#34 彼女と5月とロケンロー 恋愛

究極の愛情表現。それがロックだ。
竹田行人 7 1 0 09/05
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第一稿

「彼女と5月ロケンロー」


登場人物
吉田啓二(45)ロッカー   
加藤秋人(45)会社員
峰千乃(20)主婦


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「彼女と5月ロケンロー」


登場人物
吉田啓二(45)ロッカー   
加藤秋人(45)会社員
峰千乃(20)主婦


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○居酒屋「てんやわんや」・店内(夜)
   笑い声。
   店内は七割ほど埋まっている。
   吉田啓二(45)と加藤秋人(45)、喪服で向かい合って座っている。
   テーブルには卵焼き。
   2人のジョッキは半分程減っている。
   吉田、卵焼きを口に放り込む。
加藤「ヨシユキ。いつもより小さく見えた」
   吉田、卵焼きを口に放り込む。
加藤「ユキノちゃん42って。早過ぎる」
   ファン、2人に歩み寄る。
ファン「あの。すみません。あの。ルイスの吉田啓二さんと加藤秋人さんですよね?」
加藤「ああ。そうだけど」
ファン「自分! ルイスのロック聴いて育ちました! もしよかったらサイン」
吉田「気が乗らねー」
加藤「啓二。ごめん。今日は。この恰好で察してくれないかな?」
ファン「え。あ」
加藤「義之の。ベースの。峰義之の奥さんが亡くなったんだ」
ファン「え? すみませんっした!」
   ファン、深く一礼して、去る。
   加藤、ファンの背中を見送る。
加藤「20代だよな。オレらが解散したころまだ生まれてなかったんじゃないか?」
吉田、ジョッキを呷る。
   女性店員、二人の横を通る。
吉田「あ。生一つ追加。いいかい?」
店員「はい。生一ついただきました!」
店員たち「いただきましたぁ!」
   店員、去る。
   加藤、ジョッキをあおる。
加藤「チャリティーアルバムは延期だな」
   吉田、卵焼きを口に放り込む。
吉田「いや。やる」
加藤「無理だろ。ただでさえ啓二のワガママでみんな困ってんだから」
吉田「ワガママ?」
加藤「ワガママだろ。全曲オリジナル書き下ろしで行くなんて。無理だって」
吉田「無理じゃねーよ」
加藤「そもそも震災復興のチャリティーアルバムなんだぞ。ファンが聴きたいのはCHASEだろ? You&Iだろ?」
吉田「気にいらねー」
加藤「啓二は現役だけどこっちはもう何十年もドラム叩いてないんだよ」
吉田「だからこそだろ」
加藤「ああ!?」
吉田「おっさんが汗ダクでしゃかりきにロックしてる。だからみんなしけた顔してんじゃねーって。それがロックだろ」
   女性店員、吉田の前にジョッキを置く。
店員「生。お待たせしました!」
吉田「おお。サンキュ。だいたいアレンジ変えるだとか昔のライヴ音源だとか。手ぇ抜こうとすんじゃねーよ」
加藤「啓二の言いたいこともわかる。だが」
吉田「いいか秋人。ロックってのは究極の愛情表現なんだよ。こっちが振り切らなきゃ伝わるもんも伝わんねーよ」
   吉田と加藤、目を見合わせる。
ファンの声「啓二さん最高ッス!」
   ファン、隣のテーブル席にいる。
ファン「チャリティーアルバム出るんスね。自分。絶対買います!」
   ファン、親指を立てる。
ファン「ハッピーロック!」
吉田「散れ」
ファン「うっす」
   ファン、一礼して、去る。
加藤「相変わらず熱いな」
吉田「秋人はぬるかったもんな」
加藤「なんだって?」
吉田「秋人のドラムはぬるいんだよ」
加藤「なんだと啓二! もういっぺん言ってみろ!」
吉田「何度でも言ってやる。秋人のぬるいドラムがルイスの寿命を縮めたんだよ」
加藤「ふざけんな!」
   加藤、吉田の胸倉をつかむ。
加藤「ルイスがダメになったのは啓二がロックは愛だとか青臭いこと言って事務所と大ゲンカしたからだろ!」
   吉田、加藤の腕を掴む。
加藤「啓二がそんなだから千乃ちゃんも」
   吉田と加藤、目を見合わせる。
吉田「千乃が。なんだって?」
加藤「いや。その」
吉田「言えよ。おれがそんなだから千乃がどうしたって?」
   加藤、手を離し、イスに座る。
加藤「なぁ啓二。なんでルイスの曲やらないんだ?」
吉田「さっきも言ったろ」
加藤「今回だけじゃない。自分のライヴでも絶対にルイス時代の曲はやらない」
吉田「それは」
加藤「千乃ちゃん思い出すからだろ? 千乃ちゃんに作った曲だからだろ?」
   吉田と加藤、目を見合わせる。
加藤「なんだっけ? そうそう。卵焼きみたいな女。だっけか」
   吉田、卵焼きを口に放り込む。
吉田「そんな女々しい男じゃねーよ」
加藤「いや。女々しいよ。女々しくて。繊細で。まっすぐだ」
   加藤、微笑む。
加藤「だから。啓二はずっと最高のロックができる」
   吉田と加藤、目を見合わせる。

