どろくさクラムスクール ドラマ

友野裕慈(32)は、元学校の先生で、今は個別指導塾フォアベルツゼミナールの数学担当の塾講師。丁寧な指導の一方で、思うように受け持つ生徒の成績は伸びない彼が次に担当することになったのは、塾内の問題児・湊瑠理香(14)だった…。
御子柴 志恭 7 0 0 09/07
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第一稿

<登場人物>
友野裕慈(32)塾講師
湊瑠理香(14)塾生
秋永尊(35)友野の同僚
日暮和彦(53)塾長
湯川佳純(26)塾事務員
湊郁美(40)瑠理香の母
生徒A ...続きを読む
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<登場人物>
友野裕慈(32)塾講師
湊瑠理香(14)塾生
秋永尊(35)友野の同僚
日暮和彦(53)塾長
湯川佳純(26)塾事務員
湊郁美(40)瑠理香の母
生徒A
生徒B
教師A

<本文>
〇個別指導塾フォアベルツゼミナール・外観(夜)
   雑居ビルの1階。
   『個別指導塾フォアベルツゼミナール』の看板。

〇同・エントランス(夜)
   塾生たちが出入りしている。
   受付の長机には、日めくりカレンダーが置かれている。
   入口横の壁には、『昨年度本校中学・高校進学実績一覧』や『各学校・学年定期テスト順位表』と書かれたA3ポスターが貼りだされている。
   教材を持った友野裕慈(32)、『各学校・学年定期テスト順位表』のポスターを見つめている。
   同じく教材を持った秋永尊(35)、通りがかる。
秋永「おっ! この前の定期テストの順位表だな」
友野「ええ」
   秋永、友野の横に立ち、ポスターを見る。
秋永「えーっと、中2の数学の部は……」
友野「1位は権藤くんですよ。秋永先生の生徒ですね」
秋永「やっぱりな。(ニヤニヤしながら)アイツは、もとから出来がよかったからなぁ」
友野「それ以外も、トップ5の生徒のほとんどは、秋永先生のところじゃないですか」
秋永「そうだな、そうだな。ところで、友野先生の方は?」
友野「僕の方は……まあまあですよ。中くらいの生徒が、ほとんどですね」
秋永「またかよ? 友野先生の受け持ってるのって、もともとそんなに成績の悪いヤツらばかりじゃないだろ?」
友野「そうですね。中くらいの生徒が、多い印象です」
秋永「じゃあ、あんまり成績上がってないってことじゃん」
友野「それは……」
秋永「ここは塾なんだからさ、成績を上げるの重視した教え方した方がいいよ」
友野「分かってるんですけど、実践するのが難しいんですよね」
秋永「そんなの簡単さ。テキストをもとに、最短かつ分かりやすい解法を、叩き込んでやりゃいいんだ」
友野「そんな、押しつけ型の教育は……」
秋永「ここで教育論語ったって、仕方ないだろう? これだから、学校の先生崩れってヤツは……」
友野「それは関係ないじゃないですか!」
秋永「いーや、関係あるね。塾は、いかに成績を上げるかが大事なんだ。皆で仲良く勉強する、学校の授業とは違うんだぞ?」
友野「でも、成績だけが全てじゃ……」
秋永「(強い語気で)塾は、成績が全てだ」
友野「……(うなだれる)」
   けたたましく、ベルが鳴り響く。
秋永「やべっ、もう授業時間だ」
   秋永、小走りに立ち去る。
   友野、遅れて歩き出す。

〇タイトル『どろくさクラムスクール』

〇同・友野の教室・外観(夜)
   ドアには、『担当・友野講師』と書かれたプレートが貼りつけられている。

〇同・友野の教室・中(夜)
   ホワイトボードと学習机、壁掛け時計が配された部屋。
   学習机には、テキストとノートを開いた生徒Aが着席している。
友野は生徒Aの前に立っている。
   ホワイトボードには、『1次関数の応用・問題演習』と書かれている。
友野「……というわけで、今日は1次関数の応用に挑戦だ。テキストにある応用問題を、解いてみよう」
生徒A「はーい」
   生徒A、ノートに問題を解き始める―。
   生徒Aの手が止まる。
友野「(ノートをのぞき込んで)そろそろできたかな?」
生徒A「友野先生、(テキストを指さして)ここが……」
   テキストには、2つの座標A・Bと動点P・Qの描かれた図があり、その4点で囲まれた図形の面積を求める問題が掲載されている。
友野「これは……動点によってできる、図形の面積を求める問題だな」
生徒A「全然1次関数と関係ないじゃん。どうやって解けばいいのかわかんないよ」
友野「いや、これも1次関数の問題だよ。各点の座標や動くスピードがわかってるから、それをもとに式を組み立てるんだ」
生徒A「ああ、そういうことか!」
友野「ちなみに、1次関数の式は覚えてるよな? y=ax+bで表せるもので……」
生徒A「先生。1から説明されなくても、それくらいわかってるよ」
友野「そ、そうか……そうだよな」
   と、残念そうな顔―。

