<登場人物>
脇谷 空(15)西南高校卓球部員
綿貫 静香(15)同、空のダブルスのパートナー
我妻 沙耶(15)白銀学院高校卓球部員、空の中学時代のパートナー
鷲尾 誠也(15)西南高校の生徒、空とは中学時代からの同級生
和田 翔子(17)西南高校卓球部主将
輪島 桜(16)同部員
王 秀英(17)白銀学院高校卓球部員、沙耶のパートナー
脇谷 園子(42)空の母
男子生徒A
男子生徒B
<本編>
○脇谷家・外観
平凡な一軒家。
○同・空の部屋
棚に飾られたトロフィーや盾、賞状、写真立て等。写真に写る、ユニフォーム姿でカップや賞状を持つ脇谷空(15)と我妻沙耶(15)。満面の笑みの沙耶に対し、空は微笑程度。
カップを手に取り、段ボール箱にしまう空。
空M「私は今日、全部捨てた」
盾を段ボール箱にしまう空。
空M「他人の力で得た栄光には、何の意味もないから」
賞状を段ボール箱にしまう空。
空M「重荷でしかない勲章には、何の価値もないから」
写真立てを段ボール箱にしまう空。
空M「心のない笑顔には、何の想い出もないから」
段ボール箱をガムテープで密閉し、押し入れにしまう空。
空M「だから、捨てた」
ゴミ袋の中に、他のゴミとともに入れられている卓球のラケット。
空M「全ての元になった、卓球も」
ゴミ袋を部屋の外に出す空。
空M「全部、捨てた」
ドアを閉める空。
× × ×
机の上に置かれた卓球のラケット。
空M「……はずだった」
それを無言で見つめる空。制服姿。
空の後ろに立つ脇谷園子(42)。
園子「捨てるなら捨てるで、ちゃんと分別してよね。木のところは燃えるゴミでも、ゴムは燃えないゴミでしょ?」
空「(小声で)そんな事で……」
園子「そんな事じゃないの。自治会長さん、ゴミにはうるさいんだから。前にも……」
嫌々話を聞いている空。
○西南高校・外観
「西南高校」と書かれた看板。
○同・校門
部活動の勧誘が行われている。大勢の生徒が幟を立てたり、チラシを配ったりしている。
その中を歩く空。困惑した表情で、押し付けられるように渡されるチラシも全て受け取る。
○同・教室
窓際の一番後ろの席に座る空。チラシを眺めている。「初心者歓迎」「来たれハンドボール部!」「マネージャー募集」などのチラシとともに、卓球部のチラシもある。丸めて捨てる空。
○同・廊下
歩いている空。
向かい側から女子数名に囲まれて歩いてくる鷲尾誠也(15)。
鷲尾に気付き、避けるように角を曲がる空。綿貫静香(15)とぶつかる。
静香「わっ」
空「あ、ごめんなさい」
静香「ちょっと、自分どこ見て……(空の顔を見て)あ〜! 脇谷空!?」
空「え?」
○同・教室
席に座る空と、空の周囲をうろうろする静香。
静香「ウチは一年二組の綿貫静香。この春にこっち来たばっかなんやけど、中学ん時は大阪でそこそこ名の知れた卓球選手やったんやで」
空「へぇ」
静香「それにしても驚いたわ。ダブルスの全中ベスト4、我妻沙耶の相方・脇谷空がこの学校に居るやなんて。何でや?」
空「別に」
静香「まぁ、理由なんて何でもええわ。早よ卓球部入って、ウチとダブルス組んでや」
空「……私、辞めたから」
静香「辞めた? 何を?」
空「卓球。だから、卓球部に入る事も、貴女とダブルス組む事もないから」
静香「そんな、何で? もったいないやん」
空「とにかく、そういう事だから」
席を立つ空。
静香「ちょっと待ってや。なぁ」
○本屋・外観
全国に展開しているような大きめの本屋。
○同・中
ファッション雑誌のシュシュの特集記事を立ち読みする空。
空「シュ……シュ? 何それ?」
空の近くで(空とは関係なく)大声で笑い出す女子高生達。
周囲を見回す空。他にも(それぞれ別の理由で)笑う客達。雑誌を棚に戻し逃げるようにその場を去る空。別の棚で何かを見つける。
○同・外
出てくる空。手には買った本が入った袋を持っている。
空の前に現れる静香。
静香「見つけたで、脇谷空」
