ウソとホントとナンデヤネン 恋愛

売れないグラビアアイドル・高橋夕陽(26)と、漫才コンテストを二連覇中の若手芸人・工栄治(26)。中学時代の同級生(のイケてる女子とイケてない男子)だった二人は、とある番組の収録で10年ぶりに再会する。しかし実はそれは、工へのドッキリ企画であり、夕陽はその仕掛け人で……。
マヤマ 山本 32 0 0 07/07
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第一稿

<登場人物>
高橋 夕陽(26)グラビアアイドル
工 栄治(26)お笑い芸人、夕陽の同級生
卜部 智也(26)同、工の相方

又吉 ヌー(43)同、バラエティ番組MC
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<登場人物>
高橋 夕陽(26)グラビアアイドル
工 栄治(26)お笑い芸人、夕陽の同級生
卜部 智也(26)同、工の相方

又吉 ヌー(43)同、バラエティ番組MC
口町 ロッキー(43)同、又吉の相方
小田島 才華(33)テレビ局のアナウンサー

常連客
アサヒ 夕陽の飼い猫



<本編>
○繁華街(夜)
   クリスマスムード一色。

○屋外ステージ・脇(夜)
   ADに先導され歩く高橋夕陽(26)を映す隠しカメラの映像。冬の装い。
又吉の声「来た来た来た」

○同・裏(夜)
   舞台袖で卜部智也(26)とともにネタ合わせをする工栄治(26)。
N「今から一時間後、彼は彼女に告白する」

○テレビ局・外観
   T「7月某日」
N「事の発端は、約半年前の夏」
夕陽の声「いや~、でも一〇年ぶりか~」

○同・控室・前
   「そんなこんな 工栄治様」の張り紙。
夕陽の声「でも、不思議な感じ」

○同・同・中
   向かい合う夕陽と工。ともに夏の装い。
夕陽「まさか、工君が芸人さんになるとはね」
工「私も今回の共演者リストに高橋さんのお名前を見つけて、グラビアアイドルをやられていると知った時は驚きましたよ、えぇ」
夕陽「あ~、やっぱ知らなかったんだ?」
工「あいにく、私はイメージビデオ方面に明るくなくてですね、えぇ。取り急ぎ購入して、何本か拝見した次第ですよ、えぇ」
夕陽「買ってくれたの? どう……だった?」
工「未知の物質が脳内に分泌されたような感覚で、新鮮な体験でしたね、えぇ」
夕陽「? どゆこと?」
工「例えば学生服のシーンなんかですね、えぇ。ああいうシーンは『もしこんな子が同級生にいたら』といった妄想をしながら見るのが定跡だと思っているのですが、実際に同級生だったので説得力が段違いでですね、えぇ。一瞬フラッシュバックするような、没入感を覚えるような、そんな感覚でしたね、えぇ」
   しばしの沈黙。
夕陽「……何かリクエストあったら、リアクションするけど?」
工「ありませんよ、えぇ」
   と言ってメモを取る工。以降も特筆しないが、工は事あるごとにメモを取る。
夕陽「さっきからソレ、何のメモ?」
工「ネタ帳、ですかね? 世の中、何が漫才のネタになるかわかりませんしね、えぇ」
夕陽「へ~、え、見せて見せて」
工「それは無理なご相談ですね、えぇ。これは企業秘密ですから、えぇ」
夕陽「会社なの? っていうかさ、工君ってそういう所秘密主義だよね。SNSやんないのもそういう理由?」
工「それは少し違いますね、えぇ。変な事を言って炎上したくないですし、フォロワー数等でマウントを取られるのも嫌ですし、魅力を感じないだけですよ、えぇ」
夕陽「ネガティブだな~。DMとか送れて便利なのにさ。じゃあ、仕方ない。LINE交換しようよ」
工「お断りしますね、えぇ」
夕陽「え……え、何で何で? だって、連絡とる手段他にないよ?」
工「そう言われましてもね、えぇ。高橋さんはこの一〇年間、私と連絡を取れなくて困った事、無かったと思うんですよね、えぇ」
夕陽「まぁ……困りはしてないけど、今後の事を考えると、今教えて欲しいな、って」
工「……なら、次にまたお会いする機会があったら、という事にしましょうか、えぇ。それでは、お疲れ様でしたね、えぇ」
   と言って出ていく工。
夕陽「ちょ、工君……」
   その映像が室内の隠しカメラのアングルに切り替わる。

○モニタールーム
   隠しカメラからの映像を観ている又吉ヌー(43)、口町ロッキー(43)、小田島才華(33)。
才華「という訳で、ミッション失敗です」
又吉「か~っ、コレでもあかんか~」
口町「……なぁ、どうやら俺だけがまだ何の説明も受けてへんみたいなんやけど。これ今、何が行われてるん?」
又吉「わかるやろ。(カメラ目線で)工や」

○VTR
   工の紹介VTR。卜部との漫才やバラエティ番組出演シーン等。
N「工栄治。MANZAI―1グランプリで史上初の連覇を達成した『そんなこんな』のネガティブボケ担当。しかしその芸人らしからぬ性格で、バラエティ泣かせ」
    ×     ×     ×
   様々なハニートラップのドッキリを仕掛けられるも見向きもしない工。
N「当番組の数々のドッキリにも一度も引っかかる事なく今日の日を迎えていたのだ」

○モニタールーム
   並んで座る又吉、口町、才華。
又吉「という訳で今回こそ、番組の威信をかけて、工をドッキリでハメようと」
口町「何の威信や」
又吉「その為の、最強の仕掛け人がコチラ」
   夕陽の写真パネルを手に持つ才華。
才華「はい、高橋夕陽さんです」

○VTR
   夕陽の紹介VTR。主に水着イメージDVDからの流用。
N「高橋夕陽。高校時代より芸能活動を開始し、既に一二枚のDVDをリリースしている現役グラビアアイドル」
    ×    ×    ×
   夕陽の中学一年時のクラス集合写真。同じクラスに工がいる。
N「そしてその正体は、正真正銘、工の中学時代の同級生なのだ」

