ハッピーエンドオアバッドエンド ドラマ

親が代理婚活をしてお見合い相手を見つけてきた。見つけてきたけど、その相手は知り合いだった。恋をできない男女ふたり。恋愛に不器用でそれでも誰かを、何かを求めている二人。正反対ででもどこか似ている二人は次第に惹かれあい、互いを承認していく。この感情は恋なのか。愛情なのか。そうじゃないなら自分たちは何者なのか。
奈々瀬りん@脚本家志望 5 0 0 07/07
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第一稿

〇喫茶店・中
  向かい合っている井出美奈子(59)と神栖公平(60)。
公平「今どきの子はふらふらとしすぎだと思いませんか」
美奈子「ふらふら?」
公平「代理婚活まで親が ...続きを読む
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〇喫茶店・中
  向かい合っている井出美奈子(59)と神栖公平(60)。
公平「今どきの子はふらふらとしすぎだと思いませんか」
美奈子「ふらふら?」
公平「代理婚活まで親がしないと結婚できないなんて…」
美奈子「…うちは逆に頑固すぎてもう少し柔らかくなってほしいです」
公平「…そのくらいがいいんですよ。こういうものでこんな素敵な女性に出会えるだなんて。思ってませんでした」
美奈子「そんな…」
公平「ストイックな女性ってあこがれますね」
美奈子「ヴァイオリンにしか興味を持たない子ですよ。お友達も少なくて将来が心配で」
公平「そんなこと言ったらうちは軟弱すぎて、誰でも好きになってしまう癖に振られるのも早い」
  笑う美奈子。
美奈子「じゃあちょっと堅めのほうがいいのかしら」
公平「しっかりしたお嬢さんなら息子もましになってくれるかと…(笑)」

〇練習スタジオ・中
律「恋愛ソング?」
  ヴァイオリンを持つ手を下す律。
岡島「そうだ。最近恋愛もの流行ってるからな。事務所がそれに特化したコンクールでもやったらどうかって」
律「確かにわかるけど…でも」
岡島「(怪訝そうな顔で)でも?」
律「私にそういう感情がないから、音に気持ちが入らない気がして…」
  うつむく律。
岡島「そうか。まあ、無理にとは言わない。その気になったら言ってくれ」
  部屋を出ていく岡島健吾(35)。
〇井出家・リビング
  アルバムを熱心に見ている美奈子。
頼仁「何してんの」
  リビングに入ってきて怪訝な顔をする頼仁。
美奈子「じゃーん。どう?かっこよくない?」
  アルバムの写真を見せる美奈子。
  アルバムをのぞき込む頼仁。
  神栖浩紀(24)の写真。
頼仁「誰」
美奈子「お見合い相手」
頼仁「(頭を抱えて)とうとう若い男に走ったか」
美奈子「私じゃないわよ」
  笑う美奈子。
美奈子「いつか素敵な人に会ってくれたらなって思ってくれたんだけどね…」
  写真立てに飾ってあるコンクール写真を見つめる美奈子。
頼仁「まさか母さん…」
美奈子「あの子ももういい年だしね」
頼仁「(気まずそうに)…嫌われるぞ」
美奈子「娘の将来ために本人に嫌われるなら痛くもかゆくもないわ」
頼仁「俺の身になれっての」
  ため息をつく頼仁。

〇律の部屋・中
  ヴァイオリンを弾いている律。
  曲を最後まで弾き終わり、時計を見る。
  時間は21時。
律「…恋か」
  ヴァイオリンをケースにしまう律。
律「誰かを好きになるってどういう感覚なんだろ…」
  電気を消して出ていく律。

〇渋谷駅・外観

〇同・駅前
  人の込み合う駅前。
  向かい合っている神栖浩紀(23)と廣澤美優(22)
美優「何、それ…」
浩紀「だから、別れてほしいんだ」
美優「意味わからないんだけど」
浩紀「ご、ごめん。でももう会えないし…」
美優「何で?理由は」
浩紀「ごめん」
  浩紀の頬をたたく美優。
美優「…最低だよ」
浩紀「ごめん」
  あきれたように首を振る美優。
  そのまま去っていく。
  取り残される浩紀。
  しばらくしてライン美優から「さよなら」とメッセージが入る。
  ため息をつく浩紀。

