教室から夕陽を眺める君 学園

新学期、2年A組。永沢聡(17)は、明るいクラスメイト水嶋晴子(17)が15年前に学校の屋上から転落死した女子生徒だと気づく。晴子は自殺ではなく事故だと言う。寺の息子である聡は晴子を成仏させるため、彼女のいじめ撲滅運動を手伝うことになるのだが、彼女のいじめっ子に対するお仕置きは次第にエスカレートしていく。
志賀内のぞ美(脚本家志望/シナリオセンター出身) 5 4 0 05/13
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第一稿

〇里間女子高校・校庭
   T『15年前』
   土の校庭。
   セーラー服姿の生徒が二人倒れている。
   水嶋晴子(17)、仰向けで意識はない。
   戸田瑞希(1 ...続きを読む
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〇里間女子高校・校庭
   T『15年前』
   土の校庭。
   セーラー服姿の生徒が二人倒れている。
   水嶋晴子(17)、仰向けで意識はない。
   戸田瑞希(17)、その上でうつ伏せ状態。
   二人の顔は見えず、共に動かない。
   晴子の後頭部からは流血している。

〇同・校門・外
   救急車がサイレンを響かせ入っていく。
   看板『里間女子高等学校』
   真新しい看板が徐々に古びていく。

〇新里間高校・校門・外(朝)
   古びた看板『新里間高等学校』
   T『現在』
マキの声「ねぇねぇ、知ってる? この学校
 の怖~い噂」
ミエの声「あぁ、ここが女子高だった頃の伝
 説でしょ? 私、詳しく知らないんだよね」
   男女の生徒達が次々に入っていく。
   制服はブレザーで統一されている。

〇同・屋上(朝)
   ひと気は全くなく、不気味な雰囲気。
   外際にはネットの柵が設置されている。
マキの声「昔、ここの女子生徒が、屋上から
 飛び降り自殺しちゃってさ。成仏できずに、
 まだこの学校に留まってるんだって」
   地面に、野球ボールが転がっている。
   何故か一足だけの上履きも落ちている。

〇同・3号館・2年A組(朝)
   T『新学期』
   プレート『2A』
   生徒達が笑顔で教室に入っていく。

〇同・教室内(朝)
   喜ぶ生徒達で賑わっている。
男子生徒A「おぉ! 元気かー?」
   男子生徒A、男友達と喜び合う。
   窓際の一番後ろの席に水嶋晴子(17)。
   晴子の二つ隣斜め前の席に永沢聡(17)。
   廊下側一番後ろの席にマキ(17)。
   マキ(17)、隣の席のミエと会話。
ミエ「あぁ、そうそう。私、信じないけどね」
マキ「でも、信じない人に限って、怪奇現象
 とか体験するって言うじゃん」
ミエ「だって、そんな経験、今までないし」
   マキ、念を押して面白半分に忠告する。
マキ「気をつけなよ~、ここ2Aだよ!」
ミエ「だから?」
   ミエ、言葉の意味が分かっていない。
   マキ、そんなミエが信じられない様子。
マキ「えっ、それも知らないの? その自殺
 した生徒、15年前2年A組だったんだよ」
ミエ「マジで!? それは確かにちょっと怖い
 かも」
   中央列前から2番目の席に江藤成美(17)。
   成美、机上に鞄を置いてあさる。
   徳井幸来(17)、2つ後ろで成美に気づく。
   二人共メイクの濃い派手な生徒である。
   成美はクールビューティーなメイク。
   幸来はいかにもギャルらしいメイクだ。
   成美、鞄からメイク道具を取り出す。
   幸来、成美に近づき声を駆ける。
幸来「成美! 久しぶり~」
   成美と幸来、両手を叩き合わせて喜ぶ。
成美「おー幸来。今年もおなクラだね」
幸来「ね~、めっちゃ嬉しい~」
   窓際2列目一番前に地味な横田奈央(17)。
   成美、奈央を見て嫌な表情。
成美「えっ、あいつまた一緒? もう最悪」
   幸来、黒板消しを持って奈央に近づく。
   奈央、頭上で黒板消しを叩かれ真っ白。
   幸来、黙ったまま俯く奈央に爆笑。
幸来「アッハッハ、ウケんだけど」
   成美、クールにほくそ笑んで見ている。
   晴子、ふとその様子を目にして呆れる。
   永沢、自分の席から晴子を見ている。
   幸来、笑いながら成美の元へ戻る。
   晴子、徐に立ち上がり、奈央に近づく。
   晴子、ウェットティッシュを取り出す。
   奈央にさりげなく渡す。
晴子「これ使って」
   晴子、奈央に優しく微笑み、席に戻る。
   奈央、晴子の顔を見上げ、微笑み返す。

〇同・校庭
   人工芝が敷かれた綺麗な校庭。
   青空が広がり、白い雲が流れていく。
   体育着姿の生徒達が校舎に戻っていく。
   チャイムが鳴る。

〇同・3号館・2年A組・教室内
   生徒達、各々自由に弁当を食べている。
   永沢、後方の窓辺に立ち、景色を眺め
   ながら、おにぎりを食べている。
   奈央、自分の席で一人、弁当を出す。
   晴子、奈央の席に椅子を持っていき、
   笑顔で明るく話しかける。
晴子「奈央ちゃん、一緒に食べよう」
   奈央の机に自分の弁当を置く晴子。
奈央「う、うん」
   奈央、少し戸惑いつつも、嬉しそう。
   永沢、ふと晴子と奈央に目をやる。
奈央「あの……さっきはありがとう」
   晴子、優しい表情で首を横に振る。
   奈央の綺麗に盛り付けられた弁当。
晴子「うわぁ、美味しそう!」
奈央「そう?」
   嬉しそうな奈央に、明るく話す晴子。
晴子「うん! お母さん料理上手なんだね」
奈央「これ、自分で作ったの」
   照れくさそうに微笑む奈央。
晴子「え!? 自分で!? 凄いね!」
   晴子、オーバーリアクションで驚く。
奈央「そんな、大した事ないよ。水嶋さんっ
 たら、リアクション、大き過ぎ」
   晴子と奈央、楽しそうに笑い合う。
   晴子、弁当箱を開ける。
   晴子、空っぽの中身を見て、唖然。
晴子「え……!?」
   晴子と奈央の笑い声が一瞬で止まる。
   晴子と奈央、再び大笑いし出す。
晴子「ウソでしょ? うちのお母さん、何も
 入れてくれてないじゃ~ん。ドジだな」
   永沢、晴子の様子に苦笑いしながら、
   再び外を眺めて、おにぎりを一口。
奈央「って言うか、弁当箱の軽さで気づかな
 い水嶋さんも天然だね」
晴子「アッハハ、それもそうだね。私、全然
 気づかなかった。親子揃ってバカ。ハハ」
   声高らかに笑い合う二人。
奈央「少ないけど、私の分けてあげるね」
晴子「本当? ごめんねぇ、ありがとう」
   晴子と奈央、楽しそうに仲良く食事。

〇同(夕)
   夕焼けが差し込める教室内に晴子の姿。
   教室内は、晴子一人だけの静かな空間。
   窓際の机に座り、夕焼けを眺めている。
   教室後方の扉が開き、水沢が入室。
   晴子、扉の開く音に気付き、振り返る。
   晴子、永沢と目が合い、微笑む。
   永沢、自分の席に歩いて行きながら、
永沢「水嶋……だったよな?」
晴子「うん。永沢君だよね? よろしく」
   明るい笑顔で答える晴子。
永沢「あ、ああ。まだ残ってたんだ?」
晴子「そ。ここから夕日を見るのが好きなの」
   自分の席の引き出しに腕を入れる永沢。
晴子「永沢君はまだ帰らないの? 忘れ物?」
永沢「うん、明日提出するプリントを忘れて」
晴子「そっか。それは無いと困るもんね」
   永沢、鞄にプリントを入れながら頷く。
   晴子、永沢に頷き、景色を見る。
永沢「(言い出し辛そうに)……あのさ」
晴子「ん?」
   晴子が再び振り向く。
永沢「お前、なんか皆と違うよな?」
晴子「そう? (苦笑いで)どこが?」
永沢「その……お前、皆に何か隠してない?」
   晴子、怪しむ永沢にケロっとした対応。
晴子「な~に? 別に何も隠してないよ。人
 聞きわるいな~」
永沢「でもお前……」
   晴子、笑顔で永沢を見て、聞く姿勢。
永沢「……死んでるよな」
   晴子から笑顔が消えるが、すぐ笑顔。
晴子「アッハ、何なの急に? ひどくない?」
   終始へらへらしている晴子。
   対して、永沢は真剣に話す。
永沢「とぼけんなよ。俺、霊感強いんだ。今
 日初めてお前見た時、生気感じなかった」
晴子「……そうなんだ。言われてみれば、霊
 感強そうだよね。見逃した」
永沢「は……? じゃあ、お前やっぱり」
   晴子、明るい調子で両手を合わせる。
晴子「お願い! 誰にも言わないで」
永沢「……」
   永沢、冷静に晴子を見つめる。
永沢「もしかしてさ。お前って、15年前に屋
 上から飛び降り自殺した女子生徒?」
   晴子、少しムッとした様子。
   体ごとを永沢に向け、身を乗り出して、
晴子「あれは自殺じゃないよぉ」
永沢「何それ?」
   晴子を見ている永沢、顔をしかめる。
晴子「私、別に自殺願望は元々なかったし、
 むしろ、自殺する人とか理解できないから」
永沢「じゃあ、お前なんで……」
晴子「それは、その……」
   晴子、明るい表情に悲しさが混ざる。
晴子「事故だよ、事故」
   晴子の明るさを不審がる永沢。
永沢「事故?」
晴子「うん。まぁ、世間から見れば自殺に見
 えるよね。でも、事故だったんだ。本当に」
永沢「何でまだこの世にいんの? しかも生
 徒として在籍しちゃってるし」
   晴子、手を叩いて笑う。
   笑顔で永沢に人差し指を立て、
晴子「さすが! 幽霊相手でも冷静だね、君」
永沢「話を逸らすなよ」
   冷めた口調の永沢。
   晴子、やや照れくさそうに笑う。
晴子「だってまだ、高校生活満喫したいもん」
   晴子の笑顔が少し切なげに見える。
永沢「本当にそれだけ?」
   永沢、晴子の近くの席に座る。
永沢「15年前のお前に何があったんだよ?」
   晴子、永沢の目を見つめる。
晴子「それが長い話でさ。だから……また次
 の機械にね」
永沢「はぐらかすなって」
   晴子、苦笑いでごまかす。
晴子「だ・か・ら、次の機械にね」
   永沢、少々がっかりした様子のため息。
晴子「そろそろ帰ったら? お家の人、心配
 するよ」
永沢「……そうか、お前は帰れないのか」
晴子「うん。敷地の外には出られないから」
永沢「夜はどうしてるの?」
晴子「まあ、霊力で色々楽しんでる……かな」
永沢「へぇ……」
   永沢、イマイチ、ピンと来ていない。
晴子「近いうち、見せてあげるよ」
   晴子、穏やかだがどこか意味深な笑み。

○永沢家の表札(夜)
   日本家屋のようだが、全貌は見えない。

○同・永沢の部屋(夜)
   和風なダークブラウンのフローリング。
   部屋のコーディネートは今時の若者風。
   永沢、中心に敷かれた布団で就寝。

○(永沢の夢)里間女子高校・2A前の廊下
   永沢、あたりを見回す。
   パッと見は新里間高校の廊下。
   教室内でセーラー服の女生徒が授業中。
永沢「ここって……」
晴子の声「昔の里間高校だよ」
   永沢、振り向くとブレザー姿の晴子。

〇(永沢の夢)同・外観
   校門に『里間女子高等学校』の看板。
   土の校庭に、まだ汚れが少ない校舎。

〇(永沢の夢)同・2A前の廊下
   永沢と晴子がいる。
   晴子、笑顔で永沢におどけて見せる。
晴子「あなたの夢にお邪魔しちゃいましたぁ」
   永沢、唖然としている。
永沢「どういう事だよ、まったく」
   チャイムが鳴る。
   教室から生徒らが一斉に出てくる。
   永沢と晴子をすり抜けて行く女生徒ら。
永沢「向こうからは、俺達が見ないのか?」
晴子「うん。今私たちは過去を見ているの」
   永沢、不思議そうに辺りを見回す。
晴子「というか私が見せてるんだけど(笑)」
   セーラー服を着た生前の水嶋晴子(17)が
   教室から出てくる。
   生前の晴子はスカートが長く、暗い。
   永沢、ブレザーの晴子とセーラー服の
   生前の晴子を交互に見て驚いている。
永沢「あれが生前の水嶋? 今と全然違うな」
晴子「当時はすごく消極的な子だったんだ」
   晴子、今までになく、落ち着いた調子。
   戸田瑞希(17)、花梨(17)、美帆(17)、
   あき(17)、歩く生前の晴子に、
   次々と体当たり。
晴子「戸田瑞希って子がかなり意地悪でさ。
 私いじめの標的にされてたんだ」
   暗い表情で歩く生前の晴子。
   瑞希ら四人は体当たりを面白がる。
   永沢、生前の晴子を気の毒そうに見る。
晴子「聞いたよね?」
   永沢、晴子を見る。
晴子「15年前、何があったのか」
   永沢、晴子の真剣な表情に、拍子抜け。
永沢「あ、ああ」
晴子「見せてあげる」
   永沢、事を理解し、生前の晴子を見る。

