主な登場人物
ヨウスケ(22) 主人公
ナツミ(21) ヒロイン
マサキ(22) ヨウスケの友達
オサム(62) ナツミの父
ヒロコ(58) ナツミの母
その他の登場人物
ユキエ(26) ナツミの姉
シュウヤ(17) ヨウスケの弟
女子大生(21)
医師(48)
看護師達
おばあさん患者
おじさん患者
女性の患者
ペコ ナツミ家の犬
○どこかの部屋
白画面。
カメラが引くと、画面は白い四角形になって行く。
その四角形に入り込む、女性のシルエット。
そこは逆光で暗くなった、部屋の中だったことが解る。
女性はガラスに手を当て、窓の外を眺める。
○バスの車内
バスに乗っている青年(ヨウスケ)
ヨウスケは手に持ったスケッチブックをペラペラとめくり、白いページを開く。
鉛筆を持ってスケッチブックを眺めるヨウスケ。
○どこかの駐車場
駐車場にヨウスケの乗ったバスが入ってくる。
バスの側面には「〇〇総合病院」の文字。
バスから降りてくるヨウスケ。
青空のカットを挟みつつ。
○どこかの部屋
窓際で空を見上げている女性の後ろ姿。
SE 扉の開く音。
振り向く女性(ナツミ)。
ガリガリにやつれた姿だ。
入り口に立っているヨウスケ。
見つめあう二人。
ヨウスケ「……よっ」
ナツミ「……よっ」
ヨウスケ「(ニコッと笑い)……帰ろっか」
微かに微笑むナツミで。
タイトル 「なっちゃん」
○走る車の車内・夕方ごろ
通り過ぎていく街並み。
車を運転しているマサキ。
助手席にはヨウスケが座っている。
タバコに火をつけるマサキ。
マサキ「今日は悪いな、つき合わしちまって」
ヨウスケ「え? まあ、暇だったし」
そう言いながら窓を下すヨウスケ。
マサキ「でも来てくれて助かったわ。ほら、俺アートとか、そう言うの良く解んねえしな」
ヨウスケ「だろうな」
マサキ「まあ、あれだ。俺もそういうの、少しは詳しくなんねえとな」
ヨウスケ「で?(揶揄う様に)可愛いの? その人」
マサキ「(笑いながら)いやいやいやいや! そんなんじゃねえから! あのな、俺はただ純粋に興味があってだ」
ヨウスケ「(被せる様に)あー、はいはい。そう言うのいいから」
マサキ「(笑いながら)おい」
○同日・美術館
広場に展示された、大きなオブジェ。
その周りに集まる20〜30人程の着飾った人々。
その中の一人(女子大生)が、到着したマサキ達に気付いて手を振る。
女子大生「あ! こっちこっち!」
マサキ「おお! どうもどうも!」
マサキは女子大生の元へ。
ヨウスケは「へえ」と他の展示等を見ながら、ゆっくりと歩いて行く。
女子大生の元へ辿り着いたマサキ。
ヨウスケを手招きする。
マサキ「おい! 早く来いって!」
そのままの速度でマサキの元へ向かうヨウスケで。
○同日・夜・美術館
スポットライトで照らされたオブジェ。
その前で一人のダンサー(白塗りの坊主の男性)がコンテンポラリーを踊り出す。
それを観ているマサキと、彼を誘った女子大生、女子大生の友人など。そしてヨウスケ。
踊るダンサー。
ヨウスケは口に手を当て、気付かれない様にあくびをする。
踊るダンサー、決めポーズ。
そこそこの拍手。
ヨウスケも周りを見て、合わせる様に拍手する。
○同日・夜・美術館・パーティ会場
イベント後の立食パーティ。
会場の人たちは「お疲れ様です」と挨拶したり、名刺交換をしたりしている。
そして、楽しそうに立ち話をしている人たち。
マサキもヨウスケをほったらかして、他の女性たちと会話を楽しんでいる。
それを少し離れた所から見ているヨウスケ。
ヨウスケはため息を吐いて、食事を摘む。
ふと顔を上げるヨウスケ。
視線の先には、自分と同じ様に一人で立っている女性(ナツミ)の姿が。
壁に寄りかかっていたナツミはこちらに気付き、笑顔で軽く会釈をする。
会釈し返すヨウスケ。
近づいてくるナツミ。
ナツミ「黙々と食べてますね」
ヨウスケ「あ、はい……折角なんで」
ナツミ「(フッと笑い)今日は一人でいらしたんですか?」
ヨウスケ「あ、いや、一応、友達と」
ナツミ「私も、なんですけどね」
ヨウスケ「何かちょっと、場違いっすね。俺ら」
ナツミ「……かも、ですね」
○美術館・会場から少し離れた場所
歩きながら話しているヨウスケとナツミ。
ナツミ「あのダンス、ね。 どう思いました?」
オブジェの展示された広場を横目に。
ヨウスケ「えっと……何かこう複雑な感じで、いいなあ、と」
ナツミ「(少し笑いながら)何ですか複雑って」
ヨウスケ「すみません、良く解んなかったっす」
ナツミ「(笑顔で)やっぱり」
ヨウスケ「本当はこう言うの、ちゃんと解んないとなって思うんですけどね。仕事柄?」
ナツミ「え、何されてるんですか? お仕事」
ヨウスケ「ああ、まあ……一応、デザイナー? みたいな感じで」
ナツミ「へえ、すごーい! あ、じゃあ絵とか上手なんだ」
ヨウスケ「いやあ、別に上手くはないっす、全然。学生の頃に趣味で、ちょっとだけ」
ナツミ「へえ、どんなの描いてたんですか?」
ヨウスケ「ああ、えっとねえ……」
ポケットに手を入れるヨウスケ。
その時、友人に呼ばれるナツミ。
ナツミ 「あ、ゴメンなさい。ちょっと失礼します」
手を合わせて、申し訳なさそうにするナツミ。
ヨウスケ「あ、はい」
友人の方へ駆けて行くナツミ。
それを見ているヨウスケで。
○同日・夜・帰りの車の中
笑顔で窓の外を見ているヨウスケ。
運転中のマサキ。
マサキ 「お前も人の事言えねえな」
ヨウスケ「え?」
マサキの事を見るヨウスケ。
笑顔のマサキ。
もう一度、窓の外を見るヨウスケで。
○後日・昼頃・都内の写真展
一人で会場をフラついているヨウスケ。
偶然近くで写真を観ていたナツミが、ヨウスケを発見する。
ヨウスケはナツミに気付かず、会場を出る。
後を追って会場を出るナツミ。
自販機でペットボトルのコーラを買い、ベンチに座るヨウスケ。
座ったヨウスケは手提げ袋から写真展の図録を取り出し、ペラペラとめくる。
ナツミの声「こんにちは」
「ん?」となり、顔を上げるヨウスケ。
目の前に立っているナツミ。
ヨウスケ「ああ、どうも!」
ナツミ「偶然ですね。となり、いいですか?」
ヨウスケ「(横にずれながら)あ、はい」
ナツミ「(座りながら)私、その写真家好きなんですよ」
ヨウスケ「へえ」
ナツミ「あ、そうだ。観せて下さいよ」
ヨウスケ「えっと……」
「これ?」と言ったふうに図録を見せるヨウスケ。
ナツミ「絵。ヨウスケさんの」
ヨウスケ「ああ、でしたね」
ヨウスケはスマホを取り出し、ナツミに自分のイラスト画像を観せていく。
ヨウスケ「これとか」
ナツミ「うわっ、うまっ」
顔を近付け、画面を覗き込むナツミ。
ヨウスケ「あと、これとか?」
ナツミ「わ、へえ! すごーい! 素敵!」
ヨウスケ「……そっすか?」
うなじや胸元に目が行ってしまうヨウスケ。
ナツミ「そうですよ! 私、こういうの苦手だから尊敬します。素敵」
ヨウスケ「(頭をポリポリと掻きながら)いやあ、まあ別に。そんな大したもんじゃ……」
ナツミ「え、他は?」
ヨウスケ「あとは……観せれんのあったっけな……」
ヨウスケはスマホの写真をスライドさせて行く。
