・修理室(夜)
央 「それでー、次に触れたらそのままポロっといっちゃったんだよね。これってもう駄目なのかなぁ?」
浪木 「駄目ってことは無いけどね、君のここ。錆びやすいから新型のに変えた方がいいと思うよ」
十七歳くらいの央《おう》が椅子に座っている
その前に座って央の指に触れている二十代の浪木《なみき》
央 「そっかー。でも新型ってお高いんでしょ? 僕のご主人びんぼっちだから無理だと思うの」
ポリポリ頭を掻く央
浪木 「うーん。今回はきつーくしとくけど、まぁそのうちまた取れると思うよ。新型にどうしても変えられないっていうなら、その指舐める癖どうにかしてもらわないと……」
浪木、困りながらも指を修理する
央 「えぇ~。そんなの無理! 無理無理! やだ!」
浪木 「そんなこと言ったって……」
央 「なんとかなんないのー? 浪木せんせー…」
央、甘えた仕草で浪木に小首をかしげて見せる
浪木 「そんな顔したって駄目だよ。そういうことはご主人にしなさい」
呆れた顔をする浪木
央 「っちぇー……。まぁでもこれも僕らの未来のためだよね。何とか貯金するかなー」
浪木 「ある程度お金が貯まったらまたおいで。なんとか安くしてもらえるところ探してあげるから」
浪木、央の指を何度か曲げると微笑む
央 「わ~い! だから浪木先生好きだよ♡」
央、浪木の頬にキスをする
浪木 「その代わりそれまではあんまり酷使しないでね」
央 「は~い! じゃあね。ありがとっ」
央、言うと手を振って部屋を出て行く
浪木M「世の中にアンドロイドが普及し始めてどのくらい経っただろうか。少なくとも僕が生まれた時にはもう世話係のアンドロイドが家にいた。そして僕は今、ここでアンドロイドの整備士をしている。言わばアンドロイドの医者みたいなものだ」
***
・修理室(夜)
浪木、伸びをすると時計を見る
浪木M「もうこんな時間か。じゃあ央くんで最後だな」
立ち上がろうとする浪木
そこへ受付の女性が顔を出す
受付 「浪木先生」
浪木 「もう終わりでしょ。あと僕がしておくから……」
受付 「すみません。最後に飛び込みなんですけど……」
浪木 「え?」
***
・修理室(夜)
口を押さえている二十歳の彗《すい》、浪木の前に座っている
浪木 「どうしたんだ? その口……」
手を離すと口の端が剥がれかけている
彗 「転んで引っ掛けてしまいました……」
彗、少し申し訳なさそうに笑う
浪木 「そうか……」
浪木M「これほど酷い傷は初めて見た。まだこの仕事を初めて三年だけどこんな傷は……」
浪木 「まるで殴られたようだな……」
浪木、修理をしながら呟く
彗 「そうですか?」
微笑む彗
浪木 「痛点切ってる?」
彗 「はい」
浪木 「じゃあちょっと失礼するよ」
浪木、言うと剥がれた皮膚を修正していく
浪木M「薄い茶色の髪が目元をちらつく。瞳は濃い緑色で、よく手入れのされた肌。微笑む表情に僕は少し驚いた」
浪木 「二世代前のモデルだよね?」
彗 「えぇ」
浪木 「あの型はよく出来た型だってのは知ってたけど、これほど綺麗なのは見たことないよ」
彗 「ありがとうございます」
浪木M「これほど柔らかい表情が出来るのか……。いや、もう今では見た目なんかで人間との区別はつかないようにまで進化しているアンドロイドだ。それでも何かが今までと違う気がする。何が違うんだ……?」
浪木 「よく手入れも出来てる。君はご主人に愛されているんだね」
修正し終えた浪木、工具を置く
彗 「はい。とても良くしてくださいます」
微笑む彗
浪木 「もう大丈夫だよ。痛点入れてみて、何か問題はない?」
彗 「…………。はい。大丈夫です」
***
・食堂
フラン「なっみきちゃん!」
一人で食事をしている浪木
