漢字遣艇5・大和高地 SF

惑星308e-4の移民先遣隊と共に天帝号に乗り込んだ江島たち。途中に立ち寄った惑星419d-6の第5衛星で『振動液』を発見した。その後、江島たちは惑星308e-4の大和高地で日本の移民先遣隊と共に水源などを調査した。しかし先遣隊長の重原涼花は、とんでもなく横柄で我がままであった。そんな折、ロケットブースターが腐食してしまい燃料漏れが起きた。江島たちは近くの星系にある『振動液』を使って窮地を脱そうとするが、涼花がいろいろと難癖をつけてくるのだった。
中野剛 12 0 0 02/01
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第一稿

漢字遣艇5・大和高地

●1.国道16号線を走る自動運転ハイヤーの中
  運転席には誰も乗っていない。江島は後部座席に一人で乗っている。
  江島は、道路の混み具合とスマホ ...続きを読む
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漢字遣艇5・大和高地

●1.国道16号線を走る自動運転ハイヤーの中
  運転席には誰も乗っていない。江島は後部座席に一人で乗っている。
  江島は、道路の混み具合とスマホの時計を見ている。
  しばらく進むと、車はウィンカーを点滅させて左折する。
  正面には航宙自衛軍・横田基地のプレートを掲げたゲートがある。

●2.地下格納庫
  江島が女性自衛官に案内されて階段を降りてくる。
  格納庫では数人の自衛官と白衣を来た男が作業をしている。

●3.地下格納庫
  江島と白衣の男は、半分カバーがかかった車両らしきものの前に立っている。白衣の男がカ
  バーを取る。
  そこにはかつての自衛隊の軽装甲機動車に似ているが、通常タイヤのある位置に可動式の回
  転翼が4つある乗り物がある。
江島「これが自衛軍の高機能飛行車両ってやつですか。これが惑星探検に使えるとは心強い」
白衣の男「はい。このMV23は水素電池で回る回転翼で浮上しますので、道がない所も水上も走
 行できます」
江島「水素電池と言うことは、もしかして水を補給するだけで動くのですか」
白衣の男「はい。燃料が水のドローンタイプの乗り物になります」
江島「あなたが開発したのですか」
白衣の男「あっ、申し遅れました。自分は航宙自衛軍の車両開発を担当しています、加藤啓太准
 尉であります」
江島「加藤准尉と言えば、なかなかの逸材と長谷川さんから聞いていました。あなたがそうです
 か」
  江島は軽く握手してから、MV23に近寄って見る。
江島「それにしても、タイヤが全然ないのは驚きです」
加藤「車体の底部を保護するための着地補助輪はあります」
江島「いゃー、運転したくなりましたよ」
加藤「手動でも自動でも運転できます」
江島「このMV23は愛称とかあるのですか」
加藤「高機能飛行車両ですから高飛車とも言われています」
  江島のスマホの着メロが鳴る。
  スマホを耳にあて話し始める。

●4.航宙自衛軍の輸送機の搭乗口タラップの前
  江島は加藤と立話しをしている。横田基地の滑走路には他の機体はない。
江島「すみません。無理を言っちゃって」
加藤「お急ぎのようなので、お役に立てれば幸いですよ。でもHACの仕事は日本国内でもあるの
 ですか」
江島「いや、今回が初めての調査になります。しかし、古代漢字に関するものが日本の神社にあ
 るというのは、信憑性がないのですが…」
加藤「そうですか。高飛車は他の補給物資と共に種子島から打ち上げられますから、佐賀県はち
 ょっとした寄り道になりますか。あっ、そろそろ出発の時間です」
  江島は軽く会釈をすると搭乗口タラップを駆け上って行く。

●5.天高住吉社の本殿
  神職が本殿の奥からうやうやしく細長い箱を持ってくる。
  江島は本殿の座卓の前に座っている。
  神職が細長い箱を座卓の上に置く。
  箱書きには真新しい字で『伝・徐福之書』と書かれている。
  江島は残念そうな顔をしている。
神職「こちらは平成になってから新しい箱に入れ替えています」
  神職は箱を開けて、多少古びてはいるものの、しっかりとしている巻物を取り出す。
  江島は巻物を見て、タブレットPCのカメラをオフにする。
江島「HAC東京支部から安陽の石板に似た文言があると聞かされていましたが、この巻物は何千
 年前のものとは思えないのですが」
神職「代々、写して来ていますから、多少文言が変わってしまっているかもしれません。しかし
 秦から徐福が携えてきた宝物の一つとされています」
江島「写しですか」
神職「この巻物は明治時代に写して以来、そのままです」
江島「一応、拝見させていただきます」
  江島は、漢文を黙読する。
  神職は、江島の様子を見ている。
江島「確かに石板と同様の語句が並んでいますが、日本で作った漢字の和字も入っています。微
 妙なものです」
  江島はタブレットPCのカメラで巻物を撮影している。

●6.ラグランジュ点付近の宙域
  天帝号は天帝ホテルとドッキングして、重力区画を回転させている。
  重力区画は、太陽光を受けている部分がきらめいている。 

●7.天帝号内のHAC分析室
  江島はホワイトボードの前に立つ。郭と劉は椅子に座って江島の説明を聞いている。
江島「佐賀の天高住吉社の写しを分析してみると、興味深い一節があったんだ」
劉「でも、何十回と写しに写されたものでしょう」
郭「ちょっと見た限りでは、怪しい感じもしますよ」
江島「俺も、最初は眉唾ものと思っていたのだが、ここの『振動液』の箇所はどうも第三距越管
 のことを指しているようなのだ。そのすぐ後の一文は、意味不明なものでもな」
  江島は、ホワイトボードにマーカーで『振動液』と書く。
  ホワイトボードの半面が画面モードになり、江島が撮影した写しの画像が映っている。
劉「振動させると何かが起こる液体ってわけ」
郭「それが、どこにあるんですか」
江島「この15行後の一節から読み解いてみると、第三距越管の26~34番面の穴の全てに存在する
 と示されているんだ」
劉「26~34番目ね。それらは同じ恒星系なの」
江島「いや違うようだが、それで、今回行く予定の恒星系419dは、31番面の穴を出た所なんだ
 よ」
劉「最後に立ち寄る惑星308e-4にはないわけね」
江島「あそこの記述はないけど、今回は惑星アクティビティーが楽しみになりそうだ」
郭「それじゃ、恒星系419dで『振動液』とやらを探すしかないでしょう」
劉「探査項目を一つ増やさないとね」
江島「日本で発見した写しが意味があるなら、わざわざ行った価値があるよ」
  江島は目を輝かせている。

