美織じゃなければ ホラー

夫とケンカし、トイレに籠もった女性と、その女性に想いを寄せている主人公が自宅で寝泊まりすることになった物語。なぜ女性は外に出ないのか? 夫はなぜ主人公を自宅に招き入れたのか? 主人公はその女性と会えるのか?
春ノ月 47 0 0 08/27
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第一稿

○ 武元の家・リビング(夜)
  雨の音、時折雷が鳴る。
  中は薄暗く、荒らされた様に物が散乱してい
  てる。
  壁にはワインがかかった跡。その下には
  ワインボ ...続きを読む
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○ 武元の家・リビング(夜)
  雨の音、時折雷が鳴る。
  中は薄暗く、荒らされた様に物が散乱してい
  てる。
  壁にはワインがかかった跡。その下には
  ワインボトルが落ちている。
  コンコンコンとドアをノックする音。

○ 同・トイレ・前(夜)
  トイレのドアの前に座る北浜順也(25)。

○ 同・トイレ・中(夜)
  中は薄暗い。
  ドアの下にメモ。メモには「美織じゃなければ
  こんな事しないよ? 指の鳴らす所に頬を」と
  書かれている。

○ 同・トイレ・前(夜)
  北浜、ゆっくりとドアにキスをする。

○ 酒屋・表(朝)
  お酒が山積みして展示されてある。

○ 同・搬入口(朝)
  北浜と先輩の柳田亮(28)がお酒の搬入を
  行っている。
  山積みされたケースの上に、更にケースを積む
  北浜。
柳田「それで50ケース目だ。残り20ケース。
  ファイト!」
  と、傍観しているだけの柳田。
北浜「(小さく)はい」
  北浜、黙々とケースを運ぶ。
柳田「北浜、最近張り切ってんな」
北浜「(ケースを運んだりしながら)そうですか?」
柳田「(茶化して)あの女が来るからだろ」
北浜「……ただの同級生です」
柳田「同級生? えっ、知ってんの?」
北浜「高校の頃の同級生です。でも僕は目立つ方じゃ
  なかったから、一方的に知ってるだけです」
柳田「なんだよ。つまんねえ男だな。北浜、あの女に
  手ぇ出すなよ」
北浜「……柳田さん狙ってるんですか?」
柳田「ちげえよ。武元飲料の御曹司いるだ
 ろ? その奥さんなんだよ」
北浜「(作業の手が止まり)結婚してるんですか?」
柳田「うちの部長から聞いた話しだけど女絡みで
 この辺に引っ越したらしいよ」
北浜「……」
柳田「あの歳だから社長の金で遊んでんだろうな。
 俺も御曹司で生まれたかったなあ」
北浜「……残り15ケースですよ」
  北浜、残りのケースを運んでいく。

○ 武元のマンション・外観(夜)
  高層階の高級マンション。

○ 同・エレベーター・前(夜)
  エレベーターのドアが開くと、北浜が降りてくる。
北浜「……」
  ポケットからメモ帳を取り出し、歩き出す。

○ 武元の家・前(夜)
  北浜、ドアの前で立ち止まり、
北浜「……(部屋番号の確認)」
  鍵を開けて中に入る。

○ 同・玄関(夜)
  北浜が恐る恐る入ってくる。

○ 同・リビング(夜)
  北浜、部屋の明かりをつける。
  部屋の中は物が散乱している。
北浜「(唖然とする)……」
北浜、ワインが染み付いた壁に手を触れる。
北浜「(壁を触る)……」
  落ちているワインボトルを手に取る。
北浜「(ラベルを見る)」
  ワインボトルを元に戻し、メモ帳を取り出す。
北浜「(メモを見る)」
  北浜、冷蔵庫から水を取り出す。
  グラスに水を注ぎ、飲み干す。
  ジャケットを脱ぎ、イスにかける。
  ソファに座り、リモコンでテレビの電源を
  入れる。
北浜「(テレビを見ず、部屋の奥を見る)……」
  北浜、立ち上がり、静かにトイレに向かう。

○ 同・トイレ・前(夜)
  北浜、トイレの前で立ち止まる。
北浜「……」
  北浜がドアに耳を近づける。
  ドアの下からメモが出てくる。
北浜「(驚く)!」
北浜、メモを拾う。
北浜「(メモを見る)」
  メモには「ごめんなさい。ご飯は用意出来て
  ません」の文字。
北浜「……」
  北浜、メモ帳からメモを1枚千切り何かを書く。
北浜「……」
  メモをドアの下の隙間から入れる。