空「また貴女? 何でここがわかったの?」
静香「大阪のもんナメたらあかんで。こんなん朝飯前や」
空「そうなんだ……」
静香「ウソや。ボケや。ツッコんでや」
空「(ごまかすように)……部活行かなくていいの? それとも練習休み?」
静香「今まさに練習中やって。せやから自分迎えに来たんやん。ほら、行くで(と言って空の腕を掴む)」
空「ちょっと。私は卓球辞めたの。何回も言わせないで」
静香「そんな事言うて……」
空の持つ袋から本を取り出す静香。
空「あ……」
袋から出てきた本は卓球雑誌。
静香「未練タラッタラやん」
空「別に、そういう訳じゃ……」
静香「もう四の五の言わんと、見学するだけでもええから、来てや。な、頼むわ」
頭を下げる静香。
空「……見学だけなら」
静香「ほんまに!? よし、決まりやな。ほな、早速行くで」
空の手を取って走り出す静香。
○西南高校・卓球場
数台の卓球台が並べられた部屋。
ダブルスの試合形式で対峙する和田翔子(17)、輪島桜(16)と空、静香。静香のみラケットは左手で持っている。
十名ほどの部員が周囲でその様子を見ている。
空「……これ、見学じゃないよね?」
静香「ツッコむん遅ない? もう始まるで」
翔子のサーブで試合が始まる。何の変哲も無いサーブだが凡ミスする静香。
静香「あ」
翔子&桜「え?」
空「え?」
静香「そんな目で見んなや。大丈夫やって、あんなサーブ、次はパコーンって返したるから。安心しい」
空M「その自信はどこから……?」
続く翔子のサーブ。静香が強打で打ち返し得点。
静香「しゃあ!」
空「凄……」
静香「な?」
空「……ナイス」
桜「おい、全中ベスト4。打つならお前が打てよ。私達に力の差を見せつけるために来たんだろ?」
空「え?」
翔子「『猿と一緒に卓球なんてできない』とまで言うからには、相当自信があるって事だよね?」
周囲の部員達を見る空。皆、怒っている様子。
空「ねぇ、何でみんな怒ってるの?」
静香「え? (とぼけるように)さ、さぁ……。さ、さて次はウチのサーブやな」
静香の強烈なサーブ。返すのが精一杯な桜。その後もラリーが続く。
空M「(静香を見ながら)この人、ディフェンスはともかく、オフェンス力は凄い。まるで……」
スマッシュを打つ体勢に入る静香。
○(回想)某試合会場
ダブルスの試合をしている空と沙耶。
スマッシュを打つ沙耶。決まる。
沙耶「イエス!」
ハイタッチする空と沙耶。
空「ナイス、沙耶」
沙耶「もう一丁、つないで行くよ」
サーブを打つ沙耶。その後もラリーが続き、沙耶がスマッシュを打つ体勢に入る。
○西南高校・卓球場
静香のスマッシュが決まる。
静香「しゃあ!」
空M「沙耶に合わせられたんだ。この人にだって、合わせられるはず」
サーブを打つ静香。静香の動きを見ながらプレーする空。
空M「相手をよく見て、相手に合わせて。息をひそめて、相手の呼吸を聞いて。相手が作る流れに、自分の身を委ねて……」
ラリーが続いた末、静香のスマッシュが決まる。
静香「しゃあ!」
ハイタッチする空と静香。一瞬笑顔を見せる空だが、すぐに寂しげな表情に変わる。
× × ×
大差で空、静香ペアが勝利した事を示すスコアボード。
静香「やったで、空。レギュラーのペアに勝ったで」
空「別に、私は何もしてないから。全部、綿貫さんの実力」
静香「そんな謙遜すなや。ウチら、これで晴れてレギュラーやで?」
空「は? レギュラーもなにも、私は卓球部には……」
床を叩く桜。
桜「くそっ、こんな奴らに負けるなんて。けど、私は絶対に入部を認めないから!」
空「え? 別に私は……」
空に握手してくる翔子。
翔子「部長の和田翔子です。よろしく」
桜「ちょ、翔子先輩。認めるんですか?」
翔子「だって、そういう約束だったでしょ? (周囲の部員に対して)だからみんなも、脇谷さんの入部を許してあげよう。ね?」
空「だから、私は……」
周囲の部員から少しずつ拍手が沸きおこる。
