#12 私のおにぎり仮面 ドラマ

離婚した父と娘の面会日 無言で釣り糸を垂れる2人の絆は再び結ばれるのか
竹田行人 9 0 0 04/03
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第一稿

「私のおにぎり仮面」


登場人物
青田杏(17)高校生   
稲森浩輔(49)杏の父
葛原明(24)タクシー運転手
一宮悠(28)稲森の後輩


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「私のおにぎり仮面」


登場人物
青田杏(17)高校生   
稲森浩輔(49)杏の父
葛原明(24)タクシー運転手
一宮悠(28)稲森の後輩


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○神田パーキングエリア(早朝)
   雪が積もっている。
   白いカローラ、止まっている。
   稲森浩輔(49)、缶ジュースを三つ持って助手席のドアをノックする。

○同・車内(早朝)
   青田杏(17)、後部座席でスマートフォンをいじっている。
   葛原明(24)、運転席に座っている。
   稲森、車に乗り込んで缶ジュースを一つ葛原に渡す。
葛原「すみません稲森さん」
稲森「いや」
   稲森、杏に残りの缶ジュースを見せる。
稲森「どっちがいい?」
   杏、スマートフォンをいじっている。
葛原「杏ちゃん」
杏「はい?」
葛原「どっちがいい? ってお父さんが」
杏「いりません」
稲森「そうか」
葛原「あの、ここまで来ておいてなんですけど、オレ一緒でいいんですか?」
稲森「ああ、気にしなくていい」
杏「ごめんなさい葛原さん。でも二人だと間が持たないから」
稲森「行こう」
葛原「はい」
   葛原、カローラを発進させる。
   苦笑いする葛原。
杏「葛原さん。なにかおかしいですか?」
葛原「すごい洞察力。さすが親子。杏ちゃんも刑事になれるんじゃないですか?」
杏「冗談でもやめてください。家庭より仕事を取って離婚なんて、人として最低なんで」
葛原「それは」
杏「違うんですか」
稲森「杏。高二なら、そろそろ進路を決める時期なんじゃないのか」
杏「ええ。よく相談して決めようと思っています。母と2人で」
   車内にウィンカーの音が響く。
葛原「ラジオでも、付けましょうか」
   葛原、カーラジオを付ける。
   「おにぎり仮面のマーチ」が流れる。
葛原「あ。おにぎり仮面」
稲森「杏はこの曲が好きでね」
葛原「へぇ。そうなんですか」
稲森「大きくなったらお父さんかおにぎり仮面と結婚するって言ったりして」
杏「そういう昔話やめてくれませんか。いらいらするんで」
   車内には「おにぎり仮面のマーチ」が流れている。

○駐車場(早朝)
   「ようこそ余呉湖へ」の看板。
   カローラ、入ってくる。
   一宮悠(28)、カローラに手を振る。
悠「稲森警部補! 長旅ご苦労様です!」
   杏と稲森と葛原、車から降りてくる。
杏「さむっ。しぬっ」
   稲森、自分の上着を脱いで杏に掛けようとする。
   杏、葛原に駆け寄る。
杏「葛原さん。上着貸してください」
葛原「えー。やだ。寒いし」
悠「あの。自分は。滋賀県警生活安全部地域課。一宮悠巡査であります!」
稲森「辞めましょう。お互い非番ですから」
悠「あ。はい。すみません」
葛原「お久しぶりです」
悠「あ。情報屋の。え。と」
葛原「葛原です」
悠「ああ。その節はどうも。こちらが稲森警部補のお嬢さん」
杏「青田。杏です」
悠「あおた」
   葛原、悠の腕を取って離れる。
葛原「稲森さんは離婚してて、今日は久しぶりの面会の日なんです」
悠「なるほど」
葛原「ちなみに親子関係は最悪です」
   悠、稲森と杏を振り返る。