〇(永沢の夢)同・屋上
   屋上の扉から晴子と永沢が出てくる。
晴子「あの日、瑞希からメールで屋上に呼び
 出されたの」
   屋上の外際には柵がない。
   瑞希、外際の縁に立っている。
   花梨、美帆、あきが、離れた場所から
   心配そうに見ている。
晴子「行ってみたら、瑞希が飛び降りようと
 しててさ」
   三人の近くで戸惑う生前の晴子。
   瑞希、涙目で校庭を見下ろしている。
   振り返り、生前の晴子に左手を伸ばす。
瑞希「晴子、私を許してくれるなら助けて」
生前の晴子「や、やめて。死んじゃダメ」
   内気な生前の晴子が必死に止める。
瑞希「だって、私最低でしょ? でもこの性
 格直らない。生きてる資格なんてないよ」
   瑞希、迫真の演技で涙まで流す。
生前の晴子「確かにいじめられて嫌な思いは
 したけど、死んで欲しいとは思ってない!」
   生前の晴子、瑞希にゆっくり近づく。
   花梨、美帆、あき、怪しい笑み。
永沢「悪質だ。度を超えてるだろ」
   真剣な表情でその光景を見ている永沢。
晴子「うん、この後悲劇が起きる」
   生前の晴子が右手で瑞希の手を握った
   瞬間、瑞希が彼女を引っ張る。
   弾みで生前の晴子が引き寄せられる。
   瑞希は縁の段差から降り、晴子の左
   手も掴み、二人の場所が入れ替わる。
   生前の晴子の頭部が大きく外側へ。
   落ちそうになり下を見て青ざめる晴子。
   その光景を緊迫した様子で見る永沢。
   生前の晴子、縁の段差に尻餅。
   おしりは少し外側に出ている状態。
   二人は向き合って両手を繋いだまま。
   瑞希、面白がって声を上げて笑う。
瑞希「どう? 怖かった?」
   生前の晴子、焦りの色が抜けない。
   その様子に、瑞希からも笑顔が消える。
   生前の晴子の足が浮き、体が傾く。
   生前の晴子、瑞希を掴む手に力が入る。
永沢「あっ!」
   永沢、その光景に思わず声が漏れる。
   花梨、美帆、あき、口を押えて悲鳴。
晴子の声「人の頭ってさ、本当に思いの。あ
 の子のあんなマジな顔、初めて見たよ」
   瑞希も生前の晴子を引き戻そうとする。
   瑞希、前のめりの態勢で力が入らない。
   二人共、そのまま転落。
   花梨、美帆、あき、慌てて下を覗く。

〇(永沢の夢)同・校舎前・転落現場
   真上の屋上から、花梨、美帆、あき、
   晴子、永沢が顔を覗かせている。
晴子の声「私は死んで、瑞穂は重症だけど一
 命はとりとめた」
   瑞穂、うつ伏せ状態で気を失っている。
   生前の晴子、仰向けで下敷き状態。
   さらに、目は開いたまま、動かない。
晴子の声「世間では、いじめられっ子が自殺
 するときに――」
   生前の晴子の頭から流血。
   地面に血が広がっていく。

〇(永沢の夢)同・屋上
   校庭を覗いている花梨、美帆、あき。
   その隣で晴子と永沢も見下ろしている。
晴子「加害者を道ずれにしようとしたってこ
 とになってる」
   瑞希と生前の晴子、
   真下の地面に重なって倒れている。
   晴子、振り返り縁の段差に腰掛ける。
晴子「バカだよね、私」
   永沢、唖然とした表情で晴子を見る。
晴子「お人好しにも程があるよ。しかも、そ
 こ利用されちゃってるし」
永沢「つまり、誤って屋上から転落して、そ
 のままこの学校に留まってんの?」
晴子「まぁ、そういう事だね」
   晴子、いつもの軽い調子が戻る。
永沢「実際に生徒として在籍しているのは?
 暗い高校生活をやり直したかっただけ?」
晴子「それもなんだけど……いじめをね、な
 くしたいんだ」
   晴子、切実そうな顔で静かに話す。
   永沢、真剣に話を聞く。
晴子「本当は、この世のいじめをなくしたい
 けど、それはさすがに無理だから、この学
 校だけでもね」
   晴子、涙を浮かべた作り笑顔。
晴子「だから、いじめっ子を見つけては悪夢
 に出てきたりして、毎年懲らしめてやるの」
   永沢、眉を顰める。
永沢「毎年?」
晴子「うん。生徒として3年間過ごして、ま
 た新入生に戻る。その繰り返し」
   永沢、目を丸くして、晴子の話を聞く。
永沢「高校生活何年も繰り返して飽きない?」
晴子「全然。毎年、クラスメイトが変わるし」
   明るい口調が戻り活き活きと話す晴子。
晴子「それに先生も……あ、古典の大森、昔
 は髪あったんだよ」
永沢「えっ、マジ?」
   楽しそうに笑う晴子に、乗っかる永沢。
晴子「私、そもそも、生前の高校生活にあま
 り良い思い出ないから、今のほうが」
   晴子、穏やかに話すが、少し悲しそう。
   永沢、黙って聞いている。
   晴子、明るい表情にコロッと変える。
晴子「あ、そういえばさ、うちのクラスの徳
 井幸来って子、意地悪だよね」
   突然の話題移行にやや乗り遅れる永沢。
永沢「あ、ああ。まぁ、でも、あいつは江藤
 成美の取り巻きに過ぎないよ」
晴子「うん、でも今朝、奈央ちゃんいじめて
 たでしょ? お仕置きしてやんなきゃね」
   晴子、幽霊の手を真似てふざける。
晴子「いじめは許さんぞ~って」
永沢「でもお前、学校から出られないんだろ」
晴子「そうだけど、夢の中は別。これもあん
 たの夢の中だし」
   永沢、呆れた様子で晴子を見る。
永沢「夢に出てきて脅すのか。いかにも幽霊
 らしいやり方だとは思うけど」
晴子「けど……何?」
永沢「なんか幼稚?」
   晴子、むくれて、
晴子「結構効果あんの。それに人をいじめる
 事自体、幼稚でしょ。『目には目を』だよ」
永沢「そうだけど……」
   晴子、掛け時計を見る。
   時刻は午前3時半過ぎ。
晴子「おっと、朝になる前に行かなきゃ」
永沢「え?」
   永沢、晴子に釣られて掛け時計を見る。
晴子「永沢もそろそろ帰んな。じゃ!」
永沢「は? ちょ、ちょっと……」
   永沢、晴子のペースに飲まれ困惑。

〇(幸来の夢)幸来の部屋(夜)
   幸来、一人部屋のベッドで寝ている。
   真っ暗な中、ひとりでにテレビが点く。
   テレビの音に気付き、幸来が目覚める。
   幸来、目を細めながら、体を起こす。
   チャンネルが勝手に変わり、驚く幸来。
   ベッドの足元を見て驚愕。
   長い黒髪の晴子がこちらを見ている。
   髪が前に垂れ下がり、幸来にはそれが
   誰か認識できない。
   幸来、悲鳴を上げようとする。
   晴子、素早く幸来の口を塞ぎ、呟く。
晴子「悪い子は嫌い。見張ってるからね」
   顔が分かりづらい晴子の不気味な笑顔。
   幸来、顔が強張り、声も出ない。

〇同・幸来の部屋(朝)
   幸来、ベッドの上で飛び起きる。
   部屋は静まり返っている。
   幸来、呼吸は荒く、放心状態。

〇新里間高校・3号館・2年A組(朝)
   生徒がそれぞれ自由に話している。
   幸来、成美の席へ行き、話している。
幸来「ねぇ聞いて。昨日、怖い夢見ちゃった」
   成美と幸来、怖がりながらも面白がる。
   永沢、自分の席からこの会話を聞く。

〇同・廊下
   晴子、教材を抱えて歩いている。
   後方から、永沢が近寄ってくる。
永沢「水嶋」
   晴子、振り返る。
   永沢、人目を気にして、
永沢「ちょっといい?」
   永沢、親指である方向を示す。
   晴子、きょとんとした笑顔で頷く。

〇同・階段前
   階段前には、立ち入り禁止のチェーン。
   永沢、歩いてきて、振り返る。
   その後ろから晴子もやってくる。
永沢「あの後、お前何したんだ?」
晴子「幸来にホラー映画風のお仕置きをね」
   楽しそうに話す晴子。
   永沢、晴子のやり方に不満な様子。
永沢「それでいじめがなくなると思うのか?」
晴子「うん。ちゃんと釘刺してるもん」
永沢「夢の出来事だぞ。間に受けないだろ?」
   永沢、呆れた様子で冷静な反応。
晴子「そうかもしれないけど、でも、今の私
 には、これぐらいしかできないし……」
   晴子、永沢に期待の眼差し。
晴子「手伝ってくれるなら別だけど」
永沢「手伝う? 俺が? なんでだよ」
晴子「いじめられてる生徒が可哀想じゃない。
 助けてあげたいでしょう?」
永沢「何故わざわざ他人の戦場に首突っ込む
 ような真似をしなきゃならない?」
   晴子、永沢の冷めた態度に幻滅。
晴子「何よ、その言い方」
永沢「他人を気にしてなんかいられないよ。
 皆自分の心配だけで精一杯なんだよ」
   晴子、永沢を真剣な顔で見つめる。
晴子「あんたなら、被害者の気持ちわかるで
 しょう?」
   晴子、永沢の目を見つめて話す。
晴子「霊感強くて気持ち悪がられてるくせに」
永沢「決めつけんな!」
   永沢を見る晴子、目を細める。
   永沢、思わず目を逸らし、動揺の色。
永沢「それはそうと、毎年君がいるのに何故
 誰も気付かない?」
   晴子、目を丸くしてむくれる。
晴子「ちょっと~話をすり替えないでよ」
永沢「だってそうだろ? 特に教師は、君の
 存在をいつ不振に思ってもおかしくない」
   晴子、座り直し、笑顔で話し始める。
晴子「皆の記憶を消すから。まあ、かなり大
 変だから、3年に一度しかやらないけど」
永沢「卒業アルバムは?」
晴子「卒業する前に退学届を出しちゃうもん。
 だからアルバムには載らない」
   永沢、明るく話す晴子が信じられない。
永沢「寂しくないの?」
晴子「もう慣れた。卒業式に出られないのは、
 確かに寂しいけどね」
   晴子、笑顔だが、少し切なそう。
永沢「生きてる時から寂しさは慣れっこか?」
   晴子、口角を下げ、軽いノリで対応。
晴子「う~わっ、今のキッツ~」
永沢「だから明るく振舞ってんじゃないの?
 生前の暗い性格の裏返しなんだろ?」
   永沢の発言、晴子の入る隙もなく続く。
永沢「だから、自分と同じ境遇の人間を救い
 たいんじゃねぇのか?」
   晴子、作り笑顔が薄れる。
   だが、すぐ開き直ったように反発。
晴子「元々は明るい性格なの!」
   晴子、徐々に声をもごもごさせて、
晴子「いじめられて自信なくなっちゃっただ
 けだし……」
   チャイムが鳴る。
   晴子、明るい笑顔に切り替える。
晴子「きょ、教室戻らなきゃ。授業始まるよ」
   晴子、走り去っていく。
永沢「おい!」
   永沢、すぐ追いかける。
   曲がり角の向こうは長い廊下。
   生徒が行きかうが、晴子の姿はない。
   驚きを隠せない永沢。

○同・3号館・2年A組
   国語教師が黒板を書いている。
   生徒ら、それをノートに書き写す。
   廊下側一番後ろにマキの席。
   マキの隣はミエの席。
   マキとミエ、授業そっちのけでメイク。
   目立たないタイプの生徒Bはマキの前。
   マキ、生徒Bを見て、ほくそ笑む。
   マキ、生徒Bの椅子を足で押し始める。
   生徒B、振り返り、マキを見る。
   マキ、足を引っ込め、しらばっくれる。
マキ「何?」
   生徒B、怖気づき、再び前を向く。
   マキ、生徒Bの椅子を足で強引に押す。
   生徒B、振り返り、勇気を出す。
生徒B「や、やめてよ!」
   国語教師、その声に気づく。
国語教師「ほら、そこ、授業に集中しろー」
   晴子、国語教師の言葉に呆れる。
   晴子、マキをギロッと睨む。
   マキ、手鏡と綿棒を出してメイク直し。
   国語教師も生徒らも気にせず授業遂行。
   マキ、ミエと笑顔でハイタッチ。
   永沢、それを冷ややかな目で見ている。
マキ「先生、ちょっとトイレ行ってきまーす」
国語教師「すぐ戻ってこいよ」
   晴子、二人のやり取りに唖然。
   マキ、席を立ち、椅子を仕舞わず退室。
   生徒Cが起立し教科書を読んでいる。
   マキ、足早に戻ってくる。
   マキ、椅子に腰かけようとする。
   晴子、マキの椅子を見て首をかしげる。
   マキの椅子が、後ろにスライドする。
   マキ、気づかず座り、床に尻もち。
   生徒一同、クスクスと失笑している。
   ミエや生徒Bも思わず吹く。
   マキ、恥ずかし気に苦笑いで座り直す。
   晴子、満足そうにマキを見ている。
   永沢、晴子を見て指差し、
永沢「(声は出さず)お前か?」
   晴子、ドヤ顔で永沢に微笑む。