○ 同・同・中(夜)
  ドアの隙間からメモが出てくる。
  メモには「美織のご飯を食べれなくて良かったよ。
  美味しくないからね」。

○ 同・同・前(夜)
北浜「……」
  その場を立ち去る北浜。

○ 武元の家・リビング(夜)
  掛け時計は7時頃をさしている。
  食卓の上には豪勢な食事が並べられ、
  席に着いている武元美織(25)。
  ワインは開けられていないまま置いてある。
  掛け時計が8時、9時、10時と進む。
美織「(ため息)」
  頬杖をつく美織。ふと、掛け時計を見る。
  掛け時計は12時を超えている。
美織「……(決断して)」
  美織、ワインの栓を開け、ワインを飲みだす。

○ 同・玄関(夜)
  鍵の開ける音。武元信吾(32)が入って来る。
武元「殿が帰ってきたぞ〜」
  と酔っ払った様子。

○ 同・リビング(夜)
  武元、リビングに入って来て、
武元「おう美織、起きてたのか」
美織「……(あからさまに怒っている)」
  武元、冷蔵庫から水を取り出し、グラスに水を
  注ぐ。
  武元、全く手をつけられていない食卓を見て、
武元「しょうがないだろ。会社の付き合いってのが
 あるんだから」
  と、水を飲み干す。
美織「……他の女と飲み歩いてるんじゃないの」
  武元、スーツをイスに掛け、
武元「……なんだ? どうしたんだよ」
美織「今日は2人で食事するって言ったじゃん……」
  武元、ソファに座り、テレビをつける。
  テレビの横には2人の写った写真立て。
武元「今度何かプレゼントするからさ」
美織「私は物が欲しいわけじゃないの」
武元「取引先のグチを聞いて疲れてるんだ。
 ゆっくりさせてくれよ」
美織「私がグチってるって言うの? そうさ
 せてるのはあなたでしょ!?」
武元「今日作った食事も、俺の金だ。食べる
 も食べないも俺が決めるんだよ」
美織「……」
  美織、グラスを持って武元に近づきワインを
  ぶっかける。
武元「(ワインかけられ)おい! 何すんだ!」
美織「このワインもあなたのものなんでしょ」
  と、グラスをテーブルに叩く様に置いて、
  リビングから立ち去る。
武元「……」
  ×     ×     ×
  新しいシャツに着替えた武元がソファに
  座ってテレビを見ている。
  立ち上がり、トイレに向かう。

○ 同・トイレ・前(夜)
  武元、トイレのドアを開けようとするが開かない。
武元「あれ?」
  と、何度か試すが開かない。
  トイレの中から、
美織の声「謝るまで出てきませんから」
武元「……はあ?」
美織の声「謝るまで出てきませんから!」
  武元、ドアを蹴り、
武元「じゃあ一生出るな! 絶対に謝らないからな!
  お前の顔なんて見たくねえ!」
  ドアを殴り、その場を離れる。

○ 酒屋・店内(夜)
  北浜がレジにいる。武元が入って来る。
北浜「(気付き)あっ」
武元「ああ、北浜くん」
北浜「(頭下げ)……珍しいですね。こんな時間に」
武元「うん、まあ……」
北浜「そういえば、……今日奥様がいらしてました」
武元「えっ? 北浜くん私の妻のこと知ってたっけ?」
北浜「あっ、いや、奥様から聞きました……」
武元「ああ、そうか」
北浜「記念日だったんですよね?」
武元「……えっ?(今気付く)」
北浜「おめでとうございます」
武元「……ありがとう……トイレ借りていいかな」
北浜「? ……この奥です」
武元「すまない」
武元、店の奥へ歩いていく。
北浜「……」

○ 武元の家・前(夜)
  ドアの前に立つ武元。手には新しいワイン。
武元「(深呼吸)」
  ドアを開けて中へ入る。

○ 同・リビング(夜)
  部屋の中が散乱している。椅子が倒れていたり、
  グラスが落ちて割れていたり。ワインが壁にかけ
  られ染みになっている。
  その下にはワインボトルが落ちている。
武元「(驚き)……」
  武元、新しいワインを置いてトイレに向かう。

