【登場人物】
お父さん 45歳
お母さん 41歳
ジュン 16歳
ミサ 13歳
タク 10歳
リコ 7歳
HF=ホストファーザー
HM=ホストマザー
○ホストハウスに向かう道
地球家族6人が商店街を歩いている。
ガチャポン(お金を入れてダイヤルを回すとカプセルに入ったおもちゃなどが出てくる機械)が目に入る。
ジュン「さっきから、ガチャポンをよく見かけるな。ここで大流行しているのかな」
ミサ「これを見て。色鉛筆とかものさしもガチャポンのカプセルに入っている」
ミサの指さす先は、文房具の入ったガチャポン。
タク「こっちは本だよ」
タクの指さす先は、本の入ったガチャポン。
父「流行なんてもんじゃないな。老若男女、ガチャポンが完全に生活の一部になっているようだな」
老若男女、おおぜいの人がガチャポンの前に行列を作っている。
母「タクが戦隊のカラーレンジャーの人形にはまったのを思い出すわね。あの時は大変だったわ」
タク「なんだっけ、それ?」
母「忘れたの? 幼稚園から小学校に上がる頃、何度もガチャポンをやりたがって泣いてたじゃない」
タク「あ、そうか。もう思い出したくないよ」
ジュン「カラーレンジャーは全部で5人だけど、なかなか5種類そろわなかったんだよな」
タク「うん」
ジュン「リコにクイズを出そう。ガチャポンで全種類集めることをコンプリートと言うんだけど、5種類集めてコンプリートするには、何回回す必要があるかな?」
リコ「・・・5回?」
ジュン「それは甘いな。一番運のいい人は5回で5種類集められるけど、全部そろわずに、同じのが何回も出るだろ」
リコ「あ、そうか」
ジュン「計算の仕方は省略するけど、5種類コンプリートするには、平均的には11回くらい回す必要がある。もちろん、運が悪い人は、何十回やってもコンプリートできない」
ミサ「ジュン、その考えもまだ甘いよ」
ジュン「なんだって? 計算は合ってるよ」
ミサ「テレビで言ってたんだけど、1種類だけなかなか出ないようになっていることが多いんだって」
タク「そうか、僕のカラーレンジャーの時も、きっとそうだったんだ。黒レンジャーがなかなか出なくて、赤レンジャーや青レンジャーばかり何個も出て困ったんだよ」
ミサ「そうやって損するようにできてるのよ、ガチャポンは」
タク「だけど最後には、黒レンジャーが出て、コンプリートできたんだよ」
母「でも、そのあと、すぐに飽きて全部捨てちゃったのよね」
タク「集めている間は楽しかったんだけど、全種類そろったとたんに気が抜けちゃったんだよね」
ジュン「なんだそりゃ」
家の前に着く。
父「さあ、タクの思い出話をしているうちに、ホストハウスに着いたよ」
○居間
HFとHMが地球家族6人を案内する。
HF「ようこそ、わが家へ」
大きな本棚が目に入る。
父「本がお好きなんですか? あれ、よく見ると、同じ本ばかり何冊もありますね」
HF「あー、この小説、5巻セットなんですけど、肝心の第1巻がなかなか出なくてね。出るまでやってたら、2巻から5巻までがこんなにたくさん出てしまって」
ジュン「もしかして、ガチャポンですか?」
HF「そうです! 本はお店では買えません。ガチャポンで手に入れるしかないんです」
HM「おもちゃやアクセサリー、文房具、全部ガチャポンなんですよ」
母「それはすごい。でも、お目当てのものが出るまでが大変ですね」
HM「おかげで、同じ物がいくつもたまってしまいましたよ。でも、全種類必ず入っているのがガチャポンのルールですから、根気よく回していれば、必ずいつか出てきます」
HF「よかったら、2階をご覧になりますか? 夫婦二人で、ガチャポンの中身を作る仕事をしているんですよ」
父「へえ」
HM「でも、みなさんはガチャポンよりも観光のほうが興味あるんじゃないですか?」
タク「僕は、ガチャポンのことをもっと知りたいです」
ジュン「タクだけ置いていくわけにいかないから、じゃあ僕もタクに付き合うよ」
父「じゃあ、ほかの4人は観光に出かけてこようか」
○2階の部屋(HMの机の前)
HMが机に座っている。いろいろなモンスターのフィギュアが35個乗っている。ジュンとタクが見ている。
HM「私が作っているのは、このモンスターのフィギュアよ。全部で35種類」
ジュン「へえ、売れ行きはどうですか?」
HM「最初は良かったんですけど、35種類しかないから、コンプリートする人が増えてきて、ちょっと売れ行きは伸び悩んでるわ。当たり前だけど、コンプリートしたとたんに、ガチャポンをやらなくなってしまうから」
