学が同じで、学部も一緒だと知った」
美桜「拓海くん!」
と、黄田に駆け寄る。
黄田、驚いて立ち止まり、
美桜「ゼミ?」
黄田「いや」
美桜、黄田が出てきた建物を振り返って見て、
美桜「ああ……」
黄田「授業で使う資料作ってた」
黄田、微笑む。
美桜「(苦笑して)葵ちゃんのやつ?」
黄田「そう」
美桜「よくやるね」
黄田「受からせたいじゃん。……美桜は? もう単位取れてるって言ってたよね」
美桜「教育実習の準備的なやつと、サークルの集まり」
黄田「そっか」
美桜「あ、ねえ、お昼食べた?」
黄田「これから」
美桜「一緒に食べよ」
黄田「サークルの集まり」
美桜「2時からだから平気」
美桜、歩き出す。黄田、美桜に続く。
黄田N「塾でも大学でも会うようになって、いつの間にかお互いがお互いを気づいたら考えるようになっていた。そこには確かに愛があった」
黄田、ちらりと横目で美桜を見やる。
〇同・1階食堂
混雑している。
列に並ぶ葵。
テーブルで食事をとっている水希。葵を見つめている福場。
水希「夏休みなのに人多いね」
福場、葵から目を逸らし、ぎこちなく笑う。
水希「ん、どした?」
福場「葵、大丈夫?」
水希「?」
福場「文化祭」
葵、メニューを見ている。
「50食限定浜中オムライス」。
水希「聞いた?」
福場「一応。告白したって」
水希「嬉しい?」
福場「性格悪すぎかよ」
水希「いいやつだもんね」
福場「未練たらたらだけどな」
水希「普通に塾には行ってるみたい」
福場「そっか……」
水希「普通に先生の授業を受けて、普通に話して、普通に楽しいって」
福場「好きなんだな」
水希「振られたからって、好きをやめることはできないでしょ」
福場「確かに」
水希「厄介だよね、恋って」
福場「誰が言ってんだよ」
水希「恋多き私だから説得力あるんじゃん」
福場「もしかしてまた別れた?」
水希「うん、文化祭の直後に。また傷つけた」
福場「そっか」
水希「……誰も傷つけず、幸せになれる恋があればいいって、いつも思う」
葵、オムライスをトレイにのせて運ぶ。途中、ふと立ち止まる。目を輝かせて、見上げる。
葵の視線の先には、黄田。美桜と共に、階段を上っている。
〇同・2階食堂
トレイを運ぶ黄田と美桜、席に着く。
美桜「いただきます」
と、食事を始める。
黄田「いただきます」
黄田、食べながら、
美桜「大学で会うの久しぶりじゃない?」
黄田「お互いほぼ授業ないから」
美桜「昔は毎日のようにここで一緒にご飯食べてた」
黄田「それで塾でも会って、外でも会って、会いすぎてたかな」
美桜「いいじゃん」
黄田「来月はあまり会えなくなるね」
美桜「ごめんね」
黄田「ううん、実習先どこだっけ?」
美桜「母校」
黄田「都筑中央高校?」
美桜「そう」
黄田「優しくしてあげて、葵ちゃん」
美桜「うん……。ねえ、聞いてもいい?」
黄田「?」
美桜「文化祭――」
葵の声「黄田先生!」
黄田と美桜、驚いて振り返る。
美桜「葵ちゃん……」
葵、オムライスをのせたトレイを持ちながら、黄田たちに近づいてくる。
葵「奇跡だ」
美桜「どうしてここに?」
葵「こんにちは。冬島先生も同じだったんですね」
美桜「聞いたの?」
葵「教えてくれないから。知らなかったです」
黄田「何しに来たの?」
葵「見学!」
黄田「そうか」
葵「それで、先生たちを見かけて、声掛けました!」
黄田「なるほど」
葵「この後塾ですよね?」
黄田「うん」
葵「私もです」
黄田「知ってる」
葵「先生の授業ですか?」
黄田「もちろん」
美桜「……」
葵「あ、お邪魔してすいません。塾外接触にもなっちゃった」
黄田「偶然だから大丈夫」
葵「え?」
黄田「何?」
葵「あ、いや……。でも、会えてよかったです。なんか得した気分」
水希と福場がやって来る。
水希「葵!」
葵「あ、水希」
水希「何してんの」
葵「塾の先生たち」
水希「ああ……、すいません、プライベート中に」
美桜「ううん、大丈夫」
水希「行こ、それ冷めちゃうよ」
葵「ごめん」
水希「失礼します」
葵と水希は一礼して去る。
福場、黄田を一瞥する。
黄田も見つめ返す。
福場、軽く会釈して去る。
黄田、葵の背中を見つめている。
美桜「……驚いた。一応教室長に報告だね」
黄田「だね。あ、で、さっきなんて?」
美桜「ん?」
黄田「なんか言おうとしてた」
美桜「ああ、うん、大丈夫」
黄田「そっか」
〇同・正門・外(夕)
門から出てくる葵、水希、福場。立ち止まって、振り返り、
水希「満足、満足。淳介も収穫あった?」
福場「サッカー部見学させてもらったし、来てよかった。ありがとう」
葵「……」
水希「葵は?」
葵「やっぱ好き」
水希「ん?」
葵「……決めたよ」
葵の目には決意が宿っている。
葵「私、浜中目指す」
葵、頷いて、歩き出す。
水希、ニヤリと笑う。歩き出す。
福場、微笑んで、葵を見やる。歩き出す。
「横浜中央大学」の校名板。夕日に照らされて輝いている。
〇みらい塾・教室
美桜、時計を確認して、
美桜「前半戦終了」
葵、テキストを閉じて、
葵「なんか新鮮でした」
美桜「いつも黄田先生だからね」
美桜、ホワイトボードの文字を消しながら、
葵「先生、お昼持ってきてます?」
美桜「うん」
葵「一緒に食べませんか?」
× × ×
通路を挟んで座席に腰かけている葵と美桜。
美桜はパンを、葵はお弁当を食べている。弁当箱の傍らにはペットボトルのぶどうジュース。
葵「塾内で一緒に食べるのはありですか?」
美桜「あり」
葵「よかった」
美桜「話したいことあった?」
葵「バレてました?」
美桜「黄田先生のことでしょ?」
葵「今日どうしたのかなって」
美桜「ああ……」
葵「知ってるんですか?」
美桜「恋人だから」
× × ×
受付に吊るされた風鈴が揺れる。
葵、弁当を食べながら、
葵「内定者研修……」
美桜「知らなかった?」
葵「来年社会人ってことは知ってましたけど、この塾ってか、会社で働くとは知りませんでした」
