怠け者外来 2 コメディ

佐々木亮二が怠け者外来を訪れてから7年後のお話。 (怠け者外来1の続編)
服部みきこ 5 0 0 12/30
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第一稿

怠け者外来 2

登場人物
  佐々木亮二(32) 無職の青年
  高森藤生 (40) 医師 
  野々村菜摘 (30)

◯ テレビ局・スタジオ
  ワールドビ ...続きを読む
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怠け者外来 2

登場人物
  佐々木亮二(32) 無職の青年
  高森藤生 (40) 医師 
  野々村菜摘 (30)

◯ テレビ局・スタジオ
  ワールドビジネスサテライトのような番組の生放送をしている。
  パネルを持って説明するアナウンサーと、その横で専門家然として座っている高森藤生(40)。
  アナウンサーが持っているパネルには折れ線グラフが書かれており、最初、線がガクッと下がり、その後、線が急勾配で上がっていく形が描かれている。

アナウンサー「企業への『一億総サボり制度』導入後、日本の生産性はこのように推移してきたわけですね」
高森「はい、そうです。導入直後はみんなが少しずつサボるようになったことで、一時的に生産性が落ちました」
アナウンサー「しかしその後すぐに向上し始めていますね。これはどういうことでしょうか」
高森「はい。日本の真面目な労働者は、働き詰めで疲労が溜まっていました。その人たちがサボり制度を真面目に守り、適度な休息を得ることで、徐々に生産性の向上に繋がっていきました」
アナウンサー「なるほど」
高森「一方、怠けポテンシャルの高い労働者ですが、彼らは、『サボり』をやるべきこととして企業側に管理されると、逆にサボりたくなくなります」
アナウンサー「(感心したように)はあ〜、なるほど。そこが高森さんの画期的な発見だったということですね」
高森「いわゆる『やるべきことはやりたくない』という怠けの法則です。これを発見するきっかけとなった患者さんには、感謝しています」
アナウンサー「つまり1つの施策で、働き者は休息を得て、怠け者は怠けなくなる、という一石二鳥を叶えたわけですね」


◯ 亮二のアパート(夜)
  高森とアナウンサーのやりとりが映し出されていたテレビがプチっと消される。
  テレビの前には佐々木亮二(32)が座ってぼーっとテレビを見ている。
  野々村菜摘(30)がキッチンから2人分の納豆パスタを運んでくる。

菜摘「すごい! 今の亮二さんのことでしょ? 高森先生が言ってた『患者さん』って」
亮二「そうかもね・・」
菜摘「感謝してる、だって! 世の中の役に立ったんだよ! やっぱり亮二さんの怠けはすごい!」
亮二「・・もうやめてよ」
菜摘「どうして? 本当のことじゃない! それにしても高森先生、なんかイキイキしてたね。前より若返ったみたい。忙しそうなのにね」
亮二「充実してるんでしょ。忙しいのが楽しいなんて・・僕には一生わからないだろうな」
菜摘「そんな卑屈になることないのに」
亮二「野々村さんだって、高森先生に言われて僕のところにいるんでしょ。本当はあういうタイプの方が・・」
菜摘「(遮って)まだそんなこと言ってるの!? 違うって何度も言ってるでしょ。私は連絡先を高森先生に聞いただけ!」
亮二「・・」
菜摘「もう7年も一緒にいるのに・・ひどい」
亮二「・・ごめん」


◯ 医院・外観(昼)
  以前よりも立派に建て替えられた建物の外観。
  少し離れた所に立ち尽くし、建物を眺める亮二。
  タイトル『怠け者外来2』


◯ 医院・診察室(昼)
  亮二が診察用の丸いすに座り、医師の高森に向かって症状を説明している。

亮二「まさか先生自ら診てもらえると思いませんでした・・忙しそうなのに・・」
高森「おかげさまで充実してます。私こそ、まさかまた佐々木さんにお目にかかれる思わなかったので嬉しいです」
亮二「忙しいのを楽しめるなんて・・うらやましいです・・」
高森「で、今日はどうしましたか?」
亮二「あの・・みんなみたいに、ちゃんと働きたくて・・もう一度、ちゃんと治したいんです」
高森「そうでしたか。以前『怠けること』をやるべきことにすれば、怠けたくなくなるというのはわかりましたよね。その法則を使えば・・」
亮二「(遮って)わかってます。でもそれじゃ、仕事も続かないんです。やっぱり『進捗は?』って言われたら嫌になるし・・最初はやる気があっても、結局転々とすることになっちゃって」
高森「なるほど。佐々木さんは一般の怠け者よりも極端にその性質が強い『真の怠け者』ですからね」
亮二「・・その専門用語やめてください・・」
高森「これは失礼しました。つまり、安定的に続けられる職に就きたいということですね」
亮二「はい・・勝手かもしれませんけど・・」
高森「そういうことでしたら・・」
  
