虹たちました【ラジオドラマ】 学園

女子高生仲良し4人組の1人が、突然高校をやめた。理由ははっきりしないが、やがて、それが援助交際にまつわるものであることが分かってくる。 退学した女子高生をダーティーヒーローとして、友人たちも同様に抱えている「さみしさ」を描く。
川村武郞 21 0 0 09/04
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第一稿

  〈登場人物〉

   藤野陽子
   榎本有希
   佐川真由子
   桜井絵美子
   男1・小谷裕生
   男2・野田泰正



1 バス停

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  〈登場人物〉

   藤野陽子
   榎本有希
   佐川真由子
   桜井絵美子
   男1・小谷裕生
   男2・野田泰正



1 バス停

SE 雨の音。自動車が通過する音。

有希「何してんの?」
絵美子「なんかしみてるみたい」
有希「え?」
絵美子「靴‥‥。水しみてんのちゃうかな」
有希「えー?」
絵美子「わあ、やっぱりしみてるー!」
有希「何それ? 安もんちゃうん?」
絵美子「ちゃうて。‥‥わー、うっとし。‥‥毎日降るし、乾かへんねん」
有希「あんた、靴、一足しか持ってへんの?」
絵美子「あるけど‥‥。これやないと嫌やねん」
有希「それでも、しみる? ふつう。‥‥やっぱり、安もんちゃうん?」
絵美子「ちゃうて! 二万五千円してん」
有希「あんた、靴に二万五千円も出すの?」
絵美子「そやから、毎日はいてんの」
有希「何それ。‥‥そういうの、おしゃれなんか、貧乏くさいんかわからへんな」
絵美子「ええやろ。‥‥わー、もう、帰ろかな」
有希「バッタもんちゃう?」
絵美子「え?」
有希「それ、バッタもんやで、きっと」
絵美子「そんなことないって」
有希「よう、あるらしいで。‥‥うちのお姉ちゃんも、ブランドもんのバッタもんつかまされてん」
絵美子「保証書ついてたもん」
有希「保証書かて、バッタもんの保証書ついてるらしいで」
絵美子「そんなん‥‥。やっぱり、帰ろかな」
有希「もうバス来るで」
絵美子「えー、そうかて、気持ちわるいし」
有希「しみんのが? バッタもんが?」
絵美子「‥‥どっちも」

SE 革靴で歩いてくる音。

男1「ええーっと。‥‥‥。まだ、来てへんの‥‥か‥‥な?」

  SE 自動車が走り抜けて行く音。

絵美子「先、行っといて。はきかえてくるわ」
有希「あかんて。遅刻防止週間やん」
絵美子「え?」
有希「今日から、校門に立ってるで」
絵美子「うわ、最悪」

  SE 小走りにやってくる革靴の音。

男2「あ、おはようございます」
男1「おはよう」
男2「まだ、行ってません?」
男1「四十三分?」
男2「ええ」
男1「まだ‥‥みたいやね」
男2「ああ、助かった」
男1「遅れてるみたいやね。もう時間、過ぎてるし」
男2「ちょっと、寝坊してしもて」
男1「‥‥俺も」
男2「‥‥ああ」
男1「このバス、遅れるし、いつも。‥‥もう来るんちゃうかな」

  SE パトカーが走って来て、通り過ぎ  て行く。

絵美子「朝から何やろ? 何か事件?」
有希「何やろな? 事故かな?」

  SE スニーカーが走ってくる音。

真由子「あれ、まだ来てへんの、四十三分?」
絵美子「おはよう」
有希「あんた、何してんの!」
真由子「わー、ラッキー!」
絵美子「寝坊したん?」
真由子「うん。起きたら三十分やってん。もう、びびったわー! ‥‥ああ、しんど」
有希「あほやな。今日から遅刻防止週間やで」
真由子「‥‥わかってるって。‥‥わかってるし、ダッシュしてきたんやん。‥‥ああ、死にそうや」

  SE パトカーと救急車が通り過ぎる。

有希「ほら、やっぱり事故やて」
男1「事故みたいやね」
男2「(時計を見て)‥‥ちょっと、遅ないですか?」

  間。(女子高生達が時計を見ている)

有希「もうすぐ八時やん!」
真由子「やばいんちゃう?」
絵美子「バス遅れてるんやし、しゃあないやん」
有希「証明書もらお。バスの運転手に言うたら、くれるやろ」
真由子「そんなん信じるかな?早めに出ろとか言うんちゃう?」

  SE 救急車がもう一台通過する。

男1「なんか、大きい事故みたいやな」
真由子「‥‥事故で遅れてるんやろか?」
絵美子「きっとそうやわ」
有希「事故で遅れてるんやったら、絶対証明書もらえるで」
真由子「それやったら、ついでに何時間も遅れたらええのに」
有希「あんた、むちゃくちゃ言うな」
男1「‥‥困ったなあ」
男2「え?
男1「朝イチに会社のパソコンでメール、チェックせんと。もう、会社、誰か来てるかな?」
男2「‥‥平田さんとか」
男1「えー、課長?」
男2「鮎川さん、課長苦手なんですか?」
男1「いや‥‥そういうことでもないけど」真由子「見に行こか?」
絵美子「え? 何?」
真由子「事故。あんまり遠くちゃうみたいやで」
有希「あんた何考えてんの?」
真由子「そやけど、どうせ遅刻やん」
絵美子「バス来るで」
真由子「来いひんて。さっきから、あっち側の車線、全然来てへんやん」
男2「電話しとかはったら?」
男1「まあ‥‥そうやけどな。オレ、課長の番号知らんしな」
男2「え? ‥‥あ、僕のスマホに入ってますよ」
男1「ああ。ほなら、ちょっと見せて」
男2「はい。‥‥え、そんなんメモとかせんでも、直接スマホでかけたら?」
男1「いや‥‥それやと、向こうにオレの番号知られてしまうしな‥‥。公衆電話でかけるわ」
男2「え‥‥そんなに課長嫌いなんですか?」
男1「いや‥‥オレ、プライベートと仕事は分けたいねん」
男2「ふーん。‥‥それやったら、非通知でかけはったら?」
男1「そんなん不自然やん」
男2「今時、公衆電話でかけるのも不自然ですよ」
男1「まあ、ええやん。携帯忘れたことにしたら」
男2「でも、公衆電話なんか、この頃ありませんよ」
男1「ああ、そやなあ」
男2「あ、確か、向こうのコンビニの所にありましたわ」
真由子「ほなら、ちょっと行ってくるわ。‥‥そや‥‥スマホで現場中継したげるわ」
有希「ほんま、好きやな」
真由子「ほな、ちょっとテスト」