パンのフィルムを丁寧に折りたたむ美桜。
美桜「来年の今頃は、どこかの教室で教室長やってるね」
葵「そうなんだ……」
美桜「ね、私からも訊いていい?」
葵「どうぞ」
美桜「文化祭の日、何話したの?」
葵「聞いてないんですか」
美桜「うん」
葵「……好きって言いました」
美桜「それで?」
葵「ダメだって言われました」
美桜「そっか」
葵「でも、やめることはできません」
美桜「宣戦布告?」
葵「そんなんじゃ……。私の負けは決まってるし、さよならの日だって」
美桜「それでも好きをやめないの?」
葵「……振られていっぱい泣きました」
美桜「……」
葵「どうしようもなく辛かった。でも、辛いってことは、それだけ好きってことで……」
美桜「うん」
葵「それをやめるなんてできないんです」
美桜「好きになってはいけない人でも?」
葵「立場は関係ありません。たまたま先生を好きになっただけです」
美桜「その人に恋人がいても?」
葵「想いを消すことはできません」
葵、真っ直ぐに美桜を見つめる。
美桜、思わずパンのフィルムをクシャッと握る。
〇アパート・黄田の部屋(夜)
黄田、扉を開く。
美桜が立っている。コンビニの袋を見せる。
美桜「アイス買ってきた」
黄田「おお……」
× × ×
ワンルームの室内。その大部分が本で占められている。
教育関連の書籍が本棚に敷き詰められている。机には赤本やPCなど。
美桜、座る。
美桜「相変わらず本ばっか」
黄田、グラスにぶどうジュースを注ぎながら、
黄田「色々使えると思うと、捨てられなくて」
と、グラスを運ぶ。
美桜、机に置かれた横浜中央大学の赤本を手に取って、
美桜「赤本とか使う?」
黄田「目指したい子いたときに傾向と対策できる」
美桜「なるほど」
黄田、グラスを置く。
黄田「はい」
美桜「ぶどう……」
黄田「いつもと一緒だけど」
美桜、ぎこちなく笑う。
× × ×
アイスをかじる黄田と美桜。
美桜「何してた?」
黄田「資料作ってた」
美桜「……葵ちゃん?」
黄田「そ、世界史のプリント」
美桜「ひとりのために普通そこまでする?」
黄田「最後だからね」
美桜「ほんとにそれだけ?」
黄田「どういう意味?」
美桜「うん……」
黄田「てか、どうしたの、急に来て」
美桜「……聞いた」
黄田「?」
美桜「文化祭」
黄田「ああ……」
美桜「気持ち、揺らいだりしてないよね?」
黄田「美桜がいるじゃん」
美桜「告白されて、好きが確定して……。それで、断りはしたけど気になってる、みないなことない?」
黄田「生徒だよ」
美桜「そうだね」
黄田「受からせたい。それだけ」
PC画面、「中国王朝変遷表」なるタイトルのスライド。
黄田、PCを閉じる。
〇みらい塾・外観(夕)
〇同・教室(夕)
扉に吊るされた風鈴が揺れている。
授業中。美桜や朱菜も授業をしている。
黄田は葵相手に授業中。
葵「名古屋っていいとこですか?」
黄田「何急に?」
葵「受験校。滑り止めも考えなきゃじゃん」
黄田「ああ」
葵「愛名大考えてて。浜中より偏差値ちょっと低いくらいでちょうどいいかなって」
黄田「なるほどね。いいかも」
葵「ですよね」
黄田「でも、愛名大だとしてもまだまだ努力は必要だ」
黄田、紙の束を葵に渡す。
黄田「はい、これ」
「関係詞まとめ表」「中国王朝変遷表」などとある。
黄田「今まで授業で扱ったやつ。色々まとめた」
葵「え、全部私のために?」
黄田「よかったら使って」
葵「使いまくります! 手作りですか?」
黄田「ちょこちょこパソコンでね」
葵「すご」
黄田「大したことない」
葵「ありがとうございます」
葵、大事そうに紙の束を鞄にしまう。
葵「今度の模試、上がってますかね」
黄田「大丈夫、ひとりじゃない」
葵「ひとりです」
黄田「受けるのはね。だけど、それまでは僕ができること、全力でサポートする」
葵「ほんとですか」
黄田「葵ちゃんの力になりたいから」
葵「じゃあ、質問していいですか」
と、参考書を開く。
黄田「もちろん」
と、微笑む。葵も微笑む。
近くの座席で授業をする美桜。眉を顰める。
〇BAR・外観(夜)
〇同・店内(夜)
薄暗い店内。
カウンター席で、カクテルを楽しむ美桜と朱菜。
朱菜「来週から実習ね」
美桜「はい、しばらくお休みします」
朱菜「楽しんできて」
美桜「はい……」
朱菜「どうした、行きたくないの?」
美桜「いえ、先生は小さいころからの夢だし、楽しみです」
朱菜「不安がある顔してる」
美桜「この不安は、実習へのそれと違います」
朱菜「じゃあ何?」
美桜「……わかんなくなってきてて」
朱菜「?」
美桜「拓海くんの気持ち。しばらく会わなかったら、ますますわからなくなりそうで」
朱菜「喧嘩した?」
美桜「そういうのじゃないんです。だけど、どんどん距離が遠ざかってる気がして」
朱菜「どうしてそう思うの?」
美桜「気付いたときに考えている人が……」
朱菜「うん」
〇アパート・黄田の部屋(夜)
黄田、冷蔵庫からぶどうジュースを取り出す。飲む。
美桜の声「多分私じゃないんです」
机には、開かれたままのPC。
画面、「現代文の読み方ルール」と題したスライド。
〇回想/みらい塾・教室(夕)
受付に雪だるまのぬいぐるみが飾られている。
授業中。
黄田、ホワイトボードの文字を消す。
黄田N「僕は、恋に落ちた瞬間を自覚したことがなかった」
葵、ノートを閉じる。
黄田「浮かないな」
葵「?」
黄田「何かあった?」
葵「……この前のテストも悪かったなって。来年受験生なのに」
と、ペンをペンケースにしまう。
黄田「……僕、先生のおかげで成績上がったんだよね」
葵「え?」
黄田「塾の先生。おじさん。でも、先生は自分のおかげじゃないって言って、僕を褒めた。僕はこんな先生になりたいって思った」
葵「……」
黄田「だから、上京してすぐこの仕事初めた。そしたらさ、よくわかるようになったんだ。子供たちの成績が上がっても、それは僕のおかげじゃない。生徒の努力だ」
葵、徐に黄田を見つめる。
