【人物一覧表】
早野由美(20)…大学2年生
瀬島正臣(23)…モデル、由美の異母兄
川野真央子(13)…中学1年生、由美の異母妹
津川勇人(24)…クラブ経営者、由美の異母兄
高木弘樹(23)…故人、由美の異母兄
日枝正一郎(71)…日枝グループ会長、由美達の父親
日枝誠太郎(35)…日枝の本妻の息子、市長選立候補者
日枝麗華(33)…誠太郎の妻
早野益美(47)…由美の母親、日枝の4番目の愛人
瀬島裕子(50)…正臣の母親、モデル・俳優事務所経営、日枝の3番目の愛人
津川百合子(52)…勇人の母親、日枝の2番目の愛人
川野恵理子(36)…真央子の母親、日枝の5番目の愛人
ホノカ(24)…モデル、ニュースキャスター
村井美代子(31)…古本屋「喜楽堂」の店主
幸田聡子(21)…大学2年生、由美の友人
日野武(25)…由美の恋人
中井敏明(22)日枝の運転手
早野フミ(75)…由美の祖母、タバコ屋経営
田代…チンピラ
近藤…正臣のマネージャー
西川(52)…中学の体育教師
川野英次(65)…真央子の祖父、リサイクルショップ経営
由香里…勇人のクラブの店員
ミサト…勇人のクラブの店員
浩太…小学生、子役
浩太の母親
日枝の秘書
ゼミ生1~3
大学生1~2
クラブ従業員1~3
参列者1~3
○日枝グループのCM
土手の上をカラフルな衣装を纏った多種多様な人種の子どもたちが、楽器を鳴らしながら歩いている。
先導し歩いている瀬島正臣(23)。
ナレーション「子供たちの未来を繋ぐ日枝グループです」
日枝グループのロゴマークが入る。
○渋谷駅・ハチ公口(夜)
大型ビジョンに日枝グループのCMが映されている。
信号待ちの人々が青になった途端に、一斉に動き出す。
○レストラン
外の大型ビジョンに映し出されている日枝グループのCMを見ている早野由美(20)。
日野武(25)がサラダを取り分け、 由美の前に置く。
武「由美」
由美「ありがとう」
武「罰ゲームみたいなCMだよな。タレントってすげえよ」
由美「まぁね」
武「あのCMで先頭歩いている奴って絶対不幸になるんだって」
由美「(笑い)何それ?」
武「だってやってた奴らって、今皆見ないじゃん。ガンジャ持ってたとか、中学生に手ぇ出したとかしてさ」
由美「いいこと教えてあげようか?」
武「何? 何?」
大型ビジョンの中の正臣を指差し
由美「(いたずらっぽく)あれ、私の兄貴」
武「ハァ? どういうこと?」
由美「(指折り数え)うちのお母さんが5号さんだから、3号さん、いや、違う4号さんの息子さんかな?」
武、戸惑い
武「それマジなの?」
由美「別に信じてくれなくてもいいよ」
大型ビジョンがモデルのホノカ(24)の口紅のCMに切り替わる。
× × ×
レジの前に立っている由美と武。
店員「2万2千円になります」
由美が財布から万札を出そうとすると
武「いいよ。俺が出す」
由美「いいって」
武「でもさ……」
由美「いいの。それよりお腹いっぱいになった?」
武「(渋々)ああ」
○ラブホテル
タオルを一枚だけ巻いた由美がベットに腰掛け、リモコンでテレビ番組をザッピングしている。
風呂上がりの武が後ろから抱きつく。
武「ねぇ」
由美「うん?」
武「ウリとかしてないよね?」
二人が倒れこむ。
由美「してないし、何でそんなこと聞くの?」
武「飯代もホテル代も出してさ」
由美「あれぐらい大丈夫だよ」
武「それにさ」
由美「何?」
武「フェラも上手くなったし」
由美笑いだす。
由美「武ちゃん、不安だったんでちゅか」
武にキスしながら、唇を体に這わす。
武の股間に顔を埋める由美。
テレビでニュースがやっている。
ニュースキャスターはホノカである。
ホノカ「若者の雇用について経団連の日枝理事は次のように答えました」
画面に日枝正一郎(71)が出てくる。
日枝「優秀な若者たちのやる気を削ぐようなことをしないように企業側も対応を……」
武の「気持ちいいよ」などの喘ぎ声が聞こえる。
○川野家・居間
マンションの一室。
小ざっぱりした内装であるが、小さな猫の置物などが置いてある。
ハンバーグを食べながら日枝のインタビューを見ている川野真央子(13)。
テレビを消す母の恵理子(36)。
恵理子「どう? 美味しい?」
真央子「(義務的に)うん、美味しいよ」
台所にラップのかかったハンバーグが置いてある。
恵理子「よかった。真央子にそう言ってもらって、お母さん嬉しい。それ食べたらお願いがあるんだけど」
真央子「(悟り)いいよ。わかった」
恵理子、ポケットから3千円出し、テーブルに置く。
恵理子「あぶないとこにいっちゃだめよ」
真央子「はーい」
お金をポケットに入れる。
○古本屋『喜楽堂』
年季の入った建物だが、整理され落ち着いた雰囲気。
本棚を見ている客たち。
レジには店主の村井美代子(31)が帳面をつけている。
真央子が『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』を持ってやってくる。
真央子「美代子さん。来ちゃった」
美代子「いらっしゃい。どうぞ」
隣の椅子を指差す。
真央子が嬉しそうに美代子の隣に座り、本を読みだす。
美代子「それ面白いでしょ」
真央子「うん! こういうの他にもある?」
美代子が棚を指差し
美代子「海外のSFだったらあの棚にまとめて置いてあるよ」
真央子、机に正臣の写真集が置いてあるのを見つける。
真央子「これ」
美代子「ああ、それは」
真央子「売り物? でも付箋貼ってある」
恥ずかしがる美代子。
真央子「美代子さんの?」
美代子「……うん」
真央子「正臣好きなの?」
美代子「まぁ、好きっていうかね?」
付箋された『上半身裸の正臣』のページを開いて見せる真央子。
美代子「わかった。わかった。ファンです」
真央子「サインとか欲しい?」
美代子「うん、まぁ、でもサイン会行きそびれちゃったし」
真央子「貰ってきてあげるよ」
美代子「何言ってんの? 無理よ」
真央子「当てがあるから、ちょっと貸しといてよ」
美代子「貸すのはいいけどさ」
真央子「大丈夫、大丈夫」
美代子「でも」
レジに客がやってくる。
美代子「いらっしゃいませ」
真央子、読書に戻る。
○川野家・玄関
ドアが開き、真央子が帰ってくる。
手には写真集の入った封筒を持っている。
真央子「ただいま」
台所に少し髪の乱れた恵理子が立っている。
恵理子「おかえり。何か飲む?」
恵理子が冷蔵庫からリンゴジュースをコップに入れ飲み始める。
流しには洗い物が溜まっている。
恵理子「これあの人のお土産。青森でしか売ってなくて、高いんだって」
真央子「うーん、いいや」
恵理子「そう」
真央子「ねぇ、日枝さんに連絡とれない?」
恵理子「(困惑し)えっ? 忙しい人だし」
真央子「ダメ?」
恵理子「あんまり迷惑かけたくないし。ねぇ、真央子。真央子には私がいるじゃない」
真央子困惑する。
恵理子「それにもうすぐあの人が」
真央子「わかった」
真央子が自分の部屋に入る。
○同・真央子の部屋
机の引き出しを開ける真央子。
小物入れから、クシャクシャになった名刺が出てくる。
『クラブ フロッグ 津川勇人』と書かれた名刺。
真央子が嬉しそうに見つめる。
名刺には、王冠を被り、咥えたばこをしたグロテスクな蛙のイラスト。
○クラブ『フロッグ』
ドアに蛙のイラストが描いてある。
まだ忙しくなる前の様子で店内は比較的に落ち着いている。
店内の小さなモニターに日枝グループのCMが流れている。
ソファーに津川勇人(24)が近藤と座っている。
近藤「本人も今一番大事な時期なんですよ」
勇人「そんなこと言われてもね」
近藤が写真を取り出す。
写真には路上で正臣が女とキスしている。
近藤「週刊誌に持ち込まれないだけましだけど」
勇人「(知らばっくれ)ありゃりゃ」
近藤「この店の女の子なんでしょ」
勇人「なんか勘違いしてます? 只のクラブのオーナーですよ。飲食店経営者ですよ」
近藤「ええ」
勇人「自由恋愛を妨げるような権限はないですよ」
近藤「そこをお願いしているんですよ」
近藤が封筒を出す。
勇人が封筒の中を確認し、
勇人「(わざとらしく)おお」
内ポケットに入れ
勇人「まぁ、ゆっくりしていって下さいよ」
立ち上がり、スタッフルームに向かって歩き出す。
近藤「信じていいんですね?」
勇人、笑顔で
勇人「もちろん」
○同・控室
勇人が入ると、椅子に座って写真の女(由香里)が顔を覆って泣いている。
従業員2「勇人さん」
勇人「また、泣いてんの?」
従業員2「はい」