〇同・校舎・外観
   授業終了のチャイム。

〇同・3号館・2年A組
   国語教師は退室、生徒は各々席を立つ。
   永沢、晴子を見て、歩み寄る。
永沢「あのさ、いくらなんでも、加害者に仕
 返しするのって、良くないんじゃないか?」
晴子「話がわかるやつは、そもそもいじめっ
 子にならないでしょ。身をもって体験させ
 なきゃ、学ばないよ」
   永沢、言葉も出ない様子。
晴子「それに、あの先生の対応もどうなの?」
永沢「……」
晴子「あの『やめてよ!』ってのは、先生に
 助けを求めてたんじゃないの?」
   晴子、真剣に腹を立てている様子。
晴子「教師は、困っている生徒をフォローし
 てあげるべきでしょ。まるで知らん顔だよ」
永沢「まあ、それはそうだけど」
晴子「でしょ? だから私が代わりに……」
永沢「でも……」
   永沢、冷静に、晴子を心配する言葉。
永沢「復讐は正義じゃないぞ」
   晴子、永沢の言葉にムッとする。
晴子「怪我人が出てるわけでもないじゃない。
 悪い人間を懲らしめて、何がいけないの?」
   晴子、当然のように胸を張っている。
   永沢、晴子を心配そうに見つめる。
永沢「善人でも悪巧みをすれば、いずれ自分
 がドツボにはまる羽目になるぞ」
晴子「被害者を一時的に救っても意味がない。
 だから、加害者を更生させなきゃ」
永沢「そうかもしれないけどさ……」
   永沢、どうも腑に落ちない様子。

〇永沢家・LDK(夜)
   永沢家の食卓。
   永沢、永沢敏夫(55)、永沢智子(52)の姿。
   三人共、ラフな服装をしている。
   智子、食卓に料理を次々に運んでくる。
   永沢と敏夫、食卓の席から、リビング
   のテレビを見ている。
永沢「とにかく、彼女のやり方が気に食わな
 い。まるで道理に反してるだろう?」
敏夫「その子は、どんな事をしているんだ?」
永沢「怪我人は出してないけど……幼稚とい
 うか、他にやり方があると思うんだよ」
   敏夫、智子が置いた金平を摘まみ食い。
   智子に手を叩かれ、痛がる敏夫。
敏夫「その、お前の彼女が、どんなやり方で
 やっているかは知らんが……」
永沢「彼女じゃない」
   永沢、さっと訂正を入れる。
   敏夫、改めて話を続ける。
敏夫「やり方はどうであれ、いじめをなくそ
 うと行動できる事は立派じゃないか」
永沢「立派……?」
   智子、料理を並べながら話に割り込む。
智子「お母さんもそう思う。行動を起こす勇
 気はなかなか出ないわ」
敏夫「間違っていると思うなら、お前の正し
 いと思うやり方でやってみろ」
   永沢、何かを考えさせられた様子。
永沢「(独り言)俺の……やり方」
智子「さあ、食べましょうか」
   智子、席に着く。
   敏夫、箸を持ち、両手を合わせる。
敏夫「いただきます」
   永沢、敏夫、智子、食事を始める。

〇新里間高校・外観(朝)
   チャイムが鳴っている。
   続々と校舎へ入っていく生徒ら。

〇同・3号館・2年A組(朝)
   永沢、席に座って本を読んでいる。
   晴子、教室に入り、永沢を発見。
   晴子、挨拶をしながら笑顔で近づく。
晴子「おっはよ~」
   晴子、永沢の肩をポンと叩こうとする。
   晴子の手が何らかの力に跳ね返される。
晴子「イタッ」
   永沢、晴子に気づき、ハッとする。
永沢「あ、ごめん」
   永沢、手首にしていた数珠を外す。
永沢「家出るとき外しすの忘れてた。わりぃ」
晴子「(痛がりながら)家で数珠?」
永沢「ああ、俺ん家、寺だから」
   永沢、当然といった表情で言う。

〇永沢家・外観(朝)
   表札『永沢』
   大きく立派な日本家屋。

〇永徳寺・外観(朝)
   永沢の自宅の裏側に大きなお寺。
   看板『永徳寺』

〇同・中(朝)
   袴姿の敏夫、穏やかな顔で鐘を鳴らす。

〇新里間高校・3号館・2年A組(朝)
   晴子、痛みも忘れ、声を張り上げる。
晴子「えぇ! うそ」
   生徒一同、晴子の声に驚き振り向く。
   晴子、周囲に申し訳なさそうに会釈。
   晴子、永沢の前席に座り、彼を見る。
晴子「あんた、寺の息子なの!?」
永沢「おお……」
   永沢は、至って冷静に頷く。
永沢「あれ、言ってなかったっけ?」
   晴子、小刻みに首を横に振る。
晴子「どうりで、霊感強いわけだね」
   晴子、ニヤリと笑みを浮かべる。
晴子「ねぇ、これって、私達が出会う運命だ
 ったんじゃない?」
永沢「え?」
晴子「そうだよ、きっと。いじめ撲滅が二人
 の宿命なんだよ!」
永沢「は? 何だよ、いきなり」
   晴子、両手で口を押え、興奮している。
永沢「一人で盛り上がんなって。説明して」
   晴子、永沢の反応に目を丸くする。
晴子「え、寺の息子なのに、知らないの?」
   永沢、きょとんとしている。
晴子「私も噂程度でしか知らないんだけど」
   永沢、何も言わず、ただ聞いている。
晴子「お寺は、私みたいな特定の敷地から出
 られない霊にとって、救いのポータルなの」
永沢「ポータル? ……ってテレポーテーシ
 ョンとかのポータル?」
   晴子、活き活きとした笑顔で二度頷く。
晴子「神社やお寺から呼ばれたとき限定なん
 だけど、敷地の外に出られるチャンスなの」
永沢「へぇ~、そうなんだ」
   晴子、目をキラキラさせて永沢を見る。
   永沢、そんな晴子を見て、気づく。
永沢「お前、まさか、いじめ撲滅を敷地外で
 もやるって言いたいの?」
   晴子、永沢に期待する笑顔。
永沢「期待すんな。第一、俺、霊の呼び方な
 んて知らないし」
   永沢、冷ややかに受け流す。
晴子「お父さんに頼んでみたら?」
永沢「幽霊といじめ撲滅なんて馬鹿げてる。
 父さんに話したらお前が成仏させられるぞ」
晴子「わかんないじゃん。褒められるかもよ」
永沢「そもそも俺は、賛成してないぞ」
   晴子、子供のように純粋な反応。
晴子「なんで?」
永沢「範囲を広げたら、限がない。収集つか
 なくなるぞ。その案は忘れろ」
晴子「え~~がっかり」
   晴子、口を尖らせて、しょんぼり。
   晴子、自分の席に戻ろうとする。
   永沢が引き留める。
永沢「あ、水嶋!」
   晴子が振り返る。
永沢「これ」
   永沢、鞄から弁当の包みを取り出す。
永沢「お前、横田奈央に毎日空の弁当見せる
 気か?」
   晴子、感無量な様子で弁当を受け取る。
晴子「永沢、あんた最高」
   永沢、照れを隠し素っ気なく振る舞う。
永沢「俺は、コンビニの新商品を食いたいだ
 けだから」
   ニヤけて永沢の肩をバシッと叩く晴子。
晴子「いつもおにぎりじゃん。なんで、わざ
 わざ弁当を?」
   ニヤけが止まらない晴子。
   永沢、目を合わせず、晴子を避ける。

〇同・女子トイレ
   女子生徒A、手を洗っている。
   成美、マキ、ミエが入ってくる。
   三人ともポーチを持っている。
   成美、女子生徒Aを横に突き飛ばす。
成美「邪魔!」
   女子生徒A、壁にぶつかる。
   成美ら三人、女子生徒Aを見て笑う。
   成美ら三人、トイレの鏡を独占。
   メイク道具やヘアワックスを取り出す。
   成美、女子生徒Aを見る。
成美「まだいんの? 目障りなんだけど」
   成美、女子生徒Aの頭を乱暴に叩く。
   女子生徒A、走って出ていく。

○同・校門・外観(夕)
   下校していく生徒らが次々と出てくる。
   各部活動の生徒らが各々の活動。

○橋が見える道(夕)
   学校帰りの永沢、歩いている。
   歩く先に橋が見える。
   橋のふもとに、20代女性の姿。

〇橋(夕)
   複数の若い不良四人組に絡まれる女性。
   不良グループは学ランを着ている。
   不良グループのリーダーは奥田翔(18)。
   女性、怯えて、逃げる隙もない。
   奥田ら、面白がって女性を遊びに誘う。
奥田の声「良いだろ、ねぇちゃん? 
 俺達と一緒に遊ぼうよ」
不良Aの声「楽しもうぜ~?」
   女性、何も言えず、肩を窄めている。
   永沢、橋に差し掛かる。
   永沢、女性と目が合ってしまう。
   女性の助けを訴える目。
   永沢、女性から目を逸らしてしまう。
   永沢、早歩きで橋を渡り去る。

○永沢家・LDK(夕)
   永沢、ソファに座り深刻な顔で考え事。
   TVがついているだけで、観ていない。
   そこへ、住職姿の敏夫がやってくる。
敏夫「おぉ、聡、帰っていたか」
   敏夫、冷蔵庫を開ける。
   永沢、ダイニングの敏夫を振り返る。
永沢「うん、ただいま……あのさ、父さん」
   コップに麦茶を注ぐ敏夫。
敏夫「今日は参拝者が多くて大忙しだよ~」
   永沢、思いとどまる。
敏夫「ん、すまん。今、何か言いかけたか?」
永沢「ううん、なんでもない」
   敏夫、麦茶を一気飲み。
敏夫「はぁ~、生き返るな」
   敏夫、部屋を後にする。
   永沢、敏夫の後ろ姿を眺める。

○同(夜)
   窓の外は暗い。
   智子、カーテンを閉める。
TVのN「続いては、種族を超えた愛! 動
 物感動映像二十連発!」
   永沢と敏夫、リビングでTVを鑑賞中。
   智子も立ったままTVを見る。
智子「ゴリラが少年を守ってるわ」
敏夫「感動的だなぁ」
   敏夫と智子、感動している。
永沢「動物園育ちだろ? 自分を人間だと思
 っているんじゃない?」
   永沢、冷めたように振舞う。
   智子、TVを見ながら台所へ向かう。
敏夫「今度は、ワニがいる川でカバが鹿を川
 岸まで誘導してあげてる」
智子「本当に鹿を守ってる。感動的ね」
   智子、TVを見て瞳を潤つかせる。
敏夫「ワニに立ち向かうなんて、野生動物は
 勇気があるよな」
智子「カバって実は強くて獰猛らしいわよ」
敏夫「じゃ、鹿に優しいなんて尚更素敵じゃ
 ないか」
   敏夫と智子、TVを見ながら楽しそう。
   永沢、TVを真剣な表情で観ている。

〇江藤家・外観(夜)
   一般的な戸建て。
   二階の窓はカーテン越しに明かるい。

〇江藤家・成美の部屋(夜)
   カーテンが閉まっている。
   成美、学校カバンの中をあさっている。
   不機嫌な様子でため息。
成美「(ぼそっと)うっそ、スマホ忘れた?」
   成美、時計を見ると、時刻は九時過ぎ。
   成美、時計を見て、再びため息。
   成美、パーカーを手に、部屋を出る。
   開けっ放しの扉の向こうで親子の会話。
成美の声「ちょっと学校行ってくる」
成美・母の声「え? こんな時間に危ないわ
 よ~。明日にしなさい」
   時計の針が一分進む。

〇同・玄関・中(夜)
   成美、階段から降りてくる。
成美「明日は学校休み。週末にスマホなしと
 かありえないから!」
   階段の脇から成美の母が歩いてくる。
成美の母「スマホがなくたって死にはしない
 わよ」
   玄関で靴を履く成美。
成美「明日バイトもあるから、今取りに行くし
 かないの」
   成美、ドアを開けて、出ていく。

〇同・玄関・外(夜)
   ライトアップされた『江藤』の表札。
成美「行ってきまーす」
   パーカーを着た成美、出てくる。
成美・母の声「気を付けてなさいよ」
成美「うん」
   成美、原付バイクで走り去る。