〇同・秋永の教室・外観(夜)
   ドアには、『担当・秋永講師』と書かれたプレートが貼りつけられている。

〇同・秋永の教室・中(夜)
   友野の教室と同じ構造。
   学習机には、テキストとノートを開いた生徒Bが着席している。
秋永は生徒Bの前に立っている。
   ホワイトボードには、何も書かれていない。
秋永「次に、テキストにある1次関数の問題演習だ。前に教えたやり方でやれば、すぐ解ける」
生徒B「わかりました」
   生徒B、ノートに問題を解き始める―。
   生徒B、問題を解き終える。
生徒B「先生、問題解けたよ」
秋永「おっ、いいペースじゃないか」
   秋永、テキストをもって生徒Bのノートをのぞき込む。
   テキストとノートを、照らし合わせる―。
秋永「問1は……正解。問2は……これもOK。問3も……合ってるな。全問正解だ」
生徒B「やったぁ!」
秋永「どうだ? 1次関数も、ちゃんと解法がわかってれば怖くないだろ?」
生徒「はい」
秋永「数学は、1から考えるよりも、いかに解法に当てはめて解くかが大事さ。効率が大事なんだよ、効率がね」
   ニヤリと笑う秋永。
   壁掛け時計が、20時30分を指す。
   ベルが鳴り響く―。
秋永「今日の授業はこれまで。次回もまた、問題演習するからな」
生徒B「わかりました」

〇同・職員室・中(夜)
   壁掛け時計のある、デスクが並べられた中規模の部屋。複合機も数台置かれている。
   奥のデスクには、日暮和彦(53)がついている。
   入口近くのデスクには、湯川佳純(26)がついている。
   秋永が入ってくる。
佳純「お疲れ様です」
秋永「……(会釈)」
   友野が入ってくる。
友野「ただいま戻りました」
佳純「お疲れ様です」
   日暮、デスクから顔を出す。
日暮「ああ、秋永君も友野君も、お疲れ様」
秋永「日暮さん、お疲れ様です」
友野「お疲れ様です、塾長」
   日暮の近くのデスクにつく、友野・秋永。
日暮「2人とも、受け持ってる生徒の調子はどうだい?」
秋永「今回もバッチリですよ」
友野「私の方は……ぼちぼちです」
日暮「(ニコニコして)そうかそうか」
   日暮、友野に近づく。
日暮「ところで友野君。話があるんだが……」
友野「なんですか?」
日暮「実はね、君にぜひ、受け持ってもらいたい生徒がいるんだよ」
友野「本当ですか!?」
秋永「へえ! 友野先生ご指名だなんて、珍しいこともあるもんですね」
友野「で、その生徒というのは?」
日暮「今中学2年生の、湊瑠理香さんだ」
友野「湊……瑠理香?」
秋永「げっ! あの湊瑠理香かよ」
友野「(秋永の方を向いて)秋永先生、知ってるんですか?」
秋永「少し前に、受け持ってた時期があるんだが……」

〇(回想)同・秋永の教室・中(夜)
   学習机には、テキストを開いた湊瑠理香(14)が着席している。
秋永は瑠理香の横に立っている。
瑠理香「先生、ここわかんないよ」
秋永「ここは何回も教えたろう? 悩むところじゃない。解法通りにやればいい」
瑠理香「でも、わかんないよ」
秋永「だから、ここは教えた通りやりゃいいんだって。解法、忘れたのか?」
瑠理香「それは覚えてるよ」
秋永「じゃあ、解けるじゃないか」
瑠理香「でも、わかんないの!」
秋永「はあ?」
   頭を抱える秋永―。
秋永M「アイツは、隙あらば『わかんない』を連発する生徒なんだ。授業進行を止める問題児だよ」(回想終わり)

〇同・職員室・中(夜)
友野「しかし、なんでそんな子が、私を指名するんですか? 会ったこともないのに」
日暮「指名じゃないよ」
友野「じゃあ、なぜ?」
日暮「他の先生たちも、匙投げちゃってね。もう友野君くらいしか、受け持てそうな先生がいないんだ」
友野「ええ……」
日暮「とにかく、一度親御さん含めて、会ってみてくれよ」
友野「……わかりました。明日、お母さんを交えて、受講のための三者面談をしましょう」
秋永「アイツを受け持つなんて、災難だなぁ友野先生。まあ、頑張れよな」
友野「……」