○ 同・トイレ・前(夜)
  武元、ドアを開けようとするが開かない。
武元「おい、美織、美織? いるのか?」
  トイレの下からメモが出てくる。
武元「?」
  メモを手に取ると、メモには「あなたが全ての
  発端よ」。
武元「(メモを握り)美織! ふざけてるのか!
  おい!」
  ドアを叩く武元。
  トイレの下からメモが出てきて、
武元「(メモを手に取り)」
  メモには「口はもう聞きません」。
武元「……わかった。俺ももう口を聞かない
 からな。謝る気もない。お前は一生そこか
 ら出てこれないからな!」
  と、ドアを指さす。

○ 同・リビング(夜)
  割れたグラスを拾う武元。
  写真立てが伏せられて落ちている。
  写真立てを拾う武元。
武元「(写真見て)……?」

○ 酒屋・店内
  北浜は品出しを行っている。
北浜「(誰かを見つけ)!」
  美織がワインを手に持って眺めている。
北浜「(美織を見つめる)……」
美織「(北浜に気付き)?」
北浜「(目をそらす)」
  北浜、別の場所へ移動しようとするが、
美織の声「すみません」
北浜「(立ち止まる)」
美織「(こっちですと手を上げる)」
  ×     ×     ×
  北浜と、美織の前に前にワインが並べられてい
  る。
北浜「実はラベルには色んな情報が書いてあって、
 製造年とかブドウが採れた所だか。……これは
 ワインの中でも品質の高い事を示してて」
美織「よく分かんないな」
北浜「……すみません」
美織「でも詳しいですね。北浜さん」
北浜「(驚き)えっ?」
  北浜の胸には名札。
北浜「いえ、全然……」
美織「お酒好きなんですか?」
北浜「……はい。香りでワインの種類が分か
 るくらいです。特にこの武元飲料のワイン
 が美味しいんです」
美織「そうですか。主人も喜ぶと思います。
 今日結婚記念日なので。これを一本頂きます」
  と、微笑む。
北浜「……あの〜、ご主人は武元信吾さんで
 すよね?」
美織「えっ?」
北浜「すみません。……何でもありません」
美織「……そうですけど。私の事、知ってる
 んですか?(不審気に)」
北浜「(焦り)いえっ。以前仕事で武元さん
 とご一緒させて頂いて。その時に写真で」
美織「そうですか。私の事覚えてくれてたん
 ですね」
北浜「えっ、あ、はい……」
美織「(思いついた様に)あっ」
北浜「?」
美織「(笑って)それを知ってたからこれを
 勧めたんですか?」
北浜「いやっ違います! 本当に美味しいん
 です! そ、そんな魂胆でした訳じゃ……」
美織「(笑って)冗談ですよ」
北浜「そんな……(安堵する)」
  と、美織を見る。
美織「(店外を見ている)」
北浜「?」
  何気ないガラス越しの外の風景。
北浜「?」
美織「……」
北浜「どうかしました?」
美織「……いえ、じゃあこれを」
  と、何事もなかった様な笑み。

○ 武元の家・リビング(夜)
  散乱したままの部屋。椅子にはジャケットが
  掛けられている。
  テレビの電源はつけられたままでソファには
  誰もいない。

○ 同・トイレ・前(夜)
  北浜がメモを見ている。
  メモには「美味しくないからご飯を食べない
  の?」
北浜「……」
  ドアの隙間からメモが出てくる。
北浜「……(拾って見る)」
  メモには「おかえり」。
北浜「……」
  北浜、ペンとメモを取り、メモに「美織の
  ご飯なんて食べたくないから」と書く。
北浜「……」
武元の声「頼むよ」

○ とあるカフェ
  店内の角に座っている北浜と武元。
北浜「いや、でも出てきたらどうするんですか?」
武元「謝らない限りは絶対に出てこないから」
北浜「……いや、でも」
武元「美織のプライドの高さは俺が一番知ってる
 からさ」
北浜「……」
武元「口も聞かなくていいから。何かあったら
 筆談で」
  と、文字を書くジェスチャー。
北浜「筆跡でバレそうですけど」
武元「このメモ帳あげるから、これ真似て」
  と、メモ帳を渡す。
北浜「(メモの中を見て)なんですかこれ?」
武元「この通り動いでくれたらいい」
  メモ帳には、「帰宅後、冷蔵庫の中の
  ミネラルウォーターをグラスに入れて飲む。
  ジャケットを椅子の背もたれに掛ける。
  ソファに座り、テレビを見る」等が書かれて
  いる。
武元「俺のいつもやる癖だ。音しか聞こえないから、
 これをしておけばまずバレない」
北浜「簡単に言われてますけど……武元さんは?」
武元「……俺はね。済まさないといけない用がある
 から。家を空けたいんだ」
北浜「……」
武元「頼む。(頭を下げ)お金もたんまり払うから
 さ」
北浜「いや、お金とかは……」
武元「(顔を上げ)ずっと仲が悪いんだ。今回は
 それをどうにか終わらせたい。その為に家に
 居て欲しい」
北浜「……わかりました」

