(第33回新人シナリオコンクール二次選考通過作)グリスト! 日常

編集中
平瀬たかのり 95 0 0 05/12
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第一稿

主な登場人物(年齢は本編中に記載)

柴田美鈴―〈北本ストア〉玉崎店・総菜部パート従業員
江口李緒―右同
木内幾代―右同
泉咲奈―右同
井本―コンサルタント会社従業員
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主な登場人物(年齢は本編中に記載)

柴田美鈴―〈北本ストア〉玉崎店・総菜部パート従業員
江口李緒―右同
木内幾代―右同
泉咲奈―右同
井本―コンサルタント会社従業員
宗元―美鈴の元恋人
梅原―コンサルタント会社企画部長
水原優佳―シェアハウス運営会社社長
柴田祐一―美鈴の父
  汐里―美鈴の母
北本隆二―〈北本ストア〉社長
  加奈子―北本の妻
駒田―〈北本ストア〉玉崎店・店長
岡崎―〈北本ストア〉玉崎店・総菜部主任
須藤明里〈北本ストア〉総菜部アルバイト
下川鞠花―前同
水野丈瑠―前同
柳村―李緒のかつての知り合い
〇〈スーパー・北本ストア/玉崎店〉外景
   中規模スーパー。

〇前同・駐車場
客の車が幾台も停まっている。

〇前同・店内
   営業中の店内。客たち
   が買い物をしている。
  
〇前同・青果部バックヤード
   パッカーを前に白菜の
   ラッピングをしている
   女性従業員。

〇前同・バックヤード・通路
   パックに入った魚の切
   り身を積んだ五段台車
   を押して、鮮魚部の女
   性従業員が通っていく。

〇前同・精肉部作業場
   スライサーの前に立ち、
   スライスされた肉の切
   り身を手際よくさばい
   ていく男性従業員。

〇前同・総菜部作業場
   二層の大型フライヤー
   の前で、コロッケと
   アジフライを揚げて
   いる柴田美鈴(27)。
   その隣、並ぶように
   して、六十センチほ
   ど離れた同じく二層
   の大型フライヤーの
   前で天ぷらを揚げて
   いる江口李緒(27)。
   白衣白帽着用の二人。
美鈴「火曜にしては朝から
 客多いなぁ」
李緒「うん」
美鈴「あー、グリストだりぃ。
 帰りたい」
李緒「お互い最後のオツトメ
 だよ」
美鈴「あんたは最後やけど、
 わたしはそうやない。こ
 れから現場にもガンガン
 行かされるんやから」
李緒「自分から望んだ場所
 でしょうが。文句言いな
 さんな」
美鈴「るっさいなあ」
李緒「立つ鳥跡を濁さず、
 だよ」
   そのときスイングド
   アを開けて入ってく
   る木内幾代(79)と
   泉咲奈(22)。
美鈴「あれ、どないしたん
 二人とも」
咲奈「今日グリストの日やっ
 て思い出してん。そや
 から戻ってきた」
幾代「分かってて言わへん
 かったんやろ。二人でや
 ろかと思ってたんかぁ。
 水臭いでぇ」
   顔を見合わせる美鈴
   と李緒。
    ×     ×    ×
   大型ポリバケツに幾
   重にもビニールのゴミ
   袋を被せていく咲奈と
   幾代。咲奈、流し台に
   行き、四本ある水道の
   栓をすべて開ける。勢
   いよく流れ出す水。
   廊下から顔を出す美鈴。
美鈴「そしたら、わたしら外
 行ってくるから、中、お願
 いします」
幾代「はいよ」
   
〇前同・バックヤード(通路)
   美鈴、作業用台車に
   ポリバケツを積み、そ
   こにデッキブラシを入
   れる。立てかけてあっ
   た肥柄杓も入れる。最
   後に通路隅に置かれて
   いた、薬液の入った二
   十キロのプラスチック
   容器を二人で持ち上げる。
美鈴・李緒「ふんっ!」
   気合を入れて台車に乗
   せる。
   作業用台車を押して行
   く美鈴。その後を続い
   て歩いていく李緒。

〇メインタイトル
   〈グリスト!〉

〇東京・オフィス街
   高層ビルが乱立してい
   るその様。
   
〇コンサルタント会社〈JF
 Wコーポレーション〉・オフィス
   広いフロアに並べられ
   ているデスクに座り、パ
   ソコンを前にデスクワー
   クをしているラフな服
   装の社員たち。
   その中の一人に美鈴が
   いる。
   肩ひじついて右手にマウ
   ス。パソコンの画面をス
   クロールしている。
美鈴「井本くん、ちょっと」
   少し椅子を後ろにずらし、
   斜め向かいの井本(24)
   に声をかける。
井本「はい」
   立ち上がり美鈴の横ま
   で行く。
美鈴「読ませてもらった。あ
 なたの作ってくれたパート
 従業員の自己評価チェック
 シート」
井本「はい、どうでしたか」
美鈴「まあ、無難にできてる
 と思うよ」
井本「ありがとうございます。
 すごい調べて作りましたか
 ら」   
美鈴「そう。でさ、この生鮮
 三部門に共通してる〈グリ
 ストラップ清掃ができる〉
 っての、どういうの?」
井本「え」
美鈴「だからぁ、グリストラッ
 プ清掃っていうのはどうい
 うお掃除だか訊いてるの」
井本「それは――」
美鈴「わかりません、ってか」
井本「すみません」
   美鈴ため息をついて。
美鈴「たのむよ、ほんとに。
 これがうちにとってスー
 パーマーケット相手にす
 る最初の仕事なの。あな
 ただって分かってるんで
 しょ」
井本「はい」
美鈴「見込んでチームの一
 員に抜擢したんだから
 しっかりしてよ」
井本「はい、すみません」
美鈴「分かったらすぐに調
 べる。あと誤字がいくつ
 かあったから、それも直
 して」
井本「はい――あの、どこ
 間違ってました?」
   美鈴、井本を見て。
美鈴「井本くん」
井本「はい」
美鈴「それは自分で見つけ
 ましょうね」
井本「――はい」
   自席に戻る井本。た
   め息の美鈴。

〇銀座・スカイラウンジ(夜)
   夜景を見ながらディナー
   のコースを食べている
   美鈴と恋人の宗本(28)。
宗元「で、そのグリストラップ
 清掃っていうのはどういう
 お掃除だったわけ」
美鈴「ダメ、言えない」
宗元「え、なんで?」
美鈴「きれいな夜景見て、
 美味しい料理食べながらす
 るような話じゃない」
宗元「話ふったの美鈴の方じゃ
 ん」
美鈴「そうだけど……」
   ふふっと笑う宗元。
宗元「リベンジのチャンスが
 来たね」
美鈴「え」
宗元「チームのリーダーと
 して二度目のチャンス。
 前の二の舞にならないよ
 うにしないとな」
美鈴「――分かってるわよ。
 それにあの不動産屋の件
 はうちの、わたしのせい
 じゃない。創業者がこっ
 ちのいうことぜんぜん聞
 いてくれなかったんだも
 ん」
宗元「四代目のボンボンは
 聞いてくれたんだろ?」
美鈴「そうだけど……でも
 結局はそのひいじいさん
 の鶴の一声で全部ちゃぶ
 台返しにされちゃったん
 だから。廃業はそれが原
 因よ――今、そんなこと
 言わなくたっていいじゃ
 ない」
   むくれる美鈴。
宗元「ごめんごめん――怒っ
 た顔が見たかった」
   美鈴の頬を軽くつつ
   く宗元。
美鈴「ばか」
   宗元を軽く睨み、笑
   みを浮かべる美鈴。
宗元「上手くいくといいな、
 今度の仕事」
美鈴「うん」
宗元「でもさ、今どうして
 るんだろうね、その四代
 目」
美鈴「知らない、そんなの」
   食事を続ける二人。

〇都内のスーパー(外景)
   さほど大きくない店
   がまえのスーパーマー
   ケット。

〇前同・店内
   店内売り場を視察し
   ている美鈴と井本。
   その後ろをついて歩
   く店長以下、各部署
   の主任たちが五名。
   気づいたことを指摘
   していく美鈴。

〇前同・店長室
   十平米ほどの店長室。
   長机を前に座ってい
   る社員たち。彼らを
   前に同じく長机を前
   にして座っている美
   鈴と井本。
美鈴「えー、これより店内
 視察をさせていただいた
 感想を述べさせていただ
 きます。少し厳しいこと
 を言うこととなります。
 まずどの部門においても
 従業員への根本的な意識
 の低さ、それが売り場に
 現れている、そのように
 思いました。本当に売り
 たい商品はなんなのか。
 お客様にそれを正しい形
 態で陳列できているのか、
 たいへん疑問に思いまし
 た――」
   従業員に向かって話
   し続ける美鈴。

〇地下鉄・車両内
   動いている電車。座
   席に隣同士に座って
   いる美鈴と井本。
美鈴「パイプ椅子ってさ」
井本「はい?」
美鈴「だからパイプ椅子」
井本「はい」
美鈴「久しぶりに座ったわ」
井本「はい――業績、上向
 きますかね、あのスーパー」
美鈴「わたしのこと素直に
 聞き続けてくれればね」
   美鈴、目を閉じる。

〇〈JFWコーポレーション〉
 オフィス
   企画部長、梅原(37)
   の前に立っている美鈴。
梅原「で、出る? 出ない?」
美鈴「はい、あの、えっと――」
梅原「なんか大学出てすぐにシェ
 アハウス運営の会社起こして
 成功した女の子も参加するっ
 てことらしいけどね」
美鈴「シェアハウス運営――あ
 の、それって水原優佳ですか」
梅原「あれ、知ってるの?」
美鈴「大学の同期生です」
梅原「あ、そうなの。まあうち
 としては、気鋭の若手コンサ
 ルタントとして君を推薦した
 いと思ったんだけどね。迷っ
 てる時点でボク的にはアウト
 だなあ。じゃ、この話はなしっ
 てことで。他の人に話し持っ
 ていくよ」
美鈴「ま、待ってください。出
 ます! わたしにやらせてく
 ださい!」
梅原「嫌だったらいいんだよ」
美鈴「そんなことないです! 
 出たいです!」   
梅原「うん。じゃあ頑張ってき
 て」
美鈴「はい!」
梅原「爪痕の一つでも残して
 きてよ」
美鈴「はいっ!」
   頷く梅原。パソコンの
   画面に向かう。紅潮し
   ている美鈴の顔。

〇某大学・構内
   学生たちが行き交って
   いる。

〇前同・大教室
   二百人ほどが入れる教
   室が一席ずつ空きでほ
   ぼ満席になっている。
   教壇には司会者とゲス
   ト四人(すべて女性)
   が横並びに座っている。
   水原優佳(28)の隣に
   座っている美鈴。
司会者「えー、それではこの
 あたりで公開特別講座『羽
 ばたく君へ~気づきと学び
 をわたしたちから~』を終
 わらせていただきたいと思
 います。最後に参加してい
 ただいた四人の方からひと
 こといただきたいと思いま
 す。では、並び順に水原さ
 んからどうぞ」
優佳「はい。やはり大事にな
 るのは人脈だと思います。
 とりわけ友人との繋がり
 を大切にしてほしいと思
 います。わたし一人では
 起業はできませんでした。
 今も副社長としてわたし
 を支えてくれるているの
 は高校、大学と同級生だっ
 た友人です。夢を語り合っ
 た彼女がずっと傍にいて
 くれたから、今がある。
 心からそう思っています。
 そんな友人を持ち、人脈
 を広げていってほしいと
 思います。わたしも頑張
 ります。みなさんも頑張っ
 てください」
   盛大な拍手がおきる。
   優佳をチラッと横目
   で見る美鈴。
司会者「えー、では続いて
 柴田さんどうぞ」
美鈴「じゃあまあ、お給料
 取りとして、端的に本音
 でざっくばらんにいくね。
 みんなもさあ、せっかく
 いい大学入るいい地頭し
 てるんだから古い考えに
 囚われてたらダメだよ。
 汗水たらして働くのなん
 て、もう古いの。大事な
 のはやっぱ頭。ハートよ
 りもスキル。ほら、心技
 体っていうじゃない? 
 あれって順番間違ってる。
 わたしに言わせれば技が
 六割、体が三割、心が一
 割ってところかな。てい
 うか心ゼロ割でもいいか
 な。気持ちなんかこもっ
 てなくってもコミュ力あっ
 たら、相手を動かすこと
 はできるの。これは今ま
 で人に使われてきた者だ
 から言えること。気持ち
 が大事なんていつまでも
 思ってると取り残されちゃ
 う。そんなものにこだわっ
 てばかりいるとね、いい年
 してみんなが遊んでる週末
 にヘドロ除去しなきゃいけ
 ない未来が待ってるかもだ
 よ。いやでしょそんなの。
 みんなはもう高卒や三流大
 学の人よりアドバンテージ
 あるんだからさ、それを生
 かすためにも時代に合った
 考え方に脳みそをアップデー
 トしてくださいね、以上で
 す」
   得意げな顔の美鈴。拍
   手は、優佳のときより
   少ない。
司会者「ありがとうございま
 した。続いて木村さん、ど
 うぞ――」
    ×     ×    ×
   教壇を降りようとする
   美鈴。
優佳「あの、柴田さん」
   振り返り優佳を見る美
   鈴。
優佳「さっきの、本気で言っ
 たの?」
美鈴「は、さっきのって」
優佳「だから、あなたの最
 後のあいさつ」
美鈴「決まってるでしょ。
 お給料いただいてる者と
 しての実感を素直に言っ
 たまで。なにか問題でも?」
優佳「――やばいよ、あれは」
美鈴「なにがよ。少なくとも
 若手起業家様のおためごか
 しな言葉よりは学生には響
 いたんじゃないかって思っ
 てますけど。じゃあこれで。
 会社戻らないといけないの。
 あーあ、サラリーマンはた
 いへんだぁ」
   教壇を降り、教室を出
   る美鈴を見ている優佳。