〇同・小会議室(日替わり・夕方)
   T『翌日』
   テーブルには、瑠理香と湊郁美(40)がついている。
   メモを持った友野、入ってくる。
友野「こんばんは」
郁美「こんばんは。お世話になります」
瑠理香「……(会釈)」
友野「今日から湊さんを受け持つことになりました、友野裕慈です。よろしくお願いします」
郁美「こちらこそ」
友野「早速ですが、湊さんは数学が苦手だと……」
郁美「そうです。他の成績は普通くらいなんですが、数学だけはちょっと」
友野「具体的に、今どんな状況ですか?」
郁美「赤点とまではいかないですが、中の下ぐらいですね」
友野「(メモを取りながら)なるほど」
郁美「でも瑠理香は、数学自体が嫌いではないんです。ただ、結果が出なくて……」
友野「(テーブルから身を乗り出して)そうなのかい? 湊さん」
瑠理香「……(友野を見つめる)」
友野「……では最後に、お母さんとしては、瑠理香さんの目標として、どのあたりを考えてらっしゃいますか?」
郁美「平均点以上は、取れるようになってほしいですね。80点台まで行ければ、なおいいかなと」
友野「わかりました。(瑠理香を見て)じゃあ湊さん、今日から私と一緒に頑張ろう!」
瑠理香「……(頷く)」
   肩を落とす友野。
友野M「確かにこれは、難しそうな生徒だな……」

〇同・友野の教室・中(夜)
   学習机に、テキストとノートを開いた瑠理香が着席している。
テキストを持った友野は、瑠理香の前に立っている。
   ホワイトボードには、『図形』と書かれている。
友野「これから、ちょうど新しい単元の『図形』に入るぞ。テキストの該当ページを開いて」
   瑠理香、テキストを開く。
友野「中学2年の数学における図形は、角と平行線の性質から始まるんだが……」
友野、ホワイトボードに『角と平行線の性質のポイント』と書く。
友野「テキストの通り、角と平行線の性質には、いくつもの種類があるんだ。『対頂角が等しい』とか、『平行な2直線に1つの直線が交わる時、その同位角と錯角は等しい』とか」
瑠理香「……(頷く)」
友野「でも、これを覚えるのに心配になる必要はない。なぜなら……」
   友野、ホワイトボードに赤字で『図をイメージして覚える』と書く。
友野「(ホワイトボードを叩き)頭の中で、言葉ではなくイメージとして、覚えればいいからだ」
   友野、テキストに目を落とす。
友野「それじゃあ、テキストの『ポイント』を参考に、その下の確認問題を……」
瑠理香「先生! 質問なんだけど」
友野「ん、どうした?」
瑠理香「『対頂角は等しい』って書いてあるけど、なんでそうなるの?」
友野「ああ、それはね。一直線の角は180度だろう? それがもう1つの線で分断されることで、鋭角側と鈍角側に分かれて」
瑠理香「鋭角と鈍角って何?」
友野「鋭角は90度よりも小さい角、鈍角は逆に90度よりも大きい角だよ」
瑠理香「ふーん」
友野「……で、その時出来る角と、そのどちらか隣の角を合わせると、同じく180度になるはず。そう考えると、結果として鋭角どうし、鈍角どうし、それぞれ対頂角は等しくなるんだ」
瑠理香「(微笑みながら)そうか! ……なんとなく、わかったよ」
友野「よかった。じゃあ確認問題を……」
瑠理香「それじゃあ、同位角と錯角が同じなるってのは、なんでなの?」
友野「それはね、簡単に言うと、二直線が平行であることがポイントなんだ」
瑠理香「……(頷く)」
友野「詳しい証明はかなり難しいから、今はとりあえず、まるっと覚えちゃった方がいいかな」
瑠理香「でも先生、気になるよ」
友野「気になるって言われてもなぁ……」
瑠理香「気になるよ、先生」
   友野を見つめる瑠理香―。
友野「……わかったよ。確認問題をやる前に、同位角と錯角が等しくなる理由を証明してみよう」
瑠理香「証明?」
友野「数学用語で、数式や図形の性質が成り立つことを説明することさ」
   友野ホワイトボードに、平行線を2本と斜線1本を書く。
友野「同位角と錯角の証明でわかりやすいのは、ユークリッド幾何学における『平行線の公理』かな。あっ、ユークリッド幾何学ってのはね、古代エジプトや古代ギリシャで……」
壁掛け時計が、20時30分を指す。
ベルが鳴り響く―。
友野「うわっ、もうこんな時間か。続きはまた、今度の授業にしよう」
瑠理香「えー? 先生、続き教えてよ!」
友野「先生、この後も色々あるからさ。すまん!」
瑠理香「……わかったよ」
   瑠理香、帰り支度をする―。
瑠理香「それじゃ先生、さよならー」
友野「はい、さよならー」
   瑠理香、教室から出ていく―。
友野「(ため息をついて)思ったより、全然授業進まなかったな……」

