ずるい人 恋愛

「君の一年をくれないか」その一言で始まった恋人ごっこ。はじめは冗談だと思っていた千早だったが、向けられる視線や行動で心が揺れはじめ…。この関係が続くと思っていた、そう願っていたのに、期限の「一年」はやってきて。
石川なお 100 0 0 05/24
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第一稿

【登場人物表】
仲里千早
柳光哉
鳥口
平塚渚
千春
日香里
竜哉


○東京・街並み
   T【2024年】
   高層マンションやスカイツリーなどが ...続きを読む
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【登場人物表】
仲里千早
柳光哉
鳥口
平塚渚
千春
日香里
竜哉


○東京・街並み
   T【2024年】
   高層マンションやスカイツリーなどが建ち並ぶ。

○建設会社・前から社長室(朝)
光哉(M)「人生をやり直せるとしたら、僕はどんな選択を選ぶのだろう」
   ジャガーのFpaceが会社の前に停まる。
   後部座席を開ける仲里千早(48)、首から下や手元、後ろ姿のみ。
   車から降りる柳光哉(52)、同じく顔が映らない画角。
光哉(M)「あの時ああしていれば、なんて考えは尽きることはない」
   光哉、会社の中へ。
   すれ違う社員が頭を下げて挨拶をする。
   光哉、応えながら歩いていく。
光哉(M)「けれど、多分僕は何度やり直そうと、君と出会うことを選ぶ」
   光哉、エレベーターに乗る。
光哉(M)「自分勝手だと怒るだろうか」
   光哉、エレベーターを降りる。
光哉(M)「それとも、仕方ないと笑うだろうか」
   廊下を歩く光哉、向かう先は社長室。
   千早、扉を開ける。
光哉(M)「どうあがいても君なしでは生きられない僕を、君はどう思うのだろう」

○東京・街並み・以降1999年
   T【1999年】
   空が広く、デパートの屋上からバルーン広告が上がっている。

○マンション1の建設現場
   重機の音や作業員の掛け声が響く。
   土で服や髪が汚れている千早(22)、土砂を荷車で運ぶ。
   現場の入り口に立っている光哉(26)、千早を見ている。
鳥口(22)「仲里ー! それこっち!」
千早「えー!?」
   千早、引き返す。
   光哉、白い息を吐いてゆっくり瞬き。
   × × ×
   フラッシュ、社長室。
   向かい合って座っている社長と光哉。
社長「どうだろう。君にとっていい話だと思うんだが」
光哉「……そう、ですね。身に余るお言葉で、何と言っていいか……」
社長「まあ、今すぐにというわけにはいかないから、ゆっくり考えてくれたまえ」
光哉「はい……」
   光哉、立ち上がり、扉へ。
社長「いい返事を期待してるよ、柳くん」
   光哉、頭を下げる。
   × × ×
   光哉、目を開ける。
   前を通りすぎていく千早。
   光哉、千早に近づく。
   千早、光哉に気づいて軽く会釈。
   光哉、自分の後頭部を指さし、
光哉「寝癖、ついてるよ」
千早「え、あー……。後で直します」
   千早、土砂を運んでいく。
   光哉、千早の後ろ姿を見ている。
   そこへやってくる平塚渚(22)。
渚「お疲れさまです。どうぞ事務所へ、温かいお茶を淹れますので」
光哉「ありがとう」
   光哉、渚と事務所へ。
   千早、鳥口と合流。
鳥口「何だって?」
千早「寝癖」
鳥口「それ前も言われてただろ」
千早「どうせ汚れんだから寝癖ぐらいいーだろ別に」
   千早、事務所を睨む。

○寺・敷地内
   雨が砂利を濡らす。
   傘を差してやってくる喪服姿の千早、ネクタイが曲がっている。
千早「(ぼそっと)何で現場の人間が会長の葬式に出なきゃいけなんだか」
   千早、溜息を吐く。
   受付で名前を書いている光哉、千早に気づく。
   千早、「げっ」と思いながらも会釈。
   光哉、会釈を返し、会場へ。
   ほっとする千早、受付に香典を渡して名前を書く。
   ペンを置く千早、会場へ向かう。
   その途中、立ち止まっている光哉、千早の足音で振り返る。
   千早「え」と。
光哉「ネクタイ」
千早「(見て)何か変すか」
   千早、直すが不格好。
光哉「(傘)持ってて」
千早「あ、はい(持つ)」
   光哉、千早のネクタイを結び直す。
   千早、恥と申し訳なさで顔が下がる。
   光哉、ネクタイをグッと締める。
千早「うっ」
   顔が上がる千早、光哉と見つめ合う形に。
   少し間があり、
光哉「直った」
   光哉、ネクタイから手を離し、預けていた傘を持つ。
千早「あざす……」
   光哉、会場へ。
千早「……(息苦しい)」
   後ろからやってくる鳥口。
鳥口「柳さんもよく世話焼くよなあ」
千早「嫌いな奴ほど目につくんだろ」

○同・会場内
   お経と木魚の音が響く。
   豪華な祭壇の真ん中に会長の遺影。
   後ろの方に座っている千早、ネクタイをいじる。
   お経が止まり、会長夫人がマイクの前に立つ。
夫人「本日はお足元が悪い中お越しいただき、誠にありがとうございます。後悔は負の財産だ、悔やむくらいなら行動するべし。というのが夫の口癖でした。その言葉に従うあまり、振り回されたこともありましたが、この満足そうな笑顔が全てを物語っていると思います。きっと今も天国で笑っていることでしょう。皆様も、どうか悔いのない人生をお過ごし下さい」
   千早、あくびをかみ殺す。
   光哉、前かがみになり、手で顔を覆う。
千早「(えっ)」
   驚く千早、最小限の動きで周りを見るが、他に気づいている人はいない。
   戸惑う千早、考えた末にハンカチを恐る恐る差し出す。
   光哉、少し顔を上げる。
   千早、「違うか」とひっこめようとする。
   光哉、ハンカチを掴む。
   驚く千早、手を離す。
   光哉、「ありがとう」と。
   千早、光哉をちらちら見る。
   光哉、ハンカチを握って俯いたまま。