〇地下鉄・車両内。
   座席に座っている美鈴。
   スマホを弄っている。
美鈴「え……」
   美鈴の顔が固まる。

〇路上
   必死の面持ちで走って
   いる美鈴。

〇JFWコーポレーション・
   オフィス
   戻ってくる美鈴。荒い
   息を吐いて。
   社員の目がいっせいに
   美鈴に集まる。
   慌てて駆け寄ってくる
   井本。
井本「なに言ってんですか、
 柴田さぁん!?」
美鈴「分かってる。電車の中
 で、Ⅹ見た。」
井本「発言全部録音されて晒
 されてますよ! Xのトレ
 ンド五位まで全部柴田さん
 の暴言関連ですよ! うち
 の社名も入ってるんですか
 らぁ!」
梅原「おーい、柴田くーん」
   手招きをして美鈴を呼
   ぶ梅原。梅原のデスク
   まで歩く美鈴。肩ひじ
   ついてパソコンの画面
   を見たままの梅原。
梅原「『三流大学で悪かった
 な』『高卒ですがなにか?』
 『心ゼロ割とかマジクソコ
 ンサル』『来世は農耕馬に
 でも生まれ変われ』『こい
 つ、この前うちのスーパー
 にきた女だわ。めちゃ偉そ
 うな態度でスゲーむかつい
 た』あーらら、担当先の社
 員さんからだねえ。こりゃ
 しばらく炎上しそうだなあ。
 やみそうもないわ。ヤフー
 ニュースになるのも時間の
 問題だな」
美鈴「あ、あの梅原部長」
梅原「ただ今絶賛拡散中。柴
 田さぁん、ぼくが言った爪
 痕ってこういう意味じゃな
 かったんだけどなあ。どう
 責任とるつもりよ、これ」
美鈴「あの、わたしそんなつ
 もりじゃ」
梅原「社長今日関西だからさ、
 連絡しといた。今日中に謝
 罪動画撮って上げるって言っ
 てたわ」
美鈴「社長が」
梅原「場合によっちゃ記者会
 見開かなきゃかもね――柴
 田さん、インスタやってた
 よね」
美鈴「はい」
梅原「もう顔写真とか出回っ
 ちゃってるよ。会社はほと
 ぼりさめるまでひたすら謝
 り続けて乗り越えていくけ
 どさ、今の時代、当事者は
 そういくかなあ」
   ようやく美鈴を見る梅
   原。
梅原「人生詰んじゃったかも
 だよ、あんた」
   呆然と立ちすくむ美鈴。

〇ファミリーレストラン・店内
   向かい合って座っている
   美鈴と宗本。
宗本「ちょっとまずいことになっ
 ちゃったね」
美鈴「うん、でも――」
宗本「でも?」
美鈴「わたし、そんなひどいこ
 と言ったのかな。だってさ、
 あんなのみんな心のどこかで
 思ってることじゃない。ちょっ
 と本音を言っただけじゃない。
 それが、あんな大事になるな
 んてさ」
宗本「水原優佳への対抗心から
 ね」
美鈴「そうだけど――」
宗本「それに、本音を公の場で
 言えば大事になるのが今の時
 代だよ」
美鈴「――」
   少し離れた席に座ってい
   た女子高生二人がチラチ
   ラと二人を見ている。や
   がて二人A、Bが立ち上
   がり、美鈴と宗本の前に
   立つ。二人を見る美鈴。
   美鈴の顔をスマホで写す
   B。
美鈴「ちょっと、なに」
A「JFWコーポレーションの
 柴田美鈴さんですよね」
美鈴「――ちがうわ、人違いよ」
B「ブーっ。あなたは柴田美
 鈴さんでーす。写真検索であ
 なたがインスタで公開してた
 自分の顔と今撮った顔が一致
 しましたー」
   顔をそらせる美鈴。B、
   宗本を見て。
B「彼氏さんですかー。いま
 からちょっと柴田さんに動
 画インタビューしたいんだ
 けど、ごいしょに映ります
 かー」
   しばらく固まっている
   宗本。
宗本「じゃあ、ぼくはこれで。
 払いはしておくから」
美鈴「え――」
   立ち上がり、会計へと
   向かう宗本。
B「あーらら、彼氏さん行っ
 ちゃったよ」
   美鈴をスマホで動画撮
   影始めるB。問い始め
   るA。
A「柴田さん、一つだけ答え
 てください。わたしの父は
 中卒です。家庭の事情で高
 校に行けませんでした。ずっ
 と廃棄物処理の会社に勤め
 ています。汗水たらして働
 き続けています。毎日ゴミ
 と戦っています。そうやっ
 て家族を養い続けています。
 わたしをここまで育ててく
 れています。それはいけな
 いことなんですか。ダメな
 ことなんですか。答えてく
 ださい」
美鈴「――そんなこと、わた
 し言ってないでしょ」
   店内にいる客の視線が
   二人に集まっている。
   スマホをかざす者もいる。
A「言った! あなたは言った! 
 気づいてないの! あなたは
 わたしのお父さんを馬鹿にし
 た! わたしの大好きなお父
 さんを軽蔑した! 『心はゼ
 ロ割でいい』なんて言えるあ
 なたに、一生懸命働くわたし
 のお父さんを馬鹿にされたく
 なんかない!」
   A,泣いている。何人か
   の客が拍手をする。
A「謝ってよ! わたしのお父
 さんに謝ってよ!」
   テーブルの一点をじっと
   見つめている美鈴。
B「ねえ、なんか言いなよ柴田
 さん。ちなみにうちの両親は
 高卒。スマホであんたの発言
 聞いてさ『顔の形変わるくら
 い殴ってやりたい』つってた
 わ」
   立ち上がる美鈴。立ち去
   ろうとする。
A「どこ行くのよ、答えなさい
 よ!」
   B、美鈴の後ろを撮り続
   けながら。
B「というわけで『心ゼロ割』
 の柴田さんは、なにも答えず
 去っていくのでありましたー」
   店を出る美鈴。

〇路上 
   涙を拭いながら歩いてい
   く美鈴。
          (F・O)

〇のどかな田園風景(朝)
   植えられた稲の田園が広
   がっている。

〇柴田家・外景(朝)
   田圃を挟んだ県道沿い
   にある一軒家。
   表札に〈柴田〉。

〇前同・美鈴の部屋(朝)
   ベッドの上の美鈴。布
   団を被って横になって
   いるが、すでに目覚め
   ている。
   枕元に置いていたスマ
   ホを手に取り弄る。
   ファミレスでAに詰問
   される自分の動画をボ
   ーっと見ている。
美鈴「『あれ、目から汗が……』
 『この子はもはや全国民の
 娘だ!』『正義のJKVS世紀
 のクソコンサル!』『子供に
 したい女子一位が子供にした
 くない女子一位を追い込む動
 画はこちらです』……」
   動画に寄せられたコメン
   トをブツブツ読み上げる
   美鈴。
   やがてスマホを布団の上
   にポイっと投げ捨てる。
   布団を引っ被る美鈴。

〇前同・キッチン兼居間(朝)
   パジャマ姿のまま頭を
   かきながら入って来る
   美鈴。あくびをしなが
   らキッチンテーブルの
   椅子に坐る。
   同じく椅子に坐ってい
   る母親の汐里(55)。
   ワイドショーを見ている。
汐里「ようやくやらへんよう
 になったわ、あんたの話題」
美鈴「へぇ、そらよござんした」
汐里「朝ご飯は?」
美鈴「味噌汁も作ってへんの
 に訊くんか、それ」
汐里「ご飯は炊いてるで。う
 ちの朝はめんめめんめや、
 そやろ」
美鈴「ほな訊くな」
   汐里、テレビを見な
   がら。   
汐里「谷原章介さん、ほん
 まエエ男やなあ。お母さ
 んめっちゃタイプや」
   ボーっとテレビを見
   ている美鈴。
    ×    ×    ×
   洗濯機の音がゴウンゴ
   ウンと聞こえる中、卵
   かけごはんを面白くな
   さそうな顔して食べて
   いる美鈴。

〇奥播信用金庫・外景
   さほど大きくない構え
   の信用金庫。

〇前同・店内・入口フロア
   受付に女性職員が五人
   並んで座り接客をして
   いる。その奥に座って
   デスクワークをしてい
   る職員たちが十人ほど。
   その中にいる美鈴の父、
   柴田祐一(56)。
   机の上に〈支店長〉の
   札。
   入口自動ドアが開く。
   女性職員たちの「いらっ
   しゃいませ」の声と共
   に入ってきた男、北本
   隆二(56)。
北本「祐一ちゃん」
   顔を上げる柴田。
柴田「おう、いらっしゃい」
   笑顔を見せる柴田。
    
〇前同〈お客様ご相談室〉
   小さな部屋。テーブル
   を挟み、向かい合って
   座っている柴田と北本。
柴田「どないした、うまいこ
 といってへんのか商売」
北本「ん?」
柴田「融資の話しとちがうん
 か」
北本「ヒヨヒヨ言いもって三
 店舗ともなんとかやれと
 るわい。心配すな」
柴田「なによりや。そしたら
 今日はなんや」
北本「娘さん、こっち帰って
 きてるんやて」
柴田「え――ああ、そうなん
 や」
北本「勤めてたところはよ」
柴田「そんなもん、これや
 がな。」
   手で首を切る仕草を
   する柴田。
北本「そうかぁ、冷たいも
 んやなあ」
柴田「なにが。あれだけ会
 社に迷惑かけて世間敵に
 回してしもうたんや。退
 職金もらえただけでもよ
 しとせなアカンわい」
北本「まあ、たしかになぁ」
柴田「ほんまに、我が子な
 がらアホさかげんに情け
 なぁなってくるわ」
北本「えらい叩かれようや
 もんなあ」
柴田「それだけのこと言う
 たっちゅうこっちゃ。つ
 きおうてた男もいてたみ
 たいやけど別れたらしい。
 捨てられたんやろ」
北本「今、どないしとるん
 や娘さん」
柴田「どないしとるて――
 なんにもしてへん。家で
 ゴロゴロしとるわ」
北本「このままにしとくん
 か」
柴田「まぁ、しばらくはこ
 のままおいとかなしゃあ
 ないわ――隆ちゃん」
北本「なんや」
柴田「『詰んだ』云うそうや」
北本「え」
柴田「人生終わった、云う意
 味や。最近はそないに云う
 んやて。ボソッと言いよっ
 たわ、あいつ。『わたしの
 人生はもう詰んだんや』
 いうて」
北本「詰んだ、か」
柴田「今の時代、実際そうか
 も分からん――なまじ勉強
 できたばっかりに東京の大
 学行かせた結果がこれや」
   薄く笑う柴田。
北本「このままにしとくつも
 りか」
柴田「うん――けど、どない
 したもんか」
北本「今日は、そのことで寄
 せてもろたんや」
柴田「え」
   微笑んで柴田を見る北本。