勇人「いいよ。ホール出てて」
従業員2「はい」
従業員2、出て行く。
由香里の肩を抱く。
勇人「(優しく)ほら、もう泣くのやめて」
由香里「でも」
勇人「せっかく化粧したのに台無しになっちゃうぞ」
由香里「私からじゃないの。あいつがいきなりキスしてきて」
勇人「わかってるよ」
由香里「私が好きなのは勇ちゃんだけだからね」
由香里、勇人に身を寄せる。
勇人がティッシュで由香里の涙を拭く。
勇人の手を自分の胸に当てる。
由香里「本当だよ。本当だよ。あんな奴」
勇人「ちゃんと金玉蹴り上げたか?」
由香里「(笑い)何それ?……キスして」
勇人と由香里ディープキスをする。
勇人の胸に顔を鎮める由香里。
勇人、由香里の髪を撫でる
○写真スタジオ
カメラマンやスタッフが作業している。
隅の長い机にCMの子供たちが座っている。
ゲームをしていたり、ティーン向け雑誌を見ている子供たち。
離れた場所で母親と小学生の男の子(浩太)が話している。
母親「あんただけよ、出来てないの。もっと可愛く笑えないの?」
爪を噛む浩太。
母親「爪噛むのやめなさいって言ったでしょ。何度言ったらわかるの!」
声「浩太!」
振り返ると正臣がカメラのスタジオの真ん中で手を振っている。
母親、正臣にペコペコと頭を下げ、浩太に行くように促す。
渋々と正臣の元に行く浩太。
正臣「(笑顔で)帽子曲がってるぞ」
帽子を直してやると、浩太の首元をくすぐり始める。
笑い出す浩太。
正臣「元気でたか? その笑顔だぞ」
スタッフ「はい、撮影再開します」
子供たちがぞろぞろと正臣の元にやって来る。
正臣「はーい、みんなとびっきりの笑顔だぞ!」
カメラのフラッシュが光る。
○同・喫煙所
ホノカが経済新聞を読みながらタバコを吸っている。
喫煙所のガラスを叩く音がする。
驚き、見ると私服に着替えた正臣が笑って立っている。
正臣が中に入ってくる。
正臣「久しぶりだね。ホノカちゃん」
ホノカ「どうも」
正臣もタバコを取出し吸い始める。
正臣「ニュースフレンドみたよ」
ホノカ「『フロント』です」
正臣「ああ、そうだったね。俺もニュースやってみたいな」
ホノカ「はぁ」
正臣「でも、俺には無理か」
ホノカはどう対処していいかわからない。
正臣「本当に尊敬するよ。デビュー俺と変わらないのに、モデルやりながら東大行って」
正臣、突然ドアを開け、顔を出し、廊下を歩いていた子供たちに手を振り
正臣「充、ナユちゃん。気をつけてな」
ホノカが灰皿にタバコを入れる。
ホノカ「じゃあ、私これで」
正臣「これから局?」
ホノカ「はい」
正臣「頑張ってね。今度飲もうよ」
ホノカが出て行く。
正臣、ホノカのまだ火の点いたタバコをもみ消す。
○同・駐車場
正臣がベンツに近づく。
後部座席に裕子(50)が座っているのを見つける。
裕子、厳しい目つきで入るように促す。
少し緊張した様子で入る正臣。
裕子「どうだった?」
正臣「うん、順調だったよ」
裕子「そう。変なことしてないでしょうね」
正臣「変なことって」
裕子「まぁ、いいわ。それと選挙の応援に来てくれって頼まれたから、ちゃんとすんのよ。人前でしゃべるんだから」
運転手を見て
正臣「今日近藤さんは?」
裕子「コンちゃんは今あのクラブに行ってるわよ」
車が動きだす。
正臣、肩身狭く
裕子「まぁ、お金で済んでよかったわ」
正臣「まさか撮られてるなんて」
裕子「気を抜いてるからよ」
正臣「はい」
裕子「ちょっと下手なことしただけで全部パァになるのよ。わかってる?」
正臣「はい」
裕子「正臣にはこの世界しかないし、私にも正臣しかいないの。昔から二人で頑張って来たんじゃない。それでここまで来たんじゃない」
正臣「うん」
裕子「それをこんなことで台無しになったら勿体ないでしょ」
正臣、肩を落とす。
裕子「当分クラブに行くのは禁止します。あんたの後輩にもメンツが立たないでしょ」
正臣「……当分っていつまで?」
裕子「当分よ!」
裕子、呆れ果てため息をつく。
○タイトル
○早野家・居間(朝)
畳が敷かれている部屋、タバコ屋の店先が引き戸一枚で隔たれている。
古くからある日本人形や家族の写真が飾ってある。
朝食の白いご飯と大根のみそ汁、鮭の切り身がテーブルに置かれている。
由美が隣に鞄を置き食事している。
祖母のフミ(75)がお茶を入れている。
フミ「昨日は何時に帰って着たの?」
由美「(言いにくそうに)終電」
フミ「まったく。遅くなるんなら前もっていいなさい」
フミが注いだお茶を飲む。
由美「言ったよ。一週間ぐらい前」
フミ「当日に言いなさいっていうの」
由美「(からかい)ボケたんじゃないよね?」
フミが睨む。
由美「ごめんなさい」
フミ「大学は大丈夫なの?」
由美「結構ギリギリかな」
フミ「ちゃんとしなさいよ!」
由美「(慌てて)あっ、単位じゃないよ。今日一限からだから時間がギリギリってこと」
フミ「もう早く行きなさい!」
由美「はい」
由美が鞄を持ち出て行く。
フミが食器を下げ、台所に行く。
○同・玄関
由美が靴を履こうとすると、スーツを着た母の益美(47)が入ってくる。
由美「お母さん」
益美「由美、ちょっとお水頂戴」
フミが台所から顔を出す。
フミ「自分でやんなさい」
フミ台所に戻る。
益美「冷たいな」
益美が玄関に座り込む。
由美「どうしたの?」
益美「ちょっとね、付き合いで飲んでて。マンション帰るのも面倒だし」
由美「こんな時間まで」
益美「そうだ、マンションのあんたの部屋たまには掃除しなさいよ」
由美「あそこ不便じゃん」
益美「じゃあさ、都内にもう一つ買おうか?」
由美「そんなの」
益美「大丈夫、日枝さんからお金貰ったし」
由美「お金?」
益美「勿論、あんたと私半々よ」
由美「そうじゃなくて、そのお金?」
益美が手の平を広げ、指先をスライドさせる。
益美「手を切る」
由美「どういうこと?」
益美「最後のお金ってこと」
由美「はい?」
フミが出てくる。
フミ「由美、何してんの。早く行きな」
由美「はい」
靴を履きながら
由美「また今度話す」
由美が出て行くが、また戻り
由美「それと」
フミ「何?」
由美「今日遅くなります」
出て行く。
フミがため息をつく。
益美「(呻くように)お水」
○大学・講義室
教授の経済の講義が行われている。
教授「1%の富裕層が経済を牛耳り、政治に影響を与えるということが、今起きているわけです」
ボーっと聞いている由美。
○同・食堂
昼食時、学生たちで騒々しい。
由美がサンドイッチを食べながら、スマホで昼のワイドショーを見ている。
画面にはホノカが出ている。
イヤホンが耳にささっている。
テレビの音「最近はニュースキャスターとしても活躍して」
声「由美、由美」
由美が気づくと、幸田聡子(21)がトレイを持ち立っている。
由美がイヤホンを外し
由美「ああ、ごめん、ごめん」
聡子「こんなとこでまでTV?」
由美「TVっ子なもんで」
聡子「TVばっかりみてるとバカになっちゃうよ」
由美「もうバカだもん」
聡子「じゃあさ、そんなおバカな由美ちゃんも私と一緒に賢くなろう」
由美「はぁ?」
聡子「今度の特別講義手伝ってよ」
由美「またやんの?」
聡子「何よ?」
由美「あのベンチャーの人さ、この間破産したよね」
聡子「今度はあんなことにはならない。もっ と大物呼ぶつもりだから」
由美「誰?」
聡子「まだ決まってないんだけどさ」
由美「なぁんだ」
聡子「大滝教授の伝手ですごい人に会えることになったんだから」
サンドイッチに入っていたレタスが床に落ち、それを拾う。
聡子「今度はさ、講義を配信しようと思ってるの」
由美「あーあ」
聡子「とにかく、ゼミ室に資料が置いてあるから読んでみて」
由美「あ、うん」
○同・ゼミ室
由美が入って来る。
ゼミ生が3、4人たむろしている。
由美「失礼します」
ゼミ生1に
由美「あの、聡子に言われて来たんですけど、特別講義の資料って」
ゼミ生1「早野さん、また手伝ってくれるの?」
由美「はい」
ゼミ生2「また聡子に押し切られたんでしょ」
由美「まぁ、そういうことです」
ゼミ生2「よくやるよね」
ゼミ生1「そこの机に置いてあるよ」
机の上には新書や経済誌が大量に置かれている。
その中の経済誌の表紙に目をとめる。
表紙には『去勢された日本経済、私がパイプカットした理由』と書かれ、日枝の写真が載っている。
○文房具店
真央子がサインペンをレジに出す。
店員「130円になります」
楽しそうな真央子。
○六本木(夜)
雑踏の中、リュックサックを背負った真央子が名刺を見ながら歩いている。
