○祥太の家・キッチンダイニング(朝)
マンションの一室。洒落た清潔な部屋。
食卓で卵かけご飯を作るワイシャツ姿の
原祥太(30)。
向かいの席にはトーストを齧っている少
年がいる。
祥太「ギロ、醤油取ってくれ」
パッと顔を上げる少年改めギロ。その肌
は緑色で、目もギョロリと大きい。
ギロ、調味料入れに手を伸ばし、迷って
塩を手に取る。
祥太「(笑って)違う違う」
と腰を浮かせ、醤油を取る。
「あっ……」となるギロ。
祥太「いいよ、ありがとな」
と、ギロの頭をくしゃっと撫でる。
微笑むギロ。
○タイトル「桜離れ」
○Xサイバー本社ビル・事務所
壁には新規アプリの広告が貼られている。
バタバタと走り回っている社員たち。
その中心で指示を出しているのは祥太。
社員A「原さん! 先方と連絡つきました!」
祥太「オーケー、あとこっちでやるから」
隅っこにぽつんと立っている申し訳なさ
そうな顔の山井輝(27)。
やって来る祥太、ポンと山井の肩を叩き、
祥太「気にすんなって。大丈夫だから」
山井「……はい、すみません……ありがとう
ございます……」
祥太、腕まくりして去って行きつつ、
祥太「そっち、データ修正終わりますか?」
社員B「あと少しです!」
うつむいて唇を噛む山井。
○祥太の家・リビング(夜)
晩酌中の祥太と、その隣でくつろいでい
るギロ。テレビを見ている。
テレビに桜の写真が映り、
アナウンサーの声「桜の開花は平年より早く、
関東では来月頭には満開になるでしょう」
ギロ、じっとテレビを見て、
ギロ「……桜、見たい」
祥太「桜?」
ギロ「……ギロ、は〝桜離れ〟だから」
祥太「サクラバナレ?」
ギロ「寒いとき、人間に助けてもらう。いっ
ぱいの桜見たら、空に行く」
祥太「(笑って)空?」
真剣な顔でうなずくギロ。
祥太、首をかしげ、
祥太「……へぇ、そうなんだ?」
と、テレビに見入るギロを見つめる。
× × ×
祥太の回想。
ひとけの無い商店街。雨が降っている。
シャッターの下りた店の軒下。
に、駆けこんでくる祥太。ふーっと息を
つき、ふと隣を見てぎょっと目を見開く。
そこに震えているギロがいる。
× × ×
目を輝かせてテレビに見入っているギロ。
祥太、ぐいっと酒を飲んで、
祥太「……なんで俺は、お前と出逢ったんだ
ろうなぁ」
と、ギロの頭をくしゃっと撫で、
祥太「咲いたら一緒に見に行こう。桜、すご
いとこ連れてってやる」
ギロ「うん!」
○同・リビング(朝)
ギロのくしゃみが響いている。
やって来る祥太、床に座り込んで濡れた
パジャマを脱ごうとボタンと格闘してい
るギロを見つけ、
祥太「どうした? びしょびしょじゃんか」
ギロ「……夜、水のみたかった」
祥太「ああ、それでこぼしたのか。起こして
くれりゃ良かったのに……ほら、やったる」
ギロ「やだ。ギロ、やる」
祥太「出来なかったんだろ?」
ギロ「(泣きそう)……でも、やだ!」
と、祥太に背を向ける。
祥太「(ため息)なんなんだよ……」
と、時計を見てハッとなる。
祥太「おいギロ! 遅刻するから……ほら、
貸せって」
と、無理矢理に脱がせようとする。
ギロ「やだー!」
○Xサイバー本社ビル・事務所
祥太、入ってきて、
祥太「はぁ……間に合った……」
と、資料棚を漁っている山井を見付け、
祥太「あれ、まだなんか残ってた?」
山井「あ、原さん……」
祥太「何が終わってない? あと俺やるから、
任せろって」
山井「あの……あとは僕にやらせてくれませ
んか」
祥太「(怪訝に)……また失敗したら、恥か