〇柴田家・キッチン兼居間(夜)
   入ってくる柴田。汐里、
   テレビを視ている。
柴田「ただいま」
汐里「おかえり」
柴田「美鈴は部屋か」
汐里「そうや。ご飯は食べた
 けど」
柴田「呼んできてくれ」
汐里「え」
柴田「話がある。早う」
   柴田をじっと見る汐里。
     ×     ×    ×
   向かい合って座ってい
   る美鈴と柴田。汐里が
   心配そうに二人を見て
   いる。美鈴の前に置か
   れた白紙の履歴書。
柴田「それ書いて電話してか
 ら面接に行け」
美鈴「なんなん、これ。し
 ばらくこのままでええっ
 て言うたやん」
柴田「気が変わった。ただ
 飯食らいを住まわ
 せ続けるつもりはない」
美鈴「はぁ、なんやそれ。
 で、なにて、スーパー
 のパート?」
柴田「そうや。北本スト
 アや。社長の北本は高
 校の同級生で同じ野球
 部、俺がセカンドで、
 あいつがショートやっ
 た。向こうから話し持っ
 てきてくれたんや」
美鈴「アホちゃうん」
柴田「なにがや。病気に
 なって急にパートさん
 がひとり辞めたそうや。
 ロングパートで雇うた
 るいうことや」
美鈴「――なんで、なん
 でわたしがこんな田
 舎でスーパーのパート
 タイマーやらなあかん
 のん」
柴田「不服か」
美鈴「決まってるやろ!
 アホかぁ!」
   立ち上がる美鈴。柴
   田を睨む。目を逸ら
   さない柴田。
美鈴「なんでわたしが今更
 パートで雇われなアカ
 ンのや!」
柴田「今更やからやろが。
 ロングパートいうのはな、
 社会保険も半分会社が持っ
 てくれて、厚生年金も払っ
 てくれるんや。ありがたい
 思え」
美鈴「そんなん、そんなん誰
 が行くかあ!わたしは、
 わたしはなあ。また東京行
 くんや! 東京……がアカ
 ンかったら大阪や!名古屋
 でも横浜でも福岡でもええ!
 こんなクソ田舎で燻って
 てたまるかぁ!」
柴田「雇ってくれるところ
 あるんかい」
美鈴「ぐっ……そのうちみ
 んな忘れるわ!それにな
 あ、今は、今はなあ、悪
 名は無名に勝るんや! 
 なんとでもなるわ! 逆に
 それが売りになったりす
 るんや!」
柴田「思ってた以上にアホ
 やったんやな、おまえは。
 住むとこどうするんや。
 保証人のハンコは付かんぞ」
美鈴「え――」
柴田「親戚全部にも断れっ
 て言うとく。それでもエエ
 んやったら東京やと大阪やと、
 どこなと行け。寝るとこ
 見つけられるんやったらな」
汐里「ちょっとお父さん」
柴田「人生詰んだんと違うん
 か、おまえ」   
   柴田を睨みつけ続ける
   美鈴。その目を逸らさ
   ない柴田。
    ×    ×    ×
   深夜。一人で梅酒を飲
   んでいる美鈴。
   廊下の電気が点く。汐
   里が部屋に入って来る。
汐里「なんや、まだ起きてた
 んかいな」
   汐里を見る美鈴。
    ×    ×    ×
   梅酒を飲んでいる二人。
汐里「一回はおしっこに目が
 醒めるようになってしも
 たなあ。年とったんやな
 あ」
美鈴「サプリとかあるやん、
 そういう。飲んだらどう
  なん」
汐里「テレビでコマーシャ
 ルやってるやつやろ。あ
 あいうのはなんか胡散臭
 いからいや」
   ふふっと笑う美鈴。
美鈴「お母さんらしいな」
汐里「行ったらどないや、
 面接。あれはあれでお
 父さんあんたのこと心
 配してるんやから」
美鈴「――いや、けどパー
 トて」
汐里「お母さんは嬉しい
 で、美鈴が帰ってきて
 くれて」
美鈴「なんにも分かって
 へんのやな」
汐里「ん?」
美鈴「わたしは『時をか
 ける少女』になりたい
 わ。なって時間巻き戻
 したい」
   梅酒をチビっと口
   に運ぶ美鈴。
汐里「少女云う年でもな
 いやん、もう」
美鈴「うるさいわ」
汐里「梅酒、おいしい?」
美鈴「え、あ、うん」
汐里「もう青梅出てる頃
 やろ。今年も作るから
 面接の帰りに買うてき
 てな」
美鈴「なんなん、それ」
汐里「あー、こんな時
 間に梅酒飲んだら、起
 きる前におしっこし
 たなるやろなあ」
美鈴「知らんやん」
   チビチビと梅酒を
   飲み続ける二人。

〇北本ストア/玉崎店・
 店長室
   北本と店長の駒田
   (38)が並んで座っ
   ている。駒田、美鈴
   の履歴書に目を落と
   している。その前に
   座っている美鈴。
北本「まあ、こっちがおせっ
 かいした話やし断って
 くれてもええんやけどな」
駒田「なんですかそれは。
 ほんま、困ってる
 んですから――柴田さん、
 いつから来れます?」
美鈴「あの――本部ってあ
 るんですよね」
北本「ん? あるで。二宮
 の本店の二階に社員三人
 いてる」
美鈴「デスクワークですよ
 ね、そこって」
北本「そうや」
美鈴「そこに配属希望した
 いんですけど。二宮、少
 し遠いけどわたし車の免
 許も持ってますし。そち
 らの方がわたしの今まで
 のキャリア生かせるから
 御社のためにも」
   顔を見合わせる北本
   と駒田。
北本「こんなんや、駒ちゃん」
駒田「はい」
   駒田、美鈴を見て。
駒田「柴田さん、うちの店
 がほしいのは惣菜のパート
 さん。それ以外の求人はし
 てません。どうしても他部
 署希望されるんやったら
 お引き取り願わないかん
 のやけど。ねぇ、社長。」
北本「ま、そういうこっちゃ
 な」
   美鈴を見る北本と駒田。 
駒田「心ゼロ割でも無遅刻無
 欠勤で勤めてくれて、ちょっ
 とずつ仕事覚えてくれたら
 それでええですよ」
   微笑む駒田。うつむく
   美鈴。

〇前同・バックヤード廊下
   駒田の後をついて歩
   いていく美鈴。
駒田「なかなかのヒールっ
 ぷりやったねえ、柴田さ
 ん」
美鈴「は?」
駒田「あ、ヒール言うたか
 て靴のことと違うで。悪
 役って言う意味」
美鈴「――分かってますよ。
 あの店長さん」
駒田「なんですか」
   立ち止まり振り返っ
 て美鈴を見る駒田。
美鈴「わたし、他の就職先
 も探しますから」
駒田「どうぞ、ご自由に。
 あ、辞められるときは一
 か月前に連絡ください
 ね。規約ですんで」
   歩き出す駒田。仏
   頂面でついて歩い
   て行く美鈴。

〇前同・総菜部作業場・
 入口
   立ち止まる駒田。
   美鈴も。
駒田「はい、ここが柴田
 さんの新天地。朝は四
 人から六人。昼からは
 二人から三人で回して
 る。今日は主任と同じ
 ロングの江口さんやな。
 ほな、入ろか」
   スイングドアを開
   けて中に入る駒田。
美鈴「なにが新天地や……」
   美鈴も中に入る。

〇前同・作業場内
   主任の岡崎(43)が
   ラベルプリンターの
   前に立ち、商品に値
   札を付けている。
   李緒、フライヤーの
   前でコロッケを揚げ
   ている。二人とも白
   帽、白衣姿。
駒田「岡ちゃんお疲れ」
岡崎「あぁ、店長。なんで
 す」
駒田「ほれ、昨日言うてた
 柴田さん」
岡崎「ああ、採用決まった
 んですか」
駒田「うん、三日後から」   
   小さく会釈をする美
   鈴。
岡崎「よろしくお願いしま
 す。主任の岡崎です――
 そやけど怖いねえネット
 社会は。なんでもかんで
 もあっという間に拡散や。
 店長も気ぃつけんとなあ」
駒田「なんでぼくが気ぃつ
 けなあかんのや」
岡崎「この前の飲み会で奥
 さんのことグチグチグチ
 グチ言うてたやん。あれ
 匿名の電話かけて言うた
 ろか」
駒田「やめて、それだけは
 やめて。金払うからやめ
 て」
岡崎「なんぼ?」
駒田「――千五百円」
岡崎「安ぅ!」
   声を上げて笑う二人。
岡崎「江口さん、ちょっと」
   作業を続けたまま振
   り返る李緒。  
岡崎「今度来てくれる柴田
 さんや。ロングやから俺
 が休みの日は、いっしょ
 に残って昼からもやって
 もらうことになるわ」
   美鈴と李緒、見合う。
李緒「江口です。よろし
 くお願いします」
   頭を下げる李緒。
美鈴「柴田です」
   頭を下げる美鈴。
岡崎「あー、これでなん
 とか回せるかー。柴田
 さん、後でシフト表持っ
 てくるから、休み希望
 あったら丸印いれとい
 て。絶対入ってほしい
 日はこっちから言うわ」
美鈴「あの、主任さん」
岡崎「ん?」
美鈴「わたし、就職活動
 も並行してやりますか
 ら、そのつもりでいて
 ください」
駒田、厳しい目で美鈴
 を見る。
駒田「柴田さん、それ
 はぼくの方からちゃ
 んと言う。今ここで
 言わんでもええこと
 や。
ぼくに言うのはかまわ
 ん。けど、最初の挨
 拶で、ここで言うこ
 とやない」
美鈴「――」
   キッチンタイマー
   が鳴る。李緒、
   フライヤーを向い
   て、ステンレスの
   掬い網でコロッケ
   を掬いあげ、ザル
   に移していく。
岡崎「えーっと、柴田さ
 ん。朝は特にバタバタ
 する職場やけど、焦ら
 んと確実に仕事覚えて
 くれたらええよ。最初
 はフォローから入って
 もらうけど、いずれ揚
 げ物、弁当、寿司、全
 部やってもらうから」
美鈴「寿司――」
岡崎「うん。いうてもロ
 ングやし。江口さんも
 みんなこなせるで。外
 注の弁当の発注もやっ
 てもらってる」
駒田「あ、柴田さんにな
 んか発注任せて楽しよっ
 て思ってるな、岡ちゃん」
岡崎「あ、バレた?」
   また声を上げて笑う
   二人。
   揚げたコロッケをバッ
   トに移し替え、トレー
   に詰めていく李緒。
   その様をじっと見てい
   る美鈴。

〇柴田家・キッチン兼居間
 (夜)
   テレビのバラエティー番
   組を視て笑っている汐里。
   柴田、浮かない顔でビー
   ルを飲んでいる。二人と
   もパジャマ姿。
柴田「のんきやな」
汐里「え」
柴田「明日からやろ、あいつ」
汐里「なんやぁ、やっぱりちゃ
 んと心配してるんや」
柴田「当たり前やろ」
汐里「大丈夫ちゃうか。わた
 しもたいへんなんやでぇ。
 これからお弁当持たせてあ
 げなアカンのやから」
柴田「おまえなあ」
汐里「アカンかったらうち
 でコロコロさせてやって
 たらええやん。あんたも
 そない思ってるくせして」
柴田「そこから先は――お
 まえの座右の銘かい」
   ニタっと笑う汐里。
   またテレビを視る。
   「ケ・セラ・セラ」
   をハミングする汐里。
柴田「なるようになったら
 ええけどな」
   グッとグラスのビー
   ルを呷る柴田。テレ
   ビに映る芸人のリア
   クション芸に爆笑す
   る汐里。   

〇前同・美鈴の部屋(夜)
   明かりの消えた部屋。
   ベッドの上、布団を
   被って横になり、ス
   マホを手にしている
   美鈴。見ているのは
   JFWコーポレーショ
   ン社長の謝罪会見動画。
社長「〈――当該社員の述
 べた事は、弊社の理念と全
 く相容れないことであると、
 はっきりとお伝えしておき
 ます。気持ちをこそ何より
 大事にして、クライアント
 の皆様に接するよう、常々
 社員には申してきましたが、
 その意識が著しく欠落して
 いた社員が存在していたこ
 とは、まことに痛恨の極み
 であり、社長のわたしの不
 徳のいたすところです――〉」
   美鈴、画面を消し、ス
   マホのカバーを閉じ枕
   元に置く。
美鈴「いつそんなこと言うてん」
   布団を引っ被る美鈴。

〇北本ストア/玉崎店・総菜部
 作業場(朝)
   部の朝礼中。白帽、白衣
   姿の美鈴。
   立っている他の従業員た
   ち、岡崎の他に四人。全
   員女性。紹介をする岡崎。
岡崎「江口さん、この前会うた
 な。泉さん。昼までのパート。
 時々昼からも残ってくれて
 る。木内さん。シルバーパー
 トで頑張ってくれてる。須
 藤さん。専門学校生、売り
 出しのときだけ入ってくれ
 てるアルバイト」
   名前をよばれる度に頭
   を下げる四人。美鈴も
   小さく下げ返す。
岡崎「あと二人、大学生で加
 藤君って男の子と下川さんっ
 て女の子がいてる。この子
 らも週末の売り出しのとき
 だけ。明日会うわ。じゃあ
 柴田さんからなにか一言」
美鈴「――柴田です。これか
 らよろしくお願いします」
   少し頭を下げる美鈴。
岡崎「それだけ?」
美鈴「はあ」
岡崎「――うん、まあええわ。
 まあ、あのみんなも知って
 のとおり柴田さん、東京で
 いろいろあったけど、心機
 一転ここで頑張るんやから、
 仲良うしたげてな。そした
 ら今日は木内さんについて
 寿司の補助やってもらうわ。
 木内さん、頼んだで」
   頷く幾代。
幾代「お寿司、巻いたことは
 あるんやろ」
美鈴「いえ」
幾代「えぇ、ないんかいな。
 あんた東京でコンチャルな
 んとかやったんやろ」 
美鈴「は?」
幾代「そのコンチャルなんと
 かは、人にいろいろ教えな
 アカン仕事なんやろ。出来
 んのに教えるんか」
美鈴「嫌味ですか、早速」
   一瞬不穏になる場の空
   気。
岡崎「あの、木内さん」
幾代「え――なんか気に障る
 こと言うたか、わたし」
   怪訝そうに美鈴を見る
   幾代。
幾代「いや、できるんかいな
 あ思ってなあ。気ぃ悪うし
 たらごめんやで」
   穏やかに笑い少し頭を
   下げる幾代。
咲奈「もう木内さん。なにい
 きなり柴田さんイジメてる
 んよ、アカンやん」
幾代「なにもイジメてへんが
 な。不思議に思っただけや。
 なあ柴田さん」
咲奈「だいたい、なんやのん
 コンチャルなんとかって。
 コンサルタントや。わたし
 らとは頭の出来が違うんや
 から柴田さんは」
幾代「はいはい、分かりまし
 た。ほな柴田さん、最初か
 ら教えたげるから、今日は
 お寿司いっしょに作りましょ
 か」
   引き戸を引いて寿司場
   に入っていく幾代。つ
   いて入る美鈴。