○同・敷地内
   雨が上がっている。
   香典返しを持った千早、ジャケットのボタンを開けて歩く。
   ネクタイを緩める千早、ベンチに座って俯いている光哉を見つける。
千早「……」
   風で舞ったネクタイが顔に当たる。
   悩む千早、渋々光哉の元へ。
   × × ×
   光哉、革靴が見えて顔を上げる。
千早「水か何か要ります?」
   光哉、千早を見つめ、ゆっくり目を伏せる。
光哉「考えごとをしていただけなんだ。……あ、ハンカチは洗って今度返すよ」
千早「いーです別に、そのままで」
   千早、手を差し出す。
光哉「いや、洗うよ」
千早「……そーですか」
   千早、手を下げる。
   気まずい千早、立ち去ることもできず、足元の砂利を転がす。
光哉「……仲里くん、恋人は……」
千早「え? 居ません」
光哉「……そう」
   光哉、俯く。
千早「?」
光哉「……」
千早「……(えー? 何)」
   千早、周りを見る。
   ほとんど帰っていて人が居ない。
千早「……(帰りたい)」
   光哉、顔を手で覆い、深呼吸。
光哉「(ぼそっと)悔いのない人生……」
千早「? 何か言いました?」
   光哉、立ち上がる。
光哉「仲里くん」
千早「はい」
光哉「君の一年を僕にくれないか」
千早「? 仕事っすか? 上司命令で?」
光哉「君の意思は尊重するつもりだけど、……いやもうそれでもいいか」
千早「?」
光哉「一年間、僕と付き合ってほしい」
千早「……はい?」

○喫茶店・店内(日替わり)
   煙草の煙で白い店内。
   スーツ姿の光哉、落ち着きがなく何度も入り口を見て水を飲む。
   やってくる千早、光哉を見つけて席へ。
   光哉、千早に気づき、
光哉「(微笑んで)おはよう」
千早「……はよございます」
   光哉の向かいに座る千早、灰皿を引き寄せる。
光哉「何か食べてきた?」
千早「いえ」
光哉「ちょうどよかった。何か頼もう」
   光哉、メニューを千早に渡す。
   千早、受け取る。
光哉「ランチタイムか。デザートも付くって」
千早「じゃあ、それで」
   光哉、店員を呼ぶ。
   千早、メニューを戻す。
   店員1、やってきて、
店員1「お決まりですかー」
光哉「日替わりランチを二つ」
店員1「かしこまりましたー」
   店員1、去る。
千早「煙草、いいすか」
光哉「ああ、うん。どうぞ」
   千早、煙草に火を点ける。
光哉「そうだ、ハンカチ。(取り出し)ありがとう」
千早「ああ……」
   千早、ポケットに突っ込む。
千早「それで、何すればいんすか。買い物に付き合うとか?」
光哉「その……恋人として……」
千早「……は?」
光哉「うん、そうだよね。変なことを言っている自覚はしているよ」
   考える千早、煙を吐いて灰を落とす。
千早「あ、わかりましたよ。なら条件出した方が面白いっすよね。じゃあ、手繋いだりは無し。あと周りにバレないようにしましょ」
   光哉、ペーパーナプキンにメモ。
光哉「期間は一年。他に何かある?」
   首を振る千早、光哉のボールペンを奪って【けいやくしょ】【仲里千早】と書き込む。
千早「はいどーぞ(返す)」
   光哉、その横に【柳光哉】と書く。
光哉「……ありがとう」
   千早、きょろきょろする。
光哉「どうかした?」
千早「まだかと」
光哉「来たよ」
店員1「失礼しまーす」
   料理が運ばれてくる。
店員1「ごゆっくりどうぞー」
   店員1、伝票を置いて去る。
千早「?」
光哉「この後買い物に付き合ってくれるかな」
千早「え? だってドッキリじゃ……。テレビカメラは?」
光哉「はい」
   光哉、デザートを千早の方に置く。
千早「何すか」
光哉「好きだろ? 甘いもの」
千早「何で知って……」
   光哉、にこっと笑う。
千早「……え……?」

○デパート・地下・食品売り場
   光哉、お菓子の詰め合わせを買う。
   その後ろに居る千早、両手いっぱいの荷物を抱えている。
千早「もう十分じゃ……?」
光哉「次、あっちね」
   光哉、チョコレート菓子店へ。
千早「ええ……?」

○同・駐車場
   光哉、荷物を詰め込む。
光哉「送ろうか」
千早「(手でいい、と)煙草吸いたいんで」
光哉「中で吸ってくれていいけど……、まあそうか」
   光哉、運転席に乗り込む。
   千早、車から離れる。
光哉「(窓を開けて)仲里くん」
千早「はい」
   千早、近づく。
   光哉、窓から紙袋を差し出す。
光哉「今日のお礼」
千早「え」
   千早、受け取る。
光哉「じゃあ」
千早「はあ……」
   千早、離れる。
   光哉、窓を閉めて車を出す。
   見送る千早、紙袋を見て「?」と。

○アパート・千早の部屋(夕)
   ゴミが溜まり、散らかっている1K。
   帰ってくる千早、部屋に上がる。
千早「疲れたー」
   千早、紙袋を適当に置いてベッドに寝転がる。
千早「……(紙袋を見る)」
   起きる千早、紙袋を開けると中からベルトが出てくる。
   千早、そっと戻す。
   
○同(朝)
   千早、歯磨きをしながら着替える。
   千早、ベルトを締めると壊れる。
千早「はあ?」
   よく見るとボロボロのベルト。
千早、床に捨てる。
千早、代わりを探すが見つからない。
千早「……」
   千早、紙袋を見る。

○マンション1の建設現場(朝)
   荷車を運ぶ千早と鳥口。
鳥口「やっと新しいの買ったんだな」
千早「え?」
   鳥口、ベルトを指す。
千早「あー……。前のが壊れた」
鳥口「へー」
作業員1(声)「仲里ー!」
千早「はあい!」
   千早、振り返る。
   そこには作業員1と光哉が居る。
作業員1「お前今日から事務!」
千早「じ……、は!?」
鳥口「何やらかしたんだよ」
千早「何もやってねーよ」

○同・事務所(朝)
   机の上に書類やファイルの束とデパ地下で買った大量のお菓子が並べられている。
光哉「やっぱり和菓子の方がいいのかな。でも期限を考えると洋菓子の方が長くもつし、分けやすいよね」
千早「あの……」
光哉「ああ、ごめん。お茶? 紅茶とコーヒーもあるよ」
千早「違います。何すかこれ」
光哉「手土産のお菓子を選んでほしくて。あとついでに事務作業も覚えてもらおうかと」
千早「バカだから無理です」
光哉「やってみなきゃわからないだろ? とりあえずお茶? 紅茶? それともコーヒー?」
千早「……お茶で」
光哉「お茶ね」
   × × ×
   中途半端に開けられたお菓子。
   書類を見ている千早、理解できず置く。
   千早、煙草を咥えてライターを探す。
   光哉、ライターを出して火を点けようとする。
千早「え、何」
光哉「点けてあげようかと」
千早「(笑って)キャバクラじゃないんだから」
   千早、ライターを見つける。
光哉「そっか」
   光哉、しまう。
   千早、火を点け、煙草を吸う。
千早「あれ、吸うんでしたっけ」
光哉「僕は吸わないよ」
千早「じゃあ何で(ライター)」
光哉「仲里くんが吸うから」
千早「(笑って)何すかそれ、気持ち悪い」
   光哉、何も言わず微笑む。
千早「……」
   千早、目をそらす。
千早「この余ったやつって……」
光哉「持って帰ってくれていいよ」
千早「これを? 一人で?」
光哉「うん」
   千早、まだ大量にあるお菓子を見る。