そこへ白衣を羽織った二十代くらいのフランが来る
浪木 「あぁ、フラン。こんにちは」
フラン「ここいい?」
浪木 「うん」
フラン、笑うと浪木の前に座る
フラン「さっきロビーで油差してただろ」
浪木 「あぁ、なんか背骨がギシギシいうっていうから」
フラン「あそこのずっとだろ。いい加減新型に変えろっての。あの型廃盤だしもう交換も出来ないんだからさぁ」
浪木 「うん、まぁいろいろ事情があるんでしょ。それより聞いたよ。悠里《ゆうり》の許可おりたって?」
フラン「そうなの! もうやっぱ持つべきものは友達だよなぁ!」
浪木 「そうだね」
浪木、食事を続けている
フラン「で? あとは浪木ちゃんだけなんだけど」
浪木 「……」
フラン「まーだ駄目? 俺ほんとにお前の能力欲しいと思ってんだよ?」
浪木 「フランのやり方には賛成するよ。でも何度も言うようにやっぱり僕はどこかに所属するとかまだ考えられないんだ」
フラン「うん。でも俺も諦めないよ。やっぱお前にしか出来ないと思うから」
フラン、真剣に浪木を見る
浪木 「嬉しいけどね。ありがとう」
フラン「はぁ。まぁまだ先のことだからさぁ。時間かけるしかないかー」
フラン、フォークの頭でこめかみを掻く
浪木 「はははっ。あ、そうだ」
フラン「ん?」
浪木 「この間凄く綺麗な子が来たんだ。二世代前のモデルなのに全然古さを感じなくて。あんな綺麗なの見たことないと思っててさー」
浪木、どこか遠くを見る
フラン「なんだ、恋でもしたのか~?」
からかう様に浪木を見るフラン
浪木 「何言ってるの。アンドロイドだよ?」
浪木、笑う
フラン「お前ってホント若いのに考え方が古いというか……」
呆れるフラン
***
・街
食堂前でフランと手を振って別れる浪木
一人歩いていく
浪木M「確かにフランの言うとおり僕は少し考えが古いと思う。今の世の中、アンドロイド相手に恋をするなんて普通のことで、もちろん僕もそれがおかしいとは思わない。それほどの魅力を彼らは持っているからだ。だけど僕は絶対に彼らを愛することはしない。それは嫌いだとか、認めていないとかではなく。ただどこかに怖いと思う感情を持っているからだ」
***
・受付
浪木、中に入ってくる
浪木 「戻りましたー」
受付 「あ、早速なんですがお一人中でお待ちです。大丈夫ですか?」
浪木 「うん。分かった」
***
・修理室
浪木、入ってくると椅子に座っている彗を見て驚く
浪木M「また会いたいとは思っていたけど、こんなに早く会えるとは思っていなかった」
浪木 「こんにちは。今日はまたどうし……」
言いながら彗の前に回って椅子に座ると彗の目を見て驚く浪木
彗 「すみません何度も……。頭をぶつけてしまって……」
彗、左目の瞳の色が黒く変色している
浪木 「見せて」
浪木、彗の瞼を上げてライトを当てる
浪木 「……」
彗 「駄目でしょうか……?」
浪木 「視界は?」
彗 「回路がショートしてしまったのかまったく……」
浪木 「頭をぶつけたんだよね? 眼球にはなにも?」
彗 「えぇ」
浪木 「そうか。じゃあ大丈夫。眼球が駄目になると色々と痛いからね」
笑う浪木
彗 「そうですね。よかった」
***
・修理室
彗、後ろを向いて座っている
その後ろで浪木、彗の開いた後頭部の中を修理している
浪木 「ご主人も驚いたんじゃないか?」
彗 「はい。申し訳ないです」
浪木 「君はしっかりしていそうなのに意外とドジなんだね」
彗 「ふふっ、そうかもしれません」
浪木 「君のご主人はどんな人?」
彗 「丸眼鏡の、とても優しい人です」
浪木 「そう。よ……っと……。一度お会いしてみたいよ。これほど整備がきちんとされているのも珍しい」
彗 「えぇ。機会があれば是非。ところで」