〇同・寿司場
   幅一メートル、長さ五
   メートルほどの立ち位
   置に作業台がおかれた
   寿司場。
幾代「最初はわたしのやるの
 ん、見てたらええからな」
   てきぱきと動き始める
   幾代。作業台の上に置
   いた簀の子を使って巻
   きずしを次々と仕上げ
   ていく。
   その手さばきを呆然と
   見ている美鈴。
     ×    ×    ×
   俎板の上に置かれた幾代
   の巻いた巻きずしを出刃
   包丁でぎこちない手つき
   で八つに切っていく美鈴。
   その様子をみていた幾代。
幾代「包丁貸してみ」
   美鈴から包丁を受け取る
   と手際よく一気に八つ切
   りにしていく幾代。あっ
   という間に十本の巻きず
   しを切り、トレーに並べ
   置いていく。
幾代「な、慣れたらすぐにでき
 るようになるから。今日はパッ
 ク詰めしてくれたらええ。
 千里の道も一歩から、や」
   美鈴を見て笑う幾代。
幾代「ええ言葉知ってるやろ。
 江口さんに教えてもろうた
 んやで」
   ガラス越し、揚がった
   コロッケを黙々とトレー
   詰めしている李緒を見
   る美鈴。  
美鈴「教えてもらったって……
 知らんかったんですか」
幾代「いやぁ、恥ずかしわぁ。
 わたしな、家が貧乏でなあ。
 妹や弟の子守りばっかりやっ
 てたから、中学校もちゃん
 と行けてへんのよ。そやか
 ら漢字もよう知らへん」
   じっと幾代を見る美鈴。
幾代「けど今な、江口さんに
 ようけ漢字やらことわざや
 ら教えてもらってるんやで。
 この前は『韓信の股くぐり』っ
 て言葉教えてもろたわ。知っ
 てるか」
美鈴「いいえ」
幾代「いやぁ、わたしの勝ち
 やん。『韓信の股くぐり』
 いうのはやで、大きな目的
 のために、恥ずかしい気持
 ちを怺えるってことや。え
 え言葉や、なあ」
   トレー詰めを続ける李
   緒を見続ける美鈴。
     ×    ×    ×
   シャリマシンの回転部か
   らシャリが次々と出てく
   る。両手で懸命にシャリ
   を取り、裏を向けラップ
   をかけたバットの上に置
   いていく美鈴。

〇前同・休憩室
   パイプ椅子が置かれた
   大きな机が四つ並べら
   れた休憩室。いちばん
   後ろの席に座り弁当を
   食べている美鈴。
   入って来る事務員で北
   本の妻の加奈子(52)。
加奈子「あー、お腹へったー。
 あ、柴田さん、お疲れ様―」
   一番前の席に座り、手
   にした弁当袋を机の上
   に置く加奈子。袋の中
   から春雨スープのカッ
   プを取り出し、炊事場
   に置かれたポットから
   お湯を注ぐ。
加奈子「どないですか柴田さん」
   手を止め、加奈子を見る
   美鈴。
加奈子「慣れた――ってまだ初
 日の午前中終わっただけやも
 んね。疲れるでしょ、立ち仕
 事はやっぱり」
美鈴「はぁ」
   座って弁当を食べ始める
   加奈子。振り返り美鈴を
   見て。
加奈子「うまいことやれそう?」
美鈴「――あの、江口さんは?」
加奈子「え?」
美鈴「いや、休憩いっしょの時
 間に入ったから」
加奈子「ああ、あの人は一回家
 に戻ってご飯食べてから、ま
 た来るんよ。」
美鈴「家?」
加奈子「このすぐそばのアパー
 ト。そこにひとり暮らしし
 てる」
美鈴「はぁ、そうなんですか」
加奈子「無愛想やろ、江口さ
 ん」
美鈴「え――まあ」
加奈子「けど、悪い人とちが
 うからね。ましになったん
 やでぇ総菜。三年くらい前
 まで、パートさんがつかみ
 合いのケンカしたりしてた
 んやから」
美鈴「つかみ合い」
加奈子「どの店も総菜がいち
 ばんややこしいんや。けど
 ここの総菜はほんま今は平和――
 うわ、のびてまう」
   美鈴に背を向け春雨を
   すする加奈子。
   テレビのスイッチを入れる。
   『ひるおび!』が映し出
   される。
加奈子「柴田さん。うちの人昨日
 な、朝礼であんたのこと『自
 分の一存で雇うことにした、
 仲良くしてあげてください』
 いうて頭下げてんよ。裏切ら
 んとってやってなあ」
美鈴「――あの、なんでそんなに」
   加奈子、振り返って。
加奈子「ええかっこしぃなんよ
 昔から、うちの人――けど、
 最初に柴田さんの言うたこと
 ニュースで知ったときは、正
 直ムカついたけど。小規模ス
 ーパー社長の嫁として」
美鈴「――すみません」
   ニカッと笑う加奈子。
加奈子「あ、そうや、さっき三
 草店から連絡あってな、昼
 からの総菜のパートさん、
 身内にご不幸があって出勤
 できひんのやって。岡崎さ
 んがヘルプで行くことになっ
 たから」
美鈴「え、そうなんですか」
加奈子「うん、そやから昼か
 らは江口さんと二人やな」
   向き直りテレビを視な
   がら弁当を食べる加奈
   子。
加奈子「また大谷翔平やって
 るわ。『ひるおび!』ほん
 まに大谷好きやなあ」
   春雨をすする加奈子の
   背中をじっと見ている
   美鈴。

〇前同・総菜部作業場
   スイングドアを半開き
   にして作業場に顔を出し、
   通路に立っている岡崎。
岡崎「そしたらゴメンやけど、
 三草店行ってくるから。戻
 らんとそのまま帰るから。
 江口さん、柴田さんにいろ
 いろ教えてあげてな」
李緒「はい」   
   去っていく岡崎。作業
   場に残される美鈴と李緒。
李緒「売り場、見てきますね」
   作業場を出ていく李緒。
    ×    ×    ×
   揚げ柄杓でフライヤーの
   中のアジフライを攪拌し
   ている李緒。少し離れた
   ところからその様子を見
   ている美鈴。
李緒「柴田さん」
美鈴「はい」
李緒「木内さん、嫌味とかで言っ
 たんじゃないから、本当に。
 そんな人じゃないから」
美鈴「え」
   アジフライを掬い上げ、
   ザルに入れる李緒、トレー
   を作業台の上に置いて行く。
李緒「最初ひとつずつわたしが詰
 めますから。商品によって入れ
 るトレーは違うので覚えてくだ
 さい――メモ帳とペンは持って
 きていますか」
美鈴「いえ」
李緒「必須です。明日から必ず持
 参してきてください」  
美鈴「――はい」
   二枚入り、三枚入りの二
   種類のアジフライをトレー
   に入れる李緒。
李緒「この通りに八パックずつ
 詰めて、キュッパで四か所閉
 じてください」
   美鈴を見る李緒。

〇前同・駐車場
   歩いてくる美鈴。止めて
   いた軽自動車に乗り込む。
   そのまましばらくじっと
   している美鈴。李緒が見
   える。駐車場のすぐ傍に
   あるアパートの外階段を
   上がっていく李緒。
美鈴「なんや、えらそうに。て
 か、なんなんあの標準語」
   李緒が部屋に入るのを見
   届け、車を発進させる美
   鈴。

〇柴田家・リビング兼居間
   夕食をとっている美鈴と
   汐里。テレビで夕方のニュー
   スが流れている。
汐里「朝は早いけど、早う帰れ
 て早うご飯食べられるのはえ
 えなあ」
美鈴「わたしが居てへんかった
 時も、お父さん帰る前にご飯
 食べてたん?」
汐里「そうや、休みの日以外は
 な。ビールの相手はさせても
 らうけど」
美鈴「ふーん――ちょっと、ポ
 テトサラダにタマネギ入れる
 のやめてぇや。わたしこれき
 らいなん知ってるやろ」
汐里「あ、そうやったっけ。忘
 れてたわ」
美鈴「頼むし、ほんま」
   優佳の顔が映し出される。
テレビ画面・アナウンサー「〈で
 は、本日の特集です。今日は
 大学卒業後シェアハウス運営
 会社を友人と起業され、成功
 をおさめられている水原優佳
 さんをお招きして、いろいろ
 とお話しをうかがってまいり
 ます。水原さん、本日はよろ
 しくお願いします〉」
優佳「〈お願いします。お招き
 いただきありがとうございます〉」
アナウンサー「〈いかがですか、
 関西は〉」
優佳「〈そうですね、ここに来る
 前天神橋筋商店街歩いてきたん
 ですけど、もう人の熱さを感じ
 ましたね〉」
アナウンサー「〈熱かったですか
 関西人は〉」
優佳「〈はい、熱いです。あ、豹
 の顔面シャツ着たオバちゃん見
 たんですよ! 本当に存在した
 んだって感激しちゃいました〉」
アナウンサー「〈存在って、未知
 の生物じゃないんだから〉」
優佳「〈アメちゃんもらえるかもっ
 て思ってたけど、自転車で行っ
 ちゃいました。残念〉」
   笑いに包まれるスタジオ。
アナウンサー「〈えー、では、水
 原さんのここまでの軌跡、そし
 て普段のお仕事の様子などをV
 TRにまとめてあるので、ごら
 んください〉」
   画面を視ていた美鈴。リモ
  コンを手に取りテレビを消す。
汐里「映った瞬間消すかって思っ
 たけどな。あんたの前に挨拶し
 た子やろ、あれ」
美鈴「知ってたん」
汐里「まあ、親なもんで」
美鈴「それやったらポテサラに
 タマネギ入れんといて」
汐里「はいはい」
   ポテトサラダからタマネ
   ギをのけて口に運ぶ美鈴
   を微笑んで見ている汐里。   

〇北本ストア/玉崎店・総菜部
作業場
   四層フライヤーをフル稼
   働させ、手際よく揚物を
   していく李緒。作業台に  
   並べられたバットに次々
   と揚物が溜まっていく。
   パック詰め担当の美鈴、 
   メモをとりながら、パッ
   ク詰め作業をしようとす
   るが。
李緒「柴田さん、そんなことし
 てるヒマない! トレー言う
 から早く詰めてください!」
美鈴「――自分がメモ持ってこ
 いって言うたくせに……」
李緒「後で基本的なことは言い
 ます! とにかく今はわたし
 の言う通りに詰めて! コロッ
 ケ二個はフードパックの小! 
 三個は同じく中! から揚げは
 六個から七個見当でKB12――
 三種類ある蓋つきトレーの真
 ん中のやつ! 開店に間に合わ
 ない!」
   おぼつかない手つきで言
   われたとおりに詰めてい
   く美鈴。その様子を弁当
   を作りながら見ている咲
   奈。寿司場の引き戸を開
   け、顔を出し覗き見てい
   る幾代と大学生アルバイ
   トの下川鞠花(20)。三
   人とも心配そうに。
    ×    ×    ×
   作業場に集っている五人。
幾代「思ったより早ぅに終わっ
 たなぁ」
   架けられた時計を見る幾
   代。十一時四十五分を指
   している。
李緒「下川さんは、十二時になっ
 たら上がってください。今
 日はグリストの日なんで、
 泉さんと木内さんは、外お願
 いします。わたしは柴田さ
 んと中、やります」
咲奈「げー」
鞠花「がんばれー」
咲奈「バイトも残業できるん
 や、あんたもやれ」
鞠花「絶対いやー。時間まで台
 車拭いてくるっすー」
   作業場を出ていく鞠花。
   李緒、美鈴を見て。
咲奈「江口さぁん」
李緒「なに」
咲奈「べつに今日やらんで
 もええんちゃう?」
李緒「今日、やる日だから。
 柴田さん、グリストラップ
 清掃のやりかた、わたしが
 教えます」
  美鈴を見る李緒。
幾代「溜まってるヘドロ取っ
 てな、薬品ドバドバやっ
 てキレイにするんや」
美鈴「――はい」   
    