○ 武元の家・リビング(夜)
  雨の降る音。雷の音。
  北浜、部屋の明かりをつける。
  部屋は散乱したままだが、食卓の上には
  料理が並べられている。
北浜「……?」
  食卓の上にメモが置いている。
北浜「(メモ紙を手に取る)」
  メモには「ご飯を作りました。前よりは
  美味しくなったと思います」。
北浜「……」
  北浜、匂いを嗅いだ後、ご飯を食べる。
北浜「……(美味しい)!」
  北浜、ご飯を頬張っていく。

○ 同・トイレ・前(夜)
  北浜が、メモに何か書いている。
  メモには「要らないと言ったのに作るんじゃ
  ない」の文字。
  そのメモをドアの下から入れる。
北浜「……」
  トイレの下からメモが出てくる。
  メモ紙には「どうしても食べて欲しかったの」
北浜「……」
  北浜、さらにメモに文字を書いていく。
  メモには「僕には干渉しないでくれ」
北浜「……」
北浜、その場を離れる。

○ 同・リビング(夜)
  掛け時計は11時30分くらいを指してい
  る。ソファに座っている北浜。立ち上がり
  トイレに向かう。

○ 同・トイレ・前(夜)
  北浜、トイレの前まで来る。
  トイレの前には何も落ちていない。
北浜「……(残念)」
  一度、リビングに戻ろうとするが、振り返り、
  メモに文字を書く。
  メモには「なぜ優しくするんだ?」。
  メモをドアの下から入れる。
北浜「……」
  ドアの下からは何も出てこない。
北浜「……(まだかと待っている)」
  ドアの下からは何も出てこない。
  北浜、メモに「干渉しないでくれは言い過ぎ
  た」と書く。メモをドアの隙間に入れる。
  メモがトイレの下から出てくる。
北浜「(メモを見る)……」
  メモには「あなたが好きだからよ」。
北浜「(ヤキモキ)……」
  メモがトイレの下から出てくる。
北浜「?」
美織の声「初めて出会った頃覚えてる?」
  北浜がメモを書いたり、メモ紙を受けとったり、
  書く事を考えてたり、体勢を変えながら書いた
  りしている。
北浜の声「覚えてるよ」
美織の声「私の事どう思った?」
北浜の声「今更何を言ってるんだ」
美織の声「どう思ったか、聞きたいの」
北浜の声「……綺麗だなって思った」
美織の声「ありがとう。私はあなたの事、誠実な人
 だって思った」
北浜の声「……そうか」
美織の声「あの頃にもう一度戻りたい」
北浜の声「……僕も戻れるなら」
  ×     ×     ×
 (フラッシュ)
  高校の教室の中。窓際に立つ、若い頃の美織の
  横顔。綺麗な髪が風でなびいている。ふと、
  こちらを見て微笑む。
  ×     ×     ×
  雷の音と共にブレカーが落ち、明かりが消える。
北浜「わっ(口を押さえる)」
  トイレのドアノブを見るが開く気配はない。
  トイレの下からメモが出てくる。
北浜「(恐る恐る)……」
  メモには「暗くてもいいから今は側にいたい」
  の文字。
北浜「(ホッとする)……」
  北浜、メモに「分かった」と書く。
  ドアの下にメモを入れる。
北浜「……」
  トイレの下からメモが出てくる。
  メモには「今すぐにでもここから出てあなたに
  キスしたい」の文字。
北浜「!」
  北浜、メモに「僕は謝っていない。出るなら
  僕もこの家から出る」と書く。
北浜「……」
  ドアの下にメモを入れる。
北浜「……」
  トイレの中からすすり泣きの様な音が微かに
  聞こえる。
北浜「?」
  北浜、トイレのドアに耳を当てる。
北浜「……」
  北浜、メモに文字を書く。そのメモをドアの
  下に入れる。
北浜「……」
  指でドアをコンコンコンと鳴らす。
北浜「……」
  北浜、ゆっくりとドアにキスをする。