すれ違った一団に由美たちがいる。
大学生1「これからクラブ行く人?」
大学生たち「はい」と手を挙げる。
由美は挙げないが
大学生2「行かないの?」
由美「今日は」
大学生2、由美の腕を取り上げる。
大学生2「早野由美行きます!」
○クラブ『フロッグ』・受付
真央子と従業員1が話している。
由美たちが入って来る。
従業員1「うちはね、未成年は入れないんですよ」
真央子「でも……」
従業員1「君、ハタチ超えてないよね」
真央子「(意を決して)津川勇人さんに……」
従業員1「勇人さん? 勇人さんの何?」
真央子「あの……」
従業員1「とにかくさ、入れられないから帰って」
真央子が肩を落として去っていく。
由美にリュックがぶつかる。
真央子「ごめんなさい」
頭を下げ、去っていく真央子。
大学生2「今の子、中学生だよね」
由美「うん」
大学生2「最近の子は進んでるね」
大学生1「皆、身分証出して」
○同・店内
賑やかな店内。
フロアで踊っている仲間たちを見ながら、由美が酒を飲んでいる。
仲間の一人が手招きするが首を振る。
勇人が従業員1と話しながら歩いている。
勇人「たまにいるんだよ。俺の名前出して入ろうとするやつ」
従業員1「はい」
勇人「お前、大正解。未成年に酒飲ましたみたいなことになったら行政もうるせえからよ」
従業員1「はい」
従業員1の肩を叩く。
勇人がすれ違いざまに由美に気付く。
勇人「あれ」
由美「何か?」
勇人「君さ、確か、早野……由美ちゃんじゃない?」
由美「はい?」
由美、誰だか分からない。
従業員1「勇人さん」
勇人「おう、行っててくれ」
従業員1が去る。
勇人「俺だよ、2年前会ったの。覚えてない?」
由美「(戸惑い)ええっと」
勇人「津川勇人。名刺渡したんだけど? 日枝の、2年前にさ」
由美「(思いだし)ああ」
○(回想)・ホテル・レストラン
貸切の店内。
円卓に座っている高校の制服姿の由美。
キョロキョロしている小学生の真央子。
ニコニコ笑っている正臣。
睨みを利かせている金髪の勇人。
落ち着いた雰囲気の高木弘樹(23)。
日枝がワインの栓を抜く。
日枝「君たちには苦労をかけた」
日枝がそれぞれのグラスにワインをついで歩く。
日枝「つらい思いもさせたことがあるだろう。君たちが何かやりたいことがあるなら私は喜んで手を貸そう」
由美の元にやってくる。
日枝「酒を飲んだことは?」
由美「いいえ」
日枝「今日は特別だ。少し飲んでみなさい」
由美のグラスにワインを注ぐ。
隣の真央子を見て
日枝「君はジュースがいいな」
真央子が頷くのを見て、テーブルに置いてあるジュースを注ぐ。
日枝「私からもお願いがある。どんな境遇であろうと君たちは兄妹だ。手を取り合って、助け合って生きてほしい。……乾杯」
それぞれグラスを掲げ飲む。
由美も飲むが咳き込んでしまう。
日枝「大丈夫か?」
由美「大丈夫です」
だが、咳が止まらず、制服の袖で口を押える。
○同・廊下
足早に歩いていく由美。
後ろから勇人が声が掛かる。
勇人「ねぇ」
由美「(不審がり)はい」
勇人「由美ちゃんだったよね。これから俺の店で正臣と飲むんだけど来る?」
由美「いえ」
勇人「ジュースも用意するけど……ごめん。ごめん。来ないよね。高校生だもんな」
名刺を出し
勇人「これ、俺の店。20になったら来てよ」
由美、名刺を受け取る。
○同・トイレ
イラついている由美。
鏡の中の自分を睨み付ける。
名刺を丸めてゴミ箱に投げるが、外してしまう。
気づかない由美。
○(戻って)クラブ「フロッグ」
勇人「思い出した?」
由美「はい」
勇人「あん時、高校生だったよね。今は」
由美「大学行ってます」
勇人「じゃあ、入学祝しないとな」
由美「いえ、大丈夫です」
由美の気のない返事にも笑って受け流す。
勇人「ゆっくりしてってよ」
勇人、行こうとするが、
勇人「そうだ」
名刺を出し、携帯電話の番号を書き渡す。
勇人「なんかあったら連絡頂戴」
従業員1がやって来る。
従業員1「勇人さん、ちょっと」
勇人「おう」
勇人が去っていく。
大学生2がやってくる。
大学生2「由美、今の誰? ちょっと格好よくない?」
由美「……私さ、やっぱり今日は帰るね」
大学生2「えー」
由美「昨日もアレだったからさ、おばあちゃんがうるさいんだよね」
○同・スタッフルーム
勇人がスキンヘッドの男(田代)と話している。
田代「この間のパーティーふざけたことしてくれたな」
勇人「ふざけたこと?」
田代「女はブスだし、仕切りは最悪だし」
勇人「はい」
田代「『はい』じゃねんだよ。江崎さんマジギレしてたぞ」
勇人「そうなんすか?」
田代「お前よ、本当にここでやってくつもりあんのかよ。江崎さん言ってたぞ。この店カチコミかけてやろうかって。あんな江崎さん見たことねえよ」
勇人「すみません」
田代の手首にタトゥーがちらりと見える。
田代「まぁ、でもさ、俺の後輩だし、そういうのはさ」
勇人が立ち上がり、金庫から万札を数枚だし、田代に差し出す。
田代、手で払い、金が床に散らばる。
田代「(怒鳴り)お前マジでわかってねえな。封筒に入れて『よろしくお願いします』ていうのが、筋だろうが」
黙っている勇人の耳元で
田代「この店、燃やすぞ」
勇人が金を拾い、机の引き出しから封筒を出し、金を入れ差出す。
勇人「よろしくお願いします」
田代、鼻で笑い
田代「おう、お前が礼儀をわきまえてる限り俺はお前の味方だからな。安心しろよ」
田代去っていく。
勇人、舌打ちする。
○コンビニ前
由美がビニール袋を持って出てくる。
店先で真央子が公衆電話で電話している。
真央子「うん、遅くなってごめん。……うん、美香ちゃんの家に泊まるから、うん大丈夫だよ。じゃあね、ごめんなさい」
電話を切る真央子。
由美「ねぇ、さっき店にいたよね?」
真央子「(驚くが)はい」
由美「お店入れなくて残念だったね。ちょっとは大目に見てくれてもいいのにね」
真央子「あの、津川さんって知ってますか?」
由美「まぁ、知り合いって言うか」
真央子「あの紹介してもらえませんか?」
由美「紹介って言われても、ほとんど今日知り合ったようなもんだし」
真央子「そうなんですか?」
肩を落とす真央子。
真央子「出てこないか店の前で待ってたんですけど」
由美「今まで、ずっと?」
真央子「はい」
由美「何でそんなに会いたいの?」
真央子「……」
由美「……ごめん。こんなこと聞いて」
真央子「その人私のお兄さんなんです」
由美「えっ?」
× × ×
(フラッシュバック)
2年前のホテルのレストランでキョロキョロしている小学生の真央子。
× × ×
由美「あの時の……」
真央子「はい?」
由美「覚えてない。あのホテルで私、まだセーラー服着てて」
真央子「はぁ?」
由美「日枝さんの」
真央子「えっ? (気づき)ああ、あのお姉さん」
由美「えっと、あの」
真央子「川野真央子です」
嬉しそうな真央子と困惑している由美。
真央子「すごい、こんなことあるんだ。お兄さんに会いに来たら、お姉さんに会えた」
由美「頭痛くなりそう」
真央子「なんか小説みたい」
由美「そうだね。でも今日は帰った方がいいよ」
真央子「……」
由美「どうしたの?」
真央子「電車無くなっちゃって」
○早野家・玄関
明かりをつけ、由美が真央子を連れて入って来る。
由美「(小さく)ただいま。入って」
真央子「(小さく)おじゃまします」
フミが奥から出てくる。
フミ「お帰り。何その子?」
由美「妹?」
真央子が頭を下げる。
フミの怪訝な顔。
○同・由美の部屋
風呂上りで寝間着姿の由美と胸に『早野』刺繍されたジャージを着ている真央子。
真央子がドライヤーで髪を乾かしている。
由美がベットの上で正臣の写真集を見ている。
由美「正臣のサインを何で勇人さんに頼むの?」
真央子「ほら、あの時仲良さそうだったじゃないですか」
由美「まぁ、確かに。でも何で勇人さんのお店知ってたの?」
真央子が鞄に入っていた小物入れから名刺を取り出す。
由美「あの人、小学生も誘ったの?」
真央子「拾ったんです。由美さんが捨てたあとに」
○(回想)ホテル・トイレ
由美がトイレを出た後に、個室から真央子がおそるおそる出てくる。
ゴミ箱の近くに転がっている名刺を拾う。
○(戻って)早野家・由美の部屋
悪戯っぽく笑っている真央子。
由美「なるほど。何も店に直接行かなくても電話とかさ」
真央子「取りついでもらえなくて」
由美「そう、でも、あんまり関わり合いにならないほうがいいよ。サインならどこででも手に入るじゃん」
真央子「でも」