黄田「だけど、もし上がらなかったり、下がったりしたら、それは僕の責任」
葵「え……」
黄田「決して葵ちゃんのせいじゃない」
葵「強引すぎません?」
黄田「ううん、間違いなく僕のせいだ。というか僕のせいにしていい」
葵「先生……」
黄田「でも大丈夫、これから下がることなんて絶対にない。させない。一緒に頑張ろう、傍にいるから」
黄田、はにかむ。
黄田N「最初はただ、力になりたい。講師として当然のことを思っていただけ」
葵、黄田の笑顔に思わず笑みをこぼす。
〇回想/アパート・黄田の部屋(夜)
PC作業をする黄田。
黄田N「だけどいつの間にか気づいたら、葵ちゃんのことばかり考えていて……」
〇回想/みらい塾・教室(夕)
授業中。
顔を見合わせて笑う黄田と葵。
黄田N「それが許されないことだとわかっていても……」
〇回想/同・教室
「夏期講習注意事項」のプリント。塾外接触の文字をペンでなぞる黄田。
〇回想/高校・体育館
舞台上、セリフを発する葵。
客席の黄田、視線は葵に注がれている。
黄田N「想いは溢れていく――」
〇回想/同・校庭(夕)
黄田、葵と相対している。その手には文化祭のパンフレット。
葵、空を見上げる。目元を手で拭う。
黄田「……ごめん」
葵「……はい」
黄田「ありがとう。でも、ダメなんだ」
葵「冬島先生がいるからですか」
黄田「……」
黄田N「恋に落ちてはいけない関係だから。なんて言えなかった」
〇回想/学校近くの道(夕)
手を繋いで歩く黄田と美桜。
黄田N「両想いが確定して胸が躍り、こんなにも苦しかったのは初めてだった」
黄田、美桜の手をぎゅっと握る。
〇アパート・黄田の部屋(夜)
ぶどうジュース傍らに、PC作業をする黄田。
黄田N「僕は秩序を乱さないよう、親身な講師であり続けた……」
〇センター北駅・駅前広場(朝)
観覧車は停止している。
風に吹かれて落ち葉が舞う。
〇高校・外観(朝)
〇同・教室(朝)
談笑する生徒や音楽を聴く生徒など。
葵、プリントを読んでいる。「中国王朝変遷表」とのタイトル。
水希、ペンを置いて、
水希「最近どう?」
葵「(ペンを置いて)ん?」
水希「塾の先生」
葵「いつも通り」
水希「変化なし?」
葵「あ、葵になった」
水希「ん?」
葵「呼び方」
水希「今までは?」
葵「葵ちゃん」
水希「呼び捨てね……」
福場、入る。
福場「葵、おはよ」
葵「おはよ」
福場「水希もおはよ」
水希「ね、淳介はいつから呼び捨て?」
福場「誰を?」
水希「葵」
福場「いつからだろ」
葵「付き合ってからじゃない?」
福場「いや、好きになってからだわ」
水希「なんでそのタイミング?」
福場「アピール。変化を見せて、好きだよって」
福場、自席につく。
葵、水希と顔を見合わせる。
葵「……」
チャイムが鳴る。
× × ×
生徒たちは着席している。
橙木(42)、教壇に立っている。
橙木「前から言ってた通り、今日から教育実習の先生が来られる。……どうぞ」
美桜、入る。
水希「あ……」
水希、驚いて、福場を見る。福場も驚いている。
美桜、教壇に立つ。
水希、視線を葵に移す。
葵「……」
美桜「今日からお世話になります、冬島美桜です。よろしくお願いします」
葵、拳をぎゅっと握りしめる。
〇同・廊下
美桜、窓の外、校庭を見下ろしている。
葵、やって来る。
葵「先生」
美桜、振り向いて、
美桜「葵ちゃん……」
葵「びっくりです」
美桜「私も、まさか葵ちゃんのクラスだなんて」
葵「学校の先生になるんですね」
美桜「小さいころからの夢だったから」
葵「そうなんだ」
美桜「拓海くんは元気?」
葵「先生の方が詳しいです」
美桜「最近会ってないし、しばらく会わない」
葵「……」
美桜「ホッとした?」
葵「そんなこと……」
美桜「冗談。しばらくこっちでよろしくね。塾外接触だけど」
美桜、ニタっと笑って、歩き去る。
葵、美桜の背中を見つめる。
柱の陰、福場が2人の様子を窺っている。
〇みらい塾・教室(夕)
受付にお月見飾りが置かれている。
授業中。
朱菜は、ブースを巡回している。
〇同・同・自習室(夕)
葵、「関係詞まとめ表」とあるプリントを傍らに置き、英語の問題を解いている。
黄田、やって来る。
黄田「葵」
葵「(ペンを置いて)先生、びっくりです」
黄田「?」
葵「冬島先生、学校に来た」
黄田「ああ」
葵「うち来るって知ってました?」
黄田「もちろん」
葵「言ってくださいよ」
黄田「僕から言うことじゃないでしょ」
葵「まあ、そうかもしれないけど……」
黄田「仲良くしてあげて」
葵「……それはちょっと」
黄田「……」
葵「嘘です。仲良くします」
黄田「質問、ある?」
葵「大丈夫。これあるから」
と、プリントをかざす。
黄田「使ってくれてありがとう」
葵「こちらこそありがとうございます」
黄田「第2弾、もうすぐできるから渡すね」
葵「いつもすいません」
黄田「葵のためなら全然苦じゃないから」
葵「優しいですね」
黄田「当然」
と、はにかんで、講師ブースに戻ろうとする。
葵「先生だったらよかった」
黄田「(立ち止まって)?」
葵「……あ、いや、学校。先生が来たら、毎日会えて、たくさん話せたなって」
黄田「……じゃあ、毎日自習に来るといいよ」
葵「授業ないと話せないかもじゃん」
黄田「声かけるから。僕は毎日いるし、来てくれたら必ず話す」
葵「ほんとですか」
黄田「毎回確認しなくても、僕は嘘をつかない」
黄田、はにかむ。
葵も笑みを返す。
〇同・教室(夜)
ブースの清掃をする黄田と、教室長席でPC作業中の朱菜。
朱菜、作業の手を止め、
朱菜「……ねえ、この後時間ある?」
黄田、作業の手を止め、
黄田「?」
朱菜、PCを閉じる。
〇居酒屋・外観(夜)
〇同・店内(夜)
賑わう店内。ビールをぐいと飲み干す朱菜。
朱菜「過去のこと、知ってる?」
黄田「教室長の?」
朱菜「そう、左遷の話」
黄田「美桜に聞きました。講師と生徒の恋愛沙汰ですよね」
朱菜「そう、生徒と問題起こした講師、私の彼氏の親友」
