ぼくと彼女のアグネスタキオン 学園

編集中
平瀬たかのり 159 0 0 09/26
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第一稿

・早坂透(17)朝鋒高校生徒・写真部員
・桐野舞(17)右・同 明の同級生


・赤松功治(35)朝鋒高校日本史教師、写真部顧問
・須藤美香(32)朝鋒高校養護教諭

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・早坂透(17)朝鋒高校生徒・写真部員
・桐野舞(17)右・同 明の同級生


・赤松功治(35)朝鋒高校日本史教師、写真部顧問
・須藤美香(32)朝鋒高校養護教諭

・菅原千晶(27)透の従姉
   邦子(56)千晶の母
・その他

1朝鋒高校・校門(昼)
   「文化祭」のアーチが架かっており、入場してく
   る他校の生徒や親たちなどで賑わいをみせている。

2同・二年七組教室
   二階の教室。写真部の展示がされている。(パ
   ネルに展示されているのは風景写真ばかり)早
   坂透(17)が入口の机に座りボーっとしてい
   る。展示を見に来ている生徒はいない。
   入って来る写真部顧問、赤松功治(35)。
功治「よぉ」
透「あ、先生」
功治「どう、見に来てくれてる?」
透「いやぁ、あんまりっす」
功治「ふ~ん」
   パネル展示をひととおり見て歩く功治。教室
   の隅にあった椅子を持ってきて、透の前にド
   カッと座る。
功治「まぁ、しかたないわな」
透「え」
功治「こんな写真展示してたって誰も見にきてなん
 かくれないっつってんの」
透「……」
功治「幽霊部員ばっかりで、おまけに全く素人の俺
 が顧問してて、一人で頑張ってる早坂には悪いと
 思ってるよ。俺、写真の技術指導なんて何もでき
 ねぇし」
透「はぁ」
功治「でもな、素人だからこそ言えることもあるぞ。
 キツイこと言うけどよ、何も心に響いてこんわ、
 おまえの写真見ても」
透「はぁ」
功治「だいたいさぁ、山とか川とか空とか噴水と
 かさぁ、そんなもん定年になったジジィに任せ
 ときゃいいんだよ。そう思わない?――何か反
 論は?」
透「はぁ、別に……」
功治「別にって。素人の俺にイチャモンつけら
 れて悔しくないのかよ、おまえ」
透「はぁ……まぁ、そのとおりかも、しれません
 から」
   透をみつめて溜息をつく功治。
功治「いくらのカメラで撮ったの?」
透「え」
功治「だから値段だ値段。おまえの持ってるカ
 メラいくらするんだよ」
透「はぁ、八万五千円です」
功治「小遣いとか、お年玉とか溜めてって口か」
透「はぁ、まぁ、そんなところです。親戚から
 の入学祝いも足したりして」
功治「その八万五千円のカメラで撮ったのが
 ここに展示してる写真か」
透「はぁ」
功治「早坂」
透「はい」
功治「おまえはな、写真撮りたいんじゃない
 んだよ。その八万五千円のカメラいじりた
 いだけなんだよ。それで悦に入って喜んで
 んだよ。だからこんな何も響かない写真し
 か撮れないんだよ――反論は?」
透「はぁ……そのとおりだと、思います」
   また溜息の功治。
功治「俺さ、『写ルンです』使ってここにあ
 るおまえの写真よりいいもの撮る自信があ
 るわ」
   透、一瞬鋭い目で功治を睨むが、すぐ
   に目を伏せる。
功治「早坂」
透「はい」
功治「写真部顧問として初めて指導する。い
 いか、何か撮りたいもの見つけろ。まずは
 それが先決だ」
透「撮りたいもの、ですか……」
   椅子から立ち上がる功治。
功治「ああ、おまえが本当に撮りたいと心か
 ら思うもんだ。そいつに出会うまでその八
 万五千円のカメラはおあずけだ。さわるな」
   教室から出ていこうとする功治。振り
   返って。
功治「早坂」
透「はい」
功治「パッション!」
   あっけにとられる透。功治、去る。透、
   立ち上がって窓際に行く。
透「撮りたいものねぇ……」
   透、露店や出し物でにぎわっている校
   庭を見下ろす。人ごみの中を歩いてい
   く桐野舞(17)に気づく。まっすぐ
   校門の外へ歩いて行く舞。透、彼女を
   見つめ続ける。
   その姿に重なるメインタイトル。
   〈ぼくと彼女のアグネスタキオン〉

3朝鋒高校・廊下
   昼休みを告げるチャイムが鳴る。
   
4同・二年七組教室内
   生徒たちが仲良しグループごとに机を
   寄せ始め、弁当を食べ始める。男子五
   人組の中に透もいる。
   教室から出て行く舞。透、気づくが他
   に彼女を気にとめる者はいない。
透(N)「隣の席の桐野舞は、必要最小限の
 ことしか喋らない。そして昼休み、絶対教
 室で弁当を食べない」
   友人とバカ話しをしながら弁当を食べ
   る透。
     ×       ×       ×
   午後の授業中、隣の舞を見つめている
   透。その視線に気づく舞。
舞「何」
透「あ、いや、何も……」
   慌てて視線を逸らす透。透に何の興味
   も示さず前を向く舞。
透(N)「クールっていう英語にはかっこい
 いっていう意味もあるらしい。そういう意
 味で桐野はクールだと思う。少なくともボ
 クよりは。まぁ、彼女のことを深く知って
 るわけじゃないけれど」
   チラチラと舞を見る透。舞、気づいて
   いるのかいないのか、全く意に介さず
   授業を聞いている。
                              
5同高校・廊下
   昼休みを告げるチャイムが鳴る。

6同・二年七組教室内
   いつものように仲良しグループごとに
   机を寄せ始める生徒たち、教室を出て
   行く舞。透、友人たちに向かって
透「悪い、俺今日学食なんだよ」
   ことわって教室を出て行く透。

