駒は乙女に頬染めさせてⅢ スポーツ

拙作「駒は乙女に頬染めさせて」の第三弾。
平瀬たかのり 37 0 0 09/11
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第一稿

主な登場人物
 鈴城璃音―モデル、女優 高校生
 木崎麻央―高校生
 麻生泉美―上同

 名村耀一郎―高校生 
 二藤晶輔―高校生
 鈴城遥平―璃音の父
 渚本幸仁 ...続きを読む
「駒は乙女に頬染めさせてⅢ」(PDFファイル:610.59 KB)
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主な登場人物
 鈴城璃音―モデル、女優 高校生
 木崎麻央―高校生
 麻生泉美―上同

 名村耀一郎―高校生 
 二藤晶輔―高校生
 鈴城遥平―璃音の父
 渚本幸仁―俳優
 鹿野基之―稲島町職員
 牧村吟子―芸能事務所社長
 衣川栄枝―稲島分校用務員
 村田忍―ストアーの店主
 麻生義文―泉美の父
   涼子―泉美の母

 千堂駿太―装蹄師
 猿渡広道―JRA騎手
 
 海野颯希―JRA騎手
 朝倉美途―上同
 千堂寿々芽―上同
 早坂姫香―上同
 
○稲島の砂浜・椎美ガ浜(夜)
   凪の海に向かっている朝倉美途、
   海野颯希、千堂寿々芽、早坂姫
   香の四人。
美途「颯希に勝つ!」
   叫ぶ美途。一瞬驚く颯希。
颯希「美途に勝つ!」
   二人、顔を見合わせ笑う。
   いきなり手にしていたビールの
   ロング缶を振り始める寿々芽。
   プルを開け、美都と颯希にビー
   ルをかけ始める。
寿々芽「そりゃあ!」
美都「きゃあっ!」
颯希「ちょっとっ! 何やっとんの、
 寿々芽さんっ!」
   姫香も同じようにしてビールを
   二人にかけ始める。
姫香「ほりゃ、ほりゃあ!」
美都「ちょっ、姫香さんまで!」
颯希「なんなんですかぁっ!」
寿々芽「祝勝会だよ! あんたらの同
 着GⅠ優勝祝勝会! ビールかけつ
 きもんでしょうが!」
   逃げる美都と颯希。追いかける
   寿々芽と姫香。
颯希「あー、もうマジで信じられない!」
美都「ムチャクチャやないですかっ!」
姫香「よかったねえ、仲直りできて。感
 謝してほしいわよ」
颯希「あーもうびしょびしょ! てか目
 が痛い!」
寿々芽「風呂入って洗濯したらいいだけ
 のことじゃない。一生忘れない祝勝会
 になったねえ」
美都「なにが祝勝会ですかっ! このマ
 イルカップ、大差ドベブービーコンビ!」
寿々芽「あ、それ言う……」
颯希「「ほんま『恥ずかしいレースはでき
 ない』なんてよう言えたもんですよねっ!」
姫香「傷ついちゃってるのに……」
   うなだれる寿々芽と姫香を見て、
   笑う美都と颯希。見つめあって。
美都「今度はわたしたちが二人にビール
 かけてあげないとダメだね」
颯希「そやね。テレビ中継してるインタ
 ビューの最中にやったる」
寿々芽「放送事故だよ、それ」
美都「だからGⅠ勝ってくださいよ」
姫香「ははは、ほんとだ。勝たないと
 ビールかけもなにもないもんだ」
颯希「しばらくは追いかけさせ続けて
 ください。そのうち抜きますから」
寿々芽「言ってくれるねえ」
   向かいあう二人と二人。
   ズボンのポケットからもう一本缶
   ビールを取り出し激しく振り、ま
   た二人にかけ始める寿々芽。
寿々芽「そぉりゃあ!」
美都「きゃっあぁっ!」
颯希「なんなんやこの人は! てか、何
 本持ってるねん!」
寿々芽「こちとら人に酒ぶっかけるのは
 お手の物なの! ねぇ、姫香!」
姫香「ちがいないわ。お酒持ったこの人
 にロックオンされたのが運の尽きよ二
 人とも」
   逃げる美都と颯希。それを追いかける
   寿々芽。

○路上(夜)
   椎美ガ浜ではしゃぐ四人を、少し離
   れた路上から見ている泉美と真央。
泉美「楽しそう」
真央「うん」
泉美「でもよかった。二人仲直りできたみた
 いで」
真央「泉美ががんばったからや」
泉美「うぅん、わたしは何もしてへんよ」
真央「年明けたんやね――あと一年とちょっ
 とや」
泉美「え?」
真央「泉美といっしょに居てられるの。受
 けるんやろ、おばちゃんの出た大阪の高校」
泉美「島出るのやったら、本校受けるより
 そこ受けろってお母さんがずっと、な。」
真央「うん。泉美は、島出なあかんよ」
泉美「真央」
真央「泉美にはこの島は小さすぎるわ」
泉美「真央はどうするん?」
真央「わたしは分校行くよ」
泉美「本校受けへんの?」
真央「サクラコの面倒ちゃんとみられへ
 んようになるやん」
泉美「うん。サクラコも真央にずっとそ
 ばにいてほしいと思う。」
真央「(頷き)そやからわたしはこの島
 に残る――うわぁ、だるまさんが転ん
 だ始めたであの人ら。ええ大人が」
泉美「朝まで遊んでるつもりやろか――
 帰ろうか」
真央「うん」
   並んで歩き出す二人。
泉美「似合ってるで。真央の巫女装束
 とお化粧」
真央「そうかなあ。去年お父さんにす
 ごい笑われた」
泉美「帰ったらちょっと寝る?」
真央「うぅん、朝まで起きてようよ」
泉美「そやね」
真央「やっぱりわたしも水シャワー?」
泉美「うん」
真央「ううう……」
泉美「あははっ。三が日だけやけど真央
 も巫女やもん」
真央「御神籤渡すだけやのに……」
   二人、どちらからともなく手を繋
   ぎ歩いていく。
   砂浜から女騎手四人のはしゃぐ声
   が響き続けて。
              (F・O)

○メインタイトル
   〈駒は乙女に頬染めさせてⅢ〉

〇ファッションショー会場
   十代の女の子たちで立錐の余地も
   ない会場。ランウェイをモデルた
   ちが歩いてくる。そのたび嬌声が
   あがる。
   登場する鈴城璃音。(15)ひと
   きわ大きな歓声が上がる。
   ランウェイを颯爽と歩いてくる璃音。
   「璃音ちゃーん!」「かわいいーっ!」
   同世代女子の嬌声。笑顔で手を振る璃
   音。立ち止まりポーズを決める。
   笑顔を振りまきながら帰っていく璃音。
   振り返り、両手を大きく振る。歓声が
   最高潮になる。

〇テレビ局・スタジオ
   ドラマ撮影中。法廷のセットが組まれ、
   裁判の場面が撮影されている。証言台
   に立っている璃音。検事役の俳優、渚
   本幸仁(46)が璃音を問い詰めている。
幸仁「『では、誰が、あなたのお母さんを殺し
 たのですか』」
璃音「『……わたしです! お父さんじゃあり
 ません! わたしが母を、あの女を殺したん
 です!』」
   璃音、熱演。

〇前同・廊下
   撮影は終了。スタッフに「お疲れさまで
   した」と頭を下げ廊下を歩いていく璃音。
幸仁「鈴城さん」
璃音「(ふりかえり)はい」
   幸仁、璃音の前まで来て。
幸仁「よかったよ。ドラマ出るの初めてだよね」
璃音「はい」
幸仁「いいセンスしてるよ」
璃音「ありがとうございます」
幸仁「本名だよね、きみ」
璃音「はい。そうです」
幸仁「うん。鈴城璃音、インパクトのあるいい
 名前だ。その名前で勝負していけばいいと
 思うよ」
璃音「はい。ありがとうございます」
幸仁「お父さん、元騎手だったよね」
璃音「え、あ、はい」
幸仁「十年くらい前だったかな、万馬券取ら
 せてもらったことがあるんだ」
璃音「馬券、買われるんですか」
幸仁「たまーにね。マイルチャンピオンシッ
 プ、十五番人気ユニオンサンデー。単勝五
 千円勝ってたんだよ。見事な逃げ切り。な
 んていうかさ、血が逆流する感じだった」
璃音「そうなんですか」
幸仁「うん。あのときはありがとうってお
 父さんに伝えておいてよ、はは」
   璃音の肩をポンと叩き、去っていく幸
   仁。その後ろ姿を見送る璃音。歩き出す。

〇鈴城家(マンション)(夜)
   帰宅する璃音。キッチンで料理して
   いた父の遥平(47)が振り返る。
遥平「おかえり」
   答えない璃音。自分の部屋へ向かう。
    ×    ×    ×
   テーブルを前に差し向いで夕食を摂って
   いる父娘。
遥平「お父さんな、就職決まった」
璃音「え?――それって」
遥平「うん。やっぱり予想士の修行すること
 になったんだ、大井で」
璃音「やめてって言ったよね、それ」
遥平「璃音。元騎手ったってな、だれもが厩
 世界に残れるわけじゃない。俺みたいな元
 三流じゃなおさらだ。泥水すすってでも生
 きていかなきゃならないんだ」
璃音「ギャンブルばっかやってて調教師の勉 
 強しなかったからじゃない。二日酔いで調
 教したりするから、どこからも調教助手の
 声がかからなかったんじゃない」
遥平「璃音――」
璃音「工場勤めとか、スーパーマーケットの
 パートタイマーの求人とか調べた?」
遥平「璃音、おまえそれは」
璃音「調べてないよね。かっこいいこと言っ
 てるけどさ、泥水すすって生きるってそう
 いうことだと思うよわたし」
遥平「――」
璃音「ほんと、元GⅠジョッキーのプライド
 だけは一人前。なにが予想士よ。当たらな
 い予想、馬券親父に売りつけて小金稼ぐん
 だ。詐欺師といっしょじゃん」
遥平「璃音っ!」
   手を振り上げる遥平。
璃音「なによ! 叩きなさいよ!」
   動きが止まる遥平。父娘、にらみ合って。
   立ち上がる璃音。
璃音「モデルにさせてくれてありがとう、
 お父さん。おかげで一人で生きていく自
 信がつきました」
   部屋を出て行こうとするが、振り向
   いて遥平を見て。
璃音「通信制の高校、入学決まった。事務所
 の寮に入るから。これからはギャラは全額
 事務所に管理してもらうことになります。
 予想士でもなんでもやって生きてください。
 でも、娘の収入でご飯食べられなくなるっ
 てことだけは覚えておいてよね――ドラマ
 の台詞で知ったんだけどさ、ヒモって言う
 んだよね、あんたみたいな男のこと」
   ドアを激しく音立てて閉めてキッチン
   を出る璃音。ひとり、俯く遥平。

○稲島・稲島神社・ハヤテサクラコの馬房の
 外(夜)
   激しい雨が降っている。

○前同・馬房の中(夜)
   寝藁の上に横たわり、苦し気に喘ぐハ
   ヤテサクラコ。泣きながらその腹をさ
   すっている真央。
真央「サクラコ、サクラコ……」
   喘ぎ続けるハヤテサクラコ。
   
〇××乗馬クラブ・調教コース
   乗馬用の馬に乗っている璃音。その様
   子をカメラが追っている。

〇前同・厩舎の中
   馬にブラッシングをする璃音。その様
   をカメラマンが撮影する。

〇テレビ局・スタジオ内
   若い女性たちが観客として入ったスタ
   ジオ。
   司会者Xと中堅女優Yが司会席に座っ
   ている。ゲスト席に座っている璃音。
   璃音の乗馬風景を撮影した画面が終わっ
   て。
X「やりますね~、璃音ちゃん。めちゃくちゃ
 上手じゃないですか」
璃音「ありがとうございます。久々で不安だっ
 たんですけど。クラブスタッフの方にも『ブ
 ランク感じない』って褒めてもらいました」
X「自慢かよ!」
   笑いがおきるスタジオ。
Y「今回馬術広報大使に就任したわけだけど
 どんな気持ちです?」
璃音「そうですね。お話をいただいたときは、
 正直びっくりして。わたしでいいのかな
 って。でも馬術はやっぱり楽しいし。その楽
 しさを伝えていくために、わたしで少しでも
 お役にたてることがあるならと、お受けしま
 した」
Y「馬術は小学校入ってすぐに始められたんで
 すよね」
璃音「はい」
X「それはやっぱり中央競馬の騎手だったお
 父様の影響から?」
璃音「はい。父に頼んで。『璃音もパパみたい
 にお馬さん乗る!』な~んて言って」
Y「なんで馬術クラブやめたの?」
璃音「小三から始めたモデルの仕事がだんだ
 ん忙しくなってきたので。本当はずっと通い
 たかったんですけど。でもこんな形で馬術と
 また出会えたのは本当に嬉しいです」
X「今回の広報大使就任はお父さんには?」
璃音「はい。事務所の寮に入ってから決まった
 ので、電話で報告しました。すごく喜んでく
 れてました」
Y「お父さんのこと、大好きなんだね」
璃音「はい。母とはわたしが幼稚園のとき死別
 しました。以来父が男手一つでわたしを育て
 てくれたんです。モデルの仕事をすることも
 許してくれたし。父には本当に感謝してます。
 パパのことが大好きです」
   涙ぐむX。
Y「ちょっとやだぁ、泣いてんの!?」
X「うるさいよ! 四十過ぎたら涙もろくなるの! 
 うちの娘もこんなふうに俺のこと思ってくれてっ
 かなあ」
璃音「泣かせちゃった」
   笑いにつつまれるスタジオ。
Y「じゃあ最後にファンの方にメッセージを
 お願いします」
璃音「はい。いろんなご縁に恵まれて、今の
 わたしがあると思います。今後も一つ一つ
 の出会いを大切にし、モデルとして、女優
 として、成長を続けていきたいと思います。
 まだまだ未熟なわたしですが、応援よろし
 くお願いします――こんな感じでどうです
 か」
X「ちょっとなに~、完璧じゃ~ん」
   にっこり微笑む璃音。

