朝花夕月 ドラマ

経営コンサルタントの母と何不自由なく暮らす朝花だったが、最愛の母は恋人との逢瀬の最中に覚せい剤を飲まされ死んでしまう。失意の朝花の前に現れたのは遠縁でポールダンサー兼ランパブ嬢の麗。麗といっしょに暮らすようになる朝花は彼女命じられてスーパーでアルバイトを始める。配属された惣菜部には朝花が蔑みの目で見ていた夕月がいた。
平瀬たかのり 19 0 0 09/22
本棚のご利用には ログイン が必要です。

第一稿

 お読みいただく前に
   本稿には劇中劇として、長谷川伸原作の戯曲『瞼の母』を
   「長谷川伸傑作選 瞼の母」(国書刊行会)から引用させ
   ていただきました。原作者没 ...続きを読む
この脚本を購入・交渉したいなら
buyするには会員登録・ログインが必要です。
※ ライターにメールを送ります。
※ buyしても購入確定ではありません。
 

 お読みいただく前に
   本稿には劇中劇として、長谷川伸原作の戯曲『瞼の母』を
   「長谷川伸傑作選 瞼の母」(国書刊行会)から引用させ
   ていただきました。原作者没後五十年を経過し、著作権が
   失効しているため引用可と判断し、著作権法32条第1項
   に則し引用させていただきました。問題点等お気づきの場
   合はご指摘くださいませ。

主要登場人物
・羽山朝花(17)―高校二年生
<22歳場面あり>
・甲斐夕月(17)―右同
・真野麗(29)―ポールダンサー兼ランパブ嬢

・浅村吉乃(55)―焼き肉屋<時次郎>女将
・羽山敦美(42)―朝花の母 雑誌編集者
・原口裕恵(27)―敦美の部下
・藤原幸助(52)―スーパー<マルフジ>社長
・深野仁一(40)―<マルフジ>店長
・丸山博志(38)―<マルフジ>惣菜部主任
・戸田雅章(44)―敦美の恋人
・木内真菜(17)―朝花の友人
・広川直道(17)―朝花の彼氏
・須田智樹(17)―真菜の彼氏
・甲斐光則(56)―福祉施設<愛綬園理事長>
・上杉隼人(39)―ランパブ<ジュエル>店長
  その他


○高速道路を走る車

〇その車内
   運転している若い女。羽山(はやま)朝(あさ)花(か)(22)。 

○インターチェンジ
   高速道路を出る朝花の車。

○下道
   郊外へと進んで行く朝花の車。

○××女子学園前
   停車する朝花の車。車から降りる朝花。××女子学園、そこ
   は女子少年院である。門をじっと見つめる朝花。
                      (F・O)
○メインタイトル
 <朝花夕月>

○羽山家・外景(朝)
    高級低層マンションである。

〇前同・キッチン
   テーブルで朝食中の制服姿の朝花(17)。母、
   敦美(42)が座る。
敦美「ご飯食べてるときくらいラインやめなさい」
   朝花、無言で続けている。
敦美「ほんとにもう――新しいクラスにはもう慣れた?」
朝花「楽勝っしょ」
敦美「楽勝ですか――真菜ちゃんとも同じクラスになった
 って言ってたわよね」
朝花「――ただ今絶賛ライン中」
敦美「三浦翔平君好きだって言ってたっけ、あの子」
朝花「(ようやく顔を上げ)うん」
敦美「サイン貰ってきてあげよっか」
朝花「マジでっ!?」
敦美「今度番宣に来るんだって、わたしの出てる水曜
 日に」
朝花「うわぁっ! マジでっ!? お願いっ! 真菜
 絶対喜ぶよっ! メッセージも書いてってお願いし
 てっ! 真菜の名前もちゃんと書いてあげてって!」
敦美「はいはい」
朝花「あ、そうだ」
   再びスマホを操作し始める朝花。
朝花「いや、こっちの方がいいな」
   朝花がラインに打ちこんだ真菜へのメッセージ
   「スーパーサプライズがあるよっ!」の文字。
   朝花、敦美を見て。
朝花「ありがと、お母さん」
敦美「どういたしまして」
   微笑みあう朝花と敦美。
敦美「ほら、早くご飯食べてしまいなさい」
朝花「うん」
    スマホが鳴る。また手に取る朝花。
敦美「忙しいねぇ、最近の女子高生は」

○△△学園・二年五組教室
   始業前。机を挟んで向かい合っている朝花と友
   人の木内真菜。真菜、朝花を抱きしめて。
真菜「あぁん! ありがとう朝花っ!」
朝花「いいっていいって」
真菜「(朝花の両肩を掴み)ねぇ、翔平君、わたしの
 名前とか書いてくれるかな」
朝花「ちゃーんとそうしてもらうように言っておいた」
真菜「あぁん、朝花最高っ!」
真菜、再び朝花を抱きしめ、体を離し。
真菜「いや、最高なのは朝花じゃなくって朝花のお母さ
 んか」
朝花「黙れ」
笑い合う二人。
真菜「ね、お母さんのインスタ見せて」
朝花「うん」
朝花、スマホを取り出し、敦美のインスタグラムを開き、
 真菜に見せる。そこには、様々な着こなしをした敦美
 が映っている。
真菜「ほんと、綺麗だよね朝花のお母さん。超細いし。
 プロのモデルでも通用するよ――これなんか二十代に
 しか見えないよ」
朝花「そうやって褒める人がいるから、調子に乗ってこ
 んなインスタアップするんだ」
真菜「誰が撮ってるのこれ」
朝花「彼氏」
真菜「前に言ってた戸田さんって人? IT企業の重役
 やってるっていう」
   頷く朝花。
朝花「あと、会社の若い社員も撮らせてくれってくるん
 だって」
真菜「すごーい。お姫様だ」
朝花「年考えろっての」
   敦美のインスタグラムを見続ける真菜。
朝花「最近思うんだけどさ」
真菜「(顔を上げ)ん?」
朝花「年金とか消費税とか言ってんじゃん」
真菜「え? なにそれ?」
朝花「言ってんの。けどさぁ」
真菜「うん」
朝花「なんかさ、わたしたちってさ、楽勝だよね、
 いろいろ」
真菜「確かに。ね、直道君とは上手くいってんの?」
朝花「それも楽勝っす。そっちは」
真菜「こっちも楽勝っす」
朝花「五分の一くらい三浦翔平入ってるよね、智樹君」
真菜「五分の一ってひどーい。せめて半分に――やっ
 ぱそりゃないか」
   笑いあう二人。
真菜「ね、今度さ、みんなでどっか行こうよ」
朝花「お~いいね。場所考えとく」
真菜「ほ~んと、楽勝かも人生って――ま、そうじゃな
 い人もいるみたいだけど」
朝花「え?」
   指をさす真菜。その先には窓際の席に座って文庫
   本を読んでいる甲斐(かい)夕月(ゆうづき)。(17)
朝花「誰だっけ」
真菜「甲斐さん」
朝花「あの子が?」
真菜「捨て子なんだって」
朝花「捨て子ぉ? 何それ」
真菜「あの子と同中(おなちゅう)の子から聞いたんだけど
 ね。赤ちゃんのとき施設の前に捨てられてたんだって。
 今もそこに住んでるんだってさ」
朝花「なんでそんな子がこの高校来れるのよ。公立行きゃ
 いいじゃん」
真菜「その施設の理事長と、この学園の理事長が友達どう
 しなんだって」
朝花「ふーん。学費は?」
真菜「知らない。理事長ってのが払ってんのじゃない? 
 あの子、勉強はできるみたいだけど、なんかさぁ」
朝花「うん。だよね――なんか嫌だな、そういうの」
真菜「あの子さ、入学と同時にアルバイト始めたんだっ
 てよ」
朝花「アルバイトぉ? なんの」
真菜「そこまでは知らない」
朝花「うちの学校バイト禁止じゃん」
真菜「その理事長ってのが働かしてんじゃないのぉ。あ
 の子さ、スマホ持ってないらしいよ。てかガラケーも」
朝花「マジでっ!? なんで」
真菜「知らない。施設に言われてるからじゃない?」
朝花「うわぁ、終わってるよ……」
真菜「うん。終わってるよね」
朝花「本なんか読んでんじゃねーよ」
   読書を続ける夕月を見つめる朝花。

○帰路
   並んで帰っている朝花と彼氏の藤川直道(17)。
朝花「ほんと今年から帰宅部ダメってなんでよ。でさ、
 直道マジで華道部にしたの?」
直道「そうだよ」
朝花「信じらんない」
直道「男が入っちゃいけない決まりもないだろ」
朝花「もしかしてお花いけたりするの好きとか?」
直道「ば~か。なわけねぇじゃん。適当に書いて入部届
 け出したんだよ。そしたら入部になってた。面白いだ
 ろ。朝花は?」
朝花「文芸部」
直道「そんなのあったっけ?」
朝花「あるみたい。俳句とか作ってるんだって」
直道「みたいって。俺といっしょじゃねぇかよ」
朝花「あははっ」
   楽しそうに並んで帰る二人。その横をすぎて行く夕
   月。
朝花「あ」
直道「何?」
朝花「いや……」
   夕月の後ろ姿をじっと見つめる朝花。
朝花「ねぇ、甲斐さぁん」
     立ち止まり振り返る夕月。
朝花「あなたさ、生きてて楽しい?」
   朝花をしばらく見ている夕月。ふにゃっと曖昧な笑
   みを浮かべ、背を向けて歩いていく。
朝花「なにあれ――十七で 人生終わり 死んじゃえば」
直道「なんだよそれ」
朝花「あははっ。文芸部、顔出してみようかな――なぁん
 て、うっそぉ~~」
   直道の手を握る朝花。二人、手を繋いで歩いていく。

○羽山家・リビング(数日後・夜)
   敦美が交際相手の戸田雅章(44)と部下の原口裕恵
   (27)を招いている。朝花もいる。食事後の寛いだ
   時間。大人たちは酒も飲み和やかな雰囲気。
裕恵「(少し酔って)ほんと、朝花ちゃんが羨ましい。もう
 ほんとに」
朝花「裕恵さん、酔っぱらうとそればっかり」
裕恵「だってそうでしょお。こんな素敵なマンションに住
 んで仕事バリバリできる美人のお母さんがいて」
朝花「お父さん死んじゃっていないけどね」
雅章「でも戸田さんがいる。あのさ、ナイスミドルって言
 葉は戸田さんのためにあるような言葉だよ。朝花ちゃん
 お尻叩かなきゃ戸田さんの。早くプロポーズしちゃいな
 さいって」
敦美「裕恵ちゃん、飲み過ぎよ」
    苦笑いする雅章を見る朝花。
朝花「ねぇ、戸田さん、プレステやろうよ」
雅章「ああ、いいよ。フルボッコにしてやろう」
朝花「どっちが」
裕恵「あ、わたしもわたしも。ここのテレビ大画面だから
 すごい迫力あるんだよね~」
   テレビの前に行く朝花、雅章、裕恵。それを笑って
   見ている敦美。

