人物
村野豆次(18) 高校生
目良美樹(27) 塾講師
村野誠一(56) 豆次の父
〇村野家・誠一の部屋(夕)
村野誠一(56)は渋面で、模試の帳票を見つめている。
対面には村野豆次(18)。起立した状態で微動だにしない。
模試の帳票、「〇〇大学・医学部」。判定はD。
誠一「……私は、この季節にはA判定を取っていた」
豆次「……はい」
窓の外、イチョウの木が立っている。
誠一「わかっているのか」
豆次「努力します」
誠一「当たり前だ」
豆次「はい……」
誠一「医者の家系をお前の代で途絶えさせるなど言語道断。自覚して励め」
豆次、一礼して、去る。
誠一、帳票をゴミ箱に捨てる。
〇同・廊下(夕)
豆次、部屋から出てくる。立ち止まる。
豆次「……」
豆次、拳を握りしめる。その拳は震えている。
〇同・庭
葉をつけた一本のイチョウの木が聳え立っている。
× × ×
葉が地面に落ち、木だけが立っている。
〇同・外観(夜)
「××予備校」の看板。
〇同・廊下(夜)
三々五々帰宅する生徒たち。
見送りをする目良美樹(27)。生徒の波が途切れると、腕時計で時間を確認する。大きく息を吐き出す。
時計、「9時30分」を指している。
〇同・自習室(夜)
壁にかかった時計は「9時30分」を指している。
壁一面には過去の大学受験の合格実績が張り出されている。
本棚には赤本の数々と、参考書がびっしりと敷き詰められている。
「共通テストまであと1日!」と記された張り紙。
豆次、ひとり問題を解いている。共通テスト過去問。日本史。
豆次、ペンを置くと、髪をくしゃくしゃとする。
ノートには50点と赤で殴り書きされた文字。
豆次、ため息をつく。
廊下から豆次の様子を眺めている美樹。入る。
美樹「遅くまでお疲れ様」
豆次、振り返って、
豆次「……ああ、そろそろ終わりですよね」
美樹「ううん、いいよ」
と、手近にあった席にかけて、
美樹「校長も、今日は心ゆくまでやらせてあげろって」
豆次「心ゆく……」
美樹「何?」
豆次「あ、いや……」
美樹、豆次の表情を窺い見て、
美樹「はやいよね、時間って」
豆次「……はい」
美樹「もっとほしいと思うときほど、はやく過ぎて、はやく過ぎろと思うと遅く感じる。本当は一定なのに、自分勝手」
豆次、苦笑して、
豆次「確かに」
美樹「だけど、時間は戻らない。今までやってきたことは覆らない」
豆次「……」
美樹「どうしたって、明日は来る」
豆次、徐にノートを渡して、
豆次「ここに入って2年、その結末がこれって、目も当てられなくないですか?」
美樹「この年が調子悪かっただけじゃない? 8割超えた年もあるでしょ」
豆次「そうですけど……」
美樹「今日がこれだからって、明日がそうだとも限らない。もちろん逆も然りだけど」
豆次「……逆だとやだな」
美樹「努力は往々にして裏切る。そうなったらそうなったとき」
豆次「でも、それじゃダメなんです」
美樹「え?」
豆次「俺は絶対に失敗できない。しちゃダメなんです」
美樹「ああ……」
美樹、椅子ごとスライドさせて、豆次に近づく。
美樹「またお父様になんか言われた?」
豆次「帰ったらきっと言われます」
美樹「余計に溜まるね」
豆次「?」
美樹「不の感情」
豆次「……」
豆次、赤本を見つめる。
美樹「どうしようって悩んだところでどうにもならないよ。どれだけやったって、なくらないものはなくならないから」
豆次「……先生もなくならなかったですか?」
美樹「もちろん。これで大丈夫かってずっと悩んでた」
豆次「どうやって乗り越えたんですか?」
美樹「乗り越えてないよ。そのまま試験に挑んだ。前の晩は一睡もせずに」
豆次「結果は?」
美樹「共通、あ、当時のセンター試験は撃沈。ムカついて、努力して、一般で挽回」
豆次「それがすごい」
美樹「いやいや、共通って所詮初戦だから。敗退しても、挽回はできる。それは伝えておきたいかな」
豆次「先生……」
美樹「だけど、私は村野くんが大丈夫だと思ってるし、大丈夫だって背中を押してあげる」
と、豆次の肩を叩く。
豆次「肩です」
と、笑う。
美樹も笑う。席を立って、
美樹「じゃ、心ゆくまでやってきな」
と、ノートを返す。
豆次、受け取って、
豆次「ありがとうございます」
と、大きく頷く。
〇村野家・外観(深夜)
月明かりが家を照らしている。
〇同・豆次の部屋(深夜)
置時計は「1時23分」を示している。
参考書を読んでいる豆次。手近にあるエナジードリンクをぐいと飲む。
× × ×
本棚には「〇〇大学」の赤本。
置時計は「3時45分」を示している。
豆次、問題を解いている。
× × ×
置時計は「4時51分」を示している。
村野、ベッドに横になり、目を閉じている。が、すぐに目を開き、手近にある一問一答集を手に取る。
〇同・外観(朝)
朝日が家を照らす。
〇同・豆次の部屋(朝)
置時計は「6時30分」を示している。
窓から差し込む朝日。
豆次、リュックに問題集や参考書を詰め込んでいる。
〇大学・正門・外(朝)
「大学入試共通テスト会場」の看板。
塾の腕章をつけた人たちがたむろしている。
制服を着た人たちが正門をくぐっていく。
美樹、手に息を吹きかける。あたりをきょろきょろする。
向こうから、豆次、歩いてくる。片手に参考書を持っている。
豆次、正門をくぐろうとすると、美樹は制止して、
美樹「村野くん」
豆次、ビクッとして、立ち止まり、
豆次「あ、先生」
美樹「大丈夫?」
豆次「……はい」
美樹「眠れた?」
豆次、首を左右に振る。
美樹「私も」
豆次、苦笑して、
豆次「なんで先生が」
美樹「変だよね、自覚ある。……どう、昨日より大丈夫そう?」
豆次「全然大丈夫じゃないです。……でも、どうしようって考えるのは辞めました」
美樹、嬉しそうに笑って、
美樹「そう」
豆次「先生に言われた通り、負の感情、なくなることはないから。俺は今、できることをします」
美樹、大きく頷く。手を差し出す。
美樹「頑張って。信じてる」
豆次、ぎゅっと美樹の手を握る。
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