推しに願いを ミステリー

熱狂的な隠れアイドルオタクの刑事、秋葉万世(29)。非番を利用し、地下アイドル佐倉オーカ(17)のメジャーデビュー直前ライブにやってきた彼女が目撃したのは、オーカの謎の転落死だった……! 2019年テレビ朝日シナリオ大賞応募作品。
御子柴 志恭 30 1 0 04/01
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第一稿

<登場人物>
秋葉万世(あきば・まよ)(29) アイドルオタクの刑事。                                
佐倉オーカ(さくら-)(14)(17)  ...続きを読む
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<登場人物>
秋葉万世(あきば・まよ)(29) アイドルオタクの刑事。                                
佐倉オーカ(さくら-)(14)(17) アイドル。本名は「足立花(あだち・はな)」
末広信司(すえひろ・しんじ)(25) 刑事。万世の後輩
神田耕助(かんだ・こうすけ)(27) 万世のオタク仲間
泉昌平(いずみ・しょうへい)(42) 万世のオタク仲間。アイドルカフェ『ルドイア』オーナー
岩本玄(いわもと・げん)(50) 捜査一係係長。万世と末広の上司
足立明里(あだち・あかり)(47) オーカの母
佐久間仁(さくま・ひとし)(39) オーカの中学時代の担任教師
湯島天太(ゆしま・てんた)(55) オーカの所属事務所『イエローソーブ』社長
松永要子(まつなが・ようこ)(31) オーカのマネージャー
ライブスタッフ


<本編>
〇ライブハウス・外観
小規模なライブハウス。
大きなカバンを持ち、ブラウスの上から派手な羽織を着た秋葉万世(29)、息を切らしつつ、入口に駆け込んでいく。

〇同・室内
『オーカちゃんメジャーデビューおめでとう』と書かれた、横断幕が飾られている。
ステージにはスクリーンが設置されており、雑居ビルの屋上にいる佐倉オーカ(17)が映っている。
室内は立っている観客で混雑していて  騒がしく、その中に神田耕助(27)と泉昌平(42)がいる。
万世、観客をかき分けて、神田と泉の前に現れる。
万世「耕助、泉さん!」
泉「万世ちゃーん、遅いじゃない。今日は非番なんでしょ?」
万世「夜勤の残務処理があったの。今どんなところですか?」
カバンを置く万世。
神田「一曲目が終わって、これからコメントタイム。デカ姐の好きな『恋の激辛マスカルポーネ』は、まだ歌ってないよ」
万世「だから! その名前で呼ぶなって、いつも言ってるでしょ!」
神田「あはは、ごめんごめん……」
万世「しっかし、わざわざライブハウスでライブビューイングイベントだなんて、珍しいよね」
神田「オーカちゃんの希望でこうなったらしいよ。何かサプライズでもあるのかな?」
万世と神田の肩を叩く泉。
泉「それより2人とも、オーカちゃんのコメントタイム、始まるわよ」
スクリーンに注目する、万世・神田・泉。

〇雑居ビル・屋上
カメラやスピーカーが設置された、背の低い柵のある屋上。オーカが立っており、少し離れてライブスタッフが待機している。
オーカ、柵の近くに移動する。
カメラを見つめるオーカ。
オーカ「皆さーん、盛り上がってますか~!?」

〇ライブハウス・室内
スクリーンのオーカを見て、どよめく観客たち。
オーカ「皆さんがご存知の通り、私、とうとうメジャーデビューすることになりました!」
再びどよめく観客たち。
オーカ「ここまで来ることができたのも、皆さんの応援のおかげです。だから、言わせてください」
悲し気な顔をするオーカ。
目を見開く万世。
オーカ「ありがとう、って」

〇雑居ビル・屋上
オーカ、背後の柵に手をかけ、背中から落ちる。
ライブスタッフ「オーカちゃん!」
下から響く、小さく鈍い音!
ライブスタッフ、柵の方に駆け寄る。
下をのぞき込む。

〇ライブハウス・室内
観客の、悲鳴や泣き叫ぶ声が響き渡っている。
神田「オーカちゃんが、オーカちゃんが……」
泣き崩れる神田。
泉「ちょ、ちょっと、今のは何なの? 演出じゃないわよね……」
万世「(声を震わせて)あれは演出じゃない……落っこちたんだ……!」
泉「あの高さからじゃあ、オーカちゃんは……」
万世、置いていたカバンを開ける。
中に入っている、スーツの上着を取り出す。
万世を見る泉。
泉「ま、万世ちゃん?」
羽織を脱ぎ、スーツを着る万世。
万世「目の前でオーカちゃんが転落死した。事件か事故かはわからないけど、どっちにせよここからは……」
万世、スーツから警察手帳を取り出す。
万世「警察の仕事」
泉「そ、そうね……」
警察手帳をしまう万世。
万世「とにかく私は、現場に向かうわ。耕助のこと、お願いします」
万世、泣きじゃくってうずくまる耕助を見る。
万世「立ち直るのに、時間がかかりそうだから……」
泉「わかったわ。万世ちゃん、がんばってね」