浪木 「ん?」
彗 「ここではアンドロイドは働いていないのですね。今時珍しいです」
浪木 「あぁ。どうも苦手でね……」
彗 「……アンドロイドはお嫌いですか?」
浪木 「え?」
浪木、一瞬手を止める
浪木 「違う違う! そうだったらこんな仕事はしていないよ!」
慌てる浪木
彗 「そうですか。では何故……?」
浪木 「今では君たちがいることが当たり前になってる。僕みたいに一人で暮らしている奴はいないかもしれないね」
彗 「はい……。聞いたことはありません」
浪木 「昔は僕の家にもお手伝いロボットがいたんだよ。エリスっていうとても優しいお手伝いさんだった。今の君たちからすると、とても役にも立たない様な古い型だったけどね」
***
・リビング(回想)
エリス「ぼっちゃま」
六歳の浪木が玩具をばらしている
エリスの声に振り向く浪木
浪木 「もう。エリスったらぼっちゃまだんて呼ぶのはやめてって何度も言ってるだろ?」
エリス「えぇ。でも私のプログラムにはそれしか組み込まれていません」
浪木 「融通が利かないんだから……」
エリス「ところで、そちらはこの間お父様に頂いたプレゼントではございませんか?」
浪木 「うんそうだよ」
エリス「もう壊れたので?」
浪木 「ううん。まだまだ動くよ」
エリス「ではどうしてばらしてしまっているのですか?」
浪木 「構造が気になったから」
エリス「はぁ……」
エリス、ため息を吐く
浪木 「あ! お前ロボットのくせにため息なんか吐きやがって!」
エリス「これは呆れた時に出るものでございます。そうプログラムされ……」
浪木 「あ~~っ! もう! プログラムはいいよ!」
エリス「しかし、お父様はぼっちゃまに遊んでもらう目的でプレゼントされたのではございませんか?」
浪木 「……。いいだろー別に。コレが僕の遊び方なの!」
エリス「まったく……」
エリス、額を押さえて首を振る
浪木 「なんだよその反応っ!!」
エリス「これは心底呆れた時に出るもので、そうプログラ……」
浪木 「もういいっ!!」
***
・修理室
彗 「ふふふっ」
浪木 「僕の遊び相手はいつだってエリスだった。ポンコツでも楽しかったよ。でもあの時はアンドロイド技術が発展しだした頃でね。次々に新しい型番が開発されていた」
彗 「……では」
浪木 「うん。新しい型が出れば古いものは廃盤にされる。壊れてしまえばそれで終わりだっていうことが多かった」
彗 「エリスさんも……」
浪木 「あぁ……。それでも僕は拙い技術ながらにあいつの修理をずっとしていたんだ。だけどやっぱり限界があった」
***
・リビング(夜)(回想)
浪木 「そんなのやだよ!!」
浪木、叫ぶ
リビングにはエリス、父親、母親がいる
父親 「仕方ないんだ。お前も分かっているだろう?」
浪木 「でも! エリスはまだ全然使えるじゃないか! 永久睡眠なんてまだ早いよ!」
父親 「エリスはもう十分私たちのために働いてくれたんだ。な?」
浪木 「そんな……。おい! エリス! 黙ってないで何とか言えよ! まだ大丈夫だって!」
エリス「……ぼ、っちゃ……ま……」
ノイズ交じりで話すエリス
エリス「私はどうやら……ザザ……限界のようです……」
浪木 「エリス……」
エリス「今まで……ザ……ありがとう……ございました……」
浪木 「そんな言葉いらないよ!」
エリス「凄く……楽しかった……」
エリス、浪木の頬を伝う涙を拭うと微笑む
浪木 「っ……やだよ……なんで笑っていられるんだ……っ……」
エリス「これは……ザザッ……誰かを……愛しく思う時に……出るものです……」
浪木 「エリス……」
浪木、エリスを見上げる
エリス「そう……プログラム……されています……」
浪木 「エリス!」