犬のデッサンが出てくる。
ナツミ「あ、飼ってるんですか?」
ヨウスケ「ん? ああ、実家で」
ナツミ「何て名前?」
ヨウスケ「えっとねえ、ペコですね」
ナツミ「(少し驚いた様に)ええ? ペコちゃん?」
ヨウスケ「はい」
ナツミ「ペコちゃん?」
ヨウスケ「え? はい」
ナツミ「……へえ」
ナツミは前の方を見て「そっかあ」という顔をする。
ヨウスケ「……えっと……」
ナツミ「……ウチのと同じだ」
ヨウスケ「同じ?」
ナツミ「ウチのもペコって言うんですよ。マルチ。凄くないですか?」
ヨウスケ「へえ! 凄いっすね!」
ナツミ「ね! 偶然、そっかあ……じゃあ……運命だ」
ヨウスケ「いやあ、どうなんすかねえ」
苦笑いで首をかしげるヨウスケ。
ナツミ「……つまんない人ですね」
ヨウスケ「(笑いながら)すんません」
ナツミはヨウスケの顔をジッと見つめる。
ヨウスケ「……ん?」
ナツミ「(ニコリと笑い)ん?」
ヨウスケ「何、顔に何か付いてます?」
ナツミ 「……あの、今度、二人でお食事とか行きません?」
ヨウスケ「え? ああ……」
ナツミ 「実は私、気になってるお店があるんですけど、一人だとちょっと入りづらくて。ね? 行きましょうよ!」
ググッと寄って来るナツミにたじろぐヨウスケ。
ヨウスケ「いや……えっと」
ナツミ「ダメ? じゃあ、私のおごりで! お願いします!」
ナツミは手を合わせて、拝む様なポーズ。
ヨウスケ「うん、あの……はい」
ナツミ「ほんと?」
ヨウスケ「大丈夫ですけど、別に」
ナツミ「やった!」
ナツミは「はい」と小指を立てて、ヨウスケの前に出す。
ヨウスケ「?」
ナツミ「約束です」
ニコッと笑うナツミで。
○後日・夜・レストラン
食事中の二人。
向かい合って楽しそうに笑う、ナツミとヨウスケ。
ナツミの笑顔。
それを見ているヨウスケ。
そのまま流れる様に、食事をしている場所が、いつの間にかヨウスケの部屋に変わっている。
○ヨウスケの部屋
二人の服装も変わっていく。
(ここからヨウスケの部屋の固定アングル、ワンカットシーン)
窓の外は夜。
冷蔵庫の中身を取りにナツミが席を立ち、画面から外れる。
雪が降り始める。
戻って来るナツミ。衣替えをしている。
小さな鉢植えを持って来て、部屋の隅(画面の近く)に置くナツミ。
腰を下ろし、部屋の隅に置いてあった本を手に取り、読み始めるナツミ。
今度はヨウスケが席を立ち、画面から外れる。
ヨウスケが戻って来て、コップで鉢植えに水をやる。
そのまま、再び画面から外れるヨウスケ。
雪が降り止む。
鉢植えの苗は、徐々に伸びていく。
風呂上がりの状態で戻って来るヨウスケ。
立ったまま、読書中のナツミに軽くキスをし、また画面から外れる。
外が明るくなってくる。
その間、成長した苗はつぼみをつける。
衣替えしたヨウスケが、戻ってくる。
席に着くヨウスケ。
徐々に大きくなっていたつぼみが花ひらく。
(ワンカット終了)
花のアップ。
○後日・夕方頃・映画館入り口
映画のポスター。
○同日・カフェ
ヨウスケは二人席に腰掛け、映画のパンフレットを読んでいる。
ナツミ「お待たせ」
ヨウスケが顔を上げると、ナツミがコーラと紅茶の乗ったトレーを持って、やって来る。
ナツミ「はい」
ナツミはヨウスケの前に、コーラのグラスとストローを置く。
ヨウスケ「お、さんきゅ」
ナツミ「パンフレット見てもいい?」
ヨウスケ「ん」
手渡すヨウスケ。
ナツミはパンフレットを受け取りパラパラとめくる。
グラスにストローを刺し、コーラを飲むヨウスケ。
ナツミ「私、これ最近観た中で一番好きだったかも」
ヨウスケ「そう? ……まあ、でも、あの終わり方はちょっとな」
ナツミ「ええ? いいじゃん! ハッピーエンド」
ナツミは紅茶にミルクを入れ、マドラーでゆっくりとかき混ぜる。
ナツミ「私は好きだよ。魔法みたいな力で最後は全〜部解決! みたいなさ」
ヨウスケ「よく言うわ。ハネケだのラース・フォントリアーだの言ってたくせに」
ナツミ「でも今は、ハッピーエンディングがいい」
ヨウスケ「ああそうですか」
ナツミ「(ヨウスケを見つめ)……」
ヨウスケ「……ん?」
ナツミ「……何でもない」
ヨウスケ「(笑顔で)何?」
ナツミ「(笑顔で)何でも無いですよ」
ヨウスケ「(笑顔で)だから、何だ? って」
ナツミ「(笑顔で)え? 別に何でも無いって言ってんじゃん」
笑いあう二人で。
ヨウスケ「あのさ……この後どうしよっか?」
ナツミ「ああ……ゴメン、今日は帰らなきゃ。課題が溜まってて」
ヨウスケ「製図?」
ナツミ「……うん」
ヨウスケ「相変わらず忙しいですなあ、大学生は」
ナツミ「しょっちゅう会社泊まってる奴がよく言うわ」
笑いあう二人で。
○その日の帰り道・夜・駅前
改札で向かい合う二人。
ナツミ「じゃあ、今日はありがとうね」
ヨウスケ「うん、じゃあ」
ナツミは手を振り、歩いていく。それを見て改札を通ろうとするヨウスケ。
すると誰かが、後ろからチョンチョンと肩を叩く。
振り向いたヨウスケの頬に両手を当て、いきなりキスをするナツミ。
ヨウスケ「(微笑みながら)何だよ」
ナツミ「別に」
ヨウスケ「(笑顔で)もう帰れ帰れ」
ナツミは「フフッ」と笑って駆けて行く。
それを見届けてから改札を通るヨウスケ。
○同・帰り道・駅のホーム
電車を待つヨウスケ。
電車が来る。
満員の電車。
ヨウスケ「(ボソッと)おお、マジか」
○同・満員電車の中
電車に揺られるヨウスケ。
鳴り出すバイブ音。
スマホを取り出すヨウスケ(相手はナツミ)。
ヨウスケは電話には出ず、ラインを送ろうとする。
すると再び電話が。
嬉しそうにため息を吐き、電話に出るヨウスケ。
ヨウスケ「(小声で)ゴメン、まだ電車なんだ。降りたら(すぐに掛け直すから)」
ナツミ「(被せ気味に)別れよ」
ヨウスケ「ん、え? ちょ、ゴメン今電車で……後で掛け直すから」
ナツミ「別れよ! さよなら!」
突然切れる電話。
ヨウスケ「……え、なに」
スマホ画面を見つめるヨウスケ。
周りの乗客たちはチラチラとヨウスケを見ている。
○同・次の駅
停車する電車。
降りていく乗客たち。
ホームで電話を掛け直すヨウスケ。
SE 電話の呼び出し音。
戸惑うヨウスケの顔で。
街並みのカット。
SE 鳴り続ける呼び出し音。
○ヨウスケの部屋
テロップ「1年後」
SE 引き続き、電話の呼び出し音。
ベッドに横になっているヨウスケ。
手探りで枕元のスマホを取り、面倒臭そうに電話に出るヨウスケ。
ヨウスケ「……またお前か」
マサキ「また俺だよ。悪かったな」
ヨウスケ「……どした?」
マサキ「あのさ、今週末とかってどうしてる?」
ヨウスケの顔のアップ。
○後日・昼間・ボルダリングジム
マサキが他の友人たちと、ウォールの前で楽しそうにしている。
ジムに入ってくるヨウスケ。
気付いたマサキは「おっ!」と挨拶する。
○同日・夜・居酒屋
マサキの声「だからさあ!」
居酒屋のテーブルに向かい合って座っているマサキとヨウスケ。
マサキ「いつまでもウジウジしてんなって。もっと前を向け! 前を!」
ヨウスケ「いや、だから別にウジウジなんかしてないって」
マサキ「そうか?」