タク「モンスターの種類をもっと増やせないんですか?」
HM「人気テレビアニメでは、この35種類しか登場しないのよ。デザイナーさんに新しく作ってもらうのも大変だし」
ジュン「そりゃそうですね」
HF「じゃあ、今度は僕のほうも見てくれるかな」
○2階の部屋(HFの机の前)
HFが机のパソコンを操作している。ジュンとタクが見ている。
HF「僕が作っているのは、算数の問題だよ」
ジュン「算数の問題を、ガチャポンで買うんですか?」
HF「ガチャポンと言っても、コンピューターの中のゲームみたいなものなんだ。そうだ、実際に子供たちが使っているところを見学に行ってみようか。歩いて1分のところに小学校がある。いつでも見学できるんだ」
○学校の教室
若い女性の先生が立っている。8歳くらいの生徒30人くらいがタブレット端末に集中している。
HFが1人の生徒の端末をのぞき込んでいる。そばにジュンとタクが立っている。
HF「ほら、見て」
ジュンとタクも端末をのぞき込む。
生徒「さあ、次の問題をやろう」
生徒、端末に表示されている赤いボタンを押す。ガチャポンの絵が映る。ダイヤルの絵を指で押すと、ダイヤルが回転し、ガチャポンからカプセルが飛び出す。カプセルを指で触れると、カプセルが割れ、1枚の紙の絵が飛び出して開く。そこには、問題の番号が『No.29』と書かれており、それに続いて算数の問題が書かれている。生徒が読み上げる。
生徒「『問題ナンバー29。キャンディーの入った袋が23個あります。1つの袋の中にはキャンディーが15個入っています・・・』」
HF「こんなふうに、タブレット端末の中のガチャポンの絵から出てくる問題を生徒が解いて、端末上に答えを書き込むんだ。問題を解かないと、次の問題に進めないから、みんな一生懸命問題を解いている。そして、どの問題を解いた子が何人いるかということが、僕のほうでもわかるしくみになっているんだよ」
タク「へえ」
先生「算数が好きだという子はそれほど多くありません。でも、みんなガチャポンは大好きなので、夢中になって問題に取り組んでいますよ」
ジュン「なるほど。ところで、問題は全部で何問あるんですか?」
HF「ちょうど100問だよ」
ジュン「たったの100問ですか?」
HF「でも、算数の問題なんて、そんなに多くの種類を作れないから、せいぜい100問だよ」
先生「そういえば、このクラスで今日初めて100問コンプリートした子がいるわ。そのあと、ちょっとたいくつそうにしています」
先生、一人の生徒を指さす。窓の外をながめている。
ジュン「これじゃ、コンプリートする子がどんどん増えて、みんなすぐに勉強しなくなってしまいます。問題の数をもっと増やして、コンプリートしにくくしたほうがいいですよ」
HF「できればそうしたいけど、どうやって問題を増やすんだい?」
ジュン「たとえば、さっきのキャンディーの問題は、23かける15を使いますよね。数字だけ変えればいいんですよ。キャンディーを16個とか17個にするとか」
HF「なるほど。同じ問題が何度も出てしまうよりは、ちがう数字で計算の練習をするほうが勉強にもなるね」
ジュン「今作ってある100個の問題の、数字の部分だけ変えた問題を1種類ずつ作るだけでも、問題数が倍の200問になるでしょ?」
HF「それはいい考えだ!」
先生「いい考えです。ぜひ、お願いします」
○2階の部屋
HFがパソコンで作業をしている。ジュンとタクがそばで見ている。
HF「できたぞ」
ジュン「早いですね」
HF「ほら、見て。さっきのキャンディーの問題だけでも、数字をどんどん変えていって、120問作った」
タク「そんなにたくさん?」
HF「ほかの問題も同じように、数字だけ変えた問題を100問以上作ったから、全部で問題の数は一気に10000を超えたよ。ほら」
HFのパソコンに、ガチャポンのカプセルの絵が映し出され、そこから飛び出した算数の問題には「No.11235」と書かれている。
ジュン「ちょっと、増やし過ぎじゃないかなあ」
HF「そんなことないよ。ちょっとプログラムに手を加えただけでこれだけ増やせたんだから、君のアイデアには感謝してるよ」
HMが近づいてくる。
HM「いいなあ、あなたは。私のモンスターも種類を増やしたいけど、新しくデザインするのは大変だし」
HF「だったら、モンスターの色違いを作ればいいんじゃないか? 1種類のモンスターについて、100色くらい作れるだろ」