●8.ラグランジュ点付近の宙域
  重力区画を回転させたまま天帝号は、ゆっくりと天帝ホテルから切り離される。
  100mほど離れると天帝号は距越管の『穴』に向きを変える。  
  方向転換が完了すると天帝号の中央躯体後部にあるメイン・ロケットエンジンが噴射され
  る。

●9.第三距越管
  薄緑色の空間の中を重力区画を回転させながら航行する天帝号。
  管外に出るための『穴』が見えてくる。
  天帝号は180度向きを変えるとメイン・ロケットエンジンを噴射させてゆっくりと停止す
  る。 
  天帝号の第2ポートの扉が開き、格納モードの三連鄭和が出てくる。
  しばらく進むと重力区画を展開する。

●10.惑星419d-6
  巨大な木星型の惑星の周回軌道に入る三連鄭和。

●11.三連鄭和のコントロール室
  江島、劉、郭は操作盤の前の席に横並びに座っている。
  操作盤の正面には大型モニターが設置されている。
  モニターには419d-6が映っている。
江島「419d-6がガス惑星なら、石板に間違いがあったのかな」
郭「衛星のことを指しているのでは」
  郭は419d-6の7つの衛星の画像を、モニターに映し出す。
劉「あの、5番目の衛星は地球っぽくないかしら」
  郭はクローズアップ画面に切り替える。
江島「大きさは地球の80%程度だが、火星よりも大きいぞ」
  モニター上に、タイプされるデータを見ている江島。
劉「ここに例の『振動液』があるわけね」
郭「あの海岸部の気温は…19.7℃」
江島「宇宙服なしで降りれそうだな」
郭「あぁ、残念。気圧は200ミリヘクトパスカルと地球の1/5だし、酸素濃度は…地球の1/10で
 す」
劉「それに、軌道から計算すると、昼が地球の30日程度に相当し夜も30日程度ってあるわ」
江島「移住はしたくないけど、天帝号の惑星アクティビティーには、使えるかな」
劉「ここは無人探査機で探査した方が良さそうね」

●12.衛星419d-6-5
  衛星の周回軌道にある三連鄭和から、無人探査機が放たれる。
  
●13.三連鄭和のコントロール室
  江島、劉、郭は操作盤の前の席に横並びに座っている。
  江島は目の前の操作盤上にある操作スティックを操作している。
  無線探査機から送られてくる映像は、大型モニターに映し出されている。
江島「『振動液』が見つけられそうな探査地点は、後、どのくらいある」
劉「今日のノルマは全部で120ヶ所だから、…残り47ヶ所ね」
江島「俺の担当は、7ヶ所か。でも地衣類しか生えていない岩場ばかりだな」
  大型モニターには、岩場が終わり大きな裾野の山の斜面が映っている。
郭「あそこの、火口跡かクレーターのような所に、センサーが反応している」
江島「また何かの間違いじゃないか」
劉「センサー音が、どんどん大きくなるわよ」
  江島は、操作スティックを大きく右に倒す。
  モニター画面上の景色の正面に火口らしきものが映る。
郭「今まで最大の反応だ。この山の麓に大量の未知の液体があるようです」
江島「着陸させて、ドリルで穴をあけるか」
郭「一番薄い地層からでも50mはあるから無理でしょう」
江島「どこか湧き出ている所はないか探すか」

●14.衛星419d-6-5
  山の裾野にある渓谷部を無人探査機は飛行している。
  無人探査機は薄汚い泥水が垂れている滝のような所にさしかかると、噴射ノズルを下に向け
  ホバリングする。

●15.三連鄭和のコントロール室
  江島、劉、郭は操作盤の前の席に横並びに座っている。
江島「あの泥水に何らかの液が混ざってないかな」
劉「待ってね。センサーデータを解析中だから」
  大型モニター画面上には、茶色っぽい滝が映っている。
劉「未知の成分が結構多いわね。この中に『振動液』と称されるものがあるんじゃないの」
江島「わかった。サンプルを採取しよう」
  江島は、キーボードから、別のコマンドを送っている。

●16.第三距越管
  薄緑色の空間の中を重力区画を回転させながら航行する天帝号。
  三連鄭和が穴から戻ってくる。

●17.天帝号の作戦室
  楕円テーブルを囲んだ席には陳、江島、劉、郭が座っている。
江島のスマホの陳の声「『振動液』とやらは、採取できたわけだな」
江島「たぶん、間違いないものを採取しましたが、特性などの分析はこれからです」
江島のスマホの陳の声「それじゃ、もうここにいる必要はないな」
劉「急いでいるのですか」
  劉は日本語で言っているので、陳のスマホの翻訳機能が動いている。
江島のスマホの陳の声「惑星308e-4の移民先遣隊が、まだ着かないのかと文句を言ってきてい
 るので、長居しにくくなっている」
江島「寄り道することは承知しているのにですか」
郭「そんなにせっかちな人は誰ですか」
  郭も日本語で言っている。
江島のスマホの陳の声「日本先遣隊代表の重原涼花がせっついている」
劉「首相の姪だったかしら。若いのに生意気ね」
江島「首相の親戚は謙虚な人が多いけど、あの代表は別かもな」
江島のスマホの陳の声「とにかく、ここを立ち去って問題ないな」
江島「そうですね」
 陳は作戦室のインターコムのマイクを取る。
江島のスマホの陳の声「惑星308e-4にコースを取れ」