由美「うちの男たちに禄なのいないよ」
真央子「……はい。でも一人雰囲気違う人いましたよね」
由美「そうだっけ?」
真央子「いましたよ」
由美「(興味なく)もう寝よう」
真央子「はい」
○ベンツ車内(朝)
後部座席に乗っている日枝。
運転席に運転手の中井敏明(22)。
助手席に秘書が座っている。
秘書が手帳を見ながら。
秘書「夜7時から中田議員との会食が入っています。その前に……会長、本当に学生に会われますか?」
日枝「ああ」
日枝の携帯電話が鳴り、相手を確認し電話にでる。
日枝「もしもし」
勇人の声「おはようございます」
日枝「ああ」
勇人の声「朝からこんな話したくないんだけどさ。あの手切れ金なんだけど」
日枝「手切れ金?」
勇人の声「あれじゃ足りないんですよ」
日枝「わかったよ」
電話を切る。
○原宿・アイドルグッズショップ1(昼)
アイドルの生写真が貼られいついるのを見ている由美。
真央子が出てくる。
由美「どうだった?」
真央子「写真はあるけど、サインは置いてないらしくて」
○同・アイドルグッズショップ2
真央子と由美が出てくる。
真央子、がっかりした様子で首を振る。
○同・原宿駅前
クレープを食べながら歩いている由美と真央子。
真央子、落ち込んでいる。
真央子「クレープごちそうさまです」
由美「いいよ。気にしないで。また来てみればそうすれば」
真央子「うーん、私、また勇人さんのところに行ってみます」
由美「危ないよ。中学生の行くとこじゃないしさ」
真央子「でも……」
由美、落ち込んでいる真央子に耐えられなくなり、
由美「わかった。私が今度頼んでみるよ」
真央子「本当ですか!」
由美「うん、あの本貸しといて」
真央子「(喜び)ありがとうございます」
由美困りながらも笑う。
二人の丁度頭上にある喫茶店で勇人と従業員1が座っている。
○喫茶店
勇人が携帯電話で話している。
勇人「大丈夫だよ。お前の誕生パーティーやってやるよ。安心しろって。それよりお前も後輩を連れて来いよ。うん、じゃあな」
勇人電話を切る。
メロンソーダを飲んでいる従業員1に話しかける。
勇人「(笑って)やっぱ、あの通りの店全部買い上げて2号店だすか?」
従業員1が吹き出しメロンソーダがこぼれる。
勇人「ああ、きったねえな」
勇人ナプキンを渡すと、従業員1が拭く。
勇人「でもなぁ、店出すぐらいならそれぐらいのつもりじゃなきゃダメだよ」
従業員1「はい」
勇人「『フロッグ2号店』出来たら、お前頼むな」
従業員1「名前変えていいっすか?」
勇人笑いながら、ナプキンを投げつける。
勇人「馬鹿野郎」
勇人たち笑い合っている。
○競馬場
レース結果が電光掲示板に表示されている。
○同・観覧席
通路側の席に日枝が、その奥に秘書が座っている。
日枝「デビューで勝ったときは行けると思っ たんだがな。馬なんてやるもんじゃないな」
秘書「どうしますか? 処分……」
日枝「いや、あれで血筋はいいんだ。種馬に出来るだろう」
秘書「わかりました。それと先日購入した絵なんですが」
日枝「何だ?」
秘書「あの絵を会長室に飾るのは……」
中井に連れられて聡子がやってくる。
中井「会長、学生さんをお連れしました」
緊張している聡子。
聡子「優光大学の幸田聡子です。本日は時間をとっていただきありがとうございます」
日枝「(笑みを浮かべ)固いな。緊張しているのかな?」
聡子「……はい」
日枝、通路の向こうの席を指し、
日枝「どうぞ、座って」
聡子「ありがとうございます。」
日枝「それで」
聡子「今回は長年日本経済を牽引していらっしゃった日枝会長に直接、学生たちにこれからの経済を」
たどたどしさに笑い出す日枝。
笑いの真意がつかめず、困惑する聡子。
日枝「牽引ね。でも大学生に話すんだったら、もっと若手でいい奴がいるだろ」
聡子「以前、ベンチャー企業の方にお願いしたんですが、なんというか、そのご自分の本の販促会みたいになってしまって」
日枝「それでそいつらの代わりに私に話せと」
聡子「(焦り)代わりなんて……日本の経済をマクロな視点から」
日枝、秘書と笑い
日枝「うちの株でも買わすか?」
意気消沈する聡子。
馬券の購入の締め切りを伝えるアナウンスが聞こえる。
聡子「失礼しました。今日は本当にありがとうございました」
日枝「まあ、でもそれも面白いかもしれないな」
聡子「はい?」
日枝「時間は都合してくれるんだろ」
聡子「(喜び)はい」
○大学・食堂(昼)
由美がうどんを食べながら、経済誌を読んでいる。
聡子がやって来る。
聡子「勉強してるね。感心、感心」
由美「うん、まぁ」
聡子「特別講義のゲスト決まったよ」
由美「誰?」
聡子「(表紙を指差し)その人」
由美「えっ?」
聡子「じゃあ、予習しといてね」
聡子が去っていく。
困惑している由美。
○中学校・校庭
マラソンの授業をフェンス越しに見ている勇人と派手な服を着た女(ミサト)。
後ろにはヴェルファイアが止まっている。
勇人「(大声を出し)西川先生、西川先生」
体育教師の西川(52)がやってくる。
西川「何考えてるんですか? こんなとこまで来て」
勇人「それは先生のせいでしょ。電話にも出てくれなくて。(ミサト)寂しかったよなぁ」
ミサト「(甘ったれた声で)どうして会ってくれなかったの?」
西川「残りのお金はもう少し待って」
勇人「(ミサトに)おい」
ミサト「みなさーん、ここにいる西川先生は私と……」
西川「わかった。わかった。今月中にはなんとかするから」
勇人「元はといえば、うちの店にセクキャバ気分で来たのは先生が悪いんでしょ」
西川「あの時は同窓会の後で酔ってたんだ」
勇人「先生さ、溜まっちゃうのはわかるけど、もっと気をつけなきゃ。只でさえ、風当り強いんでしょ」
西川「早く帰ってくれ」
勇人「帰りますよ。俺たちにもこれから用があんだから」
勇人たちが車に乗り込む。
遠くから見ている真央子。
○古本屋「喜楽堂」(夕方)
美代子が脚立に昇り、蛍光灯を外そうとしている。
制服姿の真央子がやって来る。
真央子「ミーヨーコさん」
美代子「あれ、今日制服? 可愛いじゃん。ちょっと待ってね」
美代子、蛍光灯を外すと、真央子が受け取る。
美代子「サンキュー。じゃあ、そこにある新しいの頂戴」
真央子、本棚に立てかけてあった蛍光灯を渡す。
美代子がつけ始める。
真央子、蛍光灯を見て何か思いつき微笑む。
美代子「真央子ちゃん来てくれて助かった。お父さん腰悪くて」
美代子がつけ終わり、真央子の方を向くと、真央子はビニール傘の柄に蛍光灯をガムテープでとめている。
美代子「(驚き)何やってんの?」
真央子「さて、これは何でしょう?」
美代子「ライトセーバー?」
真央子「ブー」
美代子「ビームサーベル?」
真央子「同じじゃん。ヒントはね」
美代子、気づき
美代子「ちょっと待って。それ、お客さんのでしょ?」
真央子「いいじゃん。ずっと置いてあるんだし、もう取りに来ないよ」
美代子「ダメ、すぐに外して」
真央子が、ガムテープを外し始める。
美代子「何やらかすかわかったもんじゃない」
真央子「(照れ笑い)エヘヘ」
美代子「エヘヘじゃないの」
真央子「そうだ。待っててね。もうすぐサイン手に入るから」
美代子「あれ、本当だったの?」
真央子「嘘なんかつかないよ」
美代子「でもどうやって?」
真央子「内緒」
真央子、楽しそうにガムテープを外す。
○川野家・台所
真央子と恵理子が食器を洗っている。
恵理子「最近いいことあった?」
真央子「何で?」
恵理子「なんか楽しそうだから」
真央子「そう?」
恵理子「誰かに告白されたとか?」
真央子「そんなんじゃないよ」
恵理子「そう……真央子にね、お願いがあるの」
真央子「ああ、はい、いいよ」
真央子が手を拭く。
恵理子「違うの。今日はそうじゃないの。……あのね、少しの間おじいちゃんとこで暮らさない?」
真央子「(驚き)何で?」
恵理子「お母さんね、あの人と結婚しようかと思ってるの。でもね、あの人は誰かと暮らしたことがないの。勿論、子供と暮らしたことも無い」
真央子「うん」
恵理子「それでまずお母さんたちが二人で暮らして、慣れて来たら真央子と三人で暮らした方がいいと思うの。真央子には寂しい思いをさせるかもしれないけど、でもすぐまた一緒に暮らせるからどうかな?」
真央子、困惑しているが
真央子「うん」
恵理子「ありがとう。わかってくれて、お母さん嬉しい」
○アパート・武の部屋(夜)
散らかった部屋。
壁には鳶服が掛かっている。
パソコンで由美が日枝の記事を読んでいる。
武が近寄ってくる。