7同・廊下~階段
   舞の進む後を尾行するように歩く透。

8同・購買部
   学生食堂入口の購買部でサンドイッ
   チとジュースを買う舞。彼女の後ろ
   に並んでいるのは白衣を着た養護教
   諭、須藤美香(32)。
   舞、買物を終えて立ち去る。自分の
   番になり、昼  食を買い始める美香。
美香「さぁて、何食べようかなあ」
購買部のおばちゃん「あら、保健室の先生、
 珍しい」
美香「いやぁ、昨日遅くまでビデオで映画観
 てたら寝過ごしちゃいまして。お弁当作る
 ヒマなかったんですよぉ」
おばちゃん「映画? わたしも好き。何観て
 たの?」
美香「『蒲田行進曲』。ストレス溜まったら
 アレ観ることにしてるんです。知ってます?」
おばちゃん「もちろんよぉ。わたしもあの映
 画大好きなんだから」
美香「え、ほんとに? ほんとに?」
おばちゃん「ほんとよぉ。旦那とつきあってた
 当時ね、初めていっしょに観た映画がアレな
 の」
美香「うわぁ、素敵ぃ」
おばちゃん「風間杜夫がオットコマエのよねぇ」
美香「うんうん」
おばちゃん「松坂慶子がキレイでさぁ」
美香「うんうんうんうん」
おばちゃん「で、何てたって平田満の階段落ち
 よねぇ」
美香「そう、あの階段落ちなんですよねぇ」
   後ろについた透。イライラしながら自
   分の番を待っている。
おばちゃん「『どうしたヤス! 這ってこい! 
 昇ってこい! ここまで!』」
美香「『銀ちゃん、かっこいい……』」
美香・おばちゃん「『あんたぁぁっ!』」
透「あ、あの、先生」
美香「(振り返って)あ、ごめんごめん。君、
 知ってる『蒲田行進曲』?」
透「いや、知らないですけど……あの、ぼく、
 ちょっと急いでるんで、先に買わせてもらっ
 ていいですか」
美香「いいわよ、どうぞどうぞ」
   譲る美香。おばちゃんの前に立つ透。
透「えっと……焼きそばパンとおにぎり、あ、
 それと缶のお茶」
おばちゃん「おにぎり何?」
透「あ、あぁ、昆布」
おばちゃん「はい、昆布ね」
透「(遠ざかる舞を気にしながら)おばちゃ
 んさ、さっきの女子、いつもここで昼メシ
 買ってんの?」
おばちゃん「ああ、あの子。うん、たいてい
 毎日ここでサンドイッチとジュース買ってるね」
美香「あら何ぃ、君。気になるのぉ、あの子のこ
 とが」
透「いや、気になるっつうか、なんていうか……」
おばちゃん「ヤボなこと訊いちゃだめよぉ先生。
 美人ちゃんだもんねぇ。気になっちゃうわよ
 ねぇ。はい、焼きソバパンと昆布のおにぎり
 とお茶で二八〇円」
   支払いをすませ、ビニール袋を受け取り購
   買部を離れる透。かろうじて見える舞の後
   ろ姿を追い掛けるようにして早足で。おば
   ちゃんと美香、そのうしろ姿を見ながら。
おばちゃん「いやぁ青春だねぇ」
美香「青春ですねえ」
おばちゃん「こういうの生で見られるから、こ
 の仕事やめられないんだよねぇ」
   笑って透の後ろ姿を見ている二人。

9同・階段~廊下
   階段を昇っていく舞。透、変わらず尾行
   するように。

10同・廊下~音楽室入口
   音楽室に入っていく舞。廊下の向こうか
   らその様子を見ている透。
   しばらくして中から音楽が聞こえる。廊
   下に立ちつくす透。音楽室の扉が開く。
   舞が立っている。
舞「何」
透「あっ」
   舞、透を睨みつける。
舞「ずっと後つけて来てたでしょ。気づいてな
 いと思ってた?」
透「あ、あの、いや、つけてきたとか、そんな
 んじゃなくって」
舞「つけて来てたじゃない」
透「……あ、うん、ごめん」
舞「何か用事、私に」
透「いやぁ、別に用事って、わけじゃ……」
舞「だったら帰ってよ」
透「え」
舞「用事ないんだったら教室戻りなさいよ」
明「……い、いや、用事。うん、桐野さんに用
 事、ある」
   溜息をつく舞。音楽室の中をコナして。

11同・音楽室
   離れて座っている明と透。(二人、顔を
   見ずに言葉を交わす)
透「いつも、昼休みここで一人で昼ごはん食べ
 てるの?」
舞「そうだけど」
透「なんで?」
舞「別に。教室にいるより居心地いいから。音
 楽の町山先生、昼休み好きに使っていいって
 言ってくれたし」
透「そう……あ、俺もメシ食っていいかな」
舞「好きにすれば」
透「あ、じゃあ」
   食事を始める明。舞も。
透「誰、これ」
舞「何が」
透「いや、この曲歌ってるの」
舞「憂歌団」
透「ゆうかだん?」
舞「ブルースのバンド」
透「ブルース……聞いたことない。何て曲、
 これ?」
舞「『シカゴバウンド』」
透「へーえ、ブルースかぁ。やっぱ桐野さ
 んかっこいいなあ」
舞「何、用事って」
透「あ、うん……」
舞「はっきり言っとく。つきあってくれと
 かいうんだったらお断り。わたしそうい
 うの全然興味ないし」
   透、舞の方に体を向けて。
透「いや、ちがう、そういうのじゃなくっ
 てさ」
舞「じゃあ何よ」
透「あの、あのさ。モデルになってくれな
 いかな」
舞「モデル?」
透「そう、モデル」
舞「早坂君、写真部だったよね」
透「うん。活動してるの僕一人だけど」
舞「わたしを早坂君の写真のモデルにって
 こと?」
透「うん」
   舞、透を見る。二人見つめあって。
舞「文化祭の展示、見た」
透「えっ、気づかなかった」
舞「わたし見に行った時、早坂君いなかっ
 たからね」
透「そっか。ありがとう」
舞「展示してある写真、全部早坂君が撮っ
 たんだよね」
透「うん。活動してるの僕一人だから。ど
 うだった?」
舞「感想聞きたいわけ」
透「……いや、いい。だいたい想像つく」
舞「そう」
透「アカマティーに言われた。ぼくの写真、
 全然心に響いてこないって」
舞「ふーん。で、私をモデルにしたら、そ
 の心に響く写真ってやつが撮れるってわ
 け」
透「あ、うん……何かピンと来たっていう
 か」
舞「カメラマンの勘ってやつ?」
透「まぁ、そう言われると、そういうやつ
 なのかもしれないけど……」
舞「断る」
透「え」
舞「女の後こそこそ尾けてくるような人の
 モデルになんかなりたくない。そんな人
 にわたしの写真撮ってほしくない」
透「……ごめん」
舞「断りついでに言うとさ、私もやっぱり
 赤松先生と同じこと思った。何も感じな
 かった早坂君の撮った写真見ても――そ
 れ、食べたら出てってくれる。昼休みは
 ここで一人でいたいんだ」
   舞、顔の向きを戻して。
透「あ、うん、ごめん……」
   慌てて焼きソバパンとおにぎりを口
   につめこむ透。『シカゴバウンド』
   が流れ続けている。

12二年七組教室(五時間目)
   透、英語の授業をぼーっと聞いている。
舞「(前を向き頬杖ついて)ごめん早坂君」
透「え」
舞「さっきはちょっと言い過ぎた」
透「いや、気にしないで。悪いのぼくだから」
舞「納得できる写真見せてよ」
透「え」
舞「わたしが納得できる写真」
透「え、じゃあ、もし、そういうの撮れたら、
 桐野さんが僕の写真に納得できたら……」
舞「モデルになってもいい」
透「っしゃぁっ!」
   思わず立ち上がる透。クラス中の視線
   が集まる。表情を変えず頬杖ついてい
   る舞。

13レンタルビデオ店(学校帰り)
   CDコーナーにやってくる透。「ゆ」
   の棚の前に立つ。
透「ゆうかだん、ゆうかだん。憂歌団……
 これか? こんな字書くの?」
   CDを手に取り、裏面の曲目を読ん
   でいく。
透「あ『シカゴバウンド』。この曲だ」
   レジに向かう透。

14明の部屋(夜)
   パジャマ姿でベッドに寝転がり、憂
   歌団のCDをかけている透。
透(N)「あのとき喜んではみたものの、
   桐野を納得させられる写真を撮る自
   信も実力も全くないわけで……」
透「だいたい何撮りゃいいんだよ……」   
   大きな溜息をつく透。
               (F・O)
                               
