人物
森稔(33)(23)靴屋店長、アルバイト
東雲(石川)藍子(30)(20)主婦、大学生
早川みずほ(38)靴屋店長
森小絵(68)稔の母親
進奏美(21)靴屋アルバイト
○靴屋・店内(夜)
蛍の光が鳴る中、店内をモップ掛けする森稔(33)。
(携帯の着信音)
携帯画面には「母親」の文字。
森「もしもし母さん?」
小絵の声「もしもし稔?今仕事中かい?」
森「ああ、そーだね。もうじき閉店時間だから、締め作業してるだけだから、大丈夫だよ」
小絵の声「そう?」
森「で、どうしたの?」
小絵の声「ああ〜最近帰って来ないから、次はいつ帰ってくんのかなって?」
森「帰ってくんのかなって・・母さん、俺のアパートから実家まで車30分も離れてないのに、そんな頻繁に」
小絵の声「そうだけど、お父さん死んでから家に一人やろ?退屈でなんよ」
森、モップ掛けする手を止めて箱積みされた婦人用スニーカーを見つめる。
森「靴大分くたびれてない?今度新しいやつ持ってくがてら帰るよ」
小絵の声「本当かい?じゃあまたいつ来るかわかったら、ラインして頂戴?」
森「うん、わかった。じゃあ切るよ?」
小絵「ああ待って待って、今日、あんた宛に手紙が来てたよ?なんか〜石川藍子さんって人から」
森「・・・・え?」
森、その場に佇む。
○森家・リビング
森小絵(68)がテレビを見ている。
リビングの扉が開き、森が入ってくる。
小絵「おかえり」
森「ただいま」
ローテーブル上には大あんまきが乗せられた皿と、すぐ側には封筒が置かれている。
森「あ、俺の好きな大あんまき用意してくれたんだ、ありがと。それ?俺に届いた手紙って?」
森、手紙から目が離せなくなる。
小絵「そうそう、こっちにあんた宛の郵便が届くなんて珍しいし、どっかで見覚えのある名前だな〜って」
小絵、森に封筒を手渡す。
森、封筒の石川藍子の名前と『はぁとふるレター』の文字を見つめる。
森N「それは、僕が昔に置いてきた苦しい記憶の端くれだった」
○靴屋・店内(夕)
バックヤードから進奏美(21)が出てくる。
奏美「じゃあ店長、休憩行ってきます」
森「今日暇だから、いつもよりゆっくりしてきていいよ」
奏美「やった!店長、いくら暇だからってサボらないでくださいね?」
森「わかってるよ。ほらほら行ってらっしゃい」
奏美、店を出て行く。
× × ×
ガランとした店内。
森、カウンター内でパソコンで作業している。
森「はぁ〜終わった・・・」
森、ガランとした店内を見渡しながらポケットに手を突っ込む。
森、ポケットから手紙を取り出して、カウンターに置く。
森(33)N「石川藍子。彼女に初めて会った時、俺は直感でこの人と付き合うのだと確信した」
(時計の音)
○(回想)同・店内
T 10年前
レジカウンター内に早川みずほ(38)、カウンターにもたれ掛かるように森稔(23)、石川藍子(20)が楽しげに談笑している。
みずほ「あんたら今度の休み、せっかく休み合わせてるんやから、どっか行きや?」
森「そのつもりなんですけど、まだどこがいいか悩んでて」
みずほ「藍子さんの行きたい場所に連れてってあげるやわ」
藍子(20)「私は・・どこでもいいですよ?稔さんと一緒なら」
森「も〜どこでもいいは一番悩むって〜・・・」
みずほ「ほんなら、明治村行くやわ?あそこで『はぁとふるレター』っていう10年後の未来に手紙出せるのがあるで、お互いになんか手紙出してくるやわ」
森N「当時、付き合って1年という節目をどう過ごすか悩んでいた僕らは店長の勧め通り、明治村に行くことにした」
