FALL ホラー

夢を追い充実した日々を送る真耶。こつ然と姿を消した三流記者で元恋人の玲を捜すうち、耳の聞こえない初老の男と出会う。やがて彼女は、この世には邪悪な生き物の巣食う別の世界があることを知ってしまうのだが・・・。
多賀谷 なつ 30 0 0 07/13
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第一稿

登場人物
郡上 真耶(27)
 元雑誌編集者。現在は本の装丁家。
山崎 玲(28)
 真耶と同期の四年目の雑誌記者。趣味はバイク。
鈴木 丈一郎(60)
 通称、ジョー ...続きを読む
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登場人物
郡上 真耶(27)
 元雑誌編集者。現在は本の装丁家。
山崎 玲(28)
 真耶と同期の四年目の雑誌記者。趣味はバイク。
鈴木 丈一郎(60)
 通称、ジョー。レイの地元にある古本屋の店主。
鬼化
 邪悪な人間が怪物となった姿。
霧もどき
 悪霊。ドライアイスような白い煙。
中年男(53)
“鬼化”されていた男。
山本 ひなこ(17)
 玲と同じ地元の女子高校生。
中島 英司(24)
 女子高生ばかりを誘拐し、斡旋する男。


◯山道(薄暮)
  英司とひなこを乗せた車が細くうねった山道を走る。

◯車内(薄暮)
 スピーカーから音楽が鳴り響く。
 運転席には耳にたくさんのピアスを付けた英司。
 助手席ではひなこがピンク色のワンピースを眺めている。
英司「それ気に入った?」
ひなこ「うん!すごくかわいい。ありがと!プレゼントしてくれて」
英司「ひなこが本当、かわいいからさ」
ひなこ「本当?じゃあさ、私服の時と制服の時と・・・どっちがかわいい?」
英司「どっちかな〜どっちともかわいいよ」
ひなこ「やだ〜うまい事言って〜」
  英司が道の先に廃車場の入り口を見つける。
  他人に見られたくないかのように、辺りを気にしながら中に入っていく。

◯廃車場の建物、外(夜)
  停車すると英司はスマートフォンを取り出す。
ひなこ「どうしたの?ここ気味悪いよ」
英司「小便だよ。車で待ってろ。いいな?」
ひなこ「うん・・・早くしてね」
  心配顔のひなこをよそに、英司が電話をかけながら車を降りる。

◯廃車場の建物、中
  裸電球の下に鬼化が現れる。人間の様な容姿だが目が黄色い。

◯廃車場の建物、外(夜)
  英司は車を降り、車から離れていく。
英司「よお、俺だ。注文通り、女子高生1人、調達したぜ。え?そりゃ、かわいいよ。それにバージン!え?嘘じゃねえよ。本当だよ!うまく連れ出したからバレねえし。だから好きにしていいけど、前の倍は払ってもらわねえと。ああ・・・そうだ・・・じゃ、その金額で。で、引き渡しはいつもの場所?オッケー。着いたら電話する。じゃあな」
  英司は電話を切り、寒気がして身震いする。
  彼は辺りを見回しながら急いで車に戻る。

◯車内(夜)
  ひなこが化粧をするのも構わず車を出そうとする英司。
ひなこ「ああ!ちょっと待ってよ!マスカラ直すのあとちょっとだったのに!」
英司「何だよ!早くしろよ!」
ひなこ「え?何ビビってんの?」
  ひなこがケンジを見て睨む。その時、窓越しに鬼化が現れる。
  ひなこの目が釘付けになっているのを見て、ケンジもそちらを見る。
英司「うわっ!何だよこいつ!」
  ひなこが我に帰る。
ひなこ「車、出して!出してよ!」
  英司が慌てて車を出そうとしている間に鬼化が腕を振り下ろす。
  車の窓が砕ける激しい音がする。叫ぶ2人。
  鬼化が大きく息を吸い、次に一気に口をすぼめて息を吸う。
  二人は抵抗するが瞬く間に吸い込まれる。
  静寂。

◯雑誌編集部、室内(夕)
  記者たちが取材に出払い人影がないオフィス。
  玲がパソコンの画面を見ている。
画面“セクハラ容疑のA氏 飛び降り自殺”
  上司の田中が足早に玲の元に来るので、慌てて画面を閉じる。
田中「玲!おまえまだ居たのか!早く外に出てネタ探せって言ってるだろ!今週中に、記事見せろよ!いいな!」
玲「すみません。いいネタ無くて」
田中「ネットで探したってある訳ないだろ!足で稼げよ!足で!相変わらずやる気ないんだな。いつまでも面倒みられないぞ!編集長にドヤされるの俺なんだからな、頼むよ!」
  田中はそう言い捨て、足早に去っていく。
  玲は田中を見送り、ほっとしてインターネットのニュース一覧をぼんやり眺める。
  すると、あるニュースに目が止まる。
記事“女子高生、ショッピングモールで失踪、家出か?”
  玲は記事を読み、ショッピングモールが映った写真を見る。
玲「あっ・・・やっぱり、ここ知ってるぞ。実家の近くだ。そっか、あそこだ。あの滝がある方角だ・・・」
  玲は少し考え込んでからにやっとする。
玲「よし、これで行こう」

◯真耶のマンション、室内(夕)
  真耶が本の装丁のデザインを考えている。
  スマートフォンのバイブしている。
  真耶が画面を見ると、玲の電話番号が表示されている。
  一瞬、躊躇したものの緊張しながら電話に出る。
真耶「もしもし、郡上です」
玲「真耶?俺。久しぶり・・・」
真耶「玲?本当、久しぶり。一年ぶりかな・・・元気?」
玲「ああ・・・元気だよ。相変わらず」
真耶「どうしたの?何かあった?」
玲「いや、何もないよ!・・・ただ・・・ちょっと頼みたい事があって・・・」
真耶「頼みたい事・・・?」
  玲が返事をしない。
真耶「玲?」
玲「・・・あのさ、俺たち・・・まだ友達かな?」
真耶「え?ええ・・・まあ・・・」
玲「最後・・・友達でいようって言ったけどさ・・・結局、連絡できなくて・・・」
真耶「いいのよ。私も忙しかったし・・・」
玲「本当?そっか。でさ・・・えっと・・・仕事、順調?」
真耶「うん。忙しい。まだ開業一年だから・・・気が抜けないわよ」
玲「そっか。忙しいなら順調って事だよな。あ、俺この前さ、真耶の装丁した本、見かけたよ。豪華本って感じで・・・良かった」
真耶「へえ、誉めてくれるんだ。ありがと」
玲「そりゃ、そうだよ。いい出来だったもん。本当、出版社辞めて正解だよ」
真耶「編集部に向いてなかったのよ。忙しさについて行けなかったんだしね。それで・・・何の用?」
玲「あ、ごめん!えっと・・・急で悪いんだけど他に頼める相手がいなくて・・・」
真耶「そっか・・・」
玲「えっと・・・これから急いで実家に行くんだ。でさ、シャロンの餌やりを頼みたいんだけど・・・まあ、急に頼んでも無理だよな?」
真耶「どうかな・・・」
  少し躊躇する真耶。
真耶「まあ・・・私でよければ、やるよ」
  真耶は“しまった”という顔になる。
玲「本当?サンキュー!実はさ、ペットホテル空いてないし、同僚には頼みにくいし・・・本当、困ってたんだ」
真耶「そうか・・・まあ、時間ならちょっとあるから大丈夫。それにシャロンなら全然問題ない」
玲「助かるよ」
真耶「それで・・・いつ出発するの?」
玲「これから出発する」
真耶「ずいぶん急ね。新しいネタ?」
玲「まあね・・・バイクで現場とか、回るんだ」
真耶「バイクか・・・気を付けてね」
玲「ああ。久しぶりだから気をつける。で、鍵の場所は覚えてる?」
真耶「あそこね?変わってなければだけど」
玲「変わってない。今もね・・・」
真耶「そう・・・わかった」
玲「じゃ、よろしくな」
真耶「あ、で・・・いつまで世話すればいいの?」
玲「あ、そっか、言ってなかった。一週間位かかりそうかな。帰る前の日に連絡入れるよ。とにかく、ありがとな」
真耶「うん。いいって」
玲「じゃあな」
真耶「うん。それじゃあね・・・」
  真耶は電話を切り、深く息をする。
真耶「引き受けちゃった・・・私、お人好しね。どうしよう・・・とりあえず・・・明日の朝、行ってみるかな・・・」
  真耶が新鮮な空気を吸おうと窓を開けると、暑い空気が一気に押し寄せてくる。
  彼女は熱気を深く吸い込んで、気持ちを落ち着かせる。

◯玲の実家、ガレージ(早朝)
  玲は早起きしてガレージへ行き、バイクのシートを取る。
玲「久しぶり!元気だったか?今から整備してやるからな!仕事はさっさと済ませて、おまえとツーリングに行くぜ!」
  一時間後。
  整備が終わり、玲はバイクを発進させる。

◯玲のマンション、室内(午前)
  真耶は窓の下に貼ってある鍵で中に入ると、すぐに猫のシャロンが体をすり寄せて来る。
真耶「久しぶりシャロン!一年ぶりね!元気だった?相変わらず、いい子ね〜。」
  真耶はシャロンを抱いて頭をなでながら部屋に入り、部屋を見ると紙くずやゴミが散乱している。
真耶「こっちは相変わらず、汚いわね!これだから・・・」
  真耶がゴミを拾って捨てようとすると、ゴミ箱の中に丸められた紙が目に入る。
  それを延ばすと記事だと分る。
記事“女子高生失踪、真夏の夜の恐怖”
真耶「安っぽいタイトルの記事ね・・・ネタって、これかしら?もう、玲ったら・・・」
  真耶は複雑な気分で佇む。

◯モールのファストフード店、店内(昼)
  玲はハンバーガーを食べながら、スマートフォン上で地図を見ている。
  テーブルの上には、手帳やノートパソコンが散乱している。
  その一番上に、とても古そうな古地図が広げてある。
玲「次は・・・女子高生の家に行くか・・・」
  玲はため息をついてから考え込む。
  掃除をしていた中年の店員Bが、それを見て、珍しそうに少し覗き込む。
玲「いいや・・・よし!」
  玲が勢いよく立ち上がったので、店員が
  驚いて玲の顔を見る。
店員B「有り難うございました。ゴミ、頂きますね」
玲「あ、すみません」
  玲が慌てて古地図や手帳などをバックに放り込んで、店を後にする。

◯山道(夕方)
  蛇行している道を玲のバイクが走る。
  道の脇に停まってヘルメットを脱いで水分を補給する。
玲「暑っつ!久々のツーリングで疲れたぜ・・・けど、もう少しスピード上げないとな・・・」
  玲は深呼吸して、バイクを発進させる。