〇同・職員室(夜)
   秋永と日暮が、各々のデスクについている。
   友野が入ってくる。
日暮「お疲れ様」
友野「お疲れ様です」
   友野、デスクにつく。
秋永「で、湊瑠理香の授業はどうだった?」
友野「どうもこうもないですよ。秋永先生が言ってた通り、授業中いちいち質問してくるし……」
秋永「全然進まなかったのか? 授業」
友野「……(頷く)」
秋永「やっぱりそうか。アイツは前から、ああなんだよ」
日暮「友野先生の授業でも、ダメだったか……」
秋永「やっぱり彼女は、問題児なんですよ。何かにつけてわからないを連発してくるなんて、授業妨害のためでしょう」
友野「でも……彼女、質問している時は、凄く目が輝いてるような気がするんです」
秋永「気のせいじゃないか? からかわれてるんだよ、きっと」
友野「湊さんのお母さんも、数学自体が嫌いではないって、言ってましたし……」
日暮「友野先生、何が言いたいんだい?」
友野「湊さんが、あれだけ質問を連発してくる理由……何かあると思うんです」
秋永「(驚いて)おいおい本気か? 今日の授業で、アイツがどんなヤツかわかったろう?」
友野「そうですけど……それでも、一度受け持った生徒です。見捨てることはできません」
日暮「友野先生……」
秋永「ここは、学校じゃなくて塾だぜ? 湊瑠理香みたいな、できない生徒は―」
友野「ちゃんと、次の定期テストで結果が出るように、指導していきたいと思います」
秋永「……そこまで言うなら、好きにすりゃいいじゃん。まあ、無理だと思うけど」
友野「(力強く)そんなの……やってみなければ、わからないでしょう!?」
秋永「じゃあ、結果を出してみるんだな」
友野「……もちろんです」
秋永「今度、定期テストに向けての、塾内小テストがあるだろう? まずはそれからだな」
友野「わかりました……わかりましたよ!」
   武者震いする友野―。

〇湊家・外観(夜)
   一戸建ての住宅。

〇同・玄関(夜)
   瑠理香が入ってくる。
   表情は暗い。
瑠理香「ただいま」
郁美の声「おかえりなさい」
   郁美、瑠理香のもとに来る。
郁美「どうだった? 友野先生の授業は?」
瑠理香「うーん。今までの先生と、同じかなぁ……」
郁美「(残念そうに)そう……」
瑠理香「私のことをわかってくれる先生なんて、いないんだよ」
   と、乱雑に靴を脱ぎ捨て、上がる―。

〇個別指導塾フォアベルツゼミナール・友野の教室・中(夜)
   学習机に着席する瑠理香と、その前に立つ友野。
友野M「秋永先生には言い切っちゃったものの、どうすりゃいいんだか……」
   ホワイトボードには、『三角形の合同条件』と書かれており、その下には『・三辺相等』『・二辺挟角相等』『・一辺両端角相等』と書かれている。
友野「(ホワイトボードを指して)……と、これらが三角形における合同条件だ。これは後の単元にも出てくるから、しっかりと覚えるんだぞ」
瑠理香「先生、言葉が難しいよ」
友野「確かに難しい言い方してるけど、言ってることは簡単だよ。まず、『三辺相等』は3つの辺が全て同じってことで……」
瑠理香「……(深く頷く)」
   友野、瑠理香の反応を見る―。
友野M「でも、これだけ反応がいいなら、なんとか―」

〇同・外観

〇同・エントランス
   受付の長机の日めくりカレンダーが、日曜日を表している。

〇同・大教室・外観
   ドアには、『小テスト会場』と書かれたプレートが貼りつけられている。

〇同・大教室・中
   ホワイトボードと壁掛け時計のある、広い教室。壁掛け時計は、11時30分を指そうとしている。
   学習机がいくつも並べられており、私服姿の瑠理香を含む十数人の生徒が、間隔をあけて着席している。
   学習机の上には、『数学小テスト・1次関数と図形』と書かれた小冊子と、マークシート用紙が置かれている。
   友野と秋永は、ホワイトボードを背に立っている。
友野「今日は、定期テストに向けた小テストの日です」
秋永「この小テストの結果が、定期テストにつながる。本番だと思って、全力でやるんだぞ!」
友野「それでは、制限時間は40分です。よーい……はじめ!」
   瑠理香たち、一斉に小冊子を開く―。
   ×   ×   ×
   壁掛け時計が、11時50分を指している。
   友野と秋永、教室内を見回っている―。
   瑠理香の席を通りかかる友野。
   瑠理香、考え込んでいる―。
   マークシート用紙は、あまり塗りつぶされていない。
友野「……(不安げに瑠理香を見つめる)」
   ×   ×   ×
   友野と秋永、ホワイトボードの前に立つ。
   壁掛け時計が、12時10分を指す。
友野「はい、終了です! 筆記用具を置いて、マークシート用紙を前に回してください」
   ざわつく教室内―。
秋永「おい、答案回収までがテストだぞ。静かにしろ!」
   
