<登場人物>
勝呂 進一(28)(40)歯科医師
正木 喬矢(28)(40)厚生労働省職員、勝呂の旧友
伝田 蛍(23)同、正木の部下
足利 美南(28)歯科助手、故人
世良 美玖(28)女優
須田 卓也(10)患者
須田 麗華(36)同、卓也の母
尾上(65) 内閣総理大臣
M・C・ディアス(47)(59)製薬会社CEO
医師A、B
店員
患者A
若手医師
マネージャー
<本編>
○ニュース映像
「新型ミュータンスウイルスの感染拡大」「世界中でパンデミック」といった見出しが躍る。
○ドラッグストア・外観
殺到する客。
○同・中
歯ブラシや歯磨き粉を奪い合う客達と、それに応対する店員。
店員「お一人様、一点ずつでお願いします!」
× × ×
売り場からキレイに無くなる歯ブラシと歯磨き粉。
尾上の声「現在も新規感染者は増加の一途をたどっています」
○ニュース映像
尾上(65)の会見の様子。
尾上「緊急事態宣言発令も視野に入れ調整を進めてまいりますが……」
○勝呂歯科・待合室
尾上の会見の様子を、カップラーメンを食べながらテレビで見ている勝呂進一(40)。
尾上「国民の皆様も今一度、高い意識をもって……」
卓也の声「うわ~、凄ぇ~」
テレビの電源を消し、立ち上がる勝呂。その先、段ボール箱を開け、中に入った賞状や盾を眺める須田卓也(10)。
勝呂「おい、コラ。勝手に開けんな」
卓也「だって凄ぇじゃん。コレ全部先生の?」
勝呂「他人の物だったらビックリするわ」
卓也「凄ぇ~。今はこんなに貧乏なのに」
勝呂「うるせぇ」
卓也「で、先生。何に勝ったの?」
勝呂「勝った?」
卓也「だって、勝ったからこんなにもらえたんだろ?」
勝呂「……いいや。負けたんだよ、俺は」
段ボール箱を閉じる勝呂。
勝呂「さぁ、診察始めるぞ」
傍にかけられていた白衣を着る勝呂。
○同・外観
オンボロな建物。
「勝呂歯科」と書かれた看板。
○メインタイトル『Dr.LOSER』
○デンタルクリニック・外観
まるで大学病院かのような外観。
○同・廊下
まるで大学病院のような廊下を歩く勝呂(28)。まるで外科医の手術着のような服装。
ディアスN「(英語で)彼の名前は勝呂進一。優秀な医者だ」
尚、以降もナレーションは英語であり、テロップで日本語の字幕が流れる。
○同・大型処置室
上の階分まで吹き抜けになっている等まるで大学病院の手術室のような室内。
まるで外科の手術をしているかのような雰囲気で、診療台に横たわる患者の歯の治療をする勝呂と足利美南(28)。美南もやはり、まるで手術着のような服装。また、この時点では勝呂の行為が「虫歯の治療」という事はまだわからない。
勝呂「コントラ」
美南「はい」
勝呂「バキューム」
美南「はい」
ディアスN「人々は彼の手腕を『ゴッドハンド』ともてはやした」
上の階部分に窓があり、その向こう側に多くの人が居る。
どよめきの声。
○同・見学室
窓から大型処置室を見下ろすような形で、多くの医師や、スーツ姿の正木喬矢(28)らが勝呂らによる処置を見学している。
医師A「何という手際……」
医師B「噂には聞いていたが、まさかこれほどとは……」
正木「(医師達の反応を見て満足気に)さすがだね~」
正木の視線の先には、勝呂らの処置の様子を映すモニター。ここで初めて勝呂らの手元が映り、虫歯の治療を行っている事がわかる。
ディアスN「彼に治せない虫歯は無い」
○同・大型処置室
診療台に横たわる患者の両脇に立つ勝呂と美南。
勝呂「じゃあ、あとTBIよろしく」
美南「お疲れ様でした」
後ろ手に手を振りながら、部屋を出ていく勝呂。
ディアスN「しかし、彼は気づいていた」
○同・待合室
手術室の入口のような自動ドアが開き、姿を見せる勝呂。目の前には虫歯の治療を待つ、席が足りないほど多数の患者。皆、頬を押さえて辛そう。
勝呂「……」
ディアスN「このままでは、根本的な解決には至らない、と」
正木の声「虫歯菌の根絶?」
○同・外観(夜)
正木の声「そんな事、出来るのかね?」
○同・研究室(夜)
まるで大学の研究施設のような機器類が揃った室内。
様々な薬品を調合する勝呂と、その作業を見守る正木。その奥では勝呂の作業を手伝う美南の姿。
正木「ミュータンス菌、いわゆる虫歯菌は、唾液を介して人から人へ感染する、いわば感染症の一種」
勝呂「それくらい知っている」
正木「じゃあ、進一は『風邪ウイルスを撲滅する』なんて、出来ると思う? 言ってる事、それと同じだよね?」
勝呂「かもな。だがミュータンス菌が熱湯消毒できる事はわかっている。人体に負担をかけず、口内で同じような状況を作る事が出来れば、理論上は可能だろ?」