静香「良かったな、空。これでみんなから認められたで」
空「私は~」
○脇谷家・空の部屋
登校準備をする空。ラケットを持つ。
男子生徒Aの声「いいよな、どうせ高校も卓球で行けるんだろ?」
○(回想)中学校・教室・前
教室内の会話に耳を澄ませる空。誰が喋っているかはまだわからない。
鷲尾の声「まぁ、アイツらから卓球取ったら何も残らねえけどな」
○脇谷家・空の部屋
ラケットを手に持つ空。
空「何やってんだろ、私……」
ラケットをカバンの中に入れる空。
○西南高校・卓球場
ランニングをする空ら部員達。
× × ×
一人でストレッチをする空。空の後ろにやってきて空の背中を押す静香。
空「(静香に気付いて)あ、ありがとう」
静香「気にせんでええって。これからはパートナーなんやから、信頼関係を築かな」
○同・教室
並んで弁当を食べている空と静香。
○同・廊下
並んで歩く空と静香。
○本屋・中
並んでファッション雑誌を立ち読みしている空と静香。
空「ねぇ、いつまで付いてくるの?」
静香「ほら、もっとお互いを知らんと」
空「それはそうだけど……」
静香「なぁ、空はこんなん着たい思うとるん?」
空の読んでいるページを横から覗き込む静香。一般人のファッションを採点するページ。
空「まぁ、流行ってるなら……」
静香「ふ〜ん。でも流行りなんて他人が決めたもんやん。ウチはこんなん着たないし、着てまで『オシャレやね』なんて言われたないわ」
空「でも、自分で選んだ服を『ダサイ』なんて言われるのも嫌じゃない?」
静香「別に気にせんわ。なんやかんや言うて自分以上に信じられるものなんてあらへんやん?」
空「自分以上に……」
沙耶の声「ねぇ、空」
○(回想)某試合会場
ウォーミングアップをする空と沙耶。
沙耶「私の事、信じてる?」
空「当たり前じゃん。信じてる、誰よりも」
沙耶「誰よりも、か……」
空「? どうかした?」
静香の声「お〜い、空〜。どうかした?」
○本屋・中
並んで立ち読みをする空と静香。
静香「どうしたん? いきなりボケ〜ッとして」
空「……別に」
読んでいた雑誌を棚に戻す空。
静香「何や、買わへんの?」
空「買おうと思ってたけど、止めた」
別の棚で何かを見つける空。
○同・外
並んで歩く空と静香。空の手には買った本が入った袋。
静香「で、結局卓球雑誌買うんやな」
空「……別にいいじゃん」
○西南高校・卓球場
ダブルス形式で練習をする空、静香と翔子、桜。静香のスマッシュが決まる。
静香「しゃあ!」
× × ×
それぞれペアになってストレッチをする空、静香と翔子、桜。
翔子「そっちのペア、得点してるのはほとんどが静香だよね?」
静香「そういう役割分担なんで。空がつないで、ウチが決める」
空「それが一番しっくりくるんで」
翔子「それは、空が決めたの?」
空「決めたっていうか、提案したって感じです」
翔子「そっか」
桜「さすが全中ベスト4」
空「先輩、その呼び方はちょっと……」
桜「何で? 事実じゃん」
空「相方が凄かっただけで、別に私は……」
静香「確かに、我妻沙耶は凄い思うわ。ウチとは天と地の差やな」
空「それは違うと思う。少なくともオフェンス面だけなら、綿貫さんは沙耶にも負けてないよ」
静香「ほんまに?」
桜「やったじゃん。全中ベスト4と互角だってよ」
空「だから、その呼び方は……」
翔子「でも全国か〜。私達にとっては別世界だよね。ねぇ、全国ってどんな所なの?」
空「どんな所って……結構広めの会場でしたね」
静香「いや、そういう事ちゃうやろ」
空「え?」
○同・教室
並んで弁当を食べる空と静香。机の上に地図を広げている。
静香「で、ここがウチの生まれ故郷や」
「和泉市」の文字を指差す静香。
空「ワイズミ市?」
静香「和泉市やイ・ズ・ミ・市」
空「あ〜、和泉市ね」
静香「……前々から思うてたんやけど、空ってひょっとして、アホなん?」
空「……」
○同・廊下
並んで立っている空と静香。やや不機嫌そうな表情の空。