ヨウスケ「そうだよ。もう一年だぜ? 俺もいい加減諦めついたって」
マサキ「本当か? 本当にそうならいいけどな。引きこもっちゃって全然連絡よこさねえし。
こっちは心配してんだかんな?」
ヨウスケ「別に引きこもってなんかないよ、仕事が忙しいだけだ」
マサキ「あれか? また絵、描き始めたんか?」
ヨウスケ「いや、会社会社。デザイナーなんて所詮サラリーマンですよ」
マサキ「ああそう。そう言うもんかね」
ヨウスケ「そうそう。そう言うもんですよ」
マサキ「まあ、そう言うことならいいんだけど。あ(店員に)すみませーん!」
お酒を注文し、食事を摘むマサキ。
マサキ「でもよ、ナツミちゃんも訳解んねえよな。
あんなに仲よかったのに、突然別れ切り出しちゃってさ。
そんで音信不通だろ?」
ヨウスケ「だから……もういいってそれはさあ」
マサキ「よくねえよ。お前のために行ってやってんだぜ。そもそも、おかしい話だったんだよ」
ヨウスケ「おかしいって、何が」
マサキ「出来すぎなんだって。あんな可愛い子が突然お前と付き合うなんてさ。ないない。遊ばれたんだって。どうせ」
ヨウスケ「はあ? なんだよそれ」
マサキ「夢だったんだよ夢。早く目を覚ましなさい」
ヨウスケ「……覚ましてるよ」
マサキ「現実見ようぜって言ってんの。お前さ、見た目を重視しすぎなんだよ」
マサキ、グイッとビールを飲み干し
マサキ「俺らみたいなボンクラはよ……高望みしちゃダメなんだって。たくよ……やんなっちまうよな……」
ヨウスケ「……お前、なんかあった?」
マサキ「……うっ……ううっ……」
ジョッキを片手に泣き出すマサキ。
ヨウスケ「ええ……!?」
マサキ「なあ、聞いてくれヨウスケェ」
呆れるヨウスケで。
○居酒屋・トイレ
トイレから出てくるヨウスケ。
その時、ヨウスケのスマホに着信が入る。
ポケットから取り出したスマホを見て、驚くヨウスケ。
マサキに呼ばれてスマホをしまうヨウスケで。
○帰り際・夜中・街中
タクシーを止め、乗り込むマサキ。
マサキ「なんか今日は悪かったな。こっちが色々聞いてもらっちゃってよ」
ヨウスケ「いや、全然」
マサキ「お前、帰りは?」
ヨウスケ「ん? まだ終電あるし」
マサキ「お、そうか。それじゃ」
ヨウスケ「じゃ」
マサキ「また近々連絡するわ」
ヨウスケ「おう」
マサキ「お疲れっす」
ヨウスケ「お疲れ」
出発するタクシー。
その場に立ちすくむヨウスケ。
スマホを取り出す。
画面を見ると、そこには「着信履歴『ナツミ』」の文字。
○ヨウスケの部屋
ベッドの上に「ドサッ」と仰向けになるヨウスケ。
ヨウスケはスマホを取り出し、着信履歴を眺める。
しばらく眺めた後、仰向けのままスマホを耳に当てるヨウスケで。
○後日・昼頃・駅前の広場
女性の後ろ姿。
ヨウスケの声「ナツミ?」
ヨウスケの声に振り返る女性(ナツミ)。
ヨウスケは目をそらしつつ、手で「よっ」と挨拶する。
ナツミ「(明るく)久しぶり! 元気だった?」
ヨウスケ「え? いや、まあ……うん」
ナツミ「(笑顔で)来てくれてありがと」
ヨウスケ「(目をそらしながら)まあ……別に用も無かったし」
ナツミ「行こ!」
ナツミはいきなりヨウスケの手を取り、歩き出す。
戸惑うヨウスケ。
○映画館・午後
映画を観ているナツミ。
ヨウスケは隣に座るナツミの様子をチラチラと伺う。
ナツミは映画に集中している。
○男子トイレ
洗面台に両手をつき、鏡を見ているヨウスケ。
ヨウスケ「(呟く様に)わっかんねえ……」
○カフェ
腕を組み、考え事をする様に一人座っているヨウスケ。
ナツミ「お待たせー」
ナツミはコーラのグラスを二つ持ってやって来る。
ヨウスケは黙って、渡されたコーラにストローを刺す。
ナツミは自分で買った映画のパンフレットを読みだす。
ヨウスケ「……」
ナツミ「……」
ヨウスケ「……あのさ」
ナツミ「……ん?」
ヨウスケ「何で?」
ナツミ「なんで……何がなんで?」
ヨウスケ「(呆れた様に)いや、だからさ」
ナツミ「それより、この後どうする?」
ヨウスケ「……え、いやあのさ!」
ナツミ「飲もっか、たまには」
少しイラっとするヨウスケ。
笑顔のナツミ。
○同日・夜・居酒屋
テーブルに空のジョッキが「ガンッ」と置かれる。
飲み干したのはナツミだ。
ナツミ「はあーっ! 美味しい!」
ヨウスケ「フッ(少し笑い)出所後かよ」
ナツミ「ん?……何それぇ」
ヨウスケ「いや……美味そうに飲むな」
ナツミ「久々なもんで」
ヨウスケ「ああそうですか」
ナツミ「うん……」
ヨウスケ「……」
ナツミ「でもさ、また会ってくれるとは思わんかったよ」
ヨウスケ「まあ、な」
ナツミ「……」
ヨウスケ「やっぱほら、可愛いし……お前」
ナツミ「(笑いながら)何だよそれ……(真顔になり)ありがと」
× × ×
酔って泣きそうになるナツミ。
ナツミ「……ありがとね」
ヨウスケ「だから、もう解ったって」
ナツミ「すみませーん!(店員を呼ぶ)」
ヨウスケ「大丈夫?」
ナツミ「大丈夫! 今日はどんどん飲む!」
○ネオン街
飲み屋の前で、学生たちが騒いでいる。
歩いているナツミとヨウスケ。
ナツミは少しフラついている。
ヨウスケ「ちょっ、危ないって」
ヨウスケはフラつくナツミの腕をグッと引き寄せる。
ナツミ「(少し声色を変え)……なあに?」
ヨウスケ「あっ、いや、ごめん」
手を離すヨウスケ。
ナツミ「……」
ヨウスケ「……」
ナツミ「……何で謝んの?」
ヨウスケ「え……いや、だって……」
ナツミ「あ、ねえねえ! あの看板なに?」
気付くと少し前にいたナツミが、ネオンを指差す。
ヨウスケ「え!? なんか……風俗的な?」
ナツミ「へえ、じゃあ、あれは!? あれ!」
ピョンピョン飛び回ってみせるナツミ。
ヨウスケ「え、ホストクラブ? 何だよ、恥ずかしいって」
ナツミ「ええ? あ! じゃあ、あれは?」
ヨウスケ「……ホテル?」
ナツミ「ふうん……そっか……」
ヨウスケ「え……何?」
看板を見上げていたナツミは、真面目な顔でチラリとヨウスケを見る。
ヨウスケ「だから、何って」
○ホテルの一室
ベットに座っている二人。
ナツミ「……ちょっと冷めてきた」
場が持たず、テレビをつけるヨウスケ。
テレビから激しい喘ぎ声。
慌ててテレビを消すヨウスケ。
ヨウスケ「……」
ナツミ「……」
ナツミのケータイに着信が入る。
ケータイを見るなり、電話を切るナツミ。
間髪入れず、再び着信が入る。
しかし彼女はそれを手に取ると、すぐに電源を切ってしまう。
ヨウスケ「……大丈夫? 電話」
ナツミは黙って頷くと、ヨウスケにそっと寄りかかって来る。
ナツミの肩に手を置くヨウスケ。
ナツミは目をつむって、リラックスした様に深呼吸する。
○翌朝・ホテルの一室
洗面台で歯を磨いているヨウスケ。
ベッドの上でケータイの電源を入れるナツミ。
彼女のケータイには、姉のユキエから何件もの着信が入っている。
電話をすると「今どこにいるのか」と尋ねるユキエ。
電話の向こう側は、かなりバタついている様子だ。
そこに戻ってくるヨウスケ。
ナツミ「(電話をしている)……うん……え? いや……うん……」
その横にそっと座るヨウスケ。
電話を終えたナツミ。