〇新里間高校・校門前(夜)
   校門は閉鎖され、校舎は真っ暗である。
   成美、原付バイクを校門前に停める。
   校門の柵を乗り越え、校内に侵入。
   パーカーのポケットから懐中電灯を取
   り出し、点灯。
   駆け足で校舎に向かう。

〇同・3号館玄関口・外(夜)
   成美、懐中電灯で扉の南京錠を照らす。
   施錠されているが、壊れかけている。
   成美、辺りを見回す。
   パーカーからドライバーを取り出す。
   懐中電灯を咥え、手元を照らす。
   施錠金具のネジを外していく。
   南京錠を金具ごと取り外しに成功。
   ニヤリとして扉を開け、中へ侵入。

〇同・中(夜)
   成美の手には、懐中電灯。
   成美、下駄箱で上履きに手を伸ばす。
   触る寸前で手を止め、肩をすくめる。
   成美、靴を脱ぎ靴下で校舎に上がる。
   靴を持ち、ふと下駄箱を見る。
   それぞれの出席番号が記されている。
   15番の下駄箱だけ空っぽ。
   首かしげる成美。

〇同・廊下(夜)
   裏道の街灯の光が差し込む薄暗い廊下。
   成美、満足気に教室から出てくる。
   右手にはスマホ、左手には懐中電灯。
   成美、スマホの画面を点けて見る。
   スマホ画面には、メール受信が多数。
   その時、校舎内で物音。
   成美、音に反応し慌てて教室に入る。

〇同・3号館・2年A組・中(夜)
   真っ暗で誰もいない教室。
   成美が慌てて入ってくる。
   懐中電灯を消灯、教卓の下に隠れる。
   小さくなって息をひそめる。
   誰も現れず、何事も起きない。
   成美、教卓から出て、扉から頭を出す。

〇同・廊下(夜)
   2Aの教室から、成美が辺りを見回す。
   晴子の歩く後ろ姿が微かに見える。
   晴子が角を曲がる際、横顔が見える。
   成美、眉を顰める。
成美「(小声)水嶋……晴子?」
   成美の小声に、晴子がパッと振り向く。
   成美、ハッとして体を引っ込める。

〇同・廊下の角(夜)
   横を振り向いて薄暗い廊下を見る晴子。
   人影はなく、再び歩き出す。

〇同・2年A組・教室内(夜)
   成美、扉の影にしゃがんで隠れている。
   混乱と恐怖が入り混じり、息は荒い。

〇同・外観・校門前(夜)
   成美、慌てて原付バイクに乗る。
   逃げるように去っていく。

〇同・校舎内・廊下(夜)
   晴子が歩いている。
晴子「次はどんなお仕置きにしようかな?」
   晴子、楽しそうに独り言をつぶやく。
   何かを閃いたような笑顔。

〇永沢家・夫婦の寝室(夜)
   和室に並ぶ2枚の布団。
   そこで寝ている敏夫と智子。

〇永沢家・外観(夜)
   街は静まり返っている。
   玄関の明かりだけが点いている。

〇永徳寺・外観(夜)
   永沢家外観から裏に回り永徳寺外観。

〇同・資料庫(夜)
   札や巻物、商品のお守りが並ぶ陳列棚。
   永沢、こっそりと入室。
   スマホのライトを照らし資料をあさる。
   埃をかぶった薄い箱を発見。
   蓋を開けると、一冊の古い書物。
   表書きに『囚霊呼仏経』とある。
   永沢、書物を手に、資料庫を後にする。

〇永沢家・永沢の部屋(夜)
   和室を若者らしくアレンジした内装。
   永沢、ベッドに腰かけている。
   『囚霊呼仏経』をぱらぱらとめくる。
   書物を綴じ、表紙をじっと眺める。
   書物を枕元に置き、横になる永沢。
   永沢、そっと目を閉じて、寝りにつく。

〇(永沢の夢)永徳寺・座禅室
   辺りはひと気なく、薄暗い雰囲気。
   永沢、座禅を組んでいる。
   永沢、目を開ける。
   晴子、恐ろしいお化けの姿で現れる。
   晴子、永沢に向かって襲いかかる。
   晴子、目の前の永沢に気付き、寸止め。
晴子「永沢?」
   晴子、辺りを見回し、混乱している。
晴子「ここは……?」
永沢「俺ん家の寺。夢の中だけど」
   晴子、興味深々に辺りを見回す。
晴子「あんたが呼んだの?」
永沢「ごめん、なんか取り込み中だった?」
   晴子、自分の服装を見て照れ笑い。
晴子「ごめんごめん、今ちょうど、お仕置き
 作戦の真っ最中だったから」
   晴子、前髪をかき分け、いつもの顔に。
永沢「この間、お前が俺の夢を乗っ取っただ
 ろう?」
晴子「ジャックしたみたいに言わないでよ~」
   晴子、苦笑い。
晴子「ってか、夢に呼べるってすごくない?」
永沢「あれから、少し勉強したんだ」
晴子「勉強?」
   永沢、頷く。
永沢「お前が言っていた、囚われた霊を呼び
 出す方法が書かれた書物を見つけた」
晴子「お! じゃあ早速やろうよ」
   晴子、待ちきれない様子で喜ぶ。
永沢「でも、いくつか注意点がある」
   晴子、聞く姿勢で「うん」と頷く。
永沢「その書物に、夢に呼び出す方法も載っ
 てたから、それで呼んだ」
   晴子、その場にあぐらをかいて座る。
晴子「何?」
   永沢もその場にあぐらをかいて座る。
   晴子は、そんな永沢を目で追う。
永沢「まず、これは特定の場所に囚われた霊
 を招き、成仏に導くものだ」
晴子「そんなのわかってるよ~」
   笑顔で答える晴子。
   永沢、至って冷静に話を続ける。
永沢「つまり、成仏を仲介する為の経に過ぎ
 ないって事だぞ」
   晴子、のんきな提案。
晴子「じゃあ、成仏の手前までにすればいい
 んじゃない?」
永沢「呼び出されたら最後は必ず成仏しなけ
 ればならない」
   晴子、困った顔で少し考える。
晴子「私だって成仏したくないわけじゃない。
 成仏のためにいじめ撲滅運動もしてるわけ
 だし」
永沢「それに、この方法は一度しか使えない」
   晴子、いつになく真面目な雰囲気。
晴子「後戻りはできないってことね」
永沢「それでもやるか?」
   晴子、永沢の目を見て決心した様子。
晴子「うん」
永沢「まだある」
晴子「何?」
   晴子、前向きな姿勢で永沢の話を聞く。
永沢「外の世界では、一般人にお前の姿は見
 えない」
晴子「あんたには見える?」
   晴子の問いに、永沢が頷く。
永沢「ああ、霊が見える人なら見える」
晴子「普通の幽霊になるってことね」
   晴子が永沢の目を見る。
   永沢、頷く。
晴子「学校ではいつも通りにできる?」
   晴子、少し不安げな表情。
永沢「ああ、学校では、皆にもお前が見える」
   晴子、少しうつむき、何度か頷く。
晴子「わかった。いいよ。絶対成仏が前提で
 も、私、外の世界に出たい。今すぐ出たい」
   晴子、永沢の目をまっすぐ見つめる。
   決意が固そうな晴子を見つめる永沢。
永沢「わかった。でも、実行は明日の日中に
 しよう」
晴子「なんで、今じゃダメなの?」
永沢「夜は、霊が活発に行動する。他の霊に
 邪魔されやすいから危険だ」
   晴子、納得したように頷く。
晴子「そっか。じゃあ、明日でいいよ」
   晴子、前髪を下ろしながら立ち上がる。
晴子「じゃあ、私はまたお仕置きの続きに戻
 るね」
永沢「水嶋」
晴子「ん?」
   永沢、改めて晴子の意志を確認する。
永沢「本当にいいんだな?」
晴子「オッケ~」
   晴子、唸るような声でふざけて答える。
   永沢、晴子の調子に、笑みがこぼれる。

〇同・座禅室
   外から光が差し込む仏像のある和室。
   永沢、ひと気のない事を確認して入る。
   扉を閉め、蝋燭を四本取り出す。
   永沢、仏壇の前に蝋燭を四角形に設置。
   蝋燭四本に、それぞれ火をともす。
   蝋燭の中央で仏像に向かって座る永沢。
   目の前に『囚霊呼仏経』を開いて置く。
   何語にも聞こえない経を唱え始める。
   四本の蝋燭の炎が強まる。
   仏像の側に、晴子の姿がゆっくり登場。
   晴子、永沢の方を振り返る。
晴子「永沢」
   永沢、経を止め、目を開ける。
   蝋燭の炎が徐々に弱まって消える。
   永沢の前に、晴子が笑顔で立っている。
永沢「成功したな」
晴子「成功したね」
   永沢、晴子の笑顔に、安堵の表情。
   
〇同・廊下
   縁側になっている廊下。
   袴姿の敏夫が歩いている。
   戸の閉まった部屋が一つ。
   敏夫、その前を通り、不審がる。
敏夫「ん? 誰かいるのか?」
   敏夫、戸を開けて、中を覗く。
敏夫「なぜ閉めて……」
   永沢と晴子、敏夫のほうを振り向く。
敏夫「聡……」
   敏夫、永沢の隣にいる晴子を見る。
敏夫「それと君は……」
   敏夫、穏やかな表情で入ってくる。

〇同・座禅室・中
   敏夫、部屋に入ってくる。
   永沢と晴子、戸惑っている表情。
敏夫「聡、ここで何していたんだ?」
   永沢、咄嗟の言葉が出ず、少し焦る。
   敏夫、晴子と目が合う。
敏夫「君は幽霊だね。彷徨っているのかい?」
晴子「え?」
   晴子、全く疑わない敏夫に拍子抜け。
永沢「父さん、クラスメイトの水嶋晴子」
敏夫「え? じゃあ、最近死んだのか? 辛
 かったろう。事故かい? まだ若いのに」
   晴子、愛想笑いで敏夫に挨拶。
晴子「は、はい……」
   永沢と晴子、顔を見合わせる。
永沢「俺が成仏を手伝おうと思って」
   敏夫、永沢に関心。
敏夫「お、偉いじゃないか。やってみなさい」
永沢「その前に、少し街を見て楽しみたいん
 だって。いい?」
敏夫「あ、ああ、そうだなぁ……」
   敏夫、永沢を見て、晴子を見る。
   晴子、敏夫に愛想笑い。
   敏夫、晴子に好意的な微笑み。
   敏夫、頷いて永沢を見る。
敏夫「うん、お前がついているなら、少しく
 らい構わんだろう。行ってきなさい」
永沢「ありがとう」
   晴子、敏夫に明るい笑顔でお辞儀。
   敏夫、笑顔で頷き、部屋を後にする。
   その後ろ姿を眺める永沢と晴子。

〇同・廊下
   縁側を永沢と晴子が歩いている。
   晴子、ワクワク感がつい表情に漏れる。
晴子「お父さん、理解ある人ね」
永沢「嘘ついちまったけどな」
   晴子、嬉しそうに外を見渡している。
   永沢、隣でそんな晴子を眺める。

〇同・庭
   歩き回る晴子についていく永沢。
   永沢と晴子、通行人1とすれ違う。
   永沢、合掌して通行人1に、お辞儀。
   通行人1、永沢にお辞儀を返す。
   晴子も、真似して通行人1にお辞儀。
   続いて、通行人2が歩いてくる。
   晴子、通行人2に合掌しお辞儀。
   通行人2、晴子をすり抜ける。
   晴子、驚きを隠せない。
永沢「外の世界では、お前の姿は見えない。
 幽霊だから」
晴子「ああ、そうだったね。さっきお父さん
 にも見えてたから忘れてた」
   晴子、何かに気づく。
晴子「あ~、お父さんも霊感があるからか!」
   永沢、晴子に頷いて答える。
   前方から、優しそうな小柄の老婆。
   晴子と老婆、すれ違いざま目が合う。
   晴子、驚いて振り返り、話しかける。
晴子「あの……私の事、見えてます?」
   老婆、穏やかな笑顔で頷く。
晴子「あなたも霊感が強いんですか?」
   老婆、優しく笑う。
   永沢、晴子にそっと耳打ち。
永沢「お前のお仲間だよ」
晴子「ああ、幽霊さんね。失礼しました」
   晴子、照れ笑いで老婆にお辞儀。
   永沢、合掌とお辞儀で、老婆に挨拶。
   老婆も、笑顔で合掌し、お辞儀。
   老婆、微笑まし気に、去っていく。
   晴子、老婆の去っていく先を見る。
   数人の幽霊が晴子を見ている。
永沢「寺を幽霊がうろつくのは、別に変な事
 じゃないだろ?」
   晴子、幽霊たちに向け、笑顔で会釈。
永沢「で、これからどうする?」
   晴子、永沢と目を合わせる。
   晴子、永沢に不敵な笑みを見せる。