正木「はいはい、ご立派な理想です事。で、勝呂先生。何で俺を呼んだ? 国から補助金貰おうと思ってんなら、頼む相手を間違えてるとしか言いようがないね」
勝呂「勘違いするな。そんな事、下っ端の役人に頼みはしないさ」
正木「『今のところは』が抜けてるね」
勝呂「……ちなみに、本当に無理? 少しくらい出ない?」
正木「さっさと本題入れ」
勝呂「共同研究してくれる、いい製薬会社知らない? 俺はツテないけど、厚生労働省の幹部候補である正木先生なら、と思ってね」
正木「まぁ、そんな事だろうと思ってた。アメリカのディアス社って所が、ソッチの部門に強いハズ。連絡してみるね」
勝呂「さすが」
正木「問題は進一の研究成果が出るのがいつになるか……。せめて、俺が事務次官になるまでには間に合わせてよね」
勝呂「じゃあ、そのためにも予算を……」
正木「ほざけ」
美南「あの、先生……」
数本の試験管がセットされた試験管立てを持ってやってくる美南。
勝呂「足利君、効果はどうだった?」
美南「はい。効果、ありです」
勝呂「そうか。じゃあ次は……」
勝呂&正木「って、効果あったの!?」
美南「……はい」
顔を見合わせる勝呂と正木。
○記者会見場
世界各国の記者の前で握手を交わす勝呂とM・C・ディアス(47)。
ディアスN「彼は完成させた。奇跡の新薬を」
○新聞記事
「日本政府、新薬を承認」「虫歯のない世界、来る」「勝呂氏 ノーベル生理学・医学賞受賞確実か」といった見出しが躍る。
ディアスN「世界は、彼にありとあらゆる賞賛の声を浴びせた」
○デンタルクリニック・簡易処置室
診察台が三台ある、一般的な歯科医の処置室のような部屋。
患者に注射を打つ勝呂。
ディアスN「彼のもたらした研究成果は、瞬く間に世界中へと拡散され」
○商店街
笑顔で歩く親子連れの姿。
ディアスN「人々を笑顔にしていった」
○デンタルクリニック・外観
ディアスN「しかしそれは同時に」
○同・待合室
誰もいない。
ディアスN「彼ら、歯科医師達が仕事を失う事も意味していた」
○同・簡易処置室
酒を飲む勝呂を止めに入る美南。
美南「先生、診療時間中にお酒は……」
勝呂「どうせ誰も来やしねぇよ」
美南「ですが、もし誰かが来た時に、その状態では診察が……」
勝呂「うるせぇ。俺に指図すんじゃねぇ!」
勝呂に突き飛ばされる美南、作業台にぶつかり、医療器具が床に散乱する。
美南「きゃあ!」
ディアスN「もちろん、彼自身も……」
○同・外観
廃墟と化している。
ディアスN「そして彼はすべてを失い、姿を消した」
○商店街
遠ざかる勝呂の背中。
ディアスN「そんな彼を、人々はこう呼んだ」
○走る車
ディアスN「Dr.LOSER」
蛍の声「(重なるように)Dr.LOSER」
○車内
運転する伝田蛍(23)と後部座席に座る正木(40)。
蛍「『敗北者』ですか。皮肉なものですね」
正木「そう? 所詮、医者なんて患者が居なきゃ成り立たない仕事ってだけの話。やっぱ、なるなら医者より公務員だよね」
蛍「でも、公務員は無力です」
車内のモニターに目をやる蛍。冒頭の「新型ミュータンスウイルス感染拡大」等とテロップを出すニュース番組が映されている。
蛍「全国各地の歯科医師の多くが既に廃業している現在、病床はひっ迫し、医療崩壊は目前。事態は深刻です」
正木「だから、迎えに行くんだろう? Dr.LOSERをね」
蛍「ですが、一〇年以上前の話ですよね? 『ゴッドハンド』等と呼ばれていたのは」
正木「まぁ、アイツがダメなら、その時はもう終わりだね。俺達の負けだ」
蛍「……」
正木「だから、頼むね……」
○勝呂歯科・処置室
卓也の診察をする勝呂。
正木の声「Dr.LOSER」
勝呂「はい、おしまい。口ゆすいで」
勝呂の声「虫歯はありませんでした」
○同・待合室
レジ台を挟んで向かい合う勝呂と卓也、須田麗華(36)。
勝呂「ではまた半年後をめどに、定期健診に来てください」
麗華「ありがとうございました」
卓也「先生、またね」
勝呂「ちゃんと歯磨けよ」
出ていく卓也と麗華。尚、ドアにはドアベルが設置されており、ドアが開くと音が鳴る。
ドアに背を向け、奥に向かう勝呂。その時再びドアが開き、ドアベルが鳴る。
勝呂「? (振り返り)忘れ物?」
そこに立っている正木と蛍。
勝呂「……」
正木「おいおい俺だよ、正木だよ。まさか、『忘れた』とか言わないよね?」
勝呂「診察予約の名簿には、そんな名前は無かったな」
正木「そりゃあそうだ。予約した覚えはないからね」