黄田「え?」
朱菜「元カレか。私4つ下の講師と付き合ってたの」
黄田「そうなんですね」
朱菜「問題起こした講師のせいで別れた」
黄田「教室長が教室長じゃなくなったからですか?」
朱菜「違う。元カレ、『あいつのしたことは、不貞じゃない』って言ったの」
黄田「庇ったんですね」
朱菜「親友だからね。『LINE交換して、やりとりしただけ』ってさ」
黄田「アウトですね」
朱菜「元カレ的には、ヤってなかったらセーフって言いたかったらしい」
黄田「なるほど……」
朱菜「好きって思うだけでアウト。何があっても、生徒とは適切な距離を保たなければならない」
黄田「はい……」
朱菜「ま、想ってるだけでは何の罰も与えられないけどね。それでも、私はアウトだと思ってる」
〇回想/とある教室(夜)
真っ暗な室内。PCの光が朱菜を照らす。朱菜の手にはスマホ。
スマホ画面、「別れよう」と一言。
朱菜の声「ちなみに彼氏、不貞講師と一緒に飛んだ。今も音信不通。それで“元”がついた」
朱菜、スマホを握りしめる。
〇居酒屋・店内(夜)
黄田「マジっすか……」
朱菜「だから許せない。私情も絡んでる。適切な距離を超えてそれを縮めようとする人は、たとえ教室にどれほど貢献してくれようと、私は許さない」
と、黄田に真剣な眼差しを向ける。
朱菜「黄田先生は大丈夫だよね?」
黄田「……僕、ですか」
朱菜「葵ちゃん」
黄田「まさか」
朱菜「……少なくとも他の生徒より距離は近い。自作のプリント作って渡すくらいに」
黄田「それは……」
朱菜「わかってる。葵ちゃんのためになってることだから、そこは咎めない」
黄田「……」
朱菜「私は信じてる」
黄田「はい」
朱菜「だけど容赦もしない。きちんと伝えておく。そのうえで選択をして」
黄田「教室長が懸念するようなことを、僕は何もしませんよ」
黄田、巨峰サワーをぐいと飲み干す。
朱菜、ぎこちなく笑う。
〇アパート・黄田の部屋(夜)
ベッドに横になっている黄田。スマホを眺めている。
画面、美桜とのLINEのトーク画面。
黄田、「話したいことがある」と打つ。しかし、すぐにその文言を消す。スマホを机に置く。
机には、横浜中央大学の赤本。
〇高校・外観
大雨が降っている。
〇同・教室
葵、解答用紙にマークする。ペンを置く。
チャイムが鳴る。
橙木「やめ!」
一斉にペンを置く生徒たち。その中には水希や福場の姿。
答案を回収する橙木。それに合わせて答案回収に動き出す美桜。
× × ×
三々五々帰宅する生徒たち。
荷物をリュックに詰めている水希。
葵は問題用紙とプリントを見比べている。
葵「最悪」
水希「どうした?」
葵「間違えた」
水希「もう復習?」
葵「もちろん」
水希「てかそれ、いつも見てるけど」
葵、プリントの束を水希に見せて、
葵「これ?」
水希「それ」
葵「先生のプリント。私のためにわざわざ作ってくれたやつ」
水希「え、やば」
葵「ちゃんと書いてたのに、申し訳なさすぎる」
水希「両想いすぎるじゃん」
葵「振られてるんだって」
水希「普通作る? こんなにも」
葵「普通がわかんない」
水希「私の先生そんなことしないよ」
葵「いやいや……」
水希「もしかしたら、あるんじゃない?」
葵「……ないよ」
水希「私にはわかる。好きになってくれた子を好きになるって珍しいことじゃない」
葵「……私、生徒だよ」
水希「たった4個違いじゃん」
葵「そうだけど……」
水希「訊いてみたら? それか言ってみたら?」
葵「また言うの?」
水希「じゃあもう言わないの?」
葵「それは……」
水希「さよならする前に、考えないとね……」
葵「うん、あと半年もすれば、さよならなんだよね……」
水希「後悔しない選択をするにもリミットがある」
葵、プリントを見つめる。
美桜、廊下から葵を物憂げに見つめている。
〇同・廊下(夕)
美桜、歩いている。向こうから、福場、歩いてくる。
2人はすれ違う。
福場「(立ち止まって)不安」
美桜、足を止める。
福場、振り返る。
福場「どうして先生は不安そうなんですか?」
美桜、振り返る。笑顔を見せて、
美桜「どういう意味?」
福場「葵の好きな人の好きな人は先生ですよね」
美桜「知ってるの」
福場「まあ、一応」
美桜「そう」
福場「でも、葵のことずっと気にしてる。敵愾心、ってか嫉妬、そんな目で見てる」
美桜「そんなわけ……」
福場「葵の好きな人、黄田先生。あの人の気持ちはどこにありますか」
美桜「決まってるでしょ」
福場「決まってないから不安なんですよね」
美桜「……」
福場「俺、葵には幸せになってほしいって思ってる」
美桜「……福場くんが幸せにしてあげたら?」
福場「できなかった。でも幸せを望むことはできる」
美桜「それであなたが苦しい思いをしても?」
福場「構わない」
美桜「そう」
福場「先生は望めませんか。好きな人の幸せ」
美桜「……」
美桜、顔を歪める。足早で立ち去る。
福場、美桜の背中を心配そうに見つめる。
窓の外は大雨。
〇センター北駅・駅前広場
太陽が燦々と観覧車を照らしている。観覧車は停止している。
木々が紅く染まり始めている。
観覧車を見上げる葵。その表情には、影が差す。
黄田、観覧車を見上げている。
2人の間には距離。
黄田、徐に視線を移すと、葵の姿を捉える。
黄田「……葵!」
葵「!」
葵、振り向くと黄田と目が合う。ぎこちなく微笑む。
〇みらい塾・教室(夕)
受付に、ハロウィンのかぼちゃが置かれている。
〇同・同・自習室(夕)
葵、模試の帳票を見つめている。
黄田、入る。
黄田「よく見てるよね」
葵「ん?」
黄田「観覧車」
葵「先生だって」
黄田「何考えて見てる?」
と、葵の隣にかける。
葵「何って?」
黄田「僕はちょっと不安だった」
葵「どうして?」
黄田「動いてるのが当たり前だから、停まってると何かあったのかなって、気になる」
葵「確かに」
黄田「ま、ただの改装工事中らしいけど。でもま、それと同じで、何かあったのかなって思った」
葵「?」