○ディズニーランド・場内(数日後)
   朝花と直道、真菜と須田智樹のダブルデート風景。
   様々なアトラクションを楽しむ四人。笑顔が弾け
   ている。

○同・<キャンプ・ウッドチャック・キッチン>
   場内にあるレストラン<キャンプ・ウッドチャック・
   キッチン>。食事をする四人。楽しそうに語らっ
   ている。真菜、少し離れた席が目に止まる。
真菜「あれ?」
朝花「どした?」
真菜「あれ、朝花のお母さんじゃない?」
朝花、真菜の指差す方を見る。
朝花「うっそぉ」
直道「なに、どした?」
   立ち上がる朝花と真菜。
直道「おい、ちょっと朝花って」
   朝花と真菜、向いあって座っている敦美と雅章
   のところへ。
朝花「お母さん。戸田さん」
雅章「朝花ちゃんっ!」
敦美「朝花っ! 真菜ちゃんも! あなたたちなんで?」
朝花「こっちが言いたいよ」
敦美「ディズニーランド行くなんて言ってなかったじゃな
 い。ダブルデートは聞いてたけど……」
朝花「別にそこまで言わなくたっていいでしょ。お勉強?」
敦美「あ、うん。ディズニーランドはいつだって刺激をくれ
 るわ」
朝花「戸田さんといっしょに?」
敦美「それは……」
朝花「公私混同~~」
雅章「まずいところ見られちゃったなぁ」
真菜「こんにちは。こんな偶然ってあるんですね。あ、翔平
 君のサインありがとうございました」
敦美「どういたしまして。楽しいのは分かるけど、あんま
 り遅くなるんじゃないのよ」
朝花「分かってるって。でもエレクトリカルパレードまでは
 絶対いるよ。はい、報告したからね」
敦美「はいはい」
朝花「そっちこそあんまり遅くならないでよ――って、まぁ
 大人のおつきあいだから、そう早く帰ってくることもない
 んでしょうけど」
敦美「いいかげんにしなさい、この子は」
朝花「ははっ。んじゃね」
   軽く手を振る朝花、頭を下げる真菜。席に戻る。
直道「お母さん、だよね」
朝花「うん。びっくりした」
智樹「挨拶しなくていいの、俺ら」
朝花「いいよいいよそんなの」
真菜「ほんと美人。朝花のお母さんって――あんな大人にな
 りたいなぁ」
    敦美を眩しそうに見つめる朝花。
                         
○羽山家・朝花の部屋(夜)
   ベッドに寝転びライン中の朝花。一旦スマホを置く。
   身を起こす。スマホの時計を見る。十時三十五分。
朝花「遅すぎでしょ、いくらなんでも」
   家の電話が鳴る。立ち上がる朝花。
朝花「なに、家電かけてんのよ」
   電話を取りに部屋を出る朝花。

○ラブホテルの一室(夜)
   ベッドの上、仰向けになり口から泡を吹いて死ん
   でいる全裸の敦美。その様を茫然と見ている全裸
   の雅章。
                     (F・O)

○羽山家・リビング(十日後)
   ソファに身をもたせかけている朝花。憔悴し、痩
   せている。電話が鳴る。無視する朝花。延々と鳴
   り続けるベル。ゆるゆると立ち上がる朝花。

○ファミリーレストラン・店内
    テーブル席、向いあって座っている朝花と裕恵。
裕恵「食べ物注文しなくていいの、朝花ちゃん」
朝花「ほしくない」
裕恵「ねぇ、ちゃんと食べてる? 十日ですごい痩せたよ」
朝花「ゼリーと飴、時々食べてるから大丈夫」
裕恵「それじゃダメだよ」
朝花「ほんと、食欲なくなったんだ。あ、お葬式、来てく
 れてありがとう裕恵さん」
裕恵「そんなこといいよ」
朝花「いろいろ手配までしてくれてありがとう。会社の人
 で来てくれたの裕恵さんだけだよね」
   頷く裕恵。
朝花「ハブられてない、大丈夫?」
裕恵「大丈夫よ。そんなこと気にしなくていいの」
朝花「なんでお母さんのお葬式来てくれたの?」
裕恵「そんなの当然でしょ。わたし、お母さんのマネージ
 ャーだったのよ」
朝花「覚醒剤で死んじゃったのに?」
裕恵「朝花ちゃん――」
朝花「ずっと、そんなセックスしたてのかなお母さん、
 戸田さんと」
裕恵「戸田さんは、あれが初めてだって言ってるそうよ。
 出来心で売人から初めて買ったんだって」
朝花「そう――」
裕恵「警察の人も説明してくれたでしょ。お母さんがト
 イレ入ってるときにお酒に混ぜたの」
朝花「ほんとかな、それ」
裕恵「お母さんのこと信じてあげて、朝花ちゃん」
朝花「――どうでもいいよ」
裕恵「朝花ちゃん」
朝花「きっと周りはそんなふうに思わないし。そんな人、
 恋人にしてたお母さんも悪いし」
裕恵「……」
朝花「そんな人、お父さんになったらいいのになんて思っ
 てた、わたしも悪いんだ」
裕恵「――これからどうするの、朝花ちゃん。おじいさん
 やおばあさんいないんだよね?」
朝花「うん。どっちも早くに死んで。一番上のおばさんの
 家に預けられることになる。学校は転校する」
裕恵「――」
朝花「お葬式にいたでしょ。迷惑そうな顔して座ってたお
 じさんとおばさんたちが」
裕恵「ええ」
朝花「お母さん、四人姉妹の末っ子なんだけど、お母さん
 だけ父親が違ってて、ずっと上三人から嫌われてハブら
 れてたの。全然行き来もなかった。だから、わたし預か
 るのも、押し付け合いみたいな感じでさ」
裕恵「……」
朝花「あんな死に方した嫌いな妹の娘、面倒みたくないよ
 ね。当然だよ。超居心地わるいよね、きっと」
裕恵「――」
朝花「裕恵さん。今日電話してくれて、ありがとう」
   立ち上りかける朝花。
裕恵「待って、朝花ちゃん」
朝花「なに」
裕恵「明日、また会えないかな。できたらお家で。会って
 ほしい人がいるの」
朝花「え?」
   裕恵を見つめる朝花。

○△△学園二年五組・教室(翌日・朝)
   教室に入っていく朝花。そこここで固まっている同
   級生が朝花を見、小声でひそひそと話す。朝花、後
   ろの黒板が目に入る。そこに貼られた事件の新聞記
   事や印刷されたインターネットの記事。〈美人コン
   サルタント、シャブ中腹上死!〉〈セレブ未亡人×I
   T企業重役=昇天覚醒剤セックス!〉<徹底追及 女
   コンサルが堕ちた覚醒剤の闇!> などの見出しが赤
   ペンで囲まれている。
   自席の椅子に座る朝花。真菜が他のクラスメート五人
   と一緒にやってきて朝花の前に立つ。真菜を見上げる
   朝花。
朝花「真菜……」
真菜「たいへんだったね」
朝花「――うん」
真菜「って言うと思う?」
朝花「え?」
真菜「ないわ~。覚醒剤飲んでラブホで死ぬとか。マジない
 わ~~(同級生をふりむいて)ねえ」
   うなずく同級生たち。
朝花「真菜……」
真菜「ありえない、朝花のお母さん。とりあえずみんな朝花の
 ラインはブロックしたから。あ、直道君もうあんたと別れた
 いって。ラインしてもずっと既読スルーだったでしょ。話す
 のも嫌だからわたしに伝言してくれってさ」
朝花「……」
真菜「ねえ、みんなに謝ってよ」
朝花「謝る?」
真菜「もしかしてみんなに迷惑かけてないって思ってんの? 
 たいへんだったんだよ、テレビ局や新聞が学校の外までイン
 タビューに来たりしてさ。夜に家まで電話かかったりして。
 みんなに謝ってよ、ほら。早く」
   立たされ、教壇へと連れて行かれる朝花。クラスメート
   の射るような視線に晒される。
真菜「謝ってよ、早く!」
朝花「――お母さんのことで、みんなに」
真菜「聞こえないっ!」
朝花「――(自暴自棄気味に顔をあげ)わたしのお母さんのこ
 とで、みんなに迷惑かけて、ごめんなさいっ!」
   頭を下げる朝花。
真菜「なんかさか、全然謝る気持ちのこもってない言い方だ
 よね――」
   真菜を見る朝花。
真菜「あんた分かってんの? 悪いのは朝花のお母さんなん
 だよ」
   朝花を見る真菜の冷たい目。その目を直視できない朝
   花、目を逸らす。
   教室の後ろの方からその様をじっと見ている夕月。

○羽山家・リビング(夜)
   掃除をしている裕恵。部屋の隅、三角座りしてい
   る朝花。
朝花「いたっけ、そんな人。わたし、お葬式の時の記憶、飛
 び飛びなんだ」
裕恵「そっか。その人ね、こっちに住んでるけど、強烈な関
 西弁。びっくりするよ」
   微笑んで朝花を見る裕恵。掃除を続ける。
       ×       ×       ×
   きれいにかたづけられた部屋。ソファに座っている朝
   花と裕恵。チャイムが鳴る。
裕恵「あっ、来たっ!」
   部屋を飛び出す裕恵。賑やかに話す女二人の声が朝花
   の耳に入ってくる。二人の足音が近付いてきて。部屋
   に戻って来る裕恵。続いて入ってくるスーパーのビニ
   ール袋を提げた女、 真野麗(29)。長い髪、痩身、
   突き出た胸。スラリと伸びた足。女豹のようである。
   朝花と麗、見つめあう。
裕恵「こちら真野麗さん。朝花ちゃんのご親戚」
朝花「わたしの、親戚……」
麗「あんたの早死にしたお父ちゃんのお姉さん、あんたの死
 んだおばさんが結婚してた、おじさんの後妻がうちのオカ
 ン。――あぁ、これももう死んでるねんけどな交通事故で
 オトンも――このオカンの連れ子がうち。ドゥーユーアン
 ダスタン?」
    首をひねる朝花。
麗「分からんわな。後で家系図書いたるわ。まあ親戚や言う
 ても、あんたとうちに血のつながりは一ミリもないってこ
 とは分かったか?」
    じっと麗を見る朝花。
麗「何人死んどんねん。ほんま」
   笑う麗。
       ×        ×       ×
   部屋の中央、ガスコンロに置いた鍋でうどんすきを作っ
   ている麗。その様をソファに座って見ている朝花と裕恵。
麗「ほんまは鶴橋のキムチとホルモン入れたいところやけど、
 胃腸弱ってるやろからヒガシマルのうどん出汁ベースにしと
 いたる」
裕恵「おいしそう――」
麗「おいしそうやなくて、おいしいんや――ほぉら、できたで~」
   ガスコンロの上、ぐつぐつ鳴るうどんすき。
        ×        ×       ×
   床に座りうどんすきを食べている麗と裕恵。その様子を
   じっと見ている朝花。
裕恵「おいしいよ、朝花ちゃん。ほんとに」
朝花「……」
裕恵「ねぇ、食べなよ」
朝花「……」
麗「学歴ひけらかすアホ。地位や職業で人を評価するアホ。身
 内の自慢するアホ。世の中にアホは掃いて捨てるほどいてる
 ――けどな、教えたる。いちばんのアホはメシ食わんアホや」
   朝花を見る麗。
麗「アホは勝手に死んどけ」
   旨そうにうどんすきを食べる麗をじっと見つめる朝花。
   ソファから降りる。食べ始める。
朝花「!」
   旨い。箸が進んでいく。噎せながら、水を飲みながら、
   猛烈な勢いでズルズルと音たてて食べて行く朝花。顔に
   赤みがさしていく。
裕恵「ゆっくり食べな、朝花ちゃん」
麗「何言うてんの。こういうときがっつかんで、いつがっつく
 んや」
       ×       ×      ×
   うどんも具もなくなった鍋。ふんふんと鼻で息をしてい
   る朝花。
麗「まだいくか? 肉もうどんもあるで」
朝花「――トイレ」
   立ち上がる朝花。よろよろ部屋を出ようとするが、その
   途中で崩折れる。
裕恵「朝花ちゃんっ!」
   駆け寄る麗と裕恵。麗、朝花の頭を自分の膝へ置く。気
   を失っている朝花。いびきをかき始める。
裕恵「寝たの?」
麗「みたいやね。頭と体の電源が落ちたな」
   朝花が小便を漏らし始めたことに気づく二人。
裕恵「すごい量――」
麗「おしっこするのも忘れてたか」
   眠りながら小便をし続け、ぼろぼろ涙をこぼす朝花。
   朝花をじっと見つめる麗。