勝呂「……まぁまぁ出世してるらしいな」
正木「さすが、耳が早いね。けど『まぁまぁ』じゃない。内閣官房新型ミュータンスウイルス感染対策推進室室長だ」
蛍「正木の部下の伝田と申します」
勝呂「で、そんなそこそこのお偉いさんがこんな僻地まで何の用だ?」
正木「それにしても、コッチはまだ、そんなに感染が進んでないみたいだな。東京はもう大変で……」
勝呂「用が無いなら帰ってくれ。仕事中なんだよ」
正木「奇遇だね。俺達もだ」
蛍「私達と一緒に、東京まで来ていただけないでしょうか?」
勝呂「俺が? 何のために?」
正木「おいおい、この流れでダンスパーティーに誘うヤツが居ると思うか?」
勝呂「大学時代だけで三回は誘われたな」
蛍「私も先月に」
正木「……まぁ、二人の過去に何があったかは知らないが、進一が今やるべきことは一つ。虫歯の治療だ。違うか?」
勝呂「歯科医師なんて、東京にも居るだろ?」
正木「腕のいい歯科医師は、そう居ないね」
勝呂「買いかぶりすぎだ。もうあの頃の俺じゃない」
正木「安心しろ。俺達も、ある程度の衰えを差し引いた上で頼んでいるからね」
勝呂「褒められてんだか、貶されてんだか」
正木「いいから、東京に戻って来い。進一はこんな所でくすぶっているような男じゃないだろ?」
ドアベルが鳴り、駆け込んでくる卓也。
卓也「先生!」
勝呂「? どうした、忘れ物か?」
卓也「母ちゃんが、母ちゃんが!」
駆け出す勝呂とついていく卓也、顔を見合わせる正木と蛍。
○同・前
口元を押さえ苦悶の表情を浮かべる麗華の元に駆け寄る勝呂と卓也。
卓也「母ちゃん!」
勝呂「どうされました?」
麗華「歯に痛みが……」
勝呂「とりあえず、中へ」
○同・診察室
麗華の口元のレントゲン写真を見つめる勝呂、正木、蛍。
勝呂「なるほど……」
蛍「患者の名前は須田麗華、三六歳。ディアス社の新薬は、当時妊娠中により未使用……。どうやら、旧型の虫歯のようです」
勝呂「この村の人達はほとんどあの薬を使っていない」
正木「まぁ、そうでもなきゃ進一の仕事がないもんね。で、進行具合は?」
蛍「見る限り、大した事はないかと」
正木「なら、一安心だね」
勝呂「……いいや。最悪、神経を取る必要があるかもしれないな」
蛍「え? ですが……」
勝呂「削ってみればわかる」
手術着のような服に着替え始める勝呂。
正木「おいおい、まさか一人で治療しよう、とか言わないよね?」
勝呂「仕方ないだろう? 助手が居ないんだ」
勝呂の視線の先、美南の遺影。
勝呂「それとも何だ、正木が手伝ってくれるのか? 曲がりなりにも免許は持ってるもんな」
正木「あぁ、手伝うさ。俺じゃないけどね」
蛍に目をやる正木。
蛍「……え、私?」
○同・処置室
診察台に横になる麗華に歯にラバーダム(=細菌を含んだ唾液が他所に流入しないよう、治療する歯以外を覆うゴム製のシート)をかける勝呂と蛍。ともに手術着のような服装。入口付近でその様子を見守る正木と卓也。
蛍「(ラバーダムを含む機器類を目にし)こんな地方都市の歯科医に、これだけの設備が……?」
正木「貧乏のくせに。維持費だけでも大変だよね?」
勝呂「心配するな。この間、糸ようじ転売したら、良い値段で売れた」
正木「この悪徳医師が」
勝呂「で、お前の部下、本当に使えるのか?」
正木「そりゃあ、国家公務員だからね」
勝呂「(勝呂からの答えを諦め、蛍に)使えないと判断したら即、叩き出す」
蛍「お優しいんですね。人の心配をされるなんて」
勝呂「ふん。では、治療を開始する」
× × ×
麗華の治療をする勝呂と助手の蛍。
勝呂「(歯を削りながら)ほらな」
蛍「本当だ。こんな深くまで虫歯が……」
× × ×
マイクロスコープ(=顕微鏡のような器具)を使って、麗華の治療をする勝呂と助手の蛍。
入口付近に立ち、その様子を見守る正木と卓也。
卓也「先生、凄ぇ~」
正木「さすが。衰えるどころか、進化してるね」
○同・待合室
レジ台を挟んで向かい合う勝呂と卓也、麗華。
勝呂「まだ麻酔が効いているので、あと二時間は食事しないようにお願いしますね」
麗華「本当に、ありがとうございました」
卓也「先生、かっこ良かったよ」
勝呂「サンキュ」
一礼し、出ていく卓也と麗華。
勝呂の元にやってくる正木と蛍。
正木「さすがは勝呂先生。ゴッドハンドは健在で何よりだね」
勝呂「いや(蛍に)良い助手がいたおかげだよ。どこで経験を?」
蛍「研修で、多少」
勝呂「さすがは、国家公務員って所か」
正木「おいおい、国家公務員と歯科助手の腕は何の関係もないからね」