黄田「葵。さっき悲しそうだった」
葵「え?」
黄田「何があった?」
葵「……先生って、たまに割と強引な理屈言いますよね」
葵、帳票を黄田に渡す。
黄田、受け取ってみる。
成績、横浜中央大学商学部の判定はD。愛名大学商学部の判定もD。
葵「もう10月なのに……」
黄田「そっか。……ごめんね」
葵「え?」
黄田「ほら、昔、成績上がんなかったら僕のせいって言ったでしょ」
葵「ああ……」
黄田「葵はよく頑張ってる」
葵「でも、受かんなかったら先生にも申し訳ないし……。先生から貰ったプリントに書いてた問題だって解けなかった」
黄田、葵の手に自身の手を重ねる。
黄田「大丈夫」
葵「……」
黄田「大丈夫だから」
黄田、一心に葵を見つめる。
束の間の沈黙。
黄田「……あ、ごめん」
と、咄嗟に手を離そうとする。
葵「先生」
と、黄田の手を掴む。
黄田「葵……」
葵「先生、よくわかりますね。落ち込んでるって」
黄田「……よく見てるから」
黄田、葵の手をぎゅっと握る。
〇塾近くの道(夜)
観覧車を近くに臨む。
葵、歩いている。その隣には黄田が歩いている。
2人の間には距離がある。
葵「塾外接触、いいんですか?」
黄田「偶然会っただけだから」
葵「傍から見たら偶然かなんてわかりませんよ」
黄田「いいんだよ」
葵「先生、意外と嘘つきですね」
黄田「もう嘘はつけない」
黄田と葵、交差点で立ち止まる。
葵「どういう意味ですか?」
美桜、交差点の向こう側から歩いてくる。
黄田「葵……」
美桜、交差点で立ち止まる。信号の向こうに黄田と葵の姿を認める。
美桜「……」
黄田、葵の手を取る。
葵「先生……?」
黄田「気付いたら葵のことばかり考えてる。好きだ。葵、好き」
葵「……」
葵、黄田に身体を預ける。
葵「嬉しい。元気になりました」
美桜、瞳から涙が流れる。
葵「私も好き」
黄田「……」
黄田、葵を抱きしめる。
美桜「……」
美桜、スマホを取り出す。抱き合う黄田と葵を写真に収める。
〇回想/大学・1階食堂
隣り合わせでオムライスを食べる黄田と美桜。
美桜「ねえ、どうして好きになったの?」
黄田「ん?」
美桜「一応、聞いておこうと思って。カップルになったら普通確認し合うでしょ」
黄田「普通そうなの?」
美桜「多分」
黄田「……難しいな」
美桜「なんでよ」
黄田「好きな人って作るものじゃなくて、気づいたらそこにいるものだから。だから総じて好きになったというか、気づいたら美桜のことばかり考えてた」
美桜「……」
美桜、満面の笑みを浮かべて、オムライスを頬張る。
美桜「私も同じ。でもねー―」
〇大学・道
ベンチで佇む美桜。スマホを見ている。
画面、オムライスを頬張る黄田の写真。
向こうから黄田がやって来る。
美桜、徐に顔を上げる。
黄田、片手を挙げる。ぎこちなく笑う。
〇同・1階食堂
テーブルにはスマホ。画面、黄田と美桜のLINEのやり取り。黄田からのメッセージ、「別れたい」とある。
テーブルを挟んで斜向かいにかける黄田と美桜。
美桜「私、拓海くんの優しさに惹かれたの。私に向けるそれじゃなくて、子供たちに向けるそれ」
黄田「うん……」
美桜「熱心だな、優しいな、素敵だなって思った。それは今でも変わらない」
黄田「美桜……、ごめん」
美桜「ごめん?」
黄田「僕……」
美桜「ごめんってなによ」
黄田「僕は――」
美桜「許せないよ」
黄田「美桜、別れたい」
美桜「その想いで誰が幸せになるの」
黄田、美桜を見つめる。
黄田「……好きになってしまった。僕が何を言っても言い訳だし、最低だし。だけど、嘘をついて、美桜と居続けることはできない」
美桜「……」
美桜、黄田と見つめ合う。しかしすぐに耐え切れなくなって、目を逸らす。立ち上がる。
黄田「……ごめん」
美桜「……」
美桜、足早に立ち去る。
黄田、その後ろ姿を複雑な表情で見つめる。
〇同・道
美桜、足早に歩いている。その目は潤んでいる。立ち止まる。食堂を振り返る。目から一筋の涙が落ちる。
〇同・1階食堂
黄田、目を閉じる。大きく息を吐き出す。
〇BAR・店内(夜)
カウンター席、グラスを合わせる美桜と朱菜。
朱菜「実習、まだあるでしょ。今日飲んでもいいの?」
美桜「伝えたいことがあったから……」
朱菜「?」
美桜、グラスを置いて、
美桜「……別れました」
朱菜「そう。理由は?」
美桜「……気づいたら考えている人は私じゃなかった。それが確定したんです」
朱菜「納得したの?」
美桜「私、許せません」
美桜、スマホをカウンターに置く。朱菜の方へスライドさせる。
朱菜「?」
美桜「気持ちがどこへ向かったのか、ご存じですか」
朱菜「そういうこと」
美桜「……」
朱菜「いいの?」
美桜「はい」
朱菜「そうわかった」
朱菜、スマホを取る。
美桜「ありがとうございます……」
朱菜「大丈夫? もし辛いなら、退職してもいいよ」
美桜「いえ、大丈夫です。見てる生徒もいるし、卒業までいさせてください」
朱菜「そう」
朱菜、美桜を見て微笑んで、
朱菜「だけどこれだけは言っておく。あなたは悪者じゃない」
美桜、笑みを返す。
〇高校・外観
〇同・教室
美桜、教壇に立ち、授業中。ノートを取ったり、美桜の話に耳を傾けたりする生徒たち。その中に、水希、福場。
美桜、チョークを置く。生徒たちに向き直る。
美桜「短い間でしたが、お世話になりました。下手な授業も真剣に聞いてくれて、休み時間もたくさん話しかけてくれて、ほんとにありがとう。受験まであと少し、陰ながら応援しています」
生徒たちから拍手が起こる。
美桜、頭を下げる。
葵の席は空席。
〇同・校庭(夕)
ベンチで佇む福場。
校舎から美桜が出てくる。
福場、立ち上がって、
福場「冬島先生!」
福場、美桜に近づいていく。
福場「どういうことですか」
美桜「短い間だったけど、ありがとう」
福場「じゃなくて!」
美桜「……聞いた?」
福場「聞きました」
美桜「絶対に好きになってはいけない関係。塾外で会うことも許されていない関係」
福場「それでも!」