武「誰、このおっさん?」
由美「この人ね、パイプカットしたんだって」
武「はぁ? 何で」
由美「他所で子供作りすぎたんじゃない?」
武が由美の胸を揉む。
由美「武もパイプカットする?」
手を離し
武「(少し考え)由美がしたいっていうんだったらいいよ」
由美「(困り)いや、何も、そんな」
由美の携帯電話が鳴る。
由美「はい、もしもし、真央子ちゃん? うん、どうした?」
○川野家・居間
真央子が電話で話している。
真央子「すみません。せかすつもりは全然ないんですけど、あのサイン少し早めにほしいかなっなんて」
○アパート・武の部屋
由美「(困惑)うん、まぁ、出来るだけ早く連絡してみるけど、うん、じゃあね」
電話を切る由美がため息をつく。
武「どうしたの?」
○キャンプ場・夜
ヴェルファイアやワンボックスカーが2、3台停まっている。
バーベキューをしているクラブ「フロッグ」の従業員たち。
肉を焼いている勇人。
勇人「(従業員1に)お前、野菜もっと買っとけよ。全然足りねえよ」
ミサトが肉を取ろうとすると
勇人「これはまだだって」
ミサト「もう大丈夫だよ」
勇人「だめだっつうの」
由香里が勇人に近づき、缶ビールを口にあてがうと、勇人が一口飲み
勇人「ありがとう」
花火をしている一団に
勇人「おい、まだ早えよ」
勇人の携帯電話が鳴る。
トングを由香里に渡し、
勇人「ちょっと頼むわ」
由香里「(嬉しそうに)うん」
勇人がバーベキューから離れながら、電話に出る。
勇人「もしもし」
由美の声「早野ですけど」
勇人「ああ、由美ちゃん」
由美の声「突然すみません。ちょっとお願いしたいことがあるんですけど」
勇人「どうしたの?」
由美の声「正臣さんって会います?」
勇人「ああ、ちょくちょく会うけど」
由美「その……サイン貰えませんか?」
勇人「(笑い)あいつのサインなんてほしいの?」
由美「はい、まぁ」
勇人「じゃあさ、こっちからも交換条件」
由美「なんですか?」
勇人「今度デートしてよ」
由美「はい?」
勇人「じゃあ、決まりな」
勇人が電話を切る。
○道路
自販機前で電話していた由美。
自販機の横のゴミ箱を蹴り倒す。
そのまま行こうとするが、やはり気になり、ゴミ箱を立て直し、散らばったゴミを入れる。
○キャンプ場
キャンプファイアを囲んでいる。
勇人がギターを弾き、全員でゆずの『さよならバス』を歌っている。
体を揺らし、女たちは手拍子している。
由香里は勇人の肩に頭を乗せている。
サビが終わったところで、ヴェルファイアの扉が開き、血まみれの田代が這 いつくばり出てくる。
勇人たちは気にせず、歌い続ける。
○大学・ゼミ室
由美とゼミ生たちが「日枝正一郎来る!」と書かれてポスターを見ている。
ゼミ生1「何これ?」
ゼミ生2「こんなものまで作る必要あんの?」
ゼミ生3「早野さん、知ってた?」
由美「知らない」
ゼミ生3「こんなもん勝手に発注して、スタンドプレー酷くない?」
ゼミ生1「打ち合わせも一人で行っちゃうし、俺たちってなんなんだろうな」
由美「バイト代ほしい」
ゼミ生1「言えてる」
ゼミ生2「聡子さ、ホノカにすっごい嫉妬してんだよ」
ゼミ生1「なにそれ?」
ゼミ生2「この間、飲んだ時言ってたもん。『何であんなのがニュース読んでんだ』って」
ゼミ生1「まぁ、東大出てるしね」
ゼミ生2「延々、30分ぐらい聞かされて、最後が『生理用品売っとけ』だってさ」
学生たちが笑い、
ゼミ生1「ひでぇ」
ゼミ生3「闇深すぎでしょ」
全員笑っている中、由美だけは笑わない。窓の下に校舎に向かって歩いて来るスーツを着た聡子が見える。
笑い声は止まない。
○横浜駅・駅前
勇人が「日枝誠太郎」と書かれた選挙ポスターを見ている。
少し不機嫌そうな由美が駅から出てくる。
勇人「(笑顔で)おう」
由美「……こんにちは」
由美がポスターを見る。
勇人「日枝さんの一応一人息子?」
由美「選挙出るんですね」
勇人「結構有名だよ。女子大生、ニュース見なきゃ、新聞読まなきゃ」
ムッとする由美。
勇人「手切れ金の話あったろ。あれ多分、こいつのせい」
由美「えっ?」
勇人「行こうぜ」
○中華街
由美の元に肉まんを二つ持った勇人が駆け寄り、一つを渡そうとするが由美首を振る。
× × ×
勇人が天心甘栗の屋台を指差すが、またもや首を振る由美。
× × ×
お土産屋でピンクの人民帽子を由美の
頭に乗せ笑う勇人。
人民帽子を戻す由美。
○観覧車
向かい合って座っている由美と勇人。
勇人が足を投げ出し
勇人「ねぇ、彼氏いるの?」
由美「いますけど」
勇人「じゃあさ、彼氏といるときでもそんなんなの? せっかくのデートなのに肉まんもいらない、甘栗もいらない、口も訊いてくれない」
由美「別にそういうんじゃ」
勇人「それで人に頼みごとしようなんて虫が良すぎるんじゃない?」
由美が顔を伏せる。
勇人「(笑い)嘘だよ。落ち込むなよ」
由美「別に落ち込んでませんけど」
勇人「今度さ、正臣の誕生パーティーやるからさ。そん時貰ってやるよ」
鞄から封筒に入った写真集を勇人に渡し
由美「よろしくお願いします」
勇人受け取り
勇人「あっ、由美ちゃんも来ればいいじゃん?」
由美「いえ、いいです」
勇人「人見知りすんだね」
勇人、景色を見て
勇人「横浜にも店欲しいな」
由美「はぁ」
勇人「前、兄貴も住んでたんだ」
由美「ポスターの?」
勇人「違う、違う。俺らみたいなのの兄貴、忘れた? 一人暗そうなのがいたじゃん」
× × ×
(フラッシュバック)
2年前のホテルのレストランで落ち着いた雰囲気の弘樹。
× × ×
勇人「思い出した?」
由美「あの大人しそうな」
勇人「高木弘樹っていうんだけどさ」
由美「仲良かったんですか?」
勇人「小・中って同じ学校だったんだよ。学童があってさ。そこでよく遊んだんだよ」
由美「お互いのこと知ってたんですか?」
勇人「向こうは大分前に知ってたみたいなんだけど、俺は中学の時知った」
勇人が携帯電話で画像を見せる。
田んぼで金髪の勇人と弘樹が蛙をかざしながら笑っている。
勇人「兄貴、大学で生物学とかやってたから里山のカエルが何食ってるか調べるなんて言って、俺にも手伝えって連れ出してさ」
由美「(感慨深げに)へぇ」
勇人「まぁ、俺も高校中退してフラフラしてたからさ」
由美「楽しそう」
勇人「(笑い)酷かったよ。それまで蛙なんて触ったこともねえのに、捕まえて来いなんて言ってさ。兄貴は蛙見て『可愛い、可愛い』なんて言ってたくせに、あとで聞いてみたら『解剖用だ』なんつって、今、可愛い、可愛いっつってたじゃねえかよって」
由美、笑う。
由美「今、どこにいるんですか?」
勇人「……死んだよ。あの集まりがあって半年ぐらい経って、首吊って」
由美「(驚き)えっ、何で」
勇人が観覧車の下を歩く人々を見て
勇人「さぁ、わかんねえ。でもさ、毎年何万人も自殺してるし、俺たちの中の一人がそういうことになっても、別に不思議じゃないんだよな」
由美「……」
勇人「やっぱり日枝さんは葬式に来なかったけどな。……本当に正臣のパーティー来ない?」
由美「……はい、遠慮しときます」
勇人「そうか」
○病院前(夜)
入口の前にベンツが止まっている。
中井がベンツの横に立って待っている。
日枝が一人で出てくる。
中井に笑いかける日枝。
日枝「遅くなって悪かったな」
中井「今日はいつもの道がデモで塞がっているので、別の道を使います」
中井が後部座席のドアを開けると、日枝が自ら助手席のドアを開け乗り込む。
日枝「(からかい)君は行かなくていいのか?」
運転席に乗り込む中井。
中井「僕はああいうの好きじゃないんで」
日枝「そうか」
動き出すベンツ。
中井「実際いい気なもんだと思いますよ。何もわかっていないバカですよ」
日枝「……何もそんな風に言わなくてもいいんじゃないか?」
中井「騒いでる連中はこの先のことを見えてないんでしょうね。脳みそお花畑って奴です」
日枝「何だそれ?」
中井「周りの国は何考えてるかわからないのに、何でも話し合いで解決できると思ってる連中のことです」
日枝「なるほど。でも、5年後、10年後、もっと若い奴らが銃を持つことになったらどうする?」
中井「そうなりますかね?」
日枝「わからんよ。その時、そいつらに『あんた達はあの時何もしなかった』とは言われたくないだろ」
中井「……」
日枝が笑いだし
日枝「辞めよう。説教と政治の話なんてお互いしたくないだろ」
中井「息子さんは……」
日枝「あいつはダメだ。俺に似て人の気持ちがわからない。政治なんて出来る奴じゃない」
