ムスカリ 舞台

美月、渚、昌子の三人は、自分達が10年前に活動していたロックバンド「MUSUKARI」の事を思い出していた。これは、夢を追いかけ続けた若者達の、一つの小さな物語。
森口裕貴 22 0 0 01/25
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第一稿

『ムスカリ』
〈登場人物〉

大山 美月(22) ガールズバンド『MUSUKARI』ギターボーカル   

宮本 渚 (22) ガールズバンド『MUSUKARI ...続きを読む
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『ムスカリ』
〈登場人物〉

大山 美月(22) ガールズバンド『MUSUKARI』ギターボーカル   

宮本 渚 (22) ガールズバンド『MUSUKARI』ベース       

竹内 昌子(22) ガールズバンド『MUSUKARI』ドラム       


         ●暗転↓セリフ音声↓Mあおり 現在(2019年)     
         
美月 語り「10年前の私は、いつも誰かに迷惑をかけていた。今思えば恥ずかしくてうまくいかなかった
      事ばかり。ただ・・・目を閉れば、まるで昨日の事のように蘇ってくる。MUSUKARIと
      言うバンドの事。渚や昌子の事。そして、その環境が私にとってとても大切だったという事・・・
      あなたにはそんな思い出がありますか?」

         ○明転

         ☆回想(2009年)音楽スタジオ 休憩スペース
          下手の椅子には渚がバンド雑誌を読んでいる。センターテーブル、昌子、ガラケーで
          電話をしている。ノートには顧客の連絡先。     
昌子 「・・・うん、まだ大丈夫だよ。・・・了解。いつも遠い所からごめんねー今度サインあげるから・・・・
    え、いらないってどういう事よ? ぶっとばすよ。・・・冗談だって、怖がりすぎ。うん、じゃあよ
    ろしくー」
          電話を切る昌子。       
昌子 「4枚ゲット。渚、4枚追加で」
渚  「わかった。昌子、今回頑張ってるね」
昌子 「そりゃそうじゃん。だって5周年のワンマンだし」
渚  「そっか」
昌子 「だから私、今回絶対200は行きたいと思ってんだよね」
渚  「200か・・・まぁ、行くんじゃない」
昌子 「どうして?」  
渚  「今回、結構美月頑張ってるみたいだよ」
昌子 「え、そうなの?」
渚  「あと50は絶対伸びるって言ってたし」
昌子 「ふーん・・・」
渚  「そういえば、美月から連絡あった?」
昌子 「ない。どうせいつもの遅刻でしょ」
渚  「あーやっぱりそうか」
昌子 「いやそうかって、あんた何のほほんと言ってるのよ」
渚  「何が?」
昌子 「あのさ、たまには渚からもガツンと言ってよ」
渚  「私が?」
昌子 「だってそうじゃん、いつも私ばっか怒ってさ」
渚  「でも、そういうポジションだし」
昌子 「いやなポジションなんですけど」
渚  「・・・そっか」
昌子 「そっかじゃなくて」          
          そこへ、美月が下手からやってくる。
渚  「あ、おはよう」
美月 「おっはよー」
昌子 「『おっはよー』じゃない。20分の遅刻」
美月 「いやーちょっと色々あってさー」
昌子 「何、色々って?」
美月 「それは・・・秘密?」