〇同・エントランス
   騒ぎながら出ていく生徒たち。
   友野と秋永、マークシート用紙の束をそれぞれ抱え、歩いている。

〇同・職員室
   友野と秋永が入ってくる。
   各々、自分のデスクにマークシート用紙の束を置く。
友野「さて、これから採点ですね」
秋永「マークシートだから、スキャナーで取り込んだら、後はシステムが採点してくれる。その間にメシにしよう」
友野「そうですね」
   友野と秋永、複合機へ向かう。
   マークシート用紙の束をセットし、スキャンを開始する―。
秋永「さ、メシだメシ」
   ×   ×   ×
   壁掛け時計が、12時45分を指す。
   友野と秋永、各々のデスクでコンビニ弁当を食べている―。
   友野、手を止めて複合機を見る。
   複合機の原稿受けに、マークシート用紙がたまっている。
友野「そろそろ、システムの採点も終わった頃じゃないですかね?」
秋永「(コンビニ弁当を食べながら)もうそんな時間か? えーと、システムは……」
友野「あ、こっちで見てみますよ」
   友野、パソコンでシステムを開く。
   パソコン画面には、生徒たちの名前と、点数が表示されている。
友野「採点はもう終わって、得点順に並び代わってる最中ですね」
秋永「もうすぐ、順位含めて結果が出るってところか」
友野「もうちょっと……あ、出ました!」
   パソコン画面には、『1位・権藤秀彦・95点』と表示されている。
友野「今回のテストの第1位は、秋永先生の受け持ってる権藤くんですね」
秋永「おっ、権藤がまたやってくれたのか」
友野「ええ。この前の定期テストに続いて、また1位ですね」
秋永「やっぱりアイツは、出来るヤツだな」
友永「……」
秋永「ところで、友野先生の湊瑠理香はどうなんだ? アイツも受けてたろう?」
友野「受けてましたけど、結果は……」
   パソコン画面には、『13位・湊瑠理香・40点』と表示されている。
秋永「結果は?」
友野「13位の40点ですよ。平均よりちょっと下ですね」
秋永「ってことは、アイツの成績は、ほとんど上がってないんだな」
友野「ええ、まあ……」
秋永「やっぱりアイツは、勉強する気なんかないんだよ」
友野「でも、勉強する気がない生徒が、頻繁に授業中に質問したりするでしょうか?」
秋永「そりゃ、前も言った通り授業妨害のためさ」
友野「僕は……そうは思わないです」
秋永「じゃあ、なんで結果に現れないんだ?」
友野「それは……」
秋永「授業の方も、さっぱり進まないんだろ? 質問なんか無視して、効率的に教えた方がいいぞ」
友野「……」
秋永「それでもダメなら、湊瑠理香のことは、あきらめるんだな」
友野「……(うつむく)」
秋永「……採点処理ももうすぐ終わるな。後片付けしたら、今日は帰ろう」

○市街地・路上(夕方)
   人通りの多い、騒がしい通り。
   友野が一人、とぼとぼと歩いている。
秋永の声「それでもダメなら、湊瑠理香のことは、あきらめるんだな」
友野「……!」
   握り拳を作る友野―。
友野M「僕はあきらめたくない。でも―」

○個別指導塾フォアベルツゼミナール・友野の教室・中(日替わり・夜)
   学習机に着席する瑠理香と、その前に立つ友野。
   学習机の下には、瑠理香のカバンが置かれている。
友野「今日は前回の続きで、図形の合同条件をやっていくぞ」
瑠理香「先生! 昨日の小テストで、わからなかったところがあるんだけど……」
友野「小テストの解説は、今度テスト返しの時にやるよ。それまで我慢してくれ」
瑠理香「ヤダヤダ!」
友野「ちゃんと、テスト返しの時にやるからさ……」
瑠理香「どうしても教えてほしいの!」
友野「(ため息をついて)……仕方ないな。じゃあ、1問だけだぞ」
瑠理香「やった!」
   瑠理香、カバンから小テストの冊子を取り出す。
   学習机の上に開いて、指差す。
瑠理香「ここなんだけど」
友野「ああこれか。これはね……」
   友野、瑠理香の小テストの冊子に書き込みをしていく―。
友野M「こんな調子じゃ、授業は遅れる一方だ……」

○同・職員室(夜)
   友野が一人、デスクでパソコンに向かっている。
   パソコン画面では、ワードファイルが開かれており、『湊瑠理香・数学科授業計画書』の文字。
友野「やっぱり、予定より遅いな。授業スピード……」
   ため息をつく友野―。
友野M「秋永先生の言う通り、効率的にやった方がいいんだろうか?」