〇東京の街角・交番の前
   掲示板に特殊詐欺撲滅のポスター。モ
   デルになっているのは婦人警官の制服
   を着た璃音。その前を歩いていくアタッ
   シュケースを持った背広姿の遥平。

〇前同・ビル街
   歩いていく遥平。

〇前同・駅前の広場
   噴水の前に立っている遥平。そこにやっ
   てくる八十歳ほどの老婆。近づいていく
   遥平。老婆と遥平、向かい合う。
遥平「佐山さんですね」
老婆「はい」
遥平「指定させていただいたお金は、持ってき
 ていただけましたか」
老婆「はい」
   老婆、手にしたバッグの中から、分厚い
   封筒を取り出す。
老婆「これで、孫は会社をやめなくてすむん
 ですね」
遥平「はい、そうですよ」
   封筒を受け取る遥平。背広の内ポケット
   に入れようとしたその時。
   歩み寄ってきていた男たち三人に取り囲
   まれる。
遥平「え? え?」
   男たち、刑事である。
刑事「ちょっと話をきかせてもらおうかな」
   遥平、呆然。老婆、遥平を睨みつけて。
老婆「年寄り嘗めてんじゃないよ! うちの孫
 はアメリカの牧場で働いてるんだ!」
   その場にへたりこむ遥平。

〇☆☆寮・ダイニングキッチン(夜)
   璃音が住む寮のダイニングキッチン。夕
   食の時間になり、未成年のモデルや女
   優の卵たちが集まってくる。大きなテー
   ブル前に座り、食事をとり始める彼女た
   ち(五人)。璃音もやってきて座り食事
   を始める。
   映っているテレビから璃音の〈特殊詐欺
   撲滅キャンペーン〉のCMが流れる。
マナカ「あ、璃音ちゃんだ」
   画面を見つめる全員。
   【画面の璃音】「〈みんなで力を合わせ
   て特殊詐欺をなくそう!〉」
ミキ「警官の制服、メチャ似合ってるよね」
アリサ「璃音ちゃんはなに着ても似合うよ」
カナ「ねえ、こういう公共のCMのギャラっ
 てさ、いいの?」
璃音「よく分かんない。ギャラのことは社長
 に任せてるから」
チナミ「あ~、でも璃音ちゃん、マジ憧れる。
 わたしもいつかCMとか出たいなあ」
ミキ「映画、決まったんだよね」
璃音「うん。主演じゃないけど、主人公の妹
 役」
アリサ「いいなあ」
   少女たち五人から羨望のまなざしを
   受け、嬉し気な璃音。
   画面切り替わり、ニュース番組に。
キャスター「次のニュースです。今日、都内
 で特殊詐欺の容疑で男が現行犯逮捕されま
 した。捕まったのは鈴城遥平容疑者、四十
 七歳。鈴城容疑者は、八十歳の女性から現
 金八十万円を受け取ろうとしていたところ、
 この女性から通報を受けて張り込んでいた
 警官三人に取り囲まれ、現行犯逮捕されま
 した。同容疑者は容疑を認める供述をして
 いるとのことです。警察は同容疑者を詐欺
 の〈受け子〉と推定し、その背後に、大き
 な特殊詐欺グループの存在があるとみて、
 厳しく追及していく模様です。なお鈴城容
 疑者は、かつて中央競馬の騎手として活躍。
 十年前にはマイルチャンピオンシップで優
 勝したこともあるGⅠジョッキー。元アス
 リートが関わった今回の事件は今後波紋を
 呼びそうです。では、次のニュースです――」
   画面をじっと見つめている六人。五人  
   がゆっくりと璃音を見る。画面を見つ
   めたままの璃音。凝ったその顔。じっ
   と五人の少女から見つめられ続ける璃音。

○佐原高校稲島分校・全景
   海沿いにある小規模の分校。

○前同・一年A組(始業前)
   一クラス二十五名の教室。窓際の席に
   座り、校庭の桜をボーっと見ている真
   央。クラスメートの名村耀一郎と二藤
   晶輔がやってきて。
耀一郎「麻生が居てへんようになって、寂し
 いなあ。二人いっつもいっしょやったもん
 なあ」
晶輔「なあ、ほんまや」
真央「……」
耀一郎「俺も、なんや、こう、なあ」
   真央、耀一郎をじろっと見る。
耀一郎「俺も麻生が居てへんようになって、
 なんか、なあ」
真央「あんた、なに言うてんのよ」
耀一郎「いやまあ、なあ――なあ木崎、木
 崎の成績やったら、本校十分行けたやろ。
 分校に来んでも」
晶輔「そやそや」
真央「よう動く口やな……」
耀一郎「やっぱり馬の世話があるから?」
晶輔「そやろ?」
   真央、鋭い目で二人を睨みつける。
   二人、気おされ立ち去る。再び咲き
   誇る桜に目をやる真央。

○稲島・稲島神社 ハヤテサクラコ馬房の横
   ハヤテサクラコの墓標が立っている。
   その前にたたずむ真央。
   そこにやってくる鹿野基之(29)。
基之「こんにちは、木崎麻央さん」
   基之をけげんそうに見る真央。
基之「役場に勤めてる鹿野基之と言います」
真央「あの」
   真央の横に立ち、墓標に手を合わせる
   基之。
基之「ハヤテサクラコは、残念やったね」
真央「――」
基之「宮司の娘さんの、えっと――」
真央「泉美は、大阪の学校に行きました。寮
 生活してます」
基之「そやったね。泉美ちゃんにサクラコの
 ことは?」
   首を横に振る真央。
基之「言ってないのん?」
真央「もう少ししたら、言います。あの、な
 んですか」
基之「うん。真央ちゃん。代々この稲島町の
 予算には神馬繋養費いうのが組み込まれて
 るのは知ってるかな」
真央「はい。それでサクラコの餌とか買って
 たんですよね」
基之「うん。実はな、地域振興課のぼくが次
 の神馬の手配を任されたんや」
真央「次の神馬――」
基之「うん。宮司さんから頼まれてな。急な
 話でたいへんやったけど、どうやらまとま
 りそうなんや」
真央「……」
基之「島の伝承でな、稲島神社に神馬が居て
 へんようになったら、島に災いが起きるい
 うのがあってな」
真央「……迷信です、そんなの」
基之「うん、迷信やなあ。ぼくもそう思う。
 今の時代にアナクロもええとこや。けど神
 社やお寺なんていうものは迷信で成り立っ
 てるところがあるんやろうなあ。なあ、真
 央ちゃん、次の馬が来たら、また面倒みて
 やってくれるか」
真央「……」
基之「真央ちゃんしか居てへん。この島で馬
 の扱いに慣れてるのは。宮司さんの希望で
 もあるんや」
真央「サクラコやったからです」
基之「ん?」
真央「サクラコやったから、わたしはずっ
 とそばに居たんです。それだけです」
基之「そうかぁ――でも、真央ちゃんしか
 居てへんのやけどなあ」
   墓標を無言でじっと見つめたままの
   真央。

〇東京芸能事務所・自社ビル(外景)

〇前同・社長室
   大きなデスクを前に座っている社長
   の森村(57)。対峙している璃音。
森村「困ったことになったね」
璃音「……すみません」
森村「きみが謝ることじゃないよ。ただ、
 父親が特殊詐欺グループの一員だったと
 いうのは、さすがにちょっとね」
璃音「はい」
森村「さっき警察の上の方から連絡があっ
 たよ。特殊詐欺撲滅キャンペーンのイメー
 ジキャラクターからは降りてほしいとい
 うことだった。了承したよ。CMも打ち
 切りになる」
璃音「……はい」
森村「映画やドラマの話しもおそらく流れ
 るだろうし、今後は入りにくくなる」
璃音「――」
森村「きみはこれから〈老人を騙してお金
 を取っていた男の娘〉というふうに見ら
 れる。それが大衆であり世間だ。そんな
 きみを起用することにスポンサーは二の
 足を踏むだろう。はっきり言うよ。きみ
 のこれからの芸能活動は、厳しい茨の道
 になる。もちろんフォローはする。けれ
 ど歩けないほどの逆風が吹きつけること
 だけは覚悟していたほうがいい。それで
 も続けるかい」
   俯く璃音。
璃音「少し、考えさせてください」
森村「うん。ゆっくり考えて返事をくださ
 い。――きみ、お母さんとは死別じゃな
 いそうだね」
璃音「え」
森村「家出る時レポーターに取材受けてさ。
 そのときに彼が教えてくれたんだよ。き
 みが四つのときに家を出ていったんだっ
 てね」
璃音「……」
森村「そういうことを調べるのが彼らの仕
 事だからね。母親と幼いころに死に別れ、
 頑張って健気に生きてきたってイメージ
 で売り出してきたのが台無しだ」
璃音「すみません……」
森村「もうそのこともネットに出回ってい
 るはずだよ。ますますこの世界で生きに
 くくなったと思っていい。その点につい
 てはきみ自身がこの会社に迷惑をかけた
 んだ。それはちゃんと自覚しておいてほ
 しい」
璃音「……はい、申し訳ありませんでした。
 失礼します」
   部屋を出ていこうとする璃音。
森村「ああ、鈴城さん」
璃音「(ふりむき)はい」
森村「芸能活動やモデルの活動だけが人生
 じゃないんだよ、いいね」
璃音「はい、ありがとうございます」
   部屋をでていく璃音。
   ひとりになる森村。スマホが鳴る。
   出る森村。相手は旧知の芸能事務所
   幹部。
森村「もしもし……おお、久しぶり。なに、
 して電話くれたの? 優しいねえ。いつ
 からそんなに思いやりのある人間になっ
 たの。わははは。そうだよ、えらいの抱
 えちゃってたよ。これからちょっと大変
 だけどさ。まあまだまだ駆け出しのヒヨッ
 コだったし、本人がクスリやってたなん
 てわけじゃないし、さほどの傷でもない
 よ。うん。今本人呼び出して遠回しにや
 めるよう言ったとこ……」
   陽気な調子で森村の電話が続く。

〇街路
   力なく歩いていくマスク姿の璃音。
   交番の前、若い警察官が掲示板に貼
   られた璃音のポスターを剥がしてい
   る。警察官、剥がしたポスターをし
   ばらく見つめているが。蔑むような
   笑みを浮かべる。ポスターをくるく
   る巻いて交番の中に戻る警察官。
   立ち止まり、その様を見ていた璃音。
   また力なく歩き出す。

〇芸能事務所・リビング(夜)
   ダイニングキッチン隣のリビング。
   戻ってくる璃音。寮生たち四人が
   璃音に詰め寄る。ソファでマナカ
   が泣いている。
ミキ「よく戻ってこれるよね、マジで」
璃音「え」
アリサ「マナカちゃん、決まりかけてた
 ショーの出演取りやめになった――あ
 んたのせいよ」
璃音「――」
カナ「さっき常務から電話があってさ、
 しばらくうちの事務所のモデルは使わ
 ないって、運営者から連絡きたって。
 理由訊いても言わなかったけど、そん
 なの答えはひとつじゃん」
チナミ「マナカちゃん、ショー出るの初
 めてで、すごい楽しみにしてたのに。
 こんなのひどいよ」
   顔を上げるマナカ。泣き腫らした
   目で璃音を睨む。
マナカ「しばらくっていつまでか分かっ
 てんの! あんたが事務所にいる間ずっ
 とよ! あんたがいるうちはここにい
 る誰もモデルの活動できない! 売れ
 てる人たちはそうじゃなくてもわたし
 たちは違う! わたしが証拠よ!」
   答えられない璃音。
ミキ「ネット見たらさ、うちらの親の仕
 事まで書かれ始めてる」
アリサ「今みんなで確認した。あんた以
 外五人の親はいたって普通。特殊詐欺
 やるような腐った親はあんたところだ
 け」
カナ「それにお母さんと死に別れたなん
 て嘘ばっか。男作って逃げたんじゃん。
 そうまでして売れたかったわけだ。マ
 ジ最低」
璃音「……ごめんなさい」
チナミ「謝るのとかいいからさ、一日で
 も早くやめてほしいんだけど」
   五人の射るような目線に晒され、
   俯く璃音。

○稲島・稲島神社・境内
   待っている基之と真央。馬運車が
   やってきて境内中央で止まる。
   運転手と厩務員の男二人が車から
   降り、
   車に架け橋が渡される。厩務員
   に曳かれ架け橋を降りてくる青鹿
   毛の馬。地に降り立つ。
基之「ヤマトガワヒョウガ。中央で走っ
 てたサラブレッド。これが僕が選んだ
 新しい神馬や。知らんか真央ちゃん」
  首を横に振る真央。
厩務員「お嬢ちゃん、この馬はな、GⅡ
 の日経新春杯勝ってるくらいの馬だ。
 菊花賞や春の天皇賞にも出たこともあ
 る」
真央「あの、なんでそんな馬がここに?」
基之「疑惑の馬なんや、この馬は」
真央「疑惑の馬?」
基之「四着になった札幌記念の後で禁止薬
 物のカフェインが尿から検出されてな。
 失格で賞金は没収や。次のレースも予定
 されてたんやけど、ドーピング違反の疑
 いがある馬を走らせることに批判の声が
 あがってなあ。そのまま引退や」
真央「誰が、なんのためにその薬を飲ませ
 たんですか」
基之「分からん。警察の捜査も入ったんや
 けど真相はやぶの中や。調教師は資格停
 止一年でそのまま廃業。厩務員は自殺し
 た」
真央「自殺――」
基之「ああ。『わたしは潔白です』いう遺
 書遺してな。引退してからこの馬は乗馬
 クラブに引き取られた。けどなあ」
真央「どうしたんですか?」
基之「三回続けて練習生が落馬して骨折す
 る事故があってな。以降ゲンが悪い言う
 て誰にも乗ってもらえんようになった。
 呪われた馬って言われてたそうや。ねえ」
   厩務員を見る基之。頷く厩務員。
厩務員「下手くそが三人続けて乗っただけ
 だよ」
真央「鹿野さん」
基之「ん?」
真央「なんでこの馬を?」
基之「真央ちゃんは今の話聞いてどう思っ
 た?」
真央「疑惑の馬とか、呪われた馬とか、な
 にそれ。この馬はなにもしてないのに」
基之「うん。それも迷信やんなあ」
真央「迷信ですよ」
基之「迷信を打ち壊すには迷信がええかと
 い思ってなあ」
真央「迷信を打ち壊す」
基之「うん。呪われた馬が神馬になるのも
 面白いやろ」
厩務員「廃用寸前だったんだ。幸運なやつ
 だこいつは」
基之「それにこの馬には日経新春杯の馬
 券取らせてもらった恩もあるしなあ」
厩務員「お、取ったの? あのレース」
基之「ええ。単勝一本かぶりで。一万円
 が五十二万。気持ちよかったなあ」
   厩務員、真央を見て。
厩務員「大丈夫そうだな、このお嬢さん
 なら」
真央「え」
厩務員「馬も人もいっしょ。目を見りゃ
 芯の強い弱いはだいたい分かる。頼ん
 だよ。ヒョウガのこと」
   ヤマトガワヒョウガの目をじっ
   と見る真央。
厩務員「この馬はだいぶと拗ねてる。分
 かってるんだよ、自分が人間からどう
 思われてきたか」
   ヤマトガワヒョウガ、真央の目を
   見ているが、やがて首を下げ地を向く。
   そのままじっとしている同馬を見つ
   める真央。