◯廃車場の建物、外(夕方)
  霧もどきが意志を持っているかのように静かにスルスルと建物内に入っていく。

◯廃車場の建物、中
  やがて、霧もどきは奥の部屋に辿り着き階段を見つけ降りて行く。
  その先の鉄の扉は堅く閉まっているが、霧もどきは隙間から部屋に入り込む。
  部屋の中では鬼化が丸くなって服の山を見つめている。
  服の山の斜面に、ひなこのピンク色のワンピースがへばりついている。
  鬼化がビクッとして振り向く。
鬼化「ダレダ!クルナ!!」
  鬼化が怯えながらも怒り狂って雄叫びを上げる。
  霧もどきが、のろのろと来た道を静かに戻っていく。

◯廃車場の建物、外(夜)
  道の先に廃車場の入り口を見つけ、玲がバイクに乗ったまま入っていく。
  バイクを降りヘルメットを脱ぐと、彼が放つ熱気と霧が混ざって立ち登る。
玲「ここ・・・廃車場か・・・どっちみち野宿だし、まあいいか・・・」
  玲は廃車が積まれている道を進み建物に近づく。
  壊れた壁の隙間から中を覗く。
  中は真っ暗で人の気配はない。
玲「誰もいないな・・・中入っても怒られないかな?バイクも入れられそうだし。よし!」
  玲が壁から体を離し振り向く。
  すると、目の前に黄色い目がある。
玲「うあっ!」
  玲は驚いて後ずさりするが、頭を壁に叩きつけてしまう。
  頭をさすり痛がる玲。
  その間に鬼化が口をあんぐりと開け、次に一気に口をすぼめ息を吸い始める。
  玲はそれを見て慌てて抵抗するが、瞬く間に吸い込まれる。

◯玲のマンション、室内(夜)
  数日後。
  真耶が玄関を入ると猫のシャロンがまた、すり寄って来る。
真耶「あ〜ごめんね。こんな時間になっちゃた!餌、餌、餌っと!」
  餌を用意していると、家の電話が鳴る。
  真耶が取るのを躊躇していると留守電になってしまう。
玲の母「玲?いるの?携帯にかけたけど出ないから、家の電話にも伝言入れるわよ。今日戻るって言ってたわよね?まったくもう。夕食、作ったのよ・・・それじゃね。連絡ちょうだいよ」
  真耶が考え事をている間に電話が切れる。
真耶「連絡がないって・・・」
  真耶は不安になって、スマートフォンを取り出し、玲に電話をかける。
  すぐに留守電になってしまう。
真耶「もう・・・とりあえずメールでいっか・・・」
  真耶はショートメールを打つ。
メール“いまどこ?お母さんが心配してる”
  シャロンを撫でながら返信を待つ真耶。
  返信が来ないので、真耶は苛立っている。
真耶「もう、待てない!シャロン、ごめんね!明日の夕方には帰ってくるから!イヤだろうけど、カリカリ食べるのよ!」
  “にゃ〜”と返事するシャロン。
  自動で出てくる餌の装置のタイマーをセットして、慌てて家を後にする真耶。
  シャロンがその後ろ姿を見送る。

◯玲の実家に近い道(夜)
  殺風景な道を走る真耶の車。
真耶「あーもう!電話もメールもないなんて・・・心配するに決まってるじゃないの。どうすればいいのよ・・・」
  真耶は大きなため息をつく。
真耶「もう限界!ひと休みさせて!」
  真耶は車を路肩に寄せ、停車させる。
  外を見ると、暗い森の奥で何かが鳴いているのが聞こえてくる。
  真耶はぞっとして、身をすくめる。
  気を取り直し、メールをチェックすると一通だけ受信している。
メール“真耶 お疲れ。行方不明の女の子の住所は以下だ。助っ人ありがとう。玲によろしく。田中”
真耶「さすがベテラン記者!女子高生の家、もう分ったんだ!」

◯車中、ひなこの家の前(朝)
  明るい日射しが車の中に差し込み、
  仮眠を取っていた真耶が眩しさに目覚める。
  水を飲んでから、ひなこの家をみつめる。

◯ひなこの家の前と玄関内(朝)
  真耶が車を降りて家に向って歩いていると、張り込みのカメラマンが目で追う。
  それを無視して家のインターホンを押す。
  しばらくして、スピーカーからひなこの母親の声が聞こえてくる。
ひなこの母「はい・・・何でしょうか?」
真耶「始めまして。フリーランスの記者をしている郡上といいます。こちらに記者の男性が来ませんでしたか?」
ひなこの母「たくさん来たわよ」
  ひなこの母親の冷たい声が返って来る。
  萎縮してしまう真耶。
真耶「あ・・・すみません。私、取材で来たんじゃありません。あの、同僚の記者を探しています。」
  ひなこの母親が玄関を開ける。
  真耶は滑り込むように中に入る。
  そこには、憔悴した様子の中年女性が立っている。
ひなこの母「ごめんなさい・・・私、娘のことで疲れていて・・・」
真耶「こちらこそ、すみません。」
  真耶は頭を下げると、玲が写っているスマートフォンを差し出す。
ひなこの母「・・・この人?」
真耶「そうです。来ませんでしたか?」
ひなこの母「いいえ・・・来てないわ」
真耶「そうですか・・・」
ひなこの母「その方も・・・ひなこの件を調べていらっしゃるんですか?」
真耶「え?・・・そう思ったんですが、私の勘違いだったみたいです。本当にこんな時にすみません。お娘さんが見つかる事を祈っています。お邪魔しました」
  真耶が逃げるように後ろを向こうとすると、ひなこの母親が手を伸ばす。
ひなこの母「待って!その人もこの辺でいなくなったんなら、もしかしたら、事件に巻き込まれたんじゃないの?」
  真耶は返事に困って口をパクパクさせる。
真耶「それはないと思います・・・」
ひなこの母「ああ・・・そう・・・」
真耶「本当にお邪魔しました」
  真耶は頭を下げて、そそくさとその場を離れる。
  先程のカメラマンがその後ろ姿を目で追う。
  真耶は急いで車を発進させる。
真耶「お母さん・・・家出じゃなくて事件だと思ってるんだわ。そうだよね・・・いなくなってから何日も経ってるし・・・」
  真耶はため息をついてからつぶやく。
真耶「じゃあ、次は・・・ひなこちゃんが最後に目撃されたモールに行くかな・・・」

◯モールのファストフード店、店中(昼)
  真耶は疲れた様子で席に座ると、急いで飲み物を飲み干す。
真耶「あ〜美味しい。もう駄目だ・・・暑い」
  真耶がモールのパンフレットを見る。
  ほとんどの店にペンでチェックの印がつけてある。
真耶「どこも駄目か・・・どうしよう・・・」
  途方に暮れる真耶。
  丁度そこに、店員Bが掃除をしに来る。
  彼女は気を取り戻して立ち上がって声を掛けてみる。
真耶「あの・・・すみません。この人、見た事ありませんか?」
  スマートフォンを差し出す真耶。
  店員Bが覗き込む。
店員B「いや・・・見た事ないですね」
真耶「そうですか・・・ありがとうございます」
  その直後、店員Bがはっと立ち止まる。
店員B「いや!知ってます!古地図の人だ!」
真耶「え?」
店員B「あ、いや・・・三日前だったか、ここに来ましたよ」
真耶「やった!良かった〜。それって、本当に三日前ですね?」
店員B「えっと・・・シフトの日だから、間違いないです」
真耶「彼、どんな様子でした?」
店員B「どんなって・・・・・・確か・・・何かこう・・・手書きのものすごく古い地図を見てましたよ。」
真耶「手書きの・・・古い地図?」
店員B「珍しいので、つい目に入っちゃっいまして。熱心に見てましたよ。それで、覚えてたんです。」
真耶「ありがとうございます!助かりました!」
店員B「いいえ。お役に立ててよかったです」
  真耶は頭を下げて、足早に店を出る。

◯古書店、外(夕方)
  真耶が車を停車させると、年期が入った古書店の看板が見える。
  スマートフォンを見ると、半径三キロ内にある古本屋が一カ所だけ表示されている。
真耶「古い地図ならきっとここよね。よし、一か八か行ってみよう」
  真耶は車のドアを開け、古書店に向かって歩く。

◯古書屋、室内(夕方)
  扉を開ける真耶。
  本の多さと古さに圧倒され、つい眺め回してしまう。
真耶「ダメダメ!本を見に来たんじゃない!もう!」
  真耶が本の山をかき分けて進むと、隅のにカウンターがある。
  その中でジョーが座って本を読んでいる。
真耶「すみません」
  無反応のジョー。
  真耶は少しイラつきながら前のめりになる。
真耶「すみません!」
  真耶が身を乗り出すと、ジョーの読んでいる本に影を作る。
  すると、彼が驚いて顔を上げる。
真耶「あ・・・すみません!驚かせて」
  ジョーはしばらく真耶をじっとみつける。
  真耶が怪訝な顔になると、彼はっとして貼ってある紙を指差す。
張紙“耳が不自由です。でも、唇が読めます。ご安心を。店主 ジョウイチロウ”
真耶「あ・・・すみません。気が付かなくて。それで・・・私、ある人を探しています。この人なんですが、来ませんでしたか?」
  ジョーが真耶の差し出したスマートフォンの画面を見る。
ジョー「はあはあ。ころひと、けたよ」
真耶「この人来たんですね!当たった・・・ああ、よかった〜」
  訳が分らないという顔をするジョー。
真耶「それで、彼は何か・・・買いましたか?」
ジョー「へへっと、ころへんのやまのてす」
真耶「え?やまのてす?」
  店主は焦れったそうに地図の山の中から一枚の古い地図を引っぱり出し、真耶に見せる。
真耶「ああ、山の地図ですか・・・」
ジョー「はあはあ!そうへす」
真耶「何か・・・この人と…話しました?」
ジョー「ほんらに、ゆっくりしゃへんなくれいいほ」
  ジョーが笑い、真耶が赤面する。
真耶「すみません。ジョウイチロウさん」
ジョー「ジョーでいいれす。みんな、ジョーと言いまふ。ほれで、あなたの名前は?」
真耶「真耶です。よろしくお願いします。で、この人は玲といいます。それで・・・彼はどうして山の地図を?」
  ジョーが首に下げたメモ帳に返事を書く。
ジョー“子供の頃に聞いた幻の滝を訪ねたいと言った”
真耶「幻の滝?」
ジョー「へい」
  ジョーがメモ帳に急いで書く。
ジョー“私も入り口まで行ったことがある私有地内だから地図には載ってない
    最近は滝に近付く人はいない”
真耶「私有地?入るには、許可がいるんですか?」
ジョー「ああ・・・」
  ジョーは手を振ってからメモ帳に書く。
ジョー“入っても分からないだろうけど、急勾配の岩場だから一人では危険”
  真耶はジョーをじっと見てから言う。
真耶「でも、玲には教えたんですよね?」
ジョー「ほりゃ、男らしね・・・」
真耶「男ね・・・」
  真耶は考え込んだ後、ジョーを見る。
真耶「それじゃあ・・・ジョーさんなら行けますか?」
ジョー「まあ・・・行けない事は・・・」
真耶「じゃあ、案内をお願いします」
ジョー「わらし!?」
  ジョーがびっくりして、両手を挙げる。
真耶「昨日帰って来るはずが帰って来なかったんです。一日しか経ってないけど・・・大げさかもしれないけど…何故か胸騒ぎがするんです。無理を言ってるのは分ってます。でも、お願いです!助けて下さい!」
ジョー「その人、恋人らのかい?」
真耶「ち、違います! む、昔ちょっと付き合ってましたけど…今は違います。でもとにかく私、その滝に行かないと」
  真剣な真耶の顔をジョーが覗き込んで、しばらく見つめてから、うなずく。
ジョー「いいらろ。分かったよ」
真耶「本当ですか?有り難うございます!」