○(回想)博物館明治村・宇治山田郵便局舎内
ゆっくりと時を刻む古時計。
机の上に置かれた二枚のはあとふるレター。
森・藍子、横並びで同じ姿勢で悩んでいる。
藍子の髪にはスターチスの髪飾りが付いている。
森「なんか実際書くってなると、悩むよな」
藍子「そうだね。未来、それも10年後のことだもんね」
森「10年後かぁ、俺らどうしてるかな?」
藍子、目を丸くして森をジッと見る。
照れる森。
森「・・うん。決めた」
森、便箋にペンを走らせる。
藍子「え、なに?」
藍子、隙間から覗き込もうとする。
森「見るなよー、10年後!」
藍子「いいじゃん、ケチッ」
戯れ合う森と藍子。
森N「二人の関係はいつまでも続くんだと夢みたいなことを思っていた。その一年後、俺たち別れた」
○靴屋・店内(夕)
便箋を恐る恐る開く森。
森「俺の知らない彼女の気持ちがここに残されてるのか・・」
森、(文)を目で追って行く。
次第に震えだす便箋を握る手、目が赤くなってくる。
森「藍子・・すげぇな・・全部お見通しじゃん」
店の入り口で森を見つめる水玉の白いワンピースを着た東雲藍子(30)がえくぼを作り、立っている。
藍子(30)が森に近づいてくる。
藍子「すいません。ヒールが折れてしまって、靴を見立てて欲しいんですが」
藍子、思わせ振りに笑う。
× × ×
藍子、椅子に座り、森が選んだ靴を
試着している。
森「そのワンピースにはこの白のパンプスがお似合いかと思います」
藍子「じゃあこれにします」
× × ×
レジで会計をする藍子。
足には新品の白いパンプス。
藍子「気に入りました、ありがとうございます」
森「喜んでもらえて何よりです」
藍子「昔とちっとも変わってなくて、安心しました。最後に会えて良かった」
森「ん?」
藍子、首を振り店を出て行く。
森、藍子の後ろ姿を見送りながら、アイビーの髪飾りに目を奪われる。
奏美、藍子と入れ替わりで店に入ってくる。
奏美「休憩ありがとうございまーす。店長、今のお客さん綺麗な方でしたね」
森「本当、優しげで素敵だよな。また来て欲しいな」
奏美「へいへい、独身男の黄昏ですね」
森「うるさいよ。ほら、早くエプロンしてきて。棚替えするから」
奏美「えー!」
○森の車・車内(夜)
虚ろな目で遠くを見ながら運転する森。
森、脳裏に手紙の文面が過ぎる。
藍子N「稔へ。未来の稔のそばには誰が居ますか?私は居ますか?私ね、思うの。たぶん、未来の稔のそばには私は居ない気がする。嫌だけど。稔、短気で意地っ張りだから、喧嘩は絶えないし。でも、もし未来で再会できたらもう一度私の名前を呼んでほしい。私は稔のこと、ずっと待ってるはずだから。私の名前はあなたの声で呼ばれたんだからね?」
○(回想)靴屋・店内
藍子(33)の後ろ姿、アイビーの髪飾りが揺れる。
森N「いつも付けてるその髪飾りの花って何?」
藍子「これはね、スターチス。いつまでも変わらない心って花言葉なの」
○森の車・車内(夜)
森、ハンドルを強く握り、ゆっくりブレーキをかける。
携帯の画面をジッと見つめる森。
森「待ってくれるんじゃなかったのかよ・・・、なんで俺・・もっと藍子のこと大事にできなかったんだろう」
森、ハンドルを強く叩く。
(雨の音)
森、咽び泣く。
森「藍子・・」
森N「アイビーの花言葉、結婚・永遠の愛。
時間はいつだって残酷だ。気づいた時にはもう追いつけないくらい僕らを引き離す」
(カーナビの時計の日を跨ぐ音)
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