静香「せやからごめんって。謝ってるやん」
空「だから、別に怒ってないって」
静香「怒ってるやん。ウチは『アホ』言うただけやのに」
空「だから別に……」
空達と反対方向から、女子生徒達に囲まれて歩いてくる鷲尾。
静香「お、鷲尾やん。あいかわらずモテモテやな」
鷲尾「おかげさまで。卓球部はどう? 大会近いんだろ?」
静香「今年はいい所まで行ける思うで。何てったってウチがおるしな」
鷲尾「そうだな、脇谷もいるしな」
空「(話しかけられた事に対して)!? 別に、私は……」
鷲尾「そういえば、我妻ってどこ行ったんだっけ? やっぱ卓球強いトコ?」
空「……白銀学院」
静香「え? それって明日練習試合に行く所やん。何で黙ってたん?」
空「別に、わざわざ言う事じゃ……」
鷲尾「まぁまぁ、喧嘩しない喧嘩しない。じゃあ、頑張れよ」
歩き去って行く鷲尾達。
静香「そういえば、空。ウチのクラスの鷲尾と知り合いやったんか?」
空「知り合いっていうか、中学が一緒だっただけ……」
○(回想)中学校・教室・前
歩いている空。教室内から話し声が聞こえる。
男子生徒B「卓球部の我妻と脇谷って、全国ベスト4だったんだろ? 凄えよな」
男子生徒A「いいよな、どうせ高校も卓球で行けるんだろ?」
鷲尾「まぁ、アイツらから卓球取ったら何も残らねえけどな」
開いたドアから中を覗き込む空。鷲尾と男子生徒A、Bの顔がここでようやくわかる。
鷲尾「女も捨ててるし」
男子生徒B「確かに。この前脇谷の私服姿見たけど、マジでヤバかったよな」
鷲尾「そうそう。超ダセェの」
男子生徒A「うわ〜、見たかった〜」
笑う鷲尾ら。
鷲尾「本当、ああはなりたくねぇよな」
目に涙を浮かべる空。
○西南高校・廊下
並んで立っている空と静香。
空「(小声で)私は卓球だけの人間なんかじゃない」
静香「? 何か言うた?」
空「ううん、何でもない」
○白銀学院・外観
「白銀学院」と書かれた看板。
西南高校より大きな校舎。
○同・体育館・競技場
多数の卓球台が並び、多数の高校が試合を行っている。
その中でダブルスの試合をする空と静香。チャンスボールを空が無難に打ち返すも、その直後に静香のスマッシュが決まる。
静香「しゃあ!」
静香とハイタッチする空。そのままベンチに戻り、翔子の隣に座る。
翔子「お疲れ、ナイスゲーム」
空「ありがとうございます」
翔子「でも最後のアレ、自分でも決められたんじゃない?」
空「それは……綿貫さんの事、信じてましたから」
翔子「信じてる、か。信頼する事と、依存する事は違うと思うけど……まぁ、空ならその辺の事もわかってるよね」
空「依存……?」
○同・同・裏
並んで歩く空と静香。
静香「これで三連勝、ウチら絶好調やな。この調子なら公式戦もイケるんちゃう?」
空「だといいね」
静香「せやけど、次は白銀学院やったっけ。さっき知ったんやけど、名門なんやね。ウチこっちの高校の情報には疎くて……」
空「そうだね」
静香「何や、空。浮かない顔して」
空「うん……。あのさ、綿貫さんは私の事、信じて……」
沙耶「空!」
振り返る空と静香。二人の元に駆け寄ってくる沙耶。沙耶は「白銀学院」と書かれたジャージを着ている。
静香「あ〜! ダブルスの全中ベスト4でシングルスも全中ベスト16の我妻沙耶!」
空「沙耶……」
沙耶「やっぱり空だ。よかった、卓球続けてたんだね」
空「うん……まぁ……」
沙耶「私もレギュラーに選ばれたんだ。今日の試合、楽しみにしてるね」
空「そうなんだ……」
静香「一年で名門校のレギュラー? やっぱ凄いわ〜」
沙耶「あ、ひょっとして空の新しいパートナーさん?」
静香「綿貫静香や。よろしく」
沙耶「空の中学時代のパートナーの我妻沙耶です。いつも空がお世話になってます」
静香「いや〜、お世話してます」
沙耶「アハハ、面白い人ですね。あ〜、でも空は中学の頃から……」
廊下の奥に立つ王秀英(17)。
秀英「サヤ、何してル? 監督呼んでるヨ」