〇拘置所・面会室
   座っている璃音。後ろで職員が立っ
   ている。入ってくる遥平。アクリル
   板を境にして向かい合う父と娘。
遥平「璃音――ごめん」
   遥平をじっと見つめ続ける璃音。
   しばらく無言。
璃音「お金、入れてたらよかった」
遥平「え」
璃音「そしたら、あんたは詐欺なんかの
 グループに入らなかった。そしたらわ
 たしはモデルも芸能の仕事も続けられ
 た。あんたにお金あげてたらよかった」
遥平「……」
璃音「もうなんもなくなっちゃったよ、
 わたし。事務所もやめたし、入ったばっ
 かりの通信制の高校も退学した。だか
 ら刑務所から出てきてわたしのところ
 来ても、あんたにあげるお金なんかな
 いんだよ――それを言いにきたんだ」
遥平「璃音、ごめんな」
   立ち上がる璃音。面会室を出てい
   きかける。
遥平「璃音、これからどうするんだ」
   璃音、振り返って遥平を見て。
璃音「あんたには、関係ない。永久に関
 係ない」
   面会室を出る璃音。一人取り残さ
   れる遥平。

〇街路
   歩いていく璃音。

〇イベントホール前
   立ち止まる璃音。入っていく。

〇前同・受付
   受付嬢と話しをする璃音。

〇前同・廊下
   ホール職員の後について歩いて
   いく璃音。

〇前同・イベントフロア
   だだっ広いイベントフロアに入り、
   そこを見渡す璃音。目を閉じる。
●璃音のイメージ
   【ファッションショーが行われて
   いる。ランウェイを歩いてくる璃
   音。歓声が起こる。笑顔でポーズ
   を決める璃音】
   目を開ける璃音。
璃音「ありがとうございました」
   職員に頭を下げる璃音。イベント
   フロアを出ていく。

〇テレビ局前
   歩いてくる璃音。局へと向かう。

〇前同・入口
   警備員に止められる璃音。二人の
   会話(音声OFF)。何度か頷く
   璃音。少し頭を下げてその場を立
   ち去る。

〇街路
   歩いていく璃音。後ろからスポー
   ツタイプの自転車が追い抜いてい
   く。そのまま少し走って止まる自
   転車。男が振り返る。俳優の幸仁
   である。
幸仁「鈴城さん?」
璃音「渚本さん」
   自転車を押して璃音に近づく幸仁。
   向き合う二人。
幸仁「久しぶりだね――だいぶ痩せたね。
 ごはんちゃんと食べてる?」
   璃音の目から涙が溢れる。うずくま
   り嗚咽する璃音。

〇居酒屋・外景(夜)
   下町、雑多な飲み屋街にある居酒屋。

〇同・店内(夜)
   賑わっている店内。座敷に座ってい
   る璃音。向かいに座っている幸仁。
   その隣に幸仁の事務所の社長、牧村
   吟子(52)。
吟子「ほんまに、こんな若い子ほっぽりだし
 て。なに考えてんのやあそこの社長は」
璃音「ほっぽり出されたわけじゃないです。
 三か月は寮にいてもいいって言ってくれ
 たんで」
吟子「三か月すぎたらどうすんのよ」
璃音「それは……」
吟子「使い捨てにされたんやあんたは、
 よう覚えとき」
幸仁「な、強烈だろうちの社長。俺と学生
 時代演劇部でいっしょだったんだ。俺が
 なんとか役者で飯食えてるのもこいつの
 おかげだ」
吟子「居心地悪いんやろ、今、寮で」
璃音「はい――ご飯は、もうわたしの分用
 意されてないし、洗濯機とかも使わせて
 もらえなくて、靴とか隠されて……あの、
 わたし」
   上目遣いで吟子を見る璃音。
吟子「はっきり言います。うちの事務所に
 あなたを所属させるわけにはいきません――
 ただ飯食いどころか、厄病神入れるみた
 いなもんや」
幸仁「おい、牧村」
吟子「なんや今の目。ゲェ出るわ。下心ま
 る出しやん。ちょっと顔がええからって
 チヤホヤされてきたんがよう分かるわ」
   俯く璃音。
璃音「……じゃあ、ほっといてくださいよ。
 女が一人で生きていく方法なんて、いく
 らでもありますよ」
   手を伸ばし親指で璃音の鼻を弾き上
   げる吟子。
璃音「うぐっ!」
吟子「世間知らずのクソガキがなに言う
 とんねん」
幸仁「自棄になってはダメだ鈴城さん。ま
 ずは食べなさい。考え事はおなかを満た
 してからだ」
   無言でテーブルの上の料理を見る璃音。
     ×     ×    ×
   したたか酔っている幸仁と吟子。
幸仁「じゃあ本当に彼女をしばらく事務所
 で住まわせてやってくれるんだな」
吟子「しゃあなあい。窮鳥懐に入れば猟師
 も殺さず、いうやつや。仮眠室のベッド
 で寝るんやで。食事は自炊や。ええな」
璃音「はい。ありがとうございます」
吟子「ハナからこうさせるつもりでうち
 呼んだんやろ、あんた」
幸仁「ははは」
   旨そうにビールを呷る幸仁。
吟子「さて、でそこから先や。いつまで
 も事務所に寝泊まりさせとくわけにも
 いかんしやな――(璃音をじっと見て)
 モデルや芸能の仕事に未練あるんか、
 あんた」
璃音「それは……」
吟子「あるんやな」
   こっくりと頷く璃音。
吟子「あかん」
璃音「え」
吟子「さっきの目を見て分かった。小三
 からモデルやってきた言うてたな」
璃音「はい」
吟子「垢がこびりつきすぎや、あんたに
 は。東京と業界のしょーもない垢や。
 それを一回全部落とさんことには話に
 ならんわ。あんたみたいな目をした子、
 山ほどみてきた。けど、ものになった
 のは一人もいてへん。言うたる。今度
 のお父さんのことがなくてもあんたは
 消えてたはずやわ」
璃音「……」
吟子「そうやなあ――」
   腕組みし目をつむって考えている
   吟子。
   やがてニヤーっと笑い目を開ける。
吟子「(璃音を見て)稲島って知ってる?」
璃音「いえ」
吟子「瀬戸内海の小島。わたしはそこで生
 まれて高校卒業までそこにいた」
幸仁「ああ、言ってたなあ」
吟子「あんたそこに行き。身元引受人には
 わたしがなったげるから」
璃音「え、どういうことですか」
吟子「わたしの通った分校がある。全校生
 徒八十人。地元の子も通ってるけど、不
 登校やら、元ヤンキーとか、そんな子も
 受け入れてる高校や。うちの同級生のお
 姉ちゃんが旦那さん亡くしてから学校の
 用務員やっててな、そんな子いてたらい
 つでも紹介してって言われてたんよ」
璃音「わたしが、そこに」
吟子「そうや。小さい寮もあるけどいっぱ
 いやから、その人の家に住むことになる」
璃音「……嫌です、わたし、そんなところ
 嫌です」
吟子「そうか。けどわたしが思いつくのは
 ここまでや」
幸仁「話が急すぎだよ、牧村」
吟子「せやな、確かに急やな。(厨房に向
 かって)すみませーん。ハイボール、大
 ジョッキでお願いしまーす!」
   俯く璃音。
幸仁「鈴城さん、悪い話じゃないかもし
 れない。事務所にいる間に、よく考え
 てみたらどう?」
璃音「嫌です。わたし、嫌ですよ。そん
 な、知らないところ。知らない人のと
 ころ」
吟子「秋祭りには馬が走ってた。神馬っ
 てやつ。これがかっこようてなあ。毎
 年楽しみやったなあ。乗れる人がおら
 んようになってなくなってしもうたん
 や。かっこよかったなあ」
璃音「嫌ですよ、わたし……」
   店員がハイボールのジョッキを持っ
   てやってくる。受け取りグビリとや
   る吟子。
吟子「しばらく帰ってへんから帰りたいな
 あ稲島――まあでも、確かにあんたの顔
 やったら女武器にして生きていけるやろ。
 年ごまかしたら、デリヘルでもセクキャ
 バでもソープでも、取ってくれるところ
 いっぱいあるわ。それはそれでええんちゃ
 う。知らんけど」
   俯いたままの璃音。

○稲島・路上(朝)
   島の細い道を分校へと歩いて行く制
   服姿の真央。
   後ろから耀一郎と晶輔がやって来て
   並び歩き始める。
耀一郎「おはよう」
晶輔「おはよう木崎」
   無言の真央。二人気にすることもな
   く。
耀一郎「知ってるか。いきなり転校生来る
 ねんで」
真央「はぁ?」
耀一郎「それがな、来るのがモデルの鈴城
 璃音。ちょっと前まで駐在所の掲示板に
 オレオレ詐欺のポスター貼ってあったや
 ろ。あの子や」
真央「ふーん。知らんわ」
耀一郎「……興味ないん?」
真央「どうでもええわ」
耀一郎「どうでもええことないやん。すご
 いことやん。モデルで女優やで。あ~、
 本校行かんでよかったぁ俺」
晶輔「俺も行かんでよかったぁ」
真央「行かんかったんやなくって、行けん
 かったんや、あんたらは。九九の八の段
 最後まで言うてみ」
   スタスタ歩いていく真央。
耀一郎「それ言うなや木崎」
晶輔「ほんまやで、それは言うたらあかん」
   二人、真央を追いかけるように。

○稲島・路上(夕方)
   ツナギの作業着を着てヤマトガワヒョ
   ウガを曳いて歩く真央。道行く人に
   会釈をしながら。
   後ろから自転車でやってきた衣川栄枝
   (六〇)。真央の前で立ち止まる。
栄枝「真央ちゃん、こんにちは」
真央「あ、栄枝さん。こんにちは」
栄枝「新しい馬?」
真央「はい。ヤマトガワヒョウガって言いま
 す。オスです」
栄枝「そう。けど、なんや元気のない馬やね
 え。ずっと下向いて。サクラコちゃんはい
 つでもシャンと首立てて、元気よかったけ
 どねえ」
真央「――はい」
栄枝「そうや。おばちゃんな、今度東京から
 来る女の子、家に迎えることになってんよ」
真央「栄枝さんが」
栄枝「うん。写真見せてもろうたけど、えら
 い別嬪さんや。元モデルやて。聞いてる?」
真央「はい」
栄枝「真央ちゃんも仲良うしたげてな」
   去っていく栄枝。しばらくその後ろ姿
   を見送っている真央。ヤマトガワヒョ
   ウガを曳いて歩き出す。

○砂浜(夕方)
   砂浜に立つ真央とヤマトガワヒョウガ。
真央「ほら、これが海」
   同馬、首を上げ海を見るが、すぐにう
   なだれてしまう。
真央「ほんまに、元気がないなあ……」

○稲島神社・境内
   ヤマトガワヒョウガを曳いて戻ってく
   る真央。厩の前で基之と宮司の麻生義
   文が話をしている。その前まで行く真
   央。
真央「鹿野さん」
基之「ああ、真央ちゃん」
   義文を見る真央。
真央「どないしたんですか」
義文「真央ちゃん。この馬のことやがな」
真央「ヒョウガの?」
義文「うん。わたしもこんな身でなんやけど、
 馬券は買う。知ってるやろ」
真央「はい」
義文「そやからこの馬に起きたことは知って
 る」
真央「――疑惑の馬、ですか」
義文「そや。言うなればこの馬はいわくつき
 の馬や。鹿野くん。確かに新しい神馬の選
 定は全面的に君に任せた。けど、この馬は
 ないやろ、さすがに」
基之「はぁ、でも」
義文「『でも』やないよ。伝統格式ある稲島
 神社の神馬にふさわしい馬を選んでもらえ
 ると思って一任したんやで。それをやなあ……」
真央「あの、おじさん」
義文「ん?」
真央「なんで、ヒョウガじゃダメなんですか」
義文「それはな真央ちゃん。神馬いうのは言
 うなれば神様の使いや。清廉潔白でないと
 ならん。でもこの馬は違う。神馬としてふ
 さわしくないんや。鹿野くん、早急に他の
 馬選んでくれるか」
基之「どうしても、ですか」
義文「ああ」
真央「じゃあ、ヒョウガはどうなるんです」
   答えない義文と基之。
真央「廃用、ですか」
   やはり答えない義文と基之。
真央「なんでヒョウガが下向いて元気ない
 のか分かりました。ずっと今みたいな言
 葉聞かされてきたからです――おじさん、
 わたし他の馬が来たって世話しません。
 ヒョウガやないと世話しません」
義文「真央ちゃん」
真央「今みたいな話、二度とヒョウガの
 前でせんといてください」
   同馬を厩に曳き入れる真央。その
   姿をじっと見ている義文と基之。

〇瀬戸内海を進むフェリー

〇同・その二等客室
   床に座っている璃音と吟子。
吟子「学費は全部前の事務所の社長が三
 年分まとめて出しよった。三十万で厄
 介払いできるんやったら安いもんや思
 うたんやろ」
璃音「一年十万……安」
   立ち上がる吟子。
吟子「お、島が見えてきたな」
   デッキへ出る吟子。やがて璃音も。