15大阪・透の祖母の家、仏壇の間
   透の祖父の十三回忌が行われている。
   親族一同が集まり僧侶の読経が続い
   ている。透も正座している。
    ×     ×    ×         
   読経が終わっての会食。賑やかに和
   やかに。そこに入ってくる透の従姉、
   菅原千晶(27)。
千晶「は~い、みなさんお揃いで」
   一座の注目が千晶に。「おー千晶ちゃ
   ん」「待ってたんやでぇ」「べっぴん
   さんになってぇ」などと。彼女の登場
   で座は一気に華やぐ。だが千晶の母
   (明の叔母)邦子(56)。千晶をキッ
   とにらみつけて。
邦子「何が『みなさんお揃いで』やっ! も
 う坊さんのお経終わってしもうたわっ!」
千晶「しゃあないやんかぁ。急に仕事入って
 んやからさぁ。これでも無理言うて途中で
 抜けさせてもろうたんやから。で、私のお
 膳どこ?」
邦子「知るかっ! 法事に顔出さんような本
 家の人間の膳なんかあるかっ! おじいちゃ
 んも怒ってはるわ、アホっ!」
千晶「も~う、なんやねんなケンケンケンケン。
 おじいちゃんはそんなことで怒るような器の
 ちっさい人やありませんでした。孫が男以上
 の働きぶりするようになったこと喜んではり
 ますぅ。娘やのにそんなこともわからんのか
 いなアンタは」
邦子「千晶っ!」
千晶「(邦子を無視して)あっ、透ちゃん!」
   透、千晶を見て笑う。
千晶「(駆け寄って明の隣へ座り)来てたん
 かぁ。うわぁ、大きいなったなぁ。最後に
 会ったのっていつやったっけ」
透「えっとね、たぶん中二のとき」
千晶「今は高校――」
透「二年」
千晶「そっかぁ。もう高二かぁ」
透「ちぃちゃんねぇちゃん」
千晶「ん?」
透「入学祝い、五万円もありがとう。ぼく、
 ちゃんとお礼言えてなかったから」
千晶「なんや、そんなことかいな。どうい
 たしまして――ちゃんとほしかったカメ
 ラ買う足しにした?」
透「うん。八万五千円の買った」
千晶「おー。それでこそバーンと奮発した
 甲斐があるってもんやわ。貯金なんかし
 てたら返してもらうところやで」
   カラカラと朗らかに笑う千晶。
千晶「なあなあ、彼女いるの明ちゃん」
   苦笑して首を横にふる透。
千晶「なんやぁ、高二にもなってぇ、あか
 んなぁ。好きな子は?」
透「……」
千晶「おっ、いてるないてるなぁ。どんな
 子どんな子?」
透「いや、好きとか、そういうのとはちょっ
 と違うんだけど……」
千晶「気になってんねんやろぉ、その子の
 ことが」
透「気になってるっつたら、まぁ、そんな
 感じっていうか……」
千晶「ん~ふふふ。今日泊んねんやろぉ。
 あとでゆっくり話し聞かせてもらおっか
 なぁ」
   透の頬を人差指でグリグリやる千晶。
透「ちょっと、やめろよ。ちいちゃんねぇ
 ちゃん」
千晶「懐かしなあ。ようやってたよなあ、
 これ。ん~ふふ。透ちゃんにも好きな女
 の子できたかぁ。どんな子かなぁ。ウチ
 のかわいい透ちゃんが好きになった女の
 子はなぁ」
透「いや、だから、好きとかそんなのとは
 ちょっと違うって……」
千晶「透ちゃんがウチとこに遊びに来たり、
 ウチが明ちゃんちに遊びに行ったりした
 とき、いっつもいっしょにお風呂入って
 たよねぇ。あれって透ちゃんが小四くら
 いまでやったかなぁ」
透「な、なんだよそれ」
千晶「せやからぁ、ウチらはお互いのおっ
 ぱいとおちんちん覚えてる仲やって言
 うてんねん。つまり透ちゃんは片思い
 の悩みをわたしに打ち明ける資格があ
 るし、うちは透ちゃんからそれを聞く
 権利があるわけよ。ん~ふふふ」
透「どんな理屈だよ、それって。ちょ、
 それ、もう、やめろよ」
   透の頬をぐりぐりし続ける千晶。
   透、嫌がりながらもどこか嬉し
   そうな顔で千晶にされるがまま
   になっている。

16同・千晶の部屋(夜)
   寝間着姿の二人。透は床に、千
   晶は自分のベッドの上に二人と
   も胡坐をかいている。
千晶「ひゃーっ。また生意気な女に惚
 れてしもたもんやなあ透ちゃんも」
透「いや、だから、惚れたとかそうい
 うのとは違うってさっきから……」
千晶「(聞く耳持たず)昼休みに音楽
 室で一人でブルース聴いてるって……
 それだけでもクソ生意気やわ。可愛げ
 のない」
透「可愛げは確かにないかも……」
千晶「けれどそこに魅かれてしもうたかぁ。
 このまま引き下がってはおれんわな透ちゃ
 んも」
透「うん、まぁ……」
千晶「頼りないなぁ。その納得できる写真
 いうやつ撮って、その子キャーン言わし
 たれって言うてんねん。『これでどやっ!』っ
 てやつを撮って」
透「これでどやっ……か」
千晶「そう。ヘアヌード撮ってほしいって思わ
 せるくらいの写真、その生意気な顔の前に
 叩きつけたりぃや!」
透「ヘアヌードって……ちぃちゃんねぇちゃ
 ん言うことがいちいち過激だよ」
千晶「アホ! あんたがフニャフニャしすぎ
 てんねん! そやからフニャフニャした写
 真しか撮られへんくて、素人顧問にもその
 女の子にもボロクソ言われんねんよ。違う?」
透「……うん」
千晶「あ~もう。イライラするなぁ。そのま
 まフニャフニャした写真しか撮られへんの
 やったら入学祝いの五万円返してもらうで」
   うつむく透。千晶、膝をパンっと叩き。
千晶「よっしゃ! ちぃちゃんねぇちゃんが
 一肌脱いだる!」
透「脱ぐって――もしかしてちぃちゃんねぇ
 ちゃんのヌード撮るとか?」
千晶「……あんた、顔に似合わんオモロイ
 発想するな――違うがな。透ちゃんが本気
 で撮りたいって思えて、その女の子納得さ
 せられるモン――被写体っていうんか、そ
 れに明日会わせたるって言うてるねん」
透「何で分かるんだよ。ちいちゃんねぇちゃ
 んにそれが」
千晶「分かる」
透「だから何で」
千晶「あんたが男の子やからや」
透「ぼくが男だから?」
千晶「せや。あんたにおちんちん付いてる
 ことはわたしよう知ってる」
透「……そればっかり」
千晶「明日はちょっと早ぅに起こすで。そ
 やからほら、もう寝な」
透「(立ち上がり)うん。あのさ、明日ど
 こに行くの」
千晶「それは明日のお楽しみや。はい、お
 やすみ」
透「うん。おやすみ」
   ドアを開け、千晶の部屋を出て行き
   かける透。
千晶「あ、透ちゃん」
透「(振り返って)何」
千晶「あんたがわたしのヌード写真撮る
 のは、まだ百万年早いで」
   千晶、笑って透を見つめる。
透「うん。分かってる。何でそんなこと
 言ったんだろ。ちぃちゃんねぇちゃん
 と話してると何かペース狂うんだよなぁ……
 おやすみ」
   ドアを閉め部屋を出て行く透。

17疾走する競走馬群
   画面一杯に走る!