〇雑居ビル・地上のオーカの転落現場
規制線が張られ、末広信司(25)を含む刑事や捜査員たちが現場検証をしている。オーカの死体にはブルーシートがかけられている。
万世、規制線を越えて現場に入る。
背後から末広に近づく。
万世「末広、どんな感じだ?」
振り向く末広。
末広「先輩! 今日、非番だったんじゃないですか?」
万世「ああ。でも、この近くを通ってね」
末広「あれっ? 昨日、『明日は一日家でゆっくり過ごす』って、言ってませんでしたっけ?」
万世「えっ? ……まあ、気が変わったのさ」
末広「はあ」
万世、ブルーシートに近づく。
ついていく末広―。
しゃがむ万世。
ブルーシートの中をのぞき込む。
万世「うわっ、これは……」
末広「死亡したのは佐倉オーカ、本名は足立花、17歳。アイドル活動をしてるらしく、今回はその最中に起きた事件ですね」
ブルーシートを閉じる万世。
万世「ああ。今日は彼女の、地下アイドルとしての最後のライブだったんだ」
末広「えっ? 先輩、やけにこの人のこと詳しいんですね」
万世「(ばつが悪そうに)いや、街のポスターを見たのよ。アイドルなんか……興味ないよ」
末広「ハハハ、そうですよね」
勢いよく立ち上がる万世。
万世「ところで、捜査の方針は?」
末広「念のため、自殺と事故の両面で捜査を進めています」
万世「自殺か、事故か……」
末広「それにしても、ライブ中にそのアイドルが死んじゃうなんて、ファンは悲しいでしょうねぇ」
万世「(小声で)ああ、とても悲しい」
万世の顔を見る末広。
末広「先輩? 何か言いましたか?」
万世「(咳払いして)いや、何も」
末広「そ、そうですか」
万世「ライブスタッフ含めて、これから事情聴取だな」

〇武銭(むせん)警察署・外観
門に『武銭警察署』の看板。

〇同・廊下
扉の上に、『捜査一係』のプレート。

〇同・捜査一係
事務机が置かれた部屋。刑事たち数名がおり、係長席には岩本玄(50)が座っている。
室内に入ってくる万世と末広。
万世「ただいま戻りました」
岩本「お疲れ様。」
万世と末広、岩本の席に近づく。
岩本「どうだ、足立花の転落死事件の捜査は?」
万世「ライブスタッフや、当時ライブビューイングで見ていた観客に話を訊きました」
末広「転落時の状況、目撃証言から考えると、事故よりも自殺の可能性の方が高いと思われます」
岩本「自分のライブ中に、か?」
万世「ええ」
末広「自分が死ぬのを皆に見てほしかったんでしょうね、きっと」
万世、末広の方を向く。
万世「なんでそう言い切れる?」
末広「カメラ越しに、大勢の観客が彼女を見ていたんですよ。このタイミングで自殺するなんて、そうとしか考えられないですよ」
万世「じゃあ、動機は何なんだ? わざわざ観客に見られて死のうとするなんて、よっぽどだぞ」
末広「それは……」
うつむく末広。
岩本「彼女の周辺を洗ってくれ。もしこれが自殺なら、おのずと動機は見えてくるはずだ」
万世「わかりました」
扉の方へ向かう万世。
ついてこない末広。
万世「おい末広、どうした?」
末広「先輩、さっき戻って来たばかりですよ。ちょっと休んでからにしましょうよ」
万世「ダメだ。ほら、聞き込み行くよ」
部屋から出ていく万世。
末広、ため息をつき、万世についていく。

〇マンション
一般的な中層マンション。
マンションを見上げる万世と末広。
万世「まずは、足立さんの家族に話を訊こう」
末広「なんか、普通のマンションですね」
万世「そうだな」
末広「アイドルって、もっと華やかなところに住んでるのかと思ってましたよ」
万世「皆が皆、そうとは限らないさ」
万世と末広、マンションに入っていく。

〇同・足立家・リビング
ダイニングテーブルのあるリビング。壁には佐倉オーカ(14)と男性が写った写真がかかっている。
足立明里(47)を先頭に、リビングに入る万世と末広。
万世「すみません。娘さんが亡くなったばかりだというのに」
明里「いえいえ、こちらも娘が……花がご迷惑おかけして申し訳ありません」
ダイニングテーブルにつく万世たち。
明里「それで、花が死んだ原因は分かったんですか?」
万世「今は、まだ……」
末広「現時点では、事故かもしくは……自分から飛び降りたかのどちらかだと思われます」
万世、静かに末広の膝を叩く。
明里「あれは事故じゃなくて自殺だ。そういうことですか?」
万世「……あくまでも、可能性の話です」
明里「自殺なんて、そんな……あの子に限って……」
万世「そこでお伺いしたいのですが、花さんが何か悩んでいただとか、そういったことはありませんでしたか?」
明里「いえ、何も……」
末広「些細なことでもいいんです。何かあれば……」
明里「本当に、思い当たる節がないんです。花はもともと、本心をあまり打ち明けない子でしたが、特に変わった様子は……」
涙ぐむ明里。
明里「ここ最近は、念願のメジャーデビューが決まって、アイドル活動も軌道に乗り始めたところだったんです。それなのに、どうして自殺なんかするんです?」
万世「……」
末広「ちなみに、花さんがアイドルを始めたきっかけって、何だったんですか?」
明里「あれは花が言い始めたことなんです。私と夫は反対しましたが、花がどうしてもと、言い張ったものですから……」
末広「自分から、ですか……」
うなずく明里―。
立ち上がる万世と末広。
万世「お話は以上になります。すみません、ありがとうございました」
リビングを出ようとする万世と末広。
万世、壁にかかった写真を視認する。
近づいてまじまじと見る。
明里「それは、花が中学2年生の時に撮った写真です」
万世「(明里の方を振り返って)隣に写ってるのは、お父さんですか?」
明里「いえ、当時の担任の佐久間先生です。花は、先生を慕っていましたので……」
万世「ああ……」
写真の男性―佐久間仁(39)を見つめる万世。