勝呂「(ため息をつき、蛍に)コイツの部下をやってる事、心底尊敬するわ」
蛍「人の心配をしている場合ではないと思いますけどね」
勝呂「?」
正木「なぁ、進一。お前今『伝田のおかげ』って言ったよね?」
勝呂「言ったけど……」
正木「って事は、この恩を返したいよね? そう思ってるよね?」
勝呂「(察して)」
○走る車(夜)
都会を走っている。
○車内(夜)
運転する蛍と後部座席に座る勝呂、正木。窓から見える様々なネオン。
勝呂「あーあ、来ちまったな、東京」
正木「何でそんな残念そうなんだ?」
勝呂「星が見えん」
正木「随分ロマンチストだね。いつからそんな事言うようになった?」
勝呂「夢や希望を失った時から、かな」
正木「じゃあ、小三の夏か」
勝呂「お前と一緒にすんな」
正木「俺は小二の春だったね」
勝呂「ふ~ん……」
正木「おいおい、『何があった?』とか聞かないの?」
勝呂「何があった?」
正木「それがね、実は……」
停まる車。
蛍「着きました」
○高級ホテル・外観(夜)
○同・エントランス(夜)
着飾った人々が出入りしている。
勝呂の声「これはまた、凄い所だな」
○同・エレベーター(夜)
並んで立つ勝呂と正木。
勝呂「こんな所に患者が居るのか?」
正木「これだから日本人は良くないね。こんな時間に仕事させる訳ないだろ?」
勝呂「あ、そういう事? だったら、ビジネスホテルにしてくれよ。落ち着かないわ」
正木「おいおい、税金でこんな所に泊まれると思ってるの? 恐ろしいね」
勝呂「え、じゃあ……?」
エレベーターが止まり、扉が開く。
○同・大広間(夜)
ダンスパーティーが行われている。
入口に立つ勝呂と正木。
正木「ダンスパーティーだよ」
勝呂「……帰っていいか?」
○首相公邸・外観
○同・応接間
簡易ベッドやソファーのある部屋。ソファーに座る勝呂、正木、蛍。
勝呂「……なるほど、お前らが躍起になって俺を探しに来る訳だ」
正木「頼むね、勝呂先生」
勝呂「もし失敗したら、正木喬矢のキャリア人生は終わり、か?」
正木「その時は、歯科医師として雇ってよね」
勝呂「断る」
正木「いやいやいや、そんなに高い給料もらえないよ」
勝呂「腕のいい耳鼻科医を探してこい」
蛍「それにしても、本当にお優しいんですね。ご自分の心配は一切せずに」
勝呂「何かを失うほど、ものを持ってないからな」
正木「確かにね」
蛍「(足音が聞こえ)来たようです」
扉が開き、入ってくる尾上。立ち上がる勝呂、正木、蛍。
尾上「あぁ、いい。楽にしたまえ」
正木「はい。失礼いたします」
尾上が三人の向かい側に座った後、腰を下ろす勝呂、正木、蛍。
正木「総理。彼が、担当医の勝呂です」
勝呂「勝呂と申します」
蛍「助手の伝田です」
尾上「あぁ、頼むよ。立場上、私が歯医者に行く訳にもいかず、困っていたんだ」
勝呂「では早速、準備を」
× × ×
ポータブルの治療器具を準備する勝呂、蛍。簡易ベッドに横になる尾上と、その脇に立つ正木。
尾上「しかし、便利になったものだ。歯医者の訪問治療とは」
正木「はい。私、正木喬矢が内閣官房新型ミュータンスウイルス感染対策推進室室長として幅広く導入されるよう尽力した機材でございます」
尾上「うむ、結構」
その様子を冷めた目で見る勝呂。
× × ×
治療を終え、片づけをする蛍。ソファーで向かい合って座る勝呂、正木と尾上。
勝呂「では、二~三〇分は食事等控えるようにしてください」
尾上「いやぁ、今日は助かったよ。悪かったね、勝呂先生。新薬の開発やら何やらで忙しいだろうに」
勝呂「? 新薬?」
尾上「(正木を見て)えっと、それと……」
正木「正木喬矢です。内閣官房新型ミュータンス……」
尾上「あぁ、そうだった。君も、院長先生のサポートをしてあげるように」
正木「承知しました」
勝呂「? 院長先生?」
尾上「それじゃあ」
出ていく尾上。立ち上がり、一礼する勝呂、正木、蛍。
勝呂「……おい、正木。お前、俺に何か隠してる事あるだろ?」
正木「ちょっとしたサプライズを、ね」
勝呂「ったく」
正木の声「……という訳で」
○デンタルクリニック・簡易処置室
多くの若手医師達の前に立つ勝呂、正木、蛍。
正木「患者の治療と君達への指導、訪問治療に新薬の開発まで担当する当院の院長、勝呂進一先生だ。みんな、イジメちゃダメだからね」
拍手する若手医師達。
勝呂「……」
正木「じゃあ、勝呂院長から一言」
正木を一睨みした後、周囲を見回す。
勝呂「……まだ残ってたんだな」
○同・外観
勝呂の声「この建物」
正木の声「まぁね」
○同・院長室