○アパート・外
古い木造のアパートの階段を上がっていく勇人。
表札に『津川百合子』と書かれている。
念仏が聞こえてくる。
勇人が封筒の入った金をドアの郵便受けに押し込む。
○同・中
数珠を持ち、念仏を唱えている津川百合子(52)。
玄関に札束が散らばる。
○電車
由美がスマホで誠太郎(35)の選挙演説を見ている。
画面の誠太郎「今、個人の価値が非常に軽視されている時代が来ています。私は本当の意味で優しい社会を、ここから始めたいと思います」
○車の中
正臣がネックレスを見ている。
運転席の近藤が話しかけてくる。
近藤「それ送ってくれた子は古くからのファンなんですか?」
正臣「そうだね。俺が中学の頃からかな」
正臣、ネックレスを着けようとしている。
近藤「社長からなんですが、着けて人前に出るなとのことです」
正臣、着けるのを辞め
正臣「(小声で)くそババァ」
近藤「そんなこと言っちゃダメですよ。社長も心配してるんですから」
正臣身を乗りだし
正臣「俺さ、独立しようかって思ってんだよね。そん時は近藤さんよろしくね」
近藤「はい? 正臣さん、社長になるんですか?」
正臣「軌道に乗るまで人立ててさ」
はしゃいでいる正臣と困惑している近藤。
○大学・ゼミ室
ゼミ生たちがメモを見ている。
イライラしている聡子。
ゼミ生1「『日枝グループに入るにはどうしたらいいですか?』」
ゼミ生2「『グループのCMに出たいです』だって」
聡子「もっとまとも質問ないの?」
由美「これは? 『千人規模の人員削減した時のお気持ちは?』」
聡子、ため息をつく。
由美「『戦時中の強制徴用について賠償する気持ちありますか?』」
聡子「そんなこと聞けるわけないでしょ。なんか恨みでもあんの?」
由美「そんなんじゃないけど」
聡子「いいや、質問は私が考える」
由美「そんなんでいいの? 募集しといて聞かないなんてさ」
聡子「まともなのきてないじゃん」
由美「まともってさ」
聡子「もう、わかった、わかった」
頭を抱える聡子を憮然と見る由美。
○クラブ「フロッグ」・店内(夜)
正臣がドアを開けると、勇人が出迎える。
勇人「いらっしゃい」
正臣「勇ちゃん」
勇人「あれ、お前の後輩たちは?」
正臣「後から来るってさ」
歩き出す勇人たち。
正臣「それでさ、勇ちゃんに相談があるんだけどさ」
勇人「まぁ、まぁ後でいいだろ。今日は楽しもうぜ」
勇人、VIPルームのドアを開けると、女たちがバースデーケーキを囲んで座っている。
女たち「誕生日、おめでとう!」
クラッカーが鳴らされ、正臣の顔に笑顔が毀れる。
勇人がシャンパンを開けたのと同時に、正臣が女たちにダイブする。
○ワンボックスカー・車内
兎や馬などのアニマルフェイスをした3、4人の男がいる。
○クラブ「フロッグ」・VIPルーム
正臣が拳をズボンに突っ込み、勃起に見せかける。
勇人「(女に)おい、挨拶してやれよ」
女がズボンの上からキスする。
正臣がはしゃぎ、部屋に馬鹿笑いが起きる。
勇人が正臣の肩を組み
勇人「この後、こいつの後輩も来るから、皆モデル」
歓声が沸き起こる。
○同・受付
アニマルフェイスの一団が入って来る。
従業員1、不審に
従業員1「ちょっとお客さん」
無視して行こうとする一団。
従業員1「おい!」
掴みかかる従業員1を突き飛ばすカエルフェイスをした男。
○同・店内
アニマルフェイスたちがVIPルームに向かっていく。
客たちの不審な顔。
○同・VIPルーム
勇人が封筒から写真集を出し
勇人「正臣さ」
扉がノックされる。
正臣が扉を開け、アニマルフェイスの一団を見て
正臣「お前ら、何だよ。その恰好」
座っている勇人を確認する。
正臣「早くとれよ。滑ってんぞ」
正臣を押しのけ、入り込んでくる。
持っていたバットケースから金属バットを取り出すカエル。
テーブルの上のものを蹴って落とす。
女たちの悲鳴が聞こえる。
勇人「何だ! お前」
カエルがテーブルに乗り、金属バットを勇人に振り下ろす。
振り下ろされる一瞬、勇人呟く。
勇人「兄貴」
血しぶきが飛び、写真集にかかる。
勇人の頭に何度も金属バットが振り下ろされる。
正臣の目が恐怖に引きつる。
女たちが逃げ出す。
兎「(カエルを制し)おい」
カエルが隅で倒れたまま怯えている正臣を見て首を傾げる。
兎に促され店から出て行く。
血を流して死んでいる勇人と怯えきっている正臣。
○ニュース番組
レポーターがフロッグの入っているビルから中継している。
レポーター「殺害されたのは飲食店経営の津川勇人さん。突然バットで武装した一団に……」
○大学・食堂・昼
由美がスマホでニュースを見ている。
愕然とした表情。
○モデル事務所
裕子が電話で話している。
裕子「今、警察に行って会ってきた。公表はしないっていってくれてるけど。……ダメよ。近くのホテルとかマンションじゃすぐばれちゃう。それにあの子を一人にしとくわけには……うん、わかった」
○車内
日枝が電話を切る。
運転席の中井に
日枝「君に頼みたいことがあるんだ」
中井「はい」
○川野家・真央子の部屋
真央子が荷造りをしている。
テレビでニュースが流れている。
それを見て手が止まる。
恵美子が段ボールを持ってくる。
恵美子「これで足りる?」
真央子答えず。
○古本屋「喜楽堂」
美代子が棚の整理をしている。
落ち込んだ真央子が入っている。
美代子「(心配し)どうしたの?」
真央子「ごめん。もうサイン貰えそうにない」
美代子「そんなのいいよ」
真央子「約束したのに」
美代子「それで落ち込んでんの? 気にしないの」
真央子「でも、これが最後かもしれないのに」
美代子「最後って?」
真央子「もうすぐ引っ越すの」
美代子驚く。
真央子「仲良くしてくれたお礼が出来るとおもったのに」
美代子が真央子をレジに連れて行き、メモ帳を渡し
美代子「(強く)これに住所書いて」
泣きそうな真央子。
美代子「手紙絶対書くから」
真央子が頷き、住所を書きはじめる。
○中学校・教室
放課後、真央子が席に座ってボーッと校庭を見ている。
西川がやって来る。
西川「川野、どうした、元気ないな」
真央子「……」
西川「仲のいい友達と離れるのはつらいけど、また向こうでもすぐ友達出来るよ」
真央子「はぁ」
西川「先生の親も転勤族でな。あちこち行ったけど、でも先生思うんだよ。そういう経験があるから、今の自分があるんだって」
チャイムが鳴る。
真央子「失礼します」
西川「元気出せ」
真央子が出て行く。
○早野家・タバコ屋
由美がボーっと店番をしている。
制服姿の真央子がやって来る。
由美「真央子ちゃん」
真央子「(頭を下げ)どうも」
由美「いらっしゃい。あのサイン……」
真央子「ああ、いいんです。今日はお礼とお別れを言いにきたんです」
由美「お別れって」
真央子「本当にありがとうございました」
由美が奥に向かって
由美「お祖母ちゃん、ごめんちょっと出てくる」
由美が立ち上がり、
由美「ちょっと外で話そう」
由美たちが出て行く。
○川原
座って川を見ながらコーラを飲んでいる由美と真央子。
真央子「またごちそうになっちゃって」
由美「いいよ。気にしないで。……勇人さんに本は渡したんだけど」
真央子「(少し笑って)それどころじゃ無くなっちゃいましたね。お葬式とかって」
由美「今夜だって」
真央子「行くんですか?」
由美「どうしようかと思ってるんだけど」
真央子「私行ってみたいな。どんな人だったのか全然知らなかったし」
由美「そう?」
真央子「また追い出されちゃったりして」
真央子笑う。
由美「ねぇ、転校って寂しい?」
真央子「別にそんなことないですよ。あー、でも好きな人と別れるのは寂しいかも」
由美「彼氏?」
真央子「違いますよ。『喜楽堂』って古本屋のお姉さんです。色んな本を教えて貰って、サインもその人にあげたかってんですけど」
由美「そうだったんだ」
真央子「『ブレードランナー』って知ってます?」
由美「確か武に見させられたな」
真央子「あのなかで『レプリカント』っていうアンドロイドが出てくるじゃないですか?」
由美「(自信なく)ああ、うん」
真央子「あれって私たちみたいですよね」
由美「そう?」
真央子「そう考えると何か楽しくありませんか?」
真央子の屈託の無い笑顔を見る由美。
○早野家・由美の部屋
由美が喪服を着て、姿見で確認している。
フミが入って来る。
由美「変じゃない?」
フミ「うん」
フミが香典袋を出し
フミ「これね」
由美「ありがとう」
○通夜会場(夜)
僧侶が念仏を唱えている。
勇人の写真が飾らおり、焼香の列が並んでいる。