18阪神競馬場・ゴール板前あたり
   <テロップ・平成十二年十二月二十
   三日、ラジオたんぱ杯当日>
   絶叫している千晶。初めて見る競走
   馬、その疾走に圧倒され、興奮して
   いる透。馬群がゴールを過ぎていく。
   夢中で<写ルンです>のシャッターを切る透。
千晶「しゃぁぁっ、⑨-②、獲ったぁ!」
透「えっ、また勝ったの? ちぃちゃんねぇちゃん」
千晶「はっはっはっ、馬券師千晶様と呼びなさぁい!」

19同・場内
   並んで歩く透と千晶。
千晶「まさか競馬場に連れて来られるとは思って
 なかったやろ」
透「うん。びっくりした」
千晶「競馬を初めて見た感想は?」
透「なんかよく分からないけど、スゲー」
千晶「迫力が違うやろ」
透「うん。ていうか迫力しかない」
千晶「そやろ」
透「でも、上手く撮れてる自信は全然ない」
千晶「そんなもんでき上ってみな分からへんやん」
透「まぁ、そうだけど……でもちぃちゃんねぇちゃ
 んもスゴイね」
千晶「何が」
透「だって、ここまですっごい当ててるし」
千晶「ふふふ。まぁ今日は実際調子エエな」
透「ちぃちゃんねぇちゃんが競馬やるなんて知
 らなかった」
千晶「就職して最初に付き会った男が競馬が好
 きでな。三回目のデートでここに連れて来
 られて、一発でハマってしもうた」
透「へーえ」
千晶「男はおらへんようになったけど、競馬
 は残ったいうわけよ――何ぃその顔」
透「いや、ちいちゃんねぇちゃん、何だか大
 人だなって思って」
千晶「ははっ。何やそれ」
透「……僕はまだまだ子供だよね」
千晶「そやな、まだまだガキンチョや。けど」
透「けど?」
千晶「今からや、透ちゃんは」
透「今から……」
千晶「そう、透ちゃんは今から。ほら、メイ
 ンのパドック、もう始まるで」
透「うん」
   早足で歩いていく二人。

20同・パドック
   メインレースのGⅢ「ラジオたんぱ杯
   3歳ステークス」の輪乗りがすでに始
   まっている。人ごみをかきわけかきわ
   け、最前列まで行く透と千晶。
透「今までより人ずっと多いね」
千晶「GⅢやけどメインレースやし。それに
 事実上の3歳ナンバー1決めるレースやか
 らな」
透「3歳ナンバー1?」
千晶「そや。ほら、あの5番の馬がクロフネ」
透「クロフネ。でも白い馬なんだ」
千晶「うん。その名前の通り外国で生まれて
 日本にやってきた馬。前二走をレコード勝
 ちしてる。それからあの4番がジャングル
 ポケット。札幌3歳ステークスの勝ち馬。
 そんで、あの2番がアグネスタキオン。去
 年のダービー馬アグネスフライトの弟。来
 年からは間違いなくこの三頭を中心に競馬
 界が回っていくわ。それくらいの馬が揃っ
 てるわけ」
透「なんだか、すごいレースみたいだね」
千晶「うん。透ちゃん。このレース生観戦し
 たこと多分一生自慢できるで」
透「じゃあ、勝つのもこの三頭のうちどれかっ
 てこと?」
千晶「もちろん」
透「ちぃちゃんねぇちゃんの予想は?」
千晶「アグネスタキオン」
透「言いきっちゃうんだ」
千晶「二週間前、ここであの馬の新馬戦見た
 んよ」
透「新馬戦?」
千晶「その馬にとって初めてのレースのこと」
透「どうだったの」
千晶「すごかった。とんでもない追い込みやっ
 た。新馬戦で上り3ハロン三十三秒八叩き
 だすなんてありえへん」
透「……なんだかよく分からないけど、とに
 かく凄いんだね、アグネスタキオンは」
千晶「そう、とにかく凄い。このレース、ア
 グネスタキオンだけ見てたらエエよ透ちゃん」
透「うん」
   パドックを周回するアグネスタキオンに
   向けてシャッターを切る透。
千晶「五万円でタキオンの単勝買うてるからね、
 わたし」
   透、レンズから目を離して千晶を見て。
透「マジ?」
千晶「マジ」
   ニヤッと笑いビッと親指を立ててみせ
   る千晶。

21第十七回ラジオたんぱ杯ステークス
   スタートからゴールまでを実況なしの
   ノーカットで。
   最後の直線、アグネスタキオンがクロ
   フネに追いつき抜け出すあたりから、
   透と千晶の声が重なる。
千晶の声「ほぉら、タキオン来た来た来たぁっ!」
透の声「うわぁ、すげぇっ!」
千晶の声「差せ差せっ! しゃぁっ、差したっ!」
透の声「は、速いっ!」
千晶の声「明ちゃん、カメラカメラカメラっ!」
透の声「うっ、うんっ!」
千晶の声「行けぇタキオン! 行け行け行けぇ!」
   アグネスタキオン、堂々の勝利。

22阪神競馬場・ゴール板前観覧エリア
   茫然と立っている透と千晶。
透「ちぃちゃんねぇちゃん」
千晶「ん」
透「僕、すごいもん見ちゃったかも」
千晶「ん」
透「ちぃちゃんねぇちゃんの言ったとおりだった。
 凄いよアグネスタキオン」
千晶「ん」
透「夢中でシャッター押したけど、絶対上手く
 撮れてないよ。ぼくのカメラ持ってきてたらよ
 かった」
千晶「ん」
透「ちぃちゃんねぇちゃん?」
千晶「ん」
   千晶、無表情で透を見るが……いきなり
   ガバッと透に抱きつく。
透「ちょ、ちょっと何……」
千晶「きゃっー!(透の両肩を掴んで)見た、
 見た、ねぇ、透ちゃん、今のちゃんと見てたっ!」
透「見てたよ、うん。ちゃんと見てた」
千晶「きゃーっ!」
   また明に抱きつく千晶。困惑の透。
透「ちょっと、ちぃちゃんねぇちゃんってば。人、
 見てるし……」
千晶「(聞いていない)子供あつかいや、クロフ
 ネもジャングルポケットも! 本格化したらど
 うなるんあの馬! 来年、皐月賞も、ダービー
 も、菊花賞も全部取ってしまうわ。三冠馬の誕
 生や!」
透「ちぃちゃんねぇちゃん」
千晶「(体を離して)何? 何? 何?」
透「ぼく、撮るよアグネスタキオン。使い捨てカ
 メラじゃなくって八万五千円のやつで、あの馬
 撮りまくってやるんだ」
千晶「――ふふ。そやから言うたやろぉ、透ちゃ
 んは今からやって」
透「うん。撮りたくてたまんないよ、あの馬」
千晶「アグネスタキオン、もう最っ高!」
   また透を強くだきしめる千晶。

23朝鋒高校・職員室
   自分の席に座っている功治。その横に透
   が立っている。功治、小さなアルバムを
   見ている。透が『写ルンです』で撮った、
   アグネスタキオンの写真である。
功治「(アルバムから顔を上げて)早坂」
透「はい」
功治「ちょっと外出ようか」
   立ち上がる功治。