昌子 「秘密って・・・(呆れて)あんたほんとに反省してんの?」
美月 「十分に反省しております」
昌子 「ふざけないでよ」
美月 「別にふざけてる訳じゃ」
渚  「あ! そういえば、この前のスタジオ練習の音源聞いた?」
美月 「聞いたけど」
渚  「どうだった?」
美月 「音圧もあるし悪くはないんだけど・・・」
渚  「やっぱ、細かい部分が気になるんだよね。昌子はどう思う?」
昌子 「・・・私もそう思う。目立つところで言えば、サビの渚のベースが少し走ってたかな」
渚  「やっぱり?」
美月 「もっと二、四拍を意識した方がいいかも」
渚  「うん、わかった」
昌子 「他には?」
渚  「Cメロ、昌子のドラムと美月の歌が合ってない?」
昌子 「確かに。美月、かなりズレてたよ」
美月 「あそこさ、気持ちのいいテンポで歌っちゃうんだよねー」
昌子 「けど、リズムズレたら意味ないでしょ?」
美月 「うーん、まぁそれはそうなんだけど・・・」
渚  「私もノリは大事だと思う」
昌子 「え?」
渚  「あそこは、歌のテンポに合わせてもいいんじゃないかな」
美月 「やっぱそうだよね」
渚  「うん」
昌子 「いや、そんな事言い出したらドラム必要なくなるじゃん」
美月 「それはないよ」
昌子 「え?」
美月 「だってドラムがいないバンドなんてないし」
                 奥の扉からスタッフ(俊也)がやってくる。
俊也 「うぃーっす、スタジオの掃除終わりましたーもう入れますよ」
昌子 「(俊也に触られて)触んなよ」
俊也 「さーせん! ナギさん、この前、調子悪かったベーアン直しておいたんで。今日はいい音鳴ります
    から」
渚  「ありがとう」
俊也 「それにしても、あんな微妙な所よく気付きますよね」
渚  「うーん、そうかなぁ。普通じゃない?」
俊也 「普通じゃないっす、マジで凄いっすよ」
美月 「渚は耳だけはいいからねー」
渚  「ちょっとそれどういう意味?」
美月 「冗談、冗談」
昌子 「・・・」
俊哉 「美月さん」 
美月 「ん?」
俊哉 「次のワンマン行くんで、チケット取ってもらっていいっすか?」
美月 「うん、ありがとう。何人で来んの?」
俊也 「俺、一人っす」
美月 「じゃあ、五枚で予約とっとくねー」
俊也 「いや・・・俺、一人なんっすけど」
美月 「(可愛く)五枚でとっとくね」
俊也 「・・・ツレに声かけて、五人で行きます!」
美月 「ありがとねー」
昌子 「前から思ってたんだけど、あんたいつも美月にばっかチケット買ってるよね?」
俊也 「え? まぁ」
昌子 「何で?」
俊也 「ここだけの話、あんだけメール攻撃されたら買う気にもなりますよ。美月さんから買わなかったら、
    もう刺し殺されるんじゃないかなって思うぐらい・・・」
美月 「は? 誰が刺し殺すって?」
俊也 「あ! 俺、スネアのヘッド張り替えないと! って事で練習頑張ってください・・・」
          はけていく俊哉。
美月 「タコ殴りにするだけだっつーの」
渚  「メール攻撃って何?」
美月 「一時間おきにライブあるよって送り続けんの」
渚  「一時間おきに!?」
美月 「そう。そしたら、大体、『わかった、買う』って返事が返ってくるから。今度やってみな」
渚  「わかった」
          盛り上がる二人。
昌子 「はいはい、時間だよ」
美月 渚 「はーい」 「うん」
          一同、楽器を持って奥の扉へ入っていく。
          昌子のスティックでカウントが聞こえる。         
           