○羽山家・朝花の部屋(五日後)
   ベッドの上で眠っている朝花が目覚め、ゆっくりと半
   身を起こす。しばらくぼーっとしているがベッドから
   出て立ちあがる。下半身の違和感。パジャマをめくり
   中を見る。
朝花「これって、おむつ……」

○同・廊下
   歩いて行く朝花。リビングから賑やかな声。

○同・リビング
   扉を開ける朝花。麗と裕恵がプレイステーションの対
   戦型格闘ゲームで遊んでいる。
裕恵「ぐああっ、また負けたっ!」
麗「ふはっはっはっ! うちに勝とうなんか百億万年早いん
 じゃぁ!」
朝花「あの……」
   振り向き朝花を見る二人。
麗「おっ、眠り姫のお目覚めや」
裕恵「大丈夫、朝花ちゃん」
朝花「あの、わたし……」
麗「うどんすき食べてから五日間。あんた眠りっぱなしやって
 んで、今の今まで」
朝花「五日間……」
裕恵「病院つれていこうかとも思ったんだけどね」
麗「口におかゆ持っていったら、あんた器用に寝たまま食べよ
 るからな。吸い飲みで上手いこと水も飲みよるし。そのまま
 にしとこうってことになったんや。人間が生きようっていう
 力はえらいもんがあるわ」
朝花「寝たまま……じゃあその間二人が」
麗「この子はあれからずっと会社休んでここに居る」
朝花「……」
裕恵「いいよ別にそんなの。有給消化できたし。いい骨抜き
 になった」
麗「気がついたやろ。下の世話までちゃんとしてあげたんや。
 うちらお礼くらい言うてもろてもええんちゃう?」
裕恵「麗さん、そんなのいいでしょ」
麗「ええことあるかいな。なあ?」
朝花「……別に頼んだわけじゃない」
麗「はっ、親の教育がよう行き届いてるわ。さすが覚醒剤飲
 んで死ぬような母親の娘やなぁ」
朝花「!」
裕恵「麗さんっ!」
麗「っていうふうにあんたはこれから世間様から見られるん
 や。言葉には気ぃつけや。ほら、頭下げぇや」
朝花「――」
麗「下げんかいな! それが人の道や!」
   ビクッとなる朝花。やがてゆっくり頭を下げる。裕
   恵立ちあがる。
裕恵「ほら、座って朝花ちゃん。話したいことがあるの――
 いくらなんでも酷いよ麗さん」
   ソファに座る朝花。
        ×        ×       ×
   向かいあって座っている朝花と麗、裕恵。
朝花「この人と、ここでいっしょに、暮す?」
裕恵「うん。お葬式の帰りにわたしから声かけたの麗さんに。
 そしたらいとこだって分かって。で、それから二人で会っ
 て何回か話してね」
   麗を見る朝花。まっすぐ朝花を見る麗。
麗「あんたのことは死んだオカンからずっと聞かされてた。
 別に果たさないかん義理もないけどな。うちな、一回こう
 いう豪勢な家に住みたかったんてん。それが理由や」
裕恵「収入の面でも問題ないわ。わたしなんかよりずっと稼
 いでるのよ」
麗「職業、ポールダンサー」
朝花「ポール、ダンサー――」
麗「兼、ランパブ嬢。分かるか」
   首を横に振る朝花。
麗「ランジェリー・パブ。分かるか?」
朝花「――」
麗「おさわりは禁止の店や」
裕恵「この地区の民生委員の人にもお話したの。高校卒業ま
 でっていうことで認めてもらった」
朝花「――」
裕恵「だから転校しなくてもいいよ。おばさんの家に行かな
 くてもいい。学費はね、卒業までおばさんたちが分けあっ
 て出してくれることになったの」
朝花「おばさんたちが」
麗「位牌の前に置いてあった香典帳見させてもろたで。呼び
 つけて話しつけた。面倒はうちがみるんやから学費くらい
 出せ、出さんかったらあの事件の身内は血も涙もない冷血
 野郎どもやってマスコミに売りつけたるいうてな」
朝花「――」
麗「向こうもほっとしてたみたいや。しっかしあんたのオカ
 ンの姉ちゃんらもみんなエエとこに嫁に行ってるなあ。普
 通やったらあんた面倒みてこのマンション取りこんでしま
 うところやで」
裕恵「学費の心配はなくなったわ。どうする朝花ちゃん、やっ
 ぱりおばさんの家に行く?」
   裕恵を睨むように見る朝花。
麗「――この家、自分のものにするつもりでわたしのこと世話
 するんだ」
麗「はっ、自惚れんといてぇや。いるかいな、こんな家、ゲン
 の悪い」
   麗を睨み続ける朝花。
裕恵「朝花ちゃん、そうじゃないよ。麗さんも高校生の時事故
 でご両親亡くされてるの、だから――」
麗「(遮るように)ひとつ言うとく。一緒に暮らすようになっ
 たらアルバイトしてもらうから」
裕恵「ちょっと麗さん、それ本気で言ってんの?」
麗「当たり前やろ。面倒みるんや、たとえいくらかでも入れて
 もらわな。こっちの稼ぎから保険やら何やら払わんならんの
 に」
朝花「アルバイト――」
麗「それが嫌やったらこの話はなしや」
   立ち上がる麗。朝花の前に立ちシャツをめくる。括れた
   腰、鍛えられて割れた美しい腹筋が現れる。
麗「ほら、立って殴ってみぃ。ボクシングジムのメディシンボ
 ールで鍛えてる自慢のシックスバックや」
    麗を見上げる朝花。
麗「今うちのこと憎らしいやろ。だったら思い切り殴ってみ
 いや」
   朝花、立ち上がる。麗の前に立つ。麗を睨む朝花。睨み
   返す麗。目を逸らす朝花。
麗「はっ、メンチ勝負でも負けるんか。とことん負け犬お嬢様
 やな。あぁ、もうお嬢様やないな。負け犬のみなし子や」
朝花「黙れぇっ!」
   朝花、殴る。硬い腹筋に驚く朝花。
麗「なんやそれ。蝿が止まったよりも感じんわ。なぁ、元
 お嬢様」
朝花「黙れぇっ!」
   もう一発殴る。
麗「全然効かへんわぁ! もっと殴ってみいやぁ!」
   朝花、殴る、殴る、殴る。泣きながら殴り続ける。
麗「効くかぁ、負け犬!」
朝花「黙れ、黙れぇっ!」
   殴り殴られする二人を見つめる裕恵。
                     (F・O)

○スーパー<マルフジ>・外景(一か月後)
   店頭に商品が雑然と置かれている庶民的なスーパー
   マーケットである。
 
○同・店内
   学校帰りに買物をしている朝花。
   レジで精算を済ませ、サッカー台で買った物を袋に
   詰めていく。台に置かれたアルバイト募集のチラシが
   目に止まる。手に取る朝花。じっと見つめる。買物袋
   にチラシを入れる。

○帰路
   買物袋を手に帰っていく朝花。前からやってくる真菜
   と智樹、直道。直道は新しい彼女を連れている。気づ
   いた朝花、横道にそれる。四人が通り過ぎるのを待っ
   て、歩き出す。

○羽山家・玄関
   家に入って行く朝花。

○同・リビング
   テレビの前でボクササイズに励んでいる麗。麗をじっ
   と見る朝花。
麗「『ただいま』は」
朝花「……ただいま」
麗「声が小さい」
朝花「……ただいま」
麗「はい、おかえり。一駅向こうの激安スーパー行ったやろな」
朝花「ちゃんと行ったよ」
麗「よっしゃ。高級スーパーなんか二度と行きなや。百グラム
 九八〇円の牛肉なんかまた買うてきてみい、返品させに行か
 せるで」
朝花「……分かってるよ」
麗「今日、同伴やから。シャワー浴びたらすぐに出るわ。サ
 サミもちゃんと買うてきてくれたやろな?」
朝花「うん」
麗「みんな冷蔵庫にきれいにしまっといてや」
朝花「うん」
   部屋を出ようとする朝花。
麗「朝花」
朝花「なに」
麗「アルバイト、探してるんやろな」
朝花「探してるよ」
麗「学校まで行って許可貰ってきたんや。ちゃんと見つけや、
 バイト先」
朝花「分かってるよ」
麗「約束やからな」
朝花「分かってるって言ってんじゃん」
   部屋を出る朝花。

○同・玄関
   ドレスアップした麗が出て来る。颯爽と歩いていく。

○同・洗面所
   洗濯機のスイッチを押す朝花。顔を洗う。鏡に映った
   自分の顔をじっと見る。

○同・キッチン
   用意された食事の前に座っている朝花。見るからにバ
   ランスの取れたおかずが並んでいる。頬をべたっとテー
   ブルにつけ。しばらくそのままでいるが、手を伸ばし
   鶏モモのソテーを一切れ摘まむ。そのまま食べる。咀
   嚼しながら顔を起こす朝花。箸を取る。
       ×       ×      ×
   食事を終えた朝花。アルバイト募集のチラシをじっと
   見つめて。

○同・朝花の部屋(夜)
   履歴書を書いている朝花。

○△△学園二年五組・教室(数日後・朝)
   中がゴミでいっぱいの朝花の机。黙ってゴミをとりの
   ぞく朝花。男子生徒がひとり後ろからそっとやってき
   てB4の紙を背中に貼りつける。朝花気づかない。笑
   っている一群のクラスメート。真菜もいる。

○同・廊下
   休憩時間。教室移動で廊下を歩いている朝花。すれ違
   う生徒たちが笑っている。不審に思う朝花。後ろから
   やってきた夕月。朝花の肩に軽く手を置き。
夕月「羽山さん」
    驚き立ち止まる朝花。夕月を見る。
夕月「じっとしてて」
   朝花の背中の貼り紙をはがす夕月。紙をグシャグシャ
   に丸めて。
夕月「見ない方がいいよ」
   夕月の手から丸めた紙を奪い取る朝花。紙には赤い
   ペンで<淫乱デス! 覚セイ剤セックス相手募集中!>
   と書かれている。
夕月「気にしないほうがいい、こんなの」
    夕月を睨みつける朝花。
朝花「ざまあみろって思ってるんでしょ」
   紙を丸め夕月にぶつける朝花。背を向け歩いて行く。

○<マルフジ>・店長室
   パイプ椅子に座り、店長の深野仁一(40)と対面
   して面接を受けている朝花。
仁一「まあ、学校の許可貰ってるんだったら問題ないんだ
 けどね。返事は三日後くらいにさせてもらうことになる
 かな」
朝花「あの」
仁一「なに?」
朝花「ダメなら、ここで断ってください」
仁一「え?」
朝花「ダメなんですよね。わたし、親が、あんなだから――」
   朝花をじっと見つめる仁一。
仁一「いや、うちとしては真面目に働いてくれさえすれば問
 題ないんだけど」
    部屋の外から演歌の歌声が聞こえてくる。
仁一「あ、社長だ」
    部屋の戸がノックもなく開く。
幸助「『仁ちゃん、今日も景気よくハゲ散らかしてる?」
仁一「……知ってます? そういう発言今の時代パワハラに
 なるんすよ」
幸助「お、面接中?」
   現れたのは社長の藤原幸助(52)
仁一「ええ」
幸助「どれ、履歴書見せて」
   幸助に朝花の履歴書を渡す仁一。幸助、目を通し始め
   て。
幸助「羽山さん」
朝花「はい」
幸助「この真野さんっていとこの人がいっしょに住んでくれ
 てるの?」
朝花「あ、はい。高校出るまで」
幸助「そっか。よし、あなた採用!」
仁一「ちょ、社長そんな急に」
幸助「いいだろうよ。どうせ採用するんだろ。三日待たせる
 のも今決めるのも一緒だよ」
仁一「まぁ、そうなんですけど……」
幸助「配属、どこにするつもり?」
仁一「惣菜が人足りてないんです。土日と、平日の夕方から
 閉店まで」
幸助「惣菜か。んじゃ夕月ちゃんといっしょになるんだな」
朝花「え?」
幸助「あれ、君夕月ちゃんと学校同じじゃんか。あ、同級生
 だわこれ。知ってる? 甲斐夕月ちゃん?」
   頷く朝花。