浪木、エリスに抱きつく
エリス「私は……幸せ……」
***
・リビング(夜)(回想)
エリス、椅子に座っている
エリス「ぼっちゃ……ま……」
浪木 「……なんだ?」
エリス「ありがとう……ござい……まし……た……」
エリス、微笑んで目を閉じると短く電子音が鳴りそのまま動かなくなる
浪木 「エリス!!」
浪木、エリスの膝に縋りつき泣く
***
・修理室
浪木 「あの時以来、僕はアンドロイドと一緒に住みたいと思わなくなった。寿命があるのは人間と同じだ。だけど、決定的に違うのは替えがきくということ。その後すぐに父さんは僕に新型のアンドロイドを連れてきてくれた。だけど嬉しいとも思わなかった。いや、悲しかった」
彗 「……」
浪木 「幼いながらにも、疑問を感じたんだよ。どんどん進化していく君たちは、進化する毎に人に近づいていく」
浪木、彗の後頭部を閉じると前を向かせる
浪木 「だけどどんなに進化しても、人にはどうしてもなれない。そしてその進化の目的は人間の為でしかないんだ。ほら、犬を飼って死んでしまった後、寂しくて次の犬を飼ったりするだろ? それと同じ様な気がするんだよ。見た目はどう見ても人間なのにね」
彗 「……しかし、それが私たちの役目です」
彗、浪木を見つめる
左目がだんだんと色を取り戻していく
彗 「あなた達がいなければ私たちアンドロイドは生まれませんでした」
浪木 「……そうだよな」
浪木、微笑む
浪木 「僕は君たちが愛しいよ」
彗 「え……?」
浪木 「進化してきた中で、変わらないことがある」
彗 「?」
浪木 「その純粋な心だよ。まるでおとぎ話のようなね」
浪木、ふっと笑う
浪木 「さて。視界もはっきりしてきただろう?」
彗 「はい……。とてもよく見えます」
彗、少し目線を下げている
浪木 「本当に綺麗だね」
浪木、カルテを書きながら話す
彗 「?」
浪木 「君の瞳。もう傷つけたりしちゃ駄目だよ?」
彗 「はい……」
***
・修理室(夜)
カルテを書いている浪木
浪木M「どうせならばアンドロイドに生まれたかったと思ったことがある。人が嫌いなわけじゃない。一度彼らの気持ちを確かめてみたかった。彼らがどう思って人を見ているのか。どんな気持ちで生きているのか」
ペンを持ったまま伸びをする浪木
浪木M「馬鹿みたいに過去の話なんてしてしまったのは、やっぱり彼に今までと違うものを感じたからなのか。もっと話がしたいと、何故か思って。だけど患者として来る彼とはそうそう会えないと諦めていた。しかし数日後、彼はまた僕の前に現れた。小さな螺子を一つ握って」
***
・修理室
浪木 「この螺子だけ?」
不思議そうに彗を見る浪木
浪木の前の椅子に座ってコクンと頷く彗
彗 「はい。取れてしまったんです」
浪木 「そう……」
肩口の螺子を締める浪木
浪木M「こんな螺子一つ、自分で締めれられるだろう。それなのに彼は僕の前に現れた。そしてこんなことが三日置きに続いていった。時には膝をすりむいて、時には小指の爪が割れたと言った」
***
・修理室
浪木 「こんにちは。今日はどんな擦り傷ですか?」
微笑んで彗の前に座る浪木
しかし彗は申し訳なさそうに浪木を見る
浪木 「? どうしたの。今日はどこも悪くなさそうだけど……」
彗 「これです……」
彗、口を開けると下、左の犬歯が折れている
浪木 「わっ! 今日は大事じゃないか! どうしたんだ?」
浪木、折れたところを覗くと時折小さな火花が飛ぶのを確認する
彗 「転んでしまいました……」
浪木 「転んだ? 本当にドジなんだね」
笑う浪木
彗 「……すみません」
浪木 「心配しないで。痛くなかった?」
彗 「はい。慣れているので」
浪木 「慣れてる? 駄目だよ。こんなことに慣れちゃ」