〇路地(夕方)
万世と末広が、並んで歩いている。
末広「先輩、わかりましたよ僕」
万世「何が?」
末広「足立花が自殺した原因ですよ」
末広の方を向く万世。
万世「本当か!?」
末広「ええ。それはズバリ……」
万世を指さす末広。
末広「彼女が所属している、芸能事務所です」
万世「(大声で)はあ? なんでだ?」
末広「先ほどの聴取で、足立花の家庭に自殺の原因は無かったと思われます」
万世「それで?」
末広「ということは、次に考えられるのは、彼女のアイドル活動です」
万世「そうかもね」
末広「となると、彼女が所属していた芸能事務所が怪しい。だからそこに原因があると思うんです」
万世「いや、それは考えが飛びすぎなんじゃないか?」
得意げな顔をする末広。
末広「僕、以前本で読んだことがあるんですよ。芸能事務所の中には、所属アイドルに理不尽なことを強要してるところもあるって。足立花もきっとそれを苦に……」
万世「(ため息をついて)週刊誌か何かに影響されすぎだろ……」
末広「とにかく、今度は彼女の所属事務所に行ってみましょうよ」
張り切る末広。
万世「まあ、事務所の人だって関係者だしな」

〇雑居ビル(夕方)
ビルに掲げられたテナント看板の中に、『芸能事務所イエローソーブ』のプレート。

〇イエローソーブ・応接室(夕方)
ソファーとテーブルが置かれた部屋。万世と末広が座っている。
湯島天太(55)と松永要子(31)が入ってくる。
立ち上がる万世と末広。
万世「お忙しい時にすみません」
湯島「社長の湯島です」
松永「オーカのマネージャーの、松永です」
湯島と松永、会釈する。
座る湯島と松永。
湯島「申し訳ないが、手短にお願いしますよ。マスコミ対応もあるんでね」
万世と末広も座る。
末広「では、お伺いします。所属アイドルの足立花さんの死ですが、これは彼女が自ら飛び降りたと可能性があります」
松永「ということは……自殺?」
万世「あくまでも、可能性の一つですが」
末広「そこでお伺いしたいのですが、花さんは何かこの事務所で、トラブルを抱えていたようなことはありませんか?」
湯島、顔をしかめる。
湯島「どうして、そんなこと訊くんです?」
末広「もし自殺ならば、何か動機があるはずですから……」
松永「まさか、警察は私たちの事務所を疑っているんですか?」
万世「いえ、そういうわけでは……」
湯島「失敬な!」
驚く万世と末広。
湯島「確かに花、オーカには、最近忙しくさせてしまっていました。ですがそれは、彼女のメジャーデビューによるものです」
万世・末広「……」
湯島「彼女も、我々のため自分のため、ひたむきに頑張ってくれていました」
頷く松永。
湯島「しかし、それ以外で何かトラブルやトラウマを抱えるようなことは、何もないはずです」
末広「でも、待遇面でのトラブルとか……」
湯島「うちは所属俳優たちのギャラの計算や管理はしっかりやっています!」
末広「!」
湯島「いきなりやってきた警察に、そんなこと疑われる筋合いはありません!」
姿勢を戻す湯島。
湯島「すみません、これから記者会見等もあるので、失礼します」
湯島、立ち上がって部屋から出ていく。
湯島「後は頼んだよ、松永君」
万世と末広、会釈する。
松永「申し訳ございません。湯島は今回の件で対応に追われていて、気が立ってるんです」
万世「お察しします」
松永「さっきのお話ですが、湯島が申しあげていた通り、オーカが事務所内でトラブルを抱えていたということはなかったと思います」
万世「悩みを抱えていたとか、そういったことは?」
松永「普段からオーカを間近で見てきましたが、そんな様子はありませんでしたね」
万世「そうですか……」
ため息をつく松永。
松永「2カ月半くらい前にメジャーデビューも決まり、我々としても全面的に応援して、彼女にはかなり期待を寄せていたんですが……」
末広「というと?」
松永「うちは小さい事務所で、所属俳優やアイドルも頑張ってくれているんですが、なかなか……。そんな中で、彼女は出世頭だったんです」
末広「なるほど。そりゃあ事務所としても、力を入れるわけですね」
松永「マネージャーである私はもちろん、湯島自身もオーカのことをかなり気にかけていました。とても自殺するようには……」
万世「……(考え込む)」