ヨウスケ「……誰?」
ナツミ「お姉ちゃん」
ヨウスケ「へえ……何だって?」
ナツミ「何かね、パパたち、来るって」
ヨウスケ「へえ……え? 来るって、今から?」
ナツミはペロッと舌を出して、笑ってみせる。
ヨウスケ「……マジか」
○同日・昼頃・レストラン
ヒロコ「(感心した様に)あらそう! デザイナーさんなのね」
ヨウスケ「はい、まあただの雇われなんで。あれなんですけど」
ヨウスケとナツミは、ナツミの家族とレストランで食事をしている。
ヨウスケは手を膝の上に置き、緊張で背筋を伸ばしている。
ヨウスケの向かいには、ナツミの父オサムと母ヒロコ。そして姉のユキエが座っている。
ヒロコ「いいじゃない、その方が」
ヨウスケ「そうですかね」
ヒロコ「そうよ。その方が安定しているし。認められてれるって事よ! ね」
ヨウスケ「そんなもんですかね」
ユキエ「(ヒロコに)ゴメン。私行くね」
すっと立ち上がるユキエ。
ヒロコ「あら、もう?」
ユキエ「(ヒロコに)うん、そろそろ。
(ヨウスケ達に)済みません何かバタバタと」
ヨウスケ「(会釈しながら)あ、いえ」
ユキエ「(ナツミに)じゃあね」
ナツミ「……うん」
店を出るユキエ。
ヒロコ「(少し自慢げに)あの子、忙しいのよ」
ヨウスケ「はあ」
オサム「それで、今日は押しかけちゃってアレなんだけどね」
ヨウスケ「……はいっ」
ナツミはチラリとオサムの方を見る。
オサム「うちのナツミとは、お付き合いをしているって事で」
ヨウスケ「はい。あ、でもあの……」
ナツミ「(割り込む様に)だから、付き合ってるって言ってるじゃん」
オサム「(ナツミに)お前はちょっと待ってなさい。
(ヨウスケに)何か申し訳ないね。いきなりこんな」
ヨウスケ「いえ、全然大丈夫です」
オサム「それで……知ってるかな。ナツミの事なんだけど」
ナツミは下を向く。
ヨウスケの「何だろう」と言う顔で。
○その日の夜・ヨウスケの部屋
自宅のパソコンで「統合、、、」と検索するヨウスケ。
ヨウスケは検索結果をスクロールしていく。
(回想シーン)
ヨウスケ「、、、失調症?」
オサム「まあ、言っちゃうとね。病気なんですよ」
ヨウスケ「そう、なんですか」
ヒロコ「(笑いながら)そんな、別に病気って訳ではないのよ。ただ、ちょっとだけ。ねえ」
オサム「まあ、ちょっとな」
(回想おわり)
ヨウスケの部屋。
パソコンモニターを見つめるヨウスケ。
(回想シーン)
オサム「つまり、娘はこう言う感じなんで。大変かなあ、と。ね」
ヒロコ「ね、ほら、将来の事とかもあるでしょ? やっぱり」
ヨウスケ「えっと……」
ナツミ「つまりね……障害者と付き合えるのかって話」
ヒロコ「ちょっと、ナツミ」
オサム「そんな言い方は……アレだろ、ほら」
ヨウスケ「(食い気味に)大丈夫です」
ヒロコ「……あら、そう」
ヨウスケ「(少し不機嫌そうに)はい……何も問題ないですけど……別に」
(回想おわり)
ヨウスケの部屋。
ヨウスケ「(ボソッと)問題ないよな、別に……」
○後日・午後・ナツミの家
一軒家のドアが開く。
開けたのはナツミ。
玄関の前にはヨウスケ。
ヨウスケ「よっ」
ナツミ「よっ」
ナツミはヨウスケを招き入れる。
○同・玄関
ヨウスケに飛びついてくるペコ。
ヨウスケ「おおっ、お前がペコかあ! よーしよしよしよしよし」
ペコを両手で撫でるヨウスケ。
それを見ているナツミ。
廊下の奥からヒロコが顔を出す。
ヒロコ「あ、いらっしゃい!」
ヨウスケ「ああ、どうも! お邪魔します」
○同・リビング
テーブルでお茶をしているヨウスケとヒロコ。
ナツミ「ごめんね。せっかく来てもらったのに全然相手できなくて」
ヨウスケ「いや、俺が無理矢理押しかけちゃっただけだから」
ナツミ「じゃあ……ちょっと単位ヤバイから」
ヨウスケ「課題?」
ナツミ「……ごめんね」
ヨウスケ「おう」
ヒロコ 「大丈夫大丈夫、こっちは楽しくやらせて頂いてまーす。ね、ヨウスケくん」
ヨウスケ「(ヒロコに)はい」
ナツミ「(口元だけ笑顔で)そっか」
○同・ナツミの部屋
バタンとドアが閉まる。
ドアに寄りかかるナツミ。
ナツミはしばらく寄りかかったまま、下を向く。
壁の時計。
秒針がカチカチと響いている。
○同時刻・リビング
ヒロコ「あらそうなの!」
ヨウスケ「はい」
楽しそうに会話する二人。
○同時刻・ナツミの部屋
机に向かい真っ白な紙を見つめるナツミ。
遠巻きにヨウスケとヒロコの笑い声が聞こえる。
机には大量の消しゴムのカス。
ナツミは紙に一本の線を描く。
そして、そのまま紙を見つめ続けるナツミの後ろ姿。
× × ×
時計の針が夕方を指している。
SE ノックの音。
返事は無いが、そのままドアを開けるヨウスケ。
ヨウスケ「おじゃましまーす」
机に座ったナツミの後ろ姿。
ヨウスケ「なっつみー」
後ろから抱き付こうとするヨウスケ。
ちょっと鬱陶しそうにするナツミ。
机の上の紙をペラっと手に取るヨウスケ。
ヨウスケ「何だよ、全然進んで無いじゃん」
ナツミ「私、こう言うの苦手でさ」
ヨウスケ「……手伝う?」
ナツミ「え? 大丈夫、ありがと」
ヨウスケ「そっか」
ナツミ「ねえ、今日夕飯食べてってよ」
ヨウスケ「ああ……悪い。今日は帰るわ」
ナツミ「……そっか、何かごめんね」
ヨウスケ「いや、全然」
○同・玄関
ヨウスケ「じゃあ」
ナツミ「うん」
ヨウスケ「(奥にいるヒロコに)お邪魔しましたー」
ヒロコ「あらー、もう帰っちゃうの? 夕飯食べていけばいいのにー」
ヨウスケ「いえ、今日は」
ヒロコ「もう本当にナツミは、誘ってあげればいいのに。ねえ」
ヨウスケ「いえ、ありがとうございます。今日はもう」
チラリとヨウスケを見るナツミ。
ヒロコ「あらそう?」
ヨウスケ「はい、今日はありがとうございました。
(ナツミに)それじゃ」
ナツミ「……うん」
家を出るヨウスケ。
○同・家の前の道
ヨウスケ「(手を擦りながら)さっむ!」
振り返り、家の二階の窓(ナツミの部屋)を見上るヨウスケ。
消えていた電気が付く。
それを見て、再び歩き出すヨウスケ。
○同時刻・ナツミの部屋
ドアに寄りかかっているナツミ。
下を向いているナツミの横顔。
顔を上げ、机を見る。
ナツミは壁から離れ、机に向かい、椅子を引く。
○後日・ヨウスケの会社・夜
(前のナツミのカットと繋がる様に)椅子を引いて、席に着くヨウスケ。
モニターを見つめながら、ペンタブをクルクル回すヨウスケ。
ヨウスケはあくびをして、エナジードリンクを飲む。
仕事が進まず、頭をクシャクシャするヨウスケ。
同僚が「お疲れ様でーす」と帰っていく。
事務所の電気が半分消える。
モニターを見つめるヨウスケの後ろ姿で。
× × ×
黒画面。
SE 雨の降り出す音。
目を覚ますヨウスケ。
どうやら机でうたた寝していたらしい。
窓の外は土砂降りだ。
スマホを見ると、そこには何件もの着信履歴。
慌てて席を立つヨウスケ。
○同・ヨウスケの会社・出入口
会社を出て足早に進みながら手を上げる(タクシーを止める)ヨウスケ。
○同時刻・ナツミの部屋
誰も座っていない机。
机の上には破れた紙と散らばった文具。
○同時刻・タクシー
タクシーに乗っているヨウスケ。