●18.惑星308e-4の周回軌道上
  重力区画を回転させる天帝号からロケットブースター1機と探査船1号が降下して行く。

●19.惑星308e-4の大和高地の上空
  探査船1号は、大きく旋回しながら着陸態勢に入る。

●20.探査船1号内
  操縦席に許、副操縦席に江島が座る。後部座席には重原涼花が座っている。
  江島は副操縦席の小型モニターを見ている。
江島「許大佐、着陸する前にもう一度、江北湖と清澄河の間の平野を飛行してくれ」
江島のスマホの許の声「あの湖は、江北湖って言うんですか」
江島「HAC東京支部が命名している地名なんだけど、ちなみにあの一番高い山が大和富士連峰の
 主峰で大和富士だよ」
重原涼花「なんか、ありふれた日本の地名らしいですね」
  江島は平野の写真を撮影している。
江島「地図によると江北湖畔が神浜だが…清澄河との間の平野は命名されていないのか」
江島のスマホの許の声「どうします。地名が決まるまで飛びますか」
江島「ここが都市造りに最適だろうな。…取りあえず『江京』とでもするか。許大佐、着陸態勢
 に入ってくれ」
重原涼花「叔父に報告する場所にしては、広過ぎる気がしますが」
江島「いずれ100万人規模の都市にするので、広過ぎるということはないでしょう」
  江島が言うと、涼花はつまらなそうな顔をする。
江島のスマホの許の声「これより博士の言う『江京』の南端にある探査拠点に着陸します」

●21.大和高地の探査拠点
  エアテントが3つ展開している。軌道上に向けたアンテナが立っている。
  一番大きいエアテントには『本部』と書かれている。
  連絡船も少し遅れて着陸してくる。

●22.本部テント内
  展開された折り畳みテーブルと折り畳み椅子が置かれている。 
  先遣隊代表の席に重原涼花、副代表の席に清水、技術担当者の席に加藤准尉が座っている。
  江島はホワイトボードの前に立って説明している。
江島「無人探査機と軌道上からの映像をもとに作られた地図によると、清澄河の源流は、この大
 和富士連峰のどこからか流れているはずです」
重原涼花「博士が言う『江京』の水は全て清澄河から取り入れるのに、どこから流れているかわ
 からないのですか。不安が残ります」
江島「水質検査は済んでいますが、全く問題はありません」
重原涼花「それは良いですが、どこかの水源が突然枯渇したり、雪解け水などで氾濫する可能性
 は考慮していなのですか。全く片手落ちとしか言いようがないでしょう」
江島「枯渇や氾濫の可能性は低いとHACのAIが推測しています」
重原涼花「博士、あなたは、AIを全面的に信用しているのですか。その目で水源などを確かめま
 したか」
江島「まだ到着したばかりですし、私はHACが探査したデータを説明しているだけなので、」
重原涼花「そんなんじゃ、ダメだわ。私が組織する探査隊で調べましょう」
江島「ご自由にお調べください。それが先遣隊の任務ですから」
重原涼花「あなたもHACの人間として参加してください」
江島「私の一存では返答できません。HACの責任者というか…陳船長に申し出てください」
  少しムッとしている江島を清水と加藤は黙って見ている。

●23.高機能飛行車両MV23内
  運転席に江島、助手席に加藤、後部座席に重原涼花と秘書の和田が座っている。
  江島がイグニション・スイッチを入れると、4つの回転翼が回りMV23は地面から50センチ
  ほど浮き上がる。
  江島がアクセルを踏み込むと、MV23は前に進みだす。
江島「加藤准尉も先遣隊に加わっているとは心強い」
加藤「この高飛車の極限性能を確認する意味もあって、急きょ参加することになりました」

●24.清澄河の流域近く
  高機能飛行車両MV23は、河の水面の上1mぐらいの所を浮上走行している。   
  水面では水しぶきが跳ね上がっている。
  河原にいる山羊ようなの首と毛並み持つ牛に似た生き物が、疾走するMV23の姿に顔を上げ
  る。

●25.高機能飛行車両MV23内
  運転席に江島、助手席に加藤、後部座席に重原涼花と秘書の和田が座っている。
重原涼花「いつ頃、源流にたどり着くのかしらね。もっとスピードが出せるんでしょう」
  誰も返事をしない。
涼花「博士、あなたに言ってるのよ。運転しているのあなたでしょう」
江島「あぁ、この高飛車の性能に関しましては、加藤准尉の方が詳しいかと…」
涼花「何よ。高飛車って、あたしのこと」
加藤「この乗り物の愛称です。高飛車の最高速は時速200キロですが、電気消費量を考えますと
 140キロで巡行するのが上限かと思います」
涼花「200キロまで出せるなら、160キロでもそんなに問題ないんじゃないの。博士、160キロで
 お願いします」
  江島は加藤の顔を見る。
加藤「途中で河の水を補給すれば、何とかなります」
  江島は軽くうなずくとアクセルを踏みこむ。

●26.清澄河の上流部付近
  MV23は、河に近い草原部に停車している。
  草原部には、所々3m程の高さがある巨大なキノコのようなものが生えている。
  キノコの傘の上には、虎のような斑点文様のある猿らしきものが座っている。
  草原部にはカモシカの首に馬のような胴体を持つ動物が歩いている。

●27.高機能飛行車両MV23内 
  運転席に江島、助手席に加藤、後部座席に重原涼花と秘書の和田が座っている。
  MV23の窓は開いている。
涼花「なんで車内で昼食なの。周囲に危険な動物はいそうもないし、外で食べてもいいんじゃな
 いの。和田もそう思うわよね」
  隣に座っている和田は大きくうなづいている。
江島「HACの規定によると、どんな危険が潜んでいるかわからないので、休憩も車内と決められ
 ています」
涼花「堅いわね。ちょっとぐらい大丈夫よ。用も足したいしね。和田、あそこにエアテント・ト
 イレを展開して」
江島「エア・トイレは河面でも使えますけど」
涼花「河に獰猛な生き物がいないという前提なのかしら」
  江島は口ごもってしまう。
  涼花と和田は、MV23から降りる。

●28.清澄河の上流部付近
  江島はホースを河面に突っ込み、水を補給している。加藤は脇に立ち、河面を眺めている。
加藤「あの黒い影は何ですかね」
江島「どこだ。この河幅から見て巨大な生き物はいないだろう」
加藤「黒い影が、微生物や小魚群れだと、ろ過装置に支障が出るかもしれません」
江島「大丈夫だろう」
  河面が急に盛り上がる。3m程のウツボのようなものが飛び上がり、大きな水音を発てて水
  中に消えていく。
  江島はホースを持つ手を滑らせる。
江島「なんだあれは」  
加藤「結構、デカかったですよ」
  涼花と和田が駆け寄ってくる。
涼花「今のあれ何よ」
江島「足の生えているウツボですかね」
涼花「河の方が、よっぽっど危険なんじゃないの」
江島「そうかもしれない」