○アパート・千早の部屋(夜)
   煙草を吸う千早、ライターを見ている。
千早「……」
   千早、煙草を消してキッチンへ。
   千早、戸棚からカップラーメンを出す。
   携帯に着信。
   千早、見る。

○ラーメン屋・店内(夜)
   混んでいる店内。
   カウンター席に千早と光哉。
光哉「よかった、ご飯食べる前で」
千早「こんな時間まで仕事を?」
光哉「んー……まあ、ね」
店主「ヘイお待ち」
   千早と光哉の前にラーメンと餃子が置かれる。
光哉「さあ食べよう」
千早「いただきます」
   千早、ラーメンを食べる。
千早「! うまっ」
光哉「だろー」
   光哉、にこにこ笑う。

○同・外(夜)
   千早、煙草の煙を吐く。
   光哉、店から出てくる。
千早「ごちそーさまです」
光哉「こちらこそ、付き合ってくれてありがとう」
   光哉、千早の横に立つ。
千早「匂いうつりますよ」
光哉「別に構わないよ」
千早「……そーですか」
   千早、煙草を吸う。
光哉「そうだ」
   光哉、鞄から一枚の紙を取り出す。
光哉「一応渡しておいた方がいいと思って」
   千早、見るとプリントされた契約書。
千早「ああ……」
   千早、煙草を消し、受け取る。
光哉「もういいの?」
千早「はい」
   千早、契約書を適当に折ってポケットに入れる。
光哉「じゃあ、帰ろうか」
   光哉、駐車場へ。

○同・裏・駐車場(夜)
   運転席に居る光哉、窓を開ける。
   千早、そばに立っている。
光哉「乗る? なんて、まあ……無理にとは言わないけど」
千早「あー……」
   千早、ラーメン屋をちらっと見て考え、
千早「乗ります」
光哉「え……あ、うん。いいよ」
   千早、助手席へ回り、乗る。
   光哉、車を出す。

○車の中(夜)
千早「聞きたいんすけど」
光哉「何?」
千早「俺をメシに誘うのは、その……」
光哉「ああ、うん。デートのつもりだよ」
千早「あー……、はあ……」
   赤信号で車が止まる。
   無言の車内。
千早「……その、柳さんは男が好き、……なんですか……?」
   光哉、黙っている。
   千早、ちらっと光哉を見る。
千早「(不安になり)あの……」
光哉「ごめん、ちょっと停めさせて」
千早「あ、はい……」
   信号が青になり、車を進める光哉、少し走らせて道端に停める。
光哉「それで、何だっけ」
千早「えっと……」
光哉「ああ、男が好きかだったね」
   光哉、考える。
   逃げ道がないことに気づく千早、そっとドアに手を伸ばす。
光哉「どうだろう、女性を好きになってお付き合いしたことはあるし」
千早「え」
光哉「そんなに驚かなくても。(笑う)契約書に書いてある通り身体的接触はしないから、警戒しなくて大丈夫だよ」
千早「しんた……(何?)」
光哉「触らない」
千早「ああ……」
   千早、姿勢を戻す。
光哉「けど……そうだな。僕は仲里くんのことが好きなんだ」
   千早、光哉を見る。
光哉「男だとか、そういうことは全く頭になくて。……ごめんね、気持ち悪いね」
   光哉、悲しげに微笑む。
千早「(何て言えばいいかわからず)……」
光哉「……。帰ろうか」
   光哉、車を出す。

○アパート・前(夜)
   光哉の車が停まっている。

○車の中(夜)
光哉「契約はいつ破棄してくれてもいいから。一年と書いたけど、仲里くんが望むなら今すぐにでも……」
千早「(考え)……」
   千早、光哉から貰ったベルトをしていることに気づく。
   千早、シートベルトを外しながら、
千早「……ラーメン、うまかったです」
光哉「え? あ……、うん。それは、よかった。チャーハンも美味しいよ」
千早「じゃあ、次それで」
   千早、車から降りてドアを閉める。
光哉「……え。えっいいの!?」
   光哉、窓を開ける。
千早「俺バカなんで。難しいことわかんないし、うまいもん食えるならいいかなって」
光哉「あ、そう……?」
千早「あと、柳さんのこと変な人だなって思ってますけど、気持ち悪いとはもう思ってないです」
光哉「(驚き)……」
千早「じゃあ、おやすみなさい」
光哉「あ、おやすみ……」
   千早、アパートへ。
   見送る光哉、千早が見えなくなると力が抜ける。
   光哉、喜びをかみしめ、息を吐く。

○マンション1の建設現場
   建設作業が行われている。

○同・事務所
   千早、渚に事務処理を教わっている。
千早「あー、わかった気ぃします。教えるのうまいっすね」
渚「そうですか? 仲里さんも飲み込み早いので教えがいがあります」
   事務所に入ってくる光哉、仲良さげな二人を見てにこっと笑い、
光哉「平塚さん、コーヒーが少なくなっていたから買いに行ってもらってもいいかな」
渚「あ、わかりました」
   渚、財布を持って事務所を出る。
   光哉、渚が離れたことを確認し、千早の隣に座る。
千早「この前買ってませんした?」
光哉「……」
千早「え、何」
光哉「平塚さんに教わりたかった?」
千早「……。(あ、と)やきもちすか?」
光哉「! ……そうだよ」
   千早、ゲラゲラ笑う。
光哉「仲里くん、明日お休みだったよね」
千早「? はあ」
光哉「家に行ってもいい?」
千早「え、嫌」
光哉「十一時ぐらいでいいかな」
千早「だから嫌です。耳死にました?」

○アパート・部屋前(朝)
   チャイムが鳴る。
千早、玄関を開ける。
   部屋の前に笑顔の光哉。
千早「俺に人権は無いんすか」
光哉「お、勉強したことが身についてるね。おじゃましまーす(入る)」
   千早、溜息を吐く。