タクシーの上げる、水しぶき。
SE ノックの音。
○同・夜中・ナツミの部屋
ドアを開けるヨウスケ。
ナツミは床に体育座りで、ベッドに寄りかかっている。
ナツミ「あ、すごーい。来てくれた」
ヨウスケ「何だよ、大丈夫なのか?」
ナツミ「……うん」
ヨウスケはナツミの隣に座る。
ヨウスケの肩に頭を乗せるナツミ。
ヨウスケ「課題、進んだ?」
ナツミ「……ちょっとだけ」
ヨウスケ「……終わるの?」
ナツミ「……いてくれたら、終わるかも」
ヨウスケ「(フッと笑い)何だそれ」
ナツミ「あのさ……ヨウスケの会社って、ここから通った方が近いんじゃない?」
ヨウスケ「えっと……まあ、そうか。そうだな」
ナツミ「ね。あのさ」
ヨウスケ「うん」
ナツミ「ずっといてほしい……かも」
ヨウスケ「……うん」
ナツミの肩にそっと手を置くヨウスケで。
○同時刻・ナツミの部屋の前
部屋の前で立ち止まるオサム。
中が気になり、ちょっとだけドアに耳を近づける。
奥の部屋から顔を出すヒロコ。
ヒロコ「(小声で)パパ!」
○翌朝・ナツミの部屋
目を覚ますヨウスケ。
机で課題を進めていたナツミ。
ナツミ「あ、おはよ」
ヨウスケ「……おはよ」
ナツミ「朝ごはん、食べてく? 何か作るよ」
ヨウスケ「……あのさ、ナツミ」
ナツミ「ん?」
ヨウスケ「大学さ……無理に卒業しなくてもいいんじゃ無い?」
ナツミ「……なんで?」
ヨウスケ「いや、あんまり無理しない方がいいんじゃないかな。とか、ちょっと思ったり」
ナツミ「無理……かな」
ヨウスケ「いや、ほら……別にやめなくてもさ。一年伸ばすとか」
ナツミ「無理」
ヨウスケ「無理なの?」
ナツミ「無理なの!」
ヨウスケ「……」
ナツミ「(頭を抱え)やめてどうするの? 無理なの! 卒業しないとダメなの!」
ヨウスケ「いや……ちょっと思っただけだから。あ、朝ごはん何か貰っていい?」
ナツミ「別にいいけど、お金払ってね」
ヨウスケ「え? じゃあ……いいや……とりあえず」
○同・家の前の道
出勤するヨウスケ。
立ち止まったヨウスケは、家の方を振り返る。
不安げな顔のヨウスケで。
○後日・夜・ヨウスケの会社
モニターを見つめるヨウスケ。
ヨウスケは、ため息を吐いて席を立つ。
○同・会社の休憩室
電話をかけるヨウスケ。
ヨウスケ「あ、ナツミ? ごめん、今日、少し遅くなるよ」
ナツミ「(突然絞り出す様に)あああああああ!」
○同日・夜・ナツミの家
ドアを開けるナツミ。
目の前には息を切らしたヨウスケが立っている。
ナツミ「(笑顔で)あ、お帰りー」
ヨウスケ「え? 何、大丈夫なの?」
ナツミ「ん?」
何も無かったかの様にニコニコしているナツミ。
ヨウスケ「俺まだ、仕事残ってたんだけど」
ナツミ「……夕飯、出来てるよ」
ヨウスケ「(ため息を吐き)ゴメン、いいわ」
ナツミ「今日も、泊まってくれる、よね?」
ため息を吐いて、家に上がり込むヨウスケ。
ヨウスケは、そのまま二階に上がっていく。
階段でオサムとすれ違い、ぶっきらぼうに挨拶するヨウスケ。
オサム「(ナツミに)ヨウスケくん、今日は早かったな」
ナツミ「(オサムにボソッと)ヨウちゃん、私の事、あんまり好きじゃないみたい……私、可愛くなくなった!?」
オサム「いや、そんな事無いぞ。お前は世界一だ」
ナツミ「んな事聞いてんじゃねえんだよ!」
オサム「(怯んで)……そうか」
ナツミ「(焦った様に)ねえ、どうしよう……」
オサム「んん……まあ、あれだ……きっと、すぐ仲直り出来るさ」
それを聞き、ため息を吐くナツミで。
○翌朝・ナツミの家
階段を降りてくるヨウスケ。
リビングにヒロコ。
ヨウスケ「おはようございます」
ヒロコ「あ、おはよう」
テーブルの上に置かれた「フラワーエッセンス」や「サプリメント」等と書かれたフライヤー。
それに目が行くヨウスケ。
ヒロコ「ああ、それね。何かいいらしいのよ」
ヨウスケ「(フライヤーを手にと取りながら)へえ」
ヒロコ「ほら、少しでもお薬減らせればと思って。ね?」
ヨウスケ「ああ、はい。いいんじゃ無いですか? 副作用とかもありますしね」
ヒロコ「ね、そうよね(小声で)太りやすいし」
ヨウスケ「あと……性欲減退?」
ヒロコ「(呆れて)ちょっと、ヨウスケくん?」
ヨウスケ「(おちゃらけた様に)さーせん」
ナツミの声「お母さん、牛乳古いのから使ってって、言ってんじゃん!」
台所にいたナツミがイラついて、勢い良く冷蔵庫を閉める。
ヒロコ「あ、間違ってた? ごめんなさいね」
ヨウスケ「えっと……おはよう」
舌打ちするナツミ。
ヨウスケをシカトして、部屋から出て行く。
ヒロコ、ヨウスケの方を見て。
ヒロコ「(おちゃらけた様に)何あれ、何かごめんなさいね」
ヨウスケ「いえ……大丈夫です」
苦笑いするヨウスケで。
○休日・朝・ナツミの部屋
黒画面。
ナツミの声「あ、久しぶりだね」
ナツミの声で目を覚ますヨウスケ。
ヨウスケ「どした?」
見ると、ナツミがベッドの上でうずくまっている。
ナツミ「(何かが聞こえている様に)うるさいな!」
ヨウスケ「何……大丈夫?」
ナツミ「(何かが聞こえている様に)うるさい! 黙れ!」
耳を塞いで丸くなっているナツミ。
ナツミの背中に手を触れようとするヨウスケ。
すると、突然真顔でムクッと起き上がるナツミ。
表情の無い顔であたりを見渡し、ヨウスケの方を見る。
ナツミ「……ペコさん……ペコさんぽ」
ヨウスケ「あ、散歩行く?」
ナツミ「うるっせえな」
ヨウスケ「……」
ナツミ「……」
ヨウスケ「……散歩……一緒に行く?」
○同・リビング
リビングにヒロコ。
ナツミがリードを持って現れると、尻尾を振りながらペコが飛びついて来る。
ヒロコ「あら、お散歩?」
ヨウスケ「はい」
ヒロコ「あ、今日はお父さんもいるから、車でどこかピクニックにでも行きましょうよ。折角だし」
ヨウスケ「……だって。どうする?」
ナツミ「……やだ」
それを聞いて困った顔をするヒロコ。
ヒロコ「(ヨウスケに)ちょっと」
ヒロコはヨウスケを部屋の隅に呼ぶ。
ナツミはリビングをウロチョロしている。
ヒロコ「ナツミの事なんだけどね。最近ちょっとアレでしょ?」
ヨウスケ「……はい」
ヒロコ「それでね。ご近所さんの事もあるし、少し離れた公園に連れて行きたいのよ。ね?」
ヨウスケ「……」
ヒロコ「だからね? ヨウスケくんからも、そうするようにお願いしてみてもらえないかしら」
ヨウスケ「(少し不機嫌な顔をし)……別に本人が嫌だって言ってますし……
この辺でいいんじゃ無いですか?」
ヒロコ「……(少しイラついた様な口調で)あらそう?」
ヨウスケ「(ヒロコに)はい……(ナツミに)じゃあナツミ行こっか」
ナツミ 「やだ……ピクニック、行きたい」
ヨウスケ「……」
ナツミ「ピクニック、行く」
頭を掻いて頷くヨウスケで。
○同日・オサムの車内
ヨウスケとヒロコは目を合わせずに、黙って座っている。
ヨウスケ「(前を向いたまま)あの……別に隠したりとか、しなくてよくないですか?」
ヒロコ「……そう?」
ヨウスケ「俺、ちょっと調べたんですけど。誰でも可能性あるみたいじゃないですか、何か……100人に1人くらい、ですっけ?