         ♫ブリッジM 「who the bich」

         ◯カットアウト↓バーM IN

         ☆立ち飲みバー 夜 グラスを持って入ってくる二人。         
美月 「やっぱさー、ぶっ通しで五時間の練習はキツイよねー」
渚  「ありえない事がまかり通る、それが世の常」
美月 「え、ちょっと待って何言ってんの? よくわかんないんだけど」
渚  「わかんない?」
美月 「とにかく、私は五時間ぶっ通しはないって言ってんの」
渚  「あ、それはわかってるよ」
          昌子がやってくる。
昌子 「あのさ、それ何回言ったら気がすむ訳? 私も好きでやってるんじゃないよ。けど、それぞれチェ
    ックしながらやってたら五時間ぐらいかかるんだって」
美月 「ハイハイ、そうですね。あ、私、モスコミュール」
昌子 「ちょっと話終わってないんだけど」
渚  「私、カシオレ」
昌子 「渚!」
美月 「昌子は?」
昌子 「え?」
渚  「何すんの?」
昌子 「何すんのって・・・いいちこロック!」
美月 「ちょっとここバーだよ」
昌子 「いいでしょ、別に。スタジオの後のいいちこロックは鉄板なんだって」
美月 「そういうものかなー」
昌子 「そういうものだよ。渚も思わない?」
渚  「思ったり、思わなかったり」
美月 「どっちなの」
昌子 「その前に一ついい? なぜここ?」
渚  「ん?」
昌子 「逆にあえてのここ?」
渚  「何が?」
昌子 「だから何でこの店選ぶかな?」
渚  「ずっと気になってて、一度来てみたかった」
昌子 「ここ立ち飲みバーだよ?」
渚  「だから?」
昌子 「ずっと練習で立ちっぱなしなのに、何でまた立たないといけないのよ」
渚  「でも、昌子はずっと座ってたよ」
美月 「あ、本当だ」
昌子 「え、それ言う? 確かに座ってたけど右足はずっと動いてるし、左足も踏ん張ってるんだから」
美月 「ふーん」
昌子 「いや、ふーんじゃなくて・・・」
渚  「あ、ナッツもらっていいですか?」
昌子 「聞いてる?」
美月 「聞いてないんじゃない?」
昌子 「(ため息)」
渚  「どうしたの?」
昌子 「頭痛い」
渚  「頭痛いんだったら、飲み過ぎはよくないよ」
昌子 「いや、そういう事じゃなくて」
渚  「じゃあ何?」
昌子 「私、あんた達二人と五年もバンドやって来れたなんて本当に偉いって思う。自分を褒めてやりたい」
美月 「五年か・・・何かさー信じらんないよね。バンド組んでもうそんなに経つなんて」
昌子 「いや、そういう話がしたいんじゃなくて・・・」
美月 「あ、覚えてる? 一番最初のライブ。誰もお客さん来なかったよね?」  
渚  「確かにあの時はきつかったよね。あと、物販コーナーで他のバンドのCDは売れるのに、私たちの
    は全然売れなくて」
昌子 「思い出したくもない話だけど、まぁ懐かしいっちゃ懐かしいね」
美月 「でも、あの時に比べたらお客さんも増えてるし、演奏力も上がってると思わない?」
渚  「そうだよね」
美月 「うん」
昌子 「でも、私たちは売れてない」
渚  「別に売れてなくても、楽しく・・・」
美月 「大丈夫だって」
二人 「ん?」
美月 「私たち、絶対売れるから」
昌子 「(笑って)その自信は、どっから来てんの」
美月 「私の勘」
昌子 「は?」
昌子 「(笑って)・・・でもさ、何か美月が言うと、本当にそうなるような気がすんのは不思議だよね」
渚  「まぁ、確かに」
美月 「あ!」
昌子 「何?」
美月 「このタイミングでなんだけど・・・新曲を作ってきましたー」
渚  「え?」
昌子 「新曲って、この前作ってきたばっかじゃん?」
美月 「いやー昨日、音楽の神が降りてきてさーとりあえずパパッと作ったんだけど」
昌子 「(驚いて)パパッとって・・・」
美月 「まぁ、ワンコーラスだけなんだけどね」
渚  「それでも凄いじゃん」
美月 「そうかな?」
          昌子にアイポッドを渡す美月。その時、美月のケータイが鳴る。
美月 「あ・・・電話だ。ちょっとごめんね」
          美月、下手へとはける。昌子、アイポッドで美月の曲を聞くが、途中で聞くのをやめ
          てしまう。
渚  「昌子?」
昌子 「・・・」
渚  「昌子!」
昌子 「あ・・・」
渚  「どうしたの?」
昌子 「別に」
渚  「ふーん」
昌子 「(渚のそばにいって)・・・ねぇ、渚」
渚  「ん?」
昌子 「美月ってどう思う?」
渚  「どうって?」
昌子 「音楽の才能、あると思う?」
渚  「(笑って)ないと思ってたら、五年も一緒にバンドやらないって」
昌子 「そっか・・・そうだよね」
渚  「(所作がありながら)美月の書く詩ってやっぱり、人から必要とされてるっていうか、求められ
    るんだよね」
昌子 「うん」
渚  「けど、正直言うと、曲の展開とかメロディは、もうちょっと詰めれるかなって思う」
昌子 「渚もそっちなんだ・・・」
渚  「ん? そっちって?」
昌子 「・・・何でもない。(いいちこを飲んで)すみません、おかわり!」
渚  「だから、飲み過ぎだって」
昌子 「いいの、いいの。飲みたい時もあんのよ」
          そこへ、美月が下手からやってくる。
美月 「(酒を飲み干して)どうしよう・・・」
渚  「何?」
美月 「どうしよう!」
昌子 「だから、何?」
美月 「デビュー・・・デビューできるかも!」
渚 昌子「え!?」
   
         ●暗転

渚 語り「10年前のあの日の事は今でも覚えている。『メジャーデビュー』・・・その言葉を追いかけて、
     私たち三人はずっと走り続けてきた。だからその話を聞いた時、嬉しくて、嬉しくて、今まで自
     分たちがやってきた事が全て報われたんだと思った。美月や昌子に気付かれないように、スタジ
     オの中で一人泣いた事がとても懐かしい・・・」