○同・バックヤード通路
   並んで歩く幸助と朝花。
幸助「知ってるのかな、夕月ちゃんの事情は」
   頷く朝花。
幸助「うん。施設の方針でね、入所してる子は高校生になった
 らアルバイトすることになってるんだって。優秀だよ、夕
 月ちゃん。もう何でもこなしちゃう」
朝花「甲斐さんが」
   幸助、立ち止まって。
幸助「羽山さん」
朝花「あ、はい」
幸助「社会に出たらね、生まれや育ちは関係ないよ。君がが
 んばるかどうか、それだけ。その予行演習のつもりで頑張っ
 てみな」
朝花「――はい」
幸助「夕月ちゃん見習ってね。欠勤も遅刻も早退も一回もなし。
 何より素晴らしい」
朝花「――」
幸助「はい、ついた。ここが惣菜部の作業場」
   スイングドアを開けて入る幸助、続く朝花。

○同・惣菜部作業場
幸助「うぃーす。頑張っとるかぁ」
   ラベルプリンターの前で値札を付けていたのは主任の丸
   山博志(38)。
博志「あ、社長、おはようございます」
幸助「夕月ちゃん、元気に労働してるぅ?」
   フライヤーの前で揚げものをしていた夕月。振り返る。
夕月「おはようございます――え」
   朝花を見て驚く夕月。目を伏せるようにして頭を下げ
   る朝花。
幸助「明日からここで働くことになった羽山朝花ちゃん。丸
 ちゃん、よろしく頼むな」
博志「あ、はい。よろしく。料理とか得意?」
朝花「――いえ、全然」
博志「そっか。まあ慣れるよ」
幸助「だよな。丸ちゃん最初米を洗剤つかって洗って、玉葱
 皮ごと使ったカツ丼作ったもんな」
博志「社長、それは言わない約束……」
幸助「わはは。伝説だあれは。羽山さんさ、夕月ちゃんと学
 校もクラスも同じなんだって。な」
   夕月、頷く。朝花、夕月の顔を真直ぐ見ることができ
   ない。
夕月「羽山さん」
   顔を上げる朝花。見つめあう二人。
夕月「わたしがここでバイトしてるって知ってて?」
   首を横に振る朝花。
夕月「そっか。よろしくね」
朝花「よろしく、お願いします」
   頭を下げる朝花。
夕月「そんなのいいよ」
朝花「え」
夕月「明日からいっしょにがんばろ」
   微笑む夕月をじっと見つめる朝花。

○羽山家・キッチン(深夜)
   帰宅した麗。テーブルの上においてあるメモを手に
   取っている。
麗「<バイト決まった。スーパーマルフジ惣菜部 シフト
 制平日夕方五時~八時 土日朝九時~五時 年末とボン
 は朝七時からの勤務あり 朝花>――ボン?……ああ、
 お盆か。カタカナで書くなよな」
   笑う麗。

○<マルフジ>・惣菜部作業場(翌日)
   朝花を五人のパート従業員に紹介している博志。
   拍手する夕月。頭を下げる朝花。誰もが白衣、白
   帽を着用している。
博志「じゃあ羽山さん、夕ちゃんといっしょに寿司やって
 もらおうか。夕ちゃん、頼むな。いろいろ教えてあげて」
夕月「はい。行こ。羽山さん」
朝花「あ、うん」
   奥の寿司調理エリアに入る二人。
夕月「ここが寿司部屋」
朝花「ここで作ってるんだ。工場で作ってるの売ってるんだ
 と思ってた」
夕月「(作業準備をしながら)羽山さん。巻き寿司とか作っ
 たことある?」
   首を横に振る朝花。
夕月「包丁とか握ったことは」
朝花「家庭科の時間くらい……」
夕月「うん。じゃあ今日はわたしが作った巻きや握り、パッ
 ク詰めしていこっか」
朝花「うん」
   準備を終えると手際よく巻き寿司を作り始める夕月。
   次々に何本も仕上げていく。その様を見ている朝花。
朝花「すごいね」
夕月「え。慣れだよ慣れ。羽山さんもすぐにできるようにな
 るよ」
朝花「そうかなぁ。わたし、あんまり器用じゃないから……」
夕月「大丈夫。わたしがちゃんと教えてあげる」
   夕月をじっと見る朝花。
朝花「うん」
   夕月、微笑み頷く。
夕月「よし。最初に巻いたのもう切れるかな。巻き寿司ってね、
 海苔と酢飯がなじむまで切れないの」
朝花「へぇ」
夕月「切ってみるね」
   綺麗に巻き寿司を八つ切りにする夕月。
夕月「羽山さんもやってみて」
朝花「え、できるかな……」
夕月「大丈夫だって。まず包丁をこう持って――」
   夕月に手を取って教えてもらい巻き寿司を切り始める朝
   花。
        ×       ×      ×
   握り寿司を作っている夕月。パック詰めをしている朝花。
   朝花、夕月をじっと見て。
朝花「甲斐さん」
夕月「んぅ?」
朝花「……ごめん」
夕月「何がぁ?」
朝花「貼り紙取ってくれたのに、わたし」
夕月「いいって、そんなこと――(朝花を見て)ほんと、気にし
 ちゃだめだよ、あんなの」
朝花「うん……それから、ひどいこと言って、ごめん」
夕月「えぇ、何それ?」
朝花「覚えてるんでしょ」
夕月「いいよそんなの。ねえ羽山さん、お弁当持ってきた?」
朝花「あ、うん」
夕月「お昼、休憩室でいっしょに食べてくれる?」
朝花「え、いいけど」
夕月「やった。わたし、学校じゃずっと一人でお弁当食べてる
 からさ」
朝花「……あれから、わたしも」
夕月「そっか――ペース上げるね。早く終わらせて、お昼に行
 こ」
朝花「うん。わたし、そんなふうになれるかな」
夕月「心配しなくていいって。巻き寿司ちゃんと切れたじゃん。
 主任なんてね、新入社員のとき三か月くらいグチャグチャに
 しか切れなくて、シルバー契約の七十五歳のパートさんにずっ
 と怒られまくってたってさ」
朝花「マジで」
夕月「涙ぽろぽろ零して怒られてたって。社長が言ってた」
朝花「え~」
博志「お~い夕ちゃん、聞こえてるよ~」
   笑う朝花と夕月。

○羽山家・キッチン(深夜)
   寿司のトレーが乗っているキッチンテーブルの上。
   向いあって座り、食べている朝花と帰宅後の麗。
麗「旨いわぁ。このバッテラ。これを朝花が造ったって?」
朝花「うん。押し寿司だったらできるって。甲斐さんに教
 えてもらって」
麗「そしたら、この巻き寿司と握り寿司はその子が?」
朝花「うん。甲斐さん、すごい上手。手際もいいし。あん
 なのできるようになるのかな」
麗「楽しみにしてるわ、あんたの巻き寿司食べられる日を。
 さて、いつのことになるやら」
朝花「すぐだよ。甲斐さん、そう言ってくれたし。明日から、
 教えてくれるって言ったし」
麗「ふふっ、そう。この鉄火巻きも旨いわぁ。うち鉄火巻
 きほんまに好きや。ああ熱燗飲みたぁなってきた――朝花、
 明日もバイトなんやろ」
朝花「あ、うん」
麗「生涯初の労働で疲れたやろ。もう寝や。二日目でいきな
 り遅刻は洒落にならんよ」
朝花「うん――おやすみ」
   立ち上がる朝花。
麗「朝花」
朝花「なに」
麗「ツレのことは、ちゃんと下の名前で呼んだらなアカン
 がな」
朝花「え」
麗「おやすみ。マジでポン酒飲んだろ」
    立ち上り酒の準備をする麗を見る朝花。

○<マルフジ>朝花と夕月のアルバイト風景が次々と活写される。
●巻き寿司の巻き方を夕月から教えてもらっている朝花。
●弁当の作り方を夕月から教えてもらっている朝花。
●店内、夕月の後について品出しをする朝花。
●フライヤーの前に並んで揚げものをする朝花と夕月。
●グリストラップ(排水溝掃除)をする朝花と夕月。
●デッキブラシで床掃除をする朝花と夕月。
●オムライスを盛り付ける夕月。その上にケチャップで[チャ
 ーハン]と書く朝花。二人、笑う。
●休憩室。向いあって弁当を食べる朝花と夕月。
●寿司部屋。巻き寿司を巻く朝花。次々と上手く巻いていく。
 その様子をじっと見ていた夕月。拍手をする。夕月を見て照
 れたように笑う朝花。

○△△学園・二年五組・教室(朝)
   席に着く朝花。男子生徒がひとり後ろからそっとやっ
   てきてB4の紙を背中に貼りつける。朝花気づかない。
   前回同様笑っている生徒の中に真菜がいる。

○同・廊下
   休憩時間。教室移動で廊下を歩いている朝花。すれ違
   う生徒たちが笑っている。今度は気づく朝花。後ろか
   らやって来た夕月。背中の貼り紙を取り朝花に突きだ
   す。<ヤリマンで~す。パンツはいてませ~~ん>の文
   字。
夕月「もう気づかなきゃダメだよ朝花ちゃん。二回目はやら
 れる方が悪いよ」
朝花「……」
   後ろからやって来る同級生の一群。その中に貼り紙を
   した男子生徒がいる。真菜も。脱兎の如く駆けだす夕
   月。跳びかかるように男子生徒の顎にストレートパン
   チ! 操り人形の糸が切れるように倒れる男子生徒。
   唖然となる周囲。夕月、鼻息荒く真菜を見る。睨みあ
   う夕月と真菜。真菜、目を逸らす。その様をじっと見
   ている朝花。

○同・学生食堂裏・ベンチ
   自販機横のベンチに並んで座っている朝花と夕月。夕
   月、泣いている。
夕月「……ごめん、ごめんね朝花ちゃん」
朝花「だからなんでユーヅが謝んのよぉ」
夕月「やられる方が悪いなんて……なんで、なんでわたし、
 そんなこと……」
朝花「ユーヅの言うとおりだよ。やられる方が悪いの、あん
 なの。スキがありすぎだね、わたし」
夕月「そんなこと、ないよ。絶対、違うよ」
朝花「――にしても、すごいパンチだったね」
   泣き続ける夕月。