  高森、診察机の引き出しからゴソゴソと書類を取り出す。

亮二「?」
高森「こちらの職に就いてみるのはいかがでしょうか?」

  高森が書類を亮二に差し出す。
  株式会社三ツ葉薬品の社長第二秘書の求人票である。
  それを受け取る亮二。

亮二「(書類をまじまじと見て)え? 社長秘書? まさに他人の期待通りに動く系じゃないですか・・僕が続けられるとは・・」
高森「実は実験なんです」
亮二「あぁ、また被験者ですか・・」
高森「まぁそんな顔せずに聞いてください。私が所属してる国の労働力開発研究チームの中に人工知能グループがありましてね、そこの者たちが実験したいと言っているのですよ。人工知能、いわゆるAIが実社会での業務にどの程度耐えうるのか」
亮二「はぁ・・」
高森「でも一般企業に人工知能を導入してほしいって言うとやっぱり難色を示される場合がほとんどでしてね。特に大企業は、不確定なものの導入を恐れますから。なので今回は、形式上は佐々木さんに入社していただいて、裏で実際に仕事するのはAIという形にしたいわけです」
亮二「え、いいんですか、そんなことして・・」
高森「業務がこなせていれば企業側にデメリットは何もないでしょう。こちらの求人は在宅勤務可となっていますし、もってこいです。佐々木さんは基本的に採用試験と、最初の顔合わせの時だけ出社していただければ」
亮二「でも・・」
高森「『やるべきこと』はすべてAIに投げればいいんです。最初に使い方のレクチャーだけは受けていただきますが」
亮二「それは別にいいですけど・・」
高森「給与の30%は研究チームがいただきますが、この給与ならそれでも生活できるでしょう。いかがですか? 怠け者にぴったりの仕事だと思うのですが」
亮二「・・たしかに・・でもそれって実験が終わったら・・」  
高森「もしこの実験がうまくいけば、AIは急速に社会に普及しますよ。そうしたら佐々木さんはむしろAIの使い手として重宝されるでしょうね」
亮二「え・・でも、そんなうまい話・・」
高森「何事も、やってみないとわかりません。ダメなら別の道を探すまでです」
亮二「はぁ・・」


◯ 三ツ葉薬品・本社ビル・外観(朝)
  都心の大きなビル。三ツ葉薬品の企業ロゴが掲げられている。
  スーツを着て、不安そうにビルを見上げ、ため息をつく亮二。

亮二「本当に大丈夫かな・・」


◯ 医院・待合エリア(日替わり・昼)
  休日の昼。私服姿で、診察室の待合エリアに座る亮二。
  ニコニコと嬉しそうにしている。
  診察室から看護師の声が聞こえる。

看護師「佐々木さん、佐々木亮二さん、診察室へどうぞ」 

  待ってましたとばかりに立ち上がり、意気揚々と診察室の扉を開ける亮二。


◯ 医院・診察室
  亮二が笑顔で扉から入ってくる。

亮二「先生! おかげさまで・・って、あれ?」

  医師が座っているはずの席には、簡易的な人型のロボットのようなものが置かれている。

ロボット「ササキリョウジさん、コンニチハ。33日と22時間13分ぶりのご来院ですね。調子は、どうですか?」
亮二「あ、はい、調子はいいです。・・ってあの・・高森先生は・・?」
ロボット「タカモリ医師は多忙のため、本日は私、医療AI『メシア2号』が診察します」
亮二「メシア・・2号・・」
ロボット「ご安心ください。私メシア2号は、999万9989件の臨床データを学習し、98.8%の診察精度を誇る最先端医療AIです。タカモリ医師のオスミツキ、です」
亮二「はぁ・・」
ロボット「ササキさん、今日はどんな症状でご来院でしょうか」
亮二「あ、あの、特に悪いところは何もないんです。むしろとても調子がいいっていうか」
ロボット「・・(計算音)・・ササキさん、それは、ケンコウ、なようです」
亮二「あ、はい。今日はただ、高森先生にお礼を言いたかったんです。あの、先生に伝言をお願いできますか」
ロボット「・・(計算音)・・承知しました。録画モードに移行します。ディスプレイに二重丸が表示されたら、伝言をどうぞ」

  ロボットの胸の位置にあるディスプレイに二重丸が表示される。

亮二「あ、あの高森先生、佐々木です。どうも。・・えっと、仕事、びっくりするほど順調です。やりたくないことは、全部AIがやってくれるんです。それもすごい速さで。僕は一日に数回、好きなときにAIに仕事投げるだけです。これなら僕にも続けられそうです。ありがとうございます。あ、それと、この医療ロボット、驚きました。先生もAI導入したんですね。便利ですもんね。あ、でもネーミングはちょっと考え直したほうが・・」