彗 「……はい」
浪木 「ショートしないでよかったね……」
修理し始める浪木
***
・食堂
大勢の人が溢れる中にフランを見つけると前の席に座る浪木
浪木 「こんにちは」
フラン「ん? あ! 浪木ちゃん。どうよ? その後の通い妻は」
からかう様に笑うフラン
浪木 「なんだよそれ」
笑いながら呆れる浪木
フラン「ハハハッ! でも話聞いてると俺もちょっと会ってみたいと思うんだよね」
浪木 「どうして?」
フラン「珍しいじゃん」
フラン、スパゲッティを口に運びながら話す
フラン「絶対忠実の浮気を一切しないアンドロイドが他の人間に惹かれているかもしれないっていうね」
浪木 「惹かれてるって……ただの友達感覚だろう?」
フラン「いんや。まぁこれは俺の希望っていうのが大半だけどさ。アンドロイドが特別な自我を持ち始めている。これって俺達開発研究してる奴らにとっては喜ばしいことだけど、利用する側の人間からしちゃあとんでもない出来事だよ。でもプログラムを超えた恋っていうの? 俺は凄くいいと思うけどね」
浪木 「馬鹿言わないでくれよ。そんなことが起きたら世の中大変なことになる……」
フラン「いいじゃん。いざとなったらアンドロイドと駆け落ちっていうのも」
浪木 「君の頭は本当に夢で溢れているね……」
フラン「そうじゃなきゃこんなことやってられませんって。んでも、二世代前の濃い緑の瞳。どっかで聞いたことあるような……」
浪木 「?」
***
・街
一人、人ごみの中を歩いている浪木
浪木M「初めの目的は何だったのだろうと思う。人間を作り出すためではなかった。そんなことできるはずもなかったんだ。絶対忠実、裏切ることを知らない下僕《しもべ》が欲しかったのか。それとも誰かに傍に居て欲しかったのか。だけどそれを人間に近づけすぎた気がする。何が怖いのか分からない。ただ、あんなに綺麗なものが、使い捨てにされるのが悲しかった。人が死ぬよりも、何か理不尽なものを感じたから。自然では無いものが、こんなにも自分たちに近づいてはいけなかった気がするんだ」
修理屋に近づいてくる
前に彗が立っているのを見つける
浪木M「否定してるわけじゃない。僕は人よりも彼らが好きだから」
彗、浪木に気がつく
浪木M「だからこそ、怖くて仕方が無かった」
***
・街
浪木 「いいのか?こんなところ出歩いてても」
浪木と彗、並んで歩いている
彗 「……少し我侭を言ってしまいました」
浪木 「我侭?」
浪木、驚いて彗を見る
彗 「もうあなたに会えないと思うので」
悲しげにしている彗
浪木 「……どこか遠くへ行くのか?」
彗 「どうでしょう。分かりません」
浪木 「? どういう……」
彗 「先生みたいな人に出会ったのは初めてです」
浪木 「はははっ、そう?」
彗 「ふふ、私たちのことを本当に良く思っていらっしゃるでしょう? あんな風に思われているんだって知って、私は幸せに思いました」
浪木 「幸せ?」
微笑む彗
彗 「はい。あなたが私たちと一緒に暮らしたくないのは、私たちを愛してくれてるからだと感じました。そんな風に思ってくれている人がこの世界にいるんだと知れただけで私は幸せです」
浪木 「……」
楽しそうにしている彗を見る浪木
浪木M「不思議な感覚に包まれる。違和感を感じずにはいられなかった。どうしてこんなことを話しているんだろう」
彗 「あなたの締めてくれた螺子一つ一つが驚くほど暖かいんです。こんな感覚初めてで……」
浪木 「君は幸せじゃないのか?」
浪木M「思わず口をついて出た言葉だった」
彗 「え?」
驚く彗
浪木 「あ、ごめん。ただどうしてかそういう風に聞こえてしまって……」
彗から目線を外す浪木
彗 「いいえ。私は幸せですよ」