○<マルフジ>駐車場(一週間後)
   テントが張られ、屋外販売イベントが行われている。
   そこで焼き鳥の売り子をしている朝花と夕月。幸助
   がやってくる。
幸助「は~い勤労少女隊。まじめに働いてるね~。けっこ
 うけっこう」
夕月「暑いですぅ、社長」
幸助「青春の暑さだ、それは。ほら、ちゃんと水分補給し
 ながらね」
   スポーツドリンクのペットボトルを二人に渡す幸助。
幸助「仕事は慣れた? 朝花ちゃん」
   頷く朝花。
夕月「もうバッチリです。朝花ちゃんのお寿司、すごいキ
 レイなんですよ」
朝花「ユーヅには負けるよ」
幸助「そっか、うんうん。あ、そうだ夕月ちゃん。今年の秋
 もやるんだろお芝居」
夕月「はい。もうすぐお稽古始まります」
朝花「え、何それ?」
夕月「あれ、言ってなかったっけ?」
朝花「何を?」
夕月「毎年十一月の文化の日にね、施設でお芝居するの。時
 代物の」
朝花「時代物」
幸助「大衆演劇つってね。プロじゃないけど好きな人がいる
 んだよ。夕月ちゃんは幼稚園のころから毎年出てる」
朝花「へ~え」
夕月「恥ずかしいんだけどね」
幸助「上手だよ、夕月ちゃん」
朝花「へ~え。じゃあ今年はわたしも観にいかなきゃ」
夕月「ダメだよ。朝花ちゃんには観られたくない」
朝花「なんでよ。絶対観に行く――えっ」
   近づいてくるのは麗。朝花の前まで来る。
麗「よっ」
朝花「……なんで来たのよ」
麗「なんちゅう言い草や。こちらが甲斐夕月さんか?」
   頷く朝花。
麗「初めまして。朝花といっしょに暮してる、真野麗で
 す。朝花がいつもお世話になっています」
   丁寧に頭を下げる麗。
夕月「あ、あ、あの、は、初めまして。甲斐夕月です。
 朝花ちゃんから、いつもお話は――」
麗「ふふ。どんな話しやら。ほんま、ありがとうね。あ
 んた居てへんかったら、この子どないなってたか分か
 らへんわ」
夕月「そんな――」
麗「(幸助を見て)朝花、こちらは?」
朝花「ここの社長」
麗「あらぁ、そうやったんですかぁ。申し遅れました。
 真野麗です」
   名刺を取り出し幸助に渡す麗。
幸助「あ、あ、マルフジ社長の、藤原幸助です。羽山さん
 からお話しは伺っております」
   名刺を見る幸助。<ランジェリーパブ・ジュエル/レ
   ティシア〉の文字をじっと見て。
麗「朝花から聞いてますよ。偉ぶらない優しい社長さんやって」
幸助「(顔を上げ)いやぁ」
麗「バイトの高校生にもちゃんと目をかけてあげるやなんて、
 なかなか出来ひんことや思います」
幸助「この子たちの頑張りあってのわたしです」
麗「素敵。そんなんなかなか言われへんわ。わたしも社長さ
 んみたいな人の下で働いてみたい。今度、ぜひお店に来て
 くださいね。お嫌いですか、わたしが勤めてるようなお店?」
夕月「すごい、目が潤んでる……」
朝花「――営業すんなよな」
幸助「と、と、とんでもない。あ、あの。こ、今度じゃなくっ
 て、き、今日行ってもいいですか」
麗「うわぁ、ほんまに! 嬉しいっ!――朝花、焼き鳥三十
 本ちょうだい。そうやな、適当に全種類入れてぇや。スタッ
 フや女の子に買うて帰るわ」
朝花「はいはい。毎度あり」
   焼き鳥を渡す朝花。代金を支払う麗。
麗「ほな朝花、がんばってな。夕月ちゃんもな。これからも
 朝花のこと、よろしくな」
夕月「はい」
麗「社長、じゃあ今夜お待ちしてます。入口でレティシアって、
 指名してくださいね――うち、ほんまに待ってるから。嘘つ
 きは嫌いやで」
   幸助の手を両手で握る麗。
幸助「う、う、嘘なんてっ! 絶対、行きます!」
   手を振り去っていく麗。手を振り返す幸助。
夕月「関西弁、生で初めて聞いた。ほんとかっこいい、麗さ
 ん」
朝花「――どこが。三十路前にしてなりふりかまわずなだけ
 じゃん」
   手を振り続けている幸助。

○焼き肉屋〈時次郎〉店前(数日後・夜)
   暖簾が出ている。

○同・店内
   テーブル席に座り、焼き肉を食べている朝花と夕月、
   麗と裕恵。 
麗「ええ店知ってんねんな、夕月ちゃん。肉、柔らこうてめっ
 ちゃ旨いわ」
裕恵「ほんと、たまんない」
夕月「たまに、施設の子たちと来るんです。ここの女将さん
 のおごりで」
麗「へぇ。太っ腹やなあ」
朝花「あのさ、ユーヅ。理事長さんってなんで夕月にバイト
 させてんの? 前から聞きたかったんだけどさ」
夕月「うん。成長したら、いずれここ出て社会生活送らなきゃ
 ならないんだから、その訓練ちょっとでもしておかなきゃい
 けないって。だから」
麗「へ~え、なかなかよう出来た人やなあ」
裕恵「施設の子たちとは仲良いの?」
夕月「はい。でも、同い年の子はいなくて。わたしが一番年上
 なんです。高校生はわたしだけ」
麗「ちっちゃい子の面倒とかもようみてあげてるんやろ」
夕月「え、はい。まあ、それは。一番お姉さんなんで」
麗「偉いなぁ。夕月ちゃんはほんまに偉い」
   夕月の頭を撫でてやる麗。はにかむ夕月。
麗「(朝花を見て)それに比べて……」
朝花「何よぉ」
麗「『何よぉ』じゃあらへんわ。ご飯食べた後の洗いもんくら
 いちゃんとせぇ。約束でしょうが」
朝花「今ここで言わなくたっていいじゃん、そんなこと」
麗「ほんま、いつまでお嬢さん気分やねん」
朝花「じゃあ言わせてもらいますけどね、酔っ払って玄関のと
 ころで寝るのやめてもらえる? 部屋まで運ぶの、ほんと大
 変なんだかんねっ」
麗「養ってもらってるんや、それぐらい我慢せぇ」
朝花「はっ、ヤドカリが偉そうに言わないでよ」
麗「なんやと~~」
朝花「なによぉ」
裕恵「ちょっともう二人ともやめなよ、甘噛みのケンカは。
 みっともない」
   微笑んで朝花と麗を見ていた夕月。
夕月「朝花ちゃんがうらやましい」
朝花・麗「え?」
夕月「麗さんみたいな人といっしょに暮せて」
朝花「――べつに、羨ましくなんかないよ」
麗「みてみぃ、よう分かってるわ夕月ちゃんは。ほぉんまに
 ええ子や」
夕月「麗さん、ポールダンスっていつ踊ってるの?」
麗「ん? ショータイムがあってね、その時間に踊ってるん
 よ。店休みの時は他のショーパブ行って踊ったりもしてる」
夕月「へぇ。お店で踊れるの麗さんだけ?」
麗「最初はそうやってん。けど、うちが躍ってるの見て踊り
 たいっていう女の子が三人いてな。猛特訓してみんなそこ
 そこ踊れるようになった。ま、うちのレベルには追い付い
 てないけどな」
夕月「そうなんだ」
裕恵「特別手当も出てるんだって麗さん」
夕月「麗さんのポールダンス、いつか見てみたいな」
麗「うん。いつか見せてあげるわ」
夕月「ほんと!? 絶対だよ!」
麗「うん、絶対」
   また夕月の頭を撫でる麗。
裕恵「夕月ちゃん、目がハートマークになってる」
麗「(朝花に)ほんま、あんたに夕月ちゃんの十分の一くら
 いの可愛げがあったらなァ」
朝花「知らないよ……」
   ヤケクソ気味に焼き肉をぱくつく朝花。
   女将、浅村吉乃(55)がやってくる。
吉乃「いらっしゃい、夕月ちゃん」
夕月「こんばんは女将さん」
吉乃「こちらの方たちは?」
夕月「えと、わたしの友達の羽山朝花ちゃんと……」
   立ち上がる麗。
麗「初めまして。朝花の保護者で真野麗といいます。夕月ちゃ
 んが『すごくおいしい焼き肉屋さんがあるから』って言うか
 らみんなで来させていただきました」
   麗をじっと見つめる吉乃。
吉乃「どちらにお勤め?」
麗「え――」
   見つめあう二人。やがて名刺を取り出す
   麗。その名刺を吉乃に渡して。
吉乃「レティシアちゃんか」
麗「ポールダンサーもやってます」
吉乃「どうりで。同じ匂いがしたからさ。わたしも昔浅草のロッ
 ク座で踊ってたことがあるのよ」
麗「え――」
  妖艶に微笑む吉乃。
吉乃「あなたお店でナンバーワン張ってるんじゃない?」
麗「え――ああ、先々月鼻差抜かれましたけど、先月はキッチ
 リ返り咲きました」
吉乃「でしょうね。人見る目はある方だから、わたし」
麗「お遊び気分で勤めてる女子大生なんかには負けられませ
 んよ」
   麗と吉乃、見つめあって不敵に笑みあう。 
吉乃「お安くしとくわ。おいしいところ用意させるから、いっ
 ぱい食べて帰ってね、みなさん」 
   頭を下げ、厨房に戻っていく吉乃。
麗「ロック座て――ほんまもんやん……」
   吉乃、立ち止まり振り返って。
吉乃「あ、そうだ、夕月ちゃん」
夕月「はい?」
吉乃「来週からお稽古、始めるからね」
夕月「はい。分かってます」
麗「お稽古?」
夕月「毎年文化の日に施設で――」
朝花「あ、じゃあこの人が演劇好きだっていう?」
   頷く夕月。しばらくじっと朝花の顔を見ている吉乃。
   やがて再度テーブル席に近づいていく。朝花の前まで
   来て。顔をぐっと朝花の目の前まで近付ける。
朝花「な、なんですか」
吉乃「いいわね、あなた。実にいい」
朝花「はぁ?」
吉乃「番場の忠太郎、夕月ちゃんでいくつもりだったけど、
 イメージと違うって思ってたの。でも、あなたはイメージ
 にぴったり。決めた!――そうだ! (麗を見て)『おは
 ま』はあなたよ、レティシアちゃん!」
麗「はぁ、『おはま』?」
   ひとり興奮している吉乃。

○総合福祉施設<愛綬園>外景(数日後)

○同内・レクリエーション室
   吉乃他、大衆演劇愛好者の大人が五、六名と園の理事
   長、甲斐光則(56)がいる。入所している幼稚園児、
   小中学生たちも。そこへ入って来るかわいらしい着物
   姿の夕月。子供たちが歓声をあげて寄っていく。腰を
   降ろし、幼稚園児の頭を撫でる夕月。続いて入ってく
   る艶やかな着物姿の麗。シナをつくる。大人たちの拍
   手、口笛。最後に朝花が股旅物のカツラと衣装を着け
   刀を差した渡世人の男装で。その似合いぶりにどよめ
   きが起きる。
吉乃「ね、ね、いいっていったでしょ。ピンと来たの、忠太
 郎は彼女しかいないって! やさぐれ感が抜群よ!」
朝花「やさぐれって……」
   はしゃいでいる麗。
麗「いやぁ、うちこんなきれいな着物一回着てみたかってん。
 めっちゃ嬉しい」
吉乃「レティシアちゃんもよく似合ってる。迫力あるわぁ」
麗「え~、それって褒めてんのぉ、女将ぃ」
吉乃「当然よぉ」
   朝花、ふてくされ気味。
夕月「なんかごめんね、朝花ちゃん」
朝花「……ほんとだよ」
夕月「でも、ほんとによく似会ってる」
朝花「……全然嬉しくない」
   光則、朝花と麗の前に来て。
光則「初めまして。ここの理事長、甲斐光則です。夕月がい
 つもお世話になってます」
朝花「羽山朝花です――え、甲斐って」
光則「夕月にはわたしの姓を名乗らせてるんだ」
   夕月を見る朝花。小さく頷く夕月。
光則「よく似合ってるよ。文化祭の演劇は特養の入所者の人
 もみんな楽しみにしててね。近隣の人も大勢観に来るんだ。
 期待してるよ。わたしもこのお芝居に出るんだ。よろしく
 ね」
朝花「はい。よろしくお願いします」
夕月「あの、女将さん」
吉乃「なに?」
夕月「で、どんなお芝居するんですか? まだ聞いてないん
 ですけど」
吉乃「ああ。今年はね『瞼の母』」
夕月「『瞼の母』?」
吉乃「知らないか。簡単に言うね。あのね、番場の忠太郎とい
 うヤクザ者がいるの。彼は幼いころ生き別れになった母親を
 長年探し歩いてるのね。で、忠太郎は苦労の末、やっとその
 母親に会える日が来るの。で、二人母親の家で話しをするん
 だけど、母親は今の生活を大事にすることで頭がいっぱいで、
 せっかく出会えた息子の忠太郎を『おまえなんか知らない』っ
 て追い返すっていうお話し。この主人公の忠太郎を朝花ちゃ
 んに、母親おはまをレティシアちゃん、妹のお登世を夕月ちゃ
 んにやってもらおうってわけ」
   朝花、ぼーっと立っている。その目から涙がぽろぽろぽろ
   ぽろ、零れていく。
吉乃「え?」
    朝花、泣き続ける。