         ☆音楽スタジオ 休憩スペース 十日後。いつもの光景。
昌子 「・・・私たちメジャーにいけるんだね」
渚  「何か今でも信じられない・・・」
昌子 「でもさ、こんな事ってありえる? レーベルの人がたまたま私たちのライブを見て、気に入ってく
    れたなんて」
渚  「うん、本当にびっくりだよね」
          下手から美月がやってくる。
渚  「あ」
昌子 「美月、ありがとう」
美月 「え、何が?」
昌子 「デビューの話だよ」
美月 「・・・その事なんだけど」
昌子 「あんたの言葉を信じてよかったよ」
渚  「私からもありがとう」
美月 「・・・」
渚  「どうしたの?」
美月 「二人とも・・・ごめん」
昌子 「何、急に?」
美月 「本当に・・・ごめん・・・私だけだった」
渚 昌子「え?」
美月 「メジャーデビューの話、私だけだった・・・」
          沈黙。
昌子 「・・・MUSUKARIでは無理って事?」
美月 「うん・・・」
昌子 「そうなんだ・・・」
渚  「・・・」
美月 「でも・・・ちゃんと断ってきたから」
昌子 渚 「え?」
昌子 「あんた、何言ってんの?」
美月 「何って?」
昌子 「メジャーデビューだよ、プロになれるんだよ」
渚  「そうだよ美月。何で断ったの?」
美月 「え?」
渚  「もう一度話をして、やらせてもらった方がいいよ」
美月 「・・・無理だよ」
昌子 「何が無理なの?」
美月 「私はMUSUKARIでメジャーに行きたいの。自分一人だけなんて意味ないじゃん」
昌子 「私たちの事は気にしなくていいから」
美月 「え?」
昌子 「だって仕方ないじゃん、声がかかってるのはあんただけなんでしょ」
美月 「昌子・・・」
渚  「なんか凄いよね?」
美月 「ん?」
渚  「一緒にやってた人がメジャーデビューなんて。私、絶対に自慢しちゃう」
美月 「渚、さっきも言ったけど、私、一人でメジャーに行く気ないんだって」
渚  「どうして?」
美月 「確かにメジャーに行けばもっと沢山の人に、私の曲を聞いてもらえるようになる。それは凄い事だ
    と思う。けど、その何倍も不安があるっていうか・・・」
渚  「不安?」
美月 「私って、今まで自分の好きなように曲を作ってきたじゃん。だからメジャーに行って、こんなもの
    を作って欲しいって求められた時、私に出来るのかなって・・・」
渚  「そんな事ないって・・・美月だったら大丈・・・」
美月 「(食って)それに私さ、本当はあんまり売れるって事に興味がなかったのかも」
渚  「え?」
美月 「ただこのMUSUKARIってバンドが好きで、ここで曲を作ったり演奏したりするのが、単純に
    楽しかっただけなのかなって・・・」
昌子 「何言ってんの?」
渚  「昌子?」
昌子 「出来るかわからない? 売れようと思ってない? ふざけるのもいい加減にしてよ!」
美月 「え?」
昌子 「あんたさ、どんだけ自己中なの?」
美月 「ちょっと待って・・・言ってる事がよくわかんないんだけど」
昌子 「そっか、全然自覚ないもんね」
美月 「どういう事?」
昌子 「・・・好き勝手に曲作って、ライブでは目立ちたい事ばっかりやってさ。それなのに、練習はいつ
    も遅刻するし。そういうのって、自己中って言うんじゃないの?」