○(吉田の夢)花畑
   吉田、シロツメクサの中で寝ている。
千乃の声「啓ちゃん。啓ちゃん」
   吉田、起き上がり、周囲を見回す。
   峰千乃(20)、吉田の隣に立っている。
吉田「千乃。ああ。オレ。死んだのか?」
千乃「縁起でもないこと言わないの。啓ちゃんと全然会えないまま死んじゃったから。会いに来た」
吉田「そうか。ひさしぶり」
千乃「ひさしぶり。ちょっと痩せた?」
吉田「どうかな? 計ってない」
千乃「ダメだよ。もういいトシなんだから。そういうのちゃんとしないと」
吉田「わかってるよ」
千乃「ホントかなー」
   千乃、吉田の隣に腰を下ろす。
千乃「ねぇ。啓ちゃん」
吉田「ん?」
千乃「怒ってる? 義くんと結婚したこと」
吉田「いや。ああ。いや」
千乃「どっち?」
吉田「怒る資格なんてないだろ」
千乃「お。成長したね」
吉田「茶化すなよ」
千乃「確かに。あの頃の啓ちゃんは音楽のことしか頭になくて。私のことなんか全然見てくれてなかったもんね」
吉田「悪い」
千乃「謝んないで。謝られたらホントになっちゃう」
   風が吹き、シロツメクサが揺れる。
千乃「あの時啓ちゃんのお嫁さんになってたらどうなってたかなって。時々考えた」
吉田「義之。怒るぞ」
千乃「ナイショね。きっと。おもしろかったと思う。でも。でもね」
   風が吹き、シロツメクサが揺れる。
千乃「私。義くんのお嫁さんになって。幸せだった」
   吉田と千乃、目を見合わせる。
千乃「すごく。幸せだったんだ」
吉田「そうか」
   千乃、親指を立てる。
千乃「ハッピーロック」
吉田「ハッピーロック」
千乃「ねぇ啓ちゃん」
吉田「ん」
千乃「卵焼きみたいな女ってなに?」
   風が吹き、シロツメクサが揺れる。

○居酒屋「てんやわんや」・店内(早朝)
   吉田と加藤、テーブルで寝ている。
   女性店員、吉田と加藤を揺する。
店員「お客さん。起きてください」
   吉田と加藤、目を覚ます。
   加藤、大きな欠伸をする。
吉田「ルイスの曲入れよう」
   吉田と加藤、目を見合わせる。
加藤「夢で千乃ちゃんになんか言われたか?」
吉田「え。なんでそれ。いや」
   加藤、笑いだす。
加藤「図星かよ」
吉田「うるせー」
   店員、吉田と加藤を見る。
店員「じゃあ。私もアルバム買います」
   吉田と加藤、店員を見る。
   店員、ユニフォームの前を開け、下に来ていたルイスのTシャツを見せる。
店員「私。お腹の中にいた時からルイス聴いてたクチなんで」
   店員、親指を立てる。
店員「ハッピーロック!」
   店員、ウィンクして、去る。
   吉田と加藤、店員の背中を見送る。

○同・外(早朝)
   吉田と加藤、出てくる。
吉田「なぁ秋人。さっきの店員さんさ」
加藤「ああ。間違いない」
   吉田と加藤、目を見合わせる。
吉田・加藤「卵焼きみたいな女!」
   吉田と加藤、ハイタッチ。
吉田・加藤「ハッピーロック!」
   吉田と加藤、笑いあう。

〈おわり〉

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