〇駐車場
   ひと気のない駐車場に不審な男登場。
   黒いキャップとフードを被っている。
   男はフォークを手に車に近づく。
   車体を傷つけようとしてハッとする。
   車のガラス越し無数の手跡が出現。
   男、腰を抜かし、悲鳴を上げて逃げる。
   手跡が消え、晴子が扉をすり抜けて、
   出てきて、逃げる男を満足気に見る。
   離れた車の影から永沢が出てくる。
   永沢、晴子の元に駆け寄る。
   永沢と晴子、顔を見合わせて笑う。

〇公園の池
   カモが数羽、優雅に泳いでいる。
   小学生男児が池に石を投げている。
   カモには当たっていないが狙っている。
   永沢、男児に駆け寄り声をかける。
永沢「おい、やめろ。動物をいじめるな」
男児「は? 池に石投げてるだけだよ」
永沢「カモに当たったらどうする? やめろ」
   男児、石を地面に捨て、遊具に向かう。

〇公園・入口・外
   永沢、満足気に出てくる。
   永沢の隣で公園の中を見つめる晴子。
晴子「まだよ」
   永沢、公園内を振り返る。
   池に男児が向かい、石を投げ始める。
   永沢、唖然としてため息。

〇公園の池
   池を泳ぐカモに向け、石を投げる男児。
   突然、男児の足元の水面から、
   手が出て、男児の足をガシッと掴む。
男児「うわっ!」
   男児は腰を抜かす。
   ふと足を見ると手は既にない。
   男児が茫然としていると、耳元で、
晴子「悪い子は嫌い」
男児「うわー」
   男児、泣きながら逃げ去っていく。
   ケラケラ笑う晴子。
   永沢が駆け寄る。
永沢「相手は子供だぞ。怖すぎるだろ、今の」
晴子「これで、きっとあの子ももう悪い事し
 ないでしょ」
   永沢、頭を掻きながら晴子を見る。

〇歩道
   永沢と晴子、歩いている。
   道路を挟んだ向こう側にはコンビニ。
   コンビニ前にたむろする奥田ら四人組。
   以前20代女性1に絡んでいた連中だ。
   永沢、コンビニ前の連中に気づく。
   貧弱な中年男性が店から出てくる。

〇コンビニ前
   奥田ら四人組、中年男性を取り囲む。
   中年男性、怖気づいてうつむき固まる。
奥田「お! おじさん、何買ったの?」
   強引に中年男性の袋を覗く奥田ら。
   中年男性、嫌そうに顔が引きつる。

〇同・永沢と晴子のいる歩道
   永沢と晴子、歩いている。
   コンビニ前のカツアゲを見ている。
永沢「(ボソッと)あいつら、またやってる」
晴子「え、前にも見た事あるの?」
永沢「この間は女性に絡んでた」
晴子「で、あんたが助けてあげたの?」
   永沢、目を合わさず無言。
晴子「え!? じゃあ、リベンジのいい機会じ
 ゃん」
   永沢、自信なく、晴子の目を見る。
永沢「危険だろう。俺がボコられる」
晴子「大丈夫。私がついてるから」
   永沢、不安気に晴子の目を見る。
   晴子、自信に満ちた笑顔で頷く。

〇コンビニ前
   奥田ら四人組、中年男性をカツアゲ中。
   中年男性、抵抗できずに俯いている。
奥田「お金はないの? お金」
   中年男性、俯いたまま、後じさり。
永沢の声「お、おい!」
   奥田ら四人組と中年男性、振り向く。
永沢「いつも寄ってたかって、ひ、卑怯だろ」
   永沢、拳を握りしめ、睨んでいる。
   隣に晴子もいる。
奥田「あ?」
   永沢を睨み返し向かってくる奥田ら。
   中年男性、隙を見て、逃げて行く。
   奥田、永沢の胸倉を掴む。
奥田「なんだ? お前、何様だ?」
   静かで挑発的な奥田の声。
   永沢、強張った顔で必死に声を出す。
永沢「我が物顔で他人に迷惑かけるな」
   奥田ら、永沢にイラつき、睨む。
奥田「は? やんのか?」
   奥田、永沢の胸倉を揺さぶる。
   永沢、奥田の手を払いのける。
   奥田の頬を一発殴る。
   奥田、その勢いで後ずさり。
   頬に手を当て、笑みを浮かべる。
奥田「痛ぇじゃねぇか」
   奥田、永沢に殴りかかる。
   奥田の取り巻きも永沢に向かってくる。
   永沢、顔を背けながら拳を前に出す。
   晴子、永沢と奥田を見つめる。
   奥田、拳は当たっていないのに、
   殴られたように、吹き飛ばされる。
   永沢に次々殴りかかる奥田の取り巻き。
   永沢、適当に拳や蹴りを出す。
   全て当たらないが、取り巻き三人も次
   々に吹き飛ばされる。
   地面に倒れ悔しそうに痛がる奥田ら。
   奥田、ズボンのポケットに片手
   を突っ込みながら、立ち上がる。
   ポケットからサバイバルナイフ。
   奥田、ナイフを永沢に向ける。
   不敵な笑みで永沢を睨みつける。
   奥田、永沢にナイフを切りつける。
   永沢、頭を抱えて下を向き、身構える。
   晴子、咄嗟にナイフを手で払う。
   晴子、透けた体が永沢と重なる。
   永沢、左手で奥田の首を掴む。
   そのまま壁に押し付け持ち上げる。
   奥田の足が地面から浮く。
   恐ろしい剣幕で奥田を睨む永沢。
晴子の声・永沢「失せやがれ、チンピラども」
   晴子と永沢の声が重なり不気味な声。
   奥田と取り巻き達、その声に怯える。
晴子の声・永沢「悪い人間は大嫌いだ。また
 こんな事していたら、許さないからな!」
   奥田ら、その迫力にビビりまくる。
奥田「わ、わかった!」
   奥田、涙目で永沢を見ている。
   永沢の表情が落ち着く。
   ゆっくり手を放し、奥田を解放。
   永沢、奥田の乱れた服を整える。
永沢「良い子になれよ」
   静かに言う。
   永沢にお辞儀して逃げ去る奥田。
   取り巻きらも、永沢にお辞儀して去る。
   逃げる奥田ら四人を見る永沢。
   永沢の体から、晴子が出てくる。
   永沢、晴子を見る。
永沢「今、俺に乗り移った?」
   晴子、永沢を見てニヤニヤと笑う。
   永沢の冷めた表情に晴子も笑顔を消す。
   永沢、晴子に微かな微笑み。
永沢「凄かったな。さっきの」
   晴子、嬉しそうな笑顔で永沢を見る。
晴子「でしょ? 気持ち良かったでしょ?」
永沢「うん」
   永沢、晴子にはにかむ。
   永沢と晴子、楽しそうに去っていく。
晴子「あいつらの半泣きだったよ」
永沢「水嶋、これで成仏できるか?」
晴子「それはまだ先かな?」
   永沢と晴子、仲良く歩く後ろ姿。

〇新里間高校・3号館玄関口(朝)
   扉は空いている。
   生徒達が続々と登校してくる。
浅倉の声「週末、3号館玄関口の鍵が誰かに
 壊されていたらしい」
   扉の壊れた鍵を業者が直している。

〇同・3号館・2年A組(朝)
   浅倉(40)、教卓に立ち、話している。
   2A生徒一同、半信半疑で聞いている。
   晴子、頬杖を止め、浅倉を見る。
浅倉「生徒か部外者かは不明だが」
   成美、晴子の様子を伺っている。
   晴子、目線を感じ、成美のほうを見る。
浅倉の声「一応、盗まれたものがないか確認
 しておけ」
   晴子、成美と目が合い、咄嗟に逸らす。
   成美、晴子の反応に眉を顰める。
浅倉「それから、江藤成美」
   成美、ハッとして浅倉を見る。
浅倉「放課後、帰る前に職員室に寄れ」
   成美、とぼけたように誤魔化す。
成美「え? なんでっすか?」
浅倉「数学の武井先生がお呼びなんだ」
   成美、ホッとして肩を下ろし、ため息。
成美「面倒臭いな~」
   成美、独り言のようにボソッと言う。
   晴子、成美をじっと見ている。
   永沢、様子がおかしい晴子に気づく。

〇同・理科室
   各机上に実験道具が置かれている。
   各実験台に生徒が男女4人ずつ着席。

〇同・永沢の班
   成美、奈央、永沢、男子生徒Aがいる。
   奈央、マッチで火を点けようとする。
   しかし、なかなか上手くいかない。
   呆れた成美、マッチを奪って点火。
成美「ホント、あんたってどん臭い」
奈央「(小声で)ごめん」
   成美、アルコールランプに火を点ける。
   マッチの火を吹き消し、奈央に投げる。
永沢「おい」
成美「何?」
   成美の強い口調に、やや萎縮する永沢。

〇同・晴子の班
   晴子と、他3人の生徒が座っている。
   晴子、隣の班から永沢達を見ている。

〇同・永沢の班
   奈央、プリントを記入している。
   成美、悪巧みを思いついた笑み。
   成美、磁石に蹉跌をつける。
   奈央の書くプリントの上に散らす。
永沢「おい、やめろよ。なんでこんなこと」
   永沢、呆れたように言う。
   永沢、奈央と共に蹉跌を手で掃う。
成美「あんた達、お似合いね。どん臭いカッ
 プル誕生!」
   成美、バカにしたように笑いながら、
   ビーカーを右手に取る。

〇同・晴子の班
   隣の班でビーカーを手に取る成美の姿。
   晴子、成美を睨む。

〇同・永沢の班
   成美の右手に持つビーカーが割れる。
   成美、右手から流血し血が止まらない。
   女子生徒らの悲鳴で教室が騒然となる。
   永沢、奈央、男子生徒Aが驚いて立つ。
永沢「なんでこんなに血が……?」
   永沢、ハッとし、ふと晴子を見る。
   晴子、不敵な笑みで成美を見ている。
   永沢、不審そうに晴子を見ている。

○同・廊下
   永沢の前を晴子が歩いている。
   永沢、真面目な顔で晴子に声をかける。
永沢「水嶋」
   晴子、立ち止まり、顔だけ振り返る。
永沢「ちょっと話がある」
   晴子、平然とした顔で体を向ける。

〇同・校舎裏
   ひと気のない校舎裏。
   真剣な顔の永沢と、平然とした晴子。
晴子「なあに? あ、まさか告白?」
   晴子のふざけた様子に、呆れる永沢。
晴子「私結構モテるんだよね。死後のほうが
 恋愛楽しんでるとか、ウケるよね」
   永沢、無表情で晴子を見ている。
   晴子、自分の世界に浸り喋り続ける。
晴子「ま、彼が卒業したら記憶消すから恋も
 終わっちゃうんだけどね――」
   痺れを切らして永沢が口を開く。
永沢「ふざけるなよ」
   晴子、ようやく口を閉じる。
晴子「ごめん、そういう話じゃなかった?」
   永沢、呆れた様子でため息をつく。
永沢「ってか、さっきの何?」
晴子「さっきのって?」
永沢「さっきの事故、お前の仕業だろ?」
   晴子、明るい顔で首を傾げる。
晴子「だから?」
永沢「人を怪我させるなんて、いくらなんで
 も、やり過ぎだ!」
晴子「悪いのはどっち? 私は、相手に見合
 ったお仕置きをしてるだけだけど?」
   永沢、晴子の発言に唖然とする。
永沢「なあ、お前、この間、チンピラ負かし
 てかしゃがかかってないか?」
   晴子、本気で心配する永沢に鼻で笑う。
晴子「そんなことない。心配し過ぎだから」
永沢「お前、気づいてないの?」
晴子「何が?」
   晴子、きょとんとしている。
永沢「いじめ加害者って、最初はただお遊び
 のつもりなんだ。でも、どんどんエスカレ
 ートして、イジメに発展する」
晴子「は? 私をいじめ加害者みたいに言わ
 ないでよ。意味わかんない」
永沢「水嶋、今のお前、奴らと変わらない」
   晴子、ムッとして永沢を睨む。
晴子「一緒にしないで」
永沢「お前、このままじゃ危険だぞ」
晴子「危険?」
   晴子、半信半疑で聞いている。
永沢「幽霊が悪人になるとどうなる? 文字
 通りだよ!」
   真剣な永沢に、晴子から笑顔が消える。
晴子「私が悪霊になるって言いたいわけ? 
 そんなわけ――」
   永沢、食い気味に言葉を被せる。
永沢「俺、正直、最近のお前が怖い」
   晴子、悲しげな表情で永沢の目を見る。
   永沢、無言で晴子を哀れむように見る。
永沢「やってる本人は、状況の悪化になかな
 か気づけない」
   晴子、瞳に涙を浮かべ始める。
   晴子の肩を両手で掴み、見つめる永沢。
永沢「お前、いつの間にか衝動を自分で制御
 できなくなってるだろ?」
   晴子、涙を流し、ショックを隠せない。
   晴子、顔を背け、永沢の手を振り払う。
   背を向け、頬の涙を慌てて拭う。
晴子「(弱気)私……」
   永沢、言いづらそうに重い口を開く。
永沢「その……言いづらいんだけど、いじめ
 撲滅運動は諦めたほうが良いと思う」
   晴子、振り返って永沢を見つめる。
晴子「なんでそんなこと言うの?」
永沢「お前、いじめがなくなるまで成仏しな
 いつもりか?」
晴子「……」
永沢「街にまで視野広げて、犯罪まで取り締
 まるのかよ。限がないだろ」
晴子「なら外での活動は諦める。でも、校内
 いじめだけではなくしたい」
   晴子、涙ながらに訴える。
永沢「いじめも、そうなくならないよ」
晴子「そんなことない。幽霊伝説で少しずつ
 いじめは減ってるのよ。実績がある」
永沢「今のお前には無謀過ぎる!」
   永沢、感情的に声を張り上げる。
晴子「やめて!」
   涙をボロボロ流し、しゃがみ込む晴子。
   晴子の大声で校舎の壁に亀裂が入る。
   永沢、壁の亀裂に目を向き、冷静に、
永沢「もう時間がない……」
   永沢、晴子の側にしゃがみ、
   晴子の肩にそっと手を置く。
永沢「水嶋、そろそろ成仏しないと、手遅れ
 になる」
   晴子、顔を伏せたまま、声を震わせ、
晴子「成仏なんかまだできないよ」
永沢「もちろん、こんな世の中よくない。で
 もな、お前が責任持つことない」
   永沢、晴子に優しく語り掛ける。
   晴子、ゆっくり顔を上げ、永沢を見る。
永沢「ここまでよくやった。楽になれ」
   晴子、静かに口を開く。
晴子「私に、早く消えてほしいの?」
   永沢、深呼吸して、心を落ち着かせる。
永沢「いいや。でも成仏するって約束したよ
 な? 諦めなきゃ成仏できない」
晴子「いじめられっ子を見捨てて、いじめっ
 子を野放しにしろって言うの?」
永沢「そうじゃないけど、お前にはもう無理
 だ!」
   永沢、声を張り上げる。
   晴子、涙目で永沢の両目を交互に見る。
   永沢、晴子をじっと見つめる。
晴子「あんたは味方だと思ってた」
   晴子、永沢に幻滅した口調。
永沢「味方だよ」
晴子「そんなの上辺だけ!」
   晴子、明らかに永沢に腹を立てている。
   永沢、悲しそうに晴子を見つめる。
晴子「私のやり方に口出さないで。今後は私
 ひとりでやる!」
   晴子、永沢の前から姿を消す。
   永沢、落ち着きなく、不安気な表情。