24同・廊下
功治「誰と行ったんだ競馬場には」
透「あ、従姉の姉さんと」
功治「ふーん。あんまり上手くは撮れてねぇ
 な。どれもこれもブレブレだし。いわゆ
 るピントがずれてるっていうのか、こう
 いう写真って。っていうか何写してるのか
 よくわからん写真だってあるじゃねぇか」
透「使い捨てカメラだから……」
功治「でも文化祭で展示してたやつよりずっ
 とこっちの方がいい」
透「え」
功治「伝わってくるって言ってんのっ。(透
 にアルバムを返しながら)アグネスタキオ
 ン強かったか」
透「え、あ、はい。強烈でした。圧倒的でし
 た」
功治「圧倒的だったか」
透「はい。ジャングルポケットもクロフネも
 ぶっち切ってました。ちぃちゃんねぇちゃ
 ん……従姉は『もう二頭とも敵じゃない』っ
 て」
功治「ちっ、何言ってんだよ……」
透「えっ」
功治「そう簡単に勝負づけが済んでたまるか
 よ。目標はあくまでダービーなんだからよ」
透「あの、先生……」
功治「いいか早坂よく聞け。皐月賞はまだだ
 がな、ダービーは今年から外国産馬も出走
 が可能になる。クロフネはな、その解放元
 年ダービーを制する為にやってきたまさに
 『黒船』なんだよ。先を見てるんだこっち
 は先をよ。GⅢ勝ったくらいで浮かれてる
 んじゃないよ」
透「あの、先生って競馬……」
功治「やるよ。教師が競馬やっちゃいけない
 のかよ。日本史教えてる人間がクロフネな
 んて名前の馬応援するの当たり前だろうが」
透「いや、知らなかったから」
功治「(透の耳に口を寄せて)でもあんまり
 言いふらすなよ。頭の固い連中もいるからよ」
   頷く透。
功治「撮りたいかアグネスタキオン。八万五千
 円のカメラで」
   頷く透。
功治「未成年が一人で競馬場には入れんぞ、ど
 うする」
透「それは……」
功治「しゃあねぇなあ。保護者になってやるよ」
透「えっ」
功治「弥生賞叩いて皐月賞ってローテだろうな。
 引率してってやるつってんの中山競馬場に」
透「ほ、本当ですかっ」
功治「競馬場で『先生』とか呼ぶなよ絶対」
透「は、はいっ!」
功治「ただし条件が一つある」
透「何ですか」
功治「ダービーのときはクロフネの写真もた
 くさん撮れ。そんでいいのが撮れたらな、
 引き延ばして俺にくれ」
透「分かりました。お安い御用です」
功治「何が『お安い御用』だよ、うっかり八
 兵衛かおまえは、嬉しそうな顔しやがって。
 しかしまさかアグネスタキオン撮ってくる
 とはなぁ。早坂」
透「はい」
功治「いいもん見たな。あのラジオたんぱ杯
 生で観戦できたこと、おまえ一生自慢でき
 るよ」
透「やっぱりそうなんだ」
功治「何?」
透「いや、ちぃちゃんねぇ……従姉も同じこ
 と言ってたから」
功治「ふっ、そうか。早坂」
透「はい」
功治「そのちぃちゃんねぇちゃんに言っとけ。
 勝負づけが済んだと思ったら大間違いだ、
 ダービー獲るのは絶対にクロフネだってな」
透「はい。でも先生」
功治「何だよ」
透「僕もアグネスタキオンはクロフネより強
 いと思います。ダービーでも絶対に勝つと
 思います」
功治「……弥生賞連れて行かねぇぞ、このや
 ろう」

25同・二年七組教室
   スキップするような足取りで教室の前
   までくる透。ドアを開けると、そこに
   は鞄を持って舞が立っている。
透「わっ、桐野さん」
   見つめあう二人。
舞「のいてよ、帰るんだから」
透「あっ、ご、ごめん」
   半身になる透の横を過ぎる舞。廊下を
   歩いていくその後ろ姿を見つめる透。
透「あっ、き、桐野さん」
   立ち止まり振り向く舞。迷惑げな顔つ
   き。
舞「何」
透「あのさ、ぼく、撮りたいもの見つかった。
 うん、見つかったんだ」
舞「そう、よかったね」
透「あの、えっとさ、弥生って三月のことだ
 よね」
舞「そうだけど」
透「じゃあレースは三月にあるんだよな――
 あのさ、じゃあ来年の始業式の日に写真見
 せる。ぼくの撮りたかったものの写真桐野
 さんに見せる――ってぼく何か勝手なこと
 ばっか言ってるけど……見てくれる、かな……」
舞「見せろって言ったのわたしじゃない」
透「あ、うん、そうだね……」
舞「くどい」
   踵を返し去っていく舞。その後ろ姿を
   見送る透。
透(N)「〈遠ざかっていく彼女の後ろ姿を見
 ながら、ココロに熱い気持ちがふつふつと沸
 き上がってくるのを感じていた。クールだぜ
 舞。たまんねぇよ。クールなおまえを、ホッ
 トな俺が撮ってやる、撮りまくってやるぜ、
 待ってやがれ舞!〉」
透「パッション!」
   教室に残っているクラスメイトたちが
   驚いて透を見る。
                               
26第三十八回弥生賞
(テロップ・平成十三年三月四日)
   スタートからゴールまでを実況ありの
   ノーカットで。
   アグネスタキオン勝利。

27中山競馬場・ゴール前観覧エリア
   茫然と立っている功治のところへ、カ
   メラを手にした透が戻ってくる。
透「せんせ――赤松さん」
功治「お、おう。どうだ。いい写真撮れたか」
透「でき上ってみないと分かりません。走っ
 てる馬を撮るのに慣れて来た頃に弥生賞が
 終わった感じです」
功治「そうか」
透「どうでしたかアグネスタキオンは」
功治「あ、あぁ。うん。タキオンな」
透「はい」
功治「次元が違う」
透「でしょ」
功治「この重馬場であの足使うのかよ。化け
 物じゃねぇかよ。そりゃ出走回避も続出す
 るわ。あいつに勝たなきゃいけねぇのかよ
 クロフネは……」
透「そう、あの馬に勝たなきゃいけないんで
 すよクロフネは」
功治「嬉しそうな顔しやがって……」
透「馬券はどうでした。赤松さん」
功治「俺がタキオンがらみの馬券買ってたと
 でも思うのかおまえは。サンデーサイレン
 ス産駒ばっかり走ってる中、負けるの承知
 でシンボリルドルフとメジロパーマーの子
 供の馬連で一点勝負してたんだよ。ふん、
 何言ってるか分からねぇだろうガキ。世の
 中にはな、勝ち負けよりも大事なものがあ
 るんだ。よく覚えとけ」
透「要は負けたんですね、赤松さん」
功治「ぐっ……」
透「今日一レースも勝っていませんよね赤松
 さん。ちぃちゃんねぇちゃんとは大違いだ」
功治「……皐月賞連れてきてやらねぇぞ、こ
 のやろう」

28朝鋒高校・写真部部室入口
   「写真部」と書かれたドアを開ける透。

29同・暗室
   現像作業をする透。その姿に千晶との
   電話での会話が重なる。
千晶の声「どうや。弥生賞のタキオン生で見
 た感想は」
透の声「もう凄かった。連れて行ってくれた
 顧問の先生も『次元が違う』だって」
千晶の声「ふふふ。まぁこれでその赤松とか
 いう素人顧問もよう分かったやろ、あのた
 んぱ杯でクロフネとの勝負づけは終わって
 るって。なぁ透ちゃん」
透の声「何」
千晶の声「透ちゃんが撮ったタキオンの速さ、
 その女の子に届いたらエエな」
透の声「……うん」
千晶の声「また見せてや。タキオンの写真」
透の声「うん。絶対見せる。あのさ、ちぃちゃ
 んねぇちゃん」
千晶の声「何や」
透の声「桐野さんに弥生賞の写真で納得して
 もらえなくっても、次の皐月賞の写真見せ
 てやるつもりだよ。それでダメならダービ
 ーの写真見せてやる」
千晶の声「それでもアカンかったら?」
透の声「……菊花賞のタキオン、京都競馬場
 まで撮りに行く。そのときはついて来てよ」
千晶の声「――透ちゃん」
透の声「何」
千晶の声「あんたがわたしのヌード撮っても
 エエ年数、あと百万年から百年くらいにいっ
 ぺんに縮んだわ」
透の声「はははっ」
   黙々と現像作業を続けて行く透。

