花粉症デビュー コメディ

この物語を一言で言ってしまえば、花粉症になってしまったけれども、頑に花粉症である事を認めない男・杉山翔(20)が、自身の花粉症を認めるまでの話である。
マヤマ 山本 7 0 0 01/28
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第一稿

<登場人物>
杉山 翔(20)大学生
梢 清香(20)杉山の友人
松本 彰彦(22)杉山の友人
相川 将司(20)杉山の友人
篠宮 小春(19)ドラッグストアの店員
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<登場人物>
杉山 翔(20)大学生
梢 清香(20)杉山の友人
松本 彰彦(22)杉山の友人
相川 将司(20)杉山の友人
篠宮 小春(19)ドラッグストアの店員
杉山 尚子(50)杉山の母
杉山 咲(16)杉山の妹
医者(50)
種田(48)研究者
大学職員
ティッシュ配りの女性
外国人の男
外国人の女
研究員



<本編>
○繁華街
   杉山翔(20)の他、多数の通行人が歩いている大通り。杉山以外の通行人は皆、眼鏡やマスクなどの花粉症対策をしている。くしゃみをしたり、鼻をかんだり目をかいたりする通行人達を横目で見ている杉山。
杉山M「俺は春が好きだ。暖かい日射し。新生活への高揚感。そして、舞散る花粉。花粉症に苦しむ人を横目に、俺は優越感に浸る事が出来る。だから、俺は春が……」
   くしゃみをする杉山。
杉山M「好きだった」

○メインタイトル『花粉症デビュー』

○杉並大学・外観
   郊外にある緑豊かなキャンパス。
   敷地内にスギ林もある。

○同・ラウンジ
   テーブルや椅子が多数並んでいる。
   食事したり、談笑したりする学生達。テーブルを囲んで座る杉山、松本彰彦(22)、梢清香(20)。眼鏡とマスクを着用する松本。
杉山「つまり、俺がこの大学はいい大学なんだって信じている限り、この大学はいい大学なんだよ。そういう考え方を……」
   くしゃみをする松本。ポケットティッシュを取り出し、鼻をかむ。
清香「大変だね、花粉症の人は」
松本「他人事みたいに言うよね、梢」
清香「だって、他人事だし」
杉山「っていうか、お前誰?」
松本「俺じゃん。松本じゃん。マッツンじゃん。わかるでしょ?」
杉山「だって、ほとんど顔見えねえから」
清香「確かに」
松本「俺だって、好きでこんな格好してる訳じゃないんだよ?」
   杉山達の元に来る相川将司(20)。
相川「悪い悪い、待たせたな。何の話?」
清香「マサ、遅い」
杉山「要するに、マッツンは何で花粉症のくせに、スギ林の隣にある大学に入学したのか、って話」
相川「本当、インド人もビックリだよな」
松本「仕方ないじゃん。ここしか受からなかったんだよ」
   くしゃみをする杉山。
清香「あれ、杉山も花粉症?」
杉山「まさか。風邪引いただけだから」
清香「(露骨に嫌そうな顔をして)ちょっとうつさないでよ?」
杉山「そこまで嫌そうな顔せんでも……」
   くしゃみをする杉山。

○マンション・外観(夜)
   交通量の多い国道近くのマンション。

○同・杉山家・リビング(夜)
   テレビやソファー、食卓などがある、ダイニングも兼ねた部屋。
   入ってくる杉山。着ていた上着を無造作に脱ぐ。
杉山「ただいま」
   くつろいでいた杉山尚子(50)と杉山咲(16)。共にくしゃみをする。
尚子「ちょっと、翔。入ってくる前に外で上着に付いた花粉払ってきてって、いつも言ってるでしょ?」
杉山「あ~、はいはい」
   上着についた花粉を払い始める杉山。再びくしゃみをする尚子と咲。
咲「お兄ぃ、ふざけないでよ。こっちの気持ちも知らないで」
杉山「(笑いながら)そんな怒んな……」
   くしゃみをする杉山。
尚子「あら、ひょっとして?」
杉山「……何だよ。言っとくけど花粉症じゃねえからな。風邪だからな」
咲「大丈夫だって。パパもママもお姉ぇもウチも花粉症なんだから、お兄ぃも今更恥ずかしがる事ないよ」
杉山「だから違えって。くしゃみはしてるけど、俺は花粉症じゃねえからな」

○ハンバーガーショップ・外観

○同・中
   テーブルを囲む杉山、清香、松本。
   ハンバーガーを食べる杉山、フライドポテトを食べる清香、マスクをしたままマスクの隙間からストローを通し、ドリンクを飲む松本。
杉山「すげえ飲み方だな」
松本「好きでやってる訳じゃないよ」
清香「マッツンって、無駄に器用だよね」
松本「無駄って言い方しなくても……」
   くしゃみをする松本。鼻をかむ。
杉山「でも俺たちには必要ない技で……」
   くしゃみをする杉山。
杉山「悪い、ティッシュ一枚くれ」
   松本からティッシュを貰い、鼻をかむ杉山。
松本「杉山、風邪長いよね」
杉山「だよな。今日、午後の講義休んで病院行ってくるわ」
清香「花粉症って診断されるかもね」
杉山「んな訳ねえから」
   杉山達の元にやってくる相川。
相川「悪い悪い、待たせたな」
   無造作に上着を脱ぐ相川。
   同時にくしゃみをする杉山と松本。
相川「おっ、ハッピーアイスクリームか?」
松本「こんな所で花粉払わないでよ」
杉山「悪いマッツン、もう一枚くれ」
   松本からティッシュを貰い、鼻をかむ杉山。その様子を疑うような眼差しで見ている清香、松本。
杉山「(視線に気付いて)何だよ。鼻水は出るけど、俺は花粉症じゃねえからな」