〇同・職員室前の廊下
   職員室前にはショーケース。
   トロフィーや賞状が飾られている。
   成美、職員室の扉を開け、中を覗く。
   中では武井(42)が教員と会話中。
   武井、成美に気付き、掌を見せる。
武井「ちょっとそこで待っててくれ」
   成美、かったるそうに扉を閉める。
   ショーケースの側の壁にもたれる。
   包帯で覆われた右手をいじる。
   ふと、ショーケースに目をやる。
   何かに気付きもたれるのを止める成美。
   ショーケースを正面からよく見る。
   昔のバレー部の優勝トロフィーと写真。
   バレー部員の集合写真の中に晴子の姿。
   成美、ブレザーのポケットからスマホ
   を取り出し、カメラを起動。
   ガラス越しに、その写真を撮影する。
   職員室の扉が開く音と共に武井の声。
武井の声「悪いな江藤、おまたせ」
   成美、スマホを仕舞い、振り返る。
   武井、一枚の紙を成美に渡す。
武井「この間、お前が居残りになったときに
 やってもらった小テスト。今返すな」
   成美、紙を受け取り、軽く頭を下げる。
   成美、帰り際にショーケースを見る。
   永沢が職員室を訪れる。
   武井、職員室に入りかけ永沢に気付く。
   永沢、武井に会釈しながら近づく。

○永徳寺・座禅室前(夕)
   永沢、入口からそろりと部屋を覗く。
   住職の格好をした敏夫の後ろ姿。
   敏夫、並んだ座布団を片付けている。
永沢「父さん……ちょっと相談いい?」
   敏夫、優しい父親の顔で振り向く。
敏夫「おお、聡、どうした?」
   永沢、言いづらそうに敏夫を見る。

○永沢家・外観(夜)
   永沢に珍しく怒鳴る敏夫の声。
敏夫の声「まだ成仏させていなかっただと?」
   近くの木から小鳥が一斉に飛び立つ。

○同・LDK(夜)
   敏夫、怒りの形相で永沢を睨んでいる。
敏夫「何故、黙っていた!?」
   永沢、かつてない敏夫の迫力に唖然。
永沢「父さんゴメン、俺……」
敏夫「もし悪霊と化してしまったら、取返し
 がつかない。成仏も簡単じゃなくなるぞ」
永沢「父さん、どうしよう」
   永沢、動揺を隠せない。
敏夫「手遅れになる前に成仏させるぞ。彼女
 を連れて来い」
永沢「それが、今日彼女と喧嘩して」
   永沢、気まずそうに敏夫を見つめる。
敏夫「説得して、必ず連れてこい」
永沢「でも、成仏できる方法が見つかりそう
 なんだ。もうちょっと待ってくれない?」
   敏夫、永沢の眼差しをじっと見つめる。
敏夫「……わかった。成仏できなかったら、
 すぐに連れてくるんだぞ」
   永沢、頷き、感謝の笑みを浮かべる。

○新里間高校・3号館・2年A組(朝)
   プレート『2A』
   生徒達が各々自由に話している。
   永沢、教室に入ってくる。
   窓際の席に晴子の姿。
   晴子、奈央と楽しそうに話している。
永沢「水嶋」
   永沢の呼ぶ声を無視する晴子。
   永沢、晴子を見ながら、窓側2列目後
   ろから3番目の席に鞄を置く。
   そのまま流れるように、晴子に近寄る。
永沢「よかった。消えたかと思ったぞ」
   晴子、永沢の言葉を完全に無視。
   奈央、そんな2人の仲を心配する表情。
奈央「晴ちゃん」
晴子「ん? なあに、奈央ちゃん?」
   晴子、明るい調子で奈央に応える。
奈央「喧嘩してても楽しい事ないよ」
   晴子、笑顔を止め奈央から目を背ける。
奈央「私、席外すね。2人でちゃんと話しな」
   奈央、前列にある自分の席に座る。
   永沢、去っていく奈央を確認。
永沢「争うのやめないか?」
晴子「私とは意見が違うってよくわかった。
 もう話しかけないで」
   晴子、目も合わせずムスッとしている。
永沢「違う方法を試してみよう」
晴子「放っといて」
   元気のない調子で目も合わせない晴子。
永沢「お前を死なせた相手を見つけた」
   晴子、顔色を変え、永沢を見る。
晴子「え?」
永沢「昨日あの後、職員室で15年前の卒アル
 借りて色々電話して現住所突き止めたんだ」
晴子「勝手なことしないでよ」
永沢「お前を救いたいんだよ」
   晴子、困った様子でため息。
永沢「だから、一緒に会いに行こう」
晴子「嫌よ。会いに行く必要ないでしょ?」
永沢「お前、当時受けたいじめが許せなくて、
 撲滅活動に繋がってるんじゃないか?」
   晴子、黙っている。
永沢「心理学の本で読んだんだけど」
   晴子、嫌々永沢を見て一応話しを聞く。
永沢「過去のトラウマと向き合うことで、今
 抱えている問題を解決できることがある」
   晴子、ため息をつき、永沢を見る。
   互いを見つめ、相手の顔色を伺う。
晴子「(ため息)悪いけど、それだけは無理」
   晴子、いつになく、元気がない。
永沢「このままだと、悪霊になる前にうちで
 強制的に成仏させることになる」
晴子「それは嫌よ。ちゃんとスッキリして成
 仏したい」
永沢「なら、今日放課後会いに行こう」
   晴子、決心がつかない様子で無言。
   チャイムの音。
晴子「ホームルーム始まるよ」
   晴子、調子を切り替え、明るく言う。
   永沢、晴子を見て、静かに一息吐く。
永沢「考えておけよ」
   永沢、鞄を置いた自分の席に戻る。

〇同(夕)
   窓の外は夕日が出始めている。
   晴子、窓際の席に座っている。
   永沢、晴子の元へ行く。
永沢「決心はついた?」
   晴子、永沢を不安げに見上げ、ため息。

○瑞穂のマンション・外観(夕)
   永沢と晴子、マンションを見上げる。
   永沢、入口に向かって歩き出す。
晴子「待って」
   晴子、永沢の腕をつかんで止める。
晴子「やっぱり、いいよ。やめよう」
   怖気づく晴子を男らしくなだめる永沢。
永沢「大丈夫だよ。勇気出せ」
晴子「でも……会いたくないの」
   晴子、不安で仕方がない。
永沢「安心しろ。戸田瑞穂には、お前は見え
 ないはずだから。話は俺に任せておけ」
晴子「なら、永沢だけ行ってきてよ」
永沢「お前が話を聞いてなきゃ意味ない」
   晴子、心配そうな表情。
   永沢の頼もしい眼差しを見つめる晴子。
永沢「心配ない。ちゃんと向き合おう。な?」
   晴子、少しホッとした様子で頷く。

○同・302号室前(夕)
   302号室のドアに『森内』の表札。
   永沢の後ろに晴子がいる。
   ドアが開き、森内瑞穂(32)が顔を出す。
   永沢、瑞穂に会釈。
   晴子、瑞穂をまじまじと見る。

○同・LDK(夕)
   日当たり良く、清潔感のある室内。
   永沢、ダイニングの椅子に座っている。
   晴子、部屋を見回し歩く回る。
   ビングのラグは、子供が好きな柄。
   部屋の端にはおもちゃの収納箱。
   壁にお洒落に飾られた複数の家族写真。
   晴子、この光景に、皮肉交じりに呟く。
晴子「随分幸せそうだこと……」
   晴子の声は、瑞穂には聞こえていない。
   瑞穂、永沢に印象良く笑顔で話す。
瑞穂「まさか母校の生徒から連絡がくるとは
 思わなかったわ」
   瑞穂、台所で麦茶を用意している。
瑞穂「学校新聞の取材だとか。女子高時代を
 調べてるって?」
   晴子、永沢を見て「ハッ」と苦笑い。
永沢「それは、実は会うための口実でして」
   瑞穂、永沢に氷の入った麦茶を出す。
   瑞穂、永沢の正面の席に座る。
瑞穂「どういうこと? 新里間高校の生徒さ
 んじゃないの? でも制服が」
水沢「新里間高校の生徒なのは本当です。実
 はその……」
   瑞穂、目を丸くして聞いている。
永沢「それで、学校の霊現象を解決する大役
 を任されまして。僕、寺の息子なんです」
   晴子、永沢を見て、再び苦笑い。
瑞穂「霊感が……あるの?」
永沢「ええ、まあ。それで……」
   瑞穂、あまり乗り気ではなさそう。
   永沢のお茶は、残り半分以下。
   晴子、リビングのソファでくつろぐ。
瑞穂「その霊が自殺した私の同級生だって、
 噂されているのよね?」
   瑞穂、切ない表情で、
瑞穂「可哀想な子よね。私、あの子をいじめ
 ちゃってたの。後悔してるわ」
   晴子、鼻で笑い、全く信じていない。
瑞穂「私、あの頃はまだ子供だった。自分と
 違う子が目障りだったの」
   瑞穂、視線を斜め下に落として話す。
瑞穂「私、自信がなかったんだと思う。ひと
 の個性を受け入れられず嫌がらせしてたの」
   永沢、真剣にメモを取る振り。
永沢「話辛いと思いますが、水嶋晴子さんの
 事件を詳しくお聞きしてもいいですか?」
瑞穂「実はね、あれは自殺じゃなくて事故だ
 ったの」
   永沢、メモの手を止め、瑞穂に相槌。
永沢「事故……ですか?」
瑞穂「でも私のせいに変わりないの。彼女が
 亡くなった事で、自分の愚かさに気づいた」
   永沢、話が呑み込めない様子で、
永沢「新聞の記事で読みましたが、あなたは
 彼女の自殺に巻き込まれたと」
瑞穂「PTA会長だった母が隠したの。娘が
 いじめ加害者だと知られたくなかったのよ」
   瑞穂、眉間にしわ寄せ申し訳なさそう。
晴子「歪んだ愛ね~。子も子なら、親も親ね」
   晴子、ソファで天井を見上げ皮肉。
   永沢、ソファをチラッと見る。
   瑞穂は無反応。
瑞穂「あのときは、さすがに私も母の行動が
 信じられなかったわ」
   ソファの後ろの壁にも複数の家族写真。
   晴子、ソファの後ろの写真を眺める。
   優しそうな爽やか系の夫・森内佳介(33)
   と可愛らしい森内優(4)が写っている。
   瑞穂と話している永沢も写真に気づく。
   永沢、明るく話を切り替える。
永沢「あれ、ご家族の写真ですよね? 良い
 写真ばかりですね。お子さん、何歳です?」
   瑞穂、穏やかに思い出話を始める。
瑞穂「今年四歳よ。男の子はやんちゃで大変。
 でも、そこが可愛いの――」
   玄関側にある部屋から僅かな物音。
   物音に気づき玄関側の廊下を見る晴子。
   永沢と瑞穂、物音に気付いていない。
   晴子、永沢の後ろを通り廊下に向かう。
   永沢、廊下側を見て晴子を確認。
   すぐに瑞穂を見て、思い出話を聞く。