美月 「・・・本気で言ってるの?」
昌子 「もちろん。ついでに言わしてもらうけど、私、美月が音楽をやるために努力してる所、今まで一度
    も見た事がない」
美月 「それ、ひどくない?」
渚  「二人とも、ちょっと落ち着こうよ」
昌子 「・・・本当の苦しさを知らないあんたが、大して売れようとも思ってないあんたが・・・どうしてい
    つも認められんのよ!」
美月 「・・・そんな事、私に聞かれてもわかんないよ!」
渚  「やめて!!」
          沈黙。
美月 「それは昌子に言ってよ」
渚  「(昌子に)そんな話しても意味ないんじゃない」
昌子 「え?」
渚  「昌子が美月に何を言ったとしても、バンドじゃメジャーに行けないんだし。で、メジャーに行くか
    行かないか決めるのは、美月本人なんだから」
昌子 「渚は余裕だね。何だか私一人が悪者みたいじゃん」
渚  「そんな事ないよ。それに私・・・昌子の気持ちもわかる」
昌子 「私の気持ち?」
渚  「『悔しい』っていうか『嫉妬』っていうか、そんな気持ち?」
昌子 「渚にはわからない」
渚  「え?」
昌子 「私からすれば、あんたも美月と変わらない」
渚  「どういう事?」
昌子 「だって、あんたにもセンスや才能があるから」
渚  「でも、それは昌子にだって・・・」
昌子 「ないよ。私には・・・ない」
渚  「昌子・・・」
昌子 「人に力を与える美月の歌詞、一度聞いただけで頭から離れない渚のメロディー。けど・・・私には
    何もない。私じゃなくても、ムスカリのドラムは出来るのよ」
渚  「そんな事・・・」
昌子 「だから、私は気に入らない・・・せっかく才能があって、人から必要とされているのに・・・それ
    に応えようとしないあんたが・・・」
美月 「知らないよ・・・そんな事、言われても知らないよ!」
渚  「美月」
美月 「自分の実力のなさを私のせいにしないで!」
昌子 「・・・解散しよう」
渚 美月「え?」
          一同、沈黙。
昌子 「だから、解散しようって言ってんの」
渚  「・・・冗談だよね」
昌子 「本気」 
渚  「・・・」
美月 「・・・」
昌子 「今までずっと黙ってたんだけど、仲の良かったバンドのドラムが脱退して、代わりにやらないかっ
    て話があったの」
渚  「え?」
美月 「・・・」
昌子 「美月、渚」
美月 「何?」
昌子 「私、このバンドが嫌い」
渚  「昌子!?」
昌子 「歌詞も曲調も、私が元々やりたかった事とは全然違う。本当に好きで、今までやってきた訳じゃな
    い」
美月 「それじゃあ・・・なんで今ままで一緒にやってたの?」
昌子 「一般受けして売れそうだったから。ただ、有名になりたかったから、ずっと我慢してやってただけ」
渚  「やめてよ・・・」
昌子 「今度は自分が本当に好きな曲のドラムを叩きたいの」
渚  「ねぇ、昌子!」
昌子 「だから『MUSUKARI』ではやっていけない」
美月 「そっか・・・嫌いなら仕方ないね」
昌子 「私はもう自分の好きなようにやるから。だからあんたも、もう一度レーベルの人と話をして、ソロ
    デビューすればいいんじゃない? もちろん、渚も好きにすればいいし」
美月 「・・・」
渚  「・・・ライブはどうすんの!?」
昌子 「じゃあ五周年じゃなくて・・・解散ライブだね」 