沙耶「(秀英に向かって)すいません、今行きます。じゃあね、空。また後で」
秀英の元に行く沙耶。
静香「いや〜、めっちゃええ人やん。我妻沙耶って」
空「うん。だから……嫌になるんだよね」
沙耶と反対方向に歩いて行く空。
静香「? 空?」
○同・同・競技場
ベンチから試合を見守る空。
目の前の台では静香と秀英がシングルスの試合をしている。静香の強打をことごとく打ち返す秀英。根負けし、ミスする静香。天を仰ぐ。
静香「負けてもうた。あの中国人、打っても打っても返してきよる」
空「さすが、って感じだね」
静香「次のダブルス、あの中国人と我妻沙耶のペアやろ? 今回は空も点取りにいってや。ウチだけやと無理やわ」
空「無茶言わないでよ。綿貫さんが通用しない相手に、私のオフェンスが通用する訳ないじゃん」
静香「せやろか……。しゃあない、ほな頑張ってみるわ」
沙耶と目が合う空。
○(回想)某試合会場
ウォーミングアップをする空と沙耶。
沙耶「私の事、信じてる?」
空「当たり前じゃん。信じてる、誰よりも」
沙耶「誰よりも、か……」
空「? どうかした?」
沙耶「いや、空、自分の事は? 信じてないの?」
空「え……」
○白銀学院・体育館・競技場
空、静香と沙耶、秀英のダブルスの試合が始まっている。
秀英のスマッシュを止められない静香。
× × ×
チャンスボールを強打する空。秀英にあっさりと返される。その球を静香が強打で返すも、それをさらなる強打で返す沙耶。止められない空。
空M「やっぱり私じゃ……」
続く沙耶のサーブを止められない空。膝に手をつく。
○通学路
並んで歩く空と静香。
静香「完敗、やったな」
空「うん……」
静香「まぁ、練習試合やし、そんなに落ち込まんでもええんちゃう?」
空「……私のせいだよね」
静香「何がや?」
空「前に言った通り、オフェンスだけなら綿貫さんと沙耶は互角だから。負けたのは私と王さんの差って事でしょ?」
静香「何言うてんねんって。二人の試合なんやから、二人のせいやんか。そんな一人で背負わんと……」
空の肩を叩く静香。その手を払いのける空。
空「ごめん、一人にさせて」
歩き去る空。
静香「空……」
○脇谷家・外観(夜)
○同・空の部屋(夜)
ベッドに寝転がる空。
○(フラッシュ)中学校・教室・前
開いたドアから中を覗き込む空。
鷲尾「まぁ、アイツらから卓球取ったら何も残らねえけどな」
○脇谷家・空の部屋(夜)
ベッドに寝転がる空。
空「私は卓球だけの人間なんかじゃない。卓球すら出来ない人間なんだ」
○西南高校・外観
○同・卓球場
翔子を中心に集まる静香ら卓球部員。空の姿はない。
翔子「来たるインターハイ予選、団体戦のメンバーを発表します。まずは私、和田翔子。続いて二年、輪島桜」
桜「はい」
翔子「それから一年、綿貫静香」
静香「はい」
翔子「最後に同じく一年、脇谷空」
しばしの沈黙。
翔子「……はいない、か」
桜「さすが全中ベスト4。負け慣れてないからショックだったんだね」
静香「そんな事ないです。明日にはケロッと部活出てきますから。……多分」
翔子「多分、ねぇ。だといいんだけど」
静香「大丈夫ですよ。信じて待ちましょ」
○脇谷家・外観(夜)
インターホンの鳴る音。
○同・玄関(夜)
小走りでやってくる園子。
園子「はいは〜い」
ドアを開ける園子。立っている静香。
静香「こんばんは」
○同・リビング(夜)
向かい合って座る静香と園子。
園子「そう、あの子のダブルスのパートナーさんなの。大変でしょ? あの子、あんな性格だから」
静香「いや〜、ま〜、そうですね〜」
園子「あらやだ、静香ちゃんって面白い子なのね」
笑う二人。
静香「(笑いを止めて)で、空は?」
園子「ごめんなさいね。声かけたんだけど、部屋から出てこなくて」
静香「そうですか……」
園子「前にも一度、こういう事はあったんだけどね」
静香「それはいつなんですか?」
園子「去年の秋頃かしらね。全国大会終わってすぐよ」