○羽山家・キッチン(夜)
   向いあって座っている朝花と麗。麗、芝居の台本をテ
   ーブルに置いて。
麗「よう書けた台本やわ」
朝花「……」
麗「ホンチャンはもっと長いらしいけど」
朝花「……」
麗「女将は『なかったことにしよう』って言うてくれたけど。
 それでエエんやな」
朝花「……いいよ。そんなのできないもん。演劇なんてやった
 ことないし、あんなカツラ恥ずかしいし」
麗「そうやないんやろ。この役やるのが嫌なんやろ――――
 朝花」
朝花「何よ」
麗「あんた、頑張ってこの役やってみ」
   見つめあう朝花と麗。無言で立ち上がる朝花。部屋を
   出る。
   台本を手に取る麗。パラパラとめくって。
麗「『可愛い子があるのだもの、去り状をとりたくないのが
 本心だったが、行きがかりが妙にコジれ、とうとうあたし
 は縁が切れた――その後つづいて永い間、江戸の空の下か
 ら江洲は、あっちの方かと朝に晩に、見えもしない雲の下
 の番場の方を見て泣き暮したっけ――』(引用『瞼の母』
 以降の※も同様)

○スーパー<マルフジ>惣菜部作業場(数日後)
   デッキブラシで床を擦っている朝花と夕月。朝花、手
   を止めて。
朝花「ユーヅは嫌じゃないの、あのお芝居出るの?」
夕月「嫌って?」
朝花「いや、だから。内容が内容だし……」
夕月「ああ、そっか。でもわたし、小六の時『捨て子』の役
 やったよ。あれ、女将のオリジナルの台本だったんじゃな
 いかな」
朝花「捨て子……」
夕月「まんまだよね。最初はやっぱり嫌だったけど、お稽古
 していくうちにどうでもよくなっちゃってさ。で、本番。
 お客さんみんな大号泣。わんわん泣いてんの。気持ちよか
 ったぁ~~」
朝花「気持ちいい……」
夕月「うん。あの役やって、なんか自分の中で変わったか
 もしれない――って、それからも友達いなくてずっとハブ
 られたまんまだったんだけど」
朝花「……」
夕月「でも今は朝花ちゃんがいる」
朝花「ユーヅ……」
夕月「ははっ、言っちゃった。恥ずー。ね、早く掃除終わら
 せちゃおう」
朝花「うん」
   床掃除を再開する二人。

○<愛綬園>・レクリエーション室(翌日)
   吉乃はじめ演劇スタッフの前に立っている朝花。隣に
   は夕月。頭を下げる二人。拍手するスタッフ。スタッ
   フの一人が「ランパブのオネエチャンは?」
朝花「同伴出勤です。やる気まんまんで超ウザいです」
   笑いがおきる。

○羽山家・キッチン(夜)
   差し向かいで台本の読み合わせをしている朝花と麗。
麗「腹立つほど棒読みやな! わざとか!?」
朝花「こんなの初めてなんだから仕方ないでしょ!」

○<マルフジ>駐車場(夜)
   閉店後、稽古をしている朝花と夕月。二人を懐中電
   灯で照らしている幸助、仁一、博志。
幸助「いいよ~、朝花ちゃんすごくいい! 梶芽衣子みた
 いだよ!」
朝花「知らないし!」

○<愛綬園>講堂(夜)
   舞台上、立ち稽古をしている朝花と麗。フロアで厳
   しい目をしてその様をみている演出の吉乃。
吉乃「レティシアちゃん! 芝居がクサイ! 何度言った
 ら分かるの!」
   ぷぷっと笑う朝花。
吉乃「何を笑ってんの朝花! もっと情感こめて セリフ
 言いなさい!」
   ぷぷっと笑う麗。    
吉乃「二人とも真剣にやりなさいっ!」

○△△学園学生食堂裏のベンチ
   ベンチに座って『おはま』のセリフを読んでいる夕
   月。立って演じている朝花。
朝花「『おかみさん――当たって砕ける気持ちで、失礼な
 事をお尋ね申しとうござんす。おかみさんはもしやあッ
 しくらいの男の子を持った憶えはござんせんか。不躾と
 は重々存じながら、それが承りてえのでござんす。』(※)」
   拍手する夕月。照れくさそうに笑う朝花。

○<マルフジ>惣菜部・寿司調理エリア
   巻き寿司を作っている夕月。握り寿司を作っている
   朝花。
夕月「いよいよだね」
朝花「うん」
夕月「主演女優の羽山朝花さん、今の心境は?」
朝花「ちょっとぉ、茶化さないでよ」
夕月「ははっ、ごめんごめん。でもさ、舞台に出て、お客さ
 んの前に立つとね、頭真っ白、全部吹き飛ぶよ、ほんとに」
朝花「怒るよユーヅ。これでもマジでビビってんだから。女
 将、最後の決闘前の場面、稽古させてくれなかったし」
夕月「わたしと麗さんがはけて、朝花ちゃんが一人になると
 ころだよね」
朝花「うん。なんでだろ。セリフ口にもするなって。読んで頭
 に叩き込めって」
夕月「きっと女将なりの考えがあるんだよ。頭に入ってるん
 でしょ」
朝花「それは、まあ……」
夕月「だったら口や体が勝手に動くよ」
朝花「かなぁ……」
夕月「それに、麗さんがいるじゃん」
朝花「まぁ、そうだけど」
夕月「最強だよ麗さん。だよね?」
朝花「――うん」
夕月「好きだよね、麗さんのこと」
朝花「――うん」
夕月「卒業で家出てっちゃうのなんて、嫌だよね」
朝花「――うん」
夕月「いぇ~い。白状させちゃったぁ~」
朝花「ユーヅ、このっ!」
   顔を出す博志。
博志「あの~、お仕事してもらえます?」

○愛綬園・講堂(文化祭当日)
   満員の客席を舞台袖から見る朝花、夕月。
朝花「うわぁ、いっぱいだよ」
夕月「うん」
朝花「逃げたくなってきた」 
夕月「緊張するよね」
   後ろから麗。
麗「何を情けないこと言うてんねん、ヘタレやなぁ、ほんま」
    振り返り麗を見る二人。
夕月「麗さんは緊張しないんですか?」
麗「はっ、毎日ポール相棒に下着で踊って、男の股間熱ぅさ
 せてんねん。こんなもんで緊張するかいな」
   麗、朝花に歩み寄り、肩に手を置く。
麗「うちがついてる。心配しぃな。失敗したかて命までは取
 られへん」
   麗を見つめ頷く朝花。
   拍子木がチョーン、チョーンと鳴り始める。
麗「ほら、出番やで」
夕月「頑張って、朝花ちゃん」
   頷き舞台に出て行く朝花。
       ×       ×      ×
   幕が開く。舞台中央、渡世人姿の朝花にスポットライ
   トが当たる。客席に向かって仁義口上を述べる姿勢を
   取っている朝花。芝居が始まる。
忠太郎(朝花)「お控えなすって。お控えなすって。早速の
 お控えありがとうさんにござんす。向かいましたるお兄ぃ
 さん方、お姉ぇさん方には、お初のお目見えと心得ます。
 手前、生国は江洲坂田の郡、醒が井から南へ一里、磨針峠
 の番場宿、旅籠屋おきなが屋中兵衛が一子忠太郎、人呼ん
 で番場の忠太郎と発します。以後、宜しくお見知りおきを
 お願いいたします。さてこの忠太郎、故あって五つの年に
 母じゃ人と生きはぐれてござんす。父、中兵衛とは十二の
 年に死にはぐれてござんす。親のない子の侘しさ辛さ、荒
 む心の成れの果て、今じゃしがねえ渡世人。泣く子も黙る
 無宿稼業も因果な事と笑ってやってくださいまし。そんな
 忠太郎も本日この日、ようよう母じゃ人と会える事にあい
 なったようでござんす。皆々様におかれましては忠太郎が
 本願、無事叶いますようお守りのほど、万事万端よろしく
 お願い申し上げます」
   拍子木がチョーン、チョーン。拍手が沸き起こる。
        ×       ×      ×
   ※<以下劇中劇『瞼の母』第二場[おはまの居間]第三
   場[荒川堤(引返)]の各場面が音声オフで展開される
   (『』部は全て長谷川伸『瞼の母』からの引用〉
   ☆女中おふみ(吉乃)に世話をやかれているおはまの娘
   お登世(夕月)。お登世を微笑んで見ているおはま(麗)。
   ☆忠太郎の来訪を注進に来る板前の善三郎。居間に入っ
   てくる小間使いおせう、その後について入ってくる煮方
   子之吉、洗い方藤八.
   ☆居間に入ってくる忠太郎(朝花)。おはまの前に座る。
   ☆おはまに息子であることをうちあける忠太郎。一瞬驚
   くおはまだが、言下にそれを否定する。驚く忠太郎。
   ☆忠太郎の熱い思いも今の生活を壊したくないおはまに
   は通じない。忠太郎、泣く。
   ☆自分の気持ちが通じないと悟った忠太郎、立ち上がる。
   得物を持って廊下に忍んでいた帳場与兵衛、板前善三郎、
   洗い方藤八を見つけ啖呵を切る。
   ☆居間を出て行く忠太郎。見送るお浜。
   ☆部屋に入って来るお登世。今の渡世人が自分の兄だと
   知る。(音声ON)
お登世(夕月)「『兄さんだ兄さんだ。おッかさん、兄さんな
 ら何故帰したの、何故帰しちゃったの。』」
おはま(麗)「『か、堪忍おし。おッかさんは薄情だったんだ
 よ。生れたときから一刻だって、放れたことのないおまえば
 かりが可愛くて、三十年近くも離れていた忠太郎には、どう
 してだか情がうつらない』」
   ☆(再び音声OFF)お朝を探しに出ようとするおはま。
   泣き崩れるお登世。
第三場[荒川堤(引返)]
   ☆忠太郎を斃す段取りを話しているやくざ者素盲の金
   五郎(光則)と浮浪人鳥羽田要助(愛綬園職員)
   ☆忠太郎現れる。斬りかかる鳥羽田。打ち倒すお朝。
   ☆やってくるおはまとお登世。血刀を水溜まりで洗っ
   ている忠太郎に気づかない。
   (音声ON)
お登世(夕月)「『おッかさん』。」
おはま(麗)「『(涙声で)え。』」
お登世(夕月)「『縁がないってものは、こんなものなのか
 ねえ。』」
おはま(麗)「『あたしが、わ、悪かったからだよ。』」
忠太郎(朝花)「『(じッと聞いている。情愛よりも、反抗
 心が強くなっている)』」
お登世(夕月)「『何だかこの淋しいところにお朝兄さんが
 いるような気がしてならない。呼んでみようかしら。忠太
 郎兄さん――忠太郎兄さん。』」
おはま(麗)「『(力づいて)忠太郎。(といいかけて、何
 処にも答えがないので、見る見る力が抜ける)』」
お登世(夕月)「『だあれもいないんだわ。(とぼとぼと歩
 きだす)』」
おはま(麗)「『悄然として歩き出し、二人共に遂に去る』」
忠太郎(朝花)「『――(母子を見送る。急にくるりと反対
 の方に向い歩き出す)俺あ厭だ――厭だ――厭だ――だれ
 が会ってやるものか。(ひがみと反抗心が募り、母妹の嘆
 きが却って痛快に感じられる、しかもうしろ髪ひかれる未
 練が出る)俺は、こう上下の瞼を合せ、じいッと考えてりゃ
 あ、逢わねえ昔のおッかさんの俤(おもかげ)が――』
   セリフが止まる朝花。
忠太郎(朝花)「『逢わねえ昔のおッかさんの俤が――』」
   やはりセリフを続けられない朝花。舞台袖で夕月と麗
   がじっとその様を見ている。
夕月「朝花ちゃん――」
麗「――」
   うなだれる朝花。客席がざわめきだす。
朝花「――瞼閉じたって、眼をつぶったって、お母さんには
 逢えないよ……逢えないよ。嘘だよそんなの――なんで、
 なんで死んじゃったのよ。なんで戸田さん、お母さんに覚
 醒剤なんか飲ませたのよ。返してよ。わたしのお母さん返
 してよっ!……二人でいたんじゃないか。お父さん死んで
 から、ずっと二人でいたんじゃないか。お母さんのこと大
 好きだったよ。自慢だったよ。決めてたんだよ、大人にな
 って結婚しても、ずっと一緒に住むって。ずっと離れない
 って決めてたんだよ。それなのになんでよ。なんでなのよっ!」
   静まり返る客席。すすり泣く声も聞こえる。朝花、座り
   込んでしまう。
朝花「お母さん、ねえ、お母さん。ユーヅが友達になってくれた
 よ。麗姉がいっしょに住んでくれてるよ。でも、でも、でもさ。
 やっぱり逢いたいよ。逢いたいよぉ! お母さん! お母さ
 ぁぁん!」
   夕月の背中をそっと押す麗。舞台に出て行く夕月。朝花
   の隣に座る。夕月を見る朝花。夕月、朝花を優しく抱き
   しめる。
   チョーン、チョーンと拍子木。幕が閉まる。割れんばか
   りの拍手が沸き起こる。