浪木M「絶対忠実のアンドロイドは、嘘をつけないようにプログラムされている」
浪木 「そう、だよな……。すまない、おかしなこと言ってしまって」
彗 「いえ」
微笑む彗
浪木M「彼らの発する言葉には嘘は無い。すべてが真実だ」
浪木 「……」
彗 「幸せです」
浪木M「だから僕は怖かった」
パッと浪木を見る彗
彗 「先生、ワルツはお好きですか?」
浪木 「え?」
驚く浪木
彗 「朝はワルツで目が覚めるんです」
楽しそうに話す彗
浪木 「ワルツで?」
彗 「えぇ。朝の日差しが差し込む中、静かに聞こえてくるワルツで目が覚めるんです。真っ白な壁紙に日差しが反射して部屋全体が明るくなって、そして朝の挨拶を交わすんです」
彗、遠くの空を見上げながら話している
浪木 「いい朝だね。羨ましいな」
彗 「凄く幸せなんですよ」
笑っている彗
その姿を見て目線を下げる浪木
浪木M「隣を歩く姿は、どうしても人にしか見えず、そして彼は心底美しかった。人を超えた存在に見えた。輝くその目は本当に幸せそうに見えた。そしてその姿に僕は嫉妬心を抱いた」
浪木 「……」
浪木、地面を見て歩く
彗、突然歩みを止める
彗 「あなたに出会えてよかった」
浪木 「え?」
浪木、彗を見て止まる
彗 「先生。あなたの傍にアンドロイドを迎えたときには何も恐れずにいてあげてください」
浪木 「……」
ただ彗を見つめる浪木
彗 「私たちはあなたの傍に居られるだけで幸せですから。真っ直ぐな心をただ正面から受け止めてあげてください。あなたが幸せでいられることを祈っています」
彗、浪木の手を取ると甲にキスをする
彗 「さようなら」
浪木 「……」
彗の後姿をただ呆然と見ている浪木
浪木M「ひき止めようと思えば簡単に出来た。だけど僕があの手を取ったとしても、それは絶対に叶わないものだった。彼は幸せだと言っていたから。あれほど大事にしている主人がいるのだから。彼に特別なものを感じたのは、一目見た時から惹かれていたからなんだろうか」
***
・食堂
一人、食事をしている浪木
浪木M「彼はあれ以来本当に現れなくなった。僕の気持ちに気づいたのだろうか。だから彼は僕から離れていったのか」
フラン「浪木ちゃん。ここいい?」
フラン、いつもとは違い静かに言う
浪木 「あ、あぁ。どうぞ」
フラン「ふー……」
フラン、浪木の前に座ると頭を掻く
浪木 「どうしたんだ? 研究でも詰まった?」
フラン「いや。それはいつものことなんだけど」
浪木 「?」
フラン「浪木ちゃんの通い妻の正体をやっと思い出した」
浪木 「え?」
フラン「その辺の界隈では有名だったんだよ。二世代前の濃い緑の瞳。何しても壊れない虐待ロボ」
浪木 「……」
浪木、呆然とする
その姿を見てフラン、ため息をつく
フラン「ご主人っていうのがその辺のトップでさ。それがまた頭おかしい奴で、使い捨てすることはしないんだよ。アンドロイドが出来てからそういうことする奴はいくらでもいるって分かってた。だけど大体の奴は壊れたらそこで終わりだ。修理になんか出さない。だからお前はそういうこと知らないんだ」
浪木 「そんな……」
フラン「でもそいつは違う。ある程度は自分で修理させる。でも酷いとなれば修理屋に行かせる。それが何度と続けば整備士がおかしいと気が付くだろ? そうすると次の場所へ移動する。それを何度も繰り返してた。そしてお前の所へ来たってわけだ」
浪木 「でも……僕はそんなこと気づきも……」
フラン「そこんとこはどうだかわかんねぇけどさ。そういう奴がいるから俺は」
浪木 「待ってくれ! じゃああの言葉は嘘だっていうのか?!」
フラン「え?」
彗 『凄く幸せなんですよ』
浪木 「彼は幸せだって言ってたんだ。主人のことも良く言っていた。それが全部嘘だっていうのか? アンドロイドは嘘がつけないのに!」