「院長 勝呂進一」という札の乗った立派な机と、フカフカそうなイス、応接用のソファー等がある部屋。
院長席に座る勝呂とその前に立つ正木、勝呂の傍らに立つ蛍。
正木「居抜きとはいえ、結構高かったんだからね?」
勝呂「で、俺にどうしろと? 俺はアッチにも患者が居るんだぞ?」
正木「心配しなくていい。交通費なら、ちゃんと出すからね」
勝呂「ったく。さっきから、税金使ってるだけのくせに、偉そうに」
正木「実際、偉いんだよね」
諦めたようにため息をつく勝呂。
正木「あれ、質問終わり? 意外と少ないね」
勝呂「まぁ、大体の事はある程度、予想通りだったからな」
正木「『予想通り』? 『期待に応える』と言って欲しいね」
肩をすくめる勝呂。
○同・外観
○同・待合室
患者で混み合っている。患者Aが頭を下げながら簡易処置室から出てくる。
患者A「先生、ありがとうございました」
○同・簡易処置室
また別の患者の治療をする勝呂と助手を務める蛍。
勝呂「15C」
蛍「はい」
その様子を遠巻きに見守る若手医師達。
○走る電車
○勝呂歯科・待合室
勝呂以外誰も居ない。
勝呂「(予定表を見ながら)今日の予約は一人、か……」
○走る寝台特急(朝)
○デンタルクリニック・簡易処置室
若手医師達に指導する勝呂。
○同・研究室
様々な薬品を調合する勝呂。
○同・院長室(夜)
机の上に置かれたカップラーメン。鼻歌交じりで待ちわびている様子の勝呂。そこに駆け込んでくる蛍。
蛍「先生、急患です」
勝呂「(蛍とカップラーメンを何度か交互に見た後)……わかった、すぐ行く」
上着を脱ぎ、蛍と共に部屋を出る勝呂。
○走る新幹線
○勝呂歯科・待合室
電話をかけている勝呂。
勝呂「味噌ラーメンのミニチャーハン付きで。はい、お願いします」
電話を切る勝呂。周囲を見回すも他に誰も居ない。
○デンタルクリニック・屋上
着陸するヘリコプター。
降りてくる勝呂と蛍。
勝呂「ヘリの操縦まで出来るの?」
蛍「研修で、多少」
勝呂「国家公務員は、違うね」
○同・簡易処置室
三台全ての診察台に患者が横たわっており、その全てを行き来しながら治療を行う勝呂。
勝呂「(患者に)今は仮蓋の状態なんで、あまり堅い物は食べないようにしてくださいね。では、お大事に。(別の患者の元へ行き)お待たせしました、麻酔効いてきましたかね。じゃあ始めますけど、痛かったら手を上げて下さいね」
その様子を見守る蛍や若手医師。
若手医師「は、早い……」
○同・同(夜)
パソコン画面を通じ、リモートで技術指導をする勝呂。画面上には多数の若手医師達の姿。
○同・院長室(朝)
パソコンに向かう勝呂。
○大学病院・講堂
客席に座る大勢の医者や学者達の前で論文の発表をする勝呂。
勝呂「以上です」
スタンディングオベーションが起きる。
○デンタルクリニック・大型処置室
手術着のような服装で患者の処置をする若手医師と、その助手を務める蛍。
若手医師「どうしよう……出血が止まらない」
蛍「先生、落ち着いて」
若手医師「えっと、こういう場合は……あぁ、えっと……」
扉が開き、やはり手術着のような服装の勝呂が入ってくる。気のせいか、後光がさしているよう。
若手医師「勝呂先生!」
勝呂「代われ」
若手医師と交代し、処置を始める勝呂。
若手医師「す、凄い。あっという間に……」
正木の声「随分とご活躍らしいね」
○同・研究室(夜)
様々な薬品を調合する勝呂と、その様子を見守る正木。
正木「あとは新薬さえ完成させてくれれば、言う事ないんだけどね」
勝呂「それで、わざわざ急かしに来たのか?」
正木「違うよ、ただの報告」
勝呂「報告?」
正木「研究費、削ることになったから。よろしく」
勝呂「……そうか」
正木「あれ、意外とあっさりしてるね。『お前ら、本当に完成させる気あんのか!』くらい言うかと思ったよ」
勝呂「この国が、そういう所に金を出し渋ることくらい、重々承知してるさ」
正木「まぁ、でもアレだ。昔みたいに一発でパッと完成しちまう事もあるしね」
勝呂「あんなのは、偶然の産物だ。幸運の女神の、な」
勝呂の視線の先、美南の遺影。
正木「前例なんて、一度あれば十分だよ。じゃあ、期待してるからね」
勝呂の肩を叩き、出ていく正木。
勝呂「……」
冷蔵庫から数本の試験管がセットされた試験管立てを取り出す勝呂。一つだけ、中の液体が変色しているものがある。
勝呂「……」
何かの視線を感じ、振り返る勝呂。そこには美南の遺影。
勝呂「……そんな目で見るな」
○同・外観
マネージャーの声「お願いします!」
○同・診察室
勝呂と向かい合って座り、頭を下げる世良美玖(28)とマネージャー。勝呂の後ろには蛍もいる。