○モニタールーム
   並んで座る又吉、口町、才華。
口町「ちなみに、その、グラビアアイドルいうんは、ほんまなん?」
又吉「ほんまです。ガチのグラビアアイドルで、工のガチの同級生です」
口町「そんなん、よう見つけたな」
才華「今回は、偽番組の収録として工さんを呼び出し、今後は高橋さんに、こちらと連携してLINEのやり取り等をしていただく予定だったんですが……」
口町「失敗したやん。どうなるん?」
又吉「という訳で、今回の企画終~了~」
口町「嘘やろ!? コレで終わりなん!?」

○マンション・外観
   単身用マンション。
夕陽の声「本当ですか?」

○同・夕陽の部屋
   1DK程度の間取り。
   スマホで通話中の夕陽。足元には猫のアサヒが座っている。
夕陽「はい。次こそは頑張ります。はい」
   電話を切り、アサヒを抱き抱える夕陽。
夕陽「アサヒ、もう一回チャンス貰えたよ~」
    ×     ×     ×
   夕陽の日常(自炊したり、アサヒと戯れたり、自撮りしたり、エゴサーチしたり、体形チェックしたり等)。
    ×     ×     ×
   外出する準備中の夕陽。
夕陽「それじゃ、アサヒ。行ってくるね」

○劇場・外観
   事務所の専用劇場。笑い声。
卜部の声「で、結局どうすれば『最悪の漫才師』にならずに済むんだよ?」

○同・ステージ
   客席数は三~四百程度。ほぼ満席。
   ステージ上で漫才をする工と卜部。
工「それは、この次のコンビが私達よりスベってくれればいいんですよ」
卜部「お前の性格が最悪じゃん。もういいよ」
工&卜部「どうも、出直してきます」
   頭を下げ舞台裏に下がる工と卜部。
   拍手する客たち。その中に居る夕陽。

○同・前(夕)
   出待ちの女性ファンに囲まれる卜部。その様子を横目に歩いてくる工。
夕陽の声「工さん、写真いいですか?」
   振り返る工、そこに居る夕陽。
夕陽「よっ」
工「どうされたんですか?」
夕陽「漫才見に来たのと(スマホを手に)『次会った時にLINE交換』でしょ?」
工「『次にまたお仕事でお会いしたら』と言ったつもりだったんですけどね、えぇ」
夕陽「いいじゃん。交換しようよ」
工「何でそんなに交換したいんですか? 理解に苦しみますね、えぇ」
夕陽「それは……。逆に、何でそんな頑なに拒否するのか、小一時間問い詰めたい衝動に駆られるわ。え、私って嫌われてる?」
工「嫌いではありませんよ、えぇ。ただ、信用していないだけです、えぇ」
夕陽「素直だな。じゃあ、飲みに行くのは? 今日は仕事終わりでしょ?」
工「仕事は終わりですけどね、えぇ。私は行く所があるので、えぇ」
夕陽「ソコさ、私も付いて行っちゃダメ?」
工「ダメに決まってるじゃないですか、えぇ」

○将棋バー・外観(夜)

○同・中(夜)
   将棋を指しながら酒を飲む客たち。
   常連客と対局する工。戦法は穴熊。
常連客「……参りました」
   頭を下げる常連客に頭を下げ返す工。その隣では夕陽が酒を飲んでいる。
夕陽「お~。工君、強いね」
工「結局居るんですか、えぇ」
夕陽「そういえば、中学の時も将棋部だったもんね。ココ、良く来るの?」
工「そうですね、えぇ。この方とも何度も対局させてもらっていますよ、えぇ」
常連客「じゃあ、出直してきますね」
   席を立つ常連客。
夕陽「そうそう、コレ、どういう意味?」
   と言ってスマホの画面を工に見せる夕陽。そこには工や卜部の絵に「そんなこんなありまして」「最悪じゃん」等の文字を合わせたスタンプ。その中にある「出直してきます」を指す夕陽。
夕陽「この『出直してきます』なんだけどさ。漫才の最後にも言ってたよね?」
工「それはですね、えぇ。漫才というのは一般的に『ありがとうございました』と言って終わるものだと思うんですね、えぇ」
夕陽「普通はそうだよね」
工「ですが『ありがとう』と言ってしまうとそれで最後になってしまうような気がしましてね、えぇ。なので『ありがとう』の代わりに『また会いましょう』という意味を込めて『出直してきます』というフレーズを使っている訳ですね、えぇ」
夕陽「へぇ、色々考えてんだね」
工「……感謝申し上げますね、えぇ」
夕陽「え? 急に何のお礼?」
工「スタンプをご購入頂いたので、えぇ」
夕陽「あぁ、いえいえ……」
卜部の声「ちょっと失礼しますよ」
   工の正面の席に腰を下ろす、マスクと帽子とサングラスで顔を隠す卜部。
卜部「お強い方が居ると聞いちゃってね、お手合わせ願おうか」
工「構いませんよ、えぇ」
   ここで初めて工の顔を見る卜部。
卜部「あっ……やっぱ、止めとこうかな」
   と言って席を立つ卜部。
工「いいんじゃないですかね? 久々に一局指しましょうよ、えぇ」
卜部「え……?」
夕陽「工君、知り合い?」
工「私の相方ですよ、えぇ」
夕陽「あ、相方さんか~……って、え!?」
   素顔を見せる卜部。
卜部「あ、ども」

○VTR
   卜部の紹介VTR。主にバラエティ番組出演シーンより抜粋。
卜部N「卜部智也。そんなこんなの若者弁ツッコミ担当にして、工とは高校時代からの無二の親友。現在はMC、パネラー、レポーターからひな壇芸、リアクション芸まで」