○病院・外観
   「内科」と書かれた看板。

○同・診察室
   医者(50)と向かい合う杉山。
医者「こりゃスギの花粉症だね」
杉山「はい?」
医者「とりあえず、お薬出しておくからね。あ、何か今飲んでる薬とかってある?」
杉山「いやいや、俺、風邪なんですよ。だから、風邪薬を下さい」
医者「ん? 風邪薬飲んでるの? だったらそっちは飲まないで、今日出す花粉症の薬だけ飲むようにしてね」
杉山「いやいや、そうじゃなくて……」
医者「あ、どうする? ウチでも診れるけど知り合いの耳鼻科に紹介状書こうか?」
杉山「いやいやいやいや、だから……」

○杉並大学・ラウンジ
   テーブルを囲む杉山、清香、松本。
杉山「……って言うんだぜ、あのヤブ医者」
清香「じゃあ、花粉症なんじゃないの?」
杉山「まさか、んな訳ねえから」
松本「でも、お医者さんがそう言ったんでしょ?」
杉山「知らねえよ。医者はそう言ったけど、俺は花粉症じゃねえからな」

○マンション・外観(夜)

○同・杉山家・杉山の部屋(夜)
   六畳程度の部屋。散らかっている。
   机に向かう杉山。ノートパソコンで花粉症対策のサイトを見ている。
杉山「なるほどねえ……。って、いやいや、まさか」
   くしゃみをする杉山。鼻をかむ。ティッシュの箱が空になる。
杉山「ったく、もう空かよ」
   使用後のティッシュをゴミ箱に捨てる杉山。ゴミ箱から溢れんばかりのティッシュのゴミ。
   再びパソコンに向かう杉山。
   部屋のドアを開ける咲。
咲「ねえ、お兄ぃ」
杉山「うわっ」
   慌てて、パソコン画面を隠すように立ち上がる杉山。
咲「……何してたの?」
杉山「べ、別に何でもねえから」
咲「ふ~ん……」
   部屋を見回す咲。ティッシュが溢れるゴミ箱を見つける。
咲「(嫌悪感を浮かべて)うわ~、そういう事?」
杉山「は?」
咲「(部屋の外に向かって)ママ~、お兄ぃがエロサイト見てる~」
   そのまま部屋を出て行く咲。
杉山「見てねえから。……ったく」
   くしゃみをする杉山。
杉山「チクショー、ティッシュティッシュ……。(空の箱に気付いて)あ、無いんだった。ヤベっ、どうしよう……」

○ドラッグストア・外観

○同・中
   花粉症グッズの棚の前に立つ杉山。そこにやってくる店員姿の篠宮小春(19)。マスクをしている。
小春「何かお探しですか?」
杉山「いえ、別に」
小春「(薬を指して)これなんかオススメですよ? 私も使ってるんで」
杉山「あの、薬は見てるけど、俺は花粉症じゃないんで」
   慌てて店を出る杉山。
小春「(首を傾げながら)はあ……。ありがとうございました……」

○杉並大学・ラウンジ
   テーブルを囲む杉山、清香、松本。目をかいている杉山、その様子を見ている清香、松本。
杉山「……何だよ」
清香「目、痒いんだ?」
杉山「違えよ。これは、その、あれだ。目にゴミが入っただけだから」
松本「(疑うように)本当に?」
杉山「何だよ。目はかいてるけど、俺は花粉症じゃねえからな」
清香「杉山そればっかだけどさ、そう言う根拠はどこにある訳?」
杉山「それは、信じているからだ」
松本「信じてるから?」
杉山「そう。俺が花粉症じゃねえって信じている限り、俺は花粉症じゃねえんだよ。だからお前らも、俺が花粉症じゃねえんだって、信じてくれればいいんだよ」
松本「何だかよくわかんないよ。ねえ、梢」
清香「ん~、何となくわかった気がする」
松本「え、本当に?」
杉山「だろ? さすが梢」
清香「例えばさ、コレ」
   と言って、杉山に学内新聞を見せる清香。「全国大会連覇を目指す アメフト部」という見出しでアメリカンフットボール部を紹介する記事と写真。
清香「杉山が勝てるって信じてる限り、杉山はウチのアメフト部にも勝てる、って事なんでしょ?」
杉山「まあ、考え方としてはそうだな」
清香「じゃあ、試してみようか」
杉山「……は?」

○同・アメリカンフットボールコート
   アメフト部が激しい練習をしている。その脇に立つ杉山、清香、松本。三人の元にやってくるアメフトのユニフォーム姿の相川。
相川「お、待たせたな。話はつけといたぜ」
清香「悪いね、マサ」
相川「遠慮すんなって。それより杉山、手抜くなよ。俺らも本気でやるからな」
松本「頑張ってよ、杉山」
杉山「お、おう……」
    ×     ×     ×
   試合形式で守備体系に付く相川らアメフト部。
   それにたった一人で相対する杉山。
   コートの外でアメフト部にエールを送るチアリーダー達。その脇で見守る清香、松本。
杉山「できる、できる。信じろ、信じろ。俺が勝てると信じている限り、俺は勝てる」
   ホイッスルが鳴る。
   走り出す杉山とアメフト部。
   走りながら華麗に数人をかわす杉山。
松本「凄い凄い、行けるんじゃない?」
清香「どうだか」
   さらに一人かわす杉山。
杉山「ヤベエ、いけるかもしんない」
   その直後、ピンポン球のように思いっきり吹っ飛ばされる杉山。
松本「あ……」
清香「ほら」