マネージャー「ウチの世良の治療を、何とか勝呂先生にお願いできないでしょうか?」
蛍「ですから、今日は既に予約で埋まっています」
マネージャー「では、明日は?」
勝呂「明日は、このクリニックではない、別の病院に行かねばならなくて」
マネージャー「そんな……」
勝呂「それに、この程度の虫歯なら、当院の他の先生でも十分……」
美玖「勝呂先生でないと不安なんです」
顔を上げる美玖。その顔は美南とうり二つ。
美玖「芸能人は、歯が命なんです」
勝呂「……」
蛍「? 勝呂先生、どうかされました?」
勝呂「え? あ、いや……芸能人?」
蛍「ご存知ないんですか? 国民的女優の世良美玖さんですよ」
タブレットで美玖の情報を見せる蛍。
勝呂「へぇ……。伝田さん、芸能人も詳しいんですね。もしかして、研修で?」
蛍「はい」
勝呂「そうなんだ」
美玖「明後日には大事な撮影があるんです。治療の出来栄えまでを考えたら、先生しかいないんです」
マネージャー「お願いします。お金なら、いくらでも払いますから」
と言って分厚い封筒を勝呂に渡すマネージャー。勝呂が中身を確認すると、札束。
勝呂「いや、困ります。こんな……(と言って返そうとする)」
美玖「お願いします」
勝呂をまっすぐ見つめる美玖。
勝呂「……」
封筒を白衣の内ポケットにしまう勝呂。
○(CM映像)
笑顔の美玖。とても虫歯治療直後とは思えないほど事前できれいな白い歯。
美玖「大事な人を感染させないためにも、行こう、虫歯の定期健診」
○デンタルクリニック・院長室
テレビでそのCMを観ている勝呂。
勝呂「……」
マネージャーから受け取った封筒から札束を取り出す勝呂。笑みがこぼれる。
○勝呂歯科・前
「休診日」の札。ポストから溢れんばかりの郵便物。
○デンタルクリニック・診察室
勝呂と向かい合って座る患者B。勝呂に分厚い封筒を差し出す。
勝呂「(受け取り)……」
○同・簡易処置室
患者Bの治療をする勝呂とその助手をする蛍。
○同・診察室
勝呂と向かい合って座る患者C。勝呂に薄い封筒を差し出す。
勝呂「(受け取り)……」
○同・簡易処置室
患者Cの治療をする若手医師。その様子を横目に立ち去る勝呂。
○同・廊下
歩いている勝呂。その後ろからやってくる若手医師。
若手医師「勝呂先生。今日の研修は……?」
勝呂「あぁ……すまない。新薬の研究が忙しくてね。無しにしよう」
若手医師「またですか……。でしたら、研究のお手伝いを」
勝呂「いや、一人にして欲しい」
若手医師「……わかりました」
○同・研究室(夜)
何もせず、手持無沙汰な様子の勝呂。
○同・院長室
応接用の席で取材を受ける勝呂。
○(イメージ)
勝呂のインタビュー記事の載った(あるいは表紙を飾った)雑誌が積み重なっていく。
○デンタルクリニック・院長室(朝)
院長席に座る勝呂。そこにやってくる蛍。
蛍「先生、お時間です」
勝呂「うむ」
○同・廊下
若手医師達を従えるように歩く勝呂。
蛍の声「(館内アナウンスで)ただいまより、勝呂院長の総回診です」
勝呂達が通り過ぎた後、物陰から姿を見せる正木。
正木「……」
正木の声「何か、儲かってるらしいね」
○高級ホテル・外観(夜)
正木の声「こんなホテルに泊まっちゃって」
○同・スイートルーム
ソファーに座る勝呂と正木。その目の前では職人がラーメンを作っている。
正木「ココの宿泊費は、当然進一持ちなんだよね?」
勝呂「あぁ、もちろんだ」
完成したラーメンが勝呂の前に置かれる。
勝呂「正木も食うか? 東京じゃ有名なラーメン店らしいぞ?」
正木「遠慮しとくよ。(腹を叩き)色んな数値が気になるお年頃でね」
勝呂「そうか」
美味そうにラーメンを食べる勝呂。
正木「尾上総理からの伝言だ」
勝呂「何? 定期健診?」
正木「いいや。『どうしても勝呂に会いたい』って人が居るんだとさ」
勝呂「俺に会いたい? ……まさか」
正木「知ってるよね? 今来日してるって」
○高級料亭・外観(夜)
以下、勝呂とディアスの会話は全て英語で交わされ、日本語訳を字幕で表示する。
ディアスの声「元気そうで嬉しいよ。ドクター勝呂」
○同・客室(夜)
テーブルを挟んで座る勝呂とディアス(59)。テーブルの上には酒や刺身が乗っている。
勝呂「こちらこそ、光栄ですよ。ディアス大統領」
ディアス「そう硬くならないでよ。今日は一国の長ではなく、一人の友人として君に会いに来たんだから」
勝呂「そうですか。では、率直に。用件は?」
ディアス「ハッハッハ。相変わらずだね。では、私も率直に言おう。私と一緒に、アメリカに来ないか?」