〇居酒屋・中
  6人席に座っている浩紀、弘明(23)、智樹(23)、京子(21)、三弥(22)。
弘明「男子の数に比べて女子少なくね?」
智樹「女性の皆様のスケジュールの空きがなかったんだよ。な」
京子「りっちゃんはバイトだし、まこっちゃんはレポート終わんないって泣いてる」
三弥「みんな大変だよね」
京子「ねー。私たちだけでいいじゃん」
弘明「そうもいかないって。ちょっと行って来いよ」
  浩紀を顎でしゃくる弘明。
浩紀「いやまだ時間あるじゃん。週末だろ。誰か知り合いとかいないの」
弘明「いないね。こういうのはその場で声をかけて来るか来ないかみたいなのが楽しいじゃん。いいじゃんお前やれよ」
  あきれたように弘明を見る浩紀。
浩紀「こないだ振られたばっかなんだけど」
  ため息をつく浩紀。
〇律のアパート・中
  一緒にコーヒーを飲んでいる頼仁と律。
律「婚活?」
頼仁「母さんが勝手に…ごめん。止められなかった」
律「朝から何事かと思えば…でも私」
頼仁「知ってる。今度はちゃんと言うから。でも今週末の顔合わせだけは来てほしいって。母さんが。」
律「…わかった」
  唇をかみしめる律。
  
〇渋谷・ハチ公・前
  ハチ公前をうろうろする浩紀。
浩紀「(小声で)ナンパなんて時代遅れじゃね…」
  スマホをいじっている井出律(18)を見つける。
浩紀「ねえもしかして今暇な人?」
  浩紀が律に声かける。
律「(イヤホンをとって)は?」
浩紀「いや、だから暇?もしよかったらこれから合コンあるんだけど…」
律「(顔をしかめ、小声で)きも…」
浩紀「え?」
律「…」
  足元に置いてあったヴァイオリンのケースを持って歩いていく律。
浩紀「ちょっと!」
  律を追いかけていく浩紀。
  ×  ×  ×
  浩紀が律に声をかけているそばを通りがかる美優。
  美優、浩紀に気がつく。
美優「え、なんで」
  
〇東京国際記念堂・前
  中に入っていく律。
  後をつけていた浩紀。
  建物の前には「音楽界の天才、演奏会」の文字とともに看板が立てかけてある。
浩紀「(一瞬足を止め看板を見て)嘘だろ…」
  浩紀、律の後についていく。
  ×  ×  ×
  浩紀の後からついてくる美優。
  浩紀に続いて美優も中に入っていく。

〇居酒屋・中
弘明「こないな。あいつ」
京子「見つかんなくてやばいんじゃない」
智樹「人数もちょうどいいし始めちゃいますか!」
京子「さんせー」
  グラスを持ち上げる京子と三弥、弘明、智樹。

〇東京国際記念堂・楽屋・中
  ヴァイオリンを机に置く律。
  律、ヴァイオリンのケースに縋りつくようにしゃがみこむ。
係員の声「律さん、お時間です」
律「…はい」
  立ち上がる律。乱れた髪。

〇同・ホール・中
  ヴァイオリンを構えてステージに立つ律。
  力強い音で弾き出す。
  浩紀、こっそり中に入り込んでステージの袖からのぞき込む。
浩紀「嘘だろ…」
  大勢の観客の前でヴァイオリンを弾く律に見入る浩紀。

○同・廊下
  演奏が終わり、ホールから出てくる律。
浩紀の声「おい!」
  振り向く律。
律「あなた…」
浩紀「さっきハチ公前の」
律「えっと…」
浩紀「あ、覚えてない?そりゃそうだよね。ごめん…」
律「えっと、なんですか」
浩紀「さっきはごめん。忙しかったよね。変なタイミングで声かけた」
律「(はっとして)あの時の!大丈夫です。気にしてないんで」
  楽屋に入ろうとする律。
浩紀「待って」
  思わず律の腕をつかむ浩紀。
律「…なんですか」
浩紀「ごめん、こんなこといきなり言われたら迷惑かもしてないけどさ…」
  一瞬固まる律。
律「それは…」

〇同・外(夜)
  上機嫌で会場を出てくる浩紀。
浩紀「週末、楽しみだなぁ」
  ベンチに座っている美優。
美優「…週末?」
  美優、立ち上がり浩紀の後をつけていく。

〇同・楽屋・中
  扉を勢いよく閉める、律。
律「(大きなため息をついて)…」
  膝を抱え憂鬱そうな顔の律。
  ×  ×  ×
(フラッシュ)楽屋の外
  驚いた表情の浩紀。
浩紀「ほんとに付き合ってくれるの」
律「いいよ、ご飯くらいだったら」
浩紀「忙しいのに?」
律「別に」
  ×  ×  ×
岡島の声「恋愛ソングでコンサートをやりたいんだ」
  ×  ×  ×
律「…やめよ考えるの」
  髪をかき上げる律。
  ヴァイオリンをしまう律。