〇同・廊下・子供部屋の前(夕)
   扉の右側に玄関、左側にリビング。
   晴子、閉まっている扉をすり抜ける。

○同・子供部屋・中(夕)
   晴子、扉をすり抜けて入ってくる。
   幼い子供の部屋である。
   ベッドで、優が昼寝をしている。
   ベッドの脇には、玩具が落ちている。
   リビングの声が扉越しに聞こえる。
瑞穂の声「ホント、幸せよ。家族って素晴ら
 しいわ。学生時代は気づかなかったけど」
   晴子、扉を見てムッとした表情。
瑞穂の声「優が生まれて変わったわ。あの子
 は自分の命よりも大事」
   晴子、恐ろしい表情になっている。
   優、寝返りをうって仰向けになる。
   晴子、優を見る。
   殺意ある目で、優にゆっくり近づく。
   晴子、優の首元に手をかざしている。
   優、眠ったまま、表情は苦しそう。
   扉の向こうでコップと氷がぶつかる音。
   晴子、音に反応して、手を引っ込める。

〇同・LDK(夕)
   ダイニングの席に永沢と瑞穂がいる。
   永沢、半分以上ないお茶を机上に置き、
   氷がコップ内をカラカラと回る。

〇同・子供部屋
   晴子、優の首元に手をかざして集中。
   突然、優の目が開く。
   晴子、驚き、慌てて手を引っ込める。
   晴子、優と目を合わせたまま固まる。
晴子「み……見えるの?」
   優、怖がる様子もなく、頷く。
   優、身体を起こし、壁に寄りかかる。
優「お姉さんは天使?」
晴子「(目を丸くして驚き)え?」
優「天使は大人には見えないんでしょ?」
   晴子、動揺しながらも、優に微笑む。

〇同・LDK(夕)
   永沢、廊下を見る。
永沢「お子さん、部屋にいるんですか?」
瑞穂「ええ、さっきまで寝てたのに起きちゃ
 ったみたいね」
優の声「お姉さん、とっても綺麗」
   廊下を見て微笑まし気にはにかむ瑞穂。
瑞穂「よく見えないお友達とおしゃべりして
 遊んでる。可愛いわよね」
   永沢、瑞穂に作りえ笑いで答える。
永沢「え、ええ」
   永沢、心配そうに廊下を見つめる。

〇同・子供部屋(夕)
   優、晴子を見つめ、満面の笑み。
晴子「ねえ、聞いても良い?」
   優、晴子の目を真っすぐ見ている。
   晴子、ベッドの淵に腰かけ優を見る。
晴子「ママってどんな人?」
優「うーん、優しい! たまに怒ると怖いけ
 ど、いつもはとっても優しいんだ」
晴子「ママのこと好き?」
優「うん! 世界で一番大好き!」
   晴子、肩の力を抜き、表情が和らぐ。
晴子「そっか」
   晴子、優に優しく微笑む。

〇同・LDK(夕)
   ダイニングで永沢と瑞穂が話している。
永沢「お話は大体わかりました。話づらい話
 題だったのにありがとうございます」
   永沢、席を立ち、荷物を持つ。
   瑞穂も立つ。
瑞穂「いいのよ。真実を話せて良かったわ。
 私も肩の荷が下りた。ありがとう」
   永沢、微笑んで首を横に振る。
   永沢と瑞穂、廊下に歩いていく。

○同・廊下(夕)
   永沢と瑞穂が歩いてくる。
   瑞穂、子供部屋の扉を開ける。
瑞穂「優、お客さんが帰るから挨拶して」
   優、晴子に笑顔で手を振っている。
   誰もいない場所に手を振っている状態。
瑞穂「また、見えないお友達と……」
   瑞穂、目を潤ませて永沢を見る。
瑞穂「もしかして……いるの?」
   永沢、瑞穂に無言で首を縦に振る。

〇同・子供部屋・中(夕)
   ベッドに優と晴子が腰掛けている。
   瑞穂、瞳に涙を溜め、入ってくる。
   晴子を見ている優を見る瑞穂。
   瑞穂の目線では晴子の姿はない。
瑞穂「ずっと謝りたかった」
   近づく瑞穂を見上げる優。
優「ママも、天使のお姉さんが見えるの?」
   瑞穂、優の目線の先を見る。
瑞穂「いいえ。でも、ママのお友達よ」
   瑞穂の目線は晴子から少し反れている。
   晴子、涙を流す瑞穂を見ている。
瑞穂「ごめんなさい、晴子。ごめん」
   瑞穂を見る晴子の頬に一筋の涙。
   晴子、慌てて頬を拭うが、涙目。
優「天使のお姉さんも泣いてる」
   うるうるした瞳で瑞穂を見る晴子。
   声を上げて泣く瑞穂の頬に手を添える。
   瑞穂、晴子の手の感触にハッとする。
晴子「ありがとう。もういいわ」
   瑞穂、口をへの字にして震わせる。
瑞穂「あの子の声だわ」
   瑞穂、大粒の涙を流す。
   晴子、穏やかな笑みで涙を流す。

〇同・玄関(夕)
   永沢、靴を履いて扉を背に立っている。
   永沢の後ろに晴れやかな顔の晴子。
   玄関を上がった廊下に瑞穂と優。
永沢「本当にありがとうございました。彼女
 もこれで成仏できそうです」
   永沢、晴子に顔を向け、瑞穂を見る。
   瑞穂、穏やかな表情で微笑む。
瑞穂「こちらこそ。やっと謝れたわ」
   優、ずっと晴子を笑顔で見ている。
   晴子、優に明るい笑顔でウインク。
   優、嬉し恥ずかそうに笑う。
   晴子も優しい笑顔で返す。
   瑞穂、優の頭を撫で、永沢にお辞儀。

○瑞穂のマンション前(夕)
   夕日の美しさが絶頂に達している。
   マンションから永沢と晴子が出てくる。
   道を並んで歩きながら話す2人。
永沢「良かったな。謝ってもらって」
   晴子、穏やかな表情で永沢に微笑む。
晴子「うん、なんか気分がスッキリした」
   永沢、いつもの明るい晴子に安堵。
永沢「それで、成仏できそうか?」
晴子「うん」
   永沢、安堵の表情ではにかむ。
晴子「でもその前にやることが」
永沢「なんだ?」
   晴子、切なげな微笑みで、穏やかに、
晴子「明日、傘を忘れないで」
永沢「明日は雨降らないぞ」
晴子「降るの。皆から私の記憶を消すには、
 雨が一番手っ取り早い」
   永沢、切なげにゆっくり立ち止まる。
   晴子、気づかず歩き続け、喋っている。
   少し照れくさそうにはにかんで、
晴子「あんたは私の事情全部知っているわけ
 だし、記憶を消す必要はないと思う」
   喋っている晴子の背中を見つめる永沢。
   晴子、立ち止まって振り返る。
   永沢を見て、おどけた調子で、
晴子「成仏はその後するから安心して」
   永沢、暗い表情で少し瞳が潤んでいる。
   永沢、晴子をじっと見つめる。
   晴子、穏やかに微笑んで永沢に近寄る。
晴子「だから、できたら休んでほしい。それ
 が無理なら、傘を忘れずに持ってきて」
   晴子、涙を浮かべた作り笑いで言う。

〇永沢家・永沢の部屋(朝)
   和室を若者風にアレンジした部屋。
   鞄を肩に掛け部屋を出ようとする永沢。
   勉強机の上にある数珠を見て止まる。
智子の声「聡、遅刻するわよー」
永沢「うん」
   永沢、大声で返事をしながら、数珠を
   手にし、ズボンのポケットに入れる。

○新里間高校・外観(朝)
   天気は晴れ模様。

〇同・2年A組(朝)
   生徒らが各々自由に過ごしている。
   晴子、窓際の席で皆を眺めている。
   晴子の表情は穏やか、寂しさも混じる。
   鞄を持った永沢が教室に入ってくる。
   晴子、穏やかな表情で永沢に手を振る。
   永沢、寂し気に、晴子に近寄ってくる。
永沢「今日、本当にやるんだな?」
晴子「うん、傘は持ってきた?」
   晴子、頷く永沢を見て、安堵の表情。
晴子「今日の午後、避難訓練があるから、そ
 のときに」
永沢「校庭に教師も生徒も全員校庭に集まる
 からか」
   晴子、明るく微笑んで頷く。
   永沢、鞄から弁当の堤を取り出す。
永沢「これ、最後の弁当」
   晴子、笑顔で受け取る。
晴子「ありがとう」
   永沢、頷いて鞄を肩に掛け直す。
   それを見つめる晴子。
晴子「永沢……」
   永沢が晴子を見る。
晴子「ありがとう」
永沢「礼ならもう聞いたよ」
   苦笑いの永沢。
晴子「弁当の事じゃなくて」
   永沢、真剣な表情になる。
晴子「今までありがとう。色々協力してくれ
 て。私を理解してくれて」
   晴子、永沢を見つめ、はにかむ。
   成美、自分の席でスマホを見ている。

〇成美のスマホ画面
   生前の晴子が写った写真を撮った画像。

〇同・2年A組・教室前の廊下
   生徒らが自由に過ごす昼休み。

〇同・2年A組・教室内
   晴子、奈央の席に椅子を持ってきて、
   一緒に食事をしている。
   2人、弁当を食べ終え、片付け中。
   晴子、感慨深い様子で奈央を見る。
晴子「奈央ちゃん、これからは、もし誰かに
 意地悪なこと言われても気にしちゃ駄目よ」
   奈央、晴子を見上げ、首をかしげる。
晴子「何か意地悪されても、強気で明るくい
 て。あと、一人で悩まないで」
奈央「どうしたの? なんかお別れみたい」
   晴子、寂し気に微笑み、首を横に振る。
晴子「なんか伝えたくなっただけ」
   奈央、訳は分からないが笑みで返す。
   晴子、椅子を元の位置に戻す。
   晴子、成美の席を見て首をかしげる。
   晴子、弁当を持って幸来に近寄る。
   幸来、一人で食事中。
左手におにぎり、右手にスマホ。
晴子「成美は? いつも一緒にいるのに」
幸来「うん、なんか、調べたいことがあるっ
 て職員室に行った」
   晴子、眉を顰める。

○同・階段
   浅倉と成美、一緒に階段を上る。
   浅倉の手には鍵。
浅倉「2007年の卒業アルバムだね?」
成美「はい」
   浅倉と成美、廊下を歩いていく。

〇同・三階・廊下・資料室前
   浅倉と成美が歩いている。
浅倉「なぜ皆、その年を調べたがるんだ?」
   浅倉と成美、資料室前で立ち止まる。
成美「え?」
   浅倉、資料室の鍵を開け、扉を開ける。
浅倉「一昨日も、調べたい事があるって言っ
 て言って永沢が……」
   成美、浅倉の言葉に耳を疑う。

○同・三階・資料室・中
   浅倉に続き、成美も入室してくる。
   浅倉、ガラス戸付の棚の鍵を開ける。
浅倉「同じ年の卒アルを閲覧に来たんだよ」
   成美、何か掴んだようにほくそ笑む。
   ガラス戸の棚に並ぶ歴代卒業アルバム。
   浅倉、1冊取り出し、成美に手渡す。
浅倉「これが2007年卒のだ」
   成美、卒アルを受け取り、笑顔で会釈。
スピーカーの声「業務連絡。浅倉先生、お電
 話が入っております。至急職員室へ」
   浅倉、顔を上げ、放送を聞く。
浅倉「すまない。アルバム観ていてくれてい
 いから。すぐ戻る」
   浅倉、棚のガラス戸をロック。
   いそいそと、退室していく。
   成美、浅倉を見届け、ドアを閉める。
   静かに閉めても音が出てしまうドアだ。
   机上でアルバムを開き、ページを捲る。
   成美、あるページに目を止め、驚く。
   追悼枠で晴子の写真が掲載されている。
   成美、驚きのあまり、つい声が漏れる。
成美「追……悼?」
   ページを捲り、生徒達の学校生活写真。
   その中に晴子の生前写真も載っている。
晴子の声「あ~あ」
   成美、ハッとし、恐る恐る振り返る。
   いつの間にかドアが開いている。

〇同・2年A組
   永沢、タオルで手を拭きながら入室。
   晴子の席を見るが、晴子はいない。
   永沢、奈央の席を見る。
   奈央、一人で読書している。
   チャイムの音。
   永沢、教室内と廊下を見渡す。
   続々と生徒達が教室に入ってくる。