〇市街地・路上(夜)
並んで歩く万世と末広。
末広は手帳を開いている。
末広「(手帳を見ながら)足立さんの話でも、所属事務所の話でも、足立花が自殺するような雰囲気はありませんでしたね」
万世「それどころか、むしろ彼女のいた環境はかなり恵まれている感じだ」
末広「家族関係は普通、仕事は上々。こんな状況で、本当に自殺なんかするんですかね?」
万世「でも、現場検証では自殺の可能性もあると出た。もし本当に自殺なら、何か動機があるはずだ」
末広「でも、動機になりそうな理由は見当たりませんよ」
万世「それは……」
黙り込む万世―。
万世「(腕時計を見ながら)もうこんな時間だ。捜査を続けたいが、続きは明日にして、今日は署に戻ろう」
末広「そうですね。資料もまとめないと……」

〇武銭警察署・捜査一係(夜)
部屋にいるのは、万世と末広だけ。
万世の机の上には、捜査資料が積みあがっている。
末広は帰り支度をしており、万世は腕を組んで考えている。
末広「あれ? 先輩、今日は当直でしたっけ?」
万世「いや。もうちょっとしたら帰るよ」
末広「そうですか。じゃあ、お先に失礼します」
万世「お疲れ様」
部屋から出ていく末広、見送る万世。
万世「さて……」
万世、資料の山から書類を手に取る。
万世「オーカちゃんはやっぱり自殺の可能性が高い。だとしたら、その理由は……?」
頬杖を突き、考え込む万世。

〇同・外観(朝)
朝日を受ける警察署の建物。

〇同・捜査一係(朝)
刑事たちが続々と出勤してきている。
万世、机に突っ伏して眠っている。
末広、万世をゆする。
末広「先輩? 起きてくださいよ先輩!」
目を開く万世。
万世「末広? さっき帰ったんじゃ?」
末広「何言ってるんですか。もう朝ですよ、朝!」
万世「えっ!?」
勢いよく、姿勢を戻す万世。
万世「寝ちゃってたか……」
末広「先輩、それより見てくださいよこれ」
末広、スマホを取り出して操作する。
画面を万世に見せる。
スマホ画面には『不可解なアイドルの死、死因はやはり自殺か』というタイトルのウェブニュースが表示されている。
万世「何だこれ。もうここまでニュースになってるのか?」
末広「マスコミもこの件について、あれこれ探っているみたいです」
万世「(小声で)活動してた頃は、全然取り上げなかったくせに……」
末広「え?」
万世「と、とにかく、こりゃ厄介だな」
岩本、部屋に入ってくる。
岩本「皆、おはよう」
一同「おはようございます」
自席につく岩本。
岩本「秋葉君、末広君、ちょっと来てくれ」
万世と末広、岩本の席に向かう。
末広「何か?」
岩本「足立花の転落死の件だが、鑑識からの追加報告が来た」
末広「本当ですか?」
岩本「彼女が自ら飛び降りたことは、ほぼ間違いない」
万世「やはり、自殺ですか……」
視線を落とす万世。
末広「でも昨日の聞き込みした限りだと、とても自殺するような状況じゃありませんよ」
岩本「動機が不明か」
万世「もし自殺なら、遺書か何かあるものじゃないんですか?」
岩本「現場や彼女の家からも、そういう類のものは一切出てこなかった」
万世「遺書がなかったら、自殺じゃない可能性も……」
末広「先輩。最近だと、遺書が無い自殺も珍しくないじゃないですか。ほら、縁切り死ってやつとか」
岩本「それに、もともと自殺者が遺書を遺すこと自体少ないんだ。君もよく知ってるだろう?」
万世「そうですけど……」
ため息をつく岩本。
岩本「とはいえ、遺書などで動機が分からなければ、自殺とは断定できない。そうなると、この件は不審死扱いになるかもな」
万世「不審死?」
机に手をつき、身を乗り出す万世。
万世「自殺の可能性が高いのに、不審死扱いにするんですか?」
岩本「あくまでも、かもしれないって話だよ」
万世「ライブスタッフなどの目撃者もいるんですよ? そんな無茶苦茶な!」
岩本「じゃあ、逆に足立花が自殺だという、確かな証拠はあるのかね?」
万世「それは……」
うつむく万世。
岩本「捜査しなきゃいけない事件はたくさんあるんだ。今回のような件に、あまり時間は割いてられないぞ」
万世「それは納得できません!」
机をたたく万世。
末広「ちょっと、先輩!?」
万世「一人の人間が、自殺したかもしれないんですよ! それをうやむやにして『はい解決です』って、そんなこと……」
岩本「うやむやにするとは言ってないだろう。
万世「しかし!」
岩本「動機が分からん以上、正式に自殺だったと発表するのも難しいぞ」
万世「……」
岩本「とにかく、秋葉君も末広君も、他の事件の捜査に協力し始めてくれ。足立花の事件は、もうほぼ解決の方向だからな」
末広「わかりました」
末広、岩本の席から離れる。
万世、そのまま岩本の前に立ったまま。
岩本「どうした、秋葉君?」
万世「一日だけ、時間をいただけませんか?」
岩本の目を見る万世。
岩本「なんでだ?」
万世「とにかく、一日だけください」
お互いの目を見る、万世と岩本。
岩本「どうしても、捜査を続けたいのか?」
万世「動機が分かれば、自殺だと実証できます。あと一歩じゃないですか」
岩本「ダメだ」
万世「不審死で終わらせたら、遺族やファンの思いはどうなるんです?」
岩本「そんなこと言うなんて、君らしくないぞ? ダメなものはダメだ!」
万世「わかりました。じゃあ、一人でやります」
早歩きで、部屋から出ていくとする万世。
立ち上がる岩本。
岩本「おい、秋葉君! 私は許可してないぞ! それに単独捜査は……」
バタンと閉まる部屋の扉。
末広「ああっ、先輩!」
万世の後を追おうとする末広。
岩本「いいよ、末広君」
末広「えっ?」
岩本、座る。
岩本「彼女は、ああ言い始めたら聞かないタイプだ。今日一日ぐらい、自由にさせてやろう」
末広「そう、ですか……」
岩本「すまんが、秋葉君が戻ってくるまでは、ちょっと別の班の事件を手伝ってやってくれ。いいね」
末広「はい」