○同・千早の部屋(朝)
   光哉、部屋の散らかり様に驚いている。
千早「だから嫌だって……」
光哉「よし、まず掃除だね」
千早「えぇ……(嫌)」
   光哉、ペットボトルを集める。
   × × ×
   床が見えてゴミが玄関前にまとめられている。
光哉「まあ、こんなもんかな。じゃあ勉強しようか」
   光哉、参考書をドサドサと机に置く。
千早「勘弁してくださいよ」
光哉「将来役に立つよ。これとか」
   光哉、秘書検定のテキストを見せる。
千早「ないない、死んでも無理ですって。(はっとし)え、もしかして俺クビ? だから勉強させようとしてるんですか?」
光哉「そんなことさせないけど、資格は持っていて損はないよ。あと英語ができたらさらにいいよね」
千早「日本語でも苦労してるんすけど」
光哉「まあまあ。あとこれね」
   光哉、チョコレートのお菓子を置く。
千早「菓子で釣る気ですか、そうはいきませんよ」
   光哉、追加。
千早「……(ぐぬ)」
   光哉、さらに追加。
千早「(ぐぬぬ)やればいいんでしょ、やれば」
   千早、机の前に座る。
   にっこにこの光哉。
   × × ×
   千早、テキストに向かっている。
   光哉、アドバイス。
   千早、わかった気がして、やっぱりわからない。
   × × ×
   千早、伸びをする。
光哉「休憩にしようか、台所を借りるよ」
千早「はあい」
   光哉、台所でコップを探す。
   テレビをつける千早、興味を引くものがなく、番組を次々に変えていく。
   デパ地下の中継が一瞬映る。
千早「? (戻す)」
   特設会場のチョコレート売り場に女性がいっぱい。
   千早、携帯で日付を確認。
   画面に映る二月十四日の文字。
   千早、机の端に置かれたお菓子を見る。
   全てチョコレート。
千早「今日、うちに来たのってそういうことですか」
光哉「? 何が?」
   千早、テレビのボリュームを上げアナウンサーの「バレンタイン」という言葉を流す。
   千早、ボリュームを下げながら光哉を見る。
光哉「……」
   光哉、顔をそらす。
   千早、チョコレート菓子を光哉に見せる。
光哉「いや、その……」
   千早、追加。
光哉「……。……そう、です」
千早「そうならそうと言えばいいのに」
光哉「男から貰っても嬉しくないだろ?」
   千早、「あー」と考え、
千早「俺、貰えるものは貰う主義なんで。それに、契約という形ですけど一応そういう関係の相手から貰えるなら嬉しいです」
光哉「本当?」
千早「(頷く)です。っていうか俺からも何か……」
光哉「いやいや、貴重な時間を貰っているんだ。これ以上貰ったら申し訳ないよ」
千早「けど」
光哉「あ、そうしたら、来月英検の試験だから合格が欲しいな、なんて」
千早「(嫌)無理です」
光哉「頑張ろう」
千早「都合いい時だけ耳死ぬのやめてもらえます?」

○建設会社・廊下・一か月後(朝)
   T【一ケ月後】
   光哉、歩いている。
社長(声)「柳くん」
光哉「(振り返り)はい」
社長「明日、よろしく頼むよ」
光哉「はい、こちらこそ……」
   社長、「うんうん」と頷き、去っていく。
光哉「……」
   光哉、顔が晴れない。

○マンション1の建設現場・事務所
光哉「落ちた!?」
千早「はい。ってか俺が受かるとでも?」
光哉「思ってた。思っていたんだよ……」
   光哉、頭を抱える。
   渚、お茶を置く。
渚「ちなみにどんな感じだったか聞いてもいいですか?」
千早「一番の試験受けました」
光哉「一番?」
千早「一番。一級です」
渚「あ……(アホだ)」
光哉「え……(バカだ)」
千早「だから無理だって言ったのに。見た瞬間投げ捨てなかっただけでも褒めてください」
渚「検定料がすごく高いなって思いませんでした?」
千早「思いましたけど、まあ英語だし」
渚「うん……(呆れ)」
光哉「うん、わかった。よくわかったよ」

○マンション2・光哉の部屋(夜)
   モデルルームのように綺麗な部屋。
   電気を点ける光哉、その後ろにしかめっ面の千早。
光哉「自分の家だと思ってくれていいから」
千早「諦めません?」
光哉「え? (圧)」
千早「すみません受ける順番を勘違いした俺が悪いです」
光哉「今度こそ頑張ろうね(にこっ)」
千早「(嫌)へい……」
   千早、荷物を下ろす。
光哉「明日、朝から出かけなくちゃならなくて。夜には戻るけど……」
千早「俺仕事なんで」
光哉「そう、朝ごはんは冷蔵庫にあるものを適当に食べていって」
千早「わかりました」
   千早、きょろきょろ部屋を見ている。
   光哉、合鍵を出し、
光哉「これ鍵ね。他に要るものはある?」
千早「灰皿って─」
光哉「あ」
千早「え」
光哉「(困って)……はい(手)」
千早「拷問?」

○料亭・外観(朝)
   木造の門と一枚板の看板。

○同・庭(朝)
   ししおどしが音を立てる。
   桜の木のそばで庭を見ている光哉と千春(22)。
千春「あの……光哉さんと、お呼びしてもよろしいでしょうか」
光哉「……(愛想笑い)はい。僕は─」
千春「千春と。ぜひ名前で呼んでいただけると嬉しいです」
光哉「わかりました」
   千春、光哉をちらちら見る。
   光哉、庭を見ている。
   ししおどしが音を立てる。

○マンション1の建設現場
   千早、足場に腰かけて煙草を吸っている。
   上から作業員の声がする。
作業員1「ホワイトデー近いじゃん? 嫁から貰ったのがチョコボール一個だったんだけど、どうすればいいと思う?」
作業員2「……三個?」
作業員1「いやそうなんだけど違うんだよ」
   漫才のような会話を聞いている千早、煙草の灰が落ちる。
千早「あちっ」

○モンタージュ・デパート・内(夕)
   雑貨屋前。
   千早「なんか違う」と去る。
   × × ×
   食品売り場。
   千早「なんか違う」と首をひねる。
   × × ×
   紳士服売り場前。
   千早、入りにくくて去る。
   × × ×
   屋上。
   千早、煙草を吸う。
   その近くでイチャついてるカップル、互いを「りーくん」「あーちゃん」と呼び
   二人で一つのマフラーを巻いている。
   呆れる千早、ふと考え直しひらめく。

○マンション2・光哉の部屋(夜)
   玄関を開ける光哉、溜息を吐きながらリビングへ。
   千早、テキストから顔を上げる。
千早「おかえりなさい」
光哉「(驚き)……」
千早「そんな驚かなくても、やることやりますよ」
   光哉、動揺を隠して上着を脱ぐ。
光哉「そう、だね。……うんそうだ、勉強は大事だ。……ご飯は食べた?」
千早「待ってました」
   光哉、壁に激突。
千早「えぇ?」
光哉「大丈夫。うん、大丈夫。むしろよかった」
   上着とジャケットをハンガーにかける光哉、ふらふらとキッチンへ向かう。
   その後ろ姿を見ている千早、そばにデパートの紙袋。
千早「……や(なぎさん)……」
   聞こえていない光哉、冷蔵庫を開けて食材を出す。
千早、悩み、考える。
   光哉、腕まくりをする。
   千早、紙袋を持ってキッチンへ。
   光哉、蛇口に手をかける。
千早「光哉さん」
   手が滑る光哉、水がシンクに跳ねてびしょ濡れに。
千早「(止めて)何やってんすか」
光哉「いや……、ちょっと待って無理だ。え? 何、え??」
   千早、ちょっと面白くなり、
千早「光哉さんに、チョコのお返しです」
   千早、紙袋を差し出す。
光哉「えぇ……?」
   紙袋からマフラーを出す千早、光哉に巻こうとするが止まり、
千早「先にタオルか。ってか一回洗うんでしたっけ」
   千早、解く。
光哉「ごめん。後で殴って」
   光哉、千早を抱きしめる。
   千早、固まる。
光哉「今死んでもいいくらい幸せだ……」
千早「(笑って)大袈裟な」
   光哉、体を離す。
光哉「ありがとう。一生、大事にする」
千早「よかったです光哉さん」
光哉「! ねえ、あの……そのさあ……」
千早「何ですか光哉さん」
光哉「……、面白がってる?」
千早「嫌ならやめます」
光哉「嫌じゃない! 嫌じゃないけど、嬉しくて死にそう」
千早「そうですかあ?」
光哉「そうだよ、ち……(はや、と言えず)……。(諦め)タオル」
   光哉、風呂場へ。
千早「(追う)え、ち? ち?」
光哉「僕には無理だ。よく言えるね」
千早「(ああ、と)名前ですよ?」
光哉「僕にとっては好きな人の名前だよ」
千早「(むっ)俺が何も思ってないと?」
光哉「……、え?」
   千早、そっぽ向いて逃げる。
   光哉、追う。
   二人、部屋の中をぐるぐる回る。