力なく呆然としている百合子。
涙ぐんでいる「フロッグ」の従業員たちの中でも、大泣きしている由香里の涙を拭ってやるミサト。
参列者1「結構、危ない仕事だったんでしょ」
参列者2「信心が足りなくて、悪い気が取り除けなかったのよ。」
参列者3「可哀そうだけど地獄行きね」
受付で並んでいる由美。
前に中井が「日枝正一郎」と記帳している。
分厚い香典を渡す中井。
由美がそれを見ている。
焼香の列に並ぶ中井の背中を見る。
○同・駐車場
中井が車に向かって歩いている。
由美が走って追いかける。
由美「日枝さんのお知り合いですか?」
中井、振り向き
中井「はい、そうですけど」
由美「あの……日枝さんに会わせてくれませんか?」
中井、困惑する。
由美「……日枝さんの娘です」
由美の真剣な眼差しを見て、
中井「ちょっと待ってて」
携帯電話を出す。
中井「会長、今、式に出たんですが、娘さん? がお会いしたいと、(由美に)名前は?」
由美「早野由美です」
中井「早野由美さんです。……はい、わかりました」
電話を切る。
中井「いいよ。乗って」
○ベンツ・車内
走っている中、イラついている由美と中井。
由美「日枝さんの秘書の方ですか?」
中井「いや、俺は只の運転手だよ」
由美「そんな人に頼むなんて」
中井「そんな人?」
由美「ごめんなさい」
中井「別にいいけどさ。何でイラついてんの?」
由美「別にイラついてません」
中井「イラついてんじゃん。俺ならあの人に感謝するけどね」
由美「何でですか? 私たちのこと何も知らないのに」
中井「でも、あの津川って兄ちゃんも君も日枝さんのおかげでいい暮らしが出来てたんだろ」
由美「でも」
中井「貧乏人が子供作るよりましだと思うけどね」
由美、言い返せない。
○日枝グループ・ビル
上昇していくエレベーターの中に立っている由美と中井。
○同・廊下
赤い絨毯が敷かれた豪華な廊下。
中井「この奥が会長室だから」
由美、行こうとするが振り返り
由美「前にも日枝さんにお葬式に行くように頼まれました?」
中井「ああ」
由美、会長室に向かい、会長室のドアを叩く。
日枝「どうぞ」
由美がドアを開ける。
○会長室
革張りのソファーが置かれたシンプルながらも豪華な部屋。
執務席に座って、ウイスキーを飲んでいる日枝。
ネクタイをしていない喪服である。
由美「お久しぶりです」
日枝「ああ、元気だったか?」
日枝が立ち上がり、由美の肩に触ろうとすると、反射的にそらしてしまう。
日枝がグラスに氷を入れ、水割りを作り始める。
日枝「勇人の葬式に行ってくれたんだって」
由美「はい」
日枝「ありがとうな」
日枝がグラスを由美に差し出す。
だが、受け取らない。
日枝「もう酒は飲めるんだろう?」
由美が首を振る。
日枝「(少し残念そうに)そうか」
その酒を一口飲む。
由美「ずっと飲んでたんですか?」
日枝「ああ」
由美「ここで?」
日枝「ああ」
席に戻り、酒を煽る。
日枝「そうだ。手切れ金の電話があっただろ。
ただまぁ、君がなにかやりたいことがあるならその後も」
由美「教えてください」
日枝「うん?」
由美「私や真央子ちゃんが死んでも、やっぱり別の人を寄越すんですか? ここで飲んでるんですか?」
日枝、笑いだし
日枝「君は親不孝ものだな」
笑っている日枝を睨み付ける由美。
由美「何で笑うんですか?」
日枝「悪かったな。(虚無的に笑い)まさか、君とこういう話ができるとはな」
幻滅する由美。
日枝の笑いが咳に変わり、吐き気を催しアイスペールに吐く。
由美が駆け寄りさすろうとすると、振り払う日枝。
日枝「もう帰りなさい」
由美「失礼しました」
由美が出て行く。
アイスペールの中には血まみれの氷。
吐いている日枝の後ろの壁には、ゴヤの「我が子を喰らうサトゥルヌス」が掛けられている。
○早野家・居間
由美が帰ってくる。
由美「ただいま」
益美とフミがマンションのパンフを見て、座っている。
益美「おかえり。その恰好、どうしたの?」
由美「うん、まぁ、ちょっと」
益美、パンフを見せ
益美「これ、いいと思わない?」
由美「(気のりせず)そう?」
益美「あんたの大学にも近いしさ」
フミ「もういい加減にしなよ」
由美「私、お風呂入る」
益美「そうだ。マンションのあんたの部屋さ、今、人に貸してるから」
由美「ハァ? ちょっと誰に貸してんの?」
益美「あの、正臣さんだっけ。実はあの六本木の事件に居合わせて、ちょっとおかしくなっちゃったんだって」
由美「(驚き)何でそんなの?……日枝さんにお金貰ったんでしょ」
フミ「由美」
益美「何で怒ってんの?」
由美「だって手切れ金も貰ったんでしょ!」
益美「これはビジネスよ」
由美「信じらんない」
フミ「由美、お風呂入って来な」
由美、二階に上がっていく。
フミ「(益美に)あんた、もうこれっきりにしな」
○本屋
由美が正臣の写真集を見ている。
本棚に戻そうとするが、意を決してレジに持っていく。
○マンション・エレベーター前
十階建てのマンション。
由美が自分の部屋の前を覗くと、裕子が出てくる。
裕子「(中に)じゃあ、何か買ってくるからじっとしてるのよ」
裕子がエレベーターに向かってくる。
強張った由美とすれ違う。
○同・由美の部屋
髭が伸び、髪もボサボサで憔悴した正臣がベットで横になっている。
ラジオが聞こえてくる。
ラジオDJ「さぁ、今日のテーマは『私の小さなトラウマ』ということでお便り、メールを募集していますが……」
○病院・待合室・正臣の回想
小学三年生の正臣が裕子と長椅子に座っている。
裕子「(諭すように)お母さん、正臣のこと大好きよ。だから、他の人にも正臣のこと好きになってもらいたいの。目を二重にして、鼻をもう少し高くしてもらおう。そうしたら、もっと可愛くなって皆に見てもらえるの」
正臣、怯えている。
裕子「怖がらないの。男の子でしょ」
○同・玄関前
由美がインターホンを押すが、誰も出てこない。
恐る恐る鍵を差し込み、中を覗くとベランダに正臣が身を乗りだしているのを見る。
由美「(驚き)嘘でしょ!」
由美、慌てて中に入る。
○同・ベランダ
正臣の後ろから由美が掴み、引きずりおろす。
由美「ちょっと待って」
正臣「何だよ! お前」
振り払おうとするが、二人一緒に後ろに転ぶ。
正臣、すぐに立ち上がり、またベランダに、由美が後ろから掴みかかる。
由美「ダメだって」
正臣「放せよ!」
下を歩いていた裕子が気づく。
慌ててマンションに戻る。
なんとか羽交い絞めにしようとする由美。
正臣の振り払う手が顔に当たるが放そうとしない。
暴れる正臣の股間を蹴り上げる。
正臣が悶絶し座り込む。
正臣「いってぇ、何すんだよ」
由美「ごめんなさい。でも」
正臣「クソっ」
正臣が顔を歪ませる。
裕子が入って来る。
裕子「何してんの!」
裕子が正臣に駆け寄る。
正臣「なんでもない」
裕子「そんなわけないでしょ」
正臣「この女が入ってきて」
由美に振り返り、
裕子「あなた、何?」
由美「……早野です。このマンションの大家の娘です」
裕子「(悟り)ああ」
由美「お願いしたいことがあって来たら、そしたらベランダから」
裕子「お願い?」
由美、鞄から写真集を出し
由美「これにサイン書いて欲しくて」
二人の様子を見て
由美「でも、もういいです」
正臣「帰れよ」
由美「はい」
由美が去ろうとすると
裕子「待って」
写真集を取り上げ
裕子「これにサインを書けばいいのね」
由美「……はい」
裕子にサインペンを渡す。
裕子「(正臣に)書きなさい」
正臣「やだよ!」
裕子「いいから書くの!」
正臣に本とペンを無理矢理渡す。
× × ×
クラブ「フロッグ」で血の付いた写真集を思い出す。
× × ×
吐き出しそうになるが堪える。
裕子「早く!」
正臣が震える手でサインを書く。
裕子が由美に写真集を渡し
裕子「このことは内密にね」
由美「はい」
由美、本を鞄に入れ玄関に向かう。
裕子が携帯電話を取り出す。
裕子「もしもし、コンちゃん? うん、すぐ車回してくれる?」
玄関を閉める由美。
○道路
携帯で話しながら歩いている由美。
由美「はい、早野と申します。真央子さんいらっしゃいますか?」
男の声「真央子ちゃんは、この家にはいないんですよ」
由美「あの、住所とか?」
男の声「いやぁ、俺よくわかんねえな」
電話が切れる。
○古本屋「喜楽堂」(夕方)
美代子がレジで手紙を書いている。
由美がやって来る。
美代子「いらっしゃいませ」
由美「あの、ここによく真央子ちゃんが来てたって聞いたんですけど」