◯古書屋、外(早朝)
  真耶の車が店の前に止まる。
  ジョーがそわそわした様子で店の周りをチェックしている。
  真耶が車を降りてジョーに手を振ると、ジョーが気付く。
真耶「お早うございます。ジョーさん」
ジョー「ああ・・・おはおう」
真耶「行けますか?」
ジョー「ああ・・・まあ。うん」
  ジョーは無理に笑う。

◯車中(早朝)
  真耶がジョーをちらっと見ると、しかめ面で前を見ている。
  ジョーの目に入るように手を振ると気付いて真耶を見る。
真耶「地図、見なくて大丈夫ですか?」
ジョー「らいしょうふ。分かる」
真耶「そう・・・ならいいけど・・・」
  真耶はまた、ジョーをちらっと見る。
  しばらくして、真耶が笑顔になる。
真耶「ああ!そうだ!誰かに似てると思ってたのよ!誰だか分った!ロバート・デ・ニーロに似てる!」
  真耶が笑っていると、ジョーがきょとんとした顔で真耶を見る。

◯脇道(朝)
  森が深くなり、山道を暗くしている。
ジョー「もうすぐらよ」
  山道の脇に車を停め、二人が降りると、横に細い脇道がある。
  真耶がバイクのタイヤ跡を探す。
真耶「この道、あのバイクじゃ無理そうね・・・本当に地図にあった道は・・・ここ?」
ジョー「そうらよ」
真耶「それなら行ってみるしかないわね・・・」
  二人が霧のがかった脇道をずいぶんと歩いた所で、浅く幅の広い川に出る。
真耶「大きな川ね。この川の向こう側かな・・・どう?」
  ジョーが前方を指差す。
真耶「この先?」
  ジョーがうなずくと、真耶は川沿いの道を歩き始める。
  しばらく行くと、真耶が遠くの川の上を一筋の線が通っているのを見つける。
真耶「橋よ!ジョー、橋がある!橋!」
  真耶が必至に手を振ってジョーに言う。
真耶「ジョー、あの橋を渡った事ある?」
ジョー「ああ。あるよ・・・大昔・・・」
真耶「よかった!じゃあ、行きましょう!」
  真耶が足早に進むとジョーが心配そうな顔でその後に続く。

◯闇の中
  玲は起き上がって辺りを見るが真っ暗で何も見えない。
玲「え?あれ?何も見えない・・・ヤバい・・・目やられたか?ああっ…どうしよう!」
  玲は自分の目を一生懸命こする。
  急いでスマートフォン取り出して起動させると明るい画面が見える。
  ほっとする玲。
玲「電波届いてない・・・えっと、いま何時だ?え?俺、丸二日気絶してたのかよ・・・」
  玲が困惑しながら顔を上げると、前方にうっすら明かりが見える。
玲「え!?明かりだ!誰かいる!?」
  彼は慌てて立ち上がり、明かりに向って歩き出す。
  一時間歩いて、やっと両足を抱えた人陰を見つける。
  傍らに、バックライトが点灯しているスマートフォンがある。
  よく見ると、ひなこが座っている。
玲「すみません・・・」
  恐る恐る話しかける玲。
  すると、相手の頭が重々しく上がる。ひなこだ。
玲「ああ・・・どうも。初めまして・・・」
  玲がしゃがむと、ひなこが声もなく勢いよく抱き付き、二人一緒に後ろに倒れる。
玲「うわっ!」
ひなこ「ああ!よかった!ひとりぼっちかと思った!一人ぽっちで死んじゃうのかと思った!怖かったよ!」
  ひなこが、幼い子供のように泣きじゃくる。

◯滝への道(朝)
  真耶とジョーは細くて頼りなさそうな橋に到着する。
  ジョーが紙に書いたメモを真耶に渡す。
ジョー“ここが滝への入り口”
真耶「バイクもタイヤ跡もないわ。玲、ここに来てないのかしら?」
ジョー「さあ・・・分からないよ」
  真耶は少し考えてからジョーに言う。
真耶「来たからには、滝へ行くわ。いいでしょ?ジョー?」
  困惑しているジョーを置いて、真耶は橋を渡る。
  仕方なくジョーも続く。
  橋を渡った先に、岩々に挟まれた細い道があり、平行して細い川が流れている。
真耶「滝は、この先ね」
  ジョーが緊張した顔つきで山を見上る。
真耶「ジョーさん。行きましょう」
ジョー「そこまれいうなら・・・しかたない・・・行くか」

◯闇の中
  ひなこが玲の腕にしがみついている。
玲「なあ・・・俺、玲って言うんだ。君の名前は何て言うの?」
  ひなこは恐る恐る目を開ける。
ひなこ「ひなこ・・・」
玲「ひなこちゃん?ひなこちゃんって、もしかして君、山形ひなこちゃん?」
ひなこ「そうよ!?何で知ってるの!?」
玲「そりゃ、皆探してるからだよ」
ひなこ「本当!?」
玲「本当だよ。けど、待てよ…かれこれ一週間近くここにいるのか?よく何も無いのに無事だったな・・・」
ひなこ「分かんない。お腹も減ってないし、喉も乾かないんだ」
玲「やっぱり、普通の所じゃないって事か・・・じゃあ、何があったのか、詳しく話してくれる?出口を探すヒントになるかもしれないだろ?」
ひなこ「うん・・・」
  ひなこは玲の腕を離すが、玲の服は掴んで離さない。
ひなこ「英司って人と車でドライブしてたの・・・でも、英司が急に、古い車が一杯ある所に入っちゃて・・・電話するって言って車降りて・・・で、私はお化粧直してて・・・しばらくしたら、英司が帰って来たんだ。で・・・私が英司を見たら・・・そしたら、気持ち悪い奴がこっちの方、見てて・・・」
  ひなこが身震いする。
玲「それ、目が黄色い奴だろ?」
ひなこ「そう!?玲さんも見たの!?」
玲「ああ、見た。それじゃ、英司もここに居るんだな?」
ひなこ「分かんない・・・消えちゃった・・・」
玲「消えた?どういう事?」
ひなこ「二人で何とか出ようとしてた時に、遠くの方にちょっと…明かりが見えたの。でも・・・そっちの方に歩いてたらさ・・・突然・・・英司消えちゃった!・・・」
  ひなこが泣き出す。
玲「消えた・・・」
ひなこ「うん・・・」
玲「嘘だろ・・・」
  二人がしばらく沈黙している。
  一点が急にパッと明るくなって二人は驚いて、そちらを向く。

◯廃車場の建物、中
  服の山の前にいる鬼化が目を開けると、何かの気配を感じて頭を抱える。
鬼化「ワタシダレ!オモイダス!オモイダス!オモイダス!」

◯闇の中
  玲とひなこの目が慣れると目の前に服の山が見える。
  斜面にひなこのピンク色のワンピースがへばりついている。
ひなこ「あれ!?あれ、私のじゃん!?」
玲「え?」
ひなこ「あのピンクの!怪物に襲われる時に持ってたの!」
  玲が手を伸ばすが、そこにあるのに触れられない。
玲「何でこんな見え方・・・こりゃ・・・」
  玲が言い終わらない内に、服の山が猛烈な勢いで後ろに動く。
  ひなこが転んで悲鳴を上げる。

◯滝への道(朝)
  真耶は疲れて足を停め、ジョーを探す。
真耶「あれ?ジョー?どこ行ったんだろ?」
  真耶が辺りを見回すと、ジョーは前方にある岩を軽々と登っている。
真耶「え?デ・ニーロおじさん、やけに運動神経いいわね・・・」
  真耶はジョーを呼び止めようとして、急に不安になり息を飲む。
真耶の心の声「そうよ・・・ジョーを信用して良かったのかしら?殺人鬼かもしれないじゃない? 玲だって、もしかすると・・・やだ!?逃げなきゃ!逃げなきゃダメじゃ・・・」
  真耶がそう思って顔を上げると、上の岩場にジョーがいるので驚く。
真耶「うわっ!びっくりさせないでよ!」
  ジョーは叫ぶ真耶を睨んで腕を伸ばす。
ジョー「遅いぞ!真耶!急げ!」
真耶の心の声「何怒ってんのよ!やっぱり・・・何かさっきまでと違う!どうしよう・・・怪しい人、信用しちゃったかな?…ロバート・デ・ニーロどころじゃないわよ!」
  真耶を見ていたジョーがむっとする。
ジョー「怪しい人間でも、ロバート・デ・ニーロでもない!今はそれどころじゃないんだ!」
真耶「・・・え?ええっ!?なんで・・・私の思った事、分かんのよ!?」
  真耶は頭が混乱して固まる。
  二人の数メートル後ろに、霧もどきが登ってきている。
ジョー「いいから早く!手を出せ!」
  ジョーは真耶ではなく、真耶の後ろを見ている。
  真耶がそれに気が付いて振り返える。
  霧もどきが不気味な音を立て、ふわっと立ち上がる。
  真耶が目を丸くしてそれを見上げる。

◯廃車場の建物、中
  鬼化が狂ったように体をよじって、雄叫びを上げる。

◯闇の中
  転んでいた玲と真耶が、すごい勢いで滑り落ちて行く。
ひなこ「きゃああ!」
玲「ひなこちゃん!!」
  ひなこが差し出した手を掴もうと、玲も手を伸ばす。

◯滝への道(朝)
  ジョーが真耶の手を掴んで引き上げると、霧もどきが岩に激突して砕け散る。
  ジョーは真耶を自分の後ろに行かせる。
ジョー「息を整えろ!また来るぞ!」
  真耶が必至に息を整える間もジョーは霧もどきが来ないか警戒する。
ジョー「落ち着いたか?」
真耶「あれ、何よ!?あなた、誰!」
ジョー「あれは霧もどきと呼んでるものだ。今は私の事は知らなくていい。さあ、行くぞ!」
  ジョーがさっさと進むので、真耶は仕方なく急いでついて行く。
  岩場を登る間、真耶の頭の中で先ほどの会話がリピートし始める。
真耶の心の声「あなた誰?私の事は知らなくていい。あなた誰?私の事は知らなくていい。あなた誰?私の事は知らなくていい・・・」
ジョー「それは今は忘れろ。進め!」
  ジョーが厳しい口調で言う。
真耶の心の声「わ、分かってるわよ!」