●29.大和富士連峰の渓谷部
  MV23は、河原の少し広い部分に停車している。
  双眼鏡で渓谷の奥を見ている江島。涼花は双眼鏡で渓谷全体を見ている。
江島「ここまで来ると、源流はもうすぐでしょう」
涼花「あぁ、あそこが源流ね」
江島「だいたい、このあたりが源流でしょう。周囲の山の木々の保水量も充分だし、清澄河は、
 充分に都市を支えられるはずです」
涼花「まぁ、これなら、あたしも納得だわ。このあたりに源流の碑でも建てますか」
江島「ご自由にどうぞ」
加藤「ここまで約920キロで6時間42分かかっています。帰りも同じぐらい時間がかかります
 が、余裕を見て一泊しますか」
涼花「一泊ですか。このような所でですか。戻れるでしょう。ここの1日は地球よりも3時間ぐ
 らい早くても」
江島「食料は持って来ていますから、キャンプはできます」
涼花「あっ待って、あの岩壁の所を見てよ。もしかしたら近くに金の鉱脈があるかもしれない
 わ」
  江島と加藤は顔を見合わせている。
涼花「一泊しましょう。詳しく調べて鉱脈が見つかれば、この探査も凄く価値あるものにならな
 いかしら」

●30.渓谷部のキャンプ地
  エアテントが3つ展開している。
  キャンプ地の周りには、この惑星の木で作った簡易の柵が立てられている。
  レーザー警戒網にも囲まれている。
  キャンプ地の野外に置かれた無線機の前に座りマイクを握る江島。
江島「水源は発見できたし、金の鉱脈らしきものも見つけた。もう少し調べて一泊してからそち
 らに戻るつもりだ」
劉の無線の声「それは良かったんだけど、こちらは問題発生よ。ロケット・ブースターが燃料漏
 れで、使えそうもないのよ」
江島「燃料漏れだって。原因はなんだ。天帝号に戻れなくなるじゃないか」
劉の無線の声「どうもここの鳥の糞による腐食のようなの」
江島「そんな鳥がいたのか」
劉の無線の声「加藤准尉なら、なんとか被害を最低限で食い止められると船長は言っているけ
 ど」
江島「それじゃ、早急に戻るしかないな」
  鉱脈の調査機器が入ったバッグ持って涼花と和田が近くのテントから出てくる。
涼花「戻るしかないって、どうしたの」
江島「ロケット・ブースターが燃料漏れになってしまって、加藤准尉を連れ戻す必要があるので
 す」
涼花「そう、仕方ないわね。加藤准尉には探査拠点に戻ってもらうことにして、博士、和田、あ
 たしで鉱脈を探しましょう」
江島「しかし私はHACの人間なんで、あなたに従うわけには」
涼花「何を言ってんのよ。あたしの口添え一つで、あんたなんかHACを辞めさせられるのよ」
和田「江島博士、ここは一つ穏便に願います」
涼花「いいわね、加藤准尉。あなたは一人で戻りなさい。あたしは残りますから」
  加藤は江島の方を見る。
江島「この二人を残して置くわけには行きそうもないからな…、准尉一人で戻ってくれ」
  加藤は渋い顔をして、うなづいている。

●31.渓谷部のキャンプ地
  朝の日差しが差し込む頃、江島、和田、涼花は調査機器を持ってテントを出る。

●32.切り立った岩場の付近
  涼花は調査機器のモニター見ながら江島と和田に指示している。
涼花「和田、もうちょっと上にセンサーを押し当てて。ほらそこじゃないわ右上よ」
和田「重原様、こちらでよろしいですか」
涼花「あぁ、それでいいわ。あっ、そこ博士、もう少しじっと立っていられない。センサーがブ
 レるわ」
  江島は、岩場に寄りかかつてセンサーの位置を安定させる。

●33.岩場の壁沿い付近
  江島と和田は壁に張りつく形で並んで立っている。
江島「和田さん、いつもあの人、あんな感じですか」
和田「今日の重原様は、いつもよりは穏やかな気がしますが」
江島「あれでぇ、和田さんは、辛抱強いですね」
涼花「ほら、そこ、無駄口は叩かない」
  江島はセンサーを放り投げて涼花の方を見る。
江島「あんたね、人に指図するやり方を知らないようだな。二十歳そこそこで世間知らずだと思
 って我慢していたが、バカらしいやめた。だいたい俺はHACの人間だ。あんたの召使いじゃな
 い。金鉱を探り当てたかったら、一人でやれ」
涼花「そっちこそ博士だかなんだか知らないけど、偉そうなもの言いね。そんな態度をあたしに
 したら、どうなるかわかってんの」
江島「好きなようにするが良い。重原さんの親戚とは思えないよ、あんたは」
涼花「わかりました。それじゃこの先どうするのですか」
江島「そうだな、テントに戻って昼寝でもするか」
涼花「勝手にしなさい。でもこの報いは必ず受けることになるわ。さっ、和田、続けましょう」

●31.渓谷部のキャンプ地
  周囲から鳥の鳴き声が聞こえている。湯を沸かしている音以外に人工的な音はしていない。
  コーヒーパックの封を切る江島。何か閃いた江島はタブレットPCを開く。
  石板の写真を何枚も呼び出して検討している。
  人工的な機械音が近づいて来る。
  顔を上げる江島。視線の先には、若干傾き、ゆっくりと進むMV23がある。

●32.渓谷部のキャンプ地
  回転翼が2つしかなく、部分的にかなり凹んでいるMV23が停車している。
江島「それじゃ、探査拠点には辿り着けなかったのか」
加藤「巨大ウツボもどきに衝突するとは、思っても見なかったですから」
江島「しかし、ちょっとした擦り傷で済んで良かったな」
加藤「博士は、なんで一人でここに」
江島「あの高飛車と仲違いしたからな。あっ高飛車ってMV23のことじゃないぞ」
加藤「そうですか。それも含めてこれからどうしましょうか」
江島「とにかく、探査拠点に連絡を入れよう」
  江島は無線機の送信スイッチをオンにする。