〇渋谷・ハチ公前(夕)
  ハチ公前にやってくる浩紀。
  すでに待っている律。
浩紀「昨日となんか違うね」
  少しボーイッシュな格好の律。
律「まあね。行きましょう」
  キャップを目深にかぶる律。
  先を歩いていく。
  そのあとをついていく浩紀。
  ×  ×  ×
  目深に帽子をかぶってその様子を見ている美優。
美優「あの女…」
  美優、二人の後をつけていく。 

〇カフェ・店内(夕)
  混みあった店内。
浩紀「おしゃれじゃないんだけど…いいの?こんなとこで」
律「別に」
浩紀「…」
律「…」
律「…」
  騒がしい店内
浩紀「なんかごめん」
律「それ、癖ですか」
浩紀「え」
律「謝るの。さっきから謝ってばっかり」
浩紀「そうかな…」
律「そう。なんかあったんですか。こんな見ず知らずの人で良ければ相談乗りますよ?」
浩紀「(驚いて)…まじで」
律「何よ」
浩紀「なんかあったとき、めっちゃ冷めてて、人に興味ないもんだと思ってたんで」
律「それはこっちにも色々あって…」
  気まずい表情をする律。

〇大学・学食・中
弘明「(驚いて)デート!?」
  4人掛けテーブルを囲んでいる美優、弘明、智樹。
弘明「嘘だろあいつ、またどこで。いつ?」
美優「(笑って)質問が多いってば」
智樹「まじかー。合コンも欠席したやつに抜け駆けされるとは…」
美優「でもなんか変な子なんだよね」
智樹「お前も十分変なやつだけど。元カノより変わってんの」
美優「なんか、うまく言えないけどすごく変な人。もやもやする」
智樹「廣澤さん、もしや浩紀のことまだ好きなの」
弘明「意味わかんねえ(笑)」
美優「(白々しく)そ、そんなことないよー」
  二人から笑顔が消え、「嘘だ…」という表情になる。
  目をそらす美優。
  顔を見合わせる弘明と智樹。

〇神栖家・リビング・中(夕)
浩紀「見合い!?」
  驚いてバックを落とす浩紀。
  食卓でお茶を飲んでいる公平。
  その前には代理婚活のチラシ。
浩紀「代理婚活ってなんだよ…」
公平「いつまでもお前が結婚しないからだろ」
浩紀「そうじゃなくて。何勝手なことをしてんだって言ってんの」
公平「勝手?息子の幸せを願ってのことだ。勝手じゃないだろ」
  そういってリビングを出ていく公平。
浩紀「…意味が分かんねえ」

〇カウンセリングハウス・診察室・中
美優「どう思いますか」
  美優と向い合っている尾崎日和(32)。
日和「何。また情緒不安定」
美優「不安定にはなったことありません。でもお姉さんには相談に乗ってもらいたくなるんです」
日和「仕方ない子ね」
  「お邪魔しました」と出ていく美優。
  入れ違いに律が入ってくる。
  寝不足で目の下にクマを作った状態の美優。
日和「あら…大丈夫?」
  小さく首を振る律。
日和「何で?」
律「…最近わからないことが増えたんです」
日和「…何かあった」
  こぶしを握り締める律。
  心配そうに律を見つめる日和。

〇同・前
  カウンセリングハウスから出てくる律。
  カウンセリングハウスに入ろうとしている浩紀とばったり会う。
浩紀「よ」
律「(気まずそうに)…えっと」

〇道
  並んで歩いている浩紀と律。
律「お姉さん?」
浩紀「ああ。今は結婚して名字変わってるから親族レベルの付き合いしかしてないけど   
。それより、今日、休みなんすね」
律「講演は。練習は朝3時からやってましたが」
浩紀「ハードすね」
律「最近の子がへなってるのよ」
  はっとして口元を押さえる律。
  笑う浩紀。
浩紀「確かに。律さん、強そうすもんね」
  と言ってはっとする浩紀。
浩紀「すみません。俺名前…」
律「(笑って)別に。呼び方なんて気にしないし。じゃ」
  十字路で手を振る律。
  手を振り返す浩紀。
  浩紀、そのまま自分の手を見て呆然としている。