  真由子、スマホから発信する。
  SE バッグの中で着信音がする。

絵美子「(バッグから取り出し)はい。もしもし絵美子です」
真由子「もしもし、ニュースレポーターの佐川真由子です。それでは現場まで行って来まーす」
有希「そんなん、声で直接聞こえてるやん」

  真由子、話しながら去る。

絵美子「‥‥もしもし、まだ見えてます。‥‥今、信号が青になりました。‥‥横断歩道を渡ってます。‥‥渡りました。‥‥あんまり走ったら、こけるで‥‥」
男1「‥‥ほなら、ちょっと、電話してくるわ」
男2「そしたら、ついでに、僕のことも言うといて下さいね」
男1「ああ」
絵美子「それで?‥‥うん‥‥うん‥‥全然走ってへんの? 一台も? ‥‥うん‥‥うん‥‥え? どうしたん? 何?‥‥そんなんいらんて、朝から。‥‥え?(有希に)イチゴレモン飲むかって?」
有希「何それ?」
絵美子「ジュース」
有希「ええわ」
絵美子「いらんて。‥‥うん‥‥あんた一人で飲んだらええやろ。今のどかわいてへんねん」
有希「バス来んの?」
絵美子「ああ、バス来そう? ‥‥え? あんた何しに行ってんの?‥‥うん‥‥もう、勝手にしたら。‥‥うん‥‥それじゃ、またね。」(スマホを切る)
有希「来るって?」
絵美子「ようわからんて」
有希「何してんの、あの子」
絵美子「イチゴレモン飲むねんて」
有希「何それ。‥‥ダッシュなんかするからや」
絵美子「公園の向こうの辺からは、車来てへんみたいやって」
有希「ふーん」
絵美子「大きい事故みたいやね」
有希「そやね。‥‥学校にも電話しといたら?
絵美子「えー、嫌や」
有希「なんで?」
絵美子「生徒が電話したら、すぐ生徒部につなぎよるやん」
有希「しゃあないやん」
絵美子「事故や言うても信じひんて」
有希「バス会社に聞いて下さい、って言うたら?」
絵美子「ほんなら、あんたして」
有希「えー」
絵美子「ほら」

  SE スニーカーで歩いて来る音。

絵美子「あ」

間。

陽子「おはよう」

間。

絵美子・有希「おはよう」
陽子「‥‥ひさしぶりやね」
絵美子「‥‥一瞬わからへんかったわ」
有希「‥‥けっこう似合てるやん。その制服」
絵美子「うん、似合てる」
陽子「そうかな。‥‥やっぱりダサいわ」
有希「意外と、そうでもないで」
陽子「そうかな」
絵美子「‥‥元気そうやね」
陽子「うん、まあ」
絵美子「‥‥慣れた?」
陽子「うん、‥‥ちょっとは。‥‥時間、大丈夫なん?」
有希「なんか事故あったみたいやねん。公園の向こうで。それで、四十三分のやつがまだ来てへんねん」
陽子「へえ」
絵美子「陽子は、大丈夫なん?」
陽子「わたし? ‥‥わたしは適当」
絵美子「え? 適当って?」
陽子「適当に遅れたり、休んだり‥‥」
絵美子「えー、そんなん、ええの?」
陽子「そういう子、けっこういるねん。そういう学校やし。‥‥でも、わりとちゃんと行ってるよ」
絵美子「ふーん」
陽子「みんな、元気?」
有希「ああ‥‥まあ、あんまり変わらへんわ。‥‥そや、亜由美、中間で赤点いっぱいとって、塾行かされてんねん」
陽子「亜由美が?」
有希「うん」
陽子「クラブどうすんの?」
有希「適当にサボってるみたいやで」
陽子「クラブ?」
有希「塾」
陽子「ハハ、そやろねー」
有希「それでも、レギュラーやばいんちゃうかって、けっこう‥‥」

  SE スマホの着信音。

有希「真由子や」
陽子「真由子?」
有希「現場中継してんねん」
陽子「え?」
絵美子「もしもし、あ、真由子? ‥‥え? ‥‥うん‥‥それで? ‥‥うん‥‥うん‥‥うわあ、えぐいなあ‥‥それで、バスどうなん? ‥‥‥うん‥‥‥うん‥‥‥へえ、どうしょうかなあ? あ、そや、陽子来てんねん。え? ‥‥うん、バス停。学校に行くみたい。‥‥うん‥‥みたいやね。話する?‥‥うん。真由子」(と、スマホを陽子にわたす)
陽子「もしもし‥‥うん、ひさしぶり。どこにいんの? ‥‥え? ‥‥そんなとこで何してんの? ‥‥うん‥‥うん、それは聞いた‥‥うん‥‥あいかわらずやねえ。え? ‥‥うん、まあまあって感じ。‥‥そう‥‥ううん、そんなことないよ‥‥‥ほんまやて。友達もいるし。‥‥うん‥‥大丈夫やって。‥‥うん、ありがとう。え? ‥‥それじゃ、代わるわ。代わってって」(スマホを絵美子に渡す)
絵美子「もしもし‥‥うん‥‥それやったら、しゃあないやん。帰って来いな。‥‥うん‥‥待っといたげるし‥‥うん‥‥じゃ、バイバイ」(と、スマホを切る)
有希「何やて?」
絵美子「なんか、トラック同士らしいわ。トラックが横からぶつかって、それで、一台こけて横倒しになってるねんて」
有希「へえ」
絵美子「それで、こけてる方のトラックが、道を完全にふさいでんねんて」
有希「へえ‥‥。死んだんかな、運転手?」
絵美子「さあ‥‥。でも、運転席がグチャグチャで、血がベターって流れてるらしいで」
有希「うわ、えぐー」
絵美子「えぐいやろ?」
有希「それで、バスは?」
絵美子「なんか、むちゃくちゃ渋滞してるって。全然動いてへんみたい」
有希「それやったら、もうバス永久に来いひんな‥‥。どうする?」
絵美子「今から真由子帰ってくんねん。それから相談しよって」
有希「ふーん。‥‥陽子はどうすんの?」
陽子「どうしよう? ‥‥休もかなあ‥‥」
絵美子「ええなあ‥‥。私らもサボろか? みんなで遊びに行かへん?」
有希「遅刻防止週間やで!」
絵美子「そんなん、もう完全に遅刻やん!」
有希「冗談やて。‥‥あかんねん、三時間目、英語のテストやねん」
絵美子「あ! そや、うちも四時間目や。‥‥靴だけでも替えに帰ろかな‥‥」
有希「バッタもんの靴?」
絵美子「うるさいな。ちゃうわ!」

