#31 ひだまりの丘公園の2月 ドラマ

真冬の東京。 高校生とホームレスの出会いが世界を小さく、でも確実に変えていく。
竹田行人 7 0 0 08/14
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第一稿

「ひだまりの丘公園の2月」


登場人物
須藤栢(18)高校生
おっちゃん(70)ホームレス
沢木灯(6)小学生
吉田穹(6)小学生
栢の母
子どもたち


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「ひだまりの丘公園の2月」


登場人物
須藤栢(18)高校生
おっちゃん(70)ホームレス
沢木灯(6)小学生
吉田穹(6)小学生
栢の母
子どもたち


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○ひだまりの丘公園・園内
   一角に蔦を這わせたひさしがあり、その下にベンチがある。
   おっちゃん(70)、ベンチに腰掛けている。
   須藤栢(18)、セーラー服にコートと学校鞄、という恰好で入ってきて、おっちゃんに歩み寄る。
栢「おっちゃんさん。ですか?」
   栢、おっちゃんに生徒手帳を示す。
栢「梅ヶ丘高校3年の須藤栢と言います」
おっちゃん「スドウカヤ。何か用か?」
栢「はい。私は今、学術的興味から経済的弱者の方々にアンケートを取っていまして。ご協力いただけないでしょうか?」
   栢とおっちゃん、目を見合わせる。
おっちゃん「あんた。変わってんな」
栢「変わっているというのは変わっていないというアンチテーゼを明確に提示して初めて成立するものです。そもそも」
おっちゃん「本題に入ろう」
栢「ありがとうございます。お隣。よろしいですか?」
   おっちゃん、スペースを空ける。
   栢、一礼しておっちゃんの隣に座り、鞄からタブレットPCを取り出す。
栢「幾つかの質問にはい、かいいえ、でお答えいただければ結構です。まず」
灯の声「おっちゃーん!」
   栢とおっちゃん、声の方を見る。
   沢木灯(6)、子どもたち15人ほどを連れて、走ってくる。
おっちゃん「おお! トモシ! 来たか」
   おっちゃん、煙草を消す。
灯「おっちゃん。今日はなにやる?」
   おっちゃん、子どもたちを見る。
おっちゃん「常連も何人かいるな」
   灯と吉田穹(6)、栢を囲む。
灯「わー! JKだ! なんかいい匂いする」
穹「かわいー」
灯「エンコーだエンコーだ」
栢「援助交際ではありません!」
おっちゃん「この人数ならSケンだな。この中で英語のS書けるヤツいるか?」
穹「そら書ける! 英語塾行ってるから」
おっちゃん「よし! じゃあみんな穹に続け。広場にでっかくSを書くんだ!」
子どもたち「はーい!」
   子どもたち、走り出す。
   おっちゃん、灯に手を引かれていく。
灯「おっちゃん。宿題見てほしいんだけど」
おっちゃん「いいぞ。でも。まず遊べ」
灯「うん!」
   おっちゃん、栢を振り返る。
おっちゃん「あんたもやるか?」
栢「いえ。ご遠慮させていただきます」
おっちゃん「アンケート。後でな」
   栢、一礼する。
   おっちゃんと灯、穹を先頭にした列の最後尾につく。
   栢、おっちゃんと子どもたちを見つめている。

○須藤家・外(夜)
   3階建ての戸建てに「須藤」の表札。

○同・ダイニング・中(夜)
   フローリングの8畳間。
   ソファ、テレビ、観葉植物。
   栢、入ってくる
   栢の母、キャリーバッグに洋服を詰めている。
栢「ママ。今日ね。あれ。また旅行?」
栢の母「教授の奥さま会で温泉」
   栢の母、洋服を畳んで、詰めている。
栢「そう。あのさ」
栢の母「栢ちゃん。留守番お願いね」
栢「うん。あのね、ママ。今日さ」
栢の母「パパ。研究ばっかりで社交性の欠片もないでしょう。だから私が頑張らないと」
栢「うん。頑張ってね」
   栢、出ていく。