〇律の部屋・中(朝)
  律の部屋でコーヒーを飲んでいる頼仁。
律「代理婚活?」
順仁「(頭を下げて)ごめん!最初は母さんの趣味だと思っててほんとにこうなるなんて思ってなかったんだけど」
律「なんで頼仁が謝んの」
順仁「だって姉ちゃん、嫌いだろこういうの」
律「まぁ、でもどうでもいいかなって」
  窓辺で空を見上げる律。
律「…母さんの気持ちも共感はできないけど何となく理解はできるから」

〇喫茶店・前
  店の前でスマホをいじっている頼仁。
律「ごめん!用事長引いて…」
  振り向く頼仁。
  走ってくる律。
頼仁「もう母さんたち待ってるよ」
  喫茶店の中を見る頼仁。
  乗らなそうに喫茶店の中を見る律。
  楽しそうに話している美奈子と公平。
  いやそうな律の顔が一点を見つめ固まる。
  律の目線の方向を見る頼仁。
律「何で…」

〇同・中
  テーブルを囲んでいる公平、美奈子、浩紀、律。
公平「まさか、この場を設ける前に二人が出会っていたとはな」
美奈子「運命って本当にあるのかしら」
  そういって笑いあう公平と美奈子。
律「…」
  ×  ×  ×
岡島「恋愛ってやっぱするじゃん普遍的に」
  ×  ×  ×
美奈子「ほら、あんたもなんか言ったら。ねぇ」
律「(小声で)帰っていい?」
美奈子「…え」
律「別に勝手に話を進めるのはいいけどさ。来たくて来たわけじゃないし。相手が知り合いならなおさら。帰っていい?」
公平「あの、これは…」
美奈子「すみません!ほらあんたも謝って」
律「なんで。私結婚も恋愛もしないからほっといて」
美奈子「だから心配なんじゃない。どうしちゃったの?あんなにやさしい子だったのに」
律だからほっといてってば!」
  我慢できず店を飛び出していく律。
浩紀「ちょっ…」
  頭を下げ、律を追いかけていく浩紀。

〇 喫茶店・前
  しゃがみこんで膝を抱えている律。
  声をかけようとする浩紀。
頼仁の声「大丈夫?」
  頼仁の声に隠れる浩紀。
律「なんだ…帰ってなかったの…」
頼仁「用事があって。姉さん、もう帰っていいよ。今日は母さんがごめん」
律「言われなくても。じゃあ」
  立ち上がり歩いてこうとする律。
頼仁「姉さん!」
律「(立ち止まって)…」
頼仁「また帰ってくるよね」
律「…」
頼仁「待ってるよ」
  そのまま歩き去っていく律。
  浩紀のほうを振り替える頼仁。
浩紀「…あ、」
頼仁「もう大丈夫なんで、もうほっといてください」
浩紀「え…?」
頼仁「じゃ」
  店の中に入っていく頼仁。
  ばたんと閉められる店のドア。
  律の後を追いかけていく浩紀。

〇音楽スタジオ・中(夜)
  ヴァイオリンを弾く律。
律「…」
  ふと手を止める律。
律「…なに」
  ドアに寄りかかってヴァイオリンを聞いている律。
浩紀「やっぱりきれいな音ですね」
律「…聴いてたの」
浩紀「どうして帰ったんですか」
律「別に。関係ないでしょ」
浩紀「あれ、どういう意味」
律「あれ?」
浩紀「結婚も恋愛もしないってあれ」
律「…」
浩紀「答えたくなかったら別にいいですけど」
律「気分じゃないの。今はこれしか見れない」
  ヴァイオリンをなでる律。
浩紀「ってことは結婚しないの。これからも?一生?」
  ヴァイオリンを机に置く律。
律「そういうあんたはどうなの。結婚したいの?」
浩紀「いい人がいたらそりゃまあ…」
律「そ。そんなこと私なら絶対無理だけど。いい人の中に私が含まれなかったみたい」
  ヴァイオリンを拭く手を止める律。
律「恋愛することや結婚することが幸せの定義なら、この世界は地獄だね」
浩紀「…じゃあ、俺たちは似た者同士かもしれない」
  浩紀に背を向けたままの律。
浩紀「…気のせいだったらごめん」
  何も言わない律。
  そのまま去っていく浩紀。

〇律の部屋・玄関・中
  鍵を開けて中に入る律。
  靴を脱ぐ律。
  ふと手を止める。
律「結婚かぁ」

〇浩紀の部屋・中
  ビールを飲んでいる浩紀。
  浩紀のもとに届くダイレクトメール。
  送信元は婚活アプリから。
浩紀「…幸せって何なんだろうな」
  浩紀、メール削除する。