〇前同・店舗裏手
   鉄蓋開ける咲奈。ヘ
   ドロの溜まった排水溝。
咲奈「うげー、いつ見ても
 うげげー」
   二十キロタンクに入った
   薬液を流し込む咲奈。
咲奈「あ、軽い思ったら全部
 終わったわ」
幾代「手に飛ばへんかったか。
 キツイでその薬。」
咲奈「うん、だいじょうぶ」
   肥柄杓で排水溝の中を
   書きまわし始める幾代。
咲奈「なあ」
幾代「なんや」
咲奈「ヤバない? 江口さん
 と柴田さん」
   幾代、肥柄杓で排水溝
   の中を書きまわし続け
   ながら。
幾代「咲奈ちゃんよ」
咲奈「んぁ?」
幾代「クスリ、もうちょっと
 入れたいなぁ。新しいの作
 業場の奥にあったやろ。台
 車に乗せて持ってきてぇや」
   咲奈を見る幾代。
咲奈「うん」
   幾代、頷く。

〇前同・総菜部作業場
   スイングドアを開けて
   入っていく咲奈。
   肥柄杓をかき回し、グリ
   ストラップ清掃をしてい
   る李緒。作業場の隅でう
   ずくまり、すすり泣いて
   いる美鈴。
咲奈「――あの、柴田さん」
   肥柄杓を使って、排水溝
   の中を書きまわしている
   李緒。
咲奈「――江口さん」
李緒「グリストのやり方、教え
 てただけだから。わたしがヘ
 ドロ掬ってるの見てたら、急
 に泣き出した」
   美鈴を見る咲奈。泣き続
   けている美鈴。
咲奈「柴田さん、昼からわたし
 が残るわ。もう帰り。ええや
 んね、江口さん」
李緒「残り時間、大丈夫なの?」
咲奈「うん、この月、残業一回やっ
 ただけやから、ぜんぜん大丈夫
 やで」
李緒「そう。だったら裏のグリス
 ト終わったら一時間休憩とって。
 主任には明日言っとくから」
咲奈「うん。おにぎりでも買うわ――
 柴田さん、そやから今日はもう
 帰り、な」
   うずくまり泣き続ける美鈴。   

〇前同・店長室
   パイプ椅子に向かい合って
   座っている美鈴と北本。無
   言でうつむいている美鈴。
美鈴「やっぱり、わたし、ここで
 働くのは無理です」
北本「なあ、柴田さん、あんたは
 なんでコンサルタントになりた
 いって思ったんや」
美鈴「え」
   顔を上げる美鈴。北本が
   微笑んでいる。
北本「前の会社入るときの面接
 でなんて答えたんや」
美鈴「それは――」
北本「柴田美鈴さん、弊社を希
 望された理由はなんですか。
 簡潔にお答えください」
美鈴「――クライアント様のお
 力になりたい、共に力を合わ
 せ、成功の日を迎え、喜びを
 分かち合いたい、そう思った
 からです。御社でならその思
 いを叶えられると思ったから
 です」
北本「それは受かりたいがため
 に言うた嘘か?」
美鈴「違います。本気でした」
北本「うん。その気持ち、忘れ
 てたんやなあ」
美鈴「――はい。けど、わたし、
 もう」
北本「けど、なんや」
美鈴「あんなこと、言うてしも
 たから」
北本「口滑らしたって云うのや、
 ああいうのは。そんなん誰に
 かてあるわい。人間やってて、
 やったことないやついてたら
 連れてこい――前の仕事にま
 だ未練あるんやろ、ん?」
   俯き、小さく頷く美鈴。
北本「それやったら、一年ここ
 で頑張ってみいや。それから
 の後押しやったら、なんぼで
 もやったる」
   また顔を上げ北本を見る
   美鈴。
北本「雑巾がけの一回もせんと、
『人生詰んだ』とか簡単に言う
 な、アホたれ」
   北本、真顔で美鈴を見つ
   めている。

〇前同・総菜部作業場
   揚物をしている岡崎。トレー
   に揚物を詰めている美鈴。
岡崎「あ、柴田さん。エビフライ
 今日五個入りでお願い。インプ
 ロで特売かけてるから」
美鈴「はい、すみません」
   弁当を作っていた咲奈、
   顔を上げ。
咲奈「謝らんでもええよ、柴田
 さん。最初に言うてへんかっ
 た主任が悪いんやから」
岡崎「すみませーん!」
   笑う美鈴。
岡崎「詰め物、目途ついたら、
 木内さんのサポ、お願いね」
美鈴「はい」

〇前同・寿司場    
   幾代の隣で巻きずしを
   パック詰めしている美鈴。
幾代「柴田さん、寿司巻いてみ
 よか」
美鈴「え」
幾代「教えたる。いつまでもパッ
 ク詰めいうわけにはいかへんで」
   ニカッと笑い美鈴を見る幾
   代。
    ×    ×    ×
   真剣な顔つきで巻きずしを
   造る美鈴。

〇柴田家・キッチン兼居間(夜)
   テーブルの上の巻き寿司、
   押し寿司、握り寿司を食
   べている、美鈴、汐里、
   柴田。汐里、マグロの握
   りを口に運びながら。
汐里「えらいもんやなあ、美鈴
 もお寿司握れるようになった
 かぁ」
美鈴「そんなわけないやろ。
 シャリマシンから出てきた
 やつにネタ乗っけるだけや」
汐里「え、そうなん」
美鈴「そうなんや。まあ、手際
 ようやらなアカンけどな」
柴田「巻き寿司は?」
美鈴「え?」
柴田「巻き寿司も機械ででき
 るんか」
美鈴「二宮店には、そんなんあ
 るらしいけど――それはわた
 しが巻いた」
柴田「おまえが、これをか」
美鈴「うん。最初の二本は失敗
 したけど」
柴田「誰かに教えて貰たんか」
美鈴「教えてもらわなできる
 わけないやろ。シルバーの
 木内さんや。仕事めっちゃ
 早くてキレイや」
柴田「年なんぼや」
美鈴「来年八十って言うてた」
柴田「そうか」
   巻き寿司を口に入れる
   柴田。
汐里「おいしい? お父さん」
柴田「うん、旨い」
汐里「そらなあ、美鈴が造った
 巻き寿司やもんなあ」
美鈴「そんなん、ええし」
   梅酒のグラスをチビリ
   と傾ける美鈴。

〇北本ストア/玉崎店・総
   菜部作業場
   揚物をしている李緒。
   ラップ台を前に、商
   品の入ったトレーに
   ラップを巻いている
   美鈴。弁当担当の咲
   奈。寿司を造ってい
   る幾代。
咲奈「ラップ上手になった
 やん、柴田さん」
美鈴「ありがと。けどまあ、
 なんにでもコツいうも
 のはあるんやなあ」
咲奈「ぜんぜんできんで、
 二日で辞めた人とかも
 いてたで」
美鈴「へーえ」
   ラップを巻く作業
   を続ける美鈴。
   スイングドアを開
   けて入って来る駒
   田。
駒田「昨日、和惣菜のほ
 うれんそうのおしたし、
 パック詰めしたの誰?」
   李緒、北本を見て。
李緒「わたしです」
駒田「髪の毛、入ってた」
李緒「え、うそ――」
駒田「うそやあらへん」
李緒「そんな、入るはず
 ないです。わたし異物
 混入にはすごく気を遣っ
 てて」
駒田「気ぃ遣ってても実
 際に入ってるんや。見
 てみ」
   駒田、トレーを差
   し出す。くるまれ
   ていたビニール袋
   を外し中身を確認
   する李緒。髪の毛
   を確認する。
李緒「――わたしのじゃ、
 ないです。お客さんの
 毛が入った可能性だっ
 て」
駒田「丸坊主のオッちゃ
 んやで、それ持ってき
 たん。どないしてそん
 な長い髪が入るんや」
李緒「――」
駒田「岡ちゃんは今日休
 みやな」
李緒「はい」
駒田「返金したけど、責
 任者と詰めたやつ出せっ
 て言うてる。来てくれ
 るか」
李緒「――はい」
   作業場を出て行き
   かける李緒と駒田。
美鈴「待ってください」
   美鈴を見る駒田と
   李緒。
美鈴「わたしが詰めたこ
 とにして、謝罪します」
駒田「え、柴田さんが? 
 なんでや」
   美鈴、李緒を見て。
美鈴「納得いってないん
 でしょ江口さん」
   うつむく李緒。
美鈴「そんな人が謝りに
 行ったって逆効果。火
 に油状態になるかもで
 すよ店長」
駒田「――うん、そやな。
 ほな柴田さん、頼むわ」
美鈴「はい」
   作業場を出ていく
   美鈴と駒田。
咲奈「ええとこあるやん、
 柴田さん」
幾代「元コンチャルの腕
 の見せ所や思ったんや
 ろ。任せとき」
咲奈「そやからコンサル」
   唇をかみしめてい
   る李緒。

〇前同・店内バックヤー
 ドを出てすぐの辺り
   六十代の男性客に
   九十度近く腰を曲
   げて謝罪している
   美鈴。

〇前同・総菜部作業場
   戻ってくる美鈴。
咲奈「どうやった?」
美鈴「うん、まあ最初は
 怒ってたけど、ひたす
 ら頭下げ続けてたら『今
 度から気ぃつけや』っ
 て、言うてくれたわ」
李緒「柴田さん」
   李緒を見る美鈴。
李緒「ありがとう」
美鈴「おせっかいやった?」
   首を横に振る李緒。
   二人、見つめあう。
   幾代、壁に貼られたシ
   フト表を見る。
幾代「お、明日主任と学生チ
 ームや。みんな休みやん。
 なあ、今日四人で呑みに行
 かへんか」
咲奈「あ、ええやんええやん。
 ダンナ今日昼勤やから統真
 みててもらえるし。飲み会
 終わったら呼んで車で送ら
 せるわ。『はちろべえ』?」
幾代「安いし近いし、あそこ
 でええやろ。柴田さんの歓
 迎会もやってへんし、どや?」
咲奈「なー、呑み行こ呑み行
 こ呑み行こ~」
   幾代と咲奈、屈託ない
   笑顔で美鈴と李緒を交
   互に見る。    

〇居酒屋〈はちろべえ〉外景(夜)
   こじんまりした居酒屋。
   暖簾が出ている。そこ
   から見える北本ストア。

〇前同・座敷席(夜)
   四人がけの卓を前に美
   鈴と幾代、向かい合っ
   て李緒と咲奈が座って
   いる。
咲奈「はい、じゃあかんぱーい!」
   生ビールの中ジョッキ
   を合わせる四人。
   幾代、一息で半分以上を
   呑む。
幾代「あー、おいしいわぁ!」
咲奈「けど、柴田さんもビール
 呑めて、なんか嬉しいわぁ。
 主任なんか最初から『ボク、
ウーロン茶』やもん。さめる
 わぁ、あれ」
美鈴「呑まれへんのん、主任
 さん?」
咲奈「コップに半分呑んだだ
 けで、顔まっ赤やで」 
美鈴「そうなんや」
李緒「柴田さん」
美鈴「ん?」
李緒「今日は、本当にありが
 とう」
美鈴「もうええよ、そんなん」
李緒「わたしが行ってたら、
 よけいこじれてたかもしれ
 ない、たしかに」
美鈴「ま、勉強になりました。
 うーん、ああいうことやっ
 たんやなあ」
咲奈「なにが?」
   美鈴、ふふっと笑って。
美鈴「『クレーム対応を任せ
 ることができる』って項目
 があったなあ、井本君のチェ
 ック表に」
   ジョッキを傾ける美鈴。
咲奈「すんませーん、お料理
 注文ええですかー」
   手を上げる咲奈。
    ×    ×    ×
   誰もが程よく酔っている。      
美鈴「江口さん」
李緒「なに」
美鈴「前から気になってたんや
 けど、なんで標準語なん?」
幾代「お江戸の人やから、この
 人は」
美鈴「え、東京出身なん?」
   チューハイのジョッキを
   チビリとやる李緒。
咲奈「もう柴田さんには言う
 てもかまへんやろ、江口さ  
 ん」
李緒「――」
幾代「あんたといっしょでな、
 訳ありなんやや、この子も」
美鈴「『あんたといっしょ』っ
 て」
幾代「えらいほどの訳ありや
 ろが、あんたも」
美鈴「いや、そうやけど」
咲奈「江口さんは、中学の先
 生やったんやで、国語の」
美鈴「中学の先生――」
   またグラスをチビリと
   やる李緒。
          (F・O)

〇〈回想〉都立中学・校門前
   正門にかけらた入学式の
   立て看板。教師たちが立っ
   て、新入生たちを迎えて
   いる。
李緒「おはようございます! 
 おはよう!」
   笑顔で生徒に声をかけ
   ている李緒。

〇前同・体育館
   入学式が行われている。
   パイプ椅子に坐ってい
   る、新入生、在校生た
   ち。壁際に立っている
   たち。その中にいる李緒。

〇前同・一年七組
   生徒たちを前にして、教
   壇に立っている李緒。
李緒「――と、いうわけで、わ
 たしも担任を受け持つのは
 初めてです。中学生となり、
 みんなも緊張していると思
 うけど、わたしもとっても
 緊張してます。不安です。
 だから、不安マックスになっ
 たら、みんなにその気持ちを
 言います。だから――だから
 みんなも不安な気持ちになっ
 たら、わたしにいつでも言っ
 てきて。みんなといっしょに、
 教師として成長していきたい。
 心から、そう思っています」
   李緒をまっすぐ見ている
   生徒たち。