○将棋バー・中(夜)
   対局中の工と卜部、それを見守る夕陽。
卜部「幅広くこなす期待の若手芸人なのだ」
工「まるでナレーションのような自己紹介でしたね、えぇ」
卜部「明日ナレーションの仕事なもんでな。しっかし、あいかわらず穴熊かよ」
夕陽「穴熊?」
卜部「工の戦法。王将の周りを他の駒がクソほど囲ってガチガチに守ってるじゃん? コイツ、昔からコレばっか。女関係もな」
夕陽「あ~、ガチガチに守ってる」
卜部「いい加減、彼女くらい作れし」
工「もし私に彼女が出来たとして、ケンカしたりフラれたりしたら、その直後にお笑いが出来ると思えませんからね、えぇ。賢明な判断だと思ってますよ、えぇ」
卜部「本当、不器用なくせに几帳面っていうか、生きるの下手だよな、工は」
夕陽「でもさ、誘われたりするでしょ?」
工「無くは無いですけど、誘われたとしても『お断り』の一手ですね、えぇ」
夕陽「何で?」
工「……あまり大きな声では言えませんけどね、えぇ。私みたいな人間に近づいてくるなんて、何かの罠としか思えなくてですね、えぇ。信用できないんですよ、えぇ」
卜部「なら、夕陽ちゃんは?」
夕陽「(小声で)ちゃん付け……?」
工「勝手に付いてきただけですよ、えぇ」
夕陽「そう。まだLINEも交換してないし」
卜部「なるほどな。なら、こうしようじゃん。この対局、勝った方が『夕陽ちゃんとLINEを交換できる』。どうだ?」
工「はい?」
卜部「こんなクソほど可愛い子、工にはもったいねぇじゃん。絶対俺の方が相応しいし」
夕陽「話が勝手に進み出してる……」
卜部「自信ねぇのか? まぁ俺、こういう時、実力以上のものを発揮する派で……」
工「王手ですね、えぇ」
卜部「嘘!? え、ちょっと待てし……」
夕陽「大した自信です事」
卜部「ぐぅ~」
   あがく卜部の様子を見て笑う夕陽と、それを見つめる工。
夕陽の声「いや~、今日は楽しかったな」

○駅前(夜)
   並んで歩く夕陽と工。
夕陽「(駅を指し)じゃあ、私コッチだから」
   駅に向かって歩き出す夕陽。
工「あ、高橋さん」
夕陽「(振り返り)ん?」
工「先ほどのお話は、まだ有効ですかね?」
夕陽「『先ほどのお話』……何ぞや?」
工「勝った方が、(スマホを出し)交換できるというお話ですよ、えぇ」
夕陽「あ~。……どうしよっかな~?」
工「……なら、いいですよ、えぇ」
夕陽「ごめんごめん~」
   LINEを交換する夕陽と工。
   隠しカメラの映像に切り替わる。

○モニタールーム(夜)
   並んで座り、隠しカメラからの映像を見守る又吉、口町、才華。又吉と才華は耳のイヤホンを外す。
才華「ついに連絡先ゲットしましたね」
又吉「工から切り出す、言うのがええな」
口町「お前ら、『テラスハウス』観とんのか」
又吉「しっかし、卜部が来た時は焦ったわ」
口町「は? 仕込んだんちゃうんか?」
又吉「アレは、ただただアクシデントや」
才華「スタッフの間でも、当初は『卜部さんを仕掛け人にしようか』という話はあったそうなんですが、性格的に向いてないと判断して、見送ったそうです」
口町「そこは正式に仕掛け人で使ったれや」

○各地
   DVD発売イベントに出る夕陽や、バラエティ番組の収録に臨む工。

○マンション・夕陽の部屋(夜)
   アサヒと戯れつつ工とLINEのやり取りをする夕陽。スクショ(スクリーンショット)画像をメールに添付する。

○モニタールーム
   夕陽から送られたスクショの拡大版パネルを手に検証する又吉、口町、才華。

○レストラン・中
   二人で食事する夕陽と工。

○各地
   工出演のバラエティ番組を観る夕陽や、夕陽のイメージDVDを購入する工。

○マンション・夕陽の部屋(夜)
   工とLINEのやり取りをする夕陽。アサヒがじゃれてくるも構わず、画面のスクショをメールに添付するも、しばし考えた後、メールごと削除する。

○駅前(夜)
   待っている夕陽。工を見つけ、笑顔。しかしその後ろに卜部を見つけると、一瞬落胆した表情を見せる。

○各地
   ミスヤングキャプテンのオーディションに挑む夕陽や、卜部と共にMANZAI―1グランプリの予選に挑む工。

○マンション・夕陽の部屋(夜)
   工と通話する夕陽、見守るアサヒ。

○コンビニ・中
   週刊誌(ヤングキャプテン)を立ち読みする夕陽。表紙に「ミスヤングキャプテン2020は16歳の現役JK!」の文字。ため息をつき、本を置いて出口へ向かう夕陽。店内に入ろうとする工とバッタリ会う。
夕陽「え!?」
工「あっ……」
夕陽の声「いや~、凄い偶然だね」