静香「え、何で……?」
園子「私は卓球の事はよくわからないけど、空は多分、そこまで上手い子じゃないと思うのよ」
静香「そんな事ないですよ。何と言っても全中ベスト4やし」
園子「でも、全国で4番目に卓球が上手い子ではないでしょ?」
静香「それは、まぁ、そうですね」
園子「あの子は昔から、自分に自信を持てない子でね」
○同・空の部屋(夜)
膝を抱えて座る空
園子の声「否定されるのが恐くて、自分の意見を言えなくて、我を通せなくて」
○(フラッシュ)同・同
膝を抱えて座る空。中学の制服を着ている。
園子の声「だから、とりあえず誰かの意見に賛同して、上手い事周りに合わせてきたような子なのよね」
○同・同(夜)
膝を抱えて座る空。
園子の声「卓球もきっとそう。相手に合わせるのが上手かっただけ」
近くに落ちていたラケットを手に取りラバーをはがそうとする空。
園子の声「その合わせた相手が、卓球の上手い子だっただけ」
結局ラバーははがせず。行き場の無い憤りをぶつけるように床を叩く空。
園子の声「だから、自分の実力以上の結果を残しちゃった」
その勢いで机の上に置いてあった卓球のボールが床に落ちる。空の足下まで転がって行くボール。それを拾う空。
園子の声「そのプレッシャーに押しつぶされそうなのよ、きっと」
立ち上がる空。
園子の声「あの頃も、今も」
○同・リビング(夜)
向かい合って座る静香と園子。
園子「だから、もしかしたらあの子、このまま卓球辞めちゃうかもしれないけど、その時は……」
静香「それはいらん心配ですよ」
園子「え?」
静香「じゃあ、ウチ帰ります」
立ち上がる静香。
園子「空に会わなくていいの? もう一回呼んでみようか?」
静香「ええんです。空ならきっと大丈夫やと思うし、それに……」
園子「それに?」
静香「なんやかんや言うて、空、卓球好きやから」
○同・玄関(夜)
帰ろうとする静香と見送る園子。
静香「一つ、伝言お願いしていいですか?」
園子「どうぞ」
静香「ウチは信じとるって。ウチは、ウチが今まで自分の目で見てきた空の事を信じて待っとるって」
園子「伝えるのは構わないけど、部屋の外からでもいいし、電話とかメールでもいいから、自分で直接言った方がいいんじゃないかしら?」
静香「もちろん、自分の口で直接伝えますけど、念のため、お母さんからも言っておいて下さい。聞いてなかった事にされても嫌やし」
園子「わかったわ。じゃあ、また来てね」
静香「お邪魔しました」
出て行く静香。
二人から見えない所で立ち聞きしている空。その場を立ち去る。
○同・空の部屋(夜)
膝を抱えて座る空。
○(フラッシュ)本屋
並んで立ち読みする空と静香。
静香「自分以上に信じられるものなんてあらへんやん?」
○(フラッシュ)試合会場
ウォーミングアップする空と沙耶。
沙耶「自分の事は? 信じてないの?」
○(フラッシュ)白銀学院・体育館・競技場
ベンチに並んで座る空と翔子。
翔子「信頼する事と、依存する事は違うと思うけど」
○(フラッシュ)脇谷家・リビング(夜)
向かい合う静香と園子。
静香「ウチは信じとるって」
○脇谷家・空の部屋(夜)
膝を抱えて座る空。
静香の声「ウチは、ウチが今まで自分の目で見てきた空の事を信じて待っとるって」
立ち上がり、押し入れを開ける空。
○同・玄関(夜)
出て行こうとする空。そこにやってくる園子。
園子「どうしたの、空。こんな時間に」
空「……忘れ物」
園子「ふ〜ん、そう」
空「……お母さんさ、何か私に言わなきゃいけない事ってない?」
園子「え? さぁ?」
空「……そっか。行ってきます」
園子「行ってらっしゃい」
出て行く空。
園子「……そういえば、何か伝言があったような……」
○西南高校・外観(夜)
○同・卓球場(夜)
一人で練習している空。そこにやってくる静香。
静香「何やねん、こんな時間に」
空「ごめん、急に呼び出して」