〇前同(日替わり)
   国語の授業中。起立して
   教科書を開き、谷川俊太
   郎の『朝のリレー』を音
   読している原本樹莉(13)
樹莉「『――ぼくらは朝をリレー
 するのだ 経度から経度へと 
 そうしていわば交替で地球を
 守る 眠る前のひととき耳を
 すますと どこか遠くで目覚
 まし時計のベルが鳴ってる 
 それはあなたの送った朝を 
 誰かがしっかりと受けとめた
 証拠なのだ』」
   着席する樹莉。
李緒「はい、原本さん、とても
 上手に読めました。この『朝
 のリレー』はわたしもとても
 大好きな詩です。詩でいちば
 ん大切なのは解釈することじゃ
 なくって、感じることだとわ
 たしは思っています。それじゃ
 あ、一行ずつ、ゆっくりこの詩
 をみんなで、そしてひとりひと
 り、感じていきましょう」
   生徒たちを優しい顔で見渡
   す李緒。

〇前同・廊下
   教室を出て歩き始めた李緒
   に声をかける樹莉。
樹莉「江口先生」
   振り返り、樹莉を見る李緒。
李緒「なに、原本さん」
樹莉「あの、わたし感動しました
 『朝のリレー』。詩ってなん
 というか、よくわからないけど
 ――ああ、なんて言ったらいい
 んだろう」
李緒「心が震えた?」
樹莉「そう、はい、そうです! 
 震えたんです!」
李緒「それは原本さんに詩を感
 じる力があるってことよ。谷
 川俊太郎さんは他にも素晴ら
 しい詩をたくさん書かれてる
 わ。図書室に詩集があるから、
 借りてみたらどう」
樹莉「そうなんですか! 今日
 絶対借ります! あの、江口
 先生」
李緒「なに」
樹莉「わたし、先生に国語教え
 てもらえて嬉しいです。先生
 が担任でよかったです」
   礼をし、教室に戻る樹莉。
   笑みを浮かべる李緒。歩き出す。

〇前同・運動場
   体育大会が行われている。
   生徒たちが座っている青い
   ビニールシートの上に
   李緒も座っている。
   クラス対抗の男子リレーの
   真っ最中。生徒と共に大声
   で声援を送っている李緒。
   一年七組のアンカーが、
   トップでゴールテープを切
   る。ガッツポーズの李緒、
   女子生徒たちと抱き合う。

〇前同・校門を出たところ
   帰宅しようと校門を出る李緒。   
柳村「レイナちゃん」
   ビクっとなり振り返る李緒。柳村(32)
を見る。息を飲む。李緒を見て微笑ん
でいる柳村。

〇喫茶店
   向かい合って座っている李緒と柳村。
柳村「久しぶり。元気だった? 今ね、ボク親父の病院の事務局長やってるの。出会った頃の事務局員からは出世したよ。よかったね、レイナちゃん。念願の教師になるって夢を叶えられて」
李緒「あの、ご用件は」
柳村「他人行儀だなあ。あれだけ通い詰めてずっと指名し続けてきたボクなのに――せっかく再会できたんだからもっと話しようよ。あれからぼくも何回か恋愛はしたよ。でも長続きしなかった。レイナちゃんのことが忘れられなかったからかもしれないね」
李緒「特にご用件がないなら、帰らせていただいてよろしいでしょうか」
   柳村、李緒の耳元に口を寄せて。
柳村「昔の約束撤回。久々に写真見てたまんなくなった。毎日写真見てオナッたよ。お願いだからやらせて。探偵雇ってやっとたどり着けたんだ」
   立ち上がる李緒。
李緒「失礼します」
   去りかける李緒。
柳村「ばらしちゃってもいいの? ランパブでバイトして、その上ヌード写真撮らせてお金もらってたこと」
   柳村を見る李緒。
柳村「さすがにまずいんじゃない、先生が元ランパブ嬢で売春手前のことやってたってのはさあ」
李緒「誰も信じません、そんなこと」
薄笑み浮かべてコーヒーを飲んでいる
  柳村。スマホをテーブルに置き、指でト
ントン叩き、李緒をニヤニヤ笑った顔で
見る。
  柳村を凝った顔で見つめる李緒。
            (回想・一旦終)
            
〇〈はちろべえ〉座敷席(夜)   
美鈴「なんでランパブでバイトやってたんよ」
李緒「大学入ってしばらくして、母親が胃がん、父親が大腸がんにほとんど同じタイミングでなってさ。医療費や生活費仕送りしなきゃならなくなった――学費は途中から奨学金もらえてなんとかしたけど」
   李緒をじっと見る美鈴。
李緒「実入りいいからさ、ああいうところ。おさわりない店だったし。だけじゃないよ、ファミレスのバイトもやってた」
幾代「ま、苦学生いうやつやなあ」
美鈴「それを言うたんか、その男に」
   小さく頷く李緒。
李緒「同伴のときに。体の関係、持ち掛けられた。でも断った。それだけはって思って。そしたら――」
美鈴「裸の写真撮らせろってか。なんぼで?」
李緒「え」
美鈴「そやから、やらせるかわりの写真撮らせるのなんぼで受けたんよ」
李緒「――下着のが一枚五千円、裸のが一万円」
美鈴「どこにもないわな、そんなバイト。撮りまくられたか、医者のアホ息子に。何回?」
李緒「卒業するまでに八回。高級ホテルのスウィートで」
   ビールの中ジョッキを空にして、ドンと、叩きつけるように置く美鈴。俯く李緒をじっと見る。
美鈴「写真やったらええって思ったんか」
   小さく頷く李緒。
美鈴「それだけでほんまに済んだん?」
李緒「え」
   顔を上げる李緒。
美鈴「ほんまに写真だけで済んだんかって。訊いてんの」
咲奈「もうええやんか、柴田さん。やめたってよ」
美鈴「ようない。最後まで聞かな納得いかん。やらせはせんかったんはホンマやんな」
   頷く李緒。
美鈴「――口では?」
   首を横に振る李緒。
美鈴「手ぇでは?」
   俯く李緒。
李緒「二回目から――五万出すからって」
   ため息をつく美鈴。
美鈴「どこまで人見る目ぇないんや。ようそれで教師やってたな」
李緒「――」
美鈴「で、久々のご登場か」
   俯いたままの李緒。
美鈴「スマホの写真消去する条件で?」
   小さく頷く李緒。
幾代「さすがコンチャル、そこまで分かるか」
   ため息をつく美鈴。俯いたままの李緒。

〇(回想)道路を走る車
   
〇車内
   微笑み浮かべて運転している柳村。
柳村「やっべえな、勃ちすぎちゃって運転し
にくいわ」
助手席に座っている凝った顔の李緒。

〇ラブホテル・入口
   入って行く柳村の車。
             (回想一旦終)
                  
〇〈はちろべえ〉座敷席(夜)  
美鈴「終わって目の前でスマホの写真消すのん見て安心したわけ?」
   小さく頷く李緒。髪をかきむしる美鈴。
美鈴「すんませーん、生中もうひとつお願い!
本気で呑まな聞いてられへん、アホらしすぎて。写真目の前で消したから安心したん?」
   店員が生ビールのジョッキを持ってやってくる。奪い取るようにして受け取り、一気に半分ほどを呑む美鈴。
美鈴「アホぉ! その前に移し替えるところなんぼでもあるわ! なんぼお金が要るいうたって、今の時代、写真撮らせたらアカンってくらい気づきぃや!」
李緒「お金が、要ったから――本当にバカだった」
美鈴「ああ、バカや! アホや! わたしもアホやけど、あんたもわたしと同じくらいのアホや!」
幾代「責めたりぃな。江口さんはほんまに学校の先生になりたかったんや。そやから大学やめたぁなかったんや、全部が仕方なしや、なあ」
   俯いたままの李緒を見つめる美鈴。またジョッキを傾けて。
美鈴「――で、オチは?」

〇(回想)都立中学校・校門を出たところ
   校門を出、帰宅の李緒。車が止まる。
   運転席から現れる柳村。
   対峙する李緒と柳村。
柳村「どうしても、もう一回ダメ?」
   柳村を見る李緒。
李緒「これ以上付きまとわれたら、職を賭して警察に通報します」
   柳村の横を通りすぎていく。その後ろ姿をじっと見ている柳村。
柳村「職を賭して、ねえ」
   柳村の顔に浮かぶ笑み。

〇登校路(朝)
   生徒たちが学校へと向かっている。その中に友人四人と楽し気に歩いている樹莉。道脇に車が停まる。降りてくるサングラスにマスクをした柳村。樹莉たちへと歩いていく。不審なその姿に足を止める樹莉たち。
柳村「きみたちの学校に江口って先生ってい
るでしょ、江口李緒先生」
   無言で柳村を見る樹莉。
柳村「あの人ってさ、昔ね、売春婦みたいな
ことしてお金もらってたんだ。手コキって
知ってる? そんでさ、裸の写真撮らせて
お金もらってたの。でボクさ、このまえや
っと初めてセックスした。あ、それはお金
の関係なかったけどね。とにかくさ、昔そ
んなことやってた人からきみたち勉強教え
てもらってるんだよ。これ証拠写真。他の
みんなにも見せてあげて」
   B5版のアルバム五冊を樹莉に差し出す柳村。固まり動けないでいる樹莉たち五人。
柳村「じゃ、これ、ここに置いとくからさ。
あ、それからさ、江口先生に本当に写真全
部消去したから安心してって伝えてあげて。
もうつきまとったりしないからってさ。裁
判とかの大事になるのもお互いいやでしょ
ってさ」
   路上にアルバム五冊を置いて、停めていた車に乗り込み、発車させ去っていく柳村。固まったままの五人。
   やがて樹莉が恐る恐るアルバムを手に取る。表紙を開く。友人四人ものぞき込むようにして――   

〇校長室前の廊下
一礼をして出てくる李緒。
   樹莉が立っている。
李緒「原本さん」
樹莉「足開いてる写真もありましたね、も
う丸見え」
李緒「――」
樹莉「他のクラスの子たちにもアルバム配っ
たの、わたしです。こういう心の震えもあ
るんですね。あ、男の人言ってました。写
真全部消したそうだから安心していいそう
ですよ。裁判とかになるのいやでしょって
言ってました。よかったですね」
李緒「――」
樹莉「ねえ、手コキってなんですか」
李緒「――」
樹莉「答えてよ!」
   李緒、俯く。涙をこぼす。
樹莉「なに泣いてんの――泣きたいのはこっ
ちだ! あんたみたいな人間好きだって思
って、出会えてよかったって思ってて、憧
れてて、わたしも――わたしもこんな先生
になってみたいって思ってたこっちだ!」
   廊下にボタボタと李緒の涙が落ちていく。
樹莉「クズ、ゲス、淫乱」
   去っていく樹莉。立ち尽くし、泣き続ける李緒。
            (回想・終わり)   

〇〈はちろべえ〉座敷席(夜)  
   俯いている李緒を見ている美鈴。
美鈴「えらいやり方アナログなリベンジポル 
 ノやなぁ」
咲奈「ガチのクソ野郎や。死刑になったらえ
えんや」
美鈴「それで、先生やめたん?」
   美鈴を見る李緒。
李緒「続けられるって思う? PTAでも大問題になったし」
美鈴「お父さんとお母さんは?」
李緒「就任初年度の夏休みに、十日違いで仲良く亡くなってた。だから、娘の恥は知らない」   
美鈴「いや、恥とかやぁ……それで、ここへ?」
李緒「遠縁の人がこっちにいたから保証人になってもらってね。この上のアパートに住んでる」
   ハイボールをチビリとやる李緒。
美鈴「訴えたりせんかったん、そいつのこと」
李緒「あいつの言うとおり、大事にしたくなかった。忘れたかった――それだけ」
美鈴「一ミリも忘れられてへんのやろ。負け逃げやないか」
   また俯く李緒。
幾代「な、訳ありやろ、あんたといっしょで」
咲奈「あ~、アカンアカンこんなん。二次会行こ! カラオケカラオケ! 『大人ブルー』歌いたい!」
幾代「そしたらわたしは箱崎晋一郎の『抱擁』や。あと裕ちゃんの『ブランデーグラス』も」
咲奈「てか、そればっかりやん!」
   李緒をじっと見ている美鈴。