  SE 革靴の音が近づいて来る。

男1「ちょっと時間ある?」
陽子「これから?」
男1「うん」
陽子「三十分ぐらいやったら‥‥」

2 閉店後のハンバーガーショップの店内。

小谷(男1)「三十分、か‥‥。そんなら、ここでえっか」
陽子「店、閉めんでええの?」
小谷「ええの。‥‥今日は俺が店長代理やから」
陽子「あ、そっか」
小谷「すわったら?」
陽子「うん。(すわる)‥‥何?」
小谷「別に、何ってことはないけど‥‥」
陽子「ふーん」
小谷「‥‥疲れた?」
陽子「ちょっと」
小谷「今日、多かったしな」
陽子「うん」
小谷「‥‥おばはんの団体きよったやん」
陽子「ああ‥‥。何あれ? 葬式帰り?」
小谷「うるさいし、ケバいし、ねばりよるし」
陽子「文句ばっかり言うし」
小谷「あーゆーの、かなんな」
陽子「うん、あーゆーの最低」
小谷「‥‥今度の日曜日空いてる?」
陽子「日曜?」
小谷「ドライブ行かへん? 久しぶりに」
陽子「バイト入ってんのちゃうの?」
小谷「休むやん。‥‥陽子オフやろ?」
陽子「あ。チェック入れてるんや」
小谷「あたりまえやん。店長代理やもん」
陽子「日曜なあ‥‥」
小谷「何かあんの?」
陽子「あるといえばあるし、ないといえばないような‥‥」
小谷「何?」
陽子「ヒミツー」
小谷「えー! ‥‥この頃多いんちゃうん?」
陽子「何?」
小谷「ヒミツー」
陽子「そうかな」
小谷「そうやて」
陽子「ま、いろいろあるねん。‥‥女子高生は忙しいねん。大学生とちごて」
小谷「はいはい、どうせ大学生はヒマです」
陽子「冗談やん。怒らんでもええやん」
小谷「怒ってへんて。‥‥ほな、土曜日は?」
陽子「土曜? ‥‥土曜もあかんわ」
小谷「ヒミツー?」
陽子「バイト入ってるやん。それから塾」
小谷「サボれへんの?」
陽子「先週サボったし」
小谷「ふーん、そーかー」
陽子「ごめん」
小谷「ええけど‥‥」

間。

小谷「‥‥えらい、忙しいんやな」
陽子「うん‥‥、そうかな」
小谷「そうやて。そんな忙して、嫌にならへん?」
陽子「え?」
小谷「そんだけいろいろスケジュール入れてたら、好きなことできひんやん」
陽子「そうでもないで。ユーチューブ見たり、買い物とか行ったりしてるし」
小谷「ふーん。‥‥好きなことって、そんなん?」
陽子「え?」
小谷「他にやりたいこととかないの?」
陽子「あー!」
小谷「え?」
陽子「やっぱり怒ってるやろ?」
小谷「え? おこってへんて」
陽子「いいや。怒ってる」
小谷「ほんま、怒ってへんて」
陽子「ほんまにほんま?」
小谷「うん」
陽子「‥‥ほなら、なんで?」
小谷「え?」
陽子「なんでお説教みたいなんするの?」
小谷「お説教?」
陽子「もっと高校生らしく充実した青春やりなさい、とか言うの?」
小谷「‥‥別に、そんなこと言わへんて」
陽子「そうかなー?」
小谷「言わへんて」
陽子「ほんま?」
小谷「あたりまえやろ。俺、別に親でも教師でもないもん」
陽子「ふーん」
小谷「信じてへんやろ」
陽子「うん」
小谷「イヤなやつやなあ。しまいに怒るぞ」
陽子「マジ?」
小谷「マジ」
陽子「そっか」
小谷「もう、その話題はやめ!」

間。

陽子「‥‥教えたげよか?」
小谷「え?」
陽子「高校生らしく充実した青春やってへんわけ」
小谷「‥‥‥。何それ?」
陽子「それはねえ‥‥」
小谷「うん?」
陽子「好きなことがないねん」
小谷「え?」
陽子「やりたいことがないんですぅ」
小谷「え?」
陽子「それだけ」
小谷「‥‥何それ?」
陽子「私、かわいそうな子やねん。夢も希望もない、心のまずしいあわれな女子高生やねん。‥‥そう思わへん?」
小谷「自分で言うか?」
陽子「自分で言うからエライんやん」
小谷「おまえ、エライの?」
陽子「エライ、エライ。店長代理にこきつかわれて、肩も腰もえらいえらいわ」
小谷「もう、しょうもな」

SE 足音

小谷「あ‥‥、まだいたん?」
有希「忘れ物して‥‥」

間。

小谷「もう、閉めようかって思ってたんやけど‥‥。よかったやん。間にあって」
有希「はい」
小谷「‥‥ほなら、ついでで使こてわるいけど、三人でチェックしよか」
陽子「‥‥はい」
小谷「かまへん?」
有希「ええ」
小谷「そやな‥‥陽子ちゃん、一階見てきてくれる?」
陽子「はーい」

SE 足音。(陽子去る)