〇(夢の中)中学校・屋上・中
  男子生徒Aと向かい合っている律(15)。
男子A「(赤面して)好きなんだ。付き合ってほしい」
律「…」
男子A「ねえ」
律「…」
男子A「ねえ聞いてる?」
律「あ、ごめん。なんか言ってたのはわかったんだけど風の音で…で、何」
男子A「だから付き合ってって」
律「どこに」
男子A「どこに?」
律「だって行きたい場所あるんでしょ?」
  唖然とする男子A。
  いたってまじめに男子を見つめる律。

〇教室・中
  昼休み。
  教室で友人Aと向かい合っている律。
友人A「断った!?」
律「いやだから付き合ってって言われたからどこにって聞いたらもういいって言われただけだよ」
友人A「あんたそれさ…」
律「何よ」

〇律の部屋・中(朝)
友人Aの声「なんかロボットみたいじゃない…」
  律、友人Aの言葉で夢から覚める。
  起き上がる律。
律「いやな夢を見た…」
  ベッドの上で震えているスマホ。
  律、髪をかき上げながらスマホを手に取る。
律「もしもし…え」

〇カウンセリングハウス・中
  机にうつ伏している浩紀。
  浩紀にコーヒーを出す日和。
日和「ここは一応悩みがある人をカウンセリングする場所なんだけど」
浩紀「カウンセリングして」
日和「悩み、あるの」
浩紀「病んだ」
日和「どうせたいしたことないでしょう」
浩紀「カウンセラー失格だろそれ」
  ため息をつく日和。
日和「じゃあ一応聞いてあげる。なんに?」
浩紀「世の不条理に」
日和「お帰りください」
  浩紀を部屋から追い出す日和。
  部屋の外に追い出される浩紀。
浩紀「何でそうなったか聞かねえの」
日和「あんたが不条理で病んでたらその他多数は全員病んでるっつうの」
  ばたんと閉じられるドア。
浩紀「それ絶対偏見だって…」
  階段を下りていく浩紀。

〇タクシー・中
律「急いでください!早く!」
  血相を変えてスマホを握り締めている律。
運転手「いやそういわれてもね…」
律「法定速度の範囲でいいから!無駄口たたかないで早く!」
運転手「(ニヤリとして)追加料金いただきますよ」
  そういいながらアクセルを踏む運転手。

〇道
  走るタクシー。
  タクシーのスピードが加速する。

〇カウンセリングハウス・前
  階段から降りてくる浩紀。
  目の前をタクシーが勢いよく走り去る。
浩紀「はや…え?」
  一瞬見えた律の横顔に戸惑う浩紀。
浩紀「律さん…?」
  
〇桜が丘総合病院・病室・中
律「お母さん!」
  病室に飛び込んでくる律。
  ベッドから起き上がっている美奈子。
  その隣には頼仁。
頼仁「姉ちゃん…」
律「倒れたって…」
  顔を見合わせる頼仁と美奈子。
美奈子「(笑って)いやねぇ、ただの貧血よ」
頼仁「母さん!」
美奈子「そんなことよりあなた、天才なんでしょう。練習しないと天才じゃなくなるわよ」
律「…お母さん?」
  どこかいつもと違う様子の美奈子の様子に戸惑う律。
頼仁「ちょっと…」
  頼仁、律を病室から連れ出す。

〇同・前
  タクシーから降りる浩紀。
浩紀「…ここって」
  「桜が丘総合病院」と書かれた看板を見てショックを受ける浩紀。
  病院の中から出てくる律。
浩紀「律さん!」
律「え…?」
浩紀「そうならそうと言ってくれないと!」
律「(キョトンとして)…何の話?」

〇道(夕)
  並んで歩く浩紀と律。
浩紀「なんだ…律さんじゃなかったのか」
律「まあね。私は健康そのものだから安心して」
浩紀「じゃあ、なんで病院に?」
律「…(少し考えて)。いろいろあって」
浩紀「そうなんだ」
律「そんなことより大学は?休み?」
浩紀「自主休講」
律「自主…何?」
浩紀「社会人で言う有給みたいなもんだよ」
律「そっか。デート?」
浩紀「何でそうなんだよ」
律「そういう年頃かなと思いまして」
  夕焼けに照らされる律の笑顔。
浩紀「デートじゃないよ」
律「そうなの」
浩紀「律さんと一緒」
律「え?」
浩紀「俺は誰でも好きになっちゃうから。でも誰か一人を好きだって言えるほど器用じゃないから恋もしないし、結婚も考えてない」
律「…そうなんだ」
浩紀「俺にとってもこの世界は地獄に見える。結婚だとかカップルになることが良しとされていて別にならなくたっていいじゃんねって思おうよ」
律「ほんとそれ。なんで一つの感情で人を縛るのか私にはよくわからない」
浩紀「…しょうがないよ。この世界は大多数の価値観で成立する間違いが多すぎるから」
律「そ。別にいいけどね。じゃあ私、用事あるんで!」
  大きく手を振って走っていく律。
  律を見送っている浩紀。
  そんな浩紀を離れたところから見ている美優。
美優「誰あの女…」
  