◯ 亮二のアパート(昼)
  室内は少し散らかっていて雑然としている。
  キッチンでインスタントコーヒーを入れる亮二。
  リビングのフロアテーブルには、菜摘が緊張した面持ちで座っている。
  キッチンから菜摘に話しかける亮二。

亮二「でさ、それ医療AIだったんだよ。ビックリしたよー。しかもさ、『メシア2号』って名乗るんだよ。自分のこと。メシアだよ?しかも2号って。あ、そういえば、なんか昔似たような名前の歌があったって聞いたことあるなぁ。あれは何2号だったっけな?」
 
  話しながらコーヒーカップを2つ持ってきて、フロアテーブルに置き、菜摘の横に座る亮二。
  傍らには『人工知能チーム』というラベルが貼られたPCが置いてある。


菜摘「(精一杯作った笑顔で)ありがとう」

  コーヒーを啜る2人。

菜摘「あの・・亮二さん。話って・・何?」
亮二「(コーヒーを吹き出しそうになって)あ、ああ、そう、えっと、話したいことがあって」
菜摘「うん」
亮二「その・・つまりさ、だから・・要するに・・」
菜摘「?」
亮二「けっ!!!!」
菜摘「・・け?」
亮二「結婚!!」
菜摘「!」
亮二「・・・・しよう」

  驚きの表情のまま固まる菜摘。
  しばらくすると、目から涙が落ちる。
  そんな菜摘を見て、オロオロする亮二。

亮二「え・・? え? やっぱ、ダメだったかな・・」
菜摘「てっきり私と別れたいんだと思ってた・・」
亮二「ち、ちがうよ・・」
菜摘「だって亮二さん、急に『ちゃんと働く』とか言い出すし、家のこともやらなくていいって・・突き放されたと思った・・」
亮二「ごめん・・結婚したいと思ったから・・僕なりの準備だったんだよ」
菜摘「・・私は前の亮二さんでも十分だったのに」
亮二「でもそれじゃ、自信持ってプロポーズできる気がしなかったから」
菜摘「・・」
亮二「今の僕じゃ、ダメかな」
菜摘「(首を横に振り、笑顔をつくる)」

  菜摘の様子を見て、心底ホッとする亮二。

亮二「はぁ・・よかった。あ、でも僕きっと、根本的には何も変わってないよ。仕事だって(傍らのPCに手をおいて)こいつに全部やってもらってるだけだし」
菜摘「(笑って)うん、そうだね。亮二さんらしい。仕事してても、怠けてる」
亮二「(照れ笑い) あ、そうだ。結婚式の準備もさ、(PCのディスプレイに向かって)こいつを使えば、僕、ちゃんと出来る気がするんだ。試しにさ、AIに友達とのメールの履歴を学習させて、招待する人を選んで貰ったらさ、ほら、一瞬でリストが出来てさ・・」

  PCの画面を見せながら、一生懸命話す亮二。
  ニコニコしながらそれを聞く菜摘。


◯ 医院・診察室(昼)
  診察用の丸いすに座る亮二。表情はイキイキとしており、左手には結婚指輪が光っている。

亮二「会えてよかったです。結婚の報告は、先生に直接話したいと思っていたので。それもこれも先生のおかげです」
高森「私もうれしいですよ」

  亮二の向かいには高森が座っている。が、高森は生気がない様子である。
  高森の後ろには、充電ドックに収まったロボット『メシア2号』が無言で控えている。

亮二「先生、なんかお疲れじゃないですか? 働きすぎなんじゃ?」
高森「え? あ、そう見えますか? ハハハ、お恥ずかしい。たしかに最近、少々忙しくしてたもので・・」
亮二「(メシア2号を指差して)もっとアレに頼ったらいいと思います。この間はビックリしたけど、医療AIもすごいんですね。分野によっては人間より診察の精度が高いって。テレビでやってました」
高森「あ、ああ、そうですね。よくやってくれてると思いますよ」
亮二「それなら思い切り頼ったらいいんですよ。早くもっと普及したらいいのに。生産性でしたっけ? それだって絶対上がりますよね」
高森「・・そうですね。えっと、ところで佐々木さん、すっかり悩みも解消したみたいですし、もう通院は必要ないですよ」
亮二「はい。ありがとうございます。先生のおかげです」
高森「では今日はこんな感じで」
亮二「そうですね、お忙しいところすみませんでした。では」
  
  亮二、席を立ち、診察室を出る。


◯ 医院・待合エリア
  診察室から出てきた亮二。満足気に、意気揚々と待合エリアを横切り、医院を出て行く。
  亮二が出ていった直後、別の患者が看護師に声をかける。