小谷「悪いね」
有希「別に‥‥」
小谷「もうほとんど終わってるし。あとゴミ捨てるぐらいやから」
有希「‥‥‥。小谷さん、いつも、こんな時間まで残ってやったはるんですか?」
小谷「まあ、だいたい‥‥。今日は店長いいひんし、陽子ちゃんに手伝ってもろてん」
有希「ああ」
小谷「何忘れたん?」
有希「ポーチ。定期入れてて」
小谷「ふーん」
有希「駅まで行って、気づいて」
小谷「へえ。‥‥走ってきたん?」
有希「もう、あかんかなあって思たんやけど」
小谷「あかんかったら、どうするつもりやったん?」
有希「タクシーかな?」
小谷「どのくらいかかんの? タクシー」
有希「一二〇〇円ぐらい」

  SE 足音。(陽子が戻ってくる)

陽子「一階おわりましたー」
小谷「ご苦労さん。さ、帰ろか。‥‥二人、家、近所やったっけ?」
陽子「けっこう近くやね」
有希「うん、四〇〇メートルぐらい」
小谷「それやったら、送ったげるわ」
陽子「ラッキー」
有希「すみません」
小谷「一二〇〇円浮くやん」
陽子「え?」
小谷「タクシー代」
陽子「ああ」
小谷「ほなら、消すよ。出てや」

M。

3 真由子の部屋。

  SE テレビの音(サッカー中継)。

野田「灰皿、ない?」
真由子「えー、タバコすうの?」
野田「うん」
真由子「すわんといて」
野田「何で?」
真由子「部屋タバコくさなるやん」
野田「窓開けたらええやろ」
真由子「あかんて。匂いこもるもん。私がすうたと思われるやん」
野田「すうたらええやん」
真由子「何言うてんの。‥‥それと違ても、あんたといたら、家入る時、匂い消すのに苦労してんのに」
野田「おまえのおかん、文句言いよんの?」
真由子「言わへん。完璧に消してるし。気づいてるかもしれんけど」
野田「ふーん。そんなわかるか?」
真由子「わかるわ。すってへんかったら、すぐわかる」
野田「ふーん‥‥」

  SE テレビの音。
二人、ジュースを飲む音。(氷の音とか)
テレビの音消える。

野田「あ、何で消すねん」
真由子「ええやろ」
野田「何で?」
真由子「ヒマや」
野田「何が?」
真由子「‥‥テレビ見に来たん?」
野田「そら、ちゃうけど‥‥、今、途中やん」
真由子「家で見たらええやん」
野田「あ‥‥そういう言い方するか」
真由子「する」
野田「ケチ!」

間。

野田「‥‥怒ってんの?」

間。

野田「マジで怒ってる?」
真由子「怒ってる」
野田「‥‥何で怒ってんの?」
真由子「‥‥そういうこと言うし、怒ってんねん」
野田「え?」
真由子「別に、ええけど‥‥」

間。

真由子「‥‥もう、ええわ。怒るのやめた」
野田「何や、それ?」
真由子「別に」
野田「変なやつ」
真由子「変なやつやねん」
野田「ふーん」
真由子「氷、とけてるで」
野田「あ」

  SE ジュースを飲む音。

野田「‥‥家の人、晩まで帰って来いひんのやろ?」
真由子「うん」
野田「何時頃?」
真由子「十時ぐらいかな」
野田「そんな遅いん?」
真由子「うん」
野田「そうか‥‥」
真由子「‥‥何で?」
野田「何でって」

間。

真由子「‥‥もしかして、変なこと考えてへん?」
野田「え?」
真由子「言うとくけど、そういうのあかんよ」
野田「そういうのって?」
真由子「変なこと」
野田「変なことって何やねん?」
真由子「変なことは変なことやん」

間。

真由子「そういうの、いややねん」
野田「‥‥。おまえ、案外固いなあ‥‥」
真由子「固い、固い。石みたいに固いねん」
野田「ふーん」
真由子「‥‥‥。わたしな‥‥、きれいな結婚したいねん」
野田「え?」
真由子「早く結婚したいなって、前から思てるねん」

間。

真由子「別に、結婚してって言うてるんとちゃうよ」
野田「うん‥‥」
真由子「わたしな‥‥、おめかけさんの子やねん」
野田「え? おめかけさん?」
真由子「愛人のこと」
野田「え? ‥‥ああ」
真由子「そやから、お父さんはいるねんけど、二週間にいっぺんぐらい来るねん」

間。

真由子「‥‥小さい頃は、どこの家でもそうやと思ててん。‥‥それが、中学ぐらいになって、どうもそやないらしいと気づきはじめて‥‥もうちょっと早よに気づいたらええのにねぇ」

間。

真由子「でも、その頃は、それがどういうことか、イマイチわかってへんかってん。‥‥それが、家庭科の授業でいろいろ習うやん?『嫡出子』とか『非嫡出子』とか、そういうの‥‥で、そうか、そうだったのか、ガーン!って、けっこうショックやったりして‥‥」

間。

真由子「でも、そんなん、お母さんに言えへんやん? で、けっこう悩んだりもしてんか‥‥。けど、別にグレたり、非行に走ったりもしてへんやろ? エライと思わへん?」
野田「へえ‥‥。なんか、ややこしいねんな‥‥」
真由子「一年の時、戸籍取らなあかんことがあって、それで、何や、ごちゃごちゃしてんなって思てん」
野田「え?」
真由子「わたしの戸籍」
野田「‥‥ふーん」
真由子「それで、早よ結婚したろって思てん」
野田「え?」
真由子「結婚したら、戸籍離れるやん。まっさらの戸籍になるやん。‥‥なんか、ええやん」
野田「そんなもんかな」
真由子「そんなもんやて」
野田「戸籍さらにするために結婚すんの?」
真由子「それだけでもないけどね‥‥」
野田「そやけど、あんまり変わらんのちゃうの? 書類だけの話やろ?」
真由子「そら、そうやけど、やっぱり、すっきりした戸籍の方がええやん。やっぱしちゃうて」
野田「ふーん」
真由子「おしまい」
野田「え?」
真由子「わたしが早く結婚したい理由の話」

間。

真由子「心配せんでええって。あんたに結婚せえって言うてんのとちゃうし」
野田「うん‥‥。なんか、テレビドラマみたいやな」
真由子「かわいそうとか思う?」
野田「え? そら‥‥。そういう話、いきなりされたら、ちょっとブルー入るで」
真由子「そっか」