○マンション・杉山家・リビング(夜)
   テーブルを囲む杉山、咲、尚子。テレビにはニュース番組が映っている。頭部に包帯を巻いている杉山。
尚子「まったくもう、大学生にもなって何やってんのよ」
杉山「まあ、何だ。ちょっと自分を信じきれなかっただけの話だから」
咲「マジバカだよね、お兄ぃ。脳みそ入ってんの?(と言って杉山の頭を叩く)」
杉山「バカっ、痛えよこの野郎」
   テレビ画面が天気予報に変わる。翌日の天気が全国的に雨である旨が報じられている。
尚子「あら、明日雨みたいね」
咲「マジで? やった~」
杉山「雨だと何かいい事あんの?」
咲「そりゃあ、花粉の飛ぶ量が減るからね」
杉山「……へえ」

○同・同・杉山の部屋(夜)
   室内のコンポから八代亜紀の『雨の慕情』(「雨雨ふれふれ もっとふれ」の部分)が流れている。
   てるてる坊主をいくつも作り、逆さまに吊るしている杉山。
杉山「別に、こんなん作ってるけど、俺は花粉症じゃねえからな」
   途中でティッシュが足りなくなる。
杉山「ったく、もう空かよ。(頭を掻きながら)どうすっかな……(頭部の包帯に気付き)あ、コレ使えばいいか」
   包帯を外し、てるてる坊主の材料にする杉山。完成したてるてる坊主を逆さまに吊るす。

○同・外(朝)
   晴天。

○同・杉山家・杉山の部屋(朝)
   窓の外を見ている杉山。
杉山「何でだよ!」
   くしゃみをする杉山。

○杉並大学・外観

○同・教室
   授業が行われている。
   席に座る杉山。くしゃみ連発。周囲の生徒が迷惑そうに次々と遠くの席へ移動して行く。

○マンション・外観(夜)

○同・杉山家・杉山の部屋(夜)
   ベッドに横になる杉山。

○(夢の中)杉並大学・ラウンジ
   相川に羽交い締めされる杉山。杉山の前に立つ松本はティッシュを細い紐状にしたものを持っている。
杉山「おいマサ、放せって」
相川「そういう訳にはいかないな」
松本「じゃあ、行くよ」
杉山「おいマッツン、やめろって」
   細い紐状のティッシュを杉山の鼻の穴に突っ込む松本。
杉山「は……は……は……」

○マンション・杉山家・杉山の部屋(夜)
   ベッドに横になる杉山。くしゃみとともに起きる。
杉山「あ~、もう」

○(夢の中)ハンバーガーショップ・中
   相対する杉山と清香。無言で杉山の鼻をつまむ清香。清香の手を払おうとするも払えない杉山。

○マンション・杉山家・杉山の部屋(夜)
   ベッドに横になる杉山。起き上がり、鼻をかむ。
杉山「だ~、チクショー」

○(夢の中)同・同・リビング
   相対する杉山と尚子、咲。尚子と咲の手には黄色い(花粉っぽい)粉の入った袋がある。
杉山「おい、落ち着けって。話せば分かる」
尚子「いつも私たちをからかってた罰よ」
咲「くらえ、お兄ぃ」
   黄色い粉を杉山に投げつける尚子と咲。
杉山「ふぁ……ふぁ……ふぁ……」

○マンション・杉山家・杉山の部屋(夜)
   ベッドに横になる杉山。くしゃみとともに起きる。そして鼻をかむ。
杉山「くそっ、全然寝れねえ」

○繁華街
   少しフラフラしながら歩く杉山。
杉山「あ~、眠ぃ」
   くしゃみをする杉山。
   ティッシュ配りの女性からティッシュを渡される杉山。
ティッシュ配りの女性「どうぞ」
杉山「(怒り気味に)別に俺、花粉症じゃねえからな」
ティッシュ配りの女性「はい?」
杉山「……何でもないです」
   ティッシュを受け取り歩き出す杉山。貰ったティッシュで鼻をかむ。

○ハンバーガーショップ・中
   テーブルを囲む杉山、清香、松本。
清香「……で、全然寝てないと」
松本「諦めて薬飲めばいいじゃん」
杉山「うるせえな」
松本「せめて眼鏡とマスクは着けたら? 大分違うよ?」
杉山「しつけえよ。俺は花粉症じゃねえからな」
   そこにやってくる相川。
相川「悪い悪い、待たせたな。何の話?」
松本「杉山が頑に花粉症だって認めない、って話」
相川「何言ってんだ。俺たちは花粉症にはならねえんだよ。な、杉山」
杉山「さすがマサ。お前だけだよ、わかってくれるのは」

○杉並大学・ラウンジ
   テーブルを囲む杉山、清香、松本、相川。眼鏡とマスク姿で鼻をかむ相川。
   その様子を白けた目で見ている杉山、清香、松本。
相川「いやあ、花粉症になっちゃったみたいでさ。参った参った」
   点鼻薬を使用する相川。
松本「あっけないというか」
清香「潔いというか」
杉山「おいマサ、お前本当に……」
   くしゃみをする杉山。鼻をかむ。
相川「(点鼻薬を見せて)杉山もコレ試してみるか? 本当に効くんだよ。あっと驚くタメゴロー」
杉山「俺は花粉症じゃねえから」
相川「鼻詰まりの薬だから、花粉症じゃなくても効くぜ?」
杉山「あ、そうなの? ……じゃあ、まあ、そういう事ならちょっとくらい……」
   点鼻薬を使用する杉山。恍惚の表情。