◯闇の中
  玲がひなこの手を掴んで滑っていくが、
  突然、減速してすっと止まる。
ひなこ「ああ、止まった・・・あたし、目が回っちゃった。気持ち悪い・・・」
玲「ああ!くそっ」
  玲がひなこの手を離して頭を抱える。
玲「分かったぞ・・・ここがどこか。ここはあの怪物の頭ん中だ!痛って!」
ひなこ「どうしてそんな事、分かんの?」
玲「奴の目線だったからだよ!俺たちが見てたのは、奴が見てた風景だ」
  ひなこが泣きそうになりながら叫ぶ。
ひなこ「嘘!嘘だよ、そんなの!こんなの、あり得ないよ!」
玲「落ち着けよ。とりあえず、ちょっと休もう。俺、何か逃げる方法を考えるから、その間、ひなこちゃんは休むんだ。だいたい、ずっと寝てないんだろ?」
ひなこ「うん・・・あんまり。でも怖くて無理」
玲「けど、寝ないと頭がどうかしちゃうぞ。ちょっとだけでいいから寝ろよ」
ひなこ「うん・・・でも怖くて無理!」
玲「分かった!分かったよ。俺が見張っててやる。だから、ひなこちゃんは休むんだ」
ひなこ「本当?絶対どっか行かないでよ!」
玲「行かないよ。じゃあ、俺の服でも掴んでろ。いいか?」
ひなこ「分かった・・・ちょっとだけ寝るよ・・・」
  ひなこは玲のジャケットをしっかり掴んでいたが、数秒で寝入ってしまう。
  玲はその寝顔を見て、困った顔をする。
玲「おい、どうすりゃいいだよ?逃げる方法なんて無いじゃん・・・これじゃ、助けも呼べないよ。くそっ」
  玲は憔悴して、丸くなって頭を抱える。

◯滝(朝)
  真耶とショーは滝がある所まで辿り着く。
  滝壺に水がすごい勢いで落ちている。
  真耶は恐怖も疲れも忘れて見とれる。
真耶「きれい・・・」
ジョー「そうだろう?ここは本当に存在するが、幻でもある」
真耶「・・・本物だけど、幻でもある・・・」
ジョー「ああ」
真耶「どういう事?」
ジョー「山道から逸れたあの小道から、二つの世界が共存している」
真耶「二つの世界?」
ジョー「どんな気持ちで、ここまで来るか。それが問題なのだよ」
真耶「言ってる事が、さっぱり分らないんだけど・・・」
ジョー「とにかく。さっきの霧もどきに追いつかれる前に、向こう側に行かねばならん」
真耶「あ・・・もうさっぱり分かんない。向こう側って何よ!?」
  ジョーはそれには答えず、滝を指差して真耶の腕を掴んで進むように促す。
真耶「ちょっと!引っ張らないでよ!」
  真耶は仕方なく進み、ジョーが後に続く。
  滝壺の前までくるとジョーは滝が轟音を立てて落ちるのを見つめる。
ジョー「この滝の向こう側に行くんだ」
真耶「え?滝を潜れって事?向こう側に洞窟でもあるの?だ、だいたい・・・どうやって行くのよ。ずぶ濡れになるじゃない!」
真耶の心の声「あ〜、私、何言ってんだろ!濡れる事心配してる場合じゃないわよ!逃げなきゃ!あ〜ダメ、ダメ!考えないで!!ジョーに考え読まれちゃう!」
ジョー「その通りだよ。真耶」
真耶「人の心、読まないでよ!」
ジョー「そう怒るな。答えは滝の向こうに行かなければ分らないぞ。それに、水には濡れない」
  ジョーが手を出すと、真耶が反射的に手を出してしまい、あわてて引っ込める。
真耶「あなた・・・超能力者か何かなの?」
ジョー「そんなところだ。君が私を信用してるから、私の声に従うんだ」
真耶「そ、そんな事ないわよ!信用してないわよ!行かないわよ!」
ジョー「では、やめたまえ」
  真耶が躊躇していると霧もどきの発する不気味な音がする。
  真耶は慌ててジョーの手を掴み、滝壺の中に入る。
  足がひんやりして真耶が驚く。
真耶「冷た!濡れるじゃない!うそつき!」
ジョー「それはどうかな?靴を見てごらん」
  真耶が足を上げて見ると、靴も靴下も濡れていない。
真耶「本当だ!?うそでしょ!?」
ジョー「さあ、急ごう」
  真耶はジョーに導かれるまま、滝壷の中を進む。
  2人は水が落ちる真下まで来る。
ジョー「いいか。行くぞ」
  真耶がうなずくと、2人は水しぶきの中に入り数歩進むと突然、音が止む。

◯闇の中
  真耶が闇の中、佇んでいる。
真耶「やだ、真っ暗!ジョー、どこ?どこにいるの?…ねえ、ジョー?」
  ジョーの返事はなく、気配もしない。
真耶「嘘でしょ!?」
  真耶は引き返そうと振り向くが滝はなく、闇が広がっている。
真耶「いやーっ!もう!どうなってんのよ!怖い!ジョーのくそったれっ!!」
  その声がこだまして玲の耳に届く。
玲「ん?何だ・・・」
  玲が起き上がって、急いで立ち上がる。
玲「誰だ?おーい!誰かいるのか!?」
  マヤにも玲の声が届く。
真耶「玲?玲なの!?私よっ!!真耶よ!!ここよ!!ここ!!今行くからね!」
玲「真耶?嘘だろ!?真耶、どこだ!!」
  真耶と玲はスマートフォンの明かりと声を頼りにお互いを探す。
  数分後。真耶が玲とひなこを見つける。
  三人は叫びながら喜び、抱き合う。
玲「どうやって、ここに来たんだよ!?」
真耶「あなたこそ、どうやって来たの!」
ひなこ「私たち襲われたの!怪物に!」
真耶「え??あなた誰?」
ひなこ「えっと・・・」
玲「この子は、ひなこちゃんって言うんだ。」
真耶「え?あのひなこちゃん??行方不明になってる?」
玲「そうだ。」
真耶「ここに居たのね!どういう事なの!?それに怪物って何よ!?滝から来たんじゃないの?」
玲「滝?滝じゃないよ。一体、何言ってんだよ?」
  真耶がその言葉を無視し、明るい場所を見る。
真耶「え!?あれ、何!?」
玲「ああ・・・あれは、たぶん服の山だ。けど、問題はここがどこかって事だよ。驚くなよ、ここは・・・怪物の頭の中だ」
真耶「え??何それ?全然、意味が分かんない!始めから何があったのか話して!」

◯滝(午後)
  滝壺の辺りをぐずぐず漂う霧もどきが、諦めて下流に撤退していく。
  とたんに周囲が明るくなる。
  滝の轟音に混ざり、蛙の声や鳥のさえずりが聞こえてくる。

◯闇の中
  三人は寄り添いながら座っている。
玲「俺のせいでこんな所に・・・すまない・・・」
真耶「助けたかったから来たの謝らないで。自分で決めて、自分で来たんだから。それより・・・ひなこちゃん?私、ここに来る前、あなたのお母さんに会ったのよ」
ひなこ「本当!?ママに会ったの!」
真耶「とっても、心配してたわ・・・」
ひなこ「きっとすごい怒られる・・・」
  ひなこは泣きそうになる。
真耶「大丈夫よ!大丈夫。お母さんは怒ってないわよ。ひなこちゃんを心配しながら待ってるわ」
  真耶はひなこの背中をさすりながら、玲を悲しげに見る。
玲「真耶の方が記者だな・・・俺、何やってんだか・・・で、そのジョーって奴は助けてくれないのか?」
真耶「分からない・・・あなたも、ここに来る前に初めて会ったんでしょ?」
玲「うん・・・だけど、全然怪しそうには見えなかったよ。何者なんだろ?それにしても、怪物の頭から出る方法なんて無いよな・・・滝の方も出る方法、無いんだろ?」
  真耶が悔しそうに天を仰ぐ。
真耶「私、バカにだった!パニックってて、出る方法・・・聞かなかった。認めたくないけど、これは絶体絶命ね」
玲「いや、仕方がないよ。俺さ・・・ここで真耶に会うまで、罰が当たったって思ってたんだ・・・」
真耶「違うわよ!何かは分からないけど、私たち何かに巻き込まれたんだと思う・・・」
玲「そうかな・・・でも、どうしようも無いな・・・」
  真耶と玲は絶望し、うなだれる。

◯廃車場の建物、中
  邪悪を遠ざける呪文がかけられた服を着たジョーが、建物の中に入る。
  彼は階段を降り、鉄の扉に手をかけると固く閉じられている扉が難なく開く。
  服の山にいる鬼化が唸りながら後ずさる。
鬼化「オマエ、コロシテヤル!」
ジョー「それは出来ない」
  鬼化が口を開け、一気に吸おうとしても何も起こらない。
ジョー「そんな事をしても無駄だ。私が主人なのだから」

◯闇の中
  くぐもった声が、服の山の方からする。
  座っていた三人がその方へ目を向ける。
真耶「あれ?あれはジョーの声よ!」
玲「本当か!?」
  玲と真耶がひなこを両脇から支えながら立ち上がる。

◯廃車場の建物、中
  ジョーが裸電球の下まで歩く。
ジョー「さて、おまえの闇の中に入り込んでしまった可哀想な若者たちが、そこから出てこられるように、お喋りをしようではないか?」
  ジョーが鬼化の頭を指差すと鬼化が唸る。
鬼化の心の声「殺してやる!俺だって考える脳ミソはあるんだぞ!」
ジョー「なるほど。脳ミソはあるか。だが、心は無かったようだな」
鬼化の心の声「俺に何をしたんだ!」
ジョー「してもらったと言って欲しいね」
  鬼化の顔が怒りで醜く歪む。
ジョー「未だに自分が何者か、思い出せないのだろう?」
鬼化の心の声「くそっ!教えろ!」
ジョー「仕方がない、教えてやろう。お前は悪事を働き、その上、悪意で他人を傷つけた、邪悪な人間だ」

◯闇の中
  三人は何とかジョーに近づこうとするが近づけない。
  彼らは疲れきって、その場に座り込んでしまう。
  それでも、そこからジョーを見ようと必死になる。
真耶「間違いない!あれはジョーよ!」
玲「ジョーは何者なんだ?」
ひなこ「あの人、この怪物にやられちゃうよ!」
真耶「いいえ…きっとその逆よ。」

◯廃車場の建物、中
ジョー「お前は人間だった頃に、金に目が眩み不正に勤しみ、家では自分の妻をいたぶった。そのせいで、多くの者が自ら命を絶ち、おまえの妻はおまえから逃れられないと知って、ここで自ら命を絶った」
  ジョーは服の山を指差す。
ジョー「おまえの妻の体は、そこにある」
  鬼化は何の事か分からず憤慨する。
ジョー「どうせ、思い出せまい。お前の良心などちっぽけだからな。時間の無駄だ。まずは、彼らを出してやろう」
  ジョーがおもむろに両手を正面に挙げて勢いよく左右に開く。

