人 物
酒井忠頼(菅助)(28)元本多家の侍。今は飛脚
本多忠勝(40)本多家当主
志村(28)本多家の侍
女中
闇討ちする武士
侍一
侍二
門番
○京近くの東海道道中(夕)
酒井忠頼(28)、挟箱を肩に担ぎ、駆け足
で、走っている。足元は綺麗である。
◯同・茶屋(夕)
山との間に夕日。
酒井、縁台に腰掛け、夕日を眺める。
女中がお盆に串団子とお茶を持って、酒井の隣に立ち止まる。串団子とお茶の順に酒井の隣に置く。
女中「はい、どうぞ。今日も仕事していたんですか?菅助さん」
酒井「どうも」
酒井、お茶を手に持つ。
酒井「いただきます」
酒井、喜色満面でグイッと一口飲む。
酒井「かぁー、一仕事した後のお茶は上手い」
酒井、お茶を置いて、串団子を頬張る。
酒井「(頬張りながら)いつもながら、おいしいです」
女中「ありがとうございます。一仕事した割に足元綺麗ですけどね。あっ、そんなに焦って食べたら、喉に…」
酒井「うっ」
酒井、胸を叩き、苦しそうな表情。
女中「ほら、言わんこっちゃない」
女中、お茶を酒井に渡す。それをうけ取り、一気に飲む酒井。
酒井「はぁー死ぬ所だった」
女中、クスクスと笑い出す。
酒井、串団子をもう一本手に持ち、食べようとすると、路でふらふらと歩く人が現れる。
酒井、手を止め、目を凝らすと、血だらけの志村(28)が酒井の前で倒れる。背中の家紋に本多家の家紋(表紋・丸に立ち葵)
女中、悲鳴を上げる。
酒井、志村を抱き起こす。
酒井「お主、大丈夫か」
志村、酒井の襟を弱々しく掴む。
志村「さ、酒井か?酒井なのか?さ、探したぞ」
酒井「お主、志村か?誰に殺られた?」
志村、懐から血まみれの手紙を出す。
志村「じ、時間がないから端的に言うぞ。こ、これを…忠勝様に…届けて…」
志村、力尽きる。
酒井、志村を揺らし、
酒井「おい、志村、志村起きんかい、おい」
志村、目を閉じて、息絶える。
酒井、手紙を手に持ち、見つめる。
酒井「これを忠勝様に…何が起きているんだ」
女中、茶屋の奥から恐る恐る出てくる。
女中「このお侍様、息を引き取って…」
酒井「あぁ、侍らしい最後であった…」
女中「その手紙は?」
酒井「仕事だ。一生一番になりそうな気がする」
女中「はぁ…」
酒井「この侍、奉行所に知らせよ」
酒井、立ち上がる。
女中「菅助さんはどこへ?」
酒井「江戸だ。それとこの文のことは私とお前との内緒だ」
酒井、挟箱を肩に担ぎ、走り出す。
◯同・木の側(夜)
焚き火の火が風で揺れる。
酒井、木を背に腰掛け、目を瞑る。
笠を被り、口元を手拭いで隠す男二人が酒井に近づく。武士一は刀を構えている。ゆっくり近づいてくる。
武士一が刀を振り下ろそうとする。
酒井、目をカッと開き、挟箱の棒から刀を抜き、武士の一太刀を受け止める。
武士一「なぬ?!仕込み刀」
酒井「何奴だ?」
武士「お前こそ、ただの飛脚ではないな」
酒井「答えう義理はない。狙いは分かっている、文だろ?」
武士「さぁな」
武士、ジャンプして、後ろに下がる。
酒井「まぁいい、吐いてもらうぞ」
酒井、間合いを詰め、鍔迫り合いになる。
武士「拙者に勝てたらな」
睨み合う両者。
酒井、弾き、武士の態勢を崩す。武士は蹌踉めき、酒井は斬り掛かる。だが、木々の間から弓矢が飛んでくる。それを避ける酒井。武士は木々の間に逃げ込む。背中には「丸に橘」の家紋。そして、闇に消える。酒井、追いかけようとするがもう一本弓矢が飛んでくる。
それを避ける。足を止め、闇を見つめ、
酒井「クソッ、新手か」
酒井、刀を挟箱の棒にしまう。