○同・友野の教室・中(日替わり・夜)
   学習机に着席する瑠理香と、その前に立つ友野。
   2人とも服装が変わっている。
友野「今日やるのは、図形の証明だ。定期テストに絶対出る単元だから、しっかりマスターするんだぞ」
瑠理香「……(頷く)」
友野「テキストの該当ページを開いて」
   瑠理香、テキストを開く。
友野「図形の証明問題は、文章を書くのが難しいけど、基本は今までやってきたことの積み重ねだ。三角形の合同条件とかを思い出して……」
瑠理香「でも先生。まだ私、そこでわかんないところがたくさんあるよ」
友野「三角形の合同条件の話は、この前やったろう?」
瑠理香「そもそも、あの条件で三角形が同じですって言える理由がわかんないよ」
友野「それは、三角形が3つの辺で構成されてるからさ。3つのうち、2つ以上の辺や角を確定させる要素があれば、同じだと言えるんだ」
瑠理香「うーん……」
友野「わかったね? 授業進めるぞ」
瑠理香「イマイチ、しっくりこないなぁ」
友野「じゃあ、その証明は今度やろう。定期テストが終わってからね」
瑠理香「えー、教えてよ。教えてよ!」
友野「ダメだ」
瑠理香「教えて教えて、教えてよ!」
友野「(大声で)ダメって言ってるだろう!」
   ギョッとする瑠理香!
友野「質問攻めのおかげで、授業が遅れてるんだ! パッパッと進めないと、定期テストまで間に合わないぞ!」
瑠理香「そんな……」
友野「わかったら、授業に戻るぞ」
   友野、ホワイトボードに、『図形の証明の解き方のコツ』と書く―。
瑠理香「教えてほしいだけなのに……」
友野「(振り返って)ん? 何か言ったか?」
瑠理香「本当に、知りたいだけなのに!」
友野「(驚いて)ど、どうしたんだ?」
瑠理香「……(友野を凝視する)」
友野「湊さん……」
   見つめあう2人―。

○同・職員室(夜)
   友野が一人、デスクでパソコンに向かっている―。
友野M「あの目は、本気だ―」
   ×   ×   ×
   フラッシュ。
   友野の教室・中。
瑠理香「本当に、知りたいだけなのに!」
   友野を凝視する、瑠理香の姿。
   ×   ×   ×
友野M「湊さんは、数学に純粋に興味がある。知りたがってるだけなんだ」
秋永の声「質問なんか無視して、効率的に教えた方がいいぞ」
   首を横に振る友野。
友野M「効率なんてクソ食らえだ」
日暮の声「他の先生たちも、匙投げちゃってね」
友野M「しっかり向き合って教えてやれば、湊さんはきっと伸びる」
   友野、キーボードを打つ手が速くなる。
友野M「こうなりゃ、とことんやってやる」
友野、キーボードのエンターキーを勢いよく叩く。
友野「僕は塾講師であり、教師なんだ!」

○同・友野の教室・中(日替わり・夜)
   瑠理香、学習机に着席している。
教材を持った友野が入ってくる。
友野「こんばんは、湊さん」
瑠理香「こんばんは」
   友野、机に教材を置く。
友野「さて、今日の授業を始める前に……先生、湊さんに言っておくことがある」
瑠理香「……?(首をかしげる)」
友野「先生な、とことん付き合うことにしたよ」
瑠理香「とことん?」
友野「湊さんの質問にさ」
瑠理香「!」
友野「何回してくれてもいい。以前訊いたことを、また繰り返し訊いてくれてもいい。湊さんの『わからない』に、徹底的に答えるよ」
瑠理香「……本当!?」
友野「本当さ。今度の定期テストに向けて、全力で頑張ろう!」
瑠理香「(勢いよく頷いて)うん!」
   ×   ×   ×
   ホワイトボードには、『図形の証明』・『定理を使い、仮定と結論を順序だてて書く』と書かれている。
   テキストに向かう瑠理香。問題を解いている。
瑠理香「先生! ここなんだけど……」
友野「ん? どこだ?」
   瑠理香の横に立つ友野。
瑠理香「この問題で使う定理が……」
友野「これは、平行線の錯角と、三角形の合同条件を応用した証明問題だな。どっちも、この前教えたのをもとにして……」
瑠理香「錯角ってなんだっけ?」
友野「2つの直線と、1本別の直線が交わる時にできる角の中で、斜め向かいにどうしにある角のことだよ」
瑠理香「それが同じになる理由って……」
友野「少し前にやった、ユークリッド幾何学のヤツだよ」
   テキストに書き込んでいく友野―。
瑠理香「先生、思い出してきたよ。これで解けそう」
友野「よし、じゃあ残りは、自力で頑張ってみよう」
   ×   ×   ×
   壁掛け時計が、20時30分を指す。
   ベルが鳴り響く―。
友野「もうこんな時間か! 湊さん、問題の方は……」
瑠理香「解けた、今解けたよ! 先生見てみて」
   と、テキストとノートを持って、友野に駆け寄る。
友野「わかった、見てみよう」
   友野、ノートを見る。
自分のテキストと、照らし合わせる―。
友野「合ってる……合ってるぞ! 正解だ」
瑠理香「やった!」
友野「(瑠理香にノートを渡して)湊さん、やればできるじゃないか」
瑠理香「うん!」
友野「次も、この調子で頑張ろう」
   瑠理香、帰り支度をする―。
瑠理香「それじゃ先生、またね!」
友野「ああ、またな」
   瑠理香、教室から出ていく。
友野「湊さんは、きちんと下地を作ればできる子なんだ。次の定期テストだって、きっと―」

〇湊家・外観(夜)

〇同・玄関(夜)
   瑠理香が入ってくる。
   表情は明るい。
瑠理香「ただいま」
郁美の声「おかえりなさい」
   郁美、瑠理香のもとに来る。
瑠理香「お母さん。私、先生とやっていけそうな気がするよ」
郁美「先生って、友野先生のこと?」
瑠理香「……(頷く)」
郁美「何か、いいことでもあったの?」
瑠理香「あの先生、わかってくれた気がするんだ。私のこと!」
郁美「……?」
   微笑む瑠理香―。