◯闇の中
  眩しい光が衝撃となって襲ってくる。
  三人とも後ろに吹き飛ばされたかと思うと、服の山の上に着地する。

◯廃車場の建物、中
  玲と真耶が体を起こす。
  そこは猛烈にカビ臭くジメジメしている。
  ひなこはうつ伏せに横たわっている。
ひなこ「うえっ!キモイ!」
  ひなこが顔を上げる。
  すると、ピンク色の服が目に入り“あっ”と言う顔をする。
真耶「どうなってるの?ここどこよ!」
  ジョーはその言葉を無視し、両腕を上げ、拳を作り引っ張る。
  三人は叫びながら地面まで滑り落ちる。
ジョー「やあ!お帰り!諸君。」
  ジョーが満面の笑みを浮かべている。
  横からうめき声がするので玲が見ると、素っ裸の中年男がいる。
玲「この人、誰だよ!?」
  真耶も中年男を見て驚く。
  ジョーは中年男に向けていた目を、玲に向ける。
ジョー「その男は、お仕置きの最中でね」
真耶「さっき話してた事?」
ジョー「聞いていたか。なら、説明はいらないな。奴の妻はここで命を絶った。だから、その女が受けた悪夢を味わわせた。おまえ達が居たのは、奴の邪悪な闇だ」
  中年男は記憶が曖昧らしく、うろたえて自分の顔や体を撫で回している。
玲「それじゃ、あんたがその人を裁こうって言うのか?そんな権利どこに・・・」
  中年男が玲の言葉を遮る。
中年男「探さなかったんだ!?探さなかったんだよ・・・家を出た加代子を・・・俺は・・・何をやったんだ?何を!」
  男は素っ裸で服の山を掻き分け始める。
中年男「加代子!どこだ!加代子!」
  その光景を三人は呆然と見ている。
ジョー「さて。奴も恐怖を味わってまともになって来たようだ。では、君たちには外に出てもらおう」
真耶「待ってよ!どういう事!あなた神様にでもなったつもり?だいたい、私達が巻き込まれたって、どういう事よ!」
ジョー「おまえは威勢がいいな。もちろん・・・私は神ではない。だが、これが私の仕事だ。おまえたちが知るべき事ではない」
真耶「またそれ!私が知るべき事かどうかを、何であなたが決めるのよ!」
ジョー「知らなければ、関わらずに済むからだ!」
  ジョーが真耶を睨んで両手を挙げると、三人は吹き飛ばされどこかに消える。
  部屋の入り口の扉が勢いよく閉まる。
 
◯廃車場の建物、中
  相変わらず服の山をかき分ける中年男。
  ジョーは後ろからそれを見ている。
  息が切れると中年男が動きを止め、ジョーを見つめる。
ジョー「闇の掟に従い、おまえの邪悪は清算されようとしている。後は、自分でどう購うのか決めるのだな」
中年男「ああ・・・」
  中年男は何度もうなずく。
  ジョーは一歩後ろに下がると消える。

◯廃車場の建物、外(夜)
  転がっている三人が起き上がる。
玲「くそっ!あいつ二回も俺たちを吹き飛ばした!あいつ、ダースベイダーかよ!」
真耶「ひなこちゃん?大丈夫!」
ひなこ「うん・・・大丈夫」
真耶「怪我もしてないし、痛くもない。どうなってるの?」
玲「おい!ここ、あそこだ!俺たちが襲われた所だ!どうなってんだよ!?」
ひなこ「本当だ!外だ!外に出られたよ!!やったあ!」
  ひなこが玲に抱きつき、玲も困惑しつつも喜ぶ。
玲「そうだな・・・やったな!でも、真耶?あの人を助けに戻らなきゃ」
真耶「え?ああ・・・うね。行きましょう」
ひなこ「え?戻るの!?ひなこ、嫌だよ!」
真耶「あなたは、来なくていいわ。」
ひなこ「やだ!置いて行かないでよ!私、家に帰りたいよ!帰ろうよ!」
玲「そうはいかないんだよ。戻らないと。」
真耶「何か・・・武器になるモノここにある?」
玲「あるさ!ここは武器だらけだよ!」
  玲と真耶は廃車の山から武器になりそうな廃材を探し、手にする。
玲「ジョーがいたら逃げるぞ?いいな?」
真耶「うん。ひなこちゃんはここに居て」
ひなこ「う、うん・・・分かった。気を付けて。
  ひなこが心配そうに見守るなか、二人は建物に入る。

◯廃車場の建物、中
  二人は地下への階段を見つける。
  玲が先頭になって降りようとすると、暗がりにいた霧もどきがすっと立ち登る。
真耶「そいつはマズいわよ!」
  真耶はとっさに玲の服を引っ張る。
  それと同時に、霧もどきが二人めがけて押し寄せる。
  玲は真耶をかばい、手を挙げるが、吹き飛ばされ尻餅をつく。

◯廃車場の建物、外(夜)
  建物の入り口で中を見ているひなこが、顔面蒼白になり叫ぶ。

◯廃車場の建物、中
  霧もどきが真耶と玲に覆いかぶさろうとする。
  その時、ジョーが二人と霧もどきの間に割って入る。
  霧もどきがジョーに激突すると蒸発し、ジョーから火花が飛び散る。
ジョー「失せろ!俺には勝てんぞっ!」
  霧もどきはジョーの放つ光に晒され徐々に後退していく。
  ジョーが振り返る。
ジョー「去れと言ったのに!」
玲「あの人、ほっておけないだろ!」
  玲が怒鳴ると、ジョーは意地悪く片方のまゆ毛を上げる。
ジョー「おまえにもそれ程の気力があるとは思わなかったな。とにかく、去れ。あの男は捨ておかねばならん。」
真耶「何故よ!」
  ジョーはうんざりと言う顔で、片手を挙げると二人はまた、吹き飛ばされる。

◯廃車場の建物、外、車中(夜)
  玲は呻きながら目を開けると、今度は車の中にいるのでぎょっとする。
  隣には真耶、後部座席にはひなこが気を失って座っている。
玲「真耶!起きて!真耶!」
  真耶はその声に反応して起きて、自分がいる所に驚く。
真耶「ここは?」
玲「君の車の中だ・・・」
  真耶が外を見ると建物が見える。
真耶「え??今度は車の中?」
玲「帰れって事じゃないのか・・・痛っ」
真耶「あ!ひなこちゃんは!?」
玲「大丈夫。ひなこちゃんは後ろにいる」
  真耶は後部座席を見て、ほっとする。
  ひなこも目を覚ます。
真耶「どうして私の車がここにあるの?途中で置いて来たはずなのに・・・」
玲「ジョーがやったんじゃないのか?・・・それよりあの人、どうする?」
真耶「どうするって・・・あそこに近づいだけで追い払われるに決まってるじゃない!」
玲「じゃ、見捨てろって言うのか?さっきまで助けようって言ってたじゃないか!」
真耶「状況が変わったの分からないの?ここには私達なんかじゃ太刀打ちできない力が存在するのよ!どうしろって言うのよ!」
玲「じゃ、警察を呼ぼう!」
真耶「ダメよ!警察だって無理よ!霧もどきに全員やられちゃうわ!それにジョーの力を見たでしょ!それに、あの人、人の心が読めるのよ!どうなるか分かるでしょ!」
  後部座席でひなこが耳を塞ぐ。
玲「でも、人の命が掛かってるんだぞ!」
ひなこ「やめて・・・」
真耶「そうね!たくさんの人を不幸にして、奥さんまで自殺させた人の為に、他の人に犠牲になれっていうの!」
玲「じゃあ、俺たちだけで何とかしよう!」
真耶「そんな、その場しのぎの事言わないで!一緒にいる人の事を考えてる?ひなこちゃんがいるのよ!そんなんだから、いつまで経っても三流記者なんじゃないの!判断力が悪いわよ!」
玲「何だと!」
ひなこ「もう、やめてよ!!」
  玲と真耶ははっとして沈黙する。
真耶「ごめん、ひなこちゃん・・・」
玲「大きな声を出してごめん…怖がらせたな・・・すまない」
ひなこ「もういいから、ここを離れようよ!家に帰りたいよ!」
  真耶と玲は静かにうなずく。

◯ひなこの家、外(夜)
  三人を乗せた車が家の近くに停車すると、玲が降りて辺りをうかがう。
真耶「マスコミ、居なかった?」
玲「ああ、誰も居なかった。大丈夫。丁度、一週間経ったから、張り付きは無くなったんだと思う。」
  彼らは車を降りる。
ひなこ「ママには秘密にするね…助けてくれてありがとう。最後、わがまま言ってごめんなさい」
真耶「いいの。私たちの方こそ、驚かせてごめんね。で・・・さっき、話し合ったみたいに、友達の家に居たって言うのよ?いい?」
ひなこ「うん・・・」
真耶「また電話するから、とにかくゆっくり休んで。これ・・・私の電話番号。持ってて。何かあったら電話してね」
  真耶は名刺をひなこに渡す。
ひなこ「分かった・・・じゃあね。さようなら」
  ひなこは玲にバイバイのジェスチャーをしておぼつかない足取りで家に向かう。
  玄関まで辿り着くとゆっくりドアノブを掴んで開ける。
真耶「あっ、開いた!お母さん・・・玄関の鍵、閉められなかったのよ・・・」
玲「そうだな・・・」
  不意に真耶が泣く。
玲「大丈夫か?ごめん・・・俺のせいだ」
真耶「違う、あなたのせいじゃない。きっと・・・緊張が解けたんだと思う。大丈夫よ。ねえ?玲もお母さんに電話してね。」
  玲が自分の額をピシャッと叩く。
玲「いっけね、忘れてた!後で電話するよ。お袋、すっげえ怒るだろうな・・・」
真耶「大丈夫よ・・・安心させてあげて。心配してるはずよ。で・・・これから、あそこに戻る?正直言って、助け出せるか自信が無いわ。私、もう限界よ。」
玲「俺も疲労困憊だ。この状態で行っても、助け出すのは無理だろ。一旦、どこかで休もう」
真耶「うん・・・」

◯ビジネスホテル、室内(深夜)
  真耶がシャワーを浴びている。
  彼女は浴室から出て、Tシャツ姿で髪を拭きながらベットにぐったりと横たわる。
  電話を終えた玲が、その横に寝転ぶ。
真耶「お母さん、何て言ってた?」
玲「突然帰って来て、行き先も言わないで出て行って、電話するって言っておきながら電話しないで・・・あれやこれや。散々、怒られたよ。これだから、実家はな・・・」
真耶「心配だったのよ。久しぶりのご帰還が・・・これじゃあね」
玲「そうだよな・・・まったく」
  真耶が申し訳なさそうに玲を見る。
真耶「玲・・・さっきはごめんね・・・」
玲「さっきって、何?」
真耶「三流記者って・・・」
玲「ああ、あれ?いいんだ。本当の事だし、いい加減なのが、俺の悪いとこだよ」
真耶「別れた時も・・・あんな感じで言い合いしちゃたね。あの頃あなた・・・初めてあった時と変わっちゃたから・・・」
玲「うん・・・色々あってストレス溜まってたんだ・・・けど、あの時も俺が悪かった。逃げ出したのは俺だし・・・今回だって、ひなこちゃんが誘拐されてるかも知れないって・・・真剣に考えなくて、自分の事ばっかり考えてた。だから罰が当たったんだ・・・」
真耶「それは違うわよ。玲がひなこちゃんを見つけたのよ」
玲「そして、君が俺たちを見つけた・・・結局、俺は役立たずだ」
  真耶が玲の腕に手を置く。
真耶「そんな事ない。あの霧もどきから私を助けてくれたでしょ?」
玲「あれだって俺じゃなくてジョーが・・・」
真耶「もう、やめて。よくやったわよ。あのおじさんを助けようとしたじゃない。勇気があるって事よ。本当、正義漢が強いんだから・・・」
玲「そんなの違う・・・俺は臆病者だ。それに・・・真耶の言ってた通り、逃げる方が正しかったよ・・・」
真耶「そうかな・・・分かんないや・・・今は考えられないわ・・・疲れちゃって・・・」
玲「うん。そうだね・・・本当、疲れたよ・・・」
  二人は目をつぶると、スイッチが切れたかのように、眠りに落ちる。