〇音楽スタジオ・中(夜)
  ヴァイオリンを弾いている律。
  ×  ×  ×
(回想)桜が丘総合病院・病室・前
  頼仁と向かい合っている律。
頼仁「(言いにくそうに)…母さん、末期がんだって」
律「…えっ」
頼仁「黙っとけって言われたんだ。姉ちゃん、ただでさえ練習大変なのに心配もかけられないって。でも…」
律「大丈夫なの…」
頼仁「がん細胞のグレード次第だけど」
律「そっか…」
頼仁「母さんいつも姉ちゃんのこと、心配してたよ」
  そういって病室に戻っていく頼仁。
  こぶしを握り締める律。
  ×  ×  ×
(現在)音楽スタジオ・中
  無我夢中でヴァイオリンを弾く律。
  曲中に力を入れすぎて弦が切れてしまう。
律「…あ!」
  演奏をやめる律。
頼仁の声「母さん余命1年だって」
  崩れ落ちる律。

〇居酒屋・中(夜)
  カウンターでビールを飲んでいる美優。
浩紀の声「珍しいな」
  振り向く美優。
  中に入ってくる浩紀。
美優「珍しいのはどっちよ」
浩紀「そうだな」
美優「…何で来たの?」
浩紀「別に」
美優「なんかいいことありました」
浩紀「別に」
美優「…いいね。いい言雄がたくさんある人は」
  そのままテーブルに崩れ落ちて寝てしま 
  う美優。
浩紀「おい…おいってば」
  困った様子の浩紀。
  美優、どんなに肩を揺らしても起きない。
浩紀「…まいったな」

〇律のアパート・律の部屋・中
  室内に響くクラシック音楽。
  ヴァイオリンの修復をしている律。
  弦を楽器に張りなおしている。
友人Aの声「お前のこと、すきだったのに…」
  フラッシュする浩紀の顔。
  律、手元が震え、弦がうまく張れない。
律「絶対無理だ…」
  部屋を飛び出していく律。

〇井出家・リビング・中
頼仁「こっち来るなんて何年ぶりだよ」
  テーブルにお茶を置く頼仁。
  座っている律。
律「母さんは…」
頼仁「病院。まだ入院中」
  頼仁、律の向かい側に座る。
頼仁「何かあった?」
  律の顔をのぞき込む頼仁。
律「(顔を覆って)どうしよう…私、母さんの望むようなこと、してあげられない」

〇浩紀の家・部屋の中(朝)
  布団から起き上がる美優。
美優「ここは…」
浩紀「起きた?」
  振り向く美優。
  コーヒーを持ってくる浩紀。
浩紀「また会うなんて思わなかったよ」
美優「…」
  美優の前にカップを置く浩紀。
浩紀「弱いくせに飲むからさ…」
美優「ほっとけばよかったでしょ」
浩紀「そうもいかないでしょ。店的に迷惑になるし」
  コーヒーを飲む浩紀。
  美優もコーヒーを飲むが、ブラックの苦さに顔をしかめる。

〇井出家・入口・前(朝)
  入口をにらみつけている美優。
日和の声「相手を知らずに、否定しちゃだめだよ」
  美優の片手には律のface bookが表示されたスマホ。
美優「(にらみつけながら)あんたなんかに渡さないから…」

〇同・中
  向かい合っている頼仁と律。
頼仁「…わかってるよ」
  顔を上げる律。
頼仁「前、姉さん言ってたろ。人の幸せは結婚が全てじゃないって」
律「言ったっけ。そんなこと」
頼仁「ああ。テレビ見ていったんだ。結婚しなくても幸せになれるのに何でって。母さんも聞いててさ。でもパートナーがいないと、人は最期一人になってしまう。母さんが心配してるのはそこだよ」
  頼仁、律の手を握る。
頼仁「母さんは姉さんを一人にさせたくないんだよ」
律「(唇をかんで)…なんで」
頼仁「きっと俺たちの母さんだからさ」
律「そっか…」
頼仁「…」
  お茶をすする律。
  律を見つめている頼仁。