静香「謝るんやったら呼ばんといて。呼ぶんやったら謝らんといて」
空「……ありがとう、来てくれて」
静香「……で、何の用や?」
空「卓球しよう」
× × ×
簡単なラリーをする空と静香。
空「ねぇ、私の事信じてる?」
静香「当たり前やん。空は? ウチの事信じてくれとるん?」
空「信じてるよ、誰よりも」
静香「それはおかしない? だって……」
空「『自分以上に信じられるものなんてないから』でしょ?」
静香「何や、わかっとるやん」
空「それでも、私は相手を、綿貫さんを誰よりも信じたい。それは変わらないから」
静香「でもそれやと矛盾せえへん?」
空「大丈夫。そのために必要な事は、もうわかってるから。見守っててよ。私の事、信じてくれてるんでしょ?」
静香「まぁ、ええけど。何かズルない?」
空「気のせいじゃない? それよりさ、そろそろゲーム始めようよ」
静香「せやな。ほな、サーブはじゃんけんで決めよか」
じゃんけんする二人。勝つ空。
空「よし、勝てた」
静香「? どないしたん?」
空「何でもない。じゃあ、行くよ」
空のサーブで試合が始まる。
○通学路(朝)
登校する生徒達。一人で歩く鷲尾。その前方に立っている空。
空「おはよう、鷲尾君」
鷲尾「おう、脇谷。何してんの? 学校行かねぇの?」
空「今日は大会だから」
鷲尾「そっか、頑張れよ」
空「うん、ありがとう」
○市民体育館・外観
「総体予選」と書かれた看板。
○同・待機場所
静香達部員が待っている。そこにやってくる空。
空「すみません、遅くなりました」
静香「遅いで、空。……あれ? 何やえらいスッキリした顔しとるやん」
空「うん……まぁね」
静香「さてはトイレでぎょうさん出たな」
空「そんなんじゃないけど……そんな話してたら、トイレ行きたくなっちゃった」
その場を離れる空。
静香「待ってや。ウチも行く」
× × ×
ストレッチをしている沙耶と秀英。
秀英「初戦の相手って、この前練習試合やった所カ?」
沙耶「そうですよ。西南高校」
秀英「相手にならないナ」
沙耶「油断は禁物ですよ、先輩。きっとあの時は本調子じゃなかったんですよ。特に空は、本来あんなもんじゃないですから」
秀英「随分評価してるんだナ」
沙耶「そりゃ。元相方ですから」
二人から見えない場所で立ち聞きする空と静香。
静香「って言うとるで」
空「だね」
静香「ひょっとして、プレッシャー感じてもうてる?」
空「別に」
○同・試合会場
多数の卓球台が並んでいる(練習試合時の比ではない数)。
西南高校と白銀学院が対戦する事がわかるトーナメント表。
× × ×
西南高校と白銀学院の団体戦が行われている。スコアには既に静香が2—3で負けた旨が記載されている。
台では翔子と秀英のシングルスの試合が行われている。ベンチから声援を送る空、静香、桜。
秀英のスマッシュが決まる。肩を落とし、ベンチに戻る翔子。
翔子「ごめん、手も足も出なかった」
静香「まぁ、あの人バケモンやし」
桜「あと一つ負けたら、終わりか」
翔子「頼んだよ、ダブルス」
静香「任せて下さい。この前のリベンジせなあかんしな、空」
相手ベンチの沙耶を見ている空。
空「(小声で)もう少し後でやりたかったんだけどな」
静香「お〜い、空。聞いとるか〜?」
空「あ、ごめん。大丈夫だから」
× × ×
ダブルスの試合形式で向かい合う空、静香と沙耶、秀英。
静香「空、来るで」
空「うん」
沙耶のサーブで試合が始まる。そのサーブをいきなり強打する空。意表をつかれたのか反応できない秀英。
驚く沙耶。すぐに笑みが浮かぶ。
静香「奇襲成功やな。あっち驚いとるで」
空「まだまだ、これからだけどね」
沙耶のサーブで試合再開。
空M「私は今までずっと、相手を信頼しているつもりで、実は依存していただけだった」
○(フラッシュ)某試合会場
ウォーミングアップをする空と沙耶。
空M「沙耶にも」
○(フラッシュ)本屋・中
並んで立ち読みをする空と静香。
空M「静香にも」
○市民体育館・試合会場