〇市街地
一人、とぼとぼ歩いている万世。
万世「飛び出してきたはいいものの、これからどうするか……」
万世、頭を抱える。
万世「ああん、もう!」
ため息をつく。

〇アイドルカフェ『ルドイア』・外観
雑居ビル内にある店舗。
万世、扉を開けて入っていく。

〇アイドルカフェ『ルドイア』・内
テーブル席とジュースサーバーのある調理場に面したカウンター席のある店内。店内には客が数名おり、調理場には泉が立っている。
泉「いらっしゃいませ……って、万世ちゃんじゃない」
カウンター席に座る万世。
泉「今日は非番? あっ、でもスーツ姿ってことはお仕事か。もしかして、サボり?」
万世「そんなわけないでしょ。仕事中だけど、ちょっと寄ってみたくなったの」
泉「あらそう」
万世「とりあえず、フルーツジュースちょうだい」
泉「わかったわ」
泉、ジュースサーバーに向かう。
泉「ところで、オーカちゃんの件はどうなの? ネットニュースでは、自殺だとかなんとか言っちゃってるけど」
万世、人差し指を口に当てる。
万世「声がでかいよ、泉さん! (小声で)それに、捜査のことは民間人には教えられないよ」
泉「そんな殺生なこと言わないでさ、ちょっとくらいいじゃない」
万世「……」
泉「ほら、同じファンどうしでしょ?」
万世に、ストローを差したフルーツジュースを出す泉。
万世「あのねぇ……」
泉「お願い!」
手を合わせる泉。
万世、勢いよくジュースをすする。
万世「それじゃあ、一つだけ。オーカちゃんはマスコミの言う通り、自殺の可能性が高いよ」
泉「そうなの?」
万世「信じたくないけどね」
泉「ひどいよ、オーカちゃん……」
万世「でも、動機がサッパリわからないの。だって、メジャーデビューが決まって、これからって時だったのに」
泉「ニュースでは所属事務所とのトラブルとかなんとか言ってるけど、イエローソーブは有名なホワイト事務所だってのにねぇ」
泉を指さす万世。
万世「そう、そうなのよ! なのにウチの後輩ときたら、思い込みで事務所に突撃しちゃってさ……」
ハッと、我に返る万世。
万世「とにかく、捜査はちょっと難航してるの」
泉「いくら自殺だといっても、理由が分からなきゃ……」
万世、店内をきょろきょろし始める。
万世「そういえば、耕助は今日顔出してないの?」
泉「神田君? 顔出してないどころか、電話してもメッセージ送っても、全然反応ないのよ」
万世「反応がない?」
泉「たぶん、家に引きこもってるんだわ」
万世「そっか……」
泉「オーカちゃんが死んだので、一番ショック受けてたからねぇ……」
万世、フルーツジュースを一気に飲みほす。
万世「じゃあ、私が家に行ってみるよ」
泉「えっ? でも今仕事中なんでしょ?」
万世「捜査も壁にぶつかってるし、今は一人だ。ちょっと気分転換してくるよ」

〇アパート・外観
低層アパート。
万世、アパートの前までやってくる。

〇同・廊下
数部屋ある内の一つの部屋の表札に、『神田』の文字。
万世、扉の前にやってきてインターホンを押す。
部屋の中からは、何の反応もない―。
万世、再びインターホンを押す。
部屋の中からは、やはり何の反応もない―。
万世、扉を勢いよく叩く。
万世「おい耕助、いるんでしょ? 私だ。秋葉だよ!」
扉が開き、神田が出てくる。
神田「あ……なんだデカ姐か」
万世「その呼び方はやめてって」
神田「でも、スーツ姿ってことは仕事中じゃないの? 何しに来たの?」
万世「えっ? ……泉さんが耕助のこと心配してたから、代わりに私が見に来たのよ」
神田「ふーん」
万世「まあせっかくだし、ちょっと部屋入る?」
神田「ちょ、ちょっと……」
神田の部屋に入る万世。