フラン「……」
浪木 「それが幸せだったっていうのか……」
浪木、テーブルに肘を付いて頭を抱える
フラン「なぁ、浪木ちゃん。知ってるか?」
浪木 「え?」
フランを見る浪木
フラン「アンドロイドは嘘をつけない。だけど夢は見る」
浪木 「夢……?」
フラン「絶対忠実のアンドロイドは主人を悪く言うことも許されない。だけど嘘もつけない。だから夢を見る」
浪木 「……」
フラン「嘘はついてない。ただ夢を語っただけだろう」
浪木 「そんな……」
彗 『朝の日差しが差し込む中、静かに聞こえてくるワルツで目が覚めるんです。真っ白な壁紙に日差しが反射して部屋全体が明るくなって、そして朝の挨拶を交わすんです』
浪木 「あれは全部……彼の夢だったのか……」
フラン「浪木ちゃん。あんま自分を」
浪木、急に立ち上がる
フラン「浪木ちゃん?!」
浪木、走って出て行く
***
・街
雨が降っている
その中を走っている浪木
浪木M「あの時あの手を捕まえればよかった」
浪木、彗の後姿に似た人を捕まえるが違う
また走って行く
浪木M「絶対忠実で嘘がつけないアンドロイド」
探し回るがいない
浪木M「僕は怖かった」
息をついて立ち止まる浪木
街を見据えるが靄がかっていてよく見えない
浪木M「嘘つきよりも、嘘が上手い。だから本当の心が見えない。自分を犠牲にして、人間のために生きるアンドロイド。怖くて愛しくて、何よりも好きだった」
***
・路地
雨が降り続いている
暗い路地のごみの山に捨てられた彗の前に立ち尽くしている浪木
浪木M「君は最後まで人を信じていた。だから君はあんなにも特別に見えた」
涙を流す浪木
***
・ラボ
フラン「無理だ。マザーがいかれてるんじゃメモリーも全部消えてるよ」
ベッドに寝かされている彗
その傍に浪木とフランがいる
浪木 「その方がいい。辛い記憶は無い方がいいから」
フラン「でもそれじゃあ……」
浪木 「いいんだそれで」
***
・修理屋前
ドアにクローズドの札がかけられている
浪木M「幼い頃、目が覚めるといつも傍にはエリスがいた。そして笑って僕におはようと声をかけてくれた。その声は優しく、まだ少し機械の名残があって。だけどそれが何故だか安心できた」
***
・ラボ
一人で彗の修理をしている浪木
浪木M「エリスが限界だと言ったあの時、僕はどうしてもそれが信じられなかった。機械に限界などないと思っていた。だからあれは主人を困らせないために言った言葉だと思っていた。自由がないんだとその時分かったから。だから僕は絶対にアンドロイドとは暮らさないと決めた。だけど彼らのことを心から愛していた。無垢な心が悲しかったから」
額の汗を拭う浪木
***
・受付(夕方)
央 「せんせ~!」
ドアの向こうから声が聞こえる
ドアを開ける浪木
浪木 「央くん」
央 「よかった~! びっくりしたよー。お礼言いに来たら閉まってんだもんー」
浪木 「ごめんごめん。どうぞ。入って」
央 「おじゃましまーす」
***
・ラボ(夕方)
央 「彗くん……」
央、彗の姿を見て悲しげに頬を撫でる
浪木 「まさか君が知り合いだったなんてね」
央 「うん。彗くんね、随分長い間かけて作られた特例オーダーメイドだったから僕たちの中でも有名だったんだよね」
浪木 「特例?」
央 「そ。発注されてから一世代またいじゃったから僕もまだラボにいるとき一緒だったんだ。それほど長い間かけて作られたの。だけど注文貰ってからもうどうなるかは決まってたんだって聞いた。彗くんのマスター。凄い人だからね。誰も文句言えなかったの」
浪木 「そうか……」
央 「僕がラボを出てからも何度か会ったよ。そのたび思った。彗くんは会うたびに綺麗になっていくんだなって」