●33.渓谷部のキャンプ地
  無線機の前に座る江島と加藤。
劉の無線の声「それは困ったわね」
江島「連絡船は動かせるのだよな」
劉の無線の声「大気圏内ならね」
江島「それじゃ、連絡船で迎えに来てくれ。それなら加藤准尉を送り届けられる」
劉の無線の声「連絡船なら余裕があるから、全員を拾うことができるわ」

●34.夜の渓谷部のキャンプ地
  エアテントには明かりが灯っている。
  江島、加藤、涼花、和田は空を見上げて立っている。
  少し離れた地点に連絡船が轟音とともに降下してくる。

●35.探査拠点の本部テント内
  江島、加藤、涼花、和田、許、劉が居合わせている。
劉「探査船用、私が乗ってきた連絡船用共にロケットブースターはかなりのダメージを受けてい
 るの」
加藤「自分が見た限りでは、軌道上に一人か二人を打ち上げるのが良い所だと思います」
涼花「戻れるのは探査用で二人、連絡船用で二人の合計4人なのね」
劉「いいえ、違います。探査用のロケットブースターに連絡船の燃料を注入して、一人か二人だ
 けど、あっ待って、それは3時間前の話だから、今は一人もギリギリかもしれないわ」
江島「俺はコーヒーを作っている時に閃いたのだが、『振』という漢字には早いという意味もあ
 る。惑星419d-6の振動液は、もしかすると早く動ける液体の可能性がある。すなわち爆発力
 があるか、燃焼効率が良い燃料になるかもしれない。あれが使えないだろうか」
  江島の言っていることを、かろうじて理解してうなづいているのは劉だけである。
劉「石板を刻んだ人たちは、何らかの乗り物に乗っていたはずだから、その可能性は充分にある
 わね」
涼花「何、言ってるのかわからないけど、使えるわけ」
江島のスマホの許の声「だとしたら、軌道上に行く一人は、振動液に詳しい博士となります」
涼花「それは無線でもわかることでしょう。なにも本人が行く必要はないでしょう」
加藤「自分もこの状況にあっては、博士が妥当かと」
涼花「博士、自分だけ助かろうと思って、口から出まかせ言っていないかしら」
  和田だけが首を縦に振っている。
劉「エジが出まかせ言うわけないでしょう」
涼花「愛称で呼んでいるわけ。あたし、こんな仲良しごっこに付き合ってられないわ。軌道上に
 戻るのはあたしよ。いつ戻れるかわからないじゃないの」
  和田を除く皆が冷めた目で涼花を見る。
  全くたじろがない涼花。
涼花「劉さん、天帝号に連絡してちょうだい」
江島「あんた、こうしている間にも、燃料は漏れているんだ。それにこれは俺が助かりたいとい
 うくだらない気持ちからではない。あんたのような腐った気持ちはない」
涼花「まぁ、なんとも無礼な。あたしの76年の人生の中で、最悪の人だわ」
  和田を除く皆があぜんとする。
江島「76年って76才ということですか。その見た目で」
涼花「バラすつもりはなかったけど、そうよ。あたしは重原の姉よ。超寿医療のおかけでこの見
 た目だけど、中身は、ここに居る誰よりも知識も経験も豊富だわ」
江島のスマホの許の声「年を取っているから、偉いわけじゃないでしょう。これは元気な年寄り
 の横暴だ」
劉「あの重原さんのお姉様でもです。好き勝手は許されません」
加藤「博士、もう時間はあまりせん。行ってください」
  加藤は涼花の前に立ちはだかる。
江島「あなたの人生に何があってこのような性格になった知りませんが、人にどれだけ迷惑をか
 けているか知るべきだ。私はあなたの働きかけでHACをクビになるかもしれません。それでも
 必ず助けに戻ります」
涼花「どうだか。人は誰しも自分が大切だし、いくら隠しても本質は殿様か女王なのにね」
  涼花はせせら笑っている。

●36.探査拠点付近
  所々腐食しているロケットブースターとドッキングした探査船1号は、エンジンを噴射して
  飛び立っていく。

●37.天帝号の作戦室
  楕円テーブルを囲んだ席には陳、江島、スミスが座っている。
江島のスマホのスミスの声「下でなんか大変だったみたいね。ちょっとやつれてない」
江島「そうか。殿様だか女王様のおもりをしてたからな」
江島のスマホの陳の声「もう、プライベートな話は終わったかな」
  江島とスミスは、陳の方に顔を向ける。
江島のスマホの陳の声「それで博士の言う『振動液』惑星419d-6で容易に採取できるかな」
江島「容易かどうかはわかりませんが、採取すれば、大和高地の先遣隊は、かなり楽に行き来で
 きるようになります」
江島のスマホの陳の声「しかし、中国とアメリカの先遣隊も残したまま、日本の先遣隊のために
 惑星419d-6に行くのは、問題がないか」
江島のスマホのスミスの声「それは一理あるわね」
江島「振動液は画期的な燃料になるはずです。少しでも早く研究を開始すれば、いろいろと特許
 が手にできます。ブースターいらずで往復できるようになるかもしれません」
江島のスマホの陳の声「わかった。それでは三連鄭和で行ってきてくれ」
江島「しかし、それでは採取した振動液は少量になってしまいますが」
江島のスマホの陳の声「本当に使えるものなら、天帝号で出向くから大丈夫だ。それに人員なん
 だが、スミス少佐もアメリカの先遣隊で手いっぱいだが、3日ぐらい抜けられるか」
江島のスマホのスミスの声「あたしなら行けますよ。先遣隊のおもりに飽きたしね」
江島のスマホの陳の声「軍医がいくなても大丈夫なのか」
江島のスマホのスミスの声「看護師のスーザンがいるから5日は問題ないわ」
江島のスマホの陳の声「わかった。江島博士、5日で戻ってきてくれ」
江島「二人だけですか」
江島のスマホのスミスの声「何よ、あたしと一緒じゃ不満なの」
  スミスはニヤニヤしながら言っている。
  江島は首を横に振る。
江島のスマホの陳の声「汎用作業ロボットを付けるぞ」
江島「わかりました」