          ●暗転↓ブリッジM

          ☆ライブハウス 控え室 一ヶ月後
           ワンマンライブが終わり、下手から楽器を持ってやってくる三人。             
美月 「終わったー・・・」
渚  「あー疲れたー」
昌子 「私もうダメ動けない・・・」
美月 「いやーさすがにアンコール五曲はヤバいよね」
昌子 「そうだね、拍手鳴りやまないんだもん」
渚  「けどさー凄い盛り上がったよね」
美月 「うん。今までで最高のライブだった」
昌子 「ちょっとでもムカつかない?」
渚  「何で?」
昌子 「だってさーあれからスタジオあんまり入ってないのに、何で最後が一番いいのよ」
美月 「確かに。渚の走り癖も直ってたし」
渚  「ありがとう。美月と昌子も、今日はちゃんと合うようになってたよ」
昌子 「え、たまたまじゃない?」
美月 「昌子って素直じゃないよねー、実はかなり練習してたんでしょ?」
昌子 「別に」
          次第に笑いがこみ上げてくる三人。
美月 「渚は結局、就職どうなったの?」
渚  「もう決まったよ」
美月 「へーよかったじゃん」
昌子 「何の仕事?」
渚  「材木店」
美月 「ざ、材木!?」
昌子 「あんた、木を売るの!?」
渚  「うん」
昌子 「へー渚がそんなのに興味があるとは思わなかった」
渚  「別に興味があるって訳じゃないんだけど」
美月 「じゃあ、何?」
渚  「田舎に帰るって親に言ったら、知り合いの人に紹介してくれて」
美月 「そうなんだ、よかったよね」
渚  「うん、親も喜んでくれてる」
美月 「音楽やってたら、色々と心配かけるからねー」
昌子 「あんたはいつも心配かけっぱなしだもんね」
美月 「まぁね。昌子は?」
昌子 「ん?」
美月 「新しいバンドどんな感じ?」
昌子 「あぁ、順調だよ。最近は少しずつだけどスタジオも入るようになった」
渚  「そうなんだ」
昌子 「でも、ムスカリとは全然ジャンルが違うから慣れるまで大変かな」
美月 「ジャズでしょ? 格好いいじゃん」
昌子 「うん、格好いいし、奥が深いなって思う」
美月 「そっか」
昌子 「ま、美月に負けないように、私たちも絶対売れてみせるから」
美月 「楽しみにしてる」
昌子 「うん。よしっ、今日は飲むぞー」
渚  「昌子、また飲みすぎないでよ」
昌子 「あんたね、ムスカリ最後の打ち上げだよ? 飲まずにはいられないでしょ」 
渚  「まぁ、そうだけどさー。あ、打ち上げ会場っていつもの居酒屋でよかったんだよね?」
昌子 「うん、鳥頭。ちょっと狭いけど、個室が空いててさ」
美月 「あ、ごめん。私、今日無理なんだ」
昌子 「どうして?」
美月 「実は今日の夜行バスしか予約とれなくてさ」
昌子 「そっか」
美月 「うん」
渚  「残念だね」
昌子 「せっかく朝まで語り明かそうと思ってたのに」 
美月 「本当にごめん、でもさまたいつでも飲めるじゃん・・・」
渚  「いつでもいつっていつよ」
美月 「それは・・・」
昌子 「(小さく)あ・・・」
          どこか寂しげな雰囲気。
美月 「あ!?」
昌子 「どうしたの?」
美月 「そういえば私、昌子にCD借りたままだった・・・ほらこれ昌子のでしょ?」
昌子 「・・・ずっと見つからないと思ってたら、あんたが持ってたの」
美月 「この前、部屋の整理してたら出て来てさ」
渚  「そうなんだ」
美月 「うん」
          美月、昌子にCDの入ったケースを渡す。昌子、ケースを開いて中身を見る。 
昌子 「懐かしい」
渚  「どれ?」
昌子 「見て見て」
渚  「デモ音源だけでも結構あるね」
昌子 「うん・・・あれ? このCDにだけ名前が書いてない・・・」
渚  「本当だ?」
昌子 「美月、これ何のCDか覚えてる?」
美月 「いや、覚えてないかな・・・聞いてみたらいいじゃん?」  
昌子 「え、今?」
美月 「もちろん、今だよ」
昌子 「わかった」
          昌子、CDをデッキに入れ再生する。  
渚  「何が入ってるのかな?」
美月 「うーん・・・渚のベースソロ?」
渚  「そんなの録った記憶ないんだけど」
美月 「だよねー」
          デッキから再生されたのは、下手な演奏。そして五年前の三人の笑い声。 
昌子 「これって・・・」
渚  「初めてのスタジオ練習?」
美月 「うん」
          さらに再生される。その音声に耳を傾けている三人。   
美月の声「ねぇ、ねぇ、練習は後回しにしてさ、先に私たちのバンド名決めない?」
昌子の声「そうだね」
渚の声 「うん」
昌子の声「文化祭に出る為にも、申し込み用紙にバンド名記入しないといけないし。何かいい名前はある?」
美月の声「はい、はーい」
昌子の声「じゃあ、美月」
美月の声「えーっと、ポイズンデッドエターナルファンタジー・・・」
昌子の声「却下!」
美月の声「え! ちょっとまだ言い終わってないって」
昌子の声「言い終わってなくても、絶対格好悪いじゃん」