患者「今日もメシア先生じゃないんですか?」
看護師「今日の診察は高森先生です」
患者「なんだ・・。次のメシア先生の診察はいつですか?」
看護師「しばらくは、高森先生がお時間を取れるようですから・・」

  ガッカリした様子の患者。


◯ 医院・診察室
  ひとりになった診察室で、『メシア2号』と対峙する高森。
  生気のない目で、『メシア2号』の充電ドックの電源ケーブルをコンセントからブチッと抜く。

高森「こいつが私の仕事を奪う・・」


◯ テレビ局・スタジオ
  ワールドビジネスサテライトのような番組の生放送をしている。
  パネルを持って説明するアナウンサーと、その横に専門家として座っている若い人工知能研究者。
  アナウンサーが持っているパネルには折れ線グラフが書かれており、右肩上がりの線が描かれている。

アナウンサー「人工知能が積極的に活用されるようになったことで、日本の生産性はこのように向上してきたわけですね」
研究者「あぁ、はい。そうですねー。人工知能で、業務の効率が飛躍的にアップしましたからねー」

  アナウンサー、パネルを持ち変える。今度は棒グラフが書かれている。
  右に行くほど棒グラフが長くなっている。

アナウンサー「そしてさらに驚くべきはこちらなんですね。平均寿命の推移を示したものですが、こちらも人工知能導入後に明らかに延びてきています」
研究者「そうなんですよねー。日本ってずっと、多少無理をしてでも働くことが美徳、みたいなところあったじゃないですか。でもそれって、社会を繁栄させる戦略としては一部正しくても、生物としての個体の生存戦略としてはまあ、ちょっとアレだったわけですよねー」
アナウンサー「というと?」
研究者「つまり、無理は身体に良くないということですよねー。人工知能の導入で、人が無理しなくなって、個人の自由に使える時間が増えた結果、健康も増進された、と」
アナウンサー「なるほど。しかし一部では、自分の仕事が人工知能に代替されたことで、自らの存在価値を見失ってしまう、いわゆるアイデンティティ・クライシスも深刻な問題となっています。本日はその点についての特別コメンテーターとして、一般業務での人工知能活用の第一人者・佐々木亮二さんに来ていただきました。佐々木さん、よろしくお願いします」

  アナウンサーの隣(研究者とは反対側)にカメラがパンすると、亮二が座っている。

亮二「あ、はい。あの、よろしくお願いします」
アナウンサー「さて、このアイデンティティ・クライシス問題ですが、佐々木さんはどのようにお感じですか?」
亮二「はい、えっと・・社会とか他の人から求められる『やるべきこと』がないと自分を失っちゃうっていうのは、少し寂しいなと思います。僕はベッドでダラダラするのが本当に好きで・・前はそのことにすごく罪悪感を感じてたりしたんですけど・・でも今は、それが僕なんだし、素直に楽しめばいいのかなって。その、つまり・・お金になったり誰かに認められたりとかじゃないけどただ好きなこと、みたいなところに、自分ってあるんじゃないかなって・・」
アナウンサー「つまり、個々人に委ねられた活動、例えば遊びや休息といったものをもっと重視すべき、と?」
亮二「・・あの・・ただの怠け者、かもしれないですけど・・」
アナウンサー「いえ、時代は移り変わります。かつては『怠け者』と言われたそれこそが、今の世に必要なメンタリティなのかもしれませんね」


◯ 高森のマンション(夜)
  都心のおしゃれなマンションのリビング。
  テレビには亮二が映っている。
  ソファーからリモコンでテレビを消す高森の手。震えている。

  (次のシーンの高森の声、先行)
高森「何をしたらいいのか、わからないんです」


◯ 医院・診察室
  一般家庭のこじんまりとしたダイニングをそのまま使用したスタイルの医院。
  ダイニングテーブルに並べられた4つ椅子のうちの1つに座り、うつむきながら症状を説明する高森。

高森「ずっとやるべきことに追われているのが当たり前だったから・・空いた時間に、何をしたらいいのかわからなくて・・心にぽっかり穴が空いたみたいで、辛いんです・・」
亮二(声のみ)「そうですか・・」
高森「あの・・どうしたら上手く『怠け』られるでしょうか・・。すみません。恥知らずにも程がありますよね、私があなたにこんなこと聞くなんて」

  高森の前と、その向いに、それぞれコーヒーカップが置かれる。
  置いたのはエプロン姿の菜摘である。
  高森の向いには亮二が座っている。

亮二「そんなことありませんよ。ここはそういう方が怠け者になるための、『怠け者外来』ですから」

(完)

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