間。

真由子「‥‥そういうのって、前から、学校の先生とか知ってるわけやん? 今から思たら、ああ、かわいそう、とか思てたんかなあって‥‥」
野田「‥‥そら、思てたかもな」
真由子「中学の時に、きつい先生いたんや。友達とか、みんなボロクソに言うてたけど、そやけど、わたしが忘れても、『どうしたんや?』とか言うだけやねん。他の子と明らかに対応が違ごてん。なんでかなと思てたけど、今から思たら、そうなんかなあって‥‥」
野田「そうなんかって?」
真由子「そやから、かわいそうやから、とか」
野田「ああ」
真由子「なんか、そういうの、かなんやん?けっこう好きやったりしたし」
野田「男の先生?」
真由子「うん。別に、そういう意味やないけどね」
野田「そういう意味って?」
真由子「好きやっていうの。‥‥嫌いやなかったってこと」
野田「ふーん」
真由子「‥‥なんでこんな話になったんかな?」
野田「なんでって‥‥、おまえが言い出したんやんか」
真由子「そやけど‥‥、なんでかなあ‥‥」
野田「そんなん、知らんわ」
真由子「‥‥‥。ジュース、もう一杯飲む?」
野田「ええわ。腹タプタプになるし」
真由子「‥‥テレビ見よか?」
野田「え? もう終わってんのちゃう?」
真由子「見よ。(と、テレビをつける)あ、まだやってるわ。‥‥コップ、片づけてくるわ」

  SE コップを片付けて立ち上がる。

野田「‥‥変なやつやな」
真由子「え?」
野田「おまえ、やっぱり変わってるで」
真由子「そうかな‥‥」

SE 真由子が去る音。
テレビの音。

4 陽子の電話

陽子「あ、そや。うちの社会の先生で、コーちゃんと同い歳くらいのがいんねんけど‥‥、ちょっとハゲかけてて、四、五十ぐらいに見えるねんけどな。‥‥で、そのハゲかけの先生な、小さい声でモソモソしゃべってて、授業も全然わからへんねん。それで、誰も聞かんとしゃべってんねんけど、よう怒らへんねん。‥‥うん?‥‥そうそう、なんか一人でやってて、黒板が友達って感じ。‥‥一学期はそうやってんけど‥‥うん‥‥そう。‥‥それが夏休みが明けて、最初の時間の時に、大きい声で『今日から俺は強くなった』っていきなり言うねん。‥‥ほんまやって。ほんまに突然。教室の戸をガラガラって開けて、キリツ、レイやって、それでいきなり『今日から俺は強くなった』やねん。びっくりするやん? ‥‥うん‥‥そう思うやろ? なんかあったんかなあって‥‥。で、授業もビシビシやろうって思てたみたいやねんけど、前が前やん? 結局、やっぱり誰も聞いてへんねん。‥‥え? 怒るよ、一応。でも、とってつけたみたいやん? 迫力ないねん。それで、かえってバカにされて、『今日から俺は強くなった』って呼ばれてんねん。‥‥うん、アダ名。『今日から俺は強くなった』‥‥なんか笑けるやろ? ‥‥うん‥‥うん、奥さんに逃げられたんちゃうかって。それでプッツンしたんとちゃうかって。‥‥いや、知らんけど。ウワサやし‥‥。あ、そや。コーちゃんもその作戦で行きいな!‥‥え? そやから、奥さんに逃げられて、『今日から俺は強くなった』って。ええんちゃう? ‥‥うん‥‥うん‥‥冗談やて。マジにならんといてぇな。‥‥あたりまえやん。‥‥うん‥‥まあ、それはそやけどねえ‥‥」

5 絵美子と有希の電話

絵美子「うん、そうらしいよ。電話してきたらしい」
有希「その奥さんとかいう人?」
絵美子「うん、校長のとこに」
有希「その話、どこで聞いたん?」
絵美子「クラスの子が言うててん」
有希「誰?」
絵美子「高橋さんとか。‥‥他にも知ってる子、いるみたいよ」
有希「何で知ってるんやろ?」
絵美子「さあ? ‥‥ひょっとしたら、お母さんルートとか?」
有希「え? なんでお母さんが知ってるん?」
絵美子「ほら、PTAの役員とかいるやん。それで、あの人ら、うわさ話とか好きやん」
有希「ああ‥‥それな」
絵美子「ひょっとしたら、もうみんな知ってるんかな?」
有希「みんなってこともないんちゃうかな?」
絵美子「‥‥それより、あんたバイト一緒やん?」
有希「うん」
絵美子「バイトの方はどうなん? 来てるん?」
有希「ううん、先週から来てへん」
絵美子「え? 学校休んだ日?」
有希「うん、‥‥たぶんそう」
絵美子「へえ‥‥、やめたんかな?」
有希「さあ‥‥どやろ?」
絵美子「聞かへんの?」
有希「え?」
絵美子「店長とか」
有希「そんなん、聞けへんやん」
絵美子「なんで?」
有希「なんでって‥‥変やん」
絵美子「え? 変かな?」
有希「変やて」
絵美子「でも、一人減ったら、仕事増えたりすんのちゃうん?」
有希「それは、そやろけど」
絵美子「な」
有希「でも、そんなん、私らには直接関係ないって」
絵美子「え? なんで?」
有希「店長とか考えはるやろし」
絵美子「ふーん。そうなん?」
有希「うん」
絵美子「でも、あんたのシフト、増えたりしいひんの?」
有希「うん、今のとこは」

7 野田と真由子の電話

野田「そやから、クラスのやつの親戚が、沖縄にあんねん」。
真由子「いつ?」
野田「二日の晩に出て、六日の晩に帰ってくんねん」
真由子「え? そんなん、連休全部やん?」
野田「‥‥ああ」
真由子「そんなん、いつ決めたん?」
野田「え? ‥‥先々週かな?」
真由子「なんで、言うてくれへんの?」
野田「そんなん、おまえ、なんも言うてへんかったやん」
真由子「言うてへんて‥‥ゴールデンウイークやし、どっか行くんかなとか思てるやん、ふつう」