〇同・デッキ
   並んで島の方を見る吟子と璃音。
吟子「試験は、東京で受けたんやったな」
璃音「はい。学校の先生が来て。『名前
 書けたら合格だから』って」
吟子「ふふ。じゃあ上陸は始めてか。海
 はきれい。魚は旨い。人は優しい。こ
 の世の楽園や。わたしあのまま島に残っ
 てたら、どうやったやろう。なんか、
 今よりずっと穏やかな人生送ってたよ
 うな気がするなあ」
璃音「吟子さんは、東京が合ってますよ」
吟子「そうかなあ」
   島に近づいていくフェリー。

○港
   接岸するフェリー。タラップが設
   置され、降りてくる吟子と璃音。
   港に降り立つ。そこに待っている
   栄枝。
吟子「いやぁ、栄枝ねえちゃん、迎えに
 来てくれてたんや」
栄枝「久しぶりやねぇ、吟子ちゃん。た
 まには帰っておっちゃんやおばちゃん
 に元気な顔見せてあげなあかんやない
 の」
吟子「耳が痛い。元気そうやねねえちゃ
 んも」
栄枝「(璃音を見て)その子が?」
吟子「うん。ほら、ホームステイ先の
 衣川栄枝さんや。あいさつして」
璃音「――鈴城璃音です」
   小さく頭を下げる璃音。
吟子「なんやそれは!」
   吟子の一喝。驚く璃音。
吟子「ちゃんと挨拶しなさい! これ
 からご飯食べさせてもらって、寝る
 ところ与えてくれる人や! そんな
 態度でどうするん! このまま東京
 帰ったかてええんやで! 帰ったら
 そこで放り出す! あんたの好きに
 生きていったらええ!」
栄枝「ええって吟子ちゃん」
吟子「ねえちゃん、今のでわかったや
 ろ。世の中舐めてる子なんや。ほら、
 もう一回あいさつや」
璃音「――鈴城璃音です。これからよ
 ろしくお願いします」
   頭を下げる璃音。
吟子「なんでそれが最初からできんの
 や」
   頭を上げる璃音。穏やかに笑っ
   ている栄枝。

○栄枝の家・外景(夜)
   分校の敷地内にある栄枝の家。
   古ぼけた一軒家。

○前同・風呂(夜)
   湯船につかっている璃音。
璃音「――?」
   音。やがてそれが波の音だと
   気づく。
   耳を澄ませる璃音。

○前同・居間
   栄枝の心づくしの手料理が並
   んだ座卓を前にして差し向い
   で座っている璃音と栄枝。璃
   音、浴衣を着ている。
栄枝「うかっとしててパジャマ買う
 の忘たんよ。今日はそれでがまん
 してな。
璃音「いえ、かわいいです」
栄枝「うん、よう似合ってるわ。さ
 すがモデルさんや。けど吟子ちゃ
 んえらそうになあ。笑てしまうわ。
 あの子な、今は岡山に居てるうち
 の妹とつるんで悪さばっかりやっ
 てたんやで。島のヤンキーやって
 んよ」
   栄枝、微笑んで璃音を見て。
栄枝「璃音ちゃん」
璃音「はい」
栄枝「あんたのお父さんがなにをし
 たか聞いてる」
璃音「はい」
栄枝「おばちゃんからも一つだけ訊
 いてええかな」
璃音「はい」
栄枝「お母さんとは、死別?」
   俯く璃音。
栄枝「言いたなかったら、言わんで
 ええんよ」
璃音「……母は、わたしが四つのとき
 に家を出ました。他の男性といっしょ
 にです」
栄枝「そう」
璃音「酔うと父がよく言っていました。
 『あいつは多情で奔放な女だった』っ
 て。実際そうだったと思います。父が
 酒やギャンブルに逃げたのも、元は
 と言えば母がそんな女だったからです」
栄枝「嫌なこと訊いてしもたね。ごめ
 んね」
璃音「いえ、いいんです」
栄枝「璃音ちゃん」
璃音「はい」
栄枝「隣の部屋に仏壇があったのに気づ
 いた?」
璃音「あ、はい」
栄枝「あれね、三年前に亡くなったうち
 の人と、二十年前に亡くなった息子夫
 婦お祀りしてるんよ」
璃音「息子さん夫婦」
栄枝「うん。嫁の美菜子ちゃんがくも膜
 下出血で急死してね。その半年あと息
 子の昭幸が後追って自殺したんよ」
璃音「自殺……」
栄枝「うん。心を病んでしもうてなぁ」
璃音「……」
栄枝「その浴衣ね、わたしが美菜子ちゃ
 んのために拵えてやったもんや。あの
 子も璃音ちゃんに着てもらって、喜ん
 でくれてるわ、きっと――高校出てす
 ぐ結婚してんよ。美男美女のカップル
 やってんでぇ。後で手を合わせてやっ
 てな」
璃音「はい」
栄枝「璃音ちゃん、あんたはあんたや。
 拗ねたらあかんで」
璃音「――はい」
栄枝「うん。そしたら食べようか。張り
 切りすぎて作りすぎてしもうたわ」
璃音「――いただきます」
栄枝「はい、いただきます」
   食べ始める二人。やがて璃音、泣
   き始める。泣きながら、食べる。
璃音「おいしいです……」
栄枝「そう、ありがとう。おかわりして
 な」
璃音「はい、します」
栄枝「ゆっくりお食べ」
璃音「はい。おいしい。本当においしい
 です……」
   泣きながら食べ続ける璃音。璃音
   を優しい眼差しで見る栄枝。

○稲島分校・一年Å組教室
   教壇、担任教師の横に立ち紹介を
   受けている璃音。頭を下げる。ひ
   ときわ大きな拍手をする耀一郎と晶輔。
担任「席は一番後ろの木崎の隣や。じゃ、座
 って」
璃音「はい」
   用意された自席まで歩く。璃音。真央
   に小さく会釈。真央も小さく会釈を返
   す。席に着く璃音。二人無言のまま。

○前同・学生食堂の厨房
   こじんまりとした学生食堂、その厨
   房。
   割烹着を着て仕込みをしている栄枝。
   それを手伝い、ねぎを切っている同
   じく割烹着姿の璃音。
栄枝「そうか。真央ちゃんの隣の席か」
璃音「はい」
栄枝「ええ子やよあの子。ちっさい時から
 馬の世話してるんよ」
璃音「馬?」
栄枝「稲島神社の神馬。前の馬が死んで
 馬が来たところや。昭幸な、神馬の乗り
 手やったんよ、秋祭りの」
璃音「ああ、吟子さんが言ってた」
栄枝「中学校入ってすぐ乗り手になって
 二十一で亡くなるまで。そりゃもう惚れ
 惚れするくらいやったわ」
璃音「そうなんですか」
栄枝「けど真央ちゃん、仲良かった泉美ちゃ
 んが大阪の学校行ってしもてなんや寂し
 そうやなあ、最近」
璃音「馬か……」
栄枝「けどええ手つきやなあ。さすが子供
 のときから料理してただけのことある。
 美人で料理上手、最強やん璃音ちゃん」
   薄く笑って首を横に振る璃音。

○村田ストアー
   小さな食料品や雑貨を売っている店。
   買い物をしている璃音。
   ストアーの女店主、村田忍(79)
   が杖をついて側までやってくる。
忍「あんたか、東京から来て栄枝の家に住ん
 でるいう子は」
璃音「はい」
忍「名前は?」
璃音「鈴城璃音です」
   メモ帳とペンを懐から出し、璃音に差
   し出す忍。
忍「漢字で名前書き」
璃音「え」
忍「ええから早よ書き」
   璃音、メモ帳を受け取ると自分の名
   前を書いて忍に返す。忍、受け取る
   となにやらペンで書き始め、しばら
   くブツブツ言っている。
璃音「あの――」
忍「黙ってぃ」
   忍、ブツブツ言い続けるが、やが
   て顔を上げて璃音を見て。
忍「ええ名前や」
璃音「はい?」
忍「ええ名前や言うとる。吉凶は半ばし
 とる。けどな、下手うっても立ち直れ
 る名前や。助けてくれる人の縁に恵ま
 れる名前や。誰がつけてくれたんや」
璃音「――父だそうです」
忍「そうか。お父ちゃんに足向けて寝ら
 れんな」
   忍、笑う。
璃音「はぁ」
   複雑な面持ちの璃音。

○路上
   買い物袋を前かごに入れ、自転車
   をこぐ璃音。前からヤマトガワヒョ
   ウガを曳いてやってくる真央。
   目が合う二人。小さく会釈をしてす
   れ違う。
   ブレーキをかけ止まる璃音。振り返
   り遠ざかる真央と同馬の姿をじっと
   見送る。

○分校・一年Å組教室【翌日】
   英語の授業中。
璃音「あの、木崎さん」
真央「え」
   見つめあう二人。
璃音「昨日の馬が神馬?」
真央「あ、うん。そう。ヤマトガワヒョウ
 ガ。ついこの前来たばっかり」
璃音「そっか。毎日世話してるの?」
真央「うん」
璃音「神社にいるの?」
真央「そう」
璃音「そっか。あの、今日さ、見に行って
 いいかな」
真央「え、ヒョウガを?」
璃音「うん」
真央「馬、好きなの?」
璃音「うん、まあ」
真央「べつに、いいけど」
璃音「ありがとう」
   話をする璃音と真央を見とがめる英
   語教師。
教師「おーい、木崎、鈴城。仲良うなるのは
 けっこうやけどなあ。授業はちゃんと聞い
 てくれぇ」
  笑いに包まれる教室。うつむく二人。

○稲島神社・厩の中
   ヤマトガワヒョウガにブラッシングを
   している真央。気配を感じ、顔を上げ
   る。厩の前に璃音が立っている。
璃音「こんにちは」
   頷く真央。
真央「手水舎で手を洗った? 洗ってなかっ
 たら――」
璃音「洗った」
真央「洗ったんや」
璃音「うん。だって神社だし。それにこの馬
 神様の馬なんでしょ。だったら」
   まじまじと璃音を見る真央。
真央「今から散歩に行くところなんよ。一緒
 に来る?」
  頷く璃音。

○前同・境内
   ヤマトガワヒョウガを曳いて歩く真央。
   少し離れて璃音も。
   義文がやってくる。
義文「今から散歩か、真央ちゃん」
真央「はい」
義文「彼女は?」
真央「鈴城璃音さん。東京からここへ」
義文「ああ、聞いてるわ。衣川さんところ
 に住んでるんやってな」
璃音「はい。鈴城です」
   頭を下げる璃音。
真央「あの、おじさん。ヒョウガのこと
 なんですけど」
義文「ああ。このままここに置いとくわ」
真央「本当ですか」
義文「納得してるわけやないけどな。これ
 もなにかの縁やろ。真央ちゃんにあそこ
 まで言われたら置いとかなしゃあないや
 ろ」
真央「ありがとうございます」
義文「しっかり面倒みてな、頼んだで」
真央「はい」
義文「あ、泉美今度のゴールデンウイー
 クに帰ってくるそうやな」
真央「え、そうなんですか」
義文「なんや、聞いてないんかいな。連
 絡とったりしてへんのか」
真央「はい、あまり」
義文「泉美のことはなんでもおっちゃん
 より先に知ってたやんか。向こうでで
 きた友達四人連れて帰ってくるらしい
 わ」
真央「そうですか」
義文「二日泊まるらしい。ご飯食べさせ
 ないかん。うちは旅館やない言うねん、
 なあ」
   嬉しそうな義文。
真央「じゃあ、散歩に行ってきます」
義文「うん」
   ヤマトガワヒョウガを曳いて、境
   内を出ていく真央。後ろから璃音
   がついて歩いていく。

○椎美ガ浜
   海を前に真央、璃音、ヤマトガワ
   ヒョウガ。
璃音「疑惑の馬、か」
真央「うん。誰かにカフェイン飲まされ
 ただけやのに、そんなん言われて引退
 した」
璃音「そう」
   璃音、じっと海を見ている。
真央「この馬がずっと下向いて元気ない
 のは、人間が自分のこと悪く言う言葉
 ばっかり聞かされてきたからなんや」
璃音「え」
真央「そうなんや、絶対」
璃音「――うん」
真央「笑わへんの?」
璃音「だって、そう思うから」
   二人、下を向いているヤマトガ
   ワヒョウガを見つめる。
璃音「分かるよね馬、人間の言ってる
 こと。わたしも馬に乗っていたこと
 あるから分かる」
真央「え、なにそれ?」
璃音「乗馬、やってたから」
真央「そうなんや。だから馬が好きな
 んか」
   頷く璃音。
真央「だったら、今ヒョウガにも乗れ
 る?」
璃音「え。それは無理だよ。鞍もない
 し鐙(あぶみ)もないもん」
真央「そっか――人乗せても、元気に
 ならへんのかな、この馬」
   砂浜にたたずむ二人と一頭。

○稲島港
   乗り着き場で待っている真央。
   フェリーが近づく。
   フェリーのデッキに立っている泉
   美。
泉美「真央――っ!」
   大きく手を振る泉美。その隣に立っ
   ている四人の女友達。
   手を振り返す真央。
   着岸するフェリー。降りてくる泉美
   と四人。

○路上
   前を歩く泉美の友人四人組。少し遅
   れ て真央と泉美が並んで。
泉美「サクラコは、残念やったね」
真央「うん」
泉美「ライン見てびっくりした。真央のこ
 と、心配やったよ」
真央「うん。ありがとう。もう大丈夫」
泉美「新しい馬、もうここに慣れた?」
真央「かなぁ。元気のない馬なんよ」
泉美「元気ないのん? 病気?」
真央「そうやないんやけど」
泉美「ふーん。サクラコはいつも元気
 いっぱいやったのになあ」
   立ち止まった四人が振り向き、
   「どっちぃ?」と泉美に道を尋ね
   る。駆け出し、四人に並ぶ泉美。
   並んで歩き始める。
   にぎやかに前を行く泉美と四人組
   の背を見ながら歩いて行く真央。

○稲島神社・境内
   ヤマトガワヒョウガを厩から曳き
   出してくる真央。四人が歓声をあ
   げる。
泉美「これが新しい神馬」
真央「うん。ヤマトガワヒョウガ」
   スマートフォンで同馬と自分たち
   を撮影する四人、そして泉美。そ
   の様子を黙って見ている真央。