〇同・神田家
狭くて雑多な室内。机にはパソコンが置かれており、周囲にはCDやDVDの山が積みあがっている。
万世、パソコンに近づく。
遅れて部屋に入ってくる耕助。
万世「耕助、もしかしてずーっと、オーカちゃんのライブ映像とか見てたのか?」
耕助「だって、オーカちゃんが死んじゃったんだよ? もうあの姿が二度と見れないんだよ?」
万世「一人追悼ライブみたいなこと、してたんだね……」
神田、万世を押しのけてパソコンの前に座る。
神田「ファンとして、オーカちゃんの姿を目に焼き付けておく義務がある。仕事なんかしてられないよ」
万世「仕事つったって、何か月か前に会社辞めたでしょ? 今は無職じゃ?」
神田「今はフリーランスのエンジニアなんだよ!」
万世「ああ、あの最近流行りの?」
神田「まあ、先月の売上げはゼロだったけどね」
万世「……(やれやれという顔)」
神田、パソコンに向かう。
パソコンの動画を再生する。
画面に映し出される、ライブハウスでのオーカの姿。
万世「あっ、これって2か月前の!」
神田「オーカちゃんのバースデーシークレットライブの映像だよ」
万世「そっか。私は外れたけど、耕助はチケット当たったんだよね」
神田「そうそう」
万世「あれ? 確かライブのDVDの発売はまだ先だったでしょ? なんで映像持ってるの?」
神田「ライブ中に、撮影OKな時間があったのさ」
万世「ふーん……」
万世、神田とともにパソコン画面に注目する。

〇(パソコン画面)ライブハウス
小規模なライブハウス。
『佐倉オーカバースデーライブ』というプレートが掲げられたステージに、マイクを持ったオーカが立っており、客席は観客で埋まっている。
オーカ「『恋の激辛マスカルポーネ』、聞いてくれてありがとうございました」
拍手する観客たち。
オーカ「ここで、皆さんにビッグニュースがあります」
どよめく観客たち。
オーカ「実は私……念願のメジャーデビューが決まりました!」
笑みを浮かべるオーカ。
歓声を上げる観客。
オーカ「ここまで来ることができたのも、ファンの皆さん、そして私を支えてくれた人たちのおかげです」
一歩前に出るオーカ。
オーカ「湯島社長、マネージャーの松永さん、佐久間先生、そしてファンの皆さん、ありがとうございます!」
再び拍手する観客たち。(パソコン画面終わり)

〇アパート・神田家
万世、目を大きく開く。
万世「耕助。今の部分、もう一度再生してくれない?」
神田「えっ?」
万世「いいから早く」
神田「わ、わかったよ」
神田、動画を巻き戻す。
   
〇(パソコン画面)ライブハウス
オーカ「湯島社長、マネージャーの松永さん、佐久間先生、そしてファンの皆さん、ありがとうございます!」。(パソコン画面終わり)

〇アパート・神田家
万世「止めて」
動画の再生を止める神田。
万世「今オーカちゃん、佐久間先生って言わなかった?」
神田「確かに言ったよ」
万世「その名前、なんか聞き覚えあるな…」
神田「会場では、この人だけ皆誰だかわからなかったんだ。デカ姐知ってるの?」
万世「待ってよ。今思い出してるんだから……」

〇(回想)マンション・足立家・リビング
壁にかけられた、オーカと佐久間が写った写真。(回想終わり)
明里「当時の担任の佐久間先生です。花は、先生を慕っていましたので……」

〇アパート・神田家
立ち上がる万世。
万世「そうか……あの人だ」
神田、万世の方を向く。
神田「あの人って?」
万世「(興奮気味に)聞き込みで、一人だけまだ、話を訊きに行っていない人がいるのを思い出した」
神田「へっ?」
万世「よーし、善は急げだ。耕助、行くよ!」
神田を引っ張って部屋から出ていこうとする万世。
神田「ちょっと、どこ行くの!? 俺、警察官じゃないんだけど!」

〇石丸中学校・校門(夕方)
校門に『石丸中学校』のプレート。
万世と神田がやってくる。
神田「中学校? ここに、佐久間って人がいるの?」
万世「佐久間というのは、オーカちゃんの中学時代の担任の先生なのよ」
神田「そんなの、どこで聞いたのさ?」
万世「捜査上の秘密」
神田「んなことだろうと思ったよ」
万世「佐久間先生に話を訊いてくるから、耕助はここで待ってて」
校門をくぐる万世。
神田「俺はついていけないの?」
万世、神田の方を振り向く。
万世「そりゃそうよ。聞き込みは警察の仕事」
再び歩き出す万世。
神田「(小声で)じゃあ、なんで俺を連れてきたんだよ……」

〇同・廊下(夕方)
人通りの少ない廊下。
万世と佐久間が、並んで歩いている。
佐久間「中学時代の足立花さんについて……ですか?」
万世「ええ。先生は、彼女に慕われていたとお伺いしたものですから」
佐久間「……確かに彼女は、私のところによく来ました。いろんな話をしてくれましたね」
ため息をつく佐久間。
佐久間「でも、まさか死んでしまうとは……」
万世「足立さんがどんな生徒だったとか、どんな話をしてたかとか、覚えてらっしゃいますか?」
佐久間「彼女は内気でしたが、誰よりも頑張り屋さんでした」
万世「頑張り屋さん……」