○繁華街
   スキップする杉山。以下、モーニング娘。の『I WISH』のサビの部分を口ずさみながら。
杉山「人生ってすばらしい」

○杉並大学・教室
   浮かれ気分でノートをとる杉山。
杉山「ほら誰かと」

○同・ラウンジ
   踊りながら歩く杉山。
杉山「出会ったり恋をしてみたり」

○マンション・杉山家・リビング
   満面の笑顔で食事をする杉山。
杉山「Ah すばらしい」

○同・同・杉山の部屋(夜)
   ベッドで熟睡している杉山。
杉山「zzz……(Ah 夢中で)」

○杉並大学・アメリカンフットボールコート
   杉山を中心に多くの学生(一般学生、アメフト部員、チアリーダー等)が一緒に踊っている。
杉山「笑ったり泣いたり出来る」
   チアリーダー達と一緒にポーズをとる杉山。

○ハンバーガーショップ・中
   テーブルを囲む杉山、清香、松本、相川。
杉山「あの薬、全然効かなかったから」
相川「そうか? まあ、個人差あるからな」
   ため息をつく清香。
清香「(小声で)ったく、自分に正直に生きようとか思えないもんかね?」
松本「(気まずそうに)ああ、うん……」

○ドラッグストア・外観

○同・中
   花粉症グッズの棚の前に立つ杉山。
   そこにやってくる小春。
小春「何かお探しですか?」
杉山「(思わず)鼻にシュッとする奴を……あ、いや、何でもないです」
小春「それでしたらコチラに……」
杉山「結構です。俺、花粉症じゃないんで」

○マンション・杉山家・杉山の部屋(夜)
   ベッドに腰掛ける杉山。手には点鼻薬。恐る恐る使用する杉山。恍惚の表情。
   部屋に入ってくる咲。
咲「ねぇ、お兄ぃ」
   杉山の様子を見て固まる咲。黙ってドアを閉める。
咲の声「ママ~、お兄ぃが一人Hしてる~」
杉山「(恍惚の表情のまま)してねえよ。うん、してねえよ」

○ハンバーガーショップ・外観

○同・中
   テーブルを囲む杉山と清香。フライドポテトを食べる清香とハンバーガーを食べる杉山。杉山の前にもフライドポテトがある。
杉山「マサはともかく、マッツンまで遅いってのは珍しいよな……」
   くしゃみをする杉山。口に入っていたものまで飛び散る。
清香「汚っ」
杉山「悪い悪い」
   鼻をかむ杉山を冷めた目で見る清香。
杉山「……言っとくけど、俺は花粉症じゃねえからな」
清香「何も言ってないし」
杉山「目が言ってるから」
清香「……杉山はさ、例えば風邪っぽい時に『風邪引いたな』って自分で認めるとしたら、どういう時な訳?」
杉山「ん~、例えば『アイツから風邪うつされたな』とか『昨日布団かけずに寝ちゃったからな』とか、見当がつく時かな」
清香「原因が思い当たればいい、って訳ね」
   スマホで調べものを始める清香。
杉山「何してんの?」
清香「調べてんの。どういう人が花粉症になりやすいのかって。(画面を見て)ああ、これ杉山全部当てはまってるし」
杉山「まあ、俺は花粉症じゃないから関係ねえけど、一応聞いてみようか」
清香「例えば、週に一回以上ファーストフードを食べる、とか」
   ハンバーガーを食べていた手を止める杉山。
杉山「(自分の分のフライドポテトを差し出し)いる?」
清香「ありがと」
   フライドポテトを口にする清香。
杉山「……で、他には?」

○杉並大学・スギ林
   大学の敷地内にあるスギ林。
   チェーンソーを持って杉の木の前に立つ杉山の後ろ姿。
清香の声「スギ林近くで生活してる、とか」
   背後から杉山に近づく大学職員。
大学職員「ちょっと、大学の敷地内で何勝手な事してるんですか?」
   振り返る杉山。ジェイソンのマスクをしている。
大学職員「ぎゃあああ! 化け物~!」
   慌てて逃げ出す大学職員。
   マスクを上げ、顔を出す杉山。慌てて周囲を見回す。
杉山「え、何? 化け物どこ?」

○マンション・杉山家・杉山の部屋
   業務用の大型掃除機で爆音とともに掃除をしている杉山。
清香の声「あまり部屋を掃除しない、とか」
   部屋に入ってくる咲。
咲「ちょっと、お兄ぃ。うるさい!」
杉山「(聞こえず)え?」
咲「(大声で)う、る、さ、い!」
杉山「(聞こえず大声で)え?」

○同・同・リビング
   テーブルを囲む杉山と尚子。杉山は眼鏡とスーツに七三分けという営業マン風な服装。
   テーブルの上には一軒家のチラシが数枚置いてある。
清香の声「交通量の多い道路の近くで生活してる、とか」
杉山「どうでしょう? そろそろ静かな郊外に一軒家を持ってみては?」
尚子「そうねえ……。でも、この家も気に入ってるし、賃貸でも十分じゃない?」
杉山「ですが持ち家は、賃貸と違って財産として残せるんですよ」
尚子「確かにねえ……。でも今からじゃ、ローン払い終わる前にパパが定年よ?」
杉山「それが今はですね、二世代ローンというものもございまして……」