美桜「私は間違ったことはしてない」
福場「引き裂く必要はあったんですか」
美桜「私はあなたと違って、好きな人が私以外と幸せになることは望めない」
福場「……」
美桜、すたすたと歩き去る。
福場、拳を握りしめる。
水希、校舎の陰から福場の姿を見ている。壁にもたれかかる。ため息をつく。
〇碧山家・廊下(夜)
聡美、食事をトレイにのせて運ぶ。部屋の前で立ち止る。
聡美「葵……」
聡美、肩を落とす。食事を床に置く。
〇同・葵の部屋(夜)
葵、ベッドに横になり、スマホを見ている。
画面、黄田とのLINE。「先生、連絡ください」「大丈夫ですか」などのメッセージが並ぶ。いずれも未読。
葵、スマホを閉じる。勢いよく布団を被る。
〇株式会社みらい・外観
〇同・応接室
黄田の向かいには朱菜と紫野(56)が座っている。
テーブルには写真が置かれている。黄田と葵が抱き合う姿を捉えたもの。
紫野「もう一度訊きます。この生徒とはどういう関係ですか」
黄田「付き合っているとか、そういう関係ではありません」
紫野「では、何故塾外で接触したんですか」
黄田「偶然」
紫野「偶然?」
黄田「偶然を装って、塾を出る時間を示し合わせました」
紫野「何故?」
黄田「話したかったからです」
紫野「塾外接触が禁止だということは周知徹底されていますよね?」
朱菜は頷く。
紫野「連絡先の交換はされましたか?」
黄田「はい」
紫野「好意はありましたか?」
黄田「……はい」
紫野「アウトですね」
黄田「申し訳ありません」
紫野「……幸いにも、当該生徒の保護者からは大事にはしないと連絡をいただいております。ですが、何もお咎めなしというわけにはいきません」
黄田「……」
紫野「追って処分は通達しますが、解雇及び内定取り消しとなることを覚悟しておいてください」
黄田「はい……」
紫野「当然です。好きになってはいけない人を好きになったんですから。これはただの罪です」
黄田、拳を握りしめる。
〇居酒屋・外観(夜)
〇同・店内(夜)
閑散とした店内。
朱菜は焼き鳥を頬張る。
黄田は何にも手を付けていない。
朱菜「好きになったこと、後悔してる?」
黄田「え?」
朱菜「いや違うな。もっとうまくやらなかったこと、後悔してる?」
黄田「申し訳ありません」
朱菜「とりあえず、食べな」
黄田、徐に焼き鳥を取る。
朱菜「私は許さないから」
黄田「はい」
朱菜「どうして抱きしめた?」
黄田「両想いが確定して、舞い上がっていたんだと思います」
朱菜「あなたが軽率な行動をとることで、葵ちゃんが傷つくことは考えた?」
黄田「……」
朱菜「もっと分別のある人だと思ってた」
朱菜、ビールをぐいと飲み干す。
黄田N「何も言い返せなかった。その通りだった」
朱菜「退職手続き、改めて連絡するから、教室来て」
〇アパート・黄田の部屋(夜)
黄田、入る。冷蔵庫を開ける。ぶどうジュースが入っている。
黄田は水を手に取る。
黄田N「葵のことを一番に考えているようでいて、結局は自分のことしか頭になかった」
机に置かれた横浜中央大学の赤本。
黄田N「溢れる想いに蓋をすることができず、葵を傷つける結果を招いた。葵だけじゃない、美桜だって」
黄田、スマホを見る。
画面、LINEのトーク一覧。葵からのメッセージ通知が溜まっている。
黄田N「葵のことを思えばこそ、もう終わりにするべきだ」
黄田、トークを削除する。
〇碧山家・リビング(夜)
仏壇に手を合わせている聡美。
葵、入る。
聡美、葵を見て、微笑む。
× × ×
聡美、葵にお茶を出す。葵の向かい側に座る。
聡美「大丈夫?」
葵「ごめんね」
聡美「全然」
葵「……私、間違ってたかな」
聡美「そうね」
葵「……」
聡美「好きになったことが、じゃなくて、待てなかったことが」
葵「……」
聡美「先生にも同じことが言えるけどね。だけど恋すると周りが見えなくなる。それもまた事実」
葵「先生、先生辞めるんだよね?」
聡美「そうみたい」
葵「私のせいだ……」
聡美「葵にも責任の一端はあるし、先生にも自業自得な側面はある」
葵「好きにならなければ、こんなことにはならなかった」
聡美「だけど想いをなかったことにはできない。それともなかったことにしたい?」
葵「それは……」
聡美「先生のことを思うなら、葵にできることはひとつしかない」
葵、徐に顔を上げる。
〇センター北駅・駅前広場
紅く染まった木々。
停止中の観覧車。
〇みらい塾・外観
〇同・教室
がらんどうの教室。
〇同・同・面談ブース
黄田、署名をしてペンを置く。
秘密保持契約書とある。
朱菜、紙を受け取って、
朱菜「連絡先は消した?」
黄田「ブロックして、消しました」
朱菜「見せられる?」
黄田「はい」
黄田、スマホを渡す。
朱菜、スマホを確認する。
黄田、何気なく壁を見ると、そこには成績アップを称える張り紙。「2学期期末考査 世界史98点 碧山葵」とある。
朱菜、スマホを黄田に返す。
朱菜「あなたのおかげね」
黄田「来ているんですね」
朱菜「続けたいって本人が。こっちとしては辞めさせる権利ないから」
黄田「よかった」
朱菜「普通に授業受けて、普通に自習に来て、今までと変わらない毎日を過ごしているように見える」
黄田「……」
黄田、鞄からプリントの束を取り出す。
黄田「これ、渡してもらうことはできますか」
朱菜「それは?」
黄田「渡せなかった資料です。受験、受かってほしいから」
朱菜「一応、預かっておく」
〇同・教室
黄田、朱菜に頭を下げる。
黄田「今まで、ありがとうございました」
朱菜「こちらこそありがとう」
黄田「申し訳ありませんでした」
と、頭を上げる。
朱菜「頑張って」
黄田「はい」
黄田、出ていこうとすると、扉が開く。
葵、入る。
葵「こんに――」
黄田「葵ちゃん……」
葵「先生……」
朱菜「葵ちゃん、こんにちは」
葵「あ、こんにちは」
黄田「……失礼します」
黄田、教室を出る。
葵「……」
朱菜「早いね」
葵「あ、今日から短縮授業だったんです」