○公園
   並んで歩く夕陽と工。工のリュックはファスナーが開きかけているが、まだ気づいていない。
夕陽「工君はさ、今日この後、まだ仕事?」
工「そうですね、えぇ。卜部さんのピンの仕事が終わり次第、また別の局で別の番組の打合せですよ、えぇ」
夕陽「打合せからの打合せか。……打合せもお金になったらいいのにね」
工「……」
夕陽「ごめん、今のちょっと闇ってたね」
工「別に構いませんけどね、えぇ……」
   何かが落ちる音。二人が振り返ると、工のリュックのファスナーが開き、中身が落ちている。その中に、中学時代の卒業アルバムもある。
工「あっ」
夕陽「おいおい、一大事だぞ?」
   と言って落ちたものを拾い出す夕陽。
工「すみませんね、えぇ」
夕陽「まったく……(卒業アルバムに気づき)あれ? コレ中学の卒アル? 何故に?」
工「そうですね、えぇ。次の打合せで必要なので持ってきたんですよ、えぇ」
夕陽「うわ~、懐かしい。見ていい?」
工「嫌ですよ、えぇ。ご自分のを見れば……」
夕陽「だって私、実家に置きっぱだもん。だから、見たいの。見たい、見たい。お願い。お願いしやす」
工「……仕方ないですね、えぇ。保存状態は悪いのでご勘弁くださいね、えぇ」
夕陽「やった~」
   近くのベンチに座り卒業アルバムを開く夕陽。三年一組のページに夕陽の写真。遅れて隣に工も座る。
夕陽「お~、居る居る。皆ニキビやばっ。そうそう、知ってた? (クラスメイトの写真を次々と指しながら)この子がこの子の事好きで、でもこの子と付き合ってて……」
工「初耳ですね、えぇ。(別の生徒の写真を指しながら)ココとココが付き合ってたのは知っていましたけど、えぇ」
夕陽「そうそう。(ページをめくると学校行事の写真)やっぱ楽しかったな~。あれ、工君って三年の時何組だったっけ……?」
   と言いながらさらにページをめくると、次は三年二組のページ。油性ペンで黒く塗りつぶされた工の写真。
夕陽「あっ……」
工「だから言いましたよね、えぇ」
夕陽「……何かあったの?」
工「勘違いされても嫌なので言っておきますけど、イジメ等ではないですよ、えぇ。嫌いな同級生は多数居ましたけど、怨んでいる同級生はいませんからね、えぇ」
夕陽「そっか……。何か、ごめん」
工「謝られる理由もないですよ、えぇ」
   しばしの沈黙。
夕陽「……あ、そうだ。今年もMANZAI―1の決勝、残ったんだよね。おめでとう」
工「……」
夕陽「? どしたの?」
工「プレッシャーでですね、えぇ」
夕陽「もう? 本番、来月の頭でしょ? 身体もたないよ?」
工「そんな事を言われましてもね、えぇ」
夕陽「よし。じゃあさ、気分転換に今度どっか行こうよ。スノボとかさ」
工「いや、スキーやスノーボードといった、雪の上を板に乗って下っていく類のものは、行った事もやった事もないものでしてね、えぇ。私には敷居が高いですね、えぇ」
夕陽「スキーってそんな難易度高くないけどな~。でもまぁ『滑る』のは縁起悪いか……あ、いい所思いついた」
工「いい所?」

○動物園・外観
   別日。曇天。

○同・中
   様々な動物たち。客は少ない。
   ライオンの檻の前に立つ夕陽と工。ともに冬服だが夕陽は手袋をしておらず、たびたび息を吐いて手を温めている。
夕陽「かわいい~。癒される~」
工「……その感想にはいささか違和感を覚えざるを得ませんね、えぇ」
夕陽「え、そう? それにしても、さすが平日。めっちゃ空いてんじゃん。時間に自由が利く仕事、万歳だよね」
工「その代わり、サラリーマンには安定がありますけどね、えぇ」
夕陽「じゃあ、工君。サラリーマンやる?」
工「僕にはサラリーマンなんて、やりたくても無理筋でしょうね、えぇ」
夕陽「否めないね」
工「……お好きなんですか?」
夕陽「ん……? あ、動物園が、って事? まぁ、普通に好きかな。工君は?」
工「動物園の動物に関して言えば、最近は親近感を覚えるようになりましたね、えぇ」
夕陽「親近感? 何故に?」
工「動物園の動物は自由に動いているように見えて、衆人環視の下、絶対に檻から出られない不自由さを抱えていますからね、えぇ。その感じがタレントに似ているように思えてならないんですよ、えぇ」
夕陽「……それでいて、檻の外に出たら、生きていけないもんね」
工「……まさか共感していただけるとは思いませんでしたね、えぇ」
夕陽「工君のネガティブがうつったかな」
工「人の性格を病気みたいに言うのは止めてもらってもいいですかね、えぇ」
夕陽「病気じゃないからタチが悪いんだよね」
工「それは言えていますね、えぇ」
夕陽「さて、と。ちょっと移動しない?」
工「そうですね、えぇ」
   と言って、また息で手を温める夕陽。
工「……こんな寒い日に手袋をしないとは、随分と攻めてきましたね、えぇ」
夕陽「家に忘れたの」
   と言いながら、また手に息を吹きかけつつ、工を見やる夕陽。
夕「あー、手が寒いなー。このままだと凍え死んでしまうよ」
工「……何か試されてる気がしますね、えぇ」
夕陽「試してるのかもよ?」
工「待ったは無さそうですね、えぇ」
   夕陽と手を繋ぐ工。が、繋ぎ方が変。
工「……何か違う気がするのですがね、えぇ」
夕陽「うん、こうだね」
   繋ぎ直す夕陽。
工「お手数をおかけしましたね、えぇ」
夕陽「どういたしまして」
   そのまま歩いていく夕陽と工。

○モニタールーム
   並んで映像を見守る又吉、口町、才華。皆、やはり冬服。
口町「コレ、いつオンエアされんねん」
又吉「いきなりソコか? 二人がようやっと手繋いだ所やんか」
口町「いや、始まったん夏やで?」
才華「でも私は、続きを観るのが今はもう普通に楽しみで。ずっと追っていたいですよ」
口町「ずっとなんかある訳ないやろ」