〇北本ストア/玉崎店・総菜部作業場
   フライヤーの前でアジフライを揚げている美鈴。パック詰めをしている咲奈。
咲奈「あー、もうすぐお盆の売り出しや、し
んどいなあ」
美鈴「やっぱりお客さん多い?」
咲奈「多いなんてもんやないで。向かいの市民公園で夏祭りやるやろ。下の河原で花火上げるし。お寿司やオードブルの予約、めっちゃ入るで」
美鈴「そうなんや。何時ごろから出るん?」
咲菜「去年は五時やったかな。今年もそうちゃうか」
美鈴「五時かぁ――『ひとが寝てるとき、休んでる時に働くんが仕事や。端が楽してるときにやるのが働くいうことや』かぁ」
咲奈「木内さんな。昭和感全開の口癖や」
   笑う二人。
咲奈「なあ、柴田さん」
美鈴「なに」
咲奈「この前の江口さんの話し聞いて、どう思った」
美鈴「どうって――」
咲奈「ちょっとガードほぐれたんちゃう?」
美鈴「まあ、それはあるかも――なあ、木内さんから聞いたけど、ふたり、江口さんから勉強教えてもらってるんやろ、江口さんのアパートで」
咲奈「あ、うん。一週間に一回。教えるのんやっぱり上手いわ」
美鈴「なんで?」
咲奈「『なんで』って?」
美鈴「いや、だからなんで江口さんから勉強」
咲奈「ああ――ほら、前にも言うたけど、わたしもダンナも勉強なんか大嫌いでや。二人とも高校中退やろ。統真大きいなっても勉強教える事できひんやん。そんなんやっぱりいややん。そやから、今のうちにちょっとでも思って」
美鈴「そっか――ええお母さんやなあ、咲奈ちゃんは」
咲奈「へへぇ、そやろぉ。がんばって統真は大学まで行かすんや」
美鈴「木内さんは?」
咲奈「あの人は『子供のころ勉強出来ひんかった分、今から取り戻すんや』いうて燃えてる」
美鈴「そっか。この前漢字検定の八級通ったんやもんな、たいしたもんや思うわ」
咲奈「ほんまは続けたかったやろな、中学校の先生、江口さん」
   キッチンタイマーが鳴り、アジフライ    
   を掬い上げ始める美鈴。

〇奥播市立図書館・外景 

〇前同・館内
   大机の端の席で本を読んでいる李緒。
   少し離れた席で、中学生女子二人が教科書を開き、ノートをとっている。
女子C「なあ」
女子D「なに」
女子C「ある、ってな、動詞やろ」
女子D「そやで。ウ行で終わるから動詞や」
女子C「そしたら、ない、は?」
女子D「形容詞やん。イ、で終わるから」
女子C「変ちゃうん、それ?」
女子D「なにがよ」
女子C「なにがって――あるが動詞で、ない
 が形容詞って、なんか変やで、やっぱり」
女子D「そやからなにが変なんって」
女子C「――分からん。けど、絶対変やで」
女子D「いや、なにが変なんよ」
女子C「分からん。けど、分からんことだけ
 は、分かる」
女子D「なんやそれ」
   笑いあう二人を見ている李緒。

〇北本ストア・総菜部作業場(早朝)
   フライヤーの前で、揚物をしている岡 
   崎と李緒。作業台を前にオードブルを
作っている李緒と鞠花とアルバイトの須藤明音(20)。寿司場では美鈴と幾代、アルバイトの水野丈瑠(20)が握り寿司を作っている。出来上がった商品を五段台車に乗せて、作業場を出ていく咲奈。部員総出、盆の売り出しで大わらわの作業場。

〇前同・店内
   客でごった返している店内。寿司のトレーを乗せた台車を押して、スイングドアから出ていく美鈴。
美鈴「いらっしゃいませー!」
   とたんに客がわらわらと寄って来る。

〇前同・駐車場(夜)
   花火を見ようと、大勢の人がたむろしている。たこ焼きやアイスクリームなどの屋台が並んでいる。〈北本ストア〉の暖簾が下がった屋台も。客に焼鳥を渡している北本。その後ろで焼きそばを焼いている駒田。焼鳥をひっくり返している美鈴と李緒。丈瑠がフランクフルト、焼きとうもろこし、から揚げを台車に乗せてやってくる。
駒田「水野君、もう時間やろ。上がりや。鞠
花ちゃんも明音ちゃんも、彼氏と花火見に
行くんやって、さっき上がったで」
丈瑠「はい」
駒田「岡ちゃん生きてるか? 朝から揚げっ
ぱなしやろ。フライヤーの中に顔突っ込ん
でへんか?」
丈瑠「今、ちょっと休憩してます。今は木内
さんが揚げまくってます」
北本「ほんまに元気やなあ木内さんは」
美鈴「あははははは!」
   突然大声で笑う美鈴に驚く誰も。
美鈴「なんか、なんか、忙しすぎて、わけわ
からん! なんなん、もうおもろい! あ
はははは!」
北本「まあ、一回はだれもがそないなるな」
駒田「ですねぇ。ボクもそうやったなあ」
美鈴「あははは! やっば、焦げそうやん! 
 あはははは!」
   夜空に狼煙の花火が一発上がる。
北本「お、いよいよか」
美鈴「なんやったっけ、なんやったっけ。こ
ういうとき言う掛け声あるやん。なんやっ
ったけ、なあ、江口さん!?」
李緒「たまや」
美鈴「そうそう、それそれ! たーまやー!」
   ハイテンションの美鈴。
    ×    ×    ×
   片付けもすべて終わり、人気のなくなった駐車場。車止めに座り、缶ビールを呑んでいる美鈴と李緒。
美鈴「髪、くっさ。帽子被ってたのに」
李緒「なんの匂いか分からないよね、もう」
   夜空を見上げる李緒。美鈴も。
李緒「ここに来てさ、夜の空ってこんなに星
が出てるんだって初めて知った」
美鈴「なに、その東京出身者マウント」
李緒「ははは。柴田さん」
美鈴「なに」
李緒「また、コンサルの仕事に戻りたいって
思ってる?」
   李緒を見る美鈴。
李緒「現場仕事、経験してるコンサルが居ててもいいんじゃないかな。視察に来て、パートのおばちゃんと掃除やったり、グリストやったりするコンサルがいててもいいんじゃないかな。そんな人間の言うことだったら、現場で働く人も納得できるんじゃないかな」
   缶ビールを呷る李緒。
美鈴「――もう戻られへんよ。江口さんは」
李緒「え」
   美鈴を見る李緒。
美鈴「先生に戻りたいって思ってる?」
   また夜空を見上げる李緒。 
李緒「わたしも無理だよ、もう」
美鈴「教員免許は?」
李緒「――剥奪はされなかった。教師のとき
にやったことじゃなかったからさ」
美鈴「返納とかは?」
李緒「それは、してない」
美鈴「そっか」
   ヘッドライト灯し、車がやってくる。
李緒「あ、パパがお迎えだよ」
美鈴「うん――おつかれさま」
李緒「おつかれさま」   
   立ち上がる美鈴。停車した車の方へ歩を進めていく。歩みをとめて振り返り。
美鈴「あのやぁ。わたしも、木内さんや咲奈
ちゃんに勉強教えたいんやけど」
李緒「え」
美鈴「いや、教えたいとか、えらそうやな。
なんかみんなでそんなんやるの楽しそうや
なって思って。数学とか物理とか、理系科
目得意科目やってんで、わたし」
李緒「――うん、そっか。じゃあ次の勉強会、
日にち決まったら言うよ」
美鈴「うん。そしたら」
李緒「うん」
   歩いて行き、柴田が運転する車の助手席に乗り込む美鈴。発車する車。駐車場を出ていく。
   立ち上がる李緒。缶ビールを呑みながらアパートへと歩いて行く。

〇李緒のアパート・室内
   四人掛けのテーブルを囲むようにして座っている、美鈴、李緒、幾代、咲奈。
美鈴「はい、咲奈ちゃん、連立方程式第一段
 階合格! 五問とも正解!」
   赤ペンで100に花丸を書いたテスト用紙を咲奈に見せる美鈴。
美鈴「よっしゃー!」
   両手をつきあげる咲奈。
美鈴「第二段階いきまっせ―」
咲奈「かかってこーいー!」
幾代「江口さん」
李緒「なに」
幾代「このややこしい字、なんて読むんや、
わからへん」
李緒「え?」
ノートに写し書きを始める幾代。
幾代「ああ、ほんまにややこしい字やで――
ほら、この字」
   ノートに大きく書かれた〈慮る〉の文字。
李緒「咲奈ちゃん、読める?」
咲奈「読めるわけないやん」
   美鈴を見る李緒。
美鈴「おもんぱかる」
   うなずく李緒。
幾代「おもんぱかる――どういう意味や」
李緒「周りの状況や、相手の事情に思いを巡
らせるっていうこと。簡単にいうと、気遣
うっていう意味」
幾代「へーえ、ええ言葉やん。初めて知った」
咲奈「わたしもや。けど<おもんぱかる>なん
て、なんかかわいい響きやんね。字面の割
には」
李緒「ははっ、ホントだね。それは思ったこ
となかった」
美鈴「慮る、ねぇ――」
   美鈴を見る三人。
美鈴「わたしも、もうちょっとあの時周りの
状況、見えてたらなあ……」
咲奈「けどさ、柴田さん」
美鈴「なに」
咲奈「あれがあったから、柴田さんはこっち
戻ってきたわけやん。そんで今、わたし、
柴田さんから連立方程式教えてもらってる
わけやろ。そやから、そやから――あれ? 
なにが言いたいんや、わたし?」
幾代「つまりはあれや、咲奈ちゃんが言いた
いのはやで、この前教えてもらったあれや、
なあ、江口さん」
小さく頷く李緒。
李緒「思いだせる?」
   幾代、しばらく考えているが。
幾代「人間万事塞翁が馬や!」
李緒「正解」
美鈴「人間万事塞翁が馬……」
幾代「悪いことはええことに繋がってるかも
分からへんし、ええことは悪いことに繋が
ってるかも分からへん。あんた、ここに来
てわたしらといっしょに仕事してるの、悪
いことやって思ってるんか、今?」
咲奈「えー、そんなん思われてたらマジでシ
ョックやわぁ」
美鈴「――思ってるわけない、そんなこと」
幾代「そやろ。そやから人間万事塞翁が馬、
 や」
咲奈「なぁ、早よ第二段階だしてぇや柴田さ
ん」
美鈴「よーし、ここからレベル上がるでー」
咲奈「どんとこーい。次も全問正解やー!」
   微笑んで美鈴を見ている李緒。

〇〇北本ストア/玉崎店・休憩室
   弁当を食べている美鈴。隣の席で、そうめんを啜っている李緒。
美鈴「朝からゆがいてきたんそれ?」
李緒「うん」
美鈴「わざわざ」
李緒「揖保乃糸には、それだけの価値がある」
美鈴「ふーん、子供のころから食べてるから
分からへんけど。てか、もう完全にやめた
ん、お昼一回アパート戻るん?」
李緒「ん……なんかめんどくさくなってきて
 さ」
美鈴「ふーん」
ドアが開く。加奈子が顔を出して。
加奈子「江口さん」
李緒「はい」
加奈子「ご飯中ごめん。食べ終わったら店長
室来てくれる?」
李緒「――あの、クレームですか」
加奈子「うぅん、そんなん違うんやけど――
ほんま、うちのダンナええかっこしいで困
ったもんやわ。ほな、お願い」
   ドアを閉める加奈子。
   李緒を見る美鈴。
美鈴「なんやろ」
   首をかしげる李緒。

〇前同・総菜部作業場
   フライヤーの前で揚物をしている美鈴。
   パック詰めをしている李緒。
美鈴「なんやったん、さっきの」
李緒「――うん」
美鈴「言えへんようなこと?」 
李緒「そうじゃないけど――」
美鈴「社長いてたんやろ」
李緒「うん――先月から、夜間中学が開校し
てるんだって、姫野市に」
美鈴「姫野に夜間中学」
李緒「うん。勉強できなくてもできなかった
人とか、いるじゃない。そういう人対象に」
美鈴「木内さんみたいな」
李緒「うん。木内さんかららしいんだけどさ、
社長が聞いたのも。外国人労働者の人たち
とか増えてきたから、そういう人たちも生
徒として受け入れてるんだって」
美鈴「へえ」
李緒「――非常勤教諭募集してるみたいだか
ら、教員免許あるんだったら、勤めてみた
らどうかって」
美鈴「社長が?」
李緒「うん」
美鈴「たしかに、ええかっこしいやなあ社長
――で、どないするの」
   無言でパック詰めを続ける李緒。
美鈴「ええ話しやん。大丈夫やって、江口さ
んやめても、社長が入ってくれるわ。あの
人現場仕事好きやし。募集もかけたら人来
るって」
李緒「そんなに簡単に決められることじゃな
 いよ」
美鈴「行ってみたらどうなん様子見に」
李緒「え」
美鈴「夜間中学やろ、今日授業見に行ってみ
たらええやん。乗せてったるわ。学校に電
話してみたら」
   美鈴を見つめる李緒。

〇路上
   走っている赤の軽自動車。

〇車の中
   運転している美鈴。助手席の李緒。
美鈴「免許は持ってても最初は非常勤からか」
李緒「うん、正職になるにはその都道府県の
教員採用試験に受からなくちゃいけないか
ら」
美鈴「東京のには通ったから先生やれてたん
やろ、大丈夫やって」
李緒「――けど、無理だと思う、この話」
美鈴「え、なんで?」
李緒「校長先生に会って、話しすることにな
ってるけど、教師やめた理由、ちゃんと全
部伝えるつもりだから」
美鈴「いや、それは別に言わんでもええんち
ゃうん。わざわざ自分の不利になるような
こと」
   首を横に何度も振る李緒。
李緒「伝えなきゃいけない、絶対」
美鈴「――もう、過ぎたことやんか」
   また首を横に振る李緒。
   運転を続ける美鈴。