○前同・能舞台
   巫女の装束を着て能舞台の上では
   しゃぐ四人と泉美。スマートフォ
   ンで写真を撮りあっている。その
   様子を舞台の外からじっと見てい
   る真央。

○前同・厩
   ヤマトガワヒョウガに飼葉を与え
   ている真央。
   巫女装束の泉美がやってくる。
泉美「真央」
   振り向く真央。
泉美「今日な、今からみんなでご飯食べ
 てお風呂入ってな、うちの大広間に布
 団敷いて寝るんよ。真央も泊まらへん?」
真央「え――うぅん、わたしはええよ」
泉美「遠慮せんでええんよ。みんなええ子
 らやよ」
真央「うん。でも、ええよ」
泉美「うん、そっか」
   真央、作業に戻る。
泉美「そうや、明日みんなでこの馬の散
 歩について行ってもええ?」
真央「べつに、ええよ」
泉美「ありがとう。そしたらね」
真央「うん」
   厩を出る泉美。作業を続ける真央。

○椎美ガ浜【翌日】
   砂浜ではしゃぐ四人組と泉美。そ
   の様子を見ている、真央、ヤマト
   ガワヒョウガの手綱を持ってその
   様子を見ている。

○路上
   帰っていく六人と一頭。
   買い物袋を籠に入れ、前から自転
   車でやってくる璃音。
   すれちがう。璃音と真央、少し見
   交わして。
ユイ「え、ちょっと今の――」
   璃音の方へ駆け出すユイ。
ユイ「待って、ちょっと待って」
   ブレーキをかけ止める璃音。
ユイ「あなた、鈴城璃音ちゃんやんね!」
   無言の璃音。他の四人も駆け寄って
   くる。
ユイ「やっぱりそうや!」
カレン「鈴城璃音ってあの鈴城璃音!?」
アンナ「うわっ、ほんまや!」
ホナミ「なんで、なんで?! てか、やっ
 ぱめっちゃかわいい!」
ユイ「わたし璃音ちゃんが出てたファッショ
 ンショーに行ったことあるんよ! うわぁ、
 信じられへん!」
カレン「ちょっと、だれか紙とペン持って
 ない?サインサイン!」
アンナ「いっしょに、写真撮ってええよね!」
   うつむいている璃音。
璃音「ごめんなさい。もうそういうのは……
 失礼します」
   去っていく璃音。
ユイ「え~なんでぇ」
   ぶつぶつ言いながら戻ってくる四人。
泉美「今の、ほんまに鈴城璃音?」
真央「うん。この前転校してきた」
泉美「教えてくれてもよかったのに」
真央「そっとしといてあげたいから」
   小さくなる璃音の後ろ姿をじっと
   見ている真央。

○栄枝の家・入口
   自転車を止め、家に入る璃音。

○同・仏間
   買い物袋を床に置く璃音。仏壇
   を見る。
   栄枝の息子、昭幸と妻の美菜子
   が顔を寄せ合って微笑んでいる
   写真を見る。
   仏壇の前に座る璃音。
   二人の写真の隣に、神馬に乗っ
   た武者装束の昭幸のスナップ写
   真が小さな額に入って立てられ
   ているのに気づき、手に取る璃
   音。
   凛々しい昭幸の姿をじっと見つめる。

○港
   出港するフェリー。デッキに立ち大
   きく手を振っている泉美と四人。船
   着き場に立ち、手を振り返している
   義文と妻の涼子。真央。
   フェリー、遠ざかっていく。
義文「帰っていったか」
涼子「賑やかいことやった」
義文「まあ、早いうちから友達大勢できた
 のはなによりや」
涼子「そうやね――真央ちゃん、帰ろうか」
真央「はい」
   歩き出す三人。

○路上
   並んで歩いていく三人。椎美ガ浜の
   あたりまで来る。浜にたたずむ璃音
   に気づく真央。
真央「おじさん、おばさん。わたし、ここで
 失礼します」
  義文と涼子に頭を下げ、浜へ歩いていく
  真央。

○椎美ガ浜
   海を見ている璃音。振り向く璃音。
   並んで立つ二人。
真央「昨日はごめん」
璃音「え――あぁ、木崎さんが謝ることじゃ
 ないよ」
真央「よう来るん、ここ?」
璃音「うん。この前からときどき。なんか、
 気持ちが落ち着くっていうか」
真央「うん。わたしも。何回見ても飽きひ
 んわ、椎美ガ浜の海だけは」
璃音「木崎さん、寂しい?」
真央「え、なにが?」
璃音「泉美さんが、大勢友達連れて帰って
 きて」
真央「ああ――う~ん、どうやろ。微妙な
 ところやなあ」
璃音「微妙?」
真央「うん、微妙。泉美もそう思ってんの
 とちがうかなあ」
璃音「そっか」
璃音「ねえ、木崎さん」
真央「なに」
璃音「わたしもときどきヒョウガの散歩に
 ついて行ってもいいかな」
真央「え、うん。ええよ」
璃音「ありがとう」
真央「なあ、あそこずっと岩場が続いてる
 やろ」
   指さす真央。
璃音「うん」
真央「夏はこの浜も海水浴場になってな、
 けっこう人がくるんよ。で、あの岩場ま
 でが遊泳区域」
璃音「へーえ」
真央「岩場の終わりがトンカチ岩。なんか
 トンカチみたいになってるやろ」
璃音「うん」
真央「わたしと泉美な、夏になったらあそ
 こから飛び込んでたんよ毎朝。トンカチ
 岩の下ってすごく深くなってるん。二人
 でいっつも朝に飛び込んでた」
璃音「朝に?」
真央「うん。海水浴のお客さんが真似して、
 事故があったらあかんやろ。そやから飛
 び込んだらアカンことになってるんよ。
 そやから誰も見てへん朝の六時に飛び込
 むんよ。二人だけの秘密やった」
璃音「六時ぃ? 水冷たくないの」
真央「すごい冷たい。でも一回跳んだら慣
 れる。あとは気持ちええばっかりや。ア
 ホみたいに何回も何回も飛び込むんよ」
璃音「でも、なんか怖そう」
真央「鈴城さん、泳ぎは?」
璃音「けっこう得意なほう」
真央「そうなんや」
   二人、じっとトンカチ岩を見つめて。
   (大写しになる二人の横顔)~

○椎美ガ浜(早朝)
   (~時間経過・前場面から続きで大
   写しになっている二人の横顔)
   砂浜に並び立っている真央と璃音。
   スクール水着を着た二人、よく日に
   焼けている。
真央「よー……」
璃音「いドン!」
   先に駆け出す璃音。
真央「あっ、こら璃音!」
   駆け出す真央。二人海に飛び込む。

○海
   クロールでトンカチ岩を目指す二
   人。悠々と泳いでいく。

○トンカチ岩
   先にたどり着く璃音。天然の足場
   のある岩壁を四肢を使ってガジガ
   ジとよじ登っていく。真央も。
   岩の上は一畳半ほどの平場。そこ
   に立ち両手を広げる璃音。
璃音「いっちばーん!」
真央「ズルやんか!」
璃音「ズルでもいっちばーん!」
   璃音、平場の端に立ち、高く跳ね
   足から海に飛び込む。
璃音「きゃーっ!」
   すぐさま真央も。水音。高く上が
   る大きな二つの波しぶき。浮き上
   がった二人の嬌声。
    ×    ×    ×
   平場に並んで横になっている二人。
璃音「真央の言ったとおりだった」
真央「ん?」
璃音「ここから飛び込むのマジで最高」
真央「あんたそれ、昨日も同じこと言う
 たで」
璃音「そうだった?」
真央「うん。てか、もうそれ聞き飽きた」
璃音「だって最高だもん」
   笑いあう二人。
璃音「ねえ」
真央「ん?」
璃音「泉美さん、夏休み帰ってくるの?」
   真央、しばらく空を見上げているが、
   やがて首を横に振る。
璃音「こないの?」
真央「うん。おととい久しぶりに電話かかっ
 てきてな。別荘のハシゴするんやって言う
 てた」
璃音「なにそれ?」
真央「五月にいっしょに帰って来た四人の子
 らの家、みんな別荘持ってるんやって。そ
 こに夏休み間ずっと代わる代わる泊るって」
璃音「はぁぁセレブぅ」
真央「『別荘ないのうちだけで恥ずかしい』
 とか言うてたわ泉美」
璃音「へーえ」
真央「泉美な、自分のこと『一軍』って言う
 んよ」
璃音「一軍、か」
真央「うん――前にな、泉美のこと『微妙』っ
 て言うたやん、わたし」
璃音「うん」
真央「今はもっと微妙や」
   空を見上げている真央を見る璃音。
真央「あんな璃音――」
璃音「うん」
真央「あんな、そのとき泉美がな」
璃音「うん」
   黙ってしまう真央。じっと言葉を待
   つ璃音。
真央「――『犯罪者の子供なんかと付き合
 わへん方がええ』って」
璃音「そっか」
真央「そんなこと言う子や、なかったのにな……
 ごめんな、言うてごめん……ごめんな」
   璃音、真央をじっと見て。
璃音「よっこいしょ」
   立ち上がる璃音。
璃音「あ~あ、わたしも一軍中の一軍だっ
 たんだけどなあ」
   璃音を見上げる真央。
璃音「一軍様たちが来たら今度はサインし
 てあげてもよかったんだけど。元ウルト
 ラ一軍、鈴城璃音って書いて。ははっ」
真央「璃音」
   体を起こす真央。
璃音「昨日、耀一郎くんと晶輔くんがね、
 釣った魚、刺身にして持ってきてくれ
 たの。ベラって言ってた。すごくおい
 しかった」
真央「あの二人が」
璃音「うん。わたしが来る前から栄枝さ
 んによくお刺身持ってきてあげてたん
 だって。いい子たちだよね」
真央「アホやけどな二人とも。漢字読ま
 れへんし、九九言えへんし。理科の実
 験で髪の毛燃やすしな。近所の犬にちょっ
 かい出して服ビリビリにされたことも
 あったわ。中二のときやで。稲島最強
 のアホコンビや」
   ひとしきり笑いあう二人。
   大きく伸びをする璃音。
璃音「ベラはおいしいし、トンカチ岩は
 最高だし――」
   岩から跳ぶ璃音。水音。
   立ち上がった真央も飛び込む。
   波しぶき。浮き上る真央。璃音の
   前に浮かび上がる。
璃音「真央はいるし!」
   真央、璃音をじっと見て。いきな
   り璃音の頭に手をやり、海中へ押
   し込む。
   逃れた璃音。やり返す。二人の嬌
   声が続く。

○防波堤
   釣り竿を出している耀一郎と晶輔。
   二人の後ろから二人の男が近づい
   てくる。

○路上
   歩いて行く耀一郎と晶輔。その後
   ろからついて歩く二人の男、新山
   (38)と加納(32)。加納は
   カメラを首から下げている。

○稲島神社
   鳥居をくぐる四人。手水舎で手を
   洗う耀一郎と晶輔。
新山「へーえ」
耀一郎「これやらんと木崎に怒られる」
新山「木崎って、ヤマトガワヒョウガの世話
 してる女の子?」
耀一郎「そう」
新山「彼女に話し、訊けるかな」
耀一郎「大丈夫やと思うで。学校から帰った
 ら、いつも散歩させにくるから」
   四人、ヤマトガワヒョウガの馬房へ
   と歩いていく。

○前同・ヤマトガワヒョウガ・馬房
   ヤマトガワヒョウガの写真を撮って
   いる加納。
新山「じゃあ、鈴城璃音さんもこの島に居る
 んだね」
耀一郎「そうや。俺ら釣った魚、よう持って
 いってやってるんや。なあ」
晶輔「うんうん。この前はメバル持っていっ
 た。煮つけにしてな。すごい喜んでたわ」
加納「(新山に)思わぬおまけがついてき
 ましたね」
新山「ああ。鈴城遥平の娘がヤマトガワヒョ
 ウガ散歩させてるんだ。記事にもなるし
 絵にもなる」
耀一郎「あ、木崎と鈴城来たで」
   馬房まで歩いてくる真央と璃音。
真央「なにっやってんのよあんたら」
   真央、不審げな顔で新山と加納を見
   る。
耀一郎「雑誌の記者とカメラマンやって。
 ヤマトガワヒョウガのこと訊きたいそう
 や」
新山「はじめまして」
   麻央に名刺を渡す新山。〈週刊春潮〉
   の文字。名刺をじっと見る真央。
新山「木崎真央さんだね。で、そっちの彼
 女は鈴城璃音さん。二人、少しお話訊か
 せてもらえないかな」
加納「写真もお願いしたいんだ。ヤマトガ
 ワヒョウガといっしょにさ」
新山「グラビア記事の取材してるんだ。い
 やぁ、でもびっくりした。鈴城さんがこ
 の島にいるなんてさ。お父さんのところ
 に面会に行ったりしてるの?」
   璃音、駆けだす。
新山「あ、ちょっと!」
   走り去る璃音。真央、新山をにらみ
   つける。
真央「帰れ……」
   名刺を破り捨てる真央。息を飲む四
   人。
真央「帰れっ!」
   真央、掃除用の竹ぼうきを手に取り
   新山と加納に向け振り回す。
新山「うわっ!」
真央「帰れ、帰れ、帰れぇっ!」
   後ずさる新山と加納。
加納「新山さん、こりゃちょっと……」
新山「わ、分かった木崎さん。帰る帰る。
 いい記事にするから楽しみに待っててね」
   立ち去る新山と加納。
   真央、荒い息を吐きながら、呆然と
   立っている耀一郎と晶輔を睨みつけ
   る。
耀一郎「あ、あの木崎」
   真央、猛然と竹ぼうきで二人の背を
   打ち据えはじめる。
耀一郎「うわっ!」
晶輔「や、やめぇや木崎!」
真央「アホや! アンタらはほんまもん
 のアホや!」
   境内に逃げる二人を追い回し、竹
   ぼうきを振り下ろし続ける真央。
耀一郎「やめぇ、やめぇて木崎!」
晶輔「やめてくれぇ!」
真央「ほんまに、ほんまにアホぉ!」
   泣きながら二人を追い回し竹ぼう
   きを振り回す真央。