○個別指導塾フォアベルツゼミナール・友野の教室・中(日替わり・夜)
   T『定期テストまであと9日』
   学習机に着席する瑠理香と、その前に立つ友野。
   ホワイトボードには、『定期テスト直前問題演習①』と書かれている。
   瑠理香は、テキストとノートを開いている。
瑠理香「(テキストを指さして)先生、ここはどうだったっけ?」
友野「(テキストをのぞき込んで)これは、三角形の合同条件を組み合わればいいんだ」
瑠理香「『三辺相等』・『二辺挟角相等』・『一辺両端角相等』ってヤツ?」
友野「そうそう」
瑠理香「でも、なんでそうなるのか……」
友野「わかった。もう一度やってみようか」
   ×   ×   ×
T『定期テストまであと6日』
ホワイトボードには、『定期テスト直前問題演習②』と書かれている。
テキストとノートに向かう瑠理香―。
瑠理香「先生、解けたよ」
   瑠理香、友野にノートを見せる。
友野「よーし、じゃあ丸付けしよう」
   友野、ノートを見る。
   自分のテキストと、照らし合わせる―。
友野「……惜しかったな、最後の問題以外は正解だよ」
瑠理香「えー」
友野「ここで使うのは、『二辺挟角相等』じゃなくて『一辺両端角相等』だな」
瑠理香「えっと、そうなるのは……」
友野「ちょっと、テキスト見直してみようか」
   瑠理香、席に戻る。
   友野、瑠理香の横に立つ。
   2人で、テキストを見る―。
   ×   ×   ×
   T『定期テストまであと3日』
ホワイトボードには、『定期テスト直前 問題演習③』と書かれている。
友野、テキストと照らし合わせながら、瑠理香のノートを見ている―。
友野の前に立つ瑠理香。
友野「問1正解。問2……も正解。問3は……この考え方もありだな。正解だ」
瑠理香「ってことは、全問正解ってこと?」
友野「そうだな、よくやったじゃないか」
瑠理香「先生のおかげで、だいぶわかってきたよ」
友野「これなら、明々後日の定期テストも、いけそうだな」
瑠理香「うん、頑張るよ!」
   瑠理香、笑顔で席に戻る―。
友野M「(瑠理香を見つめて)今の湊さんなら、できる。きっと―」

〇中学校・外観(朝)
   T『定期テスト当日』

〇同・瑠理香の教室・外
   扉の上には、『2年4組』と書かれたプレートがある。

〇同・瑠理香の教室・中(朝)
   壁掛け時計と教壇のある教室。
   瑠理香を含む20名ほどの生徒が、間隔をあけて学習机についている。
   学習机には、裏返された定期テストの答案用紙と、問題プリントがある。
   教壇には教師Aが立っており、黒板には月曜日の日付と『定期テスト1日目』が書かれている。
教師A「1時間目のテストは、数学だ」
   壁掛け時計が、8時45分を指す―。
教師A「(壁掛け時計を見て)よーい……はじめ!」
   瑠理香たち生徒、一斉に答案用紙と問題プリントをめくる。
問題を解き始める―。
瑠理香「……!」
   プリントには、図形の証明問題が数問印刷されている。
瑠理香M「これ、この前先生と一緒にやったヤツじゃん」
   答案用紙に、一心不乱に書き込んでいく瑠理香―。
瑠理香M「わかる。先生、わかるよ私」
   瑠理香、ニヤリと笑う。
   ×   ×   ×
   壁掛け時計が、9時35分を指す。
教師ア「はい、やめ!」
   一斉に顔を上げる、瑠理香たち生徒。
教師ア「答案用紙を回収するぞ。終わるまでは、騒がないように!」
   生徒たち、小声で話し始める―。
瑠理香「……(笑みを浮かべる)」

〇個別指導塾フォアベルツゼミナール・外観(夜)

〇同・エントランス(夜)
   受付の長机の日めくりカレンダーが、金曜日を表している。
   瑠理香が駆け込んでくる。

〇同・職員室(夜)
   友野と秋永、教材の整理をしている。
秋永「そういえば、昨日あたりから定期テストが返ってきてるみたいだな」
友野「中2は今回、数学が1日目だったみたいですからね。今日あたりには、結果が出そろうんじゃないですかね」
秋永「ってことは、早けりゃ今日の夜には集計結果が出るな」
友野「そうですね……」
秋永「(腕時計を見て)もう時間だ。そろそろ行くか」
   友野と秋永、教材を持ち、職員室から出ていく―。
   