美代子「(訝り)真央子ちゃん? はい、よく来てましたけど、失礼ですけど、真央子ちゃんの……」
由美「(きっぱりと)姉です」
美代子「お姉さん?」
由美「今、真央子ちゃん、どこにいるか知りませんか?」
美代子「知らないんですか? お姉さんなのに」
由美「(恥ずかしくなり)はい……今まで離れて暮らしてて、でも、約束したもの渡したくて」
美代子、由美の真剣な表情を見て
美代子「本当にお姉さんなんですよね」
由美「(強く)はい」
美代子、机に置いてあったメモ書きを渡す。
美代子「これ」
由美、受け取り
由美「(恐る恐る)あの、真央子ちゃんとどうやって親しくなったんですか?」
美代子「別にただ声を掛けただけですよ。……あの子、いつもこの店で本とか漫画買ったら、隣の公園で読んでたんです。だから、中に入って読んでいいよって」
由美「……」
○電車・夜
空いているが座らず、窓の外を見ている由美。
拳を強く握る。
○リサイクルショップ川野
所狭しと置かれた品物を整理している川野英次(65)。
由美「すみません」
英次「はい?」
由美「真央子さんいますか?」
英次、奥に向かって
英次「真央子! おーい」
だが、何の返事もない。
英次「まだ帰ってないのかな?」
由美「こんなに暗いのに?」
英次「あー、もうこんな時間か?」
由美「この辺に本屋ってありますか?」
○本屋
小さな店舗を覗くが、真央子はいない。
○道路
歩いている由美のスピードがどんどん早くなる。
○大型古本屋
立ち読みしている女子中学生の顔を覗くが真央子ではない。
不審気な中学生に会釈で謝る。
○ベンツ・車内
渋滞で止まっている。
髭を剃った正臣がチューリップハットを目深に被って座っている。
隣の裕子がイラだっている。
運転席に近藤がいる。
近藤「だめですね」
裕子「一体なんなのよ?」
近藤「多分デモのせいですね」
裕子「(舌打ちし)バカっ」
正臣「……どこ行くの?」
裕子「病院に行ってちょっと見てもらうの」
正臣「やだよ」
裕子「わがまま言わないでちょうだい!」
正臣「俺のせい?」
裕子「とにかく病院で薬貰って」
正臣「やだよ」
正臣、ドアを開け飛び出し、車道を走り出す。
裕子「正臣!」
車の隙間をよろめきながら必死に走る。
○軽自動車・車内
浩太が母親の運転する車に乗っている。
母親「今日はよかったわよ。浩太はダンスはいいんだから、他にも演技とかしっかり」
浩太「うん」
突然、正臣が窓ガラスに手をつく。
浩太は必至の正臣の横顔を見る。
母親「何、何なの?」
浩太、窓を開け走っていく正臣の背中を見る。
○公園
息を切らせた由美が通りかかる。
公園の中に視線を移すと、制服姿の女の子が、街灯の横のベンチに座って俯いているのを見つける。
近づく由美、女の子の肩が小刻みに震える。
由美「(小さく)真央子ちゃん?」
突然、顔を上げ笑う真央子。
真央子の手にはギャグ漫画。
由美「(呆れて)真央子ちゃん」
由美に気付き、
真央子「由美さん! どうしたんですか?」
由美「真央子ちゃんこそ何してるの。心配してるよ」
真央子「心配? 大丈夫ですよ」
由美「私が心配なの!」
真央子「……」
由美、鞄から写真集を取り出す。
由美「これ」
真央子「すごい! どうしたんですか?」
由美「貰ってきたの」
真央子「でもここに住んでるって」
由美「喜楽堂で教えて貰った」
真央子「(笑って)じゃあ、美代子さんに直接渡してくれればいいのに」
由美「いいの。真央子ちゃんが直接渡して」
真央子「でも」
由美「(声を張り上げ)いいの!」
無言で受け取る真央子。
由美「ごめん」
真央子「何で由美さんが謝るんですか?」
由美「今まで一人にして」
真央子「(笑い)仕方ないじゃないですか。最近、知り合ったんだし」
由美「そうだけど」
真央子「これ貰ってきてくれたんだし、私とっても嬉しいです」
真央子、屈託なく笑い
真央子「私は大丈夫ですから」
悲しそうに見る由美。
○新宿駅・東口
正臣がふらつきながら歩いている。
正臣、見上げると大型ビジョンにホノカの口紅のCMが流れているのを見る。
ホノカ「美しいには価値がある」
正臣が口を開け、呆然と立ち尽くす。
○駅・ホーム
人気のないホームで疲れ切った由美が立っている。
電話が鳴り出る。
聡子の声「もしもし、由美?」
由美「うん」
聡子の声「特別講義中止になったから」
由美「(上の空で)そうなんだ」
聡子の声「日枝さん、体調崩しちゃったんだって、それで代理の人紹介されたんだけど」
由美、向かいの道路から真央子が手を振っているのを見る。
聡子の声「聞いてる?」
由美、無視し真央子に大きく手を振りかえす。
聡子の声「ちょっと由美」
手を振り続ける。
○日枝誠太郎の家・玄関(朝)
豪邸の玄関である。
スーツを着て靴を履いている誠太郎を手伝っている妻の麗華(33)。
麗華「あなた」
誠太郎「どうした?」
麗華「昨日検査の結果聞きに病院に行ったの」
誠太郎「どうだった?」
麗華「ごめんなさい。ダメだった。赤ちゃん出来ないんだって」
泣き出す麗華を抱きしめ
誠太郎「もう謝らないっていっただろ」
麗華「でも、わたしのせいで」
誠太郎が財布から金を抜きだし
誠太郎「今日はこれで何か美味しいものを食べてきな。なっ、約束だ」
麗華「はい」
誠太郎「じゃあ、行ってくるよ」
麗華、涙を拭き
麗華「行ってらっしゃい」
○リサイクルショップ川野
真央子がバックを持って、作業している英次に声を掛ける。
真央子「じゃあ、おじいちゃん。お昼チャーハン置いてあるから」
英次「おう」
○横浜駅・駅前
由美が携帯で話している。
由美「うん、えっ、今起きたの? わかった。早くしてよ」
選挙カーが近づいて来る。
選挙カー「市民の皆様、日枝誠太郎がご挨拶に伺いました。日枝誠太郎です」
駅から派手な女装をし、化粧をした正臣が出てくる。
○古本屋「喜楽堂」
美代子が本を移動させている。
真央子がやって来る。
真央子「美代子さん」
美代子「真央子ちゃん?」
真央子「(笑い)来ちゃった。なんつって」
真央子、手に持っていた本を差出すが、美代子は真央子に抱きつく。
真央子「美代子さん、本」
答えず、強く抱きしめる。
○トマト畑
熟れたトマトがなっている。
細い道を聡子が歩いている。
奥に作業着を来た日枝が鋏を持ち、トマトを収穫している。
聡子「日枝さん」
日枝「ああ、よく来てくれた」
柔和な雰囲気の日枝が聡子にトマトを見せ、
聡子「大きいですね」
日枝「イタリアから種を取り寄せたんだ。パスタに使うと上手い」
聡子がマジマジとトマトを見ている。
日枝「自信作だよ」
聡子「日枝さんが作ったんですか?」
日枝「実際、今、私が自由にできるのはここぐらいなもんだ」
聡子「そんな」
日枝「……約束を守れなくてすまなかったな」
聡子「いえ、いいんです」
日枝「向こうにも違うのが植えてあるんだ。見てくれ」
聡子「はい」
聡子が行こうとすると、突然、日枝が圧し掛かってくる。
聡子と日枝が畑の上に倒れこむ。
聡子が襲い掛かられたと思い、悲鳴を上げながら、必死になって日枝から離れようとし、顔を歪ませた日枝の顔面を蹴ってしまう。
日枝が鼻から血を流して、胸を押さえて蹲っている。
呼吸がおかしい日枝。
中井が駆けつける。
中井「会長!」
○横浜駅・駅前
選挙カーの上でマイクを持って演説している誠太郎。
誠太郎を携帯電話で撮っている由美。
誠太郎「今、この街は安心して子育て出来る街でしょうか? お子さんたちを健全に育める愛情溢れる街にすることを約束します」
ウグイス嬢「今から日枝が皆様の元に参ります」
誠太郎が選挙カーから降りると、運動員が耳打ちする。
マイクなしで話し始める誠太郎。
誠太郎「今、私の父が亡くなったと連絡が入りました」
由美、一瞬、携帯電話をずらすが、また取り始める。
画面の中で誠太郎が話している
誠太郎「本当なら一人息子として駆けつけなければならないのでしょうが、父は最後までこの街の、この国の行く末を心配していました。だからこそ、父の遺志を継ぎ、わたしは最後まで戦い抜く所存です」
拍手が巻き起こり、聴衆と握手する誠太郎。
突然、女装した正臣が近づき、握手を求める。
誠太郎、一瞬戸惑うが握手すると、正臣が抱きつき、頬にキスする。
正臣「頑張ってね。お兄ちゃん」
戸惑っている誠太郎を置いて、正臣離れる。
正臣の背中を追うが撮るのをやめ、じっと見つめる由美。
堂々と歩き去っていく正臣。
(完)
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