○同・正門前
   来場者が帰っていく。それを並んで見送っている吉乃始め
   出演者、スタッフたち。朝花に声をかけて帰る老婦人など
   もいる。
   朝花に近づいていく光則。
光則「最後の出番、なくされちゃった」
朝花「……すみません」
光則「ははは、冗談だよ。羽山さん、挫けるんじゃないよ。また
 いつでもここに遊びにおいで」
朝花「――はい」
光則「これからも、夕月といい友達でいてやってね」
朝花「はい」
   麗と吉乃がやってくる。
麗「うちのダンスで言うたら、ブラとパンツ脱いでしもたみた
 いなもんやな」
朝花「うるさいよ」
麗「けどまあ、よかったんちゃうか。ねぇ、女将」
吉乃「そういうつもりであの場面稽古しなかったわけじゃな
 いんだけどねぇ。来年も『瞼の母』よ。忠太郎で出てもらう
 からそのつもりで」
朝花「来年も、ですか」
吉乃「当然でしょ。あんな綺麗な仁義切る演じ手、一回で放す
 もんですか。それに次はきっちり台本通り最後までやっても
 らわないと。ね、レティシアちゃん」
麗「当然」
   集合写真を取ろうとの声がかかる。正門前に集まる出
   演者、スタッフ。まん中に朝花と夕月、肩を寄せるよ
   うにして。朝花の隣に麗。夕月の隣に光則。光則、誰
   にも気づかれず巧みに夕月の尻を触っている。表情変
   えず微笑んでいる夕月。シャッターが切られる。カメ
   ラマンの「もう一枚」の声。夕月の尻を撫で続けてい
   る光則。

○<マルフジ>惣菜部作業場(数日後)
   スマホを見ている幸助。見ているのは舞台の映像。仁
   一、博志が覗きこむようにして。三人、グズグスと泣
   いている。仏頂面してフライヤーの前で揚げものをし
   ている朝花。
幸助「あ、朝花ちゃん。これ、ユーチューブにアップしても
 いいかな?」
   うんうんと頷く仁一、博志。朝花、ギッと三人を見て。
朝花「ダメに決まってるでしょっ! ていうか働いてください
 よっ! 売り出しですよ今日っ!」

○愛綬園・夕月の部屋(夜)
   闇。夕月の上に覆いかぶさり、腰を使っている光則。
   反応なくじっと天井を見上げている夕月。光則の「ハッ、
   ハッ」という荒い息遣いが響く。

○△△学園・学生食堂裏のベンチ
   並んで座り弁当を食べている朝花と夕月。二人、楽
   しそうに。

○帰路
   朝花と夕月、二人肩を並べて帰っている。
朝花「もうそろそろスマホ持てないの、ユーヅ」
夕月「う~ん、スマホかぁ」
朝花「理事長さん、そんなに厳しいの?」
夕月「そういうわけでもないけど、別になくったって不便じゃ
 ないし」
朝花「わたしが不便なのっ。今時パソコンのメール機能でやり
 とりしてる女子高生なんてどっこにもいないよ、ほんとに」
夕月「うん、分かった。今度一回頼んでみるよ――でもさ、
 どこにもいない女子高生なんてちょっとかっこよくない?」
朝花「何言ってんだか――そうだ。前から訊こうと思ってたん
 だけどさ。ユーヅって何部なの? 今更だけど」
夕月「え? あれ? わたし何部だったっけ?」
朝花「覚えてないのぉ。わたしはね、文芸部。一回も顔出して
 ないけど」
夕月「あ、わたしもそれだ」
朝花「え、マジ?」
夕月「うん。入学してすぐ一回だけ顔出したことある」
朝花「……同じ部活だったんだ」
夕月「ねぇ、今度行ってみよっか」
朝花「はぁ? 文芸部に?」
夕月「うん」
朝花「いやだよ。何かさ、俳句とか作ってんでしょ。シュミ
 じゃない」
夕月「ポエムとかも書いてるみたい」
朝花「……もっと趣味じゃない」
夕月「ね、大衆演劇の台本とか持っていくのどう?」
朝花「え。この前やった『瞼の母』みたいなやつ?」
夕月「うん。二人で書くの。でね、文化祭でやるの。あ、別
 に文化祭じゃなくてもいいじゃん。どっかの公民館とかで
 さ、お年寄りの前でやったりとかするの。いいって思わな
 い?」
朝花「……」
夕月「ダメ、かな?」
朝花「うぅん。ユーヅ。それって、すごくいい」
夕月「でしょお、朝花ちゃん!」
   盛り上がる二人。弾ける笑顔で帰っていく。

○愛綬園・女子共同風呂
   シャワーを浴びている夕月。血の滲んだ湯が排水口に
   流れていく。

○同・夕月の部屋
   包丁でメッタ刺しにされ死んでいる光則。

○羽山家・麗の部屋(夜)
   ベッドの上、風邪をひいて寝ている麗。朝花が一人前
   の鍋を持って入ってくる。座る。
   のろのろと苦し気にベッドから降りうどんすきを食べ
   始める麗。
朝花「腕、上げたでしょ」
麗「――ヒガシマルの出汁スープ使たら誰かて上手いこと作
 れるわ」
朝花「むかっつく……ほんとかわいくない」
   うどんすきを食べきってしまう麗。
麗「ごちそうさん」
   ベッドに戻る麗。枕元に置いていたスマホを操作し始
   める。
朝花「もう。今そんなのやる必要ないでしょ。早く寝なさい
 よ」
麗「うるさい。ニュースをチェックしてんのや。休んでる間
 も社会情勢を頭に入れとかなアカンの。これがお客さんと
 の会話に生きるんや。肌出してチョコンと座ってるだけで
 指名が入る思うてたら大きな間違いや」
朝花「だよね~。そういう地道な努力していかないと生き残
 れないよね~。座ってるだけで指名が入るお肌ツヤツヤプ
 リプリの女子大生バイトと違うんだしね~」
麗「……風邪治ったらシバキハンダづけじゃ」
朝花「楽しみにしてま~す」
   空の鍋を持って部屋を出ようとする朝花。
麗「朝花、ちょっと待って」
朝花「え」
麗「夕月ちゃんの入ってる施設って『愛綬園』っていうたな」
朝花「うん。愛するに何か難しい『じゅ』の字に園」
麗「じゅの字は糸編に受けるか?」
朝花「あ、そう」
麗「殺人事件があったみたいや」
朝花「えぇっ、何それ!?」
駆け寄り、麗のスマホを覗きこむ。画面をスクロールしてい
 く麗。
朝花「甲斐光則――理事長の人だ」
麗「『同園の入所者である高校二年生女子の所在が不明となっ
 ている。尚、遺体はこの女子の部屋から見つかった』――朝
 花、これって」
   スマホの画面を見つめたまま固まったようになっている
   朝花。
   スマホが鳴る。
麗「女将からや――もしもし。はい。はい。今、見ました。えっ! 
 夕月ちゃんそこにいてるん!?――うん、うん……うん。わかっ
 た。今からそちらに向かいます。はい(電話を切り)夕月ちゃ
 ん女将のところにいる。警察に自首するからついてきてほしいっ
 て来たらしいわ」
   立ち上がる麗。
麗「ほら、何してんのよ、仕度しぃ」
朝花「麗姉、風邪――」
麗「何を心配してんのよ。ほら、ツレが待ってるで、早うしん
 かいな」
    立ち上がる朝花。