勝呂「俺が、アメリカに?」
ディアス「昨日、ミスター尾上の話を聞いた限り、この国では満足に新薬の研究も出来ないだろう? だが、我が国では投資は惜しまない」
勝呂「あぁ、よく知ってるよ」
ディアス「どうだろう? この未曽有のパンデミックを乗り切るために、また私達と力を合わせないかい?」
と言って酒瓶を勝呂に向けるディアス。それを手で制する勝呂。
勝呂「光栄な話だけど……」
ディアス「何故? もし待遇が不満なら、ディアス社に役員待遇で迎える事も検討するよ?」
勝呂「そういう問題じゃないんだ。俺は、その……日本に居たいんだ」
ディアス「そうか……残念だよ」
気まずい沈黙。
勝呂「さぁ、食べよう。せっかくの料理が勿体ないよ」
ディアス「そうだね」
無理やり笑う勝呂とディアス。
美玖の声「で、何でなの?」
○高級ホテル・外観(夜)
美玖の声「行けばいいじゃん。アメリカ」
○同・スイートルーム(夜)
ベッドの上、裸で並んで横になる勝呂と美玖。
勝呂「何だ。美玖は俺と離れ離れになっても平気だって言うのか?」
美玖「付いていくに決まってるでしょ? それで、ハリウッドデビュー。どう?」
勝呂「確かに、それも悪くなかったな」
美玖「新薬を完成させるなら、アメリカに行った方が良いんでしょ?」
勝呂「あぁ。完成させるなら、な」
美玖「……まさか、完成させる気ないの?」
勝呂「……」
美玖「うっわ~。え、何で何で?」
勝呂「逆に聞くが、完成させてどうなる? 俺はまた職を失い、貧乏生活に逆戻りだ。挙句……」
美玖の顔を愛おしそうに撫でる勝呂。
勝呂「あんな思いは、もう御免だ」
美玖「進一、そんな事考えてたんだ」
勝呂「軽蔑したか?」
美玖「まさか。でも……」
何かを要求するように手を差し出す美玖。
美玖「口止め料くらいは、欲しいかな」
勝呂「ふん」
美玖の口を塞ぐように口づけする勝呂。そのまま美玖に覆い被さる。
○デンタルクリニック・外観
○同・大型処置室
患者の治療をする勝呂と助手の蛍。
勝呂「はい、終わり。じゃあ、後はよろしく」
蛍「お疲れ様でした」
出ていく勝呂。
○同・待合室
大型処置室から出てくる勝呂。そこに待ち構える正木。
正木「お疲れ」
勝呂「……」
そのまま歩いていく勝呂とついていく正木。
正木「さっき親子連れの患者が受付で揉めてたよ? 『勝呂先生の診察を受けさせてくれ』ってね」
勝呂「紹介状は?」
正木「持ってたら、揉めてないよね」
勝呂「それもそうか」
正木「その親子連れ、俺の権限で(簡易処置室を指し)アッチに案内しといたから、よろしくね」
勝呂「勝手な事すんな。いちいち新規に患者に対応していたら、体がもたん」
正木「それがね、その患者、こんなん持ってたんだよ」
「勝呂歯科」の診察券を勝呂に手渡す正木。そこには「須田卓也」の文字。
勝呂「!?」
○同・簡易処置室
卓也の診察をする勝呂と助手の蛍。その様子を見守る正木と麗華。
卓也「先生、痛ぇよ~」
勝呂「わかった。わかったから、ちょっと黙ってろ」
麗華「先生、どうですか?」
蛍「先生、コレは……」
勝呂「……」
勝呂の声「お母さん、落ち着いて聞いてください」
○同・診察室
卓也の口元のレントゲン写真を見る勝呂、麗華、蛍。
勝呂「(レントゲン写真を指し)卓也君の歯は、かなり深刻な状況です。生えたばかりの永久歯という事もあり、進行も早い」
麗華「でも、治るんですよね?」
勝呂「……」
麗華「勝呂先生!」
蛍「最悪、抜く事になるかと」
麗華「そんな……」
泣き崩れる麗華。
麗華「あの子はまだ一〇歳なんですよ? それなのに、歯を抜くだなんて……あの子に何て説明すれば……」
勝呂「お母さん。まずは、お母さんが冷静になって……」
麗華「……先生こそ、何でそんなに冷静なんですか?」
勝呂「え?」
麗華「私達は先生に言われた通り、ちゃんと半年後に勝呂歯科に行ったんです。それなのに先生はいなくて、定期健診を受けられなくて……」
勝呂「それは……」
麗華「きちんと健診を受けてられていれば、こんな事にならなかったんじゃないですか!?」
勝呂に掴みかかる麗華。
麗華「どうなんですか? 何とか言ってくださいよ、先生! 先生のせいなんじゃないんですか!?」
蛍「須田さん、落ち着いて……」
麗華「私は、絶対に許しませんから!」
勝呂から引き離すように、麗華を部屋の外に連れ出す蛍。
麗華の声「訴えてやる!」
勝呂「……」
○同・外観
集まる報道陣。
○同・院長室
「私は勝呂医師を許さない」という見出しの週刊誌を読む勝呂。本を閉じ、床に叩きつける。
