昭和三十年ごろ。
町にはまだ戦争の影が色濃く残り、どこの家も貧しかった。
テルは、毎朝同じことをしていた。
芋を洗い、蒸し、湯気の立つそれを薄く切って、軒先に干す。
晴れの日も、曇りの日も、それを繰り返した。
軒下には、いつも芋が並んでいた。
干し芋は、夕方になると少し減っている。
それでも翌朝にはまた、新しい芋が蒸され、同じ場所に干されている。
孫の節子は、その光景を当たり前のものとして見ていた。
減っていることも、また増えていることも、深く考えたことはなかった。
節子は、祖母のテルが大好きだった。
一緒にいるだけで安心できて、
その背中がそこにあるだけで、世界はちゃんと回っている気がした。
——それから、長い年月が過ぎた。
節子が大人になったころ、懐かしい顔ぶれが集まる機会があった。
幼なじみの千代、その兄のこういち。
そして、かつて「悪ガキ」と呼ばれていた仲間たち。
酒も回り、昔話が始まったころ、
こういちがふと、節子の方を見て言った。
「なあ、覚えてるか。お前のばあちゃん、毎日芋を干してたろ」
節子は笑ってうなずいた。
「うん。毎日だった。なくなっても、また次の日には干してあった」
こういちは、少し間を置いて続けた。
「あれな……俺たちが食ってたんだ」
節子は、言葉の意味がすぐには分からなかった。
「あの頃、腹が減ってどうしようもなくてさ。
誰も何も言わなかったけど、軒先の芋は、いつでもあった」
こういちの声は、どこか照れくさそうで、でも真剣だった。
「盗んだつもりでいた。
でも、ばあちゃんは何も言わなかった。
減ってるのを見ても、叱らなかった」
悪ガキだった仲間たちも、黙ってうなずいていた。
「お前のばあちゃんのおかげで、
俺たちは飢えをしのいで、生き延びたんだ。
今こうして生きてるのは、あの干し芋のおかげだ」
その瞬間、節子の中で、
あの日常の風景が、まったく違う意味を持って立ち上がった。
毎日蒸され、毎日干され、毎日減っていった芋。
それは「余り」ではなく、
誰かの空腹を知っていて、差し出された命のつなぎ目だった。
テルは何も語らなかった。
理由も、恩も、見返りも、求めなかった。
ただ、毎日芋を蒸して、干した。
それだけだった。
節子は、その夜、祖母の背中を思い出していた。
黙って立ち働く姿。
何も言わずに、すべてを分かっていた人。
——あの干し芋は、
ばあちゃんの優しさそのものだったのだと、
節子は、ずいぶん時を経て、ようやく知った
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