〇同・三階・資料室
   成美、驚愕し声が出ず、動けない。
   晴子が中へ一歩入ってくる。
   晴子、扉を閉めながらため息交じりに
晴子「なんで見ちゃうかな~」
   成美、声が出ず、恐怖に後ずさる。
   晴子、成美をギロッと睨みつけ、
   威圧的な声色で、
晴子「ほんと、厄介な女だね、あんた」
   晴子、素早く成美の首を右手で掴む。
   成美の体が簡単に持ち上がり、
   一瞬で窓のある壁に押し付けられる。
   晴子は赤い瞳は血走り鬼のような形相。
   成美、恐怖で全身が震え、泣いている。
   晴子の声は、複数の声が入り混じる。
晴子「せっかく成仏できそうだったのに……」
   晴子、成美を挑発的な目で静かに、
晴子「やってくれたね」
   成美の後ろの窓が一人でに割れる。
   成美、顔にガラスを被り、傷だらけ。

〇同・2年A組・廊下
   永沢、ガラスの割れる音に反応。
   上を見て、慌てた様子で走っていく。

〇同・三階・資料室
   割れたガラス窓。
   悪霊化した晴子に襲われている成美。
   晴子、成美の胸倉に掴み直し、
   成美の上半身を窓の外に出す。
   成美、悲鳴を上げ、目を瞑る。
   成美の顔は傷だらけ。
   成美、泣きながら晴子を見る。
成美「助けて! 誰にも言わないから」
晴子「信じられないな」
   成美、必死に首を横に振る。
成美「本当よ、信じて」
   晴子、血走る眼を見開き、静かに話す。
晴子「SNSの時代だよ。世間に知られちゃ、
 さすがに収集つかないからさ」
成美「そんなことしないから、ね」
   成美、泣きながら晴子に命乞い。
成美「お願い、放して」
   晴子、ニカッと不気味な笑み。
晴子「放していいの?」
   晴子、一瞬手を放し成美が落ちかける。
   成美、悲鳴を上げ、意識を失う。

〇同・三階・廊下
   永沢、階段を必死の形相で駆け上がる。
浅倉「何の騒ぎだ」
   その後ろから浅倉も駆け上がってくる。
   永沢、下を指さし、
永沢「先生、調理室から塩を持ってきて!」
浅倉「塩!?」
永沢「早く!」
   真剣に叫ぶ永沢。
   永沢に言われるがまま降りていく浅倉。

〇同・三階・資料室
   扉を勢いよく開け、永沢が登場。
永沢「水嶋! よせ!」
   晴子、ギロッと振り向き水沢を見る。
   水沢、晴子の形相に驚愕。
水沢「落ち着け。江藤を放してやってくれ」
   晴子、再び不気味な笑み。
   晴子、成美を永沢に向け投げ飛ばす。
   資料室は滅茶苦茶になり、
   成美は永沢と扉を突き破る。

〇同・廊下・資料室前
   廊下の壁に叩きつけられ倒れる成美。
   廊下の窓ガラスはすべて割れる。
   永沢も、吹き飛ばされ床に倒れる。
   永沢、頬が切れ、血が出る。
   浅倉、塩を袋ごと持ってくる。
   永沢、痛みを堪え、体を起こす。
   浅倉、滅茶苦茶になった廊下に唖然。
永沢「先生! 早く塩を」
   永沢、浅倉あら塩を奪い取る。
   塩の袋を急いで開け、片手で一掴み。
   それを晴子に向けて投げる。
   晴子、顔を歪ませ、塩を避ける。
   傷だらけで倒れている成美を見る浅倉。
浅倉「江藤!」
   浅倉、成美に駆け寄り、腕に抱える。
   ズボンのポケットから数珠を出す永沢。
   数珠を持ち、両手を擦り合わせる。
永沢「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
   他の教員達も駆け寄ってくる。
永沢「来るな!」
   教員らが驚いて立ち止まる。
永沢「先生も行ってください。俺に任せて」
   浅倉、成美を抱えて立ち上がる。
   晴子、それを見て興奮し襲い掛かる。
   永沢、塩を掴み、晴子に投げる。
   晴子、怪物のような唸り声で仰け反る。
   浅倉、教員らに叫びながら駆けて行く。
浅倉「救急車を呼んでください」
永沢「生徒達を教室から出さないで!」
   教員ら、その場で茫然と立っている。
浅倉「彼の言うことを聞いてください」
   浅倉に誘導され教員らが引き返す。
   永沢、晴子に向かって正座し目を瞑る。
   数珠が鳴るほど両手を擦り合わせる。
   塩を巻き「南無阿弥陀仏」を繰り返す。
   晴子、塩が巻かれる度、苦しむ。
   永沢、攻撃を続けながら、部屋に入る。

〇同・資料室・中
   晴子、段々体力を消耗し息が荒くなる。
   永沢も疲れた表情で、晴子を見る。
永沢「水嶋、しっかりしろ」
   晴子、永沢を恐ろしい形相で睨む。
永沢「せっかく心のわだかまりを解決したの
 に、成仏寸前でもったいないだろう」
   永沢も晴子も呼吸が荒い。
永沢「優君にこんな姿見せられるか?」
   晴子、大人しく、永沢を見ている。
永沢「明るくて優しい天使のような晴子はど
 こに行った?」
   晴子、目を見開いて不気味な声で叫ぶ。
晴子「黙れ!」
永沢「俺は、以前のお前のほうが好きだ」
   晴子、恐ろしい顔が徐々に薄れていく。
永沢「元に戻って成仏してくれ」
   悲しそうな表情で永沢を見つめる晴子。
   永沢、声を震わせながら説得。
永沢「お前には、天国に行ってほしい」
   永沢、晴子に駆け寄り、抱きしめる。
   晴子、永沢の思いがけない行動に驚く。
永沢「悪霊として地獄に行くなんて、お前ら
 しくない」
   晴子、赤い瞳から涙を流し、元の姿へ。
   涙を流す晴子の体が光り出す。
   晴子を抱きしめていた永沢が離れる。
   晴子の体が光の粉になって舞い上がる。
   晴子、永沢に穏やかな微笑み涙を流す。
   永沢も晴子を見て瞳をウルウルさせる。
   晴子が完全に消え、永沢は涙を流す。

〇同・校庭
   灰色の空から雨が降り注ぐ。
女子生徒の声「雨? 傘持って来てないよ~」
男子生徒の声「濡れて帰るしかないな」

〇同・資料室・中
   部屋の中は滅茶苦茶。
女子生徒の声「ところで、さっき何が?」
男子生徒の声「窓が割れて誰か怪我したって」
   永沢、力なく胡坐をかいて泣いている。

○病院・成美の入院室
   成美、ベッドで寝ている。
   大怪我が治療され、入院着を着ている。
   ベッドの側、成美の母と医者の会話。
成美の母「先生、娘は大丈夫ですか? もう
 目を覚ましていいころなんじゃ?」
医者「できる限りのことはしました。あとは、
 彼女の気力次第でしょう」
   成美の母、成美の手を握って泣く。

○新里間高校・外観
   気持ち良い程の快晴である。
   T『数週間後』

〇同・2年A組
   晴子と成美の席は空席。
   残りは全員出席で、授業中。
   永沢、退屈そうに机に突っ伏している。
   永沢の頬には、絆創膏。
   空席となっている晴子の席を見つめる。

〇コンビニ前の道路
   制服姿の永沢が歩いている。
   奥田とその取り巻き三人衆がいる。
   コンビニ前にしゃがんでいる。
   永沢、コンビニ前を通りかかる。
   奥田、永沢に気付いて立つ。
   姿勢を正し、永沢にお辞儀。
奥田「お疲れ様です!」
   奥田の仲間も立ち、永沢に挨拶。
   永沢、奥田ら四人組を見て立ち止まる。
   永沢、冷静に堂々とした態度で、
永沢「そこでたむろするのやめろ。お客さん
 が店に入りづらいだろ」
   奥田、深々と頭を下げ大声で、
奥田「すいませんでした」
   奥田ら四人、コンビニ前から立ち去る。
奥田「失礼します。お気をつけて」
   永沢とすれ違う際に挨拶をして去る。
   永沢、満足気な表情で歩き始める。

〇新里間高校・外観(朝)
   生徒達が続々と登校してくる。
女子生徒Aの声「うちの高校、来年度の入学
 希望者殺到してるらしいよ」
女子生徒Bの声「うちの妹も入りたいって言
 ってんだけど、なんで?」
女子生徒Aの声「最近、ここ全国のいじめが
 ない高校第一位に選ばれたじゃん」
   ほとんどの生徒が二人以上で登校。
   皆、仲良く笑顔で幸せそうである。

〇新里間高校・2年A組
   永沢、退屈そうに机に突っ伏している。
   顔を横に向け、右腕を枕に目を瞑る。

〇(永沢の夢)同
   現実と何も変わらない教室。
   永沢、頭を上げ、頬杖を突く。
   ふと窓際の席を見てバッと体を起こす。
   晴子の席に彼女と見られる横顔。
   晴子が窓の外を眺めている。
   晴子が振り向き、永沢に微笑む。
   周りの生徒は無反応で、授業は続行。
   軽やかなステップで永沢に近寄る晴子。
晴子「久しぶり。びっくりした?」
   永沢、開いた口が塞がらない。
   晴子、永沢の机の上に腰掛ける。
   両足をブラブラさせ、明るい調子で、
晴子「私もびっくりした。もう会えないと思
 ってたから」
   永沢、放心状態で晴子を見つめている。
   晴子、様子がおかしい永沢に気付く。
晴子「もしかして…‥覚えてない?」
   永沢、無言で見つめている。
   晴子、悲しい表情。
晴子「だから傘忘れないでって言ったのに!」
   晴子、泣きながら永沢に怒る。
   永沢、晴子を見つめゆっくりにやける。
   晴子、そんな永沢を見て涙が止まる。
   晴子、ホッとして笑みが零れる。
晴子「びっくりした。からかわないでよ~」
永沢「アッハッハ、ごめん、ごめん」
   永沢、笑っているが、瞳は潤んでいる。
永沢「もう……会えないと思ってた」
   晴子、永沢を見て穏やかな表情。
晴子「私も。うん、覚えてる? 夢は別って」
永沢「ああ、これ俺の夢?」
   晴子、永沢に笑顔で頷く。
   永沢、周りを見渡す。
   永沢と晴子以外の人物が消えていく。
晴子「成仏してからも有効なんだね。知らな
 かったよ~」
永沢「あ、ああ、俺も」
   晴子を見つめ、話を聞いている永沢。

〇(永沢の夢)同(夕)
   窓際で美しい夕日を眺めている二人。
   晴子、永沢を見て嬉しそうに、
晴子「ねえ聞いて?」
   永沢、「ん?」と顔を晴子に向ける。
晴子「天国でおばあちゃんに会ったんだ。感
 動しちゃったよ~」
   永沢、潤んだ瞳で晴子を見つめる。
   落ち着いた様子で晴子を見つめる永沢。
永沢「そう、よかったな」
晴子「それでさ、おばあちゃんが教えてくれ
 たんだ」
   永沢、よく喋る晴子に笑みが零れる。
晴子「特別な日なら、大切な人に会いに来れ
 るって。お盆とか、三回忌とかさ――」
永沢「会いたかった」
   晴子、喋るのを止め、永沢を見つめる。
晴子「私も」
   晴子、永沢に微笑んで返す。
晴子「あの後、学校はどうなった?」
永沢「皆、お前の記憶ないみたい。何もなか
 ったような平穏な日常が戻ったよ」
晴子「そ、よかった」
   晴子、笑顔一転、言い出しづらそうに、
晴子「成美は? 無事?」
永沢「江藤は、重症で一時危なかったけど、
 持ちこたえた。一昨日、意識が戻った」
   晴子、安心した様子で肩の力が抜ける。
永沢「彼女だけ雨にうたれなかったんだけど、
 ショックからか、記憶がないらしい」
   晴子、申し訳なさそうな表情。
永沢「心配すんな。もう大丈夫だから」
   永沢、晴子を優しく見つめる。
   晴子、永沢の頬を見る。
晴子「顔の傷、痕にならなくて良かった」
   晴子が微笑み、永沢も軽く微笑み返す。
   永沢、美しい夕日を見る。
永沢「夕日がきれいだなぁ」
   晴子も夕日を見て、穏やかな表情。
永沢「お前、毎日ここからあの夕日見てたん
 だな」
晴子「そ。心が浄化されるよね~」
   永沢、晴子に笑いかける。
   晴子も笑顔で応える。
   二人で夕日を眺めながら会話が弾む。

〇元の新里間高校・2年A組
   授業中である。
   永沢、自分の席でゆっくり目覚める。
   永沢、晴子の席を見るが、空席。
   永沢、寂し気な表情で前を向く。
   空中を見つめ穏やかに笑みを浮かべる。

      《終》

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