30路上
<テロップ・四月六日・始業式>
   自転車で登校する透。颯爽と。その顔
   に浮んでいる笑み。

31朝鋒高校・下駄箱前
   大きなホワイトボードがいくつか並び、
   クラス分けの張り紙が掲示してある。
   生徒たちがたかっている中に透の姿も。
   透、三組に自分の名前を確認。担任の
   欄に功治の名。桐野舞の名前もそこに
   ある。
透「しゃっ!」
   小さくガッツポーズをする透。

32同・三年三組教室
   教壇に立ち、生徒に向かって話をして
   いる功治。
功治「……と、いうわけでだ、今年一年がみ
 んなにとって勝負の年になることは間違い
 ない。進学する者、就職する者、それぞれ
 の目標に向かってよりいっそう努力してほ
 しい…………と、まあありきたりのご挨拶
 はここまでだ。いいか、こういう年だから
 こそ守りに入るなよ。何でもいい、新たな
 ことに挑戦してみろ。この国の鎖国はな、
 黒船により破られたんだ。いつの時代も夜
 明けは未知の存在と共に訪れる。君ら一人
 一人が、己の固定観念、既成概念を打ち破
 る黒船になるんだ。己自身が一隻の黒船た
 れ、だ! いいな! いつだってクロフネ
 こそが新時代の扉を開くんだ!」
   功治の熱弁をポカンとした顔で聞いて
   いる生徒たち。透一人がニヤニヤ笑っ
   ている。
功治「なんだよ、早坂。何か文句あんのかよぉ」
透「いや、はい。まぁ、その通りです」
功治「……このやろう」
   にやにや笑いの透を不機嫌な顔で見る功
   治。
   舞、窓際の席から校庭をぼーっと見てい
   る。
     ×     ×    ×          
   (始業式なので授業は昼まで)。帰る準
   備をし終えた舞、教室から出て行こうと
   している。
透「あ、あの、桐野さん」
   振り返る舞。
舞「何」
透「何って……ほら、あの、今日さ、ほら、ぼ
 くの撮りたかったもの見せるって」
舞「ああ、そうだったね――ごめん、わたしそ
 んな気分じゃないし」
透「え」
舞「モデルの話しもなかったことにしてよ」
透「え」
舞「それじゃ」
   教室から出て行く舞。茫然と立ちつくす
   透。
     ×     ×    ×
   窓際に立ち校庭をぼーっと見ている透。
   舞が帰っていくのが見える。彼女をじっ
   と見つめ続ける透だったが。
透「ふっざけるなあぁぁっ!」
   絶叫。鞄の中からアルバムを取り出し、
   それを手に教室を飛び出す透。

33同・廊下
   怒りの形相で走る透。
透「のけろ、のけろ、おらぁ!」
   驚いて道を開ける生徒たち。

34同・下駄箱
   上履きのまま外に飛び出す透。

35同・校庭
透「桐野! 桐野、こら、待てよぉ!」
   桜並木の校庭を走る透。舞、気づ
   いて振り向き立ち止まる。舞のと
   ころまでたどり着く透。膝に手を
   当てて荒い息。ため息をつく舞。
舞「もう、何」
透「や……約束、ち、違うじゃねぇかよ」
舞「だから、言ったでしょ。わたしそん
 な気分じゃないって」
透「そんなバカな話しがあるかぁっ!」
   驚いてビクッとなる舞。

36同・保健室
   窓際に立ち、校庭を見ながら大き
   く背伸びをする美香。
美香「あー、今年もきれいに咲いたなぁ」
   校庭で透と舞が向かいあっている
   のに気がつく。

37同・校庭
   帰宅していく生徒たちが不思議そう
   に二人を見て行く。
透「え、そうだろうがよ、条件出したのお
 まえの方だろ桐野。納得できるもん撮っ
 てきたらモデルになってもいいってよ。
 それが何? 『そんな気分じゃない』? 
 約束ってさ、約束ってそんな簡単に破っ
 ていいわけ、気分でさ、破っちゃってい
 いもんなの?」
舞「……」
   舞の周囲をぐるぐる回るように歩き
   始める透。

38同・保健室
   二人の様子をじっと見つめる美香。
   窓を開け、身を乗り出す。

39同・校庭
   舞の周囲を回りながら話し続ける透。
透「これだよ、これ、(と、かざしたアル
 バムをバンバンと手で叩きながら)これ
 に俺の撮りたかったものが写ってんの。
 そりゃさあ、下手かもしんないよ。文化
 祭のときの展示と同じでさあ、桐野見て
 も何にも感じないかもしれない。その結
 果さあ、やっぱりモデルになりたくないっ
 ていうのだったら俺も納得するよ。諦める。
 でも、でもさあ、約束してたのに見もしな
 くてさあ、モデルの話しもなしってのは、
 酷すぎるんじゃねえのかよ」
舞「……」
透「なあって! 訊いてんだよ!」
   ビクつく舞。
舞「あ、あの、わたし……」
透「桐野。俺、念押ししたよね。始業式の日、
 写真見せるって。そのときさ、桐野なんつっ
 たか覚えてる? 『くどい』つったの、『く
 どい』って。納得できる写真見せろって条件
 自分から出しといてよ。念押ししたら『くど
 い』つってよ。で、いざ当日来たら『気分じゃ
 ないから見たくない、モデルの話しもなしに
 して』だぁ?」
舞「……ごめん。それ、見せてくれる?」
透「もういいよっ!」
   ビクつく舞。

40同・保健室
   二人の様子をじっと見ていた美香、窓を
   乗り越え、上履きのまま飛び出す。

41同・校庭
透「あー、もういいよ、もういい。あー。何
 か俺もうどうでもよくなっちゃったわ。つー
 か、おまえ撮りたいって思ってた俺がバカ
 だったわ――桐野、何様なの、いったい」
舞「……」
透「スカしやがってよぉ! あぁ! 何様な
 んだって訊いてんだ! えぇっ!」
   またビクつく舞。やがて、しゃくり上
   げ泣き始める。蹲り泣く。
透「え、えっ」
   美香が猛烈な勢いで走って来る。バッ
   チーン! その勢いのまま透を思い切
   り張り飛ばす。吹っ飛ぶ透。
美香「さっきから見てたらぁ! 女の子にな
 んてものの言い方してんだアンタはぁ! 
 怖がってるだろうがぁ!」
  蹲って泣きじゃくっている舞に近寄り腰
  を落とす美香。舞を抱き寄せる。
美香「いい、いい。泣かなくていいよ。怖かっ
 たね。怖かった。先生来たから。もう大丈
 夫だから。保健室行って少し休もうか、ね」
舞「……悪いの、わたしが悪いの」
美香「うんうん。気にしなくていい。何も気
 にしなくていいから。少し休もう。ね」
   舞を立ち上がらせる美香。二人寄りそ
   い保健室へと向かい始める。美香、振
   り返って。
美香「男からあんな言い方されたら、どんな
 女の子でも怖がって泣くにきまってるじゃ
 ないか。理由が何にせよ、あなたのしたこ
 とは男として許されることじゃない。最低
 の行為よ。よく覚えておきなさい」
   二人の背中を茫然と見送る透。