○動物園・中
   手を繋いで歩く夕陽と工。夕陽は工を見つめている。
口町の声「あくまでも、ドッキリなんやから」
工「あの……何か?」
夕陽「え? あぁ、ううん。少しはさ、気分転換になったかな、って思って」
工「焦りは募る一方ですね、えぇ」
夕陽「別に、二回優勝して、もう十分売れて、どういうハードル設定してんの? そのうち、工君も卜部君並みに忙しくなるって」
工「サラリーマンが出来ないような人間に、タレントは出来ませんよ、えぇ」
夕陽「え?」
工「漫才は自分で作りますから、ある程度自由にできますけどね、えぇ。バラエティのような、いわゆるタレント業という仕事は、空気を読んで、歩調を合わせて、臨機応変に、時には自分を押し殺してでも、多数派の意に沿う形にするものですからね、えぇ。私にはとても出来ない仕事ですよ、えぇ」
夕陽「……」
工「ですから、タレントが出来ない僕は、漫才で負ける訳にはいかないんですよ、えぇ」
夕陽「背負いこみすぎじゃない? 大丈夫?」
工「……正直、全て放り投げて、逃げ出したくなる時もありますよ、えぇ」
夕陽「……じゃあさ、一緒に逃げ出す?」
工「? どういう意味ですか?」
夕陽「だから、このまま、何もかも全部放り投げてさ。二人で自由になるの。ほら、上野発の夜行列車乗ってさ」
工「行先は函館ですね、えぇ」
夕陽「あ~、寒いの嫌だな。南国にしよう」
工「……話聞きますよ、えぇ」
夕陽「え?」
工「高橋さんが自由を求めて、逃げ出したい理由ですよ、えぇ」
夕陽「……いや、そんな真に受けないでよ。冗談だよ、冗談。うん」
工「……冗談、でしたか、えぇ」
   繋いでいた手を離し、立ち止まり、掌を上に向ける工。
夕陽「工君? (空を見上げ)雨?」
工「気のせいだといいんですけどね、えぇ」
夕陽「まぁ、雲行きは怪しいよね」
工「……僕、嫌いなんですよね、えぇ」
夕陽「私も雨は好きじゃないな」
工「そうじゃなくてですね、えぇ。冗談というものが、ですよ、えぇ」
夕陽「え?」
工「正確には、最後に『冗談』と言えばオールOKだとされる考え方、というものが嫌いなんですよ、えぇ。ましてや、伝わらない冗談を言っておいて『冗談だよ』『わかれよ』と高飛車な言い方をする人に関しては、ただ単に理解に苦しむんですよ、えぇ」
夕陽「えっと……」
工「『わからなくてごめんなさい』と謝ってほしいんですか? 逆ですよ、えぇ。面白くない、伝わらない冗談は、もはやただの嘘じゃないですか、えぇ」
夕陽「『嘘』……」
工「もしかして、冗談を言う側というのは無条件に偉いんですかね? そう思って、芸人になりましたよ、えぇ。冗談を言うプロになりましたよ、えぇ。でも結局、何も変わりませんでしたよ、えぇ。彼らの偉そうな理由はわからないままですよ、えぇ」
夕陽「……」
工「だから、嫌いなんですよ、えぇ。僕みたいな少数派の人をからかって、楽しむだけの、低俗な冗談という文化が、えぇ」
   不意に涙を流す夕陽。
工「(驚き)!? 高橋さん……」
夕陽「え? (涙に気づき)あれ……?」
工「すみませんね、えぇ。その、そういうつもりじゃなくてですね、えぇ」
夕陽「ごめん、大丈夫だから……」
工「今のはですね、その、高橋さんに向けて言った訳じゃなくてですね、えぇ。今までの色々な経験の中で引っかかっていた事をお話しただけなんですよ、えぇ。気にしないでくださいね、えぇ」
夕陽「わかってる。違うの。ごめん……」
   雨が降ってくる。
夕陽「本当、ごめん……」
   立ち尽くす夕陽と工。
   電話の発信音。

○マンション・外観(夕)
夕陽の声「もしもし、お母さん?」

○同・夕陽の部屋(夕)
   アサヒを抱きしめながらスマホで通話中の夕陽。視線の先にノートパソコンと同窓会の案内のハガキ。
夕陽「同窓会の案内は届いた。うん。今年は三一日に帰るからさ、おそば私の分もよろしく。うん。帰りは……まだ決めてないんだけどさ……あっ」
   夕陽の腕から逃げていくアサヒ。
夕陽「今年は、ちょっと長めに居てもいい?」
   ノートパソコンに表示されている『MANZAI―1グランプリ2020』のネットニュース。「そんなこんな6位 3連覇ならず」というタイトル。
又吉の声「ドッキリを、降りたい?」

○(回想)テレビ局・会議室
   向かい合って座る夕陽と又吉。周囲には他のスタッフもいる。
夕陽「正直、最後に『ドッキリでした』って言えばオールOKだと思ってたんです」
又吉「けど、きっと工はそうやない?」
夕陽「このままだと、『ただの同級生』っていう関係にも戻れない気がして……」
又吉「なるほど……(スタッフに目配せし)高橋さんの言い分はわかりました。正直、番組的は非常に困ります」
夕陽「……ですよね」
又吉「ただ今回、我々は高橋さんと工の元々の関係性を使わせてもらっている立場です。それを壊すような事は、我々も避けたい」
夕陽「じゃあ……?」
又吉「この件は、少しだけ番組に預からせてもらえますかね? コチラでも色々考えてみますんで……」

○マンション・夕陽の部屋(夕)
   スマホを見つめる夕陽。画面は工へ電話をかける直前の状態。
又吉の声「まずは一度、時間を置きましょう」
   意を決し、スマホの画面に手を伸ばした瞬間、未登録の番号から着信。
夕陽「!? (恐る恐る出て)もしもし……」

○駅前(夜)
   待っている夕陽。そこにやってくるサングラスと帽子とウィッグとマスクとマフラーで顔を覆った卜部。
夕陽「……わかってて聞くけど、誰?」
   素顔を見せ笑う卜部。

○居酒屋・外観(夜)
卜部の声「色々聞いちゃったよ」

○同・個室(夜)
   対面の席で酒を飲む夕陽と卜部(変装は解いている状態)。既に多数の空きグラスが置いてある。
卜部「全部、ドッキリだったんだな」
夕陽「ごめんなさい」
卜部「俺に謝ったって意味ねぇじゃん」
夕陽「それはわかってるけど、でもほら、MANZAI―1とか……」
卜部「何、俺らが負けたのは自分のせいだとか思っちゃってんの? うぬぼれんなし」
夕陽「でも、工君は……」
卜部「工はきっと五連覇しようが六連覇しようが、一生自信持ったりできねぇよ」
夕陽「何でそんな……」
卜部「……例えば、遠足のバスの中でゲロ吐いちゃった奴だよ」
夕陽「え?」
卜部「体育祭のリレーで転んじゃった奴」

○(フラッシュ)公園
   開かれた卒業アルバム。工の写真だけが黒く塗りつぶされている。
卜部の声「給食の時間にむせて鼻から牛乳出しちゃった奴、修学旅行先で風邪ひいちゃった奴……」