○繁華街
   大型モニターに映る「感動の再会」系バラエティ番組に出演する杉山。「幼い頃に生き別れた本当の両親に会いたい」等と書かれたテロップが出ている。涙ながらに語っている杉山。
清香の声「家族が花粉症、ってのも原因としてはあるらしいね」
杉山「本当に幼い頃に生き別れたので、両親の特徴も覚えていないんです。ただ、花粉症じゃないって事だけは確かです」

○杉並大学・ラウンジ
   テーブルを囲む杉山、清香、松本、相川。眼鏡もマスクもしていない松本。
杉山「ほらな、ファーストフードは食べてねえ、部屋も汚くねえ、スギ林の近くでも大通りの近くでも生活してねえ、花粉症の家族もいねえ俺が、花粉症な訳ねえだろ?」
相川「さすがだな」
清香「んなアホな」
松本「強引だよね」
杉山「ところで、お前誰?」
松本「俺じゃん。松本じゃん。マッツンじゃん。わかるでしょ?」
杉山「だって眼鏡もマスクもしてねえから」
清香「確かに」
相川「花粉は平気なのか?」
松本「うん……。実は俺、本当は花粉症なんかじゃなかったんだ」
杉山&清香&相川「……は?」
松本「ほら、俺達の中で花粉症の人って居なかったじゃん? だから花粉症のフリをすれば、キャラ立つかなって思ったんだよ」
杉山「それでキャラ立つか?」
相川「実感はねえな」
清香「まあ、それは置いといて。何でいきなりそのキャラを捨てようと思った訳?」
松本「これ以上自分に嘘をつくのは嫌だったし、それに、杉山もマサも花粉症になっちゃったから、このままじゃキャラ埋もれちゃって本末転倒じゃん」
杉山「いや、俺は花粉症じゃねえから」
清香「確かに、三人も花粉症がいたら面倒くさいし」
杉山「だから、俺は花粉症じゃねえから」
相川「え、じゃあ花粉症なの俺一人か? 寂しいな。杉山も一緒に花粉症になろうぜ」
杉山「いやいや、『なろうぜ』『わかった』で花粉症になるのはムリだから」
清香「ムリも何も、杉山は既に花粉症だし」
杉山「だーかーらー」

○ドラッグストア・中
   籠を持って店内を歩く杉山。
杉山「何回も言わせんじゃねえよ」
   花粉症用の薬を籠に入れる杉山。
杉山「俺は花粉症じゃねえから」
   花粉症用の薬を籠に入れる杉山。
杉山「どいつもこいつも俺を花粉症扱いしやがって」
   レジに籠を置く杉山。応対する小春。
小春「いらっしゃいませ」
   杉山が会計をしている間に、店内に入ってくる清香。
   会計を終え、店を出ようとする杉山。清香と鉢合わせる。
杉山「あ……」
清香「……何してる訳?」
杉山「まあ、買い物」
清香「ふ~ん。(袋の中を見て)花粉症の薬を?」
杉山「あれだ、家族に頼まれてな。嫌々、渋々、仕方なく」
   二人の元にやってくる小春。
小春「ポイントカードお忘れですよ(と言って杉山にカードを渡す)」
杉山「(受け取って)あ、すみません」
清香「……ご丁寧にポイントカードまで作って?」
杉山「何だよ。薬は買ってるけど、俺は花粉症じゃ……」
   冷めた目で杉山を睨む清香。

○ハンバーガーショップ・中
   テーブルを囲む杉山、清香、松本。そこにやってくる相川。
相川「悪い悪い、待たせたな。何の話?」
松本「杉山が隠れてこそこそ花粉症の薬買ってたんだって」
相川「え、何で? 杉山は花粉症じゃないんだよな?」
杉山「当たり前だろ」
清香「じゃあ、何で薬買ってた訳?」
杉山「……効くから?」
清香「それって、花粉症って事だし」
杉山「違えよ。確かに薬は飲んでるけど、俺は花粉症じゃねえからな」
清香「じゃあ、何の病気な訳?」
杉山「……花粉症に似た、別の病気」
清香「そんな病気あんの?」
相川「俺は聞いた事ないけどな」
松本「僕も聞いた事ない」
清香「私も聞いた事ないし、そんな病気ないと思うね。千円賭けてもいいし」
松本「じゃあ、僕は二千円」
相川「はらたいらに三千点」
杉山「くそ、お前ら……。わかったよ、見てろよ。俺が花粉症に似た別の病気だって事を証明してやるからな!」
   駆け出して行く杉山。

○マンション・杉山家・杉山の部屋(夜)
   机に向かい分厚い医学書を開いている杉山。その様子を開かれたドアの前で見ている咲と尚子。
咲「お、お、お兄ぃが勉強してる……」
尚子「やだ、失恋でもしたのかしら?」

○杉並大学・教室
   白衣姿の杉山と、被験者の学生男女一〇名ほどがいる。
杉山「え~、では今から実験内容について説明します。皆さんにはまずA班とB班に別れていただき、A班の方には……」

○同・CT室
   被験者をCT機器でスキャン撮影している。その様子を隣室からガラス越しに見ている杉山。

○同・研究室
   レントゲン写真やCT画像を見ながら他の研究員達と意見交換する杉山。

○同・同(夜)
   杉山しかいない室内。缶コーヒー片手にパソコンに向かっている。

○同・同
   顕微鏡を覗いている杉山。
杉山「ん? これは……?」

○学会会場・外
   大きなホテル。

○同・中
   収容人数が数百人規模のホール。
   客席に座る大勢の、様々な国の人々。
   ステージに立ち、演説をする杉山。
杉山「(英語で)今回私が発見したこのウイルスに感染すると、くしゃみや鼻水、目のかゆみなど花粉症に良く似た症状が発生します。このウイルスを杉山ウイルスを命名します」
   スタンディングオベーションで大きな拍手がわき起こる会場。
   誇らしげな表情の杉山。