ダブルスの試合中の空、静香と沙耶、秀英。現在第二セット、1—0で空達がリードしている事がわかるスコアボード。
空、静香ペアが優勢に試合を進めている。
空M「自分を五〇しか信じられない人間が、他の誰かを一〇〇信じられる訳が無い」
○(フラッシュ)白銀学院・体育館・競技場
ベンチに並んで座る空と翔子。
空M「それは依存だ」
○市民体育館・試合会場
ダブルスの試合中の空、静香と沙耶、秀英。現在第三セット、2—0で空達がリードしている事がわかるスコアボード。
沙耶、秀英ペアが優勢に試合を進めている。
空M「誰かを一〇〇信じたければ、まず自分を一〇〇信じられるようにならなければならない」
○西南高校・卓球場
空が静香に「二二対二〇」で勝利した事がわかるスコアボード。
空M「自分の今を信じて」
○脇谷家・空の部屋
部屋に飾られた盾や賞状、写真立て。
空M「自分の過去を信じて」
○(回想)通学路(朝)
向かい合って立つ空と鷲尾。
空M「そして……」
鷲尾「そっか、頑張れよ」
空「うん、ありがとう」
しばしの沈黙。
鷲尾「……まだ何か用?」
空「あぁ、うん……」
鷲尾「……それにしても、あれだな。うちの卓球部って強いの? 綿貫とか見ててもあんまり『卓球一筋』って雰囲気じゃないよな」
空「そこそこ強いと思うよ。……女は捨ててないけど」
鷲尾「え? あぁ……」
ばつの悪そうな表情の鷲尾。
空「確かに、鷲尾君から見たら、私なんて卓球取ったら何も残らない人に見えるかもしれない。でも、私が何で全国ベスト4まで行けたかって考えると、沙耶とペアを組めたからなの。高校入って、私がもう一度卓球をやろうと思えたのは、静香と出会えたからなの。誰かに頼ってるだけに見えるかもしれないけど、こういう出会いをたぐり寄せたのは私だから。運を引き寄せたのは私だから。それも含めて私の力なんだとしたら、私から卓球を取っても、必ず残るものはあるから。だから……」
鷲尾を睨む空。
空「だから、バカにすんじゃねぇ!」
鷲尾の元から走り去って行く空。
鷲尾「……なんだよ。ったく」
× × ×
鷲尾が見えなくなる場所まで走ってきてようやく立ち止まる空。
空「大丈夫、きっともっといい人と出会えるから。私ならきっと、巡り会えるから。そんな運を、私は持ってるから……」
涙を拭う空。
空M「自分の未来を」
○市民体育館・試合会場
ダブルスの試合中の空、静香と沙耶、秀英。現在第四セット、2—1で空達がリードしている事がわかるスコアボード。
空M「信じて」
空のスマッシュが決まる。
ベンチで祈るように手を合わせている翔子と桜。
翔子「あと一ポイントで、勝てる……」
互いの目を見つめ頷き合う空と静香。
静香のサーブで試合が再開し、ラリーが続く。
空M「誰よりも、自分を信じる」
強打を打つ空。
空M「そうしたら今度は」
かろうじて拾う沙耶。
空M「誰よりも、相手を信じられる」
空「静香!」
静香「おう!」
スマッシュを打つ静香。決まる。
空&静香「しゃあ!」
ハイタッチする空と静香。盛り上がる西南ベンチ。
× × ×
ベンチで休む空と静香。
静香「やったな、空」
空「うん」
静香「ウチの事、信じてくれてありがとう」
空「こちらこそ」
小さくハイタッチする空と静香。そこにやってくる翔子。
翔子「休んでる所を悪いんだけど、そろそろ出番だよ、空」
空「あ、そっか。次は私のシングルスだ」
翔子「頼んだよ、空」
空「はい」
翔子とハイタッチする空。
桜「私まで回せよ、空」
空「わかりました」
桜とハイタッチする空。
静香「信じとるで、空」
空「待っててよ、静香」
静香とハイタッチする空。
コートに立つ空。相手は沙耶。目と目が合い、笑みを浮かべる空と沙耶。
空のサーブで試合が始まる。ラリーの末、空のスマッシュが決まる。
空「しゃあ!」
(完)
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