HM「それ、いい考え! 35種類のモンスターを100色ずつ作ったら、全部で3500になる! さっそく工場に発注してみるわ」
HM、小走りに離れていく。
HF「さあ、これで、簡単にコンプリートできないから、たくさんの問題を解いてもらえて、僕はもうかるし、生徒の学力も上がって、政府からもほめられる。いいことずくめだぞ!」
ジュンとタク、不安そうにHFを見つめる。
○翌朝、ダイニング
地球家族6人。
ミサ「おはよう。タクは今日も観光しないの?」
タク「今日もガチャポンを見ることにするよ」
母「ジュンは?」
ジュン「僕もちょっと気になって・・・」
○2階の部屋
ジュンとタクが入ると、HFが机でパソコンを見ている。HMもそばにいる。
ジュン「おはようございます。お仕事、早いですね」
HF「おはよう」
HF、パソコンを見て困った表情。
HF「こりゃ、まずいことになったぞ」
ジュン「どうしたんですか?」
HF「今日は、子供たちが、ちっとも算数の問題を解いていないようなんだ」
HM「学校の様子を見に行きましょうか」
○学校の教室
女性の先生が立っている。生徒たちはタブレット端末に集中せず、おしゃべりをしている。HF、HM、ジュン、タクが入る。
先生「10000以上の問題を作ったんですね。問題ナンバーが5桁のものが何度も出てきたので、すぐにわかりました」
HF「そうなんですよ。でも、なんで子供たちはやる気をなくしちゃったのかな?」
生徒「そりゃ、そうですよ。こんなにたくさんあったら、一生かかってもコンプリートできません。コンプリートできないガチャポンなんて、やる気が起きないです」
他の生徒「そうだ、そうだ・・・」
他の生徒「そうだ、そうだ・・・」
その中に、一人だけ熱心に問題を解いている男子生徒がいる。
先生「あ、彼だけは特別です。もともと算数が大好きな子なんですよ」
HF、頭をかかえる。
HF「そうか、僕は勘違いしていた。僕たちは、ガチャポンが好きな国民なのではなくて、コンプリートする欲求のかたまりだったのか・・・」
HM「コンプリートできないほど種類の多いガチャポンなんて、今までこの世になかったから、私たち気付かなかったわね」
HF「あー、どうしよう」
ジュン「落ち込まないでください。すぐにもとに戻せばいいだけじゃないですか」
HF「そうだね」
HF、あわてて教室を飛び出す。HM、ジュン、タクが後を追う。
HM「私も、モンスターの色違いの発注、今すぐ取り消ししなきゃ!」
○2階の部屋
ジュンとタクが入ると、HFが机でパソコンを見ている。
HF「おかしいな。もとに戻したんだけど、問題を解く子供の数が減ったままだ」
ジュン「もう1回、学校の様子を見に行きましょうか?」
○学校の教室
女性の先生が立っている。HF、ジュン、タクが入る。
生徒たちは、タブレット端末に集中せず、おしゃべりをしている。
HF「もとに戻したのに、子供たちの様子が変わっていないな」
先生「あ、もとに戻したんですか?」
先生、一人だけ熱心に問題を解き続けている男子生徒に話しかける。
先生「もとに戻ったって気づいてた?」
男子生徒「いや、気づかなかったです。確かに今はNo.15とかNo.80とか、前みたいに小さい問題番号しか出てないけど、さっき10000とか大きい番号を見ていたから、問題数は今でも多いと思っていました」
HF、頭をかかえる。
HF「そうか、しまった・・・、子供たちは一度大きい番号を見てしまっているから、一度失ったやる気はもう取り返しがつかない。僕は永久に終わりだ・・・」
HF、しゃがみ込む。
先生「だいじょうぶですよ。口で説明すればいいだけじゃないですか。(生徒全員に向かって)また100問に戻っているわよ。みんな、コンプリートできるよ。がんばって!」
生徒「本当?」
生徒全員、またタブレット端末に集中しはじめる。
HF、顔を上げて立ち上がる。
HF「よかった。いや、でも、この学校はこれでいいけど、全国に学校は300、いや、500はある。どうすればいいんだ・・・」
HF、目に涙を浮かべる。
ジュン「だいじょうぶですよ。500個の学校に行って、説明して回りましょうよ」
HF「え? 全部?」
ジュン「どの学校に行ったか、ちゃんとメモして、同じ学校に行かないようにすれば、500回でコンプリートできますよ。がんばりましょう」
タク、うなずく。
HF「そうだね」
HFもうなずく。
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