42同・保健室前の廊下
   アルバムを抱え廊下に悄然として座っ
   ている透。保健室のドアが開く。顔を
   出す美香。
美香「やっぱりいたか」
透「……僕、桐野さんに、謝らないと」
美香「うん。早坂君」
透「はい」
美香「桐野さんもね、あなたに話したいこ
 とがあるって」
透「ぼくに、話したいことが――」
美香「うん。それ、彼女がわたしに打ち明け
 てくれたことなんだけどね。何て言うか――
 そうね、君にとってはきっとシビアな話だ
 よ。それでも聞く?」
透「――はい」
美香「うん。で、その話し、誰にも言わないっ
 て約束できる? 友達にも、親にも、他の
 先生にも」
透「――はい」
美香「よし。じゃあ、入って。あ、さっきは
 叩いて悪かった。ごめん」
透「いえ、いいんです。悪いの、ぼくですから」
   立ち上がる透。
美香「そうだ、悪いのは君だ――男思い切り引っ
 叩いたの久々だわ、ははっ」
   中に入る透。

43同・保健室
   カーテンを開ける美香。ベッドの上に座っ
   ている舞。
美香「じゃあ先生、こっちいるからね。男女二
 人残して保健室出るわけにはいかないんでね」
   カーテンを閉める美香。透、パイプ椅子
   を引き寄せ、座る。二人、見つめあう。
舞「早坂君、ごめんなさい」
   頭を下げる舞。
透「いや、こっちこそ、酷い言い方して、ごめ
 ん。俺、何かワケ分からなくなってた。ほん
 とに、ごめん」
舞「早坂君が怒るの、当たり前。自分で言っと
 いて、自
分で約束破ったんだから――でも、びっくりし
 た。早坂君でもあんなに感情爆発させること
 あるんだね」
透「俺もびっくりした」
舞「え」
透「桐野さんが泣くなんて、思ってもなかった
 から」
舞「泣くよ、わたしだって――わたし、早坂君
 が思ってるような女じゃない」
透「……何、話したいことって」
舞「あのね」
透「うん」
舞「この春休み――っていうか、つい一週間く
 らい前なんだけどさ。つきあってた人と別れ
 たの、わたし」
透「つきあってた、人……」
舞「うん。その人、大学二年生。去年の夏から
 つきあってた。憂歌団も彼に教えてもらった
 んだ。だから音楽室で『そういうの興味ない』」っ
 て言ったの嘘。ごめん」
透「……」
舞「セックスもした。何度も」
透「……」
舞「でもね、彼にはホントの彼女がいたんだ、
 大学の同級生の。それが分かったの、一週間
 前に。もう終わりにしたいって言われた、彼に」
透「……」
舞「その彼女にさ、バレそうになっちゃったん
 だって、わたしのこと。だからもう終わりに
 したいって言われたの――つまりさ、つきあっ
 てたって思ってたのはわたしだけで、ただ遊
 ばれてただけなの、わたし。ははっ。バカだ
 よね」
透「……」
舞「ね、撮りたくなくなっちゃたでしょ、わた
 しのことなんか」
   透、アルバムを舞に差し出す。
舞「いいの?」
透「桐野に見てほしいから、撮った。桐野のこ
 と撮りたいから、撮った。だから今日持って
 きた」
舞「うん」
   アルバムを開く舞。
舞「うわぁ、馬だ!」
透「サラブレッド。アグネスタキオンっていう
 んだ」
舞「アグネスタキオン――どこで撮ったのこれ――
 うわぁ、走ってる!」
透「中山競馬場。アカマティーに連れていって
 もらって撮った」
舞「すごい、すごいよ早坂君。文化祭の展示な
 んかと全然違う」
透「納得した?」
   頷く舞。
透「じゃあ桐野、俺、おまえ撮っていい?」
舞「まだわたしのこと撮りたいって思ってく
 れるの?」
透「――俺は、ずっとおまえのこと、撮りた
 いって思ってきたし、これからもそうだ」
舞「ありがとう。ねぇ」
透「何」
舞「わたしも見たいな、このアグネスタキ
 オンが走ってるところ」
透「来週、アカマティーと、こいつが走る皐
 月賞、いっしょに行くんだ。桐野も連れてっ
 てもらえるよう頼んでみようか」
舞「いいの」
透「うん。桐野、俺、そこでおまえを撮りた
 い」
   頷く舞。
舞「ふふっ。ねぇ早坂君」
透「何」
舞「気づいてる? 今日早坂君自分のこと
 『俺』って言ってるし。わたしのこと、
 おまえって言ったり、呼び捨てにしたり
 してるし」
透「あっ、あっ、ご、ごめん」
舞「あはははっ」
透「うわっ」
舞「えっ」
透「桐野の笑った顔、初めて見た……」
舞「あのね、わたしさ。早坂君にモデルに
 なってくれって言われて、実はすごく嬉
 しかったんだ」
透「え、そうだったの」
   微笑んでいる舞。
   ×     ×    ×          
   デスクの前に座っている美香。透と
   舞が保健室を出て行こうとしている。
舞「じゃあ、失礼します」
美香「うん。桐野さん、もう引きずるんじゃ
 ないよ。それから、さっきも言ったけど、
 自分の体はもっと自分で大切にすること。
 いいわね」
舞「はい」
美香「うん――早坂君はちょっと残ってて」
   頭を下げ。出て行く舞。ドアを閉める。
美香「話してるの、聞こえてた」
透「……」
美香「立派だったよ。かっこよかった」
透「……」
美香「避妊はその都度ちゃんとしてたみたい。
 でも、少し叱った。ずっと求められるまま
 に受け入れてたみたいだからね、あの子。
 強そうに見えて意外と弱いところあるんだ
 よ、ああいうタイプの子って。このままず
 るずる関係続けてたら危なかったかもね」
透「……」
美香「ねぇ。わたしにもそのアルバム見せ
 てよ」
透「あ、はい」
   美香にアルバムを渡す明。
美香「(アルバムをめくりながら)おぉぉ、
 いいねぇ。かっこいいねぇ。なんて言う
 んだっけこの馬」
透「アグネスタキオンです」
美香「アグネス・チャンのアグネス?」
透「アグネスっていうのは、何て言うか、
 まあ、苗字みたいなもんです」
美香「苗字か。で、タキオンが名前?」
透「はい。タキオンっていうのは、光よ
 り速い架空の素粒子のことらしいです」
美香「光より速い架空の素粒子か――うー
 ん、いいねぇ。いい名前だねえ」
透「こいつ、来週、皐月賞勝ちます。そ
 れからダービーも菊花賞も勝って、三
 冠馬になります、絶対」
美香「へぇ――ねぇ、早坂君」
透「はい」
美香「わたしも皐月賞連れてってくれる
 よう、アカマティーに頼んでよ」
   微笑んで透を見る美香。
透「はい、分かりました」
   透、頷く。保健室を出て行こうと
   する。
美香「早坂君――悔しいよね」
   透、動きが止まる。入口ドアを叩
   きつける。
透「あーっ!」
   ドアを拳で何度も叩きつける透を
   じっと見ている美香。
透「あーっ! あーっ!」
美香「痛いか。痛いよね。でもね早坂君、
 残念ながらその痛いのを治したり消し
 たりする薬はこの保健室にはない」
透「あーっ!」
美香「世界中どこの病院行ってもない。
 永遠に開発もされない」
透「あーっ! あーっ!」
美香「『お前を好きになればなるほど、
 哀しいんだよ、この心が…、切ない
 んだよな……』」
透「……?」
   美香を見る透。
美香「『蒲田行進曲』だぁ! 映画観
 ろ、映画を、少年!」
   椅子から立ち上がり、透の背中
   を思い切りはたく美香。
                        