それって、そんなに珍しいことじゃ無いですよね、別に」
ヒロコ「でもね、ヨウスケくん。あるのよ、やっぱり」
ヨウスケ「……言わせとけばいいじゃ無いですか」
ヒロコ「やめてよ……あなた他人だから、言えるのよ」
ヨウスケ「……いや、他人って……」
ヒロコ「ナツミが可哀想じゃない」
納得できないが、頷くヨウスケ。
オサム「いやあ、今日はいい天気だなあ!」
ヒロコ「……そうね」
ヨウスケ「……」
一人窓の外を見ているナツミで。
○同日・公園内
ヒロコ「本当、いい天気ねえ! 晴れて良かったわ。ね? 来て、良かったわよね?」
広い公園。
遊んでいる人たちの声が聞こえて来る。
目の前に広がる風景に緊張で固まってしまうナツミ。
ナツミが震えているのを見るヨウスケ。
ヨウスケ「(ヒロコに)本当、来て良かったですね」
ため息を吐くヒロコ。
オサム「(耐えられず口を挟み)ちょっと、奥の方行ってみるか」
○同・公園内
歩いているヨウスケとナツミ。そして、オサムとヒロコ。
立ち止まるナツミ。
目の前に広がる芝生。
笑顔になり、しゃがんでペコのリードを放そうとするナツミ。
ヒロコ「ちょっとナツミ!」
ヨウスケがヒロコの後ろから出てきて、ナツミの隣にしゃがむ。
ヨウスケ「ちょっと貸してみ」
ヒロコに反抗してペコの首輪を外す手伝いをする。
首輪を外され、嬉しくてピョンピョン跳ね回るペコ。
ペコと一緒に走って行くナツミ。
それを見て笑顔のヨウスケ。
ヨウスケを見るヒロコ。
戯れているナツミとペコで。
○同日・夕方・公園内
夕日に染まる公園。
ナツミの声「ペコー!」
ヨウスケの声「ペコー どこだー!」
ナツミの声「ペコー!」
ヨウスケの声「ペコちゃーん!」
ナツミの声「ペコー!」
公園の風景。
○同・公園内
何かを見つめるナツミの顔。
そこに駆けつける、ヨウスケ。
ナツミの目線の先を見て、黙るヨウスケ。
車が行き交う道路。
潰れているペコ。
黒画面を挟みつつ。
○同日・夜・ナツミの家
ナツミの部屋の前でドアに顔を近づけ、中にいるナツミに話しかけるヨウスケ。
ヨウスケ「ナツミ? ナツミはさ……何も悪く無いよ」
ナツミの部屋。
暗い室内。
ヨウスケ「俺がさ……」
○同・リビング
リビングに降りてくるヨウスケ。
リビングにはオサムとヒロコ。
ヨウスケ「ダメっす」
オサム「……そうか」
ヒロコ「(ヨウスケに)本当……行って良かったわ」
ヒロコを見るヨウスケ。
オサム「……」
SE 「ギシッ」と言う音。
階段の方を見ると、ナツミが降りてくる。
ナツミは上着を着てカバンを持っている。
ヒロコ「ナツミ? どこ行くのよ」
ナツミ「買い物。ペコの餌買ってくる」
オサム「それは……行かなくても、いいんじゃ無いか?」
ナツミは黙って玄関に向かう。
後を追うヨウスケ。
○玄関
玄関に座って靴を履いているナツミ。
それを後ろから抱きしめるヨウスケ。
ヨウスケ「部屋、戻んない?」
ナツミ「……」
ヨウスケ「……ねえ」
ナツミ「……ペコはさ……」
ヨウスケ「……うん」
ナツミ「キューピットなんだよ」
ヨウスケ「……そっか、そうだね」
ナツミ「だからさ……美味しい方の餌買って、じいじの仏壇に一緒にお供えしようと思ったんだよ」
ヨウスケ「そっかあ……なるほどね。じゃあ、買いに行ってもいいかもね」
ナツミ「じいじもさ、マサトくん大事にしなさいって言ってたんだよ」
ヨウスケ「……マサトくん?」
その名前を聞いて、リビングで顔を見合わせ、暗い表情をするオサムとヒロコ。
ヨウスケ「誰? それ」
ナツミ「……マリちゃんだよ!」
「え?」となる、ヨウスケ。
ナツミ「マリちゃんはさ……ずっと入院しててさ……誰も会いに来てくれなくてさ……」
そう言いながら、口を大きく開け、声をあげずに震え泣くナツミ。
背中をさするヨウスケで。
○同・夜中・ナツミの家
和室の仏壇に飾ってある、犬用缶詰と花。
折り紙で飾られた、手作りの額に入ったペコの写真。
ベッドに横になり、目を見開いたまま上を見つめているナツミ。
ナツミが突然ムクッと起き上がる。
隣で寝ていたヨウスケ。
ヨウスケ「(寝返りを打ち)……んん……どうした?」
ナツミ「ちょっと冷蔵庫確認してくる」
ヨウスケ「……早くね」
ナツミ「うん」
部屋を出て行くナツミで。
再びベッドに横になり、目を見開いたまま上を見つめているナツミ。
ヨウスケ「……眠れそう?」
ナツミ「……うん」
突然ムクッと起き上がるナツミ。
ヨウスケ「どした?」
ナツミ「花の水変えてくる」
ヨウスケ「……それ、明日でよくね?」
ナツミ「……うん」
横になるナツミ。
しかし、ナツミは直ぐに起き上がる。
ため息を吐くヨウスケ。
ヨウスケ「ナツミさあ」
ナツミ「……ん?」
ヨウスケ「ちゃんと薬飲んでる?」
ナツミ「ヨウスケはさ……」
ヨウスケ「……何?」
ナツミ「シホちゃんがね、さっき久々に会おうって、電話くれたんだよ」
ヨウスケ「……シホちゃん?」
ナツミは起き上がって、洋服ダンスを漁り始める。
ベッドから降りて、ナツミを後ろから抱きしめるヨウスケ。
ヨウスケ「……寝ないの?」
ナツミ「ヨウスケはさあ」
ヨウスケ「……何?」
ナツミ「結局マサトの二番目なんだよ」
ヨウスケ「……そっか」
ナツミ「……悪いのはそっちだよ」
ヨウスケの腕を振りほどくナツミ。
ベッドに座りペディキュアを塗り始めるナツミ。
ナツミ「……明日マサキくんとデートだから」
ヨウスケ「マサキ!? ああ、いや……それ塗ったら寝ような」
ナツミ「(ペディキュアを塗りつつ)……」
ナツミの隣に座るヨウスケ。
ナツミ「……私、ちゃんと可愛い?」
ヨウスケ「……うん」
ニコニコしながら、黙々とペディキュアを塗っているナツミ。
それを見ているヨウスケで。
○同・ナツミの部屋
ベッドで横になっているナツミ。
ナツミのケータイを、そっと手に取るヨウスケ。
着信履歴を調べる。
電話の痕跡は無い。
ため息を吐いて横になるヨウスケ。
ヨウスケはナツミの方を向く。
おとなしく横になっているナツミ。
ヨウスケは眠りにつく。
× × ×
黒画面。
SE 「ドカッ!」
目を覚ますヨウスケ。
ベッドにナツミがいない。
慌てて飛び起きて部屋を出ると、階段の下には倒れているナツミの姿が。
ヨウスケ「ナツミ!?」
ナツミの元へ駆け寄るヨウスケ。
ヨウスケがナツミを抱きかかえると、目を覚ました彼女は「(訳の解らない事)」を呟きながら、ヨウスケの腕を振りほどき、フラフラと台所へと向かう。
そこで色々な物をミキサーにかけ始めるナツミ。
体には大きなアザが出来ている。
それを見ているしかないヨウスケ。
オサムの声「もう限界だ」
ヨウスケの後ろから、肩にポンとオサムの手。
ヨウスケの後ろ姿。
○同日・夜中の3時頃・台所
ヨウスケ「……ナツミ」
それを無視して、黙々と食パンやら卵やらをミキサーにかけて行くナツミ。
ナツミはブツブツと何かを呟いている。
ヨウスケ「……なっちゃん、お出かけしようか」
ナツミ「え? お出かけ!?」
嬉しそうにヨウスケの元へピョンとやってくるナツミ。
ナツミ「じゃあ、おしゃれしなきゃ!」
○同・ナツミの部屋
タンスを漁りだすナツミ。
ナツミ「ねえねえ、何着てく? これなんかどう?」
タンスを漁るナツミを連れ出そうと、肩に手を置くヨウスケ。
ヨウスケ「……ほら……行こ」
ナツミ「ええ? パジャマのままじゃおかしいじゃん。あ、これは? これ!」
楽しげにワンピースなどを手にとってヨウスケに見せるナツミ。
ヨウスケ「ごめん、時間無いからもう出ないと……お父さんたち車で待ってるよ」
ナツミ「え? 車で出かけるの? 久しぶりだな、楽しみだな」
しみじみと幸せそうな顔をするナツミ。
それを見て居た堪れなくなり、唇を震わせるヨウスケ。
そこへ入ってくるオサム。
オサムはナツミの腕を掴むと「ほら」と、強引に引っ張って行く。
ナツミ「待って!」
オサムの手を振りほどくナツミ。
ナツミ「これ持ってく」
手作りの空の水筒(ナツミが自分で作った、2リットルペットボトルにストロー付きのクマさんの蓋を付けたもの)を手に取る。
○病院へ向かう車の車内。
ナツミはパジャマ姿でルンルンしている。
他のメンツは顔が暗い。
ヨウスケは後部座席でナツミと手を繋いでいる。
ニコリと笑いかけるナツミ。
ヨウスケも口元だけで笑い返す。
病院が見えてくる。
ナツミから笑顔が消え。
ナツミ「……マジで?」
○病院内・診察室
ナツミの声「(漏らす様に)やだ……」
医師「まあ、あなたみたいな人はね、入院してちゃんと治療すれば良くなるから」
ナツミ「いつまで?」
ヨウスケの方を向いて、小さな声で聞いてくるナツミ。
ヨウスケ「……解んない」
次の瞬間、オサムにペットボトルの水筒を投げつけ、怒鳴り散らすナツミ。
ナツミ「だからテメエは、いつもいつも何で! ああああああ!」
看護師「ナツミさん落ち着いて」
看護師さんに肩を掴まれると、そのまま崩れ落ちてしまうナツミ。
オサムは下を向いたまま黙っている。
泣き叫び、足が動かないナツミ。
○同・病棟へ続く廊下
ヨウスケは看護師と二人がかりでナツミを支え、病棟へ続く廊下を歩いて行く。
夜中なので、廊下は非常灯の明かりのみで、静まり返った病院にナツミの声が響いている。
閉鎖病棟の入り口には、数人の看護師が準備を整えて待ち構えている。
彼らにナツミを引き渡すヨウスケ。
ヨウスケ「また、会いに行くから」
それを聞いて振り返り、笑顔で小さく手を振るナツミ。
○同・閉鎖病棟前
