五十中年倦怠記 ドラマ

堀田賢一(56)と啓子(54)は、娘の香織(22)の勧めでクルージングの旅へ行く。しかし、航海中に船は難破。賢一と啓子のただ二人が無人島に流れ着く。そこで助けを待って幾日たつが、もともと冷え切っていた二人の関係は悪化する一方だった。シナリオ・センターの課題「マッチ」での作品です。
ゆう 30 0 0 01/18
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第一稿

人 物
堀田賢一 (56)会社員
堀田啓子 (54)主婦
横田宏 (59)釣り人
堀田香織(22)賢一、啓子の娘


◯堀田宅・外観
   閑静な住宅街に立つ、白い ...続きを読む
「五十中年倦怠記」(PDFファイル:414.60 KB)
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人 物
堀田賢一 (56)会社員
堀田啓子 (54)主婦
横田宏 (59)釣り人
堀田香織(22)賢一、啓子の娘


◯堀田宅・外観
   閑静な住宅街に立つ、白い壁の家。

◯同・リビング
   高級な家具が置かれた、広いリビング。
   堀田賢一(56)、リビングでコーヒーを飲んで新聞を読む。
   堀田香織(22)、賢一に「豪華3泊4日クルージングの旅」のペアチケットを渡す。
香織「はい、これ。お母さんと二人で」
   賢一、チケットを見て、
賢一「……あのな、香織。すごく嬉しいんだけどな……お父さんもお母さんもそういう気分じゃ……」
香織「だから言ってんでしょ?鈍いなあ」
賢一「……?」
香織「お互い好きだったから結婚したんでしょ?今からならまだ、間に合うよ」
   賢一、チケットに目を落とす。
賢一「……」

◯無人島・浜辺
   空にカモメが飛んでいる。砂に木の棒が立ててあり、その先端に白い布がかかっている。
T「15日後」
   燻っている焚火。その近くに座っている堀田啓子(54)、木の枝を二本火の中に入れる。
   賢一、大量の木の棒を持って歩いて来て、啓子から離れたところに座る。
   啓子と賢一の服は汚れてボロボロ。救命胴衣をつけている。
   遠くの方で、船の汽笛が聞こえる。
   賢一、立ち上がり、
賢一「おーい!おーい!」
啓子「(小声)気づくわけないでしょ」
   賢一、力なく座る。
啓子「ねえ、お腹空いた。魚にして」
賢一「……たまにはお前が取りに行ったらどうだ」
啓子「なんで私が。あんたが行ったらいいじゃない。一人で。浮気もし放題」
賢一「だからそれは誤解だと言ってるだろ」
   賢一、一歩啓子に近寄ると、
啓子「あ、その線からこっちは私の場所だから」
   賢一の足元に、一本の線。
賢一「……少しは大人になれよ」
啓子「大人になっても、あなたが嫌いなの」
   と、啓子、海を眺める。
啓子「私ね、貴方が魚を取ってこなくても、貴方の肉を食べて生き残ろうと思ってるの。そんなの嫌でしょ?私も嫌。不味そうだもん」
   と、浜辺に石を力なく投げる。
賢一「……」
   賢一、足早にその場を去る。
   焚火の火は消えかかっている。啓子、その火を虚ろな目で見つめる。

◯同・川岸の岩場・洞窟中
   澄んだ水が流れている。岩には正の字の印がいくつも付いている。賢一、そこに一本書き足す。
   賢一、ボロボロの旅行鞄を開け、中から「豪華3泊4日クルージングの旅」のペアチケットを取り出して見つめる。

◯同・浜辺
   啓子、虚ろな目で焚火を見つめる。
   そこにやってくる賢一。木の箱から小魚を2、3匹出す。啓子、舌打ち。
   賢一、啓子から離れた場所に座る。賢一、啓子を見つめる。
賢一「……ずっと気になってたことがある」
啓子「……」
賢一「どうして、結婚した」
啓子「……」
賢一「どうして、俺らはこうなった」
   あたりが次第に暗くなってきている。焚火の火はほぼ消えかかっている。
啓子「火、もうないの」
賢一「……そうか」
啓子「……そうよ」
   遠くから船の汽笛が聞こえるが、賢一、無視する。
   汽笛の音、次第に近くなり、エンジン音も聞こえる。
   賢一、顔を上げると、小型のボートが一台、こちらに向かってやって来る。
   賢一、笑顔で立ち上がり、
賢一「おーい!」
   と、ボートに向かって手を振る。
賢一「おーい!おーい!」