くのはお前なんだぞ? そもそも最初に俺
に言ってくれれば良かったのに」
山井「でも僕……いつも原先輩にやってもら
って……何もできないままじゃ……」
祥太「あのなぁ、無理にやらなくても」
かぶせて、始業チャイムの音。
祥太「……全部俺がやるから。朝礼始まんぞ」
と、山井の肩をポンと叩き、自席へ去る。
○祥太の家・リビング~玄関(夜)
電気をつける祥太。
ソファの上で丸まっているギロを見つけ、
祥太「おい、ギロ。電気くらいつけろよ」
ギロ「ん……」
「?」となる祥太、ギロの顔を覗き込む。
汗だくで息が荒いギロ。
祥太「! おい、お前熱あんじゃねえの」
はっと起きて逃げるギロ。
祥太「待て、ちゃんと着替えて寝てねえと」
ギロ「やだ! 全部、ギロできる」
祥太「出来ないだろ! こら、待てって」
と、ギロを無理に押さえようとする。
ギロ、弾けて逃げて、
ギロ「祥太のばか!」
と、玄関へ走り、ドアを開けて外へ。
祥太「あンの馬鹿っ!」
○通り(夜)
あたりを見回しつつ駆けて来る祥太、倒
れているギロを見つけ、駆け寄る。
ギロ、祥太の手を弱々しくはねのけ、
ギロ「やだ……」
祥太「俺が全部やるから。無理すんなって」
と、ギロを抱きかかえて去る。
パリン! と皿の割れる音。
○祥太の家・キッチンダイニング(朝)
割れた皿を呆然と見ているギロ。
祥太「だから、ギロはやらなくていいって!」
「……」と悔しそうにうつむくギロ。
やれやれと皿を片付ける祥太。
テレビに花見の様子が映っている。
アナウンサーの声「今週末はいよいよ満開と
なる見込みです。天気もよく、お花見日和
になるでしょう」
「……」とテレビを見る祥太とギロ。
祥太「……今週末……行くか、桜」
ギロ「……行かない」
祥太「え」
ギロ「……ギロ、何もできないから……一人
で、空なんていけない。行きたくない」
祥太「何もってお前なぁ、俺が教えてやるか
ら大丈……(ハッとして)あ……」
涙目のギロ、祥太に駆け寄り顔を埋める。
祥太、何かを思い出して、
祥太「……昔な、俺、仕事で大変な目にあっ
てさ……出来もしない仕事押し付けられて。
一人で頑張ったけど、結果は散々で……馬
鹿にされて、恥かいてさ……」
ギロ「……祥太……?」
祥太、屈んでギロと目線を合わせ、
祥太「でも違うな、これじゃ……ギロ、ごめ
ん……ごめんな……」
ギロ「……」
祥太「ボタン外すの、一緒に練習しよう。お
皿も一緒に運ぼう。醤油と塩の違いも教え
る……ギロが出来るまで、一緒に」
ギロ「!」
祥太「……そんで一緒に、桜を見に行こう」
○××公園
ひとけのない桜並木。
大きな帽子を被ったギロと手を繋いでや
ってくる祥太。
祥太「……ギロ、見てみ。綺麗だ」
上を見上げるギロ。
その刹那、風が吹いて桜吹雪。
ギロの帽子が飛んで行く。
祥太「ギロ!」
と、見回すがギロの姿は無くなっている。
ギロの声「祥太、ありがとう」
はっと振り返る祥太。
そこには、おどろおどろしいギョロ目の
怪物が。
しかし微笑む祥太。
怪物、優しくまばたきして翼を広げる。
ゴウッと風が吹いて身構える祥太。
顔を上げると、そこに怪物の姿は無い。
祥太「ありがとう、ギロ……」
○Xサイバー本社ビル・事務所(早朝)
パソコンに向かって難しい顔の山井。
ドサッと山井の横に座る祥太。
山井「え……?」
祥太「早くプロジェクトのファイル開け。ど
こでつまずいてる?……話してくれ」
(おわり)
コメント
コメントを投稿するには会員登録・ログインが必要です。