○杉並大学・ラウンジ
   テーブルを囲む杉山、清香、松本、相川。テーブルには杉山の写真が載り、見出しに「杉山ウイルスの発見」「医学界に革命」等と書かれた新聞。
   杉山の手には千円札が三枚ある。
杉山「どうだ、証明してやったぜ」
相川「さすがだな、杉山」
清香「杉山って、無駄にポテンシャル高いよね」
松本「意地っ張りもここまで来るとさすがとしか言いようがないよ」
杉山「そこの敗者諸君。今更何を言っても負け犬の遠吠えにしか聞こえないよ?」
清香「っていうか、花粉症に似た別の病気がある事はわかったけど、杉山自身が花粉症じゃない、とはまだ証明されてないし」
杉山「梢も諦めが悪いな」
清香「杉山だけには言われたくないし」

○繁華街
   大型モニターに映る種田(48)の記者会見の様子。
種田「我々の研究している種田遺伝子を持つ人が、先日存在が発表された杉山ウイルスに感染した場合、人から人へ空気感染する新たな病原体となる恐れのある事がわかりました。感染した場合、死に至る可能性もあり……」

○研究所・外観

○同・隔離部屋
   壁も天井も真っ白な窓のない部屋。テレビや、杉山の部屋にあった私物等がある。
   ベッドに腰掛けている杉山。防護服姿の研究員達に採血などされている。
    ×     ×     ×
   室内をグルグル歩き回る杉山。
    ×     ×     ×
   腕立て伏せをする杉山。
    ×     ×     ×
   ベッドで寝ている杉山。
    ×     ×     ×
   テレビを観ている杉山。
    ×     ×     ×
   ベッドに腰掛け頭をかきむしる杉山。
杉山「あ~、もう! おかしくなる!」
   部屋に入ってくる防護服姿の種田。
種田「やあ、杉山君。調子はどうだい?」
杉山「最高ですね。種田先生も一度はこんな生活を経験してみるべきですよ」
種田「なるほど、この状況で快楽を感じるようになるのか。やはりこの病気は奥深い」
杉山「(小声で)真に受けんなよ」
種田「何か言ったかい?」
杉山「あの、俺、本当にその種田遺伝子とかいうの持ってるんですか?」
種田「おそらく間違いないだろうね。この遺伝子は親から遺伝するもので、君のご両親を検査した結果、ご両親とも種田遺伝子を持っていたからね」
杉山「親父とお袋も検査したんですか?」
種田「ああ。何なら直接聞いてみるかい? 今日もココに来ているよ」
杉山「面会できるんですか? 是非、お願いします」

○同・面会室
   アクリル板越しに面会できる部屋。
   片側の席に座る杉山。
   もう片側に座る外国人の男女。
外国人の男「翔、二〇年前ニ生キ別レタ本当ノオ父サンダヨ」
外国人の女「翔、二〇年前ニ生キ別レタ本当ノオ母サンダヨ」
外国人の男「オ~、我ガ不肖ノ息子ヨ」
外国人の女「私ガ腹ヲ痛メテ産ンダ息子ヨ」
杉山「……」

○同・隔離部屋
   ベッドに寝転がる杉山。
杉山「誰だよアレ」
   起き上がる杉山。
杉山「チクショー、こうなったら……」
    ×     ×     ×
   部屋に入ってくる防護服姿の種田。
種田「杉山君、調子は……」
   室内に人の姿はなく、ベッドには布団を被った塊がある。
種田「どうしたんだい、杉山君。お腹の調子でも悪いのかい?」
   布団をめくる種田。そこには業務用の大型掃除機しかない。
   驚いて振り返る種田。
種田「まさか……」

○同・外
   サイレンの音。
種田の声「緊急、緊急。感染者の一人が脱走した模様。繰り返す……」
   建物を背に走る杉山。眼鏡とマスクを着けている(以降のシーンも)。
杉山「ヘヘッ、楽勝楽勝」

○杉並大学・外観

○同・ラウンジ
   駆け込んでくる杉山。
杉山「おい、みんな……」
   人っ子一人いない。
杉山「あれ? 梢? マサ? マッツン?」
   落ちている学内新聞を手に取る杉山。誇張されたジェイソンの絵が書いてあり、見出しに「敷地内にチェーンソー男現る」「大学は無期限臨時休講に」と書いてある新聞。
杉山「……は?」

○マンション・外観

○同・杉山の家・リビング
   駆け込んでくる杉山。
杉山「ただいま……」
   誰もいない、家具家電等もない部屋。
   一枚だけ紙が置いてある。
杉山「親父? お袋? 咲?」
   紙に気付き手に取る杉山。「静かな郊外の一軒家に引っ越しました 杉山」と書いてある。
杉山「嘘だろ」

○同・同・杉山の部屋
   部屋に入ってくる杉山。
杉山「おい、誰か居るんだろ? 隠れてねえで出てこいよ!」
   物が何もない部屋。唯一、逆さに吊るされたてるてる坊主がある。
杉山「チクショー、何だよ、何なんだよ!」
   逆さに吊るされたてるてる坊主を掴み床に投げつける杉山。そのまま部屋を出る。