●38.三連鄭和のコントロール室
  操縦席にはスミスが座り、江島はサブモニターに表示される石板のデータを見ている。
江島のスマホのスミスの声「そろそろ穴の所だから、この星系とはおさらばね」
江島「ちょっと待った。今までプログラムにして数字の羅列が違っていると思っていたが、
惑星上の緯度と経度を表しているとしたら、しっくりと言った」
江島のスマホのスミスの声「だから何よ」
江島「待ってくれ。これを惑星308e-4の経度と緯度に当てはめてみる。どうだ」 
  サブモニターの顔面には大和高地付近の地図がクローズアップされる。
江島「こっこれは、大和高地の隣にある森原台じゃないか」
江島のスマホのスミスの声「あの高地の隣にある離れ小島みたいな所がどかしたの」
江島「この森原台に振動液があると示されている」
江島のスマホのスミスの声「ええーっ、それじゃ何も惑星419d-6に行く必要ないじゃない
 の」 
江島「連絡して、すぐに引き返そう」

●39.三連鄭和のコントロール室
  メイン・モニターには陳の顔が映っている。
江島のスマホを介した無線の陳の声「それは確実なのか」
江島「100%とは言えませんが、かなり有望だと言えますし、実際に腐食しているとはいえ、残
 りのロケットブースターが近くにあるわけですし、手間が省けます」
江島のスマホを介した無線の陳の声「しかしだな、中国の先遣隊もアメリカの先遣隊も、皆ロケ
 ットブースターを腐られせてしまっている。特に中国の先遣隊は、着実な方法で対応してくれ
 と言ってきている」
江島「だから、天帝号ごと惑星419d-6に行くというのですか。日本の先遣隊だけの案件なら行
 かないのに行くわけですか」
江島のスマホを介した無線の陳の声「状況が変わったのだよ」
江島「しかし船長、森原台に振動液は、たぶんあるはずですし」
江島のスマホを介した無線の陳の声「大和高地も森原台も日本領だから、そこの資源を使うのに
 問題がある。HACの規定によると各領地の資源の融通には量の制限があり…」
江島「HACを構成している3ヶ国が協力するのですから、問題はないでしょう」
江島のスマホを介した無線の陳の声「博士の言うように簡単には行かないのだよ。とにかく天帝
 号は惑星419d-6に向かうので、途中で合流してくれ」
  スミスは江島の顔を見ている。
江島「わかりました」

●40.三連鄭和のコントロール室
  操縦席に江島が座り、スミスは無線機の基板を入れ直している。
江島「こちら三連鄭和、航法管制装置に不具合が見られます。惑星308e-4の衛星の引力の影響
 で穴に流されているので、距越管の中で合流します」
  メインモニターには、遥か彼方に見通せていた天帝号の姿が衛星に遮られる映像が映ってい
  る。
江島「交信が衛星により不安定に…ガァァ」
  スミスが基板から伸びているリード線を付けたり離したりすると雑音がする。

●41.惑星308e-4の衛星の付近
  三連鄭和は衛星の影に隠れている。
  月の1/8ほどの衛星の陽が当たっている側を天帝号が通過していく。
  しばらくすると、天帝号は距越管の穴に入り姿を消す。

●42.惑星308e-4の軌道上
  三連鄭和の中央船体から有人探査機が降下していく。
  有人探査機は明暗境界線の夜側から昼側に差し掛かり、日差しを浴びる。

●43.有人探査機内
  江島が操縦し、隣の席でスミスがセンサーのデーターが表示されているモニターを見てい
  る。
江島のスマホのスミスの声「森原台って意外にデカイのね」
江島「だいたい広さはハワイ島ぐらいって聞いたけど」
江島のスマホのスミスの声「もう少し低く飛んでくれない、反応が薄いから。でも振動液ってあ
 るのかしらね」
江島「あるはずだし、今まで石板に示されたものが、ないってことは…、」
江島のスマホのスミスの声「ないと言いたいところだけど、あるのよね」
  スミスは、モニターを凝視している。 
江島のスマホのスミスの声「だんだん反応が濃くなるわ」
江島「でも、ここはもう森原台の斜面だぜ」
江島のスマホのスミスの声「「この探査機は宇宙船でもあるんだから、高温高気圧でも大丈夫で
 しょう」
江島「しかし平野部にあると、作業が面倒だぞ」
江島のスマホのスミスの声「博士、平野部のあそこ見て、池かと思ったけど、振動液が溜まって
 いるわ」
江島のスマホの探査機AIの音声「燃料漏れの可能性があります。周囲の揮発性ガス濃度を確認
 してください」
江島「燃料漏れてないよな。だとすると、あそこの振動液が燃料とほぼ同じ状態にあるわけか」
江島のスマホのスミスの声「精製する手間が省けたかも。調べてみるわ」
江島「もう一回旋回してみる」
江島のスマホのスミスの声「あっ、出たわ。ここの高温高圧環境が、振動液をほぼ使える状態に
 してくれてるみたい。類似性は95.35%ってあるわ」
江島「シャロン、そのまま使えるじゃないか」
江島のスマホのスミスの声「それじゃ、オンボロのロケット・ブースターを取りに行きましょ
 う」
  機外で爆発が起き、機体が揺れる。
江島「なんだ、この爆発は」
江島のスマホのスミスの声「池の振動液が消えてる。でも少しずつしみ出でいるようよ」
江島「そうか、ある程度溜まると自然に爆発するんだな」
江島のスマホのスミスの声「かなり危険じゃない」
江島「もう一回旋回するから、爆発の周期を計ってくれ」