〇(回想)公園・中
  頼仁と向き合っている浩紀。
頼仁「こういうのほんとに迷惑だと思うんですけど」
浩紀「…」
頼仁「貴方が姉さんを支えてくれる人になればいいんです。でもなれないでしょう。だから迷惑だ」
浩紀「なんか君に俺したかな?」
頼仁「直接的には関係してないけどさ。でも姉さんをたぶらかすつもりなら…」
  浩紀の胸ぐらをつかむ頼仁。
浩紀「なんだよ、俺何かしたか」
頼仁「何でよりによってお前なんだよ
…」
浩紀「違う!違うって!」
  頼仁の手を振り払う浩紀。
浩紀「(襟を正しながら)別に俺なんもしてないよ。ただ律さんとは仲がいいだけ」
  息を切らしてにらみ合う二人。
頼仁「ならいいけどさ。姉ちゃんの邪魔だけはするな」

〇音楽スタジオ・中
  楽譜をにらんでいる律。
  音階を口ずさんでいる。
律「やっぱこの音、違うなあ…」
  楽譜に書き込みをする律。
岡島「やっぱり恋愛ソング、やる気にはならないか」
  離れたところで律を見ている岡島。
律「どうしてもやらないとダメですか」
岡島「スポンサーのご意向だからな」
律「…。期待はしないでください」
  
〇神栖家・リビング・中
  お茶を飲んでいる公平。
  部屋に入ってくる浩紀。
浩紀「親父」
公平「帰ってきたか。これ、次の見合い相手だ」
  公平、写真を浩紀に差し出す。
浩紀「(写真を受け取って)…またかよ」
公平「(自慢げに)今度はな、きちんとしたお嬢さんだぞ」
浩紀「律さんは…?」
公平「あの方はあるのは実績だけだ。中身は年上への尊敬もない」
浩紀「…」
公平「大体な、ああいう場で結婚したくないというか普通。こういうのは親も子供の気持ちを知っていて、なおかつ理解したうえでやるもんだろ」
浩紀「…やめろよ」
公平「は」
浩紀「お前もどうせ俺のことわかってねえだろ」
  公平の肩をつかむ浩紀。
公平「どうしたんだ急に」
浩紀「急じゃねえよ。いつ俺が結婚したいって言ったんだよ。彼女気づつけるようなことまで言って、人として恥ずかしくないのか」
公平「親になんてことを」
浩紀「律さんも傷ついてた。彼女も言ってたけど、同じ枠で俺たちをとらえて考えないでほしい」
  そういって家を出ていく浩紀。
  取り残される公平。
公平「(ぽつりと)…じゃあ、俺はどうすればよかったんだよ」

〇病院・病室・中(夜)
  ベッドで寝ている美奈子。
美奈子を心配そうに見ている律。
頼仁「…姉ちゃん」
  部屋に入ってくる頼仁。
  振り向く律。
  頼仁、花の入った花瓶が美奈子の枕元にあるのを見る。
頼仁「花、姉ちゃんが?」
  無言でうなずく律。
律「(順仁を見据えて)話があるの」
  キョトンとする頼仁。

〇浩紀の部屋・中
  テレビを見ている浩紀。
  インターホンが鳴る。
  ×  ×  ×
浩紀「はい?」
  玄関を覗く浩紀。
  涙ぐみながら立っている美優。
美優「浩紀…ごめん私、ひどいことした」
浩紀「(顔をしかめ)?」