〇(回想)同・教室
生徒たちがいる教室。
一人机に座っているオーカ。
佐久間N「普段は物静かで、自分から発言したりとか行動したりとかはしない子でした」

〇(回想)同・体育館・外
一人でダンスの練習をするオーカ。
佐久間N「しかし、心の中ではしっかりと自分の芯を持っていて、本気になったものには全力で取り組むタイプでもありました」
(回想終わり)

〇石丸中学校・廊下(夕方)
万世「真面目な生徒だったんですね」
佐久間「でも、彼女はその頑張りを決して人には言わないし、悟られないようにしていたんです」
万世「自分からは、言わない?」
佐久間「普通なら、そういったことはアピールしそうなものですが、彼女は絶対に言わない」
万世「……」
佐久間「そういう面では、難しい生徒でもありました」
うなずく万世―。
万世「交友関係は、どうでしたか?」
佐久間「友達が多い方ではありませんでしたが、人間関係のトラブルはなかったようです」
万世「トラブルは特になし、か……」
佐久間「しいて言うなら、人が良すぎたというところでしょうか」
万世「というと?」
佐久間「友達の頼みとかを、彼女全然断ろうとしないんです。だからいろんなものを抱えちゃって、潰れそうになっちゃったなんてことも……」
目を見開き、立ち止まる万世。
佐久間の方を向く。
万世「彼女に、そんな一面が……」
佐久間「ええ」
ハッとする万世。

〇(回想)マンション・足立家・リビング
明里「花はもともと、本心をあまり打ち明けない子で……」

〇(回想)イエローソーブ・応接室(夕方)
湯島「彼女も、我々のため自分のため、ひたむきに頑張ってくれていました」
   ×   ×   ×
松永「2カ月半くらい前にメジャーデビューも決まり、我々としても全面的に応援して、彼女にはかなり期待を寄せていたんですが……」

〇石丸中学校・廊下(夕方)
佐久間「だから、彼女の進路にも結構気を使ったんです。アイドルになりたいって言いだした時は、それはもうびっくりして……」
考え込む万世―。
佐久間の話を、あまり聞いていない。

〇同・校門(夕方)
校門前で待つ神田。
万世が校内から出てくる。
神田、万世の姿に気づく。
神田「あっ、デカ姐遅いよ」
万世「……」
神田「ずーっとここで待ってたからさ、周りの人に変な目で見られちゃったよ」
万世「……」
うつむいたままの万世。
万世の顔をのぞき込む神田。
神田「どうしたの? オーカちゃんのことで、何かわかった?」
万世「……わかった気がする」
神田「え?」
万世「オーカちゃんが死んだ理由、わかった気がする」
神田「本当なの、デカ姐!?」
驚く神田。
万世「とりあえず、場所を変えよう」
歩き出す万世。
万世についていく神田。

〇市街地(夜)
人通りの多い市街地。歩道にはベンチがある。
万世と神田、ベンチに座る。
神田「それでデカ姐、オーカちゃんの自殺の理由って何なの?」
万世「……」
神田、ばつが悪そうな顔をする。
神田「……あっ、捜査上の秘密ってヤツだから、ダメだよね。ごめんごめん」
神田の方を向く万世。
万世「いや、いいよ」
神田「本当!?」
驚く神田。
万世「ああ」
万世、神田から視線を外してうつむく。
万世「オーカちゃんが死んだ原因。それはおそらく……メジャーデビューが決まって周りの期待が大きくなったせいだ」
目を丸くする神田。
神田「それが原因?」
万世「ああ」
神田「だって、ブレイクすることはいいことじゃない」
小さく息を吐く万世。
万世「確かに、アイドルとしてメジャーデビューし、ブレイクすることはいいことだ。アイドルにとっては本望だろう」
頷く神田。
万世「でもそれが……オーカちゃんにとっては、重荷でもあったんだ」
神田「重荷……」
考え込む神田。

〇(回想)ライブハウス
ライブハウスのステージに立ち、観客に笑顔を振りまくオーカ。
万世N「オーカちゃんは、アイドルとしてブレイクするために、一生懸命努力してきた。その甲斐あって、とうとうメジャーデビューのチャンスをつかんだ」

〇楽屋
鏡に向かって座るオーカ。表情は少し暗い。
周りで甲斐甲斐しく動く松永。
万世N「メジャーデビューが決まれば、当然事務所としてもオーカちゃんを推すことになる。イエローソーブは小さい事務所だから、周りの期待度は半端じゃなかったんだろうね」(回想終わり)

〇市街地(夜)
神田「あそこは、オーカちゃんほど売れたアイドルは今までいなかったしね」
万世「そうだね」
神田「じゃあオーカちゃんは、それが原因で周りの人たちとうまくいかなくなって死んじゃったってこと? イエローソーブは有名なホワイト事務所だよ?」
万世「そう。あそこは所属アイドルに何か強要するなんてことはしない」
神田「そうそう、そうだよ」
万世「オーカちゃんの時だって、出来る限りバックアップするって話だったらしい」
神田「それなら、オーカちゃん死ぬ必要なんかないじゃん」
万世「違うよ」
神田「えっ?」
万世「周りの応援があったことこそ、オーカちゃんは余計につらかったんだ」