○同・外
   走って出て行く杉山。
   雨が降り始める。

○ドラッグストア・外
   雨が降っている。
   シャッターが閉まっており、「閉店しました。長年のご愛好ありがとうございました」と書かれた張り紙が貼ってある。
   シャッターを叩く杉山。
杉山「何だよ、何がどうなってんだよ」
   その場に崩れ落ちる杉山。
杉山「何で誰も居ねえんだよ……」
清香「杉山?」
   振り返る杉山。そこに立つ清香。
杉山「梢……」
清香「……何、その眼鏡とマスク」
杉山「べ、別に、眼鏡とマスクはしてるけど俺は花粉症じゃねえからな」
清香「何も言ってないし」
杉山「目が言ってるから。これは、研究所の奴らにバレないように着けてるだけだからな」
清香「はいはい。……全然変わってないし」

○ハンバーガーショップ・外観

○同・中
   向かい合って座る杉山と清香。かつての松本のようにマスクをしながら器用にドリンクを飲む杉山。
清香「杉山も無駄に器用だよね」
杉山「無駄って言うな」
清香「で、監禁生活はどう?」
杉山「最高だね。梢も一度は……」
清香「あ、そ。そりゃ良かった」
杉山「俺まだ最後まで言ってねえ……」
   くしゃみをする杉山。
清香「(露骨に嫌そうな表情で)ちょっと、うつさないでよ」
杉山「うつらねえよ」
清香「何でそう言い切れる訳? うつるんでしょ? 杉山の病気」
杉山「それは……」
清香「本当は、ただの花粉症だから?」
杉山「違えよ。確かにうつって死ぬような病気じゃねえけど、花粉症でもねえからな」
清香「ここまできて、まだ認めない訳? 呆れて言葉も出ないし」
杉山「俺が花粉症じゃねえって信じている限り、俺は花粉症じゃねえんだよ」
清香「アホらし。本当に信じてないのは杉山の方だし」
杉山「俺が? 何を?」
清香「杉山が花粉症だからって、杉山が杉山である事は変わらない。別に誰も責めやしないし、受け入れるし、今まで通り何も変わらないから」
杉山「何も変わらない、なんて事はねえよ」
清香「ある。杉山がそう信じてる限り」
杉山「俺が、信じて……」
清香「みんなの時もそうだったでしょ? マサが花粉症だってわかった時も、マッツンが嘘のキャラ演じてたって知った時も、私がレズだって言った時も、みんなそれを受け入れて、今まで通りの付き合いが続いてる。そうでしょ? あとは、杉山次第」
杉山「……。なあ、梢……」
清香「何?」
杉山「お前、レズだったの?」
清香「……言ってなかったっけ?」
杉山「いや、初耳……」
   そこにやってくる、防護服姿の研究員達。
研究員「いたぞ!」
杉山「やべっ」
   研究員達に捕えられる杉山。
杉山「放せ~!」
   そのまま研究員達に連れ去られて行く杉山。その後ろ姿を見送る清香。
清香「あ~あ、連れて行かれちゃったし」

○研究所・隔離部屋
   ベッドの上に腰掛ける杉山とそれを見張るように立つ防護服姿の種田。天井にはカメラが付けられている。
種田「いいですか、杉山さん。今後は二度とこのような事が起こらぬよう、このカメラでこの部屋を監視させていただきますよ」
   部屋から出て行く種田。
杉山「ったく、何だよ偉そうに」
   上着をベッドに叩き付ける杉山。くしゃみを連発し、鼻をかむ。目をかきながらカメラを睨みつける杉山。
杉山「何見てんだよ。くしゃみも出るし、鼻水も出るし、目もかゆいけど、俺は花粉症じゃねえからな。俺は……」
清香の声「本当に信じてないのは杉山の方だし」
杉山「俺は、花粉症じゃねえよな? 花粉症じゃねえ、ってのが俺のアイデンティティなんだよ。頼むから否定しないでくれよ。なあ、誰か言ってくれよ。花粉症じゃねえって、誰か俺に言ってくれよ!」

○同・面会室
   アクリル板越しに向かい合って座る杉山と外国人の男女。
外国人の男「オ~、翔ガ花粉症ナ訳ガアリマセ~ン」
外国人の女「ソウデス、私達ノ息子ガ花粉症ニナンテナル訳ナイノデス」
杉山「……」

○同・隔離部屋
   ドアにもたれかかる杉山。
杉山「もうダメだ、俺には何もねえ、俺には味方なんていねえんだ……」
   立ち上がり、ドアを叩く杉山。
杉山「おい、出せよ。もういいだろ? いつまで俺をここに閉じ込めておくんだよ。俺は、お前らが思っているような病気じゃねえ。俺は……」
小春の声「『花粉症だ』とでも言うつもりですか?」
   振り返る杉山。部屋の隅に立つ小春。
小春「まさか、今更どの面下げて言ってるんですか?」
松本の声「そうそう」
   振り返る杉山。小春と反対側の部屋の隅に立つ松本。
松本「杉山が花粉症になっちゃったら、もう何の取り柄もないじゃん」
相川の声「あ~あ」
   振り返る杉山。ベッドに腰掛ける相川。
相川「杉山だけは花粉症にならないって信じてたのにな」
   テレビの電源が付く。振り返る杉山。
   テレビ画面に映る清香。鼻で笑う。
   泣き声が聞こえ、振り返る杉山。壁際で泣いている尚子。
尚子「私の育て方が悪かったのかしら」
   笑い声が聞こえ、振り返る杉山。ドアの前に立つ咲。
咲「お兄ぃにもう存在価値ねえんだよ」
種田の声「その通りだ」
   振り返る杉山。杉山の真後ろに立っている種田。
種田「君は重い重い病気なんだ。人類の敵なんだ。害虫なんだ。一生ここから出られると思うなよ。フハハハハ」
杉山「うるせえ、うるせえ、うるせえ!」
   ベッドに倒れ込む杉山。室内には他に人はいない。笑い出す杉山。
杉山「でも同じか。ここから出られても出られなくても、俺には何もねえ。何も変わらねえ」
清香の声「杉山が花粉症だからって、杉山が杉山である事は変わらない」