○マンション1の建設現場
   木に止まったセミが鳴く。

○同・事務所
   千早、どや顔で簿記3級とワープロ検定3級の合格証明書を掲げる。
   渚、驚きながら拍手。
光哉、笑顔で拍手。

○モンタージュ・マンション2・光哉の部屋
   扇風機が首を振る。
   その前に座って風を浴びている千早。
光哉、千早にパピコを差し出す。
× × ×
   千早、ベランダにキャンプ用の机と椅子を置く。
   光哉、その上に料理や酒を並べる。
   乾杯する二人。
   空に花火が上がる。
   × × ×
   光哉、リビングのソファーで本を読んでいる。
   色づいた木の葉がベランダで煙草を吸う千早の足元へ。
   拾う千早、光哉に見せようと振り返る。
   光哉、うたた寝。
   千早、煙草を消して部屋の中へ。
   隣に座る千早、光哉にもたれて簿記2級のテキストを読む。
   × × ×
   玄関に飾られた小さなクリスマスツリー。
   買い物袋を持った千早、帰ってくる。
   キッチンで鍋を作っている光哉、振り返る。
   千早、袋から白身魚を出して光哉に渡す。
   笑顔で受け取る光哉。
   千早、手を洗ってお皿を出す。
   × × ×
   千早、ソファーに座って本を読んでいる。
   お茶を持ってくる光哉、机に置いてソファーに座る。
   千早、光哉の腿に足を乗せて横になる。
光哉「どうせなら頭がいいなあ」
千早「いやそれはちょっと」
   光哉、千早の足を落とす。
   千早、笑って足を戻しつつ、
千早「温かいんすもん」
光哉「毛布を持ってこよう」
   光哉、立ち上がる。
千早「あー寝る! 絶対寝る!」
   光哉、駄々をこねる千早を毛布で包む。
   窓の外に雪がちらつく。

○イタリアンレストラン・駐車場(夜)
   風花が舞う。
   光哉、助手席のドアを開ける。
   千春、乗る。
   ドアを閉める光哉、運転席へ。

○車の中(夜)
   光哉、車に乗る。
   千春、シートベルトを締めながら、
千春「光哉さんは、お煙草を嗜まれる方ですか?」
光哉「いえ。あ……ただ、喫煙される方と接する機会は多いので。匂いますか?」
   光哉、自分の腕を嗅ぐ。
千春「そういうわけでは。……その、喘息を幼いころ患ってまして。あ、今は発作など無くなりましたが、避ける癖が抜けてなく……」
光哉「……そう、でしたか……」
千春「お気になさらないでください」
光哉「気をつけますね」
   光哉、シートベルトを締める。
千春「すみません」
光哉「いえ。出しますね」
   光哉、車を走らせる。

○マンション2・光哉の部屋(夜)
   ベランダで煙草を吸う千早、窓を開けたまま。
   帰ってくる光哉、千早を見る。
   千早、気づいて振り返る。
千早「おかえりなさい」
光哉「……ただいま」
   光哉、窓辺へ。
光哉「部屋が冷えるから」
   光哉、窓を閉める。
千早「……」
   千早、煙を吐く。

○マンション1の建設現場・事務所
   千早、渚に事務作業を教わる。
   外から二人の様子を見ている光哉、戸にかけた手を離し、去る。
   千早、立ち去る人影に気づいて「?」と。

○コンビニ・前(夜)
   千早、新品の煙草を手に店から出てくる。
   千早、灰皿の横で煙草を吸う。
   灰を落としたタイミングで、千春を乗せた光哉の車が前を通り過ぎていく。
   煙を吐く千早、気づかない。

○マンション2・光哉の部屋(朝)
   光哉、コートに消臭スプレーをかけている。
   ソファーに座っている千早、それを見ている。
光哉「今日、取引先と会うから」
   千早、机の上にある煙草を見つめ、
千早「止めた方がいいですか」
光哉「どちらでもいいと思うけど、……吸わない方が好きっていう女性も居るらしいね」
千早「……(は?)」
   光哉、コートを着る。
千早「光哉さん」
光哉「(振り返らず)ん?」
千早「……。光哉さんはどっちが好きですか」
光哉「……。どうして僕?」
   光哉、千早から貰ったマフラーを巻く。
光哉「そうだ、年末は帰るよね。送っていくよ。いつがいい?」
千早「(むっ)今日帰ります」
   光哉「え」と千早を見る。
   千早、顔を背けたまま。
光哉「……そう、わかった」
   光哉、玄関へ。
   千早、光哉の意図がわからずイラつく。

○マンション1の建設現場
   工事が進められている。

○同・事務所
   千早、煙草を見つめて考えている。
   渚、お茶を置き、
渚「どうしました?」
千早「……。平塚さんは、煙草吸う人と吸わない人どっちが好きですか?」
渚「えっ? えー……っと、特に気にしないです。あ、でも、吸ってる人より近くに居る人の方が害があるって聞きますよね」
千早「ふーん。……禁煙(溜息交じりに)するかあ……」
   渚、「え」と。
   千早、書類に向かう。

○マンション2・前(夜)
   停まっている光哉の車。
   荷物を持った千早、車に乗る。
   車が発進する。

○車の中(夜)
   外を眺めている千早、ちらっと光哉を見る。
   光哉、何も喋らない。
   ポケットに手を入れる千早、煙草を取り出すが「あ」と気づいて止まる。
光哉「吸う?」
千早「……え」
光哉「少し待ってね」
千早「……はい」