間。

真由子「‥‥私、空けてたんやで」

間。

真由子「‥‥私、行ったらあかん?」
野田「え? 男ばっかりで行くしなあ‥‥。おまえ、誰も知らんやろ?」

間。

野田「それに、おまえんとこ、行かしてもらえへんやろ?」
真由子「‥‥そんなん、聞いてみなわからへんやん」

間。

真由子「‥‥二十八とか九は?」
野田「ああ‥‥そこは、法事。‥‥徳島の親戚に行かなあかんねん」
真由子「‥‥去年は、あんただけ行かへんかったんちゃうん?」
野田「今年は行かなあかんねん」
真由子「なんで?」
野田「え‥‥。十何回忌とか何かいろいろあんねん」
真由子「‥‥そんなん、ゴールデンウイーク全部やん。‥‥‥信じられへんわ」
野田「‥‥しゃあないやん」
真由子「しゃあないことないやん。‥‥前からわかってるやん‥‥。もう、ええわ」

間。

真由子「もうええわ。勝手にどっか行くし」
野田「え? ‥‥誰と?」
真由子「誰とでもええやろ」
野田「‥‥なんやったら、クラスのやつに、お前のこと聞いてみよか? 一応」
真由子「もう、ええよ。‥‥そんなんやったら、いらんわ」
野田「そやけど、わからへんやん」
真由子「いらんて!」

間。

真由子「ほなら、切るで」
野田「怒んなよ」
真由子「怒るって。‥‥じゃ、バイバイ」
野田「おい! おい、ちょっと、待てよ!」

SE 電話の呼び出し音。(十回ほど)

野田「‥‥もう」(電話を切る)

8 有希と絵美子の電話

有希「こんなん言うてもええんかなあ」
絵美子「何?」
有希「うん‥‥」
絵美子「何やの? そこまで言うたら言いな」
有希「誰にも言わへん?」
絵美子「うん、言わへん」
有希「絶対やで」
絵美子「言わへんから。‥‥何なん?」
有希「あのな‥‥」
絵美子「うん」
有希「私、陽子の手帳、見てしもてん」
絵美子「え? 手帳?」
有希「うん、バイトの時。‥‥バイトあがって、更衣室に手帳が置いてあってん。‥‥誰もいいひんし、忘れもんかなぁって思うやん?」
絵美子「うん」
有希「それで、誰のやろって思て、パラパラってめくってん」
絵美子「うん」
有希「なんか、スケジュール手帳みたいやってんけど、あっちこっちに時間とか、場所とか、名前とか書いてあんねんか」
絵美子「ふーん」
有希「それが、全然知らん人の名前ばっかりやし、七時、グランドホテルとか、八時、パレスホテルとか書いてあるねん」
絵美子「えー?」
有希「で、うわ、これまずいんちゃう?って思たから、そのまま置いて帰ってん」
絵美子「へえ‥‥。それ、なんなんやろな?」
有希「なんやろな?」

間。

有希「‥‥‥もしかして、その人だけと違うんちゃうかな?」
絵美子「え?」
有希「その‥‥奥さんが学校に電話してきた人だけと‥‥」
絵美子「‥‥援助交際?」
有希「‥‥ようわからんけど」

間。

有希「ほんまに言わんといてな」
絵美子「‥‥うん」

9 陽子の電話

陽子「そやねぇ‥‥恋人っていう感じとは、ちょっとちゃうなぁ‥‥お父さん? ハハ、まさか‥‥。そんな歳でもないやん? 何て言うたらええんやろなぁ? ‥‥‥兄貴? それはないわ。悪いけど。‥‥うん‥‥うん、それもちょっとちゃうな。どっちか言うたら、くされ縁ていうやつ? ‥‥え? ちゃうよ。ほめ言葉やって。ほんま、ほんま。‥‥えー? ほら‥‥そや、ぬいぐるみとかあるやん? くまさんとかうさぎさんとか‥‥三つか四つの時こうてもろて、一緒に抱いて寝てるやつとか‥‥。え? 寝てへんよ。たとえやん、たとえ‥‥。うん、それで、手あかとかいっぱいついてて、もう何のぬいぐるみかわからへんで、他人から見たらただのゴミみたいやねんけど、捨てられへんで、今でもこっそり抱いて寝てるとか‥‥うん、そんな感じやね。‥‥え? そやから、たとえやん。‥‥えー? ようわかると思うけどなあ? ‥‥ほら、捨てられへんとか、なじんでるとか‥‥。そうそ、ほめてるんやで。感謝しなさいって」

10 真由子の電話

真由子「うん、そら、ショック、言うたら、ショックかもしれんけど、でも、それって、結局あの子の問題やん。‥‥え? そういうことと違ごて、なんちゅうんかな‥‥わたしな、そういうの、けっこうドライなとこあんねん。なんか、勝手にしたらって感じ。‥‥‥え? ちゃうって。その反対。好きにやって下さいってこと。‥‥うん‥‥だから、なんか、わかるっていうの? ‥‥え? するかいな。そういうストレートなんと違て‥‥ほら、さびしい人はさびしい人の気持ちがわかるとか言うやん? ‥‥え? そやて。知らんかった? ‥‥うん、さびしい、さびしい、めっちゃくちゃさびしいわぁ。‥‥ほんまやて。‥‥うん‥‥うん‥‥やっぱり、そうなんちゃうかな? ようはわからんけど。私はそう思う。‥‥うん、別にわからんでもええやん? そんなん、陽子が考えることやん。‥‥うん‥‥だから、あんまりうわさとか好きちゃうねん。どっちにしても、ええことないよ。‥‥うん‥‥そう‥‥」