○ 武元の家・ベランダ(翌日・朝)
  ベランダの手すりには雨粒が無数に落ちて
  いる。

○ 同・寝室(朝)
  北浜、目を覚ます。時計を見て、
北浜「……やっべ」
  ベットから出る。時計は9時10分を指して
  いる。

○ 同・リビング(朝)
  北浜、急いでジャケットを着てテーブルの
  上に置いているバックを手に取る。
  バックの横に置いていたパスケースの様な
  物は置かれたまま。
  北浜、トイレの方を見る。
北浜「……(小さく)行ってきます」
  と、リビングを出て行く。

○ 酒屋・事務所
  小さな事務所。中には北浜と柳田がいる。
  北浜が、バックの中を漁っている。
北浜「(漁る)」
柳田「社員証くらい、再発行すりゃいいじゃん」
北浜「そんな問題じゃないですよ。部長に殺
 されます」
柳田「鬼のね……あっ、そういえば武元飲料の
 御曹司いるじゃん。そいつ今失踪してるらし
 いぞ」
北浜「失踪?」
柳田「いや、部長から聞いた話だけどな。
 最近あの女も見てないもんな」
北浜「(手を止め)……ああ、見てないです」
柳田「また引越しちゃったのかな」
北浜「(ハッとして)……ちょっと家に帰り
 ます」
柳田「え?」
北浜「家に忘れたかもしれない」
柳田「(笑って)家にあるなら仕事終わって
 からでいいだろ」
北浜「すみません、行ってきます!」
 と、急いで出て行く。
柳田「おい! 店どうすんだよ!」

○ 武元の家・玄関・前
  武元がポケットから鍵を取り出す。
  カギ穴に差して回すが開かない。
北浜「?」
  逆の方向に鍵を回してドアを引くと開く。
北浜「……?」

○ 同・玄関
  北浜、音を立てない様にドアを閉める。
北浜「……」

○ 同・リビング
  ゆっくりとドアが開き、北浜が入ってくる。
  散乱したままの部屋。
  テーブルの上にパスケースが置いてある。
北浜「(見つけ、ホッとする)……」
  北浜、パスケースをポケットに入れる。
北浜「(何かを見つける)?」
  テレビに繋がれたビデオカメラが置いてある。
北浜「(周りを見回す)……」
  北浜、テレビの電源を付け、音量を下げる。

○ テレビ画面
  テレビ画面は外部入力画面で真っ黒なまま。

○ (戻って)武元の家・リビング
  北浜、ビデオカメラの電源を入れ、
  再生ボタンを押す。
北浜「……」

○ テレビ画面
  北浜がトイレの前に座って、メモに文字を
  書いている。
  隠し撮りの様に撮られている。

○ (戻って)武元の家・リビング
北浜「……嘘だろ……」

○ テレビ画面
  画面が暗くなる。

○ (戻って)武元の家・リビング
北浜「?」
  北浜、ビデオカメラを操作しようとする。
北浜「……(操作関係ないと気付き)!」

○ ビデオカメラの画面
  暗闇の中で北浜がドアをノックしている。

○ (戻って)武元の家・リビング
北浜「(テレビを見る)……」
  テレビには、北浜がドアにキスをしている
  様子が映し出されている。
北浜「……!」
  北浜、ポケットからスマホを取り出し、
  電話をかける。
北浜「(電話に出ず)……くそっ」
  スマホをポケットに直す。
北浜「?」
  壁に染み付いたワインの染み。薄くなっている
  が、一部分は血の様にドス黒いまま。
北浜「……?」
  北浜、壁の染みに鼻を近づけ、匂う。
北浜「(懐疑的な顔)?」
  スマホのバイブレーションの音。
  北浜、急いで電話を取り、
北浜「(小声で)武元さん、すみません。バ
 レました」
  武元の声が北浜のスマホから聞こえる。
武元の声「出てきたのか?」
北浜「ビデオカメラで撮られてました」
武元の声「撮られた……?」
北浜「……武元さん……すみません……」
武元の声「謝る事じゃないよ」
北浜「いや、そうじゃなくて、本当に悪い事
 してしまいました……直接謝ります。いつ
 戻ってきますか?」
武元の声「それが……もう少し」
北浜「? ……武元さん、何しているんですか?」