○(フラッシュ)杉並大学・ラウンジ
   「花粉症になっちゃった」と言った時の相川。
清香の声「別に誰も責めやしないし」
    ×     ×     ×
   「実は花粉症じゃない」と言った時の松本。
清香の声「受け入れるし」

○(フラッシュ)ハンバーガーショップ・中
   「レズ」と言った時の清香。
清香「今まで通り何も変わらないから」

○研究所・隔離部屋
   ベッドにうずくまる杉山。
清香の声「杉山がそう信じてる限り」
杉山「そんな事、わかってるから……」
   涙を流す杉山。
杉山「(カメラに向かい)涙は出てるけど、泣いてる訳じゃねえからな。これは……」
   涙を拭う杉山。意を決した表情。

○学会会場・外

○同・中
   客席に座る大勢の、様々な国の人々。
   ステージに立ち、英語でジョークを交えた挨拶をする種田。
   笑いが起こる会場。

○研究所・隔離部屋
   誰もいない。
   サイレンが鳴っている。

○学会会場・中
   ステージに立ち、演説をする種田。プロジェクターを使いグラフなどを見せている。

○同・外
   深呼吸をする杉山。
清香の声「あとは、杉山次第」
杉山「できる、できる。信じろ、信じろ」
   中に入って行く杉山。

○同・中
   ステージに立ち、プロジェクターを使って演説をする種田。被験者として杉山の写真が映っている。
   会場最後部のドアが開き、杉山が入ってくる。杉山に気付き、ざわつく場内。
杉山「俺は、俺だ。何があろうと、俺は、俺だ。俺がそう信じている限り、俺は俺だ」
   点鼻薬を使用する杉山。
杉山「うおおお!」
   壇上に向かって通路を走り出す杉山。BGMでモーニング娘。の『I WISH』のBメロ(「誰よりも私が 私を知ってるから 誰よりも信じてあげなくちゃ!」の部分)からサビまでが流れる。
   十数人の屈強な警備員が杉山を捕まえようとするが、時にアメフトのように吹き飛ばし、時に周囲の座席を足場にアクロバティックにかわして行く杉山。最終的にステージまで上がる。
種田「杉山君、君……」
杉山「どいて下さい」
種田「いや、しかし今は私の……」
杉山「どけっ!」
   種田からマイクを奪う杉山。会場がさらにざわつく。
杉山「俺は、種田遺伝子でも杉山ウイルスでもねえ!」
   会場が静まり返る。
杉山「俺は……俺は……ただの花粉症だ!」

○杉並大学・ラウンジ
   テーブルを囲む杉山、清香、松本、相川、小春(小春がいる事はまだわからない体で)。杉山は眼鏡とマスクを着けているが、他の四人は何も着けていない。箱ティッシュから一枚取り出しポケットティッシュのサイズに折り畳んでいる杉山。
杉山「いやあ、眼鏡とマスクを着けてるだけで大分快適になるな」
相川「そりゃ良かったな」
杉山「薬もいいのがあってさ、マサにも今度教えてやるから」
松本「ところでそれ、何してんの?」
杉山「ポケットティッシュがすぐ無くなるから、こうやって折り畳んで補充してんの」
小春「杉山さん、器用ですね」
杉山「どうも」
   しばしの沈黙。
杉山「(小春に気付き)ところで、何でここにいるんですか?」
松本「あ、杉山の知り合い?」
相川「杉山も隅に置けないな。あんた、あのコのなんなのさ」
杉山「何って、ただの客と店員」
小春「篠宮小春と言います。はじめまして」
清香「私の彼女」
杉山「……は?」
松本「そう言えばレズって言ってたよね」
相川「なるほどな、納得」
杉山「あ、二人は知ってたんだ……あれ?」
   相川と小春を見る杉山。
清香「どうした?」
杉山「そういえば、マサと篠宮さん、眼鏡とかマスクとかしてないけど、何で?」
小春「え……もう平気なんで。シーズン過ぎたんじゃないですか?」
相川「俺も。あれ、杉山は?」
杉山「俺は……」
   くしゃみをする杉山。
清香「現役バリバリって感じだね」
杉山「そうか、そういう事か!」
清香「どういう事?」
杉山「やっぱり俺、花粉症じゃねえんだよ」
清香&松本&相川&小春「は?」
杉山「だってそうだろ? 花粉症の人がもう治ってるのに、俺だけがまだ症状続いているって事は、俺は花粉症じゃねえって何よりの証拠だろ? (嬉しそうに)くそっ、あの医者やっぱりヤブなんじゃねえかよ。悪い、俺今から病院行ってくるわ」
   嬉しそうに走って行く杉山。
   その後ろ姿を見送る四人。
清香「全然変わってないし」

○病院・外観

○同・診察室
   向かい合って座る杉山と医者。
医者「あ~、こりゃ多分ヒノキだね」
杉山「ほら、やっぱり。俺は花粉症じゃなくて別の病気だったんじゃないですか」
医者「違うよ、ヒノキの花粉症」
杉山「へ?」
医者「いるんだよね。スギとヒノキ、両方の花粉症になっちゃう人って」
杉山「……」

○同・外観
杉山の声「嘘だ~!」
                 (完)

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