朱菜「そっか」
葵「……ごめんなさい、ちょっと忘れ物!」
葵、思わず教室を飛び出す。
朱菜「葵ちゃん!」
と、追いかけようとするが、やめる。
朱菜「……」
〇塾近くの道
黄田、早足で歩いている。
葵、後ろから駆け足でやって来る。黄田の後ろ姿を認めると、立ち止まる。
葵「先生!」
黄田「(立ち止まって)……」
葵「私――」
黄田「(振り返らずに)ごめん」
葵「私だって、ごめんなさい」
黄田「葵は悪くない。ずっと連絡も返さなくて、ごめん」
葵「先生、もう会えないですか?」
黄田「もう先生じゃない」
葵「……」
黄田「もう会えないし、連絡も返せない」
葵「後悔、してますか」
黄田「……」
黄田、拳を握りしめる。空を見上げる。
黄田「後悔してる」
葵の目から涙が流れる。
黄田「でもそれは、好きになったことじゃなくて、葵に苦しい思いをさせたこと」
葵「先生」
と、駆けだそうとする。
黄田「ダメだ」
葵、思わず立ち止まる。
黄田「それ以上はダメなんだ。僕たちの間には距離がある。近づいてはいけない。罪」
葵「先生……」
黄田「……ごめん」
葵「わかりました。じゃあ、ここで言います」
黄田「……」
葵「私、絶対に浜中受かります。愛名大も受かります。全部受かるから。だから、見ててください」
黄田「(徐に振り返って)ああ、応援してる」
葵「先生……」
黄田、微笑む。
葵、微笑み返す。
〇高校・教室
授業中。
ノートを取る葵。
葵N「それから私は、先生のいない空白を埋めるようにして勉強に励んだ」
〇みらい塾・教室・自習室(夕)
問題を解いている葵。
葵N「時間は身勝手で、私を待ってはくれない」
朱菜、通り過ぎ際、立ち止まる。葵を見て頷く。
〇碧山家・リビング(夜)
聡美、勉強中の葵にお茶を出す。
葵、微笑む。
葵N「刻一刻と迫るリミットに焦りや恐れを抱きながらも、私は戦い続けた」
〇みらい塾・教室(夜)
教室を出ようとしている葵。
朱菜は、葵にプリントの束を渡す。
葵N「そうして瞬く間に時は流れ」
プリントの1枚目、「重要年号チェックシート」とある。
〇高校・教室
水希、福場に抱き着く。
福場の手には合格通知。「横浜中央大学」とある。
葵N「私は確実に未来へと歩を進めていく」
福場、葵に頷く。
葵、微笑んで、頷く。
〇みらい塾・教室
受付には雪だるま。
朱菜、雪だるまをどけて、鏡餅を飾る。
壁には、共通テストまでの日数が掲げられている。
葵、模試の帳票を美桜と朱菜に見せる。
横浜中央大学商学部の判定はB。愛名大学商学部の判定はA。
〇センター北・実景
葵N「だけど心にぽっかりと空いたその溝が、埋まることだけは決してなかった――」
〇アパート・黄田の部屋(夕)
段ボールだらけの部屋。黄田、本を段ボールに詰めている。
段ボールに入った横浜中央大学の赤本。
黄田、赤本を見つめる。
インターフォンが鳴る。
〇みらい塾・教室(夕)
朱菜、キットカットの入った小包を葵に渡す。
葵「キットカットだ」
朱菜「ありきたりだけどね、なんだかんだこれが一番ご利益ある」
葵「ありがとうございます!」
朱菜「まずは共通テスト、頑張るんだよ」
葵「はい」
朱菜「ちなみに、冬島先生たちからのメッセージカードも入ってる」
葵「ええ、楽しみ」
朱菜「家帰って読んで」
葵「はい、ありがとうございます」
○アパート・黄田の部屋(夕)
黄田、グラス2つにぶどうジュースを注ぐ。
美桜、気まずそうに部屋を見渡している。
黄田、グラスをテーブルに置く。
美桜「ありがとう」
黄田「うん。ごめん、何も連絡しなくて」
美桜「引っ越すの?」
黄田「実家に。大学もあとは卒業式だけだし、今のうちに帰って来いって」
美桜「……内定は?」
黄田「取り消し。当然だよ。でも親父は嬉しそうだった。工場継がせたかったから、よかったんじゃいかな」
美桜「……ごめん」
黄田「どうして?」
美桜「……私だから」
黄田「え?」
美桜「2人の関係を伊東さんに伝えたの」
黄田「……やっぱり」
美桜「え?」
黄田「なんとなく、そう思ってた」
美桜「……」
黄田「ごめん、美桜のことないがしろにして」
美桜「私だって、ごめん」
黄田「うん、でももう大丈夫だから。後悔したり、責任を感じたりしないで」
〇碧山家・葵の部屋(夜)
葵、メッセージカ―ドを読んでいる。美桜や朱菜からの激励の文言。
葵、カードをめくる。
葵「え……」
カードには、「黄田拓海」の文字。
〇アパート・黄田の部屋(夜)
美桜、部屋を出ようとする。
美桜「じゃあ」
黄田、頷いて、
黄田「ありがとう」
美桜「ねえ、私が言うの変だけど」
黄田「ん?」
美桜「何か伝えたいことある? 応援とか、そういうこと」
黄田「ありがとう。でも大丈夫。伊東さんに託したから」
美桜「そっか。……じゃあ」
黄田「じゃあ」
美桜「さよなら」
美桜、部屋を出る。
扉が閉まる。
黄田、大きく息を吐き出す。
〇横浜中央大学・外観
雪が降っている。
〇同・正門・外
「大学入試共通テスト試験会場」の立て看板。
人々が入っていく。
正門前で立つ美桜。手に息を吹きかける。
葵、向こうからやって来る。
黄田N「葵ちゃんへ」
葵、美桜に駆け寄る。
黄田N「最後まで授業できなくてごめん」
葵、美桜とグータッチする。正門をくぐる。
黄田N「だけど、葵ちゃんなら大丈夫」
〇同・教室
試験管の合図とともに一斉に問題用紙を開く人々。その中に葵。
〇新幹線・車内
黄田、窓の外を眺めている。
黄田N「勝手に勝手なこと言うけど、僕は大丈夫だって思ってる」
〇横浜中央大学・教室
葵、解答用紙に解答を記入していく。
黄田N「自信を持って、勝利を掴んで」
〇新幹線・車内
「まもなく名古屋」と車内アナウンス。
黄田、席を立つ。歩いていく。
〇センター北・実景
〇センター北駅・駅前広場
桜が咲き始めている木々。
〇高校・正門・外
卒業式を示す立て看板がある。
〇同・教室
黒板には「祝・卒業」と書かれている。
生徒たちは談笑したり、写真を撮ったり、涙を流したりと様々。