44中山競馬場・正門前
   <テロップ・四月十五日・皐月賞当日>
   並んで立っている透と功治。
功治「なあ」
透「はい」
功治「ホントに来るのか、桐野と須藤先生」
透「はい。来るはずです」
功治「なあ」
透「はい」
功治「そういうことは前もって知らせろよ」
透「すみません」
功治「ちっともすみませんって思ってねえ
 だろおまえ」
透「ははっ」
功治「ていうかさ、何で桐野と須藤先生が
 来るのよ」
透「言えません」
功治「即答かい」
透「はい」
功治「まあ、いいけどよ……あ、ほんとだ、
 来たわ」
   やって来る舞と美香。二人の前に並
   んで立つ。
美香「こんにちは、赤松先生。今日はよろ
 しく」
舞「こんにちは」
功治「あ、はい。こ、こんにちは」
美香「ここが競馬場かぁ。何かワクワクし
 ちゃうわねぇ――はい、早坂君」
   舞の後ろに回り、彼女の両肩を掴み
   透の前に押し出す美香。
透「え?」
美香「も~う、ダメだなあ君は。ナイトが
 姫君の手を取ってエスコートしてあげな
 くてどうすんのよ。今日は先生たちがつ
 かず離れずで見ててあげるから、彼女の
 写真たくさん撮ってあげなさい」
舞「早坂君」
   手を差し出す舞。
透「うん」
   舞の手を取る透。二人、正門へと
   歩き出す。透の真剣な、舞の微笑む
   顔。
功治「(二人の後ろ姿を見ながら)何だよ、
 そういうことかよ」
美香「ほら、赤松先生も早く」
功治「え?」
美香「わたしたちがいないとあの子たち入
 れないんでしょ、競馬場」
功治「あ、はい、そうです」
美香「じゃあ、行きましょうよ」
功治「あ、はい」
   並んで歩きだす二人。
功治「あの、須藤先生」
美香「はい?」
功治「今日は、何でまた?」
美香「女子生徒の校外活動には、女性教諭
 の引率も必要でしょ」
功治「はぁ、まぁ……」
美香「保健室の先生だけが知ってることっ
 てたくさんあるんです。覚えておいた方
 がいいですよ――あ、ちなみに先生はア
 カマティーって呼ばれてますから、生徒
 から」
功治「アカマティー、ですか」
美香「え、ほんとに知らなかったんですか、
 もしかして」
功治「はい」
美香「鈍感ですねぇ。三年前に赴任して来
 られた時からそう呼ばれてますよ。たぶ
 ん前の学校でもそう呼ばれてたんじゃな
 いですか」
功治「そうだったのか……」
   ゲートをくぐり場内に入っていく四
   人。

45同・パドック
   輪乗りが行われていない閑散とした
   パドック。舞の写真を撮っている透。
   少し離れたところで二人を見守って
   いる功治と美香。
功治「おーい、早坂」
   振り向く透。舞も功治を見る。
功治「もう少ししたら始まるぞ、皐月賞」
   見交す透と舞。
功治「行かなくていいのか。間に合わな
 いぞ、早くしないと」
透「先生」
功治「何だよ」
透「俺、ここで桐野をもっと撮っていた
 いです」
舞「わたしも、ここで早坂君にもっと撮っ
 てもらっていたいです」
功治「いいのか。アグネスタキオン勝つ
 ところ見れないぞ、撮れないぞぉ」
透「次のダービーに連れて行ってください。
 そのときにタキオンが勝つところ撮りま
 すから。だから今日はいいです」
功治「バカヤロー、ダービーはクロフネが
 勝つって言ってるじゃねぇかっ!」
   笑う透と舞。
透「あ、桐野、今の笑顔いい。そんな感じ
 で笑って」
   舞にカメラを向ける透。
舞「うん」
   笑う舞。シャッターを押す透。
透「いいよ、桐野の笑顔ってすごくいい」
舞「うん」
   シャッターを押し続ける透。
   ため息をつく功治。
美香「赤松先生、あのままにしておきま
 しょうよ」
功治「はい――しゃあねぇなあ」
美香「いいもの見てますよね、わたした
 ち今」
功治「――木曜日、進路希望表クラス全
 員に渡したんですけどね」
美香「はい」
功治「あいつ、早坂が一番最初に返して
 きましたわ」
美香「何て」
功治「芸大の写真学科」
美香「へーえ。じゃあ先生もバックアッ
 プしてあげないと」
功治「ええ。そっち方面に進路希望する
 生徒持つの、初めてなんですよ、実は。
 俺もいろいろ勉強しないと。でも、本
 気になったんだなあ、あいつ」
美香「いつだって男を本気にさせるのは
 女なんですよ」
功治「何があったのかなぁ」
美香「ふふふ。絶対言いませんから。わ
 たしたちは、担任の先生も知らない生
 徒のことを毎年知り続けて、そうやっ
 て年をとっていって、それを胸に秘め
 たままいつかお棺に入るんです」
功治「そうなんですねえ」
美香「はい、そうなんです」
   楽しげに写し、写されしている透
   と舞を眩しそうに見つめる功治と
   美香。

46第六十一回皐月賞
   アグネスタキオン勝利の皐月賞を
   実況ありのノーカットで。
             (F・O)

47音楽室(昼休み)
   ピアノの前に座っている舞。片手
   で憂歌団の『いやんなった』の旋
   律を弾き、小さく口ずさみ始める。
   入ってくる透。アルバムを手にし
   ている。
舞「早坂君――完成したの? アルバム」
   うなずく透。
舞「うわぁ、見せて!」
   椅子から立ち上がり、透へ駆け寄る舞。
透「うん……」
舞「どうしたの?」
透「アグネスタキオン、引退だって」
舞「えっ」
透「さっきアカマティーが教えてくれた。屈
 腱炎っていう足の病気だって」
舞「足の病気――治らないの」
透「競走馬にとっては致命的な病気らしい。
 遺伝的に足の強い馬じゃなかったんだって
 タキオンは。アカマティーがそう言った」
舞「じゃあ、ダービーも」
透「走れない。もう競走できないんだ、タキ
 オンは。これからは種牡馬になるんだって」
舞「アグネスタキオンの最後のレース、見れ
 なかったんだね、早坂君」
透「……」
舞「パドックでわたしの写真撮るのやめて、
 見ておけばよかったね」
透「俺は、そうは思ってない」
舞「え」
透「あの時の桐野は、あの時にしか撮れない。
 だから、タキオンの最後のレース、見れな
 かったけど、悔いなんて全然ない」
舞「――あのさ早坂くん」
透「何」
舞「卒業まで、わたしのことたくさん撮って
 ほしいんだ。ダメかな」
透「いや、それ、こっちから頼もうって思っ
 てたことだから」
舞「やった。うれしい――ねえ、早坂君」
透「うん」
舞「わたしのこと好き? 知らない大学生
 と何回もセックスしたわたしだって知っ
 ても、好き?」
   透を見る舞。やがて強く頷く透。
舞「ありがとう。嬉しいよ。でも卒業ま
 ではカメラマンとモデルの関係。それ
 以上はなし。ごめんね」
   頷く透。
舞「ヌード撮ってもらいたいってくらい
 の気持ちにさせてよね、いつか」
透「そんなのすぐだよ」
舞「えー、どうかなあ」
   笑いあう二人。
舞「早坂くん」
透「うん」
舞「卒業したら、もう一回ちゃんとわた
 しのこと好きだって言ってね」
透「――分かった」
   二人、微笑みあって。
舞「ねぇ、早くアルバム見せてよ」
透「ああ」
   二人、並んで座る。舞の手がアル
   バムを開く。
   皐月賞当日、透が撮った舞の写真
   が次々とスクリーンに映し出され
   ていく。
   その中をキャスト・スタッフがせ
   りあがってくる。
                (了)

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