○居酒屋・個室(夜)
   対面の席で酒を飲む夕陽と卜部。
卜部「そういう、イケてねぇ、持ってねぇ、クソほど上手くいかねぇ、そんな学生だった奴が、自分の生き方に自信を持つなんて、何十年かかると思ってんだし」
夕陽「もしかして、ソレ全部……?」
卜部「夕陽ちゃんは、そういう奴を騙したんじゃん。それを今更降りて、どうすんの? チャラになんてなる訳ねぇじゃん」
夕陽「わかってる。でもこんな事になるなんて、思わなかったから……」
卜部「何悲劇のヒロイン気取っちゃってんの? 夕陽ちゃんはこの企画のヒロインじゃねぇじゃん。悪役じゃん」
夕陽「わかってるよ」
卜部「悪役なら、最後まで貫けし。ちゃんと工に嫌われてやれし」
夕陽「だから、わかってる……」
卜部「さっきから『わかってる』『わかってる』って、何を?」
   グラスを握る手に力が入る夕陽。
卜部「教室の真ん中で我が物顔で騒いでいた連中を、同じ教室の隅っこで、座席もなくて立見席で観てたヤツの気持ちを、どうわかってんだし」
   グラスに入った酒を卜部にかける夕陽。
夕陽「じゃあ、卜部君に私の何がわかるの? 私だって、そんなに仲良かった訳じゃない同級生にドッキリ仕掛ける仕事なんて、迷いなくノリノリで引き受けた訳じゃない!」
卜部「え、ちょ……」
夕陽「でも私、もう26なの。芸人さんなら若手でも、グラドルだとベテランなの」

○(フラッシュ)コンビニ・中
   週刊誌を立ち読みする夕陽。
夕陽の声「一〇コも下の子のが雑誌の表紙飾ってるの」

○居酒屋・個室(夜)
   対面の席で酒を飲む夕陽と卜部。
夕陽「もう時間がないの。手段なんて選べないの。だから今回は割り切ろうって思った。工君には悪いけど、利用させてもらおうと思った。……でも」
卜部「でも?」
夕陽「途中からは、ただただ同級生と会って、そういうのが久しぶりで、ただただ楽しんでた。会うのが待ち遠しかった」
卜部「工以外の同級生と会ったりしねぇの?」
夕陽「昔は会ってたけどさ。こういう仕事してると、色々言われて。それが嫌で……」

○マンション・夕陽の部屋(夜)
   テーブルの上に置かれた同窓会の案内のハガキ。欠席に○が付いている。
夕陽の声「気づいたらどんどん疎遠になって」

○居酒屋・個室(夜)
   対面の席で酒を飲む夕陽と卜部。
夕陽「でも工君はそういうのないからさ。今唯一、気軽に会える同級生で。今はもう、凄く大事にしたい関係になってて。『このまま一緒にどっか逃げたい』っていうのも本音だったし。……戻れるなら、ドッキリが始まる前に戻りたいよ」
   席を立つ夕陽。
夕陽「こんな事になるなんて、思わなかった」
   出ていく夕陽。
卜部「……って、アレ、帰っちゃった? ダメじゃん。え、どうすんだし……?」
   室内の隠しカメラに視線を向ける卜部。

○モニタールーム(夜)
   並んで隠しカメラからの映像を見守る工、又吉、口町、才華。
才華「……はい。VTRは以上です」
又吉「確かに、この企画は元々ドッキリやった。もしその点、不快に思うてんねんやったら、申し訳ない。この通りや」
   頭を下げる又吉、口町、才華。
又吉「その上でや。もし工が、高橋さんの事を想うてるんやったら、どうや? 番組の中で、告白してみぃひんか?」
工「……一つだけ、言わせていただいてもいいですかね?」
又吉「何や?」
工「卜部さんにドッキリの仕掛け人は向いてないと思いますよ、えぇ」
又吉「そやねん。ほんま、誰かさんがゴリ押しするからやな」
   口町を見やる又吉と才華。
口町「俺? ……何や、すんませんでした」