◯廃車場の建物、中
  真耶と玲は夢の中にいる。
  中年男が服を抱えて泣いているのを二人が見ている。
  ジョーがおもむろに中年男に近づくと、中年男がうなずく。
  ジョーが炎の形に切られた紙の札を手放すと、中年男の足元に落ちる。
  中年男が札を踏むと、静かに燃え始める。
  真耶と玲は驚いて叫ぶ。
玲「うわ!やめろっ!」
真耶「ああ・・・!」
  炎は服の山をも少しずつ、燃やして行く。
  やがて、ひなこのピンク色のワンピースも焼いてしまう。
  中年男は炎に包まれていて、その手には髑髏がある。

◯ビジネスホテル、室内(昼近く)
  二人はほぼ同時に、静かに目が覚める。荒い息の2人。
玲「くそっ。今、同じ夢を見てただろ?」
真耶「うん。そうみたい・・・」
  二人は体のあちこちが痛い。
真耶「夢と現実が、ごっちゃだわ・・・」
玲「本当・・・どこまでが本当の事で、どこまでが夢だか・・・」
  真耶が腕にある大きなアザをしげしげと見つめている。
  玲が自分の背中をさすりながらテレビのリモコンを手に取り押す。
  画面に炎を上げる廃車場の建物が映し出される。
玲「真耶、見ろ!あそこだ!全部、燃えてるぞ!・・・あの夢は、現実だったんだ!」
  真耶が呆然としてテレビを見ている。
真耶「本当の事なのね。あのおじさん・・・抵抗もしないで・・・死んじゃった・・・」
玲「ああ・・・」
  テレビ画面の中で、廃車やバイクの残骸が勢いよく燃えている。

◯車中(午後)
  玲が運転している横で、真耶がひなこに電話をする。
真耶「ひなこちゃん?」
ひなこ「こんにちは!真耶さん!」
真耶「よく眠れた?昨日、何か怖い夢は見なかった?」
ひなこ「全然!お昼過ぎまで寝ちゃった!」
  真耶はほっとする。
真耶「そう、よかった!私たちもぐっすり寝ちゃった。で・・・お母さんは何て?」
ひなこ「ママにすっごい怒られた!でもね、進学の事、決めるために友達んちで頭を冷やしてたって・・・それで何とか許してもらった」
真耶「そう・・・本当、無事でよかったわ。お母さんの気持ちを考えると・・・怖かったと思うの」
ひなこ「うん・・・本当、悪い事した。ママね、ずっと泣いてたみたいだから目が腫れちゃってて・・・私、自分勝手だったって思った。これからは、ちゃんとする」
真耶「そう。あなたならきっと大丈夫」
ひなこ「本当?がんばるね。でも・・・怪物なんてこの世にいると思わなかったよ。友達に話す事も出来ない・・・」
真耶「確かに、その通りね」
  真耶は苦笑いする。
ひなこ「あと、英司がどこに行っちゃたのかなって・・・ニュースであの人、悪い奴だって言ってたけど…・・・」
真耶「そうね。英司は女の子をそそのかして売春させてたのよ。ひなこちゃんも危なかったんだから・・・そうだ、今朝のニュースは見た?」
ひなこ「うん。燃えたのあそこでしょ?」
真耶「分かったのね。あそこだって・・・でも、おじさんの事も英司の事も出てこなかったわね。後で、どうなってるのか調べてみるわ」
ひなこ「本当?ありがとう!」
真耶「うん。それが義務かなって思うから。でもね、ひなこちゃん。これからは、ああいう男について行っちゃダメよ!約束して」
ひなこ「うん。絶対について行かない。約束する」
真耶「あ、ヤダな。何か、お母さんみたいになっちゃった!じゃあ…この辺で。何かあったら連絡してね」
ひなこ「はい!」
真耶「じゃあね。さようなら」
ひなこ「さようなら」
  真耶が電話を切って、ぼんやりする。
玲「あのおじさん・・・どこの誰だったんだろうな・・・英司もどこに行ったんだか・・・」
真耶「全ては・・・ジョーが知ってるわ」
玲「そうだね。古書店に行ってジョーに話を聞きにいくしかないな。そうすりゃさ、このB級ホラー映画みたいな話の謎も、解けるかもね」
真耶「ホラー映画ね・・・でも、作り話じゃないわよ。実際に人が亡くなってるし」
  玲がチラッと真耶を見て首を振る。
玲「分かってるよ。けど、めちゃくちゃ作り話みたいだろ?・・・映画になったらきっと大ヒットだよ!」
真耶「ぱっかね!B級ホラー映画にもならないわよ!」
玲「駄目?駄目かな?真耶は美しきヒロイン役な。すっごい美人キャラにするぞっ」
真耶「何言ってんのよ。本当、馬鹿ね!」
  真耶がくすくす笑い、玲も笑顔になる。
玲「やっと、笑った!よかった。」
真耶「笑うわよ。本当、馬鹿なんだもん」
  真耶がやっとくつろぐ。
真耶「ねえ?ジョーの所へは明日の朝、行かない?遅い時間に行くの・・・怖いわ」
玲「うん・・・そうだな。明日の午前中行こう」
真耶「で・・・いつ東京に帰るつもりなの?」
玲「あのさ。このまま一緒に旅しない?」
  玲が迷いなく聞くので、真耶は戸惑う。
真耶「え・・・?急にそんな事言われても・・・まあ少しくらいなら・・・」
玲「そうか!よかった。俺、会社辞めるから無断欠勤してやるよ」
真耶「え?今・・・会社辞めるって言った?いつ決めたの?」
玲「うん・・・怪物の頭ん中に閉じ込められた時かな・・・地獄に堕ちたのかと思ったよ・・・」
  玲がハンドルを強く握るのを真耶は見る。
真耶「地獄か・・・確かに・・・そんな感じだったかもね・・・」
玲「二度と出られないと思った時、俺・・・自分が一生懸命できる仕事してないし、何もかも中途半端だったって実感した」
真耶「うん。私も色々考えた」
玲「思ったんだ・・・仕切り直そうって・・・ひどい体験したけど、唯一の救いはそう思えた事だよ」
  真耶が玲の横顔を見つめうなずく。

◯ヒナコの家、玄関外(朝)
  近所の交番の巡査の背中が見える。
  ひなこがその巡査に、警察で話した事と同じ事を話している。
巡査「皆でずいぶん探したんだよ。お母さんも本当に心配していたんだから」
ひなこ「すみませんでした」
  ひなこは巡査を見て、その顔をどこかで見た気がする。
巡査「まだ高校生なんだから、出掛ける時はちゃんと連絡しないとダメなんだぞ。しばらくの間は、お巡りさん達が定期的に所在を確認する事になったから。いいね?」
  ジョーに似ていると思った…その瞬間、巡査がひなこの肩に手を置くと、彼女が一瞬光る。
  やがて、巡査が笑顔で玄関を離れる。
ひなこ「えっと・・・あの人、誰かに似てるな・・・有名な俳優さんかな?ママが好きな・・えっと・・・ロバート何とか・・・そうだロバート・デ・ニーロだ!」
  巡査は自転車でのんびり去って行く。
  やがて、小径に入るとこつ然と消える。

◯ビジネスホテル、室内(夜)
  玲が真耶にキスしてベッドに押し倒す。
  二人は愛し合った後、深い眠りにつく。
  真夜中。
  部屋の窓の外に、黄色い目が浮び上がる。
  不意にジョーが二人の寝ているベッドの脇に現れる。
  ジョーは二人の寝顔をじっとみつめる。自分の子供でも見るような目だ。
  やおら真耶の額に指を置くと、彼女の体が一瞬光る。
  続いて、玲にも同じ事をする。
ジョー「悪夢を忘れ、新しい旅をしなさい。
    玲・・・おまえは真耶がいなければ助からなかったのだぞ」
  ジョーが振り返る。
  窓の外枠に鬼化が爪を立てて滑稽な体勢でへばりついている。
  その鬼化をよく見ると英司のピアスをしている。
ジョー「いやはや・・・おまえは今までで一番、醜い奴だな。しかし・・・鬼化が二人も間違えて吸い取るとは・・・罪も無い娘まで。だが・・・」
  向き直ってもう一度、玲の顔をよく見ようとする。
  しかし、ジョーが何かの気配を感じ再び鬼化の方を見る。
  鬼化の後ろに霧もどきが漂い始めている。
  ジョーが大きくため息をつく。
ジョー「霧もどき・・・悪霊どもめ。小賢しい奴らだ。未だに私を殺せると思っているとは・・・うっとうしい」
  ジョーが両手で払うと、鬼化が空中に弾き飛ばされる。
  それと同時にジョーも消える。

◯雑誌編集部、室内(夕方)
  数日後。
  玲が私物を整理していると田中がやってくる。
田中「いよいよ今日で終わりか?」
玲「あ、はい・・・」
田中「半月も無断欠勤したんだから当然だ。あの女子高生も結局は失踪してなかったしな。それが原因だろ?」
玲「あ、まあ。そういう事です・・・」
田中「次の仕事は?」
玲「ああ・・・とりあえず記者の仕事はもう・・・」
田中「そうか・・・おまえ始めは良かったんだがな・・・ほら、セクハラ事件の時だって・・・よく食いついて、もう一歩だったんだ。」
玲「いや、あれは・・・」
田中「ま、取材相手に自殺されちゃ参っただろう・・・でも、それ位で参るようじゃ、向いてなかったんだな」
玲「そうですね・・・」
田中「しょうがないな。次、どんな仕事に就くにしても、まあ頑張れ。じゃあな」
  田中が玲の肩を叩いてから去る。
  玲は田中の後ろ姿を苦しげに見つめる。
  彼は気を取り直し再び整理を始めると、引き出しの底に封筒があるのを見つける。
  玲はそれを取って、中から原稿を出す。
  “セクハラ容疑のA氏 飛び降り自殺”
  玲は深呼吸してから原稿を捨てる。