勝呂「ったく、ザコが調子に乗りやがって」
そこに入ってくる蛍。
蛍「失礼します」
勝呂「ホテルは?」
蛍「すでにマスコミが張っています」
勝呂「どいつもこいつも……」
胃薬を取り出す勝呂。そこに水入りのコップを差し出す蛍。水を口にした瞬間、痛みに顔をゆがませる勝呂。
勝呂「痛っ」
蛍「どうかされました?」
勝呂「いや、何でもない。それより、テレビでもこの話題、扱われてるのか?」
と言いながら、リモコンを操作しテレビの電源を入れる勝呂。ニュース番組が放送されており、ディアスの映像が流れている。
アナウンサーの声「アメリカのM・C・ディアス大統領が、新型ミュータンスウイルスの変異株に感染していた事がわかりました。ディアス大統領は日本で感染した可能性が高いと見られ、尾上総理も濃厚接触者として……」
蛍「ディアス大統領が?」
勝呂「……」
頬を押さえ、思考を巡らせる勝呂。
○(回想)高級料亭・客室(夜)
テーブルを挟んで座る勝呂とディアス。刺身を食べている。
ディアス「やっぱり、刺身は最高だね」
と言いながら、箸で刺身を取るディアス。その際、隣の刺身にも箸が触れる。
ディアス「どうだい、ドクター勝呂。箸の使い方、随分と上手くなっただろう?」
勝呂「まぁ、俺ほどじゃないけどね」
と言いながら、ディアスの箸が触れた刺身を箸で取る勝呂。そのまま食す。
○デンタルクリニック・院長室
テレビを観ている勝呂と蛍。頬を押さえる勝呂。
勝呂「まさか……!?」
立ち上がる勝呂。その際、テーブルにぶつかり、コップが倒れ、水がこぼれる。
蛍「勝呂先生?」
○同・診察室
勝呂の口元のレントゲン写真を見る勝呂、正木、蛍。
正木「虫歯、だね」
勝呂「……」
蛍「変異株となると、厄介ですね」
正木「あぁ。治療できるとすれば……」
勝呂に目をやる正木と蛍。
勝呂「まぁ、俺なら出来るだろうが……」
正木「自分で自分の治療は出来ないもんね」
勝呂「他に有能な医者は?」
正木「居ないんじゃない?」
勝呂「何?」
正木「もちろん、勝呂先生がちゃんと後進の育成をしてくれているなら、話は別だけどね」
勝呂「それは……」
正木「してないよね?」
勝呂「……何で言い切れる?」
正木「だって、若手の先生達言ってたよ? 『最近、新薬の研究ばっかで全然教えてくれない』ってね」
勝呂「……仕方ないだろう? そもそも開発を急がせているのはどこの誰だ」
正木「厚労省のお偉いさんだね。でもさ……」
ボイスレコーダーを取り出し、再生する正木。
美玖の声「新薬を完成させるなら、アメリカに行った方が良いんでしょ?」
勝呂の声「あぁ。完成させるなら、な」
勝呂「!?」
美玖の声「……まさか、完成させる気ないの?」
勝呂の声「……」
美玖の声「うっわ~。え、何で何で?」
勝呂の声「逆に聞くが、完成させてどうなる? 俺はまた職を失い、貧乏生活に逆戻りだ。挙句……」
音声を停止し、ボイスレコーダーをしまう正木。
勝呂「どこでソレを……?」
正木「どこでもいいでしょ? それより、減らされたとはいえ、国が払ってた研究費はどこに消えちゃったんだろうね?」
勝呂「……」
正木「あ、そうそう。一応このクリニックは国立の機関だから、収賄も立派な犯罪になるからね。そこに来て……」
勝呂に先の週刊誌を手渡す正木。
正木「この訴え。いくら無二の親友でも、これ以上は庇い切れないよね」
出ていこうとする正木。
勝呂「待てよ、正木。俺はまだ……」
正木の肩を掴む勝呂。その手を振り払う正木。
正木「俺はね、進一。(冷たい目で)お前と一緒に沈む訳にいかないんだよね」
勝呂「!?」
正木「(笑顔で)じゃあね」
そのまま出ていく正木と、一礼してから正木を追っていく蛍。その場に崩れ落ちる勝呂。
勝呂「俺が、沈む……また……?」
○(ドラマ映像)
カメラ目線の美玖。
美玖「さようなら、ドクター。いや、(笑みを浮かべ)元ドクター」
そのまま遠くへ立ち去っていく美玖。
○勝呂歯科・待合室
先のドラマ映像が映るテレビ画面。
患者は居らず、一人カップラーメンをすすりながらテレビを観る勝呂。髪や髭は伸び、浮浪者のような風貌。
勝呂「……」
テレビの電源を消す勝呂。合間に水を飲むと、痛みに表情がゆがむ。
勝呂「……ちくしょう」
○同・外観
「虫歯医師」「詐欺師」「出ていけ」などの誹謗中傷の張り紙が多数張られている。その中に「LOSER」と書かれたものもある。
勝呂の声「ちくしょう!」
(完)
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