12 陽子の電話

陽子「街で会うたりしたら、どうしょ? ‥‥知らん顔する? ‥‥おじさーん、とか呼ぼか? ‥‥ハハ、冗談やて、冗談。‥‥うん‥‥うん‥‥そやねえ、その辺の線かなあ‥‥。え? ‥‥だから、謝らんでええって言うてるやん。‥‥うん‥‥うん、それはそうやけど‥‥。うん‥‥みたい。まだはっきりしたことはわからへんけどね。‥‥でも、しゃあないやん。ほんま、私、大丈夫やし‥‥。うん、なんかしらんけど、自分でも不思議やねん。なんなんかな? ‥‥え? 泣いたりしてへんよ。ほんまに。‥‥うん‥‥うん‥‥そやねぇ、自分のことやのにねぇ‥‥。そういうのって、なんかかわいげないやん? そう思わへん? ふつう、ふとんに潜って一晩中泣くとか、そんなんあってもええのに‥‥。ほんま、変なやつやねぇ。‥‥イヤなやつ。‥‥。アハハ‥‥やっぱりちょっと暗いですねぇ、さすがに‥‥。‥‥やっぱ、ちょっとマイッタって感じかな‥‥。でも、大丈夫やって。‥‥ほんま、ほんま。たいしたことないって。‥‥うん‥‥うん‥‥うん‥‥ほら、映画とかであるやん? 『笑って別れましょう』ってやつ。ああいうのできると思うよ。そんなカッコよくないけどね‥‥。え? 無理してへんよ、別に。‥‥いや、ちょっとしてるかな? ‥‥うん‥‥ええやん。そういう年頃やねん。カッコつけたいねん。‥‥うん‥‥うん‥‥うん‥‥そやね。それじゃ、そういうことで。‥‥いろいろお世話になりました。‥‥いえいえこちらこそ。‥‥ああ‥‥たまに電話ぐらいできるかな?‥‥やっぱりやめといた方がええね。‥‥うん‥‥ええって。たぶん、せえへんやろ? ‥‥え? ‥‥女の直感。‥‥じゃ、バイバイ。‥‥さよなら」

M。

13 夕方の公園。

SE カラスの声。

小谷「はい。コーヒー」
陽子「ありがとう」

SE 缶コーヒーを開ける音。飲む音。

小谷「‥‥何してんの、この頃?」
陽子「え?」
小谷「昼間とか」
陽子「‥‥うん‥‥ネットとか、ゲームしたり」
小谷「ヒマやろ?」
陽子「‥‥うん」
小谷「そやろな」

間。

小谷「‥‥やっぱり、学校変わらんとあかんの?」
陽子「‥‥うん。たぶん」
小谷「‥‥そうか」
陽子「‥‥‥。
小谷「まだ、ましかもしれへんな」
陽子「‥‥え?」
小谷「始まったとこやし‥‥一学期。‥‥教科書とか、また買わなあかんけど‥‥」
陽子「うん‥‥そやね」

間。

小谷「‥‥これな、微糖って書いてあるやろ?」
陽子「‥‥え?」
小谷「でも、あんまり変わらへんのやて、砂糖の量。‥‥大サジ三杯分とか、テレビで言うてたわ。‥‥なんでかな? 冷たいせいやろな。ホットコーヒーに大サジ三杯も入れたら飲めへんやん?」
陽子「うん」
小谷「な。‥‥でも、やっぱり、甘さひかえめって感じするしな‥‥。なんか、だまされてんのかな?」
陽子「‥‥なんで」
小谷「え?」
陽子「なんで、怒らへんの?」
小谷「‥‥ああ‥‥。なんでやろな」

間。

小谷「あー。(背伸びする)‥‥なんでって言われてもなあ‥‥」

間。

小谷「怒るんやろなぁ‥‥ふつう‥‥。別にショックやないわけやないんやけど。‥‥なんて言うんかなぁ‥‥俺、怒れへん性格やねん。昔から‥‥。あんまりけんかとかしたこともないし‥‥。なんか、そういうの苦手やねん」
陽子「‥‥。やさしいの?」
小谷「え?」
陽子「やさしいふりしてんの?」
小谷「‥‥。怒らそうと思てるやろ?」
陽子「‥‥別に」
小谷「いや、思てる。‥‥俺かてな、プライドぐらいはあるよ。‥‥心配せんかて、怒る時は怒るよ。‥‥今は、怒らへんだけ」

間。

小谷「ほな、そろそろバイトやし、行くわ。‥‥おまえかて、あんまり長ごなるとまずいやろ?」
陽子「‥‥うん」
小谷「ほな、また、ひまがあったら電話して。‥‥こっちからせん方がええやろ?」
陽子「‥‥うん」
小谷「元気出せよ! ‥‥ほな、バイバイ」
陽子「バイバイ‥‥」

SE カラスの声。
M。

14 バス停

真由子の声(電話)「もうすぐ青に変わります。‥‥五秒前、四、三、二、一‥‥。あれ?あ、変わった。‥‥信号を渡っています‥‥あと、三メートル、二メートル‥‥渡りました。‥‥もうすぐバス停です。‥‥あ、赤い傘が見えます。携帯を持っています。誰でしょう? ‥‥あ、桜井絵美子です!」
有希「もう、見えてるやん」
真由子「ただいまー」
絵美子「おかえりー」
陽子「‥‥ひさしぶり」
真由子「うん。‥‥ほんまに、ひさしぶりやね。二ヶ月ぶり?」
陽子「二ヶ月半」
真由子「そうか‥‥。けっこう似合てるやん?その制服」
陽子「そうかな?」
真由子「うん、似合てるて。‥‥今日はバスなん?」
陽子「うん。‥‥家の人、朝から出かけてて、車ないねん」
絵美子「え? 車で送ってもうてんの?」
陽子「うん、駅まで」
有希「毎日?」
陽子「うん」
有希「へえ‥‥、リッチやね」
絵美子「バスかてあるやん? 七十二系統」
陽子「でも、あんまりないやん。‥‥七十二は、ええ時間のがないねん。早すぎるか、遅すぎるか、どっちか」
絵美子「ふーん」
男2「タクシーも来いひんですね」
男1「ああ」
男2「もう、歩いて行きましょか? 途中でタクシー拾えるかもしれんし」
男1「ええわ。しんどいやん。‥‥途中でバスに追い越されたらあほみたいや」
男2「そやけど」
男1「歩きたかったら、お前だけ歩いたらええやん」
男2「えー」
男1「もう、電話したし、かまへんて」
男2「ああ」
陽子「有希」
有希「え‥‥何?」
陽子「小谷さん、元気にしてる?」
有希「うん。‥‥相変わらずがんばってるで。ほとんど毎日入ってるみたい」
陽子「そう‥‥。うまくいってんの?」
有希「え?」
陽子「小谷さんと」
有希「え‥‥」
絵美子「小谷さんて、誰?」
有希「あ‥‥ああ、知り合い。バイト先の人」
絵美子「男の人?」
有希「‥‥うん」
絵美子「えー! もしかして、彼氏?」
有希「ちゃうって」
絵美子「うそー!(陽子に)ほんま?」
陽子「さあ?」
絵美子「あ、ごまかしてる! あやしいなぁ」
男1「あ、晴れてきた」
男2「‥‥キツネの嫁入りですね」
男1「え? ‥‥キツネの嫁入り言うたら、晴れてる時に雨降ってくるやつやろ?」
男2「え? 晴れてる時に‥‥あ、そうか」
男1「雨降りに、日が射してくんのは、‥‥ええと、何て言うたかな?」
男2「えーと、なんか言いましたね」
男1「えーと‥‥。あかん、思い出せへんわ‥‥。とにかく、ぼちぼちあがるみたいやな」
男2「タヌキの嫁入り?」
男1「え? ちゃうやろ」
絵美子「あ、虹や」
有希「え、どこ、どこ?」
絵美子「ほら、あそこ。(と指さす)」
有希「あ、ほんまや。虹や」