○道端(夜)
   車が停まる。
光哉「灰皿があるところがいいだろ?」
千早「……そう、ですね……」
   車を降りる千早、自販機の横にある灰皿へ。
   千早、ライターを出す。
   光哉、窓も開けず車から降りてこない。
   千早、光哉の考え込んでいる横顔を見て、
千早「……」
   千早、車に近づき、窓を叩く。
   顔を上げる光哉、窓を開ける。
光哉「どうした?」
千早「火、貸してください」
光哉「ああ、うん。待ってね」
   光哉、ライターを探す。
光哉「(見つけ)あった」
   光哉、振り返ると、煙草をくわえた千早の顔がすぐそこに。
千早「ん(点けて)」
光哉「……」
   光哉、ライターに火を灯す。
   千早の煙草に火が点く。
   千早、煙草を吸い、顔を背けて煙を吐く。
   光哉、千早を見ている。
   気づく千早、見つめ返して煙を光哉にかける。
光哉「!」
千早「吸ってみます?」
   千早、吸いかけの煙草を差し出す。
   光哉、手が動くが直前で止まり、
光哉「いや、遠慮しておくよ」
千早「そうですか」
   千早、灰皿へ。
   窓を閉める光哉、千早を見て静かに溜息を吐く。
   
○アパート・前(夜)
   千早、車から降りる。
光哉「じゃあ、良いお年を」
千早「光哉さんも」
光哉「……ありがとう」
   光哉、窓を閉め、車を出す。
   見送る千早、車が見えなくなると部屋へ。

○モンタージュ・東京
   公園で凧揚げをする親子。
   × × ×
   神社にお参りする大勢の人。
   × × ×
   初売りをしているデパート。

○アパート・千早の部屋
   机に向かっている千早(23)、ぐっと体を伸ばす。
   千早、窓を開ける。
千早「さむっ」
   千早、白い息を吐く。
   吹き込んだ風で契約書が家具の隙間へ。

○マンション2・光哉の部屋
   ソファーに座っている光哉(27)、指輪の箱を開けたり閉めたりを繰り返す。
   深い溜息を吐く光哉、ふと外を見る。
   ベランダに置かれたままの灰皿。
   立ち上がる光哉、窓を開ける。
   光哉、灰皿に触れ、白い息を吐く。
   光哉、悩んだ末、灰皿をそのままにして窓を閉める。

○マンション1の建設現場(朝)
   寒さに震えている千早と鳥口。
   鳥口、煙草を取り出して吸う。
鳥口「吸わねえの?」
千早「今ちょっと止めてる」
鳥口「へー……珍し」
   鳥口、煙を吐きながら、
鳥口「彼女できた?」
千早「で、……きてない……。え、何で」
鳥口「煙草止めてるって言うし。雰囲気とか喋り方が変わって、あれ、あの人(考える)」
   ぞろぞろとやって来る作業員。
   その中に千早のマフラーを巻いた光哉。
   鳥口、光哉を見つけ、
鳥口「あーそう、柳さん。柳さんぽくなった」
千早「……」
光哉(声)「仲里くん」
   千早、見る。
   光哉、手招く。
鳥口「いーなあ、今日も事務か」
千早「事務所も寒いよ」
鳥口「風が無いだけマシだろ」
   千早、光哉の元へ。
千早「何でしょう」
光哉「事務の仕事も大体覚えただろうから、今日から現場に復帰で」
千早「そうですか」
光哉「……あと、明日休みにしておいたから」
千早「? はあ」
光哉「昼前に迎えに行く」
千早「わかりました」
   千早、戻る。
   鳥口、気づき、
鳥口「え、事務クビ?」
千早「ちげーよ」
   千早を見ている光哉、ゆっくり息を吐き、事務所へ。

○アパート・千早の部屋・前(朝)
   光哉、チャイムを鳴らす。
   しばらくして玄関が開く。
   寝起きで髪がぼさぼさの千早。
千早「昼前って言ったじゃないですか……」
光哉「行きたい場所があってね」
千早「なら電話してくださいよ……」
光哉「(笑って)ごめんね」
千早「とりあえず、寒いので中どうぞ」
光哉「ああ、いや。車で待っているよ」
   光哉、「じゃ」と言って去っていく。
千早「……?」

○車の中(朝)
   光哉、運転席で待っている。
   助手席のドアが開き、千早が乗り込む。
千早「お待たせしました」
光哉「そんな待っていないよ」
千早「そうですか」
   千早、シートベルトを締める。
千早「それで、どこ行くんですか」
光哉「スーツを買おう」
千早「……はい?」

○デパート・紳士服売り場
   店員にサイズを測られている千早、されるがまま。
   光哉、ネクタイを何本も持ってきて千早に合わせる。
   千早、楽しそうな光哉を見て「まあいいか」と。

○車の中
   助手席にいる千早、スーツを着ている。
千早「こういうのって数着持っておくものなんですね」
光哉「特に下はね。サイズを測ったスーツは特別な時に着る用で、今着ているのは普段使い用だから、分けて着るんだよ」
千早「使うことありますかね」
光哉「いつか役に立つよ」
   千早、光哉を見る。
   満足そうな光哉の顔。
千早「だといいですけど」

○中華レストラン・店内
   店に入る光哉と千早。
店員3「いらっしゃいませ」
光哉「予約をしていた柳です」
店員3「お待ちしておりました。ご商談ということで、個室をご用意しております」
千早「?」
   店員3、案内する。
   光哉と千早、ついていく。
   × × ×
   広い個室。
   ターンテーブルの上に料理が並ぶ。
   千早、青椒肉絲を取る。
千早「商談って」
光哉「そう言わないと個室が取れなくてね」
千早「俺は別に普通の席でもいいですけど」
光哉「話をしなくちゃならないから」
千早「何のですか?」
   光哉、契約書をテーブルに置く。
千早「ああ……、もう一年経つんですね」
光哉「うん、あっという間だった」
   しん、と静かになる室内。
   千早、箸を置く。
   光哉、深呼吸をし、
光哉「……、ありがとう。おかげですごく楽しい一年だった」
   光哉、頭を下げる。
千早「そんな、お礼を言うのは俺の方です。このスーツとか食事とか色々いい思いさせてもらったのに、何も返せなくて……」
光哉「全部僕が好きでやったことだよ。君が喜んでくれたならそれでいい」
千早「……ありがとうございます」
   光哉、微笑む。
   千早、照れて視線を逸らす。
千早「……その、契約は終わりますけど、延長とか俺は全然……ありで……」
光哉「……」
   光哉、テーブルの下でこぶしを握って耐える。
千早「あ、その場合対等で、これ以上奢られるのも申し訳ないですし」
   一瞬顔を歪ませる光哉、愛想笑いを張り付けて、
光哉「千春さんと、結婚をするんだ」
   千早、驚き、固まる。
千早「ち……? は? 何……?」
光哉「千春さん。社長の娘さんで、確か君と同い年だったかな」
千早「そんなこと聞いてないです」
光哉「うん、ごめん……」
   千早、理解が追い付かない。
千早「え? ……結婚?」
光哉「そう……」
   光哉、後ろめたさで千早が見れない。
千早「……いつ……。いつから、決まってたんですか」
光哉「去年、会長の葬儀の前に……」
千早「は?」
光哉「申し訳ない」
   千早、呆れて笑いがこみ上げる。
千早「あー……、そう。そうですよね、こんなの、本気なわけ……」
光哉「! ちが─」
千早「あーあ、社長令嬢との結婚が決まってる人は違いますね、人で遊べる余裕まであるんだ」
光哉「そんなこと言わないでくれ」
千早「本当のことでしょう?」
光哉「僕が君を想う気持ちだって本当だ。千春さんと結婚しなくてはならなくても、僕は君を好きでいたかった。この気持ちを捨てるなんてできなかったんだよ」
千早「だから何ですか。許せって?」
光哉「許されるとは、思っていない。君にも、千春さんにも悪いことをした。最低だと罵ってくれていい。君が千春さんに全てを話しても僕は文句を言えない。ただ、千春さんは─」
千早「千春千春うるさいなあ」
光哉「!」
千早「俺の名前は呼ばないくせに」
光哉「それは、大切だから……」
千早「そんなの何とでも言えます」
光哉「本心だ」
千早「じゃあ見せてくださいよ。証拠、ここに出してください」
   千早、机を叩く。
   光哉、何もできない。
千早「見えないのにどう信じろと?」
   千早、立ち上がる。
光哉「僕は、この一年を一生忘れない」
   千早、扉に向かいつつ、
千早「俺は一刻も早く忘れたいです」
光哉「……っ、千早」
   千早、止まる。
   光哉、追って千早の腕に触れる。
光哉「そばに居てほしい……」
   千早、震える手を懸命に抑える。
千早「……っ、結婚、するんでしょう……?」
光哉「それでも。好きなんだ、この世の誰よりも大事で、大切で、愛おしいんだ……」
千早「……あんたって人は……っ」
   千早、光哉の手を振り払って出ていく。