●44.大和高地の探査拠点の本部テント内
  江島、スミス、加藤、涼花、和田、許、劉が居合わせている。
涼花「それで手ぶらで戻ってきたわけ」
  涼花は江島の顔を見ている。
江島「大和高地と森原台の間の平野部に、使える振動液があるんだ。それをブースターに入れれ
 ば、軌道上に全員が戻れます」
加藤「腐食した部分は修復が済んでいます。もう漏れることはありません」
江島のスマホのスミスの声「それじゃ、後は18分周期で振動液を注入するだけね」
劉「18分周期って何ですか」
江島のスマホのスミスの声「18分経つと爆発するのよ。何せ燃料と同じものだからね」
江島「待てよ。18分以内にあの池を空にしたら、爆発はしないんじゃないか」
江島のスマホのスミスの声「全部、補給できたらね。あの池の総容量がわからないし危険よ」
涼花「爆発する危険がある所に、ブースターを持っていくわけ。下手したら、ブースターを失う
 のよ。それはダメだわ」
江島「補給作業に池の監視役がいれば、問題をないでしょう」
加藤「補給作業に自分も志願します」
涼花「ちょっと待って。博士はHACの人間よね。なんで陳船長の命令がこの探査拠点に届いてい
 ないの。おかしくないかしら」
  口ごもる江島。
江島のスマホのスミスの声「こうするのが一番早いから」
涼花「博士が、命令を無視して独断でやっていることは明白じゃないの」
劉「エジ、それ本当なの」
  うなずく江島。
江島「天帝号は惑星419d-6に向かっているが、ここにあることを発見したので、降下したん
 だ」
涼花「ほら見なさい、こんな人の言うことは聞けないわ。劉さんもそうでしょう」
  テント内は静まり返る。
江島のスマホのスミスの声「どうするのよ。燃料があれば、探査もできるし、いつでも軌道上に
 戻れるわ」
劉「でも、天帝号がいないのに、軌道上に戻る意味がないわ」
涼花「答えは自ずと出たようね」
江島のスマホの許の声「中国の先遣隊代表から無線連絡です」
  許は、ヘッドセットで無線の中国語を聞いている。
江島のスマホの許の声「すぐに使える燃料があるなら重病人の命を救うために、軌道上にある中
 国先遣隊のコンテナーの医療キット取ってきて欲しい、とのことです」
劉「命を救って欲しいと言っているの」
江島のスマホのスミスの声「それじゃ、決まりね」
江島「後で私が責任を取ります」
涼花「あら、格好つけちゃって。あたしが辞めさせるつもりでいるのに、どう責任が取れるのか
 しら。絶対にダメよ」
江島のスマホのスミスの声「この糞女、黙りなさい」
  スミスは、涼花を殴り倒す。涼花は気を失って倒れている。
  興奮するスミスをなだめる劉。
江島「シャロン、どうも俺らは、これがHACの最後の仕事になりそうだぜ」
江島のスマホのスミスの声「望むところよ」
劉「行くしかないようね」
  劉と許は心配そうに江島たちを見ている。

●45.平野部の池から少し離れた地点
  ロケットブースターとドッキングした連絡船が着陸している。
  宇宙服を着た江島、スミス、加藤、許は池を見ている。
無線の加藤の声「ここに来るまでに、ロケットブースターのタンクは完全に空になりました」
江島のスマホを介した無線のスミスの声「あの池まで18分以内に行けるかしら」
江島「宇宙服の移動スラスターを使えば、何とかならないか」
江島のスマホを介した無線のスミスの声「タンクのホースを持って、浮上できる」
江島「一人で無理でも3人なら何とかなるはずだ」
  池の辺りで爆発が起き、江島たちは身を伏せる。
江島「次の爆発の後、俺と、加藤、許でホースを運ぼう。シャロンは、池の状況をしっかりと監
 視してくれ」
江島のスマホを介した無線のスミスの声「上官じゃなくて民間人の命令を聞くとはね、許もそう
 でしょう。あら加藤さんもそうじゃない」
  江島たちは池を見つめて立っている。
  池の辺りで爆発が起き、江島たちは身を伏せる。
江島「行こう」
  江島は宇宙服の移動スラスター自動設定ボタンを押す。  
  
●46.池の淵
  江島たちはホースを静かに池に入れる。池に満たされている振動液は、どんどん吸い込まれ
  ていく。
無線の加藤の声「この池は、思った以上に深いようです」
  池の振動液の水位にあまり変化が見られない。
  江島は宇宙服の袖口についているデジタル表示の時計を見る。
江島「後5分前後で爆発するかもしれない」
無線の加藤の声「量が減っているから、もう少し長くなりませんか」
江島「いや、ホースを持って退避だ」

●47.平野部の池から少し離れた地点
  ホースを持った江島、加藤、許が移動スラスターを停止させた直後、背後で池が爆発してい
  る。
江島のスマホを介した無線のスミスの声「全然、タンクに貯まってない感じよ。こんなことして
 いたら、日が暮れちゃうわね」
江島「確かに。一か八かホースを置きっぽなしにしてみようか」
江島のスマホを介した無線の許の声「ホースやポンプが吹き飛ぶリスクをおかすのですか」
  江島は宇宙服の袖口の時計を見る。
江島「池の振動液が少し減った今のタイミングでは全部で20分12秒だった。帰りの時間を全部つ
 ぎ込むと、爆発には至らないはずだ」
江島のスマホを介した無線のスミスの声「博士、やっちゃいなよ。どうせ我々はクビなんだか
 ら」
江島「加藤准尉と許大佐はクビじゃないぞ」
江島のスマホを介した無線の許の声「早く作業を終わらせましょう」  
  加藤はヘルメットの中でうなづいている。

●48.平野部の池から少し離れた地点
  江島、加藤、許が戻ってきて移動スラスターを停止させる。
  池の方を見る江島たち。
  江島は、頻繁に宇宙服の袖口の時計を見る。
江島のスマホを介した無線のスミスの声「あたしは、絶対上手くいくと思うわ。許大佐、賭け
 る」
  許は答えない。
  時計のタイマーが21分を越えている。
無線の加藤の声「センサーによると、まもなく爆発点になります」  
  スミスは十字を切っている。  
無線の加藤の声「爆発点から遠ざかっています」
江島のスマホを介した無線のスミスの声「やったわね」
  スミスはヘルメットを江島のヘルメットぶつけてくる。
  ヘルメットの中でキスする仕草をしている。

●49.平野部の池から少し離れた地点
  ロケットブースターとドッキングした連絡船が、エンジンを噴射して離陸する。

●50.天帝号の作戦室
  楕円テーブルを囲んだ席には陳と郭が座っている。
陳「博士と親しい君は、彼の行動をどう読み解く」
  陳は中国語で言っている。
郭「距越管の中で合流できないのは、惑星308e-4に行っているからだと思います」
陳「私の命令に従わずにか」
郭「命令に従わなくても、確固たる公算があり、彼は必ずやり遂げるはずです」
陳「と言うことは、惑星308e-4の振動液を採取しているというのか。それにしても精製しなけ
 ればならないだろう」
郭「アメリカや中国の先遣隊に呼びかけて、何らかの精製をしているのではないでしょうか。そ
 れでも船長の経歴に傷をつける働きはしないはずです。船長の懐の広い所を見せれば、むしろ
 プラスになるのではないでしょうか」
陳「…いずれにしても処分は必要だな。引き返して距越管を出次第、無線連絡を取ろう」