◯同・横田のテント前(夜)
   森の中にテントが一つ張ってある。啓子、賢一、魚にくらいつき、水を飲む。横田宏(59)、やってきて、
横田「豪華客船が難破したってニュースの。あの事故からずっとここにおったんかいな。よう生き延びたなあ」
   横田、マッチでタバコに火をつける。
横田「わしが通りかかってとんだ幸運やで。ところで、お前ここで二人ずっと過ごしてたんか?」
賢一「……はい」
横田「成る程、愛の力というやつやな」
賢一、啓子「……」
横田「でも二人でよかったわ。十人とかおったらえらいことやで、船何度往復させても間に合わへん」
賢一「あの、そんなに船小さいんですか」
横田「小さいも何も、わしが乗ってきた船は乗れて2人やで。まあ奥さんを先に乗せて、あんたにはちょっと待ってもらうことになるやろうな」
賢一「……」
横田「(笑って)安心せえ、そんなに時間はかからんから」
   賢一、食べるのをやめ、黙り込む。
   空は雨雲がかかって淀んでいる。

◯同・浜辺(夜)
   浜辺に一人座っている啓子。そこに賢一、やってきて隣に座り、
賢一「やっと帰れるな」
啓子「……」
賢一「……なあ、帰れたら、もう一回旅行に行かないか?」
啓子「……」
賢一「これ以上、香織には迷惑をかけたくないだろ?お互い、夫婦であり両親なんだから」
啓子「……」
賢一「……俺も今まで悪かったよ。ごめん」
啓子「……ごめん」
賢一「……」
啓子「……私ね、再婚するの」
賢一「!」
啓子「5歳年下なの。年収も身長も高いし、私を肯定してくれるの。貴方と違って」
賢一「……」
啓子「ほんとに仲直りできると思ってるの?できる訳ないでしょ。もう限界なんだから」
と、少し笑う。
賢一「……」
   賢一、ふと足元に大きめの石が落ちているのを見つける。
   賢一、石を拾い上げ、啓子を見る。啓子は消えた焚火を見ていて、気づかない。
   賢一、石を思い切り振り上げて、啓子の後頭部に振り下ろす。
   啓子、倒れる。
   賢一、息を切らして啓子を見る。
横田の声「ぎゃあー!」
   賢一、振り返ると、遠くに横田。
横田「何やっとるんじゃ!」
   賢一、横田の元へ走る。横田、逃げる。

○同・岩場(夜)
   走って逃げる横田と、追いかける賢一。
横田「来るなあ!誰か助けてくれえ!」
   横田、岩場に足を取られ、
横田「(叫び)」
   と、崖から消える。
   賢一、崖から下を覗き込む。横田の頭から流れる血で岩が赤く染まっている。

◯同・浜辺(朝)
   横田のボートが停まっている。賢一、錆びた針金を鍵穴に挿して動かすが、エンジンは掛からない。
賢一「……」
   賢一、針金を投げ捨て、ボートのエンジンを数回蹴り、その場にしゃがみこみ、啜り泣く。
啓子の声「……ねえ」
   賢一、驚いてゆっくりと振り返る。
   そこに、頭から血を流している啓子。
賢一「あ……お前……」
啓子「ここ、どこ?」
賢一「……?」
   啓子「私、どこかで頭をぶつけたみたいで、何で私、こんな島にいるの?」
賢一「……覚えてないのか?」
啓子「……ねえ、私、どうしたらいいの?」
賢一「……」
   賢一、啓子の肩に手を回し、
賢一「……心配するな。お前は俺の妻だ。俺が守ってやるからな」
   啓子、笑顔で、
啓子「ありがとう。ねえ、私、これ拾ったの」
   啓子、横田のマッチを渡す。
   賢一、苦笑いし、マッチを一本取り出して焚き火に投げる。
   火は勢いよく燃え上がる。

   (了)

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