〇画面黒くなって
美鈴(声)「おー、久しぶり久しぶり。元気に
やってる? わたし? 日々現場で汗水た
らして働いておりますわよ。加藤君にも食
べさせてあげたいなあ、わたしの作った巻
きずし。ははは――――はぁ、なにぃ、会
社やめたぁ!? ちょっとなんでよ!――
うん、うん、まあそういうところあったけ
どな、あの会社。いや、結局悪いのはわた
しやってんから。で、次は決めてるんかい
な?――うん、うん、で、そこで昨日から。
うん、いや、べつにそれはかまへんけどや
な。しかしまあ、あんたも思い切ったことを――」

〇〈はちろべえ〉店内(夜)
   カウンター席に並んで座って呑んでいる美鈴と加藤。
井本「なんか新鮮ですね、関西弁しゃべって
る柴田さん」
美鈴「標準語しゃべらせていただきましょう
か?」
井本「ははは、いや、そのまんまでいいです」
美鈴「まあ遠いところ、わざわざ会いにきて
くれたんは嬉しいけど。ようまあ決心した
なあ」
井本「――結局守らなかったじゃないですか、
JFW。柴田さんのこと」
美鈴「いや、守るもなにもあれはわたしが全
面的に悪かったわけやから」
井本「ああいうことを言わせる土壌が在った、
っていうか在り続けてるわけじゃないです
かあの会社に。ぼくはそれがたまらなかっ
たわけですよ。だからやめたんです」
   呷った生ビールのジョッキをカウンターの上にドンと置く井本。 
井本「今度就職したコンサルの会社、試用期
間やっと終わりました。研修に行かされた
んですよ、いきなり。二店舗やってる鮮魚
店です」
美鈴「お魚屋さんか」
井本「はい、三枚おろし、できるようになり
ましたよ。お造りもそれなりにできるよう
になりました。難しいんですよ、魚の皮を
引くのって」
美鈴「へーえ、井本くんがね」
井本「はい。給料は減りましたよ。でも充実
してます。社長が高卒たたき上げの人で、
とにかく現場第一主義なんですよ」
美鈴「ふーん」
井本「『現場の汚れ仕事知らない人間が、クラ
イアント様にアドバイスする資格はない』
っていつも言ってます」
美鈴「そっか。なあ、グリストは?」
井本「そんなの初日にやらされましたよ」
笑ってビールを呷る加藤。
井本「ぼくね、研修で行った遠山鮮魚、これ
からもずっとお付き合いしていきたいって、
本気で思ってるんです。JFWに居た時は、
そんなこと、一回も思ったことなかったん
ですけど――柴田さん」
美鈴「なに」
井本「来ませんか、うちの会社に。社長、柴
田さんのこと、もちろん知ってます。現状
も伝えてあります。その上で社長、柴田さ
んに一度会ってみたいって言ってます」
美鈴「――年末も節分もまだなんや」
井本「え」
美鈴「年末は、盆より予約が入るんやって。
節分は恵方巻や。これもえらいほどの予約
や」
   井本をじっと見る美鈴。
美鈴「ありがとう井本君、ええ話し持ってき
てくれて。けど、この二大イベントは経験
しておきたい。そやないと――それこそ現
場の仕事語る資格はないって思うんや」
美鈴をじっと見る井本。
井本「なんか、変わりましたね、柴田さん」
美鈴「〈木沢の里〉泊まるんやったな」
井本「あ、はい。温泉入ってきました。気持
ちよかったです」
美鈴「何時までに戻らなアカンのや、あそこ」
井本「十一時です」
美鈴「大将、ハイボール! それと土手焼き
に手羽先。あと、ちくわチーズ揚げに出汁
巻き、二人前ずつお願い!」
店主「はいよ、オッケー!」
美鈴「待たせへんでこの店。すぐ出てくるか
 ら。プロの仕事よう見ときや」
井本「はい――俺は、やっぱり今の柴田さん
といっしょに仕事したいって、ホントに思
います。俺、やっぱ今日来てよかったです」
   加藤をじっと見つめる美鈴。井本の額にデコピンを食らわす。
井本「いつっ! なんなんですかぁ!」
美鈴「わたしも明日は休みや、とことんいく
でぇ!」
   破顔一笑の美鈴。   

〇北本ストア/玉崎店・総菜部作業場(朝)
   フライヤーの前で、揚物をしている岡 
   崎と駒田。作業台を前にオードブルを
作っている美鈴と鞠花と明音。美鈴は海老天をパック詰めしている。寿司場では美鈴と幾代、アルバイトの水野丈瑠が握り寿司を作っている。出来上がった商品を台車に乗せて、作業場を出ていく咲奈。部員総出、大晦日の売り出しで盆の売り出し以上に大わらわの作業場。
駒田「大晦日とかけましてですね!」
   本田圭佑のマネをするじゅんいちダビッドソンのマネをし始める駒田。
岡崎「はい本田さん、大晦日とかけまして!」
駒田「十二月三十一日とときますねぇ!」
岡崎「そのココロは!」
駒田「どっちも、正月前の同じ日ですね! 無
回転ですねぇ!」
顔を見合わせ爆笑する二人。
岡崎「ほんま店長好きっすね、じゅんいちダ
ビッドソンの無回転なぞかけ」
他の誰も笑っていない。
李緒「店長、オードブルのエビフライが足り
ません。揚げてください」
駒田「――はい」
美鈴「主任、海老天パック詰め終わりました。
次の揚げてください」
岡崎「――はい」
   寿司場から幾代が鬼の形相で顔を出す。
幾代「二人ともアホなこと言うてんと、早う
揚げてんか! 江口さんも柴田さんも困っ
てるやないの!」
北本・岡崎「――すみません」
   大わらわの仕事が続く総菜部作業場。

〇前同・店内
   客でごった返している店内。正月前、浮かれた雰囲気に溢れている。寿司のトレーを乗せた台車を押して、スイングドアから出ていく美鈴。
美鈴「いらっしゃいませー!」
   とたんに客がわらわらと寄って来る。
美鈴「端が楽してるときにするのが働くいう
ことかぁ……」
   小声でつぶやく美鈴。

〇北本ストア/玉崎店・店前
   トレー、ペットボトル、アルミ缶、牛乳パック、卵パックなどのリサイクルボックスが並んでいる。
   ビニール袋に入ったそれらを回収し ている美鈴と李緒。
美鈴「江口さん」
李緒「なに」
美鈴「よかったな、非常勤とはいえまた先生
になれて。四月から?」
李緒「うん――でも」
美鈴「でも、なに」
李緒「本当に、また戻っていいのかな」
美鈴「そやから、もう過ぎたことやろってば!
――ええか、あんたなあ。校長先生に言う
たのはあんたの誠意として認めるわ。けど、
生徒さんに自分から言うたりは絶対しなや。
そんなんただの自殺行為、アホのすること
や、ええな」
李緒「――うん」
美鈴「なあ、木内さんや咲奈ちゃんはどうす
るん?」
李緒「休みの日に、個人的に教える。二人に
も言ってる」
美鈴「そっか。大忙しやん。バスで通うんか?」
李緒「うん。始発になるけど、早起きには慣
れたから」
   リサイクルの回収を続ける二人。
李緒「柴田さんは」
美鈴「え?」
李緒「後輩から誘われたんでしょ。また東京
行くの?」
   無言の美鈴。空のペットボトルがいっぱいに詰められたビニール袋を両手に持ち、ゴミ庫の前に置く美鈴。
美鈴「もうすぐ節分で恵方巻きやけどさ」
李緒「え、あ、うん」
美鈴「そもそもなんなん、恵方って。どこの
誰が決めるんそんなん。思わへん?」
   美鈴をじっと見る李緒。
美鈴「その恵方向いて巻きずし丸かぶりした
ら縁起がエエやって。なんの根拠があるん
よ。よう考えたらアホやん」
李緒「うん、アホだよね。けど」
美鈴「けど?」
李緒「わたしたちはそのアホな世界に生きて
て、そこでお給料もらってる」
美鈴「まあ、そうやなあ」
李緒「てかさ、丸かぶりする人って、そんな
 にいないんじゃない。みんな切って食べて
ると思うよ」
美鈴「うん、そうやんなあ。誰がそんな食べ
にくいこと、なあ」
   二人、見つめあって笑う。

〇北本ストア/玉崎店・総菜部作業場を出た
ところのバックヤード廊下
   作業台を前に、二人並んでひたすら巻き寿司を造っている美鈴と李緒。

〇前同・店内・総菜売り場
   きれいに陳列されている様々な種類のパック入りの巻きずし。客が次々と買っていっている。
   スイングドアが開き、巻き寿司を乗せた台車を押して、鞠花と明音が店内に入ってくる。
鞠花・明音「いらっしゃいませー!」
   ユニゾンで響く二人の明るい声。

〇北本ストア/玉崎店・総菜部作業場を出た
ところのバックヤード廊下
   巻き寿司を造り続けている美鈴と李緒。
                (F・O)
〇そのまま黒い画面
美鈴(声)「もしもし、井本君、いまだいじょ
うぶ? この前はありがとうわざわざ来て
くれて。うん、あれからいろいろ考えてみ
たんやけどさ。一回お会いすることできる
かな、社長さんに――」

〇北本ストア/玉崎店・バックヤード通路(冒
頭場面に戻って)
   台車を押して行く美鈴。その後に続く李緒。二人、裏口のドアから出る。

〇前同・店裏
   配電盤がズラっと並んでいる店裏。フェンスの向こうは竹藪。
美鈴「よっこら」
   ビニール袋をはめて排水溝の鉄蓋を開ける美鈴。汚れ切っている排水溝。
美鈴「おー、くっさ――」
   排水溝に設置されたヘドロ受けの取っ手の両端を両手で掴み、持ち上げる二人。
美鈴、李緒「ふんっ!」
   地上にヘドロ受けを置く。
美鈴「あー、重たっ!」
   大型ポリバケツのビニール袋にヘドロを移し入れる美鈴。プラスチック容器の蓋をあけ、薬液をドバドバ排水溝に流し入れ始める美鈴。終えると、肥柄杓で排水溝の中を書きまわし始め、グリストラップ清掃を始める。
   李緒、水道の栓を捻り、ホースの先をつまみヘドロ受けに水をかけ、洗い始める。李緒、美鈴を見て。
李緒「泣かないの?」
美鈴「アホか」
   笑う二人。
美鈴の周りを二匹のベンジョバチが飛び回り始める。
美鈴「なんやこいつら、鬱陶しいなあ」
   手で何度も払いながら、グリストラップ清掃を続ける美鈴。
    ×     ×    ×
   作業を交替している二人。美鈴、やがて水流で小さく、大きく放物線を描いて一人遊びをしはじめる。
李緒「ちょっと、なにやってんのよ、最後な
んだから真面目にやりなさいよ」
美鈴「せやかて、もうヘドロ受けキレイにな
ってるもん。お、虹や」
   ホースから出る水が太陽光の加減で虹を描いている。
美鈴「あはは、ほら見て見て、虹、虹」
   放物線の弧をより大きくする美鈴。くっきり現れる虹を李緒も見つめる。  
美鈴の周りを飛び回っていた二匹のベンジョバチが虹の下をくぐって飛び去る。
美鈴「ありゃ、行ってしもた」
李緒「虹を越え明日へ飛び行けベンジョバチ」
美鈴「おー、さすが国語の先生」
   笑いあう二人。ベンジョバチが飛び去って行った方をしばらく見ている。

〇キャスト・スタッフがせりあがってき   て。それが終わる。

〇〈あすなろ中学〉廊下
   並んで歩いている美鈴と李緒。
李緒「――んっとに、どれだけひまなのよ」
美鈴「かまへんやん。東京行く前に江口先生
の再出発見させてもらってもやぁ」
   笑う美鈴。ため息をつく李緒。

〇前同・一年一組
   座っている生徒たちは二十人ほど。性別、年齢層がばらばら。茶髪に染めた若い女性もいれば老婦人もいる。東南アジア系の若者もいる。
   教壇に立っている李緒。黒板に自分の姓名をふりがなつきで大書している。教室の後ろに立ち、李緒を見ている美鈴。
   名前を書き終え向き直る李緒。
李緒「今日から、みなさんに国語を教えるこ
とになりました江口李緒です。よろしくお
願いします。みなさんは一生懸命勉強した
い気持ちでいっぱいのことでしょう。わた
しは非常勤講師といって、まだ本当の先生
ではありません。だから、わたしも一生懸
命勉強して、試験に通って、本当の先生に
なれるよう頑張る気持ちでいっぱいです。
いっしょに頑張っていきましょう」
   生徒たちがまっすぐ李緒を見つめている。美鈴を見る李緒。微笑んで、親指をぐっと立てた拳を見せる美鈴。強く頷く李緒。
                (了)

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