○栄枝の家・居間(夜)
   食事をしている吟子、璃音、真央。
   真央、不機嫌な顔で食べている。
   旺盛な食欲。
栄枝「許したりぃな、真央ちゃん」
   真央、首をぶんぶんと横に振る。
璃音「うん。わたし、気にしてないから」
   真央、ぶんぶんと首を横に振る。栄
   枝と璃音、顔を見合わせ笑う。
真央「アホやアホや思ってたけど、あそこま
 でアホとは思わんかった、あの二人」
栄枝「悪気があってやったことやないんやし」
真央「悪気がないから余計たちが悪い」
   仏頂面で食事を続ける真央を微笑ん
   で見ている璃音。

○防波堤(夜)
   並んで釣り竿を垂らしている耀一郎
   と晶輔。
耀一郎「晶輔やぁ」
晶輔「んぅ」
耀一郎「ベラやメバルでは許してもらえんぞ」
晶輔「分かってる」
耀一郎「晶輔やぁ」
晶輔「んぅ」
耀一郎「アホやなぁ俺ら」
晶輔「そやなぁ」
   無言の二人。
耀一郎「おっ……」
   水面のウキが沈む。
   竿を合わせる耀一郎。大きくしなる竿。
   耀一郎、リールを巻いていく。
耀一郎「ごっついぞ、これ」
晶輔「慌てんな。ゆっくりな」
   晶輔、タモを手にする。耀一郎、格
   闘しばし。やがて水面にその魚影。
耀一郎「チヌや!」
晶輔「四十センチあるぞ!」
   タモで掬い上げる晶輔。釣りあげる
   耀一郎。
耀一郎「やった!」
晶輔「やったな!」
耀一郎「なにが旨い!?」
晶輔「「一晩寝かせて、薄造りに洗いに
 カルパッチョにムニエルや!」
耀一郎「ええやないか! 木崎も鈴城も喜
 ぶで! 早よシメろシメろ!」
晶輔「よっしゃ、まかせろやぁ!」
   暗闇の中、大喜びの二人。

○大阪・××学園
   放課後、生徒たちが帰っていく。

○下校の道
   肩を並べて歩いていく泉美と男子生
   徒のショウ。
   寮の前まで来る二人。しばらく楽し
   そうに話す。
   手を振りあう。寮へ入って行く泉美。
   ショウ名残惜し気に去っていく。
   後ろからその二人を見ていた四人。
   ユイが潤んだ目で唇をかみしめてい
   る。
カレン「ありえへん。なんなんあの子」
アンナ「知ってたやんね、ユイがショウく
 んのこと中等部の頃からずっと好きやっ
 たって」
ホナミ「うん。最初に教えたんわたしやも
 ん」
カレン「田舎もんが調子こいてるんやない
 わ」
ユイ「――許さへん、絶対」

○稲島・椎美ガ浜
   ヤマトガワヒョウガと真央、璃音。
   同馬、鞍を乗せ、鐙をつけている。
璃音「よっ」
   柔らかく飛び上がり同馬に乗る璃音。
璃音「あー、久しぶり。やっぱり気持ちい
 い。馬の上って。ほうッ、ヒョウガ」
  ヒョウガ、ゆっくりと歩き出す。
真央「おー、やるやん」
璃音「馬術広報大使だもんで」
真央「元、な」
璃音「うるさい」
   楽し気な璃音。
真央「栄枝さん、鞍とかよう遺してたね」
璃音「だって形見だもん」
真央「うん」
   同馬に速足をさせる璃音。
真央「おっ」
璃音「ふふっ。これがトロット」
   しばらくの速足の後。駆け足に入
   る璃音。
璃音「次、キャンター」
   ゆっくり走り始めた同馬。
璃音「ギャロップ! 襲歩って言うの!」
真央「うわ……」
   同馬とギャロップを続ける璃音。
   やがて――。
璃音「ほうッ! ヒョウガ、ほうッ!」
   同馬、反応する。勢いよく走りだす。
   手綱をしっかりと握る璃音。砂浜を
   駆けていく人馬。
   真央のいるところから遠く離れて璃
   音とヤマトガワヒョウガ。
璃音「真央――っ」
真央「なにー」
璃音「ヒョウガ、元気いっぱいだよ! す
 ごく走りたがってる!」
   真央、何度も頷く。
   人馬に向かって駆け出す。

○椎美ガ浜
   砂浜に引かれているスタートライン。
   耀一郎、晶輔、ヤマトガワヒョウガ
   に騎乗した璃音。二百メートルほど
   先に立っている真央。
   真央、手を振り上げ、振り下ろす。
   走り出す耀一郎と晶輔。
璃音「いち、に、さん、し、ご、ろく、なな、
 はち、きゅう、じゅう――ヒョウガ、ゴウ  
 っ」
   走り出す人馬。颯爽と。
   あっさり二人を抜き去る。ゴールライ
   ンを駆け抜ける。力なく砂浜に倒れこ
   む二人。
真央「こらーっ、最後まで走れー!」
   璃音、馬上で振り向いて。
璃音「耀一郎、晶輔! 約束どおりヌのお刺
 身だよ!」
   二人、突っ伏したままで。
耀一郎「か、か、勝てるかぁ……」
晶輔「チヌは、簡単に、釣れん……」
   嘶くヤマトガワヒョウガ。

○大阪・スーパーマーケット
   お菓子売り場にいる泉美と四人。誰
   もがそこここに目を配っている。
泉美(声)「ユイ、ごめん」
ユイ(声)「え、なにが」
泉美(声)「だから、ショウくんのこと――」
ユイ(声)「ああ。そんなのええって。好き
 やったのは中等部のとき。今はなんとも思っ
 てへんから」
泉美(声)「本当に? わたしショウくんか
 らコクられたとき、すごく迷って。ユイが
 ショウくんのこと好きやって知ってたから」
ユイ(声)「そやからそれは前の話しやって。
 気にせんでもええんよ」
泉美(声)「よかった」
ユイ(声)「それよかさ泉美、一回わたし
 らのやってたゲームやってみいひん?」
泉美(声)「ゲーム?」
カレン(声)「あれはドキドキするもんなあ」
ユイ(声)「人間ユーフォ―キャッチャー。
 わたしらがクレーンになってな、商品ゲッ
 トするねん」
ホナミ(声)「中等部のときみんなでようやっ
 ててんよ」
泉美(声)「商品ゲットって、あの、それって――」
ユイ(声)「大丈夫やって。うちのお店でやる
 んやもん。みんな見張ってるし」
アンナ(声)「わたし一回失敗した。お店出てす
 ぐ店員に声かけられてな。けどユイの友達やっ
 て分かったらなんもなしや」
泉美(声)「そうなんや」
C(声)「会長、ユイにメロメロやもんな」
ユイ(声)「わたしがソッコー電話かけて許し
 たってっていうたら、それで終わりや。わた
 しのことやったらなんでも言うこときくんや、
 おじいちゃん」
ホナミ(声)「けどめっちゃスリルあるで」
ユイ(声)「なあ、一回泉美もやってみる?」
泉美(声)「――うん」
   通路に散らばっている四人。彼女たちと
   目配せする泉美。グミを万引きする。足
   早に立ち去る。四人も。

○スーパー駐車場
   駐車場の片隅。合流する五人。固まって。
泉美「あー、ドキドキしたぁ」
ユイ「な、めっちゃドキドキするやろ」
泉美「うん。まだ心臓バクバクいってる」
カレン「うまいことゲットできたやん」
泉美「不安やったけどみんながいてくれたか
 ら、心強かったわ」
アンナ「なに取ったん?」
   バッグの中からグミを取り出す泉美。
ホナミ「なんやぁ、グミかぁ。ショボいな
 あ」
ユイ「そんなん言ったりなや。これは勝利
 のグミや。なあ泉美」
   笑顔の泉美。

○稲島高校・一年A組
   始業前。机に座り浮かない顔で頬杖
   ついている真央。璃音が来る。
璃音「おはよう――どうしたの」
   椅子に座る璃音。
真央「うん」
   学生カバンから雑誌を取り出し雑
   誌を見せる真央。
璃音「『週刊春潮』。これって」
真央「この前の記者が書いた記事が載って
 るんよ。ヒョウガの写真も――璃音のこ
 ともちょっと書いてある。読む?」
璃音「うん」
   ページをめくり璃音に渡す真央。グ
   ラビア記事に目を落とす璃音。
璃音「――ふふ、うん」
真央「璃音なんかまだましやで。最後の
 方読んでみ」
璃音「え――『薬物疑惑に塗れた同馬が、
 神馬としてふさわしいかどうか大いに
 疑問である。世話をする女子高生にも
 話を聞こうとしたが、名刺を破り捨て
 られられた上、暴力まがいの対応をされ、
 叶わなかった。この馬にしてこの子あり、
 といったところだ。とまれ平安の御代か
 ら続くという伝統ある稲島神社である。
 疑惑の馬ヤマトガワヒョウガをこのまま
 神馬として存在させ続けることは、再考
 の余地があるように思われてならない』――
 ちょっと、なにこれ。ひどい」
真央「な。なにが『この馬にしてこの子あり』
 や。もっとシバきあげてたらよかった――あ
 さって稲島神社の氏子青年会の集まりがあっ
 て、ヒョウガどうするか決めるんやって。
 基之さんが教えてくれた」
璃音「氏子青年会?」
真央「七人いてる。オッサンばっかりや。
 六十手前の人もいてる。どこが青年会や」
璃音「真央も出れるんでしょ」
   首を横に振る真央。
璃音「そんな。ヒョウガの世話してるのは
 真央なのに」
真央「有名な雑誌にこんなこと書かれた
 ら余計に出られへんわ。基之さん、今
 度はアカンかもって言ってた」
璃音「アカンって、ヒョウガが?」
真央「うん。ほんまに、神馬やなくなる
 かもしれへん」
璃音「どうするの?」
真央「とりあえず、泉美のおっちゃんに
 頼んでみるけど……」
璃音「わたしも一緒に行く。今日散歩に
 行く前に行こ」
真央「うん。ありがとう」
璃音「――ふふっ」
真央「ん?」
璃音「いつまでも『泉美のおっちゃん』
 なんだね」
真央「え?『泉美のおっちゃん』」や
 もん」
璃音「お正月は帰って来るんでしょ、泉
 美さん」
真央「その前に秋祭りには帰ってくる」
璃音「秋祭りっていつ?」
真央「十月の十日」
璃音「来月じゃない。やっぱり微妙?」
真央「――かもしれんけど、でも、泉美
 はこの島の巫女やから。泉美は舞いを
 舞わなあかんから」
   じゃれあいながら耀一郎と晶輔が
   入ってくる。
真央「――耀一郎、晶輔!」
耀一郎「おお、おはよう!」
真央「おはよう、ちゃうわ! はよチヌ
 持ってこいどアホ!」
晶輔「そやからチヌは、そない簡単に釣
 れへんって言うてるやん」
真央「釣れへんでも持ってこい!」
耀一郎「むちゃ言うなや」
璃音「持ってこーい」
晶輔「鈴城まで……」
   笑う真央と璃音。

○大阪・スーパーマーケット
   菓子売り場。通路の四隅に四人。彼
   女たちと目配せをする泉美。泉美、
   しばらく物色の後、板チョコレート
   を万引きする。
   顔を上げ周りを見渡す。四人はいな
   くなっている。
泉美「え――」
   パニックになる泉美。店内を駆け足。
   周りを見渡しながら。やはり四人は
   いない。
   店を出る。出たところで追ってきて
   いた店員に肩を捕まれる。
店員「きみ、ちょっと」
   泉美、必死の形相で周囲を見渡す。
店員「取ったものを出しなさい。事務所ま
 で来てもらうから」
   へたりこむ泉美。

○稲島神社
   散歩前。ヤマトガワヒョウガの手
   綱を取っている真央、その横の璃音。
   二人に対峙している義文。
義文「気持ちはよう分かった。寄合でちゃ
 んと伝えるから」
真央「ありがとうございます」
義文「わたしも二人と同じ気持ちや」
真央「おじさん」
義文「最初はこんなゲンの悪い馬が神馬
 なんんは納得いかんかったけどな。な
 んや情も湧いてきてなあ」
真央「はい」
義文「けど、期待はしなや。有名な雑誌
 に記事が出たんや。頭の固い人もいる
 から正直難しいと思う。やるだけのこ
 とはやってみるけどな」
真央「はい、お願いします」
璃音「お願いします」
   頭を下げる真央と璃音。
   駆けてくる涼子。三人から少し離
   れたところで止まる。青ざめたそ
   の顔。
義文「なんや、おまえ。どないした」
涼子「あなた、ちょっと」
   涼子のもとへ歩く義文。二人、真
   央と璃音に背を向ける。
義文「なんやてぇ!?」
   訝しみながら、ヤマトガワヒョウ
   ガを曳いて歩き始める真央。つい
   て歩く璃音。

○瀬戸内海
   稲島へ向かうフェリー。

○フェリー・駐車エリア
   まばらに車が止まっている。

○義文の車の中
   運転席の義文。後部座席の涼子、
   泉美。無言。
   ラインの着信音が鳴る。スマホ
   を取り出し画面を表示する泉美。
   ユイからである。
【ラインの文面】に重なるユイの声
 「〈無期停お疲れ~~。万引きなんか
 わたしらがやってたわけないやんwww。
 あ、わたしショウくんとつきあうことに
 なったから。ショウくん、万引き女とちょっ
 とでもつきあってたかと思うと自分に腹立つっ
 て言うてたでwwwww〉」
   嗚咽する泉美。立て続けに鳴るライン
   の着信音。