〇公園・中(夜)
  Jポップソングを口ずさみながらベンチに座って炭酸を飲んでいる律。
  ×  ×  ×
病院・中庭(夜)
  並んで歩く律と頼仁。
頼仁「何話って」
  ベンチに座る頼仁。
律「…私、音楽辞めるかもしれない」
頼仁「え?」
律「いろいろあって。ちょっとこの道じゃないなって最近思ってきて。天才は普通になるけどお母さん許してくれるかな」
頼仁「何かあったのか」
律「恋愛ソング縛りのコンサートをやりたいんだって。スポンサーが」
頼仁「やったらいいじゃん」
律「そんな簡単な話じゃないの!そんなことくらい何年も一緒にいたんだからわかってるでしょ…」
  顔をそむける律。
  ×  ×  ×
浩紀「あ、やっぱり律さんの声だった」
  律の前に突然現れる浩紀。
  その隣には眞子。
  一気にむせる律。
律「何、いきなり」
浩紀「すみませんでした」
  深々と頭を下げる浩紀。
律「(キョトンとして)…え」
浩紀「俺の連れが律さんにひどいことしたみたいで。ちゃんと彼女も反省してるから」
  浩紀の後ろに隠れつつも頭を下げる眞子。
美優「(小声で)すみませんでした」
  そういうと走り去っていく眞子。
律「彼女が私に?嫌がらせしてたの」
浩紀「もしかして気がついてなかったのか」
律「何が」
浩紀「姉ちゃんが、ストーカーに会ってるみたいだって言うから…」
律「(笑って)ああそういう。大丈夫よありがとう。彼女にもお礼言っといて」
浩紀「…よかったぁ…!めっちゃ心配した」
律「え」
浩紀「めっちゃ心配してたんだ。姉ちゃんからストーカーの話聞いてそれからずっとほかのことどうでもよくなるくらい」
律「えっとつまり…」
浩紀「好きってそういうことなんだよ。律さん」
  はっとする律。
律「ありがとう!」
  立ち上がり駆け出していく律。
浩紀「?」
  首をかしげる浩紀。

〇国立音楽スタジオ・楽屋
  ヴァイオリンの手入れをしている律。
  苦い顔でその様子を見ている岡島。
岡島「本当に大丈夫なのか。あんなに渋ってたのに…」
律「大丈夫よ」
岡島「このイベントは社長の知り合いがスポンサーなんだぞ。もし失敗したら…」
律「そしたら海外逃亡でもしましょう」
  開演5分前のブザーが鳴る。
律「今はそんなことよりステージよ」
  ヴァイオリンをもって笑う律。
律「最後にしろなんにしろ楽しんでいきましょう」
  満面の笑みで楽屋を出ていく律。

〇同・客席
  後方の座席に座っている浩紀と頼仁。
頼仁「何でお前がいるんだよ」
浩紀「律さんが関係者用のデジタルチケット送ってきてくれたから」
頼仁「あいつも何考えてるんだ」
  開演の合図とともに暗くなる会場。
  ライトアップされたステージの上には律。
  大きく深呼吸をする律。
  ヴァイオリンを奏でだす。

〇同・会場外(夜)
  会場から出てくる浩紀。
律の声「浩紀君!」
  律の声に振り向く浩紀。
浩紀「律さん…」
律「どうだった?演奏」
浩紀「めちゃくちゃうまかった。最高だったよ」
律「ほんとに?よかったー」
  安心したように肩の力を抜く律。        
浩紀「でもちょっと意外だったかも。律さんがああいうの弾くなんて」
律「自分だけだったら弾けなかった。君がいたから弾けたんだよ」
浩紀「俺?」
律「君がいなかったらこのコンサートは成功していない。ありがと」
浩紀「どういたしまして」
律「また手伝ってくれる?」
  首をかしげる律。
浩紀「俺でよければいつでも」
律「じゃあさ…」
  律の言葉に驚く浩紀。
  一瞬の間をおいて大きくうなずく。

〇病院・病室・中(夜)
  起き上がり外を眺めている美代子。
  病室に律が入ってくる。
律「起きてたんだ」
  ベッドの横に座る律。
美代子「…ごめんね」
律「何が」
美代子「あんたの気持ちをないがしろに代理婚活なんてやりすぎよね」
  ふっと力を抜いて微笑む律。
律「お母さん、私、籍は入れないよほかの人と」
美代子「うん」
律「でも、人生を浩紀君と一緒に歩いていこうとは思ってる」
美代子「うん…え。どういうこと(驚く)」
律「事実婚をしようかと思ってて。彼は私が音楽をしていくのに必要な人間だから」
美代子「…」
  唖然として律を見る美代子。
美代子「そっか…おめでとう」
  安心したように笑う美代子。
律「だからお母さんも早く元気になってね」
美代子「考えとくわ」
  と言って笑う美奈子。
  律、泣きそうになるのをこらえて、美奈子に背を向ける。

〇マンション・外観
  お洒落なデザイナーズマンション。

〇同・前
  引っ越しのトラックが止まり、中から浩紀が出てくる。
  家の中から出てくる律。
律「わが家へいらっしゃい」
浩紀「今日からよろしくお願いします」
律「幸せになった?」
浩紀「それはこっちのセリフ。どうなの」
律「まあいいかなって」
浩紀「じゃあいいんじゃない?ハッピーエンドだってバッドエンドだって最終的には自分が決めるもんだよ」
  笑う律と浩紀。

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