○アパート・千早の部屋
   帰ってくる千早、光哉にもらった物を片っ端から引っ張り出す。
   着ているスーツ、参考書、ベルトなどをごみ袋に入れていく。
   千早、溢れる涙を懸命に拭う。

○同・前
   桜の花びらが舞う。

○マンション1の建設現場
   事務所の前で作業員から祝福を受ける光哉、結婚指輪をしている。
   足場に座っている千早、光哉が見えない位置で煙草を吸う。
   真下で渚がうろうろ行ったり来たり。
千早「どうしましたー?」
   渚、顔を上げる
渚「少し、いいですか?」
千早「?」
   × × ×
   千早、降りてくる。
千早「誰か探してます?」
   渚、千早にチョコレートを差し出す。
千早「ああ……、ありがとうございます」
   千早、受け取る。
渚「義理じゃないです」
   渚、小さな袋を見せて、
渚「義理はこっちです」
   千早が持っているのはしっかりした箱で更にラッピングされている。
千早「え……」
渚「……」
千早「(どうしよう)あー……」
渚「柳さんの結婚式、行かなかったんですね」
千早「……。ただの作業員ですから」
渚「仲がよさそうだったのに」
千早「そんなことないですよ」
渚「そうですか?」
千早「そうです」
   少し間があり、
渚「お食事にカニが出たんですよ、すごくいいカニ。でもちょうど写真撮影の順番であまり食べられなくて」
   千早、箱にメッセージカードが添えられているのに気付く。
   内容は渚の電話番号と【平塚渚】という名前。
千早「(ぼそっと)……なぎ……」
   渚、聞こえてなくて、
渚「?」
千早「今度、カニ食べに行きますか?」
渚「嬉しいです」
   渚、事務所の方へ。
   千早、物陰から光哉を見る。
   光哉、変わらず人に囲まれている。
   千早、光哉にかかるよう煙を吐く。

○マンション2・前
   虫取り網を持った子供が駆けていく。
   引っ越しのトラックが停まっていて、業者が出入りしている。

○建設会社・廊下
   窓の外でイチョウの葉が風に乗っている。
   花束を持った社長が歩いている。

○マンション1の建設現場
   雪が降る。
立派なマンションが建っている。

○文化会館・ホール・前
   入社式の看板が立てられ、スーツを着た若者が写真を撮ったり、喋ったり。

○建設会社・社長室・5年後
   T【5年後】
   光哉(32)、デスクで書類仕事をしている。
秘書「社長」
光哉「ん? (顔を上げる)」
秘書「そろそろ新しい秘書を決めていただきたいのですが」
光哉「ああ、そうだったね。寿退社か、おめでとう」
秘書「ありがとうございます。こちら候補をまとめたリストです」
   秘書、リストを差し出す。
   光哉、見るが、手を出さず。
光哉「いや、僕より君の方が見る目があるだろ?」
秘書「そうですか。(リストを見ながら)年齢のご希望は。女性と男性どちらがよろしいですか?」
光哉「年齢はそんなに離れてなければいいかな。それより男性も居るのは珍しいね」
秘書「ええ、資格をお持ちの方が一名、今年中途採用で入社しまして。どうなさいますか、男性なら奥様に浮気の心配されずに済みますが」
光哉「(笑って)じゃあその人でいいよ」
秘書「では人事部にそう伝えます」

○同(日替わり)
   光哉、パソコンで取引先からのメールを見ている。
   ノックの音。
光哉「どうぞー」
秘書「(開け)失礼します。新しい秘書の方をお連れいたしましたが」
   光哉、パソコンを見たまま、
光哉「あー……少し待ってくれるかな。メールの返事をしなくちゃいけなくて」
秘書「かしこまりました。ではまた後ほど」
光哉「うんごめんね」
   光哉、顔を上げて秘書を見る。
   扉を閉めようとする秘書。
   その後ろに立っている人物(千早)。
   ちらっと見えたスーツが千早に買ったオーダーメイドと同じで。
光哉「待って!」
秘書「(顔を出し)はい」
光哉「今、今でいい」
秘書「かしこまりました」
   扉を開けて入る秘書と千早(28)。
秘書「こちら仲里千早さんです」
   秘書、千早の経歴を喋るが光哉には聞こえていない。
千早「よろしくお願いいたします」
   千早、頭を下げる。
光哉「(はっとし)あ、うん。よろしく」
   光哉、千早の手に結婚指輪があるのに気付く。
光哉「(ぼそっと)……そう、か……」
秘書「本日から私の補佐に入っていただきますので」
   光哉、言葉をのみ込み、息を吸う。
光哉「職場の仲間として、よろしく頼むよ」
   光哉、手を差し出す。
   千早、その手を握り、
千早「こちらこそ」