〇同・友野の教室・中(夜)
   学習机についている瑠理香。やや興奮気味。
   教材を持った友野が入ってくる。
友野「こんばんは湊さん。そろそろ定期テストの結果が返ってきたと思うんだけど……」
瑠理香「それなんだけどさあ、先生!」
友野「(驚いて)ど、どうした?」
   瑠理香、カバンから答案用紙を無造作に取り出す。
   立ち上がって、友野の前に駆け寄る。
瑠理香「はい、これ!」
   と、答案用紙を友野に見せる。
   まじまじと見る友野―。
友野「おい、これ……本当か?」
瑠理香「……(笑顔で頷く)」
   友野、机に教材を置く。
   瑠理香の答案用紙を手に取る。
友野「凄い……凄いじゃないか! やればできるじゃないか、湊さん!」
瑠理香「先生のおかげだよ」
友野「教えたのは先生だけど、それを理解して、問題を解いたのは湊さん自身だ。よく頑張ったね」
瑠理香「えへへ……」
友野「点数のことは、事務の方にも報告しておくよ。じゃあ、今日の授業は……」
瑠理香「先生! 定期テストの問題で、わからなかったところがあるんだけど」
友野「その解説は、学校でやるはずだろう?」
瑠理香「それ聞いても、イマイチわからなかったの」
友野「じゃあ、学校の先生に訊いた方が……」
   ハッとする友野―!
友野「いや……やろう。それの解説、やろうじゃないか。問題用紙を見せてくれ」
瑠理香「うん!」
   瑠理香、カバンから問題用紙を取り出す。
   学習机の上に開く。
瑠理香「(指さして)ここなんだけど……」
友野「(問題用紙をのぞき込んで)これか。うーん、かなりの難問だけど、落ち着いてやれば解けるぞ」
瑠理香「そうなの?」
   友野、問題用紙に書き込みをしていく。
   瑠理香、笑顔で友野の話を聞いている―。
   ×   ×   ×
   壁掛け時計が、20時30分を指す。
   ベルが鳴る―。
友野「……と、こういう風に合同条件を組み合わせれば、解けるってわけだ」
瑠理香「そうかぁ、わかったよ先生!」
友野「よかった。もうベルも鳴ったし、今日の授業はこれで終わりだな」
瑠理香「うん! ありがとう先生」
   瑠理香、帰り支度をする―。
瑠理香「それじゃ先生、さよなら!」
友野「はい、さよなら」
   瑠理香、教室から出ていく。
友野「(微笑みながら)今日も、思ったより全然授業進まなかったな」

〇同・職員室(夜)
   デスクについている、秋永・日暮・佳純。
   佳純はパソコンに向かい、キーボードを叩いている。
   友野が入ってくる。
友野「ただいま戻りました」
秋永「遅いよ友野先生! 定期テストの結果、返ってきたんだろ?」
友野「ええ、まあ」
佳純「今、中2数学の分を集計してるんです。先生担当の、湊さんの点数を教えてください」
友野「ああ、そうでしたね湯川さん。湊さんの点数は……」
   友野、佳純に耳打ちする。
佳純「……本当ですか?」
友野「本当です」
佳純「わかりました」
   佳純、キーボードを叩く―。
佳純「中2の数学の、点数集計が終わりました。順位表出します」
秋永「いよいよ出るか! 今回はいつもより早いな」
   複合機が動き、順位表のA3ポスターが出てくる―。
   秋永、複合機に近づく。
   順位表を手に取る―。
秋永「1位は……やっぱり権藤か。まあそりゃそうだよな。それで、2位も3位もいつものメンツで……ん!?」
日暮「どうした、秋永君?」
   友野と日暮、秋永の両脇に立つ。
   順位表をのぞき込む―。
秋永「あの湊瑠理香が、数学で、順位表に載ってる!」
   順位表の『中2・数学』の欄には、1位から20位までの生徒の氏名と得点が掲載されており、20位の欄には、『湊瑠理香・78点』とある。
日暮「これはすごい! ウチの問題児が、大躍進じゃないか」
秋永「……いや、今回のテストは簡単だったんじゃないですか? 平均点もいつもより高かったりして」
佳純「(デスクから顔を出して)集計によると、平均点は55点。今までのテストと、そんなに大差ないです」
秋永「……」
日暮「ということは、友野先生の指導が、あの生徒の成績を、大幅アップさせたってことじゃないか?」
友野「(恥ずかしそうに)いやあ、そんな……」
秋永「教え方変えたりしたのか? あの湊瑠理香を、ここまで引き上げるなんて、相当なもんだぞ」
友野「いいえ、特には」
秋永「本当か?」
友野「ええ。今まで通りです」
秋永「じゃあ、なぜこんな結果が……?」
友野「湊さんと、真正面から向き合ったからですよ」
日暮「真正面から?」
友野「そうです。授業スピードよりも、彼女の質問に答えることも重視しました」
秋永「そんなの、時間がかかって仕方ないだろう? 非効率的だ」
友野「生徒は機械じゃありません。、短時間で詰め込むよりも、じっくり時間をかけてやる方が、いいこともあるんです」
日暮「うーむ……」
秋永「……」
友野「教育は、効率だけが全てじゃない。僕は、そう思いますよ」
   微笑む友野―。
(終)

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