◯真耶のマンション、室内(夜)
  玲がキッチンに入ると、料理のいい香りがする。
玲「遅くなってごめん。おっと、すっげー、いい匂い!」
真耶「お帰り。ちゃんとした食事したいじゃない。こんな日は…特にね。」
玲「うん。ありがとうな。」
真耶「じゃ、手を洗って、座って!」
玲「おっしゃ。」
  玲が手を洗っていると、窓の外で何かの音がする。
玲「ん?何の音だ?」
真耶「何かが・・・倒れたのかな・・・」
玲「風も吹いてないのに?」
  突然、シャロンが窓に向って毛を逆立て威嚇し始める。
玲「どうした?シャロン?」
真耶「待って・・・私もイヤな予感がする」
玲「え?やだな、二人して!」
 真耶がキッチンの包丁を掴む。
玲「おい!?」
真耶「だって!イヤな気がするんだもん!」
玲「分かったよ!落ち着いて。俺がベランダ見てくる。そこに居て!」
  玲が窓に駆け寄り、カーテンを開けるとそこに鬼化が立っている。
玲「おわっ!」
  驚いた玲が飛び退く。
  真耶は黄色い目を見て、はっとする。
  失われたはずの記憶が一気に脳裏に押し寄せて蘇る。
真耶「思い出した・・・思い出した!」
  シャロンがソファーの物陰に隠れる。

◯古書屋、店内(夜)
  ジョーがはっとして、本を落とす。
ジョー「しまった!」
  ジョーは大急ぎで邪悪を遠ざける呪文がかけられた服に着替えようとする。
  慌ててなかなか袖を通せない。
ジョー「この忌々しい服め!」
  なんとか着替え終わるジョー。
  彼が急いで両手を合わせ、重たい扉を開けるように左右に開き一歩前に出る。
  その瞬間、ジョーが消える。

◯真耶のマンション、室内(夜)
  玲が鬼化を突っ立って見ていると、真耶が叫ぶ。
真耶「玲!逃げるのよ!しっかりして!」
  鬼化が窓を突き破って、玲の首を掴んで口を開ける。
  慌てて真耶が包丁を鬼化の背中に突き刺す。
  鬼化の傷口から閃光が吹き出す。
  鬼化は驚き奇声を発し、吸うのをやめて包丁を抜こうともがく。
真耶「またあそこに行くのは、ごめんよ!」
  マヤはキッチンに引き返し、他の包丁を手にする。
玲「何だよこいつ!真耶!逃げろ!」
真耶「怪物!玲に何の用があるのよ!」
玲「え!?俺に用って、何だよ!?」
  真耶は鬼化が掴もうとするのを素早く避け肩を刺すと再び閃光が出る。
  しかし、代わりに腕を掴まれる。
玲「真耶!この野郎、離せ!」
  玲が鬼化に突進すると、あっけなく腕を掴まれてしまう。
  もがく玲と真耶。
  ジョーが空宙を裂くようにして、突然現れる。
ジョー「鎮まれ!」
  重々しい声。
  家中が振動し、鬼化と共に二人も吹き飛ぶ。
  次の瞬間、ジョーが瞬間移動し、鬼化の額に目の形に切られた札を貼る。
  と、鬼化はたちまち動かなくなる。
  ジョーが振り返って玲を睨みつける。
ジョー「おまえの邪悪が臭っているぞ!」
玲「あんた誰・・・」
  玲が最後まで言う前に、ジョーが額に指を置くと彼が一瞬光る。
  眩しいものを見たように玲が驚き、ジョーの手を払いのける。
  一瞬の静寂の後、玲がはっとする。
玲「うわっ!何だよ!ジョー!?」
ジョー「やった事を話せ!頭の中にしまい込んで、この私をはぐらかしたな!」
玲「なんで、あんたがここにいる!?どうなってんだよ!」
ジョー「そんな事はどうでもいい!やった事を話せ!」
玲「何の事だよ!?俺が何したって言うんだよ!」
ジョー「おまえの罪の事だ!」
  真耶が起き上がって二人の方を見る。
  ジョーが玲の首根っこを掴み、彼の目を覗き込んでいる。
ジョー「今は見えるぞ。おまえの罪は・・・二年前の事だな?違うか?」
  玲が顔面蒼白になり、息を飲む。
玲「な・・・なんで分かったんだ?」
ジョー「私には人の邪悪が見える。おまえのも今やっと見えた。全て話さなければ、闇の世界に戻すぞ!」
真耶「玲?何をやったの?」
玲「何もしなかったんだ・・・」
ジョー「嘘を付くな!」
玲「・・・何も、何もしなかったんだよ!何も・・・」
  玲が泣きそうになりながら、ソファーに座る。
真耶「玲、話して。何もしなかったって言うなら、私たちに話せるでしょ?」
玲「何もしなかったって言うのは…そういう意味じゃない・・・」
真耶「じゃあ、どういう意味なの?」
玲「それは・・・」
ジョー「何があったのか、始めから話せ」
  玲がジョーに恐怖の目を向ける。
玲「分かった…話すよ…。」
  真耶が玲の横に座る。
玲「・・・二年半前に…大企業でセクハラ事件が起きた。上司が新入社員の女の子を酔わせてホテルに連れ込んで・・・レイプしたんだ。その後・・・その子は自殺した。それで母親が告発したんだ。その事件を・・・田中先輩がとことん追えって・・・」
真耶「待って・・・その話、知ってる。確かその上司の人・・・告発されたのを苦に、自殺したんじゃなかった?」
  ジョーが玲の鼓動が早まるのを感じ、玲を睨む。
玲「本当は違う・・・本当は・・・俺が突き落とした」
  玲が両手で顔を覆う。真耶がびっくりし息を飲む。
真耶「う、嘘でしょ?」
玲「あいつは・・・あいつは本当に根性が腐った奴で、なかなか白状しなかった・・・最後には口論になって・・・頭に来て・・・くそっ・・・突き落としたんだ!」
  玲の目から涙が溢れる。
  真耶がショックの余り、息も出来ない。
ジョー「どうして、自殺という事になったのだ?」
玲「・・・落ちたのが・・・あいつが所有するマンションの屋上からだったからだ・・・あいつが鍵を開けた・・・それに、遺書めいたものもあったから、自殺って・・・俺・・・あれ以来、悪夢を見るんだ・・・」
真耶「何て事・・・」
玲「あの頃は必至だったんだ・・・スクープが欲しくて・・・それに、自殺した女の子が余りにも気の毒で、何とかしたくて・・・」
真耶「何もしなかったって、全部秘密にしてたって事?・・・この前、仕切り直すって言っていた、あれは何だったの?」
玲「会社を辞めたら・・・自首するつもりだったんだ。真耶には・・・今日にでも話す気だった・・・」
ジョー「どちらにしても、手遅れだ。鬼化に邪悪を嗅ぎ付けられたからには、罰を受けてもらう」
真耶「鬼化って、その怪物の事?」
ジョー「そうだ。その鬼化は英司だ」
真耶「え??あれ、英司なの?」
ジョー「邪悪な人間は、鬼化に捉えられて闇に堕ち、やがて自らも鬼化となり、次の悪人を探すのが定めだ。玲も、そうなる運命だ」
真耶「そんなの嘘よ!玲は邪悪なんかじゃない!あれは事故だったのよ!それに、怪物に変わってないじゃない!」
ジョー「欲にかられていた上に、怒りで人を死なせれば十分邪悪ではないのか?それでも事故と言うのか?それに、真耶が迎えに行ったから、鬼化になずに済んだのだ」
  玲が顔を上げ、真耶を見る。
玲「じゃあ・・・真耶が来てくれなかったら、俺・・・今頃、英司みたいになってたのか?」
真耶「そんな事ないわよ!そうでしょ?ねえ?ジョー!」
ジョー「いいや。鬼化になっていただろう。真耶が迎えに行ったから、闇から引き出せたのだ」
真耶「どういう事?」
ジョー「闇に堕ちた者への強い愛情を持っている者が闇を照らさなければ、闇から引き出せないからだ。」
真耶「闇って、あの滝の事?」
ジョー「滝は闇の入り口の一つだ。もう一つが鬼化の口。おかしいだろ?」
  ジョーがにやっとしたかと思うと真耶を見据える。
ジョー「真耶が古書店にやって来た時、滝の封じを破れる程の霊力があると感じて、私は喜び・・・そして・・・動揺した」
真耶「どうして動揺なんてするのよ?」
ジョー「間違って闇に堕ちた二人を救えると思ったからだ。それに・・・思い出したのだ。四百年前の事を」
  真耶と玲が驚いて息を飲む。
真耶「・・・よ、四百年前って・・・」
ジョー「遥か昔の事だが、私にも同じ霊力があって、あの滝を潜った。そして・・・鬼化使いになった。」
真耶「鬼化使い?」
  ジョーがうなずく。
ジョー「私には、鬼化を使って悪人を捕らえ、罰する使命がある。そして…真耶。
    おまえも、鬼化使いになるのだ。」
真耶「え??」
ジョー「覚醒したからだ」
真耶「…覚醒?一体、何の事?」
ジョー「滝の封じを破った者が、鬼化の血を浴びたからだ」
  全員がうずくまる鬼化を見る。
  その場が静まり返る。
  ソファーの下でシャロンが牙を剥く音だけが聞こえる。

◯森(四百年前の回想)
  方々から獣の鳴き声が聞こえるけもの道。
  草影に、老人の鬼化使いとジョーが身を屈めている。
鬼化使い「俺が勝負に出て、鬼化を射止める。そうすれば、おまえは鬼化使いにならずに済む。いいか?油断するな!」
ジョー「承知した!」
  ジョーと鬼化使いが警戒してけもの道を進む。
  その後を霧もどきが追っている。
  突然、大柄な鬼化が木から舞い降りて、二人をなぎ倒す。
  それと同時に、霧もどきも襲って来る。
  鬼化がジョーに覆い被さると、霧もどきがジョーの耳に入り始める。
  そこに別の小柄な鬼化が現れる。
  その鬼化はジョーを襲うのではなく、彼から鬼化を引き離す。
  格闘のすえ、小柄な方が大柄な鬼化を八つ裂きにする。
  丁度その時、失神していた鬼化使いが起き上がる。
  彼が札の付いた槍を地面に叩き付けると波動が起こり、霧もどきが飛び散る。
  生き残った小柄な鬼化が、槍を引き抜こうとする鬼化使いを襲おうと飛びかかる。
  その寸前、ジョーが後ろから脇差で鬼化を突き刺す。
  すると、鬼化の傷口から閃光が走る。
  すると、菊の姿に変わる。
ジョー「菊?菊じゃないか!?」
  ジョーが急いで菊に駆け寄る。
ジョー「ああ!畜生!俺は何てことを・・・おめえを刺しちまった!」
菊「あんた・・・これでいいだ。私はあんたに・・・殺して欲しかった…食いもん盗んで、人を殺めちまったもの・・・申し訳ねえ・・・子供たちの事を・・・」
ジョー「もう、しゃぺんな! 菊。悪いのは俺だ!俺が戦なんかに引っ張り出されて、おめえたちの世話ができなかったからだ!子供たちは俺がしっかと面倒見てっぞ!それに、俺・・・おめえを連れ戻しに、地獄みてえな所までちゃんと迎えさ行ったんだぞ!」
菊「あそこは…・・・もう御免だ・・・心配かけてすまねえ・・・・・・あんた・・・」
ジョー「菊、死ぬな!菊!」
  ジョーが息絶えた妻を抱き締めて泣く。
鬼化使い「俺がしくじった!丈一郎。堪えろ・・・」
  鬼化使いはそう言いながら、ジョーの肩に手を置く。