水希、葵に抱き着く。
葵「ね、暑い」
水希「最後なんだからいいでしょ」
葵「……ほんとにありがとね」
水希「会えないの淋しい」
葵「会えるよ」
水希「今までの頻度ではなくなるじゃん」
葵「ま、そうだけど」
水希「彼氏できたら報告するから」
葵「(咄嗟に水希から離れて)え、別れてたの!?」
水希「うん、言ってなかった?」
葵「聞いてない」
水希「ごめんごめん。葵もちゃんと報告してね。彼氏、できたら」
葵「……」
〇同・屋上
校庭を見下ろす福場。
葵、入る。
葵「やっぱりここだ」
福場「おお」
葵「何してるの?」
福場「見納め」
葵、福場の隣、欄干にもたれかかる。
福場「葵は?」
葵「淳介に会いにきた」
福場「?」
葵「受かったよ」
福場「浜中?」
葵「うん」
福場「おう、マジか。おめでとう!」
葵「ありがとう」
福場「連絡ないから心配してた」
葵「直接言った方がいいかなって」
福場「ありがとう。先生には?」
葵「うん、伝わってると思う。冬島先生にお願いしたから」
福場「そっか」
葵「でもね、辞退した」
福場「え?」
葵「……」
〇回想/碧山家・リビング(夕)
聡美、不安げな面持ちで葵を見つめて、
聡美「ほんとにいいの?」
葵「もう心は決まってる」
聡美「そう」
葵「私、好きだから」
机には、大学の合格通知書。「愛名大学商学部」とある。
聡美「ただの滑り止めじゃなかったのね」
葵「うん、結果的に本命はこっちになった」
聡美「会える保証はないよ」
葵「探す」
聡美「……わかった」
葵「お母さん」
聡美「葵が考えて決めたことなら、私が反対する理由はない」
葵、頬を綻ばせる。
聡美「愛を、終わらせちゃダメだよ」
葵、力強く頷く。
〇高校近くの道(夕)
葵、水希、福場、桜並木の道を歩いている。
福場「名古屋か」
水希「絶対会いに行くから」
葵「うん」
葵、水希、福場、分かれ道で立ち止まる。
福場「恋は盲目だな」
葵「元々の第1志望蹴って、滑り止めに行くからね。盲目だよね」
福場「自覚あるんだ」
葵「でも、先生がいた大学だから目指しただけで、先生の近くにいられるならそっちを取る。私は最初からずっと盲目なんだよ」
水希「葵らしい」
福場「確かに」
葵「近くにいられると決まったわけじゃないけど」
水希「応援してる」
福場「俺も。幸せになれよ」
葵「ありがとう」
水希「じゃあ」
水希、手を差し出す。
葵、頷いて、水希の手を握る。福場に目配せする。
福場、ニヤリと笑って、葵と水希の手に自身の手を重ねる。
〇センター北駅・駅前広場(夕)
桜咲く木々。動く観覧車。
美桜、観覧車を見上げている。
葵、向こうからやって来る。
美桜、ふと視線を向けると、葵と目が合う。
美桜「葵ちゃん」
葵、立ち止まる。
桜の木を挟んで立つ葵と美桜。
葵「最後の塾外接触ですね」
美桜「おめでとう」
葵「ありがとうございます」
美桜「『おめでとう』って言ってた」
葵「大学名は?」
美桜「ううん。受かったことだけ」
葵「そっか……。伝えてくれてありがとうございます」
しばしの沈黙。風に吹かれて桜の花びらが舞う。
美桜「ねえ、訊いていい?」
葵「はい」
美桜「今も好き?」
葵「考えない日はないくらい」
美桜「そう」
葵「訊いていいですか?」
美桜「何?」
葵「今も好きですか?」
美桜「ううん。今はもう、そういうのじゃない」
葵「そっか」
美桜「ごめんね、2人を引き裂いて」
葵「悪いことしたのは私たちだから。でも、もういいですよね。もしまた出逢えたら、恋をしても」
美桜「え?」
葵「先生で生徒だったから許されなかっただけで、大学生で社会人だったら、誰にも咎められないですよね」
美桜「葵ちゃん……」
葵「冬島先生、今までお世話になりました」
葵、深く頭を下げて、去ろうとする。
美桜「……待って」
葵、立ち止まる。
美桜「会うの?」
葵「そのために愛名大にしたんです」
美桜「会えるの?」
葵「わかりません」
美桜「名古屋ってだけじゃ無理でしょ」
葵「わかってます」
美桜「……入学式いつ?」
葵「4日です」
美桜「……わかった」
葵「え?」
美桜「伝えとく」
葵「え……」
美桜「私にできることはそれだけ」
美桜、ぎこちなく笑う。刹那、葵と目を合わせ、すぐに逸らす。
美桜「じゃあ、さよなら、葵ちゃん」
美桜、踵を返す。すたすたと歩き去る。
葵「……」
葵、美桜に一礼する。踵を返して、歩き出す。
遠ざかっていく葵と美桜の距離。
〇名古屋・実景
名古屋駅や名古屋城など。
テロップ「A few weeks later」。
〇愛名大学・正門・外
晴れ渡る空。
「2025年度入学式」の立て看板。
〇同・体育館
入学式が執り行われている。舞台上、学長が話している。
葵、話を聴いている。
〇同・道
坂道の両端には満開の桜。
黄田、桜を見上げる。
〇回想/工場・外
作業服の黄田。汗を拭う。ぶどうジュースを飲む。
黄田のスマホ、メッセージ通知。
黄田、スマホを開く。
スマホ画面、美桜からのメッセージ。
「葵ちゃんの進学先、愛名大学」「入学式は4月4日」とある。
黄田、息を吐き出す。その目には決意が宿っている。
〇愛名大学・道
黄田、坂道を上っていく。
坂の上から、葵、やって来る。黄田に気づくと立ち止まり、
葵「先生!」
黄田、立ち止まり、
葵「来てくれたんですね」
黄田「……聞いた。おめでとう」
葵「来ちゃいました」
黄田「うん」
葵「会いたかったです」
黄田「……僕も、ずっと想ってた」
葵「先生……」
黄田「もう先生じゃないよ」
葵「……そっち行っていいですか」
葵、坂を下りていく。
黄田「まだいいって言ってない」
黄田、坂を上っていく。
葵「じゃあ、ダメですか」
黄田「なあ、葵」
黄田と葵の距離はゼロになる。
葵「何ですか?」
黄田「好きだ」
葵「……私も」
黄田、葵を抱きしめる。
葵、黄田を抱きしめ返す。
風が吹き、桜の花びらが舞う。
(完)
コメント
コメントを投稿するには会員登録・ログインが必要です。