○前同・路上
   ヤマトガワヒョウガを散歩させている
   真央と璃音。
璃音「そっか。部屋にこもったままなのか。
 ラインに返信は?」
   首を横に振る真央。
真央「何回もメッセージ送ってるんやけど」
璃音「既読は?」
真央「つく」
璃音「会いたいけど、会えないんだろうね、
 真央に」
真央「だったら」
璃音「でも会っちゃいけないって思ってる
 の。本当は会いたくてたまらないの。だ
 から最初に真央に正直に告白したの」
真央「なんで、泉美が万引きなんか――」
璃音「今でも微妙? 泉美さんのこと」
真央「分からへん。でも、泉美に会いたい。
 会って話ししたい」
璃音「うん」
   前から自転車でやってくる耀一郎と
   晶輔。
耀一郎「おおっ、木崎に鈴城!」
晶輔「やったぞ! 俺らやったぞ!」
   自転車を止める二人。
真央「空気読んでぇや。なにをやったんよ」
   耀一郎と晶輔、荷台にくくりつけて
   いたクーラーボックスをおろして蓋
   を開ける。
耀一郎「どうや、チヌじゃ! メバルにス
 ズキもいてるぞぉ!」
晶輔「こっちはマダイや! グレにアブラ
 メもや! アジなんか何匹いてるかわか
 らんわ! 入れ食いや入れ食い!」
   大物でいっぱいのクーラーボック
   スを見て目を丸くする真央と璃音。
璃音「すごい」
耀一郎「なあ木崎。麻生帰って来てるん
 やって? やっぱりこれは麻生のおか
 げやで」
真央「泉美の?」
耀一郎「そや。巫女が帰ってきたから海
 の神さんが喜んでんのや! そやから
 大漁や!」
晶輔「俺、ここでマダイ釣ったのなんか
 初めてや! 全部きっちりシメてるで!
 シメるだけでもごっつい手間やったわ!」
耀一郎「今から二人で捌くんや。麻生に
 持って行ったろう思ってな。なあ!」
晶輔「おう!」
   喜色満面の二人。
真央「あんたらは――」
耀一郎「ん?」
真央「ほんまに、最高のアホやわ」
璃音「うん、最高のアホだ。とっとと捌
 いてきてよね」
耀一郎「アホアホうるさいわ。九九最後
 まで言えるようになったわ」
真央「はちろく?」
耀一郎「えっ――はちろく、はちろく、
 しじゅうご!」
   爆笑する真央と璃音。
晶輔「アホぉ! はちろくしじゅうに
 じゃ!」
   笑いの止まらない二人。

○麻生家・外景(夜)
   旧家の豪邸。

○前同・泉美の部屋の前・廊下(夜)
   広い廊下。部屋の扉前に真央、璃音、
   耀一郎、晶輔と涼子。
涼子「泉美。真央ちゃんらが来てくれたんよ。
 みんな心配してるんよ。顔見せて」
   返事はない。
真央「泉美。おばちゃんから聞いたよ。夜
 中にちょっと食べてるだけなんやろ。そ
 んなんあかんよ。おにぎり作ってきたん
 よ。なあ、ここ開けて」
耀一郎「麻生。俺ら今日大漁や! 麻生が
 帰ってきたからや。タイ飯のおにぎりや。
 木崎と鈴城が握ったんや。旨いぞお。出
 てこいや」
璃音「泉美さん。真央に会いたいんでしょ。
 だからライン送ったんだよね。真央もす
 ごく心配してる――」
   ダンっ! 部屋の中から扉を叩く音。
晶輔「アタリがあったな」
真央「え?」
耀一郎「うん。あとは釣り上げるだけ。俺
 らに任せとけや」
    ×    ×   ×
   (一時間ほどが過ぎ)
   部屋のドアがゆっくりと開く。
   出てくる泉美。泣きはらしたその目。
   誰もいないことを確認する。
   廊下の隅に置かれた四個のおにぎり
   の乗った皿を見る。歩を進める。皿を
   手に取ろうとした時――。
   廊下の端から猛烈な勢いで走ってくる
   耀一郎。もう一方の端から晶輔も。
   驚く泉美。慌てて部屋に戻ろうとする。
耀一郎「晶輔、ドア!」
   晶輔、すんでのところでドアを閉める。
   耀一郎、泉美の肩を掴み、抱え上げ横
   抱きにする。激しく身をよじって逃れ
   ようとする泉美。離さない耀一郎。
   廊下の端から現れる真央と璃音。
真央「いつまでやっとんの。泉美はよ降ろし
 て」
   耀一郎の頭をはたく真央。
璃音「そうよ。それやっていいのは彼氏だけ」
耀一郎「そやかて俺、麻生のこと好きやんけ。
 小学校のときから」
真央「なっ……どのタイミングでなにを言う
 てんのよ、このアホ。はよ降ろして」
   また耀一郎の頭をはたく真央。泉美
   を降ろす耀一郎
真央「泉美」
   泉美、うつむいて真央を見ない。
真央「泉美、おなかすいたなあ。あっちの
 部屋にもっとええもんある」
   泉美を抱きしめる真央。優しく髪を
   撫でていく。
泉美「……あっ、あっ、ひぐっ……あぐっ」
真央「ご飯食べようなあ泉美。あんた出て
 くるの待っててわたしらもお腹へったわ」
   泉美、泣き続ける。
耀一郎「万引きがなんや麻生。覚えてるやろ。
 俺ら中学んとき村田ストアーでコマセ盗ん
 で捕まったの」
晶輔「村田のオババ、めっちゃ足速いんや。
 杖振り回して追いかけてきてなあ。あんな
 ん杖なしでも歩けるやろ」
耀一郎「鼻血出るまでオトンにどつかれた」
晶輔「俺は一週間おかゆと水だけ。虐待やで
 あんなん」
真央「あんたらな、ほんま黙ってて」
泉美「真央……真央……わたし……」
真央「うん。なんにも言わんでええんよ」
   泉美を抱きしめ続ける真央。
   璃音、穏やかな顔で二人を見ている。

○防波堤
   並んで腰かけて海を見ている真央、泉美、
   璃音。
   離れたところで耀一郎と晶輔が釣りを
   している。
真央「『一軍』とかしょうもないこと言って
 るからこんなことになるんや」
泉美「――うん」
真央「それに、絶対許されへんことがある」
泉美「え」
真央「あの子らに巫女の装束着せたこと。泉
 美、学校から帰ってあれ着る前はいっつも
 水のシャワー浴びて、体洗ってからやった」
泉美「うん」
真央「お正月、あれ着るときはわたしもそう
 した。けどあの子らにそんなんさせてない
 よね。あのとき泉美もしてなかったよね」
泉美「――うん」
真央「コスプレの衣装やないんよ。そんなん
 泉美がいちばん分かってることやろ」
璃音「真央」
真央「言うとかなあかんことなんよ」
泉美「ごめん。わたしほんまに間違ったこと
 した」
真央「ほんまにそう思ってる?」
泉美「うん。思ってる」
真央「そやったら、よし」
泉美「あの、鈴城さん」
璃音「え?」
泉美「あの、わたし、あなたのこと、真央に」
璃音「ああ。うん」
泉美「――ごめんなさい」
璃音「ははっ。事実だし。別になんとも思っ
 てない」
泉美「わたしが犯罪者なのにね――」
璃音「引きずっちゃだめ。それ言ったら耀一
 郎くんも晶輔くんも万引きの犯罪者だよ」
真央「アホ罪もある」
   笑う真央と璃音。
璃音「父親のことがなかったら、わたしこ
 こに来れてないんだよね。それ思うと、
 なんか不思議だよ」
   遠くに見えるトンカチ岩を指さす真央。
   目をやる泉美と璃音、
真央「璃音に教えた。この夏に何回も二人
 で飛び込んだ」
璃音「早起きして、朝早くに。アホみたいに
 何回も何回も」
真央「『アホみたい』やなくってほんまも
 んのアホや。あの二人といっしょや」
   耀一郎と晶輔を見て笑う真央と璃音。
泉美「うん。そっか」
   泉美、トンカチ岩をじっと見つめて。
泉美「じゃあ、来年の夏からは三人で飛び
 込むんやね」
真央「泉美」
泉美「分校に通うよ。ずっと欠員募集して
 るから転校できるんやって」
真央「うん」
璃音「あー、ラブラブな二人に割って入れ
 るかなあ」
真央「なにを言うてるのよ」
   笑う三人。騒いでいる耀一郎と晶輔
   に目をやる。耀一郎がベラの大物を
   釣り上げている。
耀一郎「見ろや、ベラや! 旨いぞぉ!」
璃音「知ってる!」
真央「なんでも釣るなあ、あのアホは」
璃音「いちばんの獲物は泉美さんだったけど」
泉美「ははっ」
璃音「お姫様だっこ」
泉美「うん、生まれて初めて」
真央「やめてぇや。泉美と耀一郎じゃつり
 合いが取れん」
泉美「そっかぁ。耀一郎、小学校の時からわ
 たしのこと好きやったんかあ」
真央「ちょっと泉美」
   晶輔の竿にも魚がかかる。大きくしな
   る竿。
真央「晶輔、バラすなよ!」
   騒ぐ二人を見る三人。

○稲島神社・ハヤテサクラコの墓標前
   手を合わせ、頭を垂れている颯希。
   その少し後ろにいる真央、泉美、璃音。
   祈りを終えた颯希、振り返って。
颯希「サクラコは、幸せな馬やなあ」
真央「え?」
颯希「こないしてお墓まで作ってもらって。
 こんなんしてもらえるサラブレッド、何頭
 いてると思う?」
   ヤマトガワヒョウガの嘶きが厩から聞
   こえる。
颯希「今のが?」
真央「はい」
颯希「よっしゃ、アメリカ行く前に、新品の
 鞭と鐙の具合を試させてもらおう」
   泉美に歩み寄る颯希。彼女の額にデコ
   ピンをする。
泉美「痛っ」
颯希「悪いことした子はこれや。泉美ちゃん、
 あんたも幸せもんやで。ちゃんと受け止め
 てくれるツレがいてるんやから」
泉美「はい」
颯希「っていうことを元祖デコピン女も思っ
 てくれてるかいなあ。いや、思ってないや
 ろなあ、あいつは」
真央「美途さん、お元気ですか」
颯希「あれから重賞二つ勝ってますます調子
 に乗ってるわ。向こうで腕磨いて、帰って
 きたらブッちぎったるねん」
   朗らかに笑う颯希。

○椎美ガ浜
   砂浜に立っている真央、泉美、璃音。
   ヤマトガワヒョウガを駆る颯希が戻っ
   てきて下馬する。
颯希「この馬はなにも悪くないのにな」
   同馬の首筋を優しく撫でる颯希。
颯希「GⅠ、取れてたかもわからんね、おま
 え」
   颯希、璃音を見て。
颯希「乗ってみる? 久々に鞭入れられて、
 走る気満々になってるわこの馬」
璃音「え」
颯希「乗れるんやろ」
璃音「いや、でも乗馬の乗り方だから。あん
 なふうには」
颯希「まあ、乗ってみ」
璃音「――はい」
   騎乗する璃音。
璃音「鐙、短い」
颯希「競馬用やからね。騎座しっかりしてる
 わ。よし、モンキー乗り教えてあげる」
   璃音を指導し始める颯希。
     ×     ×    ×
   遠くを見ている真央、泉美、颯希。
   見はるかす視線の先に、微かに人馬。
   璃音を背にしたヤマトガワヒョウガが
   駆けてくる。だんだんと三人に迫って
   くる。風を巻き、三人の前を一気に駆
   け抜けていく。
泉美「うわっ」
真央「璃音、すごい」
颯希「センスの塊やな、あの子。さすがGⅠ
 ジョッキーの娘や。なあ、ほんまにあの馬、
 ここ出ていかされるのん?」
真央「寄合でそう決まったって。泉美のお父
 さん、がんばってくれたみたいなんやけど」
颯希「出て行った先は」
真央「それは――」
颯希「そっか。でも、今の走りみたら島の人
 みんなあの馬ここにおいておきたいって思
 うのとちがうか」
真央「みんなが見たら?」
颯希「そう。日経新春杯勝ったような馬、簡
 単に廃用にしてええわけないやろ」
   ヤマトガワヒョウガ、ギャロップで戻っ
   てくる。その背、紅潮している璃音の顔。
璃音「最高だよ、もう!」
   璃音、叫ぶように。

○稲島神社・ヤマトガワヒョウガの馬房
   馬房の前でヤマトガワヒョウガの削蹄をしている千
   堂駿太。それを見ている真央、泉美、璃音。
     ×    ×    ×
   蹄鉄を打つ駿太。
     ×    ×    ×
   打ち上がった蹄鉄を同馬の蹄に押し当てる駿
   太。ジュワッと音がして煙が上がる。息を飲
   む三人。
   駿太、三人を見てニヤッと笑う。
   蹄鉄を蹄に釘で打ち始める駿太。
駿太「いい足だ。GⅡ勝つだけの足だ――(真央に)
 削蹄、これまでどうしてたの?」
真央「昔、馬の売り買いやってたっていうおじい
 さんがいて。その人がたまに。サクラコのとき
 も」
   駿太、手を止めて。
駿太「馬喰上がりの素人仕事かよ――これから二
 カ月に一回は来てやるよ」
真央「本当ですか」
駿太「颯希の置き土産だ。中途半端にほったら
 かしたら颯希に怒られる。それに乗っかって
 くる嫁にも怒られる。ははっ」
泉美「あの、お金は」
駿太「いらない。これは人間がこいつにやった
 ことへの詫び料だ」
   作業を再開する駿太。
   
○稲島神社(秋祭り当日)
   参道に〈稲島神社祭礼〉の幟が何本も
   立てられている。

○栄枝の家・仏間
   栄枝に手伝ってもらい、武者装束を着
   ている璃音。
栄枝「ポニーテール、かわいいやん」
璃音「おでこ丸出しで恥ずかしい」
   着付けを終える。凛々しい武者姿の璃
   音。しみじみと彼女を見て栄枝、涙ぐむ。
璃音「栄枝さん」
栄枝「ごめんね。よう似合ってる。ほんまによ
 う似合ってるわ」
   仏壇のフォトスタンドを手に取り、昭幸
   の写真を取り出す。
栄枝「いっしょに走ったって」
   璃音に写真を差し出す栄枝。
璃音「はい」
   受け取る璃音。懐にしまう。
真央の声「璃音―。準備できたー?」
   玄関から真央の声が聞こえる。