◯真耶のマンション、室内(夜)
  ジョーが菊の最後を思い出し、苦しそうに顔を歪める。
  真耶の頬を一筋の涙が流れる。
ジョー「これからは真耶にも、この役目を担ってもらう。今から、闇の掟の執行人になるための呪文を教えよう。」
真耶「闇の掟の執行人?…こ、断ったら?」
ジョー「玲は鬼化になり、真耶は多くの記憶を失う」
  真耶が困惑して玲の手を強く握る。
  玲がジョーの前に立ちはだかる。
玲「・・・もしかして、真耶を自分の仲間にする為に、全部・・・仕組んだのか?」
ジョー「そんな事をする訳がないだろ!私は真耶を鬼化使いにしたくないから、おまえたちの記憶を消したんだ!」
玲「それなら!あんたみたいにしたくないって言うなら、何とかしてくれよ!」
  玲を見つめていた真耶が急に立ち上がり、何かを決心した顔をして涙を拭う。
真耶「私・・・さっき、鬼化の姿を見ただけで・・・記憶を取り戻した。だから・・・始めから
   鬼化使いの資格があったのよ…だから・・・受け入れるわ」
  真耶の目の光が増すのをジョーが見る。
玲「そんなに簡単に諦めるなよ!」
真耶「いいの!そうすべきだって分かってるから!ジョー、早く呪文を教えて!」
ジョー「・・・では、私の言う言葉をくり返せ。」
真耶「分かった。」
玲「待てよ!!待てったら!真耶!」
  玲が止めるのを、二人は無視する。
ジョー「我は神々の僕。悪しき魂を刈り取る者。闇の掟の執行人となる事を受け入れる。」
真耶「我は神々の僕。悪しき魂を刈り取る者。闇の掟の執行人となる事を受け入れる」
  言い終わると真耶の全身から閃光が走る。
  それは玲にも見え、目を細める。
  光が止むと、玲はソファーにどさっと座り、顔を両手で覆う。
ジョー「玲。これが定めだ。受け入れろ」
  玲が返事をしないので、ジョーは真耶に顔を向ける。
ジョー「真耶。まずは、この事態を収めるのだ。おまえに任せる…いいな?すべき事を行え」
  真耶ははっとして、深くうなずく。
ジョー「ではまた、近いうちに会おう」
  ジョーが微笑んでから、鬼化を睨む。
  片手で払いのけると割れた窓から鬼化が飛んで行き、続いてジョーも消える。
  真耶が頭を抱えた玲の横に座る。
玲「これって・・・夢なのか?」
真耶「ううん。夢じゃない・・・」
玲「俺のせいでめちゃくちゃだ・・・どうして・・・こうなるんだ?巻き込んですまない。」
真耶「もう、そんな風に思わないで。これは決まってた気がする。でも、逃れられない定めなら・・・出来る事をするまでよ。まずは、あなたを守ってみせる」
  玲が真耶を見る。
玲「俺を守る?俺なんか・・・」
真耶「私・・・玲みたいに正義漢が強い人を知らないわ」
玲「そんな事ないよ・・・」
真耶「玲が心優しいのを知ってる。弱い人を守れる人になれる。だから・・・玲を救いたいの」
  真耶が優しい目で玲を見て、腕にそっと手を置く。
真耶「玲・・・ごめんね・・・本当ごめん・・・」
玲「何で謝るだよ?謝るのは俺の方だ」
 真耶が涙をこらえる。
真耶「あなたは人を死なせた。でも・・・被害者の女の子が・・・あなたを許してあげてって、言ってるのが聞こえるの。だからこうするわ・・・あなたの記憶から・・・事件の記憶を消す。それと、私の事も・・・それで、鬼化にならずに済む」
玲「そんな・・・真耶の事も忘れるのか?」
真耶「そうよ」
玲「俺、自首するし、罪も背負って行くから真耶の記憶は消さないでくれ!」
真耶「玲・・・記憶を消さなければ鬼化になるのよ・・・恐ろしい事をさせられてから・・・死ぬのよ。そうはさせない」
玲「俺、真耶を愛してるって事、忘れたくない・・・」
真耶「ありがとう・・・心から愛してるって、言ってくれて」
  真耶が涙を堪え微笑みながら、おもむろに玲の額に指でそっと触れると玲が光る。
玲「真耶!」
  玲が気を失うと、真耶は泣きながら彼を抱きしめる。

◯古書屋、店内(午後)
  真耶が店の扉を開けると冷たい風が入りジョーが気付く。
  彼はカウンター越しに身を乗り出して手招きする。
ジョー「よく来らね!」
真耶「今日から、よろしくお願いします」
  真耶が深々と頭を下げる。
真耶「この古書店で働くとは思わなかった。私が本の装丁師だっていうのも・・・やっぱり宿命としか思えないわ。いまだに信じられない気分よ。でも、ここに仕事あるの?」
ジョー「らいしょうふ!しことならたくさんあるよ!」
  ジョーがカウンターの横に積まれた古い本を叩くとホコリが舞う。
真耶「ジョーが言ってたのってこれ?これ・・・全部、装丁し直すの!?ああ・・・新刊の装丁デザインなんかしている暇ないじゃない!?」
ジョー「はははっ。いいらろ?」
  真耶は積まれた洋書の貴重本や和本を手に取ってじっくり見る。
真耶「すごい。これだけ集めるなんて・・・さすが四百年。新しいデザインのヒントにもなりそうね・・・」
ジョー「作業は二階。はりきっれ、きれいにしたからな」
  真耶が手を止めて、張り紙を見る。
張紙“耳が不自由です。でも唇が読めます。ご安心を。店主 ジョウイチロウ”
真耶「ねえ?ジョー、魔法の耳なの?」
  ジョーは何の事だか分からない様子だが次の瞬間、満面の笑みを浮かべる。
ジョー「まほおの耳!気に入ったよ!れも、これらよ、ちょっと待っれ・・・」
  ジョーがカウンターの後ろに並ぶ戸棚に手を伸ばす。
  引き出しの中からギザギザに切られている小さな札を出す。
  ジョーが札を両手で挟み何かを念じると、体が光る。
ジョー「ジャジャーン。私は魔法使いだ!」
真耶「やっぱり札だったんだ!それ、ジョーが作ったの?」
ジョー「そうだよ。神通力でね。札の効果は自分で作る。人間の記憶は操れるがそれ以外はこの札を使う。札の作り方は教えよう。」
真耶「伝授ってやつね!楽しそう!」
ジョー「楽しそうか!ははっ!」
  笑っていたジョーが、急に真顔になる。
ジョー「ところで・・・玲は、その後どうだ?」
真耶「え?ああ・・・大丈夫。全部、忘れてる・・・今じゃ、だたの元同僚ってだけよ・・・」
ジョー「滝の事も忘れているか?」
真耶「ええ、大丈夫。忘れてるわ。」
ジョー「悪しき記憶は消えても、本質は変わらないかも知れんぞ」
真耶「彼ならきっと大丈夫。玲がやった事は確かに悪い事だけど・・・悪人を追ってたのよ。だから・・・玲がいい人間になれるか見守って行きたいの。ずっと・・・」
  ジョーが自分の椅子に座る。
ジョー「真耶には芯の強さと優しさがある。闇の掟の良き執行人になるだろう」
真耶「そうだといいけど・・・闇の掟は厳しすぎるわ。私は・・・人は変われると思うから生きるチャンスをあげるべきだと思うけど・・・」
ジョー「掟がそう、定めたのだ。我々は従うだけだ」
真耶「・・・それだけ?」
  ジョーが真耶をじっと見つめる。
ジョー「・・・これは、話しておくべきだな」
真耶「何?」
ジョー「闇の掟が厳しくなったのは、最近になってからだ。何故だか分かるか?・・・見ろ、この世界を。欺瞞や怒りに満ちている。だから、それが理由なら、誰でも等しく厳しく罰せられるようになった」
真耶「そうだったの・・・」
ジョー「闇の掟は人々の善そのもので、掟を変えるのも人々の善だ。だから、掟を厳しくする事で、悪が栄えないように善が戦っているんだ。そして今、掟は真耶の善も知りたがっている。だから、心の声に従えばいい。」
  ジョーが優しく微笑む。
真耶「分かったわ・・・」
  真耶はうなずいて笑顔を作るが、涙が出そうになり横を向くと、ちらっと白い影が見えてあっという顔をする。
真耶「あ!いっけない・・・すっかり忘れてた!」
ジョー「何だ?」
真耶「私ね・・・シャロン、連れて来ちゃった。」
ジョー「シャロンって・・・玲の飼い猫か?まさか・・・黙って奪って来たのか!?」
真耶「だって・・・シャロンに頼まれちゃって。番人がすごくやりた〜いって、連れってにゃ〜って。番犬じゃなくって、番にゃんこ?なんちゃって」
  真耶がおどけて笑う。
真耶「シャロンの事、玲の記憶から消しちゃったけど、この位はお返ししてもらっても、いいかなって。」
ジョー「まったく!方法を教えてないのに、獣の心を読めるとは…しかし、店の中に入れてはいかんぞ!大事な古書で爪を研いだらどうする」
真耶「ふ〜ん・・・そう言うと思ったけど・・・もう遅い。あそこにいる!」
  窓辺の本棚の上にシャロンが座って、外をじっと見ている。
ジョー「何てこった・・・」
  シャロンが振り向いて鳴く。

◯森(深夜)
  月が霧に隠れてぼんやりと見える。
  邪悪を遠ざける呪文がかかった服を着たジョーと真耶が森の開けた場所に現れる。
ジョー「では、やってくれ」
真耶「分かった」
  真耶は深呼吸してからつぶやく。
真耶「悪しき魂よ、闇の掟に従え!」
  真耶が片手を上げると、勢いよく鬼化した英司が飛んで来る。
  霧もどきが鬼化の気配を感じ、鬼化使いを探して漂い始める。
真耶「鬼化。今から私が主人だ。さあ、悪しき魂を嗅ぎ取って来い!行け!」
  真耶が命じると、鬼化が大きな雄叫びを上げて走り去る。
ジョー「真耶。この小賢しい霧もどきを追い払ってくれないか?弱った魂に取り憑いて、悪行をさせるクズどもだ!」
  真耶は不敵な笑みを浮かべながらうなずくと、懐から太陽のような形の札を取り出る。
  札から手を離すと、美しく舞ってから地面に落ちる。
真耶「私の札の威力を思い知るがいいわ」
  真耶がじゃがんで札の上に手を置き念じると、目が光り出す。
真耶「霧もどきよ、去れ!」
  札から凄まじい衝撃が走る。
  周辺の霧もどきが四方に吹き飛ばされながら消滅する。
  辺りの空気が一気に澄む。
  マヤが見上げると、自信に満ちた表情が月に照らされる。

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