〇(回想)イエローソーブ・廊下
扉のある廊下。
うなだれながら廊下にたたずむオーカ。
扉からは、湯島たちの明るい声が漏れてきている。
万世N「日に日に高まっていく周りからの期待。それに応えようとする頑張り。オーカちゃんの性格が、自分自身を追い詰めていったんだよ」(回想終わり)

〇市街地(夜)
神田「じゃあ、オーカちゃんが自殺にビルを選んだのはなんでだろう?」
万世「確実に死ぬためだろうね」
神田「……」
万世「もし、ライブハウスで自殺するとしたら、スタッフが駆けつけて、助かってしまう可能性がある」
神田「落っこちちゃえば、スタッフに助けられることもない……」
万世「今回のライブがライブビューイングイベントになったのは、オーカちゃんの希望だったろ?」
神田「……」
万世「最初から、あそこで死ぬつもりだったのかもしれないね。自分の死を、皆に見てもらうために」
二人の間に数秒の沈黙―。
神田「……すごいじゃん。デカ姐すごいよ。これでオーカちゃんの事件も解決だ!」
   万世、首を横に振る。
万世「いや、全然ダメだ」
神田「なんで? 話の筋は通ってるじゃん」
神田の顔を見る万世。
万世「(静かに、力強い声で)証拠が全くない。今までの話も、全部私の推測だ」
万世、うつむく。
万世「だからこそ、こうして耕助に話すこともできたんだよ」
神田「じゃあ、これからその証拠を探せば……」
万世「警察じゃあ、この事件をさっさと片づけたいらしくて、捜査する時間もほとんどない」
ため息をつく万世。
万世「それに、もし……もし私の推測が正しければ、この事件は解決しない方がいいと思うんだ」
驚いて、万世の顔を見る神田。
神田「どうして!?」
万世「オーカちゃんの死はほぼ間違いなく自殺だろうが、なんで自殺したのかわかるヒントを残さなかった。遺書も何もなかったんだ」
神田「……」
万世「わざと、自殺の理由をわからなくしたかもしれない」
うなずく神田。
万世「オーカちゃんは、自殺の原因には触れずに、そっとしておいてほしいんじゃないかな」
神田「うーん……」
万世「中途半端に騒いだり、推測を公開したら、世間があることないこと言い出すかもしれない」
神田「……」
万世「それなら、いっそ動機不明の転落死扱いの方が、静かに事件は終わる」
神田「それって、刑事的にありなの?」
万世、力なく笑う。
万世「あんまり良くないね」
ゆっくり立ち上がる。
万世「でも、今の私の推測を上司に話したって、証拠がないって軽くあしらわれるだけだろうし」
神田「……」
万世「それに、一ファンとして、オーカちゃんの思いも大事にしたい」
神田「私情挟みまくりじゃん、それ」
万世「……言うなって、自分でもわかってるよ」
時計を見る万世。
万世「もうこんな時間だ。無理矢理付き合わせちゃって、ごめんね」
神田「いいよ。オーカちゃんの自殺のことを、ちょっぴり知れたんだからさ」
万世「……ありがと」
立ち上がる神田。
神田「それじゃあね、デカ姐」
万世「ああ」
お互い反対方向に歩き出す2人。
神田の方を無理向く万世。
万世「あっ、さっきの話は誰にも言わないでね! 泉さんにもさ」
神田も万世の方を振り向く。
神田「わかってるよー!」
再び歩き出す2人。
立ち止まる神田。
夜空を見上げる。
神田「オーカちゃん……」
目を閉じる―。

〇武銭警察署・捜査一係(日替わり・朝)
書類が積まれた自席に座っている万世。
手元にある報告書に書き込みをしている。
部屋に入ってくる末広。
末広「おはようございます」
末広、万世を見つける。
末広「あっ、先輩。昨日はもう大変だったんですよ? 先輩が途中からいなくなっちゃいましたから」
万世「ああ、ごめん。今朝係長からガツンと怒られちゃったよ」
末広「そういえば、足立花の自殺の捜査はどうなったんですか?」
顔を上げる万世。
万世「えっ? ……色々当たってみたけど、これといったものは出てこなかったよ」
末広「そうだったんですね……」
万世「まあ、自殺の可能性は高いけど、動機不明の不審死ってことで、おしまいかな」
末広、万世の顔をのぞき込む。
末広「昨日と違っていやにドライじゃないですか? この事件のこと」
万世、末広の顔を見る。
万世「……いや、そんなことないよ?」
末広「そうですか?」
万世「とにかく、報告書を作れば終わりだ。係長に出したら、そっちに合流するよ」
末広「……わかりました」
末広、万世から離れていく。
万世、報告書に目をやる。
報告書には『佐倉オーカこと足立花転落死事件』のタイトルがあり、『自殺の可能性が高いが、動機不明のため詳細はわからず』という、万世の手書きの文章があるのが見える。
万世「(小声で)これでよかったんだよ。きっと」
目を閉じる万世。

〇(回想)ライブハウス
ステージに笑顔で立つオーカの姿―。(回想終わり)

〇武銭警察署・捜査一係(朝)
万世「ありがとう……オーカちゃん」
目を開ける万世。
大きく息を吐く。
万世「よし、じゃあ続きやるか」
再び机に向かう万世―。
(終)

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