○前同・玄関
   三和土に立っている真央と吟子。やっ
   てくる璃音と栄枝。
真央「ふわぁ……」
吟子「かっこええやん」
   はにかむ璃音。
璃音「吟子さん。シナリオありがとうござい
ます」
吟子「よう書けてたやろ。ただの馬駆け神事
 復活よりずっとインパクトある」
璃音「はい。あの、それから」
吟子「うん。希望は分かった。本気なんやな」
璃音「はい」
吟子「確認するけど、芸能の仕事に未練はな
 いんやな」
璃音「はい、ありません」
吟子「三十人に一人の狭き門やで。専門学校
 卒業した子らもたくさん受けるんやで」
璃音「来年落ちても、二十歳の制限まで受け
 続けます」
吟子「分かった。運動能力の試験もあるよ。
 八月まで島駆けまわって、体鍛えときや」
璃音「はい」
吟子「二次試験の最後は保護者も込みの面接
 や。そこまで連れてってや」
璃音「吟子さん――ありがとうございます!」
   深く頭を下げ、顔を上げる璃音。
吟子「あんた、ええ顔になったわ」
   璃音を見つめて頷く吟子。
   
○稲島・路上
   自転車を飛ばしている耀一郎と晶輔。
   顔に付け髭。山賊風の和装をしている。

○前同・稲島神社・鳥居の前
   自転車を止める二人。参道を駆けだす。

○前同・能舞台
   舞台に設えられたスピーカーから雅楽
   の音が流れ、それに合わせて舞ってい
   る巫女装束の泉美。
   多くの参詣者がその様子を見ている。
   舞を終える泉美。深く礼をする。拍手
   が沸き起こる。そのとき舞台に闖入す
   る耀一郎と晶輔。驚く参詣者たち。ど
   よめきが起きる。
耀一郎「おまえがこの神社の巫女か!」
泉美「は、はい」
耀一郎「噂通りの美女。決めた! 俺はお前
 を嫁にする!」
  泉美に近寄り、横抱きにする耀一郎。
泉美「きゃあっ!」
   参詣者たち、これが寸劇と分かり、笑っ
   てその様を観始めている。
耀一郎「巫女を取り返してほしくば追ってこ
 い。返り討ちが怖くなければな。わはっはっ
 はっはっ!」
晶輔「わあっはっはっはっ!」
   能舞台を降りる耀一郎。そのまま駆け
   出す。晶輔も。
泉美「たーすーけーてー!」
   泉美の声が響く。

○前同・参道
   泉美を横抱きにして必死で走る耀一郎。
泉美「セリフ上手いこと言えたやん!」
耀一郎「必死で覚えた! 麻生!」
泉美「なにぃ!」
耀一郎「おまえめっちゃええ匂いする!」
泉美「すけべっ!」
   楽しそうな泉美。

○前同・能舞台
   どよめいている参詣客たち。
   そこに駆け上がってくる武者装束
   の璃音。
璃音「稲島神社の巫女が山賊どもにかど
 わかされたと聞いた。本当か!」
   ヤンヤの喝采。「ほんまやでー」な
   ど声。
璃音「許しておけぬ! 奴ばらのいどころは
 分かっている。椎美ガ浜の果てだ! 成敗
 の上巫女を取り返す! 島の者らよ、つい
 てこい!」
   大拍手が沸き起こる。能舞台を降りる
   泉美。
  
○前同・境内
   美麗な装飾を施されたヤマトガワヒョ
   ウガ。同馬の手綱を取っている真央。
   人馬へ歩み寄る璃音。
   二人見つめあって、頷く。
   同馬に跨る璃音。その歩を進め始める。

○前同・島の路
   ヤマトガワヒョウガを進める璃音。しず
   しず進む人馬の後ろを賑やかについて歩
   く島の人々。

○前同・椎美ガ浜沿いの道
   泉美を荷台に乗せ、力いっぱい自転車こ
   いでいる耀一郎。その後を追いかけるよ
   うに晶輔も全力で。
耀一郎「麻生!」
泉美「なにー」
耀一郎「大阪の学校の場所、教えろや! おま
 えだましたやつら、俺ぶちのめしに行っちゃ
 る!」
泉美「――いいよ、そんなの」
耀一郎「遠慮すんな! 刑務所に入ったってか
 まへんのや!」
   泉美、涙を拭う。
泉美「耀一郎!」
耀一郎「なんや!」
泉美「好きー!」
耀一郎「――おっ、お、おお、俺も好きー!」
   耀一郎、いっそうペダルを踏む足に力を
   こめる。
晶輔「ええなあ、耀一郎。まあ俺、木崎のこと
 好きやから別にええけど」
   椎美ガ浜沿いの道を疾走していく二台
   の自転車。 

○前同・椎美ガ浜
   大勢の島民が集まっている。
   ヤマトガワヒョウガを駆った璃音がゆっ
   くり戻ってくる。璃音の前に跨っている
   泉美。
   下馬し、泉美を降ろす璃音。拍手が起き
   る。再び同馬に跨る璃音。
璃音「山賊どもを討ち果たし、巫女を取り戻
 したぞ! 稲島に弥栄あれ! えいえいおう!」
   時の声を上げる璃音。呼応する島の人た
   ち。
璃音「島の者らよ、神馬ヤマトガワヒョウガの勇
 姿、とくと見よ!」
   ヤマトガワヒョウガを走らせる璃音。
   息の合った疾走。
   波打ち際を走る人馬。波を飛び越えるよう
   に同馬をジャンプさせる璃音。
   どよめきと歓声。拍手。
   走り、跳ぶ人馬。歓声と拍手が続く。
   観ている何人もがスマホをかざし、その様
   を収めている。
   群衆から少し離れた場所でその様を見てい
   る真央。
耀一郎(声)「木崎―っ」
   路の上から耀一郎の声。
   自転車に跨った耀一郎と晶輔が、大きく両
   手を振っている。
真央「耀一郎! 晶輔!」
   二人に大きく両手を振り返す真央。その晴
   れやかな顔。

○前同・トンカチ岩(翌年・八月)
   スクール水着を着てトンカチ岩の平場の上
   に座っている真央、泉美、璃音。
泉美「いよいよ来週だね」
璃音「うん」
泉美「自信は?」
璃音「――あるよ。腕立ても腹筋も背筋も毎日
 ってきたんだもん」
真央「妖怪腹筋割れ割れ女」
璃音「うるさい。それにさ、GⅡ勝った馬に毎
 日乗ってきた受験生なんて、他にいないよ」
泉美「やんね」
真央「学科はなにあるんやった?」
璃音「国語と社会」
真央「よかったやん数学なくて。二次元方式と
 か出されたらアウトやん璃音」
璃音「もう、ほんとうるさいなあ。騎手なんか
 ね、九九言えたらそれでいいのよ――ねえ、
 泉美」
泉美「ん?」
璃音「キスとかした?」
   首を横に振る泉美。
泉美「手も握ってない」
璃音「ええっ、マジで?」
泉美「『巫女には結婚まで手を付けたらあかん
 のや』言うて」
璃音「ほぇぇ」
真央「どうしようもないアホやな」
泉美「やんねぇ」
   笑う三人。
璃音「泉美は卒業したらどうするの」
泉美「――大阪の大学行こうと思ってる」
璃音「そっか。怖くない?」
泉美「負けたまま終わりたくない」
璃音「うん。真央はやっぱり公務員
 試験受けるの?」
泉美「うん。鹿野さんと同じ地域振
 興課に配属されたらいいんやけど。
 まあ、受かったらの話やけど」
璃音「受かるよ絶対。それにそうな
 るよ」
   三人、しばらく穏やかな海を
   見やって。
璃音「じゃあさ泉美。耀一郎と学生
 結婚とか?」
泉美「え、なんでよ」
璃音「だって『結婚するまでは』って
 言ってるんでしょ、耀一郎」
泉美「うん」
璃音「耀一郎がまんできないでしょうよ」
泉美「できないかなぁ」
璃音「できないよ普通」
泉美「やんね。あいつ、大阪の会社に就
 職するって言ってるんよ。そうなった
 ら、きっとわたしの方ががまんできひ
 んのやないかなって思う」
   泉美を見る真央と璃音。
泉美「ははっ」
   泉美、璃音をまっすぐ見て。
泉美「受かるよ璃音。競馬学校。絶対」
璃音「――うん。村田のオババの言ったとおり
 だった」
真央「え?」
璃音「ここ来てすぐに、村田ストアー行ったとき
 姓名判断されたの。そしたらわたしの名前、い
 い名前だって。助けてくれる人に恵まれる名前
 だって」
   顔を見合わせる真央と泉美。ククッと笑う。
璃音「え?」
真央「『吉凶は半ばしとる。けどな、下手うって
 も立ち直れる名前や』」
泉美「『誰がつけてくれたんや』」
璃音「え――あの、それって」
真央「そうや。村田のオババ誰にでも同じこと言
 うてるんよ。わたしも言われたことある」
泉美「わたしも」
璃音「うーわ、マジかぁ」
真央「信じてたんや」
璃音「うん、思い切り」
   三人、クスクスと笑いだす。その笑い、
   やがて爆笑へ。
真央「信じてたらええやん、これからも」
璃音「うん、だよね」
真央「はい、ランウェイ歩いて来てからの~」
璃音「え?」
真央「はい、ほら立って立って」
璃音「うん」
   立ち上がる璃音。ポーズを次々と決め
   る。拍手する真央と泉美。
真央「きゃーっ、璃音ちゃーん!」
泉美「かわいいーっ!」
璃音「あはははっ! きゃーっ!」
   海に飛び込む璃音。真央、泉美も続く。
   三人の嬌声が響く。
                
○刑務所・面会室
   アクリル板を境にして向かい合ってい
   る遥平と騎手の猿渡広道(48)
広道「そうか、娘さん会いに来てくれたのか」
遥平「ああ」
広道「言ったのか、出たら大道さんの牧場で
 働くって」
遥平「ああ。ほっとしてたよ」
広道「うん、そうか」
遥平「サワ、ありがとう」
   深く頭を下げる遥平。
広道「寿々芽のときもそうだっただろ。海野
 さん、下手こいた人間は大道さんに任せる
 ことにしてるみたいだな。大道さん笑って
 たそうだよ『うちは不良騎手の更生施設じゃ
 ない』って」
   笑う広道。涙を拭う遥平。
遥平「あと、娘な」
広道「うん」
遥平「マイルチャンピオンシップ、勝ったと
 きのこと、しつこく訊いてきたよ」
広道「ほう」
遥平「『どんな気持ちで乗ったんだ』とか
 『どんな乗り方したんだ』とか『勝った時
 どんな気持ちだったか』とか。あんなの訊
 かれたの初めてだった」
広道「そりゃあ嬉しいよなあ」
遥平「とにかくあいつに迷惑かけない生き方
 をしなきゃいかんと思ってる。もちろん猿
 渡にも。海野さんにも。世話になる大道さ
 んにも」
広道「まあ、あんまりしゃっちょこばるな。
 張り詰めすぎてると切れちまうぞ。酒はほ
 どほどにな」
   頷く遥平。
広道「しかし元モデルで女優の卵だろ。広告
 塔に使われるぞぉ、JRAに」
遥平「バクチはもうしない。パチンコも競艇
 もやめる。けど、璃音が無事に卒業して、
 馬乗りになれたら、あいつの乗る馬の単勝
 だけは買うよ」
広道「ああ、そりゃいいな。俺も湖乃葉の
 単勝、ときどき買ってるんだ」
遥平「いくつになったっけ姪っ子さん」
広道「二十二だ。この前車の免許車取ってな、
 あいつの運転でここまで来たんだ」
遥平「そうか。スパーキングレディーカップ
 勝ったんだよな、今年」
広道「ああ。身内の欲目抜きで見ても力つけ
 てきてるよ。いつか二人、帝王賞や東京ダ
 ービーでいっしょに乗る日が来たりしてな」
遥平「――いつか、そんな日が来たら」
広道「その日は、一緒に大井に行こう」
遥平「うん――サワ、本当にありがとう」
   また頭を深く下げる遥平。涙をこぼす。
広道「風邪ひくなよ」
遥平「うん、うん……」
   すすり泣く遥平。

○稲島・椎美ガ浜
   砂浜に引かれているスタートライン。
   耀一郎、晶輔、ヤマトガワヒョウガに
   騎乗した璃音。二百メートルほど先に
   立っている真央と泉美。
泉美「♬『チャラチャ、チャッチャチャッチャ
 チャッラ、チャラチャチャーラ、チャッチャ
 チャッ――』
   関西GⅠのファンファーレを歌う泉美。
泉美「――チャーッ、チャラチャッチャッチャッ、
 チャチャチャチャーン!」
   真央、手を振り上げ、振り下ろす。走り出
   す耀一郎と晶輔。
璃音「いち、に、さん、し、ご、ろく、なな、
 はち、きゅう、じゅう――ヒョウガ、ゴウ  
 っ」
   走り出す人馬。颯爽と。
   あっさり二人を抜き去る。ゴールラインを駆
   け抜ける。力なく砂浜に倒れこむ二人。
真央「こらーっ、一回くらい最後まで走れー!」
泉美「耀一郎―! お祭りの時みたいに走らんかい
 な!」
   砂浜にくずおれたままの耀一郎と晶輔。
耀一郎「そやから勝たれへんって……」
晶輔「祭りのときはな、麻生抱えてたから速
 かってん、こいつは……」
   ゴールラインを駆け抜けていった璃音とヤマ
   トガワヒョウガがキャンターで戻ってきて、
   真央と泉美の側をぐるぐる回る。同馬を止め
   る璃音。
   太陽を振り仰ぐ。
   右の拳を突き上げて。
璃音「真央と泉美に弥栄あれ! えいえい、おう!」
   呼応する真央と泉美。
真央・泉美「えいえい、おう!」
真央「鈴城璃音に弥栄あれ!」
真央・泉美「えいえい、おう!」
   呼応する璃音。
璃音「えいえい、おう!」
   三人の鬨の声。
璃音・真央・泉美「えいえい、おう!」
璃音「ホウっ、ヒョウガ!」
   波打ち際を駆け始める人馬。
   打ち寄せる波をものともせず、疾走し跳躍
   するヤマトガワヒョウガ。
   鞍上の璃音、ただ生き生きと。
   璃音を見つめる真央と泉美。穏やかで、ま
   ぶし気な二人の顔。
                (了)
   

「駒は乙女に頬染めさせてⅢ」(PDFファイル:610.59 KB)
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