  間。

真由子「‥‥Somewhere over the rainbow way up high.」
絵美子「あ、いきなり英語の歌で来るか?」
真由子「音楽の授業で、一年の時やってん」
陽子「私、それハモれるで」
有希「私も」
絵美子「あ、あんたら、もしかして、芸術選択、みんな音楽?」
真由子・陽子・有希「うん」
絵美子「‥‥どうせ、私は書道ですぅ」
陽子「私、上のパートやるわ」
有希「ほなら、私、下」
真由子「(絵美子に)主旋律やったら歌えへん?」
絵美子「歌詞知らんもん」
真由子「そうか‥‥。Somewhere‥‥、高さこのぐらい?」
陽子「うん」
真由子・陽子・有希「せえの‥‥、♪Somewhere over the rainbow way up high.There's a land that I heard of once in a lullaby.Somewhere over the rainbow skies are blue.And the dreams that you dare to dream really do come true.」
絵美子「あ、消えた。虹」
真由子「あーあ」
有希「せっかくええ感じやったのに」
陽子「ほんま」
絵美子「また晴れてきたら出るんちゃう?」
男2「もう梅雨も終わりですねぇ」
男1「まだやろ。七月中旬やで、ふつう。‥‥今年は長引くとか言うてたし」
男2「でも、沖縄はもう梅雨明けやて、テレビで言うてましたよ」
男1「あほやな、沖縄はいつでも早よ早よ六月中に明けるんやて」
男2「えー? でも二、三日前やったんとちゃうかな?」
男1「ちゃうて」
男2「えー?」
男1「ちがう!」
有希「‥‥陽子」
陽子「え?」
有希「ごめんな」
陽子「え‥‥何?」
有希「何って‥‥」
陽子「‥‥ああ。‥‥しゃあないやん」
有希「ごめん」
絵美子「何あやまってんの?」
有希「ううん、何でもない」
絵美子「えー! 何?」
有希「えーやん、別に」
絵美子「えー!」
真由子「なあ、虹て、空から見たら丸いんやろ?」
絵美子「あ、私見たことあるで。飛行機から見たら、ほんまにまん丸やねん」
真由子「へえー。いつ見たん?」
絵美子「去年の夏休み、家族でハワイ行った時。‥‥それで、反対側にも薄い虹が見えんねん」
有希「あ、それ、普通の虹でも見えるで」
真由子「え、うそー?」
有希「見たことない? うすーいやつ」
真由子「‥‥ないわ。‥‥さっきの虹にも出てたんかな?」
有希「さあ‥‥。よう見てへんし」
絵美子「歌なんかうとてるからや」
有希「あんた見てたん?」
絵美子「見てへんけど‥‥」
有希「なんや」
男2「あ」
男1「え?」
男2「来たみたいですよ。バス」
男1「ほんま?」
男2「ほら、向こうの信号のとこ。(と指さす)」
男1「え? どこ?」
男2「ほら、あのトラックの後ろの白いやつ」
男1「えー? ‥‥お前、よう見えるなあ」
男2「両方とも1・5ですし」
男1「へー、俺、0・1と0・2やから」
有希「来た、来た」
真由子「あーあ、来てしもた」
有希「(時計を見て)二時間目には間に合うな」
絵美子「四時間目でええのに」
有希「あかんて。私、三時間目にテストあんのやから」
真由子「陽子、どうすんの?」
陽子「え? ‥‥どうしょうかなあ?」
真由子「一緒に乗って行く?」
有希「そうしいな。一緒に行こ」
陽子「あかんて、方向違うやん」
絵美子「桜台まで行って、電車乗り換えたら?」
陽子「あかん、あかん、むちゃくちゃ遠回りになるわ。‥‥七十二かて、もうちょっとしたら来るやろし」
絵美子「そうか」
陽子「うん」

  SE バスが近づいて来る音。

男1「(時計を見て)四十分遅れか‥‥」
男2「歩いた方が早かったんちゃいます?」
男1「どやろ? 似たようなもんちゃう? ‥‥俺な、学園前で降りるわ」
男2「え?」
男1「直で回るわ。今日、回らなあかんとこ多いし。‥‥課長に言うといて」
男2「僕がですか?」
男1「悪いけど、頼むわ」
男1「はぁ‥‥」

  SE バスが到着する音。ドアが開く音。  アナウンスの音。

絵美子「うわ、混んでるなあ」
有希「遅れてるし、しゃあないやん」
絵美子「(陽子に)ほなら、また」
陽子「うん」
真由子「ヒマやったら、電話して」
有希「またね」
陽子「うん。バイバイ」
絵美子・真由子・有希「バイバイ」

SE バスのアイドリング音。

真由子「ヒマとちごても、電話してな」
陽子「え? ‥‥うん」
真由子「それじゃ」
陽子「‥‥じゃ」

SE ブサー音。ドアが閉まる音。発車する音。やがてフェイドアウト。
自動車が道路を通過する音。


陽子「‥‥♪Somewhere over the rainbow way up high.‥‥。あ、虹!」

  SE セミの声。
 M。


                            おわり

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