○繁華街(夜)
   クリスマスムード一色。

○屋外ステージ・中(夜)
   屋根のある特設ステージ。一つしかない客席の前に立つ又吉、口町、才華の元にやってくる夕陽。
才華「どうぞ、こちらへ」
夕陽「(戸惑いながら)え、あ、おはようございます……」
又吉「ごめんなさいね、せっかくのイブやのに、こないな場所に呼び出してもうて」
夕陽「いえ、別に……。あの、今日は……?」
又吉「(楽しそうに)何やと思う?」
口町「余計な事せんと、早よ本題入れや」
又吉「実はですね、今日は高橋さんに想いを伝えたいという、ある方が来てまして」
夕陽「え、それって……?」
又吉「(座席を指し)特等席へどうぞ」
   促されるまま、席に座る夕陽。
才華「それでは、お願いします」
   立ち去る又吉、口町、才華。ステージ上に姿を見せる工と卜部。
工&卜部「どうも~」
工「どうも、株式会社そんなこんなです」
卜部「会社なの? そんなシュールな掴み、今までやった事ねぇじゃん」
工「早速なんですけどね、一つ聞いてもらってもいいですかね?」
卜部「お、どした?」
工「実はですね、今度テレビの企画で、とある女性に告白する事になりましてね」
卜部「素直だな。それ言っちゃダメじゃん」
夕陽「あ……」
   卜部の使うツッコミのフレーズが、かつて自分が口にしたものだと気づく夕陽。以後、漫才する二人、それを見る夕陽、夕陽がそのフレーズを使った時のデートシーンを適宜カットバックで。
工「フラれた時に備えて、今の内にですね、『最悪のフラれ方』を想定しておこうと思っているんですよ」
卜部「いや、フラれてる時点で最悪じゃん。逆に『最高のフラれ方』って何だし」
工「例えばですね、彼女がいるにも関わらず別の女性を好きになってしまってですね」
卜部「おいおい、一大事だぞ?」
工「いよいよ彼女に別れを告げなきゃな、というタイミングで、彼女から言われる訳ですよ。『他に好きな人が出来たから、私と別れて下さい』って」
卜部「最高じゃん。あるんだな、最高のフラれ方って。じゃあ工は、どういうシチュエーションでフラれるのが最悪だと思ってんの?」
工「一般的には、テレビ番組内でフラれるのが、最悪だと思われてますよね」
卜部「確かにな。何百万人が観てる前でフラれんだから、最悪じゃん」
工「ほう。卜部さんはこの番組が視聴率一桁しか取れないとお思いで……」
卜部「何千万、何千万。人の揚げ足取んなし」
工「そういう病気だと思ってください」
卜部「病気じゃないからタチが悪いんだよね」
工「でも私としては、二人きりの状況でフラれる方が最悪だと思うんですよ」
卜部「どこが。傷口クソほど小せぇじゃん」
工「遭難中の雪山でも?」
卜部「最悪じゃん。本来『何とか一緒に生きて帰ろう』って状況だろ? その空気で凍え死んでしまうよ。ただ、普通、そんな状況で告白しねぇじゃん」
工「ゲレンデマジック、というヤツですかね」
卜部「スキー場じゃん。え、雪山って、スキー場で遭難してんの? スキーってそんな難易度高くないけどな~」
工「リア充爆発しろ」
卜部「闇ってる。そもそも、修学旅行のスキー実習の日に風邪ひいて寝てたお前が悪いんじゃん」
工「おかげで、未だにスベリ知らずですよ」
卜部「大した自信です事。じゃあ、告白した後にどういうリアクションをされるのが最悪だと思ってんの?」
工「一般的には、眉間にしわが寄るのが最悪だと思われてますよね」
卜部「『お前ごときが私の事好きとか言ってんじゃねぇよ』みてぇな? 最悪じゃん」
工「でも、卜部さんごときに言われると……」
卜部「おい、待て。何でお前に『ごとき』呼ばわりされなきゃなんねぇのか、小一時間問い詰めたい衝動に駆られるわ」
工「でも私としては、笑顔を浮かべられる方が最悪ですけどね」
卜部「どこが。笑顔なんてむしろ最高じゃん」
工「爆笑でも?」
卜部「最悪じゃん。え、何故に? そんなに面白ぇ? 冗談だと思われてんの?」
工「そんな返事を受けて、コチラはどんな手を返せばいいんですかね?」
卜部「そしたら『そうそう、冗談冗談』って、そういうフリするしかねぇじゃん」
工「最後に『冗談』って言えば、オールOKだと思っているんですかね」
卜部「闇ってる、闇ってる。っていうかよ、告白すんなら、そういうクソほど悪いイメージは捨てて、もっとポジティブなイメージ持てし。『こんな返事もらえたらいいな』みたいなの、考えてねぇの?」
工「そんな事、急に言われましてもね」
卜部「まぁ、確かにな」
工「一〇個くらいしか浮かびませんよ」
卜部「十分じゃん。どういうハードル設定してんの? じゃあソレを、ランキング形式で発表しろし」
工「では一〇位から発表しますね」
卜部「お願いしやす」
工「ごめんなさい」
卜部「いや、ネガティブじゃん」
工「お付き合いできません」
卜部「ネガティブじゃん」
工「お断り」
卜部「ネガティブじゃん」
工「嬉しい」
卜部「ポジティブじゃん」
工「……でも、ごめんなさい」
卜部「ネガティブじゃん」
工「出来る訳ない」
卜部「ネガティブじゃん」
工「無理無理」
卜部「ネガティブじゃん」
工「私も好きです」
卜部「ポジティ……」
工「……but I`m sorry」
卜部「ネイティブじゃん」
工「不適切な表現が含まれているので表示できません」
卜部「センシティブじゃん」
工「ニキビケア商品売り上げナンバーワン」
卜部「プロアクティブじゃん。いや、終盤大喜利になってんじゃん」
工「いよいよ第一位ですよ」
卜部「頼むぜ。最後くらいビシッとポジティブに言っちゃって」
工「ブレーキランプ六回」
卜部「……どゆこと? 五回だったら『愛してる』のサインじゃん?」
工「何だと思います?」
卜部「ポジティブなら『愛してます』、ネガティブなら『ごめんなさい』だな。答えは?」
工「3七銀」
卜部「将棋部じゃん。いや、何将棋? それ言われて、工はどう返すんだよ」
工「サンキュー(3九)」
卜部「急に何のお礼?」
工「飛車、成」
卜部「次の一手じゃん。いや、話が勝手に進み出してる。何将棋か不明なもん続けんなし」
工「ただおかげさまで、自信がつきました」
卜部「この流れで得た自信とは何ぞや? ……まぁ、あとは工の好きなようにしろし」
工「では、高橋さん。コチラに上がってきていただけますかね、えぇ」
   ステージ上に上がる夕陽。同時にスタンドマイクを手に舞台袖に下がる卜部。
工「はじめてお会いした時の事、覚えていらっしゃいますかね、えぇ」
夕陽「覚えてるよ。中学の入学式の日。出席番号順で、席が隣で」
工「工と高橋ですからね、えぇ」
夕陽「何か、変な人だなって思った」
工「僕は、凄くかわいらしい方だな、と思っていましたよ、えぇ」
夕陽「嬉しいな……。っていうか、初耳。隣だった割にあんまり喋らなかったよね」
工「住む世界が違う人だと思っていましたからね、えぇ。もし高橋さんが『卒業したら二度会わないであろう人ランキング』をつけていたら、僕の表彰台は堅かったと思うんですよ、えぇ」
夕陽「でも、再会したよね」
工「……初めて仕事でご一緒した時、実はもうドッキリを疑っていましたよ、えぇ」
夕陽「え、そうだったの?」
工「当たり前じゃないですか、えぇ。同級生だからって、信じる理由にはなりませんからね、えぇ」
夕陽「じゃあ、何で……?」
工「僕の辞書にも『同級生のよしみ』という言葉くらいあるんですよ、えぇ」

○(イメージ)将棋盤
   きっちり王将が守られた穴熊の陣形。
工の声「だから、わかってて引っかかった……ハズだったんですけどね、えぇ」
    ×     ×     ×
   徐々に崩される穴熊の陣形。
工の声「高橋さんが、あまりにも一生懸命だからですかね、えぇ」
    ×     ×     ×
   完全に崩され、詰んだ穴熊の陣形。
工の声「結果、気づけば好きになっていましたよ、えぇ」