○<時次郎>・店内
   暖簾のしまわれた店内。朝花と麗が入って来る。テー
   ブル席の椅子に座っている夕月。隣に吉乃。
夕月「朝花ちゃん――わたし、女将さんに連絡しないでって
 言ったんだけど。ごめんね」
   夕月の向かいに座る朝花と麗。
麗「――ほんまは、朝花にいちばん逢いたかったんやろ夕月
 ちゃん。そやから女将、連絡くれたんやで」
   少し笑み、頷く夕月。
朝花「ユーヅ、何があったの、話して」
夕月「ネットのニュースに出てるまんまだよ。わたし、あい
 つ、殺しちゃったの。布団の下に隠してた包丁でいっぱい
 刺して」
朝花「――なんで」
夕月「――うん」
   沈黙。
夕月「朝花ちゃんに嫌われちゃうけど――わたしね、あいつ
 に犯されてたの、ずっと」
   息を飲む朝花と麗。
夕月「初めては中二の時。でもそれより前からお風呂で体触
 られてたりしてたんだけどね。あいつ、いつも『気持ちい
 いか、気持ちいいか』って訊くんだけど、そんなの気持ち
 いいわけないじゃない、ねぇ」
麗「――嫌やって言えへんかったんか?」
夕月「わたしが断ったら、あいつ絶対他の子に同じ事するに
 決まってる。だからわたしね、最初のとき言ったの。こん
 なのするの、わたしだけにしてって。他の子たちには絶対
 にしないでって。あいつに約束させたの」
麗「夕月ちゃん、あんた――」
夕月「だって、わたし、いちばんお姉さんだもん――あいつ
 『パイプカットしてるから大丈夫』って。わたし、いつも
 中に出されてた」
麗「クズ野郎……」
夕月「でもあいつ最近、わたしに興味なくなってきたみたい
 で。小学生や中学生の女の子たち、いやらしい目で見はじ
 めて。分かるの。わたし、ずっとあいつに同じ目で見られ
 てたから。あいつ、絶対同じこと他の子にもする。わたし
 が卒業して、園を出て行ったりしたら絶対する。だから、
 殺したの」
朝花「――なんで」
夕月「ごめんね、朝花ちゃん」
朝花「なんで言ってくれなかったの。なんでわたしに黙って
 たの」
夕月「言えないよ、そんなの。言ったらわたし朝花ちゃんに」
朝花「嫌いになるわけないじゃないっ!」
夕月「朝花ちゃん……」
朝花「言ってよ、ユーヅ。言ってくれてたらわたし、麗姉に相
 談して、女将にも相談して、ユーヅ、もうそんなことされな
 いように、できたかも――――そんなことされないようにし
 たっ! わたし、絶対、ユーヅがそんなことされないように
 したっ!」
夕月「ごめんね、朝花ちゃん」
朝花「嫌いになんかならないよ。どうしてそんなこと言うの。
 そんなわけないじゃない。そんなわけないじゃないよ……」
   朝花、泣く。
麗「朝花、もうええ。やめとき。ツレやから言われへんことか
 てあるんや」
夕月「ありがとう朝花ちゃん。あのね、わたしすごく嬉しかっ
 たんだ、朝花ちゃんが惣菜部に初めて来た日。神様っている
 かもって初めて思った。あの夜ね、いるかもしれない神様に
 祈った。生れて初めての友達をわたしにくださいって――神
 様、いた」
   朝花、泣きつづける。
夕月「わたしね、自分の名前嫌いだった。あいつの付けた夕月
 なんて名前、大嫌いだった。でも朝花ちゃんわたしのこと
 『ユーヅ』って呼んでくれた。そしたらわたし、自分の名前
 好きになった」
   朝花、泣き続ける。麗の目からも涙が零れる。
夕月「麗さんにも出会えた。前にここで、麗さんに頭撫でても
 らったとき、嬉しかった。本当に嬉しかった」
   麗、夕月をじっと見つめ、優しく頭を撫でる。
麗「あんたは、悪ぅない。ひとっつも悪ぅない。世間がなんと
 言おうと、ここにいる三人はあんたの味方や。なあ、女将」
吉乃「そうよ。頼ってきてくれて嬉しいよ、夕月ちゃん。気づ
 いてあげられなくてごめんね」
   首を横に振る夕月。
朝花「……行かないといけないの、警察。なんとかならないの、
 麗姉、女将さん」
麗「朝花……」
朝花「だって、警察行ったら、ユーヅ捕まっちゃうんでしょ。
 刑務所とか、入れられちゃうんでしょ。嫌だよ、そんなの絶対
 嫌だよ。ダメだよそんなの……」
吉乃「お朝……」
朝花「そうだよ、ユーヅは全然悪くなんかないよ。同じ目にあっ
 たら、誰だってそんなやつ殺してるよ。悪くないのにユーヅ捕
 まえるなんておかしいよ。ねえ、麗姉、そうでしょ」
麗「朝花、我慢しい。夕月ちゃんはもう覚悟決めてる」
朝花「何を我慢するのよぉ……嫌だよぉ」
夕月「ありがとう、朝花ちゃん。でもわたし、今から女将さんと
 いっしょに警察行ってくる」
朝花「ユーヅぅ……」
夕月「あんまりいっしょにいると、みんなに迷惑がかかる――女
 将さん、お願いできますか」
吉乃「うん」
   立ち上がる夕月と吉乃。
夕月「朝花ちゃん、元気でね。朝花ちゃんに会えて、わたし本当
 に嬉しかった。麗さんも、ありがとう。麗さんのポールダンス、
 見たかったな」
   店を出ようとする夕月と吉乃。朝花、泣きじゃくって声
   にならない。
麗「待って」
   振り返る夕月と吉乃。
麗「うちのポールダンス見せたる。みんなで今から店に行くで」
夕月「麗さん――いいよ、もう」
麗「ええことない。見たいんやろ、うちのダンス」
夕月「そうだけど、わたし、早く警察行かないと――」
麗「待たせとけ、そんなもん!!」
  
○ランジェリーパブ<ジュエル>店内
   豪奢な店内。ソファに座っている朝花、夕月、吉乃。
   目の前にポールダンスのステージ。店長の上杉隼人
   (39)が現れる。
隼人「本日は、ようこそおこしいただきました。事情は麗か
 ら伺っております」
夕月「あの……」
   夕月を見て頷く隼人。
隼人「最高のショーを目に焼き付けていってね――君が、朝
 花ちゃん?」
   頷く朝花。
隼人「麗からいつも聞いてるよ。君のこと話すとき、彼女す
 ごく嬉しそうだ」
吉乃「他のお客様は?」
隼人「はい。連絡受けて、早めに閉店しました。女の子たち
 もみんな早く上ってもらったんです。だから今この店は皆
 様の貸し切り状態です」
吉乃「よろしかったの?」
隼人「惚れた女のためならそれくらいのこと」
   裏に消える隼人。
吉乃「いい男だわ――」
   照明が落ちる。スポットライトがステージに当たる。
   下着姿の麗が、ポールを手に立っている。
麗「夕月ちゃん」
夕月「はい」
麗「心こめて踊るから」
夕月「麗さん」
麗「よっしゃ! 湿っぽいのは嫌いや、派手に行くで! 
 ミュージック!」
   大音量でダンスミュージックが鳴る。踊りだす麗。回り、
   吊り下がり、足を開き、仰け反る。妖艶に、官能的に、
   ダイナミックに踊る麗。その様は生きる希望に満ちてい
   る。次々と大技を繰りだす。圧倒される朝花、夕月、吉乃。
   音楽が止む。フィニッシュポーズを決める麗。立ち上が
   り拍手をする夕月。朝花、俯いてぼろぼろ泣いている。
                         (F・O)

○××女子学園前(冒頭に戻って)
   車に寄りかかり立っている朝花。
   正門横の通用門が開く。夕月が出て来る。朝花に気づ
   かない夕月。
朝花「ユーヅ」
   夕月、振り返る。見つめあう二人。
夕月「今日って、知ってたの?」
朝花「うん。学園の人、それだけは教えてくれた」
夕月「そっか」
朝花「お国もケチくさいよね、親族以外手紙も面会も禁止な
 んてさ」
夕月「――元気だった?」
朝花「まあね。五年間、大きな病気もケガもすることなく」
夕月「免許取ったんだ」
朝花「うん。これ、隼人さんの車」
夕月「隼人さん?」
朝花「覚えてる? ランパブの店長」
夕月「ああ。麗さん、元気? 今でも踊ってるの?」
朝花「うん。店は二年前にやめてね、ポールダンス一本。教室
 開いた。けっこうはやってる」
夕月「へぇ。今も一緒に住んでるの?」
朝花「うぅん。約束どおりわたしが高校出たら出ていった。今
 は隼人さんと同棲中」
夕月「そうなんだ。会ってるの?」
朝花「たまにね。今からユーヅ連れて<時次郎>にこいって」
夕月「朝花ちゃん就職は?」
朝花「専門出て、バイト先にそのまま正社員で雇われました
 とさ。社長のラブコールに負けちゃったよ。惣菜だけじゃ
 なくなんでもやらされてる。人使い粗いったら、あの社長っ
 てば」
夕月「――そっか」
朝花「けどさ、なんかダサいよね。バイト先にそのまま就職
 なんて」
夕月「そんなことないよ」
朝花「で、その社長から伝言。採用面接したいから、その気
 があったら店に来るように、だって」
夕月「――それって、朝花ちゃんが」
朝花「違うよ。社長も店長も主任も、最初からそのつもり
 だったよ」
夕月「――うん」
   朝花、手にしたバッグから原稿の入ったクリアファ
   イルを取り出し、夕月に見せる。
朝花「ほら」
夕月「え」
朝花「大衆演劇の台本。いつか言ってたでしょ。二人で書
 こうって」
   夕月、原稿を手に取りパラパラとめくっていく。
朝花「すごい、これ朝花ちゃんが書いたんだ」
夕月「女将にも手伝ってもらいながらね。読んで意見聞かせ
 てよ。二人で書き直ししようよ」
夕月「うん――どんな話しなの」
朝花「女渡世人二人が、超極悪な女親分をやっつけるってい
 うお話」
夕月「女渡世人二人」
朝花「もちろんユーヅとわたし。あれからずっと男役やらさ
 れてもううんざり。何回被ってもあのヅラは恥ずかしいよ」
夕月「女親分って?」
朝花「麗姉に決まってるでしょ。ラスボス感半端ないし」
夕月「麗さん、いいって?」
朝花「すごく嫌がったけど、ユーヅの復帰舞台だよって言った
 らうんって言った。ははっ」
夕月「――朝花ちゃん」
朝花「あ、言い忘れてたけど、社長だけじゃないよ。女将は
 <時次郎>手伝ってほしいって言ってるし、麗姉はポールダ
 ンス教室の事務仕事してほしいって言ってる。オファー来
 まくりだよユーヅ」
   夕月、泣きだす。ぼろぼろと涙を流す。
夕月「朝花ちゃん――なんで、なんで来てくれたの。わたし、
 わたしのことなんて、だれも。五年も経ったら、朝花ちゃ
 んも、麗さんも、わたしのことなんか――」
朝花「変わってないなぁ、ユーヅは。あのさ、五年が十年だ
 ろうが二十年だろうが、迎えにきたよ、わたし」
   夕月、泣き続ける。
   朝花、ぐっと涙をこらえ、腰を落とし仁義を切る格好
   をする。
朝花「永のおつとめ、ごくろうさんにござんす。ご出所、お
 めでとうさんでござんす。手前、今日この日を心待ちにし
 ておりました。夕月さんにおかれましては、手前朝花とこ
 れまで同様のおつきあいのほど、万事万端、よろしくお願
 い申し上げます――ハハっ、こんな感じでどう?」
夕月「朝花ちゃぁんぅ……」
   歩み寄り、夕月を強く抱きしめる朝花。その目から涙
   が一粒零れる。
朝花「あのさ、麗姉出て行ってから、一人で暮すには広すぎ
 るんだよね、あの家」
夕月「朝花ちゃぁん……」
朝花「舞台だったらさぁ、拍子木が鳴って、幕が引かれて、
 ここで終わりだけど、現実はそうはいかないもんねぇ」
夕月「朝花ちゃぁん……」
   朝花、夕月を抱きしめるのをやめ、肩に両手を置く。
朝花「さ、まずはおいしいお肉を食べにいきましょう。麗
 姉によると世の中で一番のアホはご飯食べない人らしい
 から」
夕月「……やっぱ麗さん、最強だ」
朝花「うん、悔しいけど」
   二人笑う。
   助手席のドアを開ける朝花。うやうやしく夕月を
   席に促す。乗車する夕月。ドアを閉め、自分も乗車
   する朝花。
   エンジンがかかり、発進する車。遠ざかり、消える
   車。エンディングテーマが流れ、キャスト、スタッ
   フがせりあがってくる。
                           (了)

この脚本を購入・交渉したいなら
buyするには会員登録・ログインが必要です。
※ ライターにメールを送ります。
※ buyしても購入確定ではありません。
本棚のご利用には ログイン が必要です。

コメント

  • まだコメントが投稿されていません。
コメントを投稿するには会員登録・ログインが必要です。