酒井「しかし、あの家紋、井伊家か?」
酒井、懐に入れてある文を見つめ、
酒井「何が起きているんだ…」
◯本多家屋敷近くの路(朝)
酒井、挟箱を肩に担ぎ、頭を下げながら歩いている。
目の前から二人の侍達が並んで歩いてくる。
侍一「おい、井伊家の連中が動き出したらし
い」
酒井、足が止まる。
侍二「あぁ、私にも耳に入った。そのことが忠勝様にも耳に入って、止めようと動いているらしいぜ」
酒井、侍達の後をこっそり付いていき、聞き耳をたてる。
侍一「井伊家と本多家の利権争いか…私らも争いに呼ばれるかもな」
侍二「あぁ、刀の手入れしとなくちゃな」
酒井、後ろを抜き足で侍達を付いていく。固唾を呑んで、聞き耳を立てる。
だが、砂利を踏む大きな音をたてる。
慌ててしゃがみ、草履の紐を結ぶ真似をする。
侍達が後ろを振り向く。酒井を怪しむ。
侍二「飛脚がここで何している?」
酒井、手を止め、じっと足元を見つめる。
侍二「答えろ」
酒井、立ち上がり、間抜けな表情で、
酒井「いやー、あっし、お侍さんの刀に見惚れていまして」
侍一「刀だと?だが、しゃがんでいたではないか」
酒井「いえ、あっしの身分の者がお侍さんを見ていたら、怒られると思い、しゃがんで誤魔化してんですよ。申し訳ございません」
侍一と侍二が呆れた表情で目配せし、
侍二「よくわからんやつだな。まぁいい。どっかいけ。我等は忙しいんだ」
酒井、一礼をし、
酒井「はい、申し訳ございません」
酒井、侍達の隣を駆け足で抜けていく。
侍一が酒井の後姿を見る。
侍一「それにしても、あいつの酒井の顔に似ている気が」
侍二「気のせいだろう。あの裏切り者がこんなところに居るはずないだろう」
侍一「そうか…」
侍達は歩き出す。
◯本多家屋敷・虎口前(夕)
門番が酒井に対して、邪険にする。
門番「だから、貴様は町飛脚だろ?何故、ここに用がある?公文書を持っているなんて、嘘だろう?」
酒井、挟箱を足元に置き、白く綺麗な文を門番に見せつけるように手に持つ。
酒井「何言ってるんですか、本物の公文書ですよ。受け取ってくださいよ」
門番「得体のしれない奴から受け取れん、帰れ」
酒井「疑い深いですね。将軍家様からの文ですよ?」
門番「それが本当なら、黒印があるはずだ、見せてみろ」
酒井「いえ、忠勝様以外、封を開けることはなりませんと言付けも頂いています」
門番「あぁ、話が堂々巡りしとる。もういい、忠勝様に渡すから、その文渡せ」
酒井、門番に文を渡す。
酒井「はい、どうかお願い致します」
門番、雑に受け取る。
門番「はい、受け取った。早くどこか行け」
門番、扉を少し開け、城内に入る。
酒井、門番の隙をついて、城内に入る。
門番、文の封を開け、中身を確認するが、白紙の紙のみ。怒り、再度門から外に出る。
門番「おい、貴様、白紙ではないか、何奴…あれ?」
門番、辺りを見渡す。
◯同・書斎・中(夜)
本多忠勝(40)、机に向かい、淡々と文章を書いている。
蝋燭が揺れ、障子の向かうに人影。
本多「何奴」
酒井の声「米と水」
本多「酒井か。久しいの。何があったか?」
酒井の声「お久しゅうございます。先日、志村から文を預かりました」
本多「文だと、見せてくれ」
酒井、障子を少し開け、血の付いた文を畳の上にそっと置く。
本多、置かれた文を手に取り、血に気づく。文に頭を下げ、文を読む。
本多「井伊が動き出したか。酒井よ、頼めるか?井伊を討て」
人影が土下座をする。
酒井の声「御意」
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