美月の声「そんな事ないってー」
昌子の声「渚は?」
渚の声 「あ・・・ちょっとすぐには浮かばないかな」
昌子の声「そっか」
美月の声「そういう昌子は何かないの?」
昌子の声「私はもう決めてる」
渚の声 「そうなんだ、何?」
昌子の声「・・・ムスカリ」
美月の声「ムスカリ?」
渚の声 「何それ?」
昌子の声「花の名前」
美月の声「へーそんな花があるんだ。詳しいよね、昌子」
昌子の声「小さい頃から花が好きだったから」
渚の声 「私も知らなかった。けど、どうしてその花の名前がいいの?」
昌子の声「・・・ムスカリの花言葉には『通じあう心』っていう意味があって・・・私、不器用だし、あん
     まり素直に言葉に出来ない事が多いから・・・でも、これから二人とはずっと仲良くバンドやっ
     ていきたいって思うし・・・」
美月の声「昌子・・・」
昌子の声「どんな事があっても、心だけは繋がっていたいなって・・・だからムスカリがいい・・・」
渚の声 「うん、いいと思う」
美月の声「私は正直、ちょっと恥ずかしい」
昌子の声「悪かったわね・・・」
美月の声「けど昌子がそう言うんなら・・・いいよ」
昌子の声「え? いいの?」
美月の声「うん、だって私達の中で昌子が一番しっかりしてるし」
渚の声 「確かに。みんなを引っ張るの凄く上手いし、リーダーって感じだよね」
昌子の声「あんた達・・・」
美月の声「だから昌子に決めて欲しい」
昌子の声「(笑って)ありがとう。じゃあ、ムスカリにしよう」
美月、渚の声「「うん」」
渚の声 「これから先、どんなバンドになんのかな?」
美月の声「そりゃ、武道館でワンマンライブじゃない」
昌子の声「あんた規模大きすぎ」
渚の声 「けど、そうなりたい・・・」
昌子の声「喧嘩もいっぱいするだろうね」
渚の声 「悔しくて泣いたりとか・・・」
美月の声「楽しい事もいっぱいあるってー機材車にみんなで乗って全国ツアーとか」
渚の声 「楽しそう・・・」
昌子の声「綺麗な景色見て」
渚の声 「おいしいもの食べて・・・」
美月の声「最高のライブをして、打ち上げでお酒いっぱい飲む!」
昌子の声「あんたまだ未成年だろ!」
美月の声「それは今の話じゃん。もうその頃には立派に成人してるよー」
昌子の声「あ、そうだよね」
          みんなの笑い声。当時の思い出がよぎる三人。
          CDを止める昌子。涙を流している美月と渚。
渚  「私、解散したくない・・・ずっとこのバンドで音楽がしたい・・・」
美月 「私も本当は解散したくないよ・・・」
昌子 「駄目・・・」
美月 「昌子?」
昌子 「私たちは、もうそれぞれ前に進んでるんだから」 
渚  「そうだよね」
美月 「・・・私行くから」
昌子 「美月、元気で」 
渚  「今までありがとう」
美月 「うん・・・」
          楽器を持って、下手へ出て行く美月。
渚  「寂しくなるね・・・」
昌子 「そうだね・・・」
渚  「みんな待ってるし、そろそろ私たちも向かおっか?」
昌子 「先に行ってていいよ」
渚  「え?」
昌子 「私、まだちょっとやる事あるから」
渚  「わかった・・・じゃあまた後でね」
昌子 「うん」
          同じく、下手へ出て行く渚。
          椅子に腰掛け、電話をする昌子。 
昌子 「あ、もしもし・・・ごめん。・・・やっぱりバンド入るのやめとく・・・そんなんじゃない・・・新
    しい事に挑戦したいって思ったのは本当・・・けど、やっぱりしばらくはムスカリのドラム以外叩
    く気になれないから・・・ごめん・・・じゃあ、また・・・」
          涙を流す昌子。         

         ●暗転
 
渚  語り 「10年前の私は嘘をついた。MUSUKARIが嫌いだという嘘を・・・本当は美月が作る
       歌詞も、渚が作る曲も大好きだった。そして、美月が大好きだった。だから・・・私や渚よ
       りも才能があって、将来に可能性がある美月だから・・・私たちがその才能を潰してはいけ
       ない、そんな気がした・・・自分勝手な決断だったのかもしれない。けど、画面越しの美月
       の笑顔を見ると、今でもどこか救われた気分になるのは不思議だ。・・・時間が経てば環境も
       変わって、過去の思い出は次第に薄れていく。少し悲しいけれど、それは仕方のない事かも
       しれない。ただ、一つだけ言える事がある。笑って、泣いて、喧嘩して、私たちは確かにそ
       の瞬間を生きていた。だからきっと大丈夫。ムスカリの花言葉のようにどこかで私たち
       は・・・・・・通じ合っているのだから」            
                                        
                                         エンド

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