病棟の奥からナツミの叫び声と、暴れているであろう物音が聞こえて来る。
廊下の壁に寄り掛かっているヨウスケ。
そこにやって来るオサム。
オサムは微かに唇を震わせ、こちらを見つめる。
下を向いたままのヨウスケで。
○翌週・閉鎖病棟前
持ち物検査を受けるヨウスケ。
両手を挙げ、金属探知機を当てられる。
反応する金属探知機。
ヨウスケ「あ、すいません」
ポケットから、小銭を取り出す。
その後、注意事項などの説明を受けるヨウスケ。
看護師「今は外からの情報を遮断する事が大切ですので、面会は15分以内でお願いします」
○同・病棟内
病室へ案内されるヨウスケ。
隣の病室では、患者のお婆さんが廃人の様に横になっている。
ナツミの病室へ入ると、彼女は隔離室のベッドに手足を拘束されていた。
体つきは老人の様になり、腕は内出血で真っ赤になっている。
看護師「上だけ外しますね」
両腕の拘束具を外す看護師。
ナツミは仰向けのまま目を見開いている。
ヨウスケ「会いに来たよ」
ナツミにそっと触れてみるヨウスケ。
ナツミは反応しない。
ヨウスケ「点滴、引き千切っちゃうんだって?」
上を向いたままのナツミ。
そっと頭を撫でるヨウスケ。
反応の無いナツミで。
○同日・お見舞いの帰り
病院沿いの道を歩いているヨウスケ。
歩きながら徐々に涙ぐむヨウスケで。
○夏の風景
SE 蝉の鳴き声。
蝉の抜け殻が木に張り付いている。
旋回バスに乗っているヨウスケ。
○病室
SE 病室の扉を開ける音。
ナツミは病室のベッドに座り、壁の方を見つめている。
ガリガリにやつれ、女性的な魅力は無くなっている。
ヨウスケ「……おっす」
黙ってヨウスケの方を見るナツミ。
ナツミの足。
ペディキュアが半分くらい消えている。
ヨウスケ「元気?」
ナツミ「……げんき」
おじさん患者「ちんこっ! ちんこっ! ちんこっ!」
叫びながら病室前の廊下を横切っていく患者のおじさん。
ナツミ「まんこおおおおおおおおおおお!!!」
叫びながら、おじさんの後を追って走り出そうとするナツミ。
その腕を慌てて掴むヨウスケ。
ナツミ「放せよ! 放せよ変態! 看守ー!!!」
ヨウスケ「ナツミ、そんなに暴れたら、また拘束されちゃうって!」
ナツミ「っせーな! 死ねよ変態! 死ねえ!」
ヨウスケ「しー、落ち着いて、ね?」
暴れ出すナツミを必死で抱きしめるヨウスケで。
× × ×
拘束されているナツミ。
ヨウスケは彼女の手を握ってみる。
隣の病室では閉じ込められた患者の女性(前回とは違う人)が「開けろー!」と、壁を殴ったり蹴飛ばしたりし続けている。
ナツミ「……でる……」
ヨウスケ「むこう、行ってよっか?」
手を離さないナツミ。
ナツミ「ああああああ……」
うなり声をあげるナツミ。
SE「じょー……(排尿の音)」
ナツミ「……」
ヨウスケ「オムツ……変えてもらう?」
ナツミ「……」
ヨウスケ「変えて下さいって言ってくるよ」
手を離さないナツミ。
そのまま、黙っている二人。
しばらくして、かすれた声で歌(First Love)を歌い出すナツミ。
ナツミ「あしたの、今頃には……私は、きっと……泣いてえるあなーたを……思ってるん……だ、ろ」
そこまで歌うと涙を流すナツミ。
ナツミにキスをしようとするヨウスケ。
ナツミはスッと、顔をそらす。
ナツミ「もう、別れよっか」
ヨウスケ「え?……なんで」
ナツミ「だって……」
ヨウスケ「俺は、どんなナツミでも好き、だけど」
ナツミ「……うそつき」
○同日・夜・ヨウスケの部屋
ベッドの上で横になっているヨウスケ。
隣を見る。
隣には誰もいない。
部屋にはレンタルのアダルトDVDが転がっている。
再び天井を見つめるヨウスケで。
○後日・ゲームセンター
ヨウスケは、金髪ピアスの青年(弟のシュウヤ)と並んで立ち、シューティングゲームでゾンビを打ちまくっている。
シュウヤ「そう言えばさ」
ヨウスケ「……ん?」
シュウヤ「偶には帰って来いって」
ヨウスケ「え?」
シュウヤ「……親父が」
ヨウスケ「ああ……相変わらず?」
シュウヤ「たくよ……恥だの何だの。うっせえよな」
ヨウスケ「(フッと笑って)相変わらずか……」
シュウヤ「あ……でも、最近はあんま言われなくなったよ」
ゲーム台に立て掛けらてたギターケース。
ヨウスケの声「……だろうな」
シュウヤ「兄貴、結婚しちゃえば?」
ヨウスケ「……何で?」
吹き飛ぶゾンビ。
シュウヤ「少しは大人しくなるんじゃね? 孫の顔でも見せてやればさ。あ、そうだ……早く紹介してよ」
ヨウスケ「え?」
シュウヤ「いや、ほら……彼女」
ヨウスケ、ゾンビに食われる。
ヨウスケの声「まあ……もうちょっとしたらな」
シュウヤの声「いつだよ」
ヨウスケ「……そのうちな」
○同・ゲームセンター前
シュウヤ「じゃ」
ヨウスケ「おう」
シュウヤ「頼むぜ長男」
鼻で笑うヨウスケで。
○後日・午前中・ナツミの家
ヨウスケが尋ねると、リビングにはユキエの姿が。
ユキエはヒロコ、オサムと向き合う様に、テーブルに座っている。
ヨウスケ「(ユキエに)あ、どーも」
挨拶するヨウスケ。
ユキエ「あ、こんにちは」
ヒロコ「ああ、ヨウスケくん。ごめんね、今ちょっと……」
ヨウスケ「すみません……えっと、お見舞い行くんで、荷物を預かろうかと……」
ヒロコ「ああ、はいはい。ちょっと待っててね」
席を立つヒロコ。
ヨウスケ「(ユキエに)あの……何の話だったんですか?」
ユキエ「ああ、これ」
そう言って、ヨウスケに持っていた請求書を手渡すユキエ。
ユキエ「請求。病院からの」
請求書を見るヨウスケ。
そこには一月30数万円の金額が。
ヨウスケ「え? 高……」
ユキエ「精神病は保険きかないから、しかも個室でしょ? 1日1万」
ヨウスケ「あの……この、お布団代って……」
ユキエ「なんかね、拘束を外すと、暴れて引きちぎっちゃうんだって」
ヨウスケ「これ……俺も出します。ちょっとくらいなら」
ヒロコの声「いいわよ、あなたは……悪いじゃない」
荷物を持って来たヒロコ。
ヨウスケ「いえ……今回の入院は自分にも原因あると思うんで」
ヒロコ「……にも」
ヨウスケ「え、はい」
ヒロコ「にもって何よ……あなたがリード外したからこうなったんじゃ無いの?」
ユキエ「ちょっと、お母さん」
オサム「そんな言い方は、ちょっとアレじゃないか?」
ヒロコ「だってそうじゃない!」
しばらく沈黙する一同。
ヒロコ「だって……あの子ね……もう4回も入院してるのよ?」
そう言いながら泣き出すヒロコ。
ヒロコ「先生がね、この病気は繰り返すたびに元に戻りにくくなるって……
あの子ね、もう戻って来れないかもしれないのよ、本当」
オサム「まあ、そう決まったわけじゃないけどな」
ヒロコ「でもそうかもしれないのよ!? 何で? 何であの子なの? 誰のせいよ!」
ヨウスケ「……あいつ、ずっと苦しんでましたよ。
気使って、明るく振舞って……結果残そうとして……」
それを聞いて黙っている3人。
ヨウスケ「すみません、ちょっと今日は、帰ります」
リビングから出て行くヨウスケ。
○後日・夜・飲み屋
マサキ「しかしお前も大変だな」
ヨウスケ「まあ、なあ」
マサキ「でもよ、なんか映画みたいだな」
ヨウスケ「……何だよそれ」
マサキ「え?(少し茶化す様に)大恋愛じゃん、大恋愛」
ヨウスケ「(まんざらでもなさそうに)な事、無くね?」
マサキ「で、どうすんの?」
ヨウスケ「……どうすんだろうね?」
マサキ「いや、お前、自分の事だろ」
ヨウスケ「(笑って)だよな」
○同日・夜・ヨウスケの部屋
パソコンを眺めるヨウスケ。
少し考え「薬 妊娠」と書かれた検索バーをデリートする。
その後「統合失調症 遺伝」と打ち込み、思い直した様に直様デリートするヨウスケ。
(回想シーン)
ナツミ「別れよっか」
(回想シーンおわり)
モニターを見つめるヨウスケ。
○翌週・午前中・ナツミの家
家を尋ねるヨウスケ。
ヨウスケはこれからお見舞いに行こうとしているヒロコと、玄関で鉢合わせする。
ヨウスケ「あ、すいません……今日はちょっと、自分の荷物持って帰ろうかなって」
ヒロコ「そう……私これからお見舞いだから……」
ヒロコは靴棚の上に鍵を置いて
ヒロコ「閉めたらポストに入れといてちょうだい」
○同・ナツミの部屋
部屋に入ってくるヨウスケ。
ヨウスケはナツミの部屋を名残惜しそうに見渡し、カバンに自分の着替えなどを詰めて行く。
タンスの上のアクセサリー入れから、自分のネックレスなどを取り出すヨウスケ。
持ち上げたネックレスに引っかかった指輪が、地面に落ちて転がる。
ヨウスケ「あっ」
転がった指輪はナツミの机の下へ。
机の下を覗き込むヨウスケ。
そこには大きめのお菓子の缶が。
気になって缶を取り出すヨウスケ。
蓋を開けてみる。
そこには、沢山の写真や手紙が。
それらを手に取り、微笑むヨウスケ。
「ん?」となる、ヨウスケ。
ヨウスケ「……」
「まさか」という表情で、ガサガサと缶を漁る。
そこには飲んでいたはずの、大量の薬が隠してあった。
その場にゆっくりと崩れ落ちるヨウスケ。
ヨウスケ「(グッと涙を堪え、呆れ笑いにも似た表情で)……お前……バカじゃねえの?」
薬を握りしめるヨウスケの手。
○同・ナツミの家・車庫
ヒロコが車のトランクを整理し、荷物を詰めている。
ヨウスケの声「あ、あの!」
目を合わせず、そのまま黙々と準備するヒロコ。
ヨウスケ「本当……ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした!