○街並み・社長室からの景色
   2024年まで早回し。
   ビルが高くなり、スカイツリーが建つ。

○建設会社・社長室・20年後
   T【2024年】
   光哉(52)、椅子に座って景色を眺めている。
   ノックの音。
光哉「どうぞ」
   千早(48)、ドアを開ける。
千早「コーヒーをお持ちいたしました」
   振り返る光哉、微笑む。
光哉「ありがとう」
   × × ×
   向かい合ってソファーに座っている千早と光哉。
   机の上にはたくさんのチョコレート。
光哉「義理や礼儀のチョコレートは廃止にしようかなあ」
千早「何なら許可されるのですか?」
光哉「本命と友人間の交換?」
千早「(笑って)それはいいアイディアですね」
   光哉、いくつか包装を解く。
千早「そんな一気に開けないでください。いつも少ししか食べないんですから」
光哉「君が食べるだろ?」
   光哉、にっこり笑う。
千早「社長に送られた物を秘書の私が食べるわけには……」
光哉「これとか美味しいよ」
   光哉、追加で包装を解く。
   千早、「仕方ないなあ」と溜息。
   コーヒーを飲み、チョコレートをつまむ静かな時間。
   テレビから昼のニュースの音声が流れる。
   光哉、むずむずして、
光哉「ああ、だめだ。煙草を一本吸ってもいいかな」
千早「……構いませんが。吸われるようになったのですか」
   光哉、机に煙草を取りにいきながら、
光哉「年に一回だけ、この時期になるとどうしても吸いたくなるんだ」
   煙草と灰皿を持って戻ってくる光哉、火を点け、煙草を吸う。
   千早、光哉を見ている。
   光哉、気づいて、
光哉「君も吸う?」
千早「いえ、私は止めまして」
光哉「そっか、そうだよね。そういえば吸う姿を見ていなかったな」
   光哉、煙草を吸い、煙を吐く。
千早「(ぼそっと)どうして……」
光哉「ん?」
   ニュースからコーナーが変わり、ドラマ特集へ。
アナウンサー『今回注目するドラマはこちら! 【僕は君に永遠の恋をする】です』
   光哉、テレビを見る。
   千早、同じように見る。
   画面に映し出される、男性二人が見つめ合っているドラマのキービジュアル。
アナウンサー『男性同士の恋愛を描いたボーイズラブ、略してBLが世間をにぎわせているのをご存じですか?』
   ドラマの名シーンが流れる。
男1『しょうがねぇだろ好きになっちまったんだから! 周りとか知らねぇよ! 俺とお前の話なんだから余計なやつ入れんな!』
   別のシーンへ。
男2『僕が持ってるものを全てあげます。だから、あなたが持つ全てを僕にください』
   スタジオが映り、アナウンサーがシーンの説明をする。
   光哉、テレビを見たまま、
光哉「君の隣に立ちたかったんだ」
   千早、光哉を見る。
光哉「煙草を吸う横顔が好きで、同じ世界を見てみたかったんだよ」
   煙草から上る煙が光哉の輪郭を薄れさせる。
   × × ×
   フラッシュ、25年前。
熱い日差しが照り付けるマンション1の建設現場。
   木陰で汗を垂れ流しながら煙草を吸う千早、鳥口と話して笑う。
   それを遠くから見ている光哉。
   蝉がうるさいほど鳴いている。
   × × ×
   光哉、千早をじっと見つめて煙を吹きかける。
千早「……」
光哉「……」
   光哉、煙草を消す。
光哉「そうだ、これを」
   光哉、大量のチョコレートの中から小さな箱を一つ千早の前に置く
千早「ですからこれは社長に─」
光哉「僕から、千早に」
千早「……」
   光哉、立ち上がり、机へ。
   千早、小さな箱を見たまま。
   煙草と灰皿をしまう光哉、ジャケットを脱いで消臭スプレーをかける。
千早「……あなたは……どれだけ俺をもてあそべば気が済むんですか……」
   千早を見る光哉、ふっと笑い、
光哉「久々に俺って聞いたなあ。僕はそっちの方が好きだよ」
   千早、悔しくも心が揺れる。
千早「……光哉さ─」
   光哉の電話に着信。
   二人、携帯を見る。
千早「……(取り繕い)出てください」
   光哉、渋々携帯に出る。
光哉「はい。……うん、わかった。ありがとう」
   電話を切る光哉、千早に背を向け。
光哉「この後食事に行く約束をしていてね。君も一緒に来るかい? 千春も喜ぶと思うんだけど」
   顔を歪ませる千早、笑顔を張り付けて、
千早「夫婦の楽しい食事に秘書が居ていいわけないじゃないですか」
   千早、机の上を片付ける。
   窓の外で静かに雨が降り始める。
   光哉、窓ガラスに映る千早を見ている。
千早「失礼します」
   千早、カップを乗せたトレーを持ち、社長室を出る。
   光哉、振り返る。
   机の上から小さな箱がなくなっている。

○同・給湯室
   音を立てて置かれるトレーにボタボタと涙が落ちる。
   床に崩れ落ちる千早、声を殺して泣く。

○同・エントランス
   千春(48)の元へやってくる光哉。
   千春、光哉と腕を組む。
   光哉、後ろを振り返る。

○光哉の妄想・同
   そのまま続き、顔を戻す光哉。
   隣には千春ではなく千早。
   微笑む千早、光哉の手を引き外へ。

○同・外
   会社を出ると二人の姿が25年前に。
   作業服の千早(22)に引かれるスーツの光哉(26)。
   虹がかかっている空。
   雨の代わりに空から降るのは、バラ、ヒマワリ、パンジーの花。
   通行人が楽器を奏で、踊り、シャボン玉を飛ばし、バルーンアートなどを作る。
   夢のような華やかな世界。
   光哉と千早、道路の真ん中でくるくる回り、不格好ながらも音楽に合わせて踊る。
   足を滑らす光哉、千早の手を引く。
   積もった花の上に倒れる二人、驚き、笑い合う。
   光哉、千早を見る。
   千早、光哉を見る。
   微笑む二人。
   光哉、少しずつ笑顔がくずれ、涙を浮かべる。
   光哉の頬を一粒の雫が滑り落ちる。

○マンション2・部屋前(夕)
   傘から雫が落ちる。
   玄関が開き、渚(48)が顔を出す。
渚「おかえり」
   千早、笑顔を取り繕い、
千早「ただいま」
   部屋の中がバタバタと騒がしくなり、リビングから日香里(19)が駆けてくる。
日香里「お父さん聞いて! お兄ちゃんが今度彼女連れてくるって!」
   竜哉(23)、日香里を追ってくる。
竜哉「日香里!」
日香里「何。何て言おうどうしよう、ってなよなよキモかったから言ってあげたんじゃん。感謝してよ!」
竜哉「だからって……!」
渚「日香里も竜哉も、ここで騒がないの。お父さんがお家に入れないでしょ」
日香里「はあい。おかえり」
竜哉「おかえり」
千早「ただいま」
   千早、家に上がる。
   閉まる玄関。
   扉の横の表札に【仲里千早】【渚】【日香里】【竜哉】の文字。
   タイトル「ずるい人」

終わり

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