○余呉湖(朝)
   湖面は凍結している。
   杏と悠、湖面に空いた穴で釣りをしている。
   稲森と葛原、離れたところで同じように釣りをしている。
悠「これ。穴釣りっていって、余呉湖の冬の風物詩なんです。ポイントは、穴を開ける場所なんです」
   杏、釣り糸を眺めている。
悠「どこに開けるかで成果が全然違ってくるんですよ。そこにセンスや経験、実力が問われるわけです」
   杏、釣り糸を眺めている。
悠「稲森警部補は私の理想の刑事です」
   杏、釣り糸を眺めている。
悠「事件のどこに穴を開ければ成果が得られるか、熟知しておられますから」
   杏、釣り糸を眺めている。
悠「そして真実を明らかにすることの意義と責任。その重さを、私は稲森警部補から教わりました」
杏「あの人が刑事としてどれだけ優秀でも、私にとって最低の父親であることには変わりありません」
悠「あの人って」
杏「悠さん」
悠「はい」
杏「エサ。とっくに食べられてますよ」
悠「え?」
   悠、釣竿を上げる。
   針だけになった釣り糸。
     ×  ×  ×
   稲森と葛原、釣り糸を垂れている。
葛原「小山田。外交大臣になりましたね」
稲森「情報屋というのは、そんなことまで知っているものですか」
葛原「雇い主の弱みも握っておかないと。不安なんで。それに好奇心もあって」
稲森「好奇心」
葛原「ノンキャリアでありながら若くして本庁の捜査一課に抜擢された敏腕刑事が、なぜ今は府中署の、ヒラの刑事なのか」
稲森「そうですか」
葛原「杏ちゃん、知らないみたいですね」
稲森「知っても意味がありませんから」
   葛原、稲森に目をやる。
葛原「お! 来た! ハルカさん!」
   悠、駆け寄ってくる。
葛原「チェンジ!」
悠「え」
   葛原、竿を悠に預け、杏の方へ向かう。
   悠、竿を受け取り、右往左往する。
   稲森、悠に手を貸す。
     ×  ×  ×
   杏、釣り糸を眺めている。
   葛原、杏に歩み寄る。
葛原「どうですか? おにぎり仮面夫人」
   葛原、杏の向かいに座る。
葛原「遠い昔、はるか彼方の銀河系で、正義に燃える新聞記者がおったそうな」
杏「はい?」
葛原「彼は、大物政治家の汚職と、反社会的組織との繋がりを掴んだけれど、逆に襲われ、大けがを負った」
杏「なんの話ですか?」
葛原「その事件を担当した警視庁捜査一課の敏腕刑事は、事件を穏便に済ませようとした上層部の怒りを買い、左遷された」
   杏と葛原、目を見合わせる。
葛原「それでも事件を追い続けたその刑事は、核心に近付き過ぎて、今度はその政治家と、反社会的組織からも睨まれた」
   杏と葛原、目を見合わせる。
葛原「家族に危険が及ぶと思ったその刑事は離婚し、奥さんと娘さんを遠ざけた」
   葛原、杏を見つめる。
葛原「大切なその二人を、守るために」
杏「守る、ために」
葛原「その刑事は集めた証拠をその新聞記者に渡し、事件は公になった。その政治家は記者会見で頭を下げたよ」
杏「捕まったんだ」
葛原「すべて秘書のやったこととはいえ、私の不徳の致すところですってね。その秘書は会見の最中にホテルで首を吊った」
杏「最低」
   葛原、杏を見る。
葛原「おにぎり仮面について、原作者のかわしまじろうはこう言っている」
杏「はい?」
葛原「正義なんて実はとてもぶかっこうで、そのくせ自分も深く傷を負うような、そんなめんどうなものなんじゃないかなぁ」
杏「正義は、ぶかっこう」
葛原「温かいものでも食べに行きますか。杏ちゃん二人呼んできて。車回すから」
杏「はい」
   杏、稲森と悠の方に向かう。
     ×  ×  ×
   稲森と悠、釣り糸を垂れている。
   杏、駆け寄ってくる。
杏「葛原さんが温かいもの奢ってくれるって。行きましょ。悠さんと。お父さん」
   稲森、釣り糸を垂れている。
悠「そうですね。行きましょう」
   杏と悠、歩き出す。
悠「あれ? 稲森警部補は?」
   杏、振り返ろうとする悠を引っ張る。
杏「ほっときましょ。あの中年おにぎり仮面。顔が濡れて力が出ないみたいなんで」
悠「おにぎり仮面」
杏「いえ。こっちの話です」
   杏、歩いていく。

〈おわり〉

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