●51.惑星308e-4の軌道上
  連絡船から伸びるアームが五星紅旗が記されているコンテナーを引き寄せている。

●52.連絡船内
  スミスが操作レバーを動かしている。
  操縦席に江島、加藤と許は浮遊してスミスの作業を見ている。
江島のスマホのスミスの声「コンテナー回収完了よ」
江島「それじゃ中国領の重慶高原に向かうか」
江島のスマホの許の声「重慶高原の南西部にある新南京の座標はこれです」
江島「これを入力すれば、自動ナビで、着陸できるな」
加藤「北東の天瀋湖畔の町じゃないんですか」
江島のスマホの許の声「あそこは地盤が緩いので、小さい建物しか建てられないようですから」
江島「それじゃ再突入だ」

●53.新南京の探査主棟内
  簡易造りの建物の中には、医師や探査隊代表たちがいる。
  江島と加藤、許とスミスがそれぞれコンテナーを運び入れる。
江島「これで全部だったけど、間違いないか聞いてくれ」
  江島がスマホ経由で許に言う。許は中国語で代表に尋ねる。
  代表は大きくうなづいて、江島に握手してくる。
  医師たちはすぐにコンテナーを病室に運んでいく。
江島のスマホの許の声「軌道上に行けなくなったので困っていたのだが、まさに江島博士は救世
 主ですって言ってます」
加藤「たった今、入った無線によりますと、2時間後に天帝号が軌道上に到着するとのことで
 す」
江島「さてと、どうするか」
江島のスマホのスミスの声「博士と逃避行って手もあるけどね」
江島のスマホの許の声「代表が、あなた方の英雄的な行動は、船長に伝えなければなりませんっ
 て言ってます」
江島のスマホのスミスの声「船長がどうジャッジするか見ものね」
江島「クビになるかは五分五分だな」
江島のスマホの許の声「スミス少佐、あの若作りの婆さんは、そう簡単に許しそうもありません
 けど」
加藤「あのぉ、無線の最後に博士とスミス少佐に船長から出頭命令が出てます」

●54.天帝号内の作戦室
  楕円テーブルを囲んだ席には陳、江島、スミス、劉、郭、許が座っている。
  出入り口には、警護担当の船員が立っている。
江島のスマホの陳の声「結果的に中国の先遣隊の病人を救ったとしても、HACの規定や私の命令
 に違反したことには変わりがない」  
郭「博士は、最良と思われる手段を選んだんでしょう」
劉「江島博士の性格からして他に選択肢はなかったと思います」
江島「あれは、仕方なかったことですし、平野部の環境では、精製がほぼ必要ありませんでし
 た」
江島のスマホの陳の声「それも結果的なことであって、本題からズレている」
江島「本題は、私の処遇ですか」
江島のスマホの陳の声「博士の処遇だけではない。スミス少佐は、重原代表に暴力行為を行って
 いる。これも看過できない」
江島のスマホのスミスの声「あの女を大人しくさせるには、あれが一番だったのよ。男とか女と
 か、年寄りか若いかに関係なく、性格がねじ曲がっていたからね。意味もなく優遇する必要は
 ないわ。皆平等なのだから」
江島のスマホの陳の声「しかし、君の行動は行き過ぎだ」
  陳は、手近のモニターをオンにする。
  モニターには、いきり立っていて、顔にあざがある重原涼花が映っている。
江島のスマホの陳の声「重原代表には、江京の探査拠点から無線参加してもらっている」
涼花の無線の声「あ、聞きました船長。あの鬼女の言いぐさを。地球に戻ったら訴えるつもりで
 すが、取りあえずHACには相応しくない人物でしょう。解任し拘束室に入れてください」
江島のスマホの許の声「あの人も問題ありそうですがね」  
涼花の無線の声「江島博士も偉そうで、全く使えない人物です。命令違反などもあるのでした
 ら、解任してください」
劉「偉そうなのは、どっちかしら」
江島のスマホの陳の声「中国先遣隊の代表の意見もありますし、まず減俸として、今後の処遇は
 博士を日本政府、少佐をアメリカ政府に委ねることにします」
涼花の無線の声「それじゃ、帰りの船の中では、のうのうと歩いている彼らと鉢合わせするわ
 け、冗談じゃないわ」
江島のスマホの陳の声「出航までの残り数日から博士には劉、スミス少佐には許が監視役につけ
 ますし、あなたには警護をつけます」
江島のスマホのスミスの声「あたしにビビッてんの、笑える」
  陳はモニターをオフにする。
江島「帰りは分析室にこもっていますよ」

●55.アメリカ領ヘブンリーヒル
  一面が火事で燃え盛っている。
  ワシントン河近くのエアテントに先遣隊たちは集まっている。

●56.連絡船内
  スミスが操縦席、江島が隣に座っている。
江島のスマホのスミスの声「この山火事、大和高地じゃなくて良かったわ。あの糞女がいないか
 ら」
江島「帰りの出航前日にこんなことになるとはな」
江島のスマホのスミスの声「出航が伸びるかもしれないわね」
江島「これだけの先遣隊が残っているのだから、次の船の寄港までいるつもりだったのかな」
江島のスマホのスミスの声「あぁ、それは…そうかもしれないわね」

●57.ワシントン河近くのキャンプ地付近
  ロケットブースターのそばに連絡船は着陸している。
  連絡船にアメリカの先遣隊員たちが乗り込む。
江島「この便では12人までです。残りの方は次の便でお願いします」
  江島のスマホの出力は英語になっている。
  日系アメリカ人が近寄って来る。
日系人「HACの方ですか。この火事はどうも人為的な気がします。調べてもらえますか」
  日本語で言ってくる。
  別のアメリカ人が日系人を戻るように英語で怒鳴っている。
  スミスは別のアメリカ人と話を終えて戻ってくる。
江島のスマホのスミスの声「あの人、何か言ってたの」
江島「人為的な火事じゃないかってさ」
江島のスマホのスミスの声「そんなことあるわけないじゃないの」

●58.惑星308e-4の軌道上
  天帝号のエンジンが噴射され、ゆっくりと距越管の穴に向かって進み出す。

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