○ひだまりの丘公園・園内
   栢とおっちゃん、ベンチに座っている。
おっちゃん「浮かない顔だな。失恋か?」
栢「失恋するには恋をする必要があります」
おっちゃん「だな。受験は? 高3だろ?」
栢「私が落ちるはずがありません」
おっちゃん「なるほど」
栢「それより。子どもと遊ぶホームレスを初めて見ました。大変興味深いです」
おっちゃん「興味なんか持たなくていい」
   栢とおっちゃん、目を見合わせる。
おっちゃん「オレたちは、いてもいなくても誰もなにも感じない存在だからな」
栢「誰もなにも感じない存在」
   栢とおっちゃん、目を見合わせる。
   灯と穹、走ってくる。
灯「おっちゃん! 遊ぼ!」
おっちゃん「今日は4人か。のつぼ、だな」
栢「待ってください。4人って、私も入ってませんか?」
穹「栢ちゃんもやろ!」
   穹、栢の手を持つ。
   栢、穹の手を見つめる。

○同・園内(夜)
   栢とおっちゃん、ベンチに座っている。
   栢、首をひねっている。
おっちゃん「なにがわからないんだ?」
栢「私にボールが来る確率は四分の一に限りなく近付くはずなのに、そうならなかった」
おっちゃん「あんたはどう考察する」
栢「太陽は私の位置から見て西方向にいた灯くんの背中に沈んでいっていました」
おっちゃん「ああ」
栢「つまり逆光の位置になる私にとっては不利な状況です。そこを突かれた」
おっちゃん「なるほど」
栢「うん。理に適っています」
おっちゃん「あんた。わかってないな」
   栢とおっちゃん、目を見合わせる。
おっちゃん「あいつらはあんたが好きなんだ」
栢「好き? それは何故ですか?」
おっちゃん「人が人を好きになんのに理由なんかない」
栢「理由がない? それは不可解ですね」
   栢、腕組みをして、微笑む。
   おっちゃん、栢を見ている。
栢「なんですか?」
おっちゃん「いや。なんでもない」
   風が吹き抜けていく。
栢「ああ。今夜。雪の予報が出ていました」
おっちゃん「雪か。どうりで寒いわけだ。どこでやり過ごそうかねぇ」
栢「ウチにいらっしゃいませんか?」
   栢とおっちゃん、目を見合わせる。
栢「なぜ今私はおっちゃんさんをインビテーションしたんでしょうか」
おっちゃん「知らねぇよ」
   栢、腕を組む。
栢「ウチにいらっしゃいませんか?」
おっちゃん「あん?」
栢「悪くない提案だと思ったので」
おっちゃん「そうか?」
栢「今。父は単身赴任中ですし、母は旅行に出ています。食費はもらっていますから、今夜は美味しい出前を取りましょう」
   栢とおっちゃん、目を見合わせる。
栢「なのでもしお厭でなければ」
おっちゃん「それは。ホームじゃないな」
   栢とおっちゃん、目を見合わせる。
おっちゃん「どっちなんだろうな」
   栢とおっちゃん、目を見合わせる。
おっちゃん「おれと。あんたと。どっちが本当のホームレスなんだろうな」
   栢とおっちゃん、目を見合わせる。
栢「母はいつも。自分がどれだけ頑張っているか。そればかり話します。私も父も、それに辟易していました。だから父は海外の大学からオファーがあったとき2つ返事で単身赴任を決めてきました。父は逃げたんだと思います。2人の中に私はいません。2人は私の話を聞きません。2人は私を勘定に入れず物事を決めます。2人にとって私は。2人にとって私は。いてもいなくても何も感じない存在なんです」
おっちゃん「それは違う」
栢「どうして」
おっちゃん「違うからだ」
   栢とおっちゃん、目を見合わせる。

○須藤家・ダイニング・中(夜)
   栢、入って来て、電気を付ける。
   誰もいない部屋。
   栢、部屋を眺めている。

○ひだまりの丘公園・園内(早朝)
   雪が降っている。
   薄く雪が積もっている。
   栢、傘をさしてベンチに歩いていく。
   おっちゃん、ベンチに横になっている。
栢「カゼ。ひきますよ」
   栢、おっちゃんを揺する。
   おっちゃん、ベンチに横になっている。
   栢の傘、地面に落ちる。
   栢、スマートフォンを取り出す。
栢「救急です。宮の坂一丁目。ひだまりの丘公園で。おっちゃんが」
   おっちゃんに雪が積もっていく。
栢「いえ。老年男性が」
   栢、スマートフォンを持つ手を下ろす。
栢「貴方の仰ったことには一つ大きな誤謬(ごびゅう)があります」
   おっちゃんに雪が積もっていく。
栢「貴方がいなくなると私はとても悲しい」
   栢の頬に、雪が触れて溶けていく。
栢「貴方がいなくなると私はとても悲しい」
   公園には雪が降っている。

〈おわり〉

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