俺が間違ってました。今後はこの様な事が無い様に気をつけます。
だから、あの、やっぱ俺……ナツミさんのそばに……」
ヒロコ「(顔を合わせず、被せる様に)私、今日忙しいのよ」
ヨウスケ「……」
ヒロコ「(顔を合わせず)……早く乗ってくれないかしら」
わずかに唇を震わせるヨウスケで。
○同日・車の中
運転中のヒロコ。
ヒロコ「あなたが顔出さなくなってからね、あの子、ヨウちゃんは? ヨウちゃんは?って、そればっかり……もうやんなっちゃうわ」
ヨウスケ「……」
ヒロコ「私もね、反省してるのよ。あの子を縛り付けていたかも」
ヨウスケ「いや、俺こそ、逆に反抗的になっちゃって……」
ヒロコ「(冗談の様に)あなたがこの家に来れば、中和してちょうど良かったりしてね」
ヨウスケ「(少し笑い)……いやあ」
○同日・病院・閉鎖病棟入り口
ヒロコ「じゃあ、後、よろしくね」
荷物を渡し、引き返すヒロコ。
○同・病室
拘束され、横になっているナツミ。
ナツミの手を握るヨウスケ。
ヨウスケはしばらくナツミの事を見つめる。
ナツミは上を向いたまま、小さな声で歌を歌っている。
ナツミの足元。
ペディキュアは完全に消えている。
そこへ、点滴を変えるために数人の看護師達が入ってくる。
(人数が多いのは、暴れた時に抑えるため)
看護師「あの、しばらくロビーの方でお待ちいただけますか?」
ヨウスケ「はい、あの、ここにいたら、マズいっすかね?」
看護師「いや、あのですね、暴れてしまうかもしれませんので、少しショッキングかもしれませんので」
ヨウスケ「ああ、大丈夫です」
看護師「えっと……」
ヨウスケ「あの、大丈夫ですんで」
看護師「はあ……はい、では」
そう言って、拘束具を外し始める看護師さん。
ナツミ「(必死に首を振り)蚊が……蚊がいる!」
ヨウスケ「(ナツミの手をぎゅっと握り)大丈夫、点滴だよ」
ナツミ「蚊が……大きい大きい蚊がいるの……刺される!」
ヨウスケ「大丈夫、点滴変えてるだけだから。大丈夫」
天井を見上げるナツミ。
自分を取り囲んでいる数人の男達。
ナツミ「やだ……助けて……」
ヨウスケ「大丈夫……大丈夫……」
ナツミ「……犯される」
ヨウスケ「そんなこと無いよ……大丈夫……こっち見て」
ナツミはヨウスケの方を見る。
ナツミ「……あ、ヨウスケ。何やってんの?」
ヨウスケ「ん? 別に」
ナツミ「どこにも行かないでね……そうしたらね……私、襲われずに済むと思う」
ヨウスケ「わかった」
大人しくしているナツミを見て、少し驚いた様な表情を見せる看護師。
その後、点滴の交換が終わり、二人きりになっている病室。
ナツミ「……ヨウちゃん?」
ヨウスケ「……なに?」
ナツミ「……あたし、ちゃんと可愛い?」
それを聞いて僅かに唇を震わせるヨウスケ。
ヨウスケ「ナツミ、ごめんな、俺……俺さ……本当にごめんな……」
ナツミ「……何で謝るの?」
ヨウスケ「俺、お前にさ……いや、そうじゃ無くて……えっと……」
ナツミ「なんだよ」
ヨウスケ「退院したらさ、結婚しよ。 ずっと、一緒にいるからさ」
ナツミ「……」
ヨウスケ「……えっと……」
ナツミ「指輪は?」
ヨウスケ「え? あ、いや……無いわ、ごめん」
ナツミ「ひでえな」
ヨウスケ「(少し笑って)……ごめん」
ナツミ「……バンギラス」
ヨウスケ「……ん?」
ナツミ「バギナ……バギナが痛い……」
ヨウスケ「看護師さんに、相談する?」
ナツミ「……ババンババンバンバン」(温泉の歌)
ヨウスケ「(少し考えて)……あーギナギナ?」(温泉の歌)
ナツミ「ババンババンバンバン!」(温泉の歌)
ヨウスケ「あ、ギナギナ!」(温泉の歌)
ヨウスケ、クスッと笑い
ヨウスケ「何だこれ」
それを聞いてナツミは「ニタッ」と笑う。
笑い合う二人。
ヨウスケ「久々に笑った」
ナツミ「うん……ねえ、キスして」
それを聞いて、ヨウスケはナツミの口に軽くキスをする。
ヨウスケ「クッサ! お前、歯磨いてんの?」
ナツミ「あのね、あのね、歯ブラシがなくなっちゃったの」
ヨウスケ「え? 看護師さんが預かってるよ」
ナツミ「……わかんない」
ヨウスケ「じゃあ俺が看護師さんに貸してもらうから、一緒に磨こうか」
頷くナツミで。
○同日・閉鎖病棟・医務室
帰り際のヨウスケ。
看護師「(呆れた様に)あの、一応、カメラで見ておりますので」
ヨウスケ「知ってます。問題無いっす」
笑顔で答えるヨウスケで。
黒画面を挟みつつ。
○旋回バス・車内
バスに乗っているヨウスケ。
ヨウスケはスケッチブックをペラペラとめくり、白いページを開く。
窓の外では、散り始めた桜の花びらが舞っている。
ナツミの声「ねえ、何描くの?」
隣の席に座っているナツミ(冒頭の服装)
まだガリガリにやつれた姿だが表情は美しい。
ナツミの膝上には大きなバッグ。
ヨウスケ「な、何描くかなあ」
鉛筆を取り、スケッチブックに線を一本走らせる。
ヨウスケ「……ナツミ」
ナツミ「……ん?」
ナツミ「次はちゃんと準備するからさ、指輪」
ナツミ「……ごめん、何の話だっけ?」
ヨウスケ「え? ああ、いや、何でも無い」
ナツミ「あっそ」
そう言うと窓の外を見るナツミ。
ナツミ「(外を眺めながら)ねえ、私さ、ヨウスケの家族に歓迎されるかな」
それを聞いて、ヨウスケはナツミの方を見る。
窓の外を見ているナツミ。
ナツミ、こちらに気づいて、ふとカメラ目線で。
暗転。
end
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