○屋外ステージ・中(夜)
   対峙する夕陽と工。
工「ドッキリは大成功ですね、えぇ」
   しばしの沈黙。
工「……コレで満足ですか?」
夕陽「え?」
工「人を騙して、弄んで、告白させて、コレがやりたかったんですよね?」
夕陽「工君……?」
工「気付いていたとはいえ、嫌なものでしたよ、えぇ。ドッキリなんて、詰んだ状態で始める将棋みたいなものじゃないですか、えぇ。卑怯ですよ、えぇ、最悪ですよ、えぇ」
夕陽「何でそんな、わざと……」
   ハッとする夕陽。

○(フラッシュ)居酒屋・個室(夜)
   向かい合って座る夕陽と卜部。

○屋外ステージ・中(夜)
   対峙する夕陽と工。
夕陽「……そっか」
工「心の中ではあざ笑っていたんですよね? さぞ、楽しかったんでしょうね、えぇ」
夕陽「……うん、楽しかったよ」
工「え?」
夕陽「楽しかった。だって工君、バカみたいに信じ込んで、面白いように騙されてさ」

○(フラッシュ)各地
   夕陽と工のデートシーン。笑顔の夕陽。
夕陽の声「工君の言う通り、ずっと笑ってた。だから、楽しかったよ。本当に、全部が全部、楽しかった。もっと続けばいいな、って思ってた……」

○屋外ステージ・中(夜)
   対峙する夕陽と工。
夕陽「で、工君が私に告白する? 二人が付き合う? 無理無理。私達は立場も違う、住む世界も違う。そんな事……」
   一度言葉を詰まらせる夕陽。
夕陽「そんな事出来る訳ないから。許される訳ないから」
工「おっしゃる通りですね、えぇ」
夕陽「まぁ、一応、テレビだからさ。正式にお断りさせてもらっていい?」
工「それがいいかもしれませんね、えぇ」
夕陽「私は、工君とはお付き合いできません」
   頭を下げる夕陽。
夕陽「……ごめんなさい」
工「わかりましたよ、えぇ」
   次の瞬間、工の頭上から降り注ぐ大量の水。量が多く、夕陽の顔にもかかる。
夕陽「きゃっ」
工「……水の量が多すぎませんかね? 高橋さんにもかかってしまいましたよ、えぇ」
又吉の声「お疲れさまでした~」
   そこにやってくる又吉、口町、才華。才華はタオルを夕陽と工に渡す。
又吉「まぁ、こういう結果になった訳やけど」
口町「工らしいというか、何と言うか……」
卜部「いやいやいやいや……」
   やってくる卜部。スタンドマイクを元の位置に立てる。
口町「え、まだ続くん?」
卜部「ドンマイだったな、工……」
工「あ、その前にすみません。高橋さん。最後にもう一つ、感謝を伝えさせていただいてもいいですかね、えぇ」
夕陽「感謝……?」
工「僕にとって、中学時代というのは黒歴史でした、えぇ」

○(フラッシュ)公園
   開かれた卒業アルバム。工の写真だけが塗りつぶされている。
工の声「思い出もないですし、思い出す必要もないですし、もう思い出せないですし」

○屋外ステージ・中(夜)
   ステージ上で対峙する夕陽と工。
工「そんな中で、高橋さんの事を知りまして、えぇ。正直、自慢させていただきましたよ、えぇ。『同級生がグラビアアイドルやっているんですよ』と、えぇ」
卜部「してたな」
工「『こんな方と同級生だった』『クラスメイトだった』それだけで僕の中学時代が意味のあるものになりましたよ、えぇ。ヒロイン様様ですね、えぇ」
夕陽「工君……」
工「黒歴史だった僕の中学時代に、光を当てていただき、感謝申し上げますね、えぇ」
   頭を下げる工。
工「さて、こういう事になりました」
卜部「お、おう。何とも言えねぇえらい空気じゃん。何かリクエストあったら、リアクションするけど?」
工「では一つ、爆笑必至のエピソードトークで盛り上げていただきましょうか」
卜部「いや、さすがに、無茶ぶりじゃん」
工「えぇ、これが最悪な話の振られ方です」
卜部「もういいよ」
工&卜部「どうも」
卜部「出直……」
工「(卜部を制し)ありがとうございました」
   頭を下げる工。
   拍手する又吉、口町、才華。
   タオルで目元を拭う夕陽。かかった水を拭いているようにも、涙を拭いているようにも見える。
夕陽M「工君、お元気ですか?」

○マンション・夕陽の部屋(夜)
   テレビに映るドッキリのオンエア。
夕陽M「オンエアも、このLINEも、見てないかもしれないけど、一応送ります」
   部屋のカレンダーは一月。テレビを視聴しながらスマホを操作する夕陽。
夕陽M「オンエア、面白かったよ。『ソコ使う?』みたいな所もあったり」
   テーブルの上に開かれた夕陽の卒業アルバム。その手前に、アサヒがソレを読んでいるかのように座っているため、良く見えない。
夕陽M「逆に『ソコ切る?』って所もあったけど、ソレは二人だけの秘密、という事で」
   テーブルから降りるアサヒ。三年二組のページが開かれている事がわかり、そこには中学時代の工の写真もある。
夕陽M「改めて、すごく楽しい五か月だったんだな、って実感したな」
   夕陽が操作するスマホの画面。ここまでのモノローグがLINEのメッセージとして入力されている。
夕陽M「今回は楽しい思い出を本当に……」
   「本当に」の続きに「ありがとう」と入力する夕陽。しかし一旦考えた後「ありがとう」を削除する。

○テレビ局・控室・中(夜)
   テレビでドッキリのオンエアを観ている工。そこにやってくる卜部。
卜部「おい、工。今呼ばれたの聞こえてたっしょ? さっさと出ろし」
工「わかってますよ、えぇ」
   テレビを消し、立ち上がる工。LINEの通知音が二度鳴る。スマホを手に取り、画面を見て、笑みを浮かべる。
卜部「? 何笑ってんだし。気持ち悪ぃ」
工「『ありがとう』の代わりに、ですか……」
   工のスマホの画面には夕陽からのLINE。先ほどのメッセージと共に「出直してきます」のスタンプ。
                  (完)

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