○ とある町
  武元が橋の上で電話をしている。
武元「……少し前、関係を持ってしまった人が
 いてな。それから俺に付きまとう様になったんだ」

○ 武元の家・リビング
  北浜、スマホを耳につけたまま、テレビの
  横に伏せて置かれた写真立てを手に取る。
武元の声「それでそこに引っ越して来た」

○ とある町
武元「(スマホに)美織もそれを知っていて
 ……それを断ち切るために話しをしようと
 思ってここへ来たんだ」

○ 武元の家・リビング
  北浜、スマホを耳につけたまま、
北浜「(写真立てを見ている)……」
  写真立てに入っている写真は、武元と美織が
  腕を組んだ写真だが、美織の顔だけカッター
  でくり抜かれている。
武元の声「……でも、見つからないんだ」
北浜「(スマホに)……武元さん、本当は何が
 あったんですか?」
  武元は無言。通話が切れる。
北浜「……(トイレの方を見て)」
  北浜、トイレに向かう。

○ 同・トイレ・前
  トイレの前にメモが大量に散らばっている。
北浜「!?」
  メモを手に取る北浜。
  メモには「許さない」の文字。
北浜「……」
  他のメモを手に取る。
  メモには「あなたは私を騙した」の文字。
北浜「(ドアを見る)……」
  ドアノブに手を伸ばす。
  手をドアノブにかけ、ドアノブを回す。
  少し引くと、ドアが開く。
北浜「!」
  ドアを開く。
  トイレの中に横たわる足だけが見える。
北浜「!?」
  北浜、ゆっくりとトイレの中を覗く。
北浜「……!」
  トイレの中に血だらけの美織が横たわってい
  る。
  美織の体にはメモが幾つか引っ付いている。
北浜「……美織さん……」

○ 同・同・中
  北浜、美織に近付き、
北浜「……美織ちゃん」
  と、美織の手を握る。
  ×     ×     ×
  (フラッシュ)
  高校の教室。若い頃の美織。友達と話している
  途中でこちらを見て微笑む。
  ×     ×     ×
北浜「(涙が流れる)……」
  美織の体についたメモ。
  北浜、メモを体から取る。
北浜「(メモ見て)……?」
  メモには「そこにいるのは本当に美織?」。
北浜「……?」
  ×     ×     ×
 (フラッシュ)
  武元がメモを書いている。メモは
  「そこにいるのは本当に美織?」。
  ×     ×     ×
 (フラッシュ)
  武元、一度振り向いた後、玄関から外へ
  出る。ドアが閉まる。
  ×     ×     ×
  玄関のドアの閉まる音が重なる。
北浜「!」
  北浜、咄嗟にトイレのドアを閉め、鍵を
  かける。
北浜「……」
  裸足で歩く音が聞こえる。リビングで立ち
  止まる音。
北浜「……」
  歩く音が近づいてくる。
北浜、置いてあった花瓶を手に取る。
北浜「……(花瓶を強く握りしめる)」
  トイレの前で、足音が止む。
北浜「……」
  ドアノブがガチャガチャとなる。
北浜「!」
  ドアを開けようとする音が止む。
北浜「……」
  トイレの下からメモが出てくる。
北浜「……?」
  メモを手に取って見る。
北浜「!」
  メモには「指の鳴らす所へ頬をつけて」と
  書かれている。
北浜「……」
  ドアがコンコンコンと鳴る。
北浜「……」
  もう一度、ドアがコンコンコンと鳴る。
北浜「……」
  ドンと大きな音と共に、穴が開く。
北浜「うわー!!」
  と、叫ぶ北浜。
  ドアは、ドン、ドンと音が鳴る度に
  ブロックハンマーの先が見える。
  叫び続ける北浜。
  穴が広がり続けるドア。
  音が止むと、開いた穴から血のついた手が
  出てきて、ドアの鍵を開ける。
北浜「……(花瓶が手から落ちる)」
  ドアがゆっくりと開く。
北浜「……!」
  土田美代子(35)の血だらけの足が見える。
  
○ 暗闇
  タイトル「美織じゃなければ」
  コンコンコンと音が聞こえる。

○ 武元の家・トイレ・前〜中(夜)
  薄暗がりで、北浜はドアの前に座っている。
  北浜、ドアにキスをする。
  ドアを挟んで、頬をつけている血だらけの  
  美代子。
                 終わり

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