浪木 「え?」
央 「先生も思わなかった? 彗くん見て、何も感じなかった?」
浪木 「……確かに他とは違うとは思ったよ。こんな綺麗に整備されている子は珍しい」
央 「そう。でもそれって彗くんが一人でやってたんだよ。全部。それがどうしてか分かる?」
央、浪木を見つめる
浪木、首を振る
央 「あのね。僕たちのプログラムの中には殆ど人と同じ感情が埋め込まれているんだ」
浪木 「うん」
央 「その中でも順位が大きいのが絶対忠実」
浪木 「……」
央 「でもそれより強くランク付けされているものがある」
浪木 「?」
央 「裏切らないこと」
浪木 「……」
浪木、央を見る
央、少し微笑む
央 「それってね、強制的なものじゃないんだ。そのプログラムに逆らえないだなんて思ったこと無い。僕たちは切実にマスターに心を寄せる。嫌悪感なんて抱かない。それは何をされても」
浪木 「何を……されても……」
浪木、目線を下げる
央 「そう。でもね、僕らの感情の中には悲しいと思うこともあるんだ。人と同じようにね。だから彗くんは綺麗で有り続けようとした」
浪木 「っ……」
央 「いつか振り向いてもらえると思って……」
浪木 「そんな……」
浪木、悔しさに拳を握り締める
央 「僕も悔しかったよ。でも彗くんは何も言わなかった。いつも笑ってた」
浪木 「……」
央 「彗くんに先生を紹介したの、僕なんだよ?」
央、微笑んで浪木を見る
浪木 「え?」
央 「ふふ、それでその後話も聞いたの」
浪木 「話?」
央 「うん。楽しそうだった。先生の話してる彗くん。もっと話したいけど、怪我をしないと会えないから寂しいって言ってた」
彗 『取れてしまったんです』
浪木 「螺子……」
央 「螺子?」
浪木 「いや……なんでもない……」
浪木、彗を見る
浪木M「あんなことしなくても、会いに来てくれればよかったのに」
央 「ねぇ先生。僕たちは人に生まれたかったなんて思わないよ」
浪木 「……」
央 「それはね、アンドロイドに生まれたことを後悔なんかしないから」
浪木、彗の手をそっと握る
央 「僕たちはいつだって幸せだから」
浪木 「幸せ……か」
彗 『凄く幸せなんですよ』
浪木M「僕は何もわかっていなかった」
***
・寝室(夜)
ベッドに眠っている彗
傍に浪木がいる
浪木M「何も分からないままに彼らの傍に居続けていた。そしていつだって彼らは笑ってありがとうと言う。人口の半数を占める今、それでも人の為に生き続けることを幸せだと。僕は何もわかっていなかった」
彗の前髪を整えてやる浪木
浪木 「……」
そっと首に手を触れると襟足を押す
彗 「……」
彗、すうっと息を吸い込むと呼吸を始める
浪木 「……いい夢を」
微笑んで彗の頬に触れる浪木
浪木M「次に目が覚めるとき、君は僕のことを覚えていないだろう。だけどそれでいい。また一からやり直そう。そして君の夢を叶えてあげる。何も恐れずに、君を正面から受け止めるよ。そして目覚めの時はワルツと共に。僕は君におはようと……」
***
・リビング(朝)
チャイコフスキーの「花のワルツ」が聞こえてくる
白い部屋に朝の光が差し込む
ベッドに眠っている彗
彗 「……」
目を覚ます
彗 「……ワルツ……」
起き上がって辺りを見回す
すると扉が開き、浪木が入ってくる
浪木 「おはよう。いい朝だね」
微笑んでいる浪木
彗 「おはようございます。マスター」
彗の言葉に傍に行き彗を抱きしめる浪木
微笑む彗
浪木M「僕は君の為に生きてあげる。